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 今年、第63回を迎える有馬記念競走における最多勝騎手の記録は「3勝」です。
 そして5人の騎手が、この記録を保持しています。

 最初の勝利が古い順に記載すると

① 田原成貴騎手(第28回、第38回、第40回)
② 岡部幸雄騎手(第29回、第30回、第33回)
③ 武豊騎手(第35回、第51回、第62回)
④ オリビエ・ペリエ騎手(第47回、第48回、第49回)
⑤ 池添謙一騎手(第54回、第56回、第58回)

 の5名です。

 田原騎手は、1983年のリードホーユーで初勝利を挙げ、1993年のトウカイテイオー、1995年のマヤノトップガンと勝ちました。
 マヤノトップガンは主戦で戦っていたと記憶していますが、リードホーユー、トウカイテイオーと田原成貴という印象が有りませんでしたので調べてみました。両馬とも「有馬記念のみ田原騎手」でした。大レースのテン乗りでいきなり成果を出す、それも2度というのは、「田原成貴の面目躍如」たるものが有ります。

 岡部騎手は、1984年と85年のシンボリルドルフと1988年のオグリキャップでの3勝。
 シンボリルドルフはお手馬ですが、オグリの方はこのレースのみの騎乗でした。通算32戦も走ったオグリキャップに1度だけ乗って、それが有馬記念優勝というのは、やはりさすがです。

 武豊騎手は、1990年のオグリキャップ、2006年のディープインパクト、そして昨年2017年のキタサンブラックの3勝です。10年以上の間を空けての3勝というのも、なかなか出来ないことでしょう。

 オリビエ・ペリエ騎手は、2002年と03年のシンボリクリスエス、2004年のゼンノロブロイの3勝。両馬ともに「とても強い勝ち方をした」レースでした。強い馬に乗って、キッチリと勝つというのは、上手い騎手の証明でしょう。
 フランスのペリエ騎手は、中央競馬における外国人騎手のパイオニアです。「短期免許」で来日して、3年連続有馬記念制覇というのは、「空前絶後」の快挙でしょう。

 池添謙一騎手は、2009年のドリームジャーニーと、2011年と2013年のオルフェーヴルの3勝です。
 有馬記念最多勝調教師の池江泰寿師の元で、しっかりと仕事をしたというところでしょう。

 こうして見ると「2勝馬の騎手」が3名、岡部騎手とペリエ騎手と池添騎手ということになります。
 やはり、最高峰のドリームレースで3度もグランプリジョッキーとなるからには、「2勝馬」の鞍上というのは有利な条件となります。もちろん、2勝馬を生み出す原動力となっていることも間違いありません。

 田原騎手と武豊騎手は、異なる3頭での3勝です。
 とても難しいことを成し遂げています。

 さて、「外国人騎手の活躍」が目立つ2018年ですが、その大将格のひとりであるクリストフ・ルメール騎手は、既に有馬で2勝を挙げています。
 2005年のハーツクライと2016年のサトノダイヤモンドです。

 2005年は、ペリエ騎手3連勝を受けての4年目=外国人騎手4年連続優勝のレースとなります。
 もちろん、この頃のCルメール騎手も「短期免許」で乗っていたわけですが、パイオニアであるペリエ騎手の薫陶を受け、早くから日本競馬に馴染んでいたと言えるのでしょう。

 そのCルメール騎手の3勝目が成るのか、他の外国人騎手の馬が勝つのか、日本人騎手の巻き返しが有るのか、2018年の中央競馬を締めくくる夢のレースが迫りました。
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 12月16日、阪神競馬場芝外回り1600mコースで実施される、第70回朝日杯フューチュリティステークスFS競走G1の注目馬検討です。

 2004年から牝馬も出走できるようになり、「2歳最強馬決定戦」と位置づけられたものの、2017年までは牡馬しか優勝していませんので、20世紀から引き続いて「2歳最強牡馬決定戦」と目されている朝日杯FSですが、今年は少し様相が異なります。

 2018年のレースは「2強対決」の色合いが濃いと思います。
 そして2強の一角が牝馬なのです。

 同レベルの2頭が争うとなれば、「斤量」の影響も考慮しなくてはなりません。朝日杯FSの斤量は、牡馬55kg、牝馬54㎏と牝馬の方が1kg軽いのです。
 微妙な斤量差です。

