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 リオデジャネイロ・オリンピックの陸上競技、男子100m競走と200m競走はウサイン・ボルト選手の「3大会連続両種目金メダル」という結果となりました。

 オリンピックの歴史に輝く、素晴らしい成績です。

 一方で、ボルト選手の最大のライバルとなる筈のアメリカチームの元気の無さが感じられました。

 100mはジャスティン・ガトリン選手が2位に食い込みましたが、200mはラショーン・メリット選手の6着が最高成績でした。
 常に世界の男子スプリントを牽引し続けているアメリカとしては、不振といってよいでしょう。

 そもそも、ガトリン選手は2004年アテネ大会の100m金メダリストですから、もう13年間にわたってアメリカスプリント界のトップクラスを維持してきているランナーです。また、メリット選手は2008年北京大会の400m金メダリストであり、400mのスペシャリストといってよい存在です。

 そうすると、アメリカチームには長い間100mと200mの「新星」が育っていないということになりそうです。

 とても意外な感じがします。

 もう少し視野を広げると、「世界の男子100m・200m」に「新星」が育っていないとも言えるのかもしれません。

 もちろん、今大会の100m銅メダリストは21歳・カナダのアンドレ・デグラッセ選手ですし、5位は22歳・南アフリカのアカニ・シンビネ選手ですから、若手が育っていないとは言い切れないことも事実なのでしょうが、2008年の北京大会を9秒69、2012年のロンドン大会を9秒63で勝ったボルト選手が、9秒81と記録を落とした大会で、その足元を脅かす若手が居なかったことは、意外な感じもするのです。(一概に記録の比較は出来ないことも事実でしょうが)

 200mも同じで、2位にデグラッセ選手が入り、4位に22歳・イギリスのアダム・ジェミリ選手が入ったとはいえ、雨の中の難しいコンディションであったことを考慮しても、タイムは20秒を切れませんでした。やはり、若いスプリンターがボルト選手の足元にも及ばなかったという状況は、変わりません。

 少なくとも、2008年北京大会以降、世界の男子スプリント界には「新星」と呼べるようなトップクラスのランナーが登場していない、特にアメリカからは表れていないということになるのかもしれません。

 かつて、オリンピックで勝つよりアメリカの代表選考会で勝つ方が難しいとさえ言われた、「世界の男子スプリンター供給の地」であった筈のアメリカが、その力を失いつつある原因は何なのでしょうか。
 そして、アメリカの「供給力」は復活するのでしょうか。

 「ボルト後」の男子100m・200mを考えると、とても気になるところです。
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 ヨーロッパで最も人気が高い種目と言われる男子1500m競走ですが、今大会の決勝レースは極端なスローペースとなってしまいました。

 スタート直後に「誰が行くのか」が注目されていましたが、「誰も行きません」でした。

 400mを66秒という、10000m競走より遅いペースとなってしまいましたから、「ラスト1周のヨーイドン」となりますので、「誰にでも勝つチャンス」のあるレースとなってしまったのです。

 そして、アメリカのマシュー・セントロウィッツ選手が優勝しました。
 タイムは3分50秒00でした。

 今年の全国高校総体(インターハイ)の優勝タイムは3分47秒75でしたから、それよりも遅いタイムというのは・・・。

 「勝負に徹したレース」であったとも言えるのでしょうが、世界一のパフォーマンスを標榜しているオリンピック大会としては、残念なレースであったと感じます。
 個人的には「あってはならないレース」だと感じます。

 そもそも「高速で長い距離を押す能力」が見所の中距離種目において、極端な「ヨーイドン」レースは回避したいものです。

 現在、国際陸上競技連盟(IAAF)の会長を務める、かつての中距離の名ランナー、セバスチャン・コー氏(イギリス。モスクワ・オリンピック及びロサンゼルス・オリンピックの1500m金メダリスト)は、このレースを観て、どう思ったのでしょうか。
 リオデジャネイロ・オリンピックの陸上競技において、2人のランナーが世界の陸上競技の歴史に深く名を刻みました。

 男子100m・200m・400mリレーの3種目で、北京・ロンドン・リオデジャネイロと3大会連続金メダルを獲得した、ジャマイカのウサイン・ボルト選手と、男子5000m・10000mの2種目でロンドン・リオの2大会連続で金メダルを獲得した、イギリスのモハメド・ファラー選手です。

 短距離と長距離という分野の違いはありますけれども、2人のスーパーランナーの記録・記憶は、長く残ることでしょう。

 歴史に名を刻むと言えば、過去のスーパーアスリートとの比較も興味深いところです。

 ファラー選手であれば、比較する相手はラッセ・ビレン選手でしょう。
 フィンランドのビレン選手は、1972年ミュンヘン大会、1976年モントリオール大会の2大会連続で、5000m・10000mの2冠に輝いた名ランナーでした。モントリオール大会ではマラソンにも出場し、「長距離三冠」を目指しましたが、これは惜しくも5位となりました。

 ピッチ走法の代表格と言えるビレン選手と、ストライド走法のファラー選手はタイプも異なりますが、2人のランナーは、長距離種目を代表するアスリートとして、オリンピック大会の歴史に輝き続けることでしょう。

 ボルト選手の相手となれば、カール・ルイス選手でしょう。
 アメリカのカール・ルイス選手は、1984年のロサンゼルス大会、1988年のソウル大会、1992年のバルセロナ大会、1996年のアトランタ大会の4つのオリンピックに参加し、100m・200m・走り幅跳び・400mリレーの4種目で計9個の金メダルを獲得しています。

 金メダルの数では、2人は9個で並んでいるのです。

 ルイス選手は、ソウル大会の200mで銀メダルを獲得していますから、オリンピックのメダル数では10個となります。

 ルイス選手には「走り幅跳び」という種目があるというか、走り幅跳びを最も得意としていました。ルイス選手の最後の五輪となったアトランタ大会では、走り幅跳びの金メダルが唯一のメダルでした。

 この走り幅跳びという種目の有無が、ボルト選手とルイス選手の違いなのでしょう。200mからそのキャリアをスタートしたボルト選手と、走り幅跳びから種目を拡大して行ったルイス選手が、100m競走で共に世界新記録を樹立しているというところが、素晴らしいところだと感じます。

 この2人も、短距離種目を代表するアスリートとして、オリンピックの歴史に燦然と輝き続けるのです。

 ボルト選手とファラー選手の、リオ五輪における人気は凄まじいものでした。

 2人の名前がコールされると、スタジアムには大歓声が轟いたのです。
 そして2人は、その期待に、見事に応えてくれました。
 まさにスーパースターだったのです。
 「こんなことが起こるのか」 

 レースを見た直後の感想でした。

 ケンブリッジ飛鳥選手が、アメリカチームのアンカーと競り合いながら2番でゴールインしたときには、テレビの前で立ち上り拍手を続けていました。
 日本チームの最高の走りでした。

 1走の山縣亮太選手は素晴らしいスタートから加速しました。前のコースの中国チームとの差をぐんぐん詰め、後ろのコースのジャマイカのアサファ・パウエル選手(元100m世界記録保持者)の追い上げを許しませんでした。

 1走から2走へのバトンパスは「抜群」でした。100点満点であったと思います。
 山縣選手から飯塚翔太選手へのバトンは、「一度空振り」して2度目に渡りましたが、その「空振りの間が効果的」で、飯塚選手がトップスピードに乗ったところでのバトンパスとなりました。

 飯塚選手は、ジャマイカやアメリカといった有力チームのランナーと互角の走りを魅せました。

 飯塚選手から桐生祥秀選手へのバトンパスは、とても上手く行きました。90点でしょう。
 タイミング・形が完璧でした。
 桐生選手も、ほぼトップスピードでバトンを受けて素晴らしい加速を魅せ、後半もスピードを維持できました。
 ジャマイカチームに1m余りの差を付けて、アンカーへのバトンパスを迎えたのです。

 桐生選手から飛鳥選手へのバトンパスは、少し詰まってしまいました。60点でしょう。
 この日本チームのバトンパスの小さな失敗により、直線に出た時には、ケンブリッジ飛鳥選手と、ジャマイカのアンカー・ウサイン・ボルト選手は並んでいました。ここは、ジャマイカチームのバトンパスが勝ったのです。

