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 「金メダル獲得」「打倒ショーン・ホワイト」を目指していた平野選手にとっては、悔しい、本当に悔しい銀メダルであろうと思いますが、その戦い振りは「堂々たるもの」でした。

 この競技において、世界一はショーン・ホワイト選手、世界NO.2は平野歩夢選手ということを、世界中に明示したのですから。

 世界中の誰もが認める「世界NO.2」のプレーヤーというのは、今の日本人アスリートに何名いるのでしょうか。
 平野選手の偉大さがよく分かります。

 決勝の2本目でダブルコーク1440を2回連続で決めて95.25点をマークし、それまでトップだったショーン・ホワイト選手を抜き、平野選手が首位に立ちました。試合前からの「予定通り」の試技であったと思います。
 オリンピックの決勝という、これ以上は無い大舞台で、「予定通り」の技を決め、予定通りにトップに立つというのは、当然ながら、とても凄いことです。

 一方で、抜かれたホワイト選手が、3回目に、平野選手と同じくダブルコーク1440を2回決めて、さらにマックツイスト1260を続け、97.75点を挙げて再びトップに返り咲くというのも、本当に凄いことです。

 現在の男子ハーフパイプ界は「ホワイト・平野時代」と呼んで、差支えないでしょう。

 「冬のオリンピック2大会連続」銀メダルというのは、我が国のスポーツ史上に輝く快挙です。

 しかし、平野歩夢選手の眼は「金メダル」を観ているというか、「金メダルしか観ていない」ように感じられます。

 世界一を目指す、平野選手の挑戦が続きます。
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 2月11日に行われた決勝で、アメリカの17歳ジェラルド選手が「逆転」優勝を飾りました。

 決勝3回目の試技は、技の難度、オリジナリティー、何より「滑りの流れ」が抜群でした。
 逆転に向けての「乾坤一擲」のトライが見事に成功したのです。

 戦前には、カナダとノルウェー両チームのメダル争いが予想されていました。
 そして前日の予選を勝ち上がった12名、1名が決勝当日棄権しましたので、決勝で滑る11名の内、カナダから4名、ノルウェーから3名の計7名が進出していました。
 カナダとノルウェー以外の残りの4名は、アメリカ、ニュージーランド、スウェーデン、ベルギーから1名ずつでした。

 この2か国のチームの争いという風景に、「風穴」を開けたのがジェラルド選手といった試合となったのです。

 ジェラルド選手は、もちろんオリンピック初出場ですし、17歳ですから国際大会の経験も、他の20歳以上の選手と比べれば不足していることは明らかです。
 しかし、「この1本」にかける集中力は、決勝進出者中NO.1であったことは、結果が明確に証明しています。

 本ブログで何度も書いているように、個人競技における、大試合における活躍と「経験量」には、本質的な関連性は無いのです。

 NHKのテレビ放送の解説の方が、再三「かっこいい」とコメントしていました。
 スノーボードスロープスタイルは、プレーヤーが「かっこいい」と考える技・プレーを繰り出し、観客がそれを「かっこいい」と感じた時、とても良い試技になる競技であることが、よく分かる解説でした。

 その競技を評価する際に、「かっこよさ」が物差しとなるというのは、やはり「新しい」スポーツなのでしょう。

 一方で、650mのコースを走破する間に170m以上落ちるというのは、その斜度は場所によってはジャンプ競技のランディングバーンと同等に観えますし、3度のジャンプにおいて飛距離が足りなければアイスバーンに叩きつけられます。実際に、この大会でも何名かの選手がとても危険な様相を呈していました。とてもハードな競技であることは明らかです。

 「かっこよく」プレーするのも、なかなか大変なのです。
 東京体育館で行われた卓球の全日本選手権大会は、1月21日に男女シングルスの決勝を迎え、男子は張本智和選手が、女子は伊藤美誠選手が、ともに初優勝しました。

 張本選手は14歳、伊藤選手は17歳と、ともに「史上最年少」での栄冠でした。

 張本選手は、日本男子卓球界の第一人者であり、オリンピックシングルスのメダリストである水谷隼選手を4-2で破っての優勝でした。
 試合に臨んでの対応力に定評がある水谷選手を押し切っての優勝の価値は、計り知れないものが有りますし、加えて、試合後「たぶん何回やっても勝てない」との水谷選手の「脱帽宣言」が出るに至っては、今大会の張本選手の強さが際立ちます。

 それにしても「中学生の日本チャンピオン」というのは、凄いことです。

 伊藤選手は、共に凌ぎを削り合うライバルの平野美宇選手を4-1で破り優勝を遂げました。
 こちらは、女子ダブルス、混合ダブルスと共に「史上最年少の女子三冠」という偉業も成し遂げています。日本女子卓球の歴史に燦然と輝く栄光です。

 「卓球日本」における若手の台頭は、ついに頂点を極めるまでになりました。

 とはいえ、ベテラン選手の反撃も予想されるところです。
 水谷選手もこのまま引き下がるとは到底思えません。「10度目の全日本制覇」に向けて、立て直してくることでしょう。

 ベテランと若手が一体となって戦う時、「卓球日本」の世界一が見えてくるのだと思います。
 10月26日、インドのニューデリーで行われている、2017年の射撃ワールドカップWCファイナルの10mエアピストル決勝で、松田知幸選手が241.8点の世界新記録をマークして優勝したと報じられました。

 日本人選手が、ファイナルで優勝したのは史上初めてなのだそうです。

 正直なところ、「射撃」競技については知識が少なく、その競技の様子がテレビで報じられることも少ない(オリンピックの放送以外では中々観ることが出来ない)ものですから、そのルール等についても残念ながら殆ど知らないのですが、スポーツとしての「射撃」の歴史は、全てのスポーツの中でも最も古いもののひとつです。

 ISSF(国際射撃連盟)による世界選手権大会が始まったのは、第1回アテネオリンピック開催の翌年、1897年です。
 以降1931年までは毎年開催(第一次世界大戦の影響期間は除く)され、1933年から1937年までは2年に一度の開催、第二次世界大戦の影響で開催されなかった期間を経て、1947年から1954年までは概ね2年に一度の開催、1954年以降は4年に一度・夏季オリンピック大会の中間年に開催されているのです。
 もちろんオリンピック大会においても、1896年の第1回アテネ大会から正式競技となっています(わずか9競技のひとつ)から、「射撃」は最も歴史と伝統を誇るスポーツ競技のひとつなのです。

 ここからは推定で申し訳ありませんが、そのWCファイナル大会というのですから、シーズンに連続して行われているWC(2017年も5月にミュンヘン大会、6月にガバラ大会-アゼルバイジャンが開催されています。他にも多くのWCゲームが行われているのでしょう)の成績上位者が集う、最高レベルの大会であり、その勝者は当該年シーズンのチャンピオンと称されるものなのでしょう。

 松田知幸選手の優勝は、まさに「快挙」なのです。

 松田選手は神奈川県横浜市出身の41歳、神奈川県警に勤務しているそうです。
 ISSF世界選手権・2010年ミュンヘン大会で、50mピストルとエアピストルの2種目で金メダルを獲得しています。世界トップクラスのプレーヤーなのです。

 我が国の「射撃」競技も長い歴史を誇ります。
 オリンピックでも、
・1960年ローマ大会 男子50mピストル 吉川貴久選手 銅メダル
・1964年東京大会 男子50mピストル 吉川貴久選手 銅メダル
・1984年ロサンゼルス大会 男子25mラピッドファイア―ピストル 蒲池猛夫選手 金メダル
・1992年バルセロナ大会 男子ライフル3姿勢 木場良来選手 銅メダル

 と輝かしい成績を残してきているのです。

 とはいえ、21世紀に入ってからは、オリンピックのメダルはありませんから、2020年の第2回東京オリンピックに向けて、「日本射撃界」全体としての強化が進んでいるのでしょう。

 ここからは要望(わがまま?)となりますが、「射撃」競技をテレビでゆっくりと放送していただきたいと感じます。ダイジェスト版では、競技場の面持ち・空気、試技と試技の間のプレーヤーの様子、コーチとプレーヤーの関係・距離感といった、スポーツを構成する諸要素が、なかなか掴めないのです。
 もちろん、我が国においても様々な大会が開催されていることは承知していますし、協会のホームページを参考にして、「大会を現地で観戦」すれば良いことも分かりますが、日々の生活の中で競技場に足を運ぶのは、それほど簡単なことではありません。恐縮ながら、テレビ放送をお願いしたいのです。

