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 とても暑かった2018年の夏がようやく終り、秋競馬が本格化しています。

 G1レースが目白押しの秋競馬ですが、3歳のレースとなればやはり「菊」でしょう。
 クラシックレースの中で「一番強い馬が勝つ」と言われるレースです。

 「菊花賞」の過去10年の勝ち馬を改めて観てみました。

 少し驚かされました。

 勝ち馬が「ふたつのタイプ」に明確に分類されるように観えるのです。

① タイプ1→「菊花賞を勝つために生まれてきたサラブレッド」型

・2008年オウケンブルースリ→3歳の4月デビューで重賞初挑戦が菊花賞。それを勝利しました。その後、重賞をひとつ勝っていますが、その1勝のみ。通算27戦5勝。

・2009年スリーロールス→重賞初挑戦が菊花賞。これを勝利しましたが、その後は0勝。通算12戦4勝。

・2010年ビッグウィーク→重賞2戦目が菊花賞。これを勝利し重賞初制覇。その後、中京の障害未勝利を勝っていますが、平場では0勝。通算26戦5勝。

 2008年~2010年は、皐月賞や日本ダービーとは無縁で、菊花賞に勝つために走っていたように観えるサラブレッドの優勝が続きました。
 菊花賞勝利後は、オウケンブルースリが重賞をひとつ勝っていますが、オウケンブルースリにしてもその1勝のみでした。

・2014年トーホウジャッカル→3歳の5月デビューで重賞2戦目の菊花賞に勝利(重賞初勝利)。その後は0勝。通算13戦3勝。

・2017年キセキ→重賞3戦目の菊花賞を勝ち、重賞初勝利を挙げました。現役ですので、こちらのタイプと決めてしまうのは少し早いのかもしれませんが、春のクラシックレースに縁が無かったというところは共通しています。
 現時点で、菊花賞後は0勝、通算11戦4勝。

 上記の5頭は、春のクラシック路線には間に合わず(あるいは本格化前)、秋の上り馬として菊花賞に臨み、見事に優勝しました。
 そして、「菊」で燃え尽きてしまったかのように、その後は「菊花賞馬に相応しい」好成績を挙げることが出来ませんでした。(キセキはこれから好成績を挙げるかもしれません。凱旋門賞2018への登録も報じられました)

② タイプ2→「日本競馬を代表する強豪馬」型

 春のクラシックでも活躍し、同期で「一番強い馬が勝つ」と言われる菊花賞を勝ち、我が国の競馬を代表する強豪馬として活躍したサラブレッド達です。

・2011年オルフェーヴル→言わずと知れた三冠馬。有馬記念2勝、宝塚記念優勝など、素晴らしい成績を残しました。
・2012年コールドシップ→皐月賞と菊花賞の二冠馬。有馬記念、宝塚記念、天皇賞(春)にも勝利しています。
・2013年エピファネイア→皐月賞と日本ダービーが2着。菊花賞勝利後、ジャパンカップにも優勝しています。

 2011年~13年は「強い菊花賞馬」が続きました。

・2015年キタサンブラック→皐月賞3着、日本ダービー14着でしたが、秋に本格化して「菊」を勝ち、その後は、天皇賞(春)(秋)、ジャパンカップ、有馬記念とG1制覇を続けました。
・2016年サトノダイヤモンド→皐月賞3着、日本ダービー2着ときて菊花賞優勝。その勢いで3歳にして有馬記念も制しました。

 これらのサラブレッドには「国際舞台での活躍」も観られます。日本を代表する競走馬として、毎年のように国際重賞レースに挑戦してきたのです。(ゴールドシップやキタサンブラックは海外で走ってはいませんが、海外の大レース挑戦の計画が有ったものの、コンディション等の関係で遠征しなかった形です)
 オルフェーヴルの2012年・13年のG2フォア賞2勝からの凱旋門賞2着2回は、まさに日本馬海外挑戦のエポックでしょう。

 さて、過去10年間の菊花賞馬をざっと見てきました。
 やはり、「ふたつのタイプ」に分けられると感じます。

 その中間タイプは存在しないように観えるのです。
 加えて「5頭ずつ」の同数で分けられるのですから、ある意味では不思議なことでしょう。

 2018年は、どちらのタイプが勝つのでしょうか。
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[10月14日・神宮球場]
読売ジャイアンツ4-0ヤクルトスワローズ

 セントラルリーグのクライマックスシリーズCSファーストステージ第2戦、ジャイアンツの菅野智之投手がノーヒットノーランの快投を魅せました。
 CS史上初の快挙です。