 さすがにボルト選手と並んで走り出したのでは、ジャマイカチームに勝つのは極めて難しいこととなりましたから、後方から追い上げを図るアメリカチーム、カナダチームとの競り合いとなりました。

 100m競走のタイムで比較すれば、飛鳥選手より相当上のランナー2人との競り合いでしたが、残り30mまでの飛鳥選手のスピードは素晴らしいもので、ゴール前で走りが固くなってしまった飛鳥選手でしたが、アメリカ・カナダのアンカーの走りも固くなっていましたので、2着を堅持することが出来ました。3番手チームとは100分の2秒差でした。

 37秒60、極めて高いレベルの日本新記録でした。
 もともと日本が保持していたアジア記録も塗り替えました。
 
 「全てが上手く行くレース」というのは、ほとんどありえないことですので、このレースの日本チームはレース全体として見れば「100点」であったと言えるのでしょう。

 「オリンピック個人種目のファイナリスト0名」「9秒台ランナー0名」で、「9秒台ランナー4名を揃えたチーム」に完勝するという「離れ業」を、日本チームは成し遂げました。

 「こんなことが起こる」のです。

 大会前、「日本陸上史上最強の400mリレーメンバー」と称されていたのは「事実」でした。

 そして、緊張感極限のオリンピック決勝レースで、持てる力を存分に発揮しての「88年振り(1928年アムステルダム・オリンピック女子800m競走の人見絹江選手=全ての競技・種目における日本女性オリンピック・メダリスト第1号)の、陸上競技トラック種目における銀メダル」を実現して見せました。

 日本の若きスプリンター達の力は、間違いなく世界に通用するレベルにまで上がったのです。
 8月14日に行われた、陸上競技男子400m競走で、南アフリカのウェイド・バンニーキルク選手(24歳)が、43秒03の世界新記録を樹立し、金メダルに輝きました。

 準決勝のタイムが良くなかったので、真ん中のコースでは無く8コースを走ることとなったバンニーキルク選手でしたが、スタートから素晴らしいスピードで押し、内側の選手に追い上げられる筈の第3コーナーから第4コーナーの間でも、後続ランナーとの差は中々詰まりませんでした。
 優勝候補であった、キラニ・ジェームズ選手(グレナダ)、ラショーン・メリット選手(アメリカ)という、2人の元オリンピックチャンピオンが必死に追い上げても、差を詰めることが出来なかったのです。

 バンニーキルク選手は、「万能型」スプリンターです。
・100m 9秒98
・200m 19秒94
・400m 43秒03(世界記録)

 100mで10秒を切り、200mで20秒を切り、400mで44秒を切るという、3つの種目で国際大会の公認記録を保持する「世界で唯一」のランナーなのです。

 凄いことです。

 どの種目でもオリンピックファイナリストを狙える能力を具備しているのですが、最も金メダルに近い400mにエントリーしてきた形。

 不滅と言われた43秒13の前世界記録を持っていた、MJことマイケル・ジョンソン氏(アメリカ)は、テレビの解説者として「8コースを走れたことが良かったのでしょう。他の選手と競り合うことなく、タイムトライアルの様なレースを実現しました」とコメントしています。

 世界記録を樹立するという極めて高い境地に達したアスリートならではのコメントだと感じます。
 大会も半ばを過ぎ、陸上競技も始まりました。

 8月13日に行われた、女子100m決勝レースでは、ジャマイカのエレン・トンプソン選手が10秒71の好タイムで優勝しました。
 2位のトリ・ボウイ選手に0.12秒差を付ける圧倒的な勝利でした。

 メンバーが揃ったレースでした。
 オリンピック2大会連続金メダルのフレーザー・プライス選手(ジャマイカ)、世界選手権2015で強さを示したダフネ・シパーズ選手(オランダ)、アメリカのトリ・ボウイ選手ら、優勝候補が顔を揃えましたが、勝ったのはジャマイカの新星トンプソン選手でした。

 準決勝まで好調な走りを続けて居たトンプソン選手は、決勝でも、スタートから前半の加速が良く、中間失踪も滑らか、ゴール前もスピードが落ちないという、「完璧な100m」を魅せてくれました。
 前半の走りに定評があるフレーザー・プライス選手に、前半を終えたところでピタリと付いて行ったところで、金メダルが見えたと言ったところでしょうか。

 ジャマイカ短距離陣の強さを、まざまざと見せつけられたレースでした。
 陸上競技の「第100回」日本選手権大会の第3日・最終日は、6月26日に行われました。第1日・2日と雨模様でしたが、最終日は好天に恵まれ、好記録が続出しました。
 やはり、陸上競技は青空の下で行うのが良さそうです。

 まずは、女子200m。

 福島千里選手が22秒88の「日本新記録」で圧勝しました。元来コーナリングの上手な選手ですが、この日は直線に入ってもスピードが落ちませんでした。

 前日の100mでは、雨のせいもあってか平凡な(彼女にとっては)タイムでしたが、この日は「溜飲を下げた」走りでした。
 福島選手の持ち味である、少し前傾しながら、「脚を地面に突き刺していくような」走り、重心の真下でキックする走りに磨きがかかり、腰の上下動が極めて少ない、腰が浮くことも無ければ沈むことも無い走りが出来ていました。腰から太腿にかけての筋力アップが要因でしょうか。

 世界で戦って行くためには、もう少し記録を伸ばしたいところですけれども、安定してこの日の走りを展開することが出来れば、リオでも良い戦いを見せていただけそうです。

 続いては、男子200m。
 相当ハイレベルな戦いになると予想されていましたが、期待通りの内容でした。

 優勝した飯島翔太選手は、日本人ランナーとしては珍しい「重戦車タイプ」の走りを披露しました。上半身のブレが少なく、ゴール前もしっかりしたフォームを維持できたのです。
 20秒11という「日本歴代2位」のタイムも立派。100mから150mのスピードをもう少し上げることが出来れば、19秒台も見えてきます。

 加えて、20秒31で2着に入った高瀬選手、20秒33で3着の原選手の走りも見事なものでした。「日本歴代2位」の飯島選手から2m位の差の中に2人のランナーが居るというのは、男子200m陣の充実振りを示しています。

 第2日の100mも含めて、日本男子スプリント陣のレベルは、本当に高くなったと感じます。

 続いては、男子5000m。

 大迫傑選手のラストスパートは見事でした。第1日の10000mも素晴らしい走りでしたから、「本格化」してきたことは明らかでしょう。
 
 もともと、2000m前後の「ロングスパート」には定評が有った大迫選手ですが、今大会では300~400mのスパートに磨きがかかりました。残り100mに入っても、スピードが落ちないのです。大迫選手が積み上げてきたトレーニングの質・量の凄さを感じます。
 このラストスパートのスピードを600~800m継続できれば、世界とも戦って行けるのではないでしょうか。

 続いては、女子5000m。
 尾西美咲選手のラストスパートも素晴らしいものでした。残り300mからのスピードは、選手権のこの種目の歴代ランナーの中でも、屈指のものでしょう。
 こちらも、このスピードを600m以上に伸ばして行ければ、世界大会でも「勝負できる」と感じます。

 さらには、男子走り高跳び。
 衛藤昂選手が2m29の好記録で優勝しました。日本選手権といった大きな大会で、自己ベストに近い記録を出すことが容易なことでは無い種目で、見事にオリンピック出場レベルの記録を叩き出したことは、今後の大きな自信に繋がることでしょう。

 残念だったのは、男子三段跳びの山下航平選手の試技でした。
 3回目のジャンプは、予選通過には十分な記録でしたが、砂場を出る時に「マイナス」に歩くという、信じられないようなミスで、記録無しに終わりました。

 1本目・2本目と上手く行かない跳躍が続いていた状況下、「心持ちが不安定になっていた」ことが要因でしょうか。
 厳しい言い方をすれば、「心身がまだオリンピックに出場するレベルに達していない」といったところでしょう。素晴らしいフィジカルを具備しているプレーヤーだけに、残念至極です。

 「第100回」日本選手権は、日本陸上界の着実なレベルアップを感じさせる大会となりました。
 本当に、数多くの種目で、オリンピックのセミファイナルレベルのプレーを魅せていただいたのです。
 個々の選手やコーチはもちろんとして、連盟を始めとする関係者の皆さんのご努力が、実を結んできているという印象です。

