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HOME   »  クライフの遺言8・喜びが足りない。
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 「ワールドカップなどのいろいろな試合を観ているが、『喜び』が足りないと思う」とクライフ氏は言います。

 観客から見て「面白い試合が少ない」という意味なのだと思います。

 ワールドカップやユーロといった大会には、その時点その時点の世界最高のプレーヤーが集い、世界最高のプレーを魅せてくれますし、そのプレーのテクニックやフィジカルは、いつの時代もとても高いレベルに在ります。

 また、リーガ・エスパニョーラやプレミアリーグ、ブンデスリーガなどで繰り広げられるクラブ同士の戦いも、世界最高峰のものなのでしょう。

 これらの試合をいろいろ観るが、クライフ氏は「喜び」が足りないとコメントしているのです。

 テクニックやフィジカルが最高レベルであることは間違いないのですから、「喜び」「面白さ」が不足している原因は、戦術面にあることになります。

 「勝利至上主義」から、ディフェンスを固めワンチャンスを狙いに行くといったサッカーでは、観客に十分なエンターティンメントを提供している事にはならない、という意味なのかもしれません。

 クライフ氏は続けます。
 「観客は一週間働き、試合を楽しむためにやってきます。試合は必ずどちらかが勝ち、どちらかが負けます。しかし、勝利が『喜び』につながるとは限らない」と。

 たとえ、贔屓のチームが勝利を収めたとしても、つまらないゲームがあるのです。
 たとえ、負けたとしても「サッカーを堪能できるゲーム」もあるのでしょう。

 観客は、贔屓のチームを応援に来ている訳ですか、その前にまずは「面白いサッカー」を期待していると、クライフ氏は言っているように感じます。

 そして、「面白いゲーム」を提供する努力が、現代のサッカー関係者には不足していると述べているのでしょう。

 もちろん、プロサッカー関係者は、チームの成績が良くなければ解任されてしまうリスクが有ります。これはコーチや監督だけではなく、プレーヤーも同様です。
 「解任」されるのは誰でも嫌なことでしょうから、どうしても「勝利に拘る」プレーが展開されることとなるのは、止むを得ないことでもあるのでしょう。

 しかし、それでも「喜び」提供の重要性を主張するクライフ氏には、「現代サッカーのパイオニア」としての誇りと自負が感じられますし、晩年に至って、サッカー界の将来を危惧する気持ちも有ったのかもしれません。
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