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HOME   »  斎藤仁選手、逝く。
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 オリンピック2大会連続金メダリストであり、日本柔道重量級の黄金期を支えた選手でもあった斉藤仁氏の逝去が、1月20日に報じられました。54歳の若さでした。

 斉藤仁選手と言うとすぐに思い浮かぶのは「強い柔道選手」というイメージです。私は、世界柔道史上、重量級のプレーヤーとしてはベスト3に入る選手であろうと考えています。

① 1988年ソウルオリンピック95kg超級金メダル

 ご記憶の様に、この大会で柔道日本代表チームは思わぬ大苦戦。最終日の95kg超級まで金メダル0という成績でした。決勝に進んだ斉藤選手の相手は韓国代表選手。場内は、韓国選手を応援する声で溢れかえり、異様な雰囲気でした。
 斉藤選手はしかし、こうした状況下でも終始攻めながら冷静な試合運びを見せ、見事に勝利を収めたのです。「力の差はとても大きい」と感じたことを憶えています。

 そもそも、この頃の世界の柔道は、グローバルスポーツ競技として史上最もつまらない時期であったと思います。相当いびつなルールが横行していたのです。

 ソウルオリンピックでも、試合開始早々に「教育的指導」や「効果」を取った選手が残りの試合時間を逃げまくるという有様の試合が続きました。
 「効果」といっても、技をかけてのポイントと言うより、何らかの理由で「膝をついた」だけで審判から宣告されたりしていました。

 一度相手が膝をついて「効果」を取ると、後は逃げまくる。技の「掛け逃げ」もやり放題、背負い投げに行くふりをして自分から手を離して前に倒れ込む姿が頻発するに至っては、およそ「スポーツとは言えない」代物であると感じました。
 スポーツは「お互いに攻め合う」形でなければプレーヤーにとっても観客にとっても、面白く無いものになってしまいます。当然ながら「面白く無いスポーツは衰退する」のです。

 こうした、グローバルスポーツに有るまじき状態に対しても、この時の斉藤選手は挑んでいたと思います。ポイントを挙げて有利に試合を進めながら、決して逃げることなく、「真の柔道」を展開したのです。
 素晴らしい柔道を魅せていただいたと感じます。
 
② 山下泰裕選手との激闘

 全日本柔道選手権大会を9連覇した山下泰裕選手は、日本柔道史上・世界柔道史上の最強選手であろうと思いますが、その山下選手の9連覇の最後の3連覇は、いずれも斉藤選手との決勝対決でした。

 この決勝戦が凄かった。まさに「剣豪同士の対決」といった様相を呈しました。両者ともに「ほとんど技を出せない」のです。技をかけに行った時の「僅かなバランスの崩れ」「僅かなスキ」が命取りになることを、両選手が心底感じていたのであろうと思います。
 互いに細心の注意を払いながら、技をかける機会を狙っているのですが、互いに全く隙を見せることがないために、時間ばかりが進んでいくという試合。達人同士の目に見えない凄まじい攻め合いが続く試合ばかりでした。

 大半の試合で、ゆうゆうと技をかけに行く山下選手が、ほとんど動けない相手というのは、斉藤選手だけであったと思います。山下泰裕選手と斉藤仁選手の力量は、ほぼ互角だったでしょう。
 当時の日本柔道重量級には「世界一の柔道選手が2人」居たのではないでしょうか。

 2人の対戦成績は、8試合で山下選手が8勝しています。あの超接近した試合内容と、この一方的な試合結果に、逆に斉藤選手の強さを感じます。最強の柔道選手である山下選手は、斉藤選手に対してのみ「絶対に負けない柔道を展開した」のでしょう。

③ 人柄・精神面の強さ

 斉藤選手は「表情豊かなプレーヤー」でした。①の金メダル獲得の際には、表彰式で大泣きしていました。愛すべき人柄の選手だったのです。

 1985年の世界選手権大会決勝で、相手選手が反則技をかけて斉藤選手が脱臼してしまったのですが、この試合は「斉藤選手の棄権負け」となりました。反則を犯した相手選手が勝ったという「滅茶苦茶な判定」でしたが、斉藤選手は騒ぐわけでもなく整斉とこの結果を受け入れていたように見えました。

 何でもいいから、どんな手段を使ってもいいから「ただ勝てば良い」といった、「柔道の本質からかけ離れた物の考え方」から、最も遠くに位置しているのが斉藤仁選手だったのでしょう。

 そして、こうした心持ちをベースに、オリンピックや世界選手権の好成績を生んでいきました。ただ優しく正直なだけでは無く、素晴らしい精神力を具備した「本当に強い選手」でなければ、到底出来ないことでしょう。

 強かったというだけでは無く、特に③の点から、斉藤選手には「日本柔道を支える指導者」としての期待がかかりました。そして、代表チームの監督としても好成績を残しましたが、誹謗中傷・妬み嫉み・権力欲といった浅ましい概念から、かけ離れた存在であったためか、長く日本柔道の指導的ポジションに居ることはありませんでした。

 そして2014年、日本柔道界の改革が始まった今、斉藤仁氏の復帰が待望されていた矢先の訃報だったのです。本当に、本当に残念です。

 「柔道に真正面から取り組む」という冷徹な心持ちを選手に課しながら、試合に臨んでは選手に「十二分の闘争心」をも保持させるという、「理想的な指導者」となり得る逸材であったと思います。
 世界を相手に戦って行くあらゆるスポーツ競技・種目において、こうした指導者が望まれるのです。

 斉藤仁氏のご冥福をお祈り申し上げます。
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