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 7月9日、残念なというか、驚くべきニュースが飛び込んできました。

 アメリカのアイビーリーグが、今秋にスタート・開催する、アメリカンフットボール、バスケットボール、フィールドホッケー、バレーボール、クロスカントリーといった、関連する多くのスポーツイベント開催を中止すると発表したのです。
 新型コロナウイルス禍の影響による、信じられないような報道でした。

 アイビーリーグが、アメリカ合衆国北東部に存する8つの大学を総称するもので、その8大学=ハーバード大学、コロンビア大学、ブラウン大学、コーネル大学、ダートマス大学、プリンストン大学、ペンシルベニア大学、エール大学、はいずれも全米を代表する名門・超難関校であることは、広く知られているところです。
 1636年に創立された全米最古の大学ハーバード大学を始めとして、アイビーリーグは、歴史上常に、アメリカ合衆国の政財界・学会・法曹界を支える人材を多数輩出してきました。

 もともと「アイビーリーグ」という言葉自体が、1945年の8校の学長によるアイビー・グループ協定締結=各大学のアメリカンフットボールチームの運営に関する全てのことを取り決めたもので、特に「優秀なスポーツ選手の獲得競争が過熱し過ぎないこと」に力点が置かれていますが、その協定締結がもとになった言葉ですから、スポーツとの縁が深いものなのです。
 学業超優秀な8校は、スポーツにおいても全米をリードする存在であり、極めて強いライバル関係にあったことを如実に示す事象です。
 この「アイビー・グループ協定」は、1954年にフットボールに限らず、全てのスポーツに拡大されました。
 そして、この年1954年がアイビーリーグ誕生の年とされているのです。

 ちなみに、アイビーリーグの学生諸氏のファッションをベースに「アイビールック」と呼ばれるファッションが生まれ、我が国ではVANジャケットとMENS CLUBにより、広く紹介されたことは、ご承知の通りです。

 さて、話を戻します。

 アメリカ合衆国の政財界を始めとして、スポーツ界をもリードしてきたアイビーリーグが、2020年の秋開始の各種スポーツイベントを中止するということは、「計り知れない影響」をカレッジスポーツ界全体に与えることが予想されます。
 引いては、アメリカのスポーツ界全体にも大きな影響を及ぼすことでしょう。
 それは、私達の想像を遥かに超えると思います。

 例えば、NFLは全32チームですが、アメリカには50以上の州が存在し、同じ都市をホームとするチームも存在しますから、「NFLのチームが無い州」が多数あるのです。
 こうした州においても、アメリカンフットボールは大変人気がありますから、こうした州のファンが大注目するのが、高校・大学のゲームということになります。

 特にカレッジフットボールは、有名チーム・強豪チームの試合ともなれば、1試合で10万人以上の観客が入ることも有り、観客動員力ならばNFLと同等、あるいはこれを凌ぐかもしれない存在なのです。
 アイビーリーグは、強豪チームが集まる、所謂「1部」のリーグですから、その中止は、本当に多くのファンの失望に繋がります。

 さらには「1部リーグのチーム同士の交流戦」も、全米において様々な形で行われていて、とても歴史が有り、人気もありますから、その「慣例・ルール」から、アイビーリーグのチームが抜けるというのは、異例中の異例となるでしょう。
 他の「1部リーグ」への影響も必至であり、スポーツイベント実施の可否も含めて、他の1部リーグの判断が注目されるところです。

 裾野が極めて広いであろうカレッジスポーツ・ビジネス面も含めて、その影響範囲は想像を絶するものです。

 これらが「新型コロナウイルス感染症拡大」によるものであることは、明白です。
 この感染症は、アイビーリーグの各種スポーツのファン、とても数多くのファンから、「秋・冬の楽しみ」を奪いました。
 どれ程の数のゲームが無くなってしまったのか、これも数え切れない程でしょう。

 世界中で、「無観客」あるいは「観客数制限」の下で、いくつかのスポーツが再開になっていますが、今回の発表のように、「新型コロナによって失われるスポーツイベント」の方が、まだまだ圧倒的に多いのです。

 早期の終息を願うばかりです。
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 4月2日、ウインブルドン大会2020の中止が発表されました。

 一時は「秋への延期」も模索されていたようですが、秋には秋の大会が有りますので、「中止」となったのでしょう。
 1945年以来75年振りのことだと報じられています。
 この点について言えば、新型コロナウイルス禍のインパクトは、第2次世界大戦以来のものということになります。

 また、欧州サッカー連盟からは、2019年~20年のチャンピオンズリーグCLとヨーロッパリーグELの「無期限延期」が発表されました。
 終息の目途が立たないどころか、拡大一途の新型コロナウイルス禍ですから、「更なる通知」の目途が立たないのも、やむを得ないところでしょう。

 そして、MLBニューヨーク・ヤンキースの田中将大投手が、帰国したことも報じられました。
 フロリダ州タンパのキャンプ地より、日本の方がより安全との判断であると伝えられています。

 数々のメジャースポーツが追い込まれるという、何ともやりきれない状況ですが、2020年の春から夏に向けて、これだけの大騒動が有ったことを、私達はいつまでも忘れないことでしょう。

 3月30日、志村けん氏の逝去が報じられました。70歳でした。

 新型コロナウイルスに感染し、3月21日から入院していたとは報じられていましたが、「まさか」という感じでした。
 これ程に早く、人の命を奪うことが有る、新型コロナウイルス肺炎の恐ろしさを感じます。
 今回の「禍」において、最も衝撃的なニュースのひとつでした。

 2012年12月の18代目・中村勘三郎氏の逝去の際にも感じたことですが、他の病気の手術等で、免疫力が低下している時の「肺炎」の怖さです。
 勘三郎氏は57歳でしたが、50歳を過ぎたら、「肺炎」には十分に注意しなければならないということなのでしょう。

 さて、志村けん氏ですが、東京オリンピック2020の聖火リレー、出身地である東村山市の聖火ランナーに選ばれていて、本年初には、ご本人がそれを本当に楽しみにしていたとも報じられました。

 東村山音頭を引き合いに出すまでも無く、志村氏が東村山出身であることは広く知られていましたし、東村山市出身者として屈指の有名人でしょう。
 その志村氏が、古希を迎えて、聖火ランナーとして出身地を走るシーンは、とても「絵になる」ものであったことでしょう。
 古い言葉で恐縮ですが、とても自然な形で「故郷に錦を飾る」ものであったかもしれません。
 「周囲を明るく笑顔にする」存在としての志村けん氏のパワーは、聖火リレーにおけるひとつの「華」であったはずなのです。

 東京オリンピック2020は2021年に延期となりましたが、志村けん氏の聖火リレーを観ることは出来なくなりました。

 痛恨の極みです。

 志村けん氏の、ご冥福をお祈り申し上げます。

 東京オリンピック2020の1年程度の延期が決まりました。
 (本オリンピックの正式名称は「東京オリンピック2020」で不変ですが、本ブログでは、「2021年に開催された東京オリンピック2020」といった長い表記を避けるため、東京オリンピック2020と東京オリンピック2021と、区別して表記させていただきます)

 開催時期が、2021年の夏になるのか、春になるのか、色々な情報が交錯していますけれども、最も早くて2021年の3~4月開催といったところでしょう。

 この延期に伴って、日本チームの各競技・種目における「代表選手選考」についても、様々な意見が出されています。

① 東京オリンピック2020の代表に内定している選手達の権利を守るべき。代表選考に向けての、内定者により積み上げられた努力を尊重すべき。
② 1年程度延期されたのだから、2021年の大会に相応しい選手、その大会で最も良い成績を残せると期待される選手=その時点で「最強」と見なされる選手を選ぶべき。→再選定するべき。

 という、概ね2つの意見があると思います。

 原則として、オリンピック代表選手の選考は②であるべきです。
 「世界一の選手・チーム」=オリンピックチャンピオン=アスリートにとっての最高称号、を争う選手を選定するのですから、世界中の国々・地域で、当該大会で最も世界中の選手と戦える、強い選手が選ばれなくてはなりません。
 そうでなければ、そもそも「オリンピック大会」の代表としては相応しくない、別の言い方をすれば「オリンピック大会に失礼」ということになるかもしれません。

 1年というのが、相当に長い期間で、強くなる選手もいれば、力を落とす選手もいるのは、誰もがご存知のことです。

 従って、「選考をやり直す」ことが望ましいのは、自然な話でしょう。

 そうすると次には、「キチンとした選考」が実施できるかどうか、がポイントとなります。

 現時点では、世界中で、新型コロナウイルス感染拡大のために、多数の選手が試合どころか練習も満足に出来ない状況にあります。これは致し方の無いことです。

 頭書の通り、最も早い場合に、2021年3月中下旬から東京オリンピック2021が開催されるとすれば、2021年2月には「代表選考が完了」している必要があるのでしょう。

 そうすると「選考会・試合」の必要期間を3ヵ月(競技・種目によっては4か月以上かかるものもあると思いますが、ここでは3ヵ月で選考するものとします)として、2020年12月初には、選手の皆さんは「選考試合に臨める状態」までコンディションを持っていかなければなりません。

 新型コロナウイルス禍のために、数か月間の「練習も出来ない環境」によって、筋力が落ち、試合勘も無くなってしまった状態から、代表選考に臨むレベルまで自らのコンディションを高める為に必要な期間を、ここでは3ヵ月とします。(選手ごとに色々なのでしょうが)

 そうなると、2020年9月初には、「思う存分練習ができる環境」が、選手達に提供される必要があるのです。

 であれば、練習施設の整備や強化体制の再構築の期間を含めて、遅くとも2020年8月には、新型コロナウイルス禍が沈静化している必要があるのでしょう。
 その時点=2020年8月時点では、新型コロナウイルス感染症に対する治療薬やワクチンの開発は間に合いませんから、感染者が少なくなり、選手が感染から完全に分離される状況が、確立される必要があるのでしょう。

 以上から、「代表選考のやり直し」を行うためには、この感染症が、世界中で、2020年7月末までには終息する必要があることになります。(もちろん、東京オリンピック2020の代表選考が済んでいなかった、数多くの競技・種目にとっても、スケジュール感は同一でしょう)

 結果として、東京オリンピック2021に向けて「代表選考」をやり直すか、やり直さないかの、判断ポイントは、「この感染症の終息時期」になりそうです。

 もし、2020年秋になっても終息していないとすれば、そもそも選手は練習ができませんし、代表選考会に相応しいコンディションを創り上げることが出来ません。
 そうなれば、過去の実績、東京オリンピック2020の代表内定も、とても大きな実績ですから、それを基準として、東京オリンピック2021の代表を選んでいくことになるのでしょう。

 いずれにしても、現時点・2020年3月末の時点は、「代表選考を再度行うべきか否か」を考え、判断する時期ではなさそうです。

 現時点では、選手も関係者も、新型コロナウイルス感染症に罹患しない努力を続け、撲滅に向けて、注力すべきなのです。

 3月12日~15日にかけて開催予定であった、PGAツアーの旗艦大会、「第5のメジャー」とも称される、ザ・プレーヤーズ・チャンピオンシップの2020年大会が中止となりました。
 1日目のプレー終了後(日没のため4選手がプレーを終了できず)に、中止が発表されたのです。

 PGAツアーを代表する大会として、優勝者に与えられるツアーシード権が「5年」と、マスターズ大会や全英オープン大会より長い、ある意味ではメジャー大会以上の格式を誇るトーナメントが、まさかの「中止」に追い込まれてしまったのです。
 もちろん、史上初めてのことです。
 そしてPGAは、4月第1週のバレロ・テキサスオープンまでの4大会を中止にするとも発表しました。

 恐るべき新型コロナウイルス禍でしょう。

 我が国でも、春の甲子園大会が史上初めて中止となりました。

 世界最高峰のアメリカゴルフ界を象徴する大会と、日本の春の風物詩である甲子園大会が中止になってしまう以上は、もはや、どのようなスポーツイベントでも中止になる可能性があるということなのでしょう。

 「スポーツは『平和の象徴』である」とは、古くから言い慣らされてきた言葉です。

 早く、平和な日常を取り戻さなくてはなりません。

 2月18日の練習中に、戸村健次打撃投手が打球を額に受け、頭蓋骨の多発骨折と軽度の脳挫傷と診断されたと、楽天球団から発表が有りました。
 戸村投手は、事故直後から意識はあり、コミュニケーションが取れる状態とのことですので、少しホッとします。

 こうしたプレー中の事故は、残念ながら、毎年必ずと言って良いほど発生します。

 「硬式」であるプロ野球における、打球のスピード・威力を考慮すれば、こうした事故がある程度の確率で発生することは止むを得ない、という見方もあるのでしょう。

 一方で、当然ながら、スポーツにおける事故は、極力減らしていかなければならないものです。
 各スポーツ界でも、毎年のように様々な対策を立案し実行していることは、皆さんご承知の通りです。

 NFLのゲームを観ていると、「脳震盪の疑いのあるプレーヤー」は、直ぐにフィールドを去り、医療スタッフの診断を受けています。そして、当該ゲームにはその後出場しないケースも多々観られますし、病状によっては、数週間にわたってゲーム出場禁止の措置が取られることもあります。
 アメリカンフットボール界においては、毎年何人かのプレーヤーが亡くなったり、障害が残る怪我をしているのですから、「脳震盪」に対する対応策は、年々念入りで厳密なものになっているのでしょう。

 2019年のラグビーワールドカップ日本大会のゲームにおいても、「腕を使わないタックル」、体でぶつかっていくだけのタックル(これはラグビー競技におけるタックルではありません)には、即座に「反則」が宣せられていました。
 衝突の破壊力を増すことだけに注力するプレーというのは、とても危険なものですし、相手プレーヤーに衝撃・打撃を与えることのみを目的とするプレーというのは、およそスポーツのプレーでは無いのかもしれません。
 タックルの目的は「相手プレーヤーの動きを止めること」であって、「相手プレーヤーを壊すこと」でないことは、自明でしょう。

 日本高校野球連盟が「金属バットの反発係数」について見直しを始めたと、2019年9月に報じられました。
 そして2020年2月17日には、高野連から依頼を受け、製品安全協会が製品試験を行ったと伝えられました。
 反発係数を抑制して、打球速度を抑えることで、投手や野手にライナーが直撃するリスクを軽減し、投手の負担も減らしていこうとする取組なのでしょう。

 「飛ぶバット」「飛ぶボール」について、そろそろ見直そうという「動き」が出てきているのです。

 こうした「動き」を推進して行くために大切なことは、高校野球ファンが「得点が沢山入るゲームを好む」という嗜好を、変えて行かなければならないことでしょう。
 ファンが「打ち合い・点の取り合い」を好む→「打ち合い・点の取り合いの方が、投手戦より『金になる』」という循環が有り、どんどん「打者有利のレギュレーション」が導入されるというのでは、野球競技の奥行きは浅くなる一方という感じもします。

