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 9月9日に福井市の福井運動公園陸上競技場で行われた、2017年の日本学生対校選手権大会の男子100m決勝において、東洋大学の桐生祥秀選手が優勝、そのタイムは9秒98でした。

 日本人スプリンターとして、史上初めて、公式タイムとして「10秒の壁」を破ったのです。

 1998年に伊東浩司選手が、バンコク・アジア大会で10秒00をマークしてから19年を要して、日本男子100mは新しいステージに踏み出したのです。

 桐生選手のスタートは滑らかなものでした。

 号砲に対する反応タイムは普通であったと思います。100m競走において、号砲への反応タイムは「遅過ぎてはいけないが、最速である必要はない」のは、ウサイン・ボルト選手のレースが示しています。

 スタートは、走りのバランスを崩すことが無いように、滑らかに、静かに行われるのが望ましいと思いますが、このレースの桐生選手のスタートは、その基準に合ったものでした。

 スタートから20mまでの走りも、バランスの良いものでした。
 桐生選手のスタートは、ピッチ、速いピッチを追い求めるものでは無く、一歩一歩しっかりと地面を押して行くタイプです。この地面を押して行く意識が強過ぎるとピッチが落ちてしまいスピードが上がりません。今年6月の日本選手権大会の走りが、それでした。

 もちろん、こうした走りを追求し練習を重ねている桐生選手が、あるレースにおいてピッチを上げるといったプレーを行えば、体の起き上がりが早くなるなど、走りのバランスを崩す要因となりますから、決して行うことは無いのです。

 この日のレースのスタートから20mも、しっかりと地面を押しながら加速していましたが、そこに「時間のロス」は少なかった、日本選手権の時に比べて、地面を押しながら次の一歩に移る過程がスムースであったと感じます。力みが無かったことも影響しているのでしょう。
 上体も滑らかに立ち上がりました。

 そして20mから40mの走り、そして40mから60mの走りに入りました。
 このレースで「最も素晴らしい」部分であったと感じます。
 この40mの走りは見事でした。

 おそらくこのレースで桐生選手のスピードがピークであったのは、40mから45m付近では無かったかと思います。
 30m付近から、桐生選手の腕振りがスピーディになり、下半身も力強いが力みが無い走りが続きましたので、ぐんぐんと加速しました。40mから50mでは、秒速11m60cmを超えるスピードが出ていたのでしょう。
 現在の桐生祥秀選手がイメージしている通りの走りが出来ていたのではないでしょうか。

 60mから80mでは、やや力みが見えました。
 今後の課題となる部分でしょう。
 それでも、バランスを崩す寸前で踏み止まり、80m以降の走りに結び付けました。

 80mから100mでは、再びリラックスした走りに戻り、力強いが滑らかなランニング、大きなストライドの走りを示現しました。

 ゴールではフィニッシュ姿勢を取りませんでした。

 勝利を確信したことも有るのでしょうが、「上手く走れた時フィニッシュは取らないことが多い」という、一流スプリンターの在り様、であったのかもしれません。

 1964年東京オリンピックのヘイズ選手や1968年メキシコシティオリンピックのハインズ選手、2008年北京オリンピックのボルト選手など、良い走りが出来た時、世界のトップスプリンター達は「フィニッシュ姿勢を取らなかった」のです。
 「ハイスピードが維持されている時」、スプリンターはフィニッシュを取ることを忘れてしまうのかもしれません。

 「ただ走り抜ける」ゴールインのフォームが、このレースにおける9秒台の実現、「10秒の壁を破った瞬間」の姿勢であったのかもしれないと思います。

 追い風1.8m、公認記録となります。

 速報タイムは9秒99、正式タイムを待つまで、桐生選手も観衆も固唾を飲んで待ちました。
 1998年のアジア大会、伊東選手の時も、速報タイムは9秒99だったのです。それが、正式計時では10秒00・・・。

 福井運動公園陸上競技場の掲示板の9秒99の表示が一度消え、再び掲示されました。
 「9秒98」。
 桐生選手が喜びを爆発させました。
 場内に大歓声が響き渡りました。

 「やっと世界のスタートラインに立てたと思う」と、桐生選手はレース後のインタビューに応えました。
 その通りなのでしょう。

 このレースで10秒07の好タイムで2位に入った多田選手や、サニブラウン・アブデルハキーム選手、ケンブリッジ飛鳥選手、山縣選手と、日本の男子100m陣は多士彩々です。
 こうした記録は、誰かが壁を破ると次々と後に続く性質のものですから、今後のライバルスプリンター達の活躍が大いに期待されるところです。

 それにしても、「桐生 9秒98」は、各テレビ局でニュース速報が流され、多くのテレビニュースの最初の報道に採り上げられ、9月10日の朝刊一般紙各紙の1面トップを独占する「大ニュース」となりました。
 ニュースバリューの巨大さを示すと共に、100m競走における「10秒の壁の厚さ」を、まざまざと感じさせるものでした。
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 開催国イギリスチームの健闘が目立った大会でした。

 特にリレー種目では、素晴らしい強さを示しました。

・男子4×100mリレー 1位 37秒47
・女子4×100mリレー 2位 42秒12
・男子4×400mリレー 3位 2分59秒00
・女子4×400mリレー 2位 3分25秒00

 リレー4種目で、金1・銀2・銅1の計4個のメダル獲得というのですから、見事な戦い振りです。

① レースを走り切る力

 リレーは4人で走り、バトンパスがあり、マイルリレーならランナー同士の接触もありますから、無事にゴールインすることも、それほど容易なことではありません。

 今大会でも、ジャマイカチームはランナーの故障発症によりゴールインできないレースが、複数ありましたし、バトンを落としてしまうチームも複数出ました。

 イギリスチームは、4種目すべてにおいて「無事にゴールイン」したのです。
 「安定感十分」なレースマネジメントでした。種々のリスクを勘案すれば、相当ハイレベルな運営でしょう。

② バトンパスの巧みさ

 これはもう、間違いなく今大会NO.1です。

 男女の4×100mリレー決勝のバトンパスは、「芸術的」ですらありました。

 走ってきたランナーのスピードを落とすことなく、これから走るランナーがトップスピードになったところでバトンを受け渡すのが理想的なバトンパスですが、イギリスチームはこれに加えて、「各ランナーの走りのバランスを崩さない」パスが出来ていました。

 ひとりひとりのランナーのランニングフォームや、体格差、加速の形等々の要素を考慮した上で、それぞれのゾーンにおけるバトンパスが研究され、実行に移されていたのではないでしょうか。
 もちろん、各ランナーの走りやすいコース取りと、チームとして最短距離、最短の400mを走り切るための位置取りも、考慮され実行されていたのでしょう。

 そうでなければ、男女を通じて、個人種目の100m競走の決勝に残ったのは、ブリスコット選手唯ひとり(男子100m決勝で7位)というイギリスチームが、金メダルと銀メダルを獲得することは出来ないと思います。

 当然ながら、4×400mリレーにおけるバトンパスも秀逸でした。
 疲労困憊の状態でバトンゾーンに入ってくるランナーから、なるべく早く、なるべく自身は加速して、バトンを受け取るのが、マイルリレーのバトンパスですが、イギリスチームのバトンパスは、「優しく正確に」が堅持されていました。
 加えて、他チームとの接触に対しても、十分に配慮されていたと感じます。

 4Kと同様にイチロクにおいても、バトンパス時のランニングバランスが綺麗に維持されていました。
 イチロクのバトンパスにおいても、細部に渡って高いノウハウが構築され、実行されていたのではないでしょうか。

③ 走力の向上

 前述のように「世界一のバトンパス」を具備していたとしても、相応の走力無しには、全種目でのメダル獲得はおぼつきません。

 各ランナーの走力強化も、着実に実行されていたのです。

 例えば、男子短距離陣について見れば、100m競走の準決勝に3名のランナーが進出しています。(決勝に進出したのは、前述のように1名です)
 200mの準決勝にも3名のランナーが進出しました。(決勝にはミッチェルブレイク選手1名が進出しています)
 4×100mリレーメンバーの検討には、十分なランナーが揃っていたのです。

 同様に、女子短距離陣も、100mの準決勝に3名が進出し、200m準決勝に2名が進出しています。
 こちらもリレーを組むのに、十分な陣容です。

 男子400mの準決勝に2名が進出し、同400mハードルの準決勝にも1名が進出しています。
 女子400mの準決勝にも1名が、同400mハードルの準決勝にも2名が進出していたのです。
 4×400mリレーのメンバーを構成することも、十分にできる陣容です。

 今大会のリレー種目におけるイギリスチームの強さの源は、「短距離種目における走力の底上げ」であったことは、間違いありません。

 今大会は、「個人短距離種目の準決勝に進出できる走力を保持するランナーを4名揃え」、「バトンパス技術を磨けば」、世界選手権大会のリレー種目の優勝が狙えることを、イギリスチームが証明して魅せた大会だったのです。
 世界大会における短距離競走、特に100mと200mは、本来「接戦」となるべき種目です。

 世界のトップスプリンターが自らの技とパワーを磨き、世界一を決めるレースに臨むのですから、大きな差は付かないはずなのです。

 かつては、100m競走なら「50cmは大差」と言われていました。
 
 ところが、カール・ルイス選手が登場したころからでしょうか、男女を通じて「大会の中心選手」「スーパースター」が登場するようになり、100m・200mでも1位と2位に大きな差、1m以上という「大差」が付いてしまうレースが増えました。

 ウサイン・ボルト選手の2008年北京オリンピックのレースでは、残り20m辺りからボルト選手は他のランナーを見ながら、上半身を横に向けて悠々とゴールインしましたし、2009年ベルリンの時には3~4mの差を付けて9秒58という驚異的な世界新記録をマークしました。

