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 快走でした。

 IAAFタイヤモンドリーグ・ロンドンの男子100m決勝において、世界トップクラスのランナーを相手に、80mまでは先頭に居たように観えました。
 その後急速にスピードを落した小池選手に比べて、アカニ・シンビネ選手を始めとするライバル選手達は、減速を極力抑え込んでスピードを維持し、激しいトップ争いを繰り広げました。
 小池選手が僅差の4位に下がったところがゴールラインでした。

[7月21日・100m決勝(追い風0.5m)]
1位 アカニ・シンビネ選手(南アフリカ) 9秒93
2位 ザーネル・ヒューズ選手(英国) 9秒95
3位 ヨハン・ブレイク選手(ジャマイカ) 9秒97
4位 小池祐貴選手 9秒98
5位 アンドレ・ドグラス選手(カナダ) 9秒99
6位 アダム・ジェミリ選手(英国) 10秒04
7位 桐生祥秀選手 10秒13

 4位というのは残念な結果かもしれませんが、これだけ高いフィールドで互角の戦いを演じたというのは、「日本男子100m史上に残る快走」のように感じられます。

 1位となったアカネ・シンビネ選手は、2016年リオデジャネイロ・オリンピック100mの5位であり、9秒89のベスト記録保持者。
 3位となったヨハン・ブレイク選手は、このメンバーの中で最も有名なランナーですが、9秒69の世界歴代2位のベストタイムを誇り、あのウサイン・ボルト選手に次ぐジャマイカ勢の2番手プレーヤーとして、ロンドン・オリンピック2012の金メダルや大邱世界選手権2011の金メダルなど、世界トップクラスの大会で優勝を争って来た強豪です。
 5位のアンドレ・ドグラス選手はリオデジャネイロ・オリンピックの銅メダリストです。

 こうしたランナー達と、少なくとも80mまでは互角の戦を演じた小池選手の走りの価値は、極めて高いものでしょう。
 「凄いパフォーマンス」でした。

 小池祐貴選手は、桐生祥秀選手、サニブラウン・アブデルハキーム選手に続いて、日本人として3人目の「9秒台ランナー」となりましたが、その記録を叩き出したフィールドとしては最もハイレベルな舞台であったのかもしれません。
 「オリンピックの決勝」に近いメンバーによるレースだったと思います。

 さらに言えば、小池選手は前日の予選時から「今大会は調子が良い。いつもの大会より1・2割方調子が良い」とコメントしていました。自らの好調を実感しながら、その好調を記録に結び付けることが出来るというのは、素晴らしいことです。なかなかできることでは無いのです。

 小池選手は「完全に10秒の壁を打ち破った」のでしょう。
 東京オリンピック2020に向けて、何と頼もしいことでしょうか。
 
 桐生選手も決勝に進み、7位と健闘しました。
 どんなレースでも、その時点の実力を発揮できるというのは、強いスプリンターの照明でしょう。

 日本男子100m陣の「世界への挑戦」は、これからも続きます。
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[6月28日・男子100m決勝(向風0.3m)]
1位 サニブラウン・アブデルハキーム選手 10秒02 大会新記録
2位 桐生祥秀選手 10秒16
3位 小池祐貴選手 10秒19

[6月30日・男子200m決勝(向風1.3m)]
1位 サニブラウン・アブデルハキーム選手 20秒35
2位 小池祐貴選手 20秒48
3位 桐生祥秀選手 20秒54

 第103回日本選手権で、サニブラウン選手は短距離2冠を達成しました。
 ありそうでなかった「日本選手権・男子短距離2冠」は40年振りの快挙と報じられています。
 
 100mは「圧勝」でした。
 スタートで桐生選手が先行したのですが、サニブラウン選手との差は僅か(20~30cm位に観えました)でしたから、サニブラウン選手も相応に良いスタートを切ったのです。
 そして50mまでには先頭に立ち、50~60m付近でトップスピードに乗り、80m付近までは「減速を最小限に抑えて」、2位以下のランナーとの差を広げました。

 100m競走は「減速との戦い」ですから(本ブログ2012年8月26日の記事「[陸上競技] 100m競走は「減速」との戦い」をご参照ください)、スピード維持能力がとても高かったのです。
 ゴール前では、サニブラウン選手もさすがに急激に減速しましたが、90mまでの貯金が物を言って、圧勝となりました。

 向風0.3mの環境下での10秒02は、とても良い記録だと思います。
 自己ベストが9秒98の桐生選手が10秒16かかった環境下での10秒02は、無風から追風の環境であれば、安定して9秒台を出せる力を示したのでしょう。
 素晴らしいランニングでした。

 一方で、大会最終日の200mは、サニブラウン選手としては満足がいかないレースだったのではないでしょうか。
 4レーンのサニブラウン選手は、前を走る5レーンの小池選手を追って、コーナーで加速しました。これが「飛ばし過ぎ」に観えました。本来なら、もう少し「静かに」走るべきコーナーで、力みが観られたのです。
 結果として、4コーナーを回り切ったところでは既に先頭に立っていましたけれども、200m競走におけるコーナーでの「力の使い過ぎ」は直線路で必ず悪影響を生みます。
 残り50m以降は、苦しいランニングであったと感じます。

 このコーナーでの力みの原因は分かりません。
 アメリカでの大会、9秒97を叩き出した大会、からの連戦の疲労で、コンディションが万全でなかったために、「コーナーで一気にケリをつけよう」と小池選手を抜きにかかったのか、日本新記録としての19秒台を狙って行ったためか、要因はいくつか考えられますけれども、結果としては不満足なレースになってしまったように観えました。(ひょっとすると、実力をアップしてきている小池選手を相手にして、現状の不十分なコンディションを考慮した、「勝ちに徹した」意図的な走りであったのかもしれませんが・・・)

 サニブラウン選手のレース前の映像が何度もテレビ画面に登場していましたが、「入念なマッサージ」のシーンがとても多かったと思います。桐生選手や小池選手とは対照的でした。
 やはり、疲労が蓄積していたことは間違いなさそうです。
 そうした中での「2冠達成」は見事なプレーなのでしょう。

 それにしても、今大会の、というか久し振りに詳細に観させていただいた、サニブラウン選手の走りにおいては、「腕振り」がとても印象的でした。
 広げた手が「顔の前まで振られる」のです。本当に大きく力強い腕振りであり、サニブラウン選手のスピードの源という感じです。

 カール・ルイス選手は指間を締めて、大きく腕を振りました。
 ウサイン・ボルト選手は、手を軽く握り、肩でぐりぐり引っ張るように腕を振りました。
 
 サニブラウン選手は指間を大きく開けて、顔の前まで腕を振るのです。
 
 リラックスして素早く腕を振るために、スプリンターは「自らに合った腕振り」を実行するのでしょう。

 サニブラウン選手の腕振りは、本当に印象的でした。

 この走りを、9月のドーハ世界選手権大会・男子100m・200m決勝で、是非観てみたいものです。

[6月29日・男子400mハードル決勝]
1位 安部孝駿選手 48秒80
2位 豊田将樹選手 49秒05
3位 松下祐樹選手 49秒47
4位 野澤啓佑選手 49秒51
5位 小田将矢選手 49秒60
6位 真野悠太郎選手 50秒07

 8レーンを走った安部選手が、素晴らしいスピードでリードし、最終ハードル後も粘りの走りを魅せて、優勝しました。48秒台という好記録でした。

 かつて為末大選手が、48秒を切る日本記録を樹立し、世界大会でもメダルを獲得するという、日本短距離界を代表する活躍を魅せてくれた種目であり、その後も相当高いレベルのランナーが続けて登場していた男子400mハードルですが、東京オリンピック2020を前にして、とても楽しみなランナーが登場したのです。

 スタートからスムースな加速でした。
 向う正面は、力みの無い走りが印象的でした。
 6台目までの走りは「完璧」という感じです。
 
 7台目以降、ハードル間の歩数が13歩から14歩に増えたかと思いますが、蹴り足を上手く切り替えて対応していました。
 さすがに10台目では少しバランスを崩しましたけれども、豊田選手の追い上げを振り切ってゴールしました。
 積極的であり、かつ、全体としてバランスの良いレースでした。

 「会心」のレースだったのでしょう、ゴール直後、安部選手は「吠え」ました。

 安部選手は、世界選手権2019の参加標準記録49秒30はもちろんとして、東京オリンピック2020の標準記録48秒9も一気にクリアしました。とても良い記録であったことが明白です。

 2位に入った豊田選手も、良い走りでした。
 こちらは前半抑え気味で入り、7台目から加速しました。
 ラスト30mの走りは素晴らしいものであったと思います。
 世界選手権2019の参加標準記録を大きく上回る、自己最高記録でした。

 さらに、このレースでは、5位までのランナーが50秒を切りました。
 5位の小田選手でも49秒60です。
 高いレベルのレースだったのです。
 東京オリンピック2020を前にして、日本男子400mハードル陣の選手層は、とても厚くなっていることを証明する結果でしょう。