 高校野球において「ボールが選手に当ることによる怪我」が増えている、あるいは一向に減らないとすれば、その根本原因のひとつに「ファンの好み」が存在する可能性が有ります。

 ファンも、「得点がなかなか入らないゲーム」についても十分に楽しむことが出来るように、野球の楽しみ方のバリエーションを拡大し、「進化」して行く必要があるのかもしれません。

 2月2日は、日本のパラリンピアンが大活躍しました。

 まずは、テニスの全豪オープン。

 車いすの部・男子シングルス決勝は、国枝慎吾選手とゴードン・リード選手(イギリス)の対戦となり、国枝選手がセットカウント2-0で勝ちました。
 世界ランキング1位の国枝選手と、リオデジャネイロ・オリンピックの金メダリストであるリード選手の対戦という、世界一を決めるに相応しいカードとなりましたが、国枝選手はキッチリと勝利したのです。
 素晴らしい安定感でしょう。

 10度目の全豪オープン優勝であり、四大大会の通算優勝回数を「23」に伸ばす優勝でもありました。

 一方、車いすの部・女子シングルスでは、上池結衣選手がアニーク・ファンコート選手(オランダ)を破り、優勝しました。
 世界ランキング2位の上地選手が、同3位のファンコート選手を破ったのですが、試合内容も素晴らしいものでした。

 特に、ベースライン付近からのパッシングショットが、バック、フォア共に好調・強烈でした。
 相手プレーヤーが居ない位置に打っていくコントロールと威力には、上地選手の成長が感じられたのです。

 全豪オープン2020でシングルスとダブルスの2冠、シングルスは2度目の制覇であり、四大大会の優勝回数を7度に伸ばしました。

 国枝選手と上地選手は、我が国の車いすテニス競技のエースですが、四大大会での優勝は共に2018年以来です。
 つまり、2019年は勝てなかった2人のエースが、東京オリンピックイヤーになって、「一段と強くなって帰ってきた」ことになります。
 何とも、頼もしい限りです。

 続いては、第69回別府大分毎日マラソンの視覚障碍者の部・女子です。
 何と、2つの世界新記録が生まれました。

 まず、T12クラスの道下美里選手が2時間54分22秒で走破し、自らの持つ世界記録を更新し、優勝しました。
 さらに、4位だった井内菜津美選手も3時間12分55秒と、T11クラスの世界新記録を樹立したのです。
 見事な活躍です。

 井内選手は、T11とT12が同じ種目となってしまう東京パラリンピック2020のマラソンには出場できない(道下選手が代表)のですが、トラック競技(1,500m)での出場を目指しているとのことです。

 東京パラリンピック2020に向けて、各競技・種目での日本選手の活躍が続きます。

 サッカーJ1のFC東京が、2月1日に、東京小平グラウンドでのファンサービスを2月いっぱい中止すると発表しました。
 サインや選手を交えた写真撮影が中止となり、練習公開日は見学のみとなるようです。
 FC東京としては「申し訳ない気持ちでいっぱい」ながらも「理解を求める」発表になっています。

 同じJ1の柏レイソルも2月4日、全ての練習を当面非公開とする旨を発表しました。練習後に行っていた写真撮影やサインも行われません。

 こうした「ファンと一定の距離を置く」措置は、感染症のリスクが高まっている状況下では、止むを得ないものなのでしょう。

 Jリーグは過去にも、2009年新型インフルエンザが流行した際に、「咳や発熱の症状がある場合の観戦自粛」「マスク持参・着用」をファンに求めたことが有りますから、今回の一連の措置も、その延長線上ということになりそうです。
 必要な対応だと思います。

 何しろ、乗客乗員約3,700名を乗せた大型クルーズ船において、新型コロナウイルスに感染していた乗客が1名、それ程長くない期間乗船してことが確認されただけで、2月5日朝の時点でも10名の乗客が感染していると報じられています。
 1人の患者から伝染するのは2.2人とも報じられていますから、船内では2次感染、3次感染があった可能性もありますし、今後船内の感染者が増える怖れもあります。
 閉鎖された空間における、この病気の感染リスクは侮れないものでしょう。

 各種のスポーツイベントが元になっての感染拡大を避けようとする動きは、当然のことのように感じられます。

 芸能界においても、AKB48やジャニーズの握手会も次々と中止・延期になっているようです。

 もちろん、この感染症がスポーツ界に及ぼす影響は、より広範囲なものであることは予想されますが、その第一段階として、エンターティンメント業界における「ふれあい型」アミューズメントのリスクのひとつが、顕在化した形なのでしょう。

 あけまして、おめでとうございます。

 本年も、よろしくお願い申し上げます。

 さて、東京オリンピック2020の年が幕を開けました。

 世界最大級のスポーツイベントが東京で、そして日本各地で、開催されるのです。

 恒例により、毎月のイベントを観て行きましょう。

[1月]
・元旦 天皇杯 第99回全日本サッカー選手権大会決勝(新・国立競技場)
・1月2日・3日 第96回東京箱根間往復大学駅伝競走
・1月3日 第73回ライスボウル
・1月12日 皇后盃 第37回全国都道府県対抗女子駅伝競走大会(京都)
・1月19日 天皇盃 第25回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会(広島)
・1月20日~2月2日 テニス 全豪オープン

[2月]
・2月2日 アメリカンフットボール 第54回スーパーボウル

[3月]
・3月19日~ 高校野球 第92回選抜高等学校野球大会
・3月28日 競馬 ドバイワールドカップ

[4月]
・4月9日~12日 ゴルフ マスターズトーナメント
・4月19日 競馬 第80回皐月賞

[5月]
・5月14日~17日 ゴルフ 全米プロゴルフ選手権
・5月24日~6月7日 テニス 全仏オープン
・5月31日 競馬 第87回東京優駿(日本ダービー)

[6月]
・6月12日~7月12日 UEFA-EURO2020(決勝はイングランド・ウェンブリースタジアム)
・6月18日~21日 ゴルフ 全米オープン
・6月29日~7月12日 テニス 全英オープン(ウィンブルドン)

[7月]
・7月16日~19日 ゴルフ 全英オープン
・7月22日~8月9日 東京オリンピック
・7月24日 開会式
・8月9日 閉会式
・7月25日~8月2日 競泳
・7月31日~8月9日 陸上競技
・7月25日~7月31日 柔道 
・7月26日~8月4日 レスリング
・7月27日~8月3日 体操
・7月25日~8月2日 バドミントン
・7月25日~8月2日 テニス
・7月30日~8月8日 ゴルフ

[8月]
・8月10日~ 高校野球 第102回全国高等学校野球選手権大会
・8月10日~24日 全国高等学校総合体育大会(インターハイ)
・8月25日~9月6日 東京パラリンピック
・8月31日~9月13日 テニス 全米オープン

[10月]
・10月4日 競馬 凱旋門賞
・10月15日~18日 日本オープンゴルフ選手権
・10月25日 競馬 第81回菊花賞

[11月]
・11月6日~7日 競馬 ブリーダーズカップ
・11月29日 競馬 第40回ジャパンカップ

[12月]
・12月27日 競馬 第65回有馬記念

 こうして観てくると、KaZブログのカレンダーでは、9月開始のイベントが有りません。
 もちろん「たまたま」ですが、7月~8月、そして9月6日まで開催される、東京オリンピック・パラリンピックから齎されるであろう「疲れ」を癒す期間」なのかもしれません。(もちろん、大相撲の年6場所は開催されますので、9月場所が行われます)

 2020年のスポーツイベントで、東京オリンピックに次ぐビッグイベントは、6月12日に開幕する「ユーロ2020」でしょうか。
 4年に一度の「サッカーナショナルチームの欧州一」を決める大会ですが、これがとても華やかなのです。本当に楽しみです。

 変な言い方で恐縮ですが、スポーツファンにとっては「激動の6月から8月」というところでしょう。
 十分に体調を整えて?おかなければなりません。

 東京オリンピック・パラリンピック2020を無事に開催できれば、日本は「21世紀に三大スポーツイベント=オリンピック、サッカーワールドカップ、ラグビーワールドカップ、を開催した唯一の国家」となります。

 世界のスポーツ界における我が国の位置付けは、重くなるばかりなのでしょう。

 書きおさめは、このテーマにしました。

 長野にあるエムウェーブでは、12月13日から15日にかけて、スピードスケートのワールドカップが開催されました。
 女子500mでの小平選手、男子500mでの村上選手、の活躍、女子団体パシュートでの「平昌五輪・金メダルトリオ」の復活など、日本チームの活躍が目立つ大会でしたが、会場となったエムウェーブの「整備の良さ」「美しさ」も目立ちました。

 1998年の長野オリンピックのスピードスケート会場として建設され、1996年11月に竣工した施設ですが、20年以上の月日を経ても立派にというか、現在の競技にも十分に使用可能なクオリティを維持しているところが、本当に素晴らしいと感じます。

 横浜国際総合競技場は、2019年最大のスポーツイベント、ラグビーワールドカップの会場として何度も使用されました。もちろんサッカーJリーグのゲームや、その他のスポーツにも使用されています。
 こちらは、サッカーワールドカップ2002大会の決勝戦会場としても、その名を永遠に残していく存在ですが、1997年10月に竣工しています。
 こちらも、20年以上の月日を経ても立派にというか、現在の各種競技にも十分に使用可能なものです。
 私も今年、ラグビーワールドカップの準決勝2ゲームなど3度、横浜国際に行きましたが、トイレの清潔さなど、現代に合ったメンテナンス・改造が行われていると実感しました。

 エムウェーブと横浜国際総合競技場は、スポーツの会場としての「在るべき姿」を示現している存在でしょう。
 おいそれと、どんどん造っていくことが難しい「高価な設備」を、的確なメンテナンスで長期間にわたって維持・向上させているように観えます。

 そして何より、エムウェーブの「美しい氷」、横浜国際総合競技場の「しっかりとした芝」(ラグビーワールドカップ日本大会からハイブリッド芝になりましたが)は、少人数のチーム、ひょっとすると、たったひとりの人物の「日々の努力の結晶」なのではないかと感じるのです。
 素晴らしいパフォーマンスです。

 こうした努力、当たり前のように提供されてはいるが、実は、とても手のかかっている丁寧な作業、そして、「俺がやった、俺がやった」と自己アピールされることなど全く無い作業、これこそがとても日本的な、美しいパフォーマンスなのでしょう。

 様々なところ・分野で、こうした高いレベルの美しいパフォーマンスが展開・維持されているのが、おそらくは日本の国なのです。

 2019年も「スポーツを考える-KaZ」をご愛読いただき、ありがとうございました。

 皆様、佳いお年をお迎えください。

 12月7日、スキージャンプワールドカップWC男子個人の今シーズン第3戦、佐藤幸椰選手(24歳)初優勝の報が届きました。とても嬉しいニュースでした。

 ロシアのニジニタギル(ヒルサイズHS134m)で開催された大会ですが、1本目126.5mで7位に付けた佐藤選手は、2本目に132mというヒルサイズに迫る大ジャンプを魅せて、逆転優勝を飾りました。

 今季から本格的にWCに参戦した佐藤選手が、僅か3戦目にして優勝を飾ったのです。

 1995年6月生まれの24歳、北海道石狩市出身。札幌日本大学高校時代にはインターハイで3連覇を遂げるなど、素晴らしい活躍を魅せました。
 WCには2015年から出場していましたがフル参戦では無く、今シーズンは緒戦からの参戦となった形です。

 2019年2~3月に開催された、ノルディックスキー世界選手権ゼーフェルト大会では、団体日本代表チームの一員として、ラージヒル団体の3位に貢献していますが、世界の舞台において個人でその名を知らしめたのは、今回が初めてでしょう。

 佐藤選手は、この大会の翌日12月8日、同じ会場ニジニタギルで開催された第4戦では11位でした。まだまだ成績が安定しないのは、致し方の無いところでしょうが、少なくとも世界の強豪と互角に戦い、時にはトップに立てることを証明したことは、佐藤選手にとって大きな自信となったことでしょう。

 その第4戦では、昨季WC総合優勝の小林陵侑選手が3位に入りました。日本のエースが次第に調子を上げてきているのでしょう。
 佐藤幸椰選手が加わった、日本男子スキージャンプ陣の今後の活躍が期待されるところです。

 ふたり目の「佐藤」選手は、フィギュアスケート・ジュニアグランプリファイナル2019の男子シングルで優勝した、佐藤駿選手(15歳)です。
 
 ネイサン・チェン選手と羽生結弦選手が凌ぎを削ったイタリア・トリノで、グランプリファイナル2019とで同日・同会場で行われた大会でした。

 佐藤駿選手は、ショートプログラム77.25点で3位に付け、フリースケーティングFSにおいて177.86点という見事な演技を魅せて、計255.11点で逆転優勝を遂げたのです。
 SP1位のアンドレイ・モザリョフ選手、SP2位のダニイル・サムソノフ選手のロシア2選手を相手にしての、素晴らしいパフォーマンスでした。

 佐藤駿選手は、2004年2月生まれの15歳、宮城県仙台市の出身です。
 ノービス(12歳以下のプレーヤーに限定)時代には、BクラスからAクラスにかけて男子シングル4連覇を達成しています。
 
 今季から登場したジュニアグランプリシリーズでは、初出場となったレークプラシッド大会において1位となりました。初出場・初優勝を果たしたのです。
 さらに2戦目のクロアチア大会で3位となって、ファイナル出場権を得ました。
 そして、見事にファイナル制覇を果たしたのです。

 既に複数種類の4回転ジャンプを飛ぶことができますし、4回転からのコンビネーションジャンプも身に付けています。
 何より、FS177.86点、計255.11点という、共に「ジュニア史上最高得点」をマークした演技のレベルの高さが素晴らしいところでしょう。
 この得点は、グランプリファイナル2019においても4位に相当する記録です。

 今後の日本男子フィギュアスケートを背負っていく逸材であろうと感じます。

 「2019年12月7日(土)」は、我が国のウインタースポーツ界にとって、「次代を担う2人の『佐藤』選手が登場した、記念すべき日なのでしょう。

 
 7月23日配信の「『今はビジネスがスポーツに勝ってしまっている』-オシムが語る2つの東京五輪」(ジャーナリスト・木村元彦/Yahoo!ニュース特集編集部)の記事を、大変楽しく読みました。
 秀逸な記事だと思います。

 何より面白かったのは、1964年の東京オリンピックに選手として参加したイビチャ・オシム氏の「感想」です。

 「・・・代々木の選手村で各国代表のために無料で貸してくれた自転車の乗り心地は最高で、毎日乗り回していた。ある日、気が付けば千葉県まで来ていた。田園地帯で休んでいると、農家の女性がやってきて梨をくれた。身振り手振りで、ノドが乾いているでしょう?食べなさい、と。その梨は、甘くて、柔らかくて、今まで食べたことのないおいしさだった。・・・」

