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 温故知新2020の男子ボート競技編です。

 男子エイト種目は、1900年の近代オリンピック第2回パリ大会から実施されています。
 第1回アテネ大会においても実施が予定されていたのですが、天候が悪く中止になったと伝えられていますから、近代オリンピック創設の中心的な役割を果たした欧州諸国にとっては、メジャーなスポーツのひとつであったのでしょう。

 エイトは8名の漕手と1名の舵手(コックス)の、1クルー(チーム)9名です。
 ボート競技の中で漕手の人数が最も多い種目でもあり、船は最速で走ります。
 距離は、他の種目と同じ2,000mです。

 我が国でも、隅田川で行われる早慶レガッタ(こちらは3,000m)などにより、馴染のある種目となっています。

 今回もローマ1960から観て行こうと思います。
 金・銀・銅メダルを獲得したチームです。

・ローマ1960 金・東西統一ドイツ、銀・カナダ、銅・チェコスロバキア
・東京1964 金・アメリカ、銀・東西統一ドイツ、銅・チェコスロバキア
・メキシコシティ1968 金・西ドイツ、銀・オーストラリア、銅・ソビエト
・ミュンヘン1972 金・ニュージーランド、銀・アメリカ、銅・東ドイツ
・モントリオール1976 金・東ドイツ、銀・イギリス、銅・ニュージーランド
・モスクワ1980 金・東ドイツ、銀・イギリス、銅・ソビエト
・ロサンゼルス1984 金・カナダ、銀・アメリカ、銅・オーストラリア
・ソウル1988 金・西ドイツ、銀・アメリカ、銅・ソビエト
・バルセロナ1992 金・カナダ、銀・ルーマニア、銅・ドイツ
・アトランタ1996 金・オランダ、銀・ドイツ、銅・ロシア
・シドニー2000 金・イギリス、銀・オーストラリア、銅・クロアチア
・アテネ2004 金・アメリカ、銀・オランダ、銅・オーストラリア
・北京2008 金・カナダ、銀・オーストラリア、銅・アメリカ
・ロンドン2012 金・ドイツ、銀・カナダ、銅・イギリス
・リオデジャネイロ2016 金・イギリス、銀・ドイツ、銅・オランダ

 20世紀においてはドイツチームが強く、カナダチーム、アメリカチーム、イギリスチームも安定した強さを魅せました。ニュージーランドやオーストラリアといったオセアニアのチームも、良く上位に食い込んでいます。
 21世紀になっても、この「混戦」状態が続いている印象で、特定のチームが長期にわたって強いということが少ないという点では、逆に珍しい種目なのかもしれません。
 
 ボート競技は、東京2021では、男女のシングルスカル、舵手なしペア、ダブルスカル、舵手なしフォア、クオドルプルスカル、エイト、軽量級ダブルスカルの7種目が実施される予定です。
 見所十分の種目ばかりですので、本当に楽しみです。

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 温故知新2020の自転車競技編です。

 自転車競技は、近代オリンピック第1回アテネ大会から実施されている5競技(陸上、競泳、体操、フェンシング、そして自転車)のひとつです。
 近代オリンピック最古の歴史を誇る競技なのです。

 男子団体追い抜き(チーム・パシュート)種目は、1908年のロンドン大会から実施されています。
 4,000mの走破タイムで争います。
 4人1チームで走り、ゴールライン通過の際、3人目の選手の自転車の前輪先端がゴールラインに達した時点が、チームのゴールとなります。

 今回もローマ1960から観て行こうと思います。
 金・銀・銅のメダル獲得チーム名です。

・ローマ1960 金・イタリア、銀・東西統一ドイツ、銅・ソビエト
・東京1964 金・東西統一ドイツ、銀・イタリア、銅・オランダ
・メキシコシティ1968 金・デンマーク、銀・西ドイツ、銅・イタリア
・ミュンヘン1972 金・西ドイツ、銀・東ドイツ、銅・イギリス
・モントリオール1976 金・西ドイツ、銀・ソビエト、銅・イギリス
・モスクワ1980 金・ソビエト、銀・東ドイツ、銅・チェコスロバキア
・ロサンゼルス1984 金・オーストラリア、銀・アメリカ、銅・西ドイツ
・ソウル1988 金・ソビエト、銀・東ドイツ、銅・オーストラリア
・バルセロナ1992 金・ドイツ、オーストラリア、銅・デンマーク
・アトランタ1996 金・フランス、銀・ロシア、銅・オーストラリア
・シドニー2000 金・ドイツ、銀・ウクライナ、銅・イギリス
・アテネ2004 金・オーストラリア、銀・イギリス、銅・スペイン
・北京2008 金・イギリス、銀・デンマーク、銅・オーストラリア
・ロンドン2012 金・イギリス、銀・オーストラリア、銅・ニュージーランド
・リオデジャネイロ2016 金・イギリス、銀・オーストラリア、銅・デンマーク

 20世紀においては、東西ドイツを中心とした欧州諸国のチームが強さを発揮しました。デンマークチームもメキシコシティ1968での優勝始めとして安定した成績を残しています。
 21世紀に入ると、イギリスチームが北京2008~リオ2016の3連覇、オーストラリアがライバルという形です。
 
 21世紀のオリンピック男子自転車競技におけるイギリスチームの躍進は、見事なものです。

 男子個人スプリント種目や男子チームスプリント種目、ケイリン種目でも、北京2008~リオ2016で3連覇を達成しています。
 多数の金メダル獲得を示現しているのです。
 もちろん、クリス・ホイ選手やジェイソン・ケニー選手、エド・クランシー選手らのスーパースター登場も大きな要因なのですが、それも含めて、この躍進には必ず理由がある筈なのですが・・・。

 団体追い抜き(チーム・パシュート)種目は、我が国では女子スピードスケート競技で有名になりましたが、自転車競技のチーム・パシュートも本当に面白い種目です。

 東京2021において、イギリスチームの4連覇が成るのか、興味深いところです。
 
 温故知新2020の男子水球編です。

 水球競技も、他の多くの競技と同様に、イギリスで生まれました。
 1870年、イングランドのメトロポリタン水泳協会が「水中フットボール」の名でルールを制定したのが水球競技の起源とされ、1888年、アマチュア水泳連盟によって現行に近い水球競技規則が制定されて、イングランドやスコットランドで本格的に行われるようになったと伝えられています。

 どのスポーツにおいても、「19世紀の産業革命による社会全体の生産性向上」と、それに伴って「人々の生活に余裕が生まれた」ことが、各種スポーツの発祥と発展に大きく寄与したことが分かります。

 何より、1896年に近代オリンピック第1回アテネ大会が開催されたことが象徴的な出来事なのでしょう。

 さて、今回も1960年ローマ大会から、各大会のメダル獲得チームを観て行きましょう。

・ローマ1960 金・イタリア、銀・ソビエト、銅・ハンガリー
・東京1964 金・ハンガリー、銀・ユーゴスラビア、銅・ソビエト
・メキシコシティ1968 金・ユーゴスラビア、銀・ソビエト、銅・ハンガリー
・ミュンヘン1972 金・ソビエト、銀・ハンガリー、銅・アメリカ
・モントリオール1976 金・ハンガリー、銀・イタリア、銅・オランダ
・モスクワ1980 金・ソビエト、銀・ユーゴスラビア、銅・ハンガリー
・ロサンゼルス1984 金・ユーゴスラビア、銀・アメリカ、銅・西ドイツ
・ソウル1988 金・ユーゴスラビア、銀・アメリカ、銅・ソビエト
・バルセロナ1992 金・イタリア、銀・スペイン、銅・EUN
・アトランタ1996 金・スペイン、銀・クロアチア、銅・イタリア
・シドニー2000 金・ハンガリー、銀・ロシア、銅・ユーゴスラビア
・アテネ2004 金・ハンガリー、銀・セルビア・モンテネグロ、銅・ロシア
・北京2008 金・ハンガリー、銀・アメリカ、銅・セルビア
・ロンドン2012 金・クロアチア、銀・イタリア、銅・セルビア
・リオデジャネイロ2016 金・セルビア、銀・クロアチア、銅・イタリア

 15回の大会を観てくると、まず、ハンガリーチームの強さが目立ちます。
 メルボルン1956以前の5大会で4度金メダルを獲得しているハンガリーチームですが、ローマ1960以降も強さを示し、シドニー2000から北京2008にかけての3連覇を始めとして、安定した強さを魅せてきました。

 続いては、ユーゴスラビアチーム(セルビア・モンテネグロチームからセルビアチームに至る歴史と伝統があるのでしょう)も、常にオリンピックのメダルを争ってきました。

 さらには、ソビエトチーム→ロシアチームも強さを魅せてきました。

 加えて、イタリアチームもローマ1960で金、モントリオール1976で銀、バルセロナ1992で金、アトランタ1996で銅、ロンドン2012で銀、リオ2016で銅と、「水球強豪国」としての伝統は素晴らしいものです。

 水球競技は、「強い国・チームが継続して強い」傾向がありますので、戦法・戦術や、選手育成方法等についての「ノウハウの蓄積」の影響が、とても大きな種目なのであろうと考えています。
 おそらくは、その「ノウハウの蓄積」は、チーム毎に相当異なるもの、チーム毎の「秘中の秘」なのではないでしょうか。

 ロンドン2012とリオデジャネイロ2016は、クロアチア、セルビア、イタリアの3チームがメダルを分け合いました。
 東京2021においても、この3チームの争いになるのか、他のチームの進出があるのか、興味深いところです。

