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HOME   »  競馬コラム228・タップダンスシチー金鯱賞3連覇
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 2003年から2005年までの金鯱賞を3連覇したのが、タップダンスシチーです。
 それも、6歳から8歳までの3連覇です。
 そもそも、JRAの平場重賞を3連覇する馬自体が滅多に居ない中で、年を重ねた後に達成したのは「見事」の一語でしょう。

 タップダンスシチーが初めて重賞を勝ったのは5歳の秋、朝日チャレンジカップG3でした。3歳から走り始めて22戦4勝だった馬が、ついに重賞ウイナーになったという形でしたが、ここからのタップダンスシチーの活躍は素晴らしいものでしたから、まさに「大器晩成型」だったのです。

 翌6歳・2003年の5月に金鯱賞G2に勝ちました。そして秋・10月に京都大賞典G2を制し、その勢いのまま11月のジャパンカップを制覇したのです。物凄い躍進。
 5歳の年頭までは条件馬だったのですが、6歳秋にはG1の中のG1と呼んでも良いであろうジャパンCに勝つのですから。

 そして7歳・2004年も金鯱賞を制して勢いに乗り、宝塚記念G1に優勝しました。
 こうなると「関西のエース」という存在になりますから、凱旋門賞挑戦という話になり、いくつかの障害をクリアしながら渡仏して挑戦しましたが、これは17着(優勝はパゴ)に敗れました。体調が万全では無かったのでしょう。
 それでも帰国後の有馬記念2004で、ゼンノロブロイの2着に入っていますから、本当に強かったと感じます。

 そして8歳・2005年も金鯱賞を制して、宝塚記念連覇に挑みました。
 これは残念ながら、レース直前の怪我(厩舎内で他の馬に蹴られ重傷)という不運に見舞われて7着に敗れました。
 このレースを無理に使ったためか、タップダンスシチーは「すっかり走る気をなくしてしまった」のでしょうか。もともと闘争心で戦っていたタイプ、長い脚を使っての粘りのレースを身上としていたにも関わらず、以降は凡走を繰り返しました。

 金鯱賞におけるタップダンスシチーの強さは別格という感じがします。
 2003年には、2002年の覇者であり安田記念G1にも勝ったツルマルボーイを退け、2004年と2005年には、アドマイアグルーブとスティルインラブを2年連続で下しています。

 本格化した後のタップダンスシチーは、まさに優駿だったのです。

 タップダンスシチー号、父プレザントタップ、母オールダンス、母の父ノーザンダンサー。通算42戦12勝。主な勝ち鞍、ジャパンカップ、宝塚記念、金鯱賞3勝、京都大賞典、朝日チャレンジC。

 タップダンスシチーは初勝利(新馬戦)から2勝目(特別競走)までに7回走り、2勝目から3勝目(特別競走)までに8回走っています。
 こうした、「条件戦をなかなか勝てない」馬が、後にジャパンカップ、宝塚記念を勝つのです。
 「本格化」見極めの難しさ・重要性を改めて教えてくれた存在でした。

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