 さて、注目馬です。

 第一の注目馬は、2枠2番のグランアレグリア。
 2戦2勝の牝馬です。前走サウジアラビアロイヤルカップG3は、牡馬陣を相手に2着に3馬身以上の差を付けて圧勝しました。父はディープインパクト、母の父はタピット(2014~16年の北米リーディングサイアー)、母の父の父はプルピット(シアトルスルー系の名種牡馬)という、超良血でしょう。パワー十分な血統ですからゴール前の競り合いに強そうです。「初の牝馬による優勝」も夢ではないでしょう。

 第二の注目馬は、4枠6番のアドマイヤマーズ。
 3戦3勝。同世代の牡馬NO.1との呼び声も高いサラブレッドです。グランアレグリアが出走してこなければ、このレースの「大本命」となっていたことでしょう。前走デイリー杯2歳ステークスG2も安定したレース内容で勝ちました。牡馬陣の大将格として、ここは負けられないところです。

 第三の注目馬は、6枠11番のケイデンスコール。
 前述の「2強」とは少し差がある感じですが、こちらも重賞ウイナー。前走新潟2歳ステークスG3ではゴール前の競り合いを制しました。父は、現在注目のロードカナロア。成長分に期待します。

 今回は、以上の3頭に注目します。

 「牝馬の朝日杯優勝馬が出るのか」が最大のポイントでしょう。

 朝日杯フューチュリティステークスFSは、阪神ジュベナイルフィリーズJFと共に2001年から行われています。
 2000年まで行われてきた「朝日杯3歳ステークス」からの呼称変更(馬齢表示の国際基準への変更に伴って)により誕生したのです。

 朝日杯FSは、2003年までは「2歳最強牡馬」を決めるレースでした。2004年以降は牝馬も出走できるようになりましたから「2歳最強馬」を決めるものとなりましたが、現実には勝ち馬は牡馬ばかりですので、現在でも「2歳最強牡馬」決定戦という色合いが強いレースだと思います。

 さて、2001年から2017年までの「2歳最強牡馬」17頭の翌年のクラシックレースの成績を見てみましょう。
 朝日杯FSの勝ち馬で、翌年のクラシックレースに優勝したのは、以下の通りです。

① 2012年 ロゴタイプ 皐月賞

 なんと1頭しか居ないのです。
 全体的に観て、朝日杯FSの勝ち馬は、皐月賞や日本ダービーに勝利する以前に、出走すること自体が、なかなか難しい様子です。

 前回の記事で「阪神JFとクラシックレースの関係」を見て、「17頭の内5頭しか」クラシックレースに勝てていないことを書きましたが、朝日杯FSは「17頭の内1頭」しか勝てていないのです。

 これは明確に「朝日杯FSの勝ち馬と皐月賞・日本ダービーの勝ち馬に相関関係は無い」と言って良いでしょう。

 別の言い方をすれば「朝日杯FSの勝ち馬」と「クラシックレースの勝ち馬」は、「別のタイプ」ということになります。

 それにしても、「2歳最強牡馬」がレースを積み、調教を重ねても、3歳時のクラシックレースに歯が立たないというのは、やはり不思議な感じがします。

 朝日杯の勝ち馬は「早熟馬」ということになるのでしょうか。

 20世紀においても、1993年の朝日杯3歳ステークスに優勝したナリタブライアンが「三冠馬」になった例は有っても、シンザンやミスターシービー、シンボリルドルフ、ディープインパクトは、朝日杯FSに相当するレースに勝ってはいません。というか、出走していないと言った方が正確でしょう。
 従って、20世紀においても「2歳時に強い馬と3歳時に強い馬は別」という傾向はあったのです。

 21世紀になって、その傾向が一層顕著になったということになります。

 「17頭の内1頭・51冠の内1冠」となれば、変な書き方で恐縮ですが「クラシックレース=皐月賞・日本ダービー・菊花賞に勝ちたければ、朝日杯FSには勝ってはならない」ということになります。

 とはいえ、やはり「2歳時に強かった馬」が「3歳時にはパッとしない」というシーンばかりを見続けるというのも、競馬ファンとしてはいかがなものかと感じます。
 血統や連勝、不敗馬、ライバル対決といった視点から、サラブレッドの競馬においては「連続性」がとても重要なものでしょう。
 2歳と3歳の間に「大断層」が存在するというのは、競馬の本質から離れすぎているという見方もありそうです。