 温故知新2020の男子ホッケー編です。

 ホッケー(フィールドホッケー)競技は、他の多くのスポーツと同様に、イギリスが発祥国です。
 1887年に、イギリスに「ホッケー協会」が設立されたのが起源と言われています。
 そして、男子ホッケーは1908年のロンドンオリンピックから正式種目となりました。
 
 近代オリンピックにおけるホッケー競技は、当初イギリスチームが強く、続いては「英領インド」チームが金メダルを連続獲得するようになり、第二次世界大戦後はインドチームがオリンピックチャンピオンを継続しました。(ロンドン1948~メルボルン1956までの3大会連続)
 ホッケー競技が、イギリスおよびインドから世界に一層普及し、各国における本格的な強化が進んで、世界のホッケー地図が変わり始めたのが、1960年のローマ大会頃なのではないかと考えています。

・ローマ1960 金・パキスタン、銀・インド、銅・スペイン
・東京1964 金・インド、銀・パキスタン、銅・オーストラリア
・メキシコシティ1968 金・パキスタン、銀・オーストラリア、銅・インド
・ミュンヘン1972 金・西ドイツ、銀・パキスタン、銅・インド
・モントリオール1976 金・ニュージーランド、銀・オーストラリア、銅・パキスタン
・モスクワ1980 金・インド、銀・スペイン、銅・ソビエト
・ロサンゼルス1984 金・パキスタン、銀・西ドイツ、銅・イギリス
・ソウル1988 金・イギリス、銀・西ドイツ、銅・オランダ
・バルセロナ1992 金・ドイツ、銀・オーストラリア、銅・パキスタン
・アトランタ1996 金・オランダ、銀・スペイン、銅・オーストラリア
・シドニー2000 金・オランダ、銀・韓国、銅・オーストラリア
・アテネ2004 金・オーストラリア、銀・オランダ、銅・ドイツ
・北京2008 金・ドイツ、銀・スペイン、銅・オーストラリア
・ロンドン2012 金・ドイツ、銀・オランダ、銅・オーストラリア
・リオデジャネイロ2016 金・アルゼンチン、銀・ベルギー、銅・ドイツ

 パキスタンとインドの争いに、英連邦のオーストラリアが食い込んできた時代が変化したのは、ミュンヘン1972でした。西ドイツチームが金メダルに輝いたのです。

 また、モスクワ1980では、スペインチームが銀メダルに食い込んでいます。

 伝統的な、イギリス、インド、パキスタンの争いに、オーストラリアとニュージーランドという英連邦の国々のチームが勢力を伸ばし、そこに西ドイツチームとスペインチームが絡んできた時代と観て良いでしょう。

 さらに、ソウル1988ではオランダチームが銅メダルを獲得しました。
 新勢力の台頭と言って良いと思います。
 オランダチームは、アトランタ1996とシドニー2000を制して、一気に世界一の座に就きました。

 21世紀に入ると、これまで登場した国々のチームが激しい競り合いを演じ、北京2008とロンドン2012ではドイツチームが連覇を果たしました。

 そして、リオ2016はアルゼンチンチームが金メダル、ベルギーチームが銀メダルに輝きました。ドイツチームが銅メダルに止まったのです。
 「新顔同士による決勝戦」だったことになります。

 「戦国時代」の様相を呈しているように感じられる、オリンピックの男子ホッケーですが、東京2021では、どのような戦いが観られるのでしょうか。

 「110回」の歴史と伝統を誇る、バドミントンの全英オープン大会2020(於、英国・バーミンガム)は、3月15日に最終日を迎え、ダブルス種目において、日本ペアが男女ともに優勝を飾りました。
 共に「初優勝」でした。

[3月15日・男子ダブルス決勝]
遠藤大由選手/渡辺勇大選手2-1ギデオン選手/スカムルジョ選手(インドネシア)

[3月15日・女子ダブルス決勝]
福島由紀選手/広田彩花選手2-0リ・インフィ選手/ドゥ・ユエ選手(中国)

 世界ランキング6位の遠藤/渡辺ペアは、同1位のインドネシアペアとの接戦を制しました。
 ポイントは競り合いとなった第1ゲーム終盤の4ポイント連取でしょう。
 このゲームを21-18で取った遠藤/渡辺は、第2ゲームを比較的簡単に?落とし(12-21)、この間に、第3ゲームの戦術を練り、体力を温存して、第3ゲーム21-19の奪取に結びつけたというところでしょうか。

 「全英オープン」の男子ダブルスでの日本ペア優勝は、「史上初」の快挙です。

 女子ダブルスは、準決勝で高橋礼華選手/松友美佐紀選手のペアを下した福島/広田ペアが、その勢いに乗って、決勝でも圧勝しました。
 素早く、強烈な、スマッシュを連発するゲーム運びには、強さと安定感が満ちていたと感じます。
 女子ダブルスにおける日本勢の優勝は、2016年の高橋/松友ペア以来です。
 フクヒロペアは、どんどん強くなっているのでしょう。

 東京オリンピック2020を前に、バドミントン日本チームは着実に地力を上げています。
 ドイツ・ベルリンで2月26日に開幕した、トラック種目の自転車世界選手権大会から、うれしいニュースが飛び込んできました。

 まずは大会2日目・27日の男子ケイリン。
 脇本雄太選手が2位に食い込んだのです。ラスト1周、向う正面で上位に進出した脇本選手は、最後の直線でもスピードを落すことなく、優勝したラブルイセン選手(オランダ)選手を追い続けました。ゴール直前では差を詰めていたように観えました。見事なスピードだったのです。

 レース後、脇本選手は「金メダルも狙える」とコメントしました。
 確かに、素晴らしい「持久力」を示しましたから、ご本人としても手応えが有ったのでしょう。

 ケイリン種目は、ご存じのように、日本の競輪がもとになっていますが、これが世界の舞台に登場するや、競輪とは全く異なる「力勝負」の種目となって、日本選手がなかなか好成績を残すことが出来ない種目となりました。
 特に欧州選手、絶対スピードが高いプレーヤーが強い種目となったのです。

 とはいえ「本家」としては、何時までも決勝レースに出ることも出来ないという状況を改善する必要がありましたので、着々と強化を進めてきました。
 そして、2018年世界選手権大会では河端朋之選手が、2019年には新田祐大選手が、2020年には脇本選手が、「3大会連続の銀メダル」という好成績を継続できるようになりました。
 東京オリンピック2020での活躍が大いに期待できます。

 続いて大会3日目・28日には、女子オムニアム種目で、梶原悠未選手が優勝しました。
 世界選手権大会で日本女子選手が優勝するのは、全ての種目を通じて「史上初」という快挙でした。

 他の種目では、なかなか好成績を残すことが難しい女子自転車トラックですから、日本チームとしても比較的新しい種目である「オムニアム」の強化に努めてきたわけですが、それが確実に実っているのです。

 元競泳選手の梶本選手としては、真の意味で「自転車競技に慣れてきた」という面もあるのかもしれません。

 自転車競技には、東京オリンピック2020の出場選手について「開催国枠」がありません。
 開催国・日本にとって、とても厳しいレギュレーションですが、そうした中で選手の皆さんは、まずは「日本選手の出場枠を確保」し、自らの出場権獲得に向けて、実績を積み上げているのです。

 今大会の好成績により、東京オリンピック2020の代表入りに大きく前進した、梶原選手と脇本選手の今後の活躍が本当に楽しみです。
[男子シングルス]

[1月19日・決勝]
宇田幸矢4-3張本智和

[1月19日・準決勝]
宇田幸矢4-2吉田雅己

[1月19日・準決勝]
張本智和4-3戸上隼輔

[1月18日・準々決勝]
戸上隼輔4-0丹羽孝希

[男子ダブルス]

[1月18日・決勝]
三部航平・及川瑞基3-2戸上隼輔・宮川昌大

[1月17日・準々決勝]
戸上隼輔・宮川昌大3-1水谷隼・大島祐哉

 男子シングルスは、準々決勝まで1ゲームも落とさずに勝ち進んだ張本選手が優勝するかに観えましたが、準決勝の戸上選手との試合は大激戦となりました。
 ゲームカウント3-3で迎えた最終・第7ゲームも、ポイント6-6の同点と競り合いになりましたが、張本選手はここで「ストップで2得点」を挙げて2点をリードし、そのまま押し切りました。
 戸上選手としては、打ち合いを制して、押し気味に試合を進めていただけに、惜しまれる幕切れでしたが、張本選手が「ここぞという場面で『台上』で勝負した」ことが功を奏しました。
 試合後のインタビューで張本選手は、「内容では相手が上だったが、勝ったのは僕だった。」とコメントしていました。大接戦であり、張本選手の勝負強さが示された試合でしょう。

 戸上選手としては「大魚を逸し」ました。
 ダブルスでも決勝に進出するなど、この大会好調というか、伸び盛りの力、特にショットのスピードと威力は素晴らしいレベルでした。
 日本男子トップクラスの実力を具備していることは明らかです。

 さて、戸上選手との大接戦を制した張本選手でしたが、決勝も苦しい戦いを強いられました。
 宇田選手の「先手先手のプレー」に対して受け身になり、なかなか自分から「形を創る」ことが出来ませんでした
 宇田選手のスピード溢れるショットを受け、返すことが精一杯というプレーが目立っていたと思います。

 そうした状況下、宇田選手がコントロールしていた試合においてさえ、ゲームカウント1-3とリードを許した第5ゲームを13-11で奪い追い上げた張本選手の地力は、とても素晴らしいものだと感じます。
 張本選手は第6ゲームも奪い、3-3で最終・第7ゲームに入りました。

