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 2020年8月10日から開催が予定されている、全国高校総合体育大会(高校総体・インターハイ)が開催中止になるかもしれない、と報じられています。

 理由は、2020年8月9日まで開催される東京オリンピック2020の影響とのこと。
 
 例年は8月1日前後に開始・開催されるインターハイですが、2020年は東京オリンピックに配慮して8月10日開始にしたのでしょう。
 しかし、それでも「オリンピックの波」は巨大であり、インターハイを流してしまいそうになっているとの報道です。

 インターハイの開催主体である全国高体連は、2020年大会を分散大会と決めて、開催を目指しています。「分散大会」自体が、インターハイ史上初めてのことです。北関東4県に、愛媛、長崎、青森等での各競技・種目の開催を取り付けてきたのですが、全30競技の中で13競技の開催場所が、まだ未定なのだそうです。

 そして、オリンピックのキャンプ地誘致に注力している地方公共団体が多い状況下では、この13競技の開催地を見つけることは、至難の技なのでしょう。
 開催資金の調達も目途が立っていないとのことですから、事は重大です。

 インターハイは、野球やサッカー以外の競技に取組んでいる高校生アスリートにとっては、最高峰の大会のひとつであり、大目標なのです。

 日本の高校生のスポーツの祭典が、世界最大のスポーツ祭典・オリンピックによって危機に瀕しているというのも、やや皮肉な感じがしますが、ここは思い切った対応が必要なのではないでしょうか。

 例えば、開催時期の大幅な見直し。
 10月上旬から中旬にかけて開催する。

 開催地の見直し。
 東京オリンピック2020の各会場で開催する。

 といった形の大変更は、出来ないものでしょうか。

 1964年・昭和39年の第1回東京オリンピックにおいては、オリンピックが10月10日から開催されたために、こうした影響は大きくは無く、生まれたばかりのインターハイもしっかりと開催されました。(もちろん、オリンピックの多方面への影響力が、当時と現在とでは比較にならない程大きくなっているということも、大きな違いでしょうが)

 2020年は、オリンピックが7月~8月に実施され、インターハイは10月に行うという形で、1964年と開催時期を入れ替えるという考え方。

 もちろん、既に開催場所が決まっている17競技の変更対応や、夏休みでは無い時期の高校生の「公休」問題等々、色々と障害はあるのでしょうが、インターハイ2020の開催確保はもちろんとして、高校生アスリートの皆さんには、より「落ち着いた環境」でプレーに集中していただきたいとも思うのです。

 東京オリンピック2020の大波に呑まれるのではなく、世界最高の各種スポーツの祭典の波を活用して、「波」に乗って、より充実した大会にして行けるのではないでしょうか。
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 7月5日の毎日新聞ネットの記事に、興味深いものがありました。

 「<高額年俸>選手のけが、病気に備え…保険で補償、続々契約」という題名。

 高額年俸プレーヤーが怪我や病気で長期離脱した際に、離脱期間の年俸と代替選手の獲得に要した費用をカバーする保険が、我が国のスポーツ界でも広がり始めたという記事です。

 この保険は、今年2月から東京海上日動保険が取り扱い始めた商品だそうです。

 贖われる費用は「年俸の8割」が上限、保険料は年俸の数%程度で、プレーヤーの年齢や過去の負傷歴などを元に算定されるとのこと。

 こうした保険は、スポーツ大国アメリカのMLBやNFL、加えてサッカーのイングランド・プレミアリーグでは一般的なものですが、我が国では最近になって導入されたとのこと。

 我が国のこの保険の契約先は明らかにされていませんが、日本プロ野球とサッカーJリーグの複数のチームが契約しているとのこと。

 「保険でリスクをカバーすれば、失敗を恐れずに積極的な補強ができる」という、球団関係者のコメントも掲載されていました。

 以前から、我が国にもこうした保険は無いのかなと感じていましたが、「ようやく登場した」というのが最初の感想です。

 確かに、過去の大型トレードなどを見ていると、「一か八か」という感じもある補強策の実行に向けては、相当頼もしいバックアップとなることでしょう。

 一方で、保険が有るからと言って「確信の薄いディール」を数多く行うのも、いかがなものかとも感じます。

 「プレーヤーの流動化が飛躍的に増加すること」や「移籍費用の高騰」が、当該競技にとって良いことがどうかも、観ていかなければならないのでしょう。

 この種保険の内容は知る由もありませんが、年俸制のプロスポーツプレーヤーが対象となるとすれば、マーケットは限られます。当初、被保険者となるのは全体で数百人規模でしょう。
 とはいえ、年俸3億円のプレーヤーであれば、保険料率が5%として、年間保険料は1件で1500万円と高額になりますので、保険会社としては当該商品を取り使う部署の規模を小さくすることが出来れば、十分に商売になりそうです。
 結果として、今後数年の間に、取り扱う保険会社も増加し、契約件数も増えて、この種保険の影響範囲・内容が、それぞれの競技で認識されていくのでしょう。

 いずれにしても、保険が有ろうが無かろうが、「プレーヤーを見る眼」「チーム造りの為の方針策定力」の向上は、どの競技、どのチームにとっても必要なものなのであろうと改めて思います。
 ベースボールの塁間距離は約27.4m(90フィート)です。
 これは、1845年頃、ニューヨークに居たアレクサンダー・カートライトという人物が「ベースボールを考案(発明)」した時から、変わっていないと言われています。(諸説はあるようですが)

 凄いことだと思います。

 170年前に決めた「塁間距離」がその後の様々な変化、プレーヤーの資質の変化、道具の進歩、他のルールの変更、等々を経ても、不変なのです。

 ある意味では、とても不思議なことでしょう。

 投手の投球スピードが飛躍的に上がり、走者のランニングスピード・技術も段違いに向上し、内外野の守備力も向上している状況下、同じ塁間距離のままで、ベースボールの持つスリル・面白さが全く損なわれていないのですから。

 打者の技術・スイングスピードが向上し、結果として打球のスピードも上がっている一方で、守備側の技術・送球速度も上がっていることから、クロスプレーの発生頻度・スリリングな様子が維持されているということになるのでしょうが、170年間もの間、数えきれない変更・変化の波に洗われても、「ベースボールの魅力」はいささかも減ずることが無いのです。

 最初にカートライト氏は、どのような「物差し」で塁間距離を決めたのでしょうか。
 ベースボールに似た競技が数多くあった時代のことですから、モデルになった競技もあったこととは思いますが、そうした沢山の競技・ルールを踏まえて、「塁間は90フィート」としたのでしょう。

 この「90フィート」が、ベースボールというスポーツに齎したものは、計り知れないほど大きなもののように感じられます。

 内野ゴロの際の1塁ベース上のクロスプレー、盗塁プレーの際の走者の走る速度とキャッチャーからの送球で生まれる2塁ベース上のクロスプレー、ランナーが本塁に走り込む際の外野手の送球とランナーの走塁から生まれるホームベース上のクロスプレー。
 ベースボールで観られる数限りないクロスプレーは、この「27.4m」の中で生まれているのです。

 長い歴史の中で、長すぎる、短すぎる、という指摘が増えていれば、塁間距離は見直されていたことでしょう。
 しかし、90フィートは不変であったのです。

 例えば「2塁への盗塁プレー」を観てみましょう。
 投手はクイックモーションで本塁へ投球しますし、1塁ランナーへの牽制も行います。牽制技術もどんどん向上しています。
 キャッチャーは、ピッチャーに対してストレート系の投球を要求することも多く、捕球してからの2塁への送球スピードも、日々の練習により向上し続けています。
 そうなると、2塁への盗塁成功は激減しそうなものですが、実際にはそうなってはいない。

 1塁走者側のリードの幅、スタート技術の向上が、守備側の種々の向上と「丁度バランスが取れている」ということなのでしょう。日々進歩を続けながらも、どちらかが圧倒的に優位に立つことが無いのです。

 「栄光のV9」時代に、巨人軍の捕手として活躍し、日本プロ野球史上屈指の好捕手と言われる森選手が、最もスリリングなシーンとして挙げる「2塁ベース上の盗塁時のクロスプレー」の魅力は、何時の時代も全く変わらないものとなっているのです。

 カートライト氏が決めたと言われている「90フィート=約27.4m」は、素晴らしい「偶然」であったように感じられます。
 ベースボールの魅力を、これまでも、これからも維持していく原動力?であろう「90フィート」は、ベースボールの将来をも守っていく「マジック」のような気さえします。

 一方、バスケットボールのゴールの高さは10フィート=305cmですが、こちらも1891年、バスケットボールを考案=発明したジェームズ・ネイスミス氏が最初に決めた高さのまま、120年以上にわたって不変です。

 これも凄いことだと思います。

 バスケットボールが世界屈指の人気スポーツとなり、雪や低気温のため冬には屋外スポーツが出来ない地域でもプレーできるということもあって、競技人口も飛躍的に増えてきた歴史の中で、「305cm」は不変なのです。

 NBAにおいて典型的に観られるように、プレーヤーの大型化が進み、身長2mを超える選手も珍しくない時代となっても、「リングの高さを上げる」ことは行われませんし、そうした提案が本格的に検討されているという話も聞きません。

 ネイスミス氏は考慮していなかったのではないかと思われる「ダンクシュート」が、バスケットボールにおいて最も人気のあるプレーのひとつとなり、現在のNBAやNCAAのプレーヤーの多くが、ゴールの上からボールを叩き込むことが出来るまでに、体格・体力・ジャンプ力が向上した時代になっても、10フィート=305cmは全く揺るぐことが無いのです。

 ボールを保持しながらのジャンプの最高到達点が305cmを大きく超えるプレーヤーが多数出現したために、得点数が増え過ぎてしまい、「点が簡単に取れるスポーツ」になってしまって、バスケットボールの面白さが半減したということも、全く無いのです。

 攻撃側の体力・技術・戦術の向上度合いと、守備側の体力・技術・戦術の向上度合いのバランスが、「305cm」という基準の下で拮抗し続けていることが理由であることは明らかです。
 そして、ゴールを目指す攻撃側・守備側のスリリングなプレーが、変わることなく続いているのです。スポーツとしてのバスケットボールの魅力は、120年以上を経ても全く変わることが無いのです。

 ネイスミス氏が、バスケットボールの最初の試合を行った1981年12月、行われた体育館のバルコニーにゴールを設置したのですが、そのゴールの高さが305cmだったのです。
 もし、バルコニーの高さがもう少し高かったら、低かったら、バスケットボールのゴール(リング)の高さは、異なるものであったのかもしれません。

 もし、ゴールの高さが305cm以外であったら、その高さは変更されていたのでしょうか。
 それとも、バスケットボールというスポーツ自体が、面白さに欠けるということで衰退していたのでしょうか。
 そこは、分からないところです。

 間違いないのは、最初に試合が行われた体育館のバルコニーに設置されたゴールの高さが10フィート=305cmであり、この305cmの高さのゴールが、その後の様々な変化・進歩の中でも、その価値を維持し続けているという事実です。

 ネイスミス氏は、どのような「物差し」で305cmを決めたのでしょうか。
 バスケットボールは、それまであった球技とは全く別の次元で、全く新しく発明されたスポーツ競技ですので、そのルールも相当に検討されたものであろうとは思いますが、さすがにプレーヤーの体格がこれほど大きくなることまでは、ネイスミス氏でも予想できなかったのではないでしょうか。

 やはり、この「305cm」も素晴らしい「偶然」のような気がします。

 もちろん、ベースボールは27.4mを所与のものとして発達し、バスケットボールは305cmを所与のものとして発達してきた、「レギュレーションをベースに進歩してきた」という見方もあるでしょう。
 そうだとしても、数多くの変動要因の下で、27.4mと305cmが変わることなく、2つのスポーツを形作ってきたという事実は厳然たるものです。