 レース後のインタビューで安部選手は「秋までまだ時間がある。世界選手権のファイナリストを目指したい」と応えました。
 何と力強いコメントでしょうか。

[6月30日・男子110mハードル決勝]
1位 高山峻野選手 13秒36 日本タイ記録
2位 泉谷駿介選手 13秒36 日本タイ記録
3位 石川周平選手 13秒67

 1/1000秒単位の勝負でした。

 スタートから泉谷選手が先行し、3台目辺りから高山選手が少しずつ差を詰めて7台目辺りでリードしましたが、泉谷選手が巻き返して10台目ではほぼ並んで、ゴール前のスプリント勝負となりました。
 
 2人の勝敗を分けたのは「最後の一歩」であったと思います。
 泉谷選手の走りがわずかに浮いたのです。上に蹴ってしまったという感じでしょうか。
 重心位置を維持したまま走り抜けた高山選手が、おそらくは数㎝前だったのでしょう。

 速報タイムは13秒34でした。
 「日本新記録か」と色めき立ちましたが、惜しくも日本タイ記録でした。

 両者ともに上体を前に倒してのゴール姿勢でしたから、機械としては頭が入ったところで速報掲示し、体の中心がゴールラインを越えた時点での修正が行われて、2/100秒遅くなったということでしょう。

 それにしても、素晴らしいレースでした。
 現在の日本110mハードル陣の層の厚さ、レベルの高さを如実に示したものでしょう。
 降りしきる雨の中のレースにおける「二人同時の日本タイ記録」なのですから・・・。

 残念ながら準決勝で敗退した、金井大旺選手も含めて、110mH種目は日本記録保持者が3名となりました。

 東京オリンピック2020に向けて、本当に楽しみな種目です。

[6月28日・女子1,500m決勝]
1位 卜部蘭選手 4分15秒79
2位 田中希実選手 4分16秒23
3位 萩谷楓選手 4分16秒45

[6月30日・女子800m決勝]
1位 卜部蘭選手 2分02秒74
2位 川田朱夏選手 2分03秒35
3位 塩見綾乃選手 2分03秒87

 800mのレースを観ていて「伸び盛り」を感じました。
 24歳の卜部選手が「日本選手権の中距離2冠」を成し遂げたのです。
 1996年大会の早狩実紀選手以来、23年振りの快挙でした。
 
 21世紀に入って19年を過ぎ、どの競技・種目でも「専門化」が進んでいます。
 当然のことながら、800mと1,500mは走り方が異なる種目なのです。
 それも、最もハードと言われる2つの種目ですから、これだけ専門化が進んだ時代に在っては「2冠」は至難の技なのです。
 21世紀に入って初の偉業であることが、それを明示しています。

 もちろん、その記録を観ると世界選手権2019や東京オリンピック2020の参加標準記録には及ばないのですけれども、「伸び盛り」なのです。

 こういう大舞台で800mの自己ベストを2秒縮めていることに、大きな可能性を感じます。


[6月28日・女子やり投げ決勝]
1位 北口榛花選手 63m68
2位 森友佳選手 62m88
3位 山内愛選手 56m67

 先日、日本新記録を樹立した北口選手が、安定した投擲、6投中2投で60m越えという安定した投擲を魅せて優勝しました。
 日本女子やり投げを代表するプレーヤーとして、堂々たるプレー振りであったと感じます。(本ブログの2019年5月7日付記事「[陸上・木南道隆記念2019女子やり投げ] 北口榛花選手 素晴らしい日本新記録」をご参照ください)

 そして、この決勝でもうひとつ特筆すべきは、森選手の62m88を投げての2位でしょう。
 6投目の素晴らしい試技でした。

 この決勝では、1投目に北口選手が62m68の大会新記録でトップに立ちました。
 103回の歴史を誇る日本選手権陸上競技大会における「大会記録」ですから、これは快記録であり、「この一投で決まり」と観るのが自然です。
 これまでの大会なら、この一投で、北口選手ひとりが60m越え、2位の選手は57m前後という結果になることが多かったように思います。

 ところが今大会は、森選手が6投目に62m88という、大会前の大会記録を更新するハイレベルなプレーを披露したのです。
 自己新記録であり、世界選手権2019の参加標準記録61m50を一気にクリアしました。
 
 北口選手は4投目に優勝投擲を魅せたのですが、1投目の投擲では森選手の6投目に抜かれていたのです。
 とても高いレベルの戦いでした。

 森選手の62m台の投擲が「突然変異」的なものでは無いことは、この日の他の投擲を観れば分かります。森選手は、1投目に58m39、3投目に59m34を投げています。60mまであと少しのプレーを連発した後、見事に超えて魅せました。

 東京オリンピック2020の前年に、日本女子やり投げ陣には2人の素晴らしい選手が登場したのです。

[6月30日・男子1,500m決勝]
1位 戸田雅稀選手 3分39秒44 自己新記録
2位 松枝博輝選手 3分40秒93 自己新記録
3位 荒井七海選手 3分41秒57 自己新記録
4位 的野遼大選手 3分42秒76 自己新記録
5位 清水鐘平選手 3分42秒91 自己新記録
6位 秦将吾選手 3分43秒25

 大接戦となった男子1,500mですが、戸田選手が競り勝ちました。
 3分40秒を切る好記録でした。

 そして、1位から5位までの5選手がいずれも自己ベストを出したのです。
 今大会、第103回日本選手権陸上競技大会は、各種目において自己新記録を樹立する選手が目立つ大会でしたが、それを象徴するレースであったと思います。

 世界選手権2019の参加標準記録3分36秒00、東京オリンピック2020の同3分35秒00には、まだまだ及ばないのですけれども、日本選手権という大舞台で「自己新」を出せるランナーが目白押しというのは、本当に楽しみです。

 日本男子中距離陣の大いなる飛躍が期待されます。
[2015年3月28日・アメリカ合衆国テキサス州オースティン]
・桐生祥秀選手 9秒87(追風3.3m)

[2019年6月5日・アメリカ合衆国テキサス州オースティン]
・サニブラウン・アブデル・ハキーム選手 9秒96(追風2.4m)

 テキサス州オースティンで開催されている、全米大学選手権大会2019の男子100m準決勝で、サニブラウン・ハキーム選手が9秒96を記録しました。全体2位で決勝にも進出しています。
 追風2.0mを僅かに超えてしまいましたから、未公認・追い風参考記録となりますけれども、先日の公認記録9秒99を3/100秒も上回る見事な記録です。
 
 この準決勝のレースについてご本人は「スタートが良くなかった。相当遅れたのではないか。しかし後半は良かった」とコメントしています。
 6月7日の決勝レースがとても楽しみです。
 サニブラウン・ハキーム選手にも十分にチャンスが有ります。
 記録ももちろんですが、「日本人ランナーによる全米学生男子100m優勝」というのも、凄い記録となります。

 さて、この知らせを聞いて、2015年19歳の時の桐生選手の追い風参考9秒台を思い出しました。
 ところは同じテキサス州オースティン、記録は何と9秒87でした。
 もう4年以上も前になりますが、当時桐生選手の公認最高記録は10秒01でした。その桐生選手が「9秒87」を叩き出したのです。
 追風3.3mを2.0mに引き直してタイム換算すると、9秒96に相当すると報じられました。

 桐生選手は、その後「故障がち」のシーズンをしばらく送りましたが、コンディションを戻して、2017年に9秒98(公認)をマークしたことは、皆さんご承知の通りです。

 追風が2.0mを越えて、未公認になったとしても、9秒台で走ることの意義はとても大きいと感じます。
 まず何より、「そのランナーのボディが9秒台のランに耐えられること」が証明されるからです。
 例えば桐生選手を例に取れば、3.3m-2.0m=1.3mの風に相当する「自分の体を前に押す力」を体得すれば、公認される9秒87を出す可能性が有ります。

 ふたつ目の利点は「9秒台のスピードを体感できる」ことです。
 陸上競技・短距離種目の経験がある方なら、自分のベストタイムの時の走りを良く憶えていると思います。走っている時に「速い」と感じるのです。とても「良い気持ち」で走れている場合も多いようです。

 「9秒台の体感」は、本当に限られたスプリンターにしか得ることができないものであることは間違いありませんが、追風の力を借りて体感することができれば、追風2.0m以下の環境で、新記録を出す際のとても大きな参考・目標(その体感実現が目標となるでしょう)となるでしょう。
 何しろ「9秒台の体感」ばかりは、どんなに素晴らしい指導者でも、プレーヤーに教えることは出来ないものなのですから。

 「追い風参考なら、いつでも9秒台」というのは、やや言い過ぎなのでしょうが、桐生選手とハキーム選手はそれに近いレベルに到達しているように観えます。

 日本人ランナーにとって、9秒台が「既知の領域」に入ってきたのでしょう。

[5月19日・男子200m・向風0.4m]
1位 マイケル・ノーマン選手(アメリカ) 19秒84 今季世界2位の記録
2位 ヤン・チョン・ハン選手(台湾) 20秒50
3位 クリストファー・ベルチャー(アメリカ) 20秒57

 圧巻の走りでした。
 シーズン始めのこの時期に、「眼の覚めるような」ランだったのです。

 19秒84!

