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 東京六大学野球の2014年秋季リーグ戦が9月13日に開幕します。
 歴史と伝統を誇るリーグ戦ですが、気になることがひとつ。東大の連敗が続いているのです。

 2014年春のリーグ戦も全敗して、76連敗となりました。1度のリーグ戦で引き分けが無く負け続けるとすると、各校と2試合ずつ5校との対戦がありますから、計10試合・春秋のリーグ戦がありますから年間20試合。76連敗するため?には、3年半以上負け続けなければならないことになります。

 これは、大変残念な状況ということになります。

 例えば、日本プロ野球2013の結果を見てみます。
 セントラルリーグは巨人が優勝、84勝53敗7引分で勝率は0.613。セリーグの最下位はヤクルトで57勝83敗4引分・勝率0.407。
 パシフィックリーグは楽天が82勝59敗で優勝し、勝率は0.582。最下位は日本ハムで64勝78敗・勝率0.451。となっています。

 つまり、2013年シーズンのセントラルリーグで圧倒的に強かった巨人でも、10試合を戦うと6勝4敗ペース、大差の最下位であったヤクルトでも4勝6敗です。
 この例から見れば、0勝76敗というのは異常な?事態と言えます。

 もちろん、プロ野球の各チームと東京六大学リーグの東京大学を同じ土俵で論じることが出来ないのは当然のことですが、とはいえ野球という「プレーに不確実性が相当量存在するスポーツ」は「実力差が大きくとも、10度試合をすれば1度位は勝てる」ものなのでしょう。
 相当の実力差が有っても番狂わせが起こる、それも相応の確率で起こることが、人気スポーツの共通点です。野球が大人気スポーツである理由のひとつなのでしょう。

 実際、これまでの東大野球部の六大学野球における通算勝率は1割を上回っています。10試合すれば1勝以上できる実績を積み重ねてきているのです。

 そうなると、現在の76連敗というのは類希な現象ということが出来ます。

 何故、東大は全く勝てなくなってしまったのかを考えてみましょう。

① 個々のプレーヤーの実力差が大きいこと(ただし、このことは76連敗の根本原因ではありません)

 東大以外の5大学の野球部には、高校時代の甲子園大会出場経験者を始めとする「実力・経験とも十分なプレーヤー」が集まっています。歴史と伝統・格式を誇り、全国の大学野球界で最も有名なリーグ戦なのですから、当然のことでしょう。

 一方、東大にはスポーツ推薦といった制度がありませんから、高校時代に野球に打ち込み、日本トップクラスのスキルを身に付けたプレーヤーが少ないことは止むを得ないと思います。
 もちろん、甲子園大会に出場したプレーヤーが東京大学の入学試験に一概に合格できないとは思われませんが、その人数は限定的なものでしょう。

 個々のプレーヤーの力量に大きな差が有れば、チーム力にも反映されますから、東大野球部はリーグ戦において苦しい戦いが続くことになります。

 とはいえ、過去の戦績、特に1980年代には「赤門旋風」と呼ばれた時期が存在しました。1981年春のシーズンには、早大と慶大から勝ち点を挙げるという活躍を見せるなど、1986年にかけて、東大野球部は勝ち点こそ取れませんが、勝ち星は挙げるというシーズンが、数多く存在したのです。

 東京大学の受験が難しいという事実は、程度の差こそあれ1980年代も現在も大差は無いと思われますので、この「個々のプレーヤーの実力差」は1勝10敗の要因ではあっても、76連敗の根本原因では無いことは、明白でしょう。

② 勝つための工夫が足りないこと

 このことが最大の要因ではないでしょうか。
 厳しい書き方で恐縮ですが、「実力が劣るチームが強いチームに勝つために何をしなければならないか」を考え、対策を立案し、実行する力が、「過去の東大チームと比較して不足」しているのかもしれません。

 東大野球部を語る時「頭が良いことは分かっているのだから、戦法を考え出して実行していきたい、実行することで試合に勝てる」といった論調が時々現れます。こうした見方・考え方自体に問題が有るように思います。

 受験脳と野球脳とは異なる物でしょう。受験に強い頭だからと言って、どのように野球をプレーして行ったら良いかを考えて実行する能力が高いとは限りません。ボールやプレーに対する反応の速さや、3次元で的確に戦況を把握する能力が、野球脳の一部ということになります。 
 当然ながら、甲子園大会出場経験者は極めて高い野球脳を保持していると言って良いでしょう。

 では、どうしたら1勝を挙げることが出来るのでしょう。

[第一段階] 得点すること

 例えば、四球とエラーで無死あるいは一死1・3塁というチャンスが生まれることは、野球の試合において珍しいことではありません。ノーヒットで得点を挙げることも良くあることです。また、当たり損ねのフライが内野手の頭を超えてヒットになることも、たびたび目にします。パスボールや暴投から失点することもあります。

 野球というのは、そういうスポーツなのであり、それが野球の面白さのひとつなのです。どんなに凄い投手でも、思わぬ失点を喫することがあるのです。
 攻撃においては、こうしたチャンスを高い確率で物にしていくこと、そして「先取点を挙げること」「僅少得点差の試合を展開すること」が重要でしょう。

 連続ヒットなど考えず、とにかく得点していくこと、これが第一歩になると思います。野球は優勢勝ちや判定勝ちが無いスポーツです。10安打で0点のこともあれば、ノーヒットで得点することもあるのです。

 そして、0得点では絶対に試合には勝てません。

[第二段階] リードを守るピッチングと守備

 第一段階で先取点や僅少差に追い付く得点を挙げたら、その差を維持するピッチングと守備が大切です。逆転を狙い、力んで振り回してくる相手打者を、打たせて取っていくのです。僅少差の状態で試合終盤まで来れば、思わぬ逆転の可能性が広がるのです。

 投球においては2種類以上の変化球が必要でしょう。そして、2シームのストレートも有効だと思います。
 打ち気に逸る打者を手玉に取るピッチング、1960年代の新治伸治投手(東大野球部初のプロ野球選手)や井手峻投手(同じくプロ野球選手)ほどの投球は出来なくとも、十分に、1つのリーグ戦11試合で1勝できる投手陣の構築は可能でしょう。

[全体として] 相手チームが嫌がるプレーを続けること

 体力・体格・運動能力面で劣後し、野球脳の面でも敵わないかもしれないとなれば、相手チームが嫌がるプレーを続けていくしかありません。格好良いプレーをする余裕など無いのです。
 投手陣が年に一度の好投を展開した試合において、あらゆる戦術を行使して得点を挙げることが出来れば、「相手チームの焦りを誘う」ことに繋がります。相手が焦る状況を創り出していくのです。

 採用していく戦法・プレーについては、100年以上の歴史を有するスポーツなのですから、先達たる「野球の天才」諸兄が、ありとあらゆる戦法・プレーを創造し、実行してきていることが明らかですので、それらの中から自分達の能力・個性に合ったものを選択し、組み合わせて行くのでしょう。
 新しい戦法・プレーを生み出すことにエネルギーを注ぎ込むより、余程効率的で効果的だと思います。

 また、東京六大学野球の歴史を見ると、東大に弱いチームと強いチームがあると思います。
 強いのは明治大学、確か明大は東大に100連勝以上していると思います。個別校同士の対戦では、年間最大4連勝しかできないのですから、100連勝というのは25年の月日を要します。明大は、25年・四半世紀以上東大に負けていないのです。おそらく、明大は東大相手に全く焦らないチームなのでしょう。

 一方、意外に弱いのが早稲田大学です。早大は、前述の1981年春のシーズンに慶大と共に東大に勝ち点を許すと、同年秋のシーズンには単独で再び勝ち点を許しています。2シーズン連続で東大に負け越し、1年間で東大に4敗したのです。
 その後も、東大の連敗記録を止める?ことが多いのが、早大だと感じます。早大は東大相手に焦り易いチームなのかもしれません。

 東京大学野球部は「相手の嫌がるプレーを連発し、最少のヒット数で得点し、相手の焦りを誘って凡打の山を築く」野球で、不名誉な記録に終止符を打たなければなりません。1度のリーグ戦で1勝挙げて行くことは、決して不可能なことではないと思います。

 そして「東大野球の勝ち方」を身に付け、ノウハウとして伝承し向上させて「1勝3敗ペースの野球」を確立できれば、今後10年の間に1981年春のリーグ戦の4位という最高成績を上回る成績を残すことは、夢ではないでしょう。

 日々努力を積み重ねている現東大野球部の皆さんに対して、失礼なことを書いてしまったかもしれませんが、「東大・六大学野球リーグで初の3位」という報道・大見出しを、是非見てみたいと思っているのです。
 日本経済新聞スポーツ欄のコラム「権藤博の悠々球論」は、いつも楽しく読ませていただいています。

 8月7日掲載分も興味深い内容でした。

 「今、1軍のマウンドに立つ姿を一番みたいのはあと4日で49歳になる中日・山本昌だ。・・・」で書きはじめた稿は、山本昌投手の素晴らしさを述べます。

 「投球に『型』がないのがいい。打たせて取るわけでもなく、三振を取るわけでもなく・・・テンポはいいが、制球は全くアバウトだ。」

 「角度のある直球をとりあえずストライクゾーンに投げ、あとはスクリュー(沈むシュート)かスライダーで何とかというスタイル。この『とりあえず投法』でここまできたのがすごい。まさに天然記念物。」

 「・・・年をとると膝に負担がかかることなどから、フォームもおとなしくなるが、山本昌のはやんちゃなまま。・・・」

 こうした、やや乱暴な書きっぷりには、権藤氏の山本昌投手への愛情が溢れています。

 そして「山本昌がもう少し繊細で、型を持っていたら、ここまで長持ちはしなかったはず。軟体動物のようなとらえどころのなさで、年齢の壁もぬらりとすり抜けてきた。まさに世界に誇れる投手。・・・」と結びます。キチンとしていたら、ここまでの大投手にはなれなかったという逆説的なコメントですが、おっしゃる通りでしょう。

