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 10月12日付・東洋経済オンラインの記事「フェンシング2.0に挑む会長・太田雄貴の奮闘(瀬川 泰祐氏著)」は大変興味深いものでした。

 2017年8月に日本フェンシング協会の会長に就任した太田雄貴氏(北京オリンピック銀メダリスト)を中心とした「大改革」についての記事です。

① 300人から1600人に増加

 2016年に300人だった全日本選手権大会決勝の観客数が、2017年には1600人と5倍以上に増えたとのこと。

 これは、尋常なことではありません。

 全日本選手権大会という歴史と伝統に彩られた大会の観客数が、たった1年で(正確には2017年8月から12月までの僅か4ヵ月間だと思われますが)5倍になるというのは、おそらく、日本選手権大会を実施している全ての競技を含めても初めてのことでしょう。
 歴史の有る大会であればあるほど、「5倍」という大ジャンプは困難を極めると考えられるからです。

 テレビ放送で「LEDを多用した試合」を観ましたが、それも改革のひとつであったことを、この記事で知りました。
 2017年のこの大会に向けて、太田会長を始めとする新執行部は「20以上もの施策を実施した」のだそうです。
 素晴らしい取組です。

② 1000円のチケット料金を5500円にして、2日で完売

 続いて、2018年の全日本選手権大会(12月9日)に向けて、改革が続きました。

 2017年大会では一律1000円だった入場チケットを、2018年大会ではS席5500円、A席4000円、B席2500円として9月に販売し、販売開始後40時間で完売したというのです。全体の70%が発売初日に売れたそうです。

 太田会長の言葉「1000円で売っていた商品を5500円で売るために、どういう付加価値を付けていかなきゃいけないかを考えました・・・」の成果ということになります。

 就任後僅か1年余りで、「必要な付加価値を付けることに成功した」のですから、見事という他は無いと思います。

③ 2018年全日本選手権大会は「東京グローブ座」で開催

 東京グローブ座といえば、新宿区百人町にある演劇・ミュージカル向けの劇場です。
 そこでフェンシングの全日本大会を実施するというのですから、一見破天荒な話でしょう。
 
 昨年1600人の観客を集めた大会にもかかわらず、東京グローブ座の収容人員は703人ですから、熱心なファンから見れば「2人に1人しか入れない」ということになり、チケットに殺到したという面もあるのでしょうが、当然ながら、それも計算の上で会場を選定していることは明らかです。

 いずれにしても「大改革の面目躍如」といったところでしょうか。

 東京オリンピック2020に向けて、日本フェンシング界の挑戦は緒に就いたばかりなのでしょう。
 太田会長以下の今後の取組が、本当に楽しみです。

 当たり前のことを書き恐縮ですが、「どんな組織でも半年・1年で大きく変わることが出来る」のです。
 ひとりの小さな頭では無く、皆の知恵を集めて良く考え、施策を立案し、しっかりとした準備の下で、丁寧に実施すれば、効果が上がるのです。(施策立案、準備、実施のいずれも「ゆっくりしていてはダメ」です。時代が目まぐるしく動いている中では、スピード自体が価値なのです)

 それにしても、「スポーツパワハラ元年」とも言われる2018年のスポーツ界、「見苦しいこと」「聞き苦しいこと」「信じられない程粗末な事象」が多発している状況下、日本フェンシング界では、何と素晴らしい取組が行われていることでしょう。

 「俺は偉いんだ」と威張ってばかりいて、何もしない、或いは、何をやってもピントがずれている、或いは、判定における不正の横行等々、件の人達が「とんでもない存在悪」であることは間違いなさそうです。
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 8月29日に女子、8月30日に男子が行われた、自転車競技のオムニアム種目で、梶原悠未選手(21歳)と橋本英也選手(25歳)が優勝しました。男女のオムニアムを制したのです。

 オムニアムは、以下の4競技を一日で行い、その成績をポイントに換算して、合計得点で競うものです。

① スクラッチ
② テンポレース
③ エリミネーション
④ ポイントレース

 オムニアム自体は、世界選手権大会において、男子は2007年から、女子は2009年から行われている種目ですが、その内容がどんどん変わり、現在の形式は2016年に改定されたものです。

 そうした状況下、2017年のワールドカップで梶原悠未選手が優勝しました。
 日本女子自転車選手が、オリンピック、世界選手権、ワールドカップにおいて、初めて優勝するという快挙を達成しました。
 そして、アジア大会2018でも見事に金メダルを獲得したのです。

 この梶原選手の活躍に刺激を受けたのか、男子の橋本選手も金メダルを獲得した形です。

 間違いなく「オムニアム」は、日本自転車チームが得意とする種目になってきているのでしょう。

 こうした複合種目には、ポイントを積み上げて行くための「ポイント」がある筈です。
 ましてや、内容が変化し続けている「新しい種目」であれば、そのポイントも日々変動しているでしょうから、研究が欠かせません。

 これからの各種の世界大会に向けて、日本自転車チームの更なる研究、施策立案、実行、が期待されるところです。
[9月1日・決勝]
カザフスタン8-7日本

 今回こそは優勝できると感じさせるゲームでした。

 我らがポセイドン・ジャパンは、第3ピリオドに一時7-3とリードしたのです。
 水球競技における「4点差」は大きいので、このまま日本チームが押し切るかに観えました。
 ところが、21世紀のアジア水球界をリードしてきたカザフスタンチームの反撃が始まったのです。
 第3ピリオドの残りの時間に2得点を挙げて5-7と追い上げると、最終の第4ピリオドには3点を挙げて、8-7と逆転、そのまま逆に押し切りました。

 結局、カザフスタンチームは3-7の劣勢から「5連続得点」を挙げたことになります。
 その間、日本チームも主にミドルシュートを相当数放ったのですが、1点も取ることが出来ませんでした。

 本当に惜しい敗戦でしたが、試合後の選手からは「決定力の差」というコメントが出されていました。

 身長190cmを超えるプレーヤーを揃えるカザフスタンチームのシュートは、高い位置から放たれますので、コントロールが良ければゴールをゲットし易いのは道理です。

 百も承知の日本チームとしては、日本水球界が創造した「パスラインディフェンス」からのカウンター攻撃で対抗し、リオデジャネイロ・オリンピックへの出場(32年振りのオリンピック出場)やワールドリーグにおける4強入りといった成果を挙げてきました。
 今大会では「アジア王者」という勲章をゲットするべく、戦いに臨んだのです。

 「シュートの決定力」という、球技における「永遠の課題」が、今大会でもポセイドン・ジャパンに突き付けられたわけですが、このところの日本水球の創造力は、世界でもずば抜けていると言われています。

 難しいことなのでしょうが、また新たな戦術を生み出して、東京オリンピック2020のメダルに向けて前進していただきたいと思います。
[8月31日・女子決勝]
日本(さくらジャパン)2-1インド

[9月1日・男子決勝]
日本(サムライジャパン)6-6(SO3-1)マレーシア

 アジア大会のホッケー競技は、男女ともに日本代表チームが優勝しました。

 「さくらジャパン」と「サムライジャパン」が揃ってアジア大会初優勝という「快挙」を成し遂げたのです。

 さくらジャパン(世界ランキング14位)は、インド(同9位)との決勝戦で、接戦を制しました。
 前半を1-1の同点で折り返しての第3Q、PCからの河村選手のリバースシュートが見事に決まりました。そして、その後はインドチームのカウンターを防ぐ形で試合を運び、2-1のまま押し切ったのです。
 慎重に時間を消費しながらの試合運びには、サクラジャパンの地力向上が如実に感じられました。

 サムライジャパンは「大逆転勝ち」でした。
 マレーシアチームは第1クオーターQから攻勢に出て、日本ゴールを再三脅かし、3-1とリードしました。スピード十分なドリブル攻撃は、迫力十分でした。
 第2Qにマレーシアに追加点を許し1-4と3点差の劣勢に追い込まれた日本でしたが、田中健選手が豪快なヒットシュートを決めて2-4と追いすがります。この後の展開を観ると、この1点がとても大きかったと感じます。
 2-4のまま最終の第4Q。
 
 サムライジャパンの反撃が期待されましたが、試合時間残り10分にマレーシアチームが追加点を挙げます。日本チームがイエローカードでひとり少ない中での追加点でした。

 試合時間残り9分で2-5の劣勢に追い込まれた日本チームでしたが、ここからの反撃が見事でした。
 福田選手、田中健選手が立て続けに得点を挙げて4-5と1点差に迫りました。

 試合時間残り2分、山崎選手のシュートが決まって、ついに5-5の同点となりました。

 しかしその1分後、マレーシアチームに勝ち越し点を許してしまいました。
 さすがに「勝負あったか」に観えましたが、残り1分を切ってもサムライジャパンの攻撃は衰えを見せず、試合時間残り13秒、田中健選手がPCを取り、このPCのリバウンドを落合選手が押し込んで、再び6-6の同点としたのです。