 27.4mと305cmは、ベースボールとバスケットボールの魅力をいささかも減ずる要因とはならず、魅力を増大させる基準のひとつとなってきたのです。

 おそらく、他のスポーツにもこうした「素晴らしい偶然」がいくつも存在するのでしょう。

 ベースボールとバスケットボールの人気の高さを思い、世界中の何億人もの人々の人生の糧となっている状況を見るにつけ、スポーツの持つ力を改めて感じるのです。
 
 この「力」のベースとなっている、こうした基準を決めた時には、発明者に「神が舞い降りた」のかもしれません。
 スポーツを観戦する際には、自らの眼でプレーを観て、その状況を判断することが、とても大切だと思います。
 観戦の回数を重ねる過程で、「自らの物差し」を身に付けて行くのです。

 そうすることで、観戦が一層楽しいものになっていくと思います。

 例えば、駅伝をテレビ観戦する際には、各ランナーの走りを自分の眼で判断することが重要です。
 各ランナーのタイム差が開いているのか、縮まっているのかは、自らの眼で判断する。テレビ放送の中で「○○地点での差は襷渡しを受けた時より広がっています。A選手は快調な走りでB選手との差を拡大しているのです」という説明がなされた時に、実際にはB選手が追い上げていることは、よく見られることです。

 「数分、数十分前の情報」で現時点のプレーを観戦するのではなく、今画面に流れている姿で判断する。
 脚の運びや上半身のブレ、上半身と下半身のバランス、何より体全体の動きのスピード、等々の様子から、そのランナーのスピードを感じ取ることが、先入観を排除した観戦にとって大切なことなのです。

 ゴルフ観戦でも同様で、ワンショット・ワンショットの出来不出来を判断して行きたいものです。
 今のショットは上手く打てている、今のショットは少しタイミングが早かった、プレーヤー本人は満足したショットだったがグリーンオーバーしたのは風が強かったのかも知れない、といった「判断」を自ら行うことが、ゴルフ観戦の楽しさを増大させてくれるのではないでしょうか。

 そして、観戦者が素晴らしいと感じたショットの結果は、当然ながら後から分かるものです。
 例えば、プレーヤーが打った瞬間に、「これはグッドショットだ」と観戦者として判断し、その結果、グリーンヒット、ピンハイ3mに止まる、といった時間がスポーツ観戦の醍醐味だと感じます。
 良いプレーか、いまひとつのプレーであるかは、結果を観る前に自ら判断する、感じる、という観戦姿勢が、スポーツを観る目を育ててくれるものだと思いますし、スポーツ観戦を一層楽しいものにしてくれるのでしょう。

 例えば、1992年の全米オープンゴルフに優勝したトム・カイト選手は、フォロースイングの時に左肩が下がり、見た目にはバランスを崩したようなスイングを見せることが時々ありました。
 超一流のプロゴルファーのフォロースイングと言うのは、多くの場合、ぐらつくことは無いのですが、カイト選手は時々肩が動いていたのです。そして、スイングで肩が動いた時に、素晴らしいショットが生れていたように記憶しています。
 逆に、フォロースイングで肩が動かなかった時ミスショットが出ていたと思います。

 20世紀終盤のアメリカプロゴルフ界を代表する名プロレーヤーだったトム・カイト選手の場合には、フォロースイングで肩がぐらぐらした時の方が良いショットだったのです。メジャートーナメントを観て行くうちに、「カイト選手についての物差し」が身に付いていたのでしょう。

 ランナーでもゴルファーでも、その「物差し」はプレーヤー毎に異なることは言うまでも有りません。
 全てのスポーツ競技・種目において、プレーヤー毎に個性が有り、得手不得手があるからです。

 どのスポーツ、どのープレーヤー、どのチームを観戦する際にも、個々のプレーヤーやチームの特徴・個性・持ち味に合わせた「判断のための物差し」を用意することが出来るようになりたいものだと、私はいつも考えています。
 少し前の話で恐縮ですが、2月26日に幕を閉じた冬季アジア大会2017(札幌・帯広)では、日本選手団の健闘が目立ちました。

 今大会で日本チームが獲得した金メダルは27個、銀メダル・銅メダルを合わせたメダル獲得数は74個と、共に冬季アジア大会史上の「日本選手団最多獲得数」となったのです。

 いかに地元開催の大会とはいえ、アジア全体の冬季スポーツのレベルアップや、広がりを勘案すれば、見事な活躍と言って良いでしょう。
 ちなみに、メダル獲得数の国別比較でも3大会ぶりにトップだったのです。
 2018年の平昌オリンピックに向けても、頼もしい限りです。

 先般のユニバーシアード冬季大会2017においても、日本選手団の大活躍が報じられましたが、近時のスポーツ界における「日本チームの強さ」がますます目立っているということでしょう。
 最多メダル獲得と言う事実は、明確な証左です。

 かつては「本番に弱い」とか「オリンピックや世界選手権といった国際大会では実力を発揮できない」というのが、日本人プレーヤーの特徴のように言われていましたが、現在の選手達は全くそんなことは無い、それどころか「本番に強い」印象さえあります。

 もちろん、個々のプレーヤーごとに見れば「過度の緊張」のために、本番で力を発揮できない選手も居るのでしょうが、「比率の問題」です。
 20世紀においても「本番に強い選手」は存在していたのですが、「本番に弱い選手」と「本番に強い選手」の比率が例えば7:3だったものが、2017年においては逆の3:7になっているといったことなのでしょう。

 これは、競技スポーツに係る多方面の皆さんの努力の結晶であることは、間違いありません。
 選手やコーチはもちろんとして、競技団体や地域社会の対応も向上してきたのだと思います。

 鍛え上げた能力を本番で発揮するために、どのようなトレーニングを積んで行ったらよいのか、本番の試合・レースにおいてどのような準備を行い、プレーをして行ったらよいのか、といった諸点について、着実にノウハウが積み上げられ、実行されてきたのです。

 そして、その成果は多くのスポーツの大会結果に如実に表れてきています。
 素晴らしいことです。

 とはいえ、まだまだ「古い体質」の組織が存在していることも事実でしょう。

 2つの団体が存在しているために、国際大会に出場できないなどという、信じられないような「粗末な話」が、いまだに時々聞かれるのです。そうした組織・競技は「時代に乗り遅れていること」を認識しなければならないのです。
 おかしな人物が登場して、せっかく近代化した組織を旧態依然たる状況に貶めることにも注意が必要でしょう。

 もちろん、かつて我が国が世界トップクラスに居た競技・種目の中にも、現在では世界大会入賞も覚束ないという状況に追い込まれているケースも少なくありません。
 対戦相手のレベルは刻一刻と上がっているのですから、「弛まぬ進歩」無くしては、現状維持さえ難しいのは当然のことでしょう。

 多くの選手が伸び伸びとプレーし、その実力を思い切り発揮できる環境作り・体制作りに向けては、「不断の努力」が不可欠なのです。
 ゴルフをするにも絶好の季節となりました。

 友人とのプレーで、A氏と初めて一緒にプレーすることとなりました。友達の友達ということです。

 A氏はとても上手です。
 
 友人は「彼は大学のゴルフ部に居たんだよ」と言い、私は「なるほど」と応えます。
 よく聞く会話でしょう。

 しかし、本当にそうなのでしょうか。

 「ゴルフ部に居たから、ゴルフが上手い」などということが、ある筈がありません。

 そうであれば、ゴルフを上達するためには、皆ゴルフ部に入れば良いことになります。
 事は、そんなに簡単ではありません。

 A氏は、ゴルフが上手いから、ゴルフが上手いのです。

 A氏が、中学生の頃や高校生の頃にゴルフが好きで、上手で、そのために大学に入ってゴルフ部に加入したのかもしれません。
 そうであれば、A氏はもともとゴルフが上手かったのです。ゴルフ部に入ったから、ゴルフが上手くなったのではないのでしょう。

 もちろん、ゴルフ部に所属して練習を重ねたために、ゴルフが一層上手くなった可能性はありますが、A氏がゴルフが上手い主因は、ゴルフ部に居たためではなさそうです。

 誰にでも分かっていることでしょうが、スポーツで上達することは、非常に難しいことです。

 野球部に入れば野球が上手くなるとか、サッカー部に入ればサッカーが上手くなるとか、柔道部に入れば柔道が強くなるとか、そんな単純なものでは無いことは、誰にでも分かることだと思います。

 どんなスポーツでも、あるプレーヤーがその競技が上手な理由は、その競技が上手だからなのでしょう。それ以外の理由は無いとも思います。

 これは、何もスポーツに限ったことではなさそうです。

 数学や化学、物理、語学といった分野でも、絵画、音楽といった分野でも同様でしょう。

 英語が得意な人は、英語が得意だから得意なのでしょうし、絵が上手い人は、絵が上手いから絵が上手いのでしょうし、歌が上手い人は、歌が上手いから歌が上手いのでしょう。
 決して、ESSに居たから、美術部に居たから、合唱団に居たから、上手い訳ではないのです。

 こうした「ある分野が得意な人」に共通していることは、「その分野が好きであること」であろうと思います。
 好きだから「上達したい」と願い、厳しい練習も続けることができるのでしょうし、上達すれば、より高みを目指すことが出来るのでしょう。

 では、「その分野」を好きになる要因は何なのでしょうか。

 いくつかあるのでしょうが、「子供のころに、その分野をやっていて、周囲の人に褒められた経験」、そして、少し大人になって「他の人と比べて、その分野では、自分の方が勝っている・優れていると認識すること」が、大きな要因の様な気がします。

 今回は、禅問答のような話になってしまいました。

 それにしても、どうすれば私のゴルフは上達するのでしょうか。
 悩みは尽きません。
 アメリカ合衆国で開催されるスポーツのビッグイベントは、我が国では月曜日の朝、ライブでTV放送されることが多いのです。

 ゴルフのマスターズ・トーナメントやNFLスーパーボウルなどが、その典型でしょう。
 アメリカは世界一のスポーツ大国ですから、月曜日午前中に多くのビッグイベントが放送されるのです。

 日本のサラリーマンにとっては、そのライブ観戦はとても難しいということになります。

 「月曜日の有給休暇取得」というのは、なかなか難しいことなのです。

 ましてや、その理由が「スーパーボウルをテレビで見るため」というのでは、休暇の申し出にも、迫力が不足することになります。(もちろん、有給休暇の取得の際にその「理由」を説明する必要は全く無いのですが、迫力?の問題です)

 長くサラリーマンをやっている私としても、「月曜日のアメリカンスポーツ」については、なかなか「テレビのライブ観戦」が出来ずに、残念な思いをしてきました。

 ところが、近年は「ワンセグ放送」が観られるようになりましたので、地上波の放送については、電車の中で観戦できるようになりました。
 2017年マスターズ大会も、携帯電話の小さな画面に見入りました。
 セルヒオ・ガルシア選手とジャスティン・ローズ選手の競り合いを楽しむことが出来たのです。

 とはいえ、プレーオフに入ってからの戦いは見ることが出来ませんでした。
 目的の駅に到着してしまい、職場に向かって歩き出してしまったからです。そして、職場に到着してから、携帯電話でワンセグ放送を見ることが出来なかったのは、自然なことでしょう。
 また、ワンセグではBS放送を観ることは出来ません。
 
 宮仕えをしている内は、アメリカで行われるスポーツの観戦は、どうしても「録画」が主になってしまうのです。
 録画とライブの違い、大きな違いは、言うまでもないことでしょう。

 「小さな夢」で恐縮ですが、私は、サラリーマンを卒業したら、テレビの前に陣取ってスポーツ放送を思い切り観る、特に「月曜日の朝のビッグイベントを思い切り楽しんでやるんだ」、と心に決めているのです。
 札幌市と帯広市で開催されている冬季アジア大会で、2月21日に行われたスピードスケート女子1500メートルで、「3位の記録を出しながら銅メダルが授与されない」という事象が発生しました。

 これは、アジア大会独特のルール「1種目で1か国が獲得できるメダル数は2個まで」が適用されたものです。

 このレースで日本勢は、高木美帆選手が大会新記録で優勝し、押切美沙紀選手が2位、高木菜那選手が3位、佐藤綾乃選手が4位と、1~4位を独占するという見事な成績を残したのです。

