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 スーパーボウル2019はニューイングランド・ペイトリオッツの6度目の優勝で幕を閉じました。
 アメリカンフットボール競技最高峰のゲーム、アメリカ合衆国最大のスポーツイベントは、今回も数多くのドラマを提供してくれました。

 さて、スーパーボウルが終了して、アメリカンフットボール界は「休息期間」に入りました。

 このオフシーズンを利用して、KaZブログとしてはアメリカの「カレッジフットボール」について書いてみたいと思います。
 前々から書いてみたいと考えていたテーマです。

 不思議なことに、21世紀に入ってから、我が国ではアメリカのカレッジフットボールについての情報やゲームのテレビ放送が減ってきているように感じますので、上手く書けるかどうか自信はありませんが、お楽しみいただければと思います。

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 アメリカ合衆国において、カレッジフットボールの人気は「絶大」です。

 もちろん、プロのフットボール、特にNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の人気の高さは、皆様ご承知の通りですが、感覚的には「NFLに勝るとも劣らない人気」が、カレッジフットボールには有ると思います。

 特に、NFLのチーム(全32チーム)が無い州(全米50州ですから多くの州にNFLのチームが無いのです)においては、最も人気が高いスポーツのひとつとして、存在感が大きく、秋から冬のアメリカ合衆国を彩るビッグイベントとなっています。

 各「州」の独立性が高く、それぞれの州がひとつの独立国といった見方もあったアメリカにおいては、カレッジフットボールにおいても「我らが州の大学チーム」という意識が高く、19世紀以降長い間「全米大学NO.1チームを決める大会・試合」は行われていませんでした。

 そうした状況下で、「我らがチームが、他の州のチームと戦う試合」として、高い地位を誇っていたのが、本編における「20世紀の4大ボウルゲーム」なのです。

 私がアメリカンフットボールを観始めた1970年代、アマチュア最高峰としての「4大ボウルゲーム」の存在感は抜群でした。

 元旦1月1日になると、時には日本においてもゲームのテレビ放送が行われ、いかにもアメリカ合衆国らしい華やかな絵が、日本のお茶の間にも流されたのです。(20世紀の4大ボウルは原則として1月1日に行われたと記憶しています)

 その4大ボウルとは、
① ローズボウル(1902年開始)
② シュガーボウル(1935年開始)
③ オレンジボウル(1935年開始)
④ コットンボウル(1937年開始)
です。

 ローズボウルは、歴史と伝統を誇る4大ボウルの中でも最も古く1902年開始です。
 そして、21世紀の現在でも「アメリカのカレッジフットボールを代表するゲーム」であろうと思います。

 カリフォルニア州バサディナのローズボール・スタジアムを会場として開催されるボウルゲームですが、その収容人員は92000人余という、世界一のスポーツ大国アメリカにおいても、全てのスポーツ競技を通じて最大級のスタジアムなのです。

 これまでに計5回、NFLスーパーボウルの会場ともなっています。(第11回・1977年、第14回・1980年、第17回・1983年、第21回・1987年、第27回・1997年。現在の様に各地に巨大なドームスタジアムが無かった時代には、スーパーボウル会場の選定に当たって当日の天候がとても大事な要素でしたので、「天気の良い日が多い」屋外スタジアムが会場に選ばれることが多かったのです。カリフォルニア州パサディナは「晴れる日」がとても多い地域なのです)
 アメリカンフットボール以外でも、1994年サッカーFIFAワールドカップ・アメリカ大会決勝、ブラジルVSイタリアの試合もローズボール・スタジアムが会場でした。
競技を問わず、世界最高峰の試合が開催される、まさに「アメリカを代表するスタジアム」と言って良いでしょう。

 また、ローズボウル開催に伴って「恒例のパレード」が会場近辺で行われるのですが、このパレードもとても有名です。パレード好きのアメリカの人々からも注目される程の、素晴らしいパレードなのです。

 さて歴代の優勝チームの中では、USC(南カリフォルニア大学)とUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)が印象に残っていますが、これは私がローズボウルに最も興味を持っていた時期が1970年代から80年代であり、その頃この2チームが強かったということなのでしょう。
 ちなみにこの時期(1970年から1989年)、USCトロージャンズは7回ローズボウルで勝利していますし、UCLAブルーインズは4回勝っています。その後もUSCは2017年にも勝つなど、ローズボウルの名門チームとして活躍を続けていますが、一方のUCLAは1986年を最後に勝っていませんし、1999年が最後の登場(この時はウィスコンシンに敗れました)となっていますので、21世紀の両チームは対照的な成績となっているのです。
 それにしても、USCトロージャンズのマーチングバンドは、その軍隊風の装束と言い、演奏の上手さ・華やかさと言い、とてもカッコ良いと思います。

 思い出は尽きませんが、ローズボウルがアメリカを代表するスポーツイベントのひとつであることは、間違いないでしょう。

 続いては、ルイジアナ州ニューオーリンズで開催されるシュガーボウルですが、これは「その2」で・・・。
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 とても有名な言葉です。

 1960年代から70年代前半までの時期、昭和35年頃から昭和40年代後半までの時期、日本という国が太平洋戦争からの復興を目指して、経済成長を続けていた時期を象徴する言葉です。

 この時期には、プロ野球において巨人軍=読売ジャイアンツが毎年のように優勝し、大相撲において大鵬関が大関から横綱に昇進し優勝を重ねていました。食卓に並ぶ甘い卵焼きと共に、「子供が好きな3つのもの」として、「巨人・大鵬・卵焼き」と呼ばれたのです。

