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 6月3日、本年9月15日に実施される、マラソングランドチャンピオンシップMGCの出場選手が発表されました。

 日本陸上競技連盟強化委員会のマラソン強化戦略プロジェクトリーダー(ちょっと長い名称ですが)の瀬古利彦氏らから、同会見において発表されたのです。
 出場するのは、男子31名、女子12名の選手達です。

 東京オリンピック2020の日本のマラソン代表選手を一度のレースの結果によって決めようという、これまでの日本陸上界にはなかった試みですが、いよいよ迫ってきたと感じます。

 こうした取組については、基本的に大賛成です。

① 公平・オープンであること
② 一発勝負に対するコンディション調整能力や所謂「気持ちの強さ」も測り得る方式であること
③ その選手の持つ「運の強さ」が分かること

 が賛成の理由です。

 近時においては、特に①が重要でしょう。
 従来のように「会議で代表を決める方式」では、どうしてもブラックボックス要素が残ってしまい。選手の間や選手関係者の間、ファンの間にしこりが残ってしまいます。

 「本当は○○選手の方が強い」「依怙贔屓があったのではないか」「あの選手は選考委員長の出身校の選手だから」「私の方が記録は良いのに」・・・といった様々な意見や憶測が交錯してしまうのです。
 会議室という密閉された空間で、限られた人数の参加者により秘密裏(会議議事録詳細は公開されていません)に選択を行えば、どのような方法を取ったとしても、必ずこうした疑問が生まれてしまうのです。これは避けられません。

 そして、「選出されなかった選手が出場していた場合との成績比較は、いつの大会でも不可能」なのですから、密室で選考した人達の責任も最終的には問われない、結局は「まあ、仕方がない」といって忘れ去られる一方で、選出されなかった選手達やその関係者の不信感や、大袈裟に言えば「遺恨」は、長く残ってしまうのです。(「オリンピアンか否か」は、当該選手のその後の人生にも大きな影響を及ぼすものでしょう)

 それと比較すれば、今回のように「衆目監視のレースの結果」により、ほぼ自動的に代表選手が決まるというのは、とても「オープン&フェア」です。
 21世紀において、スポーツのみならず全ての分野において求められている「オープン&フェア」が相当に達成できているのでしょう。

 加えて、MGCへの参加資格を取ることができるレース、機会も相当数確保されていました。これも大事なことだと思います。

 当然ながら、東京オリンピック2020出場を目指す選手達にとって、最も大事なことは、MGC本番(9月15日のレース)において、自らの実力を100%発揮することなのですが、目標のレースに向けての調整方法は、ランナー毎に異なるのは自然な話でしょう。

 MGC出場を目指すレースと、MGC本番までの調整に必要な期間も、ランナーによって異なるのでしょうから、数多くのチャンスが存在することは良いことです。

 さて、MGCの実施が公表された際には、「やはり、残り1名は会議室で決めるのか」と少し残念な感じがしたものですが、今回の発表の際に、「残り1名の選出方法・設定記録」が公表されて、なるほどと感じました。

 代表選手残り1名を決める際の設定記録は、男子が2時間5分49秒、女子が2時間22分22秒という、現在の日本マラソン界にとっては「とても高い水準の記録」となったのです。
 これは、2017年8月~2019年4月(=MGC参加資格を得ることができた1年半余の期間)の日本人最高タイムより、男女ともに「1秒早い」記録となっています。

 この発表を聞いた時、「なるほど、オリンピックが近付いた時期に飛び出してくる『新星』のための枠」であると思いました。
 男子であれば、この設定記録を上回るということは、自動的に日本最高記録樹立となりますので、これは「大新星」の誕生でしょう。

 その時期、今回であれば、東京オリンピック2020開催時期ですが、その時期の「最強の日本人ランナー」を出場させようという観点からは、ひとつの考え方であろうと思います。
 この設定記録を上回る選手が登場しない場合には、MGCの3位の選手が代表となる、という建て付けも悪くないと感じます。
 MGCの重みは、厳然と存在しているのです。

 こうした方式と、「一発レースで全3名の代表を決める」方式のどちらが良いかは、今後の検討を待つこととなるのでしょう。
 私個人としては、やはり「一発レースで全代表を決める方式」の方が、より良いと考えていますが・・・。

 話を戻します。

 MGC開催の時期も良いと思います。
 9月15日といえば、日本列島はまだまだ暑い時期ですし、とんでもなく暑い残暑の時期である可能性も有ります。
 酷暑(高温多湿)下のレースが予想される東京オリンピック2020の、マラソン代表選考レースとしては、とてもマッチした時期に行われることになるのでしょう。
 午前9時台の時刻のスタートというのも「暑さ」を十分に考慮しています。

 オリンピック本番は、MGCより早い、午前6時前後・早朝のスタートですが、実施時期としては盛夏ですので、9月のMGCの暑さを「本番に近いもの」にしようという意図が感じられます。

 気温が低い時期にどんなに強い選手であっても、本番はとても暑い時期に行われるのです。
 高温多湿の時期に強い選手を選定する必要があるのは、当然のことだと思います。

 9月15日午前9時台、東京・神宮外苑の銀杏並木をスタートし、ゴールも神宮外苑、右手に神宮球場、左手に軟式野球場がある辺りであると発表されました。
 
 神宮外苑は、本記者会見の発表者のひとりであり、かつて日本男子マラソン界を牽引した瀬古利彦選手の練習場として広く知られていました。瀬古選手は、神宮外苑を走り続けていたのです。(当時は、瀬古選手を観たければ神宮外苑に行け、と言われていました)
 そのエリアが、MGCのスタート・ゴール地点となった訳です。

 9月15日が、本当に楽しみです。
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 3月3日午前9時10分・スタート時の気温は5℃以下だったと思います。
 そぼ降る雨の中のレースとなりました。

 気温が低く、体が冷えたまま暖かくなり難い、厳しい気象条件の中での戦いとなったのです。

 レースはスタートからハイペースでした。
 「2時間3分前後」のハイペース。
 厳しい環境下では、ランナーにとって過酷なペースとなったのです。

 トップグループは、ディクソン・チュンバ選手(ケニア)、ビルハヌ・レゲセ選手(エチオピア)、ビダン・カロキ選手(ケニア)、サイモン・カリウキ選手(ケニア)、エルハサン・エルアバシ選手(バーレーン)、セイフ・トゥラ選手(エチオピア)、ノバート・キゲン選手(ケニア)らの外国勢と、佐藤悠基選手、大迫傑選手、中村匠吾選手の日本人選手によって構成されました。

 トップグループは10kmを29分09秒で通過、15kmは43分56秒でした。

 「この低気温下、本当に速い」と感じました。
 まさに「消耗戦」の様相でした。

 18.5km付近で、チュンバ選手やレゲセ選手がペースを上げました。
 トップグループが2分されそうになりましたが、日本選手等も懸命に付いて行きます。

 20kmは58分45秒で通過しました。相変わらずのハイペース。
 
 21kmを過ぎた辺りで、大迫選手と中村選手が遅れ始めました。
 22kmを過ぎた辺りで、佐藤選手が遅れ始めました。

 「消耗戦」の中で、日本選手達が力尽きたという形でしょう。
 こうなると、ここまで無理をした分、3名のランナーは一気にペースが落ちてしまうのが一般的です。

 レゲセ選手、カロキ選手、チュンバ選手がトップグループを形成しました。
 ペースメーカーにピッタリと付いて、レースを続けます。

 25kmは1時間13分29秒で通過。

 28km付近でチュンバ選手が遅れ始めました。
 6年連続の東京マラソン出場であり、前回の優勝者でもありましたから、優勝候補の本命と目されていたのですが、そのチュンバ選手も付いていけなくなったのです。

 レースは、レゲセ選手とカロキ選手の戦いとなりました。

 30kmは1時間28分16秒で通過しました。

 ペースメーカーが離脱して、レゲセ選手が前、カロキ選手が後ろという配置でした。
 そしてレゲセ選手がベースアップしてカロキ選手を引き離しにかかりました。

 カロキ選手のペースは、2分55秒前後/kmと全く落ちていなかったのですから、レゲセ選手は2分50秒/km前後にペースを上げた形です。
 この極めて厳しい「消耗戦」を戦いながら、再度ベースアップが出来るのですから、レゲセ選手には、計り知れない底力があることは間違いありません。

 必死に付いて行ったカロキ選手もついに引き離され、レゲエ選手の独走となりました。
 独走になっても、レゲセ選手のペースは余り落ちませんでした。
 「本当に強い」と感じました。

 29km付近で大迫選手が棄権し、中村選手も大きくペースダウンしていました。
 そして、最初にトップグループに付いて行った日本3選手の中で粘っていた佐藤選手も33km付近で一気に脚が動かなくなりました。急減速でした。

 この3選手の減速は、止むを得ないものだと感じます。
 これだけ厳しい環境下で、日本記録を大きく上回るペースで飛ばしたのですから、体へのダメージはとても大きなものだったと思われるからです。

 大迫選手の棄権に付いて言えば、「もっと早く棄権すべきであった」と考えます。
 25km辺りで棄権していれば、ダメージは相当小さかったのではないでしょうか。
 日本マラソン陣を代表するランナーを、こうしたレースで失うリスクは回避しなくではならないのです。

 少し話が逸れて恐縮ですが、「スタートした以上は完走すべき」というのは、伸び盛りの中学生・高校生位のランナーであれば多少は有効な考え方かもしれませんが、世界トップクラスで戦うアスリートにとっては危険な考え方です。
 不調やコンディションが良くない中で、心身に大きな負担がかかり続ける状況下であれば「一刻も早く棄権する勇気」が大事です。

 マラソン競技であれば、足腰を始めとする筋肉他へのダメージや心肺機能への影響が残ることは、世界の舞台で戦って行く上での大きなマイナスになってしまいます。
 これだけハイペースのレースが常態となった時代、妙な根性論の様な考え方は有害無益でしょう。

 ゴルフ競技風に言えば、「今日は大迫選手の日では無かった」ということです。
 大迫選手には、一刻も早く回復していただきたいものです。

 さて、30km過ぎでレゲセ選手がカロキ選手を引き離したところで、優勝の帰趨は決しました。

・1位 ビルハヌ・レゲセ選手 2時間4分48秒
・2位 ビダン・カロキ選手 2時間6分48秒
・3位 ディクソン・チュンバ選手 2時間8分44秒
・4位 サイモン・カリウキ選手 2時間9分41秒
・5位 堀尾謙介選手 2時間10分21秒
・6位 今井正人選手 2時間10分30秒
・7位 藤川拓也選手 2時間10分35秒
・8位 神野大地選手 2時間11分5秒

 当初トップグループに居た選手の中で、上位に残ったのは1位~4位の4名のランナーだけでした。日本3選手だけでは無く、トゥラ選手、キゲン選手、エルアバシ選手も大きく減速してしまったのです。
 このレースの前半の厳しさがよく分かる結果です。

 近時、世界のトップクラスとの差を少し縮めたかに見えた日本男子マラソン陣でしたが、まだまだ「世界との差は大きい」ことを痛感させられるレースとなりました。(関係者の皆さんは、百も承知のことかもしれませんが)

 「トップグループに居なければメダルは狙えない」のが現代の世界トップクラスのマラソンレースですから、大迫選手、中村選手、佐藤選手のトライは、その資格を得る為には当然のチャレンジでした。
 しかし、残念ながらレゲセ選手の実力は遥かに上だったのです。

 東京オリンピック2020に向けて、日本男子マラソン陣の「茨の道」は続きます。
 1月2日の往路は、東洋大学チームが優勝、東海大学チームが2位でした。

 天候にも恵まれ、稀に見る高速レースとなった箱根駅伝2019・往路でした。
 優勝した東洋大チームの走破タイム・5時間26分31秒、2位の東海大チームの5時間27分45秒は、共に新記録でした。

 1位と2位の差は1分14秒でしたが、これは見た目より遥かに小さな差でした。
 東洋大チームと東海大チームのレース内容から観ると、考えにくいような小差だったと感じます。

 東洋大の各区間順位は、1区が区間1位、2区が区間4位、3区も区間4位、4区が区間新記録の区間1位、5区が区間8位でした。
 一方の東海大は、1区が区間6位、2区が区間8位、3区が区間7位、4区が区間2位、5区が区間2位でした。