 ここで宇田選手は、それまで以上に長いショットでの勝負に持ち込み、11-9でこのゲームを奪って、初優勝しました。
 終始「攻め続けた」、宇田選手の会心の勝利でしょう。

 張本選手は、準決勝・準々決勝共に「動きが悪かった」ように観えました。
 特に、左右の動きが不足していました。「左右両側にあと10cmずつ」動けていたならば、勝敗は全く分らなかったことでしょう。

 もちろん、相手に次のコースを読まれないようにプレーした宇田選手の巧みな戦術の成果なのですけれども、それにしても「これだけ動けない張本選手」も珍しいのではないでしょうか。

 男子においては、高校生の活躍が際立ちました。
 シングルス・ベスト4の内の3名が10代選手でしたし、男子ダブルスの準々決勝では、戸上・宮川ペアが、優勝候補の水谷・大島ペアに完勝しました。思い切りの良い高校生選手のショットが決まり続けたのです。

 女子同様、男子も東京オリンピック2020代表選手が次々に敗れました。

 シングルス代表の丹羽選手も、準々決勝で戸上選手に完敗しています。

 これも女子と同様に、「卓球日本」男子チームの選手層の厚さを明示した大会でした。

 高校生、中学生、いや小学生も含めて、次代を背負う選手が次々に誕生しているのでしょう。

[女子シングルス]

[1月19日・決勝]
早田ひな4-1石川佳純

[1月19日・準決勝]
早田ひな4-3伊藤美誠

[1月19日・準決勝]
石川佳純4-1橋本帆乃香

[女子ダブルス]

[1月18日・決勝]
早田ひな・伊藤美誠3-1芝田沙季・大藤沙月

 丸善インテックアリーナを会場として、1月13日に始まった、2020年の全日本卓球選手権大会は、18日、19日にダブルスとシングルスの準決勝、決勝が行われ、女子の部では、早田ひな選手が2冠に輝きました。

 18日のダブルスでは、伊藤美誠選手とのペアで勝ち進み、決勝でも芝田・大藤ペアを相手に危なげなく破って、大会3連覇を達成しました。
 完成度が高いペアが、実力を発揮した優勝でした。

 この、ダブルスの決勝が行われた日に、シングルスの準々決勝も行われ、早田選手は佐藤瞳選手を4-0で下して、同じく小塩遥菜選手を4-0で下した伊藤美誠選手との準決勝に臨むことになったのです。
 最強ペアの個人戦での激突となりました。

 伊藤VS早田の戦前の予想は「伊藤有利」でした。国際大会での実績、世界ランキング3位の伊藤選手が決勝に勝ち上がると観られていたのです。

 ところが試合が始まると、早田選手の「攻勢」が続きました。フォアハンドでもバックハンドでも、早田選手の思い切りの良いプレーが続き、これが良く決まりました。
 早田選手の好調なプレーに、さすがの伊藤選手も押され気味でした。

 第1・第2ゲームを早田選手が「あっという間に連取」すると、試合はこのまま早田選手が圧勝するのではないかという空気が流れました。それ程に、早田選手のプレーは見事だったのです。(この2ゲームについて、試合後、伊藤選手は「楽しくなかった」とコメントしています。どんな大試合でも、楽しむことを身上としている伊藤選手としては、珍しいコメントでしょう)

 しかし、そこは百戦錬磨の伊藤選手ですから、第3ゲームから反撃に転じて、第4ゲームまで2ゲームを連取して、ゲームカウント2-2としました。試合を振り出しに戻したのです。

 2-2からの第5ゲームが、この試合の天王山でした。
 両選手が持ち味を出したゲームは、ポイント10-10からジュースに入り、ここから早田選手が2ポイントを連取して12-10で奪いました。ギリギリの状況でも攻め続けた、早田選手の見事なプレーでした。

 第6ゲームは伊藤選手が11-4と簡単に?取りましたが、このゲームは早田選手にとっての「休息時間」だったのかもしれません。
 最終・第7ゲームに入り、早田選手は再び「スピード十分な連続攻撃」を繰り出して、ついに伊藤選手を破ったのです。

 この勢いで臨んだ決勝でも、早田選手は石川選手を破って、初優勝に輝きました。
 早田選手の「ショットの強さ・速さ」が際立った、準決勝・決勝であったと感じます。

 伊藤選手、石川選手という、東京オリンピック2020の女子シングルス代表2選手を連破しての優勝は、試合内容を含めて文句の付けようが無く、この日・この大会最強だったのは早田選手であることを明示してくれました。
 「卓球日本」女子の選手層の厚さを如実に示してくれた大会でもあったのでしょう。

 3年連続3冠を目指していた伊藤美誠選手にとっては、残念なシングルスの結果となりました。
 とはいえ、早田選手との準決勝は、見応え十分な、おそらくは現在の世界最高レベルの試合であったと感じます。
 惜しむらくは「守りに入った」ことでしょうか。
 この試合は、早田選手が7割方攻勢に出ていました。伊藤選手としては、カウンターやストップで対抗できると考えたのでしょうけれども、この日の「早田選手の当り」に、ついに押し切られた形でしょう。

 伊藤選手は今週も欧州での大会に出場するとのこと。
 東京オリンピック2020に向けて、トレーニングの日程は決まっているのかもしれませんが、少し(2週間位)厳しい試合を休んで、心身をリフレッシュすることも良いのではないかと、素人ながら感じます。

 1月6日、日本卓球協会が東京オリンピック2020の男女日本代表候補者を発表しました。
 今後、日本オリンピック委員会=JOCに推薦され、正式に決まることとなります。

[男子シングルス代表]
・張本 智和選手(16歳、世界ランキング5位*)
・丹羽 孝希選手(25歳、世界ランキング15位)
*代表選考の基準となる2020年1月の世界ランキング(1月2日発表)上位2選手

[男子団体代表]
・水谷 隼選手(30歳、世界ランキング16位)

[女子シングルス代表]
・伊藤 美誠選手(19歳、世界ランキング3位)
・石川 佳純選手(26歳、世界ランキング9位)

[女子団体代表]
・平野 美宇選手(19歳、世界ランキング11位)

[混合ダブルス代表]
・水谷隼選手と伊藤美誠選手のペア

 男女ともにシングルスの代表は、選考基準通りでした。
 注目されていた「3人目の代表」についても、世界ランキングで国内3番手の水谷選手と平野選手が選出されましたので、順当な選考結果と言って良いのでしょう。

 ご承知のように、3人目の代表選手は、団体戦でのダブルスをプレーすることになりますが、もし水谷選手と丹羽選手がペアを組むとなると、ダブルスでは不利な「左利き・左利き」のペアとなることから、別のプレーヤーの選出もあり得ると言われていました。

 一方で、出場選手の世界ランキングを参考に作成される「組合せ」においては、ランキング上位の水谷選手をチームに加える方が、日本にとって有利という見方もありました。
 また、水谷・丹羽ペアは、既に国際大会において好成績を収めてきたのです。

 こうした諸要素の検討はもちろんのこととして、何より、チームリーダーとしての水谷選手の存在が大きかったのであろうと感じます。

 オリンピックともなれば、順調に勝ち進むのは至難の業であり、何度もチームがピンチに陥ることでしょう。
 その際の「精神的支柱」となるプレーヤーが必要なのです。それは、どのスポーツにおいても共通しています。
 東京オリンピック2020の男子代表チームの「柱」は、水谷選手なのであろうと思います。

 女子の3人目は平野選手でした。
 これは、実力から観て順当でしょう。ダブルスの実績はもちろんとして、シングルスの2枠目を石川選手と激しく争った地力は、日本代表に相応しいものです。

 混合ダブルス代表ペアについては、当初の予定より早く、同時発表となりました。
 水谷×伊藤ペアは、相当に強いペアだと感じます。

 東京オリンピック2020に臨む「卓球日本」の代表が決まりました。
 代表選手の皆様の、本番での大活躍が期待されます。

 それにしても、日本国中から注目された、本当に熾烈な代表争いでした。

 11月28日~12月1日に東京・有明体操競技場(東京オリンピック2020の会場)で開催された、第34回世界トランポリン競技選手権大会における、森ひかる選手の活躍は見事でした。

 初日の女子個人予選でトップに立ち、2日目の団体決勝で優勝し、最終日の個人決勝でも優勝を果たしたのです。
 今大会の女子種目を席巻する活躍でしょう。

 その演技は、正確なことは勿論として、おおらかで伸びやかでした。
 森ひかる選手の持ち味なのであろうと感じます。

 今から6年前の2013年、森選手は東京・江北中学校2年生の時、「14歳で全日本を制した」のです。凄いプレーヤーが登場したと評判になりました。(本ブログ2013年12月5日の記事「[トランポリン全日本選手権] 14歳の森ひかる選手が優勝!」をご参照ください)

 何しろ14歳で、全日本選手権大会・個人で優勝したのですから、その後の順調な成長が大いに期待されたわけですが、やはり世界で活躍するには相応の時間を要しました。
 森選手の名前を、再びメジャーなメディアで聞くようになったのは、2018年の世界選手権大会(サンクトペテルブルク)からでした。実に、全日本選手権を制してから5年の月日を要したのです。