 打者の手許で変化するボールが必要だとか、コースギリギリのコントロールがポイントだとか、スライダー・スプリッターのキレがどうだとか、そうした投球術をうんぬんする前に、「ボールの威力が最も大切」であると権藤氏は言っているのでしょう。
 
 権藤氏のコメンにトは、本当のプロフェッショナルだけが知っている「本質」が常に述べられていると思います。

 どんなにコースギリギリの投球でも、威力が無ければプロの打者には簡単に打たれてしまいます。何しろ、ストライク投球は必ずベース上を通過するのですから、バットが届くのです。
 良い投手にまず必要なのは「ボールの威力」なのでしょう。

 社会人野球・真夏の祭典、第85回都市対抗野球大会は7月18日に開幕しました。

 友人の依頼で7月23日、ホンダチーム(狭山市)の応援に行ってきました。
 広島市(JR西日本)と狭山市(ホンダ)の対戦、JR西日本が先攻です。

 JR西日本は、ホンダ先発の桜田投手の立ち上がりを攻めて1回表に先制、3回にも2点を追加して3-0、優位に試合を進めます。
 ホンダも3回裏・4回裏と1点ずつ返しますが、続くチャンスであと一本が出ずに追い付くことが出来ません。

 JR西日本が5回にも追加点を上げて4-2とリードした形で試合も終盤。
 3塁側ホンダ応援席の、私の前の席に座っていたホンダの社員の方(還暦は過ぎていると思います)が、「もう30年以上観てきた。入来(投手。ホンダ→巨人→DeNA)の時は強かった。」などとおっしゃいます。
 さすがに18年前1996年のホンダ優勝の時は観ていませんので、「2009年の長野選手が居た時の優勝は観ました。」と応えます。
 こうしたスタンドにおける人生の大先輩との会話は、社会人野球の醍醐味でしょう。

 さて、ゲームは8回裏、JR西日本が4-2でリード。ここでホンダの反撃が始まりました。4番多幡選手・四球、6番小甲選手・死球、7番川戸選手・死球で1死満塁。ここで、8番阿部選手がレフト前ヒットで1点を返し、なおも1死満塁。
 9番山崎選手に代打の篠塚選手。あの銚子商業→巨人のヒットメーカー篠塚選手の息子さんです。こういう選手を観ることが出来るのも、社会人野球の醍醐味でしょう。その篠塚選手がセンターに大きなフライ。タッチアップから以下点が入り4-4の同点。この時の振り切った姿勢が、お父さんの篠塚選手とそっくりでした。

 続く、この日当たっていなかった1番浦部選手がセンター前ヒットを打ち、ついに5-4とホンダが勝ち越しました。

 篠塚選手のセンターフライで同点となった時点で、応援席は大騒ぎ。ホンダ応援席恒例のバンザイを繰り返している最中に、初球を浦部選手がヒットしたため、スタンドは何がなんだかよく分からないまま、再び騒然となりました。

 そして9回表。ホンダのマウンドには福島投手が上がります。
 本来は、ここをキッチリと押さえてゲームセットと行きたかったところですが、当然ながらJR西日本も粘ります。7番金丸選手の代打今井選手がレフト前ヒット。8番原田選手の時、ホンダにバッテリーミス・パスボールで今井選手は2塁へ。これをキッチリと送って1死3塁。9番安田選手のセンターフライでタッチアップから同点5-5。試合は振出しに戻りました。
 ホンダにとっては痛いパスボールでした。一方のJR西日本は、無死でランナーが出れば間違いなくバントで送る戦法。徹底していましたし、各選手のバントも上手でした。

 さて、延長10回・11回と両チームとも得点できず、ゲームは「タイブレーク」に持ち込まれました。「1死満塁の設定で攻撃を開始するルール」です。おそらく、ソフトボールのルールを野球に適用したのであろうと思いますが、スケジュールが厳しい都市対抗野球では、止むを得ないルール導入であろうとも思います。
 サッカーならPK戦というところでしょうか。

 延長12回の表裏は色々ありましたが、結局両チーム1点ずつを取り合い6-6の同点のまま延長13回へ。ゴルフのプレーオフでいえば「プレーオフ2ホール目」、サッカーでいえば「PK戦5人ずつが蹴り終わり6人目に入る」といったところでしょうか。

 延長13回の表、JR西日本は2死満塁となって7番高木選手。ボールが3つ連続してカウント3-0、四球なら押し出しで得点が入ります。ここからストライクが2つ来てカウント3-2となっての6球目を高木選手がライトにヒット、2者が帰り8-6とリード。
さらに2死1・3塁とチャンスが続きましたが、ホンダの福島投手が踏ん張って、続く林選手を三振に取り3アウトチェンジ。ここで追加点を阻止したことが、13回裏のホンダチームの攻撃に結びつきました。

 延長13回の裏、ホンダの先頭打者川戸選手は内野フライアウトで2死満塁。ホンダ絶体絶命のピンチ、JR西日本が相当有利になりました。JR西日本チーム関根選手の力投が続きます。

 続くは8番阿部選手。カウント1-2からファウルで粘ります。これは見事な粘り。

 前の席のホンダの大先輩が「怖くて観ていられないよ。」と振り返りながら言いますので、「大丈夫ですよ。常に勝負は一球で決まります。」と励まし?ました。
 ホンダ応援席全員が立ち上がって、「赤と黄色のうちわ」を振り回し、声を振り絞っての大応援が、いつ果てるともなく続きます。

 そして、阿部選手のカウントは3-2となりました。JR西日本としては、カウント2-2までの間に勝負したかったことでしょう。2点リードしているので、長打を打たれても同点までに抑えられる可能性があるからです。フルカウントとなってしまいましたから、3人のランナーが投球動作と共にスタートしてしまう態勢となりました。外野の間を割れば、3人のランナー全てが生還できる形になってしまったのです。

 カウント2-2まではJR西日本が有利でしたが、3-2となってしまっては伸るか反るかの勝負になってしまいました。

 果たして阿部選手は右中間を破るヒット。3塁ランナー、2塁ランナーに続いて1塁ランナーも勇躍ホームを陥れ、ホンダチームの逆転サヨナラ勝ちとなりました。

 15000人は優に超えていると思われ、東京ドームの3塁側3階席とレフトスタンドまで埋め尽くしたホンダ応援団は狂喜乱舞。私も周り中の人とハイタッチの嵐。
 一方の1塁側JR西日本の応援団は沈黙。よもやの逆転負けですから、無理も無いところです。

 ほぼ互角の試合でしたが、13回裏の阿部選手のカウントがポイントだったと思います。1-2からファウルによる粘りで、3-2まで持って行ったのですが、2-2から3-2になったところで「JR西日本チームのリスクは倍増」しました。

 延長13回9-8のサヨナラ勝ちという、見応え十分の大変面白い試合でしたし、周囲の人達との交流という社会人野球の醍醐味も楽しめましたし、「野球競技における1球の重み」を再度認識させられた試合でもありました。

 「イニングの先頭打者に四球を与えると失点する確率が高い」とか「四球を出すくらいならヒットを打たれた方が良い」とかいった言葉を良く耳にします。

 今回は、四球とヒット(単打)を比較してみましょう。

1. 安全性

 四球もヒット(単打)も、バッターは一塁ベースに進塁することが出来ます。その点の、攻撃における効果は同じです。

 但し四球の場合、バッターはゆっくりと一塁ベースに行くことが出来ます。ヒット(単打)の場合には一塁ベースに急いで走って行かなくてはなりません。たとえ、内野手の間を打球が抜けたとしても、ゆっくりと走るという訳には行きません。ライトゴロという場合もありますから、「一塁まで到達する時間に制限がある」のです。

 全体として、ベースボールの攻撃は「塁間を走る時間を稼ぐもの」であり、守備は「打者・走者に塁間を走る時間を与えないことを目指すもの」ですが、四球は例外のプレーということになります。

 四球を得た打者・走者は、「一塁ベースまで到達する安全」が確保されるのです。

 一方で、ヒット(単打)の方は、たとえ内野手の間を抜く打球を打ったとしても、走っている時に転んでしまったり、打った瞬間に故障を発症して歩くことしかできなくなったりした場合には、アウトになる可能性が高まります。つまり「一塁ベースに到達するまでの安全は、全く確保されていない」のです。

 これは、塁上に既にランナーが居る場合にも同様です。
 例えば、満塁の状況で四球の場合には、もともとの一塁ランナーは二塁進塁が、もともとの二塁ランナーは三塁進塁、もともとの三塁ランナーは本塁進塁=得点、が確保されます。どの塁のランナーもゆっくりと次のベースに進むことが出来るのです。

 同じ満塁の場合のヒット(単打)を考えてみましょう。
 ランナーの転倒や故障発症により、次の塁に進めないケースが想定されます。この場合でも安全性という意味では、四球の方が遥かに高いのです。

 もちろん、四球もインプレーですから、四球で一塁に向かった打者・走者が、一塁ベースを回って二塁を目指したりした場合には、野手に触球されてアウトになる可能性はあります。通常の四球では想定しにくいプレーですが、4つ目のボールとなった投球が暴投やパスボールになった場合には、有り得ます。とはいえ、こうした可能性があるからといって、「四球の安全性」はいささかも揺るぐものではありません。