 数年に一度位は「朝日杯FSとクラシックレースの両方に勝利するサラブレッド」の誕生を見てみたいものだと思うのです。

(2015年12月16日付の記事「[競馬コラム159] 朝日杯フューチュリティステークスと日本ダービー」と同じような趣旨の記事になってしまいました。[競馬コラム159]と似ていることは、本記事を書いた後に気が付きました。この趣旨についての思いが強いことをご了解いただき、ご容赦くださればと思います。)
 12月9日、阪神競馬場芝外回り1600mコースで行われる、第70回阪神ジュベナイルフィリーズ競走G1の注目馬検討です。

 阪神の外回りですから、スピードだけで押し切るのは難しいレースです。
 ゴール前100mの勝負強さ、別の言い方をすれば、しっかりした「しまいの脚」が無ければ勝利は覚束ないのでしょう。
 デビュー戦から、「長めのレース」を戦っている馬が有力となります。

 さて、注目馬です。

 第一の注目馬は、2枠4番のシェーングランツ。
 前走アルテミスステークスG3は、上がり33秒8の末脚で差し切りました。2着馬とは1/2馬身差しかありませんでしたが、それ以上の差を感じさせたのです。枠順にも恵まれました。このレースを勝つようなら、世代の代表牝馬となるでしょう。

 第二の注目馬は、7枠13番のダノンファンタジー。
 前走ファンタジーステークスG3は、2着馬に1・3/4馬身差を付ける快勝でした。やはり、上がり33秒8の脚を使っています。1800mのレースの経験は無いのですが、しっかりした末脚で勝ち負けのレースをしてくれそうです。

 第三の注目馬は、3枠5番のメイショウショウブ。
 前走デイリー杯2歳ステークスG2は、牡馬アドマイヤマーズから3/4馬身差の2着と健闘しました。この時期から牡馬を相手に走るのも、陣営の将来を見据えての方針でしょう。牡馬陣と渡り合った彼女の粘り強い走りに期待します。

 今回は、以上の3頭に注目です。

 香港国際競走2018との関係から、今週は外国人騎手が少ないG1となっています。

 香港国際競走デイの各レースに引けを取らない、「立派な競馬」を期待しています。
 阪神3歳牝馬ステークスの呼称が阪神ジュベナイルフィリーズに変わったのは2001年です。
 中央競馬会が馬齢表示を国際基準に合わせたことに伴っての変更でした。
 従って、阪神ジュベナイルフィリーズJFは21世紀と共に歩んできているのです。

 阪神JFは、「2歳最強牝馬」を決めるレースですが、このレースに勝利したサラブレッドが、翌年のクラシックレースでどのような成績を残しているかを、今回は見て行こうと思います。

 阪神JFの勝ち馬で翌年のクラシックレースに勝利したのは、以下の通りです。

① 2006年 ウオッカ 日本ダービー
② 2007年 トールポピー オークス
③ 2008年 ブエナビスタ オークス
④ 2009年 アパパネ 桜花賞、オークス
⑤ 2016年 ソウルスターリング オークス

 2001年から2017年まで、17頭の阪神JF勝ち馬の中で、クラシックレースに勝っているのは5頭です。
 「2歳最強牝馬」としては少ないという印象です。

 また、2016年のソウルスターリングを除けば、2006年~9年に集中しています。
 ウオッカ、トールポピー、ブエナビスタ、アパパネと続く4頭ですが、この頃は「阪神JFに勝つとオークスに勝つ」という感じがしたものです。(ウオッカは日本ダービーに勝っていますが、この頃は阪神JF勝ち馬は3歳になって、2400mのレースに強いという時期だったのでしょう)

 ところが、「突然」のように、2010年から「阪神JF勝ち馬はクラシックレースに縁が無い」状況になってしまいました。
 これは、とても不思議なことです。

 2006年から2009年までの2歳牝馬と、2010年以降の2歳牝馬の「違い」はどこにあるのでしょうか。

 2016年のソウルスターリングは持込馬ですから、我が国の生産と調教の方法が、2009年と10年の2歳馬において変化した可能性はあるのでしょう。

 2010年以降は「2歳最強牝馬」と「3歳クラシック牝馬」との関連性は、とても薄くなってしまいました。
 別の言い方をすれば、「2歳時に強い牝馬」と「3歳時に強い牝馬」は異なると言えるのかもしれません。
 さらに別の言い方をすれば、「2歳で勝つ調教」をすると「3歳では勝てなくなる」という傾向が有るのかもしれないのです。

 阪神JFというG1レースを勝つことが出来れば、クラシックレースは勝てなくとも良い、という考え方もありそうですが、出来ることなら時々は「2歳最強牝馬」が桜花賞やオークスで勝利する姿も観たいものだと感じます。