 研ぎ澄まされた感性、不動の精神力、しっかりとしたフィジカル、そして日々の弛まぬトレーニング無しには、とても好成績は残せそうもないスポーツの「姿」を、じっくりと観てみたいと思うのです。
 10月2日から8日にかけて、カナダ・モントリオールのオリンピックスタジアムで開催された、2017年の体操の世界選手権大会で、白井健三選手と村上茉愛選手が大活躍を魅せました。

① 金メダルの獲得

 白井選手は床と跳馬の2種目で、村上選手は床で優勝を飾りました。
 共に21歳の伸び盛りの選手が、世界の大舞台でNO.1に輝いたのです。今後の日本体操界を背負って行く男女のエースということになります。

 特に、白井選手の床は15.633点と、2位の選手に1.1の点差を付ける圧勝でした。この種目の白井選手の強さは、一頭抜けているのです。
 世界中のスペシャリストを相手にしての成績としては、驚異的なものでしょう。

② 個人総合の健闘

 白井選手は個人総合でも銅メダルを獲得しました。
 村上選手は個人総合で惜しくも4位でした。

 2人の若きエースは、個人総合でも日本の体操界を牽引する立場となったのです。
 特に村上選手は、個人総合予選をトップで通過するという、日本女子体操界にとって初めての領域に到達しました。
 決勝・平均台種目での落下は本当に残念でしたけれども、十分に世界大会でメダルを争うことが出来る実力を示してくれたのです。

 今大会は、男子個人総合の予選で、「絶対王者」内村航平選手が怪我で離脱するという、思いもよらぬ展開となりましたが、若手の成長がそれを補ったという点では、日本体操界にとって有意義なものとなりました。

 内村選手も「復活」を宣言しました。

 東京オリンピック2020に向けて、日本体操界の大活躍が期待されるところです。
 バドミントンの世界選手権に続いて、卓球でも嬉しいニュースです。

 8月27日、卓球のチェコオープン大会・男子シングルス決勝で、張本智和選手がティモ・ボル選手(ドイツ、元世界ランキング1位)を4-2で破り、優勝しました。
 世界最高峰のワールドツアーの一戦でもあるチェコオープンでの優勝は、驚異的な「ツアー史上最年少優勝」でした。

 張本選手の14歳61日でのシングルス優勝は、これまで中国の于選手の16歳30日という、男子最年少記録を2年近く大幅に更新するとともに、女子の記録である伊東美誠選手の14歳152日をも更新するものでした。

 1996年に開始され、20年以上の歴史を積み上げ、今大会で321戦を数えるワールドツアーに、大きな金字塔を立てたのです。

 世界選手権やオリンピックとは異なり、ワールドツアーの各大会には必ずしも世界のトップ選手が毎大会出場しているとは限らない、フィールドの高低があるというのは当然のことですが(ゴルフのPGAツアーやテニスのATPツアーなどと同様です)、とはいえ、世界最高レベルのツアートーナメントで優勝することが極めて難しいことは、今更説明するまでも無いことです。
 「公式ツアー大会の優勝」は、とても重いのです。

 加えて、この大会における張本選手の勝ち上がりが素晴らしい。

 1回戦のグラシメンコ選手(カザフスタン)、準々決勝のカールソン選手(スウェーデン)、準決勝のカルデラノ選手(ブラジル)との試合を、いずれもフルセットの末勝ち抜いています。
 「勝負強い」のです。

 14歳になったばかりのアスリートとしては、驚くべき勝負強さと言えるでしょう。
 単に「勢い」で優勝したのではない、本物の強ささえ感じさせるのです。

 世界卓球連盟(ITTF)の公式ホームページが「センセーションだ」と報じ、地元チェコの有力紙「イドネス」は、「わずか14歳の日本人、トモカズ・ハリモトが・・・卓球ワールドツアーを制覇した」と速報で報じ、スイスの「デア・ブンド」紙は「奇跡の少年には誰も抗えない」との見出しから「日本人のトモカズ・ハリモトは卓球界で一世紀に一人の逸材として認められている。そして、わずか14歳にして元世界一位のティモ・ボルを倒したのだ」と報じたと、伝えらました。

 世界で活躍する各界の日本人プレーヤーにありがちなことですが、海外における評価の方が、国内における評価より、相当高いように感じられます。

 張本選手は、ワールドツアーU-21、世界ジュニア選手権大会、2017年6月の世界選手権史上最年少ベスト8、この6月の史上最年少13歳での世界ランキング50位入りと、次々に世界卓球界の最年少記録を塗り替え続けています。
 「一世紀に一人の逸材」としての活躍なのです。

 張本智和選手が、今後の日本男子卓球界を背負って行く存在であることは、間違いないのでしょう。
 イギリス・グラスゴーで開催された、2017年のバドミントン世界選手権・女子ダブルス決勝で、福島由紀・広田彩花ペアが準優勝に輝きました。

 8月26日に行われた準決勝で、リオデジャネイロ・オリンピック銀メダルペアのデンマークペアを破った、福島・広田ペアは、8月27日に行われた決勝で、陳・賈の中国ペアには、1-2で惜しくも敗れました。

 とはいえ、初出場での準優勝は見事な記録であり、世界選手権大会においては、1977年の第1回大会の栂野尾・植野ペア以来の(この時は優勝)決勝進出を果たしたのです。

 陳・賈ペアは準決勝で、日本期待の高橋礼華・松本美佐紀のオリンピック・金メダルペアも破っています。今大会は、日本チームにとっては厚い壁となった形ですが、そもそも準決勝に2つのペアが進出すること自体が、日本女子バドミントン勢の層の厚さを如実に示しています。
 素晴らしいことだと思います。

 今大会は、男子ダブルスでも、園田啓悟・嘉村健士ペアが3位に入りました。
 ひとつの世界選手権大会で、女子シングルスの奥原選手も含めて4つのメダルを獲得したのですから、本当に見事な活躍です。

 日本バドミントン界は、着実に世界のトップを捉えつつあるのでしょう。
 イギリス・グラスゴーで開催された、2017年のバドミントン世界選手権大会の女子シングルスで、奥原希望選手が優勝しました。
 男女のシングルス種目で、オリンピック・世界選手権を通じて日本勢が優勝したのは、史上初めてです。

 「快挙」です。

 8月27日に行われた決勝で、奥原選手はインドのプサルラ選手と対戦し、ゲームカウント1-1のタイで迎えた第3ゲームを22-20で取り、2-1で優勝を決めたのです。
 プサルラ選手が取った第2ゲームも22-20でした。大接戦だったのです。

 奥原選手は、昨年のリオデジャネイロ・オリンピックの準決勝でプサルラ選手に敗れて銅メダルでしたから、今回は雪辱を果たしたということになります。

 何より素晴らしいのは、こうした世界トップクラスのプレーヤーと、世界トップの舞台で互角に戦い、勝利を捥ぎ取ったことでしょう。

 第2ゲームから第3ゲームにかけては、終始ギリギリの戦いが続きました。技術・体力はもちろんとして、高いレベルの精神力も求められる試合となったのです。

 試合後のインタビューで、奥原選手は「どんなに相手にリードされても我慢して焦らずにできたと思う」とコメントしました。

 成長を続ける、22歳の奥原選手の今後の活躍が、とても楽しみです。
 7月19日から26日にかけて、ドイツのライプチヒで開催されている、フェンシングの世界選手権大会から、嬉しいニュースが届きました。

 男子フルーレで、20歳の西藤俊哉選手が銀メダル、19歳の敷根崇裕選手が銅メダルを獲得したのです。
 我が国のフェンシング史上、オリンピックや世界選手権で、同じ種目で2つのメダルを獲得するのは初めてのことだそうです。
 
 西藤選手、敷根選手は共に、世界選手権大会初出場でしたが、共に、世界の上位ランカー、オリンピックメダリスト等のプレーヤーを次々と破って、上位に進出しました。
 見事な戦い振りです。

