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 東京オリンピック2020マラソン女子の代表選考最終レースとなる、名古屋ウィメンズマラソン2020が、3月8日に行われました。
 そして、一山麻緒(いちやま まお)選手が2時間20分29秒の好タイムで優勝を飾りました。

 雨が降り風が強い厳しいコンディションの中、一山選手はトップグループにおいてレースを進めました。
 そして30kmを過ぎた給水地点から一気にスパート。独走態勢を築いて、そのまま押し切りました。

 海外勢をも振り切ったスパートも見事でしたが、残り10kmの走りが素晴らしいものでした。
 ゴールまで「緩み無く」走り切ったのです。
 「優勝した」という事実も、本番で生きることは間違いないでしょう。

 2時間20分29秒は、1月に行われた大阪国際女子マラソン2020における松田瑞生選手の2時間21分47秒を1分以上上回る好記録でした。
 一山選手が、東京オリンピック2020マラソン女子の代表となったのです。

 また、この記録はマラソン女子の国内最高記録を更新したものでもありました。
 従来の記録は、2003年の大阪国際女子マラソンにおいて、野口みずき選手が記録した2時間21分18秒でした。
 オリンピック金メダリストの記録を「17年振り」にクリアしたのも素晴らしいことでしょう。
 
 レース後、野口みずき氏は「破られてしまった。本当にうれしい。世界で戦える走りをした」とコメントしたと報じられました。一山選手への賞賛・激励の言葉でした。
 
 22歳の一山選手の今後の大活躍が、本当に楽しみです。
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 東京オリンピック2020のマラソン男子代表選考最終レース、第75回びわ湖毎日マラソンは、琵琶湖畔のコースを舞台に、3月8日行われました。

 午前9時、テレビ画面がスタート前の様子を映し出した瞬間、このレースでは2時間5分29秒を更新するタイムは難しいと思いました。雨が相当の強さで振り、気温も9℃台でした。厳しいコンディションなのです。

 とはいえ、選手達の表情には「目標タイム」に向かって、戦いに臨む強い意志が感じられました。

 9時10分を過ぎて、スタートへの準備が始まりました。
 選手達は陸上競技場のトラックに出て、係員に誘導されてスタートラインに向かって前進します。
 選手達がスタートラインに並びました。

 雨は強さを増し、冷たい雨粒が容赦なく選手の肌に打ち付けます。

 スタート予定時刻である9時15分が迫りました。
 テレビの画面が暗くなるほどの強い雨。
 
 スターターが構えます。
 「オンユアマーク」の声、号砲は数秒後。

 ところが、号砲が聞こえません。
 スターターはしばらく銃を構えていましたが、時々、廻りを見渡すようになりました。
 1分、2分と時間が過ぎます。
 ウォーミングアップをした選手達の体がどんどん冷えて行きます。
 何らかのトラブルが発生したことは間違いありません。

 そして、スタート予定時刻を3分以上過ぎた頃、選手達の体が冷え切った頃、スタートのやり直しが宣せられました。
 選手達は、陸上競技場の屋根のある場所に「避難」しました。
 9時25分に再スタートを行うこととなったのです。

 スタート機器の障害が原因と伝えられました。

 「見たことも無いシーン」でした。
 粗末の極みと言っても良いでしょう。
 信じられないような光景です。

 これ程「無責任」な運営は、なかなか観られるものではありません。
 「近時の日本社会の劣化」という見方があっても不思議はないでしょう。
 何しろ、2019年9月のMGCにおいても発生したスタートの遅延が、一層拡大したのですから。何の反省も無く、より丁寧な準備も行われなかったことは明らかです。

 いったい、係員は何をしていたのでしょう。
 当然、試行は行い、作動は確認していた筈です。
 
 予備のピストルも用意されていた筈ですが、使わなかったのは何故なのでしょう。

 スターターも、2度引き金を引いても作動しなければ、直ぐに廻りの係員に声をかけ、予備のピストルを使うとか、万一予備ピストルが用意されていない(信じられない低レベルな準備不足ですが、テレビ画面の様子を観ると可能性が有ると思います)場合には、即座に「スタートの延期」を宣告し、選手が雨に打たれ続ける時間を少しでも減らす義務が有ります。
 当たり前のことですが、スターターには「レースをきちんとスタートさせる責務」があるのです。とても重要な、責任の重い役割を負っていることは言うまでも無いことでしょう。

 全体として、極めて低レベルなスタートトラブルですが、何より「責任感の希薄さ」が際立ちます。
 事前の、機器のセットアップを責任を持って行う人が居たのでしょうか。
 まさか数多くの係員が揃って、「いつもと同じことだから心配ないだろう」、「誰かがやってくれているだろう」と考えていた訳ではないと思いますが・・・。
 スタート直前にも、機器の作動を注意深く点検・把握していた係員も居る筈ですが、何をしていたのでしょう。

 そして、機樹トラブルを認識した瞬間(午前9時15分15秒位の時間帯)には、即座に予備ピストルをスターターに渡し、号砲を鳴らすことが出来れば、「10~15秒」の遅延で済み、選手達の体の冷え、集中力・気迫の萎み、を最小限に抑えることが出来たことでしょう。(もちろん、それでも大きなトラブルなのですが・・・)

 このスタート予定時刻、9時15分前後の5分間は、全ての係員が最大限の注意力を発揮し、「1秒毎の点検・対応体制」を継続・維持する責務があることは、自明のことでしょう。
 このレースのタイムが2時間5分29秒を1秒でも上回る日本人ランナーが登場すれば、東京オリンピック2020の代表になるのですから。「1秒の重み」が最も大きいレースなのですから。

 「トラブル発生時の他人依存」、「判断の遅さ」、「対応する指示の遅さ」が際立った、極めて低レベルな運営でした。

 東京オリンピック1964の開会式で「秒単位の式典運営を示現」し、世界中の人々から賞賛を浴びた「日本社会の時間正確性」「時間を守る文化」が、相当に「弛んできている」のかもしれません。

 かつてであれば、9時15分丁度にスタートを切ることに対して、「自分のこと」として責任を持って臨む人が複数名居たであろうもの(複数名居て初めて、成功するものなのでしょう。自然な「バックアップ体制の構築」がなされていたのです)が、このところは、「誰かがやるだろう」と考えて、「誰一人責任を持って事に臨んで居ない」ようにさえ観えます。
 
 かつては当たり前に構築されていた「2重3重のバックアップ体制」も出来ているようには観えませんし、それどころか、トラブルが発生しても右往左往するばかりに観えました。
 今回のスタート遅延については、驚くべきことに「分単位で対応が遅れた」のです。
 「1秒」を争うレースにおいて、「分」単位の時間の空白というのは、酷いものです。

 係員たちがトラブル発生を把握したであろう9時15分15秒頃から、とても長い間、「誰かが対応するだろう」という無責任な「他人依存」の空気が流れていたとすれば、今大会の係員チームのレベルの低さは筆舌に尽くしがたいものですし、それが「日本社会の劣化」から生じているものでないことを祈るばかりです。

 スタートトラブルから、9時25分に始まったレースは、最初の1kmが3分11秒、次の1kmが3分7秒と、とてもスローペースの始まりとなりました。
 ペースメーカーまでペースを創ることが出来なかったのです。
 「粗末の連鎖」でしょう。
 特に、20kmまで責任を持つはずの日本人ペースメーカー2名のペースメイクの下手さは酷いものでしょう。

 ただでさえ、最低レベルのスタートトラブルによって、好記録が出難いレースとなっているのに、それに追い打ちをかけるようなプレーでした。
 もちろん、ペースメーカーにとっても難しいコンディションでしたが、こうした中でも、走り始めて直ぐに「1km・3分」のペースで選手達を牽引する責務がペースメーカーに託されていることは、言うまでも有りません。東京オリンピック2020選手選考ラストレースに対して、コンディションを整える責任がペースメーカーにはあるのです。
 ペースメーカーを引き受ける際には、そうした心持を整え、準備に万全を尽くす。当日は雨に成り寒くなることも数日前には分かるのでしょうから、体を温めておく工夫など、十分に準備の時間はあったと思います。

 ゆったり?とした2kmまでの走りの後、設定時間を守るためにその後ベースアップなどしているようでは、「ペースの上げ下げ幅が大きくなり」、レース全体の記録向上に向けてマイナスの要素がさらに増えてしまうことは自明でしょう。
 厳しい書き方で恐縮ですが、このレースでは、大会係員、ペースメーカーが揃って「記録の悪化」を図ったと言われても仕方がないかもしれません。

 レース開始後しばらくして雨は少し弱くなりましたが、ゴールまで振り続ける厳しいコンディションが続きました。
 そうした中で、ケニアのエバン・チェベト選手が2時間7分29秒で優勝しました。参加選手中持ちタイムトップの力を示したのです。
 日本選手では、作田直也選手が2時間8分59秒で4位、山本翔馬選手が2時間9分18秒で5位に食い込みました。共に自己ベストを大幅に更新する健闘でした。
 あのスタートトラブルが無かったならば・・・と考えてしまいますが、それは詮無いことなのでしょう。
 難しいコンディションの下での、作田選手と山本選手の素晴らしい挑戦でした。

 9時30分過ぎ、スタート後5分頃、妻が「私は選手じゃないんだけど、腹が立って仕様が無い」と話しました。

 その通りのレースでした。
 東京マラソン2020男子は、エチオピアのビルハヌ・レゲセ選手の優勝、大迫傑選手の日本最高記録更新で幕を閉じましたが、一方で、多数の日本選手の高記録樹立が目立ちました。

 2時間6分台が2人、2時間7分台が7人という「記録ラッシュ」に沸いたのです。

[東京マラソン2020男子における2時間6分台・7分台の日本選手]
8位 高久龍選手 2時間6分45秒
9位 上門大祐選手 2時間6分54秒

10位 定方俊樹選手 2時間7分05秒
11位 木村慎選手 2時間7分20秒
12位 小椋裕介選手 2時間7分23秒
13位 下田裕太選手 2時間7分27秒
14位 菊池賢人選手 2時間7分31秒
15位 一色恭志選手 2時間7分39秒
16位 設楽悠太選手 2時間7分45秒

 この他にも、2時間8分台のランナーが5名です。
 
 「2時間9分を切った日本選手が15名居たレース」というのは、私の記憶にはありません。

 これほどまでに「好記録が続出」した理由は、何なのでしょうか?

 もちろん、日本陸上競技連盟を始めとする日本の陸上界による「強化」の取組が成果を挙げていることは間違いないのでしょうが、それにしても、あまりにも急激な記録向上でしょう。

① 厚底シューズの効果

 正月の箱根駅伝や都道府県対抗駅伝における好記録の連発を観ても、この影響は無視できないでしょう。
 当初は、一握りのトップ選手のみが使用していた厚底シューズが普及し、多くの選手に行き渡るとともに、「厚底シューズの機能を有効に活用できる走法」も普及し、多くのランナーが身に付けつつある可能性が有ります。

② 好コンディション

 2020年3月1日午前中の東京地区のコンディションがとても良かったという見方です。
 確かに、気温はやや高めでしたし、日差しも有りましたが、風が弱かったと思います。湿度についての情報は持ち合わせていませんけれども、この「気温と湿度の関係」が、マラソン競技に適合した可能性があります。

③ ペースメーカーによる驚異的なハイペース

 今回のレースが、東京オリンピック2020の代表選考に大きな影響を与えるとの観点から、「狙いが2時間5分49秒に絞られた」ため、この記録をクリアするためのペースが、ペースメーカーによって作られたことが、全体の記録向上に結び付いた可能性です。

 特に、前半15kmまでのペースはとてもハイレベルなものでしたが、多くの日本選手がこれに付いていって、結果的に複数のランナーが「(驚異的な)自己ベスト」を叩き出すこととなったのかもしれません。

 もちろん、「好記録続出の要因」はひとつではなく、いくつかの要素が組み合わさって、日本男子マラソン史上において、観たことが無い「高速レース」になったのでしょう。

 東京オリンピック2020男子の代表は、今回の日本最高記録更新により、大迫傑選手の可能性がとても高くなったと感じますが、前述の①~③の要因が一層大きく作用することが有れば、3月8日のびわ湖毎日マラソンにおいて、「2時間5分29秒を切る記録が飛び出す可能性も無くは無い」という感じがします。

 何しろ、2時間6分台を2人のランナーが叩き出しているのですから。
 新型コロナウイルス肺炎感染拡大の影響で、エリートランナーのみのレースとなった、東京マラソン2020は、東京オリンピック2020のマラソン代表争いの場ともなって、激しい展開となりました。

[東京マラソン2020男子の結果]
1位 ビルハヌ・レゲセ選手(エチオピア) 2時間4分15秒
2位 バシル・アブディ選手(ベルギー) 2時間4分49秒
3位 シサイ・レマ選手(エチオピア) 2時間4分51秒
4位 大迫傑選手 2時間5分29秒(日本新記録)
5位 ビダン・カロキ選手(ケニア) 2時間6分15秒
6位 エルハサン・エルアバシ選手(バーレーン) 2時間6分22秒

 快晴の中でスタートしたレースは、黄色のユニフォームに身を包んだペースメーカーによってハイペースで進みました。

 2時間3分位を目途にした第1グループのペースメーカーと、2時間5分位を目途にした第2グループのペースメーカーは、共に良く走りました。従って、レースは、日本国内ではあまり眼にすることが無いようなペースだったのです。

 レース前に、このレースの日本人ランナーの3強と目されていた、井上大仁選手と大迫傑選手は第1グループGで、設楽悠太選手は第2Gでレースを進めました。

 第1Gの中で、井上選手はエチオピアのトリオと共にGの先頭に位置してレースをリードしました。一方の大迫選手はGの後方に位置しました。設楽選手は第2Gの先頭に位置していました。

 井上選手と大迫選手はしばらくこのままで走るであろうと思いましたし、設楽選手は第2Gの先頭以外の位置に下がるようなら、今回は調子が悪いと観るべきだと思いました。

 ペースメーカー各ランナーは本当に良く役割を果たしていました。
 ラップタイムなら、途中までは世界最高記録水準だったのです。第2Gも日本最高記録を大きく上回っていました。
 凄いレースになったと感じましたが、一方で、これだけのハイペースに、多数の日本選手が付いて行っていることは、少し不思議な感じがしました。

