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 10月1日、中国オープン大会の1回戦に勝利した大坂なおみ選手が、「BNPパリバWTAファイナルズ・シンガポール大会(10月21日~28日)」への出場を決めたと報じられました。

 そのシーズンのツアーにおける獲得ポイント上位8名=世界トップ8、のみが出場できる大会に名乗りを上げたのです。

 今年3月のインディアンウェルズ大会でツアー初優勝を挙げた大阪選手が、一気に「ファイナルズ」に進出したことは、素晴らしいことですし、直近の8か月間の大坂選手の成長と勢いは驚異的であったことを、如実に示す事実でしょう。

 大坂選手は「8名の内3番目に進出を確定した」とも伝えられました。

 最初に進出を決めたのは、今季の全仏オープン覇者のシモナ・ハレプ選手(ルーマニア)、2番目に決めたのは、今季のウィンブルドン・チャンピオンのアンジェリック・ケルバー選手(ドイツ)でした。
 言うまでも無く、大坂選手は「8名の中でも上位での進出」となったのです。

 1972年開始の「ファイナルズ」には、これまで伊達公子選手が3回、杉山愛選手が1回出場しています。大坂選手は、日本人プレーヤーとして3人目の出場者となったのです。

 ホテルでの待遇やポルシェ専用車による送迎など、豪華絢爛な処遇も話題となる大会ですが、大坂選手には「日本人プレーヤー初の決勝進出→優勝」を期待してしまいます。
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[9月8日・決勝]
大坂なおみ2-0セリーナ・フィリアムズ
(第1セット6-2、第2セット6-4)

 ビッグニュースでした。

 1世紀を超える日本テニス史上、初めての四大大会におけるシングルス優勝が実現したのです。

 第1セット、大坂選手は「丁度良い緊張感」で試合に入ったと感じます。
 「いつものように」プレーを始めたのです。
 こうした大試合は、リラックスして勝てるものではないと考えています。

 大坂選手とセリーナ選手は、共に「パワー型」のプレーヤーですから、自らのショットの威力で相手プレーヤーのリズムを崩していくプレーなのですが、この「パワー」においては、両選手「互角」であったと思います。

 そして「スピード」で大坂選手が明確に勝りました。
 結果として、大坂選手のショットにより、僅かに左右に振られることで、セリーナ選手は正確なショットが打てなくなり、次第にミスショットが増えて行ったのです。

 第1セットは、大坂選手がセリーナ選手のサービスゲームを2つブレイクし、6-2で完勝しました。
 第1セットのプレーにおいて、大坂選手がセリーナ選手を上回ったことは間違いないでしょう。

 第2セットは、とても荒れた展開となりました。
 セリーナ選手が試合中にコーチングを受けた、ラケットを打ち壊した、主審に猛抗議し暴言を吐いた、といったプレー以外の異常な事象が続き、第6ゲームで1ポイントが大坂選手に与えられ、第8ゲームはペナルティとして大坂選手に与えられました。
 こうした大きな大会の決勝ではまず観られない、相当大きなペナルティでしたが、結果として大坂選手は6-4で第2セットも制して、ストレートで優勝を決めたのです。

 試合で上手くプレー出来ないセリーナ選手に苛立ちが募り、最初の方の「不適切な行為」が生じたのでしょうが、主審としても後半の暴言については、セリーナ選手への対応について、他の選択肢があったかもしれません。

 いずれにしても、こうした「騒動」は、大坂選手とは無関係なところで展開されていたことです。
 この騒動が、大坂選手の勝利に、いささかの影も落とすものでは無いと思います。

 試合後、大坂選手は観客に向かって「セリーナが勝つところ(24度目の四大大会シングルス優勝)を観に来たと思うけれども、そうならなくてごめんなさい」とコメントしました。
 完全アウェイの中で、必死に戦った心情を吐露したのです。

 「勝って謝る」というのは、とても可哀そうなことだと感じましたが、こうした心持ちと行動は、「日本人ならでは」とも感じました。
 謝ったことの良し悪しは分かりませんけれども、ビッグトーナメントで優勝して、観客に謝るというのは、世界中で日本人プレーヤーしか居ないのではないでしょうか。(最近は日本人の中にも、こうした心持ちには程遠い=自分の利益の事しか考えることが出来ず、見苦しい言動・行動を取る人達が増えているようにも見えますが・・・)

 さて、20歳にして全米オープンで優勝した大坂選手は、今後の四大大会を含む大きな大会のシングルスで、常に優勝候補に挙げられる存在となりました。
 今後も優勝を重ねる実力が備わっていることは、明確に証明されたのです。

 グランドスラム大会などで優勝を重ね、「優勝しても謝らなくても良い雰囲気」を創り続けて行ってほしいものだと思います。

 大坂なおみ選手、全米オープン2018女子シングルスの優勝、本当におめでとうございます。
 
 私個人としては、「(男女を通じて)一生観られないのではないか」と感じていた、まさに「偉業」です。
[9月6日・準決勝]
大坂なおみ2-0マディソン・キーズ(アメリカ)

 第1セットを6-2、第2セットを6-4で制した大坂なおみ選手(20歳)が、決勝進出を決めました。
 日本女子プレーヤーにとって、史上初の四大大会シングルス決勝進出です。

 第20シードの大坂選手と第14シードのキーズ選手(23歳)の試合ですから、接戦が予想されましたけれども、大坂選手は第1セット、2ゲームオールからの第5ゲームをブレイクして勢いに乗り、第7ゲームもブレイクして1セットを先取。
 第2セットの最初のゲームを大坂選手がブレイクでものにした時には、このまま一気に行くかと思いましたが、さすがにキーズ選手も踏ん張り、その後はサービスキープが続いて、第10ゲームを大坂選手が取って、勝利を得ました。

 比較的順調な試合運びに観えますが、この試合で大坂選手は、キーズ選手に握られた「13本のブレイクポイント」を全て凌ぎました。これは凄いことでしょう。
 大坂選手の精神力、「心の強さ」がプレーに表れていたのです。

 大坂選手は、これまでキーズ選手に勝ったことはありませんでした。
 2016年のこの大会・3回戦で当たった時には、最終セットを5-1とリードしながら、5ゲームを連取されて敗れています。

 あれから2年、大坂選手は心身ともに強くなったのです。

 さて、9月8日の決勝戦は、セリーナ・ウィリアムズ選手との対戦となりました。
 36歳になったとはいえ、四大大会シングルス23度の優勝を誇る、テニス史上の伝説的な存在です。
 2017年の出産を経ての今大会ですが、準決勝は6-3・6-0とアナスタシア・セバストワ選手(ラトビア)を圧倒しました。全盛時と変わらぬ強さを示したのです。

 また、セリーナ選手は大坂選手の「憧れの存在」でもあります。
 大坂選手にとっては「どうしても戦いたい相手」と、全米オープンの決勝でまみえることとなったのですから、その喜びはどれほどなのでしょうか。

 決勝は「気持ちが強い」プレーヤーが勝つのでしょう。
 大阪なおみ選手にも、十分にチャンスがあります。

[9月5日・女子シングルス準々決勝]
大坂なおみ2-0レシア・ツレンコ(ウクライナ)

[9月5日・男子シングルス準々決勝]
錦織圭3-2マリン・チリッチ(クロアチア)

 テニスの四大大会のひとつ、全米オープンのシングルスで、日本の錦織選手と大坂選手が共に準々決勝を勝ち抜きました。
 男女そろっての準決勝進出は、日本テニス史上初の快挙です。

 大坂選手は、ゲームカウント6-1・6-1のストレートでツレンコ選手を下しました。
 第1セットの第2ゲームと第6ゲームをブレイクして、このセットを奪い、第2セットは4ゲーム連取の後、第7ゲームをブレイクしてのセットカウント2-0。
 各ゲームでは接戦も観られましたが、結果は圧勝でした。

 全米オープン・シングルスにおける日本女子プレーヤーのベスト4進出は史上初、四大大会におけるベスト4進出も、1996年全英オープン(ウィンブルドン)の伊達公子選手以来22年振りとなります。

 今大会の大坂選手は、とても集中力が高いと感じます。
 準決勝も、大いに期待できるでしょう。

 一方、錦織選手の準々決勝は死闘でした。
 第1セットは第4ゲームをブレイクされて、そのまま押し切られ、2-6で落としました。

 第2セットも第6ゲームを落として押し込まれましたが、ここから4ゲームを連取したところが見事。6-4で取り返しました。

 第3セットは錦織ペースで始まりましたが、第8ゲームをブレイクバックされて試合の流れは互角になり、タイブレークに入りました。ここでチリッチ選手が2本連続のダブルフォルトという、信じられないようなミスを犯して、錦織選手が7-6でこのセットを奪い、セットカウント2-1とリードしました。

 しかし、さすがにチリッチ選手もこのままでは引き下がらず、第4セットは4-6で奪われて、セットカウント2-2。試合は最終第5セットに縺れ込みました。

 この試合の錦織選手はとても冷静でした。チリッチ選手の強烈なサービスがやや不調なこともあって、第5セットで2度のブレイクに成功し、6-4で奪い、4時間を超える試合に決着を付けました。