 阪神ジュベナイルフィリーズ2018の勝ち馬は、2019年にどのような走りを見せてくれるのでしょうか。

 12月2日、中京競馬場ダート1800mコースで開催される、第19回チャンピオンズカップ競走G1の注目馬検討です。

 20世紀最後の年2000年から、ジャパンカップダート競走として2013年まで催行されたレースが、2014年から名称も変更して中京競馬場での開催となり、19回目を迎えました。
 当初2100mだった距離も1800mに定着しています。

 ダート界では、カネヒキリやトランセンドなど「一時代を築く」強豪馬が出やすいと感じられますが、2015年以降はそうした絶対的な存在の馬が居なくなり、戦国時代の様相を呈してきました。
 加えて、2017年のこのレースの覇者ゴールドドリームが回避しましたので、基本的には「混戦模様」ということになるのでしょう。

 さて、注目馬です。

 第一の注目馬は、2枠2番のルヴァンスレーヴ。
 前2走、ジャパンDD、MCS南部杯とダートG1を2連勝中です。通算成績も7戦6勝・2着1回と安定感抜群。3歳ですのでキャリアは浅いのですが、ここを勝つようなら「2019年の絶対王者」誕生ということになるかもしれません。

 第二の注目馬は、6枠11番のオメガパフューム。
 前走JBCクラシックG1はケイティブレイブの2着と健闘。通算成績は7戦4勝・2着2回・3着1回と安定しています。今後のダート界を背負って行く3歳馬勢の一角として、活躍が期待されます。

 第三の注目馬は、5枠8番のケイティブレイブ。
 JBCクラシック2018の優勝馬ですから、現在のダート界NO.1の存在と言って良いでしょう。2018年3月からの4戦は、3勝・2着1回と安定しています。伸び盛りの3歳勢を相手にしての古馬代表として、勝ち負けのレースが期待されるところです。

 今回は、以上の3頭に注目します。

 2019年のダート界の勢力図を占うレースとなるでしょう。

 2005年12月のステイヤーズステークス勝ち馬がデルタブルースです。

 デルタブルースは競走馬として重賞を3勝していますが、そのいずれもが3000m以上のレースでした。
 2004年の菊花賞(3000m)、2005年のステイヤーズS(3600m)、そして2006年のメルボルンカップ(3200m)です。
 父ダンスインザダークから受け継いだのでしょうか、21世紀の中央競馬では指折りのステイヤーでしょう。

 デルタブルースは2歳11月のデビューから5戦勝ち上がることが出来ず、初勝利は3歳4月の未勝利戦でした。
 その後も条件戦を戦いながら3歳10月の九十九里特別(2500m、1000万条件戦)を勝利して、ようやく菊花賞に出走することとなりました。

 2004年の第65回菊花賞、デルタブルースは8番人気という、その戦績から見れば高い人気を得ました。ファンは、そのステイヤー血統を認識していたのでしょう。
 そして、このレースを見事に勝ちました。
 2着のホオキパウェーブに1・1/4馬身差を付けての初重賞勝利が、クラシックレースだったのです。

 「菊花賞馬」となったデルタブルースは、その後ジャパンカップ(2400m、ゼンノロブロイの3着)、有馬記念(2500m、ゼンノロブロイの5着)、アルゼンチン共和国杯(2500m、サクラセンチュリーの5着)と重賞を連戦しますが、少し距離が短い?のか、善戦はするものの勝てません。

 そして2005年12月の第39回ステイヤーズステークスに出走しました。
 3600mとなればデルタブルースの距離ですから、1番人気に応えて、2着の牝馬エルノヴァとの競り合いを制して、久し振りの勝利を挙げたのです。

 5歳の秋には戦いの場をオーストラリアに求め、23頭立ての長距離G1レースであったメルボルンカップ2006に挑みました。
 日本からの遠征馬ですから7番人気でしたが、1番人気のポップロックをアタマ差抑えて、見事に優勝。岩田康誠騎手とのコンビで海外G1制覇を成し遂げました。

 デルタブルースは故障がちの馬でもありましたから、個人的には「そろそろ引退かな」と思いましたが、この後7歳まで11走もするのです。
 G1を2つ勝っているので、当然出走レースもG1中心となりましたから、ディープインパクト、メイショウサムソン、アドマイアムーンといった強豪馬とのレースが続きましたので、メルボルンカップの後、デルタブルースが勝ち馬となることはできませんでした。