 そのペースメーカーの頑張りがレース展開にも影響を与えました。
 23km付近で向かい風を受けてピッチが落ちたことを、24kmから「取り返し」にかかったのです。
 24kmからの3km間の1kmごとのラップは、2分52秒→2分51秒→2分51秒という超ハイペースとなったのです。
 井上選手はこのペースにしばらくの間ついて行きましたが、大迫選手は遅れたのです。
 結果として、井上選手と大迫選手の差が開きました。

 日本記録を大幅に上回るペース下のことでしたから、東京オリンピック2020の代表争いという点では、井上選手が有利になったように観えました。
 井上選手は、その後も安定した走りを魅せましたから、2時間4分台のタイムが期待されたのです。
 一方の大迫選手は、じりじりと後退していました。
 設楽選手も第2Gの後方に下がりました。これは「変調」であろうと思いました。

 先頭Gはエチオピアトリオ、レマ選手、レゲセ選手、メングストゥ選手が引っ張りました。
 第1Gが2つに割れて、エチオピアトリオが先頭に立ち、井上選手を含めたGが4位Gとなりました。大迫選手は、その4位Gからも相当後ろを走ることとなったのです。エチオピアチームの強さが際立ちました。

 その4位Gのペースが次第に落ち始めたのは30km手前からでした。
 単独走であった大迫選手が、じりじりと追い上げます。
 第3Gとなった、設楽選手が入るGも追い上げました。

 30km地点でペースメーカーがその役割を終了しました。
 どのマラソンレースにおいても、勝負はここからです。

 一時は、日本人ランナーによるレース争いの主導権を握ったかに観えた井上選手を、大迫選手が捕まえたのは32km付近でした。
 そして、僅かな並走の後、32.7km付近で大迫選手が出ました。
 外国人ランナーを含む4位Gから、一気に抜け出したのです。

 この大迫選手の加速は迫力満点でした。
 このレースにおける「日本ランナートップ」を決める加速であったと思います。

 35km付近では、さすがのエチオピアトリオのペースも「ガクッと」落ちました。1km・3分11秒となったのです。
 井上選手のラップも眼に観えて落ちました。
 やはり、前半20kmまでの超ハイペースが堪えたのでしょう。

 このレースは、この後、記録がどんどん落ちると感じました。
 日本人ランナーによる日本記録の更新も、エチオピアトリオによる大会記録の更新も、難しくなったと思いました。

 しかし、ここからがこのレースにおける大迫選手の真骨頂でした。
 38km付近からは、右の胸あるいは脇腹を再三揉む様子がテレビ画面に映し出されるようになりました。
 大迫選手にとっては、とても苦しい「残り4km」となったのです。

 その大迫選手が40kmを過ぎてから、1km・3分02秒にベースアップをした時には、本当に驚かされました。
 眦を決したような表情にも、「疲労を超えた何か」が感じられました。
 この「40kmからゴールまでの2.195km」に、ケニア合宿の成果が現れていたのでしょう。

 東京駅正面のゴールに向かって石畳の走路を左に曲がる時、大迫選手は「拍手」をしました。
 「自らのパフォーマンス」に対する拍手だったのではないかと思います。
 そして、左に曲がり切ったところで「右手」を大きく挙げました。
 観衆の歓声に応えて魅せたのです。
 そこから、満足感に溢れた表情で何度もガッツポーズをしながらゴールに飛び込みました。
 「会心のレース」が、そこには有りました。

 2時間5分29秒。
 自身の日本最高記録を更新する、見事な新記録でした。
 日本男子マラソンの第1人者が、その力を示したレースでもありました。

 いつもクールな大迫選手が、喜びを爆発させたシーンが印象的な、東京マラソン2020男子であったのでしょう。
 1月31日、世界陸上競技連盟は、長距離競走に使用されている「厚底シューズ」について、一定の規則を適用することを発表しました。

 この「一定の規則」によって、このところ使用されていた、ナイキ社のシューズ「ヴェイパーフライ(VF)」の当面の使用が可能になりました。東京オリンピック2020においても使用できる見通しとなったのです。

 「一定の規則」とは、「靴底厚は40mm以下」「プレートは1枚」「大会で使用される4か月前から一般市販されている必要がある」ことなどです。
 これまで使用されてきたVFが、この規則に則ったものであるということになります。

 VFの種類を、登場順に観て行きましょう。

① 初代
② VF4%(第2世代)
③ VFネクスト%(第3世代)

④ アルファフライ(第4世代)

 前述の①~③は、頭書の規則の範囲内というか、則っています。
 ④はプレートが3枚使用されていますので、規則違反となり、大会では使用できません。

 この問題、「厚底シューズが東京オリンピック2020では使用できないのではないか」という騒動は、これで一応の落着ということになります。

 そもそも、近時の日本マラソンの動き・記録には、当然ながら「厚底シューズ」が大きくかかわっています。
 例えば、2018年春の設楽悠太選手による16年振りのマラソン日本新記録樹立や、同年10月の大迫傑選手の日本記録更新は、いずれも前述②のシューズを履いて達成されています。

 また、2020年の箱根駅伝や都道府県対抗駅伝は好記録続出の大会となりましたが、前述の②、③のシューズの影響が大きかったとも報じられています。

 「厚底シューズ」を使用すれば、必ず記録が伸びるのかどうかは分かりません。
 従来のシューズの方が速く走れるというランナーが居るのは、自然なことでしょう。

 大事なことは、「新しい道具によりスポーツが変化して行く」ことなのでしょう。

 東京オリンピック1964までは、アンツーカだった陸上競技場トラックのサーフェイスが、メキシコシティ・オリンピック1968からはタータントラックと呼ばれたオールウェザー型サーフェイスに変わったことは、その最たる例でしょう。
 トラック種目は、この変更に伴って大変化したのです。
 アンツーカで速く走れる走法と、オールウェザーで速く走れる走法は、世界最高レベルのレースにおいては、全く異なるものになったのです。
 既に50年余の時間を経ていますから、本件についての見解は安定したものとなっていますが、例えば、現在の世界記録9秒58を保有しているウサイン・ボルト選手と、東京オリンピック1964の金メダリスト、10秒0で走ったボブ・ヘイズ選手の、どちらが速く走れるのか、というテーマについては、永遠に結論が出ないものだと思います。
 アンツーカによる100m競走とオールウェザーによる100m競走は、別の競技なのでしょう。

 また、卓球日本が最も強かった時期、日本選手は「厚い裏ソフトラバー」を使用して、卓球競技に革命をもたらしました。表ソフトの薄いラバーが主体だった時期に、厚い裏ソフトラバーによって、「より強く回転数の多いスピン」をボールにかけることが出来るようになったのです。
 このラバーについては、どんどん厚くなる可能性が有りましたから、一定の規則が導入されて、現在に至っています。
 卓球界に一定の秩序をもたらした規則の制定であったのでしょう。

 「厚底シューズ」に対する、今回の規則導入は、まだ最終的なもの(その後、毎年の細部の見直しで対応できるレベルの規則)では無く、おそらくは数年間に渡って検討が行われ、制定されるものだと考えられます。
その第1歩ということになるのでしょう。

 東京オリンピック2020に対する影響について観れば、世界各国の代表選考レースで使用されている「厚底シューズ」が本番で使用禁止となれば、そもそも「代表ランナー選考レースの意味・価値」を問われることになりかねません。
 本番で使用できる道具で競わなければ、代表選考レースにならないことは自明です。

 日本でも、昨秋のMGCにおいては多くのランナーが②のシューズ、所謂「ピンク色のシューズ」を使用して走り、代表に選ばれたランナーも、それを履いていました。

 その点から、そして「公平」という観点からも、①~③のシューズが本番で使用可能となったことは、良かったと感じます。

 世界陸連としては、「厚底禁止」といった衝撃的な決定は、もっと早く行う必要があったのでしょう。
[1月26日・大阪国際女子マラソン]
1位 松田瑞生選手 2時間21分47秒
2位 ミミ・ベレテ選手(バーレーン) 2時間22分40秒
3位 シンタエフ・レウェテン選手(エチオピア) 2時間23分03秒
4位 メスケレム・アセファ選手(エチオピア) 2時間23分31秒
5位 リサ・ウェイトマン選手(オーストラリア) 2時間26分02秒
6位 ボルネス・ジェプキルイ選手(ケニア) 2時間26分24秒

 東京オリンピック女子マラソン代表の選考会も兼ねた、第39回大阪国際女子マラソンが行われ、松田瑞生(まつだ みずき)選手が素晴らしい走りを魅せました。

 常にトップグループの前の方に位置して、31km付近で抜け出し、独走して、そのまま押し切ったのです。

 エチオピアやケニアのランナー達を相手にしての優勝も素晴らしいことですが、「2時間22分22秒」というタイムとの戦いも十分に意識して、これをクリアしたことが見事でしたし、何より、ゴールまで「元気に走り切った」ことが、とてもハイレベルなパフォーマンスであったと感じます。
 ゴール前でこれ程「疲れを感じさせないランニング」は、日本女子マラソンランナーとして久し振りだったのではないでしょうか。

 もちろん、まだオリンピックの出場権を確保したわけではありませんが、もし本番で走ることが出来るならば、この「最後まで戦える力」が、大きな成果に繋がることでしょう。

 松田選手の「見事なトライ」でした。

 箱根駅伝2020においては、1年生ランナーの活躍も目立ちました。

 ひとり目は、第2区・青山学院大学チームの岸本大紀選手です。
 「花の2区」と称され、各チームのエース級が顔を揃える区間を、優勝候補チームのランナーとして任されたルーキーでした。
 岸本選手は、区間5位・1時間7分03秒という、とても立派な走りを魅せました。
 そして、2区を終えて青学大チームをトップに押し上げたのです。

 さすがに2区ですから、東洋大・相澤選手が歴史的な区間新記録を叩き出し、区間2位の東京国際大・伊藤選手も1時間6分18秒という、素晴らしいタイムで走破しています。
 区間2位タイの拓殖大・レメティキ選手、区間4位の国士舘大・ビンセント選手も6分台と、例年ならいずれも区間賞を取っても何の不思議もない走りを魅せたのです。
 日本の大学長距離競走界を代表する2人、海外からの強豪ランナー2人、に続いたのが、岸本選手でした。
 飄々とした、しかし、各チームのエースを相手に決して怯むことの無い、素晴らしいランであったと感じます。

 岸本大紀(きしもと ひろのり)選手は、新潟県燕市出身の19歳。身長172cm、体重55㎏と報じられています。
 
 特に「心」が強いアスリートという感じがします。今後の成長が楽しみです。

 ふたり目は、第3区・駒澤大学チームの田沢廉選手です。
 3区では、東京国際大・ビンセント選手が驚異的な区間新記録を生みましたが、田沢選手も区間3位・1時間01分25秒という区間新記録だったのです。区間2位の帝京大・遠藤選手と共に3ランナーが区間新を叩き出すという、記録的な区間となりました。

 そして、2区で13位だった駒沢大チームを6位にまで押し上げたのですから、見事なパフォーマンスでした。

 田沢廉(たざわ れん)選手は、出雲駅伝2019や全国大学駅伝2019での好走(全国大学駅伝では7区・区間賞を獲得しています)から、箱根駅伝2020の戦前から「スーパールーキー」と呼ばれて注目されていましたが、評判通りの走りを魅せてくれたわけです。
 青森県八戸市出身の19歳。身長176cm・体重59kg。力みの無いフォームから素晴らしいスピードを生むランニングです。
 5000m、10,000mでも、着々とタイムを伸ばしている田沢選手の、今後の成長に注目です。

 続いては、第7区・早稲田大チームの鈴木創士選手です。
 7区では、明治大チームの阿部選手が区間新記録の快走を魅せましたが、鈴木選手は1時間02分56秒という好タイムで区間2位となり、6区を終えて12位とシード権外に下がった早大チームを9位に引き戻して魅せたのです。
見事な走りでした。

 鈴木創士(すずき そうし)選手は、静岡県・磐田市出身の18歳、身長173cm・体重51㎏。大きな走りは、潜在能力の髙さを感じさせます。今後の活躍が期待されるところです。

 箱根駅伝2020では、特に優勝した青山学院大チームの「4年生の活躍」に注目が集まっていますが、その青学大チームにおいても、2区・岸本選手の走りが優勝に大きく貢献したことは、衆目の一致するところです。
 当たり前のことを書いて恐縮ですが、大学駅伝チームは1~4年生のバランスとハーモニーの上に成り立っているのでしょう。

 再び当たり前のことですが、4年生も3年生も2年生も1年生も、それぞれの役割期待に向かって全力を尽くすのが、大学スポーツの面白いところなのです。

 1月2日・3日と好コンディションにも恵まれ、「超高速レース」となった第96回箱根駅伝は、第4区に先頭に立った青山学院大チームが、そのまま首位を守り抜き、2年振り5度目の優勝を飾りました。
 飛び抜けて速い選手、いわゆる「大砲」が居ない中で、10名のランナーが持っている力を十分に発揮し、危なげなく優勝した青学大チームにとっては、戦前の調整も含めて全ての要素が上手く行った「会心のレース」であったと感じます。

[箱根駅伝2020の総合順位・記録]
1位 青山学院大学 10時間45分23秒(大会新記録)
2位 東海大学 10時間48分25秒(大会新記録)
3位 國學院大学 10時間54分20秒
4位 帝京大学 10時間54分23秒
5位 東京国際大学 10時間54分27秒
6位 明治大学 10時間54分46秒
7位 早稲田大学 10時間57分43秒
8位 駒澤大学 10時間57分44秒
9位 創価大学 10時間58分17秒
10位 東洋大学 10時間59分11秒

11位 中央学院大学 11時間01分10秒

① 「2強」対決

 レース前には「史上空前の大混戦」と予想していましたが、終わってみれば、青学大チームと東海大学チームの「2強対決」でした。
 両チームの実力は「互角」であったと思います。

