HOME   »  ボクシング・レスリング
RSSフィード iGoogleに追加 MyYahooに追加
 7月29日、前WBA世界スーパーフェザー級チャンピオン・内山高志選手が引退を発表しました。

 昨年4月、「よもやの」KO負けを喫し、その動向が注目されていましたが、ついにその姿を、再びリング上で観ることは叶いませんでした。

 本当に強いボクサーでした。
 
 日本人ボクサーとして初めての「スーパー王者」です。

 「スーパー王者」とは、WBAが2001年1月から導入した制度で、世界チャンピオンの中のチャンピオン、議論の余地のないチャンピオン、統一王者、等々様々な呼び名がありますけれども、世界チャンピオンの中でも「比類無き強さ」を誇るボクサーにのみ与えられる称号であることは、間違いないところでしょう。

 王座在位6年3ヵ月、世界タイトルマッチ通算10ノックアウト勝ちは、いずれも日本ボクシング史上最高の記録です。

 そのパンチの破壊力は凄まじく、その「重さ」と様々な角度から繰り出される様子から、あのロベルト・デュラン選手、「石の拳(こぶし)」と称されたデュラン選手のパンチに通じるものがあると感じます。

 そして、決して格好をつけることがなく、整斉と「ボクサー」としての行動を続ける姿は、まさに「チャンピオン」と呼ぶに相応しいものでした。

 「恐れず、おごらず、侮らず」・・・。内山選手がボクシングを始めた、埼玉・花咲徳栄高校ボクシング部の部訓が座右の銘であったと報じられています。まさに、この言葉通りのアスリートだったのです。

 ボクシングマスコミの関係者が取材に行くと、「ありがとうございました。また、よろしくお願いします」と頭を下げられて何度も恐縮した、との報道もあります。
 日本初のスーパー王者にして、誰もが尊敬するボクサーであった内山高志選手が、こうした振る舞いをするのです。「謙虚」といった言葉では片づけられない、崇高なものを感じるのは、私だけではないでしょう。

 「チャンピオンの中のチャンピオン」内山高志が引退します。

 いつかジムをやりたい、ともコメントしています。

 ただ強いだけでは無い、素晴らしい選手、内山高志のようなボクサーを、ひとりでも多く育てていただきたいと思います。
スポンサーサイト
 村田亮太選手が、WBA世界ミドル級のタイトルを目指して、5月20日に有明コロシアムで試合に臨みました。

 4回にダウンを奪い、その後も的確な攻めを続け、「ラッキーパンチ」を貰わない様に冷静にプレーを展開し、12ラウンドを支配した試合でした。
 最終12ラウンド終了のゴングが鳴った瞬間、村田選手の勝利・判定勝ちを確信しました。

 どのジャッジも、少なくとも5点以上の差を付けて村田選手の勝ちと判定し、3-0での圧勝だと思ったのです。

 ところが、判定は1-2で村田選手の敗戦でした。

 本当に驚かされました。

 信じられないというよりは、ビックリしたという気持ちの方が強かったと思います。
 何が起こったのか、全く分からなかったのです。

 ボクシングの判定基準が変わったのか、何時変わったのか、と思いました。

 「手数で相手選手が勝っていたのか」といった見解も示されていますが、「手数」というのは「相手選手に当たったパンチの数」を指すのでしょう。
 客観的に観て、この試合で、相手選手のパンチは、ほとんど村田選手には当たっていませんでした。
 村田選手のガードとスゥエイが極めて効果的だったのです。

 「手数の問題」ではないことになります。
 そうなると、ダウンを奪い、その後もロープダウンではないかと思われるシーンが数回ありましたので、「パンチが相手選手に的確に数多く当たっている」村田選手の圧勝の試合でしょう。

 しかし、現実には、相手選手が判定勝ちしていますから、「ボクシングの判定基準が変わった」としか思えないのです。

 ガードの上からでも、空振りでも、腕を振るっている回数でポイントが取れるスポーツになったのでしょう。

 なんとつまらないスポーツでしょうか。
 そんなスポーツは、観る者に感動や面白さを提供することはできませんから、衰退の一路を辿ることでしょう。

 まさかとは思いますが、ジャッジが「パンチが相手選手に当たったかどうか」を判定する力量が無かったということも有り得ますが、世界で最も長い歴史と最高の権威を誇るWBAの世界戦ですから、世界最高のジャッジが選抜されていることは間違いない筈です。
 ボクサーのパンチがよく見えない人が、2人もジャッジとしてリングサイドに居たということは、有り得ないでしょう。

 本当に不思議な試合でした。

 キツネにつままれた様な試合だったのです。
 川井選手が、その「強さ」を世界に示した大会となりました。

 もともと攻めの強さには定評がある選手ですが、オリンピックの大舞台では「守りの強さ」も際立ちました。

 決勝のマリア・ママシュク選手(ベラルーシ)との試合も6-0で完勝しましたが、その試合内容が凄い。ママシュク選手にほとんど「攻撃の糸口」さえ与えませんでした。

 前捌きの上手さと「前に出るパワー」は、川井選手の強さの根源なのでしょう。

 伊調馨選手とのバッティングを避けて63㎏級にクラスを上げたと伝えられていますが、この強さなら「川井選手の時代」を構築する可能性十分です。

 日本女子レスリングは、吉田沙保里、伊調馨という2人の大エースが頑張っている間に、素晴らしい若手が育ってきていたのです。

 「4年後も必ず勝ちます」と試合後のインタビューで語る川井梨紗子選手の頼もしいことと言ったら・・・。
 決勝に進出してきた、アメリカのヘレン・マルーリス選手は、とても強かったと思います。

 準決勝で、世界ランキング2位で吉田選手のライバルと目されたソフィア・マットソン選手(スウェーデン)にフォール勝ちして決勝に進出し、決勝では「絶対王者」吉田選手に4-1で「完勝」したのですから、文句のつけようがない金メダルでしょう。
 その「休むことのない攻撃型レスリング」を考え合わせても、今後この階級で日本チームの強敵となり続けることは、間違いありません。

 準決勝までは順調に勝ち上がった吉田選手でしたが、やはり全盛期の動きに比べればスピードが不足している印象でしたから、こうした強敵を相手にしては、やや苦しかったということになります。

 第2ピリオド開始後30秒の「せめぎあい」でバック・2ポイントを取られたことが響きました。
 共に「攻撃型」の両選手にとって、ポイントを取りにいった一連の動きの中で、相手に得点を許したことのショックはとても大きなものだったことでしょう。

 オリンピック4大会で、金メダル3・銀メダル1という成績は、素晴らしいの一語です。吉田沙保里選手の成績・記録は、女子レスリング史上のみならず、女子アスリートの歴史においても燦然と輝いています。

 とはいえ、この敗戦は吉田選手にとっては衝撃的なものだったことでしょう。

 試合後のインタビューで「最後は自分が勝つものだと思っていた」とコメントしたことに、その思いの強さが表れています。

 それにしても、優勝したマルーリス選手の試合後の「サオリと試合することを長年夢見てきた。彼女と戦う準備をずっと続けてきた。彼女は私のヒーロー。彼女は最も讃えられているレスラーで、彼女と試合をすることができたのは本当に名誉なことだった」とのコメントや、イギリスBBC放送で「女子レスリングで最大の番狂わせのひとつ」と報じられているのを見ても、「負けたこと」が世界を駆け巡る大ニュースとなるという「事実」に、吉田選手の偉大さが改めて感じられます。
 決勝の大舞台で、土性選手はとても落ち着いて観えました。

 対戦相手のナタリア・ポロベア選手(ロシア)が、様々な手段を用いて攻めてきました。
 1ポイントずつ積み上げてポロベア選手が2-0とリードして、試合時間は5分を過ぎました。