 往路5区間の内、東洋大チームが4区間で東海大を上回り、区間賞も東洋大が2個、東海大は0個でした。
 見た目には東洋大チームが圧倒していたのです。

 ところが、結果は僅かに「1分14秒差」でした。

 5区で東海が東洋を1分34秒追い上げたこともあるのですけれど、それにしても区間賞無しの東海大チームは、「順位よりタイム差」という、駅伝で最も大切な原理を忠実に守って走ったということなのでしょう。

 これまで何度も書いていて恐縮なのですが、「駅伝で順位が大切なのは最終区だけ」なのです。
 東海大チームの各ランナーは、区間順位は悪くとも、その区間で自分より速いランナーに懸命に食い付いて行ったことが良く分かります。
 当たり前のことですが、ラストスパートで競っているランナーより1m前に出るより、例えば箱根駅伝なら5kmから20kmの間で、持てる力を振り絞ってタイムを縮めることの方がずっと大切です。
 ラストスパートで5~10m位置いて行かれることなど、そのことに比べたら小さなことなのです。

 東海大チームは、見た目には「地味なレース」を往路で繰り広げましたが、僅か1分14秒差で2位に付けたのです。

 それが、初の総合優勝の礎となったことは、言うまでも有りません。
 往路4区・20.9km(平塚→小田原)を、相澤晃選手は1時間00分54秒で駆け抜けました。
 素晴らしい区間新記録の走りでした。

 走りのバランスが良く、腕振り、脚の運び、全身のパワー、全てがとても良いランニングに観えました。

 次代の日本長距離界を支える逸材が登場したのではないでしょうか。

 身長178cm・体重63kg、福島県・須賀川市出身の21歳。

 まだ大学3年生の相澤選手ですから、2020年も箱根駅伝に登場することとなりますので、東京オリンピック2020には間に合わないかもしれませんが、2021年以降の日本長距離界あるいはマラソン界における活躍が、本当に楽しみです。
 第95回東京箱根間往復大学駅伝競走は、総合優勝が10時間52分09秒の記録で東海大学チーム、往路優勝は5時間26分31秒で東洋大学チーム、復路優勝が5時間23分49秒で青山学院大学チームとなりました。

 天候にも恵まれたのでしょうか、3つの優勝は、全て新記録という、記録的な「高速レース」となったのです。

 2日間に渡って実施され、「3つの優勝」が用意されている箱根駅伝にとって、最も「らしい」レースである「別々の3チームが優勝を分け合う」結果ともなりました。(本ブログ、2018年12月26日付の記事「[箱根駅伝の記録] 最も箱根駅伝らしいレースは?」をご参照ください)

① 往路は東洋大チームの快勝

 往路は、1区と4区で区間賞を獲得した東洋大チームが、狙い通りのレース展開で快勝しました。特に、4区相沢晃選手の区間新記録の走りは圧巻でした。
 2位には東海大チームが入りました。その差は1分14秒。不思議な程に小さな差でした。(別の記事で、もう少し深堀してみようと考えています)

② 復路は青学大チームと東海大チームの大接戦

 復路は、6区、7区、9区で青学大チームが区間賞、8区で東海大チームが区間賞と、2チームで4つの区間賞を分け合いました。区間賞数では3対1と青学大が優勢でしたが、一方で、青学大チームが区間1位を記録した6区・7区・9区で、東海大チームが全て2位に入り、また一方、10区で青学が2位、東海が3位という、ハイレベルな「大接戦」を演じた結果、僅か「35秒差」で青学大チームが復路優勝と成ったのです。

 5区間の内3区間で区間賞という青学大チームでも、圧勝できなかった接戦というのも、今大会を象徴するような戦いであったと感じます。

③ 往路も復路も堅実な成績を残した東海大チームが総合優勝に輝く

 東海大チームは、区間賞こそ8区ひとつだけでしたが、5区の区間新記録での2位に観られるように、各区間で1位のチームとのタイム差をなるべく少なく維持するという、まさに「駅伝レースの王道を行く」戦い振りで総合優勝を果たしました。
 なかなか出来ないタイプのレースを、見事に示現したのです。

④ 目まぐるしく順位が変動

 2区を終えてトップだった国士舘大学チームが4区では16位に下がり、最終的には18位となったことや、1区で僅差の2位だった中央大学チームが5区では12位になり、7区では15位となったことに代表されるように、今大会は「上位4チーム以外のチームの順位変動が大きく目まぐるしい」ものでした。

 全体として各チームが高速の走りを見せたことも相俟って、「順位程にはタイム差がついておらず」一気の順位変動が頻発したのであろうと思います。
 「1区間で10ランク位までなら上げて行くことが可能」ということになれば、今後のレース戦略検討にも、大きな影響を与えることになるのでしょう。

⑤ 総合6位・法政大学チーム、総合7位・国学院大学チームの健闘

 法大チームと国学院大チームの健闘は見事でした。
 共に、5区山登りの区間新記録の走りがベースとなったのです。距離が短くなったとはいえ、やはり「タイム差が付き易い5区」は、上位進出を狙うチーム、シード権確保を目指すチームにとっては「大切な区間」ということになるのでしょう。

⑥ 中央大学チーム、早稲田大学チーム、日本体育大学チームがシード権を取れず。

 総合優勝回数14回と最多を誇る中大チーム、13回と2位の早大チーム、10回と5位の日体大チームの「伝統校3チーム」が、11位・12位・13位に終わり、シード権を獲得することが出来ませんでした。

 3チームに共通していたのは、「区間3位以内に入れるランナーがもうひとり不足していた」ことでしょうか。

 これだけの高速レースになると、やはり絶対的なスピードを具備して、タイムを稼ぐことができる「大砲的存在」が必要なのかもしれません。

 さて、東海大学チームは、初出場から46年目にして初優勝を飾りました。
 東海大チームが、これまで箱根で優勝していなかったのは、その活躍ぶりから見て「意外」な感じもしますが、ついに優勝チームに名を連ねましたから、今後も優勝候補チームの常連として箱根駅伝を彩ってくれる存在となるのでしょう。

 箱根駅伝2019は、東海大チーム、青山学院大チーム、東洋大チームの、どのチームが総合優勝しても何の不思議もないレースに観えました。
 そうした状況下、レースを通して「絶妙のバランス」を示した東海大チームに栄冠が輝いたのです。

 今後は、強くて速いランナーの育成に努めることは勿論として、従来以上に、戦前のレース戦略の立案・選手の配置等々の検討に腐心しなければならないことを、示してくれた2019年のレースなのかもしれません。
 監督・コーチ陣の役割は、増すばかりなのでしょう。
 2018年までに94回の歴史を積み上げている箱根駅伝には、様々な記録が残されています。

 これらの記録の中で、総合優勝回数と関連の深い項目を探してみると、区間賞獲得回数が見つかりました。この2つには、大きな関連性があると思います。

[総合優勝回数ベスト10]
1位 中央大学 14回
2位 早稲田大学 13回
3位 日本大学 12回
4位 順天堂大学 11回
5位 日本体育大学 10回
6位 明治大学 7回
7位 駒澤大学 6回
8位タイ 大東文化大学、東洋大学、青山学院大学 4回

[区間賞獲得回数ベスト10]
1位 中央大学 136回
2位 早稲田大学 120回
3位 日本大学 115回
4位 日本体育大学 77回
5位 順天堂大学 76回
6位 明治大学 52回
7位タイ 大東文化大学、東洋大学 40回
9位 駒澤大学 39回
10位 山梨学院大学 33回

 この2項目の関連性は非常に高いと思います。

 個人の記録である「区間賞」とチームの記録である「総合優勝」の関連が深いのは意外、という考え方と、区間賞を数多く獲得すればチームが優勝するのは当然のこと、という考え方があるのでしょうし、どちらの考え方にも一理あると思います。

① 区間賞無しで総合優勝することの方が難しいのではないか。

 全10区間で、各ランナーが区間2位・3位といった成績を残せば優勝は可能であろうと思いますが、「各ランナーが平均的に上位で走る」ことの方が、余程難しいのかもしれません。
 箱根駅伝は各区間の距離が長いので、その時のコンディション等の要因によって、どうしても「不調なランナー」が出てきてしまうので、そのマイナス分をカバーするために、区間賞の走りが必要になる、と考えるのが妥当なのでしょう。

 例えば、2018年の青学大チームを見てみましょう。
 第2区と6区、7区、8区の4つの区間で区間1位=区間賞の走りを見せましたが、一方で、1区と5区では5位、4区と9区では9位と本来の力を出し切れなかった区間も存在しました。
 それでも15位以下まで区間順位を落とすランナーが居なかったところが、優勝への大事なポイントなのでしょうが、いずれにしても「不調なランナーをカバーするため」に区間賞のランナーが必要である点は不変でしょう。
 特に、現在のような高速レースの中では、優勝に向けては「3名前後の区間賞獲得ランナー」が必須になっているように感じられます。

② 各チームの持ち味

 区間賞獲得回数と総合優勝回数には、大きな相関関係が有ることは分かりましたが、それでもやはり、各チームの持ち味が滲む記録となっています。

 例えば、区間賞獲得回数10位の山梨学院大チームは、総合優勝回数では3回と11位になっています。山学大チームは、優勝回数より区間賞回数の方が多いのです。「花の2区」における快足留学生ランナーの姿が、直ぐに思い浮かびます。

 また、優勝回数7位の駒大チームは、区間賞回数では9位となっています。駒大チームは「安定した走り」を持ち味としているのでしょう。区間賞でカバーしなければならない「不調ランナーの数・崩れ方の程度」ともに少ないのであろうと考えられるのです。
 「安定した走り」が、箱根駅伝における駒大チームの伝統なのです。

 「区間賞」は個人賞です。
 しかし、箱根駅伝では「区間賞無しでの優勝」は至難の技なのでしょう。
 2019年に第95回を迎える箱根駅伝ですが、「らしいレース」を振り返ってみようと思います。

 往路優勝、復路優勝、総合優勝と3つの優勝が存在する所が、他の駅伝とは異なる箱根駅伝の特徴でしょう。
 その3つの優勝チームが全て異なる大会を、本稿では最も「らしいレース」と位置づけます。

 1945年太平洋戦争終戦以降では、4つのレースが該当します。

① 1974年の第50回大会
 往路優勝:東京農業大学 復路優勝:大東文化大学 総合優勝:日本大学

② 1982年の第58回大会
 往路優勝:日本体育大学 復路優勝:早稲田大学 総合優勝:順天堂大学

③ 1995年の第71回大会
 往路優勝:早稲田大学 復路優勝:中央大学 総合優勝:山梨学院大学

④ 2006年の第82回大会
 往路優勝:順天堂大学 復路優勝:法政大学 総合優勝/亜細亜大学

 この4レースは、いずれも大混戦で、手に汗握る展開だったのです。

 例えば、21世紀唯一の「3チーム優勝大会」である2006年大会は、憶えておられる方もいらっしゃると思いますが、中継所の移動により、往路4区の距離が短くなり(18.5km)、5区の距離が伸びた(23.4km)、最初の大会でした。
 そして、その5区で順天堂大学チームの「山の神」今井正人選手が快走を魅せて、一気に5人抜きを演じ往路優勝を果たしたのです。往路2位には、30秒差で優勝候補の筆頭・駒澤大学チームが入りましたから、復路優勝と総合優勝は、この2チームの争いになるであろうと思われました。

 翌日の復路では、駒大チームがいつトップに躍り出るかと見られていましたが、順大チームが良く粘りトップを譲りません。とはいえ、上位各チームに5分以上の「大差」が付かなかったところが大混戦の遠因となりました。
 8区で順大チームがよもやの失速、ランナーが脱水症状となり、3分以上あった2位以下との差を一気に吐き出してしまいました。ここからは、目まぐるしい順位争いが繰り広げられました。
 9区の横浜駅付近では、駒大、亜細亜大、順大、山梨学院大、中大、日大の各チームが2分以内に犇めくという、史上稀に見る優勝争いとなりました。
 ここから亜細亜大チームが抜け出し、初の総合優勝を掴んだのです。
 「大番狂わせ」というのが、率直な印象でした。