 箱根駅伝2019の1・2位、全国大学駅伝2019の1・2位、そして箱根駅伝2020の1・2位が、この両チームであったことを考えれば、箱根駅伝2019から箱根駅伝2020までの1年間は、男子大学駅伝界において、この2チームが抜けた存在であったことは間違いないでしょう。

 出雲駅伝2019や全国大学駅伝2019のレース中の「目まぐるしい展開」によって、「大混戦」ではないかと、ある意味で「勘違い」してしまったことを、反省しています。
 青山学院大チームと東海大チームの皆様に、お詫び申し上げたいと思います。

 それにしても、往路、復路、総合の3つにおいて新記録を叩き出した東海大チームが、総合優勝できないという、信じられないような高速レースでした。

 東海大チームにとって惜しまれるのは、往路の3区・4区・5区において、それぞれ1分前後の差を青学大チームに許してしまったことでしょうか。区間順位は、それぞれ6位、2位、7位とブレーキという程では無いのですが、ここでの差をそれぞれ30秒縮めていれば、復路のレース展開は全く違うものになっていたでしょう。
 もちろん、これらの区間において、青学大チームのランナー達が良く走ったとも言えるのですけれども、東海大チームから観れば、ライバルチームのプレーを評価するばかりでは、勝利は覚束ないのです。

 どちらが優勝してもおかしくなかった、全く「互角」の両チームの成否を分けた区間であったと考えます。

② 熾烈な3~6位争い

 9区を終えて、概ね最終順位が決まったように観えましたが、最終第10区に熾烈な戦いが残っていました。
 こうした大接戦は、時折箱根駅伝に観られるものなのですが、いつもながら「190km以上を走ってきて、なおも複数のチームによる大接戦」が生じるというのは、本当に不思議なことです。

 3位争いを演じていた東京国際大チームと明治大チームの競り合いに、まず國學院大チームが加わり、続いて帝京大チームが追い付いたのは、第10区の18km付近でした。
 ここから4チームによる大接戦が始まったのです。

 3~6位争いですから、シード権を手にした中での戦いですが、各チームのアンカーは一歩も引かぬ走りを披露してくれました。
 そして残り1km付近で、國學院大チームが抜け出し、これを帝京大チームと東京国際大チームが懸命に追いましたが、國學院大チームが3位を確保しました。

 見所十分な競り合いでした。

③ 熾烈なシード権争い

 いつのレースにおいても、箱根駅伝最大の見所のひとつは「シード権争い」でしょう。

 2020年も、往路9位の早稲田大チームと12位の中央学院大チームのタイム差は39秒しかありませんでしたから、復路の「厳しいシード権争い」が予想されました。

 そして、第7区から、創価大チームと中央学院大チームの争いが続きました。
 7区、8区、9区と、第10位が中央学院大チーム、第11位が創価大チームという状況が続いたのです。

 「シード権獲得」という点ならば、実績十分な中央学院大チームに分があると思いましたが、創価大チームも良く粘り、第10区に入りました。
 そして、創価大チームの第10区・嶋津選手が快走を魅せたのです。
 ややオーバーペース気味に入り、そのまま押し切った、「区間新記録」の見事な走りでした。
 箱根の常連と言っても良い中央学院大チームにとっても、抗しがたい快走であったと感じます。

④ 初のシード権獲得

 総合5位に食い込んだ東京国際大チームと、前述の創価大チームが、初めてシード権を獲得しました。
 予選会トップから、往路3位、総合5位に食い込んだ東京国際大チームの活躍は見事でした。

 箱根駅伝における「シード権の重み」は、私達には想像も出来ない程でしょう。
 10位と11位の間には、本当に「深い溝」が存在するのです。
 「天国と地獄」と呼んで良いような差。

 その重みというか、シード権獲得の難しさは、伝統校にとっても同様です。
 今大会7位に食い込んだ早稲田大チームにしても、箱根駅伝2019において12位に終わり、久し振りにシード落ちしたのですが、予選会2019では9位というギリギリの順位で何とか出場権を得たのです。
 「1度シード落ちしてしまうと再び箱根駅伝の舞台に戻ってくるのは至難の技」とも言われます。

 大学長距離競走界の有力ランナーが凌ぎを削る箱根駅伝ですから、当然と言えば当然のことなのでしょうけれども、例えば早稲田大チームに付いていえば「10名の内たったひとりが失敗」すれば、あっという間に11位以下に下がってしまう怖れがありました。
 10名のランナー全員が「成功」しなければ、シード権の確保は難しいのです。
 心身のコンディショニングを始めとして、「10名全員が成功する」というのは、本当に至難の技なのです。

 早稲田大チームの皆さんには叱られてしまうかもしれませんが、上位入賞では無く「7位によるシード権確保」は、歴史と伝統を誇る早稲田大チームにとっても「大成果」であったのではないかと思います。

⑤ 東洋大チームの誤算

 レース前には、優勝候補の一角と目されていた東洋大チームは、往路11位、総合10位と不本意な結果に終わりました。

 箱根駅伝における安定感という面ならば、他チームの追随を許さないチームなのですが、2020年のレースでは各選手の不振が目立ちました。
 
 誤算のはじまりは第1区の西山選手の不調でしょう。
 区間賞争いの最有力候補と観なされていた西山選手が、早々に後退し、14位に終わったのです。
 トップ争いを演じながら第2区に入ることを目論んでいた東洋大チーム、2区の「大砲」相澤選手によって「独走」を想定していたであろう東洋大チームにとっては、相澤選手の脚を後方からの追い上げに使わざるを得なかったことは、大誤算であったことでしょう。

 とはいえ、相澤選手は期待通り、期待以上の快走を魅せて、驚異的な「区間新記録」を叩き出しましたから、ここから東洋大チームの反攻が始まる筈でした。

 ところが意外なことに(これは本当に意外だったのですが)、続く第3区、4区のランナーが、区間13位、20位と失速してしまいました。
 こうした「大ブレーキが少ない」のが特徴であった東洋大チームに、何が有ったのか?というところでしょう。

 第5区の宮下選手が「区間新記録」の快走を魅せながら、往路11位に止まったのです。
 5名の内、2名のランナーが区間新記録を叩き出しながらの11位というのは、珍しいというか、チームとしては本当に残念な結果でしょう。

 復路に入ってからも、第6区・山下りで一気に7位に順位を上げ、「ここから」という雰囲気でしたが、7区・8区・9位と伸び切れず、7位のまま最終・第10区に突入しました。
 「東洋の3位以内の記録もこれで切れてしまう」と思いましたが、それどころか、アンカーの大不調により、早稲田・駒澤・創価の3チームに抜かれ10位に下がってしまいました。

 中央学院大チームのアンカーが不調であったために、何とか10位は確保しましたが、中央学院大のアンカーが創価大チームと最後までシード権争いを演じていたならば、11位に後退していても不思議の無い展開でしょう。

 「九死に一生を得た」東洋大チームであったと感じます。

 とはいえ、こうした「最悪のシナリオ」下にあっても、東洋大チームはシード権を確保しました。最後の宝は手放さなかったのです。
 箱根駅伝2021における、東洋大チームのリベンジに期待します。

 好コンディションの下で、次々に好記録が飛び出した、2020年の箱根駅伝は青山学院大学チームの5度目の優勝で幕を閉じました。

 「2強対決」だったのですが、3位以下の順位については、ほんの少しの失敗によって大きく変動したように観えるところは、やはり「大混戦」だったのかもしれません。
 國學院大チーム、帝京大チーム、東京国際大チーム、創価大チームと「箱根にとっての新進気鋭のチーム」も登場しています。

 箱根駅伝2021が、今からとても楽しみです。
 第96回東京箱根間往復大学駅伝競走の往路は、1月2日、好コンディション下での戦いが続きました。

 朝8時、東京大手町の読売新聞本社前のスタート地点の気温は7℃と報じられました。
 風も弱く、駅伝をプレーするには絶好のコンディションに観えました。

 このスタート時の「7℃」というのは、実際にはもう少し低いのではないかと感じました。5~6℃だったのではないでしょうか。

 1区から2区への襷渡しが行われる中継所・鶴見の気温は、襷渡し直前で4.5℃と報じられました。
 引き続き、風も強くは無かったので、好コンディションが続いていたのです。

 そうした環境下、2区で相澤晃選手(東洋大学)が素晴らしい区間新記録を叩き出しました。
 「1時間5分57秒」。
 1時間7分台さえ、達成するのがとても難しい区間で、これまでの区間記録、不滅の記録と言われた1時間6分4秒を7秒縮めたのです。
 
 「花の2区」と呼ばれ、時代時代の「大学長距離競走界を代表するランナー」が集う2区ですから、その区間記録も最高レベルのものであることは、ごく自然なことです。滅多な事では破れない、ハイレベルな記録なのです。
 その記録を塗り替えた、相澤選手の「歴史的な」ランでした。

 そして3区のビンセント選手の区間新記録も、素晴らしいものでした。
 「59分25秒」。
 それまでの区間記録を2分以上短縮するという、「異次元の」タイムでした。
 ビンセント選手の潜在能力を感じさせる、見事なランでした。

 2020年1月2日の箱根駅伝・往路は、最高気温が10℃に満たず、風も弱いというコンディションに恵まれ、前述の2つ以外にも区間新記録が複数生まれています。

 さらに、往路優勝の青山学院大学チーム、2位の国学院大学チーム、3位の東京国際大学チーム、4位の東海大学チームの通算走破タイムも、新記録でした。
 これも、95回の歴史、数多くのチームが挑戦し樹立してきた記録、を大幅に短縮するものです。

 「記録誕生にはコンディションが大切」であることを、改めて感じさせる戦いでした。

 2020年1月2日・3日に行われる、第96回東京箱根間往復大学駅伝競走の注目チーム検討です。

 先般の記事にも書きましたように、今シーズンの大学駅伝界は「大混戦」の様相ですから、優勝する可能性のあるチームが相当数存在すると観ています。
 従って、順位予想は至難の業ですが、先日行われた全日本大学駅伝の結果を尊重して、選定して行こうと思います。

 さて、期待の10チームは以下の通りです。(大学名後の「チーム」という表記は省略します)

① 東海大学
② 青山学院大学
③ 東洋大学
④ 東京国際大学
⑤ 駒澤大学
⑥ 帝京大学
⑦ 順天堂大学
⑧ 國學院大学
⑨ 中央学院大学
⑩ 早稲田大学

 箱根駅伝2019の1位と2位の東海大学チームと青山学院大学チームを、1番手・2番手としました。全国大学駅伝2019でも1・2位でしたので、混戦の中では安定しているとの見方です。

 3番手の東洋大学チームは、2010年以降の「箱根駅伝における安定感」を選定基準としています。

 4番手と5番手の東京国際大学チームと駒澤大学チームは、全国大学駅伝の成績と、箱根駅伝予選会で良い走りを魅せた東京国際という面から、選定しました。
 特に、東京国際チームは「伸び盛り」という感じがします。
 もちろん、東京国際チームが優勝する可能性も十分にあります。

 この1~5番手を優勝候補群としたいと思います。今回のレースにおいて、この5チームなら、どこが優勝しても不思議ではないでしょう。

 6番手の帝京大チームは、このところの箱根駅伝での好成績と全日本2019の8位=シード権獲得実績を考慮しました。

 7番手の順大チームは、箱根駅伝2019・8位の実績および、箱根駅伝における「伝統の強さ」に期待します。

 8番手の国学院大チームは、出雲駅伝2019優勝という、チームの勢いを評価しました。
 この「勢い」で、全国大学駅伝2019でも7位に食い込み、シード権を得ています。

 9番手の中央学院大チームは、箱根のシード権獲得実績を着々と積み上げているチームです。要は「箱根駅伝に強い」のです。  その中央学院大チームが、全国大学駅伝2019で10位に食い込んでいますので、箱根駅伝2020でも十分に戦えると感じます。

 10番手のチームは迷いましたが、早稲田チームとしました。
 言わずと知れた「箱根の名門」です。
 箱根駅伝予選会2019において第9位。第10位の中央大チームと共に、「名門」2チームがギリギリ滑り込んだという形ですが、早稲田大チームの方は全国大学駅伝2019で6位と健闘しましたので、10番手としました。
 もともと「箱根一本」に絞って調整する駅伝チームですので、戦前の予想より良い成績を残してくれるのではないかと、考えています。

 箱根駅伝2020では、以上の10チームに期待します。

 「史上空前の戦国駅伝」と呼ばれているレースを制するのは、どのチームなのでしょうか。

 10月14日に行われた出雲駅伝、11月3日に行われた全日本大学駅伝、いわゆる大学3大駅伝の内2つのレースを終えましたが、2020年お正月の箱根駅伝に向けて、どのチームが有力か、想定も出来ない程の大混戦となっています。

 まずは出雲駅伝ですが、もともと区間距離の短い「スピード駅伝」として知られています。出雲駅伝2019の通算順位は以下の通りです。

[第31回 出雲駅伝]
1位 国学院大学
2位 駒澤大学
3位 東洋大学
4位 東海大学
5位 青山学院大学
6位 立命館大学
7位 帝京大学
8位 順天堂大学
9位 拓殖大学
10位 法政大学

 レースを通して、驚かされることが続きました。
 まず第1区で先頭に立ったのは北海道選抜チームでした。北海道選抜は第2区も首位を守りました。
 そして1区、2区と2位に付けていた駒澤大学チームが3区で首位に立ちました。駒澤大学は3区、4区と首位を守りました。これまでの大学駅伝であれば、このレースは駒澤のものの筈でした。

 ところが最終区で、東海大学チームと国学院大学チームが追い上げ、最後は国学院大学の土方英和選手が抜け出して、優勝を飾ったのです。
 駒沢大チームや東海大チームといった、「全国大会で戦い慣れている」ライバルチームを振り切っての、見事な優勝でした。
 国学院大チームで区間賞を取ったのは、最終6区の土方選手のみでした。
 第2区と4区で2人の区間賞ランナーを出した青学大チームは5位に止まったのです。

 「今シーズンは過去のトレンドや『これまでの常識』が通用しない」と感じました。

 そして、全日本を迎えたのです。

[第51回 全日本大学駅伝]
1位 東海大学
2位 青山学院大学
3位 駒澤大学
4位 東京国際大学
5位 東洋大学
6位 早稲田大学
7位 国学院大学
8位 帝京大学
9位 順天堂大学
10位 中央学院大学