 リオデジャネイロ・オリンピック2016に当て嵌めてみても、金メダルのウサイン・ボルト選手・19秒78には僅かに及びませんが、2位・銀メダリストの20秒02は大きく上回っています。
 凄い記録なのです。

 静かな良いスタートから、6レーンのノーマン選手は上手く加速して、直線に出たところで既に大きなリードを持っていましたが、凄かったのは残り80mからでした。
 素晴らしいスピードを維持して180m辺りまでスムースに走ったのです。
 2位グループとの差は、ひらく一方でした。

 久しぶりに「世界トップクラスの200m走」を魅せていただいたと感じました。

 オリンピックや世界選手権以外の大会では、滅多に観ることができないレベルの走りでしょう。

 さて、21歳のノーマン選手のお母さんは日本人です。
 お母さんも一流のスプリンターで、1989年に女子100mの当時の日本中学生記録を樹立していたと報じられました。

 ノーマン選手は今回初めて日本で走ったのだそうです。「母の母国で走る」というのは、どんな気持ちだったのでしょうか。

 また、ノーマン選手は200mも強いのですが、400mはもっと強いのです。43秒45という世界歴代4位の記録を保持しています。
400mで43秒台の前半というのは、桁違いの記録です。

 東京オリンピック2020における、マイケル・ノーマン選手の200m・400m二冠の可能性も十分にありそうです。

 オリンピック陸上競技の見所が、またひとつ増えました。

[5月19日・男子110mハードル・追風2.9m]
1位 泉谷 駿介選手 13秒26
2位 グレッグマー・スイフト選手(バルバドス) 13秒45
3位 金井 大旺選手 13秒47
4位 高山 峻野選手 13秒51
5位 石川 周平選手 13秒63
6位 ライアン・フォンテノー選手(アメリカ) 13秒70

 泉谷選手の素晴らしいトライでした。
 追風2.9mでしたから、公認されないのですけれども、現在の日本記録13秒36を大きく超えるタイムを叩き出してくれたのです。

 現日本記録保持者・金井選手の先行で始まったレースでしたが、8台目辺りで泉谷選手が並び、9台目から突き放しての勝利でした。10台目をクリアして以降の泉谷選手の加速は見事でした。

 110mハードルは、日本人ランナーが苦手とする種目です。
 こうした国際大会でも海外ランナーの後塵を拝することが多いのですが、この大会は違いました。日本人ランナーがレースを構成し、仕上げも行ったのです。
 タイムもとても良いものでしたし、高山選手、石川選手も健闘しました。

 順天堂大学3年の泉谷選手は、2018年7月のU-20世界選手権大会の110mハードルで3位に食い込みました。13秒38(追風0.3m)という、日本記録に迫る好記録での快走でした。
 伸び盛りのプレーヤーですから、走れば好記録という感じでもあります。
 今後の日本110mHをリードして行く人材であることは、間違いないでしょう。

 東京オリンピック2020に向けての活躍が、本当に楽しみです。

 5月19日にヤンマースタジアム長居にて開催された、2019年セイコーゴールデングランプリ陸上ですが、いくつかの種目で、素晴らしいパフォーマンスが示されました。

 まずは、男子100m競走。
 世界チャンピオンのジャスティン・ガトリン選手(アメリカ)を迎えてのレースでしたが、迎え撃った桐生祥秀選手を始めとする日本勢が互角の走りを魅せてくれたのです。

[男子100m・追風1.7m]
1位 ジャスティン・ガトリン選手 10秒00
2位 桐生 祥秀選手 10秒01
3位 ラムムハンマド・ゾフリ選手 10秒03
4位 小池 祐貴選手 10秒04
5位 山縣 亮太選手 10秒11
6位 多田 修平選手 10秒12

 ゴールデングランプリ陸上というと、海外の一流選手が圧勝する、それ程タイムは良くないものの圧勝する、というプレーをこれまで数多く観てきましたが、このレースはまさに接戦、ガチンコ勝負でした。
 加えて、タイムもこの時期としてはとても良いもので、ドーハの世界選手権派遣標準記録10秒10を、桐生、小池の両選手がクリアしたのです。

 桐生選手は60m付近から、ガトリン選手を相手に一歩も引かぬ走りを披露してくれました。ゴールでの差は10cm内外だったと思います。
 桐生選手の今季の好調さを如実に示した走りでした。

 一番内側のコースを走った小池選手の後半の追い上げも見事でした。
 小池選手は「スピードを落とさない走り」が身に付いてきているのでしょう。

 それにしても、日本チームの桐生・小池・山縣・多田・ケンブリッジ飛鳥の5選手を含む9名のスプリンターが並んだレースは壮観、迫力満点でした。
 こんなに重量感のあるレースを国内で観られるようになったこと自体が、現在の日本男子短距離陣の充実ぶりを示しているのでしょう。
 世界リレー大会2日目の5月12日、競技開始前にひとつのセレモニーがありました。

 2008年北京オリンピックの男子4×100mリレーで銅メダル(当初)を獲得した日本チームでしたが、その後、銀メダルに順位が上がったことについて、IAAFによる「正式なメダル授与式」が行われたのです。

 午後6時頃に始まったメダルセレモニーには、当時のチームメンバーである、朝原宣治、末續慎吾、高平慎士、塚原直貴の四氏と、メダル授与者である、国際陸上競技連盟IAAFのセバスチャン・コー会長が登場しました。
 ホームストレッチ前に設置された壇上にメンバー四氏が居並び、コー会長から銀メダルが授与されたのです。

 美しい光景でした。
 横浜国際総合競技場には、静かなるも温かな拍手が響きました。

 メダルを受けた後、四氏を代表して朝原氏から「今日から私たちは銀メダリストとして生きて行きます」とのコメントがありました。
 オリンピックのメダルの重みを十二分に感じさせるコメントでした。

 さて、このセレモニーで私は、久し振りにセバスチャン・コー氏を観ることができたのです。
 それは、上記のメダルセレモニーとは別の感慨が有りました。

 セバスチャン・コー選手と言えば、1980年代の「イギリス男子中距離陣全盛期」の中心選手であり、1980年モスクワオリンピックと1984年ロサンゼルスオリンピックの男子1,500mの金メダリスト、両大会の男子800mの銀メダリストです。

 もともとイギリスは陸上競技の人気が高い国ですが、数ある種目の中でも800mと1,500m・中距離2種目の人気が特に高いのです。
 それは、レース中の駆け引きを始めとする「考える」ことが必要な種目であるからでしょうか。

 選手は、レースに出場するメンバーと自らの実力、コンディション、強み、弱み、等々を勘案して、レース前に戦略・戦術を構築し、レースが始まってからは、各ランナーの動き・レース全体の流れ等々を観ながら、戦術の変更を行いながら走る、という要素が強く求められる種目なのでしょう。
 加えて、レースの大半がセパレートコースではありませんので、体の接触、時には肘と肘の衝突といった事象もありますので、格闘技的な要素もありますから、ランナーは大変ですし、観るものとしてはとても面白いのでしょう。

 イギリスにおいては「強い中距離ランナー」が世間でとても高く評価されると言われます。

 そうした環境下、セバスチャン・コー選手はスティーブ・オベット選手と共に、イギリスを代表する中距離ランナーでした。ちなみにオベット選手は、モスクワオリンピックの男子800mの金メダリストです。コー選手を破ったのがオベット選手だったのです。

 この両選手に、スティーブ・クラム選手を加えた、1980年代のイギリス男子中距離陣は、世界大会を席巻しました。
 世界中に、数多くのファンが居たことは言うまでもありません。

 私もこの頃、セバスチャン・コー選手の大ファンでした。
 コー選手が走るレースとなれば、何時でも何回でも、テレビに噛り付いて観ていたものです。

 コー選手は身長174cmと、大柄なランナーが多いヨーロッパにおいては小柄な方でしたが、その走りはとても大きく感じられましたし、コー選手がどの位置で走っているかは、どのレースでもひと目で分かりました。そして、コー選手が当該レースの中の「どこで加速するか、勝負に出るか」は、本当に見所だったのです。
 とても素晴らしいレース、面白いレースが多かったと思います。

 さて、5月12日に横浜国際総合競技場に姿を現したコー会長は、やはり小柄でしたけれども、大きなオーラに包まれているように観えました。

 メダルセレモニーの間、私はコー会長ばかりを観ていたのです。

 5月12日、横浜国際総合競技場(日産スタジアム)にIAAF(国際陸上競技連盟)世界リレー大会を観に行ってきました。

 当日は、雨こそ降りませんでしたが風があり、気温も競技開始時の21℃から最終レースには17℃まで下がりましたので、結構冷えました。

 さて、12日は各種目の決勝が中心でしたが、21世紀に入って「世界のリレー界」をリードしてきた感のある、アメリカチームとジャマイカチームの苦戦が際立ちました。
 加えて、意外な?チームの健闘も目立ちました。