 そして特別ルールが適用されて、表彰台には高木美帆選手、押切選手、そして記録的には5位であった張虹選手(中国)が上がったのです。

 このルールは日本人選手の中でも知られていたようで、高木菜那選手は「日本の中で3番手となった自分がダメ。」と明るくコメントしていたそうです。

 アジア大会というか近代オリンピックも共通ですが、「参加することに意義がある」という精神は、国際大会ではとても重要です。
 特に、貧しい国々が多かったアジア地域においては、スポーツ振興の面から特定の国にメダルが集中しない様にと、こうした特別なルールが導入されたのでしょう。

 とはいえ、アジア地域も相当に発展して来ました。現在では、世界の経済成長のエンジンと呼ばれるまでに成ったのです。
 そして、各種の情報がインターネットによって世界中で共有される時代となったのです。
 
 そろそろ「ルール見直し」の時期が来ているのかもしれません。
 カザフスタンのアルトマイで11日間にわたって開催され2月8日に閉幕した、第28回ユニバーシアード冬季大会において、日本選手団は金メダル6、銀メダル12、銅メダル10の計28個のメダルを獲得しました。
 海外で実施されたユニバーシアード冬季大会では、1997年大会の25個を超える過去最高のメダル数であり、今大会の日本チームの大活躍を象徴する結果となったのです。

 金メダル6個の内、ジャンプ陣が4個を獲得しました。
 男子ノーマルヒル個人種目の中村直幹選手、女子ノーマルヒル個人の岩佐明香選手は、アベック優勝(なんだか古い言葉で恐縮です)を成し遂げ、2選手で出場した混合団体でも金メダルでした。
 岩佐選手は、女子団体でも小林諭果選手とのペアで優勝していますから、今大会金メダル3個の大活躍でした。

 この他にもジャンプ陣は、女子ノーマルヒル個人で小林選手が銀メダル、混合団体で古賀極選手・小林選手が銅メダルを獲得しました。
 日本ジャンプ陣の若き力は頼もしい限りです。

 女子アルペン大回転で安藤麻選手が金メダルを獲得したニュースは、とても明るいニュースとして報じられました。日本チームが得意とは言えないアルペン競技での金メダルの価値は、一層重いのでしょう。
 安藤選手はスーパー大回転でも銅メダルに輝いています。
 今後の活躍に期待がかかります。

 スピードスケートの男子マススタートで一戸誠太郎選手が金メダルも見事でした。
 巧みなレース運びが光りました。

 スピードスケート陣は、男女個人8種目と男子チームパシュートで計9個の銀メダルも獲得しています。金には届かなかったものの、多くの種目で世代の世界トップクラスに日本選手が居るというのは、素晴らしいことだと思います。
 女子の1500mと3000mの2種目で銀メダルの高橋菜那選手や、5000mとマススタートの2種目で銀の酒井寧子選手、そして男子5000mとチームパシュート(一戸選手、三輪準也選手、小川翔也選手)で銀の一戸選手は3個目、男子1500mで銅メダルの三輪選手と、複数の種目でのメダル獲得も目立っています。
 女子500mの辻本有沙選手の銀メダルも見事でした。

 また、男子500mの中尾光杜選手と10000mの大林昌仁選手の銀メダルも含めて、最近やや元気のない日本男子スピードスケート界にも、若い力が台頭しているのです。

 フィギュアスケートは、男子(田中刑事選手)、女子(新田谷凛選手)共に銀メダルでした。
 「惜しくも」という感もありますが、やはり世界で勝つというのは容易なことでは無いのでしょう。

 4位以下の入賞も含めれば、こうした競技・種目における日本チームの「層の厚さ」が印象的な大会であったと思います。

 一方で、団体種目であるアイスホッケーにおいては、男女ともに苦労した印象があります。
 今後のレベルアップが期待されるところでしょう。

 今大会は、日本チームの「勢い」が感じられました。

 大袈裟に言えば、多くのスポーツにおける「最近の日本チームの力の底上げ」が、冬の競技にも如実に表れた大会だったと言えるのでしょう。
 1月31日の読売新聞(ヨミドクター)に興味深い記事が有りました。

 「変わる部活、休養日に疲労回復・・・強豪校が積極導入」という題の記事です。

 記事によれば、春の甲子園2017に出場する福岡大大濠高校(福岡)野球部は、週一回・原則月曜日が休養日とのこと。
 試合が多い日曜日の翌日を休みとし、心身のリフレッシュを図ることが目的で、過ごし方は部員各自に任されているそうです。

 春の甲子園2017で3季連続甲子園出場となる秀岳館高校(熊本)野球部にも、週1日の完全休養日と週1日の「ボールを握らない日(ノースローデー)」が設けられているそうです。
 鍛治舎監督は「休養に加え、食事にも気を使うことで部員の体が大きくなり、バットのスイングなどが目に見えて早くなった」とコメントしています。

 ラグビーの東福岡高校(福岡)は、基本的に週1日、試合のない時期は週2日、長期間の大会の後は2週間休養日を取ることもあると。
 藤田監督は「たくさん練習すれば強くなるというわけではない」とコメントしています。

 さすがに、強豪校と呼ばれるチームの指導者は素晴らしいと思います。

 365日、厳しい練習を続けていては、良いプレーを身に着け、試合において良いプレーを披露することは、到底無理であろうと感じていたからです。
 心身ともに疲労の極致にある状態でトレーニングを行ったとしても、正しく合理的なプレーが習得できるとは、とても思えません。怪我・故障のリスクも高まることでしょう。

 さらに素晴らしいのは、鍛治舎監督のコメントにある「部員の体が大きくなり」という部分でしょう。

 現代の少年・青年の体格が、昔より平均して大きくなっていること、特に身長が高くなっていることは、日々の生活で電車などに乗ったりすれば、明らかに分かることです。ダルビッシュ投手や大谷選手のように、身長190㎝を優に超えるプレーヤー出現の素地になっているのでしょう。

 一方で、甲子園大会などの全国大会に出場している選手の平均的体格は、必ずしも昔より大きくなったようには見えない、身長も同じくらいであり、逆に筋肉量が少ないスリムな選手が増えているようにさえ感じていました。

 MLBには、身長190㎝を超える野手が続々登場し、中には2mのプレーヤーも出現していることを見るまでもなく、様々な競技における欧米のアスリート・スポーツ選手の大型化が進んでいる状況下、日本の選手との平均的体格差が拡大し続けている印象なのです。

 この記事の監督さん達のコメントを見ると、多くの日本の中学校、高校のプレーヤーは「練習のし過ぎ」で「体が大きくなる暇がない」のかもしれません。

 キチンと練習して、しっかり休養することは、心身ともに健康なアスリートを育てるために、絶対に必要な「方法」なのだと思います。
 2012年8月19日に開始した「スポーツを考える-KaZ」ブログが、2017年1月4日の「[箱根駅伝2017] 神奈川大学チームと法政大学チームの健闘」で、丁度2,000記事目となりました。
 皆様の応援のお蔭です。

 日頃のご愛顧に、改めて心からお礼申し上げます。

① 1,000記事到達は2014年10月20日

 1,001記事目から2,000記事へは、2年と3か月弱の期間を要したことになります。

 この間で最も記事のアップが多かった月は2015年8月で、60記事でした。この月には、世界陸上選手権大会2015、夏の甲子園大会2015などがあり、印象的なシーンが多かったのでしょう。
 そして書きたい記事を書く時間も、たまたま有ったのだろうと思います。

② 2013年2月2日から毎日1記事アップを継続中

 ブログですから継続性が大切であろうと考えて、2013年2月2日から1日1記事以上のアップを心掛け、継続しています。
 今年の2月2日まで継続することが出来れば、丸4年連続ということになります。

 今後も、可能な限り続けて行きたいと思います。

 色々なスポーツが大好きな私にとっては、スポーツを観た時、プレーした時に、考えたこと感じたことを文章にすることは、とても楽しいことです。

 記事を書く度に、スポーツの奥深さを感じさせられます。プレーヤーが全力を尽くして挑む試合・戦いにおいては、各プレーヤーの意図と能力、パフォーマンスが複雑に交錯して、思いもよらぬシーン・結果が生み出されるのでしょう。
 その「意外性」こそが、スポーツの最も素晴らしいポイントなのかもしれません。

 また、皆様から様々なコメントをいただく度に、考えさせられることも多く、楽しさが一層増していると感じます。
これからも、沢山のコメントをお待ちしています。よろしくお願いいたします。

 今後も様々なスポーツを、様々な角度から採り上げて行きたいと思います。

 引き続き、ご愛顧・ご支援の程、よろしくお願い申し上げる次第です。
 あけましておめでとうございます。

 2017年もKaZブログをよろしくお願いします。

 さて、今年も書初めはこのテーマにしました。

 2017年はオリンピックやサッカー、ラグビーのワールドカップといった、世界最大クラスの大会が無い年です。
 「狭間の年」とも言える2017年の各スポーツのイベントを観ていきましょう。

 2018年2月の冬季オリンピック(平昌)に向けて、2017年1~3月はスキー・スケートといった冬のスポーツのプレーヤーにとっては、出場権獲得、本番におけるメダル獲得に向けての大事なシーズンとなります。

 2017年「2月のアルペンスキー世界選手権大会(スイス・サンモリッツ)」と「同2月のノルディックスキー世界選手権大会(フィンランド・ラハティ)」は、2年に一度・奇数年に開催される世界大会として、スキー強豪国にとってはオリンピックのプレ大会の様相を呈する、大切なイベントとなることでしょう。

 また、2018年の「FIFAワールドカップ(ロシア)に向けての各地域の最終予選」が佳境を迎える年でもあります。
 我らがハリルジャパンの活躍に期待がかかります。

 3月には、2013年以来の「第4回ワールドベースボール・クラシック」が開催されます。
 3月22日アメリカ・ロサンゼルスでの決勝に向けて、マイアミ、ハリスコ、東京、ソウルの4箇所で3月上旬に予選ラウンドが開始されます。
 第一回、第二回のチャンピオンである日本チームの活躍が大いに期待されます。

 そして6月には、1851年開始という、「世界で最も歴史の有る国際スポーツ大会」としての、ヨットの「アメリカズカップ」が、2013年以来4年ぶりに開催されます。今回が、第35回大会となります。

 7月には「第17回世界水泳選手権大会」がハンガリーのブダペストで開かれます。
 2年に一度、奇数年に開催される、オリンピックに次ぐ格式の水泳大会における、日本選手団の活躍がとても楽しみです。

 8月には「第16回世界陸上競技選手権大会」が、イギリス・ロンドンで開催されます。
 こちらも水泳同様、2年に一度、奇数年に開催される大会で、やはりオリンピックに次ぐ格式の大会となっています。
 日本陸上チームのリオデジャネイロ五輪での活躍の再現が成るか、興味は尽きませんし、男子100m競走などの種目における「世代交代」も楽しみなところでしょう。

 10月には「ラグビーリーグのワールドカップ」が開催されます。
 1954年開始と、ラグビーユニオンのワールドカップより古い歴史を誇る大会ですが、「不定期」の開催であり、21世紀に入ってからは2008年と2013年大会に続く大会となります。
 オーストラリアやニュージーランド、イギリスではラグビーユニオンと並ぶ人気スポーツです。

 毎年恒例のイベントもずらりと並びます。

2月5日の第51回スーパーボウル、6月3日のUEFAチャンピオンズリーグ2016~17の決勝(ウェールズ・ミレニアムスタジアム)、6月のNBAファイナル。2017年はどのようなシーンを魅せてくれることでしょう。

 また、ゴルフ、テニスの4大大会、MLB、NPB、Jリーグ等々、「ファンの日常」となっているプロスポーツも、とても楽しみです。

 加えて春・夏の甲子園大会、大相撲6場所、そして5月28日の東京優駿(日本ダービー)からも、もちろん目が離せません。

 2017年はオリンピックやワールドカップといった、世界最大級のイベントはありませんけれども、じっくりと腰を据えて、それぞれの競技・種目を楽しむには、格好の年なのかもしれません。
 