 東海大学が優勝しましたが、先頭チームが区間ごとに目まぐるしく入れ替わる展開となりました。

 第1区は、城西大学チーム(総合13位)の荻久保寛也選手がラストスパート勝負で抜け出して区間賞、首位で2区に繋ぎます。

 第2区は、東京国際大学チームの伊達達彦選手が区間賞で首位に踊り出ました。

 第3区は、東洋大学チームの相澤晃選手が快走を魅せて首位に立ち、第4区も東洋大が首位を守りました。

 第5区では、東海大学チームの市村朋樹選手が区間7位ながらも首位に上がりました。第4区で2位に付けていたとはいえ、区間7位の走りで首位に立つということ自体が、このレースの「大混戦」を示す事象でしょう。
 東洋大チームは区間11位と失速し、区間1位だった国学院大学チームは、3区で9位に下がり4区で6位まで上げていたとはいえ、5区で4位に上がるのが精いっぱいだったのです。区間2位の走りを見せた順天堂大学チームが、総合3位に上がりました。

 そして第6区。
 ここで東海大チームの郡司陽大選手が区間1位の走りを魅せて首位をキープし、2位との差を広げました。
 通常ならば、この走りによって「東海大が首位固め」ということになるのですが、今シーズンはなかなか簡単には決着しません。

 距離の長い第7区で、青山学院大学チームの吉田圭太選手が区間2位の走りで一気に首位に踊り出ました。
 東海大チームは区間8位に沈み、2位に後退してしまったのです。
 総合3位には、田澤廉選手が区間1位の走りを魅せた駒沢大チームが上がりました。

 近時の大学駅伝をリードする存在である青学大チームが首位に立ちましたので、「これで決まり」かと思いましたが、やはり第8区で逆転が待っていたのです。

 最長の第8区では、東海大チームの名取燎太選手が区間2位の走りで青学大チームを逆転し、優勝しました。青学大チームは区間7位に沈んだのです。

 何と「目まぐるしい」レースでしょうか。
 各区間で先頭に立ったチームは、「相応の差」をつけて次区に繋いでいました。
 そうすると「先手必勝」というか「リードしているチームの余裕」というか、駅伝競走においては先頭で走ることのメリットが有ると言われます。
 追い上げるのは大変な筈なのです。

 ところがこのレースでは、「安定したレース運び」が出来るチームが皆無に観えました。
 
 好調なランナーが好調な走りを魅せ、不調なランナーは一気に後退するという、「1区間ごとに各チームの順位が大変動」してしまうのです。
 レースの流れも何もあったものでは無い、という感じ。

 もちろん、安定感のあるランナーを揃えることは容易なことではないのですが、それにしてもこれ程に1区間ごとに順位が変動するというのは、これまではあまり見られなかったと思います。

 大袈裟に言えば、今シーズンの男子大学駅伝は、「走ってみなければ分からない」、それも1区間ごとに「走ってみなければ分からない」チーム同士の戦いに観えます。
 いわば「1区間ごとにロシアンルーレットを行っている」ようなレースが続いているのです。

 もちろん、各チームのエース級のランナーは、それなりの「安定感」を示し続けるのでしょうが、2番手以下のランナーは、「何時誰が大ブレーキになるか分からない」という状況に観えます。

 箱根駅伝2020も「ロシアンルーレット」のようなレースに成る可能性があります。

 別の言い方をすれば、数多くのチームに優勝のチャンスがあるということなのでしょう。

 3区の相澤選手(東洋大)の走りは、感動的なものでした。

 重戦車タイプのランニングなのですが、圧倒的なスピードも具備しているのです。

 このところ、学生長距離界に「本物」を感じさせるランナーがなかなか出てこないと思っていたのですが、「ついに」というところでしょうか。

 ストライドが大きく、安定したピッチで走るのですから、速いのは自然なのですが、前を行くランナーを「並ぶ間も無く抜いて行く」様子は、日本人離れしています。
 結局10名のランナーを抜いたのですが、一度も「並走」は無かったように観えました。
 力みの無い加速に、才能の大きさを感じます。

 区間の見直しが実施されて間もないので、「区間新記録」は当然として、その大幅な記録更新も、相澤選手の実力を明示しています。

 もちろん、まだまだ成長途上でしょうから、絶対筋力が不足しているのでしょうか、少し浮き上がり気味の走りですから、今後の成長が本当に楽しみです。

 東京オリンピック2020では10,000mの代表を狙っているとのこと。
 パリオリンピック2024も含めて、今後の日本長距離界を背負って行く存在であることは間違いないでしょう。

 「新星」が登場しました。
 まず10月12日、男子マラソンの衝撃的なニュースが飛び込んできました。

 エリウド・キプチョゲ選手(ケニア出身・34歳。現世界最高記録2時間1分39秒保持者)の「2時間切り」です。

 ウィーンで、「42.195kmを2時間以内で走破する」ための企画・イベントが開催されたのですが、そのイベントで「1時間59分40秒」という記録を、あっさりと叩き出してしまうところが、キプチョゲ選手の凄いところでしょう。(もちろん未公認記録ですが・・・)

 報じられているところによれば、平たんなコースを使用し、「風よけ」として前に5名のランナーが走り、後方には2名のペースメーカーが配されて、入れ替わりでハイペースを示現したとのこと。
 1kmを2分50秒のペースで、ハーフを59分台とし、そのままゴールインしたと。
 ゴール前でのキプチョゲ選手は、疲労困憊という様子では無く、余裕さえ感じられたと言います。

 何だか凄い話ですが、キプチョゲ選手にはそれだけの走力が備わっていて、条件さえそろえば、公認されるレースでも「2時間切り」が十分に可能であるということなのでしょう。

 「世界は遥か彼方を走っている」のです。

 続いて10月13日、シカゴマラソン大会で、ブリジット・コスゲイ選手が「2時間14分4秒」の女子マラソン世界最高記録を叩き出したと、報じられました。
 こちらは公認記録です。

 16年振りの世界最高記録更新ですが、前の記録を1分以上縮める見事なものです。

 コスゲイ選手はケニア出身の25歳。
 2018年にシカゴマラソンで優勝した時には2時間18分35秒だった記録を、2019年4月のロンドンマラソンで2時間18分20秒に伸ばし、今回の快挙に結びつけた形ですが、わずか4ヵ月で4分以上の自己記録更新という、「長足の記録の伸び」は、凄いの一言でしょう。

 シカゴマラソンは記録が出やすい「高速コース」として知られています。
 私達の記憶に残っているのは、2001年の大会で、やはりケニアのキャサリン・ヌデレバ選手が2時間18分47秒を出して、当時の世界最高記録、高橋尚子選手の2時間19分46秒を更新したレースでしょう。

 高橋選手も「2時間20分切り」を実現した女子ランナーとして、世界に名を轟かせていたのです。
 日本女子マラソンの全盛期の話ということになります。

 そして、有名なポーラ・ラドクリフ選手(イギリス)が2003年にロンドンマラソンで2時間15分25秒という「驚異的な」記録を樹立しました。
 この記録が、長く女子マラソン世界最高記録として存在してきたのです。

 男子マラソンには「サブテンランナー」という言葉が有ります。
 2時間10分を切るランナーという意味ですが、これが「一流ランナーの証」なのです。
 現在でも、日本マラソン界であれば「ひとつの道標」としての存在感を維持しているのですが、女子ランナーが2時間15分を切って来るようになると、男子の「サブテン」という言葉も、そろそろお蔵入りの時期かなという感じもします。

 2つの驚異的な記録が、2019年10月に生まれました。

 男子は「2時間00分」、女子は「2時間15分」というのが、今後の世界のマラソンの記録の基準となる時代が来たのでしょう。

 東京オリンピック2020のマラソン代表を決めるマラソングランドチャンピオンシップ・女子の部は、9月15日午前9時10分、東京・神宮外苑・絵画館前をスタートしました。

 10選手が出場しましたが、約20分前にスタートした男子のレースの情報が入っていたのか、あるいは戦前からの作戦だったのか、女子のレースもスタート直後から、動きました。
 一山麻緒選手が飛び出したのです。

 もともと接戦が予想されたレースで、しかも10名しか走らないレースとなれば、しばらくは他選手の様子や自身の調子を見る為に、集団で走るであろうと予想されていたのですが、一山選手は敢然と出たのです。

 この一山選手の飛び出しは、男子の設楽選手の場合とは異なり、800m付近で後方グループに吸収されることとなりましたが、1km・3分17秒の「ハイペースの入り」となって、MGC2019女子の部の「形を決める」こととなりました。
 レースに対して、とても大きな影響を与えたのです。

 このハイペースによって、一気に「7選手による先頭集団」が形成されました。
 レースは、この先頭集団を中心に展開されることになったのです。

 10km付近で前田穂南選手がスパートしました。
 一山選手らが付いて行きますが、前田選手の軽快な走りが目立ちました。

 15km、先頭集団は5名となりました。
 前田選手、安藤友香選手、小原怜選手、鈴木亜由子選手、福士加代子選手です。

 そして18km付近。
 前田選手が再びスパートしました。最初のスパートより、スピードのある飛び出しでした。

 このスパートに付いて行ったのは鈴木選手だけでした。そして、小原選手が追い縋ります。
 前田選手と鈴木選手の並走が始まりました。
 21km付近で、前田選手が再びスピードを上げました。
 鈴木選手がじりじりと離されます。
 前田選手、鈴木選手、小原選手が等間隔で走る、各選手が「単走」という形になりました。

 振り返ってみれば、この時点で、「レースは決まった」のです。

 この後、前田選手は後半の登りコースも快調な走りを続け、鈴木選手は完全に脚に来ていたものの懸命に粘り切り、小原選手も疲労の極の中で40kmから良く追い上げ、鈴木選手に4秒差まで迫ったところがゴールでした。
 
[MGC2019・女子]
1位 前田穂南選手 2時間25分15秒
2位 鈴木亜由子選手 2時間29分02秒
3位 小原怜選手 2時間29分06秒

 前田選手の走りは素晴らしいものでした。
 日本女子マラソン界に、ついに「新星」が登場したのではないでしょうか。
 最高気温が30℃に達しようとしている気象条件の中での「25分台」は立派な記録でしょう。
 長身ながら走りのバランスも良く、坂路への対応力も証明してくれました。

 鈴木選手の「走れなくなってからの走り」も凄いものでした。
 ゴールインした瞬間、ほぼ歩くことも出来ない程に「脚に来ていた」のですが、残り2~3kmをこの状態で走り切ったように観えました。腕を大きく振り、動かない脚を何とか動かしていました。この能力は、厳しい環境下であればあるほど、威力を発揮するのではないでしょうか。
 鈴木選手には、一層のスタミナ面の強化が、期待されるのでしょう。

 10名という絞られたメンバーにより争われたMGC2019女子も、見所十分なレースとなりました。
 
 午前9時10分のスタート時、前列に並んだ福士加代子選手のとても嬉しそうな様子が印象的でした。
 スタートライン付近に登場した時から、「わあー」という感じ・・・。
 「このレースのスタートラインに立っている」ことについての喜び・幸せ・感謝を全身で感じているように観えました。
 自然な形でレースを楽しんでいたのでしょう。

 世界で戦って行くアスリートにとって、とても大切な「心持ち」であろうと思います。
 東京オリンピック2020のマラソン代表を決める大一番、マラソングランドチャンピオンシップ大会・男子の部は、9月15日・午前8時51分に、東京・神宮外苑・絵画館前をスタートしました。

 30選手が出場しましたが、レースはいきなり動きました。
 設楽啓太選手が飛び出したのです。

 こうした大事なレースでは「牽制しあって」、しばらくの間は「集団で走る」のではないかという予想が多かったと思いますが、設楽選手はスタート直後からリードを奪う戦術を採ったのです。

 設楽選手と2番手クループとの差は、見る見る広がりました。
 10m、20m、設楽選手は1kmを約3分で通過しましたが、その時には既に後続に100m位の差を付けていました。

 このレースは、1位と2位がオリンピック出場内定ですから、「設楽選手が行ってしまうようなら、行かせる。無理には追いかけない」という作戦を口にする、各チームのコーチが多かったと報じられていました。
 ひとつの考え方であろうと思いますが、それにしても、あまりにも差が開き過ぎているのではないかと感じました。

 「30km地点では勝負はついている」とコメントしていた設楽選手の狙い通りの展開に観えました。
 設楽選手は「1km・3分」のペースを堅持しているのに対して、2番手グループは「1km・3分10秒」ペースですから、1km走るごとに10秒ずつ差が開く形となって、一時は2分以上・600m以上の大差となりました。
 設楽選手の大独走となったのです。

 もはや「1位は設楽選手。2位・3位を残りのランナーで争うレース」になったように観えましたし、ペースメーカーの居ないレースの難しさ、面白さが、存分に観られたのです。

 加えて、「1km・3分」というペースは、現在の男子マラソンとしては決して速過ぎるものではなく、世界大会であれば普通のペースですし、ましてや、スタートからしばらくは下りのコースですので無理のないペースに感じられました。設楽選手の作戦は見事に功を奏したように観えたのです。

 しかし実際には、「9月中旬の東京の気候」が設楽選手にダメージを与えていたのです。

 設楽選手は10kmを29分50秒で通過しました。
 2位グループの選手達が大汗をかいている中で、大袈裟に言えば「汗ひとつかかず、スイスイと走っている」様子でした。

 その設楽選手の快ペースが少し遅くなったのは12km付近からでしょうか。
 1km・3分5秒となったのです。
 しかし、走りには大きな変化は有りませんでした。

 12kmを過ぎて、2位グループにも細かい動きが出始めました。色々な選手が小さなスパートを見せ、他の選手が追い付くという動きが観られるようになったのです。
 とはいえ、レース全体の展開に大きな影響を及ぼすものとはなりませんでした。

 設楽選手は15kmを44分59秒で通過しました。
 ペースが落ちたと言っても「1km・3分」を堅持したのです。

 この設楽選手の走りに、最初の変調が観られたのは、16km過ぎでした。
 右半身の動きが良くなくなり、走りのバランスが崩れたのです。
 疲れが出るのが少し早いと感じました。