 代々木から自転車に乗って千葉まで来たのですから、おそらく市川か船橋の辺りでしょう。そこで、身長190cmを超える大男、外国人を観かけることも少なかった時代に、鬼のような?大男を見かけた農家の夫人は、怖がる?ことも無く梨を振る舞ったのです。

 とても良い話です。

 「おもてなし」の本質でしょう。

 この時の来日で、オシム氏が「一気に親日家になった」とこの記事に記載されていますが、親日家はもちろんとして、「親・千葉」になった可能性も有るでしょう。
 後年、ジェフユナイテッド千葉の監督に就任するのも、偶然では無いように感じます。

 さらにオシム氏は言います。
 「お土産にした日本の振袖は婚約者であった現在の妻アシマのウエディングの晴れ着になった。」と。

 ユーゴスラビア代表として初来日したオシム選手は、他の選手と同様に「豊かではなかった」のですが、お土産に「振袖」を購入したというのは、とても興味深いところでしょう。余程、日本が気に入ったと見るのが自然でしょう。

 記事は、1964年当時の商業主義と現在のそれとの比較や、メッシ選手やネイマール選手が自国代表としてオリンピックに参加することによる「超ハードスケジュール」に対する、オシム氏の意見にも触れて行きます。
 なるほど、と感じるコメントのオンパレードです。

 とはいえ、やはり最も面白いのは、オシム氏の東京五輪1964への「感想」でした。
 大きな意味での感想、23歳の青年・オシム氏が肌で感じた日本・東京は、良いところだったのでしょう。

 「1964年の東京は素晴らしかった」という冒頭の言葉は、広がりが有り、深いものです。

 その「素晴らしさ」を、2020年の東京オリンピックは提供できるのでしょうか。

 2019年7月24日、東京オリンピック2020の開幕を1年後に控えた日に、大会組織委員会から金・銀・銅のメダルのデザインが発表されました。

 とても美しいデザインです。

 表面は、国際オリンピック委員会の規程により、「ギリシャ・パナシナイコスタジアムに立つ勝利の女神ニケ像」の構図です。

裏面、大会ごとのオリジナルデザインとなる裏面は、「組市松紋の大会エンブレム」を中央に配し、周りは立体的な渦状。
渦の曲線は様々な角度で彫られているため、「どの角度から見ても輝く」ようになっているのだそうです。
 
 メダルデザインのコンペには421名のエントリーが有り、デザイナーの川西純市氏の案が採用されたと報じられました。

 大会で1・2・3位の選手に授与される=選手の首からかけられ胸で輝く、メダルの「様子」が分かると、大会が現実味を帯びるというか、開幕が近付いたという感じがします。
 ちょっとウキウキするのです。

 直径85mm、厚さは12.1mm~7.1mm、重さは金メダルが556g、銀メダルが550g、銅メダルが450g、と報じられました。
 世界最高レベルの日本の金型・鋳造・鍛造技術が駆使されたメダルは、それはそれは素晴らしい出来あがりとなることでしょう。テレビ画面で少し見ただけでも、表面のエッジは本当に綺麗でした。
 銀に金メッキの金メダルが、10年後、20年後、30年後でも輝きを失わないクオリティ(メッキが剥がれたり錆びたりしない)であることを信じているというか、確信しています。そのハイクオリティが「東京オリンピック2020」を象徴しているのです。

 それにしても、夏のオリンピック史上最も重い556gの金メダルは、トップアスリートにとっても相当重く感じられることでしょう。

 もちろん、「メダルの重み」は実重量ではないのでしょうが、実重量も重いというのは、表彰式の時に選手が疲れてしまわないかと、余計な心配をしてしまいます。
 大会終了後の各種イベント(相当長いイベントもあります)にメダルをかけて登場する時にも、選手の首への負担が大きそうです。

 近時のオリンピックのメダルは、大会を重ねる毎に、どんどん大きく重くなっているように観えます。
 大会の重みを示すのに、「小さくて軽いメダルではダメ」という考え方なのかもしれませんが・・・。

 そんなものは存在しないのかもしれませんが、「オリンピックのメダルの重さ競争」は、東京オリンピック2020で最後にしてほしいと感じます。

 ラグビーワールドカップ2019および東京オリンピック2020のチケット購入にトライしてみました。

 悪意を持ってロボットなどを使い「大量購入」を狙う輩への対応や、「なりすまし」への対応などの為に、最新の技術を駆使した販売方法が模索され実施されたのでしょう。
 その内容には色々なポイントがあり、様々なことを考えさせられました。

① ラグビーワールドカップ2019のチケット

 一般向けの先着順販売の日、午前10時の販売開始時刻に向けて、自宅で準備をしました。
 事前のID登録は勿論済ませてありましたから、10時に向けてパソコンの前に座り、直ぐに「申込み」クリックができるよう、ワールドカップWCの公式サイトの画面も開いて待ったのです。

 さて10時、直ぐにクリックしましたが上手く行かず、しばらくして再度クリックしました。
 受け付けられました。10時0分40秒の受付時刻でした。
 「40秒も遅れてしまった」と残念でしたが、仕方がありません。

 さて、受付画面を見ると「83,000番台」の順番となっていました。
 窓口に並んでいるとすると、自分の前に83,000名余の人が並んでいる形です。
 ログアウトしてしまうと、列から離れたことになるかもしれないので、このまま待つことにしたのです。
 「窓口の数が多ければ」、列もどんどん進むかもしれない、と少し期待したのです。

 さて待つこと2時間、正午になりました。
 
 待ち順番は「72,000番台」になりました。
 つまり2時間で10,000番くらい前進したのです。

 とはいえ、午後に所用が有りましたので、このまま数時間待つのは無理ということで諦めました。
 この正午時点で、日本チームが出場するゲームは、概ね「売切れ」と表示されていました。
 
 ラグビーワールドカップ2019の人気の高さを改めて感じる出来事でした。

 翌朝、再度チケット購入にトライしましたが、九州地区の会場のゲームのチケットが2~3試合分残っているだけで、その他は全て「売切れ」でした。

 ラグビーワールドカップ2019については、その後も第二次、第三次のチケット販売が行われました。このどちらにもトライしましたが、いずれも申し込みが殺到して、前述の第一次販売と同じようなというか、より「混雑が激しい」状態に見えました。

 また、今頃になって、競技場毎の「日本代表が登場する試合」のチケット販売も行われているようです。

 では、第一次販売等での早々の「売切れ」表示は、どういう意味なのか、よくわからないというのが、今大会のチケット販売方法の最大の問題点かもしれません。

 もちろん、公式ホームページをよく読めば、第一次、第二次、第三次で、各試合のチケットを何枚販売するといった情報が、どこかに表示されているのでしょうが(もし、表示されていないのであれば話になりませんが・・・)、じっくりそうした情報を探して読むのは、忙しい状況下では困難ですし、そうした情報を「分かりやすく表示する」のは、主催者の義務でしょうから、その点では上手くいっているとは言えないと感じます。

 こうした販売方法で、万一売れ残りが出るようなことが有れば、ワールドカップ2019を観たいと願っていたファンにとっては、「お粗末」な仕儀ということになるでしょう。

② 東京オリンピック2020の抽選申し込み

 2019年5月9日から、申し込みの受け付けが開始されました。

 こちらも事前にID登録をして、申込みにトライしました。

 5月9日では無く、数日後の早朝オペレーションでしたが、やはり待ち順番が3,000番台でした。こちらは「概ねの待ち時間」が7分と示されましたので、待ってみました。待ち時間が予想できたので、待つ気になったのです。

 さて、自分の順番になり、ログインしようとすると、ID登録をした際のパスワードの変更を要求されました。本パスワードといった意味なのでしょうか。
 何回かトライしましたが、変更が受け付けられません。

 当該ページを良く読むと「英大文字と小文字、および数字の組合せで9桁以上」との指示が有りました。
 その通りのパスワードを入力すると、ようやく販売画面に入れました。

 「英大文字・小文字・数字で9桁以上」というのは、最近のインターネット関連の取扱いとしては一般的な条件ですけれども、その条件表記を「もっと大きく表示してもらいたかった」と感じました。私は6~7回のトライで通過できましたけれども、3~4回の失敗で諦めてしまう方も居るでしょうし、特に高齢の方であれば、パスワードに英大文字と小文字の両方を使うことが難しいかもしれません。
 やや不親切な表記かと思いました。

 さて、チケットの申込みですが、観たい競技・種目を選択し、次々にカートに入れて行きました。

 そして、電話を掛けるといった作業を経て、ようやく、「抽選への申込み」が完了しました。

 感想としては、「相当に難しいオペレーション」であったと思います。

 短気?な人、あるいはネットでの物の購入作業に不慣れな人であれば、とてもゴール?にはたどり着けないであろうと感じました。

 知人、インターネット業界で働いている人ですが、「次に何が要求されるのか分からないので、オペレーション中、常に不安だった」と言っていました。「抽選申し込み」の最中感じた、何とも言えない「不快感・不安感」の原因はこれだったのかもしれません。

 要は「道標が無い」のです。
 マニュアルに従って作業することに慣れているというか、説明書きに沿ってインターネットの作業を進めることが一般的な時代に、そのマニュアルが無いという事態。結局、申込期間の間、ついに「申込み作業のマニュアル・説明書」は世に出ませんでした。
 どんなゲームでも直ぐに攻略本が出る現代において、とても不思議なことだと感じます。
 
 ロボット等による「不正・大量購入」を防ぐために、マニュアルが禁じられたのかもしれませんが、マニュアル・説明書さえあれば、30段階でも40段階でも苦も無くオペレーションして行く人達でも、「五里霧中」、暗闇をとぼとぼと歩いて行くような操作は、とても不安なもので、途中で止めてしまう人も多かったことでしょう。

 おそらくは、順調な売り捌きを目指しているであろう主催者の予想より、相当申込み数が少なかったのではないかと思います。

③ ロボット、なりすましへの対応

 ネットを使用した対応においては、ロボットや「なりすまし」への対応に、ビッグイベントのチケット販売においては注意する必要がありますので、両イベントのチケット受付においても、様々な工夫が凝らされていました。

 ラグビーWC2019に付いて言えば、ID登録の難しさが印象に残りました。

 「信号機が写っている写真を全部選べ」「白い家が写っている写真を全部選べ」といった、ロボット対策の「写真選択画面」が難しいもので、確か3×3=9枚か4×4=16枚の写真から、指示された趣旨の画像を全部選択するのですが、写りの悪い写真も多く、良く見ると「隅の方に当該物が写っている」ケースも有って、私は7回目か8回目に「合格?」したと記憶しています。

 ID登録にトライした人の中には、3~4回目で諦めてしまう人も居るでしょうし、眼が悪い高齢者の皆さんには「画像選択」は、とても難しいことかもしれません。

 東京オリンピック2020の方は、抽選申込みの過程でロボット・なりすましを防ぐいくつかの工夫が、なされていました。

④ 人気の高いビッグイベントのチケット販売の難しさ

 こうした「難しいオペレーション」は止めて、もっと簡単に出来ないものか、という意見は当然出されるものと思いますが、では具体的にどうしたらよいのかということになると、対応策の選択肢はとても少ないでしょう。

 窓口での販売となれば、販売開始の1週間前、ひょっとすると1か月前から並ぶ人が出て来そうです。そうなると「チケット購入は体力と購入に時間を割けるかどうか」の勝負になってしまいます。この方法は採用できないでしょう。

 加えて、「本人確認」および「転売防止」の対策を、窓口販売方式で行うことになりそうですから、窓口における1件1件のオペレーションにも相当の時間を要することが予想されます。本人確認資料の提示やひょっとすると公的資料の提出が要求されることも有るかもしれませんから、窓口で「資料が不足している」といった理由で購入できないケースもあるかもしれません。
 「何日も並んだのに売ってくれないとは・・・」といった怒号が飛び交う窓口というのも、見たくないものです。
 窓口販売開始後も、何日もの時間を要する可能性も十分に有ります。

 こうした「悲惨」な状況を防ぐために、現代ではインターネットによる販売方法が採用されているものとは思いますが、以前から「誰もがインターネットを利用している訳では無い」という指摘も数多く出されています。

 スマートフォンの普及率も、日本全体で見れば、現時点で「ようやく5割を超えたか、まだ超えていないか」、調査によってまちまちという状況ですので、スマホ対応が出来ているから、マーケットの大半に提示・対応できていると判断するのも、早計でしょう。

 東京オリンピック2020について言えば、2019年秋には「先着順の販売」、2020年春には東京エリアでの「窓口販売」も予定されているとのことですが、これが「売れ残りチケットの売り捌き」のためのものでないことも期待されるでしょう。(主催者からは、「売れ残りの売り捌き」では無いと報じられていますが・・・)

 ラグビーワールドカップ2019について言えば、何度も何度も「待ち時間不明の長蛇の列」に並んだ経験を、心身ともに疲労した経験を踏まえれば、ネット購入には相当に抵抗を感じます。あの「あなたは○○○○番目」という表示を観るのが・・・。人生においても屈指のエンターティンメント、「ワクワクに溢れた本当に楽しい場」に行くために、難行苦行に耐えなければならない回数にも限度があるでしょう。「本末転倒」の感じもあります。
 一方で近時のネット販売では、「チケットの残枚数が少ないので、並んだ席のチケット購入は困難。複数チケットの申込みの場合には離れた席になります」といった表記もあります。せっかく観戦するのに、親しい人と離れた席での観戦しか出来ないとなれば、その楽しさは「半減」してしまいますから、とても購入する気にはなりません。
 これはもう、今後出てくる可能性が有る、各旅行会社からの「観戦ツアー」販売を待つくらいしか、方法がなさそうだと感じています。

 繰り返しになりますが、インターネットを介した販売方法以外に「何か良い方法があるのか」と問われると、当然ながら「そんな便利な方法」は無いので、今回の2大イベントのこうした対応も、止むを得ないものかもしれません。

 リアル窓口販売によって発生する可能性が有る、「1週間前から窓口に並んでいた人が体調を悪くして入院した」「並んでいる人達の夜間の騒音がひどい」「並んでいる人同士の喧嘩によって複数の人が重軽傷を負った」「並んでいる人達から出されるゴミが酷い」といった数々の「惨事」を防ぐことが出来ているとも言えるのでしょう。

 さて、この2つのビッグイベントのチケット販売において、今後留意が必要なのは、「偽チケットの排除」でしょう。
 当然のことながら、入手困難なチケットについては「偽物が登場し易い」のです。