 しかし、土性選手には動揺は感じられませんでした。
 そして、おっとり刀?で土性選手が攻めに出たのです。

 攻め続けて、相当疲れが溜まっていたポロベア選手は、対応が遅れ気味。
 土性選手の上から覆いかぶさった時、土性選手が一本背負い気味に素早く腕を動かしました。

 この動きでポロベア選手がバランスを崩し、土性選手が正面から倒して、ポロベア選手が尻もちをついて、上半身が90度以上背中側に傾きました。
 土性選手が2ポイントを獲得し、2-2の同点ですが、ビッグポイントの関係で土性選手がリード。

 本当に疲れ切ったポロベア選手に、残り20秒で土性選手からポイントを奪う力は残っていませんでした。

 試合時間残り5秒の時点で、栄コーチが上に上がってきて、万歳の姿勢になり、土性選手の金メダルが決まったのです。

 「大地に根を張った様なプレー」振りが、とても印象的でした。
 試合時間は5分を過ぎていました。
 コブロワゾロボワ選手(ロシア)が2-1とリード。

 無敵の「絶対王者」伊調馨選手に大ピンチが訪れていました。

 5分20秒、伊調選手がタックル、その伊調選手の脚が目の前に出てきましたので、コブロワゾロボワ選手がその脚を取りに行きました。なかなか取れない伊調選手の脚が、向うから近づいてきたのですから、オリンピックの決勝を戦う程のレスラーであれば、当然に、本能的に取りに行ったのでしょう。

 伊調選手の脚にコブロワゾロボワ選手の手がかかりました。
 それはすなわち、コブロワゾロボワ選手の体が伊調選手に近づいたことを示していたのです。
 伊調選手がコルボワゾロボワ選手の体を捕まえました。カウンターへのカウンターでした。

 そして、時間をかけながら、右脚をコブロワゾロボワ選手の腕から抜いて、コブロワゾロボワ選手をコントロール下に置いたのです。これで2ポイントを奪い、逆転しました。残り試合時間は3秒でした。

 夏季オリンピックの全ての女子個人競技・種目において、史上初めて「四連覇」が成った瞬間でもありました。
 驚くべき瞬間だったのです。

 ディフェンスからの攻撃、最強のカウンターを持ち味とする伊調馨選手の面目躍如たる試合でした。

 2004年アテネオリンピックから13年間、世界に君臨し続ける「絶対王者」伊調馨選手も32歳となりました。

 さすがに全盛期よりは動きは衰えているのでしょうが、その神業「カウンター」は、まだまだ健在だと感じさせる、見事な試合であったと感じます。
 登坂選手が逆転に向けての技を繰り出したのは、試合時間残り13秒、逆転の2ポイントが登坂選手に入ったのは、試合時間残り1秒でした。

 見事な逆転劇でした。

 マリア・スタドニク選手(アゼルバイジャン)との決勝は、「達人同士の睨み合い」という雰囲気でした。2015年の世界選手権決勝と同じカードとなったのです。
 
 第1ピリオド、登坂選手は押し出されて0-1。
 第2ピリオド、積極性不足から0-2、と2点のリードを許しましたが、残り2分からじりじりと攻勢に出ました。

 スタドニク選手が積極性不足から1-2と1点差となって残り1分。
 登坂選手が攻め、スタドニク選手が凌ぎ続けた1分間でした。

 そして残り13秒、登坂選手はついにスタドニク選手の脚を取ったのです。

 この、練りに練り、狙い澄ました作戦を、しかし、じっと待って実行するのは、とても難しいことでしょう。

 「自分を信じた」登坂絵莉選手の、素晴らしい金メダルでした。
 8月14日に行われた、レスリンググレコローマンスタイル59㎏級で、太田忍選手が決勝に進出、キューバのイスマイルめボレロモリナ選手との戦いでは残念ながらテクニカルフォールで敗れましたが、今大会、レスリング日本チーム初のメダル・銀メダルを獲得しました。

 オリンピック初出場の大田選手でしたが、「忍者レスラー」とも称される変幻自在なレスリングを存分に発揮して勝ち進みました。
 準決勝でもポイント0-2の劣勢から、逆転のフォール勝ちを魅せてくれたのです。

 決勝でも第一ピリオドで0-6と大量リードを許しましたが、逆転に向けて自信が有ったのでしょうか、負けが決まった時には、とても悔しそうな様子を示しました。

 試合後のインタビューでも終始「金メダルが欲しかった」というコメントを続けましたし、メダルセレモニーの後においても、やはり「金メダルが良かった」と話しました。

 相当残念だったのでしょう。

 この「執念」こそが、銀メダルの原動力だったのかもしれません。
 初めてカシアス・クレイ選手のファイトをテレビで観た時の衝撃を、忘れることは無いでしょう。

 1964年・昭和30年、第一回東京オリンピックの年でした。今から50年以上前のことです。
 
 テレビ放送創世の頃ですから、当然ながら、海外で行われるボクシング世界戦のライブ放送は無く、30秒~1分位のダイジェスト版がスポーツニュースで流されたのだと思います。

 当時の世界ヘビー級チャンピオン、ソニー・リストン選手に、新進気鋭のカシアス・クレイ選手が挑戦しました。
 戦前の予想ではリストン選手が圧倒的に優勢で、リストン選手の強烈なパンチの前に、クレイ選手は早々にノックアウトKOされるであろうと評されていました。

 しかし、軽快なフットワークでリストン選手のパンチを交わし、高速ジャブを次々と決めるクレイ選手のボクシングの前に、リストン選手は成す術が無く、第6ラウンド終了後に試合を放棄しました。コーナーから立ち上がることが出来なかったのです。

 カシアス・クレイの圧勝でした。

① 軽快なフットワーク

 ヘビー級のボクサー、それも身長190cmのクレイ選手が、リストン選手の周りを軽快なフットワークで動き回るのです。

 素晴らしいアウトボクシングでした。「美しい」と感じました。

 それまで(そしてカシアス・クレイ以降も)、足を止めて重いパンチを打ち合うという「ヘビー級のボクシング」に革命をもたらしたフットワークであったと思います。

② 高速ジャブ

 相手選手の周りを軽快に動きながら、クレイ選手は高速ジャブを繰り出します。
 これが、悉く顔面に当たるのです。

 1発1発の威力は、ストレートやフックといったパンチに比べれば劣るものなのでしょうけれども、スピード十分のジャブが的確に相手選手の顔面を捉えるのですから、ダメージがとんどん積み上げられていきます。

 第6ラウンドのリストン選手の顔は張れ上がり、戦意はすっかり失われていました。

③ 長い手

 長身のカシアス・クレイ選手ですが、そのリーチは203cmと、身長より13cmも長いのです。

 この長いリーチから高速ジャブが連続して繰り出されるのですから、相手選手のパンチがクレイ選手に当たらないのも、道理です。

 とても合理的なボクシングなのでしょう。

 24歳で世界ヘビー級チャンピオンとなったカシアス・クレイ選手が、「モハメッド・アリ」に改名し、その後様々な活躍・活動を見せたことは、大変有名です。
 エピソードを挙げればキリがありません。
 
 間違いなく、世界ボクシング史上「最も有名なボクサー」でしょう。

 そうした栄光のキャリアの中で、私が最も素晴らしいと思うのは、カシアス・クレイ時代のボクシングです。
 まさに「衝撃」でした。

 文字通り「蝶のように舞い、蜂の様に刺す」ファイトだったのです。

 2016年6月3日に逝去されたモハメッド・アリ選手。

 20世紀を代表するボクサーであったと思います。
 5月6日に行われた、WBAスーパーフェザー級タイトルマッチで、チャンピオンの内山高志選手が挑戦者のジョムトーン・チューワッタナ選手(タイ)を2ラウンド・1分15秒TKOで下し、タイトル防衛に成功しました。
 内山選手は、これで10連続10度目のタイトル防衛となりました。