 2014年の決勝で敗れた相手を、同じ全米の舞台で下したのです。

 錦織選手にとって、四大大会で最も相性が良い全米オープン大会で、2度目の決勝進出に向けた準決勝に臨むこととなりました。
 今大会はコンディション管理も上手く行っているように観えますので、大いに期待できると感じます。

 全米オープン2018の舞台、ビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニスセンターのシングルス準決勝に、錦織圭選手と大坂なおみ選手が立ちます。
 なんと素晴らしいことでしょうか。

 試合後、大歓声の中で2人の笑顔を観たいものです。
 7月2日から15日にかけて行われたウィンブルドン2018の男子シングルスは、ノバク・ジョコビッチ選手が優勝しました。
 ジョコビッチ選手にとっては2015年大会以来、4度目の全英制覇でした。

 ロジャー・フェデラー選手、ラファエル・ナダル選手、ノバク・ジョコビッチ選手の所謂「3強」の時代が終焉に差し掛かっていると言われて久しいのですが、結局2018年のウィンブルドンも「3強」が制しました。

 先輩格のフェデラー選手が初めてウィンブルドンを制したのは2003年ですから、それから15年が経っています。
 次鋒格のナダル選手が初めて全仏に勝ったのは2005年ですから、13年が経過しました。
 末弟格のジョコビッチ選手が初めて全豪に勝ったのは2008年ですから、こちらも10年が過ぎているのです。

 随分長い間、男子テニス・メジャートーナメントのシングルスは、「3強の時代」が続いているということになります。

 四大トーナメントの男子シングルスで過去10年間、「3強」以外のプレーヤーが優勝したのは、以下の通りです。

① ウィンブルドン 2013年・2016年アンディ・マレー選手
② 全米 2009年デル・ポトロ選手、2012年アンディ・マレー選手、2014年マリン・マリッチ選手、2016年スタン・ワウリンカ選手
③ 全豪 2014年スタン・ワウリンカ選手
④ 全仏 2015年スタン・ワウリンカ選手

 「40個のタイトル」の内8個を「3強」以外のプレーヤーが制しているのですけれども、残る32個は「3強」が獲得しているのですから、その強さは別格でしょう。

 それにしても、「3強」以外の選手と言っても、マレー選手とワウリンカ選手が3回ずつ勝っていますから、全米オープンのポトロ選手とマリッチ選手を加えても、四大大会の男子シングルスタイトルは、過去10年間、7名のプレーヤーしか勝っていないことになります。これも驚かされる事実です。
 過去10年の四大大会男子シングルスにおいては、「若手の台頭」が喧伝されたのですが、実は「3強の時代」が続いていたことが良く分かります。
 デル・ポトロ選手は20歳11か月で全米を制し、その後の活躍が期待されたのですが・・・。
 また、マレー選手とワウリンカ選手も2017年以降はあまり振るいません。

 フェデラー選手が36歳、ナダル選手が32歳、ジョコビッチ選手が31歳と、「3強」も肉体的な衰えを感じる年齢になっている筈なのですが、その「支配力」は増しているように観えるのが凄いところでしょう。

 世界テニス界の男子シングルスにおいては「世代交代が進んでいない」という見方があるかもしれませんが、それよりは「3強がとても強い」、「3強の現状維持力・日々の鍛錬のレベルがとても高い」と考える方が良さそうだと感じています。

 テニスのイスタンブール・オープン男子シングルス決勝が5月6日に行われ、ダニエル太郎選手が、セットカウント2-0でマレク・ジャジリ選手(チュニジア)を破って優勝しました。

 ダニエル太郎選手のATPツアーでの優勝は初めてです。

 クレーコートの大会で、ダニエル太郎選手が躍動しました。
 第1セットを、タイブレークから見事なプレーを魅せて7-6で奪うと、第2セットも相手サービスゲームをブレイクして6-4で取り、ストレート勝ちを収めました。
 勝負所での「正確なパッシングショット」が印象的な試合でした。

 25歳、アメリカ人を父に持つダニエル選手ですが、身長190cmという恵まれた体躯を活かして、2010年からツアーに参加してきたのですけれども、これまではなかなか持ち味を発揮できずにいました。
 この大会も世界ランキング114位で臨んだのです。
 
 しかし、好調なショットを武器に、いわゆる「格上選手」を次々に破り、ついに優勝しました。
 準決勝、決勝のプレーぶりを観る限り、少なくともクレーコートでは今後も好成績を残していけるであろうと感じます。7歳の時に名古屋からスペインに居を移し、バレンシアのテニスアカデミーでトレーニングした成果がベースとなっているのでしょう。

 ATPツアーにおける日本人男子プレーヤーの優勝は史上4人目。
 松岡修造選手、錦織圭選手、杉田祐一選手に続く快挙です。
 ツアーに挑戦する日本人選手を大いに勇気づける優勝でしょう。

 先日のPGAツアー(ゴルフ)における小平智選手の優勝に続く、日本人男子プレーヤーの活躍。
 このところ女子陣の活躍が目立っていた日本スポーツ界ですが、各競技で男子陣の反撃が始まったというところでしょうか。
 4月15日から22日にかけて開催された、ATP1000・モンテカルロマスターズ大会で、錦織圭選手が準優勝しました。

 決勝こそ、ラファエル・ナダル選手に敗れましたけれども、錦織選手が世界ランキング4位に居た2015年頃でも、クレーコートにおいてナダル選手に勝つことは容易なことではありませんでしたから、止むを得ないことだと感じます。
 ナダル選手は、この大会「11度目の優勝」という、まさに「クレーの鬼」の本領を発揮したのです。

 錦織選手(世界ランク36位)の今大会の勝ち上がりを観てみましょう。(世界ランクは4月16日時点)

・4月16日・1回戦
 錦織圭2-1トマーシュ・ベルディハ(チェコ、世界ランク18位)
・4月18日・2回戦
 錦織圭2-0ダニル・メドベージェフ(ロシア、49位)
・4月19日・3回戦
 錦織圭2-1アンドレアス・セッピ(イタリア、62位)
・4月20日・準々決勝
 錦織圭2-1マリン・チリッチ(クロアチア、3位)
・4月21日・準決勝
 錦織圭2-1アレキサンダー・ズべレフ(ドイツ、4位)
・4月22日・決勝
 ラファエル・ナダル(スペイン、1位)2-0錦織圭

 さすがに「マスターズ」大会だけあって、世界ランク上位のプレーヤーが多数出場していました。
 準々決勝で世界ランク3位のチリッチ選手、準決勝で4位のズべレフ選手を連破したのは、「復活」の証でしょう。

 加えて、6試合中4試合が「セットカウント2-1」の勝利でした。
 いかにも「錦織選手らしい粘り強い戦い振り」だったのです。「自らの試合運び」をコート上で示すことが出来たということは、やはり「復活」の証左であろうと感じるのです。

 錦織選手は、故障(手首の痛み)により、2017年から大会に出るのもままならない状況が続き、世界ランクも下げていましたが、ようやく「戦える状態」になってきたということなのでしょう。

 勝ち負けももちろんですが、元気一杯の錦織圭選手のプレーこそが、日本のテニスファン待望の姿なのです。
 3月19日早朝、ビッグニュースが飛び込みました。

 大坂なおみ選手が、テニスのビッグトーナメント、BNPパリバオープン・女子シングルス決勝で、ダリア・カサキトナ選手(ロシア)を、6-3・6-2のストレートで破って優勝したのです。

 「快挙」です。

 今大会、好調なプレーを続け、準決勝も勝ち抜いて、決勝に進出したことは報じられていましたが、何しろ世界トップクラスのツアー、ATP・WTAツアーの「プレミア」大会といえば、いわゆる四大大会に次ぐ格付けの高い大会であり、男女を通じても、まだ日本人プレーヤーが優勝したことは無かったグレードの大会ですから、さすがに優勝は・・・と勝手に思い込んでいたのです。

 しかし、大坂選手は、そんな「先入観」など微塵も無く、今大会の好調さを決勝でも存分に発揮して、圧勝したのです。

[今大会の大坂選手の勝ち上がり]
① 3月7日 1回戦 大坂なおみ2-0マリア・シャラポア
② 3月9日 2回戦 大坂なおみ2-0アグニエシュカ・ラドワンスカ
③ 3月11日 3回戦 大坂なおみ2-0サチア・ビケリー
④ 3月13日 4回戦 大坂なおみ2-1マリア・サッカラ
⑤ 3月14日 準々決勝 大坂なおみ2-0カロリナ・ブリスコバ(第5シード)
⑥ 3月16日 準決勝 大坂なおみ2-0シモナ・ハレブ(第1シード)
⑦ 3月18日 決勝 大坂なおみ2-0ダリア・カサキトナ(第20シード)

 凄い勝ち上がりだと感じます。
 特に、準々決勝、準決勝は「一桁シード選手」を連破、準決勝では第1シードのハレブ選手(ルーマニア)を2-0のストレート、それも第2セットは6-0で圧倒しています。

 その勢いを、そのまま決勝にぶつけたのですからカサキトナ選手も、たまったものではありません。
 試合後、「大坂には、弱点が無かった」とコメントしています。

 この優勝がツアー初優勝だった大坂選手が、一桁シード選手を連破し、決勝で相手プレーヤーに「弱点が無かった」と言わしめたのです。この大会で、大坂選手がどんどん強くなって行ったことは間違いないのでしょう。
 そして優勝したのですから、その実力は「身に付いた」と判断するのが妥当だと思います。