 「第100回」に相応しい大会でした。

 日本陸上は、「世界に挑戦できるステージ」に立ったのです。
 第100回日本選手権陸上競技大会の2日目、小雨そぼ降る残念なコンディションの下、オリンピック出場権を賭けた厳しい戦いが続きました。 

 まずは、男子100m。

 好スタートから山縣選手が先行し、30m付近から桐生選手が加速しましたが、桐生選手は70m付近で失速してしまいました。体が浮いてしまった形。

 その合間を縫って、ケンブリッジ飛鳥選手がじりじり追い上げ、山縣選手に並びかけたところがゴールでした。
 胸ひとつというか、胸板一枚位・5cm位飛鳥選手が前に出たように観えました。

 10秒16は、小雨のコンディションの中では良いタイムですし、左隣の山縣選手のコースに寄って走っている=真っ直ぐ走っていないこと、等を勘案しても、飛鳥選手にはまだまだ伸びしろが十分に有る印象です。
 加えて、スピードのピークが「80m付近」で出ていることも驚きです。後半の減速が極めて少ないという、日本のスプリンターとしては珍しいタイプです。

 この走りで、50m付近でのトップスピードを11.5m/秒辺りまで上げることが出来れば、9秒台は確実に出せると思いますし、望ましいとされる11.7m/秒まで上げて行くことが出来れば、9秒9台の前半も夢ではありません。
 「伸び盛り」の飛鳥選手の短期間での成長が期待されます。

 また、10秒17で2着の山縣選手、10秒31で3着の桐生選手と共に、日本の男子100m陣の充実振りには、目を見張るものがあります。
 
 この布陣に、200m陣のランナーを加えて構成されるであろう400mリレーも、日本陸上「史上最強」のチームになりそうです。

 続いては、男子400m。

 ウォルシュ・ジュリアン選手の走りは見事の一語。スタート後100mから250m付近までの走りには、世界トップクラスの迫力を感じました。

 このコンディション下での45秒35というタイムも立派なものだと思います。
 普通のコンディションであれば、既に44秒台を出す力は十分に有ると思います。こちらも「伸び盛り」ですから、リオでの走りが楽しみです。

 また、45秒71で2着の加藤選手のゴール前のしっかりとした走りも印象的でした。45秒93で3着の北川選手と共に、1600mリレーでの活躍も十分に期待されます。
 このコンディションで1~3着が45秒台というのも、男子400m陣の充実振りを示しています。

 続いては、男子やり投げ。

 新井涼平選手が、84m54の大会新記録で優勝しました。「第100回」という歴史と伝統を誇る日本選手権、世界大会メダリストも名を連ねる大会において、小雨のコンディションの下で「大会新記録」を示現するというのは素晴らしいことです。

 元来、雨を気にしないタイプとはいえ、グリップや助走路が滑りやすく、槍自体にも雨が当たり失速要因ともなるのですから、新記録を出すのは至難の業の筈でした。新井選手の充実振りは本物なのでしょう。

 新井選手の大投擲は5回目の試技でした。今大会の投擲種目は、男女を問わず5回目・6回目にベスト記録を叩き出すことが多いようです。
 これまでの日本の大会では「1投目」の重要性が強調されてきましたが、相当疲労が蓄積されるであろう、競技の終盤で、その日のベスト記録を出せるようになってきたというのは、全体として力が付いてきたことの証左の様に感じられます。

 続いては、男子400mハードル。

 野沢啓佑選手が49秒14で勝ち切りました。決勝レースを観る限り、スタートからやや気負いが見られ、「脚より心が前に出てしまう」感じの走りでしたから、9台目からはバテてしまいましたけれども、それでも49秒台序盤のタイムを叩き出したのは、野沢選手の高い実力を示すものでしょう。

 48秒台で走るようになってから、それ程間が無いランナーだと思いますので、レースを走る度にタイムが伸びる時期だと感じます。リオのファイナリストを目指していただきたいものです。
 
 「第100回」大会・2日目は、小雨という残念なコンディションでしたが、各種目で素晴らしいパフォーマンスを魅せていただきました。

 日本選手権における複数の種目で「オリンピックのセミファイナル」レベルのプレーが観られるというのは、日本陸上界の充実振りを示しています。
 成長途上の選手が多いのですから、「ファイナリスト」は遠い夢では無いと思います。
 5月8日に行われたセイコー・ゴールデングランプリ陸上・川崎大会の男子400m競走で、19歳のウォルシュ・ジュリアン・ジャミィ選手(東洋大学)が45秒68のタイムで優勝しました。

 シーズン当初のタイムとしては、とても良いものだと思いますし、何より2位のジャリン・ソロモン選手(トリニダード・トバゴ)、3位のジェレミー・ウォリナー選手(アメリカ)、4位のレニー・クォー選手(トリニダード・トバゴ)といった、海外の強豪選手を相手にしての優勝というのは、大きな価値が有ります。

 特に、ジェレミー・ウォリナー選手は、43秒45のベストタイムを持ち、2004年アテネ・オリンピックの400m競走の金メダリストであり、マイルリレーのアメリカ代表としても2つのオリンピック金メダルを獲得している強豪です。
 シーズン初めということを勘案しても、こうしたランナーを相手にしてのジュリアン選手の勝利は見事という他は有りません。

 ジュリアン選手は300mを32秒73(2016年4月)で走り切る、素晴らしいスピードを具備していますから、残り100mの持久力を向上させることが出来れば、世界大会の決勝で戦える可能性が十分に有ります。

 ジャマイカ人の父と日本人の母を持つウォルシュ・ジュリアン選手は、サニブラウン・アブデルハキーム選手と同様に、ハーフの日本人ランナーです。
 こうしたトップアスリートが増加していることは、本当に頼もしい限りです。
 
 「伸び盛り」という言葉が有りますが、現在のジュリアン選手はまさに伸び盛りなのでしょう。
 2015年シーズン終盤に一気に45秒台に突入し、2016年の今大会でも大きく記録を伸ばしました。
 「走れば自己記録を更新する時期」なのでしょう。

 この勢いで近々44秒台を物にして、リオデジャネイロ・オリンピックの代表権を獲得するのではないか、そして本番でも大活躍を魅せてくれるのではないか、と夢が広がります。

 素晴らしいスプリンターが登場しました。
 5月1日、鳥取市のコカコーラ・ウエストスポーツパークで開催された、日本パラ陸上競技選手権兼リオデジャネイロ・パラリンピック選手選考会で、山本篤選手が走り幅跳び(T42クラス・大腿切断など)の世界新記録6m56cmを樹立しました。
 デンマークのダニエル選手が保有していた6m53cmの記録を3cm更新したのです。
 自己記録を20cmも更新しての世界記録と報じられました。

 見事なジャンプでした。

 静かな助走のスタートから、ぐんぐんと加速し、踏切もドンピシャ、空中姿勢も良く、特に後半の伸びが素晴らしい飛越でした。最後の50cmの飛行が「世界新」を感じさました。
 そして着地も完璧。
 世界記録となるジャンプというのは、どの種目でも独特の雰囲気が有りますが、山本選手のこのジャンプにも「人知を超えた何か」が存在したと思います。

 34歳の山本篤選手は、2008年の北京パラリンピックで銀メダルを獲得しました。我が国の義足プレーヤーとして初めてのメダル獲得でした。
 その後、2013年・2015年の世界選手権大会で連覇、2010年・2014年のアジア・パラリンピック大会の100m競走でも優勝しています。アスリートして脂の乗り切った時期ということでしょう。

 走り幅跳びという種目は、極めて高度な技術を要する競技です。
 僅かなバランスの違い等により、記録が大きく左右されるのです。
 本番までのトレーニング・調整がとても重要なのでしょう。
 
 リオデジャネイロ・パラリンピックにおける山本篤選手の活躍が期待されます。
 アメリカ合衆国テキサス州オースティンの競技会で、オリンピックイヤーの緒戦を迎えた桐生選手は、100m競走で好調な走りを魅せてトップでゴールしました。

 向かい風1.4mというコンディションでしたので、タイムは10秒24という平凡なものでしたけれども、9秒台の記録を持つ選手が含まれたアメリカの5選手を抑えての1着は、大きな価値があると感じます。

 走り自体も、とても良いものであったと思います。

 これまでの桐生選手の走りは、30mから50mの加速で一気に前に出て、後半は粘るという形でしたが、このレースではスタートからゴールまで「とても滑らかな走り」でした。
 全体のバランスがとても良くなったという印象です。