 一塁ベースに到達する、あるいは次の塁に進むというプレーの安全性という面からは、四球の方がヒット(単打)より、相当に勝っていると思います。

2. 発展性

 例えば、満塁の状況で四球の場合には、1得点の上で満塁の状況が継続しますが、ヒット(単打)の場合には、「その稼いだ時間が長い場合」や「ランナーの脚が速い場合」「ランナーのスタートが良い場合」などには、三塁ランナーのみならず、二塁ランナーも本塁を陥れることがあります。つまり、ワンプレーで2得点の可能性があるのです。

 このワンプレーで2得点というのは、四球の場合には滅多に生じないプレーです。4つ目のボールの投球が暴投になった場合などに可能性がありますが、まずお目にかかれないプレーでしょう。

 こうした面、攻撃プレーの広がり・多様性といった面からは、ヒット(単打)の方が勝っていると言えるでしょう。

 無論、ヒットが単打ではなく長打の場合には、プレーは一層の広がりを見せることになりますから、「長打を打たれるくらいなら、四球の方がまし」という考え方は存在するでしょう。

3. ピッチャーや野手への影響

 四球の場合には、ピッチャーは少なくとも4球は投げなければなりません。4球以上投げた上に、アウトを取ることが出来ずランナーが出塁するプレーですから、球数の面からも大きな負担となります。

 もちろんヒットの場合にも、例えばカウント3-2からのヒットも当然あります。4球以上を投じた後のヒットを打たれることもあるのですが、一方で1球でヒットを打たれることもあります。
 一人の打者に1~3球の投球で四球になることはありませんから、やはり四球の方が球数の面で平均すれば、多く投げなければならないと考えるのが自然でしょう。

 加えて、精神的な影響も想定されます。
 ピッチャーは「打たせれば凡打となったかもしれない打者」に、ゆっくりと一塁に進む権利を与えてしまったという気持ちが残る可能性があります。好投を続けてきたピッチャーが、四球から崩れていくというシーンは、数多く観られます。

 また、守っている野手の立場に立つと、与四球は「ピッチャーの独り相撲」と感じる可能性があります。守備時間の長期化にも結び付きやすいのです。
 こうした野手の気持ち・気分が、自軍の攻撃面に影響し、中々得点できない原因となる可能性も否定できません。

 さて、ここまで四球とヒット(単打)を比較してきました。

 双方にメリット・デメリットがあることが分かりますが、ベースボールの攻撃面で、平均してどちらが勝っているかという面で見れば、「四球の方がヒット(単打)に勝る」と言って良いでしょう。

 何といっても、攻撃において「ランナーを出す」「次の塁を取る」といったプレーが、「ほとんど時間制限無く安全に行える」というメリットは、相当に高いと言わざるを得ません。
 「四球は不確定要素やミスが入り込み難いプレー」なのです。

 逆に言えば、ピッチャーや守備側から見れば「四球は極力回避しなればならないプレー」ということになります。「長打やホームランを絶対に回避しなければならない局面」でのみ、許されるプレーということになるのでしょう。

 4月3日の日本経済新聞スポーツ欄のコラム・権藤博氏の悠々球論に、「ドント・オーバー・ティーチ」という言葉が登場しました。

 権藤氏が30歳で現役を引退し、アメリカのマイナーリーグを視察した時に、若い選手の打撃が余りに酷かったので指導すると、「現地のコーチに『教えられたことは忘れる。自分でつかんだことは忘れない。だから私は彼が自分で覚えるまでは黙ってみている』とたしなめられた。教えるだけがコーチではない、教えないのもコーチの仕事と気付いたおかげで、私は野球で身を立ててこられた。」と続きます。

 良い話です。

 身に付いていないもの、意識してやっていることは、イザという時役に立たないことが多いものです。体で覚えておくことが大切というのは、スポーツはもちろんとして、一般の仕事や日常生活においても、共通のことでしょう。

 「教えすぎないこと」も、とても大切です。教えられて、分かったようなつもりになっていても、実は身に付いていないということは多々あります。

 4月、新入社員も入ってきました。とかく「指示待ち」の新入社員が多いといわれる昨今、本コラムは普遍的な何かを示しているように思います。プレーヤーにとっても、肝に銘じておくべきことが内包されています。

 2013年からスタートした「悠々球論」ですが、今後は隔週木曜日に定期掲載されるそうです。豊田泰光氏の「チェンジアップ」が終わってしまい、少し寂しい感じがしていましたが、これからは権藤博氏の「悠々球論」という楽しみが出来ました。

 「本物のプロフェッショナル」の視点からの指摘は素晴らしいものです。権藤氏の「ハッとコレクション」に、ハッとする日々が続くことでしょう。

 MLBのヤンキースから移籍し、今シーズン東北楽天に所属するケビン・ユーキリス選手が、2月27日のロッテとの練習試合に出場し、2打数2安打でした。

 そして、ゲーム後のインタビューに応じ、「この時期はけがをしないで乗り越えることが大事」とコメントしました。

 さすがに、メジャーリーグで長い間一流プレーヤーとして活躍してきた選手だと感じます。プロスポーツプレーヤーとしての本質が、コメントに込められています。

 まずペナントレースの100ゲームを超える出場に耐えられる体作り、そして投手なら新しい球種の習得、野手なら苦手なコースの克服、といった課題を持ってキャンプやオープン戦に臨む時期なのでしょうが、ユーキリス選手は「けがをしない」ことを第一目標として掲げたのです。
 技術・体力の向上以前の段階として、「けがの回避」を心に留め実行することが、アスリートにとってとても大事なことは、大半のプレーヤーが認識していることだと思いますが、実行するのは容易なことではないでしょう。

 レギュラー争いを始めとして、無理をしやすい時期なのです。
 ユーキリス選手は、才能が有りながら、けがのためにグランドを去っていった多くのプレーヤーを目の当たりにしてきたのでしょう。
 2012年の春先、練習中に転倒し、右膝の大怪我で2012年シーズンを棒に振ったマリアノ・リベラ投手の例もあります。

 また、自身も故障に悩まされた時期もありますし、何より「ファンは自分がグランドでプレーしているのを観たい」ものだということを、痛感しているのだと思います。プロとは、そういうものだということが、体に染み付いているのです。

 もちろんファンは、お目当ての選手がヒットやホームランを打ったり、三振を取ったり、完投勝ちをしたり、するのを期待していますが、何より、その姿を観たいのです。調子が悪く活躍できなくとも、プレーをしている姿を観たいのです。

 「グランドでプレー・姿を見せることが、プロプレーヤーの第一の仕事」であることを内包したコメントだと思います。

 MLBボストン・レッドソックス時代のユーキリス選手が思い出されます。ワールドシリーズ優勝メンバーでもあります。
メジャーの打者としては珍しく?大振りをせずコンパクトに振り抜くスイング。従って、ストライクゾーンのコーナーへの投球にも対処できます。特に、多くの打者が苦手にしている内角高めのさばきが上手いという印象です。
 コンパクトなスイングですがパンチ力は十分ですから長打もあるのですが、本質的にはライナー性の打球を右中間・左中間に放つ中距離ヒッターでしょう。

 加えて、選球眼の良さには定評があります。出塁率が高いのです。日本プロ野球NPBにも十分に対応できるタイプのプレーヤーだと思います。

 また、ユーキリスといえば「髭(ひげ)」でしょう。髭を蓄えた選手が多かったレッドソックスでも1・2を争う?見事な髭でした。ふわっとしたタイプの髭でしたから「一度触ってみたい」と思ったファンも多かったのではないでしょうか。

 日本に来てからも髭を生やしてプレーしています。
 MLBを席巻した「髭のユーキリス」が、NPBでも旋風を巻き起こしてくれることでしょう。
 毎月5日と20日に発売される漫画雑誌「ビッグコミック・オリジナル」に連載されてきた人気野球漫画「あぶさん」が、2014年2月5日号掲載分をもって完結しました。

 1973年・昭和48年に始まったものですから、41年間に渡るロングランでした。いつ読み始めたのか、正確な記憶はありませんが、1976年頃には読んでいました。

 「あぶさん」は、飲兵衛の野球選手(当初は代打専門)、新潟県新潟市出身の景浦安武(かげうら あぶ)を主人公とする野球漫画です。
 南海ホークス(その後は福岡ダイエー、福岡ソフトバンク)に所属する選手で、代打で打席に向かう時、グリップに向かって「酒しぶき」を吹きかけるカットは有名です。そして、その時代その時代の、実在する日本プロ野球の選手達との戦いが描かれています。

 景浦安武選手が45歳になった1991年から3年連続で三冠王となるなど、これだけ長い連載ともなると、やや荒唐無稽な面も出てきましたし、21世紀に入ると既に名物と化していました。

 この漫画には、作者の水島新司氏の思いが込められていると、私は考えています。新潟県新潟市出身の水島氏の「雪深い新潟県出身の野球選手が、日本プロ野球史上最高の選手と成って欲しい」という思いです。
 1939年生まれの水島氏が20代30代の頃、残念ながら新潟県の野球は弱かったと思います。

 甲子園大会での成績以前に、新潟・富山で1校しか出場できなかった時代には、当時は富山県の方が新潟県より高校野球が強かったので、夏の甲子園に新潟県の高校が出場すること自体が稀なことでした。

 例えば、1966年から1980年まで15年間(途中で1県1校出場となりました)の夏の甲子園大会に、新潟県からは延べ12高校が出場し、1勝12敗の成績だったのです。
 春の甲子園に到っては、1958年・昭和33年に新潟商業高校が出場して以来、1976年・昭和51年に糸魚川商工高校が出場するまで、17年の間新潟県の高校は出場できませんでした。

 こうした水島氏の思いは、もうひとつの代表作「ドカベン」にも表現されています。水島氏が通っていた中学校の隣にあった新潟明訓高校が、甲子園大会で活躍して欲しいとの強い思いが、「神奈川明訓高校の甲子園大会での大活躍」を描いた漫画に結実しているのでしょう。さすがに当時は、「新潟明訓」では現実味に欠けるので「神奈川明訓」にしたのでしょうか。