 この第4Qのサムライジャパンの「粘り強さ」は見事の一語。「絶対に諦めない戦い振り」は素晴らしいものでした。

 そして試合はシュートアウト戦に縺れ込みました。
 サッカー競技のペナルティーキックPKに比べて、得点が入り難いのがホッケー競技のシュートアウトSOですが、日本チームは1人目、2人目、5人目の3人が決め、日本チームのゴールキーパーGK吉川選手が好セーブを連発、マレーシアチームの2・3・4人目を止めて、日本チームの優勝が決まりました。
 アジア大会ホッケー競技の歴史に残る「大接戦」でした。

 東京オリンピック2020に向けて、各競技で強化が続いているのですが、男女のホッケー競技の強化が着実に進んでいることを明示した、さくらジャパンとサムライジャパンの金メダルでしょう。

 20世紀のホッケー競技(特に男子)は、インドチームとパキスタンチームの覇権争いが続きました。ホッケーはインドとパキスタンの「お家芸」という印象だったのです。
 
 そうした歴史的な経緯を観ても、日本チームがアジア大会で優勝するというのは「至難」の技だったのです。

 しかし、日本ホッケー界は、着々と強化を図り、ついに「大輪」の花を咲かせました。

 サムライジャパンとさくらジャパンの、本当に見事な優勝でした。
 8月29日に決勝が行われたスケートボード競技において、日本チームは男女ともに好成績を残しました。
 いずれも10歳代のプレーヤーによる、素晴らしい活躍です。

[男子ストリート種目]
1位 池 慧野巨(いけ けやき)選手(17歳)

[男子パーク種目]
1位 佐々岡健介選手(19歳)

[女子ストリート種目]
2位 伊佐 風椰(いさ かや)選手(16歳)

[女子パーク種目]
1位 四十住さくら(16歳)
2位 伊佐 風椰選手

 東京オリンピック2020の新種目に決まっているスケートボード競技で、日本勢が圧巻のパフォーマンスを披露し、4種目中3種目で金メダル、残る女子ストリート種目で銀メダルという好成績を残しました。
 いずれも10歳代のプレーヤーですので、2020年の戦いに向けて、良いスタートが切れたということでしょう。

 今大会の代表メンバーには「スケートボード競技の楽しさを日本中に知らしめる」という大切な役割期待もあります。
 その目的達成に向けて、十分な活躍を魅せてくれたと感じます。

 8月24日から26日にかけて行われた、アジア大会2018の総合馬術競技は、個人戦で大岩義明選手が、団体戦で日本代表チームが、それぞれ金メダルを獲得しました。

 その成績を観れば「圧倒的な勝利」だと思います。

 総合馬術競技は、「馬場馬術」(調教審査)と「クロスカントリー」(耐久力審査)と「障害飛越」(余力審査)の3つの競技を3日間に渡って行い、減点の少なさを競うものです。
 尚、3日間「同一人馬」で競技に臨まなければなりません。
 「馬術の要素をほぼ全て盛り込んだ複合競技」と呼ばれていて、もちろんオリンピック種目です。

 我が国では、総合馬術のプレーをテレビ放送でフルに眼にする機会は、殆ど無いと言って良いでしょう。私も、特に「総合馬術のクロスカントリー」を十分に観た記憶はありません。

 とはいえ、ヨーロッパではとても人気と格式の高い競技です。
 「人と馬の絆」という面からも、とても奥深いスポーツなのであろうと思います。

 今大会の結果は以下の通りです。

[個人]
1位 大岩義明選手 22.70点
2位 ミルザ選手(インド) 26.40点
3位 華天選手(中国) 27.10点
4位 北島隆三選手 29.60点
5位 弓良隆行選手 30.10点

7位 平永健太選手 33.10点

[団体]
1位 日本 82.40点
2位 インド 121.30点
3位 タイ 126.70点

 個人戦の上位に名を連ねた日本チームが、団体戦も圧勝した形です。
 素晴らしいパフォーマンスを示したのです。

 個人と団体で金メダルを獲得した大岩選手は愛知県出身の42歳、北京・ロンドン・リオデジャネイロとオリンピック3大会連続出場を果たしている、我が国の総合馬術競技を代表するプレーヤーです。

 そして、総合馬術の世界で最も有名な大会である「バドミントン・ホーストライアルズ2017」で8位に入賞して、世界にその名を知られる選手となりました。(「バドミントン・ホーストライアルズ2017」につきましては、Sports Graphic Number Webの2017年6月7日配信の北野あずさ氏の、とても素晴らしい記事をご一読ください)

 ところで、日本において馬術と言えば、やはり「バロン西」の名前が有名です。
 「バロン西=西男爵」こと西竹一選手は、1932年のロサンゼルス・オリンピック個人障害飛越で金メダルを獲得しました。現在に至っても、我が国のオリンピックにおける馬術競技史上唯一のメダルです。

 欧米においては、馬術競技のチャンピオンに対する敬意はとても高いものが有りますので、バロン西は当時「世界で最も有名な日本人」とも呼ばれていたのです。
 21世紀の現代においても、「バロン西」の名を知る欧米の馬術関係者は数多いと聞きます。

 今大会における大岩選手と日本チームの活躍を観るにつけ、西竹一選手に続く、東京オリンピック2020における大活躍を期待するのは、私だけでしょうか。

 それにしても、初日の馬場馬術で「調教のレベル」を審査し、2日目のクロスカントリーで「耐久力」を競い、最終日の障害飛越で「余力のレベル」を観るというところが凄い競技だと思います。
 障害飛越において「飛越技術」を観るのではなく「余力」を観るというのは、6km以上のクロスカントリー競技による「心身の疲労」を3日目に判定するということになります。

 6km以上の自然地形を相手にしてのクロスカントリーというのは、まるでイギリス競馬の「グランドナショナル」レース(約6900mの距離で争われる障害競走。中山大障害のモデルとなったレース)の様です。出場馬にとっては、とても大きな負担でしょう。

 総合馬術競技においては、最終3日目の朝、獣医師によって「ホース・インスペクション(馬体検査)」が行われるのです。過酷なクロスカントリーを走り切って、馬が故障していないか、体力が十分に回復しているか、といったポイントをチェックし、3日目の競技に臨むに相応しくないと判定されれば、障害飛越には出場できないのです。
 乗り手がどんなに元気でも、出場したくとも、パートナーが不適であれば、出場は出来ません。
 パートナーの心身のコンディションをも十分に考慮しながら、3日間に渡る競技を進めなければならないことは言うまでもありません。2日目のクロスカントリーで好タイムを狙って、押しまくるというのでは、パートナーを酷使することになってしまい、出場資格を失うことに繋がりかねません。

 ここに「同一人馬」により3日間戦い抜かなくてはならないという、総合馬術競技の難しさと面白さがあるのでしょう。

 「人間と馬の長い歴史」を感じさせる競技です。

 7月30日から8月5日にかけて、中国・南京市で開催された第24回バドミントン世界選手権大会で、我らが日本チームは金メダル2、銀メダル2、銅メダル2という、素晴らしい成績を収めました。
 日本チームにとって、史上最高の成績と言って良いでしょう。

 まずは男子シングルス。
 桃田賢斗選手が優勝しました。世界選手権で日本男子が優勝するのは、史上初です。
 桃田選手は決勝で、中国のSHI yuqi選手をゲームカウント2-0(21-11、21-12)で破りました。圧勝と言って良い内容です。大会前の世界ランキングは7位でしたが、実力は世界のトップ3に入っているのでしょう。

 続いては女子ダブルス。
 日本バドミントン躍進の象徴と呼んで良い種目です。今大会も、準決勝進出4チームの内3チームが日本ペアでした。
 決勝では、松本麻佑選手・永原和可那選手のペアが、福島由紀選手・廣田彩花選手のペアをゲームカウント2-1(19-21、21-19、23-21)で下して優勝しました。
 最初にマッチポイントを握ったのは福島・廣田ペアでしたが、松本・永原ペアは冷静な応酬から、ここぞというポイントを取って反撃し、押し切りました。
 2人共170cmを超える「長身ペア」というのは、日本バドミントンチームとしては珍しいタイプです。今後の飛躍が期待されます。
 福島・廣田ペアにとっては、残念な準優勝となりましたし、その福島・廣田ペアに準決勝で敗れ銅メダルとなった田中志穂選手・米元小春選手ペアも含めて、日本女子ダブルスの選手層は、極めて厚いものとなっています。

 続いては男子ダブルス。
 このところの女子ダブルスの活躍に負けじと、男子ダブルスも決勝進出を果たしました。凄いことです。
 園田啓悟選手・嘉村建士選手ペアは、準決勝で台湾ペアを破り、決勝では中国ペアとの対戦となりました。第1ゲームを12-21で失った後の第2ゲームでは互角のプレーを魅せましたが、惜しくも19-21で落として、銀メダルとなりました。
 残念でしたけれども、世界選手権の準優勝の価値は極めて大きいと思います。

 最後は女子シングルス。
 このところ国際大会での活躍が目立つ山口茜選手が、準決勝でインドのSindhu選手に接戦で敗れました。第2ゲームは21-23の大激戦でした。
 山口選手にとっては、とても残念な結果でしょうけれども、世界選手権の銅メダルは堂々たる成績です。