 2010年1月、前チャンピオンのカルロス・サルガド選手(メキシコ)を12ラウンドTKO勝ちで破り世界タイトルを獲得して以降、10度の防衛戦で8度のKO勝ちという、素晴らしい戦績を残す内山選手ですが、ファイトの内容・質がどんどん向上しているように観えます。

 1979年生まれの内山選手は現在35歳(今回の防衛成功は日本人世界チャンピオンの最年長防衛記録でした)ですから、そろそろピークを過ぎて来る頃であろうとも思うのですが、内山選手は「まだまだ強くなっている」ように感じられるのです。凄いことです。

 この試合でも、得意の右が炸裂しましたが、この右ストレートは「コークスクリュー」のように観えました。チューワッタナ選手の顎付近にヒットした後、内側に捻り込まれている軌道でした。
 高いパンチ力に絶妙の技術が相俟って、相手選手への強烈なダメージに結び付いているのでしょう。まさに「プロフェッショナルのプレー」だと感じます。

 24戦23勝1引分、23勝の内19がノックアウトKO勝ち、19KO勝ちの内13がテクニカル・ノックアウトTKO勝ち、世界タイトル戦11戦内8戦がTKO勝ちというのは、「ハードパンチャーの証明」でしょう。
 内山高志選手のパンチがヒットした時には「レフェリーはカウントする前に試合を止める」ことが多いのですから。
 
 今年2月に、チャンピオンの中のチャンピオンとして「スーパー王座」に認定された内山高志選手のボクサーキャリアは、これからも着々と積み上がって行くことでしょう。

 本当に強いボクサーです。
 フロイド・メイウェザー選手(アメリカ)とマニー・パッキャオ選手(フィリピン)の世界ウェルター級王座統一戦が、5月2日に迫りました。

 現在、全ての階級を通じて最も注目されている、ボクシングの世界タイトルマッチであり、何度も実現が期待されていたカードですので、世界中のボクシングファンが固唾を飲んで待っていることでしょう。

 プロ入り後47戦全勝・5階級で10王座のメイウェザー選手と57勝5敗2引分・6階級で7王座のパッキャオ選手の対決ですから、注目されるのも当然です。

 ところで、総収入が500億円を超えると言われるこの試合の、収益構造が興味深いのです。

① 入場券売上89億円→チケットは1枚当たり最高120万円、最低18万円、1万6千席。
② 海外テレビ放映権料42億円→日本ではWOWOWが2億円で獲得。
③ 興行協賛16億円

 ここまでで147億円となります。入場券売上の89億円というのは、ボクシングの1試合のものとしては空前の水準でしょう。1万6千席のラスベガスの会場も凄いのですが、何より高額チケットに驚かされます。

 とはいえ、147億円では500億円に遠く及びません。後は、アメリカ国内のテレビ放映権料位かと思っていたら、ここに「PPV」が登場するのです。

 PPVはペイ・パー・ビュー、「テレビ視聴課金料」のことです。

 アメリカでは地上波よりもケーブルテレビが普及していますが、そのケーブルテレビでこの試合を観るためには、通常のケーブルテレビ料金にプラス1万800円あるいは1万2千円(高画質)を払わなければならないのです。

 1試合のテレビ放送を観るためのコストとしては非常に高額だと感じますが、スタジアムで観ることに比べれば10分の1~100分の1ということになります。家族や友人同士で観れば単価はより下がります。スポーツバーでの観戦が可能なのかどうか、余計なことも気になりますが、いずれにしても「十分にニーズは存在する」と主催者は観ているのでしょう。

④ PPV300万件以上の視聴による360億円の売り上げ

 これで、①~④の合計が507億円となりました。凄まじい売上額です。

 世界のプロボクシングの中心に位置するアメリカの興行主のやることですから、おそらく大きな誤差の無い売上高が達成されることでしょう。

 それにしても、メイウェザー選手が38歳、パッキャオ選手が36歳と、気が付けば「二人の英雄」も選手キャリアの晩年を迎えました。
 過去10年以上に渡って、不振の世界プロボクシング界を支えてきた二人のプレーヤーにとっても、間違いなく「最後の大一番」となることとでしょう。

 「この試合をやってしまったら、もう後は無い」とも言われてきた「世紀の一戦」です。素晴らしいゲームを期待すると共に、アメリカ・プロボクシング界としては、今後の進路についても、しっかりと考え準備しておかなければならないのでしょう。
 アジア大会10日目、女子レスリング55kg級で吉田沙保里選手が優勝、アジア大会4連覇を達成しました。

 吉田沙保里選手といえば、世界選手権・オリンピック通算で世界大会15連覇中であり、いつも圧倒的に強い感じで、「優勝」と聞いても「当然」という雰囲気ですが、9月28日に行われた今大会の緒戦は、大変厳しい試合でした。

 吉田選手の持ち味は「類を見ないスピードと予測能力」だと思いますが、この大会の緒戦の試合が始まってしばらくしても、いつもの「他の選手とは一段違う動き」が観られません。その内に相手の中国選手に脚を取られて背中から倒されフォール寸前。

 この大ピンチは驚くべきブリッジで凌ぎましたが、相当長い時間フォール寸前の状態に追い込まれました。
 第一ピリオド3分間を終わって、ポイント0-5と不利な状況。

 第二ピリオドが始まっても、いつものような動きは戻りませんでしたが、タックルを警戒する相手選手に「一本背負い」の大技をかけて一挙に4ポイントを奪取、4-5の1点差としました。
 その後は、攻防が続きましたが結局12-9で勝ち切りました。

 2回戦以降は、フォール勝ち、テクニカルフォール勝ち、テクニカルフォール勝ちと続けて優勝しましたので、結果を文字で見ると1回戦だけ苦戦したように見えますが、実際には準々決勝以降も、吉田選手本来の動きは観られませんでした。
相当コンディションが悪かったのであろうと思います。

 2週間前の世界選手権53kg級で「失ポイント0」という驚異的な試合内容で優勝して以降、体調を崩し、アジア大会の55kg級に向けて体重を増やさなければならないところ、51kg位まで体重が減ってしまい、試合当日も54kg位までしか体重を戻せなかったと伝えられています。

 緒戦の何かピリッとしない腰高の戦い振りは、こうした悪いコンディションが現出したものだったのです。

 それでも試合に出場し、なんとかかんとか優勝してしまう姿を見ると、改めて「吉田沙保里の凄さ」を認識させられます。
もの凄いというか、空前絶後のプレーヤーなのです。

 どのスポーツでも、連勝できるプレーヤー・チームというのは、好調時に抜群に強いことは勿論として、不調時でも負けないプレーが展開できることが条件なのでしょう。
 例えば吉田選手でみれば、絶好調時を100として50位の体調でも勝利を収めることが出来るのではないでしょか。

 この大会緒戦の「一本背負い」などは、苦しい時の必殺技のひとつなのでしょう。
 普段は「タックルの吉田」で知られているプレーヤーですし、タックルの方が攻め損ねた時に反撃を食らうリスクが一本背負いよりは低いと考えられます。一本背負いは、一か八かのプレーのひとつでしょう。一方で、一本背負いが決まれば多くの場合4ポイントを稼ぐことが出来ますし、相手プレーヤーを背中からマットに叩き付けるのですから、フォールに持っていける可能性も高いことでしょう。
 タックルから背後に回れば2ポイントですから、「破壊力」という点からは一本背負いの方が上なのです。ハイリスク・ハイリターンということでしょうか。