 2位グループにも変化が生じました。
 17km付近で鈴木健吾選手がベースアップし、これに大迫傑選手、服部勇馬選手、中村匠吾選手が付いて行って、4選手による2位グルーブが構成されたのです。
 2位・3位争いは、この4名を中心に行われるように観えました。

 設楽選手は20kmを1時間4秒で通過しました。
 ペースダウンしたとはいえ、やはり1km・3分のペースを守っているように観えました。
 また、20kmを過ぎて、設楽選手の走りのバランスが戻ったように観えました。少し走りが小さくなったものの、左右のバランが良くなったのです。

 2位グループでは、鈴木選手が何度も仕掛けました。
 抜け出そうとしますが、服部選手や大迫選手がこれを許しませんでした。
 自然に、2位グループのペースが上り、20kmは1時間2分丁度で通過しました。
 一時は2分以上有った設楽選手との差が1分56秒に詰まったのです。

 芝公園の折返し地点では、2位グループのペースが落ち、後方集団から追い上げる選手が出始めました。まず、藤本拓選手が取りついたのです。
 24.5km付近で、大塚祥平選手と橋本崚選手が2位グループに追い付き、2位グループは計7名となりました。

 25km付近から、先頭の設楽選手の走りが明らかに小さくなりました。ペースも1km・3分10秒に落ちました。「脚に来ている」印象でした。

 2位グループでは橋本選手が仕掛けて、ペースが上がりました。
 28km付近では、設楽選手との差が1分30秒に縮まりました。
 設楽選手のペースダウンが大きかったので、差が見る見る詰まる形となったのです。
 前半10kmまでとは、全く異なる様相となりました。

 30km、設楽選手と2位グループとの差は1分17秒に詰まりました。

 設楽選手のペースは1km・3分15秒以上かかるようになりましたので、差が一気に詰まりました。

 32.8km、皇居前の折返し点では56秒差となり、2位グループから設楽選手が良く観えるようになりました。
 34km付近では40秒差となり、2位グループが設楽選手を吸収するのは、時間の問題でした。

 中本健太郎選手、竹ノ内佳樹選手を加えた、9名の2位グループは、猛然と設楽選手に迫りました。

 36.5km・飯田橋付近を過ぎて、レースの山場、「きつい登り」が始まりました。

 そして37km付近で、ついに設楽選手は2位グループに追い付かれたのです。
 このレースの形を決め、敢然と先行した設楽啓太選手のMGC2019が終了した瞬間でした。
 設楽選手の作戦は、このレースでは実りませんでしたけれども、外連味の無い走りは「世界に挑む日本マラソン」に必要な走りであったと思いますし、将来MGC2019男子を語る時、その主役のひとりであることは、言うまでも無いことでしょう。「レースの景色を決めた素晴らしいチャレンジ」でした。

 さて、先頭に立ったグループ、ここからは先頭集団ということになりますが、においては、各選手による小さなスパートが繰り返されました。竹ノ内選手や橋本選手が抜け出そうとしてトライを続けたのです。
 しかし、これらには他の選手も付いて行きました。
 
 39km付近で橋本選手が再びスパートし、これに中村選手が付いて行き、服部選手、大迫選手も続きました。先頭グループのペースが上がったのです。

 そして40km、中村選手がスパートしました。これまで何度か行われた各選手のスパートとは次元の違う、「勝負をかけたスパート」でした。ここまで「脚を温存していた」のでしょう、素晴らしい走りでした。

 このスパートを追いかけることが出来たのは、大迫選手と服部選手だけでした。
 レースは3選手の争いに絞られたのです。

 先頭を行く中村選手を、大迫選手が猛然と追い上げます。
 登りが続く後半のコースですが、40kmを過ぎると一時的に下りのエリアがあるのです。
 その下りを利しての大迫選手の走り、ストライドの大きな走りは素晴らしいものでしたが、この凄い追い上げに対して、中村選手も一歩も引かず、凄まじい競り合いが続きました。

 そして、この競り合いは中村選手が制したのです。
 
 この競り合いを3番手の位置からじっくりと観ていた服部選手が、残り500mで大迫選手を捉えました。大迫選手としては、あのスパートで中村選手を追い抜けなかったことが、惜しまれるところでしょう。

[MGC2019・男子]
1位 中村匠吾選手 2時間11分28秒
2位 服部勇馬選手 2時間11分36秒
3位 大迫傑選手 2時間11分41秒

 稀に見る大接戦でした。
 
 37km付近からの残り5km、40kmからの残り2kmの戦は、後世に語り継がれるものでしょう。「伝説」になることは間違いありません。

 1・2位の中村選手と服部選手は、東京オリンピック2020出場に「内定」しました。
 2位となった服部選手は、「2位以内を確保するために、最も確率の高い戦術を駆使」したように観えました。このレースの意味・目的をしっかりと把握したうえで、とても冷静・沈着な判断を局面局面で下し、実行したのです。もちろん、余力が有ることが前提となる作戦ですから、フィジカル面でも十分にレースに対応できていたということになります。地力十分ということでしょう。
 3位の大迫選手は、冬季の3レースで、自身の持つ「2時間5分50秒」を破る=2時間5分49秒より速く走る選手が登場しない限り、東京オリンピック2020に出場することとなります。
 「MGCの3位以内」は、とても重い成績なのです。

 2位グループに居た時、そして、先頭に立った時、このレースを通じて、常に「真っ直ぐに前を見つめていた」中村選手の表情が、とても印象的でした。

 6月3日、本年9月15日に実施される、マラソングランドチャンピオンシップMGCの出場選手が発表されました。

 日本陸上競技連盟強化委員会のマラソン強化戦略プロジェクトリーダー(ちょっと長い名称ですが)の瀬古利彦氏らから、同会見において発表されたのです。
 出場するのは、男子31名、女子12名の選手達です。

 東京オリンピック2020の日本のマラソン代表選手を一度のレースの結果によって決めようという、これまでの日本陸上界にはなかった試みですが、いよいよ迫ってきたと感じます。

 こうした取組については、基本的に大賛成です。

① 公平・オープンであること
② 一発勝負に対するコンディション調整能力や所謂「気持ちの強さ」も測り得る方式であること
③ その選手の持つ「運の強さ」が分かること

 が賛成の理由です。

 近時においては、特に①が重要でしょう。
 従来のように「会議で代表を決める方式」では、どうしてもブラックボックス要素が残ってしまい。選手の間や選手関係者の間、ファンの間にしこりが残ってしまいます。

 「本当は○○選手の方が強い」「依怙贔屓があったのではないか」「あの選手は選考委員長の出身校の選手だから」「私の方が記録は良いのに」・・・といった様々な意見や憶測が交錯してしまうのです。
 会議室という密閉された空間で、限られた人数の参加者により秘密裏(会議議事録詳細は公開されていません)に選択を行えば、どのような方法を取ったとしても、必ずこうした疑問が生まれてしまうのです。これは避けられません。

 そして、「選出されなかった選手が出場していた場合との成績比較は、いつの大会でも不可能」なのですから、密室で選考した人達の責任も最終的には問われない、結局は「まあ、仕方がない」といって忘れ去られる一方で、選出されなかった選手達やその関係者の不信感や、大袈裟に言えば「遺恨」は、長く残ってしまうのです。(「オリンピアンか否か」は、当該選手のその後の人生にも大きな影響を及ぼすものでしょう)

 それと比較すれば、今回のように「衆目監視のレースの結果」により、ほぼ自動的に代表選手が決まるというのは、とても「オープン&フェア」です。
 21世紀において、スポーツのみならず全ての分野において求められている「オープン&フェア」が相当に達成できているのでしょう。

 加えて、MGCへの参加資格を取ることができるレース、機会も相当数確保されていました。これも大事なことだと思います。

 当然ながら、東京オリンピック2020出場を目指す選手達にとって、最も大事なことは、MGC本番(9月15日のレース)において、自らの実力を100%発揮することなのですが、目標のレースに向けての調整方法は、ランナー毎に異なるのは自然な話でしょう。

 MGC出場を目指すレースと、MGC本番までの調整に必要な期間も、ランナーによって異なるのでしょうから、数多くのチャンスが存在することは良いことです。

 さて、MGCの実施が公表された際には、「やはり、残り1名は会議室で決めるのか」と少し残念な感じがしたものですが、今回の発表の際に、「残り1名の選出方法・設定記録」が公表されて、なるほどと感じました。

 代表選手残り1名を決める際の設定記録は、男子が2時間5分49秒、女子が2時間22分22秒という、現在の日本マラソン界にとっては「とても高い水準の記録」となったのです。
 これは、2017年8月~2019年4月(=MGC参加資格を得ることができた1年半余の期間)の日本人最高タイムより、男女ともに「1秒早い」記録となっています。

 この発表を聞いた時、「なるほど、オリンピックが近付いた時期に飛び出してくる『新星』のための枠」であると思いました。
 男子であれば、この設定記録を上回るということは、自動的に日本最高記録樹立となりますので、これは「大新星」の誕生でしょう。

 その時期、今回であれば、東京オリンピック2020開催時期ですが、その時期の「最強の日本人ランナー」を出場させようという観点からは、ひとつの考え方であろうと思います。
 この設定記録を上回る選手が登場しない場合には、MGCの3位の選手が代表となる、という建て付けも悪くないと感じます。
 MGCの重みは、厳然と存在しているのです。

 こうした方式と、「一発レースで全3名の代表を決める」方式のどちらが良いかは、今後の検討を待つこととなるのでしょう。
 私個人としては、やはり「一発レースで全代表を決める方式」の方が、より良いと考えていますが・・・。

 話を戻します。

 MGC開催の時期も良いと思います。
 9月15日といえば、日本列島はまだまだ暑い時期ですし、とんでもなく暑い残暑の時期である可能性も有ります。
 酷暑(高温多湿)下のレースが予想される東京オリンピック2020の、マラソン代表選考レースとしては、とてもマッチした時期に行われることになるのでしょう。
 午前9時台の時刻のスタートというのも「暑さ」を十分に考慮しています。

 オリンピック本番は、MGCより早い、午前6時前後・早朝のスタートですが、実施時期としては盛夏ですので、9月のMGCの暑さを「本番に近いもの」にしようという意図が感じられます。

 気温が低い時期にどんなに強い選手であっても、本番はとても暑い時期に行われるのです。
 高温多湿の時期に強い選手を選定する必要があるのは、当然のことだと思います。

 9月15日午前9時台、東京・神宮外苑の銀杏並木をスタートし、ゴールも神宮外苑、右手に神宮球場、左手に軟式野球場がある辺りであると発表されました。
 
 神宮外苑は、本記者会見の発表者のひとりであり、かつて日本男子マラソン界を牽引した瀬古利彦選手の練習場として広く知られていました。瀬古選手は、神宮外苑を走り続けていたのです。(当時は、瀬古選手を観たければ神宮外苑に行け、と言われていました)
 そのエリアが、MGCのスタート・ゴール地点となった訳です。

 9月15日が、本当に楽しみです。
 3月3日午前9時10分・スタート時の気温は5℃以下だったと思います。
 そぼ降る雨の中のレースとなりました。

 気温が低く、体が冷えたまま暖かくなり難い、厳しい気象条件の中での戦いとなったのです。

 レースはスタートからハイペースでした。
 「2時間3分前後」のハイペース。
 厳しい環境下では、ランナーにとって過酷なペースとなったのです。

 トップグループは、ディクソン・チュンバ選手(ケニア)、ビルハヌ・レゲセ選手(エチオピア)、ビダン・カロキ選手(ケニア)、サイモン・カリウキ選手(ケニア)、エルハサン・エルアバシ選手(バーレーン)、セイフ・トゥラ選手(エチオピア)、ノバート・キゲン選手(ケニア)らの外国勢と、佐藤悠基選手、大迫傑選手、中村匠吾選手の日本人選手によって構成されました。

 トップグループは10kmを29分09秒で通過、15kmは43分56秒でした。

 「この低気温下、本当に速い」と感じました。
 まさに「消耗戦」の様相でした。

 18.5km付近で、チュンバ選手やレゲセ選手がペースを上げました。
 トップグループが2分されそうになりましたが、日本選手等も懸命に付いて行きます。

 20kmは58分45秒で通過しました。相変わらずのハイペース。
 
 21kmを過ぎた辺りで、大迫選手と中村選手が遅れ始めました。
 22kmを過ぎた辺りで、佐藤選手が遅れ始めました。

 「消耗戦」の中で、日本選手達が力尽きたという形でしょう。
 こうなると、ここまで無理をした分、3名のランナーは一気にペースが落ちてしまうのが一般的です。

 レゲセ選手、カロキ選手、チュンバ選手がトップグループを形成しました。
 ペースメーカーにピッタリと付いて、レースを続けます。

 25kmは1時間13分29秒で通過。

 28km付近でチュンバ選手が遅れ始めました。
 6年連続の東京マラソン出場であり、前回の優勝者でもありましたから、優勝候補の本命と目されていたのですが、そのチュンバ選手も付いていけなくなったのです。

 レースは、レゲセ選手とカロキ選手の戦いとなりました。

 30kmは1時間28分16秒で通過しました。

 ペースメーカーが離脱して、レゲセ選手が前、カロキ選手が後ろという配置でした。
 そしてレゲセ選手がベースアップしてカロキ選手を引き離しにかかりました。

 カロキ選手のペースは、2分55秒前後/kmと全く落ちていなかったのですから、レゲセ選手は2分50秒/km前後にペースを上げた形です。
 この極めて厳しい「消耗戦」を戦いながら、再度ベースアップが出来るのですから、レゲセ選手には、計り知れない底力があることは間違いありません。

 必死に付いて行ったカロキ選手もついに引き離され、レゲエ選手の独走となりました。
 独走になっても、レゲセ選手のペースは余り落ちませんでした。
 「本当に強い」と感じました。

 29km付近で大迫選手が棄権し、中村選手も大きくペースダウンしていました。
 そして、最初にトップグループに付いて行った日本3選手の中で粘っていた佐藤選手も33km付近で一気に脚が動かなくなりました。急減速でした。