 あぶさんこと景浦安武選手は、2009年に62歳!で現役を引退しました。その後は、コーチとして活躍を続けましたが、ついに今般ホークスを退団することとなり、我が国のスポーツ漫画史上最長の連載も終わりを告げたのです。

 水島新司氏の「新潟県の野球よ強くあれ」という思いは、2009年・平成21年の日本文理高校による夏の甲子園大会決勝進出に結実したように感じます。
 現在では、新潟県の高校野球は全国レベルに達しているのでしょう。そして、「あぶさん」が完結したのかもしれません。
 国際野球連盟IBAFが主催する、16歳から18歳までのプレーヤーによって争われる「U-18野球ワールドカップ」の2013年大会の決勝戦が、9月8日、アメリカ代表と日本代表の間で行われ、アメリカが3-2で日本に競り勝ち、優勝しました。

 1981年から始まったこの大会ですが、開催時期が夏の甲子園大会と重なるため、実質的な日本代表チームが参加したのは2004年が初めてであり、本2013年大会が3度目の出場であると思います。
 過去2度は、2004年が準優勝、2012年が6位でしたから、2013年大会は優勝が期待されました。

 2013年日本代表チームは、夏の甲子園2013で活躍した選手を中心に、地方大会で敗れたチームからも選手を選出し、真の日本代表チームになっていたと思います。

 日本は1次予選、2次予選と快進撃を続けました。2次予選では優勝候補のキューバを相手に10-0のコールド勝ちを見せるなど、特に打線の好調が目立ちました。

 決勝戦は、日米両先発投手(日本は神奈川・桐光学園の松井投手)の好投で投手戦となり、前半は日本がやや押し気味に進めましたが、アメリカに先制を許し、その後の競り合いをアメリカチームが制した形でした。どちらが勝ってもおかしくないゲームであったと思います。

 日本代表チームは、今回も優勝できませんでしたが、日本の16~18歳のプレーヤーによるベースボールが、十二分に世界に通じることを示したと思います。

 この大会は、2015年からは「U-18ワールド・ベースボールクラシック大会」に引き継がれることになっています。日本代表チームの今後の活躍が、とても楽しみです。

 さて、この大会は木製バットを使用する大会です。8月の中旬まで、甲子園大会で金属バットを使っていたプレーヤーが、2週間ほどの期間で木製バットに慣れるという、大変難しいことを期待される大会です。

 日本代表チームの打者は、この難しい課題に良く対応しました。韓国戦、キューバ戦の10得点・コールド勝ちは、普段金属バットで練習・試合し、少し前まで甲子園で金属バットを使って厳しい戦いを演じていた選手達とは思えない、素晴らしい活躍でした。さすがに我が国を代表する高校球児達です。その運動能力の高さを誇りに思います。

 とはいえ、野球・ベースボールというスポーツとして考えれば、やはり普段から「世界標準」のプレーをさせてあげたいとも思います。

 日本の高校野球に金属バットが導入されたころを思い起こしてみると、バット購入費用の問題が一番大きかったと思います。
 硬式野球というのは、お金がかかるスポーツなのです。特に、ボールと木製バットの費用が大きい。ボールは、使っていくうちに紐が解けたり汚れたりします。練習後、ボールを綺麗にメンテナンスするのは、下級生の大切な仕事です。日本プロ野球で、ファウルのボールを観客に進呈するようになったのは、それ程昔のことではありません。プロ野球においてさえ、ボール費用は無視できないものなのです。
 木製バットは、打ち方が悪ければ直ぐ折れます。当時1本3000円位だったと思いますが、技術が低いプレーヤーほど次々に折れますから、その費用は大きなものになります。

 スポーツに力を入れている私立高校ならまだしも、公立高校では木製バット費用を負担するのが大変であること、新しく硬式野球部を創設しようとした場合にはこの費用負担が大きな壁になる、ということで、金属バットが導入されました。
 折れにくい(壊れにくい)金属バットは、野球部の財政面を劇的に改善しました。この施策には、相応の効果があったと思います。

 しかし野球は本来、木のバットでプレーするものです。大学野球、社会人野球、プロ野球、いずれも木製バットです。
 加えて、野球の国際大会が増えてきていて、U-18ワールド・ベースボールクラシック大会も始まります。日本の高校野球も、木製バットに戻せないものかと思います。

 そこで提案ですが、「木製バットを高校野球連盟が支給する」形はどうでしょうか。甲子園大会や地方大会、そのほかの主催大会の入場料を少し上げるなどして資金を造り、長さ・重さなど数種類のバットを用意して、各高校からの注文を待つ形です。もちろん、不要に過大な注文はチェックします。

 当たり損ねでも、振り切っていれば内野の頭を超えるというのでは、正しいプレーは期待できません。野球そのもののクオリティの維持のためにも、プレーヤーの成長にとって大切な高校時代のプレーに、木製バットを復活させたいものです。
 先日の夏の甲子園大会2013でも、それまで好投を続けていた投手が、反対側から見ればそれまで手も足も出なかった打線が、あるイニングに突然崩れ、攻撃が繋がり、大量失点・得点に結びつくケースが、数多くありました。

 こうした現象は、なぜ起こるのでしょう。

 また、最近良く聞く言葉に「守備から攻撃へ」があります。このイニングをキチンと守り、次のイニングの攻撃に結びつけるという趣旨でしょう。
 解説者からも「この回は三人で切って取りたいですね。流れを呼び込むために」とか「点は入らなくとも、ヒットを1本打っておくことで、流れを渡さずに済みます」といったコメントが良く聞かれます。
 そして、実際にピンチを凌ぎきった次のイニングでチャンスを迎え、得点を上げることも度々眼にしますし、三者凡退の次のイニングにチャンスが生まれることも多いように感じます。

 何か、試合を支配しているかのような「流れ」とは、いったい何なのでしょうか。

 まず思いつくのは、気持ちの問題です。相手の攻撃を三人で終わらせることができたのですから、気持ち良く攻撃に移ることができます。
 大ピンチを凌いだのですから、ホッとする一方で「よし、やってやるぞ」と気持ちが高ぶることは考えられます。

 また、体力面もあるのでしょう。相手の攻撃時間が長い=守備の時間が長いと多くのプレーヤーは疲れます。野球というのは、投手と捕手・1塁手以外の野手は、実は守備機会が1試合に1回も無いとか、1~2回しか無いということが、よくある競技ですので、守備プレーで疲れるのでは無く、同じ姿勢で長い時間打球を待ち続けることが、心身の疲れを生むのでしょう。
 三者凡退なら、疲れは最小ということになります。

 この点は逆もあるのかもしれません。相手チームの投手にとっては、自軍の攻撃が三者凡退で短時間に終了してしまうと、体力を回復する時間が少ないことになります。加えて、援護点を取ってくれる気配が無いことにより、精神的にもプレッシャーを感じながら、マウンドに登るのかもしれません。

 少し話が逸れますが、ダルビッシュ投手が好調な投球を続け、三振の山を築いているゲームで、テキサスレンジャーズのショートストップ・アンドルス選手が「ダルビッシュの試合はつまらない。打球が飛んでこないから」と、冗談で言ったと伝えられていますが、これは半分本音なのかもしれないと思います。

 三振は、多くの場合3球では取れませんから、4球5球6球と球数が多くなります。これが、ダルビッシュがMLB2年目の8月が終わろうという時期になっても、いまだにMLBで完投したことが無いことの理由のひとつでしょう。
 投球スタイルの問題ですから、良し悪しということではありませんが、野手、特に守備機会が多い遊撃手のアンドルス選手にとっては、守備の構えをし、気持ちを集中させるという行為を何度も何度も繰り返し、結局1つの打球も飛んでこないのですから「つまらない」ということになるのでしょう。

 さて、話を戻します。

 「守備から攻撃へ」という考え方やチームの作り方には、一定の根拠が有るように思われます。もちろん、明快な理由は全く分かりませんが。

 次に、ひとつのイニングで「流れが相手に傾くと、中々抑えることができない」というのは、なぜなのでしょう。解説者も「すっかり流れが相手に行ってしまいましたから、ここを抑えるのは難しい」とコメントすることが、よくあります。

 これは本当に不思議なもので、前のイニングまで完全に押さえ込まれていた打者が、「流れが来ている」イニングでヒットを打つというのは、よく眼にすることです。

 これも、まずは気持ちの問題でしょうか。打者は「打ってやる」という強い意識を持って打席に入り、投手は「討たれてはいけない」という守りの意識が強くなって、具体的な肉体の動きとしては、打者はボールを一層よく見るようになり、スイングも少し早くなる、一方の投手はストライクを取りに行って、腕がやや縮み、ボールを置きに行くので、腕の振りも少し弱くなる、といったことなのでしょうか。

 当然ながら、気持ちの問題だけで良い結果が得られるなどということは有り得ない訳で、その気持ちが肉体的な動きに反映されることが絶対に必要です。

 また、ピンチが続くと、そのイニングの投手の投球数が増えることは、大きな影響があると考えます。多くのプロの投手が「投球数が増えると、握力が無くなってくる」とコメントしています。

 これまで野球を観てきた感じからすると、1イニングで20球以上になると、球威・コントロールとも落ちてくるようです。イニングを跨げば、イニング間に疲労が回復するので、握力は戻るのでしょうが、同一イニングで30球40球と球数が増えれば増えるほど、投手の握力が落ち、投球ボールの威力も落ちるのでしょう。
 打者の方は、次から次へとフレッシュな選手が登場するわけですから、どうしても打たれることが多くなります。
 これは「流れを止められない」理由のひとつではあろうと思います。