 スワローズを相手に6回までパーフェクトピッチング、7回2死から山田哲人選手との息づまるような対戦から四球を出してしまいましたが、後続をピシャリと締めて、ノーヒッターを達成しました。

 9イニング・113球を投げて、奪三振7、与四球1の完璧な投球でした。

① 「凄み」満点の投球

 このゲームの菅野投手は1回から「打たれる感じがしない」投球を披露しました。

 大谷翔平投手の様な165km/hの速球がある訳では無く、大魔神・佐々木主悦投手の様に落差抜群のフォークボールがある訳でもないのですが、「打者が振り切ることが出来ない投球」だったのです。
 もの凄い決め球がある訳ではない中での好投でしたから、一層「凄み」が感じられました。

 「球威十分」、コントロール抜群の投球だったのです。ヤクルト攻撃陣は、文字通りの「きりきり舞い」でした。
 そうした状況下で、唯一の出塁・四球を選んだのが山田哲人選手であったことが、この記録の重みを増していると感じます。今季も30・30を達成した、ヤクルト打線最強の打者にして、四球を選ぶのが精いっぱいだったように観えました。

 「ザ・投球」と称されるべき、菅野投手の9イニングであったと思います。

② 20世紀の大投手達を髣髴とさせるパフォーマンス

 21世紀になってから、還暦を過ぎたお茶の間のお父さん達からは「6回まで投げればよいとか、100球が目途とか、先発投手が情けない限りだ」という声が上がっていました。
 確かに「投手の分業化」は著しく進んでいたのです。

 しかし、そうした風潮の中で「菅野投手は別」だったのです。

 2018年シーズンの菅野投手のプレー振りは、20世紀の先発投手達、それもとびっきりの大投手達に一歩も引けを取らない、というか、それを超えている感さえ有ります。(いずれも2リーグ制導入以降の記録)

 例えば、「シーズン8完封勝利」

 これは、NPB全体でも1978年の鈴木啓示投手以来の記録ですし、ジャイアンツでは1963年の伊藤芳明投手(10完封)以来55年振りの記録となります。斎藤雅樹投手も江川卓投手も達成できていないのです。

 続いては、「2度目の3連続完封勝利」

 この記録を達成しているのは、金田正一投手(1958年・1965年)、米田哲也投手(1964年・1965年)、バッキー投手(1965年・1966年)の3投手のみ。菅野投手は4人目の達成者です。
 半世紀を経ての達成というのも、素晴らしいことでしょう。

 続いては、「3年連続の最優秀防御率」

 過去に達成しているのは稲尾和久投手(1956年~58年)のみ。菅野投手は史上2人目です。

 続いては、「200イニング超を投げ200奪三振」

 ジャイアンツにおいては、1981年の江川卓投手以来の記録です。

 等々、他にも挙げればきりが無いほどの記録が続きます。
 「お父さん達の嘆き」に、十分以上に応える大活躍でしょう。

③ 28登板、202イニング投球、10完投、8完封、15勝8敗、防御率2.14、200奪三振

 菅野投手は2018年のペナントレースでこうした記録を残し、最多勝・最優秀防御率・最多奪三振の「投手部門三冠」を達成しました。

 「沢村賞」の選考基準7項目を全てクリアしています。
 ミラクルなシーズンを送ったのです。

 菅野智之投手が、現在の「日本プロ野球界最高の投手」であることは、間違いないでしょう。
 ボール犬「わさび」(柴犬、メス、14歳)の引退式が10月8日に行われたと報じられました。

 3歳時、始球式のボールをマウンドに運ぶボール犬としてデビューした「わさび」にとって、11シーズンに渡る活躍に終止符が打たれたのです。

 「わさび」のデビュー戦は、2008年独立リーグの信濃グランセローズ戦でした。
 以降、籠に入れたボールを運ぶ愛くるしさが評判となり、NPBの千葉ロッテ、北海道日本ハム、東京ヤクルト等々の試合に登場するようになり、2013年にはオールスター第3戦(福島・いわきグリーンスタジアム)にも登場したのです。
 「わさび」はオールスター戦出場回数1回を誇る名犬?ということになります。

 さすがに14歳ともなると、年齢的な衰えもあり、今般の引退となったのでしょう。

 NPBのボール犬といえば、その草分け的存在である「ミッキー」(ゴールデンレトリバー、オス)が有名です。
 2005年3月、広島カープVS福岡ソフトバンクのオープン戦で、日本プロ野球初のボール犬としてデビューしました。
 8歳の誕生日目前のことでした。