 冬の期間のトレーニングの成果が出ているということでしょう。

 レース後、桐生選手は「今年は本当に調子が良い」とコメントしました。

 「日本人初の9秒台」と「リオデジャネイロ・オリンピックでの活躍」が楽しみなシーズンです。
 10月18日に鳥取で行われた、「布施スプリント」記録会の100m競走で、2度走って、2度10秒09を記録しました。

 1本目は、静かなスタートから力みの無いフォームで50m付近からリードを広げて、ゴールを駆け抜けました。追い風2.4mのレースでしたから参考記録とはなりましたが、本当に滑らかな走りであったと思います。

 2本目は、1本目と比較してスタートから力を入れた走り。上半身の動きも大きく、60m付近から他の選手を寄せ付けませんでした。今度は追い風0.3mでしたから、公認記録となり、今季日本最高記録タイでした。

 今季は故障に悩まされ続けてきた桐生選手でしたが、シーズン最後の大会で「それなりの」走りが出来たことは、来シーズンに向けての良い材料となったことでしょう。
 1日2本キチンと走れたことは、何よりでした。

 1本目と2本目は、相当に違う走りに観えました。1本目でこの日の調子を測り、2本目は少し体幹に力を入れてみたというところでしょうか。
 風速が2m以上違う中での同タイムですから、2本目の方が速かったことは間違いありません。

 一方で、2位のランナーとの差は、1本目・2本目とも同じ位であったように観えましたから、変な書き方で恐縮ですが、「共に10秒09の走り」であったのでしょう。

 ご本人は百も承知のこととは思いますが、このところの桐生選手の走りに共通している「30m~40mの加速」がいまひとつという課題は残ったと感じます。
 50m以降の「減速を最小限に抑える走り」は、とても安定しているように観えますから、来季の課題は「30m~40mの加速」ということになりそうです。

 日本男子短距離陣は、今年の世界選手権で相当の活躍を魅せてくれましたが、やはり華種目である100mのエース不在は、とても残念なことでした。

 桐生祥秀選手の、オリンピックイヤーでの活躍が期待されます。
 今大会の投擲種目における、ポーランドチームの活躍は見事でした。

 まず、8月23日の男子ハンマー投げでファイデク選手が金メダル・ノビキ選手が銅メダルを獲得して、チームに勢いを付け、27日の女子ハンマー投げでヴォダルチク選手が圧勝し、29日の男子円盤投げでマラチョフスキ選手が金メダル・ウルバネク選手が銅メダル、を獲得しました。

 3種目で、金3個、銅3個を得たのです。凄い成績です。

 そして、男子砲丸投げでもマイェフスキ選手が6位に、女子砲丸投げでもグバ選手が11位に食い込んでいます。

 やり投げを除く投擲種目全般で、ポーランドチームが大活躍を魅せた大会だったのです。

 もちろん、ポーランド投擲陣にはもともと伝統があり、実績も残して来ては居ますが、これ程集中してメダルを獲得することは無かったと思います。
 ベテランと若手が共に活躍している印象ですから、「選手育成」が上手く行っていることは、間違いないところでしょう。

 良いコーチが登場したのか、少年時代からの一貫強化体制が確立されてきているのか、強さが増した要因は分かりませんけれども、範とすべきものだと思います。

 今後も、ポーランド投擲陣の活躍から眼が離せません。
 今回の世界選手権大会における国別の金メダル獲得数では、ケニアとジャマイカが7個でトップでした。

 ジャマイカは、ウサイン・ボルト選手やフレーザー・プライス選手といったスプリンター陣の活躍により、多くのメダルを獲得しました。
 アメリカチームの不振もあって、短距離種目で圧倒的な力を示したのです。

 一方でケニアチームは、これまでの中長距離競走種目以外にも、男子400mハードルという短距離種目、男子やり投げという投擲種目でも金メダルを獲得しました。
 勢力範囲?を拡張しているのです。

 男子400mハードルのベット選手は、47秒79という今季世界最高記録を叩き出しました。素晴らしい走りでした。

 男子やり投げのイエゴ選手も92m72cmという今季世界最高記録をマークしての優勝でした。世界大会での90m越えという、驚異のパフォーマンスを示したのです。2001年以降、世界最長のスローなのですから、見事という他はありません。

 イエゴ選手は独学でやり投げを学びロンドン・オリンピックで12位となった時には「ユーチューブ・マン」と呼ばれていました。
 その後、アメリカに渡り専門的な指導を受けて、今回の快挙を実現したのです。

 21世紀に入ってから「長距離王国」の名を欲しい儘にしていたケニア国において、やり投げ・投擲種目を学ぶというのは、確かに難しいことだったと想像されます。

 ケニアは、まず10000m・5000mの長距離種目において世界トップクラスの実力を示しました。3000m障害種目に至っては「お家芸」の領域に入っています。

 続いて、800m・1500mという「歴史と伝統が必要な種目」、イギリス他の欧州各国が強い種目に進出しました。
 今大会でも、男子800mでルディシャ選手が金メダル、女子800mでサム選手が銅メダル、男子1500mでキプロプ選手が金メダル・マナンゴイ選手が銀メダル、女子1500mでキプイエゴン選手が銀メダルと、4種目で5個のメダルを獲得し、内2個が金メダルという、素晴らしい成績を残しました。
 既に、長距離陣の成績に匹敵する、あるいは凌ぐ成績ですので、「中距離王国」と呼んでも差し支えないでしょう。

 そして、2015年の大会で、短距離種目と投擲種目に金メダリストを輩出したのです。

 このまま強化が進めば、ジャマイカとアメリカが覇を争って来た、100m・200m・400mといった短距離種目の決勝に、ケニア選手が登場するのも時間の問題なのかもしれません。

 また、砲丸投げや円盤投げ、ハンマー投げといった種目の決勝においても、ケニアの赤いユニフォームが観られることになる可能性も十分あります。

 「ケニア人アスリートの極めて高いパフォーマンス」がどこから生まれるのか、世界中の陸上競技関係者が取組むべき検討課題になってきていると感じます。
 大会最終日に行われた、女子5000m競走は、最近の世界大会の長距離レースとしては珍しい?展開となりました。

 最近の世界大会における長距離競走種目は、着順に拘るあまり「スローペースの前半から残り1~2週のスパート勝負」になることが多いように思います。
 走破タイムは、世界記録には遠く及ばない遅いものになるのです。

 それはそれで面白い展開ですし、長い距離を走ってきたランナー達の余力・スプリント能力には感心させられるのですが、この展開ですと「スプリント力のあるランナーが勝つ」ことが多いのです。
 テレビ放送でもよく耳にする「まるで400m競走の様です」という言葉が、こういうレースの特質を良く表しています。
 
 「残り一周・ヨーイドン」の長距離レースは、ある意味では本当に短距離競走なのかもしれません。

 一方で、長距離種目には「相応に速いスピードで長く押す」というレース展開が有ります。当然ながら、5000m・10000mといった長距離種目の最高記録は、この展開から生まれているのです。
 本来の長距離競走の展開だと思います。

 しかし、メダル獲得が第一目標となるオリンピックや世界選手権のレースでは、この形のレースは中々見られません。常々残念なことだと感じていました。

 ところがこのレースは違いました。

 序盤に日本コンビが先行して、相応のペースを創り上げたことが主因であったのかもしれませんが、レースは半ば以降「速く長い脚」の争いとなったのです。

 エチオピアのアヤナ選手が先頭に立ちグイグイと引っ張ります。同僚のディババ選手が2番手に付けて、しばらくは追い縋りましたが、アヤナ選手のハイペースに付いて行くことができず、レースは1000m以上を残してアヤナ選手の独走となりました。

 アヤナ選手はどんどん差を広げ、ゴールでは80m位のリードであったと思います。
 金メダルと銀メダルの差が80mという、世界選手権大会の5000mレースとしては滅多に観られない圧勝でした。
 走破タイムも14分26秒83という大会新記録でした。