 そして今大会、2019年の世界選手権大会で、その実力が存分に花開いた形です。

 2013年の全日本を制した時、試合後のインタビューで14歳の森選手は「オリンピックで勝ちたい」とコメントしました。
 ついに、その時がやってきたのでしょう。

 東京オリンピック2020における、森ひかる選手の大活躍が期待されます。

 11月28日~12月1日に東京・有明体操競技場(東京オリンピック2020の会場)で開催された、第34回世界トランポリン競技選手権大会において、日本チームは史上最高の成績を収めました。

 11月29日に行われた、男女の団体決勝では、日本女子チームが優勝、男子チームも5位に入賞しました。
 日本女子チームは、森ひかる選手が56.095点、土井畑知里選手が55.215点、佐竹玲奈選手が53.915点の計164.225点を挙げ、2位のイギリスチーム(162.820点)、3位のカナダチーム(133.745点)を抑えて、優勝しました。

 ちなみに男子の優勝はベラルーシチーム(180.390点)、2位は中国チーム(180.350点)、3位はロシアチームでした。
 日本チームは117.555点でしたので、やや差を付けられた感じがします。

 11月30日の男女のシンクロナイズド決勝では、日本ペアが「アベック優勝」を飾りました。
 男子ペアは田﨑勝史選手・棟朝銀河選手、女子ペアは高木裕美選手・岸彩乃選手、の見事な演技でした。オリンピックでは実施されない種目とはいえ、世界一を決める大会におけるアベック優勝というのは、本当に素晴らしいことです。

 最終日となる12月1日は、男女の個人決勝が行われました。
 東京オリンピック2020の日本代表選手を決める大会でしたが、女子個人で森ひかる選手が優勝、土井畑知里選手が2位に入り、男子個人では堺亮介選手が5位、海野大透選手が6位に食い込みました。

 この大会での「日本代表」選考基準である、個人決勝で日本人最上位の選手が内定というルールでしたから、女子の森選手と男子の堺選手が「代表内定」したのです。
 今後は「2枠目」を巡る競争が、激しさを増すことになります。

 各種目における、日本チームの活躍というか「躍進」が際立つ大会でした。

 オリンピック前年という大事な時期に、日本トランポリンチームは着実に実力を付け、世界トップクラスの舞台で十分に戦えることを示したのです。

 本番に向けての「万全の準備」が期待されるところです。

 11月26日から12月1日にかけて、東京・駒澤オリンピック公園総合競技場体育館を舞台に開催された、第73回バドミントン全日本選手権大会は、東京オリンピック2020の出場を目指す、世界ランキング上位のプレーヤーによる、素晴らしくも厳しい戦いが繰り広げられました。

 各種目の決勝の結果は以下の通り。

[12月1日・混合ダブルス決勝]
優勝:渡辺勇大選手・東野有紗選手2-0西川裕次郎選手・尾﨑沙織選手

 渡辺・東野ペアが、安定したプレーを披露して勝ちました。西川・尾﨑ペアも随所に好プレーを魅せましたが、つなぎの得点の取り方、ゲームの締め方において渡辺・東野ペアが勝っていました。
 試合後のインタビューでは、東野選手の力強いコメントが印象的でした。
 しばらくは、日本混合ダブルス界における、渡辺・東野ペアの時代が続くかもしれません。

[12月1日・女子ダブルス決勝]
優勝:松本麻佑選手・永原和可那選手2-1福島由紀選手・廣田彩花選手

 世界選手権で2度優勝している松本・永原ペアですが、全日本は未勝利というより、決勝進出も初めてという形でしたが、全日本3連覇を目指した福島・廣田ペアを、接戦の末下して、初優勝を飾りました。

 第1ゲームは、福島・廣田ペアの巧みな試合運びが光りました。
 2人共に身長170cmを越える長身ペアである松本・永原ペアとの「強打の打ち合い」を避けて、ネットプレーを交えたプレーで得点を積み上げました。
 初の決勝戦で、やや松本・永原ペアが難くなっていたこともあるのでしょうか、第1ゲームは21-10で福島・廣田ペアが圧倒しました。

 このままスローペースの展開で福島・廣田ペアが押し切るかに思われた第2ゲームでしたが、松本・永原ペアがプレー速度を上げ、時折強打を連発するという戦法に切り替えて、試合の流れを互角に戻しました。そしてゲーム終盤は、自分達のプレーを展開して、このゲームを21-15で取り返したのです。
 この第2ゲームが、試合の分岐点となりました。
 勢いを得た松本・永原ペアが第3ゲームを21-8で圧倒して、全日本初優勝を遂げました。

 試合後のインタビューで永原選手の眼には涙が光っていました。
 また、コメントも途切れ途切れでした。
 日本の女子バドミントンプレーヤーにとっての「全日本の重み」を感じさせるシーンでした。

 いずれにせよ、試合時点の世界ランキング2位の福島・廣田ペアと3位の松本・永原ペアという、世界トップクラスの戦いは、バドミントン競技の本質・奥深さを感じさせる、素晴らしいプレーの連続であったと思います。

[12月1日・男子シングルス決勝]
優勝:桃田賢斗選手2-0西本拳太選手

 世界ランキング1位の桃田選手が、終始安定したプレーを披露して、順当勝ちしました。
 個々のプレーのパワー・スピードでは、互角以上の戦いを魅せていただいた西本選手ですが、ここぞというポイントで桃田選手が巧みなプレーを披露したという感じがします。
 桃田選手としては、強打で打倒した訳では無く、ネットプレーでミスを誘い続けた訳でもない、「バランスの良い」プレーを展開していたと感じます。
 これが「世界一のプレー」なのでしょう。

[12月1日・女子シングルス決勝]
優勝:奥原希望選手2-0大堀彩選手

 試合は第1ゲームで決しました。
 準決勝で山口茜選手を破った勢いそのままに決勝に臨んだ大堀選手が、第1ゲームは終始押していました。
 大堀選手が19点目を最初に取った時に、このゲームはこのまま押し切るのではないかと思いました。
 
 奥原選手のそこからの2ポイントの巧みなことには、感服しました。
 大試合におけるゲーム終盤の戦い方を熟知し、実行できるプレーヤーの力を如何無く発揮したのです。
 気が付けば、ゲームポイントは奥原選手が握っていましたし、大堀選手が20点目を取って20-20の同点にした後も、ギリギリの応酬の中で、奥原選手が「落ち着いて」2点を重ねたところに凄みを感じたのは、私だけではないでしょう。

 終始押していたはずのゲームを落としてしまった大堀選手に、第2ゲームで反攻に転ずる余力はありませんでした。
 奥原選手が容赦なく得点を重ね11-0。
 そのまま21-4で押し切って、奥原選手が勝利したのです。
 
 この2名のプレーヤーに「21-4」という差がある筈もないのですが、試合の流れを掴んだ奥原選手の強さばかりが際立つこととなりました。

 とはいえ、今回は惜しくも準優勝となった大堀選手が次代を担うホープであることは間違いないと思います。

[12月1日・男子ダブルス決勝]
優勝:遠藤大由選手・渡辺勇大選手2-1園田啓悟選手・嘉村健士選手

 試合開始直後は、園田・嘉村ペアの一方的な内容となりました。
 第1ゲームは21-11で園田・嘉村ペアが「簡単に」取ったように観えました。
 このまま押し切るかに観えましたが、遠藤・渡辺ペアは、シャトルのコースを巧みに変えて、試合の流れを次第に引き戻しました。第2ゲームが天王山となったのです。
 そして、第2ゲームは、遠藤・渡辺ペアが21-18で取り返したのです。

 これで試合の流れは一気に傾き、第3ゲームは遠藤・渡辺ペアが21-8で圧倒して、優勝を飾りました。
 渡辺選手の「巧みな繋ぎ」が印象的でした。

 渡辺勇大選手は、混合ダブルスと男子ダブルスの二冠に輝きました。
 「ダブルスのスペシャリスト」としての実力を明示したのです。

 第73回全日本選手権は、「見応え十分」の試合が続きました。
 本当に素晴らしいプレーの連続だったのです。

 勝ち負け以前に、これだけ素晴らしいプレーを展開できる「日本バドミントンの強さ」を、まざまざと感じさせる大会であったと感じます。

 11月15日から18日にかけて、ブラジル・サンパウロのインテルラゴス・サーキット(1周4.309km、全71周、全305.909km)を舞台に行われた、2019年のF1グランプリ第20戦、ブラジルグランプリで、ホンダのエンジンを搭載したマシンがワンツーフィニッシュを果たしました。
 ホンダエンジン車によるワンツーフィニッシュは、1991年の日本グランプリ以来「28年振り」と報じられています。

[ブラジルグランプリ2019・決勝順位]
1位 マックス・フェルスタッペン選手(オランダ) レッドブル・ホンダ 1時間33分14.678秒
2位 ピエール・ガスリー選手(フランス) トロロッソ・ホンダ +6.077秒
3位 カルロス・サインツ選手(スペイン) +8.896秒

 フェルスタッペン選手はポールポジションからの優勝でした。見事な「ポールトゥウィン」だったのです。
 ガスリー選手は予選7番手からの2位でした。

 1991年の日本グランプリを思い出してみましょう。

[F1日本グランプリ1991決勝結果・鈴鹿サーキット]
1位 ゲルハルト・ベルガー選手(オーストリア) マクラーレン・ホンダ
2位 アイルトン・セナ選手(ブラジル) マクラーレン・ホンダ
3位 ナイジェル・マンセル選手(イギリス) ウィリアムズ・ルノー