 「2016年の10大ニュース」については既報の通りですが、今年もトップ10に絞り込むのは大変な作業でした。

 本稿では、10大ニュースを絞り込む際に候補となり、10大ニュースに勝るとも劣らないニュース、第11位から第20位を挙げます。

[第11位] サッカーU-23アジア選手権 手倉森ジャパンが優勝

 1月30日にドーハで行われた決勝で、日本チームは韓国チームを3-2で破り、優勝しました。

 アジアにおけるライバル・韓国チームを相手に、0-2とリードを許しながら3点を取って逆転したというのは、A代表戦も含めた長い日韓戦の歴史上、初めての事だったのではないでしょうか。

[第12位] リオ五輪 高橋・松友ペア金メダル

 リオ五輪のバドミントン女子ダブルスで、高橋・松友のペアが金メダルを獲得しました。オリンピックのバドミントン競技における、日本選手による初めての金メダルでした。

 正確で冷静なプレーと共に、二人の笑顔がとても印象に残りました。

[第13位] プレミアリーグでレスターシティが初優勝

 イングランドサッカーの最高峰・プレミアリーグ2015~16シーズンで、レスターシティが初優勝を飾りました。
 シーズン前の予想では、全くと言って良い程下馬評に上がっていなかったチームでしたから、大番狂わせでした。

 岡崎選手もチームの優勝に向けて大車輪の活躍を見せました。

 レスターシティの初優勝は、資金力に劣る弱小クラブに大いなる勇気を与えましたし、スポーツの持つ意外性を存分に見せていただいたのです。

[第14位] ドバイミーティングでリアルスティールとラニが優勝

 3月に行われた競馬のドバイミーティング2016には、日本馬が10頭も挑戦しました。
 そして、トバイターフG1でリアルスティールが、UAEダービーG2でラニが優勝したのです。

 日本馬のレベル向上、世界の強豪たちと互角に戦えるようになったことを如実に示した快挙であったと思います。
 日本馬の海外遠征は、「勝ちに行く」ものとなったのでしょう。

[第15位] リオ五輪 内村航平選手大逆転で個人総合金メダル

 王者・内村航平選手にとっても、薄氷を踏む思いの金メダルだったことでしょう。
 内村選手が圧倒的な力の差を示し続けて来た、体操男子個人総合種目においても、世界中で若手プレーヤーが力を付けてきているのです。

 そうした次代を担うプレーヤー達を相手にして、しかし王者はキッチリと勝ち切って魅せたのです。

[第16位] リオ五輪 錦織圭選手 銅メダル

 オリンピックのテニス競技における、日本人プレーヤーの96年振りのメダル獲得でした。
 準決勝ではアンディ・マレー選手と戦い、3位決定戦ではラファエル・ナダル選手を破っているという姿は、紛れも無く錦織選手が世界のトッププレーヤーであることを示しています。

 太平洋戦争前には世界の強豪国であった日本テニス界の復活を世界に示した銅メダルだったと感じます。

[第17位] NPB日本シリーズ2016 日本ハムファイターズが優勝

 2016年のプロ野球日本シリーズは、4勝2敗で日本ハムファイターズが広島カープを破り優勝しました。

 広島が2連勝して、第3戦の後半に到るまでリードを続けた時には、このまま広島カープが4連勝で押し切るかに見えましたが、この試合を逆転で制した日本ハムがここからの4連勝で押し切りました。

 日本プロ野球の面白さを存分に見せていただいたシリーズでした。

[第18位] リオ五輪 体操男子団体金メダル
 
 チームリーダーである内村航平選手にとって悲願の優勝でした。
 中国チームという厚い壁をついに打ち抜いたのです。

 体操日本は見事に復活しました。

[第19位] 帝京大学チーム 全国大学選手権7連覇

 長い間、同志社大学チームの3連覇が不滅の記録とされていた大学選手権大会の連覇記録でしたが、帝京大学チームがこれを抜き去り、2016年には「7連覇」まで記録を伸ばしました。

 毎年プレーヤーが入れ替わる大学スポーツにおいて、7年連続日本一というのは素晴らしい記録です。
 どこまで伸ばして行ってくれるのか、とても楽しみです。

[第20位] コパアメリカ・センテナリオ2016 チリ代表チームが優勝

 南米NO.1のナショナルチームを決めるコパアメリカ2016決勝で、チリチームがアルゼンチンチームを破って優勝しました。
 リオネル・メッシ選手率いるアルゼンチン代表チームは、またもビッグタイトルに手が届かなかったのです。

 南米サッカーと言えば、これまでブラジル、アルゼンチン、ウルグアイの3か国がリードしてきたのですが、現在ではチリやコロンビアといったチームが力を付けて、「盟主」の座を争う戦いは混戦となっています。

 世界サッカーの勢力地図は、刻一刻と変化しているのでしょう。

 以上が第11位から第20位です。

 第10位までのシーンと第11位以下のシーンに甲乙を付けるのが至難の業であると共に、第11位から第20位までの10シーンにも差が無いと感じますので、「順不同」と言っても良いのかもしれません。

 加えて、20位までにリストアップされなかったシーンにも、春・夏の甲子園大会やNPB両リーグの優勝争い、NFLスーパーボウルにおけるデンバー・ブロンコスの優勝、NBAファイナルのクリーブランド・キャバリアーズの大逆転優勝、MLBイチロー選手の通算500盗塁達成、サッカーUEFA-CLにおけるレアル・マドリード11度目の優勝、大相撲6場所の優勝を5力士で分け合う「戦国時代」突入、リオデジャネイロ・オリンピックにおける日本柔道チームの大活躍、女子レスリングチームの大健闘、卓球水谷隼選手のメダル獲得、等々、素晴らしいスポーツシーンを挙げて行けば、枚挙に暇がありません。

 2016年も本当に素晴らしいシーンをご提供いただいた全てのプレーヤーの皆さんに、心からお礼を申し上げたいと思います。

 そして、2017年のスポーツ界にも、大いに期待したいと思います。
 前々稿・前稿の「10大ニュース」をまとめると以下の通りとなります。

第1位 リオ五輪 陸上男子400mリレーで日本チームが銀メダル
第2位 イチロー選手 MLB通算3,000安打
第3位 リオ五輪 伊調馨選手 史上初の4大会連続の金メダル
第4位 クラブワールドカップ2016で鹿島アントラーズが決勝進出
第5位 ユーロ2016 ポルトガルチーム初優勝
第6位 サッカー男子U-19アジア選手権2016で日本チームが優勝
第7位 リオ五輪 金藤理絵選手200m平泳ぎで金メダル
第8位 NPBベストナイン2016 大谷翔平選手2ポジションで受賞
第9位 MLBワールドシリーズでシカゴ・カブスが108年振りの優勝
第10位 松山英樹選手 ゴルフ世界選手権大会優勝

 いずれ劣らぬ、素晴らしいスポーツシーンばかりです。

 夏のリオデジャネイロ・オリンピックから3シーンを選びました。
 やはり、2016年最大のスポーツイベントでしたから当然のことでしょうが、その他のシーンが7つも入ったのは、意外と言うか、スポーツの奥深さを感じさせます。

 特に2016年は、サッカーシーンが3つ入りました。ユーロ2016、コパ・アメリカ・センテナリオ2016と欧州と南米でビッグイベントが開催されたことも有りますし、何よりFIFAクラブワールドカップにおける鹿島アントラーズの活躍には、胸が躍りました。

 イチロー選手はMLB通算安打記録を3,030に伸ばしています。2017年シーズンも目が離せない存在です。

 もちろん、この10大ニュース以外にも素晴らしいシーンが数多く有りました。

 次稿では、第11位から第20位を採り上げたいと思います。
 前回は第10位から第6位でした。
 本記事では、第5位から第1位を発表したいと思います。

[第5位] ユーロ2016 ポルトガルチーム初優勝

 サッカーの欧州選手権大会(ユーロ)2016において、ポルトガル代表チームが初優勝を飾りました。
 ワールドカップやユーロといった世界屈指の大会でポルトガルが優勝したのは史上初の事ですし、サッカー史上屈指のプレーヤーであるクリスティアーノ・ロナウド選手が率いる代表チームが初めて手にしたビッグタイトルでした。

 エウゼビオ選手やフィーゴ選手といった、世界サッカー史を彩る名プレーヤーを輩出してきたポルトガルに初めてもたらされた歓喜は、サッカーの新時代到来を告げるものなのかもしれません。

[第4位] クラブワールドカップ2016で鹿島アントラーズが決勝進出

 FIFAが主催する男子の年齢制限なしの大会で、初めて日本のチームが決勝に進出したというのは、もちろん史上初のことですし、「空前」の快挙と言って良いでしょう。

 開催国枠で初出場した鹿島アントラーズは、第1戦、第2戦と勝ち進み、準決勝で南米代表アトレティコ・ナシオナルと激突、これを3-0で破って決勝に進出したのです。

 FIFAクラブワールドカップ大会の前身は、インターコンチネンタルカップ大会であり、これは「欧州代表と南米代表のクラブが戦う」大会でした。
 つまり欧州のNO.1クラブと南米のNO.1クラブが戦って世界一を決める大会だったのです。

 現在では世界6大陸の代表チームが集う大会となっていますが、やはり欧州と南米のチームの強さは抜けていて、結局はインターコンチネンタルカップと同じだろう、以前の様にUEFAチャンピオンズリーグの優勝チームと、コパ・リベルタドーレスの優勝チームが戦って世界一を決めればよい、といった意見が有るのも事実なのです。

 しかし、今回の鹿島アントラーズの決勝進出は、クラブワールドカップ大会の価値をも高めることとなったのでしょう。

[第3位] リオ五輪 伊調馨選手 史上初の4大会連続の金メダル

 リオデジャネイロ・オリンピック、レスリング女子58㎏級で伊調選手は、試合終了間際の大逆転勝ちで金メダルを獲得しました。
 オリンピック4大会連続の金メダルという、全ての女子個人競技を通じて「史上初」の快挙でもありました。

 12年以上に渡って「世界トップに君臨する」というのは、気の遠くなるようなことであり、アスリートとしてのスキルの高さにはただただ驚かされるばかりです。
 特に、その精神力の強さ・高さは、全てのアスリートの範となるものでしょう。

[第2位] イチロー選手 MLB通算3,000安打

 2016年8月7日、その瞬間はやってきました。

 コロラド・ロッキーズとマイアミ・マーリンズのゲームの7回、イチロー選手の放った大飛球はライトフィールダーの頭上を越えて3塁打。この3塁打がメモリアルヒットとなったのです。

 3塁打でしたから、自軍ベンチの目の前にイチロー選手が立ち、多くの仲間の祝福を受け、観衆の大歓声にヘルメットを掲げて応えました。
 そしてベンチに戻ったイチロー選手のサングラスの下から、涙が流れました。
 本当に美しい涙でした。

[第1位] リオ五輪 陸上男子400mリレーで日本チームが銀メダル

 日本チームのアンカー・ケンブリッジ飛鳥選手が先頭で直線に出た時には、「こんなシーンを観ることが出来るのか」と思いました。
 まさに信じられないようなシーンだったのです。

 飛鳥選手は、隣のコースを走るジャマイカチームのアンカー・ウサインボルト選手と並走しました。
 最後は離されてしまいましたけれども、アメリカチームには先着し、2位となりました。
 世界大会の男子リレー種目で、力でアメリカチームに先着したのも史上初の事でしょう。

 日本男子スプリント界史上初の銀メダルは、2016年のスポーツシーンの中で「最大のインパクト」を齎したシーンだと思います。

 バトンパスの上手さだけでは、これ程の走りを魅せることが出来ないのは当然のことで、「トップスピードに乗れば、世界のトップランナーと互角のスピードが出せること」を日本チームの4人のランナーは証明してくれたのです。
 このことが最も素晴らしいことだと感じます。

 日本男子スプリント界の新時代を拓いた「壮挙」でしょう。

 本記事では、2016年スポーツ界10大ニュースの第5位から第1位を採り上げました。
 本当に素晴らしいシーンばかりでした。

 次回でまとめてみようと思います。
 リオデジャネイロ・オリンピックが開催された2016年も、スポーツ界は花盛りでした。

 恒例の「スポーツ界10大ニュース」です。
 夏のオリンピックが在った関係から、どうしてもオリンピックでのシーンが多くなってしまいますが、2016年については「史上初」という切り口に重点を置いて見て行きたいと思います。