 デルタブルース号、父ダンスインザダーク、母ディクシースプラッシュ、母の父ディキシーランドバンド、母の父の父ノーザンダンサー。通算成績37戦6勝(内オーストラリア2戦1勝)、主な勝ち鞍、菊花賞、メルボルンカップ、ステイヤーズS。

 デルタブルースは、種牡馬になることが出来ませんでした。

 「生粋のステイヤー」血統のために、種牡馬としての市場ニーズが無かったのでしょう。
 7歳まで長く走った理由も、ここにあるのでしょう。

 日豪のG1を2勝しているクラシックホースが種牡馬に成れないというのは、とても残念な気がしますが、21世紀の競馬では仕方がないことなのかもしれません。

 11月25日、東京競馬場芝2400mコースで開催される、第38回ジャパンカップ競走G1の注目馬検討です。

 日本競馬の国際化推進のために1981年に開始されたジャパンカップJCも、2006年のディープインパクトの勝利以来12年連続で日本馬が優勝を続けています。
 日本馬のレベルアップということも、もちろんあるのですが、加えて、「世界屈指の高速馬場」、とても固い日本の芝馬場に適応してきた日本馬に対して、柔らかく重い馬場で戦ってきた欧州馬や、ダートコースでの戦いが多いアメリカ馬が、対抗できなくなってきていることを示しているようにも観えます。

 結果として、海外馬の挑戦自体が減り、今年も僅か2頭の出走となっています。
 日本競馬最高の国際レースとしては、やや寂しいところでしょう。

 今年は、全体の出走数も14頭と多くは無い数になっています。
 「JCに出走するだけでも名誉なこと」という時期も、既に過ぎたのかもしれません。

 さて、注目馬です。

 第一の注目馬は、1枠1番のアーモンドアイ。
 大本命でしょう。
 「三冠牝馬」として、ジェンティルドンナ以来の出走となります。そのジェンティルドンナは「三冠馬」オルフェーヴルとの競り合いを制して優勝しています。牡馬陣にオルフェーヴル程の強さ、安定した強さを具備している馬が居ないのであれば、3歳のジェンティルドンナの時以上に、アーモンドアイが勝つ可能性が高いと見るのが自然です。
 出走頭数が少ない最大の要因も、この馬の出走であろうと思います。

 個人的には、凱旋門賞2018に出走していれば、エネイブルを相手に十分に勝ち負けのレースが出来たのではないかと感じています。
 今年しか無かったのではないかと思います。来年では斤量が大幅に増えますので、勝つのは困難でしょう。

 第二の注目馬は、3枠3番のサトノダイヤモンド。
 2017年のフランス遠征、凱旋門賞での大敗’(15着)以来、自信喪失したかのような走りが続きましたが、前走・京都大賞典G2で久々の勝利を挙げました。「凱旋門賞ショック」から立ち直りつつあるのであれば、牡馬陣の大将格でしょう。

 第三の注目馬は、7枠12番のカプリ。
 JCですから外国馬も選びたいのです。凱旋門賞5着→英チャンピオンステークス4着と、欧州最高レベルの2000~2400mのG1レースで健闘しています。13年振りの海外馬制覇が有るとすれば、この馬でしょう。

 JC2018は、以上の3頭に注目します。

 アーモンドアイが勝つようであれば、クリフジ、シンザン、シンボリルドルフといった中央競馬史上最強馬陣への仲間入りに向けての道程ということになるのでしょう。
 第1回ジャパンカップ競走(1981年11月)の優勝馬メアジードーツは、5歳牝馬でした。ジャパンカップは牝馬の勝利で幕を開けたのです。

 それ以降2017年までに、ジャパンカップJCでは7頭の牝馬が8勝を挙げています。

 全37回のレースの内8回が牝馬の優勝ということになります。
 3回は「せん馬」が勝っていますので、牡馬26勝、牝馬8勝、せん馬3勝ということになります。
 この成績を観て、ジャパンカップにおいて牝馬が活躍していると言えるかどうかは、いろいろな意見があると思いますが、おおむね牡馬3:牝馬1という比率と考えれば、出走頭数からして、少なくとも「牝馬が弱い」とか「牝馬は勝てない」という成績では無いでしょう。

 凱旋門賞ほどではないにしても、「2400mの力勝負」としてのジャパンカップにおいても、牝馬が健闘していると、私は思います。

 牝馬の優勝を観て行きましょう。

① 第1回(1981年) メアジードーツ(5歳、アメリカ)
② 第3回(1983年) スタネーラ(5歳、アイルランド)
③ 第9回(1989年) ホーリックス(6歳、ニュージーランド)
④ 第29回(2009年) ウオッカ(5歳、日本)
⑤ 第31回(2011年) ブエナビスタ(5歳、日本)
⑥ 第32回(2012年) ジェンティルドンナ(3歳、日本)
⑦ 第33回(2013年) ジェンティルドンナ(4歳、日本)
⑧ 第35回(2015年) ショウナンパンドラ(4歳、日本)