 この3選手の減速は、止むを得ないものだと感じます。
 これだけ厳しい環境下で、日本記録を大きく上回るペースで飛ばしたのですから、体へのダメージはとても大きなものだったと思われるからです。

 大迫選手の棄権に付いて言えば、「もっと早く棄権すべきであった」と考えます。
 25km辺りで棄権していれば、ダメージは相当小さかったのではないでしょうか。
 日本マラソン陣を代表するランナーを、こうしたレースで失うリスクは回避しなくではならないのです。

 少し話が逸れて恐縮ですが、「スタートした以上は完走すべき」というのは、伸び盛りの中学生・高校生位のランナーであれば多少は有効な考え方かもしれませんが、世界トップクラスで戦うアスリートにとっては危険な考え方です。
 不調やコンディションが良くない中で、心身に大きな負担がかかり続ける状況下であれば「一刻も早く棄権する勇気」が大事です。

 マラソン競技であれば、足腰を始めとする筋肉他へのダメージや心肺機能への影響が残ることは、世界の舞台で戦って行く上での大きなマイナスになってしまいます。
 これだけハイペースのレースが常態となった時代、妙な根性論の様な考え方は有害無益でしょう。

 ゴルフ競技風に言えば、「今日は大迫選手の日では無かった」ということです。
 大迫選手には、一刻も早く回復していただきたいものです。

 さて、30km過ぎでレゲセ選手がカロキ選手を引き離したところで、優勝の帰趨は決しました。

・1位 ビルハヌ・レゲセ選手 2時間4分48秒
・2位 ビダン・カロキ選手 2時間6分48秒
・3位 ディクソン・チュンバ選手 2時間8分44秒
・4位 サイモン・カリウキ選手 2時間9分41秒
・5位 堀尾謙介選手 2時間10分21秒
・6位 今井正人選手 2時間10分30秒
・7位 藤川拓也選手 2時間10分35秒
・8位 神野大地選手 2時間11分5秒

 当初トップグループに居た選手の中で、上位に残ったのは1位~4位の4名のランナーだけでした。日本3選手だけでは無く、トゥラ選手、キゲン選手、エルアバシ選手も大きく減速してしまったのです。
 このレースの前半の厳しさがよく分かる結果です。

 近時、世界のトップクラスとの差を少し縮めたかに見えた日本男子マラソン陣でしたが、まだまだ「世界との差は大きい」ことを痛感させられるレースとなりました。(関係者の皆さんは、百も承知のことかもしれませんが)

 「トップグループに居なければメダルは狙えない」のが現代の世界トップクラスのマラソンレースですから、大迫選手、中村選手、佐藤選手のトライは、その資格を得る為には当然のチャレンジでした。
 しかし、残念ながらレゲセ選手の実力は遥かに上だったのです。

 東京オリンピック2020に向けて、日本男子マラソン陣の「茨の道」は続きます。
 1月2日の往路は、東洋大学チームが優勝、東海大学チームが2位でした。

 天候にも恵まれ、稀に見る高速レースとなった箱根駅伝2019・往路でした。
 優勝した東洋大チームの走破タイム・5時間26分31秒、2位の東海大チームの5時間27分45秒は、共に新記録でした。

 1位と2位の差は1分14秒でしたが、これは見た目より遥かに小さな差でした。
 東洋大チームと東海大チームのレース内容から観ると、考えにくいような小差だったと感じます。

 東洋大の各区間順位は、1区が区間1位、2区が区間4位、3区も区間4位、4区が区間新記録の区間1位、5区が区間8位でした。
 一方の東海大は、1区が区間6位、2区が区間8位、3区が区間7位、4区が区間2位、5区が区間2位でした。

 往路5区間の内、東洋大チームが4区間で東海大を上回り、区間賞も東洋大が2個、東海大は0個でした。
 見た目には東洋大チームが圧倒していたのです。

 ところが、結果は僅かに「1分14秒差」でした。

 5区で東海が東洋を1分34秒追い上げたこともあるのですけれど、それにしても区間賞無しの東海大チームは、「順位よりタイム差」という、駅伝で最も大切な原理を忠実に守って走ったということなのでしょう。

 これまで何度も書いていて恐縮なのですが、「駅伝で順位が大切なのは最終区だけ」なのです。
 東海大チームの各ランナーは、区間順位は悪くとも、その区間で自分より速いランナーに懸命に食い付いて行ったことが良く分かります。
 当たり前のことですが、ラストスパートで競っているランナーより1m前に出るより、例えば箱根駅伝なら5kmから20kmの間で、持てる力を振り絞ってタイムを縮めることの方がずっと大切です。
 ラストスパートで5~10m位置いて行かれることなど、そのことに比べたら小さなことなのです。

 東海大チームは、見た目には「地味なレース」を往路で繰り広げましたが、僅か1分14秒差で2位に付けたのです。

 それが、初の総合優勝の礎となったことは、言うまでも有りません。
 往路4区・20.9km(平塚→小田原)を、相澤晃選手は1時間00分54秒で駆け抜けました。
 素晴らしい区間新記録の走りでした。

 走りのバランスが良く、腕振り、脚の運び、全身のパワー、全てがとても良いランニングに観えました。

 次代の日本長距離界を支える逸材が登場したのではないでしょうか。

 身長178cm・体重63kg、福島県・須賀川市出身の21歳。

 まだ大学3年生の相澤選手ですから、2020年も箱根駅伝に登場することとなりますので、東京オリンピック2020には間に合わないかもしれませんが、2021年以降の日本長距離界あるいはマラソン界における活躍が、本当に楽しみです。
 第95回東京箱根間往復大学駅伝競走は、総合優勝が10時間52分09秒の記録で東海大学チーム、往路優勝は5時間26分31秒で東洋大学チーム、復路優勝が5時間23分49秒で青山学院大学チームとなりました。

 天候にも恵まれたのでしょうか、3つの優勝は、全て新記録という、記録的な「高速レース」となったのです。

 2日間に渡って実施され、「3つの優勝」が用意されている箱根駅伝にとって、最も「らしい」レースである「別々の3チームが優勝を分け合う」結果ともなりました。(本ブログ、2018年12月26日付の記事「[箱根駅伝の記録] 最も箱根駅伝らしいレースは?」をご参照ください)

① 往路は東洋大チームの快勝

 往路は、1区と4区で区間賞を獲得した東洋大チームが、狙い通りのレース展開で快勝しました。特に、4区相沢晃選手の区間新記録の走りは圧巻でした。
 2位には東海大チームが入りました。その差は1分14秒。不思議な程に小さな差でした。(別の記事で、もう少し深堀してみようと考えています)

② 復路は青学大チームと東海大チームの大接戦

 復路は、6区、7区、9区で青学大チームが区間賞、8区で東海大チームが区間賞と、2チームで4つの区間賞を分け合いました。区間賞数では3対1と青学大が優勢でしたが、一方で、青学大チームが区間1位を記録した6区・7区・9区で、東海大チームが全て2位に入り、また一方、10区で青学が2位、東海が3位という、ハイレベルな「大接戦」を演じた結果、僅か「35秒差」で青学大チームが復路優勝と成ったのです。

 5区間の内3区間で区間賞という青学大チームでも、圧勝できなかった接戦というのも、今大会を象徴するような戦いであったと感じます。

③ 往路も復路も堅実な成績を残した東海大チームが総合優勝に輝く

 東海大チームは、区間賞こそ8区ひとつだけでしたが、5区の区間新記録での2位に観られるように、各区間で1位のチームとのタイム差をなるべく少なく維持するという、まさに「駅伝レースの王道を行く」戦い振りで総合優勝を果たしました。
 なかなか出来ないタイプのレースを、見事に示現したのです。

④ 目まぐるしく順位が変動

 2区を終えてトップだった国士舘大学チームが4区では16位に下がり、最終的には18位となったことや、1区で僅差の2位だった中央大学チームが5区では12位になり、7区では15位となったことに代表されるように、今大会は「上位4チーム以外のチームの順位変動が大きく目まぐるしい」ものでした。

 全体として各チームが高速の走りを見せたことも相俟って、「順位程にはタイム差がついておらず」一気の順位変動が頻発したのであろうと思います。
 「1区間で10ランク位までなら上げて行くことが可能」ということになれば、今後のレース戦略検討にも、大きな影響を与えることになるのでしょう。

⑤ 総合6位・法政大学チーム、総合7位・国学院大学チームの健闘

 法大チームと国学院大チームの健闘は見事でした。
 共に、5区山登りの区間新記録の走りがベースとなったのです。距離が短くなったとはいえ、やはり「タイム差が付き易い5区」は、上位進出を狙うチーム、シード権確保を目指すチームにとっては「大切な区間」ということになるのでしょう。

⑥ 中央大学チーム、早稲田大学チーム、日本体育大学チームがシード権を取れず。

 総合優勝回数14回と最多を誇る中大チーム、13回と2位の早大チーム、10回と5位の日体大チームの「伝統校3チーム」が、11位・12位・13位に終わり、シード権を獲得することが出来ませんでした。

 3チームに共通していたのは、「区間3位以内に入れるランナーがもうひとり不足していた」ことでしょうか。

 これだけの高速レースになると、やはり絶対的なスピードを具備して、タイムを稼ぐことができる「大砲的存在」が必要なのかもしれません。

 さて、東海大学チームは、初出場から46年目にして初優勝を飾りました。
 東海大チームが、これまで箱根で優勝していなかったのは、その活躍ぶりから見て「意外」な感じもしますが、ついに優勝チームに名を連ねましたから、今後も優勝候補チームの常連として箱根駅伝を彩ってくれる存在となるのでしょう。

 箱根駅伝2019は、東海大チーム、青山学院大チーム、東洋大チームの、どのチームが総合優勝しても何の不思議もないレースに観えました。
 そうした状況下、レースを通して「絶妙のバランス」を示した東海大チームに栄冠が輝いたのです。

 今後は、強くて速いランナーの育成に努めることは勿論として、従来以上に、戦前のレース戦略の立案・選手の配置等々の検討に腐心しなければならないことを、示してくれた2019年のレースなのかもしれません。
 監督・コーチ陣の役割は、増すばかりなのでしょう。
 2018年までに94回の歴史を積み上げている箱根駅伝には、様々な記録が残されています。

 これらの記録の中で、総合優勝回数と関連の深い項目を探してみると、区間賞獲得回数が見つかりました。この2つには、大きな関連性があると思います。

[総合優勝回数ベスト10]
1位 中央大学 14回
2位 早稲田大学 13回
3位 日本大学 12回
4位 順天堂大学 11回
5位 日本体育大学 10回
6位 明治大学 7回
7位 駒澤大学 6回
8位タイ 大東文化大学、東洋大学、青山学院大学 4回

[区間賞獲得回数ベスト10]
1位 中央大学 136回
2位 早稲田大学 120回
3位 日本大学 115回
4位 日本体育大学 77回
5位 順天堂大学 76回
6位 明治大学 52回
7位タイ 大東文化大学、東洋大学 40回
9位 駒澤大学 39回
10位 山梨学院大学 33回

 この2項目の関連性は非常に高いと思います。

 個人の記録である「区間賞」とチームの記録である「総合優勝」の関連が深いのは意外、という考え方と、区間賞を数多く獲得すればチームが優勝するのは当然のこと、という考え方があるのでしょうし、どちらの考え方にも一理あると思います。

① 区間賞無しで総合優勝することの方が難しいのではないか。

 全10区間で、各ランナーが区間2位・3位といった成績を残せば優勝は可能であろうと思いますが、「各ランナーが平均的に上位で走る」ことの方が、余程難しいのかもしれません。
 箱根駅伝は各区間の距離が長いので、その時のコンディション等の要因によって、どうしても「不調なランナー」が出てきてしまうので、そのマイナス分をカバーするために、区間賞の走りが必要になる、と考えるのが妥当なのでしょう。

 例えば、2018年の青学大チームを見てみましょう。
 第2区と6区、7区、8区の4つの区間で区間1位=区間賞の走りを見せましたが、一方で、1区と5区では5位、4区と9区では9位と本来の力を出し切れなかった区間も存在しました。
 それでも15位以下まで区間順位を落とすランナーが居なかったところが、優勝への大事なポイントなのでしょうが、いずれにしても「不調なランナーをカバーするため」に区間賞のランナーが必要である点は不変でしょう。
 特に、現在のような高速レースの中では、優勝に向けては「3名前後の区間賞獲得ランナー」が必須になっているように感じられます。

② 各チームの持ち味

 区間賞獲得回数と総合優勝回数には、大きな相関関係が有ることは分かりましたが、それでもやはり、各チームの持ち味が滲む記録となっています。

 例えば、区間賞獲得回数10位の山梨学院大チームは、総合優勝回数では3回と11位になっています。山学大チームは、優勝回数より区間賞回数の方が多いのです。「花の2区」における快足留学生ランナーの姿が、直ぐに思い浮かびます。

 また、優勝回数7位の駒大チームは、区間賞回数では9位となっています。駒大チームは「安定した走り」を持ち味としているのでしょう。区間賞でカバーしなければならない「不調ランナーの数・崩れ方の程度」ともに少ないのであろうと考えられるのです。
 「安定した走り」が、箱根駅伝における駒大チームの伝統なのです。

 「区間賞」は個人賞です。
 しかし、箱根駅伝では「区間賞無しでの優勝」は至難の技なのでしょう。
 2019年に第95回を迎える箱根駅伝ですが、「らしいレース」を振り返ってみようと思います。

 往路優勝、復路優勝、総合優勝と3つの優勝が存在する所が、他の駅伝とは異なる箱根駅伝の特徴でしょう。
 その3つの優勝チームが全て異なる大会を、本稿では最も「らしいレース」と位置づけます。