 本記事は第10位から第6位です。

[第10位] 松山英樹選手 ゴルフ世界選手権大会優勝

 2016年シーズン後半の松山選手の活躍は見事でした。
 10月17日に最終日を迎えた日本オープンに快勝してから快進撃が始まりました。続いて、PGAツアーのCIMBクラシック大会で2位、そしてWGC(ゴルフ世界選手権)-HSBCチャンピオンズ大会で圧勝したのです。世界最高水準の大会における2位に7打差をつけての圧勝は衝撃的でした。
 その後も2大会で連続優勝して、5大会で4度の優勝・2位が1回という、驚異的な成績を残したのです。

 もちろん、ゴルフ世界選手権大会での優勝は、日本選手史上初の快挙でした。

[第9位] MLBワールドシリーズでシカゴ・カブスが108年振りの優勝

 クリーブランド・インディアンズとの対戦となったワールドシリーズ2016は、大激戦となりましたが、最期はシカゴ・カブスが押し切り、108年振りの世界一に輝きました。
 そもそも、108年も前から行われているということ自体が、ベースボールの歴史を感じさせる事実ですが、カブスの優勝にはもうひとつのジンクス破りが加わりました。

 「ヤギの呪い」を解くシリーズとなったのです。
 シカゴ・カブスの歴史に新たな1ページを開くこととなったワールドシリーズ優勝でした。

[第8位] NPBベストナイン2016 大谷翔平選手2ポジションで受賞

 11月に発表された、日本プロ野球2016年シーズンのベストナインで、大谷翔平選手がDHと投手の2部門で選出されました。

 一人のプレーヤーが2つのポジションでベストナインに選出されたのは、もちろん史上初のことです。どちらのポジションでも圧倒的な得票率での選出でした。

 2016年の大谷選手の活躍は、かつて見たことが無いレベルのものであったと感じます。
 時速165kmの投球を連発し、逆方向へのホームランを軽々と放つという、まさに「二刀流」の神髄を示してくれたのです。
 全てのスポーツを通じての「ベストアスリート賞」というものが存在したら、最有力候補でしょう。

[第7位] リオ五輪 金藤理絵選手200m平泳ぎで金メダル

 圧勝でした。

 2位以下の選手を引き連れて、ゴールを目指す金籐選手の泳ぎには「王者」の風格さえ漂っていたと感じます。

 この金メダルは、日本女子競泳陣にとってオリンピック大会における「過去100年間で5つ目の金メダル」でもありました。とても貴重な金メダルだったのです。

 世界の水泳界で着々と地歩を固めつつある日本競泳陣の進化を示した優勝とも言えるのでしょう。

[第6位] サッカー男子U-19アジア選手権2016で日本チームが優勝

 日本サッカー史上初の快挙でした。

 これまでなかなか勝つことが出来なかった、19歳以下のアジア選手権大会で、若き代表チームは「ついに壁を破った」のです。
 アジアトップを標榜する日本サッカーですが、U-19でチャンピオンとなったのは初めてのことです。

 特に、センターバックの二人、中山雄太選手と富安健洋選手の活躍は秀逸でした。
 準決勝までは「ほとんど相手チームにシュートを打たせない」守備を展開し、決勝のサウジアラビア戦も零封しました。大会を通じて無失点というのは、こうした国際大会では滅多に観られないものでしょう。

 A代表のプレーにも影響を与えたのではないかと感じられる快挙でした。

 以上が第10位から第6位でした。
 いずれも素晴らしいシーンばかりであったと思います。

 次回は第5位から第1位です。
 25年振りに日本プロ野球NPBセントラルリーグを制した広島カープの「赤いヘルメット」と、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の名門チーム、ニューヨーク・ジャイアンツの「青いヘルメット」、この2つのヘルメットが、現在プロスポーツの中で、私が最も気に入っているヘルメットです。

 どちらも、その色合い・光沢が素晴らしい。

 カープのヘルメットは「深い真紅」で良く輝いています。
 チームカラーを随所に配したユニフォームとのバランスも、とても良いと思います。
 もちろん、カープのチームカラーは昔から「赤」ですが、赤にもいろいろある中で、今のヘルメットの素晴らしい色合い・光沢を選定したのは、とても良いと感じます。

 NYジャイアンツのヘルメットは「群青色」と呼んでも良いような「深いプルー」で、こちらも良く輝きます。
 アメリカンフットボールの最高峰NFLは、当然ながら各チームともそのユニフォームには工夫を凝らしていて、どのチームも見事な「装束」ですが、私はジャイアンツのヘルメットが好きなのです。(次はと聞かれれば、ニューイングランド・ペイトリオッツの「シルバー」です)

 プロスポーツにおいては、それに関わる「全ての要素」によってファンに喜んでいただくことが重要であり、ファンの心に響くユニフォームやヘルメット、そして「着こなし」を披露することが、チームやプレーヤーの「義務」であることは、言うまでも無いことです。
 加えて、こうした「細部への拘り」が観る者の心を打ち、ファンの増加に結び付くことも、当然のことでしょう。

 そういえば、大相撲の「まわし」も、近年とてもカラフルになっています。
 遠藤関の濃いめのピンクや輝関の薄めのゴールド、高安関の水色、魁聖関のグリーン(青房の色に近い)など、かつての大相撲ではなかなか見られなかった「色」が土俵に溢れています。
 また、「まわし」の交換頻度も上がっているようです。

 NHKテレビの解説者である北の富士氏などは「まわしは一生ものであり、矢鱈と替えるものでは無い」とコメントしていますが、時代の流れと言うことでしょうか。

 確かに、関取の「まわし」は絹製であり、1本100万円程度の高価なものと言われていますから、ちょくちょく替えるというのは経済的な面からも簡単なことでは無いのでしょう。後援会他の支持者の方々、大きく観れば「日本の国」そのものが豊かになったということなのかもしれません。

 「まわし」については、私も「少し行き過ぎ」かなとも感じます。
 10年間1本で取っている力士の「まわし」は色も少し薄くなり、縁に擦れた様子などが生じていて「味が有る」ものです。
 そして「擦れた様子」が馴染むのは、昔ながらの「紫紺」や「黒」の「まわし」なのです。擦れたゴールドやピンク、というのは様にならないのでしょう。
 逆に言えば、使い込むことで、「味」よりも「劣化」の方が強く感じられる色を選択しているので、交換頻度が上がっているのかもしれません。

 また、MLB(メジャー・リーグ・ベースボール)を見ていると、特に中南米出身のプレーヤーのヘルメットは「松やに」がべったりと付いて、チームのマークが見えない程に汚れていることが多いのですが、これは「ヘルメットがピカピカ」だと「キャリアが浅い」「新人ぽい」ということで、相手プレーヤーに舐められてはいけない、といった視点から、わざわざ汚しているのだそうです。

 これはこれで、世界最高峰のMLBで生き残っていくための、ひとつのノウハウだろうとは思いますが、広島カープとニューヨーク・ジャイアンツのヘルメットについては、汚すことなく綺麗な状態で、プレーヤー諸兄にはグラウンドに立っていただきたいと思うのです。
 リオデジャネイロ・パラリンピックの日本選手団は、合計24個のメダルを獲得しました。

 日本選手団にとってパラリンピック史上最多のメダル獲得であり、チームの力を世界に示す大活躍でした。

 一方で、意外な、そして残念なことに金メダルは0でした。

 銀メダル10、銅メダル14という結果に、パラリンピックにおける各競技・各種目の大幅なレベルアップを感じました。
 日本選手団も相当強くなったのですが、世界の各チームはもっと強くなっていた、パラリンピックに挑む選手層が、各競技・種目を通じてとても厚くなってきたという印象です。

 9月7日から18日にかけて開催された大会ですが、日本選手は毎日大活躍を魅せてくれました。

 9月8日の柔道66kg級の藤本聰選手の銅メダルを皮切りとして、連日メダル獲得のニュースを届けていただいたのです。

 9月9日には廣瀬順子選手が、柔道女子57kg級で、この種目と言うか日本女子柔道初の銅メダルを獲得しました。

 9月12日は、「1日に6個」というメダルラッシュでした。
 そして、競泳の木村敬一選手はこの日の男子50m自由形S11での銀メダルをスタートとして、計4つのメダルを獲得したのです。
・50m自由形 銀メダル
・100m平泳ぎSB11 銅メダル
・100mバタフライS11 銀メダル
・100m自由形S11 銅メダル
 連日のように泳ぎ、好成績を挙げた活躍は見事という他はない、素晴らしい活躍でした。

 陸上競技の佐藤友祈選手と山本篤選手も、世界一を目指して果敢な戦いを展開してくれました。

 佐藤選手は、男子400mT52と1500mT51/52の2種目で銀メダルを獲得しましたが、両種目共に優勝はアメリカのレイモンド・マーティン選手でした。佐藤選手は、マーティン選手とギリギリの戦いを披露したのです。この2種目では、マーティン選手と佐藤選手の力が他を圧していたのですが、マーティン選手のスプリント力が、僅かに佐藤選手を上回っていたという形です。

 山本選手も、9月12日の男子400mリレーT42-47で、芦田創選手・佐藤圭太選手・多川知希選手と共に銅メダルを獲得すると共に、17日の走幅跳びT42ではドイツのヘンリック・ポポウ選手にあと8cmと迫る6m62cmの記録で銀メダルに輝きました。
 「日本チームの金メダル獲得」に向けての、素晴らしいトライであったと思います。

 大会最終日18日の活躍も見事でした。
 初の種目となった、陸上女子マラソンT11/12の道下美里選手が銀メダル、男子マラソンT11/12の岡村正広選手が銅メダルに輝き、車椅子ラグビーでも初めてのメダル獲得・銅メダルを獲得しました。
 本当に見事な活躍の連続でした。

 今から約半世紀前の1964年、第一回東京オリンピックと共に、東京パラリンピックも開催されました。

 そして2020年、東京オリンピックと共に東京パラリンピックも開催されます。

 ホスト国としての日本チームの活躍が、とても楽しみです。
 リオデジャネイロ・オリンピックで日本選手団は「41個のメダル」を獲得しました。
 これは、日本選手団によるオリンピック史上最高の獲得数でした。

 ロンドン大会との比較では、
・柔道が7個→12個で+5個と、最もメダル数を増やしました。
・レスリングも6個→7個で+1個
・卓球が1個→3個で+2個
・陸上競技も1個→2個で+1個
・バドミントンが1個→2個で+1個
・カヌーは0個→1個
・テニスも0個→1個

 となっていて、以上の7競技で+12個です。

 一方で
・水泳は11個→9個で△2個
・ボクシングが2個→0個で△2個
・アーチェリーが2個→0個で△2個
・サッカーが1個→0個で△1個
・バレーボールが1個→0個で△1個
・フェンシングが1個→0個で△1個

 となっていて、以上の6競技で△9個となりました。

 メダル総数では、ロンドン大会の38個に+3個の41個となった形です。

 大会毎に、成績が上がる競技・種目もあれば、下がる種目も有るのは当然のことです。
 特に、サッカーやバレーボールといったチームスポーツでは、大会毎に一喜一憂するのも止むを得ないところなのでしょう。

 そうなると、メダルラッシュに沸いたリオデジャネイロ・オリンピックの日本選手団において、とても残念な結果に終わったのは、ボクシング、アーチェリー、フェンシングということになるのかもしれません。

 ボクシングは、ロンドン大会では村田選手の金メダルと清水選手の銅メダル、アーチェリーでは古川選手の銀メダルと女子団体の銅メダル、フェンシングは男子フルーレ団体の銀メダルの活躍が有りました。

 この3競技もリオデジャネイロ大会でも頑張ったのですが、惜しくもメダルには届きませんでした。
 歴史と伝統を誇るボクシングチーム、21世紀に入って世界のトップクラスに位置してきたアーチェリーチームとフェンシングチームにとっては、本当に残念な結果であったことでしょう。