 いったい、3月7日から18日の間に、大坂選手に何が起こっていたのでしょうか。

 7日の初戦で、あのマリア・シャラポワ選手に快勝したことは、大きかったと思います。
 
 結果として、大会初日に1回戦をクリアしたので、その後のスケジュールが安定したものになったのです。
 連日の試合は、4回戦から準々決勝への1度だけでした。
 こうしたビッグトーナメント、決勝まで7試合も戦わなければならない大会では、とても恵まれたと言えそうです。
 また、コートのサーフェスもぴったりだったという見方もあります。

 とはいえ、スケジュールに恵まれ、サーフェスが合っていたからと言って、それだけでプレミア大会に勝てるようなら、苦労はありません。

 連日テレビ放送された大坂選手のプレーは、強烈なサービスとパッシングショットの連続でしたが、特にバックハンドのパッシングショットは、その威力・コースともに抜群でした。(当然のことで、「抜群」でなければ、プレミア大会に優勝することなど不可能なのです)
 その「破壊力」は、ビーナスとセリーナのウィリアムス姉妹を髣髴とさせるものでした。

 このパッシングショットと強力なサービスがあれば、今後のツアー大会や四大大会でも、十分に世界のトップランカーと互角に戦って行けるように感じるのは、私だけでしょうか。

 日本女子テニス界に、新星というか「巨星」が現れたと見るべきではないかと思います。
 
 世界ランキングも、44位から一気に22位に上がりました。
 今後の四大大会他のビッグトーナメントにおける、大坂なおみ選手の活躍が、本当に楽しみです。
 6月11日、全仏オープンテニス大・男子シングルス決勝が行われ、スペインのラファエル・ナダル選手(31歳)がスタン・ワウリンカ選手(スイス)をゲームカウント6-2、6-3、6-1、セットカウント3-0のストレートで下して優勝しました。

 ナダル選手の全仏優勝は10回目。自身の持つ最多優勝回数記録を更新したのです。

 もともと「クレーコートの王者」と称されていたナダル選手ですが、4大トーナメントのひとつの大会のシングルスで10度の優勝という、男子テニス史上初の快挙を成し遂げました。

 このところ故障がちで、一時の強さは影を潜めたとも言われていましたが、見事な復活というか、全盛期の強さを髣髴とさせるプレーでした。

 全豪オープン2017ではロジャー・フェデラー選手が優勝し、全仏ではナダル選手と、かつての王者が次々と名乗りを上げる、2017年の4大大会。

 7月3日に開幕する、全英オープン=ウィンブルドン選手権大会からも、眼が離せません。
 ATPツアーの2017年マイアミ・オープン大会は、4月2日に男子シングルスの決勝が行われ、ロジャー・フェデラー選手がラファエル・ナダル選手を6-3・6-4のストレートで下し、優勝しました。

 フェデラー選手は今季3勝目、ツアー通算91勝目を挙げたのです。

 マイアミ・オープンは、ツアーの中でも格の高いマスターズ大会ですが、今季フェデラー選手は、BNPパリバ大会に続いてのマスターズ大会優勝となります。

 フェデラー選手は、四大大会シングルス優勝18回を始めとして、テニス界の男子の主な記録を悉く塗り替えてきている「男子テニス史上最強のプレーヤー」として知られています。
 その記録を数え上げていくと、枚挙にいとまがありません。

 「偉大」という言葉がぴったりくるプレーヤーなのです。

 そのフェデラー選手も、2010年シーズンで世界ランキング1位を明け渡してからは、次第に成績を落としてきました。「加齢」に最も抵抗し続けてきたプレーヤーなのですけれども、さすがに下降線に入ったと見られていたのです。

 2016年シーズンは故障の影響から出場する大会も減少し、世界ランクも16位まで下がりました。
 「引退」という言葉も、時折目にするようになってしまったのです。

 ところが、故障から復帰した2017年シーズン、フェデラー選手は素晴らしい成績を出し続けています。

 まずは、四大大会の全豪オープンで優勝しました。2012年以来の四大大会制覇でした。
 そして、前述のようにATPツアーのマスターズ大会に2勝しています。

 まさに「復活」と呼ぶに相応しい活躍でしょう。

 ちなみに、このマイアミ・オープンも第4シードからの優勝でした。往時には、いつも「第1シード」で出場していた印象のあるフェデラー選手ですが、今季の全豪オープンでは「第17シード」からの優勝でした。
 
 どんどん世界ランキングを上げ来ているフェデラー選手が、再び「世界ランク1位」に返り咲くシーンが見られるかもしれません。

 「偉大」を超える言葉を、探さなくてはなりません。
 2017年のテニス四大オープンの第一弾、全豪オープン大会は1月16日から29日にかけて実施され、男女のシングルス決勝は「意外?」なカードとなりました。

[女子シングルス決勝 1月28日]
セリーナ・ウィリアムズ2-0ビーナス・ウィリアムズ

[男子シングルス決勝 1月29日]
ロジャー・フェデラー3-2ラファエル・ナダル

 男女のシングルスのカードは、共に5~15年前に「世界トップクラスの大会で良く観られたカード」ですが、最近はお目にかかれなかった、いわば「世代交代前」のゴールデンカードでした。

 例えば男子シングルスであれば、アンディ・マレー選手、ノバク・ジョゴビッチ選手、ワウリンカ選手、ラオニッチ選手、錦織選手らが、近時のメジャー大会の決勝を彩ってきたのです。

 フェデラー選手、ナダル選手は、共に「世界テニス史に燦然と輝く巨星」であり、四大オープンのシングルス優勝数でも、通算18勝のフェデラー選手、同14勝のナダル選手と、圧倒的な実績を誇っているのです。

 とはいえ、フェデラー選手の四大オープン・シングルス制覇は2012年の全英依頼でしたし、ナダル選手は2014年の全仏に勝って以来故障がちで、このところは中々勝ち上がれない日が続いていたのです。

 その2人の名プレーヤーが、2人とも勢いに乗って、決勝を戦ったのです。
 この「2人とも」というというところが、不思議なところなのでしょう。

 女子シングルスも同様でした。
 ウィリアムズ姉妹の妹、セリーナ・ウィリアムズ選手は、シングルスにおいて2015年・16年の全豪・全仏・全英のタイトルをものにしていますから、まだまだ世界トップクラスなのですが、お姉さんのビーナス・ウィリアムズ選手は2008年の全英以降優勝できていませんでしたから、この大会の決勝で「姉妹対決」を観るのは相当難しいと感じていました。

 しかし今大会、ビーナス選手は順調に勝ち上がり、ついに決勝に駒を進めたのです。
 
 2002年頃の「ウィリアムズ姉妹の時代」を髣髴とさせる決勝戦でした。

 全豪オープン2017は、フェデラー選手、ナダル選手、そしてビーナス・ウィリアムズ選手が「復活」を遂げた大会となりました。
 
 3人の名プレーヤーが、「同時に復活」したということが、全豪オープン2017の特徴であったことは、長く語り継がれていくのではないでしょうか。
 ATPツアー「マスターズ・パリ大会」の男子シングルス、錦織圭選手は11月2日の緒戦でビクトル・トロイツキ選手をセットカウント2-0で破り、ツアー通算300勝を達成しました。
 錦織選手のツアー初勝利は2007年ですから、10年間をかけての大記録達成ということになります。

 ツアー300勝は、もちろん日本選手最高記録です。

 そして、ツアー史上では153番目の記録と報じられています。

 錦織選手のこの記録が報じられるのと同時に、ツアー歴代1位の記録も示されました。
 アメリカのジミー・コナーズ選手の1,256勝です。
 久し振りに懐かしい名前を聞きました。

 コナーズ選手は20世紀後半に活躍した名プレーヤーで、ビョルン・ボルグ選手やジョン・マッケンロー選手らと共に、男子プロテニスの「黄金時代」を支えました。
 左打ちの両手バックハンドから繰り出されるショットは、強烈かつ美しい、世界最高のストロークであったと思います。

 コナーズ選手は四大大会シングルスで8度の優勝(全米5勝、全英2勝、全豪1勝)を記録しています。
 四大大会シングルス8勝というのは、もちろん素晴らしい記録ですが、当時のコナーズ選手の活躍を思い浮かべると「やや少ない」と感じます。
 ツアーで毎試合の様に優勝していた印象が有るからです。

 やはり、全英と全仏のシングルスで計11度の優勝を誇るボルグ選手や、全英と全米で計7度優勝のマッケンロー選手といった「強力なライバル」が居た「黄金時代」でしたから、四大大会ではコナーズ選手ばかりが優勝するという訳には行かなかったのかもしれません。

 一方で、コナーズ選手はその他のATPツアー大会では、圧倒的な成績を誇りました。

 シングルスのツアー109度の優勝、1,256勝は現在に至っても歴代1位です。
 勝ち続けたという点からは、「黄金時代」においてもジミー・コナーズ選手が最強であったと言えるのかもしれません。