 女子ダブルスに始まった「日本バドミントンの躍進」は、他の種目にも着実に、しかし劇的に拡大しています。

 この強さは「本物」だと感じます。
 卓球のジャパンオープン(荻村杯国際卓球選手権大会)2018は6月10日に最終日を迎え、男女シングルスの決勝が行われました。

 そして、男子は張本智和選手が、女子は伊藤美誠選手が優勝しました。
 素晴らしい成績です。

 この大会、ITTF(世界卓球連盟)が主催する、ワールドツアーの中でも最高峰プラチナに格付けられる大会のシングルス種目で、日本人プレーヤーが優勝すること自体がこれまで「稀」なことだったのですが、男女共に優勝するという快挙となったのです。

 男子の張本選手は、決勝で2012年ロンドン・オリンピックの金メダリストを破りました。張本選手は準々決勝でも、リオデジャネイロ・オリンピックの金メダリストを撃破していますから、「2名のオリンピックチャンピオン」を倒してのタイトルです。
 とても価値ある優勝でしょう。

 伊藤選手も、決勝で「中国の次代のエース」と目される選手を破りました。この選手とは「3週連続の対戦」となり、前2戦は破れていましたから、「3度目の正直」の勝利ということになります。
 とても価値ある優勝です。

 1989年に、かつての「卓球日本」の大黒柱であり、国際卓球連盟の第3代会長を務めた荻村伊智朗氏の功績を讃えて創設された「荻村杯」は、最初から国際オープン大会でしたから、世界中の強豪選手が集う大会となり、日本人選手が勝つことは至難の技という時代が続きました。

 今年で30回を迎える大会ですけれども、男子シングルスで優勝した日本人選手は僅かに4名、女子シングルスでは2名しか居ないのです。
 北九州市立総合体育館を会場とする大会であり、日本選手にとっては地元で開催されるにもかかわらず、なかなか勝てませんでした。

 張本選手は2013年の塩野真人選手以来の、伊藤選手も2013年の福原愛選手以来の、優勝となります。

 そうした世界トップクラスの大会で優勝した意義は、とても大きなものだと感じます。

 もちろん今後も、張本選手・伊藤選手は、世界トップクラスの選手達との戦いの中で、「勝ったり負けたり」をくり返していくのでしょうけれども、「頂点に立った」という事実が自信になることは間違いないのでしょう。

 女子ダブルスでスタートした観のある「卓球日本の復活」は、男女シングルスにも拡大しつつあるのです。
 4月27日と29日に行われた男子個人総合種目で、19歳の谷川翔選手が優勝しました。

 日本選手権の男子個人総合と言えば、内村航平選手の独壇場であり、10連覇中の内村選手がその記録をさらに伸ばすのか、最近伸長著しい白井健三選手がストップをかけるのか、に注目が集まっていた2018年大会でした。

 ところが優勝したのは、内村選手でも白井選手でも無く、順天堂大学2年の谷川選手だったのです。
 ある意味では、日本男子体操界にとって、とても良い結果だったと感じます。

 初日のあん馬で落下するなど、内村選手の演技はやや精彩を欠きましたが、白井選手は得意の床や跳馬で力を発揮し、高得点を叩き出していましたから、その白井選手を相手に勝利したという優勝の価値は、極めて高いものだと思います。

 29日の決勝で谷川選手は、6種目中5種目で14点台を記録しています。素晴らしい安定感でした。
 個人総合種目で最も重要な「安定感」、苦手な種目を作らないというところが、見事なプレーだったのです。

 加えて、「あん馬」の演技が極めて美しいものでした。
 高難度の技にトライし、これをクリアしたことは勿論として、要所要所での「決め」も見事で、「日本体操の伝統」をも具現していました。
 「平行棒」の演技も、極めて高いレベルであったと感じます。

 体操競技に限らず、「伝説的プレーヤー」「大選手」が下り坂を迎えた時、その国の当該競技の力は、一時的に下降することが多いと思います。これは我が国に限ったこととでは無く、洋の東西を問わない傾向でしょう。

 内村選手が、日本のみならず、世界体操氏に輝く大選手であることは異論のないところですから、日本男子体操界としては「内村の後」を形成して行くという至難の業が求められていたのです。
 そして、白井健三選手が後継者として着々と実力を身に着けて来ていたことは、ご承知の通りです。

 そして今回、谷川選手がその流れに加わってきたのです。

 白井選手は「床」と「跳馬」、谷川選手は「あん馬」と「平行棒」と、ともに個人総合を戦う力を有しながら、「得意種目」も保持しているところが、そしてそれがダブっていないところが、一段と素晴らしいところではないでしょうか。

 日本男子体操界は、「大エース」内村航平選手の後継として、素晴らしい選手を得ました。
 チーム力の維持・拡張に向けても、この上ない体制を築くことができそうです。

 東京オリンピック2020に向けて、何と頼もしいことでしょうか。
 2017年11月の中国オープンで優勝し、12月のスーパーシリーズ・ファイナルを初制覇、2018年3月のドイツオープンに優勝し、全英オープンでも準優勝と活躍を続けていた山口茜選手が、バドミントン・女子シングルスの世界ランキングで日本人プレーヤーとして初めて1位になると報じられ、4月19日の新ランキング発表を楽しみに待ちました。

[4月19日付・女子シングルスランキングにおける日本人選手(20位まで)]
① 山口茜選手
⑥奥原希望選手
⑬佐藤冴香選手
⑭大堀彩選手
⑮川上紗恵奈選手
⑲高橋沙也加選手

 1位の山口選手はもちろんとして、20位までに6名の選手が入っていますし、21位以降にも多くの日本人選手が居ました。
 日本女子バドミントン界のレベルアップ、層の厚さを感じさせるランキングでした。

 ひとりだけが突出して強いのではなく、日本国内にもライバルが存在するところが、日本チームの「強さの根源」なのでしょう。

 せっかくですから男子も観てみましょう。

[4月19日付・男子シングルスランキング(20位まで)]
⑬西本拳太選手
⑯坂井一将選手
⑰桃田賢斗選手

 女子ほどではないにしても、20位以内に3名の選手がランクインして、30位以降にも複数の選手が居ました。男子は、これからトップ10入りを目指して、日本チーム内での激しい競争が続くのでしょう。
 日本男子プレーヤーが、トップ5入りするのも、そう遠い話ではないと思います。

 日本のバドミントンは伸び盛りです。
 
 各選手の国際大会での大活躍が期待されるところでしょう。
 今大会の日本チーム2つ目の金メダルです。

 成田緑夢選手が、3月12日のスノーボードクロス(下肢障害)の銅メダルに続いて、今大会2つ目のメダルを獲得したのです。

 クロスの準決勝でも、圧倒的なスピードで先行しながら、自身の転倒により惜しい敗戦でしたので、「スピードの絶対値」なら、成田選手が今大会NO.1だろうと思っていました。

 勇躍16日のバンクドスラローム種目に登場した成田選手は、圧倒的なタイムを叩き出しました。

 「3本滑って最も良い1本のタイムで競う」種目ですが、成田選手は「3本とも全体のトップでした。3本目の48秒68が優勝記録となったのです。

 パラリンピック新種目であるバンクドスラロームの開拓者として競技し、第1回のチャンピオンに輝いたのですから、成田緑夢選手は今後、世界中のプレーヤーの目標となる存在となったのです。

 パラリンピックのスノーボード種目の牽引者としての活躍が、これからも期待されるところです。
 女子で日本チームが銅メダルを獲得したカーリング競技ですが、男子も劇的な展開を魅せて、アメリカチームが初優勝を飾りました。

 今大会のアメリカチームは、予選リーグの途中までは準決勝進出など到底考えられない成績でしたが、予選リーグの第7戦から「突然」?強くなり、予選リーグ残り3試合を連勝し5勝4敗として準決勝に進出、準決勝では優勝候補筆頭のカナダチームを接戦の末下し、決勝ではスウェーデンチームを相手に「5点というビッグエンド」を現出させて優勝しました。
 
 前半2勝4敗、後半5戦全勝という「2つのチームが戦っているような」展開は、オリンピック・カーリング史上に輝く「奇跡の金メダル」でしょう。

 アメリカチームの全試合の結果を見てみましょう。

[予選リーグ]
① 2月14日 アメリカ11-7韓国
② 2月15日 イタリア10-9アメリカ
③ 2月16日 スウェーデン10-4アメリカ
④ 2月16日 アメリカ9-5デンマーク
⑤ 2月18日 日本8-2アメリカ
⑥ 2月18日 ノルウェー8-5アメリカ
⑦ 2月19日 アメリカ9-7カナダ
⑧ 2月20日 アメリカ8-4スイス
⑨ 2月21日 アメリカ10-4イギリス

[準決勝]
2月22日 アメリカ5-3カナダ

[決勝]
2月24日 アメリカ10-7スウェーデン

 上記⑥までのアメリカチームは、本来の力を発揮できず、ミスショットも多く、低迷しました。これは②のイタリア戦での惜敗が響いていたと感じます。⑤の日本戦でも大敗(第7エンドでのキブアップ)を喫しています。

 そのアメリカチームが「蘇る」きっかけとなったのが、⑦のカナダ戦であることは、間違いないでしょう。
 優勝候補筆頭のカナダチームに9-7で競り勝って、「アメリカチームは自らのカーリングを思い出した」のであろうと思います。