 このレースが大会新記録であったという事実が、過去の大会でこうした展開のレースが少なかったことを証明しています。

 こうした展開でアヤナ選手が優勝したことは、今後の世界大会における長距離競走に大きな影響を与える可能性があるでしょう。

 4600mを走った後の400mを凄く速く走る能力も大事ですが、3000mを速いペースで押し切る能力も、長距離レースに求められるスキルなのです。

 今大会の女子5000m競走は、オリンピック・世界選手権における長距離競走の展開を変えるものであったのかもしれません。
 大会最終日8月30日に行われた、女子5000メートル競走において、日本チームの二人の選手が活躍を魅せました。
 特に、9位に食い込んだ鈴木亜由子選手の粘り強い走りは見事でした。

 レースはスタート後しばらくしてから、日本の2選手が先頭に立ちました。
 尾西美咲選手が先頭に立ち、鈴木亜由子選手が2番手に付けて、先頭集団をリード。
 ペースを上げた日本コンビは、一時は後方集団を15m位リードしました。

 世界大会の長距離競走に良く観られる「超スローペースからのラスト1周勝負」というレース展開とは異なるレースとなったのです。

 さすがに世界一を争う大会の決勝レースですから、日本コンビの「独走」は長くは続かず、後方集団が追い付きました。

 追い付かれてからもしばらくの間は日本コンビが先頭集団を牽引しました。
 縦一列の体勢でしたが、日本の2人の後ろには8名の選手が続きました。
 「後ろに居る選手の内、ひとりでも破れば8位入賞できる」と思いました。

 このまま、日本コンビを先頭にした展開で4000m以降までゆっくりとしたペースで進むの可能性も有るかと思いましたが、2000m付近で後方集団がスパート、日本コンビは追い抜かれました。

 エチオピアのアヤナ選手が先頭に立ちディババ選手が2番手の体勢で、今度はこの2人が後方集団を引き離しにかかったのです。

 追い抜かれた日本コンビはというと、どんどん後方に下がって行くのかとも思われましたが、粘りの走りを展開しています。

 そして、独走となったアヤナ選手がゴールインし、後方で同じエチオピアのテフェリ選手とディババ選手が銀メダル争いを見せていた頃、9番手に居た鈴木選手も前を走るクイケン選手(オランダ)にアタックしました。

 残り50mを切って、鈴木選手は懸命に追い上げます。一時はほとんど並ぶところまで迫りましたが、ゴール手前でクイケン選手が再び加速し、ゴールでは2m程の差が有りました。

 鈴木選手にとっては「8位入賞」にあと一歩に迫った瞬間でした。素晴らしい頑張りでした。

 1~3位がエチオピア勢、4~7位がケニア勢という、2つの長距離種目王国が上位を独占したレースにおいて、鈴木亜由子選手は9位、尾西美咲選手は14位という成績を残したのです。
 日本女子チームとしては、力を出し切ったレースだったのではないでしょうか。

 特に、レースを牽引した序盤の走りと、その結果の関連性を考慮すれば、「自力勝負の重要性」は明らかでしょう。
 レース前に、レース内容をイメージして作戦を立て、怯むことなく実行していくことで、大きな成果・成長が得られるのです。

 後続を大きく引き離して先頭を切る、日本コンビの姿は本当に頼もしいものでしたし、無理をして飛ばしているようには観えませんでした。自分達の走りだったのでしょう。

 見事なチャレンジでした。鈴木亜由子選手と尾西美咲選手の健闘に、大きな拍手を送らせていただきます。
 イギリスのプロクター選手とセルビアのスパノビッチ選手の競り合いが続いていました。
 
 1回目の試技で7m01cmの飛びを魅せたスパノビッチ選手を、プロクター選手が7m07cmの跳躍で追い越しました。
 2人のジャンパーは、その後も好調な跳躍を続け、7mに迫る試技を連発していましたから、金メダル争いは2人に絞られたという展開でした。

 ところが6回目の跳躍で、3位に付けていたアメリカのバートレッタ選手が素晴らしいパフォーマンスを魅せたのです。7m14cmの大ジャンプ。
 「とても静かな感じのバランスの良い跳躍」であり、飛び終えたバートレッタ選手が「不思議そうに着地点の砂を見つめていた」シーンが印象的でした。

 2005年のヘルシンキ世界選手権大会・女子走り幅跳び種目において、6m89cmの記録で優勝したバートレッタ選手(当時の名前はマディソン)が、10年振りに世界チャンピオンに返り咲いた瞬間でした。

 2012年のロンドン・オリンピック100m競走種目で4位に入るなど、その競技能力は世界のトップクラスでした。
 しかし、不思議なことに世界大会での好成績には恵まれなかったのです。

 19歳で世界チャンピオンに就き、10年間無冠、29歳になって再び戴冠するというアスリートは、そう多くはないでしょう。

 ティアナ・バートレッタ選手の10年間のご努力に、敬意を表します。
 先行するトンプソン選手に並びかけて、胸ひとつシパーズ選手が出たところがゴールでした。
 「競り合い」と言う意味で、滅多に観られないタイプのレースであったと思います。

 スタートから4コーナーまでは、2コースのベロニカ・キャンベル選手(ジャマイカ)が飛ばしました。コーナーがきつく、走り難いとされる最インコースで見事なコーナリングを魅せて、直線入り口では1m程のリードを取りました。
 選手キャリアの終盤に差し掛かっていると見られている、オリンピック・世界選手権の金メダリストが、意地の走りを見せたというところでしょうか。

 直線を向いて20m程走ったところで、5コースのトンプソン選手(ジャマイカ)が出ました。素晴らしいスピードでした。

 200mという競技は、直線入り口辺りでトップスピードに達し、残りの80~90mは「減速を可能な限り抑える」走りとなるのです。
 従って、直線の前半でトップに立ったランナーが圧倒的に有利、ゴール手前で追い抜くというのは難しい種目です。ましてや世界選手権大会決勝レースですから、大きく減速するランナーは少ないのです。

 直線前半でリードを許したシパーズ選手(オランダ)は、しかし、腕を大きく振り大きなストライドで追い上げを開始しました。「減速を最小限に抑える」走りでした。
 届かないと観られましたが、じりじりと差を詰めてゴール寸前逆転しました。見事な走りでした。
 3着には前半飛ばしたキャンベル選手が粘り切りました。

 走破タイムも破格のレースでした。シパーズ選手の21秒63は大会新記録であり、トンプソン選手とキャンベル選手も21秒台でした。

 21世紀に入ってからは、男女を通じて「短距離競走種目は黒人ランナーの圧倒的優位」が続いていました。
 黒人、白人、黄色人といった肌の色による区別をすることについては、色々な見解が有るとは思いますが、スポーツを観て行く上で「事実」として捕えて行きたいと思います。

 その黒人ランナー圧倒的優位の時代に、白人ランナーとしてのシパーズ選手が世界選手権で優勝したのです。
 これは、ひょっとすると「ひとつのターニングポイント」となるレースであったのかもしれません。
 
 オランダのダフネ・シパーズ選手は、8月24日に行われた100m競走でも、優勝したフレーザー・プライス選手(ジャマイカ)に0.05秒差の銀メダルを獲得しています。
 200mで金、100mで銀というのは、今大会の女子スプリンターとして最高の成績と言えるでしょう。

 白人ランナーとしては、同じ28日に行われた女子100mハードル種目でも、ロールダー選手(ドイツ)とズバレン選手(スイス)が決勝に進出し、ロールダー選手が銀メダルを獲得しました。7台目ハードルから追い上げを開始して、優勝したウィリアムズ選手に0.02秒差まで迫ったところがゴールでした。優勝していても不思議の無いレースでした。

 シパーズ選手のみならずロールダー選手も、ジャマイカやアメリカの黒人ランナーと互角の戦いを展開したのです。

 2015年北京世界選手権大会は「白人女子スプリンター復権の大会」であったと、後世評価されるかもしれません。
 
 8月29日に行われた、女子4×400mリレー予選第2組で、日本チームが3分28秒91の日本新記録を樹立しました。

 着順は7位と、決勝進出は出来ませんでしたけれども、現在の実力を存分に発揮したレースでした。

 青山聖佳選手、市川華菜選手、千葉麻美選手、青木沙弥佳選手で構成された日本チームは、どの選手も300mまでスピードに乗った走りを見せ、ラスト100mで粘るという「勇気あるレース」に挑んでいたと感じます。

 400m競走という種目は、どのように走ってもラスト100mが非常に厳しい種目なのです。ラスト100mで大失速・バタバタになったらどうしよう、という恐怖がどんなランナーにも存在すると思います。