 また、ここでリリーフ投手を送り込んでも「流れを止められない」という試合も、よく眼にします。
 前述の理由付けでは、このことは説明できません。やはり「流れ」というのは、中々難しく微妙で不思議なものなのでしょう。

 ただし、こうした「流れ」を多くの場合に遮断するリリーフ投手は存在します。MLBで言えばマリアノ・リベラ投手ですし、NPBで言えば全盛期の佐々木主浩投手でしょう。この2人は、どんなピンチ=流れが相手チームに完全に行っているとき、でもキッチリと抑えたことが多かったと思います。圧倒的な投球技術を保持しているからこそ、押さえ込めるのだと思います。
 神様とか大魔神と呼ばれる所以でもあります。

 そうなると、「流れ」というのは、精神と肉体の変化から生まれるものであり、心身ともに高いレベルの技術を保持していれば、克服可能ということになります。

 なんとなく、安直な結論になってしまいました。真相に近づけたとは、とても思えない感じです。

 とはいえ、「流れ」というものを深く考え、十分に研究し、正体を掴み、色々なケースでの対応策を立案・実行することは、試合で勝つため、そしてその競技を発展させる為に必要なことだと思います。
 第67回リトルリーグ・ワールドシリーズは、2013年8月15日~25日にかけて開催され、日本代表の武蔵府中チームが優勝を果たしました。

 初戦はチェコ代表チームを7-3、第二戦は台湾代表チームを3-2、第三戦でメキシコ代表チームを5-2で破って準決勝に進出、準決勝戦は再びメキシコと当たり3-2で下して、決勝に駒を進めました。そして決勝戦は、アメリカ西地区代表のカリフォルニア・Chula Vistaチームを6-4のスコアで下し、5戦全勝での堂々たる優勝でした。

 これで、日本代表チームは昨年の東京北砂チームの優勝に続いて2連覇、通算9度目のリトルリーグ世界一に輝いたのです。

 ベースボールのリトルリーグは、11歳から13歳までの少年により構成されるチームによるリーグ戦です。
 そして、リトルリーグ・ワールドシリーズは、1947年・昭和22年開始という長い歴史を誇る大会です。第二次世界大戦が終結した2年後に始まっているという点で、アメリカという国の懐の深さを感じる事実です。大会会場は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州サウス・ウィリアムズポートです。これは、第一回から現在に至るまで不変です。

 この大会は、1947年から1950年代まではアメリカ国内の各地区の代表が覇を競い、そのチャンピオンをワールドチャンピオンとしていました。ベースボール起源国のプライドも感じられますし、おそらくその頃までは、アメリカのリトルリーグ・ベースボールのレベルは世界的に見て、一頭抜けていた存在だったのでしょう。

 それが1950年代半ばから世界各国の代表も加えた大会となり、その後も大会内容を少しずつ見直し・変更しながら、現在に至っています。アメリカ以外のチームが優勝したのは、1957年のメキシコ代表チームが最初です。

 現在は、アメリカ国内の各地域の代表8チームと世界中の各地域代表8チームの計16チームによって争われる大会になっています。世界各地域というのは、カナダ・メキシコ・カリブ海・ラテンアメリカ・日本・アジア太平洋中東・欧州アフリカ・オーストラリアの8地域です。
 日本は2006年まではアジア太平洋地域に属していましたが、2007年からは独立した「日本」枠となりましたので、リトルリーグ全日本選手権大会の優勝チームが、そのままワールドシリーズに進出できるようになりました。

 この大会で、優勝回数が最も多い国は当然ながらアメリカです。合衆国の各地区の代表が代わる代わる優勝していた時期が長かったこともありますが、この大会の初期にはペンシルベニア州のチームの活躍が目立ちました。ペンシルベニア州は、リトルリーグ・ベースボールの聖地であり、日本風に言えば「ベースボールどころ」なのでしょう。

 二番目に多く優勝している国は台湾です。17度の優勝を誇ります。台湾チームが初優勝したのは1969年ですが、1971年~1974年の4連覇、1977年~1981年の5連覇、1986年~1991年の6年間で5度の優勝と、とても強い時期が続きました。この時期は、台湾ベースボールがリトルリーグ・ワールドシリーズを席巻していたのです。
 おそらく、台湾出身プレーヤーがMLBで最も活躍していたのは、前述の時期の10年後位、つまり1980年から2000年の間ではないでしょうか。
 こうしたことには、明確な関連性があるものです。

 三番目に多く優勝している国は日本です。頭書の通り9度です。日本代表チームは1967年と1968年を連覇し1976年にも優勝しましたが、その後は台湾代表などの壁の前に中々勝つことが出来ませんでした。
久々の優勝が1999年で、その後5度の優勝を重ねています。

 最近10年(2004年以降)の国別成績を見ると、アメリカが6度、日本が3度、キュラソーが1度の優勝となっています。21世紀に入ってからは、アメリカの各地区代表の力が再び上がってきていることと、アメリカ以外の地域では日本代表チームの力が優位にあることが解ります。

 そして、日本代表チームの最近の5度の優勝の内、頭書の武蔵府中リトルと東京北砂リトルが2度ずつ優勝しています。この2チームは、全日本選手権でも覇を競い、ワールドシリーズでも優勝を争っている強豪チームということになるのです。
 何しろ11歳から13歳までの少年しか出場できないのですから、選手はどんどん代わります。にもかかわらず、常に日本のトップを争い、ワールドシリーズでも勝っていくのですから、その選手層の厚さと指導力の強さを感じます。この2チームは、日本のリトルリーグ野球の名門チームなのでしょう。
 
 我が国のリトルリーグ野球のレベルの高さ、裾野の広さは素晴らしいものだと思います。野球というスポーツの足腰を支えている存在であることは間違いありません。

 それにしても、リトルリーグ・ワールドシリーズは「ベースボールの世界戦略」を強く感じさせる大会です。
 
 1947年からしばらくの間は、アメリカ合衆国内でのリトルリーグの普及を目指し、1950年代からは、メキシコ、カリブ海と参加国を増やしながら普及を図り、アジアやヨーロッパ、アフリカ、オーストラリアも加えて、世界規模の大会としました。

 テレビ放送の開始も大きな力となったようです。当初は決勝戦だけの放送でしたが、現在では、大会全ゲームの2/3位がアメリカ国内で放送されているそうです。一定の視聴率を稼ぐことが出来るマーケットが存在しているということですから、凄いことだと思います。

 優勝した武蔵府中チームが優勝ペナントを持ちながら場内を回っている写真がトップに掲示されている、今大会のホームページは「ベースボールは世界中に普及しているスポーツ」という印象を強く受けるように作成されています。

 アメリカ合衆国には、メジャーリーグ・ベースボールMLBを頂点としたベースボールというスポーツを、世界中のマーケットに普及させる・売り込んで行くための仕組みが、とても良く出来ていて、リトルリーグ・ワールドシリーズもその一環ということなのでしょう。

 11歳~13歳の頃、アメリカ・ペンシルベニア州サウス・ウィリアムズポートでプレーした少年達は、その思い出を忘れることは決して無いでしょう。長じてプロのプレーヤーになった時には、やはりベースボールの母国たるアメリカの地でプレーしたいと考えるのは、自然なことのように思います。

 そして、リトルリーグではプレーしたものの、その後別の道を歩む少年達も沢山居る筈ですが、この人達の大半も「アメリカのベースボールファン」で有り続けることでしょう。より広い意味では「アメリカ合衆国のファン」でも有り続けることでしょう。

 加えて、この少年たちの親・兄弟・親族・知人の方々も、応援という形で係わりますから、多くの人達が自然にベースボールのファンになるでしょう。親御さん達にとっても、子供を応援に行った、サウス・ウィリアムズポートの球場での思い出は、一生ものです。当然ながら、アメリカの学生野球やMLBにも、興味を持ち続ける方々が多いと思います。

 こうした大会が67年間も続いているのです。アメリカ国内の地区代表として出場した選手・関係者の方々も含めて、どれほど多くの世界中の人達が、ベースボールの、そしてアメリカ合衆国のファンになり、今後もなっていくのでしょう。

 アメリカ合衆国は、様々な意味で世界一のスポーツ大国です。種々のスポーツ競技において、ジュニアやリトルの大会が多数行われていますから、資金面への対応も含めて、こうした大会の運営ノウハウが十分に蓄積されています。つまり、おかしな大会には決してならない、いつも感動的な大会となるのです。

 こうした、世界規模の組織的かつ極めてシステマティックな体制作りと取組の継続は、アメリカ合衆国・アメリカの人々が得意とする分野です。そして、日本を始めとする他の国々には、中々真似が出来ないものなのです。
 7月13日は東京ドームに行ってきました。都市対抗野球2013の観戦です。知人にホンダに勤務する人が居て、応援に行ったのです。

 都市対抗野球に行くようになったのは、このホンダチームの応援がきっかけでした。ご承知のように、都市対抗といっても企業対抗の色合いが強いので、実際には出場企業の関係者でないと、中々見に行く機会が無いというか、見に行き辛いというか、見に行っても乗り切れない、という側面があると思います。

 さてゲームです。
 この日の試合は1回戦。ホンダ(狭山市)とJFE西日本(福山市・倉敷市)の対戦。前半、JFE西日本がホームラン攻勢で7点を取り、ホンダの攻撃を3点で凌いで勝ちました。

 この日は休日だったこともあって、応援席は大入り。両チームとも1万人以上、両方合計して3万人位の観衆だったと思います。当該企業関係者が大半だと思いますので、凄い動員力です。
 これが平日の昼間の試合となると、こうはいきません。現役社員は仕事がありますから、観客席はOBと思しき人達が多くなります。ここそこで「いやあ、久しぶり」といった言葉が交わされます。この大会の大きな役割のひとつでしょう。それにしても、超大企業になると2万人以上を動員しますから、逆に言うと中堅・中小企業では出場しづらいことになるかもしれません。