 普段は見せない大技ですが、いざという時の為にトレーニングは怠らなかったことが、良く分かりました。
 様々な状況を想定してのリスク対策が、吉田選手のプレーには内包されているのです。

 日本中のファンの「優勝して当然」という我儘な?期待を背負って、吉田選手は戦いを続けています。
 これで、国際大会における個人戦188連勝との情報もあります。いったい、どれくらい負けていないのかよく分からない程のプレーヤーなのです。

 私達は、「世界レスリングの至宝・吉田沙保里選手」に常に大きな拍手を送り続けなければならないと感じます。
 そして、私としては「好調時の吉田選手の試合」を今後も観て行きたいと思います。「好調時の吉田選手の動き」と同レベルに動けるプレーヤーが、吉田選手引退後に世界中のどこかから現れる可能性は、そう高くないと考えているのです。
 現在、プロボクシングの日本人世界チャンピオンは8人です。ピーク時の9人には及びませんが、史上最も多い時期が続いています。

 最近の世界チャンピオンを見ると、デビューから短期間・少試合数で世界トップに駆け上がったボクサーより、着実にキャリアを積みながら実力を蓄えて行き、タイトルを手にしたボクサーの方が多いように感じます。

 体重の重いクラスから、現世界チャンプを見てみます。

① 内山高志(WBAスーパーフェザー級)
14戦目で世界タイトルを獲得、現在8度の防衛に成功しています。22戦21勝0敗1引分、17KO勝ち。

② 三浦隆司(WBCスーパーフェザー級)
38戦目で世界タイトルを獲得、現在2度の防衛。40戦34勝6敗、22KO勝ち。

③ 山中慎介(WBCバンタム級)
17戦目で世界タイトル獲得、現在6度の防衛。23戦21勝2引分、16KO勝ち。

④ 亀田和毅(WBOバンタム級)
28戦目で世界タイトル獲得、現在1度の防衛。29戦29勝、18KO勝ち。

⑤ 河野公平(WBAスーパーフライ級)
35戦目で世界タイトル獲得、その後失冠するも38戦目で再戴冠。38戦30勝8敗、18KO勝ち。

⑥ 八重樫東(WBCフライ級)
17戦目でWBAミニマム級のタイトルを獲得。その後失冠するも20戦目にWBCフライ級タイトルを獲得、現在3度の防衛。23戦20勝3敗、10KO勝ち。

⑦ 井上尚弥(WBCライトフライ級)
6戦目で世界タイトル獲得、日本人男子ボクサー最速記録。6戦6勝、5KO勝ち。

⑧ 高山勝成(IBFミニマム級)
16戦目でWBCミニマム級タイトルを奪取するも、その後失冠。28戦目でIBFチャンプとなる。現在1度の防衛。33戦26勝6敗1無効試合、10KO勝ち。

 以上が、現在の日本人世界チャンピオンの8人です。

 井上尚弥選手を除くと、内山高志選手の14戦目がタイトル獲得最短ということですから、多くのチャンピオンが、経験と実績を積み上げた上でのタイトル獲得という感じがします。

 また、河野選手、八重樫選手、高山選手は、防衛戦で敗れ失冠した後、再度チャンピオンに返り咲いています。この点も、素晴らしいことだと感じます。

 そして、内山選手や山中選手、井上選手は75%以上の高いKO率を誇りますし、他の選手も、世界タイトル獲得後KO率が上がっているように感じます。
 渋い試合展開から、きっちりと判定勝ちするというタイプではなく、どの選手もKO勝ちの力を秘めているのです。

 我が国が得意とする軽量級から中量級にかけてのクラスでも、従来以上に、お客様からKO勝ちが求められる時代が来ているのかもしれません。

 4月23日に行われたWBC世界バンタム級タイトルマッチで、チャンピオンの山中慎介選手が、挑戦者のシュテファーノ・ジャモエ選手(ベルギー)を9RTKOで下し、6度目のタイトル防衛に成功しました。

 「神の左」と呼ばれる強烈なパンチが持ち味の山中選手ですが、この試合でもその威力を如何無く発揮しました。
 初回から左ストレートがジャモエ選手のボディに決まりました。相当効いている様子でしたので、試合のペースは山中選手のものになった感じでした。

 その後、2回と8回にも左ストレートがボディに決まりダウンを奪って9回、やはりボディへのパンチを打ち込み勝負を決めました。

 山中選手の左ストレートは、「太さ5cm位の丸い棒を真っ直ぐに突く」ようなイメージです。左肩や上半身も極めて安定していますから、真っ直ぐに突かれた棒は、強烈なダメージを相手選手に与えるのです。

 「腕力が強いというより、パンチ力が強い選手」なのではないでしょうか。

 1982年10月生まれ31歳の山中選手は、これで23戦21勝0敗2引分。21勝の内16勝がKOとなりました。見事な成績です。

 山中選手のキャリアを見ると、あることに気が付きます。
 2006年1月のデビュー戦から2008年10月の8戦でKO勝ちは2戦のみ。残りの6戦は判定で4勝2引分なのです。
 一方、2009年1月から2014年4月の15戦では14KO勝ち、判定勝ち1度と、KO率が格段に上がっているのです。

 2008年10月のサラゴサ上間選手との試合と、2009年1月の船井龍一選手との試合の間に「何があった」のでしょう。山中選手の試合振りに大きな変化・進化をもたらす何かが、26歳の山中選手に起こったのです。
 私は、その頃の山中選手の試合を観ていませんので、理由を推定することも出来ないことがとても残念です。

 「世界に羽ばたくことが出来る進化」が起こったのが、26歳の時でしたから、山中選手が日本タイトルホルダーになったのは、27歳・2010年の6月とやや遅めです。
 そして、世界タイトルを獲得したのは17戦目2011年11月・29歳の時です。しっかりと実力を付けて、世界チャンピオンに就いた形でしょう。

 山中選手の左ストレートは、そのフォーム・スピード・タイミング共完璧なものとなりました。まさに「神の左」です。
 ゴツン・ゴツンと、一発撃つたびに相手の顔をのけ反らせるストレートは、階級は違いますが、「ヒットマン」と尊称された世界ボクシング史上屈指のアウトボクサー、トーマス・ハーンズ選手を彷彿とさせます。
 凄まじい強さを保持する、完成されたアウトボクサーが日本にも誕生したのです。

 今後も山中慎介選手の試合から、目が離せません。

 アマチュアボクシングの最高峰のタイトルがオリンピックチャンピオンであれば、プロボクシングの最高峰は世界チャンピオンということになります。

 我が国にも、現在10人の世界チャンピオンが居ます。一時期減少した日本の世界チャンピオン数は増加に転じていて、10人というのは同時期の王者数としては過去最多ではないかと思います。

 では、日本のプロボクシング界が隆盛を極めているかというと、そういう雰囲気もありません。
 1950年代の白井義男(フライ級)、1960年代のファイティング原田(フライ級・バンタム級)、藤猛(スーパーライト級)、小林弘(スーパーフェザー級)、1970年代の大場政夫(フライ級)、輪島功一(スーパーウェルター級)、ガッツ石松(ライト級)、具志堅用高(ライトフライ級)、1990年代の薬師寺保栄(バンタム級)、2000年代の長谷川穂積(バンタム級、フェザー級)といったチャンピオンが活躍していた時代の方が、ボクシング人気は高かったと感じます。

 色々な要因があるのでしょうが、「世界チャンピオンが多過ぎる」ことも、ボクシング人気に影響を与えているのではないでしょうか。

 現在、メジャーな世界タイトル認定機関・団体は4つあるとされています。設立順に並べます。

・ WBA世界ボクシング協会(1921年設立、本部はパナマ)
・ WBC世界ボクシング評議会(1963年、メキシコ)
・ IBF国際ボクシング連盟(1983年、アメリカ)
・ WBO世界ボクシング機構(1988年、プエルトリコ)