 「ミッキー」は広島カープ所属のボール犬でした。背番号は111、登場曲はフランダースの犬でした。「ミッキー」は「わさび」と違い、始球式用とは限らず、ボールを運ぶことが仕事でした。デビュー戦?も、3回裏終了後、主審が「来い」と合図すると、ボール3個入りの竹籠を加えてホームベース付近に行ったそうです。

 当然のことながら、ボール犬となるには、場内の大歓声や大きな音に驚かないという資質、とても重要な資質が必須な訳で、目的地に間違いなく籠を運ぶ能力と共に、十分なスキルが要求されます。
 「ミッキー」も「わさび」も高いスキルを具備していたのです。

 「ミッキー」も2006年7月にオールスター戦に登場しています。
 「わさび」は「ミッキー」に続いたということになります。

 「ミッキー」は2007年9月、高齢を理由に惜しまれながら引退しました。
そして、今度の「わさび」の引退により、NPBにはボール犬が居なくなったと報じられています。

 MLBでは、いくつかの球団にボール犬が居ると聞いていますし、中にはボールだけでは無くバットも運ぶ「BatDog」も居るそうです。

 最高峰の技術・体力を保持する選手たちが、人生をかけて戦う「真剣勝負」、プロ野球の試合において、「一服の清涼剤」としてボール犬が果たす役割は、とても大きなものだと感じます。
 「ミッキー」はベースボールカードにも登場し、背番号111のレプリカユニフォームも在ったと聞いていますので、「ファンの発掘」にも寄与していたのでしょう。

 「ミッキー」や「わさび」に続く、ボール犬の登場が待たれます。
 10月12日付・東洋経済オンラインの記事「フェンシング2.0に挑む会長・太田雄貴の奮闘(瀬川 泰祐氏著)」は大変興味深いものでした。

 2017年8月に日本フェンシング協会の会長に就任した太田雄貴氏(北京オリンピック銀メダリスト)を中心とした「大改革」についての記事です。

① 300人から1600人に増加

 2016年に300人だった全日本選手権大会決勝の観客数が、2017年には1600人と5倍以上に増えたとのこと。

 これは、尋常なことではありません。

 全日本選手権大会という歴史と伝統に彩られた大会の観客数が、たった1年で(正確には2017年8月から12月までの僅か4ヵ月間だと思われますが)5倍になるというのは、おそらく、日本選手権大会を実施している全ての競技を含めても初めてのことでしょう。
 歴史の有る大会であればあるほど、「5倍」という大ジャンプは困難を極めると考えられるからです。

 テレビ放送で「LEDを多用した試合」を観ましたが、それも改革のひとつであったことを、この記事で知りました。
 2017年のこの大会に向けて、太田会長を始めとする新執行部は「20以上もの施策を実施した」のだそうです。
 素晴らしい取組です。

② 1000円のチケット料金を5500円にして、2日で完売

 続いて、2018年の全日本選手権大会(12月9日)に向けて、改革が続きました。

 2017年大会では一律1000円だった入場チケットを、2018年大会ではS席5500円、A席4000円、B席2500円として9月に販売し、販売開始後40時間で完売したというのです。全体の70%が発売初日に売れたそうです。

 太田会長の言葉「1000円で売っていた商品を5500円で売るために、どういう付加価値を付けていかなきゃいけないかを考えました・・・」の成果ということになります。

 就任後僅か1年余りで、「必要な付加価値を付けることに成功した」のですから、見事という他は無いと思います。

③ 2018年全日本選手権大会は「東京グローブ座」で開催

 東京グローブ座といえば、新宿区百人町にある演劇・ミュージカル向けの劇場です。
 そこでフェンシングの全日本大会を実施するというのですから、一見破天荒な話でしょう。
 
 昨年1600人の観客を集めた大会にもかかわらず、東京グローブ座の収容人員は703人ですから、熱心なファンから見れば「2人に1人しか入れない」ということになり、チケットに殺到したという面もあるのでしょうが、当然ながら、それも計算の上で会場を選定していることは明らかです。

 いずれにしても「大改革の面目躍如」といったところでしょうか。

 東京オリンピック2020に向けて、日本フェンシング界の挑戦は緒に就いたばかりなのでしょう。
 太田会長以下の今後の取組が、本当に楽しみです。

 当たり前のことを書き恐縮ですが、「どんな組織でも半年・1年で大きく変わることが出来る」のです。
 ひとりの小さな頭では無く、皆の知恵を集めて良く考え、施策を立案し、しっかりとした準備の下で、丁寧に実施すれば、効果が上がるのです。(施策立案、準備、実施のいずれも「ゆっくりしていてはダメ」です。時代が目まぐるしく動いている中では、スピード自体が価値なのです)