 2020年の東京大会では、ボクシング・アーチェリー・フェンシングのプレーヤーの、表彰台における満面の笑顔を、是非観たいものです。
 リオデジャネイロ・オリンピックでは、日本代表選手による「史上初」「数十年振りのメダル」というシーンが続出しました。
 日本代表選手が、その能力を着実に上げ、ついに世界トップクラスのレベルに到達した、あるいは、その持てる力を存分に発揮できる環境づくりに成功した「競技・種目」が広範囲に及んだということになります。

 順不同で挙げて行きましょう。

① バドミントン女子ダブルス

 高橋・松友ペアが「史上初」の金メダルに輝きました。この数年間、数々の世界大会で優勝を飾ってきた日本バドミントン界の躍進を象徴する出来事です。

② 卓球男子団体・シングルス

 団体の銀メダル、水谷選手の銅メダル、共に史上初の快挙でした。
 2012年のロンドン大会で初めて銅メダルを獲得した女子に続いて、「卓球日本」の実力を世界に示したのです。

③ 陸上競技・男子400mリレー

 男子トラック種目における史上初の銀メダルでした。アメリカチームにオリンピックのレースにおいて先着したのも史上初でしょう。

 バトンパスが注目されていますが、トップスピードに乗った時の「世界トップクラスの走力」が無ければ、とても実現できない快挙であったと感じます。

④ カヌー男子カナディアンシングル

 羽根田選手が日本カヌー競技史上初の銅メダルに輝きました。「波と仲良く進む」、ミスの少ないプレーは、日本のカヌーの戦い方を示してくれました。

⑤ 陸上男子50km競歩

 荒井選手が、日本競歩史上初の銅メダルを獲得しました。この数年、20km種目での世界新記録樹立。世界選手権でのメダル獲得と、着実にレベルアップを果たしてきた男子競歩チームの力が結実した形でしょう。

⑥ 柔道男子・7種目全てにおいてメダル獲得

 オリンピックにおける男子柔道が、現在の7階級になった1996年以降、もっと言えば、別の形で7種目となった1988年以降、初めて全ての階級でメダルを獲得しました。

 今回の日本男子柔道チームが、柔道がJUDOとなり「世界のメジャースポーツ」となって以来、「史上最強」であったと言っても良いでしょう。
 JUDOにおいて、日本男子柔道がオリンピックでこれ程の強さを発揮したのは、初めてだと思います。

 個々の選手の充実はもちろんとして、バックアップ体制の星美、チームとしての力量向上も見事でした。

⑦ 男子テニス・シングルス

 錦織選手が銅メダルを獲得しました。

 1920年アントワープ大会で、熊谷選手が銀メダルを獲得して以来、なんと96年振りのメダル獲得でした。
 熊谷選手は柏尾選手と組んだダブルスでも銀メダルを獲得しています。

 錦織選手のメダル獲得は、世界トップクラスに在った戦前の「日本テニスの復活」を感じさせる快挙でした。

 この他にも、競泳男子800メートルリレーやシンクロナイズドスイミングのペア、そしてチームなど、久し振りのメダル獲得という競技・種目もあり、いずれも日本選手団に大いなる勇気と喜びを齎してくれた活躍でした。

 もはや「本番に弱い日本選手」というのは、過去の言葉になったように感じられます。
 それどころかレスリング女子の各種目で観られた、試合終了直前での逆転劇の連続などは、「勝負強い日本選手」を印象付けていました。

 メンタル面の強化こそが、日本代表選手団が次々と「壁」を突破した最大の要因であったのかもしれません。

 今大会で得た各競技・各種目における「多種多様なノウハウ」は、継承・強化していかなければならないものなのでしょう。
 8月5日に行われた、リオデジャネイロ・オリンピックの開会式で、日本選手団の各員が入場の際にスマホを用いなかったことに、世界中から賞賛の声が相次いだと報じられました。

 赤いジャケットに白いズボン姿で入場した日本選手団でしたが、確かにスマホを手に持ち、周囲を撮影したり、自撮りしている選手・関係者は見当たりませんでした。(他国の関係者とカメラに収まっている例はありました)

 日本選手団は、日本とブラジルの国旗を持ち、振りながら行進しましたから、物理的にも、行進しながらスマホを操るのは難しかったのかもしれませんが、世界最大級のスポーツの祭典のオープニングセレモニーで、当の選手達がスマホで写真や動画を撮り捲り、友人にメールしたり、SNSに掲出している姿というのは、見ていてあまり気持ちの良いものではありません。

 「何をするために、ここに来ているのか」といった意見もありそうです。

 今回の入場行進で、もうひとつ感じたのは、「開催国・ブラジルの国旗を振っているチームが少なかった」ことです。私が観ていた限り、日本選手団だけでした。
 以前のオリンピック開会式であれば、多くのチームが開催国の国旗を振って入場していました。
 「平和の祭典」オリンピックの精神・目的のひとつである、参加各国のコミュニケーション向上、開催国の理解、といった面からも「開催国へのリスペクト」は必要不可欠な要素であろうと感じます。

 東京オリンピック2020では、いくつのチームが日の丸を振って入場してくれるのでしょうか。

 それにしても、21世紀初頭のオリンピック開会式では、デジカメを手にして撮り続ける選手・関係者の姿が目立ったものですが、今回はスマホばかりで、デジカメは殆ど見られませんでした。
 スマホ搭載カメラの性能向上を如実に示している事実なのでしょう。
 いつもの大会と同様に、今大会も柔道競技とレスリング競技の表彰式における「銀メダリスト」が印象的でした。

 金メダリストは、決勝での勝利から間もないので「満面の笑み」を湛えて表彰台に上ります。
 銅メダリストは、3位決定戦で勝利した喜びを表現する選手が多いと思います。(金メダルを狙っていて、少し不満な様子の選手も居ますが)

 しかし、銀メダリストは直前の決勝戦で敗れ、失意に沈んだ状態で表彰式を迎える場合が多いと感じます。

 柔道で特に印象に残ったのは、男子90kg級の決勝でベイカー茉秋選手に敗れたジョージアのリバルテリアニ選手です。
 敗れた直後から下を向いたまま、表彰台でも下を向き続けました。笑顔どころか、無表情の状態が続いたのです。余程悔しかったのでしょう。

 「必ず金メダルを取る」と強い決意で大会に臨んだと伝えられていますが、リバルテリアニ選手に付いては、そのご家族も下のフロアに降りることを拒否したと報じられました。
 他のメダリストのご家族は喜びを爆発させているので、係員が熱心に説得し、ご家族もようやくリバルテリアニ選手のもとに向かったそうです。

 レスリングでは、女子48㎏級で登坂絵莉選手に決勝で敗れた、スタドニク選手(アゼルバイジャン)でしょうか。
 敗戦が決まった瞬間、両手で顔を覆い、失意の表情を見せました。
 その後も目線は下を見たまま、表彰台でも無表情を貫きました。
 やはり、敗戦を消化できないままだったのでしょう。

 女子53kg級の吉田沙保里選手も、敗戦直後から涙を見せていましたが、吉田選手の場合は「不敗の王者の敗戦」であり、前2人の選手とは、少し事情が違うのかもしれません。

 いずれにしても、柔道競技やレスリング競技では、世界2位の銀メダリストという「大変な名誉」を獲得しながら、「失意の底に沈んだ様子」でメダルセレモニーに臨むプレーヤーが多いのです。

 何とかならないものか、とも思います。

 メダリストの中で「直前に負けている」のは銀メダリストだけなのですから。

 メダルセレモニーを翌日にして、「事態を消化する時間を銀メダリストに与えるという方法」もありそうですが、どの程度の効果が有るのかは未知数です。逆に悔しさが募り、セレモニーを欠席するプレーヤーが出てこないとも限りません。

 結局現状の様に、競技を行った日に表彰式を行うのが良さそうですが、それにしても「本当に残念な様子」の選手を観るのは、忍びない感じがするのです。
 リオデジャネイロ・オリンピックにおける、日本の男子ラグビーチームと女子バスケットボールチームは、本当に見事な試合を展開しました。

 フィジカル面で劣る日本チームの国際舞台での戦い方を世界に示したのです。

 まずは男子ラグビーチーム。

 クーループリーグ(プールC)の緒戦でニュージーランドチームを14-12で破り、第2戦のイギリスチームには19-21で惜敗、第3戦のケニアチームには31-7で快勝して、決勝トーナメントに駒を進めました。

 プールCの中核チームであり、世界の15人制ラグビーを牽引し続けるニュージーランド・オールブラックスを破ったことは、「男子セブンズ」の試合の進め方の「正しさ」を示したものでした。
 それが、イギリス戦の大健闘にも結び付いたのです。

 「まずは堅守」、試合終盤まで1トライ・1ゴール差で付いて行き、最後3分間の運動量で逆転を狙う戦術は、見事に花開いたのです。

 とはいえ、手の内を知られてしまった以上、決勝トーナメントの戦いは厳しいものが予想されました。
 作戦認知の上での、フランス戦は相当分が悪いと見られていたのです。

 ところが、これを12-7で勝ち切りました。日本チームの最高のゲームであり、我が国の7人制ラグビー史に輝く勝利となったのです。

 準決勝では、優勝したフィジーに5-20で完敗し、3位決定戦でも南アフリカチームに14-54と大敗してしまいましたが、これは「体力・持久力の限界」というところでしょう。
 さすがに大会5試合目ともなると、本来の運動量とコンタクトプレーのパワーが維持できなかったのです。

 とはいえ、「男子セブンズ」の戦い方は、今後の日本代表チームの戦い方の「基本」を示してくれたものとして、高く高く評価されるべきであろうと考えます。

 そして、女子バスケットボールチームです。
 こちらは「ハヤブサ・ジャパン」という愛称もあります。

 予選ラウンドの緒戦でベラルーシを77-73で破り、勢いに乗りました。この勝利は大きかったと感じます。

 続くブラジル戦も82-66で快勝。

 しかし、第3戦でトルコに62-76で敗れました。結果的にはこの敗戦が痛かったのですが、この時は、続く強敵との戦いに前向きでした。

 予選ラウンドの第4戦は、世界ランキング2位のオーストラリアが相手。このゲームのハヤブサ・ジャパンは見事なプレーを披露しました。終始ゲームをリードしたのです。
 ゲーム途中では大差も付け、大金星かと思われましたが、次第にオーストラリアチームがポストプレーで追い上げて、終了3分前についに逆転を許しました。
 86-92での敗戦となりましたけれども、日本チームの健闘は強豪を相当ヒヤリとさせたのです。

 予選ラウンドの最終第5戦では、世界ランキング4位のフランスを79-71で破りました。ハヤブサ・ジャパンの実力と勢いを示した、見事な勝利でした。

 この結果、日本チームは決勝トーナメント出場を果たしましたけれども、得失点差の関係で準々決勝の相手は、「最強」のアメリカチームとなってしまったのです。

 このアメリカ戦でも、日本チームは持ち味を存分に発揮して、前半は互角の戦いを魅せました。後半力尽きて、64-110の大差の敗戦となりましたが、試合後のアメリカチームのプレーヤーのコメントは、ハヤブサ・ジャパンを賞賛するものばかりでした。

 素早いボール回しとカットインプレーに、外からのスリーポイントシュートを交えた、ハヤブサ・ジャパンのプレーは、そのスリーポイントシュートの精度の高さも相俟って、世界の強豪チームに衝撃を与えたと感じます。

 女子バスケットボール競技の国際大会が定着した1970年代、日本チームは世界の強豪のひとつでした。
 オリンピックに初めて登場した1976年のモントリオール・オリンピックにも、日本チームは出場し、5位という好成績を残しています。日本の女子バスケットボールには「強者としての歴史と伝統」が存在しているのです。

 その後、各国チームが「高い身長」を利したプレーを展開するようになり、日本チームはなかなか勝てなくなりました。アジアの中でも苦しい戦いを強いられるようになり、オリンピック出場さえ難しい時代が続いたのです。

 しかし、4度目の出場となったリオで、ハヤブサ・ジャパンは「これからの日本チームの戦い方」を世界に示したのでしょう。小さなプレーヤーから放たれるスリーポイントシュートが次々と決まる様は、まさに衝撃でした。