 「3チームが優勝を分け合うレース」というのは、選手にとっては「とんでもない展開」なのでしょうが、観る側にしてみれば、これ以上ない面白いレースでしょう。

 まさに、「箱根駅伝の醍醐味」だと思います。

 青山学院大チームの1強という見方もある第95回大会ですが、何が起こるか分からないのも箱根駅伝です。

 久しぶりの「3チーム優勝」も無いとは言い切れないでしょう。
 2019年1月2日・3日に行われる、第95回東京箱根間往復大学駅伝競走の注目チーム検討です。

 1987年から開始されたテレビ放送のお蔭もあって、すっかり「お正月の風物詩」となりました。
 テレビ放送の前は、ラジオで全レースが放送されていました。初詣に行く際に自動車のラジオで毎年聴いていたことを思い出しますが、それはそれで良い思い出になっています。

 もちろん、ラジオ放送時代の箱根駅伝は現在ほどメジャーな存在ではありませんでした。そういう意味では、箱根駅伝がメジャーなものとなり、現在のように「予選会」の様子・結果までが世間の注目の的になって来たのは、1990年代以降ですし、まだ30年も経っていないことになります。

 さて、活躍が期待されるチームの検討です。

 まず考慮しなければならないのは、「シード校チームの方が有利」だということです。

① 予選会が無いこと

 当たり前のことですが、シードチームには予選会の負担が有りません。
 その年の正月のレースで11位以下のチームや、出場できなかったチームは「予選会」に臨むことになります。
 「予選会」は本戦の2か月以上前に開催(今年は2018年10月13日)される「一発勝負」ですから、失敗は許されません。実力十分なチーム、好タイムを記録する力の有る10名以上のランナーが居るチームでも、相当な緊張を強いられるレースとなるのです。

 従って、予選会を戦うチームはコンディション作りの面で、「予選会に一度ピーク」を持っていく必要があります。これは、とても大きな負担です。
 10月に一度目のピーク、1月2・3日に二度目のピークというのは、易しいことでは無いでしょう。
 当然ながら、一度目のピーク示現に失敗し、チームの中で数人が持てる力を発揮できなかったというだけで、予選会突破は遠のくのです。

 この「予選会の大負担」無しで戦えるシード10チームが有利なことは言うまでもありません。
 シードチームの選手は、1月2・3日にピークを持っていくことだけを考えれば良い分けですし、故障のある選手も、そこに向かって治療を進めながら調整できることになります。

② シード権獲得のレースで走ったランナーがチームに残っていること

 箱根駅伝でシード権を獲得するというのは、大変なことです。(当たり前のことを書き、恐縮です)
 お正月の風物詩となり、日本中から大注目されているレースですから、「箱根で走る」ことを目指して、全国の高校の一流ランナーが関東の大学に進学するのですから、箱根駅伝のレベルが、大学長距離競走界の日本トップレベルであることは言うまでも無いでしょう。
 常連チームの一員になったとしても、チーム内に熾烈な代表争いが存在し、代表争いに勝ったとしても、コンディション作りが難しいのです。多くのランナーは、レース当日に監督やコーチから明示されるまで、走ることが出来るかどうかが分からないのです。
 「箱根駅伝で走る姿」だけでも、「故郷に錦を飾る」価値が十二分に有ります。

 いわんやシード校チームの一員ともなれば、全国大学長距離競走界のエリートといって良いでしょう。
 
 一方で、何時の時代も4年生だけで10名のランナーを揃えるのは至難の技というか、見たことがありませんから、シードチームには、前回大会でシード権を獲得したレースを走ったランナーが残っていることになります。

 箱根駅伝の歴史上には、「4年連続区間賞」といったランナーさえ存在(8名)するのですから、1年生・2年生の段階でシードチームの一員として走っているランナーが「強い」ことは、当たり前でしょう。
 こうした実績のあるランナーを並べることが出来るのがシードチームなのです。

 以上の理由から、原則として予選会から出場するチームより、シードチームの方が有利で強いと思います。
 増してや、前回大会の上位チームは「相当の強さを維持している」と観るのが妥当でしょう。

 さて、注目10チームです。(大学名の後の「チーム」という表記は省略します)

① 青山学院大学
② 東洋大学
③ 東海大学
④ 駒澤大学
⑤ 中央学院大学
⑥ 帝京大学
⑦ 順天堂大学
⑧ 早稲田大学
⑨ 日本体育大学
⑩ 城西大学

 青学大チームが強いことは、箱根駅伝2018、出雲駅伝2018、全日本大学駅伝2018を観れば明白でしょう。
 この1年間、青山学院大チームはメジャーな大会で負けていないのです。
 当然ながら「1強」の箱根駅伝2019になります。

 原監督のコメントも強気ですから、余程の事が無い限り、このチームが優勝すると考えるのが自然です。

 結果として、史上3チーム目の「5連覇」が達成されることになります。

 2番手候補は、東洋大チームと東海大チームです。
 共に、良いランナーが揃っています。東洋大チームを2番目、東海大チーム3番目にした理由は、「東洋大チームの方が箱根で好成績を残している」からです。
 2009年・第85回大会で初優勝してからの10年間で4度の優勝というのは、直近の10年間で観れば青学大チームと同回数です。  青学大チームが4連覇中の2015年以降でも、東洋大チームは、3位・2位・2位・2位と上位というか「3位以内の常連」なのです。
 青学大チームの影に隠れてはいますが、「東洋大チームの強さも別格」だと思います。

 2009年以降の東洋大チームには「箱根駅伝を上手く走るノウハウが有る」と考えるのが自然です。(相当ハイレベルなノウハウだと感じます)

 4~7番手候補は実力伯仲の4チームとなりました。4チームが上位3チームに続く力を保持していることは間違いないと思いますが、4チームの順位付けは難しいものでした。

 4番手の駒大チームは予選会1位です。
 そして、駒大チームにも6度優勝の箱根のノウハウが有ると考えました。監督・コーチ陣のドタバタはありましたが、逆に選手たちがまとまって来たのではないかと見ます。

 5番手の中央学院大チームは、「箱根に対する独特の安定感」を評価しました。
 紫と黄色のユニフォームは、すっかり「箱根の絵」となりました。
 10名が持てる力を発揮できる可能性の高さでは、出場チーム中屈指でしょう。

 6番手の帝京大チームは、「近時、本当に強くなった」と感じます。おそらく、相当良い指導が行われているのでしょう。そろそろ優勝争いにも加わるかもしれません。

 7番手の順大チームは予選会2位。
 過去11度の箱根制覇を誇る「名門チーム」です。このところ、なかなか好成績を残せていませんが、今年は安定感のあるランナーが揃った印象です。

 8~10番手は、シード校ながら今年調子が上がっていない3チームです。

 8番手の早稲田大チームは、全日本大学駅伝2018で不振でした。「誰かが大きくタイムを落とした」のではなく、「全体に遅かった」感じです。早大チームの伝統とは相反するレース内容であったことが、心配を募らせているのです。
 とはいえ、若手有力ランナーのコンディションが整えば、5番手くらいまで順位を上げる可能性があるでしょう。

 9番手の日体大チームも、せっかく2018年のレースで4位と好成績を残しながら、今シーズンは力強さが不足しています。伝統の「粘りとパワー」でシード権を確保したいところです。

 10番手の城西大チームは、帝京大チームと共に「箱根の新興勢力」として登場してから、相当の年を経ました。そして、次第に地力を付けてきているのです。今回もシード権確保に向けた走りを期待します。

 以上、活躍が期待される10チームを観てきました。
 もちろん、他にも有力チームが目白押しですから、眼が離せないレースが繰り広げられることでしょう。

 箱根駅伝には「完走を阻む数多くのリスク」が存在します。

 まずは、出場全23チームの全ランナーが無事に走り切ってほしいと願うのは、20世紀も21世紀も、昭和時代も平成時代も、変わらぬ思いなのです。
 12月13日、青山学院大学キャンパスにて、箱根駅伝2019に臨む同大学チームの壮行会と記者会見が行われたと報じられました。

 席上、原晋監督は「青学メソッドの完成形であり、今季のチームは史上最強」とコメントしました。まさに「V宣言」です。
 箱根駅伝2018=第95回東京箱根間往復大学駅伝競走において、青学大チームが優勝すれば、第91回大会からの「5連覇」が達成されることになります。

 5連覇以上の連覇を達成しているのは、第94回大会までに2チームあります。
 第35回大会(1959年)から第40回大会(1964年)までの中央大学チームの6連覇と第45回大会(1969年)から第49回大会(1973年までの日本体育大学チームの5連覇です。
 それに続く4連覇は、日本大学チーム、順天堂大学チーム、駒澤大学チーム、そして現在の青山学院大学チームの4チームが成し遂げています。

 こうして観ると、勢いが有る時に「4連覇はできても、5連覇となると至難」という感じがします。
 1980年代に全盛期を迎えた順大チーム、20世紀末から彗星のように登場した駒大チームの勢いをもってしても、4連覇までだったのです。
 2015年以降、無敵の強さを魅せている青学大チームが「4連覇の壁」を敗れるかどうか、とても興味深いところです。

 ところで、箱根駅伝の通算優勝回数1位は中央大チームの14回、2位は早稲田大学チームの13回、3位は日本大チームの12回となっています。
 この内、中央大チームと日本大チームには「連覇記録」がありますが、早稲田大チームには長い連覇記録はありません。早稲田大チームは、1922年の第3回大会に初優勝してから、長い箱根駅伝の歴史の中で、営々と優勝回数を積み上げてきたことになります。

 そういえば、箱根駅伝には「総合優勝」に加えて「往路優勝」と「復路優勝」があります。
 もちろん、いずれも表彰対象です。

 往路優勝回数の歴代1位は中央大チームの15回ですが、復路優勝の1位は早稲田大チームの16回となっています。
 箱根の復路といえば「復路の順大」というフレーズが有名ですが、順大チームは9回の優勝です。長い歴史を通じては「復路の早大」と呼ぶべきなのかもしれません。

 21世紀の箱根駅伝は、「往路の優勝チームがそのまま総合優勝する」ケースが多く、特に第5区山登り区間の成績が往路ひいては総合優勝に決定的な影響を与える形が大半でした。
 第5区の距離が全10区間の中で最長であったこともあるのでしょうが。

 とはいえ、本来なら「往路」と「復路」の成績のバランスの中で、総合順位が決まってくるのが「往復駅伝競走」の醍醐味でしょうから、第5区の距離が以前のものに戻ったことを考え合わせると、「復路の巧拙」により総合優勝が決まるレースも観てみたいものだと思います。

 12月2日に行われた福岡国際マラソンで、服部勇馬選手(25歳、トヨタ)が2時間7分27秒のタイムで優勝を飾りました。
 服部(勇)選手はマラソン初優勝、「歴史と伝統」の福岡国際マラソンでは、2004年の尾方剛選手以来14年振りの日本人ランナーの優勝でした。

 スタートから先頭グループでレースを続けた服部(勇)選手は、32km付近で日本のエース・設楽悠太選手が後退した後は、エチオピアのツェガエ選手、エリトリアのメセル選手と首位争いを続けました。
 35kmから40kmの5kmを14分40秒前後で走り、36km付近の給水エリアで前に出てリードし、ラストの2.195kmを6分35秒という好タイムで押し切ったのです。
 ラスト7kmの見事な強さでした。

 思えば、主要な国際大会で日本人男子ランナーが「優勝」出来なくなって、相当の年月が経つと感じます。

 日本最高記録を叩き出すレースでも、なかなか優勝は出来なかったのです。
 今回の服部選手の成績において最も素晴らしいのは、「優勝したこと」なのでしょう。

 確かに、今回の福岡国際は、ケニアやエチオピアの現在のトップクラスが出場していなかったということはありますが、超一流ランナーが居ないレースであっても、主要な国際大会で優勝するというのは、とても価値があることは言うまでもありません。
 「優勝」は、いつの時代も至難の技なのです。

 福岡国際大会においては、1978年~80年の瀬古利彦選手の3連覇(1983年も含めて計4度の優勝)や、1984年・87年の中山竹通選手の2度の優勝など、かつての日本マラソン陣は、「好記録を出せば優勝する」という時代が有りました。

 それがいつのまにか「日本人トップ」で2時間10分を切れば・・・といった「基準」が広く使われるようになったのです。「優勝は出来なくとも、日本人トップ」での好タイムを評価する時代となっていました。
 「タイムより、まずは月桂樹の冠を付けてほしい」と考える、日本のマラソンファンとしては、とても残念な気がしていたものです。