 フェンシング競技の男子フルーレ種目と言えば、太田雄貴選手(2008年オリンピック銀メダル、2015年世界選手権金メダル)というイメージですが、着々と若手が伸びて、世代交代が順調に進んでいたのです。

 今大会の男子フルーレ日本代表は、前述の2人に、松山恭助選手と鈴村健太選手を加えた4名ですが、4名とも大学生であり、4名とも決勝トーナメント進出を果たしています。
 若手が、その力を存分に発揮したということなのでしょう。

 東京オリンピック2020に向けて、また楽しみな選手たちが登場したのです。
 5月29日から6月5日にかけて、ドイツ・デュッセルドルフで開催された、卓球の世界選手権大会で、日本チームは素晴らしい成績を収めました。

 オリンピックに次ぐ格の大会ですから、世界中の強豪選手・強豪国が「本気」で参加してくる中での好成績は、「卓球日本の復活」への道程が、着実に進んでいることを示しています。

 混合ダブルスでは、日本の石川・吉村組が優勝しました。決勝ではゲームカウント1-3からの3ゲーム連取という逆転勝利。
 同種目では、日本勢48年ぶりの金メダルでした。

 男子ダブルスでは、森園・大島組が銀メダルを獲得しました。決勝では、世界ランキング2位と3位が組む中国ペアに1-4で敗れましたが、堂々たる試合を繰り広げてくれました。
 こちらも48年ぶりの銀メダルです。
 また、丹羽・吉村組も準決勝に進出、銅メダルを獲得しました。
 男子ダブルスのベスト4に2つの日本ペアが進出したのです。

 女子ダブルスでは、早田・伊藤組が銅メダルを獲得しました。大会最終日に行われた準決勝で、中国ペアに1-4で敗れましたけれども、16年ぶりの銅メダルは見事です。

 以上がダブルス種目の好成績です。

 そしてシングルスでは、平野美宇選手が銅メダルに輝きました。
 準決勝では、世界ランキング1位の丁寧選手(中国)に1-4で敗れましたけれども、彼我の力の差が縮まっていることを実感させてくれる試合内容でした。

 今大会で日本チームが獲得したメダルは計5個。
 その5個を8名の選手で獲得したのです。
 日本チームの選手層の厚さをも感じさせる事実でしょう。

 男子シングルス種目のみがメダル無しに終わりましたけれども、日本のエース・オリンピックメダリストの水谷隼選手を、14歳の張本智和選手が破り、張本選手がベスト8まで勝ち上がるなど、この種目でも選手層の厚さを感じさせました。

 「卓球日本」復活の足取りは、とても力強いものがあります。
 今大会も「48年ぶり」という言葉が、飛び交いました。ダブルス種目で、半世紀を経ての復活が進んだのです。
 中国チームを始めとする「本気」の強豪を相手にしてのメダルラッシュには、大きな価値があるでしょう。

 道半ばといえども、世界大会のたびに、日本チームの素晴らしいシーンが増えていくのは嬉しい限りです。
 アメリカのインディカー・シリーズの最高峰レース、インディアナポリス500マイルレースが5月28日に行われ、佐藤琢磨(40歳)が初優勝を飾りました。

 歴史的快挙です。

 「インディ500」はアメリカのモータースポーツの最高峰であるとともに、F1モナコグランプリ、ルマン24時間耐久レースと共に、所謂「世界3大レース」のひとつに位置付けられています。

 1911年創設、今回が第101回という歴史と伝統を誇る大レース。言うまでもないことですが、世界最大の自動車社会であるアメリカ合衆国における最高のレースですから、その優勝の価値は計り知れないものがあります。

 元F1ドライバーだった佐藤琢磨は、F1シリーズにおいても2004年のアメリカグランプリで3位という、日本人ドライバーの史上最高成績を挙げていますが、今回の優勝により、モータースポーツにおける日本を代表するドライバーとなりました。

 オーバルコースを全200周回で争われるレースですが、2017年のインディ500は、順位が目まぐるしく入れ替わる大接戦となりました。

 172周目に4番手に順位を上げた佐藤琢磨は、179周目に豪快なオーバーテイクで2台を一気に抜き去りました。
 以降はエリオ・カストロネバス(インディ500に3度優勝している)との競り合いが続きましたが、196周目でトップに立ち、その後のサイドバイサイドの競り合いを制して、そのまま先頭で押し切ったと報じられました。0.2011秒差の勝利でした。

 179周目の2台抜きと196周目のトップ奪取が、このレースのハイライトなのでしょう。

 2010年からインディシリーズに参戦している佐藤にとって、8度目のインディ500でしたが、予選を4番手という好位置につけるなど、今回は人・車ともにとても良い状態だったのでしょう。

 そして、レースにおけるオーバーテイクの瞬間には、佐藤琢磨の体に浸透しているドライビングテクニックが存分に発揮されたのです。

 その瞬間に佐藤琢磨が感じた感触は、日本人ドライバーにとって「史上初めての感覚」だったことでしょうし、その感覚こそが唯一無二の「最高の宝物」なのだろうと思います。

 繰り返しになりますが、日本のモータースポーツ界にとって、空前の「歴史的快挙」です。
 5月21日にかけて東京体育館で開催された、体操NHK杯大会の男子個人総合で、内村航平選手が優勝しました。

 内村選手はこの大会9連覇、2008年の全日本選手権大会から続く個人総合種目の連勝記録を、大台の40に乗せました。

 この10年間には、全日本選手権10連覇、世界選手権6連覇、オリンピック2連覇などの輝かしい結果を残しています。1度でも優勝すれば、体操界のトッププレーヤーと称される3大会に、計18回優勝しているのです。

 日本そして世界で、10年間負け知らずというのは、「空前」「ミラクル」といったあらゆる形容詞を用いても表現できない、極めて高いレベルの成績でしょう。

① 新たなプレーヤーの出現

 当たり前のことで恐縮ですが、10年間というのは長い期間ですから、日本そして世界中から次々に新しいプレーヤーが登場してきます。

 欧州の伝統国やアジアの新興国、何より日本国内から、内村選手を越えようと、幾多の一流選手が挑んできたのです。

 これらのプレーヤーの挑戦を、悉く退けてきたというのは、想像を絶する偉業でしょう。
 個人的には「考えられないレベル」です。

② 心身の管理

 内村選手と言えども、10年間の間には、故障の時期もあればスランプの時期もあった筈です。加えて「加齢」の問題もあります。

 内村選手が優勝した40の大会の中で、ひとつやふたつの大会を、そうした要因により落としていたとしても、例えば38勝2敗であったとしても、「偉大」と形容される成績でしょう。

 ところが「40戦全勝」なのです。

 そのコンディション作り、モチベーションの維持・向上、の力量は、他のスポーツも含めた全てのアスリートの中でも、屈指の存在と言えるでしょう。全てのスポーツを通じて、NO.1かもしれません。

③ 比類無き勝負強さ

 今NHK杯でも、最終種目・鉄棒を前にして、トップに立っていたのは白井健三選手でした。その差は0.5。残り1種目の差としては「大差」でしょう。

 「敗れるかもしれない」という追い込まれた状況下で、内村選手は14.800という高得点(出場選手中第1位)を叩き出して、白井選手を逆転しました。

 14.800点は、「ほぼ完璧な演技」をしなければ獲得できない水準です。
 
 「絶対にミスできない局面」で、完璧な演技を行うことの難しさは、今更言うまでもないことでしょう。世界トップクラスの選手でも、なかなか出来ないことであるのは、あらゆるスポーツシーンで眼にしてきていることです。

 しかし、内村選手はやってのけるのです。何もなかったように、ノーミスの、しかもダイナミックで美しい演技を展開します。着地も決めるのです。

 2016年のリオデジャネイロ・オリンピックでも、全く同じ状況でした。最終種目・鉄棒を前にして、内村選手はリードを許していたのですが、鉄棒で完璧な、これ以上無い完璧な演技を魅せ、微動だにしない着地で締めくくりました。
 金メダルを争うギリギリのプレーの中で、私たちは、多くの世界トップクラスのプレーヤーがミスをしたり、力を発揮できないシーンを、数限りなく見てきたのですが、内村選手に限っては、「そういうことはない」のです。
 というより、「最終演技」という代替の効かない演技においてこそ「最高の演技が出来るプレーヤー」なのです。