 それにしても、「スポーツパワハラ元年」とも言われる2018年のスポーツ界、「見苦しいこと」「聞き苦しいこと」「信じられない程粗末な事象」が多発している状況下、日本フェンシング界では、何と素晴らしい取組が行われていることでしょう。

 「俺は偉いんだ」と威張ってばかりいて、何もしない、或いは、何をやってもピントがずれている、或いは、判定における不正の横行等々、件の人達が「とんでもない存在悪」であることは間違いなさそうです。
 ポストシーズン真っ盛りのMLBですが、2018年のレギュラーシーズン結果にも、眼を向けて行きたいと思います。
 今回は「シーズン安打数」です。

[アメリカンリーグAL]
1位 ウィット・メリフィールド選手(カンザスシティ) 192本
2位 J.D.マルティネス選手(ボストン) 188安打
3位 ニコラス・カステラノス選手(デトロイト) 185安打

11位 ホセ・アルトゥーベ選手(ヒューストン) 169安打

[ナショナルリーグNL]
1位 フレディ・フリーマン選手(アトランタ) 191安打
2位 クリスチャン・イエリッチ選手(ミルウォーキー) 187安打
3位 ニック・マークエイキス選手(アトランタ) 185安打

 両リーグとも、今シーズンは「200安打打者」が誕生しませんでした。
 ALで毎年のように「200安打越え」を示現してきたアルトゥーベ選手が、今季は故障の為137試合の出場に留まったことが大きかったとは思いますが、MLB全体として、「安打数」への拘りが小さくなったことも、理由のひとつにあるのでしょう。

 今シーズンも「全体の三振数が安打数を上回り」ました。
 現在のMLBでは、「長打の試合勝利への貢献度」が高く評価されていますので、三振を恐れることなく長打を狙っていく形の攻撃が、奨励されているように観えます。
 ヤンキースのジャッジ選手が115安打/152三振・27本塁打、オークランドのクリス・デービス選手が142安打/175三振・48本塁打、テキサスのギャロ選手は103安打/207三振・40本塁打といった具合。

 今後MLBにおいては、「シーズン200安打」という指標の価値が、年々下がって行く可能性があるのかもしれません。

 10月3日、読売ジャイアンツの高橋由伸監督(43歳)の今季限りの辞任公表に続いて、11日、阪神タイガースの金本知憲監督(50歳)の辞任が報じられました。

 ジャイアンツとタイガースという、セントラルリーグの老舗名門球団の監督が揃ってユニフォームを脱ぐということになったのです。

 2018年ペナントレースの成績を観れば、ジャイアンツは3位、タイガースは最下位と言うことですが、両監督共、「成績不振」を辞任理由に挙げています。

 また、両監督共に「球団からは来季監督を依頼されている中」での辞任と伝えられました。
 俗な言い方をすれば、「クビになった訳では無く、自ら身を引いた」形です。

 両監督のコメントを見ると、「チーム成績が主要因」と言いつつも、「(監督在任中)しんどかった」という印象が色濃く滲んでいます。
 お二方とも、監督としての仕事がとても辛かったということなのでしょう。
 成績の良し悪しもさることながら、この「辛さ」がお二方に大きなダメージを与えたものと感じられます。

 名門球団の監督が大変な重責であることは言うまでも無いことであり、どんな方が取り組んだとしても「楽しい仕事である筈は無い」のでしょうが、お二人とも「重責を楽しむ部分が小さかった」ということなのかもしれません。

 どんなに辛い仕事でも、全体の10分の1位楽しめる部分、喜べる部分が有れば、なんとか耐えていけるものでしょうが、お二方のコメントからは「常に苦しかった」というニュアンスが伝わってきます。
 その心労蓄積は、私達の想像を大きく超えるものだったのでしょう。

 お二方とも、監督としてはまだ若いので再びユニフォームを着るチャンスがありそうですが、取り敢えずは「お疲れ様でした。しばらくはゆっくりお休みください」という言葉をかけて上げるのが良いのかなと、一野球ファンとして思います。
[アメリカンリーグAL地区シリーズ]
ヒューストン・アストロズ<3勝0敗>クリーブランド・インディアンズ

[ナショナルリーグNL地区シリーズ]
ミルウォーキー・ブリュワーズ<3勝0敗>コロラド・ロッキーズ

[NL地区シリーズ]
ロサンゼルス・ドジャース<3勝1敗>アトランタ・ブレーブス

 2018年シーズンの地区シリーズは、早々に3カードの決着が付きました。

 アストロズVSインディアンズは、3ゲームとも接戦となりましたが、「最後はアストロズが押し切った」印象ですので、アストロズの方が地力が上、特に「先発投手陣の安定感」で上回ったというところでしょうか。