 東京オリンピック2020を前にして、陸上競技のリレー種目は「戦国時代」という感じがします。

 最近のオリンピックで行われている種目の結果です。

[男子4×100mリレー]
1位 ブラジル 38秒05
2位 アメリカ 38秒07
3位 イギリス 38秒15

[男子4×400mリレー]
1位 トリニダードトバゴ 3分00秒81
2位 ジャマイカ 3分01秒57
3位 ベルギー 3分02秒70

[女子4×100mリレー]
1位 アメリカ 43秒27
2位 ジャマイカ 43秒29
3位 ドイツ 43秒68

[女子4×400mリレー]
1位 ポーランド 3分27秒49
2位 アメリカ 3分27秒65
3位 イタリア 3分27秒74

 これまでの優勝の常連であるアメリカチームが勝ったのは、女子4×100mリレーのみ。
 このレースは、ゴール寸前でジャマイカチームのアンカーが猛然と追い上げ、ほぼ並んだところがゴールでした。アメリカチームは何とか優勝を確保したのです。

 もう一方の雄ジャマイカチームはこの4種目については優勝できませんでした。
 短距離王国としては、ウサイン・ボルト選手やアサファ・パウエル選手らに続く、男子100mランナーの育成を急がなくてはならない状況に観えました。

 男子のマイルリレーでは、何と?トリニダードトバゴチームが優勝しました。逃げるアメリカチームをトリニダードトバゴとベルギーが追い上げ、ゴール寸前抜き去った形。アメリカのアンカーはゴール寸前、ゴールに向かって倒れ込みました。(その後、アメリカチームは失格となりました。失格の理由は、よく分かりませんでした)

 このレースでは、結果として日本チームが4位に食い込みました。
 世界のトップと戦うには、日本チームはまだ力量不足ですが、良い選手が育ってきているという感じがします。

 女子のマイルレースは、アンカー同士の接戦の中から、ポーランドチームが快勝しました。チームとしての力強さを感じさせるレース振りでした。3位のイタリアチームも相当に強いと思います。

 さて、11日の予選で日本チームが失格してしまった、男子400mリレーは、ゴール寸前まで中国チームが先頭に居ましたが、ゴール寸前、ブラジルチームとアメリカチームがこれを捉えて、ブラジルが優勝しました。
 本当に大接戦でした。

 この4レースの優勝チームを並べるだけでも、十分に「戦国時代」を感じさせるでしょう。
 東京オリンピック2020のリレー種目がとても楽しみになりました。
 もちろん、日本チームにも十分にチャンスが有ると思います。

 スタジアム正面のゴール付近の席で観ていた私達の前には、カナダチームのメンバーのお姉さんとお母さんと思われる2人が座っていました。
 カナダチームが登場した時の応援は、特にお姉さんの応援は、熱狂的というか素晴らしいものでした。
 女子マイルリレーでは、カナダチームは4着に食い込んだのです。
 世界大会の4位は、当然ながら、とても立派な成績です。
 私達も一緒に喜びました。

 国際大会というのは、とても楽しいのです。

 5月11日、アメリカ合衆国アーカンソー州フェイエットビルで開催された、大学南東地区選手権大会の100m決勝で、サニブラウン・アブデル・ハキーム選手(20歳、フロリダ大学)が9秒99の好タイムで優勝しました。
 追風1.8mでしたから公認記録です。

 2017年9月に桐生祥秀選手が9秒98をマークして以来、日本人ランナーとして2人目の9秒台を記録したのです。

 テレビの録画映像を観ると、スタートから20mまでの走りは秀逸なものでした。
 体が起き上がる動きと脚動きのバランスが良く、素晴らしい加速が実現していました。

 30mから60mまでの走りは、この日のランの中では最も出来が良くなかったように観えました。やや力みが観られ、全体としてスムースさに欠けました。

 そのまま失速するケースも多いのですけれども、70mからゴールまでは、良くスピードを維持していました。ラスト30mは、ハキーム選手として狙い通りの走りだったのではないでしょうか。

 もちろん、レース全体としては良い走りでしたので9秒99が出たことは間違いないのですが、まだまだ記録を伸ばす余地があるとも言えそうです。

 レース後のインタビューでハキーム選手は、「いずれは出ると思っていた。(今回)それ程早く走れているとは感じなかった」とコメントしています。「ああ、出たか」という感じのコメント。ご本人として「完璧な走り」という感じでは無かったのでしょう。

 加えて、このレースで「1着」だったことが素晴らしいと思います。

 短距離レースの本場・アメリカにおいては、10秒切りは珍しいことでは無いのかもしれませんが、そうした多士済々の大会において優勝を飾ることの価値は、とても大きなものでしょうし、2着・3着での10秒切りより、1着の10秒切りの方が、より難しいものであろうと思います。

 大きな伸びしろを感じさせる、ハキーム選手の9秒99。

 日本陸上競技男子短距離陣のレベルアップは続きます。
[5月6日・女子やり投げ・ヤンマースタジアム]
1位 北口榛花選手 64m36cm
2位 久世生宝選手 56m77cm
3位 宮下梨沙選手 56m42cm

 第6回木南道隆記念陸上競技大会で、素晴らしい日本新記録が誕生しました。

 女子やり投げ種目で、21歳の北口榛花(きたぐち はるか)選手が、従来の日本記録63m80cm(海老原有希選手)を56cm上回る投擲を魅せたのです。

 この記録は、ドーハ世界選手権2019の参加標準記録61m50cmを大幅にクリアすると共に、東京オリンピック2020の参加標準記録64m00cmをも超えました。
 何より凄いのは、この記録がロンドン世界選手権2017および今季の世界ランキングにおいても「6位」に相当する記録だという点です。

 陸上競技に詳しい方なら、日本陸上界が最も世界トップレベルから遅れている種目のひとつが、女子投擲であることは、ご存じの通りです。
 男子投擲には、ハンマー投げの室伏浩二選手のアテネオリンピック2004における金メダルや大邱世界選手権2011の優勝、そしてやり投げの新井涼平選手のアジア大会や世界選手権での活躍があるのですが、残念ながら女子では、世界は遠い存在だったのです。

 そうした状況下、今大会の北口選手のパフォーマンスは素晴らしいものです。

 1998年生まれ・21歳の北口選手は北海道旭川市出身。2015年の世界ユース大会では、やり投げ種目を60m35cmで優勝しています。
 身長179cmと報じられていますから、日本女子プレーヤーとしては恵まれた体躯です。

 「60m越え」は、日本女子やり投げプレーヤーにとって、ひとつの大きな壁でした。
 北口選手は、2016年・18歳の時に61m38cmを記録し、今回の快記録をも生み出したのです。

 オリンピックの前年には、大きく記録を伸ばすプレーヤーが世界中に登場します。
 日本の女子投擲陣にも、そうした選手が登場したのです。

 北口選手が2019年中に「65m」を超えて行くようなら、東京オリンピック2020におけるメダル争いに加わることも夢ではありません。

  「新星」が登場しました。
 4月27・28日の両日、第53回織田幹雄記念国際陸上競技大会がエディオンスタジアム広島を舞台に開催されました。
 例年、我が国の陸上競技シーズン開幕を告げるビッグゲームとして注目されている大会ですが、今年も良いパフォーマンスが披露されました。
 「令和」時代に飛躍が期待されるプレーも随所に観られたのです。

[男子110mハードル]
1位 石川 周平選手 13秒54
2位 泉谷 駿介選手 13秒56
3位 大室 秀樹選手 13秒78

 スタートから泉谷選手が飛び出しリードを奪いましたが、石川選手が追い上げ、10台目のハードルを越えた後良く伸びて、ゴール寸前逆転しました。見事な競り合いでしたし、タイムもこの時期としてはとても良かったと思います。

 伸び盛り・19歳の泉谷選手が先行し、23歳の石川選手が逆転したレースでしたが、共に個性十分な走りでしたので、今後の成長、東京オリンピック2020に向けての成長が、とても楽しみです。

[女子100m]
1位 ライリー・デイ選手 11秒54
2位 御家瀬 緑選手 11秒54
3位 土井 杏南選手 11秒64

 土井選手の復活が期待されたレースでしたが、恵庭北高校の観家瀬選手がスムースな走りで快走し、ゴール寸前にオーストラリアのデイ選手の逆転を許したものの、自己新記録で2位となりました。
 女子100mに現れた、才能豊かな新星でしょう。

 土井選手は、相当回復してきたとはいえ、まだまだ本来の走りには戻っていません。あの「伸びやかな走り」が観られる日が早く来て欲しいと感じます。

[男子100m]
1位 白石 黄良々選手 10秒19
2位 多田 修平選手 10秒21
3位 宮本 大輔選手 10秒27

 既に、桐生祥秀選手や山縣亮太選手と共に「日本一」を争うポジションに居る多田選手のシーズン序盤の走りが注目されましたが、大東文化大4年の白石選手が90m地点で逆転し優勝しました。10秒19という好記録、自己新記録でもありました。
 日本トップクラスのランナーであっても、調子が上がっていなければ勝てないというところが、日本短距離陣の層の厚さを示していると感じますし、頼もしい限りです。

 多田選手は、特徴である前半の加速は見所が有りましたが、後半はバランスが悪く、スピードを維持することが出来ませんでした。蹴った後の脚の動きの中で、膝から下の動きに無駄が有り、タイムをロスしているように観えました。
 一方で、この走りでも10秒21が出るところに、多田選手の強さも感じました。

