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HOME   »  温故知新2020女子テニス2・ビリージーンキング選手
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 温故知新2020女子テニス編その2です。

 今回採り上げるのは、ビリー・ジーン・キング選手。
 我が国ではキング夫人と呼ばれることが多い選手ですが、オーストラリアのコート夫人共々、この頃は既婚の女子プレーヤーを「夫人」と呼んでいたのかもしれません。

 アメリカ合衆国カリフォルニア州出身のキング選手は、1960年にデビューし1983年に引退しています。
 デビュー年は、前稿のマーガレット・コート選手と一緒です。
 共に素晴らしいプレーヤーだった2人が「好ライバル」となったのは、自然な成り行きなのでしょう。

 キング選手は、4大大会のシングルスで計12回優勝(全豪1、全仏1、全英6、全米4)し、ダブルスでも16回優勝(全仏1、全英10、全米5)、混合ダブルスでも11回優勝(全豪1、全仏2、全英4、全米4)、計39回優勝という、素晴らしい成績を収めています。
 全体の優勝回数ならば、マーガレット・コート選手に及びませんが、全英・ウィンブルドンのシングルスとダブルスの成績が出色です。
 
 ウィンブルドンにおける活躍が際立つビリー・ジーン・キング選手ですが、特に有名なのは1979年のダブルスでしょう。
 あのマルチナ・ナブラチロバ選手とのペアで優勝しているのです。
 35歳のキング選手が23歳伸び盛りのナブラチロバ選手と組んでの優勝は、ナブラチロバ選手がその後の女子テニス界の「覇権」を握ったことを思うと、まさに世代交代の象徴、「時空を超えたペアリング」という感じがします。

 ビリー・ジーン・キング氏は引退後、フェドカップやオリンピックのアメリカ代表チームの監督を務めるなど、まさにアメリカテニス界を牽引し続けました。

 2006年の全米オープン大会において、ニューヨーク・フラッシングメドウにある大会会場は「USTAビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニスセンター」と名付けられました。
 
 ビリー・ジーン・キングの偉大な功績は、永遠に語り継がれることとなったのです。

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