 ブリュワーズVSロッキーズも、3ゲームとも接戦でしたが、3ゲームとも先制したブリュワーズが終始ゲームを優位に進め、終盤の得点で勝ち切ったという形。ロッキーズにとっては、初戦のサヨナラ負けが悔やまれるところでしょう。

 ドジャースVSブレーブスは「互角」と見られていましたが、初戦・第2戦のドジャース先発投手の好投が光りました。2試合連続完封勝ちと言うのは、ポストシーズン地区シリーズではなかなか観られないものでしょう。先に王手をかけられてしまい、ブレーブスとしては一矢を報いるのがやっとでした。

 いずれも、レギュラーシーズンの成績上位のチームが勝ち上がったのです。

 これら6チームのレギュラーシーズンの勝ち数を見ると
・アストロズ103勝-インディアンズ91勝
・ブリュワーズ96勝-ロッキーズ91勝
・ドジャース92勝-ブレーブス90勝

 となっていますから、他地区チームやインターリーグのゲームを踏まえたレギュラーシーズンの成績通りの結果になっている形で、今季は「番狂わせ」が少ないことが分かります。

 残る地区、ALのもうひとつのカードが最期になりました。
ボストン・レッドソックス<3勝1敗>ニューヨーク・ヤンキース

 レギュラーシーズンの勝ち星でも、レッドソックス108勝VSヤンキース100勝となっていますから、こちらもレギュラーシーズン成績上位が勝つという結果となりました。
 ヤンキースは第2戦で意地を見せましたけれども、第3戦の大敗で勢いを失ったのでしょう。

 2018年のMLBポストシーズンは、NLワイルドカードにおいて、ロッキーズ(レギュラーシーズン91勝)がシカゴ・カブス(同95勝)を破った以外は、レギュラーシーズンの勝ち数比較通りの結果となったのです。
 
 さて、ポストシーズン2018は、いよいよAL・NLのリーグチャンピオンシップに突入します。

 このままの傾向が続くとすれば、ALはレッドソックスが、NLはブリュワーズが有利と言うことになりますが、それでは「ポストシーズンゲームの意味が無い」という、極端なご意見も出てきそうです。

 アストロズとドジャースの健闘が期待されますし、両チームにはリーグチャンピオンに輝く実力が十分に有ると感じます。
 
 ニュージーランド代表(オールブラックス)とオーストラリア代表(ワラビーズ)の対戦=キヤノン・ブロディスローカップ2018が10月27日に迫りました。

 ほとんど常に世界ランキング1位のオールブラックスと、その永遠のライバル・ワラビーズの対決は、世界ラグビー界注目のゲームでしょうし、それが来年に迫った、ワールドカップの決勝会場に予定されている神奈川・日産スタジアムで開催されるのですから、遠路はるばるやってきた両チームにとっても、色々と得るものが有ることになります。

 さて、お金の話で恐縮ですが、このゲームのチケット価格が興味深いと感じます。

 いずれも前売り価格ですが、カテゴリー1指定席が1枚30,000円、同2指定席が21,000円、同3指定席が15,000円、同4指定席-大人7,000円・子供3,500円、車椅子エリアが7,000円となっています。

 通常の我が国で開催されるスポーツイベントのチケット価格に比して、「高い」というイメージなのでしょうか。

 「公式戦ではなく親善試合」という点から見れば高いのでしょうし、「世界最高水準のチーム同士の対戦」という視点からは、相応、あるいは安いというご意見も有りそうです。

 私の感覚では「相応」というところでしょうか。

 昔の話で恐縮ですが、25年程前のNFLのニューヨーク対決のチケット、試合前日に宿泊先ホテルのコンシェルジュに依頼して用意してもらったチケットが1枚1,000ドル(現在のレートなら約110,000円)であったことや、新しいヤンキースタジアムのネット裏席のチケットが1枚440ドル(同約48,400円)、MLBの公式戦が東京ドームで開催された時のネット裏席が25,000円、であった等々の事例から見れば、オールブラックスVSワラビーズの親善試合の最も高価な席のチケットが30,000円というのは、良いバランスのように感じられるのです。

 ひょっとすると、日本のプロスポーツのチケット価格は、その他の物価と比べて、やや低いのかもしれないと考えてしまいます。
 もちろん、現代日本の需要と供給からチケット価格が決まっていることは当然のことですから、無暗に上げれば良いというものではありません。