 その後は「当たるところ敵なし」の勢いでした。

 決勝のスウェーデンチームとの対戦、第8エンドの5得点などは、第1ストーンをスウェーデンに取られている状況下、後攻アメリカの最終ショット、ハウスの真ん中から遠いところに自分のストーンを沢山置いておき、ダブルテイクアウトでスウェーデンのストーンを弾き出して、自らのストーン5個をハウス内に残すという、「カーリング小説でもなかなか描けない」ような劇的なエンドを演出したのです。
 もの凄い迫力でした。
 今大会のカーリング競技における「ベストシーン」ではないかと感じます。

 今大会は、勝利が遠くなってしまった時に、「正確無比なショットを誇っていた」強豪チームといえどもミスショットを連発するシーンを、何度か眼にしました。カーリング競技における「精神面」の影響の大きさを、まざまざと見せつけてくれたのです。

 我らが日本男子チームも、オリンピックチャンピオンチームに快勝しています。

 男女ともに、カーリングは「戦国時代」を迎えているのかもしれません。
 イギリスチームと日本チームにより争われた3位決定戦で、日本チームは5-3で勝ち、3位・銅メダルを獲得しました。
 
 緊迫感あふれるゲームでしたが、振り返って見れば「ゲームは終始日本ペース」であったと感じますし、日本の4選手は集中力を維持し続けたと思います。

 予選リーグの残り2試合くらいから、疲労もあってかやや集中力に欠け、ミスショットも多かった日本チームでしたが、この3位決定戦に到って、ようやく調子を戻したというところでしょうか。
 再び、笑顔や「そうだねー」という大きな声が日本チームに戻ってきたのです。素晴らしいことでした。

 ゲームは、常に積極的なプレーを伝統とするイギリスチームが、らしくない「手堅いプレー」を展開しました。
 結果として「2点以上」のエンドがひとつもない、ジリジリするような競り合いとなったのです。ある意味では、珍しいことだったと思います。

 いつも3点・4点を狙ってプレーするイギリスが、このゲームでは1点勝負を展開しましたので、「ゲーム序盤の大量失点」で苦しい戦いを強いられることが多かった日本チームにとっては、ゲームに慣れるまでの時間を得ることが出来たということでしょう。
 結果として、ゲームは日本ペースとなったのです。

 日本チームは、第8、第9、第10エンドで連続1得点を重ねました。
 3エンド連続1得点というのは、このレベルの大会ではなかなか観られないものです。

 この3度のエンドで日本チームにはミスショットも有りましたが、概ね「イギリスチームにとって難しい形」をハウス内に作り続けました。

 第10エンドのラストショット、イギリスのスキップの2投目は、イギリスが同点、あるいは逆転するためのショットであり、そのチャンスも十分に有るショットでしたが、ハウス内のストーンの配置は「極めて不確実性の高い」ものでしたから、とても難しいものでもあったのです。
 数cmのコースのズレやウエイトの僅かな違いにより、日本チームのスティールになる可能性も十分に有りましたから、テレビの前で私は「ロシアンルーレットのようなショットだ」と呟きました。

 相当のウエイトでハウスに迫ったショットでしたから、「当たってみるまで分からない」ものでした。
 そしてブレイク。黄色のストーン=日本チームのストーンが真ん中方向にゆっくりと動いて止まったのです。一目瞭然の一番ストーンでした。

 何故、イギリスチームが普段の攻撃的なプレーを展開しなかったのかは謎ですが、粘り強い日本チームのプレーの前に、最期はイギリスチームが「じれてしまった」感がありました。

 大会前に、日本女子チームがメダルを獲得できると考えた方は多くは無いでしょう。「期待」していた方は多いと思いますが。

 そうした中で、予選リーグ3連勝で勢いに乗り、最終戦で敗れ5勝4敗となった時には状況が悪化しましたが、アメリカチームの敗退により、初めて準決勝に駒を進めました。

 この「準決勝進出」だけでも、「カーリング日本」にとっては初の経験ですし、大きな財産であると見られましたが、銅メダルを競うゲームを制して、表彰台に上がりました。

 日本女子カーリングのレベルが着実に向上していることを、世界に示したのです。
 
 2月18日に行われた女子スケルトンは、イギリスのレジー・アーノルド選手が金メダルに輝きました。
 銀メダルには、ドイツのジャックリーン・レリング選手が食い込みました。

 この競技は、伝統的にイギリスチームが強く、ドイツチームが近時追い上げを見せています。

 そのドイツチームの選手達の「スタートタイムが悪い」のです。

 今大会の女子スケルトンのスタートタイムは5.20秒前後でした。5.20秒より速ければ「速いスタート」、遅ければ「遅いスタート」と言われたのですが、ドイツの選手達は、軒並み「遅い」のです。
 それも、半端無く遅い。銀メダルのレリング選手の3本目のスタートは5.42秒、4本目は5.37秒でした。

 当然ながら、これは「スタートが遅い」のではなく、「ゆっくりとスタートしている」のです。
 どのスポーツ競技においても「圧倒的なパワー」を誇るドイツチームが、本気で速いスタートを追求しながら、僅か「5秒ちょっとの区間」において、0.2秒以上遅れるということは、考えられません。
 レース全体のタイムを上げる為に、スタートのスピードを抑えているのでしょう。
 いかにも、合理性を追求するお国柄が表れています。

 21世紀に入ってからオリンピック種目に加わった「若い競技」であるスケルトンは、まだまだ改良の余地が多く残されている競技なのでしょうし、各国の様々な角度からの検討が進んでいるものと思われます。

 また、この競技はオリンピック大会でも無ければ、なかなかゆっくりとテレビ観戦することが出来ませんから、観戦する側からしても「観る力の向上」を図る機会が少ないことになります。

 私の「オリンピック女子スケルトン」観戦方法です。

① 禁止事項

 1/100秒を争うスケルトンですから、そりの滑走スピードを上げることを追求し、「スピードを落すこと」は回避しなくてはなりません。

 選手がスピードを維持するために、絶対にやってはいけない「禁止事項」は二つ。
 ひとつ目は「そりを側壁にぶつけること」、ふたつ目は「そりをコースに対して斜めにすること」、このふたつでしょう。

 それ以外は、あまり気にする必要が無いというか、タイムの速い遅いには直接の関係は無いと思います。

 例えば、コースとかラインです。
 望ましいコースとか、カーブに入るラインというのは、その瞬間のスピードによるのでしょう。
 凄いスピードが出ていれば、望ましいラインなど取れる筈が無いのです。
 逆に言えば、スピードが出ていなければ、望ましいライン・コースを取れる訳ですが、それは「オリンピックのスケルトン」で求められる要素とは矛盾しています。

 このことは、スピードスケートやアルペンスキーと同じです。
 「スピード水準とのバランス」が大切なのです。

② そりの上での重心移動

 技術面で最も重要なのは、そりの上での重心移動でしょう。
 選手は、そりを操るために色々な技術を使います。一見、両脚の爪先を使っての方向コントロールが目立ちますが、私は「重心移動」の方がより重要であろうと感じています。

 左右はもちろんとして、前後の重心移動、上下の重心移動の巧拙がタイムに大きく影響しそうです。

 頭書の「スタートが遅いドイツ選手達」は、必ず「後半タイムを伸ばす」のです。そうでなければ勝負になりませんから、「落ち着いたスタート」からカーブ毎に着々と加速を続けているのでしょう。
 特にドイツチームは、「上下の重心移動」が巧みなのではないかと観ています。
 頭や胸、腰を数cm単位で細かく動かしながら、そりのスピードを上げる、あるいはスピードを維持しているのでしょう。

 スピードが最重要視される競技において、「スタートが最速である必要が無い」というのは、陸上競技100m競走を見れば明らかでしょう。ウサイン・ボルト選手のスタートが速いという話は聞いたことがありません。
 100m競走でも、残りの95mでスピードを上げ維持するために「静かにスタートを切る」のが、現在は良いスタートとされているのです。

 そして、ドイツチームは近時、リュージュ競技において、「王国」と呼んでも良いような圧倒的な強さを魅せています。全ての種目において優勝するという国際大会も、珍しくない程の強さなのです。
 そのドイツのスケルトンチームは、同じ氷上を滑り落ちる競技として、おそらくはリュージュチームの関係者で固めているのではないでしょうか。
 リュージュの世界一のノウハウを導入して、新戦法を模索しているドイツが、今後どのようなスケルトンを構築してくれるのか、とても興味深いところです。

 「スタートが速い」イギリスチームと、「スタートが遅い」ドイツチームの今後の戦い振りから眼が離せません。
 「金メダル獲得」「打倒ショーン・ホワイト」を目指していた平野選手にとっては、悔しい、本当に悔しい銀メダルであろうと思いますが、その戦い振りは「堂々たるもの」でした。