 そして、階級はというと、体重が重い方から、ヘビー級・クルーザー級・ライトヘビー級・スーパーミドル級、ミドル級・スーパーウェルター級・ウェルター級・スーパーライト級・ライト級・スーパーフェザー級・フェザー級・スーパーバンタム級・バンタム級・スーパーフライ級・フライ級・ライトフライ級・ミニマム級、の17階級です。

 単純に見れば、最大4選定機関×17階級=68人の世界チャンピオンが存在し得ることになります。もちろん、実際には1人で複数のタイトルを保持しているボクサーが居ますので、チャンピオンの数は68人よりは少ないのですけれども。

 それにしても、もの凄い数です。

 1970年頃までは、WBAとWBCの2つの団体しかなく、階級も8階級くらいだったと思いますから、世界チャンピオンは最大16人だったのです。随分と増えたものだと思います。悪い言い方をすれば「粗製濫造」でしょう。

 興行的に「世界タイトルマッチ」と銘打てば、集客力も高く、テレビ放送の視聴率も稼げるということなのでしょうが、世界タイトル・世界チャンピオンの価値が下がっていることも事実です。
 ファンは、その試合が世界タイトルマッチに相応しいレベルの試合であるか、世界チャンピオンに相応しいボクサーであるかを、直ぐに見抜きます。素晴らしいスピード・技術を擁し、驚くべき闘争心を持って、戦い続けることができるボクサーかどうかを肌感覚で即座に判断するのです。
 そのレベルに達しない「世界タイトルマッチ」を連続して見せられれば、リングから足が遠のいて行くのは道理です。

 こうした問題は当然ながら、ボクシングに限ったことではありません。例えば、ベースボールのMLBやアメリカンフットボールのNFLでも、時代を追うごとにチーム数が増加してきました。イクスパンションなどと呼ばれましたが、その都度議論が巻き起こりました。
 「チーム数を増やすと、プレーのレベルが下がるのではないか」「メジャーリーガーの質が低下する」といった意見が、プレーヤー・ファン・マスコミ・関係者等々から出されたのです。

 より多くのファンを獲得し、より多くの売り上げ・利益を上げようとする動き=チーム数を増やそうとする動きと、プレーの質の維持を図ろうとする動きの、ギリギリの接点でチーム数・選手数が決められていくのでしょう。
 そして、チーム数を決めていく物差し・基準は、詰まるところ「市場原理」、ファンが支持する・満足するレベルのプレーを提供することができるか否かにかかっているのです。

 単純な例ですが、20チームで1チーム平均年間100万人の観客を動員するとすれば、リーグ全体の観客動員数は年間2,000万人。同様に、30チームで1チーム平均60万人とすれば、リーグ全体の動員数は1,800万人となりますから、チーム数を増やさないほうがリーグ全体としての観客動員数が多いことになります。
 
 「あんなレベルのプレーは、つまらない」と感じられるようになるまで、別の言い方をすれば「損益分岐点」を超えてチーム数・プレーヤー数を増やすことは、プロスポーツとしては回避しなくてはならないのでしょう。

 現在のプロボクシングの世界チャンピオン数は、この損益分岐点より多いように感じるのです。

 日本のボクシング界を率いているJBC日本ボクシングコミッション(1952年設立)は、この点では立派な対応を続けてきていると思います。
 JBCは、世界の主要なプロボクシング参加国を代表する組織の中で、IBFとWBOを認定したのが最も遅い組織でしょう。JBCがこうした対応を続けてきたのは「団体の乱立は好ましくない」という姿勢を貫いてきたためです。

 そのJBCも、ついに2011年2月に、世界王座戦に限ってIBFとWBOの試合が行われることを認めました。まだ、「団体」として正式には認めてはいないと認識していますが、JBCが認定しているWBAやWBCの世界チャンピオンとIBFやWBOのチャンピオンが「統一戦」などと銘打って試合を行うことが増えたことと、WBAやWBC自体が階級を増やして、世界チャンピオンの数を増やし続けていることが、JBC方針変更の原因だといわれています。
 歴史と伝統を誇るWBAとWBCも「世界チャンピオン濫造」の流れには、抗し得なかったということでしょうか。

 JBCには「団体の乱立は好ましくない」という素晴らしい理念を堅持していただき、引き続き「世界ボクシング界の良識」としての役割を果たし続けていただきたいと思います。

 前述の我が国におけるプロボクシング全盛期の世界チャンピオンを観ると、1960年代・1970年代に集中しています。1983年のIBF設立、1988年のWBO設立の以前というのは、偶然でしょうか。

 そして、現在の世界タイトルマッチでは「5階級制覇なるか」といった文字が踊ります。団体が4つもあり、これだけ細分化された階級制における「5階級制覇」の価値とは、どれほどのものなのでしょう。

 階級が現在ほど多くなかった時代、ファイティング原田は日本人ボクサーとして初めて2階級、フライ級とバンタム級の世界チャンピオンとなり、3階級目のフェザー級王座をも狙って、1969年にチャンピオンのジョニー・ファメション(オーストラリア)に挑戦しました。

 この試合で原田は、確か2~3度のダウンを奪い、KO勝ちかと思われましたが、レフェリーのカウントがとても遅く(カウントを途中で止めてファメションを立たせていたという見方もあります)、判定へと持ち込まれました。この判定も、原田の圧勝かと思われましたが、なんとレフェリーは判定のポイントを確認することも無く、両選手の腕を挙げました。引き分けとしたのです。不可解というか、レフェリーが買収されていたのか、よほどチャンピオンを勝たせたかったのか、よく分かりませんが、とにかく酷い試合でした。地元オーストラリアのファンも大ブーイングを送っていました。しかし、判定は覆らず、ファイティング原田は抗議することも無くリングを去りました。

 この試合を思い出すと、今でも少し頭にくるので、話が逸れてしまいましたが、このファイティング原田の2階級制覇と、現在叫ばれる3~5階級制覇の価値を比較すれば、階級も少なく、WBAとWBCしかなかった時代に、フライ級→バンタム級→フェザー級という、約6.5kgの体重差に挑み、パンチを繰り出し続けたボクサー・ファイティング原田の偉大さが際立つと思います。
 
 最古の団体WBAは、1998年に「歴史的に議論なきチャンピオン」を各階級で選出しています。

・ ライトフライ級 具志堅用高
・ フライ級 パスカル・ペレス(アルゼンチン)
・ バンタム級 エデル・ジョフレ(ブラジル)
・ フェザー級 エウゼビオ・ペドロサ(パナマ)
・ ライト級 ロベルト・デュラン(パナマ)
・ ウェルター級 シュガー・レイ・ロビンソン(アメリカ)
・ スーパーウェルター級 トーマス・ハーンズ(アメリカ)
・ ミドル級 カルロス・モンソン(アルゼンチン)
・ スーパーミドル級 シュガー・レイ・レナード(アメリカ)
・ ライトヘビー級 バージル・ヒル(アメリカ)
・ ヘビー級 モハメド・アリ(アメリカ)

 といったボクサー達です。名前を聞いただけで、試合のシーンと感動が思い起こされる、素晴らしいボクサー達です。つまり、とても印象に残るファイトを繰り広げることができる=極めて高い技術と体力を持ち、個性的なファイトを魅せることができる、ボクサーが並んでいるのです。

 現在も、素晴らしいボクサーは沢山います。この素晴らしいボクサー達を、変なマッチメイクで汚すことが無いように、そして今後も歴史に残るボクサーが生まれてくるような組織面・興行面の整備が必要な時代が、既に来ていると思います。
 どれほど強いのか、よく分からないくらい強い2人です。