 ツアーシングルスの歴代2位はロジャー・フェデラー選手の1,080勝です。フェデラー選手はツアー大会優勝数でも96勝でコナーズ選手を追いかけています。

 コナーズ選手は1972年にデビューし1996年に引退しました。そして、1998年にフェデラー選手がデビューしたのです。
 男子プロテニスは、コナーズ選手からフェデラー選手へと受け継がれたのかもしれません。

 それにしても、1972年に20歳でデビューしたコナーズ選手は、44歳となる1996年まで現役を継続しました。
 この25年間に及ぶ長いキャリアが、数々の大記録に繋がっているのは間違いないことです。

 「世界トップクラスのプレー」を長く続けることが多くの記録を生むのは、テニスに限らず全てのスポーツ競技に共通しているのでしょうし、そのことが最も難しく、最も偉大なことなのかもしれません。
 9月7日に行われた、全米オープンテニス2016・男子シングルス準々決勝で、錦織圭選手は、イギリスのアンディ・マレー選手をセットカウント3-2で破り、準決勝進出を決めました。

 フルセット、3時間58分に及ぶ接戦を制した錦織選手は、準優勝を飾った2014年大会以来2年振り2度目の準決勝進出となりました。

 凄まじい一戦でした。

 9月8日早朝の日本のテニスファンは、一球ごとに一喜一憂したのです。
 
 第1セットを1-6と一方的に落とした時には、リオデジャネイロ・オリンピックの準決勝を思い出しました。
 しかし、第2セットの途中で雨天中断があり、その後、錦織選手の動きが格段に良くなりました。このセットを6-4で奪い、セットカウントは1-1。

 第3セットはマレー選手が6-4で制しましたが、第4セットは錦織選手が最初から押し込み6-1でものにして、セットカウント2-2。勝負は最終第5セットに持ち込まれました。

 その第5セットは錦織選手が優勢に進めましたが、ゲームカウント4-3とリードしての第8ゲーム、錦織選手のサービスゲームで40-0から「よもやの」ブレイクを喫し、ゲームカウントは4-4となってしまいました。

 ここが勝負どころであり、マレー選手としては「一気に押し込み」たいところでしたが、錦織選手の粘り強いプレー、特に驚異的なボレーが光り、このセットを7-5で勝ち切ったのです。特に、ゲームカウント5-5からのマレー選手のサービスゲームをブレイクしたプレーは見事でした。

 やはり、第2セットの後半から「打ち合い」に持ち込んだ、錦織選手の優位は動かなかったというところでしょうか。

 テニスの四大大会でベスト4に進出すること自体が「快挙」ですが、準優勝の経験もある「相性の良い」全米オープンですから、今度こそは「優勝」の期待がかかります。

 激戦を続けてきている錦織選手のコンディショニングが勝敗を分けることとなるのでしょう。

 準決勝はワウリンカ選手との対決となりました。ここを突破すれば、ジョコビッチ選手との決勝が待っているのでしょうか。
決勝のコートで、錦織圭選手の「満面の笑み」を是が非でも観てみたいものです。
 8月12日に行われた、テニス男子シングルス準々決勝で、錦織圭選手はガエル・モンフィス選手(フランス)を7-6、4-6、7-6のセットカウント2-1で破り、ベスト4に進出しました。

 この試合2度目のタイブレークとなった第3セット、タイブレークはモンフィス選手が先攻しました。ミニブレイクを重ねて6-3とマッチポイント、それもトリプルマッチポイントを握ったのです。

 この試合のモンフィス選手は好調でした。持ち味の「変幻自在」のプレーが冴え、サービスエースも決まって、錦織選手を追い込んだのです。

 この状況での「トリプルマッチポイント」ですから、錦織選手は絶体絶命でした。
 モンフィス選手の表情には「余裕」さえ感じられたのです。

 しかし、ここからが「錦織圭の真骨頂」でした。

 2ポイントを連取して5-6と追い上げ、モンフィス選手のサービスです。
 この段階では、モンフィス選手の表情からは余裕が消えていました。

 ファーストサービスはフォルト、セカンドサービス。
 錦織選手は前に出ました。
 これを見たモンフィス選手は「勝負を賭け」ました。ファーストサービスを打ってきたのです。
 モンフィス選手としては、この日の好調なサービスに賭けたのでしょう。
 しかし再びフォルト、ダブルフォルトとなって、6-6の同点となりました。

 続くポイントで、錦織選手はストレートにパッシングショットを放ち7-6とリード。
 最後は、モンフィス選手のショットがアウトとなりました。

 追い込まれた局面から「5連続ポイント」。
 錦織圭選手の素晴らしい粘り腰でした。

 勝利が決まった瞬間、錦織選手はまだ試合が続いているかのような表情でしたが、その後喜びの表情に変わりました。泣いていたのではないでしょうか。
 3度目のオリンピックで、ついに「ベスト8の壁」を突破したのです。

 ベスト4の相手は、イギリスのアンディ・マレー選手です。
 相手に不足は有りません。もちろん強豪ですが、勝機も十分に有ると思います。

 頑張れ、錦織圭選手!
 世界最高のテニスツアー、ATPツアー・マスターズ1000・マイアミオープン大会の男子シングルス決勝は4月3日に行われ、第1シードのノヴァク・ジョコビッチ選手が、錦織圭選手を、ゲームカウント6-3・6-3、セットカウント2-0のストレートで下し、優勝しました。

 格の高いマスターズ1000大会2度目の決勝進出となった錦織選手でしたが、今回も優勝は成りませんでした。

 ジョコビッチ選手は、これでマスターズ1000大会通算28勝目。自身の持つ史上最多優勝記録を更新し、史上単独トップに立ちました。
 また、生涯獲得賞金額でもロジャー・フェデラー選手を抜いて史上最高となりました。通算9800万ドル(約107億8000万円)というのですから、気が遠くなるような金額です。

 世界テニス史上に燦然と輝く地歩を残したのです。

① 低い打点からの両手打ちバックハンドの威力

 試合のキーとなるポイントで、ジョコビッチ選手の「両手打ちバックハンド」からのショットが炸裂しました。

 ギリギリまで引き付けてのショットですから、さすがの錦織選手も追いつくことが出来ずエースになっていました。

 このショットが、現在「一強」と呼ばれる、ジョコビッチ選手の最強の武器なのでしょう。

② 深く重そうなショット

 試合全体を通じて、ジョコビッチ選手のショットの深さが印象的でした。

 体勢を崩した状態でも、深いショットが錦織選手のコートをヒットします。

 そして、これらのショットが「重そうに見える」のです。良いショットで返球するのは、容易なことでは無いでしょう。

③ 「硬軟織り交ぜた」錦織選手のショットも通じず

 錦織選手は、ここぞというポイントで少しスピードを抑えたショットを交えたり、サービスでもスピードの変化を付けていました。そして、一定の効果も生み、ジョコビッチ選手のミスショットも誘っていました。
 第1セット・第1ゲームのサービスブレイクも、ここから生まれたと思います。

 しかし、ジョコビッチ選手のミスショットとスーパーショットの比率では、スーパーショットの数が勝ったのです。

 錦織選手の渾身の工夫も、この試合では及ばなかったということでしょうか。

 この大会の様な「ボールが良く跳ねる」サーフェイスでは、ジョコビッチ選手の強さが一層際立ちます。
 19歳の時に初優勝し、今回の優勝で6勝目という、素晴らしい成績を残している所以でしょう。

 圧倒的な安定感。

 世界テニス界においては、当分の間、「ジョコビッチ王朝」が続きそうです。
 ATPツアー2016・マイアミオープンの男子シングルス・準決勝は4月1日に行われ、錦織圭選手はニック・キリオス選手(オーストラリア)をセットカウント2-0のストレートで破り、決勝進出を果たしました。
 錦織選手がATPマスターズ1000大会の決勝に進出するのは、2014年5月のマドリード大会以来、2度目となります。

 決勝の相手は、準決勝でダビド・ゴフィン選手(ベルギー)を2-0で破ったノヴァク・ジョコビッチ選手です。
 4大大会に次ぐ格式を誇るマスターズ1000大会だけあって、世界ランキングNO.1のプレーヤーが待っていました。

 今大会の錦織選手は、準々決勝のガエル・モンフィス選手(フランス)選手との試合で端的に観られるように、冷静かつ粘り強いプレーが目立ちます。
 
 静かな立ち上がりから、相手プレーヤーの動き・調子、そして自らのコンディションを把握したうえで、試合の進め方を決めて、プレーを展開します。
 追い込まれても、プレーの冷静さが保たれていますから、相手プレーヤーのミスショットを巧みに引き出しているように観えるのです。

 モンフィス選手との試合では「5度のマッチポイント」を凌ぎました。特に、0-40からのトリプルマッチポイントを凌いだシーンは、今大会の錦織選手の真骨頂でしょう。

 さて、現在「王朝」を築いていると言われるジョコビッチ選手を倒すのは、どんなプレーヤーにとっても容易なことではありませんが、今大会の錦織選手なら、という可能性を感じさせます。

 「暑い大会」として知られているマイアミオープンですから、決勝までの間にどれだけエネルギーを残しているのかが第一のポイントとなるでしょうが、今大会の錦織選手はコンディション調整が上手く行っているように観えます。

 第二のポイントは、ショットの調子ですが、これは錦織選手、ジョコビッチ選手共に「絶好調とはいえない」感じがします。
 両選手共に、慎重な立ち上がりから少しずつ、試合を自らのペースに引き込んでいるように観えるのです。