 東京オリンピック1964の際にも、「精一杯のおしゃれをして、小学生の息子と共に開会式を観る為に国立競技場に行きましたが、入口で『このチケットは偽物です』と言われてしまい呆然と帰ってきました。自分としては大奮発して、高価なチケットを買ったつもりでいたのです。あの時の悔しさ、悲しさは忘れることが出来ません」という報道が有りました。偽物を掴まされたお母さんの辛そうな表情を、今でも憶えています。
 戦後、一生懸命頑張って、子育て他に努めてきた市井の婦人に対して、「なんて酷いことをするのだろう」と当時感じたことも憶えています。
 「人々の夢を踏みにじる犯罪」は、犯罪の中でも「最低クラス」のものであろうと思います。
(もちろん、犯罪の「悪さ度合」に上下などないのでしょうが)

 こうした「偽物」についてのリスクは、50年以上の月日を経た21世紀の今日でも、余り変わることなく存在していると思います。
 情報化社会といっても、厳然と存在するリスクなのです。

 「見たことが無いもの」に付いては、素人では「真贋の区別」がつかないのは当然のことです。
 誰も、この2大イベントのチケットは、これまで観たことが無い、あるいはネットの不鮮明な画面で少し見たことがある程度なのですから、それなりの印刷を施し、ホログラムでも付ければ、いかにも本物の様に見えることでしょう。
 1枚数万円、あるいは数十万円、時には数百万円の値が付く可能性が有る、高価なチケットですから、詐欺を行おうという輩にとっても、投資に見合う利益を生む可能性が有るものなのです。

 「本物であることの担保」については、2大ビックイベントの主催者に、是非お願いいたします。
 「平成」の書き収めです。

① 私が感じた「衝撃の大きさ」
② そのニュースがその後の当該スポーツ界、あるいは日本社会に及ぼした影響の大きさ

 の2つの尺度を用いて検討し、10大ニュースを選ぶことにします。

 第10位は、平成27年・2015年の「ラグビーワールドカップ2015・1次リーグ・プールB緒戦で日本代表チームが南アフリカ代表チームを34-32で破った」ゲームです。

 日本ラグビー界における史上最大の快挙であることは間違いありませんし、ラグビーワールドカップ史上屈指の番狂わせでしょう。

 一方で、この「歴史的勝利」が生れたにも係らず、世界ラグビー界における日本チームのポジションがあまり変化していないように感じられるところは、少し残念です。
 「この勝利を活かし切れていない」という意見にも繋がるのでしょう。

 第9位は、平成5年・1993年の「サッカー・Jリーグの創設」です。

 平成5年5月15日のヴェルディ川崎VS横浜マリノスのゲーム(当時の国立競技場)が開幕戦となりました。この歴史的なゲームは、マリノスがヴェルディを2-1で破りました。

 創設時のJリーグは10チームでしたが、1998年までに18チームに増加し、1999年にはJ1(16チーム)とJ2(10チーム)の2部制に移行、2014年にはJ3が開始されました。
 Jリーグは着実に拡大・発展しているのです。

 そして日本サッカー界も、ワールドカップ出場や海外ビッグクラブへの選手加入等々、世界の舞台での活躍を続けています。
 この「日本サッカーの発展」の礎となっているのが「Jリーグ創設」であることは、間違いないところでしょうし、その影響力は創設時に予想したものより相当に大きいと感じられます。

 第8位は、平成12年・2000年の「シドニーオリンピック2000・陸上競技女子マラソンにおける高橋尚子選手の金メダル」です。

 この金メダルは、ご存じの通り「オリンピックの陸上競技における日本女子選手初の金メダル」でした。
 1928年アムステルダムオリンピック・女子800mにおける、人見絹枝選手の銀メダル(オリンピック全競技・種目を通じて日本人女性選手による初のメダル獲得)から72年の歳月を要して、日本女子プレーヤーはついにメインスタジアムの真ん中に日の丸を挙げたのです。

 2004年アテネオリンピックにおける野口みずき選手の金メダルへと繋がる、日本女子マラソンの黄金期でした。

 高橋尚子選手を指導した小出義雄氏が平成の末、平成31年4月24日に他界されたのも、象徴的な感じがします。

 第7位は、平成30年・2018年のフィギュアスケート「羽生結弦選手のオリンピック2連覇」です。
 
 2014年の冬季ソチ・オリンピックと2018年の平昌オリンピックにおける金メダル獲得ですが、「五輪2連覇」は66年振りの快挙でした。

 羽生選手の2連覇は、世界における地歩を営々と積み上げてきた日本男子フィギュアスケート界のひとつのピークを示していると感じます。
 そして、世界一であろう「日本のフィギュアスケート人気」の大黒柱であることも間違いありません。
 その点からは、現在の世界のフィギュアスケート界を牽引しているのは「日本のフィギュアスケートファン」であるとも言えるのでしょう。

 第6位は、平成16年・2004年の「MLBにおけるイチロー選手のシーズン最多262安打達成」です。

 イチロー選手の262安打は、MLBのシーズン最多安打記録を84年振りに更新したものでしたが、イチロー選手が登場するまでは、それまでジョージ・シスラー選手が保持していた257安打の記録を更新するプレーヤーが21世紀に現れるとは、MLBの関係者・ファンの誰もが「考えたことも無かった」のではないでしょうか。
 ホームランが重要視されるようになってきたという、ベースボールの変化をも乗り越えて、イチロー選手は「1世紀前のベースボール」を呼び起こしてくれたのです。
 歴史を超えた大記録であろうと思います。

 第5位は、平成10年・1998年の競馬「シーキングザパール号による海外G1レース・モーリスドゲスト賞制覇」です。

 1998年8月9日、フランス・ドーヴィル競馬場、芝コース1,300mのモーリス・ド・ゲスト賞に5番人気で臨んだシーキングザパール(4歳牝)は、見事な逃げ切り勝ちを魅せてくれたのです。レコードタイムでの快勝でした。(このレコードタイムは2013年まで破られませんでした)

 1958年、アメリカ競馬にハクチカラが挑戦して以来、数多くの日本馬が海外の重賞レースにトライしてきたのですが、最高格付G1レースを制したのはシーキングザパールが初めてだったのです。
 彼女が、日本競馬にとっての「厚い壁」を突き破ったことは間違いありません。
 この勝利は、地元フランスの競馬マスコミはもとより、近代競馬の母国イギリスでも大きく採り上げられました。「日本競馬の世界デビュー」という側面も有ったのでしょう。

 そして翌週に行われたジャック・ル・マロワ賞G1でも、タイキシャトルが優勝を飾りました。
 日本馬G1初制覇から、わずか一週間後のG1制覇です。シーキングザパールによる「壁の突破」の価値は、とても大きなものであったと改めて感じました。

 その後の日本馬は、海外G1レースにおいても臆することなく、それどころか堂々たる走りを魅せてくれるようになりました。

 2019年3月30日、ドバイワールドカップディのドバイターフG1におけるアーモンドアイや、4月28日、香港チャンピオンズディのクイーンエリザベス2世カップG1におけるウインブライトの優勝は、記憶に新しいところです。

 第4位は、平成17年・2005年の「日本プロ野球におけるセ・パ交流戦の開始」です。

 それまで、真剣勝負という意味であれば、日本シリーズ以外に存在しなかった、セントラルリーグ各チームとパシフィックリーグ各チームによる公式戦が始まったのです。
 この時の交流戦(第1回交流戦と言っても良いと思います)は、千葉ロッテマリーンズが優勝しました。

 20世紀においては、「人気のセ、実力のパ」などと言われていて、オールスター戦においては、パ・リーグのスター選手達の張り切りようが、いつも報じられていました。

 21.世紀に入って、投手が打席に立つセ・リーグとDH制のパ・リーグは、どちらが強いのだろうと常に話題になっていた時期に、ついに「交流戦」が始まったのですから、やや人気が低迷していると言われていたプロ野球界にとって、大きな起爆剤となった制度変更でした。

 「交流戦」はパ・リーグが強いことは、平成時代を通じて明らかになっていて、NPBはパ・リーグの方が実力上位というのは定着している見方というか、「事実」なのでしょうが、この交流戦には、もうひとつの大きな意味が有ったと考えます。

 それは、パ・リーグの有力選手の名前・存在が、プロ野球界全体に広く知られるようになり、結果として、セ・リーグの各チームも含めたプロ野球全体の人気回復というか人気上昇に結び付いていると感じられるところです。
 現在のプロ野球は「球場で観るもの」として定着していて、どのゲームもチケットの入手が難しくなっています。プロスポーツのひとつの有るべき姿なのではないでしょうか。

 「交流戦」の果たした役割は、想像以上に大きなものだと思います。

 第3位は、平成9年・1997年のゴルフ「タイガー・ウッズ選手によるマスターズ・トーナメント初優勝」です。

 この時21歳でマスターズを制したタイガー・ウッズ選手は、1999年に全米プロ選手権大会、2000年に全米オープン大会と全英オープン大会を制して、24歳で4大メジャー大会制覇=グランドスラムを成し遂げました。
 そして、以降の「平成時代の世界のゴルフ界」を牽引したのが、タイガー・ウッズ選手であったことに異論を差し挟む人はとても少ないでしょう。メジャートーナメント15勝、PGAツアー81勝を始めとする圧倒的な実績は、他の追随を許さないものですし、何より300ヤードを遥かに超える飛距離をベースとしたプレー内容が、ゴルフ競技の在り様を変えたのです。

 そのタイガー・ウッズ選手が43歳になって、「平成最後のメジャー」マスターズ2019をも制するのですから、信じられないというか、事実は小説よりも奇なり、といったところでしょうか。

 第2位は、平成7年・1995年の「野茂英雄投手、MLBロサンゼルス・ドジャースと契約」です。

 様々な理由により「日本プロ野球におけるプレーの場を失った」野茂投手が、アメリカ・メジャーリーグに活躍の場を求めて海を渡ったのです。
 この野茂投手の挑戦とMLBにおける大活躍が、日本人野球選手のMLB挑戦の道を開いたことは、空前絶後の「偉業」でしょう。

 野茂投手の成功の後、数多くの日本人プレーヤーがMLBにおいて躍動したことは、皆さんご承知の通りです。

 もちろん、野茂投手自身の活躍も「金字塔」と呼ぶに相応しいものです。
 MLB12年間での、通算123勝はいまだに圧倒的な日本出身投手としてのNO.1ですし、通算323登板(318先発登板)、1,976と1/3イニング登板等々、偉大というか空前の記録が続きます。
 そして何より、「ナショナルリーグNL、アメリカンリーグAL、両リーグにおけるノーヒットノーラン達成」は、まさに快挙です。何しろ、MLBの歴史上でも、サイ・ヤング投手、ジム・バニング投手、ノーラン・ライアン投手に続く、史上4人目の偉業でした。

 平成7年の野茂英雄投手のMLB挑戦は、日本のお茶の間の景色を変えたことも間違いありません。NHKのMLB放送が始まり、日本の春・夏・秋、日本人はMLBを良くテレビ観戦するようになりました。
 日々の事ですので、これは大きな変化でしょう。

 アメリカ合衆国各地のボールパークにおける、イチロー選手や松井秀喜選手らの打撃や、佐々木主浩投手、田中将大投手らのピッチング、大谷翔平選手・投手の活躍を、当たり前のように日々観ることができるのも、「野茂英雄投手のお蔭」と言っても良いのではないでしょうか。

 そして第1位は、平成5年・1993年の「ドーハの悲劇」です。

 その衝撃の大きさは圧倒的でした。

 日本サッカーの悲願、それは日本のサッカーファン全ての悲願でもありましたが、ワールドカップ初出場に「あと一歩」まで迫っていた日本代表チームは、1993年10月28日、カタールの首都ドーハのアルハリ・スタジアムでイラク代表チームとの「決戦」に臨みました。

 1994年ワールドカップ・アメリカ大会出場権をかけた、アジア地区最終予選の一戦でしたが、この試合に勝利すれば、「悲願」が達成されるのです。

 日本においては「深夜のテレビライブ中継」に、とても多くの国民が見入りました。
 私も妻と共にテレビに噛り付きました。

 試合は、前半5分に三浦知良選手がヘディングシュートを決めて先制し、日本チームが1-0とリード。前半はこのままで終了しました。

 しかし、後半10分イラクチームに同点ゴールを許してしまい1-1。
 手に汗握る展開です。
 
 疲労からか運動量が落ち、イラクチームに押され気味の日本チームでしたが、後半24分に中山雅史が勝ち越しゴールを挙げました。
 我が家のリビングルームに「大歓声」が上がったことは言うまでも有りません。

 この後、両チームとも運動量が落ちて、ゆっくりと試合時間が過ぎ(そのように感じられたのです)、後半45分が迫ってきました。
 「ついにワールドカップに日本チームが行ける」、期待は最高潮に達しました。
 この時、私はリビングのフローリングに正座していました。

 イラクチームにコーナーキックが与えられました。ロスタイム(現在ではアディショナルタイムと呼ばれますが、当時はロスタイムと言いました)に入って、これがラストプレーではないか・・・と思いました。
 これをイラクチームはショートコーナーとしてプレー。
 そして、センタリングが上り、イラクの選手がヘディングシュート、これが放物線を描いて日本ゴール向かって左隅に決まりました。

 この時のショックは、筆舌に尽くしがたいもので、今後もこの衝撃を超えるものが、スポーツシーンから齎されることは無いのではないかと思います。

 このゲームは2-2の引分けでした。そして、日本チームのワールドカップ出場は、再び成らなかったのです。

 「ドーハの悲劇」は、ワールドカップ出場という高い壁を抜くことの難しさを、改めて痛感させてくれたものでしたが、この「悲劇」を糧にして、その後の日本サッカーが進歩を続けて来たことは、皆さんご承知の通りです。

 さて、KaZブログが選ぶ、平成のスポーツ10大ニュースを列挙します。

① 平成5年(1993年) ドーハの悲劇
② 平成7年(1995年) 野茂英雄投手 MLBロサンゼルス・ドジャースと契約
③ 平成9年(1997年) タイガー・ウッズ選手 マスターズ・トーナメント初優勝
④ 平成17年(2005年) 日本プロ野球における「セ・パ交流戦」開始
⑤ 平成10年(1998年) 競馬・シーキングザパール号による海外G1レース制覇
⑥ 平成16年(2004年) イチロー選手のシーズン最多262安打達成
⑦ 平成30年(2018年) 羽生結弦選手のオリンピック2連覇
⑧ 平成12年(2000年) シドニーオリンピック女子マラソン 高橋尚子選手の金メダル
⑨ 平成5年(1993年) サッカー・Jリーグの創設
⑩ 平成27年(2015年) ラグビーワールドカップ・日本チームが南アフリカチームを撃破