① 子供向けだけでは無い。

 21世紀の今、当時を思い出すと、「巨人・大鵬・卵焼き」は決して「子供」向けのものでは無かったと思います。

 大人も含めて、「大好きなもの」だったのです。
 1945年の終戦後、食糧難の時期が続きましたが、ようやく「鶏卵」が安定して供給されるようになり、決して安価な食べ物ではありませんでしたが、働いて得た収入により、毎日のように食べることが出来るようになった時期なのでしょう。
 そして、最大の娯楽として、巨人と大鵬への応援が存在したのです。

 戦後日本の「安定化」を象徴する3つ、であったのでしょう。

② テレビジョンの発展と共に。

 大相撲の本場所が行われている時には、夕方になるとテレビ放送が有りました。現在と同じ、NHK総合放送であったと思います。
 昭和30年代、我が家は「白黒テレビ」でしたので、大鵬と柏戸の取組などをテレビにかじりついて白黒映像で視聴しました。

 学校から帰ってきた子供たちと、家に居る親が、テレビの前に並んで大相撲を視聴するのです。
 そして午後7時30分ごろからは、プロ野球中継が始まります。
 この時には父親も帰宅していますから、家族勢揃いでプロ野球放送に見入りました。

 この時代の最大の娯楽は、巨人と大鵬、つまりプロ野球と大相撲でしたが、それは「テレビで放送されるプロ野球と大相撲」でした。
 国技館や後楽園球場での生観戦などというものは「想像もできない」ものであったと思います。

 別の言い方をすれば、この時代の最大の娯楽は「テレビを観ること」だったことになります。

 この時代のテレビ放送は、その受像機の進歩も含めて、「伸び盛り」だったことは間違いありません。
 「テレビというメディアの価値」は年を追うごとにというか、日に日に高まっていったのです。

 そして、「テレビ時代のピーク」は、巨人・大鵬時代の終焉の頃、1970年代の中盤であったように感じます。

③ 「巨人・大鵬」なのか、「プロ野球・大相撲」なのか?

 「巨人・大鵬のテレビ放送」が、この時代の日本人にとっての最大の娯楽であったことは前述のとおりですが、1970年代に入り、2つの娯楽は少し異なる様子を呈したように感じます。

 大相撲は長く続いた「大鵬一強時代」のために、次第に人気が下がりはじめました。
 「また、大鵬の優勝か」といった空気が流れ始めたのです。
 そういう意味からは、「巨人・大鵬・卵焼き」の「大鵬」は「大相撲のこと」だったのかもしれません。

 「大鵬一強時代」により人気が低下した大相撲は、その後、先代の貴ノ花(大関)の登場により一気に人気を回復し、輪湖時代や若貴時代に繋がっていきます。

 一方のプロ野球は、「テレビ放送のプロ野球」という意味では、「巨人・大鵬・卵焼き」時代の「巨人の人気」をピークに長期低落時代に入りました。
 「テレビ放送のプロ野球」という意味では、「巨人」が中心に存在し、極端に言えば「巨人VS他の球団」という図式で、お茶の間の娯楽の王者に君臨したのでしょう。
 そういう意味では、ここは「巨人」であって「プロ野球」ではなかったように感じます。

④ 21世紀を迎えて

 「テレビ番組としてのプロ野球中継」は、相変わらず視聴率を上げることが出来ず、地上波の放送は減少を続けています。
 2017年のクライマックスシリーズの広島カープ戦が、関東では放送されなかったことには、改めて驚かされました。

 では、プロ野球人気そのものが、21世紀に入って下がり続けているのかといえば、観客動員数は増加傾向ですから、一概には言えないのでしょう。
 2017年シーズンのセントラルリーグの観客動員数は1400万人を大きく超えて、史上最多となりましたし、パシフィックリーグも1100万人を超えています。
 例えば、広島カープ戦のチケットは、容易なことでは入手できなくなっているのです。

 「巨人・大鵬・卵焼き」時代の観客動員数を遥かに超える観客が、球場に詰めかけていることになります。
 「プロ野球はボールパークで観戦するもの」に変化したのです。

 そして、かつては「巨人戦だけが観客動員できた」プロスポーツが、12球団のいずれもが観客動員できる時代となっているのですから、この変化はとても大きなもので、大袈裟に言えば「異なるプロスポーツになっている」のかもしれません。
 「野球」というスポーツの懐の深さを感じさせる事実でもあるのでしょう。

 一方大相撲はといえば、様々な事象が発生して生生流転、人気は上がったり下がったりをくり返していますが、日本社会における大相撲の位置付けはあまり変わっていないというか、平均すれば「安定した人気」を維持しているように観えます。
 ファン層の高齢化が指摘されることもありますが、これは日本社会全体の高齢化と歩を共にしている感じで、大相撲ファンのみが突出して高齢化しているのではないと思います。国技館に行ってみると、若いファンや外国人の観客など、観客席の景色は着実に変わっています。
 インターネットが社会の隅々にまで浸透している時代にあっても、日本古来の大相撲が一定の地歩を維持しているというのは、「相撲」というスポーツの奥深さを示していると感じます。

 太平洋戦争後の日本社会の復興は、「巨人・大鵬・卵焼き」と共にありました。
 「巨人・大鵬・卵焼き」が無かったならば、日本の復興があのペースで、世界史に刻まれるような驚異的なスピードで進んだかどうかは、分からないところでしょう。

 もちろん、「巨人・大鵬・卵焼き」が存在しなくとも、日本人は別の娯楽を見出していたという見方もあるのでしょうが、だからといって「巨人・大鵬・卵焼き」の価値が下がることにはなりません。
 どちらかというと、存在感は増すばかりだと感じます。