 ジェンティルドンナの連覇(牡馬・牝馬・せん馬を含めても唯一の連覇)やウオッカ・ブエナビスタの見事な走りといった日本馬の活躍はもちろんとして、オグリキャップとの壮絶な競り合い(クビ差)を制したホーリックスの強さとレース後のタイム「2分22秒2」を観た瞬間の驚き(当時の芝2400mの世界レコード。当時の日本ダービー優勝記録より3秒位速い印象でした)など、JCの歴史に刻まれる素晴らしいレースが並んでいます。

 この「牝馬の強さ」の要因を考えてみましょう。

 やはり、「斤量」も大きいように見えます。
 「3歳55kg、4歳以上57kg、牝馬は△2kg」という定量条件は、3歳牝馬53kg、4歳以上牡馬57kgという「4kg」の差を生みます。
 凱旋門賞ほどではないにしても、3歳牝馬にとっては大きなアドバンテージでしょう。

 とはいえ、全37回のレースで3歳牝馬が勝ったのは、第32回のジェンティルドンナだけですので、この「斤量差」は本質的な問題では無いとも言えそうです。

 凱旋門賞同様に「強豪牝馬は2400mで強豪牡馬と互角に戦える」と観るのが良さそうです。芝2400mの大レースについては、「牡馬・牝馬の差は無い」ことを、過去のレース成績が示しているのではないでしょうか。

 さて、2018年のレースには、3歳「三冠牝馬」アーモンドアイが登場します。

 歴代の名牝と比較しても相当に強いと評されていますから、8頭目の優勝牝馬となる可能性は十分なのでしょう。

 11月18日、京都競馬場芝外回り1600mコースで行われる、第35回マイルチャンピオンシップ競走G1の注目馬検討です。

 2018年秋のマイル王決定戦に18頭が出走してきました。フルゲートです。

 マイルG1は実力が無ければ勝てませんが、レースの時のコンディションもとても大切です。つまり、実力馬が好コンディションの時に勝利を収めるわけで、調子は今ひとつなるも地力の高さで押し切るというのは、マイルG1では難しいと思います。

 2018年も良いメンバーが揃いました。
 2017年の本レースの勝ち馬・2着馬、2018年春のマイル王決定戦・安田記念の1・2着馬が顔を揃えています。一方でこの4頭は全て違う馬ですので、現在のマイル界に覇者は居ないことになります。
 このレースで「マイル界の覇者」が決まるのか、あるいは再び新顔が名乗り出て、マイル界の戦国時代が続くのか、がポイントとなるレースなのでしょう。

 さて、注目馬です。

 第一の注目馬は、4枠8番のモズアスコット。
 安田記念2018の勝ち馬です。前走毎日スワンステークスG2はハナ差の2着でしたが、調子は上がってきていると見ます。直近5走で1着1回・2着4回、その1着が安田記念という「安定して強い」成績です。枠順にも恵まれました。
 あのフランケルの産駒。ここでも、力強く粘り強い走りを魅せてほしいものです。

 第二の注目馬は、7枠15番のアエロリット。
 安田記念2018の2着馬にして、前走毎日王冠G2を快勝しています。実力馬で調子が良いということでしょう。安田記念1着のモズアスコットとの着差は「クビ」でした。
 今回は、どちらが勝つのでしょうか。

 第三の注目馬は、1枠1番のステルヴィオ。
 前走毎日王冠G2はアエロリッとの2着でした。マイルチャンピオンシップでは3歳馬はなかなか好走できないのですが、毎日王冠で古馬一線級との戦いを演じての上積みに期待したいと思います。
 ここで勝つようなら距離適性から「新マイル王」の誕生となるかもしれません。

 今回は、以上の3頭に注目します。

 ゴール前の激しい叩き合いを制するのは、どのサラブレッドなのでしょうか。
 競走馬の中には、時折「恐怖の一発屋」と呼びたくなるタイプが居ます。

 2013年のマイルチャンピオンシップを制覇したトーセンラーも、そうしたタイプだと感じています。

 新馬戦を勝ち、4戦目にきさらぎ賞G3で重賞初制覇を遂げたトーセンラーは、2011年のクラシック候補となりました。
 ところが、皐月賞7着、日本ダービー11着と不本意な成績に終わり、菊花賞では3着と健闘しましたが、結局、3歳の皐月賞から4歳・2012年一杯、11戦連続で勝利を挙げることが出来ませんでした。