 これらは「ウサイン・ボルトの圧倒的な強さ」を示す事例ですから、何の問題も無いものですけれども、所謂陸上競技短距離の世界大会としては「異例のシーン」だったという見方もあるのでしょぅ。

 今大会は、その「異例のシーン」が観られませんでした。
 普通の(変な言い方で恐縮です)世界一決定レースだったのです。

 男子100mは、優勝したガトリン選手が9秒92、2位のコールマン選手との差は0.02秒、3位のボルト選手と0.03秒と、1/100秒単位の勝負でした。

 女子100mも、優勝したボウイ選手のタイムは10秒85、2位のタルー選手との差は0.01秒の僅差でした。

 男子200mは、優勝したグリエフ選手のタイムが20秒11、2位のバンニーキルク選手、3位のリチャーズ選手との差は0.02秒、2位と3位は1/100秒未満の差でした。

 女子200mも、優勝したシパーズ選手が22秒05、2位のタルー選手との差は0.03秒だったのです。

 大差がつくことが多かった、近時の世界大会短距離種目が、突如?通常の様子になった感があります。
 言い方は良くないかもしれませんが、「本来の形」のレースになったのではないでしょうか。(良し悪しを言っているのではありません)

 世界陸上2017ロンドン大会は、短距離種目についていえば、「力量が図抜けたランナーが居なかった大会」ということになるのでしょう。

 私は、カール・ルイス選手やマイケル・ジョンソン選手、ウサイン・ボルト選手といったスーパースターの存在も大好きですが、研ぎ澄まされた感性と技術を持って1/100秒を争う、「世界最高峰の大接戦」も、たまらなく好きなのです。

 こうした「大接戦」は、スタートの1歩目からゴールの1歩までドラマがあります。
 レース映像を何度見直しても、新しい発見があるのです。

 さて、東京オリンピック2020の短距離種目は、「スーバスター型」になるのか「大接戦型」になるのか、これからの3年間がとても興味深いところです。
[8月8日・男子3000m障害決勝]
1位 キプルト(ケニア) 8分14秒12
2位 エルバカリ(モロッコ) 8分14秒49
3位 ジャガー(アメリカ) 8分15秒53

[8月11日・女子3000m障害決勝]
1位 コバーン(アメリカ) 9分2秒58
2位 フレリクス(アメリカ) 9分3秒77
3位 ジェプケモイ(ケニア) 9分4秒03

 8月11日の女子決勝を観て、アメリカチームのコバーン選手とフレリクス選手のラスト200mの強さに感心しました。

 3000m障害種目といえば、アフリカの各チーム、特にケニアチームの独壇場という種目でしたから、アメリカチームの活躍はとても新鮮でした。

 そういえば、男子でも銅メダルを獲得していたことに気が付きました。

 そうなると「何か理由がある筈」と考えました。

 世界陸上2017はロンドンで開催されましたが、気温が低く、涼しい大会となりました。
 決勝が行われる時間帯では、10℃から15℃という水準でしたから、ケニアやエチオピアのランナーにとっては「寒すぎる気候」だったのかと思いましたが、1500m、5000mや10000mでは、従来通り?ケニアチームやエチオピアチームを中心としたレースとなっていましたので、気候の問題ではなさそうです。

 そうなると、3000m障害種目のアメリカチームが強くなったということになります。

 これは凄いことです。

 アメリカチームに「3000m障害の良いコーチ」が加わったと考えるのが、最も合理的なのでしょう。
 おそらく2~3年前に、有力なコーチが加わり、効果的な強化が実行されたのでしょう。

 また、アメリカのランナーがこの種目にしっかりと取り組み始めたというのも、興味深いところです。
 「陸上競技王国」アメリカといっても、3000m障害はメジャーな種目では無かったと思いますが、現在ではキチンとした体制が出来ているのです。そうでなければ、世界陸上のメダルを複数の選手が獲得することは出来ないでしょう。

 ケニアチームの3選手を振り切って、最終障害を飛び越え、ゴールを目指すアメリカチームの2選手の姿は、とても印象的なものでした。
 8月11日に行われた女子100mハードル予選第2組で、日本の木村文子選手が13秒15のタイムで4着に入り、準決勝進出を果たしました。

 日本のランナーが世界選手権のこの種目で準決勝に進出するのは史上初めてです。

 男子以上に「世界との差が大きい」と言われている女子短距離種目で、準決勝に進んだことは「快挙」でしょう。
 
 同日の準決勝第2組に木村選手は登場しました。
 一番内側の2コース。
 綺麗なスタートから滑らかなハードリングを見せて、3コースのランナーと競り合いました。9台目のハードル辺りから、やや力みが見えましたが、大きな失速も無く、そのままゴールしました。
 8着でしたけれども、「力は発揮できた」と感じます。堂々たるプレーだったのです。

 100mHは、「ハードル間の3歩の俊敏性」と「ハードリングの技術」で争われますので、日本人ランナーにも十分にチャンスが有る種目だと思います。

 木村選手は、この種目のパイオニアとして、準決勝走破で得た様々なノウハウ、世界最高レベルのレースの在り様等々を、我が国に持ち帰っていただけることでしょう。

 とても大きなお土産なのです。
[8月10日・男子200m決勝]
1位 グリエフ 20秒09
2位 バンニーキルク 20秒11
3位 リチャーズ 20秒11
4位 ミッチェルブレイク 20秒24
5位 ウェブ 20秒26
6位 マクワラ 20秒44
7位 アブデルハキーム 20秒63
8位 ヤング 20秒64

 男子200mは大混戦となりました。
 記録的にはやや物足りない決勝となりましたが、見所の多いレースであったと感じます。

① トルコのグリエフ選手が優勝

 200mという走路全体を、最も「バランス良く」走り切ったグリエフ選手が勝ちました。
 スタートから、とても滑らかなコーナリング。もう少し加速できそうに見えましたが、後半の走りにエネルギーを残したのでしょうか、8分の力で走っているようでした。
 結果として力みの無い走りとなったのです。

 グリエフ選手は直線に入ってもバランスを崩す事無く、ゴールまでそのランニングを継続しました。

 ゴールでは、バンニーキルク選手、リチャーズ選手と接戦となりましたが、すくっと立ったグリエフ選手のフォームが印象的でした。

② 走り過ぎであったかバンニーキルク選手

 400mと200mの2冠を目指すランナーにとっては「宿命」なのでしょうが、6日連続のレースとなったバンニーキルク選手は、僅かに及びませんでした。

 究極の「無酸素運動」と言われる400mを3本走り、200mも3本走るのですから、その疲労度は大きなものでしょう。

 予選や準決勝でエネルギーを温存するためのレースを行うという点では、バンニーキルク選手はとても上手なのですけれども、それでも今大会では勝ち切れませんでした。
 全体のレベルが確実に上がっているのでしょう。

③ トルコ、南アフリカ、トリニダート・トバゴ

 今大会のメダリストの出身国名です。

 アメリカの名前が無い上に、所謂陸上大国の名前もありません。
 世界の陸上競技地図は、大きく変わっているのでしょう。

④ サニブラウン・アブデルハキーム選手の健闘

 久しぶりに日本のランナーが決勝に進みました。

 準決勝では、リラックスした走りで堂々の2位通過でした。

 決勝は、サニブラウン選手の特徴である4コーナーから直線に出る20mの走りに、いつもの加速がありませんでした。
 この大会5本目という疲労蓄積と、ハムストリングスの故障が影響したのでしょうか。

 世界選手権大会の決勝で走ったという経験を、今後の成長の糧にしていただきたいと思います。

 圧倒的な30mの加速では無く、「200mをバランスよく走る」ことで頂点に立ったグリエフ選手の走りは、「短距離競走における技術の重要性」を改めて感じさせてくれるものでした。
[8月11日・女子200m決勝]
1位 シパーズ 22秒05
2位 タルー 22秒08
3位 ミラー 22秒15
4位 アッシャー・スミス 22秒22
5位 スティーブンス 22秒44
6位 ダンカン 22秒59

オランダのダフネ・シパーズ選手が世界選手権2連覇を達成しました。

 179cmと長身のシパーズ選手ですがコーナリングはとても上手く、このレースでも4コーナーで先頭、2番手に約1mのリードを取りました。ライバルと目されていたミラー選手とは2.5m程の差が有ったでしょうか。

 残り50mからタルー選手が追い上げ、残り10mではシパーズ選手を追い越したかに見えましたが、ここでシパーズ選手がもう一度スピードを上げて、ほとんど並んだところがゴールラインでした。大接戦だったのです。
 ミラー選手の追い上げも1m届きませんでした。

 シパーズ選手はこの大会の100mでも3位に入っています。現在の女子スプリント界を代表するランナーなのです。
 特に、「安定感」が持ち味でしょう。調子の上下が小さいタイプであろうと思います。

 安定しているという意味では、銀メダルのマリージョゼ・タルー選手には悔しい大会となりました。
 100mではトリイ・ボウイ選手に僅か1/100秒差で2位、そして200mは3/100秒差で2位だったのです。
 どちらのレースも「タルー選手が勝った」ようにも観える、とても微妙な勝負でした。
 コートジボワールの女性スプリンターとして、今後の世界大会での活躍が期待されるところです。

 3位のショーナ・ミラー選手にとっては、「不完全燃焼」の大会となりました。
 400mのゴール前50mでの突然の失速から、いまひとつ調子が出ない大会となってしまいました。
 いずれにしても伸長著しいバハマ女子スプリント陣の代表格として、今後の活躍が期待されるところです。