 「巨人・大鵬・卵焼き」+「テレビジョン」というセットが、日本復興・発展の日々のベース・礎だったのでしょう。

 21世紀の「巨人・大鵬・卵焼き」は登場するのでしょうか。
 NFL2018~19シーズンのポストシーズン、NHK・BS-1放送のワイルドゲーム中継の中で、「NFL2004年ドラフト上位の4プレーヤー」に付いての説明が有りました。

 「データ大好き」のアメリカ合衆国のスポーツにおいては、試合中継の最中でも、とても興味深い情報が提示されます。
 
 この情報は、ボルチモア・レイブンズVSロサンゼルス・チャージャーズのゲームの中で提示されました。チャージャーズのクオーターバックQBフィリップ・リバース選手に関する情報だったのです。

 2004年のドラフトに登場した選手達は、もし2005年シーズンからNFLにデビューしたとすれば既に15年目のベテランプレーヤーです。同期には、引退した選手も多いことでしょう。

 こうした中で、この4プレーヤーはいまだ現役を続けて居るわけですから、「チームにとって大切な選手」であることは、間違いありません。チームにとって不可欠な選手でなければ、これ程長く現役を続けること=これだけ長くチームに必要とされて契約をつづけること、は出来ないことは自明です。

 その4プレーヤーは、以下の通り。

[2004年NFLドラフト]
・1順目・全体1位 イーライ・マニング選手(QB) ニューヨーク・ジャイアンツ
・1順目・全体3位 ラリー・フィッツジェラルド選手(WR) アリゾナ・カージナルス
・1順目・全体4位 フィリップ・リバース選手(QB) ロサンゼルス・チャージャーズ
・1順目・全体11位 ベン・ロスリスバーガー選手(QB) ピッツバーグ・スティーラーズ

 錚々たるというか、NFLを代表するプレーヤーが並んでいます。

 NFLドラフトにおいて「1順目」に指名されるというのは、全米の大学あるいは高校のアメリカンフットボーラーのトップに位置づけられているプレーヤーです。
 アメリカ合衆国で最も人気のあるスポーツのひとつであるアメリカンフットボールの、最高のプロリーグであるNFLは大学・高校他のプレーヤーにとって憧れの的ですから、そのドラフトにおいて「1順目指名」を受けるというのは、大変な名誉ですし、当該プレーヤーの能力の髙さを証明することでもあります。
 ましてや、各チームの「1位指名」ということですから、日本プロ野球NPBのドラフト1位指名選手を見ても、その価値の大きさが分かると思います。

 とはいえ、ドラフト1順目指名を受け入団したプレーヤーと言えども、順調にNFLデビューを飾り、チームの中心選手として活躍するというのは「至難の技」であることも、NPBを観ても容易に想像できることでしょう。
 ドラフト上位でプロのチームに入ったとしても、活躍できずに引退して行くプレーヤーの方がずっと多いのです。

 そうした状況の下で、2004年ドラフトにおける、前述の4プレーヤーの活躍は「見事」の一語でしょう。
 「ドラフトの当たり年」と言っても良いのかもしれません。

 「全体1位」の大看板を背負ったイーライ・マニング選手は、「2度のスーパーボウル制覇」という素晴らしい成績を誇り、現在もジャイアンツの主戦QBです。お兄さんのペイトン・マニング選手と比較されることも多いのですが、こと「スーパーボウルでの成績」となれば、互角、あるいは「お兄さん以上」との声もありそうです。大舞台でミラクルなプレーを披露するタイプのプレーヤーなのです。

 全体3位のワイドレシーバーWRラリー・フィッツジェラルド選手は、押しも押されもしない「カージナルスの大看板」です。信じられないようなパスレシーブと、受け手からの前進力は、いまだ衰えることを知りません。NFLのWRには素晴らしい選手が数多く居ますが、その実績は文句のつけようがないのは当然として、35歳となった現在でも身体能力の髙さは類を観ないレベルでしょう。
 フィッツジェラルド選手は、2008年のスーパーボウルにも出場しています。

 全体11位のQBベン・ロスリスバーガー選手も「スーパーボウル2度制覇」を誇ります。
 前述のフィッツジェラルド選手が出場した、2008年の第43回スーパーボウルでカージナルスと対戦したのがスティーラーズで、このゲームは27-23の接戦となり、スティーラーズが勝ちましたが、この時のQBがロスリスバーガー選手でした。
 NFLにおいても、人気の高いチームであるスティーラーズの主戦QBを、36歳になった今でも務めているというのは、凄いことです。
 「ビッグベン」と称される、NFLを代表するQBなのです。

 そして、全体4位指名を受けたフィリップ・リバース選手も、NFL屈指のQBとして37歳になった現在も、チャージャーズの中心選手として活躍を続けています。
 記録を挙げれば切りが無い程のプレーヤーですが、この試合で採り上げられた理由は、この4プレーヤーの中で「唯一スーパーボウル出場経験が無い」という視点からでした。

 これ程素晴らしいQBでありながら、まだスーパーボウルに出ていないというのは「不思議な話」であり、今季はそのチャンスでもあるという意味なのでしょう。(残念ながら、出場はなりませんでした)

 それにしても、この「2004年ドラフト上位の4プレーヤー」には、全くと言って良いほど「引退」の話がありません。
 これが、何より凄いことなのでしょう。
 
 2月17日、東京競馬場ダート1600mコースで開催される、第36回フェブラリーステークスG1の注目馬検討です。

 JRA2019年シーズン最初のG1レースに、ダートNO.1の座を目指して14頭が出走してきました。

 また、このレースでは7枠11番のコパノキッキングに藤田菜七子騎手が騎乗します。
 JRA史上初の「女性騎手のG1騎乗」が、ついに実現するのです。(本ブログ2018年12月31日付の記事「[競馬コラム225] 藤田菜七子騎手 中央競馬女性騎手記録を更新中」をご参照ください)