 この高い精神力と集中力こそが、内村選手を「世界NO.1アスリート」と称する最大の理由なのでしょう。

 17歳から世界の舞台で活躍し、19歳から無敗街道を驀進してきた内村航平選手も28歳になりました。(まだ28歳という見方もあるでしょうが)

 さすがに残された現役生活は、そう長くは無いことでしょう。
 世界トップレベルの戦いがもたらす疲労の蓄積は、想像を絶するものでしょうから。

 今のうちに、様々な演技で披露される「決め」の美しさ、そして競り合い時の集中した様子、「神の領域に入っているのではないか」と感じられる集中力、を目に焼き付けておかなくてはならないと考えています。
 カーリング世界選手権大会2017(男子)は、カナダ代表チームが優勝しました。
 常に世界のカーリングをリードするカナダチームのプレーは、本当にハイレベルなものでしたが。印象に残った試合を観てみましょう。

[4月7日・エドモントン]
カナダ7-4スウェーデン

 予選リーグを1位で突破したカナダ代表チームと2位で突破したスウェーデン代表チームの対戦は、随所に世界最高レベルのプレーが飛び出す試合となりました。

 世界選手権優勝35回と、圧倒的な実績を誇るカナダと、同優勝7回とカナダに次ぐ優勝回数を残しているスウェーデンですから、世界の男子カーリング界を牽引する国同士の対戦だったのです。

 試合は、前半カナダが手堅いプレーで第3エンドまでに3-0とリードして優位に進めました。

 競技の性格として、1つのエンドで3点以上の大量点を挙げることが難しく、加えて対戦相手が世界トップクラスとなれば尚更で、これ以上の得点差は、スウェーデンにとっては致命傷になりかねないところでした。

 カナダチームの3-1で迎えた第6エンド、カナダにとって「試合を決めるチャンス」が到来しました。
 スキップの最後の一投で2点以上を取れるチャンスです。

 ところがこのショットは僅かにズレてしまい、何とスウェーデンがスティールすることとなり、3-2の1点差となりました。
 この大会、殆どミスの無かったカナダのスキップでしたから、地元エドモントンの大スタジアムに詰め掛けた大観衆は、カナダチームが決定的な得点を挙げるものと見つめていましたので、思いもよらぬ結果に、場内は静まり返りました。

 これで1点差となり、試合は俄然緊張感の増す展開となりました。

 勝敗の帰趨を決する第7エンド。

 打打発矢の展開となりましたが、ここはカナダチームのスキップが粘りを魅せて、一挙に3点を挙げて、スウェーデンを突き放しました。

 試合は、このままカナダチームが押し切りました。

① ショットの正確性

 世界最高レベルのゲームですから、当然と言えば当然ですが、「1cm単位」のショットが披露されました。
 素晴らしい精度です。

 この「精度」において、カナダチームがスウェーデンチームを上回っていたことが、カナダの勝因であることは間違いありませんし、そのレベルの高さは驚異的でした。

 どんなスポーツでも共通していることなのでしょうが、世界最高水準の技術力やパワーの差は、「頑張る」といった要因では到底カバーできるものでは無いことを改めて感じさせるものでした。

② 精神力の高さ

 「良いショットは、良い場面で生まれる」。これも当然のことなのでしょうが、決めなければならない場面で決めること、が良いショットの条件となります。

 試合の勝敗を決する一投にこそ、実力が表れるのです。

 この試合でも、そうしたショットが随所に観られました。

 大事な一投を託された選手にとっては、そうした場面でもいつものようにプレーすることが求められる訳ですから、その「精神力」、冷静なプレーは、世界大会の優勝を狙うチーム・プレーヤーにとって、必須のスキルとなります。

 「緊張していて、普段の実力が発揮できなかった」というのは、実力が備わっていない、ということなのでしょう。
 再び当然のことながら、「精神力の高さも実力」のひとつなのです。
 3月4日と5日にかけて行われた、2017年の全日本綱引き選手権大会を、3月12日のNHK-BS放送で観させていただきました。
 毎年、とても楽しみにしている大会です。

 まずは女子。
 このところ負け知らず、無敵の女王であったマドラーズ大阪チームが、準決勝で神戸PULL-BARチームに敗れるという、波乱の展開。
 決勝は、久し振りの優勝を狙う神戸チームと、初優勝を狙う彩TCチーム(東京)の戦いとなりました。

 接戦が予想された戦いでしたが、意外にも彩TCチームがセットカウント2-0のストレートで勝利しました。準決勝の三輪女子綱引クラブ(秋田)戦で好調なプレーを魅せていた彩TCでしたが、その好調さを決勝でも発揮した形。
 神戸PULL-BARは宿敵マドラーズ大阪を倒して、少し「達成感」が出てしまったのかもしれません。

 彩TCチームの「引く力」は一頭抜けていた印象ですので、来年以降の活躍も十分に期待できると思います。

 続いて男子。
 BIWAKO同志会(滋賀)と進友会(長野)の決勝戦は、息詰まるものでした。
 第一セットは、まずBIWAKOチームが引き、進友会が耐えるという展開。
 じりじりと引くBIWAKOに対して、進友会は「BIWAKOの疲れを待つ」感じでしたが、進友会の待つ「疲労」は見られず、そのままBIWAKO同志会が引き切りました。

 追い込まれた進友会でしたが、その表情・様子に焦りは全く感じられませんでした。持久力に自信を持っている進友会チームにとっては「想定内」というか「予定通り」といった雰囲気も漂いましたから、第二セットの激戦が予想されました。

 さて第二セット。
 しばしの睨み合いの後、やはりBIWAKO同志会チームが引き始めました。進友会チーム我慢の展開が続きます。進友会の監督は相手チームの様子をひたすら観察し、引くタイミングを計っています。そして自チームには「重心を下げての現状維持」を指示し続けているのです。
 2分半を過ぎて、さすがに両チームに疲労の色が濃くなった頃、進友会に「引け」の指示が出ました。BIWAKO同志会チームが2m近く引いていた段階であったと思います。

 「引け」の指示が出た進友会ですが、綱は中々こちらには来ません。BIWAKO同志会のディフェンスも素晴らしいのです。10㎝単位で綱が左右に動くという「互角の時間帯」が続いた後、進友会が引き始めました。両チームとも着尻したり立ち上がったりが連続する展開の中で、ついに進友会が反撃に出たのです。

 しかし、BIWAKO同志会も再び引き戻し、進友会が再び引いて、一進一退の流れが続きましたが、ここで進友会の体勢が崩れたのを見てBIWAKO同志会が引いて、勝負が付きました。

 3分57秒の大激戦でした。

 「精根尽き果てた」という形で、両チームのプレーヤー達はグランドに突っ伏しました。
 素晴らしい戦いであったと思います。
 両チームの力量はほぼ互角ですが、基本的な「引く力」で僅かにBIWAKO同志会チームが上回ったという感じがします。

 2017年の男子の部は「各チームの力の差が極めて小さい」大会でした。
 準決勝で敗退した金沢レスキュー隊(石川)、京都消防ろぶすたぁも含めて、一回戦から接戦続き。例年なら、ベスト4に残るチームは「1セットも落とさずに進出」というケースが多かったと思いますけれども、今大会は「楽勝で勝ち進んだチームは無かった」印象です。

 男子の部に付いては、日本中でレベルアップが進んでいるように見えますので、来年以降も大接戦の大会が続くのではないでしょうか。
 別の言い方をすれば、金沢レスキュー隊、進友会、BIWAKO同志会といった常連チーム以外のチームが優勝するチャンスも十分に有る時代が来たということかもしれません。

 どのチームにとっても「新旧交代」の成否が、勝利へのカギを握っているのでしょう。
 1月29日、アメリカのCBS放送が世界的な自転車競技の大会「ツール・ド・フランス」において「隠しモーター」が使われた可能性があると報じました。
 事の正否は、これからの検証によって明らかになっていくものなのでしょうが、アメリカのメジャーな報道機関が報じた以上、根拠の無いニュースではないと思います。