 2012年7月には福島の七夕賞G3、8月には小倉記念G3、9月には新潟記念G3と転戦しましたが、勝利は遠かったのです。
 クラシック三冠レースの常連だった馬としては、調子落ちの印象でしたから、「トーセンラーはピークアウトした」と感じていました。

 そして5歳となった2013年2月の京都記念G2に久し振りに出走してきたのです。
 「休養明け」という印象でしたが、2着のベールドインパクトに1・1/2馬身差を付けて快勝しました。直線の走りはとても力強いものでした。

 勇躍4月の天皇賞(春)に臨んだトーセンラーは、フェノーメノの2着と良い走りを魅せました。天皇賞(春)を連覇するという「3200mの鬼」フェノーメノを1・1/4馬身まで追い詰めたのです。

 本格化し「トーセンラーのG1勝利も間近」と思いましたが、ここから宝塚記念、京都大賞典と勝ち切れないレースを続けました。

 そして2013年のマイルチャンピオンシップを迎えたのです。トーセンラーにとって初のマイル戦でした。
 18頭のフルゲートとなったレースで、トーセンラーは「強い時の直線の走り」を魅せて、2着のダイワマッジョーレに1馬身差を付けて快勝しました。

 そしてこのレースが、トーセンラーにとって最後に勝利したレースとなりました。

 競走馬については、長く観ていれば、何となく「こういう馬」という感覚が身に付くことが多いのですが、トーセンラーは6歳になってからも、最後まで「よく分からない馬」でした。

 結果として、どのレースでも「恐怖の存在、いつ来るか分からない存在」であり続けたのです。

 トーセンラー号、父ディープインパクト、母プリンセスオリビア、母の父リシウス。通算成績25戦4勝。主な勝ち鞍、マイルチャンピオンシップ、京都記念、きさらぎ賞。
 母の父リシウスは、あの大種牡馬ミスタープロスペクター産駒です。

 トーセンラーの競走成績を見ると、「距離適性」が観られないと思います。
 3歳時は、2000mの皐月賞や2400mの日本ダービーより3000mの菊花賞の方が好成績です。
 一方で古馬になってからは、2200mの京都記念や1600mのマイルチャンピオンシップに勝ちながら、3200mの天皇賞(春)でもフェノーメノの2着に来たりしています。

 確かに「不良馬場」での成績は良くありませんから、馬場は「良」に向いていたのでしょうが、距離についてはスプリンターとか中距離馬とかステイヤーという区分には、馴染まなかったように観えます。

 「距離」より「気分」だったのかもしれないとも思うのです。

 トーセンラーは、私には「とても不思議な馬」でした。
 11月11日、京都競馬場芝外回りコース2200mで行われる、第43回エリザベス女王杯競走G1の注目馬検討です。

 3歳以上の牝馬で争われるレースですので、その時の3歳馬と古馬の力量比較が大事になります。
 今年は3歳牝馬の出走が少ないので、一般的には古馬優位ということになりそうです。

 とはいえ、古馬陣も近時安定した成績を残している馬は居ませんので、難しいレースとなりました。
 加えて、重賞常連馬と上がり馬の比較も有りますので、検討の組合せは増えるばかりです。
 逆に言えば、検討の楽しさを存分に味わえるレースなのかもしれません。

 さて、注目馬です。

 第一の注目馬は、3枠5番のレッドジェノヴァ。
 前走京都大賞典G2は牡馬に混じって2着と大健闘。サトノダイヤモンドには敗れましたが、アルバートやシュヴァルグランには先着しました。急速に力を付けている印象です。ここでも勝ち負けのレースを魅せてくれるでしょう。

 第二の注目馬は、4枠8番のカンタービレ。
 前走秋華賞G1はアーモンドアイの3着。ゴール前のしっかりした脚色が印象的でした。こちらも、秋になって充実していると思います。

 第三の注目馬は、7枠13番のノームコア。
 前走紫苑ステークスG3は2着に3馬身差の圧勝。初重賞勝利を飾りました。典型的な上がり馬ですが、5戦して3勝・3着2回という安定感が光ります。Cルメール騎手のG1勝利記録もかかっていますから、勢いならこの馬なのでしょう。