 ハンガリーの首都ブダペストで行われているレスリング世界選手権大会2013で、吉田沙保里選手と伊調馨選手が優勝しました。
 これで世界選手権では、吉田選手が11連覇、伊調選手が8度目の優勝です。2人とも、オリンピックを3連覇していますから、この10年間女子55kg級は吉田選手の、女子63kg級は伊調選手の時代が続いていることになります。

 長い歴史を誇るレスリングという競技で、東欧やロシア、アメリカ等々の国々に強豪が犇き、吉田選手や伊調選手は各国トッププレーヤーの目標にされ研究し尽くされているにもかかわらず、「いつものように勝つ」というのは、尋常なことではありません。
 他の競技を含めても、これほどに強いプレーヤーが、同時期に2人、同じ国に登場したというのは例を見ないことでしょう。
 どのように驚いても、驚き過ぎることは無い事実だと思います。

 「攻めの吉田」「守りの伊調」という感じがします。

 吉田選手は、2002年前後の世界デビューの頃から、そのタックルで有名でした。タックルのスピードが抜群なのです。
 相手選手は吉田選手のタックルが来ることは分かっていますから、十分に準備しているのですが、それでも食らってしまう。とにかく、肌感覚としての予想を遥かに超えるスピードのタックルなのだろうと思いました。
 スピードにおいて絶対に引けを取らないと自負している世界中のトッププレーヤーの肌感覚を、遥かに超えるスピードというのですから、神の領域に近いものなのでしょう。

 2002年から2007年位までは、吉田選手は相手の体制や隙を見つけてタックルするというよりは、自らのタイミングでタックルを仕掛け、それで勝てていたように思います。
 そのような、ある意味では「自分勝手なレスリング」で6年間も世界で勝ち続けたこと自体、もの凄いことだと思いますが、2008年1月にアメリカのバンデュセン選手に破れ、公式戦の連勝が119で止まった頃から、相手のプレーを良く観るようになりました。

 そして、2012年5月にロシアのジョボロワ選手に敗れたことで、「新しい吉田沙保里の型」を完成させたように思います。
 この2つの敗戦は、自らのタックルを利用されての敗戦でした。誰にも防ぐことが出来ないはずのタックルの動きを利用されたのです。吉田選手は、よく考えて対策を立案・実行しました。昨年のロンドンオリンピックのジョボロワ選手との試合は、その対応策が完璧に実行された、素晴らしい試合であったと思います。タックルを仕掛け、ジョボロワ選手が返し技を掛けようとしたときに、円を描くように両爪先で左右に動く様は、芸術的でさえありました。

 ジョボロワ選手の吉田選手対策は、1度の試合でしか通用しなかったのです。この研究心とトレーニングの積み重ねがある限り、吉田選手の王座は揺るぎないものだと感じます。

 一方の伊調選手ですが、負けないという意味では吉田選手以上です。試合をやって負けた伊調選手を思い出すことができません。故障による棄権での不戦敗があるために、連勝記録としては吉田選手の方が注目されるのですが、「試合で負けていない」という点では、伊調選手の方が長いと思います。
 おそらく2003年5月のマカン選手(アメリカ)に負けて以来、リング上では負けていないので「10年間以上不敗」という記録を継続しているのでしょう。あらゆる格闘技を通じても、空前絶後の記録だと思います。

 「守りの伊調」ですから、相手のプレーに対しての対応力が素晴らしい。組み合ってから、相手に力を出させないという点で、天才的なバランス感覚と、上半身の柔軟性を持っているように思います。

 また、守りが強いと言うと、攻撃が弱いような印象を与えますが、これが大間違いで、試合序盤で相手の動きを掴んでからは、無駄の無い強烈な攻めを見せます。大技も、良く決めます。
 今回の世界選手権でも、4試合全てテクニカルフォール勝ちでした。無類の強さを誇る守りから、圧倒的な攻めに転ずるという、勝ち所を知っているプレーヤーなのでしょう。

 伊調選手も、研究と鍛錬を怠りません。今回の優勝後のインタビューで「準決勝で3点取られたのが一番の収穫。(相手選手の体は)感じたことの無いバネだった。対戦したことの無い選手だとテンションが上がる。練習することが増えた」とコメントしています。

 テクニカルフォール勝ちした相手選手に「3点取られたことが一番の収穫」という感覚は、凄い。伊調選手にとっては、世界選手権もトレーニングのひとつということになります。そして「練習することが増えた」というのですから、まだまだ強くなるということです。
 過去10年間、リング上で不敗の選手が、研究と練習を重ね続けているということが、最も素晴らしいことなのでしょう。

 吉田選手は三重県津市の出身ですが、吉田選手にレスリングを教えた吉田選手のお父さん・吉田栄勝氏(元レスリング全日本選手権者)は、青森県八戸の出身です。
 そして、伊調選手は青森県八戸の出身です。2人のスーパープレーヤーのルーツは同じなのです。

 そういえば、ロンドンオリンピック女子レスリング48kg級の金メダリスト・小原日登美選手も八戸の出身です。
 当該スポーツが盛んな地域であれば、オリンピックチャンピオンが複数生まれるということではないでしょう。そんな単純・簡単なことではない筈です。

 青森県八戸には、女子レスリングの神様が居るのかもしれません。
 先日、後楽園ホールにボクシング観戦に行ってきました。タイトル戦ではない試合が行われる日でした。
 久しぶりでしたが、後楽園ホールの面持ちは昔と全く変わらないものでした。

 4回戦、6回戦、8回戦の計6試合が行われました。
 場内は、4回戦の頃は2分位の入り、メインイベントの8回戦が近くなると7分位の入りで、この日の席設置数から見て700人前後の観客であったと思います。

 とても面白い試合が続きました。

 17歳の若手も居れば、30歳を大きく越えるベテランも居ます。30歳を大きく越えて4回戦・6回戦を戦うのですから、「世界を目指して」いるのではなく、ボクシングに賭けている、自らのボクシングを極めようとしている、何より「ボクシングが大好き」なのでしょう。
 そういうボクサーのファイトには、何とも言えない味があります。クリンチの仕方、コーナーへの戻り方、各ラウンド終了時の相手選手への挨拶、等々。ボクシングキャリアやボクシングを愛していることが、とてもよく分かるのです。

 この日、改めて強く感じたことが2つありました。

 ひとつ目は、「1ラウンドの3分間は長い」ということです。

 テレビで世界タイトルマッチを観ていると、3分は直ぐに過ぎてしまう感じがしますが、目の当たりにすると「長く感じる」のです。この長い3分間の間、打ち合いを続けること自体が容易なことではありません。
 この日登場したボクサーの多くは、デビューしてからの年数と試合数が同数に近い、つまり1年に1試合の方でした。当然、他の仕事に就きながら1年に1度の試合に向けて、トレーニングを続けるのです。そして、この長い3分間の打ち合いができるコンディションを造り上げるのです。素晴らしいなと思います。

 ふたつ目は、ヨネクラジム米倉健司会長の笑顔です。

 この日は、名門ヨネクラジム主催の試合が行われていましたので、セコンドに米倉会長が付いています。もう80歳に近いのではないかと思いますが、とても元気な様子でした。

 そして、4回戦、6回戦と自らのジムの選手が勝利を挙げると、リングサイドで本当に嬉しそうに笑顔を魅せます。この笑顔が素晴らしいのです。
 試合中には、リング下から前かがみの姿勢で、ジムの選手のファイト振りを真剣に観続けます。真剣そのもの。そして、勝てば満面の笑顔になるのです。

 米倉会長は、本当にボクシングが好きで、本当にボクサーを育て上げることが好きで、その情熱はいささかも衰えていないことに、深く感じ入りました。
 こういう御人柄だからこそ、選手もついていく、そして厳しい試合を戦い続けていけるのであろうと思います。