 つまり、「日本のチケット代が安い」とすれば、安い理由が有ると考えるのが自然です。

 もちろんチケット価格は、選手の年俸やスタジアムの環境等、そのスポーツ全般に大きな影響を与えるものですから、その国のそのスポーツの維持・発展に、本質的な影響を与えるものであることは、言うまでも無いことでしょう。

 そして、スタジアムでの観戦、自分の眼でプレーを観、自分の五感でゲームを感じるというのは、テレビ観戦やパソコン観戦では到底得ることが出来ない「素晴らしい物」であることも、言うまでも無いことでしょう。
 現場での観戦は、画面で観るものとは「全くの別物」なのです。
 そして、その価値が、チケット価格に反映されるものなのでしょう。

 プロスポーツを主催する側としては、この「素晴らしい物・価値」をキッチリとお客様やお客様予備軍にアピールする努力が必要なのでしょうし、観戦する側としては、この「素晴らしい物・価値」を把握し感じる感性と知識・情報を、身に付けて行く必要があるのでしょう。
 昨2017年シーズン終了後、マイアミ・マーリンズは大幅なチームの改革を実施しました。
 元ヤンキースのデレク・ジータ氏を始めとするチーム首脳陣が、「年俸の高い中心選手達」を放出し、若手主体のチーム作りに取り掛かったのです。

 ジャンカルロ・スタントン選手、クリスチャン・イエリッチ選手、ディー・ゴードン選手らが放出されました。

 マーリンズの屋台骨を支えていた、これらのプレーヤー達の2018年シーズンを観て行きましょう。

 まずはイエリッチ選手。
 ミルウォーキー・ブリュワーズに移籍し、ナショナルリーグNLの首位打者に輝きました。
 打率.326、187安打、36本塁打、22盗塁、OPS1.000という、見事な活躍です。
 打って、走って、守れるという、万能型プレーヤーとして、リーグ最高水準の成績を残したのです。
 イエリッチ選手について観れば、「移籍が才能を開花させた」と言って良いでしょう。

 続いてはスタントン選手。
 売り物のホームランは38本とまずまずでしたが、打率は.266とやや低く、OPSも.852と不本意なものでした。
 ニューヨーク・ヤンキースに移籍して、ややヤンキースの毒気?に当てられたというところでしょうか。

 続いてはゴードン選手。
 シアトル・マリナーズに移籍しましたが、売り物の盗塁こそ30個とまずまずでしたが、打率は.268と不本意なものでした。力を発揮できていないと見るのが妥当でしょうか。

 イエリッチ選手とスタントン選手は、チームがポストシーズンに進出し、両名とも中心選手として頑張っています。
 大袈裟に言えば「解体された」マーリンズの中心プレーヤー達は、さすがに何処に行っても「隠れ無き実力」を示しているのです。

 一方で「大改革」を目指したマーリンズの方は、63勝98敗・勝率.391という散々な成績、MLB全体で見ればボルチモア・オリオールズに次ぐ低い勝率で2018年レギュラーシーズンを終えました。

 「再建途上」ということはあるのかもしれませんが、マーリンズファンから「何も楽しむものが無いチーム」という声が出てきている怖れはあります。

 当然のことながら、プロスポーツは、もちろん勝った方が良いのですが、「勝てば良いというものでは無い」のです。
 例えば、贔屓のプレーヤーが活躍すれば、試合は負けても満足できることも有るのですから・・・。
 前回、イナボレス号のコラムを書いた時、久し振りに「花の47年組」という言葉を思い出しました。
 この「47年」は「昭和47年」(1972年)にクラシックレースを走ったことから付けられた名称と書きましたが、昭和が平成となり、来年には次の元号になるのですから、前の元号と呼べる内に、この素晴らしい世代を「おさらい」しておこうと思います。

① ヒデハヤテ号(通算9戦6勝、父タマナー、母ワカシラオキ)

 最強世代の名を欲しいままにした「47年組」の先陣を切ったのは、ヒデハヤテでした。1971年の阪神3歳ステークスを圧勝し、最優秀3歳牡馬(現在なら2歳)を受賞しています。無事に走り続けていれば「三冠馬」になったのではないかと言われます。(この世代には、このフレーズが何度も登場します)
 残念ながら、3歳春のスプリングステークスで故障し、クラシックの舞台を踏むことはありませんでした。

② ランドプリンス号(21戦6勝、父テスコボーイ、母ニューパワー)

 ヒデハヤテが姿を消した後、1972年クラシックレースの主役に躍り出た「関西3強」の一角。
 皐月賞を制しました。

③ ロングエース号(10戦6勝、父ハードリドン、母ウインジェスト)