 それを怖れて、「前半抑え気味に走る」という誘惑が常に存在するのです。
 しかし、それでは記録は狙えない。

 「怯まず怖れず」最初から突っ込む走りが、記録に結び付くのでしょう。

 マイルリレーの日本女子チームは、個々の選手の走力を比較すれば、残念ながらまだ世界一を決める大会の決勝に進出する力は無いのでしょう。

 しかし、目の前に在るひとつひとつの壁をしっかりと乗り越えていくことで、世界との差を縮めて行くことが出来ます。
 そして、その勢いを感じます。

 レース後、電光掲示板を見つめ、表示されたタイムを観て歓喜の表情を浮かべた4人のランナーの様子が映し出されていました。

 日本チームは、間違いなく3分30秒の壁を破ったのです。
 見事なレースでした。
 今大会の日本チーム初のメダルが生まれました。

 世界選手権大会における日本競歩界史上初のメダルが生まれました。

 8月29日に行われた50km競歩で、谷井孝行選手が3位、荒井広宙選手が4位に入りました。

 スタートして間も無く、谷井・荒井の両選手がトップ集団というか、早々に抜け出したトス選手(スロバキア)を追う2番手グループに入り、レースを続けました。

 谷井・荒井両選手の「歩き」は、とても安定している印象でした。
 この「粛々としたプレー」を30km過ぎまで継続できたことが、好成績の要因でしょう。

 40kmを過ぎてから、ヒファーナン選手(アイルランド)やタレント選手(オーストラリア)が動きましたが、谷井・荒井コンビは決して慌てませんでした。

 一度遅れかけた荒井選手が、再びメダル争いに加わってきたことは、谷井選手に大きな勇気を齎したのでしょう。

 43kmを過ぎて、谷井・荒井の両選手が、先攻するヒファーナン選手に追い付きました。しばらくは3人で併歩する形となりましたが、谷井・荒井コンビが抜け出すのに多くの時間はかかりませんでした。

 45kmを過ぎて、1位トス選手、2位タレント選手、3位谷井選手の体制が整い、荒井選手が続きました。

 トス選手はスタート直後から先頭に立ち50kmを歩き切りました。本当に強いレースでした。

 2位のタレント選手から5位のヒファーナン選手までの4選手は、激しい競り合いの中で順位付けが行われた感じでしょう。
 このレースにおいては、日本チームにも2位の可能性が有ったことになります。

 日本競歩チームは、メダルが期待された20km種目での惨敗を見事に活かしました。
 チーム力の成果であったと思います。

 前々回大会・前回大会と9位という、入賞目前の結果を残していた谷井選手は一気に銅メダル獲得・世界3位に駆け上がりました。力を付けて来たのです。

 「日本競歩」の実力は、間違いなく上がっています。

 今大会初めて、日の丸が翻りました。
 いつ見ても、素晴らしい光景です。
 スタートから200mまでのスピードは、400m競走とは思えない速さでした。
 このようなリソースの使い方でゴールまで持つのだろうかと思いました。

 しかし、アリソン・フェリックス選手(アメリカ)は残りの200mも安定した走りを展開し、ゴールでも2位のミラー選手(バハマ)に3m位の差を付けて完勝したのです。
 8月27日の決勝レースでした。

 2005年以来これまで世界選手権で200m競走を中心に8つの金メダルを獲得してきたフェリックス選手ですが、400mの優勝は初めてでした。
 新しいアリソン・フェリックスの登場と言って良いのでしょう。

 2012年のロンドン・オリンピックで3つの金メダルを獲得し、2013年のモスクワ世界選手権大会200m決勝で故障を発症し途中棄権して以降、フェリックス選手の故障からの回復が注目されていました。
 そして今大会に出場したのですが、8月25日の準決勝では「軽やかで伸びやかな」フェリックス選手の走りに陰りが見えましたので、心配していました。

 杞憂でした。

 バックストレッチ、スタートから150m辺りを走るフェリックス選手のフォームの美しいこと。両太腿がトラックと平行なレベルまで上がり大きなストライドを示現していますが、それでいて体の上下動が極めて少ないという、フェリックス選手独特のランニングフォーム。間違いなく、最高のアスリートのパフォーマンスでした。

 フェリックス選手は蘇りました。女子選手としては歴代最多9個目の金メダルを獲得したのです。

 とはいえ、17歳時に世界デビューし、12年間に渡って世界のトップクラスで走り続けてきたフェリックス選手も29歳になりました。
 来年のリオデジャネイロ・オリンピックが最後の雄姿になるのかもしれません。
 ライブ中継で80mスローを観たのは初めてです。

 ポーランドのヴォダルチク選手の素晴らしい投擲でした。

 8月27日に行われた女子ハンマー投げの決勝は独壇場でした。

 
 1投目に74mを超える投擲を見せると、2投目に78mに記録を伸ばしました。
 これで金メダルは決まったと感じました。世界選手権大会における78mスローはとても高いレベルです。80mスローの実績を持つヴォダルチク選手とはいえ、世界大会で自己ベストに近いパフォーマンスを魅せるのは難しいであろうと思いました。

 ところが、3投目に80mを超えてきたのです。驚かされました。
 80m27cmのスローでしたが高い段道の見事な投擲でした。

 良いものを見せていただいたと感じていた4投目は、3投目以上に力強い印象でした。鉄球はぐんぐんと伸び、3投目のラインを超えました。80m85cm!
 素晴らしい試技でした。

 1投目から4投目まで、投げる度に記録を伸ばしたのです。投擲種目では珍しいことでしょう。
 加えて、投げ出し方向が投げる度に変わりました。1投目は左、2投目は右、3投目は中、そして4投目は左でした。リリースのタイミングが、1投毎に微妙に異なったのです。

 豪快なハンマー投げ種目のメカニカルで精緻な部分を感じさせる、1投毎の違いを見せながらも、投げる度に記録を伸ばしたことになります。これも凄いことです。

 このまま行くと、5投目では自己ベスト=世界記録、を超えて来るかと思われましたが、さすがに疲れが出たのか、5・6投目は記録が伸びませんでした。

 「女子ハンマー投げ」という発展途上の種目において、初めて80mの壁を突破したヴォダルチク選手は、この種目の歴史的パイオニアです。

 当分の間は無敵でしょう。
 特徴ある低いホップからステップ・ジャンプと滑らかに飛んでいると感じた瞬間、着地が18mを大きく超えました。

 場内には大歓声が上がりました。

 8月27日の男子三段跳決勝で、史上第2位の大ジャンプが生まれたのです。

 優勝争いは、キューバのペドロ・ピカルド選手とアメリカのクリスチャン・テイラー選手の一騎打ちでした。

 序盤はピカルド選手がリードしました。テイラー選手は、1回目・2回目と踏切板に触ることすらできませんでした。
 それでも、跳躍全体としてのバランスは悪くありませんでしたから、踏切で踏切板を踏むことが出来れば、相当の記録が出るであろうと感じられました。
 
 3回目の試技で、テイラー選手はようやく踏切板に足が少しかかり、17m60cmの好記録を出して、ピカルド選手に並びました。

 続く跳躍でテイラー選手が記録を伸ばしてトップに立ちました。

 そして6回目の試技から大ジャンプが生まれたのです。

 過去の大会でも、テイラー選手は最終・6回目の跳躍で好記録を残しています。テイラー選手は「6回目に強い」プレーヤーなのかもしれません。

 一方のピカルド選手は、その持ち味である「ふわりとしたホップ」がやや伸び悩んでいました。
 先行しましたが、一度テイラー選手にリードを許してからは、再逆転することは出来ませんでした。

 とはいえピカルド選手も、17m73cmという素晴らしい記録を残し、その能力の髙さを世界に示したことになります。

 今季18mジャンパーの仲間入りをした、クリスチャン・テイラーとペドロ・ピカルドの2人のジャンパーが、今後しばらくの間三段跳界をリードして行くのは間違いなさそうです。

 そして2人のライバルの切磋琢磨の過程で、あのジョナサン・エドワーズ選手の伝説の世界記録18m29cmを超える跳躍が観られる日も遠くないのでしょう。
 8月26日に行われた男子400m競走決勝は、素晴らしいレースになりました。