 この報道によると、ツール・ド・フランスにおける名門チームのひとつ「チームスカイ」(イギリス、過去4度の総合優勝)やドーピング問題で永久追放処分を受けたランス・アームストロング氏(アメリカ)が、レースにおいて隠しモーターを装着した自転車を使っていた、というものです。

 チームスカイの自転車は、他のチームの自転車より800グラム以上重く、丁度隠しモーターの重量に相当するとも報じられました。

 極めてハードな大会であるツール・ド・フランスに出場しようとするプレーヤー・チームは、当然ながら「1gでも軽い」自転車を使用しようとする(強度を確保した上で)でしょうから、800gも重いというのは、戦っていく上では大きなハンディキャップとなりそうです。

 チームスカイおよびアームストロング氏はこの疑惑について否定しているとも報じられています。
 
 世界最大の自転車競走とも呼ばれているツール・ド・フランスは、体力と知力とチームワークの限りを尽くさなければ、到底栄冠に輝くことは出来ない大会です。
 その大会で「電動自転車」を使用していたとなれば、これはもう不正というより、茶番と呼ぶべきもので、万一そんなことが行われていたとすれば、行っていたチームや個人の「自転車競技に対する敬意」や「人格」が問われることになります。

 それにしても、自転車競技というのは何時の時代も「不正」の影が付きまとっているようにも見えます。
 
 いわゆるドーピング問題については、1886年のボルドー・パリ間の自転車レースでイギリスの選手が興奮剤トリメチルの過剰摂取により死亡し、これが全てのスポーツ競技を通じて、記録に残る初のドーピングによる死者と伝えられています。
 また、1960年ローマ・オリンピックの自転車競技で興奮剤アンフェタミンを使用した選手が競技中に死亡し、オリンピックにおける初のドーピングによる死者とされています。

 1928年に国際陸上競技連盟が興奮剤の使用禁止を決めていたとはいえ、検査がありませんでしたので、このころは実質的にはドーピングが野放しの状態だったのです。

 そして1966年、国際自動車競技連盟(UCI)と国際サッカー連盟(FIFA)がそれぞれの世界大会で、全てのスポーツ競技の国際大会を通じて初めてのトーピング検査を実施し、1968年のグルノーブル、メキシコシティの冬夏のオリンピックにおける初めてのトーピング検査実施に繋がっていくのです。

 つまり、自転車競技は全てのスポーツ競技の中で、最も早く、最も強度のドーピングが行われ蔓延し、最も早く対策が講じられた競技のひとつということになります。

 しかし、こうした対策・取組にもかかわらず、頭書のように「1999年から2005年のツール・ド・フランス7連覇」というランス・アームストロング氏の記録はドーピング問題により取り消されてしまい、2017年に至って「隠しモーター疑惑」が持ち上がっているのです。

 「絶えることのない不正疑惑の連続」が自転車競技の歴史だという見方もありそうです。

 もちろん、「栄光とお金への執念」から生ずる「不正行為」は、どの競技にも存在するものだという意見もありそうですが、特に自転車競技に多いように感じられるのは、何故なのでしょうか。
 2016年11月30日~12月7日にかけて開催された、卓球の世界ジュニア選手権大会において、日本チームが大活躍を魅せました。

 18歳以下のプレーヤーにより争われる大会ですが、日本チームは13歳の張本智和選手が優勝するなど、ジュニア世代の「層の厚さ」を存分に示しました。

 まず12月3日の団体戦で朗報が入りました。

 男子チーム、女子チームともに決勝で快勝したのです。
 男子チームは韓国チームを相手に3-0の圧勝、女子チームも中国チームを相手に3-1で快勝しました。
 ジュニアの大会とはいえ、中国を始めとする強豪チームを破ってのアベック優勝は見事です。

 そして12月7日の大会最終日。
 タブルスでは、男子・女子・混合の3種目全て準優勝でした。3種目とも決勝に進出していましたので、優勝が期待されましたが、さすがに世界大会です、そうは行かなかったのですけれども、全ての種目で決勝に進出したことは素晴らしいことだと思います。

 男子シングルスの決勝では、頭書の通り、張本選手が4-2で中国のYANG Shuo選手を破って世界一に輝きました。13歳でのシングルス優勝は大会最年少記録です。
 今後の活躍が、とても楽しみです。

 今大会の日本女子チームには、リオデジャネイロ・オリンピックのメダリスト・伊藤美誠選手や伊藤選手のライバルである平野美宇選手が入っていました。ジュニア世代のプレーヤーが、既にA代表でもあるのです。

 日本卓球界の「世代交代」は順調に進んでいるのでしょう。
 全日本総合バドミントン大会2016は12月4日に各種目の決勝が行われました。

 注目の女子ダブルスでは、高橋選手・松友選手のペアが、米本選手・田中選手のペアを、ゲームカウント2-1で破り、この大会2連覇、5回目の優勝を果たしました。

 試合は第1ゲームを米元・田中ペアが取り、2ゲーム目もリードした高橋・松友ペアを追い上げて17-17の同点に持ち込んだ時には、米元・田中ペアの初優勝も有るかと思われました。

 試合後のインタビューでも、高橋・松友ペアから「負けてもいいから思い切ってプレーしよう思った」とのコメントがあったように、ギリギリの戦いが続きましたが、さすがにオリンピック金メダルペアの地力を発揮して、このゲームを取り切り、ゲームカウント1-1に並びました。
 第3ゲームは5-5の同点から高松ペアが5連続ポイントで流れを掴み、そのまま押し切った形でしたが、米元・田中ペアの健闘というか、高い実力が証明された試合であったと感じます。

 連覇を果たした高松ペアですが、準々決勝、準決勝、決勝とゲームを落とす試合が続きました。
 我が国には、高松ペアを追い上げるペアが着実に育っているのです。

 男子ダブルス決勝も大接戦でした。
 ゲームカウント1-1からの最終第3ゲームも20-20の同点からの競り合いとなりました。40本を超えるラリーが続いた試合でしたが、最期は園田選手・嘉村選手ペアが遠藤選手・渡辺選手ペアを振り切り、優勝しました。
 遠藤・渡辺ペアにも十分勝機が有った試合でした。

 2016年の全日本総合は、男女のシングルスも含めて、日本バドミントン界の「選手層の厚さ」が如実に示された大会であったと感じます。

 この「選手層の厚さ」からオリンピックの金メダルが生れているのでしょう。
 ナディア・コマネチ氏(元オリンピック金メダリスト)のコメントです。

 リオデジャネイロ・オリンピックの体操男子個人総合の競技終了後、オリンピックの公式サイトで語りました。

 2012年ロンドン・オリンピックにおいて、内村航平選手が個人総合で金メダルを獲得した際、コマネチ氏は「彼を最高と称賛するのは時期尚早だと考えていた」と述べましたが、リオでの金メダルを観て、表題のコメントを述べたのです。

 「(世界選手権とオリンピックで)8年間も負けが無い。それが彼のレガシー。」と語り、「最後の種目(鉄棒)で披露した内容は本当に、本当にアメージングだった。着地でピタリと止まって、ほんの少しでもよろめいていたら金を失っていたけど、その時はいまだに彼が史上最高かどうか、議論していたでしょう」と続けました。

 「彼の体操はアメージング。時には、彼の出来栄えを観て、欠陥が全く見当たらないことがある。ひとつも。」とも評しました。

 1976年モントリオール・オリンピックにおいて、五輪体操競技史上初めて「10点満点」の演技を連発し(当時の採点法)、「パーフェクト」と称されたコマネチ氏の言葉ですから、とても重みが有ります。

 今大会の男子個人総合種目では、内村選手とベルニャエフ選手(ウクライナ)の激闘が展開されたこともあり、「採点の公平性」を始めとして、選手や関係者の間で沢山の意見が交わされました。

 その結果、内村航平選手を「ウサイン・ボルト選手やマイケル・フェルプス選手」と同等の「体操の王様」であるという意見が数多く出されたのです。

 激戦から生まれた「論争」から、男子体操というか体操競技自体が一層メジャーになったという印象です。

 そして、「ウチムラは史上最高」ということも、間違いないのでしょう。
 今大会、卓球女子団体で日本チームは銅メダルを獲得しました。

 ロンドン大会に続く、2大会連続の3位という、見事な戦いを魅せたのです。

 日本チームのキャプテンは福原愛選手でした。

 この福原選手が、3位決定戦に勝ち、銅メダルを獲得した後、自身のブログやインタビューにおいて述べたのが「4年間より苦しい2週間でした」というコメントでした。
 ロンドン・オリンピック後の4年間のトレーニングより、リオデジャネイロでの2週間の方が「苦しかった」というのです。