 2019年の織田記念大会は、次代を担うプレーヤーが複数登場する大会となりました。
 「自己新記録」を叩き出した選手も多かったのです。

 シーズン当初から「自己新記録」とは素晴らしいことでしょう。

 さすがに、「オリンピック前年のシーズン」なのです。
 嬉しいニュースが飛び込んできました。

 4月21日にカタール・ドーハで開幕した、陸上競技のアジア選手権大会2019の男子100m競走で、桐生祥秀選手が優勝したのです。

 1973年から2年に一度開催されてきた、アジアNO.1を決める大会ですが、アジア大会などと比べるとやや報道が少なく、特に、男子100m種目となると過去22回・40年以上の間、この大会で日本人ランナーが優勝したことが無い、ということもあって、いつも?小さな扱いだったという印象が有ります。
 
 「本当は日本人ランナーの優勝を観たいのだけれども、『やっぱりダメか』という大会」が続いていたのではないでしょうか。

 そうした歴史的経緯?を踏まえて、今回のアジア選手権大会も、日本のマスコミにおいては「ひっそりと」開幕した感じがしますが、その大会2日目に「ビッグニュース」が生まれたというところなのでしょう。

 日本陸上界初の快挙であることはもちろんとして、今回の桐生選手の優勝には、大きな価値が有ると思います。

① 予選・準決・決勝の3レース全て1着であったこと。

 「予選は予選だから、通過すれば良いので、順位には拘らない」という意見もあろうとは思いますが、優勝するプレーヤーは、予選から決勝までの全てのレースで1着であることも多いのです。

 特に100m種目となれば、ややリラックスして走る、ゴール前で「流す」ことができる、予選や準々決勝、準決勝のタイムも、「全力」の決勝と大きな差が無いことが多く、このリラックスした状態でのタイムこそが、当該ランナーの地力と観て良いとも思います。
 もちろん、「流して1着」は素晴らしいことです。

 実際に今大会の桐生選手は、予選で10秒29、準決勝で10秒12、決勝で10秒10と素晴らしいパフォーマンスを発揮してくれました。
 この準決勝の10秒12こそが、現在の桐生選手のベースの力なのでしょう。

② 10秒10という好タイム

 追風1.5mの中で行われた決勝レースを、桐生選手は10秒10で制しました。
 もちろん、9秒98の自己ベスト記録を保持する桐生選手にとっては、まだまたのタイムという見方もあるでしょうが、シーズン初めのこの時期としては、十分というか、とても良い記録であると考えます。

 東京オリンピック2020の前年シーズンの4月の国際大会としては、理想的なタイムなのではないでしょうか。
 そして、そのタイムで「優勝したこと」の価値はとても大きなものでしょう。

③ 60mからの高いパフォーマンス

 決勝レースの桐生選手のスタートから30m辺りまでは、やや「ギクシャク」した走りでした。スムースさに欠け、加速も十分では無かったと思います。
 内側コースのムハンマド・ゾーリ選手(インドネシア)らに、50m付近では70cmほどのリードを許しました。
 ご承知のように、100m競走においては「70cm」は大差ですので、桐生選手にとっては厳しいレースとなったのです。

 ところが60mを過ぎたあたりからの、桐生選手の走りは、リラックスしてバランスの良いものとなりました。「減速への対応」が上手く行ったのです。
 他のランナーがどんどん減速して行く中で、桐生選手は「減速を最小限に抑えて」、ゴール寸前に抜き去り、トップでゴールインしました。この「減速を抑える走り」は、世界で戦って行く上で不可欠の技術です。
 この技術を、この時期に披露してくれたことが素晴らしいと感じます。

 これで「前半30mまで」を、桐生選手や陣営が考えているような走りが出来れば、再び9秒台が出る可能性が高いと思います。

 それにしても、アジア屈指のスポーツ大国であり、アジア大会などではメダルラッシュに沸く「日本チーム」が40年間以上に渡って優勝することができなかったのが、この大会の「男子100m」なのです。

 人類にとって、最も「基本的なスポーツ種目」のひとつである100mは、国力とか競技人口といった物差しでは測れない、「ひとりの天才が、別々の地域で、別々の時期に生まれる」という性格のものなのでしょう。
 
 特別な施設・設備が無くとも、あるいは不足していても、誰もがチャレンジすることができる種目としての100m競走。市町村の、県の、地域の、国の、大陸の、そして世界の、「人類最速を決める種目としての100mの価値」を、改めて感じさせられるニュースでもありました。

[8月30日・決勝]
1位 日本チーム 38秒16
2位 インドネシアチーム 38秒77
3位 中国チーム 38秒89

 日本チームが快勝しました。

 予選から好調な走りを魅せ、決勝レースでも「力通り」の走りで勝ち切ったのです。

 リオデジャネイロ・オリンピック2016で銀メダル、世界選手権大会2017で銅メダルと、近時の国際大会で「メダルの常連」となっていた日本男子の4×100mリレーですが、アジア大会では21世紀に入ってから1度も勝てませんでした。

 もともとリレー種目では、「個」の力を上回る結果を出してきた日本短距離陣ですから、アジア大会での不振は、やや不思議な感じがしていたものです。

 少し不安の有った今大会でしたが、走ってみれば圧勝という結果でした。

 とはいえ、決勝レースの日本チームのパフォーマンスは十分なものでは無かったと思います。
 特にバトンパスは上手く行きませんでした。

 1走の山縣選手から2走の多田選手へのパスは、予選の時より「詰まり」ましたし、予選と同様に多田選手が外側に膨らんでしまいました。
 2走には「慣れていない」多田選手という点はあるのでしょうが、より厳しい戦いにおいては、この状態では戦えないでしょう。
 予選レースでは、多田選手は外側のコースに食み出していました。
 決勝レースでは、ギリギリ食み出しは避けられましたが、どちらのレースでも、外側コースのランナーと接触するようなことがあれば「失格」の可能性が有った訳ですし、そもそもこのレベルのスプリンターが「真っ直ぐ走れない」というのは、残念なことでしょう。
 曲がって走るのは真っ直ぐ走るより「長い距離を走る」ことになります。(当たり前のことを書き恐縮です)おそらく「数㎝長く走った」形なのでしょうが、男子200m競走で小池選手が「2cm差で金メダルを獲得」したことを考え合わせれば、短距離種目においては、数㎝も大事にしなければならないのは自明でしょう。

 2走の多田選手から3走の桐生選手へのバトンパスも「詰まり」ました。

 3走の桐生選手からアンカーのケンブリッジ飛鳥選手へのバトンパスも「詰まり」ました。
 ここのバトンパスは、これまでのレースでも、あまり上手く行ったことが無いと感じます。いつも「詰まっている」印象なのです。

 3度のバトンパスがいずれも「ドンピシャ」には程遠い状況でしたから、0.15秒×3度=0.45秒位は損をしていたのではないかと思います。
 とても、もったいないレースでしょう。

 38秒16-0.45秒=37秒71、今大会の日本チームの地力は、これ位であろうと考えます。

 予選の内容を観ていて、決勝では2位に10m前後の差を付けることが出来るのではないかと想定していましたが、実際のレースにおけるゴール前での差が小さかったのは、バトンパスの出来が影響していたのではないかと思います。

 一方で、バトンパスが不十分でも快勝できたというのは、日本チーム各ランナーの走力を示しています。
 見事な走りが続きました。

 山縣選手の加速、多田選手の後半50mの伸び、桐生選手のコーナリングスピード、そしてケンブリッジ選手のトップスピードに乗った後の走りは、いずれも世界で十分に戦って行けるハイレベルなものでした。

 20年振りのアジア大会優勝は、世界大会制覇に向けての反省点も示してくれたのでしょう。
 8月29日に行われた男子200m競走決勝は、小池選手と楊選手(台湾)の大接戦となりました。

 3コースの小池選手は4コースの楊選手をコーナーリングで追い抜く戦略だったのですが、これが不発におわり、直線に出たところで楊選手が30cm程前でした。
 小池選手は100~150mで懸命に追い上げ、並んで、残り40m辺りでは20~30cmのリードを奪います。

 しかし、この50mの無理がたたり、小池選手は一杯になってしまって、走りのバランスが崩れました。
 そこを楊選手が再び追い上げ、両者が並んだところがゴールライン。

 両ランナーは20秒23の同タイムでした。

 写真判定というか、写真によるタイム計測に使用された写真がテレビ画面に映し出されました。2人のランナーのゴールインを示す縦線は殆ど重なっていましたが、僅かに小池選手の方が前でした。
 2/1000秒差と報じられましたから、実際の距離は2~3cmでしょう。
 本当に「大接戦」だったのです。

 余力がなくなってからの小池選手は、ゴールまでの30mをよく粘りました。
 これは、ある意味では「驚異の粘り」で、普通の一流スプリンター(変な書き方で恐縮です)では、とてもあのスピードを維持することは出来ないでしょう。
 これが、小池選手の「持ち味」であることも、間違いないと感じます。

 どんな競技でも共通していますが「1位と2位の差は大きい」ものです。
 小池選手には「勝ち切る力」が有ることを証明するレースでもありました。

 今年の日本選手権大会で、山縣選手、桐生選手、ケンブリッジ選手の所謂「ビッグ3」を相手に僅差の4位に食い込んだ小池選手(23歳)は、日本男子スプリント界の「新星」です。