 こうなると決勝のポイントは、最初の3ゲームでしょうか。
 今大会最後の試合として、ジョコビッチ選手が打ち込んでくるであろうカウンターショットを、錦織選手がどのように料理することが出来るのか。
 硬軟織り交ぜたショットでジョコビッチ選手のミスを誘発することが出来れば、互角の勝負となることでしょう。

 頑張れ、錦織選手!
 ATPツアー・マスターズ1000・インディアンウェルズ大会「BNPパリバ・オープン」2016の男子シングルス準決勝、ラファエル・ナダル選手とノヴァク・ジョコビッチ選手の試合が3月19日に行われました。

 このカードは48回目の対戦となり、ツアー史上最多対戦記録を更新しました。

 同じカードで48回もの対戦を積み重ねているというのは、凄いことだと感じます。

① 長きに渡って、世界トップクラスで戦う両選手

 対戦の回数を重ねて行くためには、両選手が共にATPツアーに出場できるレベルに在る必要があるのは勿論として、この両選手となれば「世界のトップランカー」の位置に存在し続けなければならないわけですから、驚異的なことです。

 ナダル選手がツアーにデビューしたのは2001年ですから、以降16年に渡ってツアープレーヤーとしてのキャリアを経ているのです。
 その間にツアーで74勝、全豪・全仏・全英・全米の四大大会シングルスで14度の優勝を遂げていて、グランドスラマーでもあります。
 ナダル選手といえば「クレーコートのスペシャリスト」という印象が強く、実際に全仏で9度も優勝しているのですから、クレーでの強さは圧倒的なのですが、芝のウィンブルドンでも2度チャンピオンになっているのです。

 ジョコビッチ選手がツアーにデビューしたのは2003年、ナダル選手の2年後です。
 以降60度以上のツアー優勝、四大大会シングルス11度の優勝と実績を積み重ねてきました。全仏で優勝すればグランドスラマーとなります。

 10年以上に渡って戦い続け切磋琢磨し合う存在というのは、素晴らしいものでしょう。

② フェデラー選手・ナダル選手が先行し、ジョコビッチ選手が追いかける展開

 48戦を重ねた「ナダルVSジョコビッチ」に続く対戦回数のカードは、「フェデラーVSナダル」の45戦です。

 21世紀の世界テニス界を牽引してきた、ロジャー・フェデラー選手がツアーデビューしたのは1998年。以降100勝に迫るツアー優勝回数を重ね、四大大会シングルスでも17度の優勝という、歴代最高記録を誇ります。ウィンブルドンで7度の優勝を遂げているのです。

 つまり、フェデラー選手とナダル選手が、芝とクレーという得意のサーフェイスを舞台として優勝を重ねていた状況で、ジョコビッチ選手が追いかけ続けてきたというのが、「21世紀の男子シングルス」と言って良いのでしょう。

 そして2014年頃から、ジョコビッチ選手が「3強」の先頭に立ちました。2015年は完全に「ジョコビッチのシーズン」となったのです。

 頭書の試合は、ジョコビッチ選手が7-6・6-2でストレート勝ちしました。
 両者の対戦は、48戦してジョコビッチ選手の25勝、ナダル選手の23勝となったのです。
 また、両者の対戦は「ジョコビッチの6連勝」中とのこと。

 こうした状況なら、頭書の試合もジョコビッチ選手の「一方的な試合」となったのではないかと思われますが、実際には違います。大接戦でした。

 第2セット、ゲームカウント5-2とリードしたジョコビッチ選手がナダル選手のサービスゲームで40-0とリードして3マッチポイントを握った時には、これで試合が終わると感じました。

 ところがナダル選手は3ポイントを連取して40-40、デュースとなりました。追い込まれてからの、ナダル選手の反発力は見事なもので、「さすがに四大大会シングルス14勝」のプレーヤーだと感じさせるものでした。

 試合は、デュースとなって6回目のマッチポイントでジョコビッチ選手が勝利しました。
 見応え十分の試合でした。

 ジョコビッチ選手がセットカウント2-0で勝った試合ですが、1時間58分もの時間を要したのです。
 
 やはりこの対戦は、現在の世界最高のカードのひとつなのでしょう。
 11月22日、ロンドンで開催されていた2015年のATPツアーファイナル・男子シングルス決勝は、ノバク・ジョコビッチ選手とロジャー・フェデラー選手の対戦となり、ジョコビッチ選手がセットカウント2-0で勝利、優勝を決めました。

 ジョコビッチ選手は、史上初の同大会4年連続優勝と成りました。

 近時の男子シングルス種目は、ジョコビッチ選手にフェデラー選手、ナダル選手、マリー選手を加えた「四強の時代」と言われてきましたが、2015年のテニス界を見る限り、「一強」「ジョコビッチの時代」というべき様相でした。
 ジョコビッチ選手が圧倒的な強さを魅せたのです。

① 四大大会の三大会で優勝

 ジョコビッチ選手は、2015年の四大大会の中で、全豪、全英、全米に優勝し、残る全仏でも準優勝でした。

 ここまで圧倒的な強さであったのなら、全仏も制して欲しかったとさえ感じます。

② ATPツアーマスターズ大会

 ツアーの中で、四大大会に次ぐ格の大会であるマスターズ大会(全9大会)で、8大会に出場して6度優勝、準優勝が2度でした。

 出場した全ての大会で決勝に進出する安定感も凄いのですが、その内6度優勝という強さも驚異的です。もちろん、史上初のことでした。

 前述①の四大大会と合わせて、現在のテニス界最高レベルの12大会に出場して、全ての大会で決勝に進出し9度優勝というのですから、2015年の男子シングルスは「ジョコビッチ選手を中心に回った」というか「ジョコビッチ選手と決勝で戦うプレーヤーは誰か」といった様相だったことも間違いありません。

 ジョコビッチ選手のプレーの特徴は、ストロークの強さと多彩さであろうと思いますが、2015年の各大会においては、そのレベルの高さが際立っていました。

 「これで入るのか」と観える角度・強さのショットが、相手コートに突き刺さります。
 テニス界の世界トップクラスの試合における常識(言葉に矛盾があるかもしれませんが)を遥かに超える変化量をボールに与えることができるのです。

 「こんなショットを決められては勝てない」と相手プレーヤーに感じさせる効果も絶大であろうミラクルショットが、試合中時々出現するのです。

 プレーヤー個人の肉体・精神に対するハードさ・過酷さという点から、あらゆるスポーツにおける世界トップクラスの試合・大会・ツアーのスケジュールの中で、私はATPツアーのシングルスが最も厳しいものではないかと感じています。

 そもそも、テニスというスポーツは1試合を勝ち抜くことだけでも、相当のリソース・エネルギーを消費しますが、その大会で優勝するためには連日の試合出場が必要となります。
 そして、毎週のように大会が開催されます。

 テニス界の看板プレーヤーであり、余程のことが無いと大会出場を回避することが許されないトッププレーヤーの皆さんとっては、年間11か月の間ほとんど休みが無いスケジュールとなっているのです。
 結果として、トッププレーヤー達は常に「故障との戦い」が続きます。我らが錦織圭選手も、いつも体のあちこちの故障に悩まされています。

 このハードスケジュールはジョコビッチ選手にとっても厳しいものであり、ジョコビッチ選手も各々の大会において、調子が良い大会と悪い大会がある筈なのですが、前述のような「極めて安定したプレー」を魅せ続けることが出来るのですから、他のプレーヤーとの「力の差が大きい」ことは明らかでしょう。

 全盛期を迎えた感のあるジョコビッチ選手のトップコンディションの状態を100とすれば、現在は80位でも優勝を狙える程の差があるのではないでしょうか。
 2015年においては、ジョコビッチ選手のコンディションが相当悪い時でなければ、他の選手が付け入ることが出来なかったのではないかと思います。

 さて、12月は世界トップクラスのツアープレーヤーにとって、年間唯一の1ヵ月間の休養期間です。
 
 この休みを経て開始される2016年シーズン、「ジョコビッチの時代」が続くのか、他の選手の追い上げ・反攻が観られるのか、注目されるところです。
 カナダのモントリオールで開催されている、ATPワールドツアー・マスターズ1000シリーズの大会であるロジャース・カップの男子シングルスで、8月14日錦織圭選手がスペインのラファエル・ナダル選手を6-2・6-4のストレートで破り、準決勝に進出しました。

 これまでツアーで7戦7敗と一度もナダル選手に勝てていなかった錦織選手は、8度目の対戦で初めての勝利でした。
 試合を通じて、錦織選手の「力強いストローク」が印象的でした。フットワークの良さをも含めて、今大会における好調さを物語っていたと感じます。

 今大会は、ATP(男子プロテニス協会)ツアーの中でも格の高い大会のカテゴリーであるマスターズ1000シリーズですから、世界ランキング上位のプレーヤーが揃って出場しています。

 8月15日の準決勝はアンディ―・マレー選手との対戦となりますし、ここを突破して決勝に進むと、準決勝のもう一試合、ノバク・ジョコビッチ選手とジェレミー・シャーディ戦の勝者との対戦となります。ジョコビッチ選手が進出してくる可能性が高いのでしょう。