 決勝進出者を観ると、オリンピックチャンピオンのキラニ・ジェームズ選手(グレナダ)と世界選手権王者であり400m大国アメリカを代表するラショーン・メリット選手の争いを軸に、ボツワナのマクワナ選手と南アフリカのバンニーキルク選手が絡んでいく形かと考えましたが、レースはバンニーキルク選手の圧勝でした。

 見事だったのは、バンニーキルク選手のスタート後150mから320m辺りまでの170mの走りでした。200m19秒台という、メンバー中最高のスピードを如何なく発揮したのです。
 素晴らしいランでした。

 150m付近でスイッチを入れたバンニーキルク選手は、3コーナーから4コーナーで他の選手との差を広げ、直線に出て20m位までスピードを維持して、一時は4~5mのリードを取りました。

 そのバンニーキルク選手をメリット選手とジェームズ選手が追い上げます。

 ジェームズ選手は場内の大きなビジョンを観ながら走っていましたから、「十分に追い抜ける」と感じての走りであったと思いますが、バンニーキルク選手との差はなかなか詰まりません。

 ラスト100mの強さに定評があるメリット選手もスパートしましたが、こちらも思ったようには差が縮まらない。

 既に脚を使い切って、余力だけで走り続けるバンニーキルク選手の方は、ゴールまで10メートルの地点で脚が動かなくなり、倒れ込むようにゴールしました。ゴールがあと5m先なら倒れていたのではないかと思います。
 
 バンニーキルク選手は「持てる能力を120%に出し切った」レースをしたと感じます。
 一方、ジェームズ選手とメリット選手は「追い上げが不発」という印象ですが、走破タイムを観れば、こちらも100%の力は出し切ったのでしょう。

 結果として、素晴らしいレースとなりました。

 優勝したバンニーキルク選手のタイムは43秒48、2位のメリット選手は43秒65、3位のメリット選手は43秒78でした。どの選手の記録も世界大会の優勝に相応しいレベルでしょう。

 特に、43秒48という「48秒台前半」のタイムを叩き出したバンニーキルク選手は、生涯最高の走りだったのではないでしょうか。

 「遠い夢・不滅の大記録」と言われているマイケル・ジョンソン選手の世界記録43秒18が、少し近くに見えてきました。

 世界は日々進歩しているのでしょう。
 世界選手権大会の男子200m準決勝に進出した24名のランナーの中に、日本人ランナーが3名も含まれていたのです。史上初めてのことです。

 惜しくも決勝進出は成りませんでしたが、藤光謙司、高瀬彗、サニブラウン・ハキームの3選手の素晴らしい健闘であったと思います。

 世界大会の短距離種目の予選で、「自己ベストに近いタイム」を叩き出すことは、どんなランナーにとっても容易なことではありません。残念なことですが、日本人ランナーにとっても難しいことでした。

 それが今大会は違いました。
 藤光選手が20秒28、高瀬選手が20秒33、ハキーム選手が20秒35、と3選手とも自己ベストに近い、そして「世界選手権大会の予選を通過するに十分な水準」の記録をマークしたのです。

 準決勝では3選手とも、予選より記録を落としてしまい決勝進出は逃しました。「決勝進出を逃したことよりタイムを落としたこと」の方が余程悔しいであろうと感じます。
 今自分が出来るベストパフォーマンスを、世界大会の場で発揮したいと考えるのが、トップクラスのアスリートなのだと思います。

 記録が落ちた理由は諸点あるのでしょうが、レース後ハキーム選手が述べていた「予選の疲労が予想以上だった」という辺りが主因ではないでしょうか。
 日本人トリオは、世界大会で「相応の余裕を持って予選を突破、準決勝でベストパフォーマンスを示す」レベルには、まだ達していないのでしょう。

 「職人」藤光謙司、「求道者」高瀬彗、「怖いもの知らず」サニブラウン・ハキーム。日本男子200m陣には、個性豊かなプレーヤーが揃いました。
 切磋琢磨して走力向上を目指して行く体制が整った感じでしょうか。

 レース後の高瀬選手のコメントが心に響きました。
 「力を付けなければならない」と。
 「92m72cm」、この投擲をテレビのライブ放送で眼にすることが出来たことに感謝します。
 度肝を抜かれました。

 やり投げ種目における「90mスロー」というのは、滅多に眼にすることが出来ないのです。世界各地の大会を見渡しても、数年に一度のプレーです。今回は4年振りとのこと。

 数年に一度しか観られないスローが、小さな大会では無く8月26日に行われた世界陸上2015の決勝3投目・ケニアのジュリウス・イエゴ選手から生まれたのですから、本当に凄いことだと感じます。

 また、この大会の男子やり投げ種目のレベルの高さにも驚かされました。

 決勝が行われる前、金メダルは87~88m、銀は85~86m、銅は84~85m位ではないかと予想していました。やり投げのように高い技術・精神力を必要とする種目では、大きな大会の決勝で自己ベストを出していくことは、どんなに強いプレーヤーにとっても容易なことでは無いからです。

 従って、予選を84m台の好記録で突破した新井涼平選手にも十分にメダル獲得のチャンスが有ると観ていました。

 1投目は予想通りでした。なかなか80mスローが観られません。とはいえ、75mを優に超える投擲が続きましたので、いつもの世界大会より各選手の調子が良いと感じていました。「失敗スロー」が少ないのです。

 そして、新井選手が1投目に80mを超える試技を見せてから、80mスローがポンポン飛び出しました。2投目にエジプトのエル・サエド選手が88m99cmの素晴らしい試技を魅せてからは、各選手が存分に記録を出し始めたのです。
 とても不思議な、そしてとても凄まじい投げ合いとなりました。

 新井選手の2投目83m07cmという記録は、通常ならば4投目以降に進むのに十分な記録の筈でした。それが9番目となり進めませんでした。それ自体が驚きでした。

 結果として、1位が92m台、2位が89m近く、3位から5位が87m台、6位が86m台という、極めてハイレベルな大会となったのです。

 何故、このように素晴らしい試技が連発される大会となったのかは分かりません。ほとんど無風でしたし、暑さも残っていたと思われますし、争っていたタイトルは「世界チャンピオン」なのです。

 素晴らしい闘いを魅せていただいた選手の皆さんに、大きな拍手を送ります。
 8月23日に行われた男子100m競走決勝は、ウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)が9秒79のタイムで優勝しました。

 2着にはアメリカのジャスティン・ガトリン選手が入りました。100分の1秒の僅差の勝負でした。

 ボルト選手は、昨シーズンから故障であまり走れませんでした。
 今シーズンになって大会にも出場できるようになりましたが、タイムは伸びませんでした。

 一方、ドーピング疑惑から「出場停止」措置が続いていたガトリン選手は、大会に出場できるようになって以来、全盛時を超えるような走りを見せ続けていました。
 今シーズンも9秒70台を連発していましたから、絶好調で今大会に入ったと伝えられました。

 予選・準決勝の走りも、ガトリン選手は軽快そのもの。好調さを見せつけるレース内容でした。

 一方のボルト選手は、予選では余裕を見せた走りでしたが、タイムは10秒をやっと切るレベル。特に40mから60mにかけての走りは、世界記録9秒58を出した時の走りには程遠いものでした。

 ボルト選手の準決勝も、厳しい内容でした。
 スタートから4歩目・5歩目で躓きバランスを崩したのです。そこから体勢を立て直して追い込みを開始、ゴール寸前で先頭に立ちました。
 ギリギリのレースでしたし、タイムも9秒70台のガトリン選手に対して、9秒90台でしたから、「0.2秒差=大差」の感が有りました。

 ところが、ボルト選手の準決勝のスローモーション再生を観ると、70m付近から「左側の先行するランナー」を観続けています。
 ひょっと「余裕を持ってゴール寸前で捕まえた」のかもしれない、と思いました。
 
 風の状態も、ガトリン選手の準決勝は追い風、ボルト選手の時は向かい風でしたので、0.2秒の差は、実はそれ程大きなものでは無いのかもしれないと、考え直しました。
 
 決勝レースは、予想通りの接戦となりました。

 ガトリン選手のスタートは予選・準決比少し固さが観られました。スムーズさに欠けていたのです。
 ボルト選手のスタートは今大会一の出来でした。

 40m~60mの走りは、ボルト選手が勝りました。60mを過ぎた辺りでは、既にガトリン選手に並んでいたと思います。

 70mからゴールまでの走りは両選手とも良くないものでした。

 ボルト選手も好調時のような力強さが有りませんでした。しかし、ガトリン選手はもっと悪かったのです。バランスを崩して、準決までの軽やかな走りは影を潜めました。体の軋む音が聞こえるような走りに観えました。