 さて、注目馬です。

 第一の注目馬は、7枠11番のコパノキッキング。
 2018年10月から4連勝中です。現在最も好調な馬でしょう。中3週というのが少し気になりますが、調子の良さに期待します。
 藤田騎手の騎乗にも注目です。

 第二の注目馬は、3枠3番のゴールドドリーム。
 G1レース4勝、2017年のこのレースの優勝馬でもあります。地力は一番でしょう。
 近時は、盛岡と大井のG1で勝ち切れてはいませんが、「軸馬」はこの馬だと思います。

 第三の注目馬は、8枠14番のオメガパフューム。
 前走、大井の東京大賞典でゴールドドリームを抑えてG1初制覇。この馬も好調です。今後のダート界を牽引する一頭でしょう。

 今回は、以上の3頭に注目します。

 それにしても、東京競馬場のG1レースに美浦の馬がノンコノユメ一頭というのは、意外な感じがします。
 「美浦のダート馬」の奮起が待たれるところでしょう。
 中日ドラゴンズの松坂大輔投手について、2月11日球団から発表が有りました。

 「松坂投手は、数日前にファンと接触した際に右腕を引かれ、その後右肩に違和感を抱えているためにノースロー」であると。

 他にも「検査の結果、松坂投手の右肩には炎症が有る」との記事もありました。

 沖縄での春季キャンプの練習前後のことなのでしょうか、松坂投手とファンが接する機会が有り、その際に、あるファンが松坂投手の右腕を引っ張ったために、松坂投手は右肩を負傷したということのようです。
 回復に、どれくらいの時間がかかるのかは報じられていませんが、いまだ投球練習を行うことができない状態ですので、開幕に間に合わない可能性も有ります。
 ドラゴンズにとっては「先発ローテーション」に重大な影響が出るかもしれません。

 芸能界でも「身近なスター」が持て囃されるようになって久しく、女性アイドルグループの活動方法がひとつのやり方になって、数多くの「身近なスター」が生まれてきたという側面もあるでしょう。
 一方では、握手会においてアイドルが刃物で傷つけられるとか、自宅を襲われるといった事態も発生しています。

 日本プロ野球NPBにおいても、試合後ファンの中を歩く選手から、タオルが盗まれるといった事態が発生しています。
 
 NPBもファン獲得あるいはファンサービスの一環として、スター選手とファンとの距離を縮めて、時代に即した「身近なスター選手」、会いに行こうと思えば会えるし、話をしようと思えば話が出来るし、握手をしようと思えば握手が出来る、スター選手づくりを進めているのかもしれません。

 そうした「身近なスター」とファンの触れ合いの場で、松坂投手は怪我をしたのです。

 本件が、偶発的に発生した事象なのか、悪意に満ちた事象なのか、詳細は分かりませんけれども、本質的には、どちらでも同じことで、要は「ファンと選手の距離がとても近いことから発生する問題」なのでしょう。

 20世紀においては、スター選手は「ファンから一定の距離を置いて」存在しました。
 憧れの選手は遠くに居て、大袈裟に言えば「仰ぎ見る」ものだったのです。

 例えば、私の友人が、20世紀の後半に後楽園球場(東京ドームの前身)の近くの中華料理店で、長嶋茂雄選手が「ふかひれラーメン」を食べているのを見た、と嬉しそうに話していたことを思い出します。
 同じ中華料理店にたまたま入ったところ、「ミスタープロ野球」長嶋茂雄選手が店内で食事をしていたというわけです。

 この時、友人は「遠くから長嶋選手を観ていた」のです。
 近付いて行って、サインや握手を求めるといった行動を取っていません。
 その頃でも、サインを求めたら(サイン台紙を持っていたとして)、長嶋選手は気軽に応じてくれたかもしれませんが、「そういうことをしないのが一般的」な時代だったのでしょう。
 スターは、テレビ画面や観客席から見るもので、身近に存在するものでは無かったのです。

 それが21世紀になって、「身近なスターの時代」が到来し、例えばサインでも、サイン台紙をあらかじめ用意して「書いていただく」のではなく、その辺にあるもの、例えばチケット半券の隅に書いてもらったりすることが、「失礼では無く普通」という時代が来たとも言えそうです。

 私達の生活に「喜び・潤い・生きがい」を齎してくれる、本当に大切な存在であった「スター」が、身近で触れ合える存在に変化してきたということなのでしょうか。

 そうした、現代の「ファンとスターの関係」について、良し悪しは一概には言えないと思います。
 様々な考え方、見方があるのでしょう。

 しかし、そうした「ファンとスターの距離が近過ぎる、時には身体が接触する」という状態から、様々な問題が発生していることも事実です。

 2019年シーズンにおける松坂投手の活躍が、どれほど多くのファンに「喜び・潤い・生きがい」を与えてくれる可能性があるのかを考えれば、もしこの事象により開幕に間に合わず、シーズンの投球機会が半減するようなこと、あるいはシーズンを棒に振るようなことがあれば、ひとりのファンが「右腕を引いた」行為が、どれ程多くのファンの失望に繋がるかは、よくよく考える必要があります。