15位 中島悟選手 ティレル・ホンダ

25位 鈴木亜久里選手 ローラ・フォード

 1991年のF1グランプリ第15戦のレースとして行われた、日本グランプリでした。
 ドライバーズポイントランキングで1位だったセナ選手と2位だったマンセル選手の優勝争いに、セナ選手の同僚・ベルガー選手が割って入り、優勝を飾ったのです。
 とても懐かしい名前が並んでいますが、この後一度F1から撤退し、再びF1の舞台に戻ってきたホンダが、あの懐かしい日本グランプリ以来のワンツーフィニッシュを成し遂げたというのは、とても感慨深いものがあります。

 また、あの頃は、中島選手や鈴木選手といった日本人ドライバーがF1の舞台で活躍していました。モータースポーツの最高峰の舞台に、日本人プレーヤーが挑戦していた時代だったのです。
 現在の状況を見ると、少し寂しい感じもします。

 さて、復帰後のホンダチームは、なかなか全盛時程の成績を残すことができていませんでしたけれども、相当にノウハウも蓄積し、スタッフも揃ってきたように観えます。

 今後のホンダチームの一層の活躍が期待されます。

[11月10日・女子団体決勝・東京体育館]
中国3-0日本

 東京オリンピック2020のテスト大会も兼ねた、2019年の卓球ワールドカップ団体大会は、11月10日に決勝戦が行われ、女子では中国チームが日本チームを3-0のストレートで下して優勝、「9大会連続11度目の世界一」と、圧倒的な強さを魅せました。

 準決勝まで順調に勝ち抜いた日本チーム(世界ランキング2位)が、世界ランキング1位の中国チームに「地元」で挑んだ試合でした。

 第1試合のダブルスは、石川・平野ペアが、陳・劉ペアに0-3のストレート負け。
 第3ゲームは10-12と粘りましたが及びませんでした。

 第2試合は伊藤選手と孫選手の、19歳同士の対戦。
 大接戦となりましたが、結局伊藤選手は2-3で敗れました。
 第1、第2ゲームは伊藤選手が取り、第3、第4ゲームは孫選手が取って、2-2のタイで迎えた第5ゲームも競り合いとなりましたが、最後は12-10で孫選手がものにしたのです。

 第3試合の平野選手と劉選手の対戦は、劉選手が3-0で圧勝しました。

 5試合(3勝先取)で行われた対戦は、中国チームが強さを誇示する結果となりました。

 内容を観れば、第2試合の結果によって、流れが一気に傾いた感じですが、いずれにしても、アウェイの決勝で1試合も落とさなかったのは、「強い」ということに他なりません。

 相当力を付けている日本チームですが、東京オリンピックを想定した、地元の大会で完敗したショックは、大きいと感じます。
 
 男子も中国チームが快勝しました。
 こちらは「準決勝で当たってしまった?」ために、日本チームは銅メダルとなりました。
 こちらの準決勝も0-3の完敗でした。

 残念ながら、現時点では、卓球日本チームは中国チームに、男女共に歯が立たないのです。

 東京オリンピック2020において金メダルを目指すのであれば、あと半年と少しで、どこまで追い上げることができるか、ということになります。
研究と対応策の立案、そしてトレーニングの積み上げによる、日本チームの「ジャンプアップ」に期待したいと思います。
 9月22日にかけて、アゼルバイジャンのバクーで行われた、第37回新体操世界選手権大会において、日本女子チームは、団体種目別ボールで金メダル、団体総合で銀メダル、団体種目別フープ3&クラブ2で銀メダルという、素晴らしい成績を残しました。

 団体種目での大活躍は、日本チーム・フェアリージャパンが世界の舞台で十分に戦って行けることを示しました。
 フェアリージャパンの実力は、着実に、しかも飛躍的に向上しているのでしょう。

 専門家によれば、日本チームの躍進のベースとなっているのは、団体「D3」の配点が上がったことによると報じられています。団体プレーにおける「連係」がより重視されるようになり、複数投げ、複数人、手以外によるキャッチ、視野外からのプレーといった演目の増加ということになります。

 もちろん、「連係」を強調する演目を増やしただけで得点が増えるのではないことは当たり前で、そうした難しいプレーを正確に熟していく力が求められるわけです。
 日本チームは、連係に関するプレーの精度を着々と上げながら、今回の世界選手権大会に臨み、見事な成果を挙げたのです。

 新体操・女子といえば、ロシアやブルガリアといった強豪国の前には「到底敵わない」という状況が続いていたように感じますけれども、少なくとも「団体」については十分勝負になることが示されました。東京オリンピック2020での活躍の可能性が高くなったのです。
 何と、素晴らしいことでしょうか。

 今大会を踏まえて、日本チームに後れを取った世界の強豪チームが、日本チームのプレーをも参考にして、東京オリンピック2020に登場してくるのは間違いありませんから、日本チームとしても「挑戦者」としての心持ちを決して忘れることなく、0.1ポイントの獲得に拘り、世界各国のチームに先行し、例えば今大会僅か0.05点差で敗れた団体種目別フープ3&クラブ2においてロシアチームを逆転する戦術を構築するなど、まだまだやらなければならないことが多いことは、コーチングスタッフや選手達が肝に銘じていることなのでしょう。
 何だか、頼もしい限りです。
 フェアリージャパンの今後の活躍が、本当に楽しみです。

 それにしても、新体操競技の「採点方法」はまだまだ知られていません。
 私もよく分かりません。

 ちょうど、フィギュアスケートの採点方法が、浅田真央選手や羽生結弦選手等の活躍によって、多くのファンにも相当浸透してきたように、フェアリージャパンの活躍に伴って、この現在は「難解」な印象のある採点方法が、一般化してくるのでしょう。
 
 新体操の演技をテレビや競技場で観ながら、「これは少し失敗した」とか「これは加点が貰えるプレーだ(そうした採点ルールがあるのかどうかも知らないのですが)」と、市井のファンが会話をするという時代が、きっと来ると思います。
 
 9月14日、ブラジル・サンパウロで開催されていたスケートボード・パークの世界選手権大会・女子で、13歳の岡本碧優選手が初優勝しました。

 岡本選手は、同日に行われた準決勝を首位で通過し、決勝でも得意の高いジャンプを決めて快勝しました。
 とてもスムースなプレーであったと思います。

 この種目に強い日本勢は、前回優勝の四十住さくら選手が2位、中村貴咲選手が8位に入りました。
 小川希花選手や11歳の開心那選手、手塚まみ選手は準決勝で敗退しましたが、この種目の日本チームの選手層は厚いのです。

 男子では、冬季オリンピックのスノーボードで活躍(2つの銀メダル)し、夏季オリンピックへの挑戦している平野歩夢選手が、残念ながら準決勝で敗退しました。
 尚、この大会には、スノーボードで平野選手のライバルである、アメリカのショーン・ホワイト選手もスケートボードに挑戦しましたが、こちらも準決勝で敗退しました。
 スノーボードでは「絶対王者」と呼ばれるホワイト選手にしても、スケートボード・パークの世界一の座獲得は、容易なことでは無さそうです。

 いずれにしても、スケートボードが日本にとって、東京オリンピック2020における期待の競技であることは間違いありません。
 当然ながら激戦が予想される代表争いも、佳境に入ってきているのでしょう。

 檜舞台が迫っています。

[8月17日~21日・男子]
優勝 インド(世界ランキング5位)
2位 ニュージーランド(同8位)
3位 日本(同16位)
4位 マレーシア(同12位)

[8月17日~21日・女子]
優勝 インド(世界ランキング10位)
2位 日本(同14位)
3位 オーストラリア(同2位)
4位 中国(同11位)

 東京オリンピック2020のホッケー会場として新装なった大井ホッケー競技場(正式には、大井ふ頭中央海浜公園ホッケー競技場と呼ぶのだそうです)のこけら落としとしての、テスト国際大会(READY STEADY TOKYO)が開催されました。

 そして、アジア大会2018において、そろって初優勝を果たした(本ブログ2018年9月6日の記事「[アジア大会2018・ホッケー] 「サムライジャパン」と「さくらジャパン」の初優勝!」をご参照ください)、男子の「サムライジャパン」が3位、女子の「さくらジャパン」が2位と、共に好成績を挙げました。
 特にさくらジャパンは、8月21日の優勝をかけたインド戦で1-2の惜敗を喫しましたが、見事な戦い振りであったと思います。

 この大会は「非公開大会」でしたから、ほぼ「無観客試合(関係者のみ観戦)」が続いたことになります。
 オリンピックの組織委員会が主催した大会ですし、色々なチェックポイントを網羅したのでしょうし、「非公開」には理由があるのでしょうけれども、折角のサムライジャパン、さくらジャパンの活躍が、ほとんど報じられなかったことは、やはり少し残念でした。

 また、こうしたテスト大会に参加いただいた、男女のインドチーム、男子のニュージーランドチーム、マレーシアチーム、女子のオーストラリアチーム、中国チームにも、お礼を申し上げなければならないと感じます。

 新装なった「大井ホッケー競技場」が、「日本ホッケーの聖地」になることは、間違いなさそうです。

 スイスのバーゼルで開催されていた、バドミントンの世界選手権大会は8月25日に各種目の決勝が行われ、4種目という史上最多の種目で決勝進出を果たしていた日本チームは、男子シングルスと女子ダブルスで優勝、女子シングルスと男子ダブルスで準優勝という、好成績を残しました。

[男子シングルス決勝]
桃田賢斗選手2-0アンダース・アントンセン選手(デンマーク)