 ナダル選手→マレー選手→ジョコビッチ選手と対戦が続くようであれば、四大トーナメント並みの極めて強いフィールドということになります。まさに、世界トップクラスの戦いなのです。

 錦織圭選手の健闘に期待します。
 テニスのATPワールドツアー500シリーズの一戦、シティオープン大会は8月3日~9日にかけて開催され、男子シングルスで錦織圭選手が優勝しました。

 アメリカのジョン・イスナー選手との対戦となった決勝は、第一セットを4-6で落としたものの、第二・第三セットを6-4で連取しての優勝でした。

 準決勝で、昨年の全米オープン決勝で苦杯を舐めさせられたマリン・チリッチ選手を、やはりセットカウント2-1で破っていますから、錦織選手の調子が上がってきていることは間違いなさそうです。

 チリッチ選手・イスナー選手とビッグサーバーを相手にしての準決勝・決勝でしたが、第一セットで相手プレーヤーの戦法を良く観察し、第二セット以降対応策を展開するという試合運びは、まさに錦織圭の真骨頂と言えるでしょう。

 錦織選手は全米オープン2015を前にしての大会で好成績を残しました。世界ランキングも4位に上がったと報じられています。
 コート上の自在な動きを見る限り、故障も相当回復しているようです。

 8月末から始まる2015年の全米オープン大会における大活躍が期待されます。
 試合を通して、ノバク・ジョコビッチ選手のパッシングショットの深さが際立ちました。

 7月12日に行われた男子シングルス決勝は、ロジャー・フェデラー選手(スイス)とジョコビッチ選手(セルビア)の対戦となりました。

 全盛期を過ぎたとはいえ、過去ウインブルドン・シングルスで7度の優勝を誇り、芝コートで絶対的な強さを魅せるフェデラー選手(33歳)が、準決勝まで好調なプレーを展開していましたから、現在世界ランク1位のジョコビッチ選手が相手とはいえ、「大接戦」が予想されました。

 第1セットは期待に違わぬ接戦となりました。
 まずフェデラー選手がジョコビッチ選手のサービスをブレイクしました。フェデラー選手独特の「軽く見えるタッチ」のショットが良く決まりましたから、このセットはフェデラー選手が押し切るかに見えました。

 ところが、その直後にジョコビッチ選手がブレイクバックしたのです。
 この大会で殆どサービスブレイクを許していなかったフェデラー選手が、あっという間にブレイクバックを喫したのです。
そのショットの深さが印象的でした。大半のショットがベースラインから1m以内をヒットしていて、時々は50cm以内に入っているように観えました。

 あの強烈なショットが、これほど深く入って来るのでは、フェデラー選手としても対応が大変であろうと感じられました。

 第一セットはタイブレークの末ジョコビッチ選手が取りました。タイブレークは、7-1の圧勝でした。

 第二セットは逆にフェデラー選手が奪いましたが、試合は「ジョコビッチが僅かながら終始押している」様子でした。

 第三セット、第四セットはジョコビッチ選手が徐々に優位を広げて押し切りました。
 フェデラー選手にとっては、準決勝で好調だったファーストサービスの入りが、少し悪かったことも響いたと思います。

 ジョコビッチ選手は、これで3度目のウインブルドン制覇となり、全豪・全米と合わせて9度目の4大トーナメント・シングルス優勝となりました。

 1987年生まれで28歳のジョコビッチ選手は、今全盛期を迎えていると感じます。
 ストロークプレーにおける「ボールの威力」は、他の追随を許さないものでしょう。

 4大大会シングルス優勝を目指す錦織圭選手にとっても、とても大きくて厚い壁であることは間違いありません。
 テニスの全英オープン、ウィンブルドン大会が6月29日に開幕しました。

 ローンテニスの聖地として、4大大会の中でも特別な位置付けを持つ大会でしょう。

 その男子シングルス1回戦に、錦織圭選手が早速に登場しました。

 錦織選手は、3時間20分に及ぶ激闘の末、セットカウント3-2でシモーネ・ポレリ選手(イタリア)を倒しました。

 この試合の報道において、「格下相手に苦戦」といった論調が目立ちます。
 世界ランキング55位のポレリ選手と同5位の錦織選手の対戦ということから、こうした表現となるのかもしれませんが、いかがなものでしょうか。

 もちろん、ランキング上位の錦織選手の方が「より安定した強さ」を保持していることは間違いありません。
 おそらく、10度試合をすれば、錦織選手の8勝2敗位の差、大きな力の差があるのでしょう。

 とはいえ、「その2敗」がウィンブルドンにおける対戦で出ていれば、ポレリ選手が勝つ可能性も有るのです。

 世界でも最もメジャーなスポーツのひとつであるテニス競技、競技人口が極めて多いスポーツにおいて、ランキング55位というのは相当高い順位であり、ランキング一桁のプレーヤーに土を付けることも可能な力量を備えていると思います。

 増してや、コンディションの良し悪し、サーフェイスへの適性、等を考慮すれば、55位のプレーヤーを倒すのは容易なことではないのです。
 錦織選手は、本試合中に左脹脛にテーピングを施していましたから、万全とは言えないコンディションでした。

 この試合は「よくぞ錦織選手が勝ち切った試合」であり、決して「格下相手に苦戦した試合」では無かったと思います。


 6月2日に行われた準々決勝、錦織圭選手対ウィルフィールド・ツォンガ選手の試合は、セットカウント3-2でツォンガ選手が勝ちました。

 日本期待の錦織選手はフルセットの末敗れてしまいましたが、素晴らしい試合であったと思います。

 この試合のツォンガ選手は、プレーにスピードが有り、とても正確でした。もともと爆発力のあるプレーヤーですが、この日は好調であったのだと思います。加えて、地元フランス選手として唯一ベスト8に駒を進めていましたから、会場内はツォンガ選手への応援一色でした。

 こうした応援は「プレーヤーが好調な時に大きな威力を発揮する」のです。

 この勢いの前に、さすがの錦織選手も力尽きたというところでしょう。この勢いを前にしても「フルセットの接戦」を演じた錦織選手にも、大きな拍手を送りたいと思います。

 82年前の佐藤次郎選手に続いてのベスト4進出は、残念ながら成りませんでしたけれども、82年振りのベスト8進出は見事でした。

 グランドスラム大会におけるベスト4・決勝進出には、様々な要素が関係してくるのでしょうが、現在の錦織圭選手の実力は、「様々な要素が揃えば決勝進出が出来るレベル」であろうと、改めて感じさせる大会でした。
 テニス競技における、クレーコートと芝コートは対照的なサーフェイスであると言われています。

 球足が速く、バウンドしたボールが「滑って行く」とも形容される芝コートと、球足が遅く、大きくバウンドするクレーコートは、試合で勝つために求められる技術も相当異なるものなのでしょう。

 4大大会で言えば、クレーコートは全仏オープン、芝コートは全英オープン(ウィンブルドン)で使用されています。

 現在のテニス界のトップクラスのプレーヤーとして、ラファエル・ナダル選手とロジャー・フェデラー選手を例に取ってみましょう。

 ナダル選手は、全仏の男子シングルスで優勝9回、全英で2回、フェデラー選手は全仏で1回、全英で7回の優勝を果たしています。

 ナダル選手もフェデラー選手も、4大大会の全てを制している「グランドスラマー」ですけれども、その得意とする大会は対照的なのです。
 ナダル選手は全仏→クレーコートに強く、フェデラー選手は全英→芝コートに強いことは明らかでしょう。

 フェデラー選手やナダル選手といった、「基本的な実力が極めて高いプレーヤー」にして初めて、苦手なコートを克服し、グランドスラムを達成することが出来るということなのかもしれません。

 ところが、テニスの歴史においては、「全仏と全英の両方に強いプレーヤー」が存在しました。本稿の主人公であるビョルン・ボルグ選手です。

 1956年にスウェーデンで生まれ、1970年代から80年代初頭にかけて世界のテニス界をリードした選手です。
 ボルグ選手は、全仏で6回、全英で5回の優勝に輝いています。
 1978年・79年・80年シーズンには、同一シーズンで全仏と全英を制しているのです。

 ボルグ選手は、「優勝するためには相当に異なるプレーが必要とされる全仏と全英」で、ほとんど同じレベルの好成績を残したプレーヤーなのです。

 ボルグ選手はテニス競技に「トップスピンのストローク」を齎した、あるいは確立したプレーヤーとも呼ばれています。このトップスピンのグランドストロークが、ボルグ選手の強みでしたが、この技術の高さ・新しさが、全仏と全英のどちらの大会でも優勝できるプレーの骨格であったのかもしれません。

 ボルグ選手の戦績には、もうひとつ特徴というか不思議なポイントがあります。
 全豪と全米で優勝していないことです。

 全豪と全米はオールウェザーコートです。クレーコートと芝コートの中間くらいのボールの速さが出ると言われるコートです。

 従って、トッププレーヤーの中でクレーコートが得意な選手も、芝コートが得意な選手も、ともに全豪・全米では相応の成績を残すもののように感じます。

 頭書に従って、ナダル選手とフェデラー選手を例に取ってみましょう。
 ナダル選手は全豪で1回、全米で2回、フェデラー選手は全豪で4回、全米で5回、優勝しています。そして、二人ともグランドスラマーとなっているのです。