 この競技において、世界一はショーン・ホワイト選手、世界NO.2は平野歩夢選手ということを、世界中に明示したのですから。

 世界中の誰もが認める「世界NO.2」のプレーヤーというのは、今の日本人アスリートに何名いるのでしょうか。
 平野選手の偉大さがよく分かります。

 決勝の2本目でダブルコーク1440を2回連続で決めて95.25点をマークし、それまでトップだったショーン・ホワイト選手を抜き、平野選手が首位に立ちました。試合前からの「予定通り」の試技であったと思います。
 オリンピックの決勝という、これ以上は無い大舞台で、「予定通り」の技を決め、予定通りにトップに立つというのは、当然ながら、とても凄いことです。

 一方で、抜かれたホワイト選手が、3回目に、平野選手と同じくダブルコーク1440を2回決めて、さらにマックツイスト1260を続け、97.75点を挙げて再びトップに返り咲くというのも、本当に凄いことです。

 現在の男子ハーフパイプ界は「ホワイト・平野時代」と呼んで、差支えないでしょう。

 「冬のオリンピック2大会連続」銀メダルというのは、我が国のスポーツ史上に輝く快挙です。

 しかし、平野歩夢選手の眼は「金メダル」を観ているというか、「金メダルしか観ていない」ように感じられます。

 世界一を目指す、平野選手の挑戦が続きます。
 2月11日に行われた決勝で、アメリカの17歳ジェラルド選手が「逆転」優勝を飾りました。

 決勝3回目の試技は、技の難度、オリジナリティー、何より「滑りの流れ」が抜群でした。
 逆転に向けての「乾坤一擲」のトライが見事に成功したのです。

 戦前には、カナダとノルウェー両チームのメダル争いが予想されていました。
 そして前日の予選を勝ち上がった12名、1名が決勝当日棄権しましたので、決勝で滑る11名の内、カナダから4名、ノルウェーから3名の計7名が進出していました。
 カナダとノルウェー以外の残りの4名は、アメリカ、ニュージーランド、スウェーデン、ベルギーから1名ずつでした。

 この2か国のチームの争いという風景に、「風穴」を開けたのがジェラルド選手といった試合となったのです。

 ジェラルド選手は、もちろんオリンピック初出場ですし、17歳ですから国際大会の経験も、他の20歳以上の選手と比べれば不足していることは明らかです。
 しかし、「この1本」にかける集中力は、決勝進出者中NO.1であったことは、結果が明確に証明しています。

 本ブログで何度も書いているように、個人競技における、大試合における活躍と「経験量」には、本質的な関連性は無いのです。

 NHKのテレビ放送の解説の方が、再三「かっこいい」とコメントしていました。
 スノーボードスロープスタイルは、プレーヤーが「かっこいい」と考える技・プレーを繰り出し、観客がそれを「かっこいい」と感じた時、とても良い試技になる競技であることが、よく分かる解説でした。

 その競技を評価する際に、「かっこよさ」が物差しとなるというのは、やはり「新しい」スポーツなのでしょう。

 一方で、650mのコースを走破する間に170m以上落ちるというのは、その斜度は場所によってはジャンプ競技のランディングバーンと同等に観えますし、3度のジャンプにおいて飛距離が足りなければアイスバーンに叩きつけられます。実際に、この大会でも何名かの選手がとても危険な様相を呈していました。とてもハードな競技であることは明らかです。

 「かっこよく」プレーするのも、なかなか大変なのです。
 東京体育館で行われた卓球の全日本選手権大会は、1月21日に男女シングルスの決勝を迎え、男子は張本智和選手が、女子は伊藤美誠選手が、ともに初優勝しました。

 張本選手は14歳、伊藤選手は17歳と、ともに「史上最年少」での栄冠でした。

 張本選手は、日本男子卓球界の第一人者であり、オリンピックシングルスのメダリストである水谷隼選手を4-2で破っての優勝でした。
 試合に臨んでの対応力に定評がある水谷選手を押し切っての優勝の価値は、計り知れないものが有りますし、加えて、試合後「たぶん何回やっても勝てない」との水谷選手の「脱帽宣言」が出るに至っては、今大会の張本選手の強さが際立ちます。

 それにしても「中学生の日本チャンピオン」というのは、凄いことです。

 伊藤選手は、共に凌ぎを削り合うライバルの平野美宇選手を4-1で破り優勝を遂げました。
 こちらは、女子ダブルス、混合ダブルスと共に「史上最年少の女子三冠」という偉業も成し遂げています。日本女子卓球の歴史に燦然と輝く栄光です。

 「卓球日本」における若手の台頭は、ついに頂点を極めるまでになりました。

 とはいえ、ベテラン選手の反撃も予想されるところです。
 水谷選手もこのまま引き下がるとは到底思えません。「10度目の全日本制覇」に向けて、立て直してくることでしょう。

 ベテランと若手が一体となって戦う時、「卓球日本」の世界一が見えてくるのだと思います。
 10月26日、インドのニューデリーで行われている、2017年の射撃ワールドカップWCファイナルの10mエアピストル決勝で、松田知幸選手が241.8点の世界新記録をマークして優勝したと報じられました。

 日本人選手が、ファイナルで優勝したのは史上初めてなのだそうです。

 正直なところ、「射撃」競技については知識が少なく、その競技の様子がテレビで報じられることも少ない(オリンピックの放送以外では中々観ることが出来ない)ものですから、そのルール等についても残念ながら殆ど知らないのですが、スポーツとしての「射撃」の歴史は、全てのスポーツの中でも最も古いもののひとつです。

 ISSF(国際射撃連盟)による世界選手権大会が始まったのは、第1回アテネオリンピック開催の翌年、1897年です。
 以降1931年までは毎年開催(第一次世界大戦の影響期間は除く)され、1933年から1937年までは2年に一度の開催、第二次世界大戦の影響で開催されなかった期間を経て、1947年から1954年までは概ね2年に一度の開催、1954年以降は4年に一度・夏季オリンピック大会の中間年に開催されているのです。
 もちろんオリンピック大会においても、1896年の第1回アテネ大会から正式競技となっています(わずか9競技のひとつ)から、「射撃」は最も歴史と伝統を誇るスポーツ競技のひとつなのです。

 ここからは推定で申し訳ありませんが、そのWCファイナル大会というのですから、シーズンに連続して行われているWC(2017年も5月にミュンヘン大会、6月にガバラ大会-アゼルバイジャンが開催されています。他にも多くのWCゲームが行われているのでしょう)の成績上位者が集う、最高レベルの大会であり、その勝者は当該年シーズンのチャンピオンと称されるものなのでしょう。

 松田知幸選手の優勝は、まさに「快挙」なのです。

 松田選手は神奈川県横浜市出身の41歳、神奈川県警に勤務しているそうです。
 ISSF世界選手権・2010年ミュンヘン大会で、50mピストルとエアピストルの2種目で金メダルを獲得しています。世界トップクラスのプレーヤーなのです。

 我が国の「射撃」競技も長い歴史を誇ります。
 オリンピックでも、
・1960年ローマ大会 男子50mピストル 吉川貴久選手 銅メダル
・1964年東京大会 男子50mピストル 吉川貴久選手 銅メダル
・1984年ロサンゼルス大会 男子25mラピッドファイア―ピストル 蒲池猛夫選手 金メダル
・1992年バルセロナ大会 男子ライフル3姿勢 木場良来選手 銅メダル

 と輝かしい成績を残してきているのです。

 とはいえ、21世紀に入ってからは、オリンピックのメダルはありませんから、2020年の第2回東京オリンピックに向けて、「日本射撃界」全体としての強化が進んでいるのでしょう。

 ここからは要望(わがまま?)となりますが、「射撃」競技をテレビでゆっくりと放送していただきたいと感じます。ダイジェスト版では、競技場の面持ち・空気、試技と試技の間のプレーヤーの様子、コーチとプレーヤーの関係・距離感といった、スポーツを構成する諸要素が、なかなか掴めないのです。
 もちろん、我が国においても様々な大会が開催されていることは承知していますし、協会のホームページを参考にして、「大会を現地で観戦」すれば良いことも分かりますが、日々の生活の中で競技場に足を運ぶのは、それほど簡単なことではありません。恐縮ながら、テレビ放送をお願いしたいのです。

 研ぎ澄まされた感性、不動の精神力、しっかりとしたフィジカル、そして日々の弛まぬトレーニング無しには、とても好成績は残せそうもないスポーツの「姿」を、じっくりと観てみたいと思うのです。
 10月2日から8日にかけて、カナダ・モントリオールのオリンピックスタジアムで開催された、2017年の体操の世界選手権大会で、白井健三選手と村上茉愛選手が大活躍を魅せました。

① 金メダルの獲得

 白井選手は床と跳馬の2種目で、村上選手は床で優勝を飾りました。
 共に21歳の伸び盛りの選手が、世界の大舞台でNO.1に輝いたのです。今後の日本体操界を背負って行く男女のエースということになります。

 特に、白井選手の床は15.633点と、2位の選手に1.1の点差を付ける圧勝でした。この種目の白井選手の強さは、一頭抜けているのです。
 世界中のスペシャリストを相手にしての成績としては、驚異的なものでしょう。

② 個人総合の健闘

 白井選手は個人総合でも銅メダルを獲得しました。
 村上選手は個人総合で惜しくも4位でした。

 2人の若きエースは、個人総合でも日本の体操界を牽引する立場となったのです。
 特に村上選手は、個人総合予選をトップで通過するという、日本女子体操界にとって初めての領域に到達しました。
 決勝・平均台種目での落下は本当に残念でしたけれども、十分に世界大会でメダルを争うことが出来る実力を示してくれたのです。