 その小池選手が、初の海外遠征の国際試合で、自己新記録を叩き出して優勝したのです。素晴らしい活躍でしょう。

 史上最高のレベルにある日本男子スプリント陣の選手層は、さらに厚くなったのです。

 8月27日に行われた男子やり投げ種目では、インドの20歳、ニーラージ・チョプラ選手が88m06cmの記録で圧勝しました。
 2位の劉選手(中国)が82m22cmでしたから、6m近い差を付けての優勝でした。

 第1投から83m46cmを投げてトップに立ったチョプラ選手は、3投目に88m06cmを投げました。
 とても大きな投擲で、フィールドの左奥深くへ、他の選手とは別次元の軌跡を取っての投擲でした。
 チョプラ選手は5投目にも86m36cmを投げていますので、今大会ではとても安定した試技を続けたということになります。

 日本の新井涼平選手は、故障からの回復途上にあることもあってか、自己記録に10m以上及ばない75m24cmの記録で7位に止まりました。残念ながら、本来の投擲には程遠いプレーでした。

 身長180cm・体重88㎏のチョプラ選手は、やり投げ種目のプレーヤーとして体格的には「小柄」に属するかもしれませんが、何より助走が素晴らしく、無駄の無いフォームが印象的でした。
 相応の経験というか試行錯誤が必要とされる投擲種目で、20歳にしてこれだけのパフォーマンスを示すというのは、今後の成長がとても楽しみです。

 ご承知のように、やり投げ種目はヨーロッパの選手が強いのです。
 かつては北欧の国々のプレーヤーが強かったのですが、近時はドイツ選手の記録が目立ちます。

 世界記録は、「あの」ヤン・ゼレズニー選手の98m48cmというスバ抜けたもので、1996年に樹立されて以降20年以上に渡って破られていません。
 感覚的には「破られるどころか、影さえ踏ませない記録」です。
 この記録が抜かれることなど、想像も出来ないと思っていました。

 ところが、2015年以降、新世代のプレーヤーが次々と好記録をマークし始めました。

 2015年にはケニアのジュリアス・イエゴ選手が92m61cm(歴代5位)、2017年にはドイツのトーマス・レーラー選手が93m90cm(歴代3位)、続いてドイツのヨハネス・フェッター選手が94m44cm(歴代2位)、そして2018年にはドイツのアンドレアス・ホフマン選手が92m09cm(歴代8位)となっています。

 世界歴代2位のフェッター選手の記録でも、ゼレズニー選手の世界記録には4m及ばないのですが、それでも2010年以前と比較すれば、相当に記録が伸びているのです。

 世界のやり投げ選手は、ついにゼレズニー選手の後姿を観ることが出来るようになったというところでしょうか。

 そのゼレズニー選手を追いかけるプレーヤーのひとりとして、インドのチョプラ選手も加わってきたという感じがします。

 今大会で魅せてくれた「大きな投擲」は、やり投げ種目に新時代を呼び込む投擲なのかもしれません。
 100m競走、走り幅跳び、砲丸投げ、走り高跳び、400m競走、110mハードル競走、円盤投げ、棒高跳び、やり投げ、1500m競走の10種目を2日間でプレーし、その成績の合計で競うのが十種競技です。

 走り・飛び・投げるという陸上競技の3要素の全てにトライし、全ての種目で相当なレベルのパフォーマンスを示さなければならない上に、2日間で10種目という極めて厳しいスケジュール下での競技進行ですから、高いレベルの持久力も具備していなければなりませんから、とても難しい競技であることは言うまでも無く、その一流プレーヤーには「鉄人」という尊称が送られます。

 投擲種目が3つ入っていることから、ある程度のサイズが有る方がプレーヤーとしては有利ですので、日本人選手には「不向きな」種目でもありました。

 そうした状況下で、日本を代表する十種競技プレーヤーとして、近時10年間に渡って世界で活躍しているのが、右代啓祐選手(うしろ けいすけ、32歳)なのです。

 身長196cm・体重95㎏と、俗な言い方をすれば「日本人離れ」した体躯を武器に、国士舘大学在学中から日本のトップクラスで活躍し、社会人となった2011年には8073点という、日本初の8000点越えを叩き出して日本新記録を樹立しました。

 右代選手はこの日本記録を引っ提げて、2012年のロンドン・オリンピックに出場しました。
 この「十種競技におけるオリンピック出場」が、東京オリンピック1964以来「48年振り」のことであったという事実が、日本人選手が十種競技に挑むことの難しさを如実に示しています。
 大袈裟な言い方をすれば「右代啓祐選手は日本の十種競技の中興の祖」なのでしょう。

 ロンドン・オリンピック2012では7842点で20位でしたが、半世紀ぶりの日本代表として堂々たるプレーを披露してくれたのです。

 そして2014年のアジア大会(韓国・仁川)で金メダルを獲得しました。8088点の見事な優勝でした。
 この年に8308点の日本新記録を樹立したことも有って、日本陸上競技連盟のアスレティック・アワードにおいて年間最優秀選手に選出されています。
 十種競技プレーヤーとして、2014年の日本陸上競技を代表するアスリートに輝いたのです。

 今大会の右代選手の記録は7878点でした。
 右代選手としては不満足な結果なのでしょうが、アジア大会連覇は見事な記録です。

 今大会の3位には中村明彦選手(27歳)が食い込みました。
 実は、2014年大会でも中村選手は銅メダルを獲得していましたので「2大会連続銅メダル」という、こちらも立派な記録を残してくれたのです。
 中村選手は8180点という、日本歴代2位の記録も保持しています。

 2010年代の日本の十種競技は、右代選手と中村選手が牽引してきたのです。
 
 ジャカルタのメインスタジアムの表彰台で君が代を聴く2人の姿は、とても凛々しいものでした。
 8月26日に行われた男子100m競走決勝、山縣選手は10秒00の好タイムで銅メダルに輝きました。

 レースはスタートから山縣選手と蘇選手(中国)の争いとなり、60m付近までは横一線の走りが続きましたが、そこから蘇選手がじりじりと山縣選手を引き離し、オグノデ選手(カタール)が追い上げて、山縣選手に並んだところがゴールでした。

 蘇選手、オグノデ選手、山縣選手のどのランナーにも大きなミスが無い、とても良いレースであったと感じます。
 蘇選手は9秒92という大会新記録で金メダル、オグノデ選手は10秒00と山縣選手と同タイムでの銀メダルでした。

 レース後、山縣選手のタイムが9秒997であったと報じられました。

 現在の100m競走のタイムは、1/1000秒まで計測し、1/1000秒の単位を「切り上げて」、1/100秒単位として発表されるのです。
 そうすると、山縣選手は「9秒99まで、あと7/1000秒」に迫ったレースであったことになります。長さにして「7cm」だそうです。
 本当に、あと僅かだったのです。

 このレースの山縣選手の走りには、今シーズンの好調さが良く表れていたと思います。
 また、蘇選手との差も「如何ともし難い」という感じはありませんでした。十分に手が届く差と観て良さそうです。

 レース後、山縣選手は「次は9秒9台の前半で走りたい」とコメントしました。

 山縣選手の「快走」が待たれます。

 このところ充実著しく、史上最強と見られている日本男子スプリンター陣ですが、2018年7月の欧州における国際大会での活躍が次々と報じられています。

 7月18日には2つの大会が開催されました。

 ベルギー・リエージュの大会の男子100mでは、山縣亮太選手が10秒13(追い風0.2m)で優勝しました。
 男子110mハードルでも、増野元太選手が13秒59で優勝しています。

 スイス・ベリンツォナの大会の男子100mでは、桐生祥秀選手が10秒10(追い風0.4m)で3位に入りました。10秒10は、桐生選手のシーズンベストタイムです。

 そして7月25日のスウェーデン・カールスタードで開催された大会の男子100mでは、ケンブリッジ飛鳥選手が10秒15(追い風2.1m、参考記録)で優勝を飾りました。

 国際大会での優勝は、何時の時代も素晴らしいことです。

 欧州の大会には世界中のランナーが集い、高いフィールドですので、「3大会で3名の優勝者」というのは、とても良い成績だと思います。
 ベリンツォナ大会で3着に敗れた桐生選手とて、同じレースでジャスティン・ガトリン選手(アメリカ、2017年世界選手権優勝者)に0.03秒先着しています。
 世界トップクラスと戦えるスプリンターが複数居るというのが、日本男子短距離陣の現状なのでしょう。

 8月25日~30日に行われるアジア大会2018や、2020年の東京オリンピックに向けて、期待が高まります。
 山口県の維新百年記念公園陸上競技場で開催されている、第102回日本陸上選手権大会は6月23日に2日目を迎え、男子100m競走の決勝が行われました。

 10秒10を切るランナーが複数存在するという、日本陸上競技史上最高レベルとなっている、現在の男子短距離陣ですが、この大会も優勝の行方は「走ってみなければわからない」という状況でした。