 「関西3強」の一角。日本ダービーを制しました。ロングエース、ランドプリンス、タイテエムの3強によるゴール前の叩き合いは、「ザ・3強のダービー」と呼ばれる名レースでした。(本ブログ・2013年5月25日の競馬コラム59「第39回日本ダービー「ザ・3強」のレース」をご参照ください)

④ イシノヒカル号(15戦7勝、父マロット、母キヨツバメ)

 関西3強に対抗する東の一番手と称され、皐月賞はランドプリンスの2着、菊花賞とこの年の有馬記念を勝ちました。
  「花の47年組」で唯一の年度代表馬に輝いていますから、多士彩々のこの世代の代表馬ということになれば、イシノヒカルなのでしょう。

⑤ タイテエム号(16戦8勝、父セントクレスピン、母テーシルダ)

 「関西3強」の一角。1973年の天皇賞(春)を制しました。
 父セントクレスピンが1959年の凱旋門賞馬であり(持込馬。当時、凱旋門賞馬の仔は日本競馬では少なかったのです)、鹿毛・四白流星の華やかな馬体もあって「貴公子」と称されました。

 「関西3強」+イシノヒカルの4頭は、いずれも「生まれる年が違っていれば三冠馬になれた」と言われました。この世代には、ヒデハヤテを加えて「5頭の幻の三冠馬」が居たことになります。

 以上の5頭が「クラシック戦線」という視点で観た時の「花の47年組」の中核馬ということになりますが、この世代の奥行きはとても深いのです。
 続いては、「有馬記念」という視点です。

⑥ ストロングエイト号(37戦9勝、父アイアンリージ、母ストロングウインド)

 1973年の有馬記念を制しました。ハイセイコーやタニノチカラを相手にしての「あっと驚く勝利」でしたが、1974年にも大活躍をしましたので、実力十分なサラブレッドだったのです。

⑦ タニノチカラ号(24戦13勝、父ブランブルー、母タニノチェリ)

 1973年の天皇賞(秋)と1974年の有馬記念に勝ちました。そして、73年・74年と2年連続で最優秀5歳以上牡馬(現在なら4歳以上)の表彰を受けています。
 これで、「花の47年組」は、1972年~74年の3年連続で有馬記念を制したことになります。最強世代の面目躍如です。

 G1というか、当時の事ですから「八大競走」に優勝した馬達は、②から⑦の6頭です。
 「花の47年組」の凄いところは、八大競走以外の重賞でも大活躍した馬達が、ズラリと控えていて、それらの馬達は「とても個性的」で人気が高かったことでしょう。
 そのラインナップは、他世代を圧していると感じます。

 まずは、牡馬の個性派達から、観て行きましょう。

⑧ ハクホオショウ号(23戦8勝、父ヒンドスタン、母ステラパーダリス)

 日本競馬史に燦然と輝く大種牡馬ヒンドスタンの「最後の傑作」と称されました。
 安田記念を始めとする重賞4勝です。

⑨ スガノホマレ号(45戦8勝、父シンザン、母モトコ)

 重賞4勝馬ですが、何より「快足」で鳴らしました。芝の1100m、1200m、1400m、1600m、1800mでレコード勝ちしています。特に1800m、京王杯オータムハンデで叩き出した1分46秒5は「異次元のタイム」と呼ばれました。
 5つの距離でのレコード樹立は、タケシバオーと並ぶJRA最多記録です。(本ブログ・2012年9月4日競馬コラム2「京成杯AHとスガノホマレ」をご参照ください)

⑩ トーヨーアサヒ号(38戦8勝、父セダン、母カネカエデ)

 「花の47年組」で逃げ馬と言えばトーヨーアサヒでしょう。重賞5勝馬。
 キッチリとしたラップを刻み、そのまま押し切るというレース振りから、「走る精密機械」と呼ばれました。

⑪ ナオキ号(30戦13勝、父サウンドトラック、母エイトクラウン)

 重賞5勝馬です。宝塚記念や鳴尾記念を制しました。

⑫ イナボレス号(76戦8勝、父ヘリオス、母ボーレスクイン)

 「花の47年組」で最も多くのレースに出走しました。重賞4勝馬です。
 中央競馬最多重賞出走記録は金字塔です。(本ブログ・2018年9月20日の競馬コラム212をご参照ください)

⑬ ノボルトウコウ号(68戦13勝、父パーソロン、母サンビユロー)

 イナボレスの76戦が圧倒的だろうと思うと、「花の47年組」はレベルが高く油断禁物、ノボルトウコウは68戦を走っているのです。 イナボレスの独走は許さないと言ったところでしょうか。重賞5勝馬です。