 男子ラグビーチームと女子バスケットボールチームは、惜しくもメダルの獲得はなりませんでしたけれども、「世界を驚かせるプレー」を魅せてくれました。

 2020年の東京大会が、とても楽しみです。
 リオデジャネイロ・オリンピックの開幕が迫りました。
 現地8月5日、日本時間8月6日の開会式が目前です。

 とはいえ、今大会はいつものオリンピックと比べて、大会前の盛り上がりに欠けているのではないかという感じもします。
 「4年に一度のスポーツの祭典」を控えての、何とも言えない高揚感、わくわくした感じが小さいように感じられます。

① 本当に開催されるのか・・・。

 「大会施設の建設の遅れ」は、多くのオリンピックで観られるものであり、珍しいことではありませんし、「おおらかなお国柄」はブラジルの特徴と言われますから、このこと自体は心配な材料ではありません。

 心配だったのは、リオデジャネイロ市が「資金不足」を訴えていたことです。

 数年前まで、開発途上国を代表する経済成長を見せて、伸び盛りの国の経済力を背景に「オリンピック開催」をゲットしたブラジル・リオデジャネイロ市でしたが、現在は不況の真っただ中。
 ブラジル国民の間にも「オリンピックなど開催している状況では無い」といった空気が流れているとも伝えられました。

 一応、国がお金を出すということで落ち着いてはいますが、今大会程「本当に開催されるのか」と心配された大会は、これまで無かったのかもしれません。

② 選手がプレーに集中できるのか・・・。

 ジカ熱の問題や治安の悪さ、選手村の施設の問題等が伝えられています。

 オリンピックに出場する、あるいはオリンピックで好成績を狙う選手達は、相当緻密なスケジューリングの下、競技に臨むはずです。
 4年間の、いや自身の選手キャリアの全てを集中しての大会であろうと思うからです。

 ところが、自らの練習道具や試合で使う器具が手許に届かない、ブラジル滞在中に盗難にあう、選手村のトイレが壊れて水浸しとなり深夜まで眠れない、などの要因で、そのスケジュールに大きな狂いが生じ、コンディショニングが上手く行かない、という懸念も有ります。

 当然ながらコンディショニングには「心身の要素」がありますから、選手達が「やる気を無くす」可能性も有るのではないか、と心配されています。

 オリンピックは「世界最高レベルの競技水準」を標榜しています。選手達も観客も、そのことを信じている筈であり、そのことが「オリンピックの盛り上がり」の大前提でなのですが、その大前提が担保されないかもしれないのです。

③ ドーピング問題

 開幕前に、今大会程ドーピングの問題が話題となった大会は無かったと思います。

 一応の決着を見ようとしていますが、やはりドーピングを行っている選手が居るのではないかという懸念が残ります。

 「薬」や「様々な不正手段」により競技能力を向上させるという「アンフェア」な行動を取る選手が居るのではないか、「今、テレビ画面で金メダルの喜びを爆発させている選手が、実はトービングによる『笑顔』なのではないか」といった疑念が、どうしても生じてしまうのでしょう。

 「私はこんなに努力して強くなった」「積み上げてきた苦労が実った」「私達のチームは独自の素晴らしいトレーニングによって栄冠を勝ち得た」とインタビューに応じている選手や監督達が、実は「ドーピングまみれ」であったというのは、過去にも数多く観られたことですが、これほど「興醒め」の光景もありません。

 今大会では、こうした「ばかばかしい絵」は眼にしたくないものです。

 以上のような要因によって、過去の大会と比べて今大会は、大会前の「盛り上がり」に欠けているのでしょう。

 しかし、大会直前に到って、こうした懸念が薄らいできているのも事実です。

 「大会は開催されそう」ですし、選手村や各会場の不具合も解消されつつあります。そして、トービングには「万全の対応」がなされると信じたいところです。

 そして、何より、選手の皆さんの素晴らしいプレーが大会を「真のオリンピック」に引き上げてくれるのでしょう。

 「南米大陸初のオリンピック」の大成功を祈らずにはいられません。
 リオデジャネイロ・オリンピックを目前に控えて、世界アンチ・ドーピング機構(World Anti-Doping Agency、WADA)の活動に関する話題が続いています。

 どの国、どのチームがオリンピックに参加する・しないというのは、今回のテーマではありません。
 今回は、WADAそのものについて見て行きたいと思います。

 「禁止薬物」を使って競技に臨むこと(=ドーピング行為)は、絶対に許されることではありません。
 そもそも、そういう行為を行う人物・組織には、スポーツをする資格が無いのです。

 オリンピックにおける「反ドーピングの取組」は、1968年のメキシコシティ・オリンピック(夏季)、グルノーブル・オリンピック(冬季)から始まっていますから、そろそろ半世紀に渡る取組ということになります。
 当時はIOC(国際オリンピック委員会)主導の取組でした。

 従って、「反ドーピングの取組」は、オリンピック大会に対して、本格的に開始されたということになります。オリンピックに参加しようとするもの、参加するものに義務付けられてきた取組なのです。

 一方で、世界中にはIOCが関与しないスポーツが沢山有ります。関与していないスポーツの方が遥かに多いと言った方が良いのでしょう。
 興味深いのは、このIOC主導の取組が、IOCが関与していないスポーツにも広がりを見せたということでしょう。

 1998年、自転車競技の世界最大のイベントのひとつ「ツール・ド・フランス」において、大規模なドーピング行為が発覚しました。
 チーム・フェスティナの車の中から禁止薬物が発見されたことを端緒に、逮捕者8人という大スキャンダルに発展したのです。

 ツール・ド・フランス大会においては、昔からドーピングの疑惑が有り(他の大会・競技と同様なのかもしれませんが)、1924年から一定期間ごとに「ドーピング行為」が見つかり、都度都度対処されてきたのですが、なかなか撲滅には至らず、1998年に大きく明確な形で発覚したということになります。

 そして、翌1999年にIOC主催で「スポーツにおけるドーピングに関する国際会議」が開催されました。オリンピックに限らず、スポーツ界に広く「反ドーピング」の本格的な動きが拡大したのです。
 この会議で「ローザンヌ宣言」が採択され、1999年11月に「反ドーピングの取組」の中核組織としてのWADAが設立されました。

 運営組織であるIOCが取組むよりも、より中立的立場に立って、より厳密・公正に「反ドーピング」の取組を行って行く上では、WADAという新組織を立ち上げたことは、有効であったと感じます。

 競技者から採取された「検体」の分析は、WADAが公認する機関(世界でわずか33機関しかありません)に委託されています。我が国では「LSIメディエンス」という民間企業1社が、唯一の公認機関となっています。

 当然のことながら、こうした機関が不正を行うことは絶対に避けなければならないことですから、WADAとしてもこうした世界中の公認機関の活動内容について、厳しく監視していることは言うまでも有りません。

 これまでも、外部からの圧力によってでしょうか、「検体の不正な分析」を行った機関が資格を取り消されてきています。
 反ドーピングの為の機関が、ドーピングに加担しているというのでは、話にならないからです。

 反ドーピングの取組は、「ドーピング技術の進歩」(ドーピング自体がスポーツの「退歩」であることを考えると、妙な言葉ですが)に対する「検査技術の進歩」という側面が在りますから、この取組は「永続的に」「休むことなく」続けられなければならないものです。

 WADAの中立性・独立性を保つ取組も、永続的に行われていかなければなりません。

 「個人・組織・国の名誉」はもちろんとして、今やスポーツはビッグビジネスとなり、「お金になるもの」となっていますから、「勝つためには手段を選ばぬ」という思考の人物や組織が存在し続けることは間違いないのでしょう。

 こうした動きに対する、WADAの役割・重要性は、益々増しているのです。
 熊本地震で被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

 当然のことながら、スポーツ界にも様々な形で影響が出ています。

① 試合の中止

 九州地方で行われる予定であった試合が、各競技で中止になっています。とても行える状況に無いことは明らかです。

 プロ野球では、4月16日のソフトバンク-楽天、19日の巨人-中日、20日の巨人-中日のゲームの中止が決まっています。

 Jリーグでは、16日の福岡-名古屋、鳥栖-神戸、17日のJ2、京都-熊本、長崎-水戸、J3の、鹿児島-相模原、大分-福島のゲームの中止が決まっています。

 プロスポーツだけでは無く、アマチュアスポーツでも数多くのゲームや大会が中止に追い込まれているのでしょう。

 残念至極です。

② 募金活動

 プロ野球やJリーグ、プロゴルフ等々、多くの競技で募金活動が行われています。
 近時定着してきた動きですが、大切な取組だと思います。

③ 素晴らしいプレーを

 前述②の取組も大切なことだとは思いますけれども、大災害からの復旧・復興に向けて「スポーツの力」を最大限に発揮できるのは、「素晴らしいプレー」以外には無いと思います。

 様々な被害により、失意の底に沈んでいる被災者の皆様に、その現実を少しでも忘れていただく為には、そして未来への一歩を踏み出す力を蘇らせていただくためには、「目の覚めるような好プレー」が一番なのでしょう。
 復旧・復興に向かっては、「心の健康」がとても大事なことなのです。

 1964年・昭和39年・6月16日に発生した「新潟地震」は、マグニチュード7.5という大地震でした。昭和大橋が落ちたり、アパートが次々と倒れたりして、死者26名という甚大な被害を生じました。

 この大災害の影響で、この年の新潟国体の夏季大会(水泳競技等)は中止となりましたが、秋の第1回東京オリンピックは予定通り行われました。
 東京オリンピックにおける日本選手団の大活躍が、復旧途上の新潟の皆様に与えた「勇気」は、数字には表せないくらい大きなものであったと思います。

 1995年・1月17日に発生した「阪神・淡路大震災」は、マグニチュード7.3という大地震でした。大都市圏で発生した災害でしたので、被害も極めて大きく、死者は6,434名に上りました。

 まさに甲子園球場の地元で発生した大地震でしたから、春の甲子園大会の中止が検討されましたが、「がんばろう神戸」活動の面からも、試合日程を見直したうえで開催されたのです。
 甲子園球場自体が、揺れの大きかったエリアから僅かに外れていて、被害が小さかったことも幸いしました。

 避難所で辛い日々を過ごしていた多くの被災者の皆様に、大いなる勇気を与えた大会であったと思います。

 大災害からの復旧・復興に、スポーツは大きな力を持っていると感じます。

 プレーヤーの皆さんの素晴らしいプレーが、大きな力となるのです。
 アメリカ合衆国アリゾナ州のTPCスコッツデール・コースで2月4日~7日に開催されている、ウェイストマネジメント・フェニックスオープン・トーナメント2016の、3日目に「新記録」が生まれました。

 この日の観客数が201,003名と、初めて20万人の大台を超えたのです。
 もともと「PGAツアーNO.1の観客動員数」=世界一の観客数を誇るゴルフ大会ですが、ついに1日で20万人を超えたのです。

 この観客数は、日本のゴルフツアーと比較すると驚異的です。
 日本のツアーであれば、1日1万人を超えれば「大観衆」となります。1日1万人という数も、日本ではなかなか眼にすることが出来ない水準なのです。

 フェニックスオープン2016は、初日の観客が10万人、2日目が16万人、3日目が20万人と推移して、最終日・4日目は16~18万人が予想されていますから、4日間通算で50万人を優に超え、60万人に迫ります。

 「このトーナメントを観たい」というファンが多いことはもちろんとして、開催コースであるTPCスコッツデールが、砂漠に造られたコースであり、20万人を超える大観衆が入れるスペースがあるというのも、大きな要因でしょう。
 また、16番パー3ホールには、スタジアムが設けられていて、2~3万人が観戦できる仕組みになっています。1ホールの観客数で、通常のトーナメントの全ホールの観客数を大きく超えるのです。

 この16番ホールは、130ヤード前後の短いパー3ですが、廻りをぐるりと観客席が取り囲んでいますから、大歓声に包まれます。
 その大歓声も計測されて、テレビ画面上に掲出されるというのですから、徹底しています。70~90デシベルという、相当の「騒音」水準です。