 とはいえ、「現実は厳しいもの」ですから、たとえ「優勝できなくとも」好記録を出してくれる度に、東京オリンピック2020への期待を少しずつ膨らませていたのです。

 そして、ついに、服部選手が「優勝」を手にしました。

 過去3度のマラソンでは、35kmを過ぎると失速していた服部選手が、今回は「35kmから加速」したのです。どれ程のトレーニングを積んできたのでしょうか。そして、そのトレーニングが「効果的」であったことが証明されました。

 服部勇馬選手は、新潟県十日町出身の25歳。東洋大学時代には、設楽悠太選手と共に箱根駅伝で大活躍しました。
 身長176cm・体重61㎏と、日本人マラソンランナーとして高身長ですから、ストライドの大きな走りが特徴となります。

 大迫傑選手(27歳)、設楽悠太選手(26歳)に続いて、服部勇馬選手が登場しました。
 相当に選手層が厚くなってきています。

 日本男子マラソン界の「復活」に向けての戦いに、少し光が射して来ているのかもしれません。

 9月16日に行われた第45回ベルリンマラソン男子の部で、ケニアのキプチョゲ選手(33歳)が、2時間1分39秒という驚異的な世界新記録をマークして優勝しました。

 これまでの世界記録、同じケニアのデニス・キメット選手が4年前に記録した2時間2分57秒を、一気に1分18秒も更新したのです。

 キプチョゲ選手は、2016年のリオデジャネイロ・オリンピックの金メダリストであり、今回のレースを含めて「マラソン11戦10勝」という強さを示しています。

 適当な気温の下で、比較的平らなコースを走るマラソンとなれば、今キプチョゲ選手に勝るランナーは居ないのでしょう。

 その5km毎のラップも驚異的。
・0~5km 14分28秒
・5~10km 14分33秒
・10~15km 14分37秒
・15~20km 14分18秒
・20~25km 14分28秒
・25~30km 14分21秒
・30~35km 14分16秒
・35~40km 14分31秒
・40~42.195km 6分07秒

5kmのラップが一度も15分を超えていません。
 最も遅いタイムが14分37秒で、最も早い14分16秒とは21秒の差が有りますから、「14分台の中でもペースのアップダウンが有った」ことになります。

 さらに驚くべきは、レース前キプチョゲ選手はペースメーカーに対して「世界新記録ペースで引っ張る」ように依頼し、ペースメーカーも超速で必死に引っ張ったものの30kmまでは持たず、25.7kmからはキプチョゲ選手の独走になったということ、そのペースメーカーの中にはフルマラソンの持ちタイムが2時間4分台のランナーが居たということでしょう。

 これは驚異的な走りです。

 関係者の皆さんは十分にご承知のように、端的に言って、現在の日本選手では誰も20kmまで付いて行くことさえ出来ないハイペースでしょう。そして、東京オリンピック2020までの2年弱の期間で追い付くことは到底不可能なスピード絶対値とスピード維持力に観えます。

 残念ながら、男子日本マラソンチームとしては、「高温多湿の気候の下での競走」において、こうしたランナーに勝つ術を研究し発見して、実践して行くしか、メダル争いをする方法は無さそうです。
 往路は東洋大チーム、復路は青山学院大チーム、そして総合では青学大が新記録で制した2018年の大会でしたが、総合3位に入った早稲田大チームと4位の日本体育大チームの健闘も光りました。

 箱根駅伝における早稲田大チームといえば「要所にスター選手=大砲を配し、その他の区間は『繋ぎ』」といった戦略で駅伝を展開するイメージでしたが、2017年・2018年と、スター選手不在の中で、とても丁寧なレースを遂行していた印象です。

 最終10区の谷口選手が、その典型でしょう。
 10km付近では、日本体育大チームの中川選手に迫られ、そのすぐ後方には法政大チームの矢嶋選手も追いかけていました。

 一般入試で早大に入り、練習によって箱根駅伝出場を勝ち取った谷口選手でしたが、さすがにここは苦しい、4位から5位、6位へと順位を下げるであろうと感じた方が多かったと思います。
 私もそう思いました。今年の早稲田チームは、全日本でも7位でしたし、各ランナーの力量を他チームと比較すれば、総合7~9番手位かと考えていましたので、ここで6位に下がったとしても十分な成績だと思ったのです。

 ところが、日本橋付近の映像が入ってきた瞬間、谷口選手は先行する東海大チームを抜き去り、3位に順位を上げていたのです。しっかりとした足取りでゴールを目指して疾走しています。
 驚かされました。

 谷口選手は、淡々と、しかしスピードを落とすことなく走り続けていたのです。素晴らしいランでした。
 箱根駅伝史上屈指の歴史と伝統を誇る「ワセダの駅伝」を魅せていただいた気がしました。

 日体大チームも「底力」を示しました。

 接戦となった往路、日体大チームは3区で15位まで順位を落とし、このままシード権外に留まるのかと観えましたが、4区で12位、そして5区では7位と、着実に順位を上げました。

 ところが復路の6区で再び11位に下がり、「シード権外」に下がってしまったのです。
 エレベータのように順位が上下しました。混戦駅伝を象徴するような様子だったのです。

 ここで7区の住田選手が快走を魅せました。区間2位の走りでチームを7位まで引き上げたのです。
 8・9・10区のランナーも、この位置を堅持しながら順位を上げて行きました。

 早稲田大チームと同様に、スター選手不在でしたが、結局4位という素晴らしい成績を残したのです。
 やはり、その歴史と伝統「粘り強い日体の走り」が示されたレースだと感じます。

 いわゆる「箱根の常連校」チームが、なかなかシード権を継続して確保することが難しくなっている現代ですが、この両チームは見事に「常連校の力」を魅せてくれたことになります。

 どんなスポーツ競技においても共通なことなのでしょうが、伝統を有するチームであれば良いのではなく、また新興チームであれば良いというものでも無い。最新の情報やノウハウを活用しながら、チームメンバーの力量・特性を精緻に把握し、日々の練習を通じて着実に実力向上を図っているチーム、加えて、大会に向けて慎重かつ大胆にコンディション作りに挑むチームが、大きな成果に恵まれるものだと思います。(当たり前ことを書き、恐縮です)

 そうした中でも、伝統チームには長い経験に裏打ちされ蓄積されてきた独自のノウハウがあり、新興チームには従来の常識を超える変化を受け入れる柔軟性と勢いが有るのです。

 箱根駅伝2018における、早稲田大チームと日本体育大チームの走りには、「伝統校チームの良さ」が存分に発揮されていたのでしょう。
 箱根駅伝2018では、予選会から出場した城西大、拓殖大、帝京大の3チームが10位以内に入り、2019年大会のシード権を獲得しました。
 いずれのチームも大健闘であったと感じますし、粘り強いレース振りが印象的でした。

 一方で、順天堂大、駒沢大、中央大といった、いわゆる「伝統校」チームがシード権を獲得することが出来ませんでした。

 これらのチームは、優勝実績十分な、いわゆる「箱根の常連」チームです。
 「箱根の景色」ともなっている、これらのチームを持ってしても、現在の「箱根のシード権」を確保するというのは、容易なことでは無いのです。
 「箱根」のレベルがとても高くなっていることの、ひとつの証左なのかもしれません。

 「名前で勝てる時代は終わった」というのは、野球の甲子園大会の名物監督のコメントです。
 同じことが、箱根駅伝でも言えるのでしょう。

 予選会を勝ち抜くことの難しさは言うまでもありませんが、本戦で10位以内に入ることの難しさは、それを遥かに上回るのでしょう。

 精緻な分析と対応策の立案・実行、登らなければならない「山」は、本当に高いのです。
 1月2日・3日にかけて行われた箱根駅伝2018は、青山学院大学チームが6区山下りで先頭に立ち、そのまま一度も首位を譲ることなく走り切りました。

① 6区、7区、8区の快走

 青学大の6区小野田選手、7区林選手、8区下田選手は、いずれも区間賞の走り、7区の林選手は区間新記録の快走を魅せました。
 この3名のランナーが、第94回大会の骨格を決めたのです。
 本当に見事な走りでした。
 第9区、第10区は、原監督が言うところの「ピクニックラン」を示現していました。

 「大混戦」が予想された大会でしたが、各チームが「往路」に有力選手を集めたのに対して、青学大チームは「復路」にもエース級を配しました。加えて、期待の初出場ランナーが、期待通り、あるいは以上のパフォーマンスを示したのです。
 「20kmを走れるランナーの層が厚かった」ことが勝因でした。

② 青学大・東洋大の「2強」のレース

 戦前は、神奈川大、青学大、東海大の「3強」による戦いが予想されましたが、走ってみれば青学大と東洋大の「2強」の戦いとなりました。

 「往路」は東洋大チームが1区から5区まで首位を譲ることなく完勝し、「復路」は青学大チームが完勝したのですから、この2チームの力、コンディショニングの成功が、他の18チームを大きく上回っていたということになります。

 青学大チームは4連覇を達成しました。「史上6校目」の快挙です。
 「箱根」への注目が高まる一方の時代ですから、史上最強の4連覇と言っても良いのかもしれません。
 箱根駅伝における新興チームである青学大にとっては、歴史を造る大会が続いていて、その中で偉大な足跡を残しているということでしょう。
 世代交代の過程で、今年のレースは青学大チームにとって「勝つための困難度の高い大会」であったと考えられますが、出雲や全日本での勝利を犠牲にしても、「20kmを走り切る練習」に注力し、「復路」に重点を置いた選手配置も功を奏しました。戦略的な成功とも言えるのでしょう。
 ここも勝ちましたので、来年以降も連覇を伸ばして行く可能性が有るのです。

 一方の東洋大チームは「10年連続の3位以内」と言う、これも快挙を成し遂げました。
 こちらも「史上6校目」です。
 「往路」は、1年生が3名も走って制しました。1・2年生7名のチームで2位を勝ち取ったのです。当然のことながら、2019年のレースがとても楽しみです。

 こうして見れば、箱根駅伝2019も青山学院大学と東洋大学を中心に展開される可能性が高そうです。

③ 天候に恵まれた大会

 昨年に続いて2018年のレースも、天候に恵まれました。
 もちろん、「復路」の強い向かい風や、やや高かった気温という、いくつかの点はありましたけれども、概ね望みうる最高の環境だったのでしょう。
 一時期、例年のように出ていた「棄権」チームが、このところ減っているのは、天候の影響も大きいと思います。

 それが好記録に結び付いたことは明らかです。
 優勝した青学大の総合タイム10時間57分39秒、2位東洋大の11時間2分31秒、ともに好記録でした。

 記録は環境に大きな影響を受けますので、2018年のレベルが高かったとは一概には言えないのでしょうが、やはり全体のレベルが上がっていると観るのが公平なのでしょう。

 現在の箱根駅伝は、チーム内の代表争いも含めて、出場すること自体が大変なことであり、シード権を獲得した10チームは、偉業を成し遂げたと言っても良いのかもしれません。

 箱根駅伝2018は、出場した全ランナーが走り切りました。

 良い大会でした。
 2018年の年頭を飾るビッグイベント、第94回東京箱根間往復大学駅伝競走が迫ってきました。

 お正月3が日に欠かすことが出来ない風物詩となっている大会です。

 KaZブログ恒例の順位予想です。
 参考としたのは、箱根駅伝2017と全日本大学駅伝2017の2つのレースです。

① 神奈川大学
② 東海大学
③ 青山学院大学
④ 東洋大学 
⑤ 駒澤大学
⑥ 中央学院大学
⑦ 山梨学院大学
⑧ 早稲田大学
⑨ 日本体育大学
⑩ 帝京大学

[3強の争いか]
 2017年まで3連覇を達成した青学大チームですが、2018年のレースに向けては過去3年程の強さ・安定感を見せることは出来ていません。

 一方で、若手中心のメンバーで爆発力のある東海大チーム、エース鈴木健吾選手に牽引されて全体のレベルアップを果たした神奈川大チームの力が伸びているという印象です。

 この3チームの優勝争いと観ますが、ポイントは「ブレーキとなる区間」をどれだけ少なくできるかというところ。
 例えば、全国大学駅伝2017では1区で、青学大、東海大が出遅れました。
 今年の青学大チームには「ブレーキ区間」が生まれる傾向があります。