 どのニュースも、インパクト十分であり、各方面に大きな影響を与えるものであったと感じます。

 もちろん、この10大ニュース以外にも、とても印象的なスポーツシーンが有りました。

 例えば、平成23年(2011年)の「なでしこジャパン ワールドカップ優勝」とか、平成28年(2016年)の「伊調馨選手 オリンピック史上初の4連覇」とか、平成10年(1998年)の「横浜高校 甲子園大会春・夏連覇 松坂大輔投手夏の決勝でノーヒットノーラン」とか、平成17年(2007年)の「ウオッカ号 牝馬として64年振りに日本ダービー優勝」とか、平成29年(2017年)の「桐生祥秀選手 100m・9秒98」、といった大ニュースは、前述の10大ニュースに匹敵するものでしょう。

 31年間に及ぶスポーツシーンから、10のニュースを選ぶのは、とても難しいことなのです。

 「平成」は、沢山の、本当に沢山の素晴らしいスポーツシーンを私達に齎してくれました。
 それは、日本のスポーツ界が、世界トップクラスの舞台で活躍できるまでにレベルアップを続けた時代でもあったと思います。
 そのレベルアップは、見事なものでした。

 「令和」の日本スポーツ界は、東京オリンピック2020から幕を開ける感が有ります。

 また、素晴らしいシーンを沢山魅せていただけることでしょう。
 2012年8月19日に最初の記事を掲載した「スポーツを考える-KaZ」ブログが、2019年4月12日の「[水泳・日本選手権2019] 難波実夢選手の活躍」で、丁度3,000記事目となりました。
 皆様の応援のお蔭です。

 本当に、ありがとうございます。

① 1,000記事到達は、2014年10月20日
② 2,000記事到達は、2017年1月4日
③ 3,000記事到達は、2019年4月12日
④ 2013年2月2日から、毎日1記事以上のアップを継続中
  丸6年以上続けることが出来ています。今後も、可能な限り続けて行きたいと思います。

 それにしても、ブログを始めた時には、3,000もの記事を書くことになろうとは、想像もしていませんでした。

 色々なスポーツが大好きな私にとっては、スポーツを観た時、プレーした時に感じたことを記事にすることは、いつもとても楽しいことです。
 記事を書く度に、スポーツの「奥深さ」を感じることも、相変わらずです。
 一方で、仕事をしながらのブログ対応でもあり、書きたいと考えていた記事が結局書けずに終わってしまうことも、相変わらず毎月相当数あります。これは、残念なことです。
 
 また、これからも皆様からのコメントをお待ちしています。

 「スポーツを考える-KaZ」は、今後も様々なスポーツを、様々な角度から、「考えて」行きたいと思っています。

 引き続き、ご愛顧・ご支援の程、よろしくお願い申し上げる次第です。

 とても有名な言葉です。

 1960年代から70年代前半までの時期、昭和35年頃から昭和40年代後半までの時期、日本という国が太平洋戦争からの復興を目指して、経済成長を続けていた時期を象徴する言葉です。

 この時期には、プロ野球において巨人軍=読売ジャイアンツが毎年のように優勝し、大相撲において大鵬関が大関から横綱に昇進し優勝を重ねていました。食卓に並ぶ甘い卵焼きと共に、「子供が好きな3つのもの」として、「巨人・大鵬・卵焼き」と呼ばれたのです。

① 子供向けだけでは無い。

 21世紀の今、当時を思い出すと、「巨人・大鵬・卵焼き」は決して「子供」向けのものでは無かったと思います。

 大人も含めて、「大好きなもの」だったのです。
 1945年の終戦後、食糧難の時期が続きましたが、ようやく「鶏卵」が安定して供給されるようになり、決して安価な食べ物ではありませんでしたが、働いて得た収入により、毎日のように食べることが出来るようになった時期なのでしょう。
 そして、最大の娯楽として、巨人と大鵬への応援が存在したのです。

 戦後日本の「安定化」を象徴する3つ、であったのでしょう。

② テレビジョンの発展と共に。

 大相撲の本場所が行われている時には、夕方になるとテレビ放送が有りました。現在と同じ、NHK総合放送であったと思います。
 昭和30年代、我が家は「白黒テレビ」でしたので、大鵬と柏戸の取組などをテレビにかじりついて白黒映像で視聴しました。

 学校から帰ってきた子供たちと、家に居る親が、テレビの前に並んで大相撲を視聴するのです。
 そして午後7時30分ごろからは、プロ野球中継が始まります。
 この時には父親も帰宅していますから、家族勢揃いでプロ野球放送に見入りました。

 この時代の最大の娯楽は、巨人と大鵬、つまりプロ野球と大相撲でしたが、それは「テレビで放送されるプロ野球と大相撲」でした。
 国技館や後楽園球場での生観戦などというものは「想像もできない」ものであったと思います。

 別の言い方をすれば、この時代の最大の娯楽は「テレビを観ること」だったことになります。

 この時代のテレビ放送は、その受像機の進歩も含めて、「伸び盛り」だったことは間違いありません。
 「テレビというメディアの価値」は年を追うごとにというか、日に日に高まっていったのです。

 そして、「テレビ時代のピーク」は、巨人・大鵬時代の終焉の頃、1970年代の中盤であったように感じます。

③ 「巨人・大鵬」なのか、「プロ野球・大相撲」なのか?

 「巨人・大鵬のテレビ放送」が、この時代の日本人にとっての最大の娯楽であったことは前述のとおりですが、1970年代に入り、2つの娯楽は少し異なる様子を呈したように感じます。

 大相撲は長く続いた「大鵬一強時代」のために、次第に人気が下がりはじめました。
 「また、大鵬の優勝か」といった空気が流れ始めたのです。
 そういう意味からは、「巨人・大鵬・卵焼き」の「大鵬」は「大相撲のこと」だったのかもしれません。

 「大鵬一強時代」により人気が低下した大相撲は、その後、先代の貴ノ花(大関)の登場により一気に人気を回復し、輪湖時代や若貴時代に繋がっていきます。

 一方のプロ野球は、「テレビ放送のプロ野球」という意味では、「巨人・大鵬・卵焼き」時代の「巨人の人気」をピークに長期低落時代に入りました。
 「テレビ放送のプロ野球」という意味では、「巨人」が中心に存在し、極端に言えば「巨人VS他の球団」という図式で、お茶の間の娯楽の王者に君臨したのでしょう。
 そういう意味では、ここは「巨人」であって「プロ野球」ではなかったように感じます。

④ 21世紀を迎えて

 「テレビ番組としてのプロ野球中継」は、相変わらず視聴率を上げることが出来ず、地上波の放送は減少を続けています。
 2017年のクライマックスシリーズの広島カープ戦が、関東では放送されなかったことには、改めて驚かされました。

 では、プロ野球人気そのものが、21世紀に入って下がり続けているのかといえば、観客動員数は増加傾向ですから、一概には言えないのでしょう。
 2017年シーズンのセントラルリーグの観客動員数は1400万人を大きく超えて、史上最多となりましたし、パシフィックリーグも1100万人を超えています。
 例えば、広島カープ戦のチケットは、容易なことでは入手できなくなっているのです。

 「巨人・大鵬・卵焼き」時代の観客動員数を遥かに超える観客が、球場に詰めかけていることになります。
 「プロ野球はボールパークで観戦するもの」に変化したのです。

 そして、かつては「巨人戦だけが観客動員できた」プロスポーツが、12球団のいずれもが観客動員できる時代となっているのですから、この変化はとても大きなもので、大袈裟に言えば「異なるプロスポーツになっている」のかもしれません。
 「野球」というスポーツの懐の深さを感じさせる事実でもあるのでしょう。

 一方大相撲はといえば、様々な事象が発生して生生流転、人気は上がったり下がったりをくり返していますが、日本社会における大相撲の位置付けはあまり変わっていないというか、平均すれば「安定した人気」を維持しているように観えます。
 ファン層の高齢化が指摘されることもありますが、これは日本社会全体の高齢化と歩を共にしている感じで、大相撲ファンのみが突出して高齢化しているのではないと思います。国技館に行ってみると、若いファンや外国人の観客など、観客席の景色は着実に変わっています。
 インターネットが社会の隅々にまで浸透している時代にあっても、日本古来の大相撲が一定の地歩を維持しているというのは、「相撲」というスポーツの奥深さを示していると感じます。

 太平洋戦争後の日本社会の復興は、「巨人・大鵬・卵焼き」と共にありました。
 「巨人・大鵬・卵焼き」が無かったならば、日本の復興があのペースで、世界史に刻まれるような驚異的なスピードで進んだかどうかは、分からないところでしょう。

 もちろん、「巨人・大鵬・卵焼き」が存在しなくとも、日本人は別の娯楽を見出していたという見方もあるのでしょうが、だからといって「巨人・大鵬・卵焼き」の価値が下がることにはなりません。
 どちらかというと、存在感は増すばかりだと感じます。

 「巨人・大鵬・卵焼き」+「テレビジョン」というセットが、日本復興・発展の日々のベース・礎だったのでしょう。

 21世紀の「巨人・大鵬・卵焼き」は登場するのでしょうか。
 あけましておめでとうございます。

 本年もよろしくお願いいたします。

 恒例の「スポーツ界展望」です。

 2019年のビッグイベントは、9月から11月にかけて日本で行われる「ラグビー・ワールドカップ2019」です。
 現在、サッカーワールドカップ大会に次ぐ「世界2位の規模」の大会とも言われているビッグイベントが、我が国で開催されるのです。もちろん、史上初の日本開催ですし、我が国ラグビー界はもとより、スポーツ界にとっても「歴史的イベント」となります。

 続くビッグイベントは、9月から10月にかけてカタールのドーハで開催される「世界陸上2019」でしょう。
 こちらは2年に一度の開催です。オリンピックが無い年の各種目の「世界一の陸上競技選手」を決める大会ですし、これまでも数え切れないほどの名勝負が生まれています。

 2019年スポーツ界のビッグイベントは上記の2つでしょう。
 これに加えるとすれば、6月のFIFA女子ワールドカップでしょうか。

 逆に言うと、1月から5月にかけては「2019年はビッグイベントが少ない年」ということになりそうです。
 もちろん、毎年開催される世界一・日本一を決める大会は、例年通り実施されますので、こうした「経常の世界大会」をじっくり楽しむには、良い年なのかもしれません。

 主要なイベントを観て行きましょう。

[1月]
・1月2日・3日 第95回東京箱根間往復大学駅伝競走
・1月5日から2月1日 AFCアジアカップ2019(アラブ首長国連邦)
 ←森保ジャパンにとっての、初めての大きな国際大会となります。新生サッカー男子日本代表チームにとって、大切な大会となります。

・1月9日から27日 ハンドボール男子世界選手権大会(ドイツ/デンマーク)
 →初の「2か国開催」の大会です。日本チームはグループBに入りました。
・1月14日から27日 テニス全豪オープン大会
・1月22日 全国大学ラグビーフットボール選手権大会・決勝(秩父宮ラグビー場)

[2月]
・2月3日 アメリカンフットボール・スーパーボウル(アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ・メルセデスベンツスタジアム)

[3月]
・3月3日 東京マラソン
・3月10日 名古屋ウィメンズマラソン、びわ湖毎日マラソン
・3月20日から24日 ISUフィギュアスケート世界選手権大会(日本・さいたまスーパーアリーナ)
・3月23日から4月3日 春の甲子園大会
・3月30日 海外競馬・ドバイワールドカップ(アラブ首長国連邦)

[4月]
・4月7日 競馬・桜花賞
・4月14日 競馬・皐月賞
・4月11日から14日 ゴルフ・マスターズトーナメント(アメリカ合衆国ジョージア州・オーガスタナショナルゴルフコース)
・4月28日 競馬・天皇賞(春)

[5月]
・5月4日 アメリカ競馬・ケンタッキーダービー
・5月16日から19日 ゴルフ・全米プロゴルフ選手権大会(アメリカ合衆国ニューヨーク州ベスページブラックコース)
・5月19日 競馬・オークス
・5月26日 競馬・日本ダービー
・5月26日から6月9日 テニス・全仏オープン大会

[6月]
・6月1日 UEFAチャンピオンズリーグ2018~19決勝(スペイン・マドリード・エスタディオメトロポリターノ)
・6月1日 イギリス競馬・ダービーステークス
・6月5日から9日 第1回UEFAネーションズリーグ決勝トーナメント
 →6月5日にポルトガルVSスイス、6日にオランダVSイングランドの準決勝が行われ、6月8日に3位決定戦、6月9日に決勝が行われます。
 栄誉ある「第1回大会優勝チーム」は、どこになるのでしょうか。

・6月7日から7月7日 FIFA女子ワールドカップ(フランス)
 →4年に一度の大会です。なでしこジャパンはグループDでの戦いからスタート。同組にはイングランドチーム、スコットランドチーム、アルゼンチンチームが居ます。
 このところ調子を上げてきている「新生なでしこジャパン」が、国際大会での優勝を目指す大会となります。

・6月13日から16日 ゴルフ・全米オープン大会(アメリカ合衆国カリフォルニア州ペブルビーチ・ゴルフリンクス)

[7月]
・7月1日から14日 テニス・ウインブルドン選手権大会
・7月18日から21日 ゴルフ・全英オープン大会(北アイルランド、ロイヤル・ポートラッシュ・ゴルフコース)

[8月]
・8月7日から21日 夏の甲子園大会
・8月25日から9月8日 テニス・全米オープン大会

[9月]
・9月15日 マラソン・グランドチャンピオンシップ大会
→東京オリンピック2020のマラソン代表を決める大会。我が国マラソン史上初の試みです。

・9月20日から11月2日 ラグビー・ワールドカップ2019
→頭書の2019年最大のスポーツイベントです。
 アジア初のラグビー・ワールドカップ開催となります。日本国内12都市でゲームが行われます。日本代表チームはプールAでの予選リーグとなり、アイルランド、スコットランド、ロシア、サモアとのゲームが待っています。

・9月27日から10月6日 世界陸上競技選手権大会(カタール・ドーハ)
 →「世陸」です。男子短距離陣を始めとする、日本チームの活躍が期待されます。

[10月]
・10月3日から6日 日本女子オープンゴルフ選手権競技
・10月6日 フランス競馬・凱旋門賞
・10月17日から20日 日本オープンゴルフ選手権競技
・10月20日 競馬・菊花賞
・10月24日から27日 ゴルフ・PGAツアー公認トーナメント 第1回ZOZOチャンピオンシップ大会(千葉・習志野カントリークラブ)
・10月27日 競馬・天皇賞(秋)

[11月]
・11月1日から2日 アメリカ競馬・ブリーダーズカップ(サンタアニア競馬場)
・11月24日 競馬・ジャパンカップ

[12月]
・12月22日 競馬・有馬記念

 以上、2019年各月の主なスポーツイベントを挙げてみました。

 もちろん、これ以外にも、例えば大相撲は1月場所から11月場所まで、例年通り6本場所が開催されますし、サッカーやラグビーの高校全国大会も、例年同様に行われます。
 各競技・大会における、選手の皆さんの活躍が待たれるところです。