 この差が、ゴール前の僅かな差に結び付いたものと思います。

 ボルト選手は、昨シーズンの故障からまだ回復途上にあるのではないでしょうか。
 好調時の8割位の出来なのではないかと思います。

 そうした状況でも世界選手権大会で優勝するのですから、ボルト選手はその強さを改めて示したのでしょう。

 また、ガトリン選手に加えて、アサファ・パウエル選手やタイソン・ゲイ選手といったベテラン選手・かつてのチャンピオンが並んだ決勝メンバーを観ると、「ボルト選手を脅かす若手ランナーは育っていない」ようにも感じられます。

 現在の男子100m界は「ボルト選手一強時代」なのでしょうか。

 ボルト選手には、リオデジャネイロ・オリンピック2015までの間にコンディションを整えていただき、本来の走り=史上最強スプリンターの走り、を再び魅せて欲しいものです。
 陸上競技の世界選手権大会2日目、男子400m予選が行われました。
 準決勝に進出するためには、各組の3着までに入り、4着以下の選手の中からタイム上位6名に入らなくてはならないレギュレーションです。

 世界最高レベルの大会ですから、大体「各組の上位2名が44秒台半ば、3着が45秒前後」というのが目安となります。予選から、相応のタイムを叩き出さなければ、次には進めないのです。

 それ位の物差しで予選レースを観ていましたが、第2組で驚くべき記録が出たのです。

 [男子400m予選・第2組の結果]
1着・マスラヒ選手(サウジアラビア) 43秒93
2着・マクドナルド選手(ジャマイカ) 43秒93
3着・マクワラ選手(ボツアナ) 44秒19
4着・ルーニー選手(イギリス) 44秒45
5着・ボネバチア選手(オランダ) 44秒72
6着・マスラ選手(チェコ) 45秒16

 予選で43秒台が出たのです。それも2人。

 頭書の様に、各組の1・2着に入るには44秒台半ばという、概ね自己ベストのタイムを出してこなければならないのですが、一方で「43秒台」というのは「決勝でメダルを争うタイム」ですから、43秒台の記録を保持している有力選手でも、なかなか(というか滅多に)予選では出しては来ない記録なのです。

 それが、同組・同タイムで2人のランナーが出してきた、それもメダルを狙えるレベルとは観られていなかったランナーが叩き出してきたのですから、驚きです。

 全体として「記録が出やすい環境」であったのかというと、そんなことは無く、第1組の1着・バーバーグ選手(アメリカ)は44秒43、第3組の1着・メリット選手(アメリカ)は44秒51、第4組の1着・ジェームズ選手(グレナダ)は44秒56、第5組の1着・ユスフ選手は45秒24、第6組の1着・バンニーキルク選手(南アフリカ)は44秒42、と概ね予想の範囲内の記録でした。
 そして、各組の1着には「メダルを争うメンバー」がズラリと並んでいます。

 そうなると、第2組だけが「尋常ではないタイム」で走ったということになります。いったい何が起こったのでしょうか。

 1着・マスラヒ選手は「アジア新記録」でした。もともと「アジアの英雄」と呼ばれている400mランナーですが、この予選で自己ベスト・サウジアラビア記録・アジア記録を更新した上に「43秒ランナーの仲間入り」を果たしました。

 2着・マクドナルド選手も「ジャマイカ新記録」でした。あの短距離王国ジャマイカの新記録を予選で記録したのです。5着・ボネバチア選手も「オランダ新記録」でした。

 そして、第2組からは5着のボネバチア選手までの5ランナーが準決勝進出を果たしました。また、この組の最下位・6着のマスラ選手でも第5組の1着よりタイムが良かったのです。
 第2組は「圧倒的なレベル」であったことになります。

 第2組に有力選手が集まっていたのであれば、有り得ないことでも無い(それでも予選で43秒台はなかなか出ないと思いますが)のですが、第2組で大会前に「メダルが期待される選手」として指摘されていたのは、3着に入ったマクワラ選手だけでしたから、この好タイムは、やはり不思議です。

 穿った見方で恐縮ですが「レース中ずっと追い風」であったのではないか、「風が回っていた」のではないか、とも考えてしまいます。
 そうでなければ、走り切った6名の選手全員のタイムが良いというのは、説明が付かない様に思うのです。

 他の種目を観ていても、この日の北京オリンピックスタジアムは風向きが頻繁に変わっていました。
 本来、400メートルトラックを一周する種目で、どこを走っても追い風ということは起こり難いことなのでしょうが、次々と風向きが変わるという「奇跡的な偶然」が発生したのかもしれません。

 そんなことをさえ考えさせられてしまうレースでした。

 もちろん、そうした偶然が有ったからと言って、43秒台が2人も出た予選レースの価値がいささかも損なわれるものではありません。

 素晴らしいレースでした。
 2015年の全国高等学校総合体育大会(インターハイ)・陸上競技男子100m競走は、大嶋健太選手(東京高校)が10秒29の好タイムで優勝しました。この種目2連覇という快挙でした。

 先日の世界ユース選手権大会で優勝したサニブラウン・ハキーム選手(東京・城西高校)は、10秒30のタイム・100分の1秒差で2位でした。

 世界ユースで二冠のハキーム選手が、日本国内のインターハイで勝てなかったことについては、種々の見方が有ると思いますが、私は「日本スプリント界のレベル向上」を示す結果だと思います。
 その意味では、素晴らしいことだと考えます。

 ハキーム選手の走りやタイムが極めて悪かったというならともかく、観る限り相応のレースを展開していました。
 スタートで少し出遅れたものの、40mを過ぎた辺りから前を行くランナーを次々と抜き去り、大嶋選手に迫ったところがゴールでした。10秒30というタイムも、十分にインターハイ優勝レベルのものですから、このレースは「大嶋選手の方が強かった」ということになります。

 世界大会で圧倒的な強さを魅せたランナーと互角以上に戦えるランナーが、国内に居るというのは素晴らしいことだと感じます。
 切磋琢磨するライバルが身近にいるということは、アスリートの成長にとってとても大切なことでしょう。

 10秒30を切るという優勝タイムも含めて、日本の高校生スプリンターのレベルは本当に高くなりましたし、その選手層も厚くなってきています。

 日本男子スプリント界の将来に、大いなる夢を抱かせるレースであったと思います。
 南米コロンビアで開催されていた、陸上競技の世界ユース選手権大会で、東京城西高校のサニブラウン・アブデル・ハキーム選手(16歳)が、男子100m競走・200m競走の2種目に優勝しました。

 7月15日に行われた100mは10秒28、19日に行われた200mは20秒34と、共に好タイムでした。

 特に200mは、あのウサイン・ボルト選手がユース時代の2003年に記録した20秒40の大会記録を更新するタイムでしたので、日本はもちろんとして世界中の注目を浴びることとなったのです。

 先日の日本選手権大会の100mで3位、200mで2位に入り、今大会でも記録を伸ばしています。16歳のランナーは、まさに伸び盛りなのです。

 何より、その「走りっぷり」が素晴らしいと思います。
 「スタート直後から前に出て、後半も緩むことなく差を広げる」という完勝。何が上手い・得意というよりも、走り全体のバランスの良さを感じさせます。

 身長188cm・体重75kgという恵まれた体躯はとても魅力的です。
 この世界ユース大会でも、2位・3位に入ったランナーより長身でした。身長196cmを誇るウサイン・ボルト選手程ではないにしても、「大きなストライドを保持」していることは間違いありませんから、今後全身の筋力強化・筋肉稼働スピードのアップを図ることで、さらに記録が伸びることが十分に期待されます。

 ハキーム選手は、父親がガーナ人、母親が日本人です。こうした日本人アスリートは、今後全ての競技において、どんどん増えて行くことでしょう。ある意味では、国際化が急速に進む日本社会の象徴的な存在と言えるのかもしれません。

 優勝後のインタビューにおける、ハキーム選手の笑顔が印象的でした。
 
 世界陸上やオリンピックにおけるハキーム選手の大活躍が期待されます。
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