 1945年太平洋戦争終戦以降では、4つのレースが該当します。

① 1974年の第50回大会
 往路優勝:東京農業大学 復路優勝:大東文化大学 総合優勝:日本大学

② 1982年の第58回大会
 往路優勝:日本体育大学 復路優勝:早稲田大学 総合優勝:順天堂大学

③ 1995年の第71回大会
 往路優勝:早稲田大学 復路優勝:中央大学 総合優勝:山梨学院大学

④ 2006年の第82回大会
 往路優勝:順天堂大学 復路優勝:法政大学 総合優勝/亜細亜大学

 この4レースは、いずれも大混戦で、手に汗握る展開だったのです。

 例えば、21世紀唯一の「3チーム優勝大会」である2006年大会は、憶えておられる方もいらっしゃると思いますが、中継所の移動により、往路4区の距離が短くなり(18.5km)、5区の距離が伸びた(23.4km)、最初の大会でした。
 そして、その5区で順天堂大学チームの「山の神」今井正人選手が快走を魅せて、一気に5人抜きを演じ往路優勝を果たしたのです。往路2位には、30秒差で優勝候補の筆頭・駒澤大学チームが入りましたから、復路優勝と総合優勝は、この2チームの争いになるであろうと思われました。

 翌日の復路では、駒大チームがいつトップに躍り出るかと見られていましたが、順大チームが良く粘りトップを譲りません。とはいえ、上位各チームに5分以上の「大差」が付かなかったところが大混戦の遠因となりました。
 8区で順大チームがよもやの失速、ランナーが脱水症状となり、3分以上あった2位以下との差を一気に吐き出してしまいました。ここからは、目まぐるしい順位争いが繰り広げられました。
 9区の横浜駅付近では、駒大、亜細亜大、順大、山梨学院大、中大、日大の各チームが2分以内に犇めくという、史上稀に見る優勝争いとなりました。
 ここから亜細亜大チームが抜け出し、初の総合優勝を掴んだのです。
 「大番狂わせ」というのが、率直な印象でした。

 「3チームが優勝を分け合うレース」というのは、選手にとっては「とんでもない展開」なのでしょうが、観る側にしてみれば、これ以上ない面白いレースでしょう。

 まさに、「箱根駅伝の醍醐味」だと思います。

 青山学院大チームの1強という見方もある第95回大会ですが、何が起こるか分からないのも箱根駅伝です。

 久しぶりの「3チーム優勝」も無いとは言い切れないでしょう。
 2019年1月2日・3日に行われる、第95回東京箱根間往復大学駅伝競走の注目チーム検討です。

 1987年から開始されたテレビ放送のお蔭もあって、すっかり「お正月の風物詩」となりました。
 テレビ放送の前は、ラジオで全レースが放送されていました。初詣に行く際に自動車のラジオで毎年聴いていたことを思い出しますが、それはそれで良い思い出になっています。

 もちろん、ラジオ放送時代の箱根駅伝は現在ほどメジャーな存在ではありませんでした。そういう意味では、箱根駅伝がメジャーなものとなり、現在のように「予選会」の様子・結果までが世間の注目の的になって来たのは、1990年代以降ですし、まだ30年も経っていないことになります。

 さて、活躍が期待されるチームの検討です。

 まず考慮しなければならないのは、「シード校チームの方が有利」だということです。

① 予選会が無いこと

 当たり前のことですが、シードチームには予選会の負担が有りません。
 その年の正月のレースで11位以下のチームや、出場できなかったチームは「予選会」に臨むことになります。
 「予選会」は本戦の2か月以上前に開催(今年は2018年10月13日)される「一発勝負」ですから、失敗は許されません。実力十分なチーム、好タイムを記録する力の有る10名以上のランナーが居るチームでも、相当な緊張を強いられるレースとなるのです。

 従って、予選会を戦うチームはコンディション作りの面で、「予選会に一度ピーク」を持っていく必要があります。これは、とても大きな負担です。
 10月に一度目のピーク、1月2・3日に二度目のピークというのは、易しいことでは無いでしょう。
 当然ながら、一度目のピーク示現に失敗し、チームの中で数人が持てる力を発揮できなかったというだけで、予選会突破は遠のくのです。

 この「予選会の大負担」無しで戦えるシード10チームが有利なことは言うまでもありません。
 シードチームの選手は、1月2・3日にピークを持っていくことだけを考えれば良い分けですし、故障のある選手も、そこに向かって治療を進めながら調整できることになります。

② シード権獲得のレースで走ったランナーがチームに残っていること

 箱根駅伝でシード権を獲得するというのは、大変なことです。(当たり前のことを書き、恐縮です)
 お正月の風物詩となり、日本中から大注目されているレースですから、「箱根で走る」ことを目指して、全国の高校の一流ランナーが関東の大学に進学するのですから、箱根駅伝のレベルが、大学長距離競走界の日本トップレベルであることは言うまでも無いでしょう。
 常連チームの一員になったとしても、チーム内に熾烈な代表争いが存在し、代表争いに勝ったとしても、コンディション作りが難しいのです。多くのランナーは、レース当日に監督やコーチから明示されるまで、走ることが出来るかどうかが分からないのです。
 「箱根駅伝で走る姿」だけでも、「故郷に錦を飾る」価値が十二分に有ります。

 いわんやシード校チームの一員ともなれば、全国大学長距離競走界のエリートといって良いでしょう。
 
 一方で、何時の時代も4年生だけで10名のランナーを揃えるのは至難の技というか、見たことがありませんから、シードチームには、前回大会でシード権を獲得したレースを走ったランナーが残っていることになります。

 箱根駅伝の歴史上には、「4年連続区間賞」といったランナーさえ存在(8名)するのですから、1年生・2年生の段階でシードチームの一員として走っているランナーが「強い」ことは、当たり前でしょう。
 こうした実績のあるランナーを並べることが出来るのがシードチームなのです。

 以上の理由から、原則として予選会から出場するチームより、シードチームの方が有利で強いと思います。
 増してや、前回大会の上位チームは「相当の強さを維持している」と観るのが妥当でしょう。

 さて、注目10チームです。(大学名の後の「チーム」という表記は省略します)

① 青山学院大学
② 東洋大学
③ 東海大学
④ 駒澤大学
⑤ 中央学院大学
⑥ 帝京大学
⑦ 順天堂大学
⑧ 早稲田大学
⑨ 日本体育大学
⑩ 城西大学

 青学大チームが強いことは、箱根駅伝2018、出雲駅伝2018、全日本大学駅伝2018を観れば明白でしょう。
 この1年間、青山学院大チームはメジャーな大会で負けていないのです。
 当然ながら「1強」の箱根駅伝2019になります。

 原監督のコメントも強気ですから、余程の事が無い限り、このチームが優勝すると考えるのが自然です。

 結果として、史上3チーム目の「5連覇」が達成されることになります。

 2番手候補は、東洋大チームと東海大チームです。
 共に、良いランナーが揃っています。東洋大チームを2番目、東海大チーム3番目にした理由は、「東洋大チームの方が箱根で好成績を残している」からです。
 2009年・第85回大会で初優勝してからの10年間で4度の優勝というのは、直近の10年間で観れば青学大チームと同回数です。  青学大チームが4連覇中の2015年以降でも、東洋大チームは、3位・2位・2位・2位と上位というか「3位以内の常連」なのです。
 青学大チームの影に隠れてはいますが、「東洋大チームの強さも別格」だと思います。

 2009年以降の東洋大チームには「箱根駅伝を上手く走るノウハウが有る」と考えるのが自然です。(相当ハイレベルなノウハウだと感じます)

 4~7番手候補は実力伯仲の4チームとなりました。4チームが上位3チームに続く力を保持していることは間違いないと思いますが、4チームの順位付けは難しいものでした。

 4番手の駒大チームは予選会1位です。
 そして、駒大チームにも6度優勝の箱根のノウハウが有ると考えました。監督・コーチ陣のドタバタはありましたが、逆に選手たちがまとまって来たのではないかと見ます。

 5番手の中央学院大チームは、「箱根に対する独特の安定感」を評価しました。
 紫と黄色のユニフォームは、すっかり「箱根の絵」となりました。
 10名が持てる力を発揮できる可能性の高さでは、出場チーム中屈指でしょう。

 6番手の帝京大チームは、「近時、本当に強くなった」と感じます。おそらく、相当良い指導が行われているのでしょう。そろそろ優勝争いにも加わるかもしれません。

 7番手の順大チームは予選会2位。
 過去11度の箱根制覇を誇る「名門チーム」です。このところ、なかなか好成績を残せていませんが、今年は安定感のあるランナーが揃った印象です。

 8~10番手は、シード校ながら今年調子が上がっていない3チームです。

 8番手の早稲田大チームは、全日本大学駅伝2018で不振でした。「誰かが大きくタイムを落とした」のではなく、「全体に遅かった」感じです。早大チームの伝統とは相反するレース内容であったことが、心配を募らせているのです。
 とはいえ、若手有力ランナーのコンディションが整えば、5番手くらいまで順位を上げる可能性があるでしょう。

 9番手の日体大チームも、せっかく2018年のレースで4位と好成績を残しながら、今シーズンは力強さが不足しています。伝統の「粘りとパワー」でシード権を確保したいところです。

 10番手の城西大チームは、帝京大チームと共に「箱根の新興勢力」として登場してから、相当の年を経ました。そして、次第に地力を付けてきているのです。今回もシード権確保に向けた走りを期待します。

 以上、活躍が期待される10チームを観てきました。
 もちろん、他にも有力チームが目白押しですから、眼が離せないレースが繰り広げられることでしょう。

 箱根駅伝には「完走を阻む数多くのリスク」が存在します。

 まずは、出場全23チームの全ランナーが無事に走り切ってほしいと願うのは、20世紀も21世紀も、昭和時代も平成時代も、変わらぬ思いなのです。
 12月13日、青山学院大学キャンパスにて、箱根駅伝2019に臨む同大学チームの壮行会と記者会見が行われたと報じられました。

 席上、原晋監督は「青学メソッドの完成形であり、今季のチームは史上最強」とコメントしました。まさに「V宣言」です。
 箱根駅伝2018=第95回東京箱根間往復大学駅伝競走において、青学大チームが優勝すれば、第91回大会からの「5連覇」が達成されることになります。

 5連覇以上の連覇を達成しているのは、第94回大会までに2チームあります。
 第35回大会(1959年)から第40回大会(1964年)までの中央大学チームの6連覇と第45回大会(1969年)から第49回大会(1973年までの日本体育大学チームの5連覇です。
 それに続く4連覇は、日本大学チーム、順天堂大学チーム、駒澤大学チーム、そして現在の青山学院大学チームの4チームが成し遂げています。

 こうして観ると、勢いが有る時に「4連覇はできても、5連覇となると至難」という感じがします。
 1980年代に全盛期を迎えた順大チーム、20世紀末から彗星のように登場した駒大チームの勢いをもってしても、4連覇までだったのです。
 2015年以降、無敵の強さを魅せている青学大チームが「4連覇の壁」を敗れるかどうか、とても興味深いところです。

 ところで、箱根駅伝の通算優勝回数1位は中央大チームの14回、2位は早稲田大学チームの13回、3位は日本大チームの12回となっています。
 この内、中央大チームと日本大チームには「連覇記録」がありますが、早稲田大チームには長い連覇記録はありません。早稲田大チームは、1922年の第3回大会に初優勝してから、長い箱根駅伝の歴史の中で、営々と優勝回数を積み上げてきたことになります。

 そういえば、箱根駅伝には「総合優勝」に加えて「往路優勝」と「復路優勝」があります。
 もちろん、いずれも表彰対象です。

 往路優勝回数の歴代1位は中央大チームの15回ですが、復路優勝の1位は早稲田大チームの16回となっています。
 箱根の復路といえば「復路の順大」というフレーズが有名ですが、順大チームは9回の優勝です。長い歴史を通じては「復路の早大」と呼ぶべきなのかもしれません。

 21世紀の箱根駅伝は、「往路の優勝チームがそのまま総合優勝する」ケースが多く、特に第5区山登り区間の成績が往路ひいては総合優勝に決定的な影響を与える形が大半でした。
 第5区の距離が全10区間の中で最長であったこともあるのでしょうが。

 とはいえ、本来なら「往路」と「復路」の成績のバランスの中で、総合順位が決まってくるのが「往復駅伝競走」の醍醐味でしょうから、第5区の距離が以前のものに戻ったことを考え合わせると、「復路の巧拙」により総合優勝が決まるレースも観てみたいものだと思います。

 12月2日に行われた福岡国際マラソンで、服部勇馬選手(25歳、トヨタ)が2時間7分27秒のタイムで優勝を飾りました。
 服部(勇)選手はマラソン初優勝、「歴史と伝統」の福岡国際マラソンでは、2004年の尾方剛選手以来14年振りの日本人ランナーの優勝でした。

 スタートから先頭グループでレースを続けた服部(勇)選手は、32km付近で日本のエース・設楽悠太選手が後退した後は、エチオピアのツェガエ選手、エリトリアのメセル選手と首位争いを続けました。
 35kmから40kmの5kmを14分40秒前後で走り、36km付近の給水エリアで前に出てリードし、ラストの2.195kmを6分35秒という好タイムで押し切ったのです。
 ラスト7kmの見事な強さでした。

 思えば、主要な国際大会で日本人男子ランナーが「優勝」出来なくなって、相当の年月が経つと感じます。

 日本最高記録を叩き出すレースでも、なかなか優勝は出来なかったのです。
 今回の服部選手の成績において最も素晴らしいのは、「優勝したこと」なのでしょう。

 確かに、今回の福岡国際は、ケニアやエチオピアの現在のトップクラスが出場していなかったということはありますが、超一流ランナーが居ないレースであっても、主要な国際大会で優勝するというのは、とても価値があることは言うまでもありません。
 「優勝」は、いつの時代も至難の技なのです。

 福岡国際大会においては、1978年~80年の瀬古利彦選手の3連覇(1983年も含めて計4度の優勝)や、1984年・87年の中山竹通選手の2度の優勝など、かつての日本マラソン陣は、「好記録を出せば優勝する」という時代が有りました。

 それがいつのまにか「日本人トップ」で2時間10分を切れば・・・といった「基準」が広く使われるようになったのです。「優勝は出来なくとも、日本人トップ」での好タイムを評価する時代となっていました。
 「タイムより、まずは月桂樹の冠を付けてほしい」と考える、日本のマラソンファンとしては、とても残念な気がしていたものです。