 技術論、指導法・・・もちろん大切でしょう。しかし、どんなに高度な技術論や指導法を知っていたとしても、この人柄というか人格が無くては、良い選手は育たないのでしょう。これからも、お元気でご活躍いただきたいと思います。

 後楽園ホールを後にして、JR水道橋駅へと歩きます。プロ野球の試合が無かったこともあって、歩道はとても空いています。東京ドームシティは、昔の後楽園に比べればとても綺麗になりました。
 しかし、時折聞こえる「打ち下ろすような右ストレート、凄かったなぁ」といった会話は、何も変わっていないのです。
 今年2012年はオリンピックイヤーでした。7月27日から8月12日にかけて、イギリスのロンドンで、第30回夏季オリンピックが開催されたのです。本「スポーツを考えるKaZ」ブログは、このオリンピック終了後の8月19日から始まりました。本来なら、オリンピック競技は、本ブログのテーマが山盛りだった訳ですが、リアルタイムにオリンピックについて考えるのは、次回の2016年ブラジル・リオデジャネイロ・オリンピックを待つことになります。
 本稿では、2012年ロンドン・オリンピックの競技の中から、女子レスリング競技について振り返ってみたいと思います。

 ロンドン・オリンピックの女子レスリング競技フリースタイルは、従来と同じ48㎏、55㎏、63㎏、72㎏の4つのクラスで争われました。
 そして、48㎏級では小原日登美選手、55㎏級では吉田沙保里選手が、63㎏級では伊調馨選手が、見事に金メダルを獲得しました。今大会の日本代表チーム全体の金メダル獲得数は7個でしたので、その内の3個を女子レスリング競技で獲得したことになります。男子レスリング競技66㎏級の米満達弘選手の金メダルを含めると、レスリングチームは4個の金メダルを獲得したことになります。
 金メダルの過半はレスリング競技で獲得したことになりますので、レスリングは日本の得意競技ということになります。素晴らしい活躍でした。

 48㎏級の小原選手の金メダルは泣けました。旧姓坂本日登美時代から、世界選手権の51㎏級で6回の優勝を誇る名プレーヤーでしたが、オリンピックには51㎏級が無く、オリンピックの55㎏級には、あの吉田沙保里選手が君臨し、一方の48㎏級には、妹の坂本真喜子選手が居たために、姉妹で同じクラスで戦うことを避けたことから、結果としてオリンピック出場には無縁でした。
 妹さんの引退に伴って、48㎏級で競技生活を再開した小原選手は、世界選手権で2回の優勝を積み上げ、31歳となった今オリンピックに初出場したのです。そして、堅実に勝ち上がり決勝に臨みました。決勝の第一ピリオドは、0-4でアゼルバイジャンのスタドニク選手に先取されましたが、その第一ピリオドの終盤、スタドニク選手はリングに正座したまま暫く立ち上がりませんでした。「疲れているな」と思いました。
 小原選手は、続く2つのピリオドを危なげなく連取し、逆転勝ち。見事に金メダルを獲得しました。スタミナも勝負の大事な要素です。23歳のスタドニク選手の様子をキチンと把握しながら、31歳の小原選手がスタミナ勝ちしたのです。
 世界選手権8回の優勝を積み上げながら、ついに手にしたオリンピックの金メダル。小原選手は、人目を憚らず泣いていました。こちらも、もらい泣きをしてしまいました。とても良い試合だったと思います。

 55㎏級の吉田沙保里選手と63㎏級の伊調馨選手は、これはもう盤石の勝利でした。共にオリンピック三連覇の偉業を成し遂げたのです。そして、共に笑顔の金メダルでした。

 競技日程の関係から、最初に三連覇したのは伊調選手でした。左足首を故障していたと聞いていますが、試合ぶりは冷静そのもの。その攻守のバランスの良さと緩急の使い分けは見事。「強い」の一語でした。オリンピックの決勝という、世界最高レベルの試合において、どうしてこんなに鮮やかにタックルが決まるのか、不思議なほどの一方的な試合でした。吉田沙保里選手の陰に隠れている感じですが、負けた姿が記憶にないという点では、伊調選手の方が安定しているとさえ言えると思います。本当に凄い選手です。

 吉田沙保里選手も「負けない試合」を続けました。特に、そのスピードは素晴らしいもので「速い」の一語でした。必殺のタックルを研究されつくしていたために、そのタックルを返されることがあることから、近時は時折苦戦していました。今大会でも、相手選手は、吉田選手のタックルを待っていました。しかし、よく考えてみれば、相手選手は「吉田選手のタックルを待つしかない」ということが、吉田選手の絶対的な強さを示しているのでしょう。共に攻め合えば、吉田選手の方が圧倒的に強いということです。もの凄い選手です。

 この3人の女子選手に共通して観られたのは、コンディションの良さでした。キッチリと調子をピークに持って行っていたと思います。そして、この3人のコーチも共通しています。栄和人コーチです。
 格闘競技で、同一オリンピック大会の3人の金メダリストのコーチが同一人物というのは、珍しいことだと思いますし、正に偉業です。

 栄和人コーチは、鹿児島商工高校から日本体育大学に進み、現在は至学館大学レスリング部監督で、全日本女子レスリングヘッドコーチです。自身も世界選手権フリースタイル62㎏級の銅メダリストでしたが、その真価はコーチに就任してから現出しました。
 全日本のヘッドコーチに就任した2004年以降、日本女子レスリングの栄光のシーンには、必ずと言っていいほど栄コーチの姿がありました。吉田選手が、栄コーチを肩車して運ぶシーンなどは、何か世界大会の名物?のようでした。

 そのコーチングの神髄については、私は知り得る立場にありませんが、前述の3選手の今大会のプレー振りを見る限り、コンディショニング、肉体面・精神面の充実に大きく寄与していたと感じられますし、特に吉田選手の今大会の「構えの美しさ」や重心の安定感に表れているように「基本の徹底と実践」が大きな特徴の様に思います。
 言うは易く行うは難い、基本の徹底ですが、栄和人コーチには、そのノウハウが詰まっているように思いました。賞賛しつくせない程に素晴らしいコーチだと思います。日本の宝でしょう。

 オリンピック決勝に勝利した吉田沙保里選手が観客の大歓声に両手を挙げて応えた後、栄コーチをヘッドロックから投げ飛ばしました。その投げのスピードと美しさには、目を見張るものがあり、レスリングの魅力そのものでしたが、投げられた栄コーチの受け身もなかなか見事でした。
 そして何よりも、選手とコーチのこうした関係が、金メダル獲得の源泉なのだと感じました。


 今年8月19日に書き始めた「スポーツを考える KaZ」ブログは、本編を本年最後の稿にします。お付き合いいただき、本当にありがとうございました。

 更新が遅れたり、書きたかったが書けなかったテーマがいくつもあったことが残念でしたが、何とか2012年を乗り切ることが出来ました。

 明年も、様々なスポーツシーンを採り上げていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。良い新年をお迎えください。

 2012年12月4日、大阪府立体育館で行われたWBA世界バンタム級タイトルマッチ、亀田興毅VSウーゴ・ルイス(メキシコ)の試合は、亀田が2-1の判定でルイスを下し、5度目の防衛に成功しました。

 正直に言って、私は亀田家のボクシングがあまり好きではありませんでした。仰々しい登場の仕方や、弱い相手ばかりを選んでいるように見えるマッチメイクなど、「本気」が売りのボクシングという競技において、こうしたやり方はいかがなものかな、と考えていました。

 その亀田三兄弟の長兄にしてリーダーでもある亀田興毅選手が、本年4月以来8か月ぶりにリングに戻ってきて、同級暫定王者にして、1位にランクされる最強の挑戦者ウーゴ・ルイスとの試合が組まれたので、久しぶりに観てみました。