 2019年のスポーツ界もイベントが盛り沢山ですが、やはり我が国にとっては、2020年の東京オリンピックを控えた年ということになるのでしょう。

 また「史上初」のイベントもあります。

 9月のマラソン・グランドチャンピオンシップと10月のゴルフ・PGAツアー公認・ZOZOチャンピオンシップは、共に我が国のスポーツ界に新しい一歩を印すイベントです。
 どちらも、大きなイベントであり、賛否両論、様々な意見が有るものでしょうが、まずは期待を持って観て行きたいと思います。

 2019年も、素晴らしいスポーツシーンを、大いに楽しみましょう。
 さて、ビックデータが必要量確保できた、あるいは確保できる目途が立ったところで、次にポイントとなるのは、プログラムの巧拙です。

 良いプログラムの作成は難事でしょう。

 まさに、その目的に適合した判定、判断、結論が導き出されるかどうかは、プログラムの巧拙にかかっているのです。

 「AIによる分析」というフレーズが、いろいろなところで使われる時代となっていますが、当然のことながら、「AIによる分析」=正確あるいは精度が高い、ということが必ずしも担保されるものではありません。
 間違ったプログラム、ピント外れのプログラム、であれば不正確どころか間違っているケースも有ることでしょう。

 それは、これまで「同じデータを使っても、使う人によって、全く結論が異なっていた」、人間による分析と、何ら変わるところはありません。

 銀行ATMやスマートフォンなどで行われている「顔認証」といった、単純なAI判定(ひょっとするとAIとは呼べないレベルかもしれませんが)であれば、考え方の違い、アプローチ方法の違い、が存在したとしても、大過無く対応出来そうですが、これが空港における多数の入国者の顔認証となれば、一気に難度が増すのでしょう。

 移動しつづける多数の顔を同時に把握し、個々の顔毎に光量の異なる映像を下に、髪の長短、服装の違い、眼鏡の有無、等々の様々な変数を考慮して、例えば「国際指名手配犯」を短時間で見つけ出す作業というのは、人間の眼ではとても難しいことで、まさにAIの得意領域なのでしょうが、こうした作業となると、プログラムの巧拙が大きな影響を与えそうです。
 作業のスピードも求められますから、いくら精緻なプログラムでも点検ポイントが多数に及び過ぎて、時間がかかり過ぎるようであれば、「犯人」は歩いてゲートを出てしまいます。
 つまり、シンプルで効果的なプログラムが必要ということになります。この「シンプル」の実現が難しいのであろうと思います。

 スポーツにおけるAI活用においては、この「シンプル」実現がより大切な要素となるのでしょう。
 全国・全世界の大会や学校において、その調査や分析に使用するとなれば、大掛かりな仕組みは負担となります。小さくて効果的な仕組みが求められるのです。

 「目的を実現するための小さなプログラム」開発こそが、求められるのであろうと考えます。

 ここからは、世界中の開発者の腕の見せ所でしょう。

 さらに、「プログラム開発を行うAI」の登場も、そう遠いことでは無いのかもしれません。

 本ブログでは、これまで「AIとスポーツ」をテーマに、12の記事を呈示してきました。
 また書くこともあると思いますが、今シリーズは「12」で一度終了にしたいと思います。
 
 ご愛読いただき、ありがとうございます。
 これまで、10件の記事で「AIとスポーツの関係」について見てきました。

 繰り返しが多かったという反省が有りますが、書いていると新たに感じることもいくつか有りました。

 スポーツに限ったことでは無いと思いますが、AIの活用には主要ポイントが2つあると思います。

① ビッグデータの収集
② プログラムの作成

 の2点です。

 「ビッグデータの収集」には、「質」と「量」の問題が有ります。
 ビッグデータと呼ぶ以上は、相応の「量」が確保されなければなりませんが、その「質」も大切な要素でしょう。

 「質」という概念の中には
① 属性の正確さが担保されていること
② デジタルデータかアナログデータか

 といった要素が入ってきます。

 データにきちんと正確な「ラベル」が付いていると、そのデータから得られる情報の精度も格段に高いものとなります。
 逆に、「属性」がいい加減なデータであれば、得られる情報も「いい加減」なものになるのは、自明の理でしょう。

 当然ながら、「きちんと正確なラベル」が付いているデータを「大量」に収集するのは、それほど容易なことではありません。
 便利なもの、有効なものを創造して行くのは、容易なことでは無いということなのでしょうか。

 スポーツに関するデータで観れば、トップクラスの大会のデータは揃え易い感じがします。
 オリンピックやワールドカップ、MLB、NPB、NFL、NBA、NHLやサッカーの4大リーグ、リーガ・エスパニョーラ、ブンデスリーガ、プレミアリーグ、セリエA、あるいはJリーグ、高校野球なら甲子園大会、といった、各々のスポーツにおけるトップクラスの大会のデータは、連続性やラベル付も十分な形で確保できそうです。

 2017年からMLBで実施されている「スタットキャスト」は、さらに高度なデータを集積できる仕組みですから、トップクラスのプレーヤー・プレーについての分析は、一層広く、深く行われていくことでしょう。

 一方で、各スポーツのミドルクラス、あるいは裾野のプレーヤーのデータは、おそらく十分とは言えないのでしょう。
 MLBやNPBであれば、1A~2Aのデータや二軍のデータ、学生スポーツであれば地区予選レベルのデータの整備、我が国の中学・高校の頃のデータ集積、等々が求められるところです。
 「これから伸びて行くプレーヤー」に対する情報提供、AIの活用に向けては、こうしたレベルのデータが必要だと考えます。

 この点については、「仕組み」を作って行く必要があるのでしょう。

 旗振りをどこがやるのかも含めて、様々なレベルの各大会・試合において「集積するデータの種類」を決め、「データ集積の簡易な仕組み」を提供していく必要があるのでしょう。
 移動式の「簡易な仕組み」を各大会・試合に貸与して、同水準の情報を日本中、世界中で集積して行くことによって、「これから伸びて行くプレーヤー」に対する的確な情報(トレーニングやゲームに対する)を提供して行けるようになるといった体制が欲しいところです。

 大会・試合での情報収集が軌道に乗ったところで、各地・各競技でのトレーニングに関する情報の収集も開始できればと思います。

 これらの情報は、「これから伸びて行くプレーヤー」にとっての、怪我や故障を減らしていくことにも役立つと考えます。

 また、最近某国が某国に関するビッグデータの提供や他国による活用を認めない、遮るといった報道が有りました。

 こうした「国家権力」といった強大なパワーによって、ビッグデータの利用に制限がかかるというのは、今後のAI活用にとっての障害のひとつであることは間違いありません。

 スポーツ界に限らず、AIの活用に向けては「国際的ルール」の制定も必要だということになるのでしょう。

 「ビッグデータ」は、AI活用の最大のポイントのひとつです。
 「ビッグデータ」を利用するスピード、利用に必要な時間、正確な利用、といった諸点において、AIの能力は人間の比ではありません。

 人間には到底できないスピードで、大量のデータを利用できるからこそ、AIは「これまで出来なかったこと」や「全く想像もしなかったこと」を実現できる可能性があるのです。

 さて、このビッグデータを利用する「プログラムの作成」については、次回のテーマにしたいと思います。

 (その12へ)
 2018年のMLBでは、大谷翔平選手の「二刀流」への挑戦が大きな話題となっていますが、プロスポーツ大国アメリカ合衆国には、有名な「二刀流」プレーヤーが存在します。

 今回は、ディオン・サンダース選手です。

 サンダース選手は、「NFLとMLBの二刀流」でした。

 そして、NFLでもMLBでも一流選手として大活躍したのです。

 1967年、フロリダ州フォートマイヤースに生を受けたサンダースは、ノース・フォートマイヤース高校で、アメリカンフットボールとベースボールとバスケットボールの3つのスポーツで活躍し、当該3競技でフロリダ州から賞を受けています。どの競技でも「フロリダ州屈指のプレーヤー」だった訳です。
 アメリカ合衆国では、高校くらいまではベースボールとフットボールの両方をやっているアスリートは相当数居ると言われます。シーズンが異なるので、可能なことなのでしょう。
 とはいえ、それにバスケットボールを加えた3競技で、いずれも一流となると、なかなか居ないことは容易に想像が付きます。
 サンダース選手は高校卒業時に、MLBのドラフトでカンザスシティ・ロイヤルズから指名を受けていますが、入団はしませんでした。

 そして、フロリダ州立大学に進学しました。
 フロリダステイトでは、フットボール・ベースボールと陸上競技(短距離競走)の3競技をやりました。
 当然のように、アメリカンフットボールでもベースボールでも一流の成績を残しましたから、大学卒業時には、NFLとMLBの両方から誘いを受け、MLBとNFLの両方でプレーすることとなりました。

 NFLのキャリアは、1989年にアトランタ・ファルコンズに入団、1994年にはサンフランシスコ49ers、1995年にはダラス・カウボーイズ、2000年にはワシントン・レッドスキンズ、2004年にはボルチモア・レイブンズでプレーしました。ポジションはコーナーバックCBでした。

 1995年(49res)と1996年(ダラス・カウボーイズ)の2度、スーパーボウルSBを制覇していますし、1995年にダラスに移籍する際の年俸は、当時のNFL守備選手最高給でしたから、ディオン・サンダース選手が超一流のNFLプレーヤーであったことは、間違いないことです。

 1995年の49resにおいては、クオーターバックQBスティーブ・ヤング選手、ワイドレシーバーWRにジェリー・ライス選手とジョン・テイラー選手、ラインパッカーLBにケン・ノートン・ジュニア選手、ストロングセイフティSSにティム・マクドナルド選手と、スタープレーヤーが並ぶチームのスターターでした。
 また、1996年のカウボーイズも、QBトロイ・エイクマン選手、ランニングバックRBエミット・スミス選手を擁する最強時代のスターターだったのです。
 ディオン・サンダース選手は、SB制覇を狙える強豪チームの中心選手として活躍していたのです。

 ベースボールのキャリアは、1989年にニューヨーク・ヤンキースに入団、1991年にアトランタ・ブレーブス、1994年にはシンシナティ・レッズ、1995年にはサンフランシスコ・ジャイアンツでプレーし、その後シンシナティ・レッズで何回か現役復帰しています。
 ポジションは外野手、左投げ左打ち、快足プレーヤーとして鳴らしました。

 1991年、ブレーブスの時にワールドシリーズWSに出場しました。この時はミネソタ・ツインズに敗れています。1992年にもブレーブスでワールドシリーズに進出しましたが、今度はトロント・ブルージェイズに敗れてしまい、ワールドシリーズ制覇は出来ませんでした。

 サンダース選手は、ベースボールにおいては「守備と走塁は一流だが打力不足」と指摘されていました。NFLとMLB、それぞれにおける位置づけでは、NFLの方が上位にあったとみるのが妥当なのでしょう。
 とはいえ、MLBにおいてもワールドシリーズに出場しているのですから、堂々たる一流プレーヤーであったことは間違いありません。
 NFLのCBとしての活躍が、凄すぎると見るべきなのでしょう。

 ディオン・サンダース選手には「二刀流」を表す様々な表記があります。
 有名なものを挙げて行きましょう。

① ワールドシリーズとスーパーボウルに出場した唯一のプレーヤー
② 同じ週に、MLBでホームランを打ち、NFLでタッチダウンを挙げた唯一のプレーヤー
③ スーパーボウルでパスレシーブとパスインターセプトを記録した唯一のプレーヤー

 三番目は、本来CBのプレーヤーであるサンダース選手が、WRとしても、「スーパーボウル」でプレーした(1996年のゲーム。47ヤードを獲得)ことによる表記となります。
 アメリカンフットボールとベースボールの二刀流のみならず、フットボールにおいては攻撃の選手WRと守備の選手CBの二刀流も実現している、それもスーパーボウルと言う大舞台で、ということですから、サンダース選手のアスリートとしての能力の高さと言うか、「驚異的な身体能力」を明示している事実に他なりません。
 まさに、何でも出来るという印象であり、真の「オールラウンド・プレーヤー」と呼ぶべきなのかもしれません。

 身長185cm・体重89kgと、NFLやMLBにおいては飛び抜けて大きいという体躯では無く、どちらかといえば「スリム」な印象ですが、この体躯を持って大男達と互角以上の戦いを演じ続けました。

 ディオン・サンダース選手は常々「フットボールは私の妻であり、ベースボールは私の愛人」と言っていた通り、主はNFLでのプレーということになるのでしょうが、どちらのスポーツでも、なかなか到達できない高みに居たプレーヤーなのです。

 「ベースボール・イズ・アメリカ」と称される、アメリカ人の心の故郷の様な存在であるMLBと、アメリカで最も人気が高いといわれるアメリカンフットボールの最高峰NFLの両リーグで、大活躍したディオン・サンダース選手。

 世界一のプロスポーツ大国アメリカ合衆国においても、「二刀流の最高峰」として、燦然と輝く存在なのです。
 本シリーズでは、スポーツにおける「AIの可能性」を考えてきています。
 相当の可能性があると感じています。

 それでは、現時点でAIには出来そうもないことを考えてみましょう。

 それは、団体スポーツにおける「チーム創り」ではないでしょうか。

① 複雑

 「チーム創り」には、とても多くの変数が存在し、それらの変数が互いに影響しあうという点で、極めて複雑な作業でしょう。

 加えて、多くの「チーム創り」には時限性がありますから、いつまでも情報を蓄積して行く時間が無い場合が多いと思います。
 短時間で最大の力を発揮できるチームを創っていくという作業は、現在のAIでは難しい(AIではなく、人間にとっても、もちろん難しい)作業であろうと思います。

 まず、その時点でチームを構成するプレーヤーの能力・特質は千差万別です。
 「こういうスキルのプレーヤーが何人いれば、こういうチームを創ることが出来る」という判断基準があったとしても、そういうプレーヤーが居なければ始まりません。

 例えば、高校野球であれば、選手は3年で卒業しますし、毎年新しい選手が入学してきます。こうした状況下で、毎年「勝てるチーム」を創り、能力が高い選手が揃った時には「とても強いチーム」を創るというのは、相当に高度な作業だと思います。
 甲子園大会を連破するようなチームを創り上げることが出来る監督の能力は、極めて高いということになります。

 個々のプレーヤーのフィジカルな能力はもちろんとして、それぞれのプレーヤーの性格なども考慮してチーム創りを行う、それも半年とか3ヵ月といった短い期間で、骨格は決めなければならないのですから、大変です。