 オランダ、コートジボワール、バハマ、このレースでも上位は所謂「陸上短距離強豪国」では無い国のランナーが占める結果となりました。
 アメリカのみならずジャマイカチームもメダルには届きませんでした。

 スプリント界の裾野は、確実に広がっているのでしょう。
 
 第一走者の多田選手が落ち着いたスタートから加速、日本チームに勢いを付けました。

 多田選手から第二走者・飯塚選手へのバトンパスはドンピシャ。飯塚選手もとてもリラックスした良い走りを魅せて、他チームと互角のレースを展開しました。

 飯塚選手から第三走者・桐生選手へのバトンパスもタイミングが合いました。バトンの受け渡しを一度失敗しましたが、直ぐに渡すことが出来ましたので、殆どロスはありません。

 桐生選手のコーナリングは秀逸!
 予選・決勝を通じて、全てのチームの第三走者の中で最も速いランナーであった思います。

 第三走者の桐生選手からアンカーの藤光選手へのバトンパスは少し詰まりましたけれども大きなロスとはならず、日本チームはイギリス、アメリカに続いて三番手、ジャマイカチームより少し前の位置で直線に入りました。

 ここでジャマイカチームのアンカー・ボルト選手が故障を発症してストップしましたので、藤光選手は3番手の位置を堅持してゴールインしました。

 日本チームが持てる力を存分に発揮した、見事なレースでした。

 オリンピックではメダルを獲得してきた、日本男子4×100mリレーですが、世界選手権では初のメダル獲得でした。

① 走力の高さ

 リオデジャネイロ・オリンピックの時も書きましたが、日本の4選手の走力が素晴らしい。

 特に、客観的に観て、桐生選手は大会NO.1の走力を具備する第三走者であったと思いますし、第二走者の飯塚選手も加速してからのスピードでは、世界トップクラスのランナーが居並ぶ他チームの第二走者と、全く遜色のない走りを魅せてくれました。

 そうでなければ、9秒台4人を揃えたジャマイカチームや、100m競走の1・2位を擁するアメリカチームと、これだけの戦いを繰り広げることが出来る筈はありません。

② バトンパス

 バトンパスについて観れば、決勝進出8チームの中で最も上手かったのはイギリスチームでしょう。これはもう「絶妙」でした。イギリスチームは予選の時から、極めてハイレベルなバトンパスを魅せていました。

 日本チームは、イギリスチームに続いて、8チーム中の2~3番手の技術であったと感じますが、イギリスチームとの差は相当大きなものでしょう。ランナー1人当たり0.1秒位の差かと思いますので、レース全体としては0.4秒から0.5秒の差があるでしょう。

 日本チームにもまだまだ改善の余地があります。
 今回のチームも37秒台の中盤の記録を出す力はあったのでしょう。

 それにしても、男子4×100mリレーの日本チームは強くなりました。

 世界大会の決勝レースに定着すると共に、「ミスの少ない安定したレース」を実現することが出来ますから、他有力チームのミスやトラブルによっては、表彰台に乗ることが出来るようになったのです。

 男子4×100mリレーは、日本の「お家芸」になりつつあります。
[8月9日・男子400mハードル]
1位 ワーホルム 48秒35
2位 コペロ 48秒49
3位 クレメント 48秒52

 ノルウェーの21歳、カールステン・ワーホルム選手が見事な走りを魅せて優勝しました。
 前半から飛ばしたワーホルム選手は、4コーナーを先頭でクリアして最後の直線に入りました。内側のコースから、優勝候補のカーロン・クレメント選手(アメリカ)がひたひたと追ってきますが、その差は3m位あるように観えました。クレメント選手のレース前の予想より、差が大きかったのではないでしょうか。
 それでも、オリンピックチャンピオンの意地にかけて、追い込みを続けたのです。

 ワーホルム選手は9台目のハードルで少しバランスを崩し、後続との差が詰まりました。
 ハードル競技の難しいところです。スピード・体力ともに落ちてきたところでのハードリングの失敗は、ダメージが大きいのです。

 「10台目が上手く飛べるかどうかがカギになる」と見ていましたが、この10台目をワーホルム選手はスムースに飛び越えました。優勝を争っていたランナーの中で最もスムースであったと思います。

 逆にクレメント選手は少しバランスを崩しましたので、追い上げる勢いが削がれました。

 ワーホルム選手の優勝を決定づけたのは「10台目の上手いハードリング」だったと思います。
 いっぱいいっぱいの状況で、ハードルに触れることも無く、ランニングバランスを崩すことも無く、「事も無げ」にクリアしていったのです。
 もちろん、ワーホルム選手の技術と体力の賜物ですけれども、勝利の女神がほほ笑んだようにも感じられます。

 本記事の題名に「よもやの?」といった失礼な表現を用いましたが、ゴール後のワーホルム選手の表情・様子を観るにつけ、最も「意外に感じ」「信じられない様子で」「驚いていた」のが、ワーホルム選手自身に見えたからです。
 ご容赦いただきたいと思います。

 そもそも、ノルウェーのプレーヤーが世界陸上選手権大会で獲得した、初めての金メダルだと報じられました。
 ワーホルム選手は、ノルウェー陸上競技界に新しい歴史を創ったのです。

 ワーホルム選手は、10種競技から400mハードルに転向したと伝えられています。

 世界には、まだまだ強い選手が居るのです。
 陸上競技の2017年世界選手権大会が、ロンドンで開催されています。

 その映像をテレビで観るにつけ、いつも感心させられるのが「満員の観客席」です。

 6万人の大観衆で埋め尽くされた観客席は、立錐の余地も無いように観えます。
 本当の大入り満員なのです。
 そして、大歓声が響き渡ります。

 イギリスという国、ヨーロッパという地域、において陸上競技がとても人気のあるスポーツであることが、よく分かります。

 走り、投げ、跳ぶ、という「最も基本的な動き」で争われるスポーツ。
 人類が最初に行ったかもしれないスポーツ。

 「陸上競技」の人気がとても高いのです。

 一方で、東京オリンピック2020のメイン会場は、オリンピック開催後「球技専用グラウンド」になる方向だと報じられています。
 国際基準のサブグラウンドを近隣に設置することが困難だというのが、主な理由の様です。

 とはいえ、ひょっとすると、我が国では「陸上競技では6万人の観衆を呼ぶことは出来ない」、オリンピック以外の大会では「出来ない」、「陸上競技には6万人以上を収容するスタジアムは過大」、という見方が有るのかもしれません。

 世界陸上2017の会場である、ロンドンスタジアム(旧ロンドン・オリンピックスタジアム)は、大観衆と大歓声に溢れています。
[8月8日・男子400m決勝]
1位 バンニーキルク 43秒98
2位 ガーディナー 44秒41
3位 ハロウン 44秒48
4位 テーベ 44秒66
5位 アレン 44秒88
6位 ゲイ 45秒04
7位 カーリー 45秒23

 バンニーキルク選手の圧勝でした。
 現在のこの種目の第一人者としての実力をしっかりと発揮したのです。

 スタートから第3コーナーまでは、いつものバンニーキルク選手と比べればやや抑えた感じの走りでしたが、第3コーナーから第4コーナーが速かった。目立たない場所ですが、ここでグンと前に出ました。

 バハマのガーディナー選手が2位、カタールのハロウン選手が3位に入りました。
 準決勝までの好調な走りを、決勝でも披露してくれた形です。

 優勝したバンニーキルク選手は南アフリカですから、男子400mは、所謂大国のランナーではなく、短距離王国でもない国のランナーが3位までに入った形になります。

 一方で、陸上競技の歴史において「男子400mの王国」と言われてきたアメリカ勢は、良いところがありませんでした。これは、近時のオリンピックや世界選手権で見られてきた傾向なのですけれども、今大会では際立ちました。

 1968年のメキシコシティオリンピックにおけるリー・エバンス選手の43秒台の驚異的な世界記録樹立や、それを大きく更新したマイケル・ジョンソン選手の快走を見るまでも無く、何時の時代も「男子400m競走の歴史はアメリカ選手の歴史」でした。

 100mや200mで、時折アメリカ以外の国のランナーが時代を築くことはあっても、「400mだけはアメリカのもの」という感じだったのです。
 次から次へと素晴らしい400mランナーが生まれる国、それがアメリカ合衆国という印象でした。

 ところが、2012年以降は、この法則が当てはまらなくなっています。

 このレースでも、アメリカのカーリー選手は7位と、実質的な最下位でした。
 もちろん、世界選手権の決勝に進出するというのは、それだけで大称賛に値することなのですけれども、これがアメリカの男子400m代表となると、決勝進出だけでは満足できず、優勝争いを演じなければならないということになるのでしょう。
 そもそも、男子400m決勝レースに、アメリカの選手がひとりだけということ自体が、過去の歴史から見て違和感?があります。

 アメリカの男子400mに「何が起こっている」のでしょうか。

 アメリカ合衆国の陸上競技界では、男子400mのスプリンターが減っているのでしょうか。
 常に、世界の男子スプリント界を牽引してきたアメリカ短距離陣の選手層が薄くなっているとすれば、陸上競技全体にとっても良いことではありません。

 アメリカ男子400m陣の不振が、単なる「一時的な後退」であり、杞憂であることを祈るばかりです。
[8月8日・男子800m決勝]
1位 ボス 1分44秒67
2位 クチョット 1分44秒95
3位 ベット 1分45秒21

 フランスのボス選手の見事なレース運びでした。

 1周目を50秒台という、勝負優先になりやすい世界大会の決勝レースとしては速いペースで通過した2周目の第2コーナーから一気にスピードを上げて、前を行くランナーを抜き去り、第3コーナーで先頭に立ちました。