 都市対抗野球大会は社会人野球の大会です。高校野球や大学野球などで活躍し、プロ野球に行かなかったプレーヤー達が集います。バットも木製ですから、プロ野球仕様でのゲームが展開されるのです。
 従って、社会人野球を経てプロの世界に進む選手は「即戦力」です。打者は木製バットで打つのですから当然として、投手も木製バットの打者を抑え込めることが証明されているのですから。
 結果として都市対抗野球大会では、後のプロの世界のスタープレーヤーを時折観ることが出来るのです。

 2009年のこの大会ではホンダ(狭山市)が優勝しました。この時は1回戦から全てのゲームを応援することが出来て、優勝の瞬間も目にすることが出来ましたが、この時のホンダチームの中軸打者が長野選手でした。
 長野久義(ちょうの ひさよし)選手は、日本大学からホンダに進み、社会人野球大会で大活躍。もともとプロへ行くなら読売ジャイアンツと決めていたようですので、巨人から誘いがあり、巨人に入れる環境が整うまで、ホンダチームでじっくり待ったという形でしょうか。

 2009年の都市対抗野球大会でも、大会通算打率が5割を大きく超えていました。観客席で隣席に居たホンダOBと思しき男性が「チャンスはいつも長野から生まれるんだよ」と嬉しそうに語っていました。
 この大会の長野選手の印象は「中距離ヒッター」でした。ライナーで野手の間を抜いて行く当たりが多く、時々そのボールがスタンドインするタイプでした。
 2010年に念願の巨人に入団し新人王。2011年にはセリーグの首位打者と、現在では巨人の中心打者のひとりになっています。

 2008年の大会では、新日本石油ENEOSチームの田澤純一投手が活躍しました。マウンドでの存在感十分で、「プロに行くな」と思いましたが、直接MLBのボストン・レッドソックスに入団したのには驚きました。現在では、ボストンのセットアッパーとしてブルペンの中心選手となっています。
 社会人野球時代の田澤選手を目の当たりにできたことは、とても良かったと思っています。

 幾多のプロの名選手が社会人チームから生まれていますが、その代表格は「打者の落合博光」「投手の野茂英雄」でしょう。

 落合選手は1974年に東芝府中チームに所属し、5年間社会人でプレーしました。この間、公式大会で70本塁打を記録するなど大活躍。1979年にNPBロッテに入団以降の活躍は、言うまでもないことでしょう。3度のNPB三冠王は不滅の記録です。

 野茂投手は、1986年に新日鉄堺チームに所属し、1989年からNPB近鉄に入団、1995年にはMLBロサンゼルス・ドジャースに移籍しました。NPB・MLBでの活躍は言うまでもありません。
 MLBにおける日本人プレーヤーの草分け的存在であり、アメリカンリーグ・ナショナルリーグの両リーグにおけるノーヒットノーランの達成は偉大です。

 落合選手・野茂選手の社会人時代のプレーを直接見ることが出来なかったことは、とても残念ですが、社会人野球大会ではこうした「ダイヤモンドの原石」がプレーしているということでしょう。今後も、素晴らしいプレーヤーが輩出されていくと思います。

 都市対抗野球大会は、その応援合戦も楽しみのひとつです。ホンダチームにも、複数の応援歌を始めとして様々なパターンの応援が用意されていて、応援団の指導の下局面局面で展開されます。観客は、普段は絶対に出せない大声を出すことが出来たりして、ストレスの発散?には絶好だと思います。

 出場している各々のチームが、思い思いの応援を魅せて、その応援にも大会から色々な賞が贈られます。ひょっとすると、観客にとっては応援こそが、都市対抗野球大会最大の楽しみなのかもしれません。

 2013年5月5日子供の日は、長嶋茂雄氏と松井秀喜氏の国民栄誉賞受賞の日となりました。東京ドームで行われたセレモニーには、安倍晋三総理、王貞治氏、衣笠祥雄氏、そして場内を埋め尽くした4万人を超える大観衆が参加しました。
 このセレモニーを目の当たりにすることができた観客の皆さんは、とても幸せな方々だと思います。

 松井秀喜氏の引退挨拶、お二人の国民栄誉賞授賞式、この日の試合である巨人vs広島の始球式とセレモニーは続きました。
 感動的なシーンの連続でしたが、印象に残ったのは、長嶋氏が左手一本でバットを持ち、ボックスに入った時の、構えの良さでした。体を不自由にしてから、バットを持ったことは無かったのではないかと思いますが、その構えの美しさ、バットの角度など、一瞬現役時代を思い出しました。やはりスーパースターなのです。

 松井氏の投球は内角高めに外れたボール球でしたが、長嶋氏はスイングしました。「打ちに行っていた」と感じました。始球式というのは、通常でもスイングはしますがバットには当てません。投球のコースにかかわらず、バットは水平に振ることが多いと思います。しかし、長嶋氏は国民栄誉賞受賞セレモニーの一環としての始球式で「打ちに行った」のです。高めから落ちて来る松井氏のボールに角度を合わせるようにスイングしました。残念ながら?バットには当たりませんでしたけれども。
 現役時代から、たくさんのサプライズを提供してくれた長嶋茂雄ですが、この場面でも伝説を創りに行ったのでしょうか。

 この試合私はテレビ観戦でしたが、放送の中でMLBヤンキース時代の同僚の松井氏に対するコメントも印象的でした。
 バーニー・ウィリアムズ「みんな松井の様になりたくて、松井のマネをしていた」
 ジョー・トーリ「(2009年ワールドシリーズで松井選手がMVPを受賞した時)鳥肌が立ったよ」
 デレク・ジータ「(ワールドシリーズ優勝リングの授与式で、唯一人オークランドのユニフォームを着た松井選手に、授与式後ヤンキースの選手達が集まったことについて)みんな本当に松井のことが好きなんだよ。だから自然にハグに行った」
 社交辞令では無かったと感じます。それぞれのベースボール・プレーヤーが松井氏に対して抱いている気持ちが良く判りました。

 野球人として、本当に幸せなお二人だと思います。多くの人達にたくさんの幸せを届け続けたお二人に、幸せが返ってきているようにも感じました。
 私が通っていた高校にも硬式野球部があり、甲子園大会を目指して?毎日練習していました。私も別の競技スポーツに取り組んでいましたから、われらが野球部の練習も目に入ります。時々10㎞走をやり、古タイヤを引っ張っていました。

 「野球の試合で最も長い距離を走るケース」を考えてみます。おそらくランニング・ホームランを打つ時でしょう。塁間90フィート・27.4m×4=109.6m。例えば、右翼手が、三塁側のフェンスに達するファウルを取りに行くケース(左翼手・三塁手・遊撃手・二塁手・投手・捕手が一斉に何らかの理由で動けなくなるケースですので、発生可能性は0に近いとは思いますが)があったとしても、100mは超えないでしょう。

 従って、野球という競技においては、全力で走る最長距離は110m+α(塁間を膨らんで走る分)ということになります。加えて、かなりの高速で走りますので、必要な筋肉は「短距離走」向けの筋肉ということになります。
 ところが、野球の練習では頻繁に10㎞走といった長距離走をゆっくりと走っています。

 当時、われらが高校の4番打者にその辺のことを聞いたことがあります。「体を作るんだよ。硬球に負けない、しっかりした体を」と言っていました。硬球は、野球規則によれば、コルクやゴムの芯に糸を巻き牛革で覆い、重さ141.7~148.8g、円周22.9~23.5㎝と決まっています。確かに、硬く重い球です。これを投げたり、打ったりするためには、体に筋肉が付いた状態の質量が必要だという考え方です。
 おそらく、これは事実なのでしょう。ベースボール・野球の長い歴史の中で、筋肉の鎧と一定の体重は、良いプレーをするためには不可欠なものなのでしょう。

 この筋肉の鎧を身に付けるために、長距離走を行い、タイヤを引っ張る練習が必要になるというのが、彼の説明でした。

 しかし、実際のプレーで必要なのは、短距離走のスピードです。ゲーム中に重いものを引っ張ることもありません。筋肉の鎧を身に付けて重くなれば、走る速度は遅くなります。限られた時間の中で、先の塁に到達するために、少しでも速く走らなければならない競技の練習は、走るスピードを遅くする練習なのです。なんと難しいスポーツなのでしょう。

 もちろん筋肉の鎧は、打撃時に活用されるのでしょう。一定の体重と筋肉が無ければ、打球を飛ばすことが出来ないことは理解できます。ホームランバッターと呼ばれるプレーヤーは、確かに皆、立派な体をしています。大きくてしっかりした体格です。
 ゴルファーでも、太った方が(体重があった方が)飛距離が出るといわれます。女子プロの中には、飛距離を出すために敢えて太った、という話も報道されたりします。これも、野球と同じことなのでしょうか。

 他方、長距離走他で身に付く「持久力」は、どんな時に役に立つのでしょう。投手と捕手は、持久力が必要なポジションに見えます。特に先発投手は、時に100球以上の投球を2時間強の試合時間の中で、投げなければなりません。これは、腕・腰のみならず、下半身の筋肉に持久力が必要であろうと思います。大投手金田正一氏が、事あるごとに「走れ、走れ」といっていたという話を聞きますが、さもありなんという感じです。
 捕手も、投手ほどではないにしても、守備の間動いている時間が長いので、持久力が必要に思います。

 一方で、投手・捕手以外の野手には、持久力が必要なのでしょうか。守備の際、打撃の際には、どちらかといえは「瞬発力」の方が必要な気がします。もちろん、瞬発力は打撃練習や守備練習で身に付けていると言われることでしょう。それは解ります。しかし、一方で、必要な瞬発力を削ぐ可能性のある練習もやらなければならないのが、ベースボール・野球の難しさだと思います。
 投手や捕手も、前段で持久力が必要なポジションと書きましたが、瞬発力も必要であることは言うまでもありません。投手は速球・変化球を投げるために、速く・強く動く筋肉が必須です。捕手も投球・打撃のために瞬発力が必要です。持久力と瞬発力の両方の筋肉が必要であるということになります。