 「身近なスター」という戦略について、今後どのように運営して行くべきかについては、スポーツ界のみならず、全てのエンターティンメント界において十分に検討し、様々な観点から効果的な対応策を実行して行く必要があるのかもしれません。
 Jリーグの2019年シーズンは、2月22日のセレッソ大阪VSヴィッセル神戸(ヤンマースタジアム)で開幕します。
 
 この開幕を前に、2018年シーズンのJ1を振り返っておこうと思います。

[順位]
1位 川崎フロンターレ
2位 サンフレッチェ広島
3位 鹿島アントラーズ
4位 コンサドーレ札幌
5位 浦和レッドダイヤモンズ
   ・
   ・
14位 サガン鳥栖
15位 名古屋グランパスエイト
16位 ジュビロ磐田
17位 柏レイソル
18位 V・ファーレン長崎   (柏レイソルとV・ファーレン長崎はJ2へ降格)

 サンフレッチェが第5節から第27節まで先頭を走ったシーズンでしたが、終盤に失速してしまい、追い上げてきたフロンターレが第28節から首位に立ち、2チームの競り合いとなりましたが、最後はフロンターレが突き放し2連覇を飾りました。

[得点王争い]
1位 ジョー(名古屋グランパスエイト) 24点
2位 パトリック(サンフレッチェ広島) 20点
3位 ファン・ウイジョ(ガンバ大阪) 16点
4位 興梠慎三(浦和レッドダイヤモンズ)、小林悠(川崎フロンターレ) 15点

 元ブラジル代表のジョーが、圧倒的なパフォーマンスで得点王に輝きました。8月5日の対ガンバ戦と8月26日の浦和レッズ戦ではハットトリックも記録しています。

 上位には外国人プレーヤーが並びました。
 近年では、Jリーグにおいてストライカーとしての実績を積むと、欧州他のチームに転出してしまう日本人プレーヤーが多いのも実態なのでしょうが、「伸び盛りの若手日本人プレーヤー」に頑張っていただき、得点王争いに参加してほしいものです。

[観客動員数]
1位 浦和レッドダイヤモンズ 603千人余
2位 FC東京 449千人余
3位 名古屋グランパス 419千人余
4位 ガンバ大阪 399千人余
5位 川崎フロンターレ 394千人余


14位 清水エスパルス 254千人余
15位 サンフレッチェ広島 243千人余
16位 湘南ベルマーレ 206千人余
17位 柏レイソル 193千人余
18位 V・ファーレン長崎 190千人余

 プロスポーツですから観客動員はとても大切な要素です。
 浦和レッズは、「伝統的なサッカーどころの強固なファン層」が常に力を発揮しています。

 観客動員トップの浦和レッズは最下位のV・ファーレン長崎の3倍以上となっています。大都市圏とそうでは無い地域の違いもあるのでしょうが、例えばアメリカンフットボールNFLの人気チーム・グリーンベイ・パッカーズは、人口105千人(2017年)の街・グリーンベイを本拠にしていますが、ホームのランボーフィールド(収容能力80,750人)は常に満員、チケット入手の難しさはNFL屈指です。

 また、パッカーズ・ランボーフィールドの「シーズンチケット」のキャンセル待ちの人数は、スポーツ大国アメリカの全てのプロスポーツの中で最多の65,000人以上と言われていますし、シーズンチケットの権利・相続人を遺言書で指名するファンも珍しくないと報じられています。

 お子さんと老人を含めて人口105千人余のグリーンベイにおいて、80千人収容のスタジアムが常に満員で、当日券・シーズンチケット共にキャンセル待ちが溢れているというのですから、グリーンベイ外のファンも多いことは明白です。

 もちろん、JリーグとNFLを単純に比較できないことは分かりますが、「小さな街だから観客動員数が少ない」という理由だけでは、プロスポーツの運営としては残念なところでしょう。
 逆に言えば、Jリーグには大きな伸びしろが有るということなのかもしれません。

 更に、2018年シーズンは、観客動員数17位・18位と、シーズン成績17位・18位が同じチームでした。

 「弱いから観客が減り、観客が減るから一層弱くなる」という負のスパイラルなのかもしれませんが、ファンならば「チームが苦しい時に一層応援する」のが自然ですし、「チームが好調の時だけスタジアムに足を運ぶ」のでは、いかがなものかとも感じます。
 もちろん、クラブ経営側の責任も大きいと思います。

 「観客動員力が弱い順に降格する、これがプロスポーツの『あるべき姿』」だと、友人は言います。

 この点で、2019年シーズンはどうなるのでしょうか。

 2018年シーズンには、イニエスタ選手やトーレス選手といった「世界的プレーヤー」がJリーグに登場しました。2019年にはビリャ選手もJ入りすると報じられています。

 日本経済の実力もあるのでしょうが、Jリーグが「名プレーヤーの終の棲家」として、世界的に高く評価されていることの証左でもあるのでしょう。

 日本という国家、日本文化の上に構築された「Jリーグという器」が、世界のトッププレーヤーのお眼鏡にかなっているということになります。

 プロスポーツプレーヤーと言っても収入の多寡だけで働く場を決めるのではない(当たり前のことを書き恐縮です)のですから、トッププレーヤーに支持されるリーグであることは、とても大切なことでしょう。
 日本のフィールドで、我が国のファンや子供たちは、素晴らしい選手たちの世界最高水準のプレーを目の当たりにすることができるのですから。
 そのことが、未来のJリーグ、日本サッカーの礎となることは明らかなことです。

 2019年のJリーグにおいても、素晴らしいシーンが沢山観られますように・・・。
 2月10日に行われた女子滑降は、シュトレツ選手が圧勝しました。
 前回の世界選手権大会のこの種目を制しているシュトレツ選手は、世界選手権連覇を成し遂げたのです。