 こうしたレースの進め方の、良いところは自分のペースでレースを運べること、所謂「自力勝負」に持ち込めることですが、難しいところは「ラスト30mの走り」で、早めに力を使っているために、ゴール前の走りがどうしても苦しいものになり、スピードが落ちて、逆転を許すこともある点です。

 2コーナーから3コーナーにかけて、500m~600mの加速で、ボス選手は2番手のランナーに1~2mの差を付けましたけれども、大きな差とは言えませんでしたので、最後の直線の競り合いが注目されました。
 
 ボス選手は第4コーナーから直線半ばまで、700m~750mで再び加速したように観えました。ここが最も素晴らしいところでしょう。
 1.5m前後の差を維持したまま、残り50メートルまで来たのです。

 さすがに、残り30mからはいっぱいいっぱいの走りでしたが、追い上げてきていたクチョット選手やベット選手にも余力は無く、ボス選手が押し切りました。

 近時のオリンピックや世界選手権では、4コーナーから直線にかけての競り合いが多かったと思いますけれども、2コーナーから3コーナーの走りで勝負の形を作るという、「古くて新しい戦法」が見事に決まったのです。

 このレースを観ていて、かの瀬古利彦選手の高校生時代の800m・1500m競走のレースを思い出しました。
 高校生時代の瀬古選手は800m・1500mを得意としていたのです。そして、必ずと言って良いほど、2周目の第2コーナーから加速して2番手以降を引き離し、ラストの直線で粘るという走りを魅せてくれました。
 今から40年以上前の話です。

 最後の直線のスプリント勝負では、アフリカ勢といった他のランナーに比べて、やや分が悪いと考えたのでしょうか、ボス選手は果敢な作戦で勝負したのです。

 フランス人ランナーが世界選手権の800mで優勝したのは史上初めてと報じられました。

 ボス選手は、フランス陸上競技界の新たな歴史となったのです。
[8月5日・男子走り幅跳び・決勝]
1位 マニョンガ 8m48cm
2位 ローソン 8m44cm
3位 サマーイ 8m32cm
4位 メンコフ 8m27cm
5位 マッソ 8m26cm
6位 石 8m23cm
7位 王 8m23cm
8位 トーネウス 8m18cm
9位 ラサ 8m11cm
10位 ジュスカ 8m02cm

 大接戦でした。そして、とてもハイレベルな試合でした。

① 10位まで8m越え

 いかに世界最高レベルの大会とはいえ、10名ものジャンパーが「8m越え」を見せるゲームは、滅多にありません。

 たまたま、各選手のコンディショニングが上手く行ったとうよりも、全体のレベルが上がったと観るべきなのではないでしょうか。

② 完成されたジャンプは少なかった。

 優勝したマニョンガ選手の大らかで高く上がるジャンプ、2位のローソン選手のスピード溢れる助走からの力強いジャンプ、3位のサマーイ選手の合理的なジャンプ、それぞれのプレーヤーが持ち味を発揮したゲームでしたが、3名とも自分の持てる力を存分に発揮したようには見えませんでした。

 いずれのジャンプも、バランスを崩したり、タイミングが僅かに合わなかったりしていたのです。
 3名のメダリストは、各々のイメージ通りのジャンプが出来れば「+50cm」の記録が可能だったのではないかと感じます。

 8m20cmを超えるジャンプを魅せてもメダルに遠く及ばない、高いレベルの試合となった、世界選手権陸上競技大会2017の男子走り幅跳び種目は、次の大会での大ジャンプを十分に予感させるものであったと思います。
 種目全体として「大きなマグマの蓄積」を感じるのです。

 1991年、東京における世界選手権大会で樹立され、以降26年間不動の、マイク・パウエル選手の8m95cmという「長寿世界記録」が破られる瞬間が、迫っているのかもしれません。
[8月5日・男子100m決勝]
1着 ジャスティン・ガトリン 9秒92
2着 クリスチャン・コールマン 9秒94
3着 ウサイン・ボルト 9秒95
4着 ヨハン・ブレーク 9秒99
5着 アケニ・シンビネ 10秒01
6着 ジミー・ビコ 10秒08

 大会前から「ラストラン」を公言していたウサイン・ボルト選手でしたが、優勝はできませんでした。

 スタートはコールマン選手が先行、これを隣のコースのボルト選手が追いかける展開でしたが、外コースのガトリン選手が70mを過ぎてから「スピードを維持」して順位を上げました。
 そして、コールマン、ボルトの両選手を捉えたところがゴールでした。

 12年振りの世界大会金メダルに輝いたガトリン選手ですが、後半のスピード維持という、自身にとっての「新しい技術」をものにしていたところが素晴らしい。
 ほんの僅かですが、後半の走りにおける前傾が深かった、その深い前傾をキープしながらストライドを保つ、というランニングであったように感じます。

 ボルト選手について観れば、今大会はコンディションが整わなかったというところでしょうか。
 予選・準決勝といまひとつスピードに乗り切れない走りが続きました。

 「今回はギリギリだな」と感じていましたが、決勝でも乗り切れない走りとなりました。

 これだけ大きな体躯を保持するスプリンターが、これだけ長い間世界のトップで走り続けて来たのですから、体のあちこちに不具合が発生していたであろうことは容易に予想できます。
 そうした状況下、これまではオリンピックと世界選手権ではしっかりとコンディションを整えて来たのですけれども、さすがに今回は間に合わなかったのでしょう。

 具体的には、「ピッチが少し上がらなかった」のではないかと思います。
 ウサイン・ボルト選手の走りは、「着地した足が長くトラックに留まる」ところが特徴だと思いますが、今回はいつもにも増して「長く留まっていた印象」です。

 爪先で着地した後、次の前進に向けて圧倒的な筋力でトラックを押す走りと動きが、少し時間がかかっていたのです。そして「押す筋力」も衰えていたのでしょう。

 本来なら「出場できないレベル」のコンディションだったのではないかと思いますが、ボルト選手は出場して来てくれました。

 「位置に付いて」の時、テレビ画面にボルト選手の横顔が大写しになりました。

 これまでの世界大会のレースとは異なり、表情には「余裕が無く」、「良い走りをして勝ちたい」という気持ちが表れていたと感じました。今回は「ギリギリだ」ということを、ボルト選手も肌で感じていたのでしょう。

 そして隣のコールマン選手を必死に追ったのです。

 ゴールテープ(見えませんが)に必死に体を倒し込むボルト選手というのも、滅多に観られるものではありません。

 「全力」の走りを魅せていただきました。

 良い「ラストラン」でした。

 ボルト選手は自らの100.m競走を「走り切った」のです。
 男子の400mと400mハードルH種目は、日本選手の実力が着々と向上し、選手層も厚くなってきている種目です。
 今大会でも、その傾向が分かりました。

① 好記録を出さないと決勝には進めない。

 400mでは45秒台でも決勝に進出できない選手が出ました。
 予選1組の小淵選手は45秒95で、同じ1組の佐藤選手も45秒99ながら、決勝には進めませんでした。

 結果として、「全選手が45秒台」というハイレベルな400m決勝となったのです。

 400mHでも49秒台で走りながら、決勝に進出できないランナーが出ました。
 予選4組の吉田選手が49秒64、同4組の山本選手も49秒92で走破しながら、決勝に進めなかったのです。

 結果として、「全選手が49秒台」というハイレベルな400mH決勝となったのです。

 一方で、決勝では残念な結果が見られました。

② 45秒台、49秒台で走ったランナーは少数

 400m決勝で45秒台を出したのは、優勝した北川選手(45秒76)、2位の佐藤選手(45秒95)の2人だけでした。

 400mH決勝で49秒台を出したのは、優勝した安部選手(49秒32)と2位の石田選手(49秒79)、3位の松下選手(49秒92)の3人だけでした。

 世界選手権やオリンピックといった世界大会でも、決勝になると予選や準決勝よりタイムが落ちる傾向があるのはご承知の通りですが、その「落ちる程度」が大きい感じがしますし、世界大会ではメダルを争う選手は決勝でタイムを上げている場合が多いと思います。

 400mで優勝した北川選手は予選で45秒48という好タイムを叩き出しましたが、決勝では記録を落としました。決勝で3位の木村選手(46秒02)は、予選では45秒53で走っていたのです。

 400mHで優勝した安部選手は予選では48秒94という好タイムでしたし、決勝で5位だった小西選手(50秒05)は予選では49秒03だったのです。

 男子400mも400mHも、45秒台・49秒台で予選落ちした選手が、もし決勝に進出し、予選で同じタイムで走っていれば、メダルを獲得できたことになります。

 もちろん、予選と決勝とでは、気象条件も異なりますから、一概に比較はできないのでしょうが、それにしても大半のランナーが決勝で記録を落としているというのは、残念なことでしょう。

 「疲労残り」が要因のひとつであるとすれば、今後世界大会で戦っていくという面からは、大きな要改善点となるでしょう。
 日本選手権とは異なり、予選・準決・決勝の3本を走り、決勝でタイムを上げていかなければメダル争いに絡むことは難しい場合が多いのです。

 レベルが上がってきた種目であるからこそ、より一層の強化が求められるのでしょう。
 歴史に残る「大接戦」でしょう。

 6月23日に行われた女子走り幅跳びは、稀に見る接戦となりました。

・優勝 高良彩花選手 6m14
・2位 辻本愛莉香選手 6m11
・3位 桐山智衣選手 6m7
・4位 清水珠夏選手 6m5
・5位 桝見咲智子選手 6m5
・6位 福西穂乃佳選手 6m3
・7位 吉岡美玲選手 6m3
・8位 中野瞳選手 6m3