 今大会は、男子個人総合の予選で、「絶対王者」内村航平選手が怪我で離脱するという、思いもよらぬ展開となりましたが、若手の成長がそれを補ったという点では、日本体操界にとって有意義なものとなりました。

 内村選手も「復活」を宣言しました。

 東京オリンピック2020に向けて、日本体操界の大活躍が期待されるところです。
 バドミントンの世界選手権に続いて、卓球でも嬉しいニュースです。

 8月27日、卓球のチェコオープン大会・男子シングルス決勝で、張本智和選手がティモ・ボル選手(ドイツ、元世界ランキング1位)を4-2で破り、優勝しました。
 世界最高峰のワールドツアーの一戦でもあるチェコオープンでの優勝は、驚異的な「ツアー史上最年少優勝」でした。

 張本選手の14歳61日でのシングルス優勝は、これまで中国の于選手の16歳30日という、男子最年少記録を2年近く大幅に更新するとともに、女子の記録である伊東美誠選手の14歳152日をも更新するものでした。

 1996年に開始され、20年以上の歴史を積み上げ、今大会で321戦を数えるワールドツアーに、大きな金字塔を立てたのです。

 世界選手権やオリンピックとは異なり、ワールドツアーの各大会には必ずしも世界のトップ選手が毎大会出場しているとは限らない、フィールドの高低があるというのは当然のことですが(ゴルフのPGAツアーやテニスのATPツアーなどと同様です)、とはいえ、世界最高レベルのツアートーナメントで優勝することが極めて難しいことは、今更説明するまでも無いことです。
 「公式ツアー大会の優勝」は、とても重いのです。

 加えて、この大会における張本選手の勝ち上がりが素晴らしい。

 1回戦のグラシメンコ選手(カザフスタン)、準々決勝のカールソン選手(スウェーデン)、準決勝のカルデラノ選手(ブラジル)との試合を、いずれもフルセットの末勝ち抜いています。
 「勝負強い」のです。

 14歳になったばかりのアスリートとしては、驚くべき勝負強さと言えるでしょう。
 単に「勢い」で優勝したのではない、本物の強ささえ感じさせるのです。

 世界卓球連盟(ITTF)の公式ホームページが「センセーションだ」と報じ、地元チェコの有力紙「イドネス」は、「わずか14歳の日本人、トモカズ・ハリモトが・・・卓球ワールドツアーを制覇した」と速報で報じ、スイスの「デア・ブンド」紙は「奇跡の少年には誰も抗えない」との見出しから「日本人のトモカズ・ハリモトは卓球界で一世紀に一人の逸材として認められている。そして、わずか14歳にして元世界一位のティモ・ボルを倒したのだ」と報じたと、伝えらました。

 世界で活躍する各界の日本人プレーヤーにありがちなことですが、海外における評価の方が、国内における評価より、相当高いように感じられます。

 張本選手は、ワールドツアーU-21、世界ジュニア選手権大会、2017年6月の世界選手権史上最年少ベスト8、この6月の史上最年少13歳での世界ランキング50位入りと、次々に世界卓球界の最年少記録を塗り替え続けています。
 「一世紀に一人の逸材」としての活躍なのです。

 張本智和選手が、今後の日本男子卓球界を背負って行く存在であることは、間違いないのでしょう。
 イギリス・グラスゴーで開催された、2017年のバドミントン世界選手権・女子ダブルス決勝で、福島由紀・広田彩花ペアが準優勝に輝きました。

 8月26日に行われた準決勝で、リオデジャネイロ・オリンピック銀メダルペアのデンマークペアを破った、福島・広田ペアは、8月27日に行われた決勝で、陳・賈の中国ペアには、1-2で惜しくも敗れました。

 とはいえ、初出場での準優勝は見事な記録であり、世界選手権大会においては、1977年の第1回大会の栂野尾・植野ペア以来の(この時は優勝)決勝進出を果たしたのです。

 陳・賈ペアは準決勝で、日本期待の高橋礼華・松本美佐紀のオリンピック・金メダルペアも破っています。今大会は、日本チームにとっては厚い壁となった形ですが、そもそも準決勝に2つのペアが進出すること自体が、日本女子バドミントン勢の層の厚さを如実に示しています。
 素晴らしいことだと思います。

 今大会は、男子ダブルスでも、園田啓悟・嘉村健士ペアが3位に入りました。
 ひとつの世界選手権大会で、女子シングルスの奥原選手も含めて4つのメダルを獲得したのですから、本当に見事な活躍です。

 日本バドミントン界は、着実に世界のトップを捉えつつあるのでしょう。
 イギリス・グラスゴーで開催された、2017年のバドミントン世界選手権大会の女子シングルスで、奥原希望選手が優勝しました。
 男女のシングルス種目で、オリンピック・世界選手権を通じて日本勢が優勝したのは、史上初めてです。

 「快挙」です。

 8月27日に行われた決勝で、奥原選手はインドのプサルラ選手と対戦し、ゲームカウント1-1のタイで迎えた第3ゲームを22-20で取り、2-1で優勝を決めたのです。
 プサルラ選手が取った第2ゲームも22-20でした。大接戦だったのです。

 奥原選手は、昨年のリオデジャネイロ・オリンピックの準決勝でプサルラ選手に敗れて銅メダルでしたから、今回は雪辱を果たしたということになります。

 何より素晴らしいのは、こうした世界トップクラスのプレーヤーと、世界トップの舞台で互角に戦い、勝利を捥ぎ取ったことでしょう。

 第2ゲームから第3ゲームにかけては、終始ギリギリの戦いが続きました。技術・体力はもちろんとして、高いレベルの精神力も求められる試合となったのです。

 試合後のインタビューで、奥原選手は「どんなに相手にリードされても我慢して焦らずにできたと思う」とコメントしました。

 成長を続ける、22歳の奥原選手の今後の活躍が、とても楽しみです。
 7月19日から26日にかけて、ドイツのライプチヒで開催されている、フェンシングの世界選手権大会から、嬉しいニュースが届きました。

 男子フルーレで、20歳の西藤俊哉選手が銀メダル、19歳の敷根崇裕選手が銅メダルを獲得したのです。
 我が国のフェンシング史上、オリンピックや世界選手権で、同じ種目で2つのメダルを獲得するのは初めてのことだそうです。
 
 西藤選手、敷根選手は共に、世界選手権大会初出場でしたが、共に、世界の上位ランカー、オリンピックメダリスト等のプレーヤーを次々と破って、上位に進出しました。
 見事な戦い振りです。

 フェンシング競技の男子フルーレ種目と言えば、太田雄貴選手(2008年オリンピック銀メダル、2015年世界選手権金メダル)というイメージですが、着々と若手が伸びて、世代交代が順調に進んでいたのです。

 今大会の男子フルーレ日本代表は、前述の2人に、松山恭助選手と鈴村健太選手を加えた4名ですが、4名とも大学生であり、4名とも決勝トーナメント進出を果たしています。
 若手が、その力を存分に発揮したということなのでしょう。

 東京オリンピック2020に向けて、また楽しみな選手たちが登場したのです。
 5月29日から6月5日にかけて、ドイツ・デュッセルドルフで開催された、卓球の世界選手権大会で、日本チームは素晴らしい成績を収めました。

 オリンピックに次ぐ格の大会ですから、世界中の強豪選手・強豪国が「本気」で参加してくる中での好成績は、「卓球日本の復活」への道程が、着実に進んでいることを示しています。

 混合ダブルスでは、日本の石川・吉村組が優勝しました。決勝ではゲームカウント1-3からの3ゲーム連取という逆転勝利。
 同種目では、日本勢48年ぶりの金メダルでした。

 男子ダブルスでは、森園・大島組が銀メダルを獲得しました。決勝では、世界ランキング2位と3位が組む中国ペアに1-4で敗れましたが、堂々たる試合を繰り広げてくれました。
 こちらも48年ぶりの銀メダルです。
 また、丹羽・吉村組も準決勝に進出、銅メダルを獲得しました。
 男子ダブルスのベスト4に2つの日本ペアが進出したのです。

 女子ダブルスでは、早田・伊藤組が銅メダルを獲得しました。大会最終日に行われた準決勝で、中国ペアに1-4で敗れましたけれども、16年ぶりの銅メダルは見事です。

 以上がダブルス種目の好成績です。

 そしてシングルスでは、平野美宇選手が銅メダルに輝きました。
 準決勝では、世界ランキング1位の丁寧選手(中国)に1-4で敗れましたけれども、彼我の力の差が縮まっていることを実感させてくれる試合内容でした。

 今大会で日本チームが獲得したメダルは計5個。
 その5個を8名の選手で獲得したのです。
 日本チームの選手層の厚さをも感じさせる事実でしょう。

 男子シングルス種目のみがメダル無しに終わりましたけれども、日本のエース・オリンピックメダリストの水谷隼選手を、14歳の張本智和選手が破り、張本選手がベスト8まで勝ち上がるなど、この種目でも選手層の厚さを感じさせました。