 一方で、ボルグ選手は全豪・全米とも優勝していません。

 全豪オープンに対しては、ボルグ選手は1度しか出場していませんから、「自らのスケジューリングの中で全豪は回避していた」のかもしれません。
 他方、全米オープンはというと「準優勝4回」ですので、これは「勝ちに行って勝てなかった大会」なのでしょう。この4回の大会では、ジミー・コナーズ選手が2回、ジョン・マッケンロー選手が2回、優勝しています。

 「芝コートとクレーコートであれ程圧倒的な強さを魅せた」ボルグ選手が、オールウェザーコートのメジャー大会では勝てなかったというのは、テニス競技の難しさを感じさせる事実なのでしょう。

 そういえば、ボルグ選手と共に男子プロテニスの黄金時代を築いたコナーズ選手のプレー振りは、そのフラットなストロークから「芝コート」で強さを発揮できそうな感じです。
 実際、コナーズ選手は全英に2回優勝していますが、思ったよりは優勝回数が少ない印象です。(同時代にボルグ選手が居たせいも有るのでしょうが)

 一方で、全米では5回の優勝を誇っているのです。
 コナーズ選手が全米で活躍した時期(1974年~83年頃)は、全米オープンのサーフェイスが芝→グレーコート→ハード(オールウェザー)と変化した時期と重なりますから、一概には言えないのかもしれませんが、コナーズ選手がオールウェザーコートを得意としていたプレーヤーであったことは間違い無いことだと思います。

 「コートのサーフェイスとプレーヤーのプレーの質・特徴」との関係は、何時の時代もテニス競技における最大のテーマのひとつなのでしょう。
 テニスの4大トーナメントのひとつ、全仏オープン大会がフランス人選手だけでは無く、国外の選手の参加をも認めるようになったのは、1925年の大会からです。
 別の言い方をすれば、全仏オープン・テニスは1925年から「4大大会」にデビューしたということになります。

 この国際化された全仏オープンの男子シングルスにおいて、最初の6年間「フランス人の優勝を確保」したのが、ルネ・ラコステ選手とアンリ・コシュ選手でした。当時のフランスを代表する二人のプレーヤーは、国際化された自国最高の大会のタイトルを守り続けたのです。

 1925年から1930年までの全仏オープン男子シングルスの優勝者を列挙します。

① 1925年 ルネ・ラコステ
② 1926年 アンリ・コシュ
③ 1927年 ルネ・ラコステ
④ 1928年 アンリ・コシュ
⑤ 1929年 ルネ・ラコステ
⑥ 1931年 アンリ・コシュ

 二人のスーパースターは、見事に「1年交替」で優勝を重ねています。不思議なほどに規則的です。

 では、この間の各大会の決勝戦は、いつもこの二人の対戦だったのかというと、そうではなくて、1926年と1928年はコシュ選手がラコステ選手を破って優勝していますが、残りの4度の大会は、決勝戦の相手が異なるのです。例えば1927年と1930年は、アメリカのエース、あのビル・チルデン選手が決勝に進出しているのですが、ラコステ選手とコシュ選手はこれを退けています。

 必ずしも、いつも同じカードの決勝戦では無かったにもかかわらず、綺麗に「1年交替」の優勝を積み重ねているのですから、ますます不思議な感じがします。

 ちなみに、1931年には同じフランスのジャン・ボロトラ選手が初優勝を飾り、1932年にはコシュ選手が4度目の優勝に輝いて、1933年の大会でオーストラリアのジャック・クロフォード選手がコシュ選手を決勝で破り、「全仏オープンのタイトルはフランス人だけのもの」という伝統がついに破られました。

 そして、1933年~39年の間、フランス人プレーヤーは全仏オープンで優勝することは出来ませんでした。1940年~45年の間は、第二次世界大戦の影響で全仏オープンは開催されませんでしたから、次にフランス人プレーヤーがこのタイトルを取るのは、戦後1946年のマルセル・ベルナール選手を待たなくてはなりません。

 さらに、1946年のベルナール選手の優勝以降、フランス人プレーヤーが全仏オープンに優勝したのは、37年後の1983年ヤニック・ノア選手まで下らなければなりませんし、ノア選手以降「全仏オープンで優勝したフランス人プレーヤーは出現していない」のです。

 「スポーツの国際化・メジャー化というのはこういうこと」だということを示す例にも感じられる事実です。
 少し話は違いますが、「大相撲で日本出身力士がなかなか優勝できなくなったこと」は、「大相撲の国際化」を示している現象なのかもしれません。

 何しろ、全仏オープン・テニスでは、「1946年以降2014年まで69回の大会でフランス人プレーヤーが優勝したのは2回だけ」ですし、「フランス人プレーヤーが最後に優勝した1983年から31年間、フランス人の優勝者は出ていない」のですから。

 話が逸れてしまいました。ラコステ選手とコシュ選手に話を戻します。

 4大大会で唯一のクレーコートの大会である全仏オープンにおいて、ラコステ選手は3回、コシュ選手は4回の優勝を誇っていますから、この二人は「クレーコートのスペシャリスト」かと思いがちですが、そんなことは全くありませんでした。

 ルネ・ラコステ選手は、全英オープン(ウィンブルドン)の男子シングルスで2回優勝(1925年・28年)、全米オープンでも2回優勝(1926年・27年)していますから、4大大会シングルスで優勝7回を誇るスーパースターでした。

 一方のアンリ・コシュ選手も、ウィンブルドンで2回優勝(1927年・29年)、全米オープンでも1回(1928年)に優勝していますから、4大大会シングルスで優勝7回を誇るスーパースターだったのです。(コシュ選手の1922年の全仏優勝は国際化以前の記録ですので、ここでは含めません)

 ラコステ選手もコシュ選手も、クレーコートの全仏のみならず、芝のウィンブルドンでも優勝を重ねていますから、サーフェイスには拘らないオールラウンドなプレーヤーであったことは間違いありませんし、何より1925年~29年の5度のウィンブルドン大会において、二人で4度優勝に輝いているのですから、1925年~30年頃の世界テニス界は、ラコステ選手とコシュ選手を中心に回っていたということなのでしょう。

 この頃の全仏オープン大会は、日本人プレーヤーとの関係も深いものでした。

 1931年大会では、佐藤次郎選手が初めて準決勝に進出していますし、1933年にも佐藤次郎選手は準々決勝であのフレッド・ペリー選手(イングランド、2年後の1935年にテニス史上初めてグランドスラム=4大大会全て優勝、を達成した伝説的名選手)を破って、再びベスト4に進出しているのです。

 この「日本人選手による4大大会男子シングルス・ベスト4進出」という記録が塗り替えられるのは、2014年の錦織圭選手による全米オープン決勝進出まで待たなければなりませんでした。
 「戦前の日本テニスの世界トップクラスの強さ」を示す事実でしょう。

 また、日本人プレーヤーとして唯一の4大大会男子ダブルス優勝(全米オープン)に輝く加茂公成(かも こうせい)選手の名前「公成」が、「コシュ」選手の名前から取られたことも広く知られています。

 さて、「ラコステ」と聞いてポロシャツを思い出す方も多いことでしょう。

 ルネ・ラコステ選手は、25歳の時に全仏オープン3回目の優勝を達成した後、結核の為突然現役を引退してしまったのですが、その4年後に「ポロシャツのデザイン」を始めました。
 機能性をも重視した「ラコステのポロシャツ」は見事にヒットし、テニスのみならずゴルフやセーリングのウェアとしても、世界的なブランドとなっています。

 ルネ・ラコステとアンリ・コシュ、フランステニス界の全盛期を支え、世界のテニス界をリードした素晴らしいスーパースターであり、最強のライバル同士です。
 テニスの4大大会・グランドスラムは、全豪オープン・全仏オープン・全英オープン・全米オープンのことです。

 そして、ローランギャロスは全仏オープンの、ウィンブルドンは全英オープンの、会場名です。

 19世紀後半から順次開始された4大大会の中で、長い間「開催会場が変わっていない」のは全仏と全英なのです。全豪と全米は、第二次世界大戦後会場が移転されました。そしてサーフェイスも変わりました。

 私が4大大会を認識し始めた頃は、全豪・全仏・全英・全豪の各大会はその開催地名から、クーヨン・ローランギャロス・ウィンブルドン・フォレストヒルズとも呼ばれていました。

 そして、全豪は1988年にクーヨンからメルボルンパークへ、全米は1978年にフォレストヒルズからフラッシングメドウに移ったのです。
 サーフェイスも、全豪は芝からハードコートに、全米はフォレストヒルズ時代に芝からクレー(緑土・アメリカンクレー)に、移転に伴ってハードコートに変わりました。

 全仏と全英は、4大大会の中でも「長い間同じ会場・同じサーフェイスで開催されている大会」なのです。
 もちろん、ローランギャロスもウィンブルドンも、観客席や屋根設備など様々な改造が行われてきてはいますが、歴史に残る試合・プレーは概ね同じコートで繰り広げられてきたことになります。