⑭ ハマノパレード号(20戦8勝、父チューダーペリオット、母オイカゼ)

 1973年の宝塚記念に勝ち、勢いに乗って臨んだ高松宮杯で故障を発症、予後不良と判断され、翌日に「屠殺」されたことが物議を呼びました。(可哀そうなことをしました)予後不良後の「安楽死」というシステムを作るきっかけとなったとも言われます。
 重賞3勝馬です。

⑮ タケクマヒカル号(22戦9勝、父チューダーペリオット、母ソロナカホー)

 チューダーペリオット産駒がもう一頭。4歳になって本格化したタケクマヒカルは重賞を3つ勝ちました。

⑯ ツキサムホマレ号(52戦13勝、父チャイナロック、母ハロースカイ)

 イナボレスの76走、ノボルトウコウの68走に続くのが、ツキサムホマレの52走です。
 札幌記念と函館記念で重賞3勝。北海道で強い馬ということですが、1974年にはワシントンDCインターナショナル競走に招待され、海外遠征しました。「花の47年組」唯一の海外遠征馬なのです。

⑰ クリイワイ号(18戦6勝、父オンリーフォアライフ、母クリヒデ)

 東京・中山以外では走ったことが無い馬でしたが、18戦して掲示板を外した=6着以下、は1度だけという安定感を誇りました。重賞2勝馬です。

 ここまで書いてくると、「花の47年組」の層の厚さに驚かされますが、ようやく牝馬の登場です。
 
⑱ トクザクラ号(17戦7勝、父パーソロン、母トクノコギク)

 1971年の朝日杯3歳ステークスに勝ちました。メンバー唯一の牝馬が「東日本NO.1」の座に就いたのです。
 桜花賞は4着に敗れましたが、重賞4勝と気を吐きました。
 1971年の最優秀3歳牝馬賞(現在なら2歳)、72年の最優秀4歳牝馬(同3歳)の表彰を受けました。世代を代表する牝馬だったのです。

⑲ キョウエイグリーン号(35戦11勝、父マタドア、母リユウカオル)

 スプリンターズステークス(1973年)と安田記念(1974年)という、後にG1となる2レースを制しました。

 さすがの「花の47年組」も、そろそろ終わりだろうと思う方も多いとは思いますが、平場のみならず障害にも勇者が居るのです。

⑳ グランドマーチス号(63戦23勝(障害レース39戦19勝)、父ネヴァービート、母ミスギンオー)

 平場では思うような成績を残せなかったグランドマーチスは、古馬になってから障害競走に転向しました。体が大きくなり本格化したことも有るのでしょうが、祖母に1956年秋の中山大障害に優勝したハクレイが居たことも要因のひとつなのでしょう。

 この障害競走への挑戦が、グランドマーチスの運命を大きく変えたのです。
 1974年の春秋、75年の春秋の中山大障害を4連覇。加えて74年秋と75年春秋の京都大障害にも3連覇しています。
 障害の大レースにおいて「無敵の強さ」を示したのです。

 1974年と75年の2年連続で最優秀障害馬賞を受賞しています。
 そして、1985年にJRA顕彰馬に選出されています。
 この「顕彰馬」選出は、障害馬において唯一であり、優駿が居並ぶ「花の47年組」においても唯一です。

 「花の47年組」の20頭の馬達を挙げてきました。
 八大競走優勝馬や、重賞を2勝以上制した馬達を挙げてみましたが、多士彩々の世代ですので掲出漏れが有るかもしれません。その際はご容赦ください。

 イシノヒカル、ヒデハヤテ、関西3強(ランドプリンス、ロングエース、タイテエム)の5頭が、いずれも「幻の三冠馬」ではないかと言われていますし、3年連続の有馬記念制覇は世代の強さを明確に示していますが、何と言っても、この世代のバリエーションの広さが、凄いところでしょう。

 障害競走の顕彰馬、5つの距離でのレコードホルダー、中央競馬最多重賞出走記録保持馬、2年連続の最優秀5歳以上牡馬賞受賞馬、ワシントンDCインターナショナル競走出走馬、50戦以上走り重賞を複数制した4頭、等々、牡馬・牝馬、平場・障害、4歳(現在の3歳)・古馬、国内・海外、とあらゆるシーンで、長い間、多くの馬達が活躍したのです。

 「花の47年組」は、これからも長く語り継がれて行く存在なのではないでしょうか。
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我が家の月下美人も16年目。同時に30個の花が咲くこともあります。スポーツも花盛りですね。一緒に楽しみましょう。

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