[2月10日・女子滑降・スウェーデン・オーレ]
1位 シュトレツ(スロベニア) 1分1秒74
2位 ズター(スイス) +0.23秒
3位 ボン(アメリカ) +0.49秒

 前日の男子滑降に続いて、霧が発生しコース・雪面が見難い気象状況となりましたので、女子もスタート地点が下げられ、コース距離も大幅に短くなりました。
 全長1,670m、高低差520m、25ゲートです。これは世界選手権のコースとしてはとても短いもので、太腿を始めとする体力面への負担がとても小さいレースとなりましたし、コース形状も比較的直線的で難しいターンも設定されていませんでしたから、「大差が付き難い」レースとなったのです。
 そうした中での「0.23秒差」の優勝ですから、圧勝ということになります。

 レースは3番スタートのリンゼイ・ボン選手がリードしました。
 レースに対して先制パンチを放った形でしょう。
 特に、後半の緩斜面での滑りが秀逸で、タイムを伸ばしてトップに立ちました。

 続く選手がボン選手のタイムに挑みますが、なかなかこれを上回ることが出来ません。

 ノルウェーのモービンケル選手やオーストリアのベニアー選手が迫りますが、ボン選手はトップを守り続けます。
 そしてシュトレツ選手が登場し、コース前半の急斜面でタイムを稼いで、ボン選手を0.49秒上回る滑りを披露したのです。

 シュトレツ選手の後、テレビ中継の音声で、選手が滑る音が大きく聞こえるようになりました。エッジングの音が響くようになったのです。
 「雪面の状態が変化した」と思いました。

 ご存じのように、滑降種目では過度のエッジングは禁物です。可能な限りスピードを維持して、スキー板裏面のなるべく大きな面積を雪面に強く押しつけたまま滑ることで、滑走スピードを上げることが出来るのですが、エッジングの音が大きく聞こえるようになってしまっては、好タイムは望めないと感じました。

 前半の選手からの情報によって、続く自国選手のワックスを調整している訳ですから、続く選手のスキー板には前半の雪面状態に合わせたワックスが塗られているので、変化した雪面には適応し難いものであろうとも思いました。

 案の定、その後の選手のタイムは伸びませんでした。

 現在の世界選手権等の大きな大会では、世界トップ20の選手を、1~10位までを奇数番に、11~20位を偶数番に配して、1~20番のスタート順を設定します。
 従って、スタート順20番までの選手の中から(それも1・3・5・7番・・・といった奇数番号スタートの選手から)優勝者が出る可能性が非常に高いのです。

 18番スタートまでの選手が滑り終わって、トップがシュトルツ選手、2番手がボン選手という順位は変わりませんでした。雪面の変化を考慮しても、このまま終了するかに見えました。

 ところが19番スタート、スイスのズター選手が見事な滑りを魅せてくれたのです。
 スピードとテクニックのバランスが絶妙な滑りでしたから、トップに躍り出るかに見えましたが、惜しくも及びませんでした。
 19番スタートでのズター選手のトライは見事であったと感じます。
 もちろん、スイスチーム全体の高い対応力が発揮されたことは間違いないでしょう。雪面の変化に対するワックスチームの再度の見直しや、コース取りへの再度の検討・実行無くして、こうした素晴らしいスキーイングは観られないと思います。

 銅メダルを獲得したリンゼイ・ボン選手の滑りも見事でした。
 前半の急斜面を慎重に滑り、後半の緩斜面における自在な滑りでタイムを稼いだのです。さすがは「ワールドカップ82勝」、女子選手の歴代一位の記録保持者の実力を発揮してくれました。

 34歳となったボン選手は、今大会を最後に引退すると報じられていました。

 「キャリア最後のレース、それも世界選手権の大舞台」でキッチリとメダルを獲得して行くという、高度な集中力無しでは到底達成できないことをやってのけたのです。女子アルペンスキー史上に燦然と輝く巨星でしょう。

 ゴールイン後には、男子のワールドカップ最多勝・86勝を誇る、インゲマル・ステンマルク氏との2ショットが放送されていました。
 2人合わせて168勝、まさにアルペンスキー史を飾るスーパースターの共演でした。

 前日の男子滑降においても、今大会での引退を表明していた36歳のスピンダル選手が銀メダルを獲得しました。こちらも、狙い澄ましたような銀メダルでした。

 やはり「本物は凄い」のです。

 それにしても、「スロベニア」のシュトレツ選手の連覇には驚かされました。
 当然ながら大会毎にコースが変わり、経験のあるコースでも雪面や天候が千差万別に変化する中にあって、世界一を決める大会で「連覇する」ことの難しさは、筆舌に尽くしがたいものでしょう。
 実力は疑う余地がありません。

 加えて、前々回の世界選手権大会でも、スロベニアのティナ・マゼ選手が滑降種目を制していますから、「スロベニアチームは世界選手権女子滑降3連覇」ということになります。
 高速系種目と言えば「王国オーストリア」という定評でしたが、少なくとも女子においては「新王国スロベニア」と呼んで良い状況でしょう。
 
 28歳のシュトレツ選手は、当分の間、世界大会の女子滑降をリードして行く存在なのであろうと感じます。
 2月5日、スウェーデンのオーレで開幕した2019年のアルペン世界選手権大会も中盤に差し掛かり、9日には男子の滑降が行われました。
 数あるアルペンスキー種目の中でも、滑降・男子は最も好きな種目のひとつです。
 いわゆるアルペンスキーの競技会が始まった頃から存在していた種目でしょうし、何より「真っ直ぐに速く滑り降りる」というのは、スキー競技の本質的な要素だと思うからです。