 桐生祥秀選手、山縣亮太選手、ケンブリッジ飛鳥選手、多田修平選手といった、実績十分なプレーヤーが、揃って決勝に進出してきたのです。どのランナーも、予選・準決勝と相応の走りを魅せていました。この大会に照準を合わせて来たのです。

[100m決勝の結果]
1位 山縣亮太 10秒05
2位 ケンブリッジ飛鳥 10秒14
3位 桐生祥秀 10秒16
4位 小池祐貴 10秒17
5位 多田修平 10秒22
6位 長田拓也 10秒30

 スタートは山縣選手が飛び出しました。もともとスタートの良いランナーですが、このレースでは反応も良く、何よりその後の加速が秀逸でした。30mから40m付近の加速、トラックを押す力が素晴らしく、最高速度も41.3km/時を記録しました。
 そして、何より見事だったのは「高速を長く維持」したことでしょう。
 最高速度も60m付近で出たものでした。このレースの山縣選手は、40mから70m付近まで40km/時以上の速度を継続していたように観えます。

 当然のことながら、100m競走で好タイムを出すには、例えば42km/時で10mの走りを示現するだけよりも、41km/時で40m走ることの方が結果を得やすいでしょう。ピークは速いがスピードの上下が大きい、よりも、相当の速度で長く走る方が勝利に近づけるのです。

 このレースの山縣選手は、それを実現していました。
 「太い走り」でした。

 2位のケンブリッジ選手は、「脚が体の後ろで動いている」という本人の準決勝を終えた後のコメント通りの走りでした。腰がやや引け、おそらく5cm位、好調時より後ろに下がっていて、結果として上半身が前傾、重心が下がってしまっていたのでしょう。ケンブリッジ選手の特徴である「重心の高い走り」が出来なかったのです。

 3位の桐生選手は、スタートから40m付近までの走りは良かったのですが、40m以降の走りが「ふわっとしたもの」になったように観えました。トラックに力があまり伝わっていなかった感じ、「力強さに欠ける100m」になってしまったのです。
 原因は深いのでしょうが、まだ本来の筋力が整備されていないのかもしれません。

 4位の小池祐貴選手も良い走りでした。
 このところ伸び盛りの小池選手は、有名ランナー陣の一角に割って入る、あわよくば優勝して「サプライズ」を具現する意欲十分の気迫でレースに臨んでいたように観えました。
 さすがに、山縣・ケンブリッジ・桐生の堅陣を崩すことは出来ませんでしたが、こうした選手が伸びてくるところに、現在の短距離陣の充実を感じます。

 日本陸上選手権2018の男子100m決勝は、「輪郭のハッキリしたレース」でした。
 5月5日・6日、中国・太倉を舞台に開催された、第28回世界競歩チーム選手権大会において、日本チームが強さを魅せました。世界に、日本競歩のレベルの高さを示したのです。

 まず5日の男子50kmが圧巻でした。
 荒井広宙選手が3時間44分25秒のタイムで優勝し、6秒差で勝木隼人選手が2位、そこから21秒差で丸尾知司選手が3位に入って、表彰台を独占したのです。

 団体戦が金メダルであったことは、言うまでも有りません。

 続いて6日の男子20km。
 池田向希選手が1時間21分13秒で優勝、山西利和選手が1時間21分53秒で4位に食い込み、藤沢勇選手が1時間22分54秒で7位となりました。
 そして、団体戦では金メダルを獲得したのです。

 5日のU-20男子10km種目でも、坂﨑翔選手が40分55秒で4位に食い込み、住所大翔選手が9位、鈴木匠選手が28位となって、団体戦での銀メダルに結びつけました。

 U-20女子10kmでも、藤井菜々子選手が45分29秒で3位、矢来舞香選手が17位、吉田優海選手が26位に食い込んで、団体4位となりました。

 男子陣は、世界トップクラスの実力を発揮し、女子陣も力を付けているという印象なのです。

 我が国の競歩競技は、着実に実力を高めています。
 チームとしての強化策が実ってきているのでしょう。
 素晴らしいことです。

 これからも、オリンピックや世界選手権といった大舞台で、胸の日の丸を観るのが楽しみです。
 エディオンスタジアム広島を舞台に行われた、第52回織田記念陸上競技大会の男子100m決勝が4月29日に行われ、山縣亮太選手が10秒17で優勝し、ケンブリッジ飛鳥選手が10秒26で2位、小池祐貴選手が10秒29で3位となりました。

 いつも日本の陸上競技シーズンの開幕を彩る大会ですが、シーズン開始早々の大会としては好タイムが出ている印象です。近時の日本男子短距離陣の充実振りを示したレースと言って良いのでしょう。

 予選1組は山縣選手が10秒24で、2組は小池選手が10秒22で、3組はケンブリッジ飛鳥選手が10秒25で、それぞれトップ通過しました。
 この予選のタイムも、相当レベルが高いと感じますし、2組の2位・宮本大輔選手が10秒26と10秒30を切るタイムで走っていますから、全体のレベルアップが進んでいることを感じさせる大会となりました。

 追い風1.3mという「恵まれた条件」の下で行われた決勝では、思ったよりタイムが伸びませんでしたが、100m競走という「精密なレース」においては、様々な要素が影響しているのでしょうから、余り気にすることは無いように思います。

 しっかりしたスタートからリードするという、自分のレースを魅せてくれた山縣選手はもちろんとして、十分とは言えないまでも相応のバランスで加速したケンブリッジ選手も、2018年シーズンに向けて「良いスタート」を切ったというところでしょう。

 この2人に、桐生祥秀選手とアブドルハキーム選手を加えた4ランナーが、現在の男子100mの「4強」と呼んでよいと思いますが、桐生選手の9秒98の時の2位、10秒07で走った多田修平選手や今大会3位の小池選手も差無く続いていますので、「4強」にとっても、油断禁物というのが2018年シーズンなのでしょう。

 「複数の日本人ランナーによる10秒切り」が観られるシーズンになって欲しいものですし、日本記録の更新も期待されるところです。
 12月18日、日本陸上競技連盟の伊東強化委員長(47歳)が辞任する見込みとの報が流れ、12月19日に開催された理事会において「辞任申し出が承認された」と報じられました。
 理事の一員であった伊東氏ですが、この理事会には欠席したとのこと。

 突然感のある出来事です。

 伊東浩司氏は、2016年9月に、2020年の東京オリンピックを見据えて強化委員長に就任しました。
 100mの前日本記録保持者(10秒00)である伊東氏の手腕は大いに期待されていました。
 そして、2017年世界選手権における銀メダル1・銅メダル2という、近時の世界大会では最高の成績を残し、桐生祥秀選手の9秒98など、成果も挙げてきていました。

 その伊東強化委員長が、こうした「突然の」辞任というのは、腑に落ちないということになります。

 19日の理事会後の説明では、「所属する甲南大学の仕事と強化委員長の仕事の両立が難しかったこと」が理由に上げられていましたが、当然ながらそんなことを言っていては、誰も強化委員長など務めることは出来ないわけですから、不透明感は強まるばかりです。

 低能力にもかかわらず、自惚ればかり強く、自分は重要な人間だと思い込んでいる人が、相応のポストに就いている組織、において時々見られる現象に似ています。
 そういう組織は、どんどんダメになり、成績が低迷することが多いのです。

 日本陸連が、そういう状況で無ければ、良いのですが・・・。
 台風が接近していた10月22日、雨が降り続いていました。
 たまたま、NHKアーカイブスの番組を見ることとなり、引き込まれました。

 2000年のシドニーオリンピックにおける、高橋尚子選手のドキュメンタリーでした。

 大会前の高地トレーニングや、レースにおけるリディア・シモン選手(ルーマニア)との競り合いなど、懐かしくも新鮮な映像とコメントが満載でしたが、最も印象に残ったのは、ゴールイン後の姿。

 高橋選手は小出監督を探し、小出監督もくしゃくしゃの日の丸を握りしめて高橋選手を追いかけるのですが、何しろ満員のオリンピックスタジアムですから、なかなか会えない。
 ようやく、スタジアムの通路で出会いました。

 「よく頑張ったなあ」と小出監督が声をかけます。高橋選手も何か言葉を返していますが、聞こえませんでした。
 そして、小出監督をじっと見つめていた高橋選手が、小出監督の胸に顔を沈め、二人は抱き合いました。

 その間10秒位だったでしょうか。とても長く感じられました。

 高橋選手の体から「緊張感」が抜けていくのが、画面からも分かりました。
 素晴らしい絵でした。
 この二人にしか分からない思い、そして高橋選手にとっては、この抱擁の瞬間にレースは完了したのでしょう。
 観ていて、涙が出ました。

 インタビューが続きます。

 「翌朝6時に起きて、いつものようにシドニーの街を走りました。金メダルを取ったら、朝のシドニーの風景が変わるのかな、と思っていましたが、何も変わりませんでした。昨日と同じ、爽やかな風が吹いていました。」

 そもそも、オリンピックのマラソンを走り終えた(心身ともに疲労困憊の)翌朝6時に、「いつものように」走るというのも驚きますが、高橋選手が「昨日と変わらない世界」を感じたことは、本当に凄いと思いました。