 先日クレーコートで行われたバルセロナオープンに優勝した錦織圭選手に、5月24日から始まる全仏オープンでの大活躍・優勝が期待されています。

 あのビョルン・ボルグ選手(優勝6回)、イワン・レンドル選手(優勝3回)、グスタボ・クエルテン選手(優勝3回)が活躍し、ラファエル・ナダル選手(優勝9回)が記録を伸ばし続けている大会で、そしてコーチのマイケル・チャン選手も1989年に優勝している「ローランギャロス大会」で、錦織圭選手の素晴らしいプレーが観られることでしょう。
 プロテニスの世界最高峰のツアー、ATPワールドツアーの一連の大会の中でも格が高い「マスターズ1000」大会のひとつである、ムチュア・マドリードオープンの男子シングルス準決勝で、錦織圭選手がダビド・フェレール選手を2-0のストレートで破り、準決勝に進出しました。

 マドリードオープンは、前々週のバルセロナオープンと同様の「クレーコート」の大会ですが、このフェレール選手との試合で錦織選手は素晴らしいプレーを魅せました。

 何より素晴らしかったのは「試合を通じて錦織選手が楽しそうにプレーしていたこと」でしょう。概ね、思った通りのプレーが出来ていたのだと思います。
 その思った通りのプレーが、「世界ランキング8位」というトッププレーヤーのひとりであるフェレール選手相手に実行できたということが、錦織選手の強さを如実に示していると感じます。

 バルセロナオープン2015の2年連続優勝も含めて、錦織選手は「クレーコートにおける錦織のプレー」を身に付けた印象です。そのプレーが世界トップクラスなのですから、頼もしい限りと言えるでしょう。
 
 さて、準決勝の相手は世界ランク3位のアンディ・マリー選手です。
 強烈なサーブが武器のプレーヤーですが、クレーコートなら互角以上の勝負が展開できることでしょう。

 「錦織圭選手・決勝進出」の報を待っています。
 テニスのメキシコオープン大会で錦織圭選手が決勝進出を決めました。

 準決勝では今大会初めてセットを落としましたが、キッチリと勝ち切るところに強さを感じます。
 ツアー大会で2大会連続の決勝進出は、錦織選手の実力の証明と言えます。

 ところで、今大会が始まる前から、「決勝まで進出すれば世界ランキングが5位から4位に上がる」という報道が続きました。
 この準決勝が終わった後のインタビューでも、そうした質問が有ったのでしょう。
 錦織選手は「本当に申し訳ないんですけど、(ランキングは)そんなにどうも思ってなくて・・・」とコメントしたと伝えられました。(2月28日のYMIURI ONLIOE)

 当然のことでしょう。ランキングが何位であろうと、肝心なことは大会での成績なのですから。
 5位であろうと4位であろうと、よしんば1位であろうと、世界的な大会で勝つ難しさには何の違いも無いのです。

 ランキングは「各大会の成績の累積結果」なのでしょう。ランキングアップを目指して大会に臨む選手は、トップクラスには居ないと思います。

 錦織選手は、このところ調子がいまひとつのナダル選手らを抜いてランキングを上げることには全く興味が無く、ナダル選手らの強豪に勝って大会で優勝することを目標としているのでしょう。

 
 どんな競技においても、トッププレーヤーとはそういうものだと思います。
 錦織圭選手が全豪オープン2015でベスト8に進出しました。

 ベスト8のゲームでは、スイスのワウリンカ選手に敗れましたけれども、1回戦から4回戦までのゲームも含めて、見事な活躍であったと思います。(ご本人は不満なのかもしれませんが)

 1回戦のアルマグロ選手(スペイン)、2回戦のドディグ選手(クロアチア)、3回戦のジョンソン選手(アメリカ)、4回戦のフェレール選手(スペイン)とのゲームは、危なげ無い内容でした。
 2回戦と3回戦では第1セットを落としましたが、第2セット以降は問題点に対応し、テニスの内容を変更して臨み、キッチリと勝ち切っていました。

 そもそも、日本人プレーヤーがテニスの4大大会でベスト8に進出すること自体が、少し前までは考えられないことでした。
 例えば日本人選手が、ゴルフのマスターズ大会や全米オープン大会でベスト8に入ることや、陸上競技の短距離・中距離のレースでオリンピックや世界選手権の「決勝レース」に進出することは、現在でも至難の業です。
 そうした成績を、何か「当たり前のような雰囲気」で実現してしまうところが、錦織圭選手の凄いところです。

 全米オープン2014での決勝進出という快挙のせいもあってか、全豪オープン2015に際して日本のマスコミは「4大タイトル初制覇なるか」といった論調で臨みましたが、錦織選手による4大大会ベスト8進出は、「今大会が3度目」なのです。

 過去にベスト8に進出したのは、全豪オープン1回と全米オープン1回の2回だけでした。その僅か2回目において、決勝進出まで果たした(全米オープン)ことは素晴らしいことなのですが、「錦織選手が4大大会のベスト4以上に常時進出できるプレーヤー」にまではなっていないことも、認識しておくべきでしょう。

 今大会の結果を踏まえて、まずは「4大大会で常時ベスト8に進出できる力」を具備していただきたいものだと思います。(大変我儘な要望で恐縮です)

 当然ながら、これだけレベルアップした世界のテニス界ですから、4大大会ベスト8進出は、極めて高いハードルです。
 今大会でも、現在の「世界三強」の内の2人、ナダル選手・フェデラー選手が、4回戦までに姿を消しました。
 世界ランク50位~100位位の選手でも、その日の彼我の調子によっては「トップ10以内の選手」を破る力があるのでしょう。

 こうした状況下、錦織圭選手は着実に実力を上げています。その実力向上度合いが、よく分かる全豪オープン2015であったと思います。
 錦織圭選手の活躍に注目が集まる全豪オープン2015ですが、男子シングルス2回戦のラファエル・ナダル選手とティム・スマイチェク選手の試合における「スマイチェク選手のスポーツマンシップ溢れる行動」が話題になっています。

 この試合は最終セットまで縺れ込む激戦となり、最終セットでナダル選手がゲームカウント6-5とリードして迎えたサービスゲーム、30-0とナダル選手がリードしての状況で、ナダル選手がトスアップした瞬間に観客が大声を上げたのです。ナダル選手はサービス・フォルトを犯しました。

 ここでスマイチェク選手が主審にプレーのやり直しを申し出たのです。

 ナダル選手のセカンドサービスとなれば、スマイチェク選手に反撃のチャンスが広がる局面でした。
 結局このゲームはナダル選手がキープして、4時間を越える激戦を制しました。

 スマイチェク選手のこの行動は「スポーツマンシップから見て当然の行動」とは言えないでしょう。

① マナー不知の観客の大声について、スマイチェク選手には何の責任も無いこと
② プロは稼いでナンボ、トーナメントで勝利することが肝心という考え方

 等を考慮すれば、なにも「ここでプレーのやり直しを申し出る必要は無い」という考え方も、普通に存在すると思います。たとえ申し出なかったとしても、何も文句を付けられることではないですし、スマイチェク選手のスポーツマンシップについて疑義の声など上がる筈がないのですから。

 この事象は「スポーツマンシップとは別の次元の問題」のように思います。

 これは、スマイチェク選手自身の矜持の問題というか、「テニスの試合の有り様」についての考え方の問題なのでしょう。

 観客の大声で相手選手が不利になるというのは、自らがやりたいと考えている試合とは違う、という感覚なのではないかと思います。

 無論、プロテニスプレーヤーとして、世界4大大会のひとつである全豪オープンで、現在の世界三強の一角ナダル選手を破ることは、大きなことでしょう。スマイチェク選手にとっても大飛躍のきっかけとなる試合であったかもしれません。

 しかし、スマイチェク選手は、プロテニスプレーヤーである前に、テニスプレーヤーであり、テニスが大好きな人なのでしょう。

 テニスを愛するひとりの人間として、サービスのトスが上がった瞬間に大声が発せられる試合というのは、許せないものなのだろうと感じます。スマイチェク選手にとっての「テニスの試合のあるべき姿」とは全く異なるものなのでしょう。
 これはおそらく、彼にとって到底許されないことなのです。

 「トップレベルの選手なら相手の弱点を突いて勝利するべき」という考え方があります。怪我や故障もプレーヤー自身の責任なのだから、相手プレーヤーがその弱点を突くことなく、あるいは弱点を避けてプレーするというのは、逆に失礼にあたるという考え方もあるでしょう。

 一方で、1984年ロサンゼルス・オリンピック柔道男子・無差別級決勝において、山下泰裕選手が対戦相手のラシュワン選手の故障個所を攻めることなく試合を進めた、といった事例も存在します。

 私は、どちらの考え方・試合の仕方も「あり」だと思います。一概に、どちらでなければならないといった性質のものではないでしょう。

 但し、今回のスマイチェク選手の行動には、何か清々しいものを感じます。スマイチェク選手の「テニス競技を愛する気持ち」が伝わってくるからです。
 当該スポーツを深く愛し敬意を持って接することが出来るプレーヤーは、強くなるのではないでしょうか。

 ティム・スマイチェク選手は、アメリカ合衆国ウィスコンシン州ミルウォーキー出身の27歳。身長175cm・体重73kg、右利き、バックハンドは両手打ち、のプレーヤーと報じられています。これまで世界ランクは100位前後を行き来してきました。

 今後のスマイチェク選手のプレー振りに注目したいと思います。
プロフィール

カエサルjr

Author:カエサルjr
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