[4位・5位候補]
 3強に続くのは、東洋大チームと駒沢大チームでしょう。
 共に、近年の箱根において安定した成績を残してきているチームです。「箱根に強い」という特性を活かして、3強の一角を崩してくれるかもしれません。

[6位から10位の候補]
 まずは「2つの学院大学」、中央学院と山梨学院です。

 速いと言うよりは「粘り強い走り」で、箱根路の常連となっている中央学院大チームですが、2018年のレースでも存在感は十分。天候や、他のチームに棄権が相次ぐような展開になれば、このチームが上位を伺う場面がありそうです。

 一方で、「花の2区の大砲」で名を馳せる山梨学院大チームには、今回もニャイロ選手が居ます。全日本の最終区では、神大の鈴木選手を抑えて区間賞にも輝きました。
 花の2区で勢いに乗り、往路での活躍が期待できるでしょう。

 続いては早稲田大チーム。このところの傾向として、スターランナーは今年も居ませんが、比較的安定した走りを展開できるメンバーが揃いました。
 シード権確保に向けて、コンディショニングがとても重要だと思います。

 残る2チーム、9番手・10番手争いは、まさに混戦でしょう。
 考えた末に、日体大チームと帝京大チームを挙げました。
 
 箱根駅伝2017で総合7位に食い込んだ日体大チームは、全日本2018にも出場せずに@22kmの箱根に対して「準備万端」であろうと思います。
 帝京大チームは「予選トップ」の力を本戦でも発揮していただけるものと思います。

 他にも、法政大学チームや順天堂大学チーム、国学院大学チーム、そして伝統の中央大学チームと、有力チームが目白押しですので、2018年大会は全体としても「大混戦」となることでしょう。

 各チームの力量は、近年に無いほど接近しています。

 「何が起こるかわからないレース」になりそうです。

 12月3日に 開催された、第71回福岡国際マラソン大会は、ノルウェーのソンドレノールスタッド・モーエン選手が2時間5分48秒の好タイムで優勝、2位にはスティーブン・キプロティク選手が2時間7分10秒で続き、3位には大迫傑選手が2時間7分19秒で入りました。

 モーエン選手の2時間5分48秒は、2009年にエチオピアのツェガエ・ケベデ選手がマークした大会記録に30秒と迫るタイムでした。「71回」という、我が国のマラソン界、世界のマラソン界においても屈指の歴史と伝統を誇る大会ですから、そのタイムにも重みがあります。
 スタート前の気温が少し高かったとはいえ、湿度は走りやすい水準で、風もあまりない、まずまずのコンディションの中で、世界トップクラスのランナーが持てる力を発揮したことになります。

 こうしたレースにおいて、大迫傑選手が2時間7分19秒という、「優勝ランナーから2分以内」のタイムで走破したことは、大迫選手の地力の高さを示すものであろうと思います。

① トップグループに位置しての勝負

 スタート直後から、大迫選手は先頭集団に居ました。そして、世界の有力ランナーと32.5kmまで同集団に付いて行ったのです。
 「勝ち負け」の勝負を挑んだところが素晴らしい。

 第2集団に位置し、落ちてくるランナーを拾い続けての3位も、それはそれで価値のあるものでしょうが、どうしても「他人任せ」のところ、落ちてくるランナーの多寡により成績が左右されてしまうところが難しいところでしょう。
 例えば、オリンピックでメダルを狙おうとすれば、やはり第1集団で他の選手の動きを見ながらレース展開を考え続ける方が、確実と言うか「自力勝負」ができます。

 もちろん、世界トップクラスを相手に先頭集団に位置するというのは、細かなペースのアップダウンへの対応や、一気のスパートへの対応といった諸点で、高い実力が無ければ難しいことは間違いありませんが、その難しさは「大きな大会で好成績を残すことの難しさそのもの」ですから、避けて通ることはできない性質のものでしょう。

 マラソン2回目の大迫選手は、まさに「優勝に向けて自力勝負」に出たのです。

② 35kmからの二の脚

 32.5kmからの駆け引きで、大迫選手はモーエン選手、ビダン・カロキ選手から置かれて3番手。一方で、4番手だったキプロティク選手が後方から追い上げてきましたから、上位の争いは複雑なものになっていったのです。

 「35kmからが本当のマラソン」とはよく言われることですが、各ランナーの実力が試される距離になっていったのです。
 ここで、近年の日本人ランナーはなかなか持ちこたえることが出来ませんでした。
 つまり「実力が足らなかった」のです。

 大迫選手は、35kmからの駆け引き・競り合いに良く対応することが出来ました。

 37.4km地点でキプロティク選手に追いつかれましたが、ここで離されることなく付いて行きました。凄いことです。

 39km手前で、キプロティクと大迫の3番手ペアが、2番手のカロキ選手に追いつき、抜き去りました。この時、大迫選手はキプロティク選手と共に前に出たのです。これも凄いことだと思います。
 さすがに、39.3km付近でのキプロティク選手のスパートには付いていくことが出来ませんでしたけれども、世界トップクラスのランナーを相手にしての丁々発止は、見ごたえ十分でした。
 日本男子マラソンランナーによる、これ程の競り合いを眼にするのは久しぶりなのではないでしょうか。

 大迫選手も、39km以降は脚が動かなくなりました。この状態の中で、しかし、大迫選手は相応のストライドを確保できたのです。「バネ」も残っていました。
 本当に素晴らしいことで、日々のトレーニングの賜物であり、大迫選手の実力の向上を如実に示したレースであったと感じます。

 世界のトップ10を狙えるランナーが、日本男子マラソン界に登場したのは、何時以来のことであったか、直ぐには思い当たりませんが、こうしたランナーが登場すると、次々に続くランナーが出現することも、これまでよく見られた構図です。

 福岡国際マラソン2017が、東京オリンピック2020に向けての「日本男子マラソン陣の反攻」がスタートしたレースであったとすれば、これ程嬉しいこともありません。
 11月7日のnikkansports.comに「箱根駅伝100回記念大会から全国化検討、その背景」という記事が掲載されました。

 第100回記念大会=2024年1月の箱根駅伝、において、前年秋の予選会で相応の成績を残せば、関東地区以外の大学チームが、本戦に出場できるようにしようという「案」が、主催者である関東学生陸上競技連盟で検討されている、というのです。
 こうした形での出場ですから、本戦もオープン参加では無く、正式な参加となります。

 また、記念大会のみならず、毎年の大会でも同様のレギュレーションとする案も出されているとのこと。箱根駅伝が大いなる変貌を遂げる可能性があるというのです。

 こうした意見=箱根駅伝の全国への開放、が検討の場に出されていることは、ビッグニュースでしょう。

 1987年の「全区間ライブ・テレビ放送」開始に伴って、箱根駅伝は、大学長距離ランナーの憧れの的・大目標となりました。
 全国の高校の長距離ランナーが、こぞって関東地方の箱根駅伝名門校・常連校を目指すこととなったのです。

 21世紀になって、箱根駅伝が「お正月の風物詩」として定着し、お正月に実施される全てのスポーツイベントの中でも、最も注目されるものとなってからは、大学長距離ランナーの関東集中に益々拍車がかかり、現在に至っているのです。

 全国津々浦々で、「今回の箱根に地元高校の○○君が□□大学の△走者として走る」というニュースが、飛び交っているのですから、凄いものです。

 考えてみれば、関東学生陸上競技連盟が全国の大学を対象とする大会を主催することは十分に可能な訳ですから、こうした形が採用されても良いのでしょう。
 全国各地の学生連盟も、こうした動きに反対する理由は見当たりません。
 様々な事情で、関東地区の大学に進学することが出来なかった全国の優秀なランナー達に、箱根駅伝の門戸が開放されるのです。

 2023年秋の予選会には、関東の大学チームに全国各地の大学チームが加わって、「大予選会」が開催されることとなるのでしょう。

 とはいえ「20kmを1時間前後で走破するランナーを10人以上揃える」というのは、並大抵のことではありませんから、2023年の予選会で関東地方以外のチームが予選会を突破することは、相当難しいことなのではないか・・・。
 2024年の本戦において、関東地方以外のチームがシード権を獲得することはあるのだろうか・・・。

 等々、「先走った想像」は今から広がる一方ですが、まだ少し先のことですし、実現するかどうかも不透明ですから、今は2018年の箱根駅伝、近時では珍しいほどの「大混戦」が予想されるレースに、注目することにしようと思います。
 11月5日に開催された、第49回全日本大学駅伝対校選手権大会は、神奈川大学チームの20年振りの優勝で幕を閉じました。

 第1区で4位に付けた神奈川大チームは、その後も先頭のチームとのタイム差を維持し続けて走り、第7区から8区への襷渡しでは、先頭の東海大チームから17秒差の2位でした。

 第8区には、「大砲」の鈴木健吾選手が控えていましたから、第7区を終えた段階で、神大チーム優勝の可能性が極めて高いものとなったのです。
 神奈川大チームの優勝の原動力が、1区から7区までのランナーの懸命の走りに在ったことは、間違いありません。

 そして、エース鈴木健吾選手も期待に応えるランニングを披露してくれました。

① 上下動の少ない走り

 かつての瀬古俊彦選手を思い出させるような走りでした。

 瀬古選手は、鈴木選手よりがっちりとしているタイプでしたが、その「上下動の少なさ」は共通しています。

 長距離を走るという面からは、とても大切なことが、実現できているのです。

② 合理的な脚の運び

 踵は臀部手前で最高点を迎え、そこから真っ直ぐに地面に降りてきます。
 極めて合理的で無駄の無い動きなのです。
 シューズの動きが、とても綺麗です。

 全身のエネルギーを無駄なくランニングに結び付けることができるフォームだと思います。

③ 一定している脚の動きのスピード

 いかに「合理的なフォーム」でも、脚の動きに「緩み」や「力み」が有れば、本来のスピード、自身にとっての最高のタイム、を得ることは難しくなります。
 相当ハイレベルのランナー、日本トップクラスの選手でも、フォームの一部に「ふわっと」する瞬間が有るものです。この「ふわっと」がタイム向上の大きな障害となるのです。(走っている本人にとっては、気持ちが良い瞬間であろうことが厄介なところです)

 ところが、鈴木選手は高い水準での「一定速度の脚の駆動」を実現しています。

 これは本当に素晴らしいことで、容易なことでは身に付かないスキルです。
 この面から言えば、ゲブレセラシエ選手の走りに近いかもしれません。

 箱根駅伝2017の2区で好記録の区間賞を獲得した時、「良いランナーが居るものだ」と感じましたが、今大会のランニングはその時の走りとは比較にならない程進化していると思います。
 速いランナーから「凄いランナー」に成長したのです。
 大学1年時から観れば、まさに長足の進化です。鈴木健吾選手は、この3年間で一気に実力を向上させたのです。

 長距離ランナーの「合理的なランニング」という尺度からは、日本における「21世紀最高のランナー」に観えます。

 もちろん、今大会8区の13kmから18kmの走り、足首に少し緩みが出た走り、に観えた「疲労感」や、もともとの課題である「絶対スピードの不足」、を考慮すれば、筋力と持久力のさらなる向上が期待されるところなのですけれども、今後の成長次第では、世界で戦って行ける長距離ランナーになり得ると、強く感じるのです。

 素晴らしいランナーが登場しました。
 日本陸上競技連盟が新方式の導入を検討していると、3月29日に報じられました。

① 男女ともに2名は陸連が設定する「選考レース」(1発勝負)の上位2名とする。
② 残る1名は、2019年秋から2020年春までの国内指定大会で、陸連の指定する設定記録を突破したランナーの中で、最高タイムを出した選手とする。

 という方式のようです。

 従来の方式と比べて、極めてクリアで、恣意性が入り難い方式となっていますので、とても良いことだと思います。

 2020年大会に限らず、近時の夏のオリンピック大会においては、「暑さに強いこと」が好勝負を繰り広げる上では不可欠な条件ですので、陸連の指定レースも本番に近い環境、気温30℃前後の高温多湿下のレースとなるのでしょう。