 この「心持ち」こそが、世界一なのでしょう。
 
 「走ることが大好き」なキューちゃんにとっては、オリンピックレースで金メダルを獲得した翌朝でも、「走ることの喜び・楽しさ」が何にも勝るのです。
 9月9日に福井市の福井運動公園陸上競技場で行われた、2017年の日本学生対校選手権大会の男子100m決勝において、東洋大学の桐生祥秀選手が優勝、そのタイムは9秒98でした。

 日本人スプリンターとして、史上初めて、公式タイムとして「10秒の壁」を破ったのです。

 1998年に伊東浩司選手が、バンコク・アジア大会で10秒00をマークしてから19年を要して、日本男子100mは新しいステージに踏み出したのです。

 桐生選手のスタートは滑らかなものでした。

 号砲に対する反応タイムは普通であったと思います。100m競走において、号砲への反応タイムは「遅過ぎてはいけないが、最速である必要はない」のは、ウサイン・ボルト選手のレースが示しています。

 スタートは、走りのバランスを崩すことが無いように、滑らかに、静かに行われるのが望ましいと思いますが、このレースの桐生選手のスタートは、その基準に合ったものでした。

 スタートから20mまでの走りも、バランスの良いものでした。
 桐生選手のスタートは、ピッチ、速いピッチを追い求めるものでは無く、一歩一歩しっかりと地面を押して行くタイプです。この地面を押して行く意識が強過ぎるとピッチが落ちてしまいスピードが上がりません。今年6月の日本選手権大会の走りが、それでした。

 もちろん、こうした走りを追求し練習を重ねている桐生選手が、あるレースにおいてピッチを上げるといったプレーを行えば、体の起き上がりが早くなるなど、走りのバランスを崩す要因となりますから、決して行うことは無いのです。

 この日のレースのスタートから20mも、しっかりと地面を押しながら加速していましたが、そこに「時間のロス」は少なかった、日本選手権の時に比べて、地面を押しながら次の一歩に移る過程がスムースであったと感じます。力みが無かったことも影響しているのでしょう。
 上体も滑らかに立ち上がりました。

 そして20mから40mの走り、そして40mから60mの走りに入りました。
 このレースで「最も素晴らしい」部分であったと感じます。
 この40mの走りは見事でした。

 おそらくこのレースで桐生選手のスピードがピークであったのは、40mから45m付近では無かったかと思います。
 30m付近から、桐生選手の腕振りがスピーディになり、下半身も力強いが力みが無い走りが続きましたので、ぐんぐんと加速しました。40mから50mでは、秒速11m60cmを超えるスピードが出ていたのでしょう。
 現在の桐生祥秀選手がイメージしている通りの走りが出来ていたのではないでしょうか。

 60mから80mでは、やや力みが見えました。
 今後の課題となる部分でしょう。
 それでも、バランスを崩す寸前で踏み止まり、80m以降の走りに結び付けました。

 80mから100mでは、再びリラックスした走りに戻り、力強いが滑らかなランニング、大きなストライドの走りを示現しました。

 ゴールではフィニッシュ姿勢を取りませんでした。

 勝利を確信したことも有るのでしょうが、「上手く走れた時フィニッシュは取らないことが多い」という、一流スプリンターの在り様、であったのかもしれません。

 1964年東京オリンピックのヘイズ選手や1968年メキシコシティオリンピックのハインズ選手、2008年北京オリンピックのボルト選手など、良い走りが出来た時、世界のトップスプリンター達は「フィニッシュ姿勢を取らなかった」のです。
 「ハイスピードが維持されている時」、スプリンターはフィニッシュを取ることを忘れてしまうのかもしれません。

 「ただ走り抜ける」ゴールインのフォームが、このレースにおける9秒台の実現、「10秒の壁を破った瞬間」の姿勢であったのかもしれないと思います。

 追い風1.8m、公認記録となります。

 速報タイムは9秒99、正式タイムを待つまで、桐生選手も観衆も固唾を飲んで待ちました。
 1998年のアジア大会、伊東選手の時も、速報タイムは9秒99だったのです。それが、正式計時では10秒00・・・。

 福井運動公園陸上競技場の掲示板の9秒99の表示が一度消え、再び掲示されました。
 「9秒98」。
 桐生選手が喜びを爆発させました。
 場内に大歓声が響き渡りました。

 「やっと世界のスタートラインに立てたと思う」と、桐生選手はレース後のインタビューに応えました。
 その通りなのでしょう。

 このレースで10秒07の好タイムで2位に入った多田選手や、サニブラウン・アブデルハキーム選手、ケンブリッジ飛鳥選手、山縣選手と、日本の男子100m陣は多士彩々です。
 こうした記録は、誰かが壁を破ると次々と後に続く性質のものですから、今後のライバルスプリンター達の活躍が大いに期待されるところです。

 それにしても、「桐生 9秒98」は、各テレビ局でニュース速報が流され、多くのテレビニュースの最初の報道に採り上げられ、9月10日の朝刊一般紙各紙の1面トップを独占する「大ニュース」となりました。
 ニュースバリューの巨大さを示すと共に、100m競走における「10秒の壁の厚さ」を、まざまざと感じさせるものでした。
 開催国イギリスチームの健闘が目立った大会でした。

 特にリレー種目では、素晴らしい強さを示しました。

・男子4×100mリレー 1位 37秒47
・女子4×100mリレー 2位 42秒12
・男子4×400mリレー 3位 2分59秒00
・女子4×400mリレー 2位 3分25秒00

 リレー4種目で、金1・銀2・銅1の計4個のメダル獲得というのですから、見事な戦い振りです。

① レースを走り切る力

 リレーは4人で走り、バトンパスがあり、マイルリレーならランナー同士の接触もありますから、無事にゴールインすることも、それほど容易なことではありません。

 今大会でも、ジャマイカチームはランナーの故障発症によりゴールインできないレースが、複数ありましたし、バトンを落としてしまうチームも複数出ました。

 イギリスチームは、4種目すべてにおいて「無事にゴールイン」したのです。
 「安定感十分」なレースマネジメントでした。種々のリスクを勘案すれば、相当ハイレベルな運営でしょう。

② バトンパスの巧みさ

 これはもう、間違いなく今大会NO.1です。

 男女の4×100mリレー決勝のバトンパスは、「芸術的」ですらありました。

 走ってきたランナーのスピードを落とすことなく、これから走るランナーがトップスピードになったところでバトンを受け渡すのが理想的なバトンパスですが、イギリスチームはこれに加えて、「各ランナーの走りのバランスを崩さない」パスが出来ていました。

 ひとりひとりのランナーのランニングフォームや、体格差、加速の形等々の要素を考慮した上で、それぞれのゾーンにおけるバトンパスが研究され、実行に移されていたのではないでしょうか。
 もちろん、各ランナーの走りやすいコース取りと、チームとして最短距離、最短の400mを走り切るための位置取りも、考慮され実行されていたのでしょう。

 そうでなければ、男女を通じて、個人種目の100m競走の決勝に残ったのは、ブリスコット選手唯ひとり(男子100m決勝で7位)というイギリスチームが、金メダルと銀メダルを獲得することは出来ないと思います。

 当然ながら、4×400mリレーにおけるバトンパスも秀逸でした。
 疲労困憊の状態でバトンゾーンに入ってくるランナーから、なるべく早く、なるべく自身は加速して、バトンを受け取るのが、マイルリレーのバトンパスですが、イギリスチームのバトンパスは、「優しく正確に」が堅持されていました。
 加えて、他チームとの接触に対しても、十分に配慮されていたと感じます。

 4Kと同様にイチロクにおいても、バトンパス時のランニングバランスが綺麗に維持されていました。
 イチロクのバトンパスにおいても、細部に渡って高いノウハウが構築され、実行されていたのではないでしょうか。

③ 走力の向上

 前述のように「世界一のバトンパス」を具備していたとしても、相応の走力無しには、全種目でのメダル獲得はおぼつきません。

 各ランナーの走力強化も、着実に実行されていたのです。

 例えば、男子短距離陣について見れば、100m競走の準決勝に3名のランナーが進出しています。(決勝に進出したのは、前述のように1名です)
 200mの準決勝にも3名のランナーが進出しました。(決勝にはミッチェルブレイク選手1名が進出しています)
 4×100mリレーメンバーの検討には、十分なランナーが揃っていたのです。

 同様に、女子短距離陣も、100mの準決勝に3名が進出し、200m準決勝に2名が進出しています。
 こちらもリレーを組むのに、十分な陣容です。

 男子400mの準決勝に2名が進出し、同400mハードルの準決勝にも1名が進出しています。
 女子400mの準決勝にも1名が、同400mハードルの準決勝にも2名が進出していたのです。
 4×400mリレーのメンバーを構成することも、十分にできる陣容です。

 今大会のリレー種目におけるイギリスチームの強さの源は、「短距離種目における走力の底上げ」であったことは、間違いありません。

 今大会は、「個人短距離種目の準決勝に進出できる走力を保持するランナーを4名揃え」、「バトンパス技術を磨けば」、世界選手権大会のリレー種目の優勝が狙えることを、イギリスチームが証明して魅せた大会だったのです。
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カエサルjr

Author:カエサルjr
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