[女子シングルス]
プサルラ・シンドゥ選手(インド)2-1奥原希望選手

[男子ダブルス]
アッサン選手・セティアワン選手(インドネシア)2-1保木卓朗選手・小林優吾選手

[女子ダブルス]
松本麻佑選手・永原和可那選手2-1福島由紀選手・廣田彩花選手

 桃田選手は、21-9、21-3という圧倒的なスコアで連覇を果たしました。
 「本大会全6試合で1ゲームも落とさない」という、強さが際立つ大会であったと感じます。

 松本・永原ペアは、福島・廣田ペアとのフルセットの激戦を制し、こちらも連覇を達成しました。女子ダブルスの選手層の厚さが、日本チームの強さの根源であることは間違いありません。
 素晴らしいことです。

 奥原選手は、7-21、7-21というスコアで、シンドゥ選手に完敗しました。決勝は残念な結果でしたけれども、決勝に進出したことはとても大きな成果であったと観るべきでしょう。

 その点は男子ダブルスの保木・小林ペアも同様です。
 第1ゲームを23-25で落としたことが痛く、第2ゲームは21-9で取りましたが、第3ゲームを落とし敗れました。
 勝つチャンスも十分にあったと観たいところです。

 東京オリンピック2020の前年の世界選手権大会としては、日本チームの成績はとても良かったと感じます。

 着々と実力を蓄えつつある日本バドミントン界ですが、この勢いを持って、一層の強化が期待されるのでしょう。


 8月9日にかけて、神奈川県江の島ヨットハーバーで開催された、2019年のセーリング470級世界選手権大会・女子で、日本の吉田愛・吉岡美帆のペアが2位になりました。
 2018年大会の優勝に続いての好成績です。
 この好成績によって、吉田・吉岡ペアは東京オリンピック2020日本代表に内定しました。
 セーリング競技の内定第一号です。

 安定感十分の素晴らしいプレーでした。
 8月9日の最終レース・第12レースは、ルール通り、前日までの成績上位10組によって争われました。
 このレースで吉田・吉岡組は8位となって、全12レースの合計で65点として、2位に食い込んだのです。
 おそらくは、最終レースの8位は吉田・吉岡組にとっては「レース前の狙い」よりは悪い順位だったのであろうと感じますが、それでもキッチリと2位を確保するところが、見事です。
 「五輪内定の確保」の為に種々のリスクを回避し、他チームの順位・動きを十分に計算した上でのセーリングだったのではないでしょうか。

 470級は「日本の伝統種目」です。

 1996年のアトランタ・オリンピックで女子の重・木下組が銀メダルを獲得し、2004年のアテネオリンピックで男子の関・轟組が銅メダルを獲得しているのです。

 ヨット競技では、どうしても体格・パワー面で海外の選手に劣る日本選手ですが、470級は「艇の大きさ(全長4m70cm)」が日本選手に向いていると言われています。小柄で体重が少ない日本選手に向いた種目なのでしょう。

 ペアを組んで7年目となる吉田・吉岡組のチームとしての完成度は、とても高いと感じます。

 東京オリンピック2020における大活躍が、大いに期待されるところでしょう。

[6月18日・女子フルーレ団体決勝・千葉ポートアリーナ]
日本45-29韓国

 2012年の和歌山ビッグホエールでの開催に続いて、7年振りの日本開催となったアジアフェンシング選手権大会最終日、日本女子フルーレチームが初優勝を飾りました。

 日本チーム(東選手、菊池選手、上野選手、辻選手)が韓国チームを45-29で下したのです。
 8点差で3人目の上野優佳選手が登場し、10連続得点を挙げて、圧勝しました。
 17歳の上野選手の素晴らしい勢いでした。

 このところ、世界でも「アジア勢」が強い種目ですから、東京オリンピック2020におけるメダル獲得に向けて期待が膨らむ大活躍です。

 この大会で日本チームは、男子フルーレ個人(敷根崇裕選手)、男子エペ個人(山田優選手―決勝で宇山賢選手との日本人対決を制しました)、男子フルーレ団体(松山選手、三宅選手、敷根選手、鈴村選手)、そして女子フルーレ団体と4種目で優勝しました。
 もちろん、強豪である中国チームや韓国チームに及ばなかった種目も有るのですけれども、フェンシング日本チームの地力は着実に向上していると感じられます。

 東京オリンピック2020に向けて、「残り1年間」の仕上げの時期が来たのでしょう。
 
 3月24日、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで行われた、フェンシングのワールドカップ男子エペ団体種目で、日本チームが優勝を飾りました。
 長いワールドカップの歴史において、初の優勝でした。

 世界中の29チームが参加した大会で優勝を捥ぎ取ったのは、見延和靖選手(31歳)、加納虹輝選手(21歳)、山田優選手(24歳)、宇山賢選手(27歳)の4選手により構成される日本男子チームです。

 オリンピックにおける連続のメダル獲得で知られている「フルーレ種目」とは、剣→武器そのものが異なり、フルーレより相当重い武器をフルーレより広い範囲(ほぼ全身)に向かって突いて行くエペ種目は、最もヨーロッパにおける「決闘」に近い種目とも言われています。
 
 重い武器を素早く動かさなくてはならないという面から、外国人プレーヤーに比べれば「非力」な日本人プレーヤーが苦手としてきた種目でしょうが、ついに「世界一」に輝いたことになります。

 もちろん、ワールドカップは1シーズンに5試合が行われます(日本で行われる「高松宮杯」もそのひとつ)から、大会の格としては最高位という訳には行かないのですが、世界の強豪が出場している大会における優勝の価値は、とても大きなものでしょう。

 この大会で男子日本チームは、1回戦で開催国アルゼンチンチームを破り、2回戦ではフェンシングの母国と言っても良い強豪国フランスチームを破りました。
 この1・2回戦の勝利が、日本チームに勢いを付けたことは間違いありません。

 3回戦でイタリアチーム、4回戦でベネズエラチームを撃破して、決勝では現在国際フェンシング連盟(FIE)の本部が置かれているスイスチームを破り優勝しました。
 決勝には、加納選手、見延選手、宇山選手が出場しました。(ゲームには1チーム4名の内3名が出場するルール)

 これまで報道が少なかったのですが、見延選手は2016年のリオデジャネイロ・オリンピックの同種目個人で6位に入っていて、ワールドカップでも個人で3勝していますし、格上の大会であるワールドカップ・グランプリ(1シーズン3試合)でも1勝を挙げていますから、男子エペチームは「着実に世界トップクラスに迫ってきた」ことになります。

 そして今般、団体でもワールドカップを制したのです。
 快挙であり、日本フェンシング界にとっても、大きな一歩なのでしょう。

 「全身のどこを突いても良い」という種目の性格上、エペのゲームは「とても守備的」になり易いと言われます。
 「足先」を突かれても、相手のポイントとなってしまうのですから、ディフェンスィヴになるのも止むを得ないのですけれども、そうした「守り合い」の中で果敢な攻撃、スピード・威力十分な突き(エペでは、一定の強さ以上の突き(電気的に把握されます)でなければカウントされません。「決闘」で相手を倒す、相手に大きなダメージを与える、には、パワフルな突きが必要なのでしょう。触った程度ではダメなのです。その点では、剣道競技の一本に近いと言えそうです)を決めて行かなければ、勝利は覚束ないのですから、とても難しい種目と言うことになります。

 日本チームは本場ヨーロッパの強豪チームを破って、ワールドカップを初制覇しました。

 「フルーレ」に加えて「エペ」が、東京オリンピック2020における注目種目となったことも、間違いないのでしょう。

 ITTF(国際卓球連盟)が主催する、ワールドツアーグランドファイナル大会2018が、12月13日から16日にかけて、韓国の仁川で開催されました。

 ワールドツアーグランドファイナル大会は、1996年に開始され、その年のワールドツアースタンディング(ツアー各試合の獲得ポイントによるランキング)の上位者によって、「年間王者」を決める大会です。
 当然ながら、卓球競技における世界最高峰の大会のひとつなのです。

 2018年の大会では、日本の張本智和選手が男子シングルスで、早田ひな選手・伊藤美誠選手のペアが女子ダブルスで、それぞれ優勝を飾りました。

 各種目の決勝が行われた16日、張本選手は林高遠選手(中国)をゲームカウント4-1で破り、初優勝を遂げました。
 15歳でのグランドファイナル優勝は「史上最年少」でした。

 女子ダブルスの早田・伊藤ペアは、陳・孫ペア(中国)を3-0で破り優勝しました。
 第1ゲームが11-9、第2ゲームが13-11、第3ゲームが12-10といずれも接戦をものにしてのストレート勝ちは見事。「ここぞ」というポイントでの勝負強さが際立ちました。

 2018年は、卓球競技の世界大会における日本チームの活躍が目立ちました。
 もはや「世界大会での優勝」と聞いても、驚かなくなった程です。

 「卓球日本」は、世界トップクラスに向けて、着々と歩を進めているのでしょう。

 とはいえ、今大会でも、例えば女子シングルスの準決勝進出4選手は全て中国チームですし、全体としては「中国チームの選手層の厚さ」が感じられました。

 百も承知のことなのでしょうが、まだまだ「世界一は中国チーム」なのです。

 「卓球日本」の挑戦は、2019年も続きます。

 11月13日、スノーボード競技(ハーフパイプ種目)の日本第一人者、2014年ソチオリンピック、2018年平昌オリンピックの冬季五輪2大会連続銀メダルリストである平野歩夢選手(19歳)が、2020年東京オリンピックから正式種目となるスケートボードに挑戦、日本代表入りを目指すことを表明しました。