 新方式の良いところは
① 「勝負強さ」が測れるところ

 オリンピックのレースは、当然ながら一発勝負ですので、1度の選考レースの上位2名を選定するというのは、とても良いことでしょう。

 「肝心なレース」に対するコンディション調整力、重圧を跳ね返す強い精神力、といった「勝つために不可欠な要素・才能」を図るには、「一発勝負選考」が極めて有効であることは、アメリカの陸上競技代表選考会や、日本の水泳の代表選考を見ても、明らかです。

 たまたま調子が悪かったなどという言い訳は、通用しないのです。
 厳しい方式ですが、平等・公平な条件下で競い合うのは、全体のレベルアップにも結び付くものと思います。

② 基本的な能力の高さも考慮されていること

 「最高タイム基準」は、マラソンに対する地力を評価するものでしょう。

 前述の「選考レース」における上位3名を代表にするという方式との比較となりますが、これは一長一短というところで、こうした「物差し」を加えるという、陸連のチャレンジを見てみたいとも思います。

③ ファン・国民への分かり易さ

 これまで、何かと物議を呼ぶことが多かった「マラソン代表選考の過程・結果」ですが(近時、成績が振るわなかったことも、物議の要因のひとつでしょう)、相当にクリアになりました。

 「オープン&フェア」というのが、全ての物事に対する時代の要請であり、マラソン選考にもその波が及んだということでしょうか。

 とはいえ、この方式も「細部のツメ」が残っています。

A. 選考レースの上位2名の中に、最高タイム保持者が入っていた時の、残り1名の選出方法
B. 陸連の設定記録を突破した選手が一人もいなかった時の、残り1名の選出方法
C. 「補欠選手」の選出方法

 などが、直ぐに思い浮かびますが、詳細に観れば他にも詰めなければならない点が、いくつもある筈です。

 日本陸上競技連盟におかれては、一層検討を深めていただきたいと思います。

 2020年オリンピック東京大会が近付いています。

 もし、2020年大会の気象条件に近い時期に選考レースをやるとすれば、2019年の7~8月ということになりますので、あと2年と少ししかありません。

 選手にとって、残されている時間が少ないということは、関係者にとっても少ない、当然ながら事前に行わなければならない代表選考という面では、「より少ない」のです。

 時間が無いのです。
 初マラソンの安藤選手(22歳)が、3月12日の名古屋ウィメンズマラソンで素晴らしい走りを魅せてくれました。

 走破タイム2時間21分36秒は、初マラソンの女子日本最高記録でした。

 バーレーンのキルワ選手に、35km付近からじりじりと離されていったとはいえ、安藤選手の走りは安定感十分なものでした。

 「手を下げてのピッチ走法」でスタート直後からトップグループを走り、他のランナーが次々と脱落していく中で、キルワ選手にぴたりとつけ、相当の距離を並走したレース振りは、とても初マラソンとは思えない、堂々たるものです。

 この安藤選手の走りは、1998年12月のアジア大会で、2時間21分47秒という、当時の世界歴代5位のタイムで優勝した、高橋尚子選手の走りに匹敵する衝撃を齎した感じがします。

 この時の高橋選手も、この大会(当時は名古屋国際女子マラソン)を2時間25分48秒(当時の日本最高記録)で優勝し、12月のアジア大会に出場して「世界デビュー」したのです。

 8月の世界選手権大会(ロンドン)における、安藤選手の大活躍に期待したいと思います。
 事前に報じられていたように、ペースメーカーは「世界最高タイムを目指すペース」で走り始めました。

 やや海抜が高いところに在る都庁前からの下りも相俟って、素晴らしいラップが刻まれて行きました。
 15kmは43分33秒で通過、世界最高タイムが出た時の44分10秒を大きく上回るペースです。

 この世界最高のペースを刻む先頭集団に、しかし、日本選手は居ませんでした。
 全くついて行けなかったという形です。

 日本選手の先頭は設楽悠太選手でした。
 一時は先頭集団に50m位まで迫りましたが、設楽選手の健闘もそこまででした。

 レースを終始支配したのは、ゼッケン1番、ケニアのウィリアム・キプサング選手でした。
 2時間3分13秒の自己ベストタイムを誇り、3分台4分台で42.195kmを走り切るレースが多いという、世界トップクラスのランナーですが、このレースでも余裕綽々というか、極めて冷静にレースを進めました。

 20kmを過ぎて、ややペースが落ちたペースメーカー達に「もっとベースアップするように」といった仕草も見せていました。「2時間3分00秒」のペースを体で知っていて、そのペースで走り切る実力が備わっているランナーならではの仕草でした。

 ペースメーカーは「必死に世界最高ペースを刻み続け」ました。30kmでも、まだ世界最高より11秒上回っていたのです。
 
 34.5km付近で、キプサング選手は並走していた、同じケニアのディクソン・チュンバ選手を引き離しにかかりました。そして突き放しました。チュンバ選手としては、食い下がりたかったのでしょうけれども、力が違いました。

 キプサング選手の独走が始まり、ゴールまでその走りが続きました。

 終盤に来て発汗こそ増えましたけれども、その美しいランニングフォームは不変でした。つまりそのストライドも余り小さくならなかったのであろうと思います。そこが素晴らしい。42kmを走っても、そのバネが衰えないというのは、見事という他はありません。

 東京駅前のゴールに走り込んだ時、仲間に迎えられて、キプサング選手は笑顔になりました。清々しい笑顔でした。

 「疲労困憊」とは程遠い、清々しい笑顔。ここにキプサング選手の地力が感じられました。
 肉体は疲れているが、気持ち・精神はまだ大丈夫、余力を残しているのです。
 強いマラソンランナーに必須である要素を魅せていただきました。

 日本選手では、初マラソンにも拘わらず、日本最高記録を大きく上回るペースで先行した設楽悠太選手が、35kmを過ぎて失速し、後方集団に居た井上大仁選手が37km付近でこれを追い抜きました。
 井上選手はこのまま日本選手トップを守り、2時間8分22秒でゴールしました。
 2時間7分という「世界選手権代表内定」への標準記録には、残念ながら遠く及ばないものでした。

 東京マラソン2017も「日本と世界の差を痛感」させられるレースとなりました。

 「全く勝負にならない」のです。厳しい言い方をすれば「競走になっていない」ということでしょう。

 2時間3分58秒と2時間8分22秒、4分以上のタイム差が有りますが、実際のレースの景色は4分差どころの話ではありません。
 次々とゴールする海外ランナーから、日本選手は全く見えないのですから。
 
 この4分間に、オリンピックや世界選手権であれば、何人の選手が入って来るのか、20人か30人か・・・。彼我の力の差は、年々拡大している印象です。

 「当たり前の話」だとお叱りを受けそうですが、キプサング選手は「日本のマラソンコースにおいても3分台が出る」ことを証明してくれました。
 海外のコースなら3分台が出るが、日本のコースでは出ないという「迷信」(そんな迷信は無かったのかもしれませんが)も打ち消してくれたのです。

 日本マラソン苦難の時代は、まだまだ続くのでしょう。
 2月5日に、岡山県笠岡市の小学校で開催されたマラソン大会(距離3km)で、係員が間違った誘導をしてしまい、参加した263人の内262人が失格となり、ダントツ?の最後尾を走っていた生徒だけが、正しいコースを走り切ったというニュースが、2月14日に報じられました。

 最後尾を走っていた生徒が「優勝」となったそうです。

 ほほえましい様な、ほほえましく無い様な事件ですけれども、このニュースでは「間違った誘導」をした係員については、何も触れられていませんでした。

 いつもは「常にビリ」の生徒が優勝したことについては、何か「教訓めいた話」になっているのかもしれませんが、優勝を目指していたであろうランニングが得意な生徒の皆さんにとっては、とんでもない話なのかもしれません。
 この係員の責任は、極めて重いと見るのが妥当でしょう。

 コースを間違えた262人の生徒は、おそらく大人の係員(先生かもしれません)の指示に従って走り、2kmと少ししか走らなかったので「失格」ということで、正規のコースを走り切った生徒が優勝ということになたのでしょうが、262人の生徒達は自分の責任でコースを間違えたわけではありませんし、大人の言うことを子供がきくというのも自然なことですから、「この大会は順位付け無し」といった取扱もあったのではないかと思います。
 
 本ブログでは、これまでもマラソンや駅伝の係員の責任の重さを書いてきました。
 キチンとした大会とするためには、係員の正しく合理的かつ効率的な振る舞いが不可欠なのです。当然のことながら、「重大な責任」を負っています。

 昨年末、12月25日に行われた全国高校駅伝の男子の部でも、係員の粗末な行動・運営が見られました。
 第1区から2区への襷渡しのエリアで、信じられないような光景が見られたのです。

 襷渡しのラインの50mくらい手前でしょうか、係員が1人、道路の真ん中に出て、走ってくる選手たちを向かって左側に、選手にとっては右側に誘導しているのです。旗を振って、左側に走るルートを変更するように指示しています。

 この道路は、当然ながら「競技に使われているコース」ですから、原則として「選手以外の人」が立ち入ることは許されません。当たり前のことです。
 もし、陸上競技場の400mトラックの真ん中に係員が立ちはだかるといったことが発生すれば、大問題となるでしょう。
 この駅伝の係員の行動も、概ね同じレベルだと思います。

 もし、疲労困憊して意識が遠くなり、係員が「コースの真ん中に立ちはだかっていること」に気が付かないランナーが、係員に激突していたら、本当の悲劇が生まれていた可能性も有ります。
 この係員の行動は、様々な点から「極めて危険」なものなのです。

 幸い、この大会ではそうした悲劇は起きませんでした。

 推定ですが、この「謎の行動」の目的は、襷渡しラインにおいて、スムースに襷渡しが実施されるように、100mか200メートル手前の順位に則り、第2区のランナーを襷渡しライン上に左側から並んでもらったのでしょう。
 そして、第1走者を左側に誘導しようとしたのです。

 一言で言えば「浅慮」。

 当然ながら、残り100mを切ってからのラストスパートにより、襷渡しラインの手前で順位は大きく変動します。疲れてフラフラになったランナーと、勢いよく追い上げているランナーが一緒に走ってくるのですから、この100mは「最も順位変動が激しいゾーン」なのです。

 襷渡しライン100m手前で20番手だったチームが、ラインにおいて10番手に上がっていること、あるいは、その逆のことは、頻繁に発生します。

 この「間違った誘導」により、この襷渡しエリアで発生していた事象は、「襷を渡す相手を見つけることが出来ず、並んでいる第2走者の中に分け入り、必死に自チームの第2走者を見つけようとするランナー達の姿でした。並んでいる第2走者の列に分け入って、襷を渡しているシーンもありました。
 大混乱になっていたのです。

 こんなことが次の襷渡しエリアでも行われるのだろうかと、心配しながらテレビを見ていましたが、以降は実施されませんでした。おそらく、最も襷渡しが錯綜するであろう、1区から2区のエリアでのみ実施された方策なのでしょう。

 では、どうしたらよいのでしょうか。

 襷渡しは、選手に任せればよいと思います。

 100m位の距離に近づいてくれば、第2走者は自チームの第1走者を確認することが出来ますし、第1走者も襷渡しエリアの第2走者を見つけることができます。自チームのユニフォームですから、容易なことでしょう。
 もちろん多くのチームが殺到し、錯綜しますから混乱は生じると思いますが、それは「駅伝競技の内の混乱」であり、競技者以外の人により人為的に巻き起こされる混乱とは異なるものでしょう。

 ところが、この時は「係員が邪魔で走ってくる選手が見えにくい」という、本末転倒な事態が起こっていたのです。

 マラソン・駅伝のこと、というか「スポーツを知らない人」を係員にしてしまうことは避けなければならないでしょう。

 競技・プレーは、「可能な限り」選手に任せ、黒子に徹して、プレーヤーがプレーしやすい環境を構築するのが、係員の役割でしょう。
 それ以上でも、それ以下でも、無いと思います。

 例えば駅伝競技なら、選手が間違ったコースに入り込まないように誘導することや、襷渡しエリアで地面に倒れ込んだランナーを素早くコース外に運び出すこと、襷渡しエリアに近づいたチームを、次の走者に教えること、といったことが係員の役割になります。
 係員は、コースとコース外の境目に位置し、決してコース側に入ってはなりません。選手の邪魔になることは、少しでも良いパフォーマンス実現を目指して、練習を重ねてきた選手のことを思えば、あってはならないことでしょう。
 時折、襷渡しエリアで、到着してくるチームを観るためでしょうか、コースにはみ出している係員を目にしますが、絶対にやってはならない行動です。秒速6m前後のスピードで走ってくる選手の邪魔になるからです。衝突でもしたら大変です。