 「卓球日本」復活の足取りは、とても力強いものがあります。
 今大会も「48年ぶり」という言葉が、飛び交いました。ダブルス種目で、半世紀を経ての復活が進んだのです。
 中国チームを始めとする「本気」の強豪を相手にしてのメダルラッシュには、大きな価値があるでしょう。

 道半ばといえども、世界大会のたびに、日本チームの素晴らしいシーンが増えていくのは嬉しい限りです。
 アメリカのインディカー・シリーズの最高峰レース、インディアナポリス500マイルレースが5月28日に行われ、佐藤琢磨(40歳)が初優勝を飾りました。

 歴史的快挙です。

 「インディ500」はアメリカのモータースポーツの最高峰であるとともに、F1モナコグランプリ、ルマン24時間耐久レースと共に、所謂「世界3大レース」のひとつに位置付けられています。

 1911年創設、今回が第101回という歴史と伝統を誇る大レース。言うまでもないことですが、世界最大の自動車社会であるアメリカ合衆国における最高のレースですから、その優勝の価値は計り知れないものがあります。

 元F1ドライバーだった佐藤琢磨は、F1シリーズにおいても2004年のアメリカグランプリで3位という、日本人ドライバーの史上最高成績を挙げていますが、今回の優勝により、モータースポーツにおける日本を代表するドライバーとなりました。

 オーバルコースを全200周回で争われるレースですが、2017年のインディ500は、順位が目まぐるしく入れ替わる大接戦となりました。

 172周目に4番手に順位を上げた佐藤琢磨は、179周目に豪快なオーバーテイクで2台を一気に抜き去りました。
 以降はエリオ・カストロネバス(インディ500に3度優勝している)との競り合いが続きましたが、196周目でトップに立ち、その後のサイドバイサイドの競り合いを制して、そのまま先頭で押し切ったと報じられました。0.2011秒差の勝利でした。

 179周目の2台抜きと196周目のトップ奪取が、このレースのハイライトなのでしょう。

 2010年からインディシリーズに参戦している佐藤にとって、8度目のインディ500でしたが、予選を4番手という好位置につけるなど、今回は人・車ともにとても良い状態だったのでしょう。

 そして、レースにおけるオーバーテイクの瞬間には、佐藤琢磨の体に浸透しているドライビングテクニックが存分に発揮されたのです。

 その瞬間に佐藤琢磨が感じた感触は、日本人ドライバーにとって「史上初めての感覚」だったことでしょうし、その感覚こそが唯一無二の「最高の宝物」なのだろうと思います。

 繰り返しになりますが、日本のモータースポーツ界にとって、空前の「歴史的快挙」です。
 5月21日にかけて東京体育館で開催された、体操NHK杯大会の男子個人総合で、内村航平選手が優勝しました。

 内村選手はこの大会9連覇、2008年の全日本選手権大会から続く個人総合種目の連勝記録を、大台の40に乗せました。

 この10年間には、全日本選手権10連覇、世界選手権6連覇、オリンピック2連覇などの輝かしい結果を残しています。1度でも優勝すれば、体操界のトッププレーヤーと称される3大会に、計18回優勝しているのです。

 日本そして世界で、10年間負け知らずというのは、「空前」「ミラクル」といったあらゆる形容詞を用いても表現できない、極めて高いレベルの成績でしょう。

① 新たなプレーヤーの出現

 当たり前のことで恐縮ですが、10年間というのは長い期間ですから、日本そして世界中から次々に新しいプレーヤーが登場してきます。

 欧州の伝統国やアジアの新興国、何より日本国内から、内村選手を越えようと、幾多の一流選手が挑んできたのです。

 これらのプレーヤーの挑戦を、悉く退けてきたというのは、想像を絶する偉業でしょう。
 個人的には「考えられないレベル」です。

② 心身の管理

 内村選手と言えども、10年間の間には、故障の時期もあればスランプの時期もあった筈です。加えて「加齢」の問題もあります。

 内村選手が優勝した40の大会の中で、ひとつやふたつの大会を、そうした要因により落としていたとしても、例えば38勝2敗であったとしても、「偉大」と形容される成績でしょう。

 ところが「40戦全勝」なのです。

 そのコンディション作り、モチベーションの維持・向上、の力量は、他のスポーツも含めた全てのアスリートの中でも、屈指の存在と言えるでしょう。全てのスポーツを通じて、NO.1かもしれません。

③ 比類無き勝負強さ

 今NHK杯でも、最終種目・鉄棒を前にして、トップに立っていたのは白井健三選手でした。その差は0.5。残り1種目の差としては「大差」でしょう。

 「敗れるかもしれない」という追い込まれた状況下で、内村選手は14.800という高得点(出場選手中第1位)を叩き出して、白井選手を逆転しました。

 14.800点は、「ほぼ完璧な演技」をしなければ獲得できない水準です。
 
 「絶対にミスできない局面」で、完璧な演技を行うことの難しさは、今更言うまでもないことでしょう。世界トップクラスの選手でも、なかなか出来ないことであるのは、あらゆるスポーツシーンで眼にしてきていることです。

 しかし、内村選手はやってのけるのです。何もなかったように、ノーミスの、しかもダイナミックで美しい演技を展開します。着地も決めるのです。

 2016年のリオデジャネイロ・オリンピックでも、全く同じ状況でした。最終種目・鉄棒を前にして、内村選手はリードを許していたのですが、鉄棒で完璧な、これ以上無い完璧な演技を魅せ、微動だにしない着地で締めくくりました。
 金メダルを争うギリギリのプレーの中で、私たちは、多くの世界トップクラスのプレーヤーがミスをしたり、力を発揮できないシーンを、数限りなく見てきたのですが、内村選手に限っては、「そういうことはない」のです。
 というより、「最終演技」という代替の効かない演技においてこそ「最高の演技が出来るプレーヤー」なのです。

 この高い精神力と集中力こそが、内村選手を「世界NO.1アスリート」と称する最大の理由なのでしょう。

 17歳から世界の舞台で活躍し、19歳から無敗街道を驀進してきた内村航平選手も28歳になりました。(まだ28歳という見方もあるでしょうが)

 さすがに残された現役生活は、そう長くは無いことでしょう。
 世界トップレベルの戦いがもたらす疲労の蓄積は、想像を絶するものでしょうから。

 今のうちに、様々な演技で披露される「決め」の美しさ、そして競り合い時の集中した様子、「神の領域に入っているのではないか」と感じられる集中力、を目に焼き付けておかなくてはならないと考えています。
 カーリング世界選手権大会2017(男子)は、カナダ代表チームが優勝しました。
 常に世界のカーリングをリードするカナダチームのプレーは、本当にハイレベルなものでしたが。印象に残った試合を観てみましょう。

[4月7日・エドモントン]
カナダ7-4スウェーデン

 予選リーグを1位で突破したカナダ代表チームと2位で突破したスウェーデン代表チームの対戦は、随所に世界最高レベルのプレーが飛び出す試合となりました。

 世界選手権優勝35回と、圧倒的な実績を誇るカナダと、同優勝7回とカナダに次ぐ優勝回数を残しているスウェーデンですから、世界の男子カーリング界を牽引する国同士の対戦だったのです。

 試合は、前半カナダが手堅いプレーで第3エンドまでに3-0とリードして優位に進めました。

 競技の性格として、1つのエンドで3点以上の大量点を挙げることが難しく、加えて対戦相手が世界トップクラスとなれば尚更で、これ以上の得点差は、スウェーデンにとっては致命傷になりかねないところでした。

 カナダチームの3-1で迎えた第6エンド、カナダにとって「試合を決めるチャンス」が到来しました。
 スキップの最後の一投で2点以上を取れるチャンスです。

 ところがこのショットは僅かにズレてしまい、何とスウェーデンがスティールすることとなり、3-2の1点差となりました。
 この大会、殆どミスの無かったカナダのスキップでしたから、地元エドモントンの大スタジアムに詰め掛けた大観衆は、カナダチームが決定的な得点を挙げるものと見つめていましたので、思いもよらぬ結果に、場内は静まり返りました。

 これで1点差となり、試合は俄然緊張感の増す展開となりました。

 勝敗の帰趨を決する第7エンド。

 打打発矢の展開となりましたが、ここはカナダチームのスキップが粘りを魅せて、一挙に3点を挙げて、スウェーデンを突き放しました。

 試合は、このままカナダチームが押し切りました。

① ショットの正確性

 世界最高レベルのゲームですから、当然と言えば当然ですが、「1cm単位」のショットが披露されました。
 素晴らしい精度です。

 この「精度」において、カナダチームがスウェーデンチームを上回っていたことが、カナダの勝因であることは間違いありませんし、そのレベルの高さは驚異的でした。

 どんなスポーツでも共通していることなのでしょうが、世界最高水準の技術力やパワーの差は、「頑張る」といった要因では到底カバーできるものでは無いことを改めて感じさせるものでした。

② 精神力の高さ

 「良いショットは、良い場面で生まれる」。これも当然のことなのでしょうが、決めなければならない場面で決めること、が良いショットの条件となります。

 試合の勝敗を決する一投にこそ、実力が表れるのです。

 この試合でも、そうしたショットが随所に観られました。

 大事な一投を託された選手にとっては、そうした場面でもいつものようにプレーすることが求められる訳ですから、その「精神力」、冷静なプレーは、世界大会の優勝を狙うチーム・プレーヤーにとって、必須のスキルとなります。