 表明の中で、「スケートボードを始めたのは4歳の時。スノーボードと同じタイミングで始め、慣れ親しんできた」とコメントしていました。もともと、平野選手の新潟県村上市の実家はスケートボード場を営んでいたとのことですし、スノーボードのトレーニングの一環としてスケートボードにもトライしてきたということですので、素地は十分でしょう。

 スノボ・ハーフパイプにおいて、世界的有名プレーヤーであるショーン・ホワイト選手をギリギリまで追い込むほどの競技力を誇る平野選手ですから、その身体能力をもってすれば、スケートボードにおいても、世界トップクラスの実力を身に付けることが出来ると感じます。
 もちろん日本国内には強力なライバル達が居ますが、互いに凌ぎを削って、本番・東京オリンピック2020における日本チームのメダル獲得に結び付けることが出来れば素晴らしいことでしょう。

 MLB大谷翔平選手の活躍もあって、2018年は「二刀流」が注目されましたが、ここにも「スケートボードとスノーボード」の二刀流が登場しました。

 日本スポーツ史上においては、過去に夏・冬の両方のオリンピックに出場したプレーヤーが、女子に3名、男子に1名の計4名が居ますが、「夏・冬の両方の大会でメダルを獲得した選手」はまだ居ないのです。

 平野歩夢選手には、日本スポーツ史上初の快挙を期待したいと思います。

 「日本初」が強いモチベーションとなる平野選手なら、やってくれそうな気がします。
(本ブログ2014年3月10日の記事「平野歩夢と上原浩治のやる気スイッチは『日本人初』ということ」をご参照ください)

 カタールのドーハで開催されている、2018年の体操世界選手権大会8日目(11月1日)、女子個人総合の決勝が行われ、村上茉愛(むらかみ まい)選手が2位となり、日本女子史上最高成績を収めました。

 昨年の本大会で4位と好成績を残していた村上選手は、3種目を終えて5位に付け、最終種目の「床」で14.000の高得点をマークして、一気に2位に順位を上げました。
 持ち技である「シリバス」もキッチリと決めたのです。

 2017年のモントリオール大会では、予選でトップに立ちながら、決勝で4位に順位を下げ、涙を見せた村上選手ですけれども、2018年ドーハ大会で成長した姿を示したということでしょう。

 これまでの世界選手権大会の個人総合種目における日本女子の最高成績は、2009年ロンドン大会、鶴見虹子選手の3位でしたが、村上選手はこれを更新しました。

 鶴見選手の銅メダルの時にも、日本女子体操選手の歴史を塗り替えた快挙と称されましたが、今大会の村上選手は「居るべき場所に立っている」という印象ですので、世界トップクラスの実力を身に付けたと言って良いのでしょう。
 素晴らしいことです。

 今大会は「中国製の器具」が使用されていて、例えば「床」では、日本製器具に比して「反発力が小さい」と言われたりしています。鉄棒や平行棒にしても「バーのしなり具合」が異なることもあるのでしょうか、日本男子チームでは「思いもよらぬミス」が出ていたと感じます。

 当然ながら、日本女子チームにも影響が有る筈なのですが、そうした状況下、個人総合において村上選手が、日本体操史上最高の成績を収めた価値は、個人としてもチームにとっても、極めて大きなものでしょう。

 東京オリンピック2020に向けて、「体操日本」の飛躍が期待されるところです。

 10月12日付・東洋経済オンラインの記事「フェンシング2.0に挑む会長・太田雄貴の奮闘(瀬川 泰祐氏著)」は大変興味深いものでした。

 2017年8月に日本フェンシング協会の会長に就任した太田雄貴氏(北京オリンピック銀メダリスト)を中心とした「大改革」についての記事です。

① 300人から1600人に増加

 2016年に300人だった全日本選手権大会決勝の観客数が、2017年には1600人と5倍以上に増えたとのこと。

 これは、尋常なことではありません。

 全日本選手権大会という歴史と伝統に彩られた大会の観客数が、たった1年で(正確には2017年8月から12月までの僅か4ヵ月間だと思われますが)5倍になるというのは、おそらく、日本選手権大会を実施している全ての競技を含めても初めてのことでしょう。
 歴史の有る大会であればあるほど、「5倍」という大ジャンプは困難を極めると考えられるからです。

 テレビ放送で「LEDを多用した試合」を観ましたが、それも改革のひとつであったことを、この記事で知りました。
 2017年のこの大会に向けて、太田会長を始めとする新執行部は「20以上もの施策を実施した」のだそうです。
 素晴らしい取組です。

② 1000円のチケット料金を5500円にして、2日で完売

 続いて、2018年の全日本選手権大会(12月9日)に向けて、改革が続きました。

 2017年大会では一律1000円だった入場チケットを、2018年大会ではS席5500円、A席4000円、B席2500円として9月に販売し、販売開始後40時間で完売したというのです。全体の70%が発売初日に売れたそうです。

 太田会長の言葉「1000円で売っていた商品を5500円で売るために、どういう付加価値を付けていかなきゃいけないかを考えました・・・」の成果ということになります。

 就任後僅か1年余りで、「必要な付加価値を付けることに成功した」のですから、見事という他は無いと思います。

③ 2018年全日本選手権大会は「東京グローブ座」で開催

 東京グローブ座といえば、新宿区百人町にある演劇・ミュージカル向けの劇場です。
 そこでフェンシングの全日本大会を実施するというのですから、一見破天荒な話でしょう。
 
 昨年1600人の観客を集めた大会にもかかわらず、東京グローブ座の収容人員は703人ですから、熱心なファンから見れば「2人に1人しか入れない」ということになり、チケットに殺到したという面もあるのでしょうが、当然ながら、それも計算の上で会場を選定していることは明らかです。

 いずれにしても「大改革の面目躍如」といったところでしょうか。

 東京オリンピック2020に向けて、日本フェンシング界の挑戦は緒に就いたばかりなのでしょう。
 太田会長以下の今後の取組が、本当に楽しみです。

 当たり前のことを書き恐縮ですが、「どんな組織でも半年・1年で大きく変わることが出来る」のです。
 ひとりの小さな頭では無く、皆の知恵を集めて良く考え、施策を立案し、しっかりとした準備の下で、丁寧に実施すれば、効果が上がるのです。(施策立案、準備、実施のいずれも「ゆっくりしていてはダメ」です。時代が目まぐるしく動いている中では、スピード自体が価値なのです)

 それにしても、「スポーツパワハラ元年」とも言われる2018年のスポーツ界、「見苦しいこと」「聞き苦しいこと」「信じられない程粗末な事象」が多発している状況下、日本フェンシング界では、何と素晴らしい取組が行われていることでしょう。

 「俺は偉いんだ」と威張ってばかりいて、何もしない、或いは、何をやってもピントがずれている、或いは、判定における不正の横行等々、件の人達が「とんでもない存在悪」であることは間違いなさそうです。
 8月29日に女子、8月30日に男子が行われた、自転車競技のオムニアム種目で、梶原悠未選手(21歳)と橋本英也選手(25歳)が優勝しました。男女のオムニアムを制したのです。

 オムニアムは、以下の4競技を一日で行い、その成績をポイントに換算して、合計得点で競うものです。

① スクラッチ
② テンポレース
③ エリミネーション
④ ポイントレース

 オムニアム自体は、世界選手権大会において、男子は2007年から、女子は2009年から行われている種目ですが、その内容がどんどん変わり、現在の形式は2016年に改定されたものです。

 そうした状況下、2017年のワールドカップで梶原悠未選手が優勝しました。
 日本女子自転車選手が、オリンピック、世界選手権、ワールドカップにおいて、初めて優勝するという快挙を達成しました。
 そして、アジア大会2018でも見事に金メダルを獲得したのです。

 この梶原選手の活躍に刺激を受けたのか、男子の橋本選手も金メダルを獲得した形です。

 間違いなく「オムニアム」は、日本自転車チームが得意とする種目になってきているのでしょう。

 こうした複合種目には、ポイントを積み上げて行くための「ポイント」がある筈です。
 ましてや、内容が変化し続けている「新しい種目」であれば、そのポイントも日々変動しているでしょうから、研究が欠かせません。

 これからの各種の世界大会に向けて、日本自転車チームの更なる研究、施策立案、実行、が期待されるところです。
[9月1日・決勝]
カザフスタン8-7日本

 今回こそは優勝できると感じさせるゲームでした。

 我らがポセイドン・ジャパンは、第3ピリオドに一時7-3とリードしたのです。
 水球競技における「4点差」は大きいので、このまま日本チームが押し切るかに観えました。
 ところが、21世紀のアジア水球界をリードしてきたカザフスタンチームの反撃が始まったのです。
 第3ピリオドの残りの時間に2得点を挙げて5-7と追い上げると、最終の第4ピリオドには3点を挙げて、8-7と逆転、そのまま逆に押し切りました。

 結局、カザフスタンチームは3-7の劣勢から「5連続得点」を挙げたことになります。
 その間、日本チームも主にミドルシュートを相当数放ったのですが、1点も取ることが出来ませんでした。

 本当に惜しい敗戦でしたが、試合後の選手からは「決定力の差」というコメントが出されていました。

 身長190cmを超えるプレーヤーを揃えるカザフスタンチームのシュートは、高い位置から放たれますので、コントロールが良ければゴールをゲットし易いのは道理です。

 百も承知の日本チームとしては、日本水球界が創造した「パスラインディフェンス」からのカウンター攻撃で対抗し、リオデジャネイロ・オリンピックへの出場(32年振りのオリンピック出場)やワールドリーグにおける4強入りといった成果を挙げてきました。
 今大会では「アジア王者」という勲章をゲットするべく、戦いに臨んだのです。