 とはいえ、「現実は厳しいもの」ですから、たとえ「優勝できなくとも」好記録を出してくれる度に、東京オリンピック2020への期待を少しずつ膨らませていたのです。

 そして、ついに、服部選手が「優勝」を手にしました。

 過去3度のマラソンでは、35kmを過ぎると失速していた服部選手が、今回は「35kmから加速」したのです。どれ程のトレーニングを積んできたのでしょうか。そして、そのトレーニングが「効果的」であったことが証明されました。

 服部勇馬選手は、新潟県十日町出身の25歳。東洋大学時代には、設楽悠太選手と共に箱根駅伝で大活躍しました。
 身長176cm・体重61㎏と、日本人マラソンランナーとして高身長ですから、ストライドの大きな走りが特徴となります。

 大迫傑選手(27歳)、設楽悠太選手(26歳)に続いて、服部勇馬選手が登場しました。
 相当に選手層が厚くなってきています。

 日本男子マラソン界の「復活」に向けての戦いに、少し光が射して来ているのかもしれません。

 9月16日に行われた第45回ベルリンマラソン男子の部で、ケニアのキプチョゲ選手(33歳)が、2時間1分39秒という驚異的な世界新記録をマークして優勝しました。

 これまでの世界記録、同じケニアのデニス・キメット選手が4年前に記録した2時間2分57秒を、一気に1分18秒も更新したのです。

 キプチョゲ選手は、2016年のリオデジャネイロ・オリンピックの金メダリストであり、今回のレースを含めて「マラソン11戦10勝」という強さを示しています。

 適当な気温の下で、比較的平らなコースを走るマラソンとなれば、今キプチョゲ選手に勝るランナーは居ないのでしょう。

 その5km毎のラップも驚異的。
・0~5km 14分28秒
・5~10km 14分33秒
・10~15km 14分37秒
・15~20km 14分18秒
・20~25km 14分28秒
・25~30km 14分21秒
・30~35km 14分16秒
・35~40km 14分31秒
・40~42.195km 6分07秒

5kmのラップが一度も15分を超えていません。
 最も遅いタイムが14分37秒で、最も早い14分16秒とは21秒の差が有りますから、「14分台の中でもペースのアップダウンが有った」ことになります。

 さらに驚くべきは、レース前キプチョゲ選手はペースメーカーに対して「世界新記録ペースで引っ張る」ように依頼し、ペースメーカーも超速で必死に引っ張ったものの30kmまでは持たず、25.7kmからはキプチョゲ選手の独走になったということ、そのペースメーカーの中にはフルマラソンの持ちタイムが2時間4分台のランナーが居たということでしょう。

 これは驚異的な走りです。

 関係者の皆さんは十分にご承知のように、端的に言って、現在の日本選手では誰も20kmまで付いて行くことさえ出来ないハイペースでしょう。そして、東京オリンピック2020までの2年弱の期間で追い付くことは到底不可能なスピード絶対値とスピード維持力に観えます。

 残念ながら、男子日本マラソンチームとしては、「高温多湿の気候の下での競走」において、こうしたランナーに勝つ術を研究し発見して、実践して行くしか、メダル争いをする方法は無さそうです。
 往路は東洋大チーム、復路は青山学院大チーム、そして総合では青学大が新記録で制した2018年の大会でしたが、総合3位に入った早稲田大チームと4位の日本体育大チームの健闘も光りました。

 箱根駅伝における早稲田大チームといえば「要所にスター選手=大砲を配し、その他の区間は『繋ぎ』」といった戦略で駅伝を展開するイメージでしたが、2017年・2018年と、スター選手不在の中で、とても丁寧なレースを遂行していた印象です。

 最終10区の谷口選手が、その典型でしょう。
 10km付近では、日本体育大チームの中川選手に迫られ、そのすぐ後方には法政大チームの矢嶋選手も追いかけていました。

 一般入試で早大に入り、練習によって箱根駅伝出場を勝ち取った谷口選手でしたが、さすがにここは苦しい、4位から5位、6位へと順位を下げるであろうと感じた方が多かったと思います。
 私もそう思いました。今年の早稲田チームは、全日本でも7位でしたし、各ランナーの力量を他チームと比較すれば、総合7~9番手位かと考えていましたので、ここで6位に下がったとしても十分な成績だと思ったのです。

 ところが、日本橋付近の映像が入ってきた瞬間、谷口選手は先行する東海大チームを抜き去り、3位に順位を上げていたのです。しっかりとした足取りでゴールを目指して疾走しています。
 驚かされました。

 谷口選手は、淡々と、しかしスピードを落とすことなく走り続けていたのです。素晴らしいランでした。
 箱根駅伝史上屈指の歴史と伝統を誇る「ワセダの駅伝」を魅せていただいた気がしました。

 日体大チームも「底力」を示しました。

 接戦となった往路、日体大チームは3区で15位まで順位を落とし、このままシード権外に留まるのかと観えましたが、4区で12位、そして5区では7位と、着実に順位を上げました。

 ところが復路の6区で再び11位に下がり、「シード権外」に下がってしまったのです。
 エレベータのように順位が上下しました。混戦駅伝を象徴するような様子だったのです。

 ここで7区の住田選手が快走を魅せました。区間2位の走りでチームを7位まで引き上げたのです。
 8・9・10区のランナーも、この位置を堅持しながら順位を上げて行きました。

 早稲田大チームと同様に、スター選手不在でしたが、結局4位という素晴らしい成績を残したのです。
 やはり、その歴史と伝統「粘り強い日体の走り」が示されたレースだと感じます。

 いわゆる「箱根の常連校」チームが、なかなかシード権を継続して確保することが難しくなっている現代ですが、この両チームは見事に「常連校の力」を魅せてくれたことになります。

 どんなスポーツ競技においても共通なことなのでしょうが、伝統を有するチームであれば良いのではなく、また新興チームであれば良いというものでも無い。最新の情報やノウハウを活用しながら、チームメンバーの力量・特性を精緻に把握し、日々の練習を通じて着実に実力向上を図っているチーム、加えて、大会に向けて慎重かつ大胆にコンディション作りに挑むチームが、大きな成果に恵まれるものだと思います。(当たり前ことを書き、恐縮です)

 そうした中でも、伝統チームには長い経験に裏打ちされ蓄積されてきた独自のノウハウがあり、新興チームには従来の常識を超える変化を受け入れる柔軟性と勢いが有るのです。

 箱根駅伝2018における、早稲田大チームと日本体育大チームの走りには、「伝統校チームの良さ」が存分に発揮されていたのでしょう。
 箱根駅伝2018では、予選会から出場した城西大、拓殖大、帝京大の3チームが10位以内に入り、2019年大会のシード権を獲得しました。
 いずれのチームも大健闘であったと感じますし、粘り強いレース振りが印象的でした。

 一方で、順天堂大、駒沢大、中央大といった、いわゆる「伝統校」チームがシード権を獲得することが出来ませんでした。

 これらのチームは、優勝実績十分な、いわゆる「箱根の常連」チームです。
 「箱根の景色」ともなっている、これらのチームを持ってしても、現在の「箱根のシード権」を確保するというのは、容易なことでは無いのです。
 「箱根」のレベルがとても高くなっていることの、ひとつの証左なのかもしれません。

 「名前で勝てる時代は終わった」というのは、野球の甲子園大会の名物監督のコメントです。
 同じことが、箱根駅伝でも言えるのでしょう。

 予選会を勝ち抜くことの難しさは言うまでもありませんが、本戦で10位以内に入ることの難しさは、それを遥かに上回るのでしょう。

 精緻な分析と対応策の立案・実行、登らなければならない「山」は、本当に高いのです。
 1月2日・3日にかけて行われた箱根駅伝2018は、青山学院大学チームが6区山下りで先頭に立ち、そのまま一度も首位を譲ることなく走り切りました。

① 6区、7区、8区の快走

 青学大の6区小野田選手、7区林選手、8区下田選手は、いずれも区間賞の走り、7区の林選手は区間新記録の快走を魅せました。
 この3名のランナーが、第94回大会の骨格を決めたのです。
 本当に見事な走りでした。
 第9区、第10区は、原監督が言うところの「ピクニックラン」を示現していました。

 「大混戦」が予想された大会でしたが、各チームが「往路」に有力選手を集めたのに対して、青学大チームは「復路」にもエース級を配しました。加えて、期待の初出場ランナーが、期待通り、あるいは以上のパフォーマンスを示したのです。
 「20kmを走れるランナーの層が厚かった」ことが勝因でした。

② 青学大・東洋大の「2強」のレース

 戦前は、神奈川大、青学大、東海大の「3強」による戦いが予想されましたが、走ってみれば青学大と東洋大の「2強」の戦いとなりました。

 「往路」は東洋大チームが1区から5区まで首位を譲ることなく完勝し、「復路」は青学大チームが完勝したのですから、この2チームの力、コンディショニングの成功が、他の18チームを大きく上回っていたということになります。

 青学大チームは4連覇を達成しました。「史上6校目」の快挙です。
 「箱根」への注目が高まる一方の時代ですから、史上最強の4連覇と言っても良いのかもしれません。
 箱根駅伝における新興チームである青学大にとっては、歴史を造る大会が続いていて、その中で偉大な足跡を残しているということでしょう。
 世代交代の過程で、今年のレースは青学大チームにとって「勝つための困難度の高い大会」であったと考えられますが、出雲や全日本での勝利を犠牲にしても、「20kmを走り切る練習」に注力し、「復路」に重点を置いた選手配置も功を奏しました。戦略的な成功とも言えるのでしょう。
 ここも勝ちましたので、来年以降も連覇を伸ばして行く可能性が有るのです。

 一方の東洋大チームは「10年連続の3位以内」と言う、これも快挙を成し遂げました。
 こちらも「史上6校目」です。
 「往路」は、1年生が3名も走って制しました。1・2年生7名のチームで2位を勝ち取ったのです。当然のことながら、2019年のレースがとても楽しみです。

 こうして見れば、箱根駅伝2019も青山学院大学と東洋大学を中心に展開される可能性が高そうです。

③ 天候に恵まれた大会

 昨年に続いて2018年のレースも、天候に恵まれました。
 もちろん、「復路」の強い向かい風や、やや高かった気温という、いくつかの点はありましたけれども、概ね望みうる最高の環境だったのでしょう。
 一時期、例年のように出ていた「棄権」チームが、このところ減っているのは、天候の影響も大きいと思います。

 それが好記録に結び付いたことは明らかです。
 優勝した青学大の総合タイム10時間57分39秒、2位東洋大の11時間2分31秒、ともに好記録でした。

 記録は環境に大きな影響を受けますので、2018年のレベルが高かったとは一概には言えないのでしょうが、やはり全体のレベルが上がっていると観るのが公平なのでしょう。

 現在の箱根駅伝は、チーム内の代表争いも含めて、出場すること自体が大変なことであり、シード権を獲得した10チームは、偉業を成し遂げたと言っても良いのかもしれません。

 箱根駅伝2018は、出場した全ランナーが走り切りました。

 良い大会でした。
 2018年の年頭を飾るビッグイベント、第94回東京箱根間往復大学駅伝競走が迫ってきました。

 お正月3が日に欠かすことが出来ない風物詩となっている大会です。

 KaZブログ恒例の順位予想です。
 参考としたのは、箱根駅伝2017と全日本大学駅伝2017の2つのレースです。

① 神奈川大学
② 東海大学
③ 青山学院大学
④ 東洋大学 
⑤ 駒澤大学
⑥ 中央学院大学
⑦ 山梨学院大学
⑧ 早稲田大学
⑨ 日本体育大学
⑩ 帝京大学

[3強の争いか]
 2017年まで3連覇を達成した青学大チームですが、2018年のレースに向けては過去3年程の強さ・安定感を見せることは出来ていません。

 一方で、若手中心のメンバーで爆発力のある東海大チーム、エース鈴木健吾選手に牽引されて全体のレベルアップを果たした神奈川大チームの力が伸びているという印象です。

 この3チームの優勝争いと観ますが、ポイントは「ブレーキとなる区間」をどれだけ少なくできるかというところ。
 例えば、全国大学駅伝2017では1区で、青学大、東海大が出遅れました。
 今年の青学大チームには「ブレーキ区間」が生まれる傾向があります。

[4位・5位候補]
 3強に続くのは、東洋大チームと駒沢大チームでしょう。
 共に、近年の箱根において安定した成績を残してきているチームです。「箱根に強い」という特性を活かして、3強の一角を崩してくれるかもしれません。

[6位から10位の候補]
 まずは「2つの学院大学」、中央学院と山梨学院です。

 速いと言うよりは「粘り強い走り」で、箱根路の常連となっている中央学院大チームですが、2018年のレースでも存在感は十分。天候や、他のチームに棄権が相次ぐような展開になれば、このチームが上位を伺う場面がありそうです。

 一方で、「花の2区の大砲」で名を馳せる山梨学院大チームには、今回もニャイロ選手が居ます。全日本の最終区では、神大の鈴木選手を抑えて区間賞にも輝きました。
 花の2区で勢いに乗り、往路での活躍が期待できるでしょう。

 続いては早稲田大チーム。このところの傾向として、スターランナーは今年も居ませんが、比較的安定した走りを展開できるメンバーが揃いました。
 シード権確保に向けて、コンディショニングがとても重要だと思います。

 残る2チーム、9番手・10番手争いは、まさに混戦でしょう。
 考えた末に、日体大チームと帝京大チームを挙げました。
 
 箱根駅伝2017で総合7位に食い込んだ日体大チームは、全日本2018にも出場せずに@22kmの箱根に対して「準備万端」であろうと思います。
 帝京大チームは「予選トップ」の力を本戦でも発揮していただけるものと思います。

 他にも、法政大学チームや順天堂大学チーム、国学院大学チーム、そして伝統の中央大学チームと、有力チームが目白押しですので、2018年大会は全体としても「大混戦」となることでしょう。

 各チームの力量は、近年に無いほど接近しています。

 「何が起こるかわからないレース」になりそうです。

プロフィール

カエサルjr

Author:カエサルjr
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我が家の月下美人も16年目。同時に30個の花が咲くこともあります。スポーツも花盛りですね。一緒に楽しみましょう。

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