 リオデジャネイロに入ってからの福原選手は、「キャプテンとしての重圧」から、食事の味が分からなくなり、食べても食べても満腹感が得られないといった症状が現れたのだそうです。

 いかにも責任感が強い「愛ちゃん」らしいところですが、その重圧は想像を遥かに超えるものだったのでしょう。

 この大会の福原選手はよく泣きました。
 個人戦のベスト4で敗れたときも、団体戦のベスト4で敗れたときも、団体戦の3位決定戦で勝ったときも、泣いていたと思います。

 それも「この重圧」が大きな理由であったのかと思うと、納得というところです。

 そのプレー内容も、そのキャプテンとしてのマネジメントも、リオデジャネイロ・オリンピックの福原愛選手の大活躍は「最高」でした。
 8月18日に行われた決勝で、高橋礼華・松友美佐紀ペアは、デンマークのリターユヒル・ペデルセンのペアをセットカウント2-1で破り、優勝しました。
 日本バドミントン史上、男女を通じて、初のオリンピック金メダルでした。

 高橋・松友ペアの「冷静な試合運び」が印象的な大会となりました。
 すいすいと、という言葉がありますが、どの試合でも2人に「焦り」の時間帯は感じられず、常に冷静・沈着なプレーを展開していたように観えました。

 このプレーこそが、お二人のキャリアで積み上げてきた「結晶」なのでしょう。

 決勝の最終盤、デンマークペアに16-19とリードを許しました。
 「あと2失点」で敗戦という追い込まれた状況に見え、相当のピンチというところでしたが、高橋・松友ペアは「いつもと変わらぬ」表情で、いつもと変わらぬプレーを魅せました。

 向かって右隅に2度シャトルを落として得点を重ねました。
 追い込まれてからの絶妙のドロップショットと軽打というのは、とても高い技術の裏打ちが必要なことは言うまでもないことなのでしょうが、何よりそのショットを選択する「勇気」が素晴らしいと思います。

 追い込まれたら「強く打っていく」気持ちになりそうなものですが、デンマークペアの位置を把握したうえでの、冷静かつ最も効果的な「攻め」だったのでしょう。

 とても冷静に見えた高橋・松友ペアも、勝負が決した瞬間、喜びを爆発させました。
 16-19からの「5連続得点」は、この大会・この種目・この試合のハイライトでした。

 日本バドミントン史を塗り替えた、お二人の活躍に、大きな拍手を送らせていただきます。
 8月11日に行われた、卓球男子シングルスの3位決定戦で、水谷隼選手がウラジミール・サムソノフ選手(ベラルーシ)を4-1で破り、銅メダルに輝きました。

 シングルス種目では、男女を通じて日本卓球史上初のメダルでした。

 この大会好調なプレーを続けていた水谷選手にとって、「ついに辿り着いた」結果であろうと思います。

 卓球競技がオリンピックに登場したのは、1988年のソウル大会からで、比較的新しいことですから、所謂「卓球日本」と呼ばれ、日本卓球が世界を席巻していた時代には、卓球競技とオリンピックは無縁のものだったのです。

 そうした中で、21世紀に入り、「卓球日本」の復活に向けて努力を続けてきた日本チームの実力伸長の「象徴」となる銅メダルなのでしょう。

 福原愛選手の女子シングルス・ベスト4進出と共に、「卓球日本」は新時代に入ったのであろうと感じます。

 それにしても、金メダルを獲得した馬龍選手(中国)と水谷選手の準決勝の試合は、凄まじいものでした。
 両選手とも、強烈なショットを繰り出し、卓球台から相当離れた所から、凄いスピンをかけて返し、世界最高水準のラリーを繰り広げました。超人的なプレーの連続!
 「これで決まったろう」と観えるショットが次々と返球されるのです。
 素人の私などの眼には「どうして、あんな素晴らしいプレーが出来るのだろう」と、感心また感心でした。

 「卓球競技の魅力」を、世界中に示してくれた、見事な試合でした。
 世界中の子供たちに強烈なインパクトを与えたことは間違いなく、この試合だけで、卓球人口が数十万・数百万人増えたのではないかとさえ思います。

 その試合の一翼を担ってくれた水谷隼選手は、「日本の誇り」でしょう。
 最終種目の「鉄棒」を前にして、トップのオレグ・ベルニャエフ選手(ウクライナ)と2番手に付ける内村航平選手との差は、0.901の「大差」でした。

 さすがに逆転は難しいと感じました。

 予選が不調で(団体優勝に向けて作戦通りだったのかもしれませんが)、2位で決勝に進出した内村選手にとっては、「いつものように」決勝では他を圧する演技を魅せて、「絶対王者」としての強さを披露する予定であったのだろうと思いますが、ベルニャエフ選手の頑張りは予想を超えたものだったのでしょう。

 ベルニャエフ選手は平行棒で16.100(驚異的!)、つり輪で15.300と高得点を連発し、内村選手との差を広げて行きました。

 そして、最終種目の「鉄棒」を迎えたのです。

 まず、内村選手の演技。体の内から「残された気力・体力」絞り出すような演技でした。
 細かなミスは調所に観られ、いつもの内村選手の演技と比較すればスムーズさに欠けるものでしたが、とにかく大きなミスはせず、難しい技を繰り出し続けました。
 そしてフィニッシュ。素晴らしい着地でした。微動だにしないというよりは、「床に吸い付くような着地」でした。

 得点は15.800。「絶対王者」の気迫溢れる演技でした。

 そして、最後の演技者ベルニャエフ選手の鉄棒が始まりました。

 ミスをしない様に慎重なプレーが続き、フィニッシュを迎えました。そして、「着地」は1歩、30cmほどでしょうか、前に出ました。
 大きなミスの無い、無難な演技でしたが、「記憶に残る技」の無い演技でもありました。
 「大技」「難しい技」が含まれていない演技構成だったのかもしれません。

 それでもミスが少なかったので15点台が出るのではないかと思いましたが、これが14.800でした。

 内村選手の「大逆転」。
 0.099点差の金メダルでした。

 それにしても、ウクライナのオレグ・ベルニャエフ選手の挑戦は素晴らしいものでした。
 今後は、日本男子体操チームのとても強力なライバルとなるのでしょう。
 現在は古くボロボロの器具で練習していると伝えられている、ベルニャエフ選手を始めとするウクライナ体操チームに、「普通の練習環境」が用意されることを期待しています。
 素晴らしいタレントを活かし伸ばして行くためには、練習環境は必須なのです。

 メダルセレモニーの後、インタビューに臨んだ内村航平選手は笑顔で「出し切りました。うれしいというより幸せ者です。本当に幸せです。」とコメントしました。

 「個人総合種目」では、世界選手権でもオリンピックでも、2009年以降「無敵」を誇ってきた「絶対王者」が、「当然」でもなく、「苦労した」でもなく、「幸せ」だと語る、この「心持ち」こそ、史上最強のオールラウンドプレーヤーの「達人の境地」なのでしょう。
 8月10日朝、嬉しいニュースが飛び込んできました。

 カヌースラローム・男子カナディアンシングルで羽根田卓也選手が銅メダルを獲得したのです。
 カヌー競技における日本選手初のメダルでした。

 競技の模様が放送されました。
 色々とこの競技に対する情報を知ることが出来ました。

 羽根田選手は、ほぼノーミスでトライを完了しました。ゴール前20mのスピードが上がらなかったことが、僅かに悔やまれる試技でしたが、97.44という高いポイントを叩き出したのです。

 羽根田選手が3番目の成績で最終試技者、ドイツのジデリス・タジアディス選手のトライを迎えました。
 タジアディス選手は予選で95点台を叩き出して、1位の成績で決勝に進出してきましたから、優勝候補でした。