 「シュートの決定力」という、球技における「永遠の課題」が、今大会でもポセイドン・ジャパンに突き付けられたわけですが、このところの日本水球の創造力は、世界でもずば抜けていると言われています。

 難しいことなのでしょうが、また新たな戦術を生み出して、東京オリンピック2020のメダルに向けて前進していただきたいと思います。
[8月31日・女子決勝]
日本(さくらジャパン)2-1インド

[9月1日・男子決勝]
日本(サムライジャパン)6-6(SO3-1)マレーシア

 アジア大会のホッケー競技は、男女ともに日本代表チームが優勝しました。

 「さくらジャパン」と「サムライジャパン」が揃ってアジア大会初優勝という「快挙」を成し遂げたのです。

 さくらジャパン(世界ランキング14位)は、インド(同9位)との決勝戦で、接戦を制しました。
 前半を1-1の同点で折り返しての第3Q、PCからの河村選手のリバースシュートが見事に決まりました。そして、その後はインドチームのカウンターを防ぐ形で試合を運び、2-1のまま押し切ったのです。
 慎重に時間を消費しながらの試合運びには、サクラジャパンの地力向上が如実に感じられました。

 サムライジャパンは「大逆転勝ち」でした。
 マレーシアチームは第1クオーターQから攻勢に出て、日本ゴールを再三脅かし、3-1とリードしました。スピード十分なドリブル攻撃は、迫力十分でした。
 第2Qにマレーシアに追加点を許し1-4と3点差の劣勢に追い込まれた日本でしたが、田中健選手が豪快なヒットシュートを決めて2-4と追いすがります。この後の展開を観ると、この1点がとても大きかったと感じます。
 2-4のまま最終の第4Q。
 
 サムライジャパンの反撃が期待されましたが、試合時間残り10分にマレーシアチームが追加点を挙げます。日本チームがイエローカードでひとり少ない中での追加点でした。

 試合時間残り9分で2-5の劣勢に追い込まれた日本チームでしたが、ここからの反撃が見事でした。
 福田選手、田中健選手が立て続けに得点を挙げて4-5と1点差に迫りました。

 試合時間残り2分、山崎選手のシュートが決まって、ついに5-5の同点となりました。

 しかしその1分後、マレーシアチームに勝ち越し点を許してしまいました。
 さすがに「勝負あったか」に観えましたが、残り1分を切ってもサムライジャパンの攻撃は衰えを見せず、試合時間残り13秒、田中健選手がPCを取り、このPCのリバウンドを落合選手が押し込んで、再び6-6の同点としたのです。

 この第4Qのサムライジャパンの「粘り強さ」は見事の一語。「絶対に諦めない戦い振り」は素晴らしいものでした。

 そして試合はシュートアウト戦に縺れ込みました。
 サッカー競技のペナルティーキックPKに比べて、得点が入り難いのがホッケー競技のシュートアウトSOですが、日本チームは1人目、2人目、5人目の3人が決め、日本チームのゴールキーパーGK吉川選手が好セーブを連発、マレーシアチームの2・3・4人目を止めて、日本チームの優勝が決まりました。
 アジア大会ホッケー競技の歴史に残る「大接戦」でした。

 東京オリンピック2020に向けて、各競技で強化が続いているのですが、男女のホッケー競技の強化が着実に進んでいることを明示した、さくらジャパンとサムライジャパンの金メダルでしょう。

 20世紀のホッケー競技(特に男子)は、インドチームとパキスタンチームの覇権争いが続きました。ホッケーはインドとパキスタンの「お家芸」という印象だったのです。
 
 そうした歴史的な経緯を観ても、日本チームがアジア大会で優勝するというのは「至難」の技だったのです。

 しかし、日本ホッケー界は、着々と強化を図り、ついに「大輪」の花を咲かせました。

 サムライジャパンとさくらジャパンの、本当に見事な優勝でした。
 8月29日に決勝が行われたスケートボード競技において、日本チームは男女ともに好成績を残しました。
 いずれも10歳代のプレーヤーによる、素晴らしい活躍です。

[男子ストリート種目]
1位 池 慧野巨(いけ けやき)選手(17歳)

[男子パーク種目]
1位 佐々岡健介選手(19歳)

[女子ストリート種目]
2位 伊佐 風椰(いさ かや)選手(16歳)

[女子パーク種目]
1位 四十住さくら(16歳)
2位 伊佐 風椰選手

 東京オリンピック2020の新種目に決まっているスケートボード競技で、日本勢が圧巻のパフォーマンスを披露し、4種目中3種目で金メダル、残る女子ストリート種目で銀メダルという好成績を残しました。
 いずれも10歳代のプレーヤーですので、2020年の戦いに向けて、良いスタートが切れたということでしょう。

 今大会の代表メンバーには「スケートボード競技の楽しさを日本中に知らしめる」という大切な役割期待もあります。
 その目的達成に向けて、十分な活躍を魅せてくれたと感じます。

 8月24日から26日にかけて行われた、アジア大会2018の総合馬術競技は、個人戦で大岩義明選手が、団体戦で日本代表チームが、それぞれ金メダルを獲得しました。

 その成績を観れば「圧倒的な勝利」だと思います。

 総合馬術競技は、「馬場馬術」(調教審査)と「クロスカントリー」(耐久力審査)と「障害飛越」(余力審査)の3つの競技を3日間に渡って行い、減点の少なさを競うものです。
 尚、3日間「同一人馬」で競技に臨まなければなりません。
 「馬術の要素をほぼ全て盛り込んだ複合競技」と呼ばれていて、もちろんオリンピック種目です。

 我が国では、総合馬術のプレーをテレビ放送でフルに眼にする機会は、殆ど無いと言って良いでしょう。私も、特に「総合馬術のクロスカントリー」を十分に観た記憶はありません。

 とはいえ、ヨーロッパではとても人気と格式の高い競技です。
 「人と馬の絆」という面からも、とても奥深いスポーツなのであろうと思います。

 今大会の結果は以下の通りです。

[個人]
1位 大岩義明選手 22.70点
2位 ミルザ選手(インド) 26.40点
3位 華天選手(中国) 27.10点
4位 北島隆三選手 29.60点
5位 弓良隆行選手 30.10点

7位 平永健太選手 33.10点

[団体]
1位 日本 82.40点
2位 インド 121.30点
3位 タイ 126.70点

 個人戦の上位に名を連ねた日本チームが、団体戦も圧勝した形です。
 素晴らしいパフォーマンスを示したのです。

 個人と団体で金メダルを獲得した大岩選手は愛知県出身の42歳、北京・ロンドン・リオデジャネイロとオリンピック3大会連続出場を果たしている、我が国の総合馬術競技を代表するプレーヤーです。

 そして、総合馬術の世界で最も有名な大会である「バドミントン・ホーストライアルズ2017」で8位に入賞して、世界にその名を知られる選手となりました。(「バドミントン・ホーストライアルズ2017」につきましては、Sports Graphic Number Webの2017年6月7日配信の北野あずさ氏の、とても素晴らしい記事をご一読ください)

 ところで、日本において馬術と言えば、やはり「バロン西」の名前が有名です。
 「バロン西=西男爵」こと西竹一選手は、1932年のロサンゼルス・オリンピック個人障害飛越で金メダルを獲得しました。現在に至っても、我が国のオリンピックにおける馬術競技史上唯一のメダルです。

 欧米においては、馬術競技のチャンピオンに対する敬意はとても高いものが有りますので、バロン西は当時「世界で最も有名な日本人」とも呼ばれていたのです。
 21世紀の現代においても、「バロン西」の名を知る欧米の馬術関係者は数多いと聞きます。

 今大会における大岩選手と日本チームの活躍を観るにつけ、西竹一選手に続く、東京オリンピック2020における大活躍を期待するのは、私だけでしょうか。

 それにしても、初日の馬場馬術で「調教のレベル」を審査し、2日目のクロスカントリーで「耐久力」を競い、最終日の障害飛越で「余力のレベル」を観るというところが凄い競技だと思います。
 障害飛越において「飛越技術」を観るのではなく「余力」を観るというのは、6km以上のクロスカントリー競技による「心身の疲労」を3日目に判定するということになります。

 6km以上の自然地形を相手にしてのクロスカントリーというのは、まるでイギリス競馬の「グランドナショナル」レース(約6900mの距離で争われる障害競走。中山大障害のモデルとなったレース)の様です。出場馬にとっては、とても大きな負担でしょう。

 総合馬術競技においては、最終3日目の朝、獣医師によって「ホース・インスペクション(馬体検査)」が行われるのです。過酷なクロスカントリーを走り切って、馬が故障していないか、体力が十分に回復しているか、といったポイントをチェックし、3日目の競技に臨むに相応しくないと判定されれば、障害飛越には出場できないのです。
 乗り手がどんなに元気でも、出場したくとも、パートナーが不適であれば、出場は出来ません。
 パートナーの心身のコンディションをも十分に考慮しながら、3日間に渡る競技を進めなければならないことは言うまでもありません。2日目のクロスカントリーで好タイムを狙って、押しまくるというのでは、パートナーを酷使することになってしまい、出場資格を失うことに繋がりかねません。

 ここに「同一人馬」により3日間戦い抜かなくてはならないという、総合馬術競技の難しさと面白さがあるのでしょう。

 「人間と馬の長い歴史」を感じさせる競技です。

プロフィール

カエサルjr

Author:カエサルjr
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