 なるべくエッジングをせず、なるべくジャンプをせず、雪面に可能な限りスキー板を付けて滑り降りなければならない「滑降」は、体力と知力の限りを尽くさなければ勝利に辿り着くことが出来ない種目ですし、120km/hを超える滑走速度から生まれる圧倒的な迫力から「アルペンの華」とも称されます。

 ところで、近時のアルペンスキー界は、少し世代交代が遅れているかなという感じがしていました。
 かつての強豪選手達が、男女を問わず、相当長く世界の一線級で活躍を続けて居ます。
 そのこと自体には、もちろん何の問題も無いのですが、若手というか次代を担う新星の登場も、5年後のアルペンスキー界を考えると、もう少し有っても良いのではと感じます。

 さて、2年に一度のFIS世界選手権大会の「華」、男子滑降もベテランスキーヤーの活躍の場となりました。

 当日のコースは雪が降り続け、霧も出て、風も有る、という難しいコンディションとなりました。
 結果として、予定していたコースより1kmほど短い2,172mで争われることになったのです。男子スーパー大回転のコースと同じ位置にスタートゲートが設置されました。
 これは少し残念でした。世界大会の男子滑降となれば「3,000m前後」の距離で争われるものですし、その距離と滑る時間に合わせた体力、太腿や体幹の筋力を始めとするフィジカルの勝負が、男子滑降種目の魅力のひとつだからです。
 まあ、天候の為ですから、止むを得ないところなのですけれども・・・。

 当然ながら、雪が降り続くコースとなれば、いつもやり慣れている雪面とは異なりますし、降雪および霧の為にコース・雪面が見難いといった面もあるわけですが、そこは世界トップクラスの強者ぞろいですから、「それなりに」順応して行く能力が高いので、問題は無いでしょう。
 不幸中の幸い?というか、1番スタートから30番スタートまでの優勝を争うであろうスキーヤーが滑った時には、この天候関連のコンディションは殆ど同じでした。
 突然霧が晴れたり、突然雪が止んだりすることが無かったのです。
 比較的「平等に難しいコンディション」であったことになります。

 もちろん、世界一を狙おうというレベルの選手達が、屋外競技終了後に「天候コンディションに恵まれなかったから負けた」などというコメントを残すはずも有りません。
 悪コンディションへの対応力が実力の一部であることは当然のことですし、そもそもそんな考え方のプレーヤーでは、もともと世界大会での好成績は覚束ないのです。

 さて、今大会の男子・滑降は、まずノルウェーのヤンスルード選手(33歳)が1分19秒98という、1分20秒を切る好タイムを叩き出してトップに立ち、後から滑った同じノルウェーのスピンダル選手(36歳)が1分20秒00と0.02秒差で2番手に付け、さらに後から滑ったオーストリアのクリヒマイヤー選手(27歳)が1分20秒31、ヤンスルード選手から0.33秒差で3番手につけました。
 そして、この後の選手達は、この3名を上回ることが出来ず、メダルが確定したのです。

 2位となったスピンダル選手は、今大会を最後に引退すると報じられていました。
 自身にとっての最後の世界選手権で銀メダルを獲得するというのですから、その意気込み・意欲の高さと、冷静なプレー振りは見事の一語でしょう。(コース前半の大きな片斜面前後をもう少し上手く滑っていれば、十分に逆転できた滑走でした)
 今シーズン、本来の滑りが出来ていなかった中で、「本番での強さ」を明示したのです。

 優勝したヤンスルード選手も同様で、今シーズンはここまでパッとしませんでした。
 こちらも「本番での強さ」を示しました。

 このノルウェーの2名のベテランは、昨年の平昌オリンピックにおける男子滑降の1・2位です。(2018年2月18日付の本ブログの記事「[平昌五輪2018アルペンスキー男子滑降] ノルウェー勢が1・2位!」をご参照ください)
 オリンピックの時には、金メダルがスピンダル選手、銀メダルがヤンスルード選手でした。今回は1・2位が逆になった形。
 ノルウェーの2高速系スキーヤーは「大きな大会での勝負強さ」を如何なく発揮しているのです。

 有力視されていたスイスのフォイツ選手(31歳、前回の世界選手権の優勝者)は惜しくも及ばず4位でした。
 どうも、この大会のスイス勢は調子が出ないようです。
 もちろんワックス等の要因もあるのでしょうが。

 また、「高速系種目の王国」オーストリア勢は、3位にクリヒマイヤー選手が食い込み、一矢を報いましたが、やはり全体としてはやや元気が無い印象です。
 前々回の世界選手権優勝者マティアス・マイヤー選手(28歳)は、若くして世界王者に輝いたものの、やや伸び悩んでいるのでしょうか。クリヒマイヤー選手と共に「王国復活」に向けての牽引役が期待されるのでしょう。

 ところで今大会のテレビ中継では、ゴール地点の映像の中に「トップの選手との差」が距離で示されていました。(全ての選手に表示されていた訳ではありません。以前から表示されていたのかもしれませんが、初めて気が付きました)
 スピンダル選手がゴールした時、「+0.54m」と右下に表示されました。
 これはトップのヤンスルード選手と「54cm差」ということを示していたのでしょう。
 0.02秒差=54cm。2,172mを滑っての54cmです。

 2名のベテランの滑りを映像で重ねてみれば、ゴール地点では殆ど重なっているということになります。

 当たり前のことに感心していてはいけないのでしょうが、計測技術の進歩を改めて感じました。
 
 2月10日、ショートプログラムSP4位でフリースケーティングFSに臨んだ宇野昌磨選手が、完成度の高いプレーを魅せて逆転優勝を飾りました。

 総合順位は以下の通り。
1位 宇野昌磨 総合得点289.12 SP91.76・FS197.36
2位 金博洋 同273.51 SP92.17・FS181.34
3位 ヴィンセント・ジョウ 同272.22 SP100.18・FS172.04