 もちろん、自チームの順位を把握し、襷渡しの準備をするのは、最終的にはランナーの責任です。テレビや自チームのバックアップ要員からの情報をもとに、自分で準備しなければなりません。
 係員からの「到着チーム伝達」にも「漏れがある」可能性があることを認識して、リスク管理をするのは、選手にとって当然のことでしょう。
 たくさんのチームが集団で走ってくるときには、係員がひとつふたつのチーム名を漏らすことは、十分に考えられることなのですから。

 スポーツにおいて、特にアマチュアスポーツにおいては、「プロフェッショナルな係員」を多数揃えることは難しいことなのかもしれません。
 費用の問題もあるのでしょう。

 また、こうしたことに対しては、様々な意見があるとも思います。

 少なくとも、「係員が大会・ゲーム・プレーを管理する」といった、到底不可能な目的実現を目指すことなく、「係員は黒子」であり、プレーは原則として全てプレーヤーに任せる、という考え方・ルールを徹底していくしかないのかもしれません。
 1月15日に行われた、第35回全国都道府県対抗女子駅伝大会は、大接戦のレースとなりましたが、地元の京都チームが競り合いを制して優勝しました。
 3年振り16回目の優勝でした。

 本ブログでは、全国各都道府県の実力差が小さくなって来ていると書いてきましたが、その状況を象徴するような大会となりました。

① 雪中のレース

 今冬一番の寒波が襲来した日本列島でしたが、京都にも雪が降り積もり、大会関係者や地元京都の皆さんの懸命の努力により除雪作業が行われ、レースは予定通りに行われました。(素晴らしいことです)

 特に4区から6区、京都北部を走る区間での降雪は激しいものが有り、テレビ放送の画面でもなかなか後方のランナーが見え難い程でした。

 35回を数える大会ですが、これ程の雪の中で行われたのは初めてでしょう。

② 大接戦

 区間毎に、順位が目まぐるしく変わる展開となりました。

 象徴的だったのは8区・中学生区間。残り1km辺りで「5チームが横一線」に並びました。
 5チームが一団と言うならともかく、「横一線」というのは滅多に観られないシーンでした。

 8区から9区への襷渡しは、千葉チーム→京都チーム→長野チームの順。僅差でした。
 優勝争いは完全なアンカー勝負となりました。

 最長区間10kmの9区の3kmを過ぎて、京都の筒井選手が先頭に立ち、直ぐ後ろに千葉の松崎選手が付いて3位以下のチームを話しましたので、優勝争いは京都と千葉の争いに絞られたように観えました。

 そして4.5km付近で筒井選手が松崎選手を振り切り差を広げ始めました。
 ラストスパートに自信を持つ松崎選手は、トラックまで付いて行ければ勝てるという作戦だったのでしょうが、お腹を押さえていましたので、体調が悪くなったのでしょう。

 さしもの大接戦も決着したかに見えましたが、「大接戦の35回大会」はまだまだ続いたのです。
 後方から追い上げを続けて居た岡山チームのアンカー・小原選手が、7.3km付近で千葉の松崎選手を捉え・追い抜き、京都チームへの追撃を開始しました。

 先頭の筒井選手との差は見る見る詰まりました。

 西京極陸上競技場に入った時には「4秒差」まで詰め寄りました。
 ここで筒井選手もスパートし、小原選手を振り切ろうとしますが、その差はじりじりと詰まり続けました。
 そして筒井選手と小原選手の差が2秒まで詰まったところがゴールでした。
 京都チームは、岡山チームの追い上げを辛くも交わしたのです。
 筒井選手の気迫溢れる走りと小原選手の「諦めることを知らない」見事な追撃が印象的でした。

 都道府県女子駅伝は、実力上位10チーム位に優勝のチャンスが有る時代が来たことを、改めて実感させるレースであったと思います。

 雪が激しかった4区~6区、各選手の額から髪の毛にかけて、雪が降り積もりました。
 まるでティアラのような純白の雪を纏って、各ランナーの懸命の走りが続いたのです。
 本ブログではいつも書いていることですし、当たり前のことで恐縮なのですが、駅伝競技で順位が問題となるのは、最終区間だけでしょう。
 最終区間以外の区間では「他チームとのタイム差」が勝敗を分けるポイントとなるのです。

 2017年元旦に行われた第61回全日本実業団対抗駅伝大会=ニューイヤー駅伝2017の第1区では、先頭の日清食品グループチームと2番手のカネボウチームとの差は1秒、3番手~5番手チームとの差は2秒、6・7番手との差は3秒、8番手チームとの差は6秒、12番手チームとの差は10秒、22番手チームとの差は21秒、30番手チームとの差が31秒でした。
 1区・12.3kmを終えて、残り87kmの段階では、殆どのチームにチャンスが残る形となっていましたから、2017年大会の第1区は「大混戦」であったということになります。
 多くのチームの第1区のランナーが、期待に十分に応える走りを見せてくれたのです。

 一方で、第6区から第7区への襷渡しの際には、先頭の旭化成チームと2番手のトヨタ自動車との差は59秒でした。先頭と2番手の間には、とても大きな差が付いていたのです。
 旭化成の第6区・市田宏選手が2番手チームとの差を30秒以上広げて、チームの優勝に向かって絶対的優位な体制を構築する、素晴らしい走りを魅せたのです。

 箱根駅伝2017の第1区でも、第2区への襷リレーの際にはトップから16番目のチームまでの差が1分以内という僅差でした。多くのランナーが、その役割期待に応えたのです。

 一方で、山梨学院大学チームはトップから3分近くという大きな差をつけられてしまいました。20番手の襷リレーでしたが、この場合問題なのは「20番手」ということではなく「3分差」なのです。
 山梨学院大チームの2区のランナーはニャイロ選手でした。この大会随一の大砲と呼ばれるランナーであり「ゴボウ抜き」が期待されていました。しかし、あまりに差が大き過ぎました。2人を抜いて18番手に順位を上げるのが精一杯だったのです。

 前のチームとの差が大きければ、どんなに速いランナーでも追い抜くことが出来ないのは当然のことです。これが「先頭と1分以内の20番手」であれば、ニャイロ選手は19人を抜いてトップに立っていた可能性は十分でしょう。
 ニャイロ選手は2区を1時間8分以上かかってしまい、区間賞を取ることも出来ませんでした。走れば区間賞という印象が有るニャイロ選手においてさえ、こうした状況に追い込まれることを思えば、「大差」は選手の戦意をも削ぐものなのかもしれません。

 優勝や入賞を狙おうというチームは、最終区間以外は他チームとのタイム差のみに注目してレースを進めなければなりません。

 例えば、最後の1kmまで余力を残し、ラストスパートで順位を上げたとしても、チームの成績には大きな貢献が出来ない、他のチームに10秒以内の差を付けたとしても、直ぐに引っくり返されてしまう可能性が有るのです。

 それよりは、「最初から高いスピードを発揮して、自らの力を出し切り、他チームとのタイム差を大きくして行く努力」が求められるのでしょう。
 こうした走りをすることで、余力が無くなり、ラストスパート勝負で負けたとしても、大きなタイム差は付かない。最終区以外の区間ではあまり大きな影響は無いのは、前述の通りです。

 観戦する私達としても、各区間のスタートからキッチリと自らの力を出して「担当区間を自らのベストタイム」で走り切るランナーを高く評価すべきであろうと思います。
 箱根駅伝2017では、神奈川大チームや法政大チームの様に、予想を上回る?活躍を魅せてくれたチームが存在する一方で、地力を発揮できなかったチームがいくつかあったように思います。

 日々の厳しいトレーニングを積み上げて「本番」に臨んだ選手達にとっては、本当に残念な結果であったことでしょう。

 第一には駒澤大学チームでしょう。
 総合9位でシード権は獲得しましたけれども、2010年大会以降7大会連続で3位以内を確保してきた「箱根上位の常連」チームとしては不本意な結果なのではないでしょうか。

 第1区を6位でスタートし、2区で3位に上がった時には、駒沢大にとっては「定位置」に付いたと思ったことでしょう。
 ところが、3区で5位、4区で9位と順位を落とし、いつもの駒澤らしくないレースとなってしまいました。

 5区では大塚選手の頑張りで、往路を5位で終えました。
 復路での反撃が期待される位置に付いたのです。

 ところが6区で9位に下がってからは、この順位を確保するのが精一杯といった状況となってしまいました。
 「らしくない」レースとなってしまった駒澤ですが、おそらく世代交代の大会だったのでしょう。

 第二には明治大学チーム。
 予選会を上位で突破してきた明治大チームには、シード権争いへの参加が期待されました。十分にその力も保持していたと思います。

 ところが第1区で18位と出遅れてしまい、その後もその位置から上がっていくことが出来ませんでした。総合成績の17位が、この大会の最高順位というのは、不本意な成績でしょう。

 1区の出遅れが大きく響いたということなのでしょうが、各ランナーの走りにも精彩が有りませんでした。コンディショニングも上手く行っていなかったのではないでしょうか。

 第三は山梨学院大学チーム。
 こちらも第1区・20位の出遅れが響いた感じです。トップチームから3分弱の遅れというハンディキャップが大きく響きました。
 
 3区や5区では16位まで順位を上げ、復路の7区で14位に上がってきたときには、ここからシード圏内まで一気に上がっていくのではないかと思われましたが、その後は失速し、最終的には18位に留まりました。
 確かに苦しいレースが続いたのですけれども、決して10位が不可能な状況ではありませんでした。山梨学院大チームらしい「爆発的な走り」が観られなかったことが、とても残念です。

 最後は国士舘大学チーム。
 第1区を19位でスタートした後は、2区以降20位・最下位という位置から抜け出すことが出来ませんでした。そして先頭チームとのタイム差も開く一方。
 本来のチーム力からは程遠いレース内容であったと思います。

 どのランナーも、走り始めてすぐに「苦しい表情」になっていたように観えました。
 コンディショニングを相当失敗したというか、軽い集団食中毒でもあったのではないかと感じてしまう程です。(もちろん、そんなことは無かったと思いますけれども)

 どの大会にも最下位のチームは存在しますから、最終的な順位が問題では無いのです。自分たちが培ってきたものを「大舞台」で存分に発揮すること、溌剌としたプレーを披露することが大事なことなのでしょう。
 その意味から、この大会の国士舘大チームのプレー振りは、持ち味を全く発揮できなかったものだと感じます。

 箱根駅伝2017において「地力を発揮できなかった」のではないかと思われるチームを見てきました。
 この大会で得たノウハウを、次の大会に是非活かしていただき、また素晴らしい走りを見せていただきたいものです。
 箱根駅伝2017における、神奈川大チームと法政大チームの活躍は見事でした。
 神奈川大は総合5位、法政大は総合8位で、次大会のシード権を獲得したのです。

 昨年の予選会5位で本戦出場を果たした神奈川大と同4位で箱根路に挑んだ法政大は、2017年のレースをとても盛り上げていただいたと思います。

 正直に言って、予選会の成績や過去10年の実績を考慮すれば、両チームがこれ程の活躍を見せるとは思いませんでした。

 第1区を6位でスタートした神奈川大は、第2区の鈴木健吾選手の快走によりトップに躍り出ました。そして往路を終えて第6位に付けたのです。
 2区から5区にかけて順位を落としたこと、往路7位から16位までの各チームの差は小さく、「大混戦」の様相を呈していましたから、神奈川大チームがこのまま10位以内・シード権を確保できるかどうかは分からないところでした。
 このところの実績を踏まえれば「シード権獲得は困難」と観る方が一般的だったのかもしれません。

 ところが復路に入っても、神奈川大チームの勢いは止まりませんでした。というより、勢いが増したのです。
 山下りの第6区で順位を5位に上げると、第7区から9区までの3区間は4位で走りました。最終10区で順位をひとつ落としましたけれども、その「安定感十分」のレース振りは、このところ苦戦続きだった神奈川大チームの「復活」を印象付けるものであったと思います。