 AIは個々のプレーヤーのレベルアップを進めるとか、ゲームにおいて最適な指揮を執る、といったことには、相当の力を発揮できそうですが、こうしたチーム創りには、まだ力が及ばない感じがします。

 理由として考えられるのは、そもそもベースとなるプログラムを作成する人間の側に、「チーム創り」のノウハウ・スキルが十分ではない可能性があることが挙げられるのでしょう。
 チーム創りにおいては、「チーム作る側の人の個性・性格」も大きく影響しますが、そうした要素を盛り込んだプログラム、それも精度の高いプログラムというのは、なかなか創れるものでは無いでしょう。

 加えて、AIの学習能力面でも、ほぼ同じチームでの情報の蓄積には限界があるでしょう。
 例えば、高校野球であれば、ほぼ同じチームで行う試合(毎年の大会での試合)は、おそらく数十試合であって、100試合は超えないのではないでしょうか。
 ワールドカップに出場するサッカーチームにしても、ほぼ同じチームでの試合は100試合には届かないでしょう。

 様々な観点から、各試合のメンバーを決め、試合を行い、控え選手も色々な投入の仕方を試すとしても、十分な情報を蓄積する前に、大きな大会は終わってしまう感じがします。

 人間の優秀な監督は、チームのメンバーを良く観て、過去のデータも勘案し、「こんな組合せ」のチームが良いのではないか、といった想定のもとに最初のチームを創り、練習や練習試合当の繰り返しの過程で、より強いチームへ変貌させていきます。
 当該監督の「勘」が働くことで、無駄の無いチーム創りが進むように見えます。

 例えば、高校野球で甲子園大会に出場を「重ねる」チームの監督には、間違いなくこうしたスキル・ノウハウが備わっているのでしょう。

② 心持ち

 チーム創りには、メンバーの「心持ち」のコントロールが必要です。
 切磋琢磨していく「良い仲間」としてのチームを創り上げ、試合に臨んでは「怯まない強い意志」をチームとして維持する体制作りが必須であることは、言うまでも有りません。

 少し弱気な選手に対して、それを励ますなどして「やる気」にさせる周囲のプレーヤーやキャプテンの存在など、強いチーム作って行く上では「メンバーの心持ちのコントロール」が不可欠でしょう。

 こうしたこと、単なる仲良し集団では無く、どんな状況下でも「戦う集団」を育てていくことが、競技スポーツにおける「チーム創り」のポイントとなるのです。
 この過程では、監督自身の性格や有り様、「心持ちの形」が大きな影響を与えることになります。
 当然ながら、「チームは監督と選手により構成される」のですから。

 こうした「心持ちのコントロール」については、AIは苦手であろうと思われます。

 今回は、現時点でAIが苦手とするであろうことを観てきました。

 とはいえ、「チーム創り」についても、いずれは(10~20年くらいあれば)AIが克服するような気もします。
 そして、「人間では考えもつかない形でのチーム創り」手法を創造してくれるのではないかと思います。

 (その11へ)
 最近の、羽生結弦選手と大谷翔平選手の言葉です。

 平昌オリンピックにおける羽生選手の活躍とMLB2018における大谷選手の活躍は、現在の日本スポーツ界における「双璧」と呼んで良いほどの大きさとインパクトを持っていると感じますが、そのふたりのアスリートの「心持ち」を示す言葉なのです。

 平昌オリンピックを控えて、羽生結弦選手は足首を故障しました。4回転ルッツという、単独の演目としては現在最も高い基礎点が配されている=最も難易度が高い、技の練習中の転倒でした。

 相当重い故障と報じられましたから、「羽生選手はオリンピックに間に合うのか」といった報道が続き、ご本人もしばらくの間マスコミの前から姿を消しました。
 オリンピックに出場できるかできないかはともかくとして、出場してきたとしても、故障の影響が大きく、本来のプレーは望むべくもないのではないかと、多くの人は考えたことでしょう。

 その羽生選手は、しかし、敢然とオリンピックの舞台に登場したのです。
 ショートプログラムのノーミスの演技は、本当に衝撃でした。
 そして、フリー演技、気迫十分の演技は、観る者に圧倒的な感動を齎しました。あれ程の演技は、なかなか観られるものでは無いでしょう。

 その後、様々なシチュエーションで羽生選手に対するインタビューが行われました。
 その中で、何度か頭書のコメントが出てきたのです。

 「足首を故障したから金メダルが取れた」という、逆説的な説明です。
 では、故障せず、順調に来ていたら、金メダルは取れなかったのか、という疑問というか、論理上の確認事項が生じますが、これはそういうことでは無いのでしょう。
 「故障せず、順調に」来ていた状況で、オリンピックには臨んでいないのですから、そうした比較は出来ないのです。

 私の様な市井の素人が、この深いコメントを理解しようとすれば、「故障を前向きに捉えて様々な取り組みを行ったことが金メダルに結びついた」ということであろうと思いますし、そこから教訓を得るとすれば「逆境をも前進の糧とする」あるいは「逆境こそが成長の糧となる」といったことなのでしょう。

 当然のことながら、凄い考え方です。素晴らしい考え方と言っても良いでしょう。
 4年に一度の大会直前に故障を発症すれば、多くの場合「絶望的な気持ち」になるのでしょうし、後ろ向きの考え方になったとしても何の不思議もないというか、自然な感じがします。

 今春の園遊会で、羽生選手は天皇陛下に対して「練習が出来ない時にも色々なことを学びました」と説明し、天皇陛下から「どんなこと?」と質問を受けて、「筋肉の付き方や関節の在り様などを・・・」と答えていました。
 この他にも、故障で静養していた時期に、その時間を有効に使って、羽生選手は成長を続けていたのでしょう。
 オリンピックを連覇するアスリートの懐の深さ、心持ちの高さを感じます。

 MLBデビュー直後から目覚ましい活躍を魅せている大谷翔平選手ですが、何より「物おじしない様子」「伸び伸びとしたプレー振り」が凄いと感じます。
 世界一のベースボールリーグで、戦闘能力十分な猛者を相手に、持てる力を存分に出しているところが、何にも増して素晴らしいところでしょう。

 そして、試合を重ねる度に成長しているように見えるところが、本当に素晴らしい。
 日々の成長、と言うのは簡単ですが、なかなかできることでは無いのに、大谷選手は実行していて、それも相当「高速の成長」を続けているのです。

 これが「勝ち負けを超えている」ところが一層高度な感じがします。

 例えば、DHで三振ばかりを重ねた試合があったとしても、その試合で大谷選手は「思い切りバットを振っています」ので、次の試合に経験が生きるであろうと感じさせるのです。
 単に「バットに当たったか、当たらなかったか」だけの問題に過ぎないと、観ている者に感じさせるところが、尋常では無いのです。数多くのMLB関係者・専門家が、結果は結果として、大谷選手の可能性の大きさを評価しているのです。

 ピッチングにおいても同様で、4失点して勝利投手になれず、防御率が悪化した試合でも、MLBに行って初めて101マイル=163km/hの速球を複数投じたりします。
 相手選手は、「もの凄いスピードボールと落差十分のスプリット」を具備していることを感じますから、次の対戦の困難さを想像することでしょう。
 観ている監督やコーチ、関連マスコミの人達も、「大谷翔平の凄さ」ばかりを感じてしまうのではないでしょうか。

 ホームランを含む4失点を喫し、5四球も与え、一見「散々な内容」の試合なのですが、その投球を眼にした者は「次回投球、将来のプレーの凄さ」ばかりを感じるというのですから、なかなか居ないタイプのアスリートです。

 実際のところ、101マイルの速球に、落差十分のスプリット、変化鋭いスライダーをストライクゾーンに投げ込まれたら、容易なことでは打てないというのは道理です。

 メジャーのボールやマウンド、移動やローテーション、調整方法等々の沢山の要素に慣れてきたら、「大谷翔平はどんな投手になるのだろうか」、現在は初めて対戦する投手ばかりですが、その球筋や変化の具合、投球スピード等を自身にインプットできた後は「大谷翔平はどんな打者になるのだろうか」と、MLBの関係者、ファンは皆期待していると思います。

 全ての事象に対して、極めて前向きな大谷選手ですが、「全てのプレーを糧にする」ように見える大谷選手の心持ちを良く示す言葉が「イラッときたら負けだと思う」というコメントでしょう。

 投手として痛打を浴びる、打者として三振する、微妙な投球をストライクと判定される、あるいはボールと判定される、牽制球でアウトになる、といった「日々の事象」に対して、大谷選手は「イラッとしない」ように心掛けているのです。
 全てを自らの糧としようとするには、とても効果的な心持ですが、「容易には実行できない心持ち」でしょう。

 人間は、日々の生活の中で「イラッとする」ことがあります。それも、相当の頻度で発生するでしょう。
 仕事の場においては勿論として、日常生活でも「癇に障る」ことは次々に起こるものです。
 イラッとした時には、文句を言い、批判を書き、時には怒りの行動さえ起こしてしまうというのは、普通の人々にとっては、普通の事なのかもしれません。

 その時々に、人間・大谷翔平は「イラッとしたら負けだと思う」のです。
 この若さで、信じられないような心持ちだと感じます。

 試合のプレー毎に、大谷選手の表情からは、「気合十分な様子」や「残念そうな様子」が感じられますし、相手プレーヤーを睨みつけたりする仕草が観られますが、「めげたり落ち込んだりする様子」は皆無です。
 全てを前向きに捉えているのでしょう。
 「成長することが約束されているような心持ち」と言っても良さそうです。

 羽生選手にしても大谷選手にしても、それぞれの競技に対する「才能の高さ」は誰もが認めるところでしょう。
 世界屈指のタレントなのです。「底知れぬ運動能力」なのです。

 その「底知れぬ運動能力」を保持しているアスリートが、「前進するために、これ以上ない心持ち、物の考え方」を身に付けているのですから、強い訳です。
 世界トップクラスのアスリートとなるのも、ある意味では自然なことなのでしょう。

 逆に言えば、どんなに素晴らしいフィジカル面の才能を備えていたとしても、「不運を嘆き」「失敗を他者のせいにする」ような心持ちのプレーヤーでは、その才能を活かすことは難しいということになりそうです。

 こうした「高い次元の心持ち」を具備しているのが「23歳のアスリート」であることも、私の様な「年寄」から見ると、本当に凄いことだと感じます。

 拙い比較材料ですが、私の様な凡人でも、23歳のころからこうした「心持ち」を具備できていれば、もっともっとさまざまな点で成長できたかもしれないと、考えてしまいますが、それは所詮無理なことなのでしょう。努力により身に着くものでもないと思います。

 こうした「心持ち」を保持できること自体が才能のひとつなのかもしれません。
 素晴らしいフィジカルを、大きく成長させることが出来る「心持ち」も、おそらくは「天賦の才の一部」なのです。

 残念ながら、経験を積んだからと言って到底達することが出来ない「至高の境地」なのだろうとも思います。

 23歳にして「前進すること『しかできない』ような素晴らしい心持ちを具備するアスリート」となっている、羽生結弦選手と大谷翔平選手の今後の活躍は、私などの想像を遥かに超えるものとなるのでしょう。
 AIはプログラム通りに動く、それもとても速く動くので、当該プログラムの性能に左右される、という面は、間違いなくあるのでしょう。

 粗末なプログラムであれば、その「粗末さ」に応じた働きしか出来ないのは自然なことです。

 一方で「学習し成長する」AIも存在しています。
 特に近時は、その「学習し成長する」内容が進歩している(変な言い方ですが)ようです。

 10年ほど前に「ファジー」という概念が流行りましたが、その延長線上の概念の様な気もします。

 こうした「学習し成長する」仕組みも、プログラムの一種、あるいはアプリケーションの一種でしょうから、「成長する方向」が正しいかどうか、というポイントが有りそうですが、いずれにしても、自らの能力を高めていくAIが存在しているのです。

 この成長が、人間の成長(例えば、6歳から18歳までの知的成長)と同じようなものか、異なるものかは分からないのですが、新しい情報に接しながら、着々と成長を重ねるAIもあるのです。

 例えば、サッカー競技において「Eチームの監督の役割を任されているAI」が、試合を重ね、勝ったり負けたりを繰り返しながら、「勝利の要因」「敗戦の原因」についての情報を蓄積し分析しながら、Eチームが勝つためのノウハウを積み上げていくとすれば、それは大きな「成長」ということになります。
 このノウハウの積み上げは、相手チーム別のものもあるでしょうし、Eチームの基礎的な能力アップに関するものもあるのでしょうが、何の先入観も無く成長し続けるとすれば、その成長はバランスが良く、スピーディなものとなる可能性が十分に有りそうです。

 例えば、1970年ワールドカップ・メキシコ大会のブラジル代表チームの監督を任されたAIが、ゲームの途中でトスタン選手とペレ選手とリベリーノ選手を一気に交替させる、といった指示が出される可能性もあるのでしょう。
 こうした交替は、「人間の監督であれば有り得ないもの」ですが、成長したAIなら有るのかもしれません。何しろ、AIには先入観は無いのですから。いかに、「世界最強チームの中核」である、トスタンとペレとリベリーノとはいっても、相手チームの布陣・出来とゲーム展開によっては、試合途中で大変革が必要とAIが判断する可能性はあるのでしょう。

 「学習と成長」の能力を得たAIには、大きな「創造力」が期待できます。
 人間では50年・100年かかる成長を、5年・10年で実現できれば、人間には思いもよらぬ「やり方」を創り出す可能性があるのでしょう。

 この創造力こそが、人間がAIに期待する最大の価値の様な気がします。

 (その10へ)
 先日友人が「AIはまだまだ単純作業しかできないから、判断業務は人間のものだね」と言っていました。

 そうでもないと思います。

 今や、AIの判断能力は相当に高いと、私は感じています。

 例えば、法人投資家(かつては事業投資家と呼ばれることが多かったと思いますが)の株式投資は、現在概ねAIが実行しているように見えます。
 様々な要素をAIが把握し、プログラムに沿った売買を実行しているのです。

 個別銘柄なら、「○○円まで上がったら売り」「○○円まで下がったら売り」と、利益確定あるいは「損切」の両方の判断も行っています。
 個々の法人投資家のAIは、それぞれの法人の考え方により異なるプログラムを使用していると考えられますが、これが投資全体の流れとなれば、多くの法人投資家のAIは概ね「同じ方向」に動いているように見えます。株式投資に関する「人間の経験」をベースに作られたプログラムは、大同小異なのかもしれません。

 例えば、ダウ式平均株価が急落するようなシーンでは、「損切の為に売り急ぐ」AIが多いように見えます。結果として、2010年以降の株式相場は「急落」が多いのでしょう。
 株式市場に所謂セカンダリーが少ないことから、一度株価が下がり始めると歯止めがきかないという話は、今回のテーマではありませんから深堀はしませんけれども、多くの法人投資家の多くのAIが似たようなプログラムにより同方向に動くことが多いという「現象」は、AIというものを検証していく上では重要なことだと思います。