 他の競技では、持久力と瞬発力が区別されているものも多いと思います。例えば、陸上競技の競走においては、短距離走のランナーが長距離走の練習をすることは、無益というよりは有害です。
 短距離走に必要な筋肉は、いわゆる「無酸素で動く筋肉*」ですので、長距離走の練習を行うことによって身に付く「有酸素で動く筋肉*」は、体重が重くなるだけで、速く走るためには障害になります。(*短距離走では、肺から取り入れた酸素が、競技時間中には筋肉に到達しないので、競技開始時に筋肉に蓄えられている酸素だけでエネルギーを発生させます。従って、残存物質として「乳酸」が発生し筋肉中に残るため、後の筋肉痛の原因物質となります。一方で、長距離走では、肺から連続して取り入れる酸素を使って、効率的にエネルギーを発生させますので、乳酸は発生しません)

 バスケットボールの神様マイケル・ジョーダンが、そのキャリアの中でMLBに挑戦したことは有名です。ジョーダンが、シカゴ・ブルズにおける最初の3ピート(3年連続NBAファイナル制覇)を果した後、1993年の秋にMLBシカゴ・ホワイトソックス傘下の2A、バーミンガム・バロンズに入団したのです。
 もともとベースボールの大ファンだったジョーダンは、本気でMLBを目指したのだと思います。もちろんジョーダンの運動神経の良さは言うまでもないことで、あらゆるスポーツに対応可能であることは間違いなかったと思いますが、翌年にかけてのジョーダンの懸命な取組は、結局実を結びませんでした。(出場127試合で打率2割2厘・11エラー)

 時折、ジョーダンの挑戦がテレビでも放映されましたが、ジョーダンの体はいかにも細いシルエットです。ベースボールプレーヤーとは筋肉の付き方が違うという感じ。やはり、成長期の若い頃に、ベースボール向けのトレーニングをする必要があることが、良く判る事例でした。マイケル・ジョーダン程のスポーツの天才を持ってしても、ベースボールは身体が成長した後では、容易には攻略できない競技なのだと。

 高校時代、甲子園出場を目指しながらも、いつも地方予選の初戦で敗退する、われらが野球部の練習を見て、私はもっと合理的な練習が無いのかな、と思いました。「重さと質量のための筋肉」を付けるのに、長距離走やタイヤ引きではないトレーニングがあるのではないか、付ける筋肉量も必要最小限にして、素早く動くことへの障害にならないようにした方が良いのではないかと。

 また、おかしな?ことを書き、恐縮です。
 「ベースボール・野球は難しい」シリーズは、取り敢えず本稿で完結とさせていただきます。三つの変な話にお付き合いいただき、ありがとうございました。
 「ベースボール・野球の難しさ」シリーズ第二弾です。

 最初は「三振」についての検討です。

 打者全員を三球三振で打ち取った時の球数は、3球×27人=81球になります。0ボール2ストライクの場面で、ストライクを投げて打たれると罰金が付されるというルールを設定しているチームがあるような話も耳にしますので、各打者に1球だけボール球を投げるとすると、総投球数は81+27=108球になります。

 一方で、打者一人1球で打たせて取ると27球で1試合を投げ切ることが出来ます。どちらが、良い投球なのでしょう。

 良し悪しはともかくとして、効率的という点では「打たせて取るピッチング」の方が、間違いなく優れています。全ての打者を4球で三振に取り、完投シャットアウト、完全試合を実現したとしても、108球の球数を要しますから、100球ルールなら交替もあり得ることになります。(落合監督以外の監督なら、この場合には完投させると思いますが)

 「奪三振」は、球数が多くなり易いのです。ど真ん中に投げて空振りが取れるのなら良いのですが、ピッチングマシンの高度化もあってか、打者がバットに当てる能力は上がってきていますので、ストライクからボールになるコースに投げて、空振りあるいはファウルでカウントを稼ぐことになります。そうなると見送ればボールになりますから、2ボール2ストライク、3ボール2ストライクといったカウントになり易く、球数が増えていくことになります。

 従って、三振ばかりを狙う投手は、MLBでは、なかなか完投できない投手ということになってしまいます。球数が増えることは、投球イニング数が減ることに繋がるので、三振を狙うことはチームの勝利のために、必ずしも有効な手段とは言えないのかもしれません。

 「三振を取る」→「バットに当てさせない」投球は、非効率的な投球ということになります。しかし、普段の投手の練習は、バットに当てさせないことを主眼として行う場合が多いのではないでしょうか。

 もうひとつ「バットの芯を外す投球」があって、カットボールとかスライダーといった球種は、効果的なものとされています。これは打たせて取る投球の武器となりますが、打たせるということはヒットになる可能性もありますので、変化球のキレを磨かなければならないことになります。

 以上を考え合わせると、ベースボール・野球における良い投球とは
① 打たせて取ることを基本とする。
② カウントやランナーの状況によっては、三振が取れる。

 ことになります。当たり前のことを書いているようで申し訳ない感じがしますが、「打たせる」ということの重要性を良く認識すべきだと思います。

 一方で、「投手が投げて、打者が打つことから野球は始まる」と、ルールブックの最初に記載されています。打者が打つことが、野球という競技の基本であることが明記されているのです。先般の「ベースボール・野球のはじまり」稿にも記載しましたが、19世紀の野球創成期には、「打者が打つ」ことを実現するためのルール設定・変更が相次いで行われています。

 はじめは8ボールで打者は一塁に歩いたのですが、次第にボール球の許容数が減少し、最後には現在の4ボールになりました。「投手は打者が打てる所に投げなければならない」という思想が表れています。
 打てる範囲(真ん中付近)に投球されているのに、打者が打たない場合には「ストライク(打て)」と命令形でコールされるようになったのも、「打者が打つこと」を実現させようという意志が感じられます。

 こうした「ベースボール・野球の根本理念に反するプレー」が三振であるともいえます。極端に言えば「ベースボール・野球において三振はあってはならないもの」のようにも見えます。ところが、いつの時代からか「打者に打たせない」ために三振が取れる投手が、良い投手のひとつの要件とされるようになり、奪三振記録が投手にとって重要な記録のひとつになっていったのです。
 「試合に勝つため」には三振が有効であるという考え方がベースになっているのだろうと思いますが、頭書しましたように、総合的に見て三振が本当に有効な手段なのかどうかは、十分に検討する必要がありそうです。
 
 続いて「球種」についての検討です。

 マウンドからホームベースまでは18.44mですから、相当の球速のボールは直ぐに打者の手許に来てしまいますので、打者は早い段階でボールのコース・球種を見極め、打つ・打たない、どの打ち方を選択するか、等の判断をしなければなりません。本当に僅かな時間しかありませんから、事前の予想も含めて、この判断を間違えると打てないことになります。

 ゲームにおける実際のプレーでも、プロの打者がワンバウンドの投球を空振りすることは珍しいことではありません。それもベースの手前1m位の位置でワンバウンドしているボールを空振りしたりします。素人である私達観客は「何であんなボールを振るんだ」と思いますが、前述の理屈からいえば何の不思議もないことになります。

 こうした投手と打者との関係からすると、投手は「投球するボールに対する打者の予想」を外せば、打ち取れる可能性が高くなると考えがちです。この考え方から「沢山の球種を投げられる方が有利」という考え方が導き出されます。

 しかし、実際の投球、投手の成績を見ると、球種が多い投手=好成績を挙げる投手には必ずしもなっていません。

 例えば、ヤンキースにマリアノ・リベラというクローザーが居ます。現在MLB最高のクローザーとされていて、通算603セーブはMLB記録です。リベラの球種は主に、カッター(カット・ファスト・ボール、カットボール、真っスラ)とストレートの2種類です。この2種類で、1996年~2011年までの15年間、その内の14年間はMLB屈指のクローザーのとして活躍してきているのです。

 また、日本人メジャーリーガーのパイオニア的存在である野茂秀雄は、フォークボールとストレートの2つの球種で日本プロ野球での5年間およびMLBでの12年間・計17年間活躍しました。もちろん、野茂投手もリベラ投手も、他の球種を全く投げない訳ではありませんが、概ね2種類の球種で、一流投手のポジションを維持してきたのです。

 これは「打者の次のボールについての予想を外す」という考え方ではなく、「判っていても打てない・芯に当てさせないボールを投げる」という考え方になります。

 リベラ投手や野茂投手と違って、7色の変化球とか十種類のボールを操る、ことを自らの武器とし、長所と考えている投手もいますが、リベラや野茂に匹敵するような成績を上げているプレーヤーは少ないというか、いないように思います。

 いくら沢山の球種を持っていても、投球したボールは本塁ベース上やその近辺を必ず通過するので、変化が小さかったり、遅かったりすれば打たれるのでしょう。やはり、判っていても打ちにくい、キレの良いボールを極める方が、ベースボール・野球で勝つためには有効なようです。

 投手を志すプレーヤーは、沢山の種類のボールを憶えるよりも、自らが得意とするボールを磨き上げ、必要ならば当該球種の中でバリエーションを広げていく(2種類のスライダーとかカーブといった形)方が、打者から見て「打ちにくい投手」になる近道であるという考え方が、あっても良いように思います。

 尚、最初の「三振」の項目についていえば、既にベースボール・野球のシーンにおいて、「三振というプレー」が相当のポジションを確保していますから、「三振の無いゲーム」は、観客にとって不満足・物足りないものになってしまうかもしれません。その点では、ベースボール・野球も時代と共に変化してきているのかもしれません。