 さて、スポーツイベントにおける観客数を、「大観衆」という視点から見てみましょう。

 まず思い浮かぶのは、「マラカナンの悲劇」の時のエスタジオ・ド・マラカナン(マラカナン・スタジアム)です。
 1950年7月16日のことでした。

 サッカーワールドカップ(第4回)が初めてブラジルで開催され、その優勝を争うブラジル対ウルグアイのゲームが、リオデジャネイロのマラカナン・スタジアムで行われたのです。
 このゲームで勝利すれば、地元ブラジルが優勝するというので、大観衆が詰めかけました。

 公式の入場者数は199,854人となっています。

 20万人近い、この数字でも驚異的ですが、実際にはもっと多かったと言われています。
 入場した観客が、スタンドの上からスタンドの外にチケットを落とし、それを拾った人が、拾ったチケットを持って入場するという行為が、相当数行われたと伝えられています。
 現在の入場管理方法と比べれば、緩い方法であったことと、椅子席よりも「立見席」の方が多かったので、「相当詰め込むこと」が出来たことが、こうした「追加入場(入場者数にカウントされない入場)」を可能にしたものと思われます。

 そして、最終的には30万人前後の大観衆であったとも言われています。
 その大観衆の眼前で、「ブラジルサッカー史上最悪の悲劇」が起きたのです。

 「マラカナンの悲劇」の時の観客数は、世界中の全てのスポーツイベントを通じて、ワンマッチの最大観客数であろうと思います。

 続いて思い出されるのは、「ハイセイコーのNHK杯」です。
 1973年5月6日のことです。

 地方競馬から中央競馬入りし、無敗の快進撃を続けていたハイセイコーが、初めて府中の東京競馬場に登場するとあって、競馬ファンが押し寄せました。
 日本の競馬史におけるハイセイコーの人気の高さは「空前絶後」のものですが、この日の東京競馬場の入場者数169,174人にも、それが表れています。

 169,174人という入場者数は、もちろん中央競馬史上最高ですが、世界最大級のスタンドを擁する東京競馬場と言えども、殺到するファンのために相当危険な状況であったと伝えられています。

 このレースでハイセイコーは大苦戦しましたが、ゴール寸前に先行馬を「アタマ差」抜き去り優勝、連勝を続けました。
 
 この「ハイセイコーのNHK杯」が、我が国におけるスポーツイベントの最高入場者数であることは、間違いないと思います。

 そして、PGAツアーのフェニックスオープン・トーナメントは、これらのイベントに匹敵する大観衆を、毎年飲み込むのです。
 PGAの凄さを感じさせる事実でしょう。

 ところで、フェニックスオープンの入場者数は、毎年3日目が最多で最終日は減ります。
 その理由は、「NFLスーパーボウル開催日」と重なるためなのです。

 ゴルフのフェニックスオープン・トーナメントは、毎年「スーパーボウル・ウィーク」に開催されているのです。

 昼間PGAツアーの大会をコースで観戦し、夜NFLスーパーボウルをテレビで観れば(スーパーボウルをスタジアムで観るのは至難の業と言われます)良さそうなものですが、アメリカ最大のスポーツイベント・スーパーボウルを観るためには、日中から飲食物などについて万全の準備を整えテレビの前に集まる、あるいは「日中から試合終了まで大騒ぎ」なのかもしれません。

 世界一のスポーツ大国・アメリカのスポーツ文化の懐の深さを示す事象であろうと感じます。
 2月4日、旧・国立競技場のメインスタンドを飾っていた壁画・「野見宿禰」(相撲の神様)と「ギリシャの女神」が、新・国立競技場にも設置されると報じられました。

 高さ約4mの2枚の壁画は、「新・国立競技場の南側入場口の外側に設置したい」と、設計を担う建築家の隈研吾氏が述べたと伝えられています。

 この2枚の壁画は、画家の長谷川路可氏の作品で、「力と美」を表現したものとされており、まさにオリンピックに相応しい姿・精神を表現するものとして、1964年の第1回東京オリンピックのメイン会場であった、旧・国立競技場のメインスタンドに飾られていました。

 高さ約4mと相当大きなものですが、とはいえ国立競技場全体の大きさから見れば、それ程大きなものでは無い筈なのですが、その存在感は圧倒的でした。
 様々なスポーツ観戦の為に、数え切れないほど旧・国立競技場には通いましたが、都度眼に飛び込んできました。「旧・国立を象徴する壁画」であったと感じますし、「オリンピックというイベントに対する、当時の日本人の美意識・感性」を明確に示す物なのでしょう。

 また、50年という月日の評価に耐えた、というのはその作品の出来栄えが素晴らしいものであったことを証明しています。

 そして、この2枚の壁画は新・国立にも使われることとなりました。
 今後の、日本・世界のスポーツイベントの殿堂にも姿を見せることとなったのです。

 100年以上に渡って国立競技場を飾ることになるかもしれない「野見宿禰」と「ギリシャの女神」。
 これからも、我が国のスポーツを見守っていただきたいと思います。
 1月18日、今年の野球殿堂顕彰者5名が公表されました。

[プレーヤー部門]
・斎藤雅樹氏
・工藤公康氏

[エキスパート部門]
・榎本喜八氏

[特別表彰]
・松本瀧蔵氏
・山中正竹氏

 以上の5氏です。

 3度の沢村賞受賞に輝く斎藤雅樹氏や、通算224勝の現ソフトバンク監督の工藤公康氏、2度の首位打者に輝き「安打製造機」の異名を取った故・榎本喜八氏、東京六大学リーグ歴代最多の通算48勝の記録を持つ山中正竹氏、については野球ファンなら知っている方も多いでしょう。

 一方で、前述4人目の故・松本瀧蔵(まつもと たきぞう)氏となると、その活躍の時期が今から70年くらい前になります。
 太平洋戦争前後の日本スポーツ界に多大な貢献をされたのです。

 1901年広島生まれの松本瀧蔵氏は、幼年時にアメリカに渡りカリフォルニア州で育ちました。アメリカ在住時代には日系アメリカ人ベースボールチームを創設するなどしていました。
 そして1923年までアメリカに居ましたから、とても英語が堪能でした。

 日本に帰国してから旧制広陵中学(現、広陵高校)に入学しました。現在の甲子園大会の前身である全国中等学校野球大会出場を目指して、野球に取り組んだのです。
 広陵中学卒業後、松本氏は明治大学に進学、硬式野球部のマネージャーを務めると共に、明治・早稲田・立教・慶応・東京商科(現、一橋)の英語会(ECC)連盟共同代表に就きました。

 1929年に明治大学野球部は世界一周を敢行しましたが、この時にも松本氏の英語力が大いに役に立ったと伝えられています。この頃、アメリカの牧師であるポール・ラッシュ氏との知遇を得て、「スポーツを通じての国際交流」というテーマに邁進することとなりました。

 「日本のアメリカンフットボールの父」と呼ばれるポール・ラッシュ氏と共に、松本氏は我が国へのアメリカンフットボールの導入に尽力し、1934年に創設された東京学生アメリカンフットボール連盟の初代書記長にも就任しています。

 太平洋戦争後の1946年には戦後初の総選挙で衆議院議員に当選しました。
 その英語力が存分に、戦後の日本スポーツの復興と発展に発揮される時が来たのです。松本氏はGHQとの深いパイプを活かして戦後の野球復興に大貢献しました。その活動範囲は、プロ野球・社会人野球・中等野球(高校野球)全般に及ぶと共に、野球以外のスポーツ、陸上競技や水泳における日本人選手の国際大会出場にも尽力しています。

 「占領下の日本」のスポーツ界における松本氏の活躍は、広範囲に及んだのです。

 1958年に57歳で他界した松本瀧蔵氏は、50年以上の時を経て「野球殿堂入り」しました。これに先立ち、2004年には日本アメリカンフットボール殿堂入りの栄誉に輝いています。

 ふたつの競技における「殿堂入り」は、我が国スポーツ界初の快挙です。

 若き日にアメリカで触れたベースボールやアメリカンフットボールを始めとするスポーツの空気を忘れることなく、戦前戦後の日本スポーツ界の国際化に尽力した松本瀧蔵氏の活躍は、比類無きものなのでしょう。
 年末年始は、サッカー、ラグビー、アメリカンフットボールといった球技の大会が数多く開催されます。
 1年の中で、最も集中する時期と言って良いでしょう。

 今季も例年通りに多くの大会が開催されましたが、ある「特徴」を感じました。

 それは、「最後の攻撃機会においてキックプレーで逆転勝ちを狙いながら失敗した試合」が多かったということです。

 主な試合を挙げてみました。
 
[①甲子園ボウル2015・12月21日]
立命館大学パンサーズ28-27早稲田大学ビッグベアーズ

 アメリカンフットボールの大学日本一を争う試合。第4クオーターQ試合時間残り3秒、早稲田大チーム・佐藤選手のフィールドゴールFGキック(決まれば3得点)は、僅かに立命館大ディフェンターの指先をかすめて失速、ゴールに届かず、試合終了。
 52ヤードという長めのキックでしたが、佐藤選手のキック力をもってすれば十分に成功可能性があったプレーでした。

[②ライスボウル2016・1月3日]
パナソニック・インパルス22-19立命館大学パンサーズ

 アメリカンフットボールの日本一を争う試合。第4Q試合時間残り7秒、立命館大チームが47ヤードのFGを狙うもボールはゴールポスト右に外れて同点ならず。同点とし、延長戦に持ち込もうという狙いは実りませんでした。
 このときパナソニックチームのプレーヤーがフィールドに12名居たものの、反則と判定されなかったことが、試合後物議をかもしました。

[③NFLワイルドカードプレーオフ2016・1月11日]
シアトル・シーホークス10-9ミネソタ・バイキングス

 アメリカンフットボールの世界一決定戦・スーパーボウル進出を目指すポストシーズンゲーム。第4Q試合終了間近、ミネソタが27ヤードのFGアテンプト。これが外れて逆転ならず。NFLのプレーオフ進出チームのキッカーのレベルからすれば、考えられない失敗でした。

[④ラグビートップリーグ・ファイナル2016・1月24日]
パナソニック・ワイルドナイツ27-26東芝ブレイブルーパス

 社会人チームの日本一を争うゲーム。試合終了間際のトライで、26-27の1点差に追い上げた東芝チームは、ゴールキック(決まれば2得点)を狙いました。向かって右側からのキックで、角度的に易しくはないものの、極めて難しいとも思われませんでしたが、これが外れて逆転はなりませんでした。

 アメリカンフットボールは、その競技の性格上、逆転後相手チームに攻撃時間を残すことが無いように、ギリギリまで試合時間を使って、ラストの攻撃プレーを行いますから、こうした「乾坤一擲のFG」は試合時間が数秒しか残っていない状況で行われることが多くなります。
 そのキックが決まれば勝利、外れれば敗戦という、とても劇的なプレーとなるわけです。

 ラグビーにおいて、こうしたキックプレーが発生することは滅多に有りません。まさに、試合終了寸前にトライを挙げた場合や、ペナルティーを得た場合に限られますが、前述の「社会人日本一」を争う試合で、そうした状況が生まれたのです。

 そして、今季はこうしたプレーで失敗することが多かったということになります。

 前述の①②のプレーでは、50ヤード前後の相当長いFGアテンプトでしたので、外れることも有り得ると思いますが、③④は「普通にプレーすれば」決まる確率が高いプレーに観えました。
 NFLのプレーオフゲームや日本一を争うゲームのキッカーですので、高い技術を保持していることは間違いありませんから、外れたことは不思議なことでしょう。

 例えば③のプレーにおいては、センタープレーヤーからスナップされたボールを蹴る位置にセットした際に、「ボールの縫い目の面」がキッキングポイントとなってしまったという「偶然の不運」が有ったとも言われていますが、NFLのレギュラーキッカーともなれば、そうした状況でもキックして来ているでしょうから、やはり27ヤードという短いキックを外すというのは不可解な感じがします。

 日本屈指・世界屈指のキッカー達でも、日本一・世界一を争う試合においては、「相当のプレッシャー」が掛かるということなのかもしれません。

 「僅少点差で負けているゲーム」を最後のキックプレーで逆転するという戦術には、やはり大きなリスクが有るということなのでしょうか。
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