 優勝者から8位までの差が「11cm」、4位・5位と6~8位が同記録というのですから、滅多に無いことでしょう。
 ちなみに、9位の秦澄美鈴選手も6m2cmでした。「大接戦」であり、上位のジャンパーには、いずれも優勝のチャンスがあったということになります。

 4位と5位の差は「セカンドベスト」の差で、清水選手は6m5を2度飛んでいます。
 6位・7位・8位もセカンドベストの差で、福西選手が5m97、吉岡選手が5m94、中野選手は5m92と、セカンドベストも僅か5cmに3選手が集まりました。

 加えて、高良選手と吉岡選手は高校生です。若手プレーヤーも頑張ったのです。

 少し残念だったのは、優勝争いの記録水準が低かったことでしょうか。
 日本記録の6m86、ジュニア日本記録の6m44にも遠く及ばない水準での決着でした。

 「大接戦」ではありましたが、この種目の選手・関係者の奮起が期待されるところでしょうか。

 ところで、これくらいの僅差の勝負となると、記録の計測方法というか、競技運営方法の問題も、再びクローズアップされそうです。

 選手が着地した後の砂面に、係員が計測用の器具を差し込む際に、「5mm」ずれたとしても、大きな影響があります。全体が6~7mの争いですから、1cmの違い、5mmの違いが大きな影響を生むのです。
 この大会なら、1cmの違いで順位が2つも動くのですから。

 これがオリンピックのメダルを争う局面であれば、「選手生命を左右する1cm」が生ずる可能性も有るでしょう。

 21世紀・2017年になっているのだから、カメラ技術等を駆使して、仮想の砂面を設定し、着地と同時に正確な記録が掲示される仕組みを作ることは、それほど難しいこととは思えません。
 踏切のファウル判定も、もっと光学的に自動判定できることでしょう。

 一方で、世界中で行われている競技・種目ですから、開発途上国でも採用できる仕組みでなくてはなりませんから、あまり高価で大掛かりな仕組みでは、レギュレーションに成り得ないのでしょう。

 結局、当面の間、走り幅跳びは現状のようなやり方で記録を測定するということになりそうです。

 とはいえ「1cmの重み」を眼前に示されると、より厳密な(かつ簡便な)記録測定法導入の必要性も強く感じるのです。
 6月25日に行われた、男子200m決勝レースは、サニブラウン・アブデルハキーム選手がスタートから飛び出し、直線でもスピードを落とすことなくゴールを駆け抜けました。
 「快勝」と呼んでよい内容のレースでした。

 ゴール直後に、サニブラウン選手が突然走るのを止めましたので、「故障発生か」と心配しましたが、これは「疲れ」のせいであったと分かり安心しました。

 伸び盛りの18歳といっても、さすがに3日間ぶっ通しの100m・200mの予選から決勝のレースは相当きついものであったということになります。
 ゴール後のサニブラウン選手は「疲労困憊」の体でした。

① 優勝タイム20秒32

 世界選手権参加標準記録20秒44をクリアしての、自己新記録での優勝でした。
 とても立派な記録です。

 一方で、前日の100m優勝タイム10秒05と比較すると、やや物足りないという感じもしました。20秒20を切ってきてくれるのでは、と(勝手に)予想していましたが、これは「疲労」のためなのでしょう。
 逆に言えば、「疲労困憊」の下では、素晴らしい記録なのです。
 世界選手権ロンドンでの走りが楽しみです。

② 200mも「5人の実力者」

 24日の100mでは、「5人の実力者」が注目されましたが、200mでも「5人の実力者」によるレースとなりました。

 3位となった飯島将太選手は、この種目の第一人者ですから、ゴール前までサニブラウン選手と激しい争いを繰り広げるものと思っていましたが、コーナリングの際に思ったほど(前のコースのサニブラウン選手を)詰められなかったことで固くなったのか、直線ではいつもの伸びが見られませんでした。
 「重戦車」タイプの飯島選手の実力は、こんなものでは無い筈ですから、巻き返しが期待されます。

 20秒47で2位となった藤光謙司選手は、「200mのスペシャリスト」らしい走りを魅せてくれました。4コーナーでサニブラウン選手に抜かれた時も、全く動じる様子は無く、直線ではサニブラウン選手と互角の走りをゴールまで継続しました。
 かつての日本選手権チャンピオンが、31歳になっても勝負師としての走りを披露してくれたのです。

 4着に入った原翔汰選手、8着になった高瀬彗選手も、日本選手権の男子200mの主役を張って来ているスプリンターです。

 100m種目同様に、200mも選手層が厚くなっていると感じます。

③ 日本選手権大会における短距離2冠の重み

 この大会におけるサニブラウン選手の様子、最終種目200mを走り切った様子を観るにつけ、「短距離2冠」の難しさを改めて感じます。

 2003年の末續慎吾選手以来14年ぶりの快挙となりました。
 2003年シーズンは、末續選手にとって最高の時期でした。パリで行われた世界選手権の200mで、見事に3位入賞を果たしたのです。オリンピック・世界選手権を通じて、個人短距離種目における日本人選手史上初のメダル獲得でした。

 ロンドン世界選手権2017における、サニブラウン選手の活躍に期待がかかる所以でもあります。

 200m優勝後のインタビューで、記録面について聞かれたサニブラウン選手は、「強い選手に引っ張られれば、記録は出ると思います」とコメントしました。
 何と頼もしいことでしょうか。
 役者が揃ったレースでした。

 スタートラインに並んだスプリンター達の「絵」が素晴らしい。

 これほど「輪郭」がしっかりしたランナーが数多く顔を合わせたレースは、日本陸上競技史上初めてだったのではないでしょうか。
 日本男子100m種目のレベルアップを如実に示しています。

 今大会好調のサニブラウン選手と、他の強豪選手がどのような戦いを魅せてくれるのかと観ていましたが、サニブラウン選手が「勢い」で押し切りました。
 
 この日は200mのレースも走っていて、その疲労残りを懸念する声もありましたが、コンディションが整った伸び盛りのアスリートが、少々の疲労には全く影響されることが無く、圧勝するする姿は、洋の東西を問わず、競技・種目を問わず、これまでも再三目にしてきたものです。

 サニブラウン選手は、前日の準決勝を1位で通過した後のインタビューで「決勝が待ち遠しい」とコメントしていました。
 「今すぐにでも走りたい」という感じ。

 陸上の日本選手権大会の決勝を前にして、全く怯むことなく、余計なことを考えることも無く、「楽しみだ」という心持でいる状態。この状態こそが、今大会のサニブラウン選手の強さを示しています。

 相当強い雨が降りしきる中での10秒05のタイムもハイレベル。

 風等の気象条件に恵まれれば、今すぐに9秒台、それも9秒9台の前半を叩き出す実力が備わっていると観るのが、客観的な判断でしょう。いつでも10秒0台で走ることが出来るケンブリッジ飛鳥選手や桐生祥秀選手が、10秒18、10秒26を要したレースで、10秒05で走っているのですから。
 サニブラウン・アブデルハキーム選手は、本当に強くなったのです。

 その走りの特徴は「柔軟性」にあると感じます。関節・筋肉、そして走り全体が伸びやかで、駆動域が大きいのです。そのフォームから、他の選手を凌ぐストライドが生れているのでしょう。天性の走りであると思います。

 さて、日本男子陸上100メートル史上「最高」のレースを戦った、他の選手に付いても見てみましょう。

 10秒16のタイムで2位に食い込んだ多田修平選手も見事な走りでした。
 得意のスタートでリードを奪い、50mを過ぎてもスピードを維持して、ケンブリッジ選手らの追込みを凌いだのですから、決して「スタートだけのランナー」ではありません。
 多田選手の特徴である「切れ味」に磨きをかければ、まだまだ伸びしろがあります。
 何しろ、追い風の下とはいえ9秒94で走る能力が有ることは証明されているのですから。9秒台で走るには、9秒台で走る体躯を備えていなければなりません。その体躯が備わっていなければ、追い風を受けても「バランスを崩す」だけでしょう。
 多田選手は、追い風に代わる筋力・俊敏性・フォーム対応を実現出来れば、9秒94で走ることが出来ることが、既に分かっているのですから、今後のトレーニングの方向性も明確です。

 10秒18のタイムで3位に入ったケンブリッジ飛鳥選手は、相当良いコンディションで今大会に臨んできたと思います。そして、準決勝まで良いパフォーマンスを示していました。10秒08、10秒10のタイムで決勝に進出したのです。
 ケンブリッジ選手の特徴である「体幹のブレない加速」が、20mから60mまでは機能していました。
 しかし、準決勝の残り20m、決勝の残り30mでは「固くなり」、伸びやかな走りが陰を潜めました。要因はいろいろあるのでしょうが、精神的なものが走りに出た様な気がします。
 その部分を楽に走った予選4組でのタイムが最も良かったのも、こうした理由からではないでしょうか。
 いずれにしても、70mから100mまでの30mをリラックスして走ることが出来れば、十分に9秒台は出るのでしょう。世界選手権での走りに期待がかかります。
 
 桐生祥秀選手と山縣亮太選手は、その力を発揮することなく敗れました。

 現在の男子100mの活況を牽引してきた2人が完敗するという事実を観るだけで、現在の日本男子100m陣のレベルの高さが分かります。
 かつてのレベルであれば、この2人は、各大会によってコンディションによるタイムの違いはあっても、優勝あるいは2位のポジションを外すなどということは考えられなかったのです。

