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HOME   »  サッカー伝説7・皇帝レイモン・コパ
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 1950年代のフランスサッカーを代表するプレーヤーが、レイモン・コパ選手(レイモン・コパゼフスキー)です。

 フランスのリーグアンでは、主にスタッド・ランスに所属して、550試合以上に出場し114ゴールを挙げて、4度のリーグアン制覇に貢献しました。

 そして1956年にはレアル・マドリードに移籍、当時レアルの「心臓」であったディ・ステファノ選手と共に全盛期を創出しました。
 コパ選手は3シーズンに渡りレアルに所属しましたが、その全てのシーズンでUEFAチャンピオンズカップ(現在のチャンピオンズリーグ)を制しています。所属した全てのシーズンというところが素晴らしい。
 この間、リーガ・エスパニョーラも2度制覇しました。
 レアルでは101試合に出場して30ゴールを挙げています。

 レイモン・コパ選手のキャリアを見ると、こうしたクラブチームでの大活躍が際立ちますが、FIFAワールドカップでも見事なプレーを魅せているのです。

 1958年のワールドカップ・スウェーデン大会、フランスチームは準決勝で優勝したブラジルチーム(ブラジルのペレ選手がワールドカップにデビューした大会です)に敗れたものの、3位決定戦では西ドイツチームを相手に6-3と快勝して、3位となりました。

 このフランス代表チームの骨格を成していたのが、レイモン・コパ選手とジュスト・フォンテーヌ選手でした。
 コパ→フォンテーヌのホットラインから、次々と得点が生まれました。
 スウェーデン大会の得点王は、13得点のフォンテーヌ選手でしたが、この「1大会13得点」というのは、いまだに破られていない、ワールドカップの最多記録です。
 もちろんコパ選手はアシスト王でした。(自身も3ゴールを挙げています)

 この1958年、ワールドカップでの大活躍が評価されたのでしょう、レイモン・コパ選手はバロンドールを受賞しました。
 2010年には、ディ・ステファノ、ボビー・チャールトン、エウゼビオに続いて4人目となるUEFA会長賞も受けています。レイモン・コパの欧州サッカーにおける位置づけの高さを如実に示す事実でしょう。

 「ナポレオン」レイモン・コパを擁して黄金時代を迎えたフランス代表チームが、再び世界の舞台で脚光を浴びるのは、「将軍」ミッシェル・プラティニの登場を待たなければならなかったのです。
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