 「緊張していて、普段の実力が発揮できなかった」というのは、実力が備わっていない、ということなのでしょう。
 再び当然のことながら、「精神力の高さも実力」のひとつなのです。
 3月4日と5日にかけて行われた、2017年の全日本綱引き選手権大会を、3月12日のNHK-BS放送で観させていただきました。
 毎年、とても楽しみにしている大会です。

 まずは女子。
 このところ負け知らず、無敵の女王であったマドラーズ大阪チームが、準決勝で神戸PULL-BARチームに敗れるという、波乱の展開。
 決勝は、久し振りの優勝を狙う神戸チームと、初優勝を狙う彩TCチーム(東京)の戦いとなりました。

 接戦が予想された戦いでしたが、意外にも彩TCチームがセットカウント2-0のストレートで勝利しました。準決勝の三輪女子綱引クラブ(秋田)戦で好調なプレーを魅せていた彩TCでしたが、その好調さを決勝でも発揮した形。
 神戸PULL-BARは宿敵マドラーズ大阪を倒して、少し「達成感」が出てしまったのかもしれません。

 彩TCチームの「引く力」は一頭抜けていた印象ですので、来年以降の活躍も十分に期待できると思います。

 続いて男子。
 BIWAKO同志会(滋賀)と進友会(長野)の決勝戦は、息詰まるものでした。
 第一セットは、まずBIWAKOチームが引き、進友会が耐えるという展開。
 じりじりと引くBIWAKOに対して、進友会は「BIWAKOの疲れを待つ」感じでしたが、進友会の待つ「疲労」は見られず、そのままBIWAKO同志会が引き切りました。

 追い込まれた進友会でしたが、その表情・様子に焦りは全く感じられませんでした。持久力に自信を持っている進友会チームにとっては「想定内」というか「予定通り」といった雰囲気も漂いましたから、第二セットの激戦が予想されました。

 さて第二セット。
 しばしの睨み合いの後、やはりBIWAKO同志会チームが引き始めました。進友会チーム我慢の展開が続きます。進友会の監督は相手チームの様子をひたすら観察し、引くタイミングを計っています。そして自チームには「重心を下げての現状維持」を指示し続けているのです。
 2分半を過ぎて、さすがに両チームに疲労の色が濃くなった頃、進友会に「引け」の指示が出ました。BIWAKO同志会チームが2m近く引いていた段階であったと思います。

 「引け」の指示が出た進友会ですが、綱は中々こちらには来ません。BIWAKO同志会のディフェンスも素晴らしいのです。10㎝単位で綱が左右に動くという「互角の時間帯」が続いた後、進友会が引き始めました。両チームとも着尻したり立ち上がったりが連続する展開の中で、ついに進友会が反撃に出たのです。

 しかし、BIWAKO同志会も再び引き戻し、進友会が再び引いて、一進一退の流れが続きましたが、ここで進友会の体勢が崩れたのを見てBIWAKO同志会が引いて、勝負が付きました。

 3分57秒の大激戦でした。

 「精根尽き果てた」という形で、両チームのプレーヤー達はグランドに突っ伏しました。
 素晴らしい戦いであったと思います。
 両チームの力量はほぼ互角ですが、基本的な「引く力」で僅かにBIWAKO同志会チームが上回ったという感じがします。

 2017年の男子の部は「各チームの力の差が極めて小さい」大会でした。
 準決勝で敗退した金沢レスキュー隊(石川)、京都消防ろぶすたぁも含めて、一回戦から接戦続き。例年なら、ベスト4に残るチームは「1セットも落とさずに進出」というケースが多かったと思いますけれども、今大会は「楽勝で勝ち進んだチームは無かった」印象です。

 男子の部に付いては、日本中でレベルアップが進んでいるように見えますので、来年以降も大接戦の大会が続くのではないでしょうか。
 別の言い方をすれば、金沢レスキュー隊、進友会、BIWAKO同志会といった常連チーム以外のチームが優勝するチャンスも十分に有る時代が来たということかもしれません。

 どのチームにとっても「新旧交代」の成否が、勝利へのカギを握っているのでしょう。
 1月29日、アメリカのCBS放送が世界的な自転車競技の大会「ツール・ド・フランス」において「隠しモーター」が使われた可能性があると報じました。
 事の正否は、これからの検証によって明らかになっていくものなのでしょうが、アメリカのメジャーな報道機関が報じた以上、根拠の無いニュースではないと思います。

 この報道によると、ツール・ド・フランスにおける名門チームのひとつ「チームスカイ」(イギリス、過去4度の総合優勝)やドーピング問題で永久追放処分を受けたランス・アームストロング氏(アメリカ)が、レースにおいて隠しモーターを装着した自転車を使っていた、というものです。

 チームスカイの自転車は、他のチームの自転車より800グラム以上重く、丁度隠しモーターの重量に相当するとも報じられました。

 極めてハードな大会であるツール・ド・フランスに出場しようとするプレーヤー・チームは、当然ながら「1gでも軽い」自転車を使用しようとする(強度を確保した上で)でしょうから、800gも重いというのは、戦っていく上では大きなハンディキャップとなりそうです。

 チームスカイおよびアームストロング氏はこの疑惑について否定しているとも報じられています。
 
 世界最大の自転車競走とも呼ばれているツール・ド・フランスは、体力と知力とチームワークの限りを尽くさなければ、到底栄冠に輝くことは出来ない大会です。
 その大会で「電動自転車」を使用していたとなれば、これはもう不正というより、茶番と呼ぶべきもので、万一そんなことが行われていたとすれば、行っていたチームや個人の「自転車競技に対する敬意」や「人格」が問われることになります。

 それにしても、自転車競技というのは何時の時代も「不正」の影が付きまとっているようにも見えます。
 
 いわゆるドーピング問題については、1886年のボルドー・パリ間の自転車レースでイギリスの選手が興奮剤トリメチルの過剰摂取により死亡し、これが全てのスポーツ競技を通じて、記録に残る初のドーピングによる死者と伝えられています。
 また、1960年ローマ・オリンピックの自転車競技で興奮剤アンフェタミンを使用した選手が競技中に死亡し、オリンピックにおける初のドーピングによる死者とされています。

 1928年に国際陸上競技連盟が興奮剤の使用禁止を決めていたとはいえ、検査がありませんでしたので、このころは実質的にはドーピングが野放しの状態だったのです。

 そして1966年、国際自動車競技連盟(UCI)と国際サッカー連盟(FIFA)がそれぞれの世界大会で、全てのスポーツ競技の国際大会を通じて初めてのトーピング検査を実施し、1968年のグルノーブル、メキシコシティの冬夏のオリンピックにおける初めてのトーピング検査実施に繋がっていくのです。

 つまり、自転車競技は全てのスポーツ競技の中で、最も早く、最も強度のドーピングが行われ蔓延し、最も早く対策が講じられた競技のひとつということになります。

 しかし、こうした対策・取組にもかかわらず、頭書のように「1999年から2005年のツール・ド・フランス7連覇」というランス・アームストロング氏の記録はドーピング問題により取り消されてしまい、2017年に至って「隠しモーター疑惑」が持ち上がっているのです。

 「絶えることのない不正疑惑の連続」が自転車競技の歴史だという見方もありそうです。

 もちろん、「栄光とお金への執念」から生ずる「不正行為」は、どの競技にも存在するものだという意見もありそうですが、特に自転車競技に多いように感じられるのは、何故なのでしょうか。
 2016年11月30日~12月7日にかけて開催された、卓球の世界ジュニア選手権大会において、日本チームが大活躍を魅せました。

 18歳以下のプレーヤーにより争われる大会ですが、日本チームは13歳の張本智和選手が優勝するなど、ジュニア世代の「層の厚さ」を存分に示しました。

 まず12月3日の団体戦で朗報が入りました。

 男子チーム、女子チームともに決勝で快勝したのです。
 男子チームは韓国チームを相手に3-0の圧勝、女子チームも中国チームを相手に3-1で快勝しました。
 ジュニアの大会とはいえ、中国を始めとする強豪チームを破ってのアベック優勝は見事です。

 そして12月7日の大会最終日。
 タブルスでは、男子・女子・混合の3種目全て準優勝でした。3種目とも決勝に進出していましたので、優勝が期待されましたが、さすがに世界大会です、そうは行かなかったのですけれども、全ての種目で決勝に進出したことは素晴らしいことだと思います。

 男子シングルスの決勝では、頭書の通り、張本選手が4-2で中国のYANG Shuo選手を破って世界一に輝きました。13歳でのシングルス優勝は大会最年少記録です。
 今後の活躍が、とても楽しみです。

 今大会の日本女子チームには、リオデジャネイロ・オリンピックのメダリスト・伊藤美誠選手や伊藤選手のライバルである平野美宇選手が入っていました。ジュニア世代のプレーヤーが、既にA代表でもあるのです。

 日本卓球界の「世代交代」は順調に進んでいるのでしょう。
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