 SPで約8点の差を付けられて4位だった宇野選手が、総合では14点以上の差を付けて勝っているのですから、宇野選手のFSの演技が「圧倒的なもの」であったことが良く分かります。
 197点を超えるFSというのは現在の世界最高点ですし、羽生結弦選手の最高点演技を約7点上回る、世界フィギュア史上に刻まれる好プレーでした。

 大会前、右足首の再三の「捻挫」の為に、練習不足が指摘されていた宇野選手は、SPではその不安が表れた形でした。
 軸足、ジャンプ時に着氷する足である右足の足首が故障している状態では、満足な演技が出来ないのは自然なことで、今回は「無理をしないで」欲しいと感じていました。

 しかし、FSの6分間練習に登場した宇野選手の「眦を決した」様子を観た時、「全力を投入」するつもりであることがよく分かりました。3月の世界選手権に向けて治療を優先し「無理をしない」ということではなく、この大会で全ての力を出し尽くす、怪我の悪化リスクを考えない姿勢が、全身から溢れていました。

 そしてそのFSの演技は、本当に素晴らしいものでした。

 3回トライした4回転ジャンプは全て成功、ステップ、スピンのシークエンスも完璧、唯一のミスと言える「3回転+1オイラー+3回転」の最後の3回転ジャンプでしたが、この演目は基礎点が15点を超える難度の高いものであり、この演目の出来栄え点はマイナス1点以上となっていましたので、逆に言えば、この演目を上手く熟すことができればプラス2点以上の出来栄え点を獲得することが十分可能であり、それは「FS200点越え」に結び付くものです。
 新採点基準における「FS200点越え」の可能性を感じさせる演技であったことになります。
 200点越えはもちろん、世界中の誰も達成していない領域・高みです。

 今回の四大陸選手権大会を観ると、「演目の完成度」の重要性が改めて感じられました。

 「単に4回転にトライする」ことが問題なのでは無く、「試合で4回転を完璧に飛ぶ」ことが重要なのです。
 嫌な言い方で恐縮ですが、誤魔化しているような雑な演技なら「やらない方がまし」なのかもしれません。

 「回転不足の連発」、着氷後の「伸び」が無い4回転ジャンプ、というのでは、「4回転を飛んでいる」とは言えないと思います。
 「一か八か」というレベルでは、試合において飛ぶにはまだ早いということなのでしょう。

 その点では、宇野昌磨選手や、前日の女子シングルの紀平梨花選手は、とても完成度の高い技を身に付けています。それは、演技を見れば誰にでも分かることでしょう。

 フィギュアスケート男子日本チームは、羽生選手、宇野選手の「2枚看板」を前面に押し立てて世界選手権に挑みます。
 もともと宇野選手は、羽生選手に勝るとも劣らないレベルに達しているアスリートですから、日本チームとしては最強の布陣でしょう。
 これ程のスケーターを同時期に2名も生み出したことは、日本男子フィギュア界の「大功績」であることも間違いありません。

 一方で、世界トップクラスに居る2人には、連戦・長いキャリアの影響から、常に「故障」のリスクが存在します。
 3月の世界選手権も、2人共欠場の可能性がないとはいえないでしょう。

 日本男子フィギュア史上最強の2人が健在である間に、次代を支えるスケーターの登場が待たれるところです。
 スーパーボウル2019に向けてのポストシーズンゲームは全て記事にしようと考えていました。ひとつだけ残っていましたので、ここで採り上げようと思います。

[1月13日・メルセデスベンツ・スーパードーム]
ニューオーリンズ・セインツ20-14フィラデルフィア・イーグルス

 NFL2017~18シーズンのスーパーボウルを制覇し、2018~19シーズンのワイルドカードも勝ち抜いて、2シーズンに渡り「ポストシーズン負け無し」だったイーグルスに、ついに土が付いたゲームです。

 ミラクルなゲームを続けてきた「ニック・フォールズ劇場」も終演を迎えたのです。

 このゲームの第1クオーターQは、「劇場の継続」を観るようでした。
 クオーターバックQBフォールズ選手のパスと自身のランによって2つのタッチダウンTDを奪い、イーグルスが14-0とリードしたのです。

 QBドリュー・ブリーズ選手を中心とした強力なセインツオフェンスを零封した、イーグルス守備陣も、さらなる勝利に向けて、十分に機能していたのです。

 第2Q以降も、イーグルスディフェンスは良くセインツの攻撃を押さえ続けましたが、一方でイーグルス攻撃陣は、第2Q以降「神通力を失い」ました。
 第1Qの攻防から、セインツ守備陣が適応し、結局第2~4Qにかけて、イーグルスは無得点でした。

 イーグルス守備陣の堅い守りに苦しんだセインツでしたが、さすがに「百戦錬磨」のQBブリーズ選手は、ここぞというパスを決めて、第2Q以降着実に得点を重ね、イーグルスを押し切ったのです。

 苦労しながらとはいえ、2つのTDパスを通したQBドリュー・ブリーズ選手は「さすが」の一語。パスオフェンスの権化のような存在でしょう。

 さて、セインツはチャンピオンシップゲームに駒を進めましたが、ラムズとのオーバータイムOTの激戦の末敗れてしまい、惜しくもスーパーボウルに進出できなかったことは、皆さんご存知の通りです。
 
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