 おそらく「祈るような気持ち」で羽根田選手は待っていたことでしょう。

 そして、タジアディス選手にとっては不本意なトライが終了し、羽根田選手の銅メダルが確定しました。
 
 カヌーに乗りながら、喜びの涙を流す羽根田選手を、他国の選手が祝福します。
 素晴らしい光景でした。

 「カヌー先進国」スロバキアに渡って10年。
 その努力が見事に花開きました。

 カヌー競技が、日本においてメジャーになって行くきっかけとなる快挙でしょう。

 パイオニアとして羽根田卓也選手の活躍に、大きな拍手を送らせていただきます。
 予選でよもやの4位と、不本意なスタートとなった日本チームでしたが、決勝では見事な演技を連発して、逆転優勝を飾りました。

 個人総合では「無敵」の内村航平選手にとっても、団体となれば初のオリンピックチャンピオンでしたから、喜びが溢れていました。
 
 最後のロシア選手の「床」演技の得点が表示され、日本チームの金メダルが確定して以降は、「笑顔」また「笑顔」・・・。
 こんなに嬉しそうな内村選手を見たのは、初めてです。

 日本チームの全てのメンバーが見事な演技を披露しましたが、特に白井健三選手の「跳馬」には感じ入りました。あの演技内容とピタリと決めた着地!
 今大会の日本男子チームを象徴する演技であったと思います。

 日本チーム最後の演技者となった内村選手は、「床」を終えた後、膝に手を当ててとても疲れた様子でした。
 6種目すべてに出場したのですから、その疲れはピークだったのでしょう。

 疲労困憊の中で、大きなご褒美が待っていたのです。

 メダル授与式の際に、金メダルをかけてもらった瞬間、白井選手の口から「重い!」という言葉が出ていました。
 そして、メダルセレモニーの後、メンバーひとりひとりにインタビューが行われましたが、異口同音に「メダルが重い」と・・・。

 これまでの努力、艱難辛苦の思い出がメダルを重く感じさせていたのでしょうが、それにしてもこれだけ「重い、重い」という言葉を聞くと、リオデジャネイロ・オリンピックのメダルは、物理的にも重いのかもしれません。
 8月6日に行われた、ウエイトリフティング女子48kg級で、三宅宏実選手がスナッチ81kg・ジャーク107kg・計188kgを挙げて、銅メダルに輝きました。

 大会前に腰の故障が伝えられ、心配されていました。

 その心配が現実のものになったのがスナッチの試技でした。
 1回目・2回目と失敗し、3回目・81kgを失敗すれば「記録無し」に終わるピンチを迎えたのです。
 「やはり腰の故障が響いているのか・・・」と観ていましたが、この3回目をしっかりと成功したのです。
 バーベルを挙げて、成功を確信した時の「笑顔」がとても印象的でした。

 さてジャークの試技。
 1回目の105kgは危なげなく挙げました。スナッチ3回目からの「良い流れ」が続いている感じでした。

 そしてジャークの2回目・107kg。
 バーベルを胸まで挙げた時、ホーンが鳴りました。失敗です。
 三宅選手本人も「意外」な様子でしたが、どうやらバーベルを胸に挙げる一連の動作の中で「肘が膝に当たっていた」という判定のようでした。
 三宅コーチも「違う」と抗議していたようでしたが、判定は覆らず「失敗試技」となりました。

 続いて3回目、同じ107㎏の試技が直ぐにやってきました。
 同じ重さにトライしている選手が少ないと、試技が直ぐに回ってくるのです。

 本人にとって不本意な「失敗」から間の無い試技ですから、気持ちの整理が付いているのか、とても心配でしたが、杞憂でした。(優れたアスリートには素人の心配など無用なのです)

 「慎重」にバーベルを胸に挙げ(2回目の判定への配慮でしょうか)、ゆっくりと立ち上り(腰への負担を最小限にしようとするものだと感じました)、眦を決して、バーベルを頭上に差し上げました。
 「受け」もしっかりと決まり、何とか静止して、判定を待ちます。

 成功を確信した三宅選手は、頭上にバーベルを挙げたまま、「にっこり」と笑い、「やったー」と呟きました。

 銅メダル決定の瞬間でした。

 「やったー」と動いた口元が、本当に印象的でした。
 何とも言えないオーラが漂う試技でした。

 2012年ロンドン大会の銀メダルに続いての、2大会連続のメダル獲得は、本当に素晴らしい!
 日本のウエイトリフティング史上に燦然と輝く記録となりました。

 今大会の日本選手団に、大いなる勇気を与える活躍だと思います。
 体操の第55回NHK杯・男子が5月5日に行われました。
 リオデジャネイロ・オリンピック出場権を賭けた大会でしたが、男子・日本体操陣の層の厚さを実感させる、素晴らしい演技の連続でした。

 この大会で決定される代表権獲得を目指しての、加藤凌平選手と田中佑典選手の競り合いは最終種目・鉄棒に持ち込まれ、最初の試技者であった田中選手が15.900の高得点をマークして、加藤選手のトライを待ちました。
 加藤選手が15.500を超える得点を挙げることが出来れば、総合2位の座を確保できるのですが、加藤選手のこの種目のDスコアからして「殆どミスが許されない」という、大変難しい状況でした。

 「着地で1歩踏み出せば」田中選手が2位となる中での演技でしたが、加藤選手は見事なプレーを続け、着地もキッチリと決めました。この「落ち着き払った」演技というか、この勝負強さは、加藤選手の真骨頂なのでしょう。
 そして、オリンピック団体金メダルを目指す男子体操陣にとっても、本当に頼もしい力です。

 僅かな差で3位になったとはいえ、田中選手の各種目の演技も見事でした。
 本来なら16点越えも珍しくない鉄棒でしたが、僅かに滑らかさが不足していたのでしょう。15.900に留まりました。この0.1点が明暗を分けたのですから、まさに大接戦であったのです。

 神本雄也選手の吊り輪や、白井健三選手の床、萱和磨選手のあん馬、山室光史選手の平行棒、また今大会では珍しくミスが観られましたが斎藤優佑選手のあん馬、等々、男子体操陣の演技の素晴らしさは、各種目毎に「大歓声」と「ため息」を生みました。

 そして、大エース・内村航平選手のオールラウンダー振りも、今更ながら驚かされました。鉄棒演技における4つの離れ業と、その滑らかな演技の流れ、見事な着地。16.150という好得点も納得至極です。

 1か月ほど前に行われた日本選手権大会より、全ての選手がレベルを上げ、演技の完成度を高めてきた印象です。

 日本男子体操陣は、素晴らしいチームになりました。
 各々の選手の個性が輝いているところは、「体操ニッポン」の全盛期に勝るとも劣らないレベルでしょう。

 リオデジャネイロ・オリンピックでは、「史上最強のチーム」を目指していただきたいものです。
 カナダのスウィフトカレントで開催されていたカーリング女子の世界選手権大会は、3月27日に決勝戦が行われ、日本チームはスイスチームに6-9で敗れ、惜しくも優勝を逃しました。

 とはいえ、世界選手権・オリンピックを通じて、日本代表チームとして初めての準優勝という快挙を成し遂げた「LS北見チーム」に大きな拍手を送ります。

 予選リーグを2位で通過した日本チームは、決勝トーナメント初戦でスイスに敗れ、敗者復活戦的な試合でロシアチームを下して、決勝に進みました。
 決勝の相手は再びスイスチームでした。

 こうしたトーナメントの形式は、全てのスポーツを通じても珍しいものでしょうが、それだけ「予選リーグの1・2位」を高く評価している競技であることを示しているのでしょう。

 その点からも、「予選リーグで2位」→「決勝トーナメントでも2位」という成績は、今大会の日本チームの安定した戦いぶりを示すものとして、高く評価されるものだと思います。

 決勝の戦いぶりも見事なものでした。

 第7エンドで、スイスに3点を許し3-5と逆転された時には、このまま押し切られるかに見えました。
 しかし日本チームは続く第8エンドで3点を取り返し、再逆転に成功しました。藤沢選手のラストショットで、スイスチームのストーンを弾き出すとともに、日本チームの3個目のストーンがギリギリにサークルに残ったのです。
 このプレーは、今大会の日本チームの強さを示していました。
 そして、最終・第10エンドの後攻を手にする可能性が高まりましたので、日本チーム優勝への期待が高まりました。