 故障からの回復途上にあった山縣選手は、決勝では5位であろうと予想していました。致し方の無いところです。(その山縣選手を抑えて、川上拓也選手が5位に食い込みました。本当に選手層が厚くなったと実感します)

 一方で、相応のコンディションで大会を迎えたであろう桐生選手が結果を残せなかったのは、意外でした。

 桐生選手の特徴である、30mから70mまでのスムースな加速が機能しなかったのです。
 桐生選手のランニングは、極めて精緻なものだと感じていますので、どこかひとつの要素が不十分だったのでしょう。「精密機械」のようなランニングの、何が良くなかったのかは分かりません。
 足を地面に着く角度が1~2度違っていたのか、腰の位置が1~2cm低かったのか、あるいは1~2cm後ろに位置していたのか、顎が数cm上がっていたのか、太腿の引上げが少し高かったのか、原因はいくつか考えられますが、桐生選手とスタッフの皆さんに原因を見つけていただき、対処してもらいたいと思います。
 何しろ、10秒01という、現役の日本男子スプリンターの中で最も早い公式タイム保持し、アメリカでは追い風の中9秒台で走っているのですから、高い実力が有ることは証明されています。現時点でも、「ベストの走り」が出来れば、日本で一番速いランナーであろうと思いますので、「修正」が待たれるところです。

 7位の高橋周治選手や8位の九鬼巧選手、そして予選3組で3位だった田中佑典選手、同5組で3位だった平尾裕希選手、4位だった宮本大輔選手、同6組で2位だった魚里勇介選手、等々、日本男子100mには数多くのスプリンターが、虎視眈々と覇権を目指しています。
 多田選手の活躍を観れば、いつ何時、どんな凄いランナーが飛び出してくるのか解らない状況と言って良いでしょう。

 2017年6月24日、大阪・長居スタジアムで行われた、第101回日本陸上競技選手権大会の男子100m決勝は、素晴らしいレースでした。
 リオデジャネイロ・オリンピックの陸上競技、男子100m競走と200m競走はウサイン・ボルト選手の「3大会連続両種目金メダル」という結果となりました。

 オリンピックの歴史に輝く、素晴らしい成績です。

 一方で、ボルト選手の最大のライバルとなる筈のアメリカチームの元気の無さが感じられました。

 100mはジャスティン・ガトリン選手が2位に食い込みましたが、200mはラショーン・メリット選手の6着が最高成績でした。
 常に世界の男子スプリントを牽引し続けているアメリカとしては、不振といってよいでしょう。

 そもそも、ガトリン選手は2004年アテネ大会の100m金メダリストですから、もう13年間にわたってアメリカスプリント界のトップクラスを維持してきているランナーです。また、メリット選手は2008年北京大会の400m金メダリストであり、400mのスペシャリストといってよい存在です。

 そうすると、アメリカチームには長い間100mと200mの「新星」が育っていないということになりそうです。

 とても意外な感じがします。

 もう少し視野を広げると、「世界の男子100m・200m」に「新星」が育っていないとも言えるのかもしれません。

 もちろん、今大会の100m銅メダリストは21歳・カナダのアンドレ・デグラッセ選手ですし、5位は22歳・南アフリカのアカニ・シンビネ選手ですから、若手が育っていないとは言い切れないことも事実なのでしょうが、2008年の北京大会を9秒69、2012年のロンドン大会を9秒63で勝ったボルト選手が、9秒81と記録を落とした大会で、その足元を脅かす若手が居なかったことは、意外な感じもするのです。(一概に記録の比較は出来ないことも事実でしょうが)

 200mも同じで、2位にデグラッセ選手が入り、4位に22歳・イギリスのアダム・ジェミリ選手が入ったとはいえ、雨の中の難しいコンディションであったことを考慮しても、タイムは20秒を切れませんでした。やはり、若いスプリンターがボルト選手の足元にも及ばなかったという状況は、変わりません。

 少なくとも、2008年北京大会以降、世界の男子スプリント界には「新星」と呼べるようなトップクラスのランナーが登場していない、特にアメリカからは表れていないということになるのかもしれません。

 かつて、オリンピックで勝つよりアメリカの代表選考会で勝つ方が難しいとさえ言われた、「世界の男子スプリンター供給の地」であった筈のアメリカが、その力を失いつつある原因は何なのでしょうか。
 そして、アメリカの「供給力」は復活するのでしょうか。

 「ボルト後」の男子100m・200mを考えると、とても気になるところです。
 ヨーロッパで最も人気が高い種目と言われる男子1500m競走ですが、今大会の決勝レースは極端なスローペースとなってしまいました。

 スタート直後に「誰が行くのか」が注目されていましたが、「誰も行きません」でした。

 400mを66秒という、10000m競走より遅いペースとなってしまいましたから、「ラスト1周のヨーイドン」となりますので、「誰にでも勝つチャンス」のあるレースとなってしまったのです。

 そして、アメリカのマシュー・セントロウィッツ選手が優勝しました。
 タイムは3分50秒00でした。

 今年の全国高校総体(インターハイ)の優勝タイムは3分47秒75でしたから、それよりも遅いタイムというのは・・・。

 「勝負に徹したレース」であったとも言えるのでしょうが、世界一のパフォーマンスを標榜しているオリンピック大会としては、残念なレースであったと感じます。
 個人的には「あってはならないレース」だと感じます。

 そもそも「高速で長い距離を押す能力」が見所の中距離種目において、極端な「ヨーイドン」レースは回避したいものです。

 現在、国際陸上競技連盟(IAAF)の会長を務める、かつての中距離の名ランナー、セバスチャン・コー氏(イギリス。モスクワ・オリンピック及びロサンゼルス・オリンピックの1500m金メダリスト)は、このレースを観て、どう思ったのでしょうか。
 リオデジャネイロ・オリンピックの陸上競技において、2人のランナーが世界の陸上競技の歴史に深く名を刻みました。

 男子100m・200m・400mリレーの3種目で、北京・ロンドン・リオデジャネイロと3大会連続金メダルを獲得した、ジャマイカのウサイン・ボルト選手と、男子5000m・10000mの2種目でロンドン・リオの2大会連続で金メダルを獲得した、イギリスのモハメド・ファラー選手です。

 短距離と長距離という分野の違いはありますけれども、2人のスーパーランナーの記録・記憶は、長く残ることでしょう。

 歴史に名を刻むと言えば、過去のスーパーアスリートとの比較も興味深いところです。

 ファラー選手であれば、比較する相手はラッセ・ビレン選手でしょう。
 フィンランドのビレン選手は、1972年ミュンヘン大会、1976年モントリオール大会の2大会連続で、5000m・10000mの2冠に輝いた名ランナーでした。モントリオール大会ではマラソンにも出場し、「長距離三冠」を目指しましたが、これは惜しくも5位となりました。

 ピッチ走法の代表格と言えるビレン選手と、ストライド走法のファラー選手はタイプも異なりますが、2人のランナーは、長距離種目を代表するアスリートとして、オリンピック大会の歴史に輝き続けることでしょう。

 ボルト選手の相手となれば、カール・ルイス選手でしょう。
 アメリカのカール・ルイス選手は、1984年のロサンゼルス大会、1988年のソウル大会、1992年のバルセロナ大会、1996年のアトランタ大会の4つのオリンピックに参加し、100m・200m・走り幅跳び・400mリレーの4種目で計9個の金メダルを獲得しています。

 金メダルの数では、2人は9個で並んでいるのです。

 ルイス選手は、ソウル大会の200mで銀メダルを獲得していますから、オリンピックのメダル数では10個となります。

 ルイス選手には「走り幅跳び」という種目があるというか、走り幅跳びを最も得意としていました。ルイス選手の最後の五輪となったアトランタ大会では、走り幅跳びの金メダルが唯一のメダルでした。

 この走り幅跳びという種目の有無が、ボルト選手とルイス選手の違いなのでしょう。200mからそのキャリアをスタートしたボルト選手と、走り幅跳びから種目を拡大して行ったルイス選手が、100m競走で共に世界新記録を樹立しているというところが、素晴らしいところだと感じます。

 この2人も、短距離種目を代表するアスリートとして、オリンピックの歴史に燦然と輝き続けるのです。

 ボルト選手とファラー選手の、リオ五輪における人気は凄まじいものでした。

 2人の名前がコールされると、スタジアムには大歓声が轟いたのです。
 そして2人は、その期待に、見事に応えてくれました。
 まさにスーパースターだったのです。
 「こんなことが起こるのか」 

 レースを見た直後の感想でした。

 ケンブリッジ飛鳥選手が、アメリカチームのアンカーと競り合いながら2番でゴールインしたときには、テレビの前で立ち上り拍手を続けていました。
 日本チームの最高の走りでした。

 1走の山縣亮太選手は素晴らしいスタートから加速しました。前のコースの中国チームとの差をぐんぐん詰め、後ろのコースのジャマイカのアサファ・パウエル選手(元100m世界記録保持者)の追い上げを許しませんでした。

 1走から2走へのバトンパスは「抜群」でした。100点満点であったと思います。
 山縣選手から飯塚翔太選手へのバトンは、「一度空振り」して2度目に渡りましたが、その「空振りの間が効果的」で、飯塚選手がトップスピードに乗ったところでのバトンパスとなりました。

 飯塚選手は、ジャマイカやアメリカといった有力チームのランナーと互角の走りを魅せました。

 飯塚選手から桐生祥秀選手へのバトンパスは、とても上手く行きました。90点でしょう。
 タイミング・形が完璧でした。
 桐生選手も、ほぼトップスピードでバトンを受けて素晴らしい加速を魅せ、後半もスピードを維持できました。
 ジャマイカチームに1m余りの差を付けて、アンカーへのバトンパスを迎えたのです。