 今回もおかしなこと?を書き、恐縮です。次回は「練習編」を採り上げたいと思っています。
 野球というのは、他の競技には無い難しさを内包したスポーツであると、私は常々考えています。(大袈裟な書き様で恐縮です)
その難しさについて、本稿は「打撃面」を採り上げます。

 質問です。2死ランナー2塁で、打者がヒットを打つとします。A「ボテボテのゴロのセンター前ヒット」とB「火の出るようなライナーのライト前ヒット」のどちらが望ましいヒットでしょう。

 当然、Bボテボテのセンター前ヒットの方が、この場面では望ましいヒットになります。2塁ランナーが本塁に返ってきて、セーフになる可能性がより高いからです。いや、この二つヒットの比較であれば、野球の攻撃側にとって、ほとんどの場合Bの方が望ましいヒットになります。

 何故かというと「野球の攻撃は『時間を稼ぐ』ことを狙うから」です。野球は、投手が投げて打者が打つ、ことから始まる競技ですが、打球が野手の間を抜けて転がっている間などに、1塁→2塁→3塁とランナーが進み、ホームベースを陥れた回数(得点数)で、勝敗が決まるスポーツですので、なるべく「塁間を移動する=走る時間を稼げる打球」が、望ましい打球ということになります。

 従って、外野の間を抜ける打球でも、取れるか取れないかギリギリの当たりで、左中間ならセンターフィルダーとレフトフィルダーが二人とも目いっぱい追いかけて、そのグラブの先を掠めて抜けていく打球が、最も望ましい打球ということになります。抜けた後に、ボールを追いかける時間が掛るからです。
 痛烈な当たりで、外野手が「これは取れない」と考えて、回り込み、フェンスに届く前に捕球されるのでは、時間が稼げませんので、どちらかを選択できるのであれば、望ましくない打球ということになります。

 しかし、普段の野球の打撃練習は、「強く速い当たり」を打つことを目指して行います。ボールの芯を打ち、なるべく強く・速い打球を打つことにより、内野手の間、外野手の間を抜いてヒットにするために、日々のトレーニングが続けられるのです。ここが、野球の打撃面の難しいところだと思います。
 「時間が稼げない打球」を打つために練習するのですから、ある意味では矛盾しています。望ましくないプレーをするために、一生懸命練習するスポーツは、野球以外には思いつきません。

 「それは違う。守備プレーヤーに捕球されてしまいアウトになるよりは、痛烈な打球で守備プレーヤーの間を抜く方が時間を稼げるではないか」と言われそうです。それは、その通りです。
 加えて「守備プレーヤーの間を、ゆっくりしたスピードで抜いていく打球を打つ方が、余程難しい」とも言われてしまいそうです。これも、おっしゃる通りなのかもしれません。

 そうだとしても、「ヒット」が「守備プレーヤーの間を抜く打球を打つこと」ではなくて(ライトゴロなどが時々あります)、「守備側が処理したボールが一塁手に捕球される前に、打者・ランナーが一塁を駆け抜けること」である以上、攻撃側にも考慮し工夫する余地があるように思うのです。

 時間を稼ぐプレーとして一般的に行われているのは、バントです。これは、送りバントにしても、セイフティバントにしても、なるべく守備側のプレーヤー全員から遠いところに、遅い打球あるいは取りにくい速度の打球を転がすことを狙います。そのための練習も行います。この思想を、他の場面の打撃にも活かす練習を、普段から行うという方向性が無いものかと思います。

 巨人軍の中軸打者にして、後のV9監督、「打撃の神様」と呼ばれた川上哲治選手は選手時代の晩年「テキサスの哲」と呼ばれていました。良い当たりに見える打球が、外野手の前で急に失速し、ぽとりと落ちる、いわゆるテキサスリーガーズ・ヒットになるのです。内野手の間や外野手の間ではなく、内野手と外野手の間に落とす、実に効果的・合理的なヒットです。
 イチロー選手は、打ち損ねて内野ゴロに見える打球でも、実は狙って内野安打を打っている、と言われました。一塁を走り抜けるまでの時間を稼げば良いのですから、合理的な打ち方だと思います。

 こうした実例?を研究して、「野球の打撃の本質に適う」打ち方、攻撃の仕方を、一層探求していくことも、重要なことだと思うのです。
 統計的な分析により、最もヒットになり易く、時間が稼げる方向への打撃練習を積み重ねることや、最も効果的な打球速度を検討することなどのトレーニング・研究には意味がないのでしょうか。

 ただし、このやり方を突き詰めていくと、痛烈なヒットが減ってしまい、お客様には不評かもしれません。しかし、お客様も「野球は、ヒット数や打球の鋭さ・美しさを競うスポーツでは無く、得点を競うスポーツである」ことは理解していますから、結局は得点を多くとり、贔屓のチームが勝つことで、一定の満足が得られるようにも思います。

 おかしなこと?を書きました。ベースボール・野球とは、他のスポーツには無い難しさを内包しているスポーツだと思います。(次回は投球編です)
 NPBは、10月22日、セントラル・リーグのクライマックス・シリーズCSのファイナル・シリーズ第7戦?(第6戦でしょうか)が行われ、読売ジャイアンツが中日ドラゴンズを破り、日本シリーズに駒を進めました。

 MLBは、日本時間の10月23日ナショナルリーグNLのチャンピオンシップ・シリーズ第7戦が行われ、サンフランシスコ・ジャイアンツがセントルイス・カージナルスを破り、4勝3敗でリーグ優勝、ワールドシリーズに駒を進めました。

 今期のポストシーズンの結果は、不思議な程にNPBとMLBが似ています。単なる偶然には違いないのですが、記録に留めておきたいと思います。

 NPBのパシフィックリーグCSシリーズ・ファイナル・シリーズは、4勝0敗で日本ハム・ファイターズがソフトバンク・ホークスを破りました。
 MLBのアメリカンリーグALのチャンピオンシップ・シリーズは、4勝0敗でデトロイト・タイガースがニューヨーク・ヤンキースを破りました。

 NPBのセ・リーグCSファイナル・シリーズは、中日の3勝1敗から、巨人が3連勝し、4勝3敗で逆転勝ちしました。ペナントレースは、巨人が優勝、中日が2位でしたから、成績上位のチームが追い込まれてから、逆転した形です。
 MLBのNLチャンピオンシップ・シリーズは、セントルイスの3勝1敗から、サンフランシスコが3連勝し、4勝3敗で逆転勝ちしました。レギュラーシーズンは、サンフランシスコが西地区で優勝、セントルイスはワイルドカードですから、成績上位のチームが追い込まれてから、逆転した形です。

 NPBとMLBのプレーオフの結果が、これほど似ているのは珍しいことだと思います。
 
 そもそも、NPBのCS最終シリーズが4勝0敗決着というのが珍しい*上に、MLBのリーグチャンピオンシップ・シリーズが4勝0敗のスイープというのも珍しい**ことですから、これが重なるというのは極めて珍しいことになります。
(*2007年のCSシリーズ導入後、セ・リーグでは4勝0敗のケースは無し。パ・リーグでは2011年のソフトバンクに続いて2年連続2回目)
(**2000年から2011年の両リーグ24回のチャンピオンシップ・シリーズで、4勝0敗のケースは2回)

 さて、NPBでは日本選手権シリーズ(日本シリーズ)が、MLBではワールドシリーズが、シーズンを締めくくる大一番として行われます。

 NPBでは、CSファイナル・シリーズを4勝0敗で勝ち上がったのは、2011年のソフトバンク1チームだけですから、ファイナル・シリーズの成績と日本シリーズの成績の関連を観るにはサンプル不足です。クライマックス・シリーズは、まだ6年目の制度です。今年2012年のシリーズも積み上げる歴史の1ページとなるのでしょう。

 MLBでは、このブログで何度も申し上げているとおり、過密なスケジュールの下での戦いですから、少しでも体・心を休めることが出来るという点から、4-0で勝ち上がったチームの方が有利に思えます。実際、デトロイトはサンフランシスコより2日間は多く休めています。先発投手のローテーション調整やブルペン投手の休養という意味からも、デトロイトが有利と言えそうです。

 ところが、前述のMLB2000年~2011年のチャンピオンシップ・シリーズCSを4勝0敗で勝ち上がった2チームは、いずれもワールドシリーズで敗れています。
 2006年ALCSを4勝0敗で勝ち上がったデトロイト・タイガースは、NLCSを4勝3敗で勝利したセントルイス・カージナルスに、ワールドシリーズ1勝4敗で敗れました。
 2007年NLCSを4勝0敗で勝ち上がったコロラド・ロッキーズは、ALCSを4勝3敗で勝利したボストン・レッドソックスに、ワールドシリーズ0勝4敗のスイープで敗れています。

 MLBのリーグチャンピオンシップ・シリーズが7試合制になった1985年からの全ての成績を見ても、CSを4勝0敗で勝ち上がった5チームのワールドシリーズの成績は、優勝1チーム、敗戦4チームと、分が悪いのです。

 これがシーズン最後のシリーズということで、スケジュールが厳しくても能力が発揮できるのか、それとも試合が連続していた方が試合勘が良く働くので強いのか、理由はよく解りませんが、今年のデトロイト・タイガースが「不利な過去の実績」に対して、どのように戦っていくのかが、とても楽しみです。
 どちらのチームが勝つにしても、日本時間10月25日、サンフランシスコのホームAT&Tパークで行われる第一戦、および翌日の第二戦の結果が重要なポイントになりそうです。

 ちなみに、サンフランシスコが勝てば2010年以来7回目のワールドシリーズ制覇、デトロイトが勝てば1984年以来5回目の制覇になります。どちらも実績十分の名門チームということです。
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