 ところが、スイスチームも流石でした。
 第9エンドで2点を追加して7-6と再逆転。日本チームとしては、このエンドの失点を1点に抑えて、6-6の同点で第10エンドを迎えたかったところです。

 再逆転を許した日本チームとしては、第10エンドで「2点」を取りに行くこととなり、難しい試合展開を強いられたのです。

 スイスチームのプレーの特徴として、「いつもサークルの端の方にストーンを残す」という戦術が目立ったように感じます。
 到底NO.1ストーンにはなれない場所に、ストーンを残しておくのです。

 こうしておくことで、相手チームにミスショットが生まれた時に、大量得点に結びつけることが出来るということなのでしょうか。
 サークルがテレビ画面に映し出される度に、スイスチームの赤いストーンの数の方が多かったように思います。

  カーリングは「ミスが少ないほうが勝つ」タイプの競技だと思います。

 そして、ミスショットを減らした日本チームに、大きなご褒美が齎されたのでしょう。
 バドミントンの世界最高峰の大会のひとつ、全英オープン2016は3月13日に各種目の決勝が行われました。

① 女子ダブルス

 日本の高橋礼華・松友美佐紀ペアが中国ペアをストレートで下し優勝しました。

 全英オープンにおける日本ペアの優勝は、1978年の徳田敦子・高田幹子ペアの優勝以来、「38年ぶり」の快挙です。

② 女子シングルス

 奥原希望選手が、中国の王選手をセットカウント2-1で下し、優勝しました。

 日本女子選手の優勝は、1977年の湯木博恵選手以来「39年ぶり」の快挙です。

③ 男子ダブルス

 初優勝を狙った、早川賢一・遠藤大由ペアでしたが、決勝でロシアのソゾノフ・イワノフペアにセットカウント1-2で惜敗しました。
 近時は決勝に駒を進めることがある男子ペアですが、残念ながら今大会も準優勝に終わりました。もちろん、全英オープンの準優勝は、素晴らしい成績です。

 こうした、男女を通じての世界トップクラスの大会における大活躍を観ると、日本のバドミントンは本当に強くなったと、改めて感じます。

 特に女子陣は、世界のトップに君臨する中国チームを相手に優勝しているのですから、その力は本物です。
 奥原希望選手の「拾い捲るプレー」は、細部まで極めて高いレベルに到達していますし、高橋・松友ペアはパワー・スピード共に中国勢に肉薄しています。

 リオデジャネイロ・オリンピックでの活躍は勿論として、「日本のバドミントン」を確立しつつある日本チームの今後の活躍が、とても楽しみです。
 マレーシアのクアラルンプールで開催されていた卓球の世界選手権大会(団体戦)は、3月6日に男女の決勝が行われ、日本チームは共に中国に敗れました。
 男女共に銀メダルという結果でしたが、随所に素晴らしい活躍を魅せ、「卓球日本」の実力を示してくれたと感じます。

 まずは女子決勝。
 一人目の福原愛選手は、世界ランク一位の劉詩ウェン選手と対戦しました。劉選手はさすがのプレーで福原選手を圧倒、3-0のストレートで勝利しました。

 二人目は石川佳純。中国の李暁霞選手から第一・第二セットを奪い追い込みましたが、第三セットから李選手が粘り強いプレーを展開し、フルセットの末押し切られました。

 三人目の伊藤美誠選手は、中国の丁寧選手から第一セットを奪うも、第二セット以降は丁選手の丁寧なプレーの前に連取されて敗れました。

 残念ながら0-3のストレート負けとはなりましたが、「2大会連続の銀メダル」の意義は極めて大きいと思います。
 日本女子チームは、間違いなく世界トップクラスの実力を身に着けたのです。

 続いて行われた男子決勝。
 一人目にエースの水谷隼選手を起用した日本チームでしたが、中国の許シン選手にストレートで敗れました。許選手のリズムの試合であったと思います。

 二人目の吉村真晴選手も馬龍選手に歯が立たず、ストレート負け。
 中国チームの強さというか、「安定した強さ」をまざまざと感じさせられました。

 三人目の大島祐哉選手は張継科選手から第一セットを奪うも、その後3セットを連取されて敗れました。
 22歳、若手のホープ大島選手は、かつての名手・長谷川信彦選手を髣髴とさせる強烈なロングドライブを持ち味とするプレーヤーですが、この大会で日本代表の地位を確立した印象です。

 女子に続いて、こちらも0-3のストレート負けでしたが、男子は「39年ぶりの銀メダル」という堂々たる成績を残しました。
 特に、準決勝でイングランドを3-1で破った勝利の価値は大きく、「中国以外のチーム相手」なら、十分に勝負になるレベルまで、チーム力が上がってきたことを証明したのです。
 見事な戦いぶりでした。

 マレーシア・クアラルンプールの会場は、「真っ赤」に染まりました。
 中国チームの大応援団が詰めかけたのです。

 こうした「完全アウェイ」の中、日本チームは中国チームと正面から戦い、多くのものを掴んでくれたと思います。

 「卓球日本」にとって、「収穫の多い大会」となりました。
 昨2015年12月20日、嬉しいニュースが飛び込みました。

 水球日本代表チーム(愛称:ポセイドン・ジャパン)がアジア選手権大会で優勝し、リオデジャネイロ・オリンピック出場を決めたのです。
 決勝では、中国チームを相手に16-10(各ピリオド・6-2、2-4、3-1、5-3)のスコアで快勝しました。

 水球競技で日本チームがオリンピックに出場するのは、1984年のロサンゼルス大会以来32年振りとなります。

 体格差により、21世紀に入ってからは「オリンピック出場」は遥かな夢と言われてきましたが、見事な「日本水球」復活でした。

① 新戦法の導入

 水球競技では「効果的では無い」とされてきた、「相手プレーヤーに張り付いてパスコースを塞ぐ」守備を導入しました。2013年からのことだと報じられています。

 世界の強豪チームは、「ゴール前を固める」守備を導入しています。

 いわば、「ゾーンディフェンス」から「マンツーマンディフェンス」に変更した形です。

 「ゴール前を固める」守備では、体格(高さ・パワー)で劣る日本チームには勝ち目が無いという判断からの、戦法変更なのでしょう。大本監督を始めとするチーム全体での決断でした。
 そして、この戦法が功を奏したのです。日本チームの「水上での動きの速さ」を最大限活かした戦い方なのであろうと感じます。

② ハードトレーニング

 ワールドカップ2015で大活躍したラグビー日本代表チームに劣らないハードトレーニングを積み上げたと伝えられています。
 1年の半分を合宿に当てて、通常1日2~3時間のトレーニングを倍増したのです。

 今アジア大会のポセイドン・ジャパンは、試合終盤まで運動量が落ちませんでした。前述のようなハードトレーニングに裏打ちされた試合振りだったのでしょう。
 
③ 関係者の皆さんのご努力

 前述②の「長期合宿」を実施する際にも、世界各国に遠征するにしても、相当の資金が必要になります。21世紀のスポーツにおいて世界大会出場や世界一を目指すとなれば、相応の資金は不可欠なのです。

 活動資金獲得・積上げに向けての、連盟を始めとする関係者の皆さんの不断の努力が有ったことは間違いないでしょう。

 32年振りのオリンピック出場は、プレーヤー・チーム・関係者の皆さんが一丸となった努力の結晶なのです。
 
 ちなみに、水球も英国発祥のスポーツです。19世紀後半に考案されたと言われていて、英語では「Water Polo、ウォーター・ポロ」。
 サッカー、ラグビー、テニスなど、現在世界中で行われているスポーツの多くが英国発祥です。やはり、19世紀に世界で最も早く「産業革命」が起こり定着し、人々の生活に余裕が生まれ、娯楽としての種々のスポーツが英国で発達して行ったのでしょう。

 一見すると、水球はサッカーと似た競技に観えます。足では無く手を使った「水上のサッカー」の様です。
 とはいえ、水球ではヘディングやキックは許されていません。

 話を戻します。

 2016年のスポーツ界最大のイベントである、リオデジャネイロ・オリンピックの見所が、また増えました。

 「日本独特の水球」を創り上げたポセイドン・ジャパンの大活躍が、とても楽しみです。
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