 試合前、控室の亀田の様子は、派手なパフォーマンスも無く、表情も大事な一戦に向かうボクサーそのものでしたから、亀田興毅選手もだいぶボクサーに成って来たな、という感じを受けました。(偉そうな物言いで恐縮です)

 リングに上がってからも、この印象は変わらず、国歌君が代を歌っている様子などは、心を打たれる物がありました。

 さて、試合が始まりました。挑戦者のルイスは強打が売り物ですから、亀田はアウトボクシングでスタートしました。ガードも高く、キチンと固めています。ルイスは、ガードの上から強打を振るいます。確かに、パンチ力はありそうですが、亀田のガードを弾き飛ばすほどのものではありません。亀田は冷静に試合を進めています。試合の雰囲気も、世界タイトルマッチに相応しいもので、良い試合になっていると感じました。

 前半は、亀田選手のパンチもあまり当たりませんでしたので、手数を出している分ルイス選手の方が、判定では有利かなと思いましたが、いずれにしても両選手とも有効打に乏しい試合となりました。5回までは、ほぼ互角の内容で、判定で優劣をつけるとすれば、パンチを出している分の攻勢点から、ルイスがリードしているように観えました。

 6回から、亀田の右フックが当たり始めました。常にルイスの周りを動きながら、少しずつ後退するボクシングを展開していた亀田が、少し踏みとどまって、時には前進する姿勢も見せ始めたのです。
 とはいえ、亀田のアウトボクシング方針は不変でしたので、足を止めての打ち合いにはなりませんでした。

 6回以降、亀田が反撃に出て、ルイスからは鼻血も出続けましたから、判定の面でも亀田が持ち直し、9回を終わった段階では互角の勝負という印象でした。両選手の疲労度合いは、やや亀田が有利に観えます。ルイス選手には、少し疲労の色が伺えました。

 10回から、亀田選手が攻勢に出ました。疲労からか動きが悪くなったルイス選手の左側に接近し、左フック・左アッパーを浴びせるという作戦です。これはとても有効で、ルイスの顔面に亀田のパンチが連続してクリーンヒットするようになりました。ダメージも、見た目以上に大きかったと思います。
 11回、12回と、亀田の左フック・左アッパーの攻撃は続き、有効打が数多く生まれました。12ラウンドの中盤から、亀田選手はラッシュに出ましたが、逆にパンチは当たらなくなり、そのまま試合は終了しました。
 少なくとも、亀田選手に負けは無いと思って見ていましたが、2-1の判定で亀田選手が勝ちました。

 全体として良い試合でした。スピード・パワーともに世界戦のレベルでした。亀田興毅選手も、冷静な試合運びを見せ、チャンピオンらしい動きでした。一方のルイス選手も冷静な試合振りでした。慌てたり、焦ったりしておかしなプレーを展開するボクサーも珍しくありませんが、この試合は両者とも、世界戦を戦うレベルにあったということでしょうか。亀田選手、ルイス選手、良い試合を魅せていただき、ありがとうございました。

 プロボクシングは、他の格闘技系プロスポーツに比べて、ガチンコ度というか本気度が高いスポーツと言われていますし、私もそのように認識しています。
 そもそも、ボクサーの磨きあけられた肉体が凄い。極限まで贅肉を削ぎ落とし、戦う肉体を造り上げるスポーツとして、素晴らしいものがあります。そのトレーニング方法は一般の人にも有効で、俳優の片岡鶴太郎氏もボクシングのトレーニングにより、とても引き締まった肉体を手に入れています。

 加えて、試合前の減量の凄いこと。スタミナ蓄積が大切な時期にも拘わらず、試合前には食事はおろか水さえ制限するというのですから、矛盾を通り越して、異常?なスポーツでさえあります。

 こうした、ストイックなスポーツの試合ですから、試合の様相もストイックであることが相応しいと考えていたところに、亀田家のパフォーマンスでした。私が、亀田家のボクシングに馴染めなかった理由も、ここにあります。
 しかし、この試合はその認識を変えさせました。亀田興毅のボクシングは、着々と進歩しているように観えます。これからも、良い試合を見せていただければと思います。

 ボクシングに限らず、全てのスポーツに共通しているのでしょうが、プレーヤーは試合・ゲームにおいて輝きます。あの試合・ゲーム・レースという形で、そのプレーヤーを憶えているのです。

 プロボクシングにおいて、私の記憶に残っている印象深い試合は沢山あります。世界タイトルマッチから、少し挙げてみます。

① 1965年5月 エデル・ジョフレVSファイティング原田 バンタム級
② 1967年4月 サンドロ・ロボポロVS藤猛 スーパーライト級
③ 1967年12月 沼田義明VS小林弘 ジュニアライト級
④ 1980年6月 ロベルト・デュランVSシュガー・レイ・レナード ウェルター級
⑤ 1981年9月 トーマス・ハーンズVSシュガー・レイ・レナード ウェルター級
⑥ 1984年6月 トーマス・ハーンズVSロベルト・デュラン スーパーウェルター級
⑦ 1985年4月 トーマス・ハーンズVSマービン・ハグラー ミドル級
⑧ 1987年4月 マービン・ハグラーVSシュガー・レイ・レナード ミドル級

 取り敢えず、これくらい挙げてみました。どの試合も、それを採り上げるだけで本ブログのひとつの稿になります。
 もちろん、大場政夫、輪島功一といった日本人チャンピオンの試合や、カシアス・クレイ=モハメド・アリやジョー・フレーザーのヘビー級の試合など、他にも名試合は沢山ありますが、やはり上記の日本人ボクサーの試合と、1980年代の世界の中量級で展開された数々の試合は格別でした。

 小林弘選手は、75戦61勝10敗4引分という生涯成績を誇りますが、世界チャンピオンを陥落しても試合を続けました。本物のプロフェッショナルとしての試合ぶりが、とても印象的です。
 小林選手を始めとする名選手達の活躍により、1970年前後の日本プロボクシング界にはひとつの黄金時代が到来し、ちばてつや氏による1973年の「矢吹丈VSホセ・メンドーサ」のバンタム級世界タイトルマッチが実現?したのだと思います。

 トーマス・ハーンズ(アメリカ)は、中量級で5階級の世界チャンピオンとなりました。基本的には極めて能力が高いアウトボクサーなのですが、パンチ力にも自信を持っていて、ファイタータイプのボクサーと壮絶な打ち合いを展開した点が、一層彼のキャリアを輝かしいものにしています。

 そういえば、昨日の試合の解説者は、元WBA世界スーパーフライ級チャンピオンの鬼塚勝也氏でした。
 亀田興毅選手のファイトを観ながら、鬼塚氏の解説を聴いていましたら、矢尾板貞雄氏の解説を想い出しました。矢尾板氏は、プロボクシング解説者の草分的存在の方で、当時の大試合を一層盛り上げてくれる解説が印象的でした。
 何か、話し方も声も指摘内容も似てきたように感じさせる鬼塚氏の解説は、矢尾板氏クラスになってきたのかもしれません。

 解説もエンターテイメントとしてのプロボクシングにとって重要な要素です。このところ、やや元気が無かったように感じられる日本プロボクシング界ですが、そろそろ反撃の体勢が整ってきているのかもしれません。

プロフィール

カエサルjr

Author:カエサルjr
「スポーツを考える-KaZ」ブログへ
ようこそ!
我が家の月下美人も16年目。同時に30個の花が咲くこともあります。スポーツも花盛りですね。一緒に楽しみましょう。

最新記事
最新コメント
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

Page Top
CALENDaR 12345678910111213141516171819202122232425262728293031