 桐生選手から飛鳥選手へのバトンパスは、少し詰まってしまいました。60点でしょう。
 この日本チームのバトンパスの小さな失敗により、直線に出た時には、ケンブリッジ飛鳥選手と、ジャマイカのアンカー・ウサイン・ボルト選手は並んでいました。ここは、ジャマイカチームのバトンパスが勝ったのです。

 さすがにボルト選手と並んで走り出したのでは、ジャマイカチームに勝つのは極めて難しいこととなりましたから、後方から追い上げを図るアメリカチーム、カナダチームとの競り合いとなりました。

 100m競走のタイムで比較すれば、飛鳥選手より相当上のランナー2人との競り合いでしたが、残り30mまでの飛鳥選手のスピードは素晴らしいもので、ゴール前で走りが固くなってしまった飛鳥選手でしたが、アメリカ・カナダのアンカーの走りも固くなっていましたので、2着を堅持することが出来ました。3番手チームとは100分の2秒差でした。

 37秒60、極めて高いレベルの日本新記録でした。
 もともと日本が保持していたアジア記録も塗り替えました。
 
 「全てが上手く行くレース」というのは、ほとんどありえないことですので、このレースの日本チームはレース全体として見れば「100点」であったと言えるのでしょう。

 「オリンピック個人種目のファイナリスト0名」「9秒台ランナー0名」で、「9秒台ランナー4名を揃えたチーム」に完勝するという「離れ業」を、日本チームは成し遂げました。

 「こんなことが起こる」のです。

 大会前、「日本陸上史上最強の400mリレーメンバー」と称されていたのは「事実」でした。

 そして、緊張感極限のオリンピック決勝レースで、持てる力を存分に発揮しての「88年振り(1928年アムステルダム・オリンピック女子800m競走の人見絹江選手=全ての競技・種目における日本女性オリンピック・メダリスト第1号)の、陸上競技トラック種目における銀メダル」を実現して見せました。

 日本の若きスプリンター達の力は、間違いなく世界に通用するレベルにまで上がったのです。
 8月14日に行われた、陸上競技男子400m競走で、南アフリカのウェイド・バンニーキルク選手(24歳)が、43秒03の世界新記録を樹立し、金メダルに輝きました。

 準決勝のタイムが良くなかったので、真ん中のコースでは無く8コースを走ることとなったバンニーキルク選手でしたが、スタートから素晴らしいスピードで押し、内側の選手に追い上げられる筈の第3コーナーから第4コーナーの間でも、後続ランナーとの差は中々詰まりませんでした。
 優勝候補であった、キラニ・ジェームズ選手(グレナダ)、ラショーン・メリット選手(アメリカ)という、2人の元オリンピックチャンピオンが必死に追い上げても、差を詰めることが出来なかったのです。

 バンニーキルク選手は、「万能型」スプリンターです。
・100m 9秒98
・200m 19秒94
・400m 43秒03(世界記録)

 100mで10秒を切り、200mで20秒を切り、400mで44秒を切るという、3つの種目で国際大会の公認記録を保持する「世界で唯一」のランナーなのです。

 凄いことです。

 どの種目でもオリンピックファイナリストを狙える能力を具備しているのですが、最も金メダルに近い400mにエントリーしてきた形。

 不滅と言われた43秒13の前世界記録を持っていた、MJことマイケル・ジョンソン氏(アメリカ)は、テレビの解説者として「8コースを走れたことが良かったのでしょう。他の選手と競り合うことなく、タイムトライアルの様なレースを実現しました」とコメントしています。

 世界記録を樹立するという極めて高い境地に達したアスリートならではのコメントだと感じます。
 大会も半ばを過ぎ、陸上競技も始まりました。

 8月13日に行われた、女子100m決勝レースでは、ジャマイカのエレン・トンプソン選手が10秒71の好タイムで優勝しました。
 2位のトリ・ボウイ選手に0.12秒差を付ける圧倒的な勝利でした。

 メンバーが揃ったレースでした。
 オリンピック2大会連続金メダルのフレーザー・プライス選手(ジャマイカ)、世界選手権2015で強さを示したダフネ・シパーズ選手(オランダ)、アメリカのトリ・ボウイ選手ら、優勝候補が顔を揃えましたが、勝ったのはジャマイカの新星トンプソン選手でした。

 準決勝まで好調な走りを続けて居たトンプソン選手は、決勝でも、スタートから前半の加速が良く、中間失踪も滑らか、ゴール前もスピードが落ちないという、「完璧な100m」を魅せてくれました。
 前半の走りに定評があるフレーザー・プライス選手に、前半を終えたところでピタリと付いて行ったところで、金メダルが見えたと言ったところでしょうか。

 ジャマイカ短距離陣の強さを、まざまざと見せつけられたレースでした。
 陸上競技の「第100回」日本選手権大会の第3日・最終日は、6月26日に行われました。第1日・2日と雨模様でしたが、最終日は好天に恵まれ、好記録が続出しました。
 やはり、陸上競技は青空の下で行うのが良さそうです。

 まずは、女子200m。

 福島千里選手が22秒88の「日本新記録」で圧勝しました。元来コーナリングの上手な選手ですが、この日は直線に入ってもスピードが落ちませんでした。

 前日の100mでは、雨のせいもあってか平凡な(彼女にとっては)タイムでしたが、この日は「溜飲を下げた」走りでした。
 福島選手の持ち味である、少し前傾しながら、「脚を地面に突き刺していくような」走り、重心の真下でキックする走りに磨きがかかり、腰の上下動が極めて少ない、腰が浮くことも無ければ沈むことも無い走りが出来ていました。腰から太腿にかけての筋力アップが要因でしょうか。

 世界で戦って行くためには、もう少し記録を伸ばしたいところですけれども、安定してこの日の走りを展開することが出来れば、リオでも良い戦いを見せていただけそうです。

 続いては、男子200m。
 相当ハイレベルな戦いになると予想されていましたが、期待通りの内容でした。

 優勝した飯島翔太選手は、日本人ランナーとしては珍しい「重戦車タイプ」の走りを披露しました。上半身のブレが少なく、ゴール前もしっかりしたフォームを維持できたのです。
 20秒11という「日本歴代2位」のタイムも立派。100mから150mのスピードをもう少し上げることが出来れば、19秒台も見えてきます。

 加えて、20秒31で2着に入った高瀬選手、20秒33で3着の原選手の走りも見事なものでした。「日本歴代2位」の飯島選手から2m位の差の中に2人のランナーが居るというのは、男子200m陣の充実振りを示しています。

 第2日の100mも含めて、日本男子スプリント陣のレベルは、本当に高くなったと感じます。

 続いては、男子5000m。

 大迫傑選手のラストスパートは見事でした。第1日の10000mも素晴らしい走りでしたから、「本格化」してきたことは明らかでしょう。
 
 もともと、2000m前後の「ロングスパート」には定評が有った大迫選手ですが、今大会では300~400mのスパートに磨きがかかりました。残り100mに入っても、スピードが落ちないのです。大迫選手が積み上げてきたトレーニングの質・量の凄さを感じます。
 このラストスパートのスピードを600~800m継続できれば、世界とも戦って行けるのではないでしょうか。

 続いては、女子5000m。
 尾西美咲選手のラストスパートも素晴らしいものでした。残り300mからのスピードは、選手権のこの種目の歴代ランナーの中でも、屈指のものでしょう。
 こちらも、このスピードを600m以上に伸ばして行ければ、世界大会でも「勝負できる」と感じます。

 さらには、男子走り高跳び。
 衛藤昂選手が2m29の好記録で優勝しました。日本選手権といった大きな大会で、自己ベストに近い記録を出すことが容易なことでは無い種目で、見事にオリンピック出場レベルの記録を叩き出したことは、今後の大きな自信に繋がることでしょう。

 残念だったのは、男子三段跳びの山下航平選手の試技でした。
 3回目のジャンプは、予選通過には十分な記録でしたが、砂場を出る時に「マイナス」に歩くという、信じられないようなミスで、記録無しに終わりました。

 1本目・2本目と上手く行かない跳躍が続いていた状況下、「心持ちが不安定になっていた」ことが要因でしょうか。
 厳しい言い方をすれば、「心身がまだオリンピックに出場するレベルに達していない」といったところでしょう。素晴らしいフィジカルを具備しているプレーヤーだけに、残念至極です。

 「第100回」日本選手権は、日本陸上界の着実なレベルアップを感じさせる大会となりました。
 本当に、数多くの種目で、オリンピックのセミファイナルレベルのプレーを魅せていただいたのです。
 個々の選手やコーチはもちろんとして、連盟を始めとする関係者の皆さんのご努力が、実を結んできているという印象です。

 「第100回」に相応しい大会でした。

 日本陸上は、「世界に挑戦できるステージ」に立ったのです。
 第100回日本選手権陸上競技大会の2日目、小雨そぼ降る残念なコンディションの下、オリンピック出場権を賭けた厳しい戦いが続きました。 

 まずは、男子100m。

 好スタートから山縣選手が先行し、30m付近から桐生選手が加速しましたが、桐生選手は70m付近で失速してしまいました。体が浮いてしまった形。

 その合間を縫って、ケンブリッジ飛鳥選手がじりじり追い上げ、山縣選手に並びかけたところがゴールでした。
 胸ひとつというか、胸板一枚位・5cm位飛鳥選手が前に出たように観えました。

 10秒16は、小雨のコンディションの中では良いタイムですし、左隣の山縣選手のコースに寄って走っている=真っ直ぐ走っていないこと、等を勘案しても、飛鳥選手にはまだまだ伸びしろが十分に有る印象です。
 加えて、スピードのピークが「80m付近」で出ていることも驚きです。後半の減速が極めて少ないという、日本のスプリンターとしては珍しいタイプです。