 多くの銘柄の動きを「瞬時」に把握し、売り買いの判断を「瞬時」に行い、売り買いの指示を「瞬時」に出し売買を実行する、というのは「AIの最も得意とする分野」でしょう。
 例えば「買おう」と判断してから、「数秒の間をおいて注文を出す」のでは、株価が変動しているリスクが有ります。AIなら、そのリスクを概ね最少に抑え込むことが出来ます。(リスクは0にはならないでしょう。例えば、東京所見取引所ならコンピュータで注文を出してから成約まで1秒強の時間がかかると思いますので)

 この「広範で数多くの情報を瞬時に把握・分析」し、「多くのフィージビリティスタディを瞬時に行って」、やらなければならない「次の行動内容を瞬時に構築」するという動きは、別に株式売買だけのものでないことは、誰でも分かることでしょう。

 スポーツの試合においても、全く動揺の判断業務をAIに任せることは、十分に有り得ることだと感じます。

 例えばサッカー競技なら、カメラから刻一刻と入ってくる各種の情報、
① 攻撃において、相手フィールドのどこにスペースが出来やすいか。
② どのような攻撃を仕掛けた時にスペースが出来やすいか。
③ 逆に攻められたときに、自陣のどこにスペースが出来てしまうか。
④ 個々のプレーヤーの運動量や俊敏性の変化、減少度合い。
⑤ 個々のプレーヤーのボールへのタッチ数や重要なプレーへの貢献度合い

 といった、膨大な情報を「漏らすことなく把握」することは、人間のベンチスタッフより正確で速いことは明白でしょう。

 これらの分析から、「次の選手交替の出入りのプレーヤー、交代の時期(例えば今から○分後にMプレーヤーの運動量は□%落ちると予想されるので、交替は△分後)の判断も行ってくれると思います。
 試合中のプレーヤーへの指示、ハーフタイムでの戦法変更の指示等にも、役に立つ情報が得られそうです。

 「AIが試合の映像を対象として考慮する要素数・内容」がベンチスタッフと同様であれば、漏れの無い分析と正確な判断という面では、AIの方が勝っていると考えるのが自然です。人の眼では、全プレーヤーを観ること自体が難しいでしょう。

 何か、以前書いた記事と同じような結論になっているようで恐縮ですが、スポーツにおいてAIの判断力が十分に役に立つことは、間違いがなさそうです。

 (その9へ)
 21世紀に入ってからの「デジタル」データであれば、情報の加工もできますし、利用の利便性が高いのですが、20世紀の「アナログ」データとなると、利用の難易度は格段に増してしまいます。

 一方で、各競技の「歴史的プレーヤー」「伝説的プレーヤー」のプレーや情報となれば、アナログデータで保管されていることが多いと思います。

 例えば、サッカーにおけるヨハン・クライフ選手のプレーの映像を分析したい、世界のサッカーを変えたプレーヤーのプレー細部を調査・分析しようというニーズは大きいでしょう。

 ところが、クライフ選手の映像は、おそらく大半がアナログデータです。
 これをデジタルデータと同じように使用できるようにする技術、比較的簡単に利用できる技術が存在すれば、とても有効ということになります。

 アナログ映像はデジタル映像に比べて「汚い」とか、「はっきりしない」というのは、データ量が圧倒的に少ないので、止むを得ないものですが、一方で、サッカー競技の未来の為に「クライフのデータ」が必要となれば、クライフ選手がトラッププレーの時に「どこを観ているか」とか「どの筋肉を多く使っているか」といった情報が欲しいのは、自然なことです。

 アナログ映像から「どの筋肉が使われているか」を判定して行くのは、相当の難事でしょうし、そもそもその種の情報までは入っていない可能性もありそうですが、いずれにしても、その可否も含めて調査をしなければならない。調査に向けては「デジタル化」が効果的だと思います。

 「デジタル化」に向けては、その作業が比較的簡単で、低価格でできることが大切でしょう。大掛かりな装置と大きな費用が必要となるのでは、世界中での利用促進はなかなか進まないことでしょうから。

 いずれにしても、AIをスポーツに活用するためには、「アナログデータ」の一層の活用を進める必要がありそうです。

(その8へ)
 平昌オリンピックで羽生結弦選手が2大会連続金メダルを獲得し、国民栄誉賞の受賞が取り沙汰されるに至って、1994年生まれのアスリート達の活躍にスポットライトが当たっています。

 この世代は、MLB挑戦中の大谷翔平投手・選手と共に「羽生・大谷世代」とも呼ばれているのだそうです。

 1994年生まれの各競技のプレーヤーを挙げてみましょう。

① 羽生結弦(フィギュアスケート)
② 大谷翔平(野球・ベースボール)
③ 萩野公介(競泳)
④ 瀬戸大也(競泳)
⑤ 高木美帆(スピードスケート)
⑥ 川井梨紗子(レスリング)
⑦ 土性沙羅(レスリング)
⑧ ベイカー茉秋(柔道)
⑨ 鈴木誠也(野球)
⑩ 藤波晋太郎(野球)
⑪ 浅野拓磨(サッカー)

 他にも居るのでしょうが、オリンピックや世界選手権の優勝者や、プロ野球、プロサッカーといったジャンルでの各競技を代表するプレーヤーが並んでいます。
 なるほど「黄金世代」だと感じさせます。

 現在の日本スポーツ界は、1994年世代無くしては成立しないと言っても良いのでしょう。

 そうなると「何故、1994年生まれが強いのか」という話になります。そして「ゆとり世代の真ん中に位置する世代」であり、のびのびと育ったからだ、といった分析がなされているようです。

 一方で、例えば1995年生まれには「9秒98」の桐生祥秀選手が居ますし、必ずしも1994年に素晴らしいアスリートが集中しているわけではない、という見方もあります。

 であれば、「ゆとり世代」のアスリートが優秀だということだろう、という意見もありそうですが、一方で、「20歳台というのは多くのアスリートにとってプライムタイムだよ。ゆとり世代の多くが20歳台に入ってきたということじゃないの」という友人の見解もあります。

 「どのレベルの選手(例えば、オリンピック・世界選手権の優勝者)の数が、他年生まれより何割(例えば、5割以上)多ければ黄金世代」、といった明確な定義が無い(当然でしょうが)ので、どうしても曖昧な話になってしまうのでしょう。

 とはいえ、こうした黄金世代の話題が各所で採り上げられるというのは、「多くのスポーツにおいて日本選手の活躍が目立っている」ことを示しているのは間違いないことですから、嬉しい話なのかもしれません。
 今大会でも、スピードスケートのオランダ、クロスカントリースキーのノルウェーと、それぞれの競技における「王国」がその力を誇示しました。
 こうした「王国」はどのようにして成立して行くのでしょうか。

 スピードスケート王国のオランダを例に取って、考えてみましょう。

1. スケートが出来る場所が周囲に沢山あること

 国土の1/3が標高0m以下の土地であり、水路が縦横に配されているオランダは、気温が低い地域(北海道より遥かに高い緯度です)ですから、冬ともなれば一面が凍りつく=スケートが出来る場所に囲まれる、環境に有ります。

 物心付いたころから、冬になれば、お子さんはスケートを始めるのでしょう。
 これは大人になっても続きます。
 基本的に「競技人口が多い」のは、自然なことです。

 これだけ長い間「氷に乗っていれば」、あらゆるタイプの氷の特性を肌で感じることが出来るのでしょう。
 初冬、その季初めて氷結した氷、氷点下10℃以下の日が続き厳冬の中の氷、暖かくなり始めた頃の初春の氷、等々。
 堅い氷、柔らかい氷、表面は堅いが下は柔らかい氷、その逆、等々。
 こうした種々の氷を肌感覚で知っているスケーターとなるのです。
 まさにネイティブスケーターということになります。

 そうした国民の中から、強い選手が選ばれるのです。

2. 周囲の人たち

 気温が低い地域ですから、冬の話題は勢い「スピードスケート」になるのでしょう。お父さん、お母さん、祖父母、兄弟、親せき、友人の方々から、スケートに関する様々な情報がもたらされます。

 「スピードスケートの英雄」の話も盛り沢山でしょう。

 また、一族の中にスピードスケートの強者が居れば、その方の話を聞き、胸をときめかせる瞬間もありそうです。

 スピードスケートの選手への憧れが、育まれるのです。

3. テレビ他のメディア

 「王国」ですから、他の国より、スピードスケート競技会の番組が放送される機会も多そうです。
 こうした番組を観ながら、お父さんやお母さんから、「どうやって滑れば速く滑れるのか」といった情報も、当たり前のように耳に入ってくるのでしょう。

4. コーチやスタッフ

 世界で戦っている一流プレーヤーが多いということは、当然にハイレベルなコーチやスタッフも多いということになります。

 日本で言えば、小学校・中学校時代から、一流のコーチ・スタッフの指導を受けることが出来るのでしょう。

5. 速く滑ることが第一

 氷に囲まれた環境の中では、「速く滑る」ことが優先というか、「普通のこと」になりそうです。

 私の周辺でも、雪国出身の方に話を聞くと「都会から来た人たちはウェーデルンとかができる。右に左にスキーを動かす。でも私たちは、そういうことは出来ない。まっすぐに速く滑るだけ。」と言います。
 ギャップが有ろうが、新雪エリアに入ろうが、ザラメ行きであろうが、「まっすぐ速く滑る」ことが出来るという訳です。このネイティブスキーヤーの方たちは、曲がるのは、木や穴を避ける場合に限られますので、「何もないところで曲がる」という必要が無いのでしょう。(もちろん、選手になり、回転や大回転といった競技をするとなれば、上手く曲がる術をみにつけていくのでしょうが)

 スケートでも同じなのでしょう。
 氷に囲まれている環境下では、スピンやステップといったニーズが低い、まっすぐ速く滑ることに興味が集中するのかもしれません。

 スピードスケート王国オランダから、有力なフィギュアスケート選手や、強いアイスホッケーチームが生まれない、或いは生まれ難いというのは、こうした事情からかもしれません。

 このようにして「スピードスケート王国オランダ」が形成され、各世代に次から次へと強いスケーターが登場するのでしょう。

 「王国」を創るための環境は一朝一夕にはできないというか、おそらく、現在存在する「王国」以外の国が創ろうとしても、相当難しいことなのだろうと感じます。
 朝の情報番組(テレビ朝日グッドモーニング)を見ていると、クイズコーナー(林修先生のことば検定)で「今日3月6日は、日本最初のスポーツ新聞、『日刊スポーツ』が創刊された日です」との説明がありました。

 太平洋戦争終戦から「わずか半年で・・・」との説明もありました。

 私も「随分、早い創刊」という印象を受けました。
 
 国を挙げての全面戦争で国土は荒廃し、国力も底を突いた状況で、翌年の3月早々にスポーツ新聞を立ち上げた(初代会長は川田源一氏)というのも立派というか、凄いことですが、その初刊、販売された1万5000部が、あっという間に売り切れたというのも、驚くべき話です。

 心身ともに荒廃し、食べる物にも事欠いていた時期に、当然ながら「有料の新聞」が瞬間蒸発?したというのです。
 日本国民の潜在的なパワーが表れていると感じます。
 どんなに苦しい時でも、貧しい時でも、欲しい情報にはお金を使うという行動、おなかも空いていたが、最も渇望していたのは「心の栄養」であったことが、良く分かります。

 スポーツのみならず、歌謡曲を始めとする音楽への渇望も、とても強かった時代なのでしょう。エンターティンメントに対する欲求は、人間にとって本質的なものなのです。

 ちなみに、大相撲は1945年11月に本場所(10日間)を再開しました。
 プロ野球は、1946年4月27日からリーグ戦を開始しました。
 東京六大学野球は、1946年の春季リーグから再開しました。
 国民に人気のあったスポーツは、いずれも終戦後早々に再開されているのです。
 日本民族の逞しさ、スポーツへの強い思い、を感じると言ったら、大袈裟でしょうか。

 この時期、紙も、インキも、記者も、何もかも不足していたであろう時期に、大量の新聞を、焼け野原の東京で刊行したこと、川田会長以下の関係者の方々の意欲の高さ、思いの強さ、スポーツへの深い愛情に、感心させられるばかりです。

 こうした「ハイクオリティな意識」は、何でもある飽食の時代、21世紀のメディア人の皆さんにも、忘れていただきたくないものだと思います。
 スピードスケート女子500mのスタート位置に付いた小平奈緒選手を観た時、「あれっ、いつもと感じが違う」と思い、よく観るとサングラスが違うのです。

 いつもの「2色のサングラス」ではなく、「黒縁の透明のメガネ」だったのです。
 「1000mでの残念な結果を踏まえて、縁起を担いでメガネを替えたのかな」とも思いました。

 ところが、後日報道(結城コーチのコメント)が有り、「(いつも使っている)試合用のサングラスに交換することを忘れていた」とのこと。「それ程に集中していた」と。

 何だか、凄い話です。

 そういえば、スキージャンプ男子ノーマルヒルの時、「レジェンド」葛西紀明選手が胸元のファスナーを開けたまま飛びました。
 こちらは早々に「締め忘れ」と報じられました。

 ジャンプ競技では、身に付けているものによって「プラスの浮力を得ようとする」ことは固く禁じられていますから、この「ファスナーの締め忘れ」で失格になるのでは、「胸に空気を流し込むことによって浮力を得ようとする行為として」?、と心配されましたが、事無きを得ました。

 この「ファスナー締め忘れ」の方も、競技への集中力が高過ぎたことが要因かもしれませんが、この日の気象条件を勘案すると、「あまりに風が強く、あまりに寒かった」ことにより、葛西選手が集中できなかったことが要因かもしれません。

 いずれにしても、大舞台での「装束?の違い」は、長く残ります。

 小平選手の「金メダルレース」の映像は、これからも何度も、そして何十年にも(ひょっとすると数百年にも)渡って、メディアに流され続けるものでしょうが、そのメガネは「黒縁・透明」なのです。
 小平選手をリアルタイムで観ている私達は、「黒縁メガネ」の映像・画像を観た瞬間に、「これは平昌オリンピック500mの時」と直ぐに分かります。相当強力なアイデンティティがあるのです。
 一方で、後世の人々は「小平選手はいつも黒縁・透明メガネで試合に臨んでいた」と認識するのかもしれません。

 歴史的な瞬間の映像・画像の持つ影響力は、想像をはるかに超える程、大きなものなのでしょう。
プロフィール

カエサルjr

Author:カエサルjr
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我が家の月下美人も16年目。同時に30個の花が咲くこともあります。スポーツも花盛りですね。一緒に楽しみましょう。

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