 2016年シーズンにおいて「神奈川大学チームに何があったのか」といったところでしょう。

 一方の法政大学チームの「粘り強い走り」も印象的でした。
 第1区を9位でスタートした法政大は、第2区で13位まで順位を落としました。10位前後のチームには差が無く、追い上げは十分可能な状況であったとはいえ、このところの法政大チームの状況を考慮すれば、このままずるずると後退する恐れもあったのです。

 ところが法政大チームは、第3区で順位を11位に上げると、第4区では8位、山登りの第5区では12位に後退しましたけれども、同8位の上武大学チームとは1分余の僅差と、大きなタイム差の無いポジションを確保して復路に望みをつないだのです。

 法政大チームは復路でも、本当に「粘り強い戦い」を展開しました。
 特に第6区の1年生・佐藤敏也選手の走りは秀逸でした。58分52秒という区間2位の走りを披露してくれたのです。新しい「山下りのスペシャリスト」の誕生を感じさせるものでした。
 この快走で法政大チームは順位を一気に8位に上げました。
 そしてこの順位を維持し続けたのです。

 箱根駅伝2017の特徴として、第5位から第11位のチームの間で「熾烈な順位争い」が繰り広げられたことが上げられます。
 この熾烈な争いの中で法政大は、6区・7区・8区と8位を堅持し、9区では6位に上げ、10区でも8位を守ったのです。

 ひとつひとつの区間では、順位交替を頻繁に繰り返していながら、結果としては「8位」というポジションを維持した法政大チームの走りには「不思議な安定感」がありました。
 おそらく、チーム内での作戦が徹底されていたのでしょうし、コンディショニングも成功していたのでしょう。
 見事な「レースマネジメント」でした。

 予選会から勝ち上がった神奈川大学チームと法政大学チームの活躍は、「かつての名門チームの復活」という側面も有ります。
 1997年・98年大会を連覇した神奈川大チームとしては、再び「地元のコース」でのレースにおけるシード権を獲得したことになりますし、これまで「77回」という歴代4位(中央大、日本大、早稲田大に続く)の出場回数を誇る法政大学チームとしては、「箱根の常連」としての矜持が有ります。

 鈴木健吾選手や佐藤敏也選手の走りを始めとして、2018年大会における両チームの活躍が、今からとても楽しみです。
 正月三が日最大のスポーツイベント、箱根駅伝2017は優勝候補筆頭であった青山学院大学チームが、2位の東洋大各チームに7分以上の差を付けて圧勝しました。

 青学大は、往路優勝、復路優勝、総合優勝の完全優勝を成し遂げましたし、今シーズンの大学駅伝三冠、そして三連覇と記録ずくめの大会となりました。
 「箱根三連覇+大学駅伝三冠」は史上初の快挙です。

① 3区と8区

 青山学院大チームの強さが良く現れていたのが、第3区の秋山選手と第8区の下田選手の走りでした。

 第2区を終えて混戦となっていた往路、秋山選手の区間賞の快走により青学大は「定位置」に就いたのです。

 早稲田大学チームに1分20秒余りの差に詰め寄られた復路の第7区・8区の襷渡しでしたが、下田選手の「気迫満点」の走り、区間賞の走りにより、青学大チームはその差を一気に5分以上に広げたのです。
 青学大の「独走」が始まった区間でもありました。

 第3区と第8区の重要性が、改めて感じられた大会でもありました。

② 追い縋った早稲田大チーム

 往路を終って33秒差に迫った早稲田大チームの健闘も、特筆されるべきものでしょう。

 個々のランナーの力が少しずつ優位にあると見られていた青学大チームを相手に、怯むことなく挑戦し続けた各選手の走りでした。

 第7区を終えて1分20秒余りの差に詰め寄った時には「勝負はこれから」という感じでしたが、第8区の青学大・下田選手の走りに突き放されてしまいました。

 とはいえ、高校長距離界のスター選手により構成されることが多かった早稲田大チームが、こうした状況=スター選手不在の構成でも優勝争いを演じることができたことは、今後の同チームにとって大きな遺産となったことでしょう。
 来シーズンからの早稲田大学チームの活躍が期待されるところです。

 大会終了後の優勝インタビューで、青学大の原監督は「13年間かけての強化が実った。青学大に選手を預けてくださった、全国の高校の先生方に感謝申し上げる」と述べました。
 三連覇したことを考慮すると、箱根駅伝の実績に乏しかった青山学院大チームが、「優勝」の栄冠を手にするまでに「10年」を要したことらなります。

 10年もかかったという見方も有るのでしょうが、私には「たった10年で」という印象です。
 100年に喃々とする歴史の中で、日々努力を続ける数々の名門チーム・伝統校を相手に、青山学院大チームは僅か10年で「箱根の勢力図を完全に書き換えた」のです。

 新名門・青山学院大学チームの、素晴らしい優勝・三連覇でした。
 素晴らしい走りでした。

 花の2区とも呼ばれる往路最長区間の第2区、いつの時代も大学長距離界のエースが集う区間ですが、2017年の主役は鈴木健吾選手でした。
 23.1kmを1時間7分17秒という区間賞、歴代でも8番目という見事なタイムで走破しました。

 かつては箱根の優勝を争う有力チームの一角を占めていた神奈川大チームですが、最近は存在感が小さくなっていました。今シーズンも、出雲・全日本の駅伝には出場もできませんでした。

 そして、箱根駅伝予選会2016で頑張り、本戦への出場権を得たのです。

 その予選会で、全体3位・日本人ランナートップの成績を収めたのが、鈴木選手でした。

 箱根駅伝2017は大砲が少なく、花の2区にも「大砲」レベルのランナーはなかなか見当らないと、以前にも書きましたが、その混戦の2区において、鈴木選手は自らの実力、日本学生長距離界屈指の力を存分に発揮したのです。

 上半身のブレが殆どなく、キッチリとピッチを刻んで走るフォームは、まさに長距離ランナーのものです。

 鈴木健吾選手はまだ3年生ですから、箱根駅伝2018にも出場していただき、より完成された素晴らしいランニングを魅せていただきたいものです。
 第61回全日本実業団対抗駅伝大会は、旭化成チームが優勝しました。
 名門チームとして、1998年以来の久しぶりの優勝でした。

 第一区・村山絋太選手、第二区・鎧坂哲哉選手、第三区・大六野秀畝選手、第四区・市田孝選手、第五区・村山謙太選手、第六区・市田宏選手、第七区・佐々木悟選手と、日本人ランナー7名の走りで優勝したのです。

 正確なところは分かりませんが、21世紀になって初めての日本人だけで構成されたチームの優勝なのではないでしょうか。

 「日本人至上主義」とは全く関係無く、日本人ランナーの力が世界に通用するようになったという視点から、興味深い優勝であろうと思います。
 長い間「ニューイヤー駅伝においては第二区の大砲・アフリカ系ランナーの快走」を背景としたチームが優勝を続けて来たのです。

 2016年末に日本中を熱狂させた、クラブワールドカップ2016における鹿島アントラーズの活躍に対しても、「日本人イレブンの先発」によりレアル・マドリードと死闘を繰り広げたことに対して、世界中から賞賛の声が聞かれました。
 サッカーのクラブチームであれば、強力な外国人プレーヤーを要所に配して活躍するチームが多く、レアル・マドリードもまさにそうしたチームなのですが、「世界のスタープレーヤーを集めたチーム」に対して「日本人プレーヤーだけで構成された先発陣」の鹿島アントラーズが互角の戦いを演じたことに対しての称賛の声が上がったことに対して、注目する必要があるのでしょう。

 スポーツにおける「育成」の意味、そして、我が国の「育成ノウハウの向上」を感じさせる、鹿島アントラーズと旭化成チームの活躍なのかもしれません。
 2017年の年頭を飾るビッグイベント、第93回東京箱根間往復大学駅伝競走が迫ってきました。

 お正月3が日に欠かすことが出来ない風物詩となっている大会です。

 KaZブログ恒例の順位予想です。
 参考とした大会は、箱根駅伝2016と全日本大学駅伝2016の2つです。

① 青山学院大学 
② 早稲田大学 
③ 駒澤大学 
④ 東洋大学 
⑤ 中央学院大学 
⑥ 山梨学院大学 
⑦ 東海大学 
⑧ 拓殖大学 
⑨ 大東文化大学 
⑩ 明治大学 

[1強状態]
 箱根駅伝2017の優勝候補筆頭は青山学院大チームです。
 これは異存の無いところでしょう。
 箱根駅伝2016に優勝し、全日本2016も制しています。全日本では3区間で、田村選手、小野田選手、森田選手が区間一位でしたし、アンカーの一色選手も区間2位と準大砲と言えるランナーが揃っています。
 「大ブレーキ」となるランナーが出現しない限り、青学チームの優位は動かないでしょう。

[2位候補]
 そもそも箱根駅伝において「2位候補」が存在する年も珍しいと思いますが、2017年大会には存在していると思います。
 それは早稲田大チーム。
 全日本では、武田選手、平選手、鈴木選手、長山選手、新迫選手、藤原選手、太田選手がいずれも区間3位以内という安定感十分のレースを展開してくれました。大砲不在の分だけ青学チームに劣っている感じですから、準優勝候補と呼びたいと思います。
 青学大チームに何かが起これば、逆転の可能性も有ります。

[3位争い]
 3位争いは混戦です。
 駒沢大チーム、東洋大チーム、中央学院大チーム、山梨学院大チーム、東海大チームの5チームは、3番手グループと呼んでも良いのかもしれません。

 このグループの各チームは、レース当日のコンディション等の要因で順位が変動する可能性が高いと思います。

 そうしたことを踏まえて、3位候補には駒澤大学を置きました。全日本では4位で、メンバーの実力が拮抗していて大崩れが無さそうです。「箱根」に対する伝統の強さも、秘めたノウハウの存在という面から見逃せません。

 4位候補は東洋大チーム。
 全日本は6位でしたが、服部選手と山本選手という準大砲の存在が大きいと感じます。1区間当たりの距離が長い箱根では、準大砲が炸裂した時の効果は大きいのです。

 5位候補には中央学院大チーム。
 地味なチームですが、伝統的に箱根には強い。他チームと比べて、個々のランナーの地力は少し見劣りしますが、それを「独自のノウハウ」でカバーして来ました。10人がしっかりと走り切るという「駅伝の原点」を今大会でも披露していただけることでしょう。

 6位候補は山梨学院大チーム。
 今大会唯一と言って良い「大砲」ニャイロ選手を擁しています。全日本ではアンカー・ニャイロ選手の活躍も有って3位に食い込みました。
 一方で今年のチームには、秦選手、永戸選手、佐藤選手、上田選手と好ランナーも揃いましたから、2区で上位あるいはトップに立って勢いに乗れば、順位を大きく上げる可能性も有るでしょう。

 7位候補は東海大チーム。
 全日本では7位でしたが、復活に向けての意気込みが感じられました。館沢選手、国行選手、高田選手、石橋選手が牽引するチームの健闘に期待したいと思います。

[8位~10位の候補]
 8位候補は拓殖大チーム。
全日本では8位でしたが、7位の東海大チームとの差は僅かに21秒でした。力を付けてきているのです。岡田監督時代以来の良いチームが出来上がっている印象ですから、シード権を獲得できるのではないでしょうか。

 9位候補と10位候補には、予選会の上位2チーム、大東文化大チームと明治大チームを配しました。
 大東大チームは全日本では15位、明治大チームは11位と力を発揮できませんでしたが、これはブレーキとなるランナーが出てしまったことが主因でしょう。

 やはり「箱根駅伝予選会」に向けてコンディションを整えてきたチームにとっては、それから間が無い全日本で再び調子を上げるのは、とても難しいことなのです。
 この2チームは、今年1年間をかけて「20kmを速く走るトレーニング」に徹してきたのです。
 その力が、予選会で見事に発揮されて他の出場チームを圧倒するタイムを叩き出しました。
 本番での活躍も十分に期待されるところです。

 以上が、箱根駅伝2017の1位から10位の順位予想です。

 青山学院大チームが頭一つ抜けた存在であり、少しの差を持って早稲田大チームが続き、そこからまた少し差が有って5チームが続くというのが、2017年の力量比較から見たフォーメーションだと考えます。

 4区が長くなり5区が短くなる=かつての箱根駅伝の区割りに近い形に戻った2017年大会における、参加各チームの健闘に大いに期待したいと思います。
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