 この走りで、50m付近でのトップスピードを11.5m/秒辺りまで上げることが出来れば、9秒台は確実に出せると思いますし、望ましいとされる11.7m/秒まで上げて行くことが出来れば、9秒9台の前半も夢ではありません。
 「伸び盛り」の飛鳥選手の短期間での成長が期待されます。

 また、10秒17で2着の山縣選手、10秒31で3着の桐生選手と共に、日本の男子100m陣の充実振りには、目を見張るものがあります。
 
 この布陣に、200m陣のランナーを加えて構成されるであろう400mリレーも、日本陸上「史上最強」のチームになりそうです。

 続いては、男子400m。

 ウォルシュ・ジュリアン選手の走りは見事の一語。スタート後100mから250m付近までの走りには、世界トップクラスの迫力を感じました。

 このコンディション下での45秒35というタイムも立派なものだと思います。
 普通のコンディションであれば、既に44秒台を出す力は十分に有ると思います。こちらも「伸び盛り」ですから、リオでの走りが楽しみです。

 また、45秒71で2着の加藤選手のゴール前のしっかりとした走りも印象的でした。45秒93で3着の北川選手と共に、1600mリレーでの活躍も十分に期待されます。
 このコンディションで1~3着が45秒台というのも、男子400m陣の充実振りを示しています。

 続いては、男子やり投げ。

 新井涼平選手が、84m54の大会新記録で優勝しました。「第100回」という歴史と伝統を誇る日本選手権、世界大会メダリストも名を連ねる大会において、小雨のコンディションの下で「大会新記録」を示現するというのは素晴らしいことです。

 元来、雨を気にしないタイプとはいえ、グリップや助走路が滑りやすく、槍自体にも雨が当たり失速要因ともなるのですから、新記録を出すのは至難の業の筈でした。新井選手の充実振りは本物なのでしょう。

 新井選手の大投擲は5回目の試技でした。今大会の投擲種目は、男女を問わず5回目・6回目にベスト記録を叩き出すことが多いようです。
 これまでの日本の大会では「1投目」の重要性が強調されてきましたが、相当疲労が蓄積されるであろう、競技の終盤で、その日のベスト記録を出せるようになってきたというのは、全体として力が付いてきたことの証左の様に感じられます。

 続いては、男子400mハードル。

 野沢啓佑選手が49秒14で勝ち切りました。決勝レースを観る限り、スタートからやや気負いが見られ、「脚より心が前に出てしまう」感じの走りでしたから、9台目からはバテてしまいましたけれども、それでも49秒台序盤のタイムを叩き出したのは、野沢選手の高い実力を示すものでしょう。

 48秒台で走るようになってから、それ程間が無いランナーだと思いますので、レースを走る度にタイムが伸びる時期だと感じます。リオのファイナリストを目指していただきたいものです。
 
 「第100回」大会・2日目は、小雨という残念なコンディションでしたが、各種目で素晴らしいパフォーマンスを魅せていただきました。

 日本選手権における複数の種目で「オリンピックのセミファイナル」レベルのプレーが観られるというのは、日本陸上界の充実振りを示しています。
 成長途上の選手が多いのですから、「ファイナリスト」は遠い夢では無いと思います。
 5月8日に行われたセイコー・ゴールデングランプリ陸上・川崎大会の男子400m競走で、19歳のウォルシュ・ジュリアン・ジャミィ選手(東洋大学)が45秒68のタイムで優勝しました。

 シーズン当初のタイムとしては、とても良いものだと思いますし、何より2位のジャリン・ソロモン選手(トリニダード・トバゴ)、3位のジェレミー・ウォリナー選手(アメリカ)、4位のレニー・クォー選手(トリニダード・トバゴ)といった、海外の強豪選手を相手にしての優勝というのは、大きな価値が有ります。

 特に、ジェレミー・ウォリナー選手は、43秒45のベストタイムを持ち、2004年アテネ・オリンピックの400m競走の金メダリストであり、マイルリレーのアメリカ代表としても2つのオリンピック金メダルを獲得している強豪です。
 シーズン初めということを勘案しても、こうしたランナーを相手にしてのジュリアン選手の勝利は見事という他は有りません。

 ジュリアン選手は300mを32秒73(2016年4月)で走り切る、素晴らしいスピードを具備していますから、残り100mの持久力を向上させることが出来れば、世界大会の決勝で戦える可能性が十分に有ります。

 ジャマイカ人の父と日本人の母を持つウォルシュ・ジュリアン選手は、サニブラウン・アブデルハキーム選手と同様に、ハーフの日本人ランナーです。
 こうしたトップアスリートが増加していることは、本当に頼もしい限りです。
 
 「伸び盛り」という言葉が有りますが、現在のジュリアン選手はまさに伸び盛りなのでしょう。
 2015年シーズン終盤に一気に45秒台に突入し、2016年の今大会でも大きく記録を伸ばしました。
 「走れば自己記録を更新する時期」なのでしょう。

 この勢いで近々44秒台を物にして、リオデジャネイロ・オリンピックの代表権を獲得するのではないか、そして本番でも大活躍を魅せてくれるのではないか、と夢が広がります。

 素晴らしいスプリンターが登場しました。
 5月1日、鳥取市のコカコーラ・ウエストスポーツパークで開催された、日本パラ陸上競技選手権兼リオデジャネイロ・パラリンピック選手選考会で、山本篤選手が走り幅跳び(T42クラス・大腿切断など)の世界新記録6m56cmを樹立しました。
 デンマークのダニエル選手が保有していた6m53cmの記録を3cm更新したのです。
 自己記録を20cmも更新しての世界記録と報じられました。

 見事なジャンプでした。

 静かな助走のスタートから、ぐんぐんと加速し、踏切もドンピシャ、空中姿勢も良く、特に後半の伸びが素晴らしい飛越でした。最後の50cmの飛行が「世界新」を感じさました。
 そして着地も完璧。
 世界記録となるジャンプというのは、どの種目でも独特の雰囲気が有りますが、山本選手のこのジャンプにも「人知を超えた何か」が存在したと思います。

 34歳の山本篤選手は、2008年の北京パラリンピックで銀メダルを獲得しました。我が国の義足プレーヤーとして初めてのメダル獲得でした。
 その後、2013年・2015年の世界選手権大会で連覇、2010年・2014年のアジア・パラリンピック大会の100m競走でも優勝しています。アスリートして脂の乗り切った時期ということでしょう。

 走り幅跳びという種目は、極めて高度な技術を要する競技です。
 僅かなバランスの違い等により、記録が大きく左右されるのです。
 本番までのトレーニング・調整がとても重要なのでしょう。
 
 リオデジャネイロ・パラリンピックにおける山本篤選手の活躍が期待されます。
 アメリカ合衆国テキサス州オースティンの競技会で、オリンピックイヤーの緒戦を迎えた桐生選手は、100m競走で好調な走りを魅せてトップでゴールしました。

 向かい風1.4mというコンディションでしたので、タイムは10秒24という平凡なものでしたけれども、9秒台の記録を持つ選手が含まれたアメリカの5選手を抑えての1着は、大きな価値があると感じます。

 走り自体も、とても良いものであったと思います。

 これまでの桐生選手の走りは、30mから50mの加速で一気に前に出て、後半は粘るという形でしたが、このレースではスタートからゴールまで「とても滑らかな走り」でした。
 全体のバランスがとても良くなったという印象です。

 冬の期間のトレーニングの成果が出ているということでしょう。

 レース後、桐生選手は「今年は本当に調子が良い」とコメントしました。

 「日本人初の9秒台」と「リオデジャネイロ・オリンピックでの活躍」が楽しみなシーズンです。
 10月18日に鳥取で行われた、「布施スプリント」記録会の100m競走で、2度走って、2度10秒09を記録しました。

 1本目は、静かなスタートから力みの無いフォームで50m付近からリードを広げて、ゴールを駆け抜けました。追い風2.4mのレースでしたから参考記録とはなりましたが、本当に滑らかな走りであったと思います。

 2本目は、1本目と比較してスタートから力を入れた走り。上半身の動きも大きく、60m付近から他の選手を寄せ付けませんでした。今度は追い風0.3mでしたから、公認記録となり、今季日本最高記録タイでした。

 今季は故障に悩まされ続けてきた桐生選手でしたが、シーズン最後の大会で「それなりの」走りが出来たことは、来シーズンに向けての良い材料となったことでしょう。
 1日2本キチンと走れたことは、何よりでした。

 1本目と2本目は、相当に違う走りに観えました。1本目でこの日の調子を測り、2本目は少し体幹に力を入れてみたというところでしょうか。
 風速が2m以上違う中での同タイムですから、2本目の方が速かったことは間違いありません。

 一方で、2位のランナーとの差は、1本目・2本目とも同じ位であったように観えましたから、変な書き方で恐縮ですが、「共に10秒09の走り」であったのでしょう。

 ご本人は百も承知のこととは思いますが、このところの桐生選手の走りに共通している「30m~40mの加速」がいまひとつという課題は残ったと感じます。
 50m以降の「減速を最小限に抑える走り」は、とても安定しているように観えますから、来季の課題は「30m~40mの加速」ということになりそうです。

 日本男子短距離陣は、今年の世界選手権で相当の活躍を魅せてくれましたが、やはり華種目である100mのエース不在は、とても残念なことでした。

 桐生祥秀選手の、オリンピックイヤーでの活躍が期待されます。
プロフィール

カエサルjr

Author:カエサルjr
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