 今回は、以上の3頭に注目します。

 淀外回りの長い直線で抜け出してくるのは、どの馬でしょうか。
 スズパレードは「重賞8勝馬」です。

 1984年の皐月賞と日本ダービーは共に4着でした。この年の両レースの勝ち馬は、あの「三冠馬」シンボリルドルフ。
 「ルドルフのダービー」で4着に食い込んでいたのです。この世代のクラシックレースを飾った1頭、同期トップクラスの牡馬であったことは間違いないでしょう。

 6歳になって1987年の宝塚記念G1を制覇しています。
 古馬になっても、G1レースの主役を張り続けていたのです。

 にもかかわらず、スズパレードは「地味な馬」だったという感じがします。
 
 そのスズパレードが重賞勝ち馬となったのは、1984年6月・3歳時のラジオたんぱ賞G3(1800m、福島競馬場)でした。そして2勝目が、同年11月の福島記念G3(2000m)だったのです。福島で重賞常連馬となったのです。

 ラジオたんぱ賞で2着のルーミナスレイサーに2と1/2馬身差を付けて圧勝したスズパレードですが、福島記念も2着のスマートボーイに2馬身差を付けて快勝しています。
 スズパレードは「勝つ時は、しっかりと差を付けて勝つタイプ」だったのでしょう。

 4歳になった1985年の金杯(東)G3でも、2着・リキサンパワーに3馬身差を付けてレコード勝ちしています。
 1600m~2200mの、所謂中距離のレースでは、時代を代表するサラブレッドの一頭だったことは間違いないと感じます。

 スズパレード号、父ソルティンゴ、母スズボタン、母の父ロムルス。通算成績25戦12勝、主な勝ち鞍、宝塚記念G1、中山記念G2、ダービー卿チャレンジトロフィーG3(2勝)、オールカマーG3、他重賞8勝。
 父ソルティンゴは、放牧中の事故で急死し1世代しか産駒を残していませんから、スズパレードはソルティンゴの代表産駒ということになるのでしょう。

 唯一のG1勝利となった1987年の宝塚記念のメンバーが凄いのです。
 2馬身差の2着がニッポーテイオー、3着がニシノライデン、4着がシンブラウン、5着がスダホーク、6着がフレッシュボイス・・・。G1なのだから当たり前だろうとお叱りを受けそうですが、こうした錚々たるメンバーを相手に圧勝するスズパレードの強さを、改めて感じます。

 そういえば、この年の安田記念G1ではスズパレードはフレッシュボイスの7着に敗れましたが、このレースでスズパレードは「単枠指定馬」でした。
 現在のように「馬番連勝馬券」が無い時代に、中央競馬会がある意味では「公認する強い馬」として、G1レースで指定されたのです。
 この時代における「スズパレードの1600mレースにおける強さ」を何よりも証明してくれる事実です。

 それ程強かったにもかかわらず、少し「地味」だったかなと感じるのは、私の勝手な印象なのでしょう。

 2010年と2011年のエリザベス女王杯を連覇したのが、スノーフェアリーです。

 スノーフェアリー(Snow Fairy)は、アイルランド馬ですから、外国調教馬によるJRA・G1レースの連覇。もちろん史上初の快挙でした。
 エリザベス女王杯におけるスノーフェアリーの活躍は、「日本競馬の国際化」を象徴する出来事のひとつと言って良いでしょう。

 日本語なら「雪の妖精」ですが、これが「とんでもなく強い妖精」でした。

 まず、3歳時に本家イギリスオークスとアイルランドオークスを制覇しています。どちらも、牝馬にとって「最高の栄誉」であることは言うまでも無いことです。
 そして、「雪の妖精」は世界に戦いの場を求めました。

 3歳の11月に、日本のエリザベス女王杯に挑み、これを圧勝、12月に香港カップG1(2000m)にも挑戦して、これも勝ちました。
 3歳時にG1・4勝、内2つは彼女にとっての「海外競馬」だったのです。
 この活躍が評価されて、この年のカルティエ賞最優秀3歳牝馬の栄誉に浴しました。
 ヨーロッパNO.1の3歳牝馬となったのです。

 4歳・古馬になってからもスノーフェアリーはG1レースに挑戦し続けます。
 英・愛のチャンピオンステークスや凱旋門賞に出走して、いずれも3着以内と健闘しますが、ヨーロッパの一線級を相手にしては、さすがになかなか勝てませんでした。
 そして4歳の11月、再びエリザベス女王杯に姿を現したのです。

 2010年のレースで2着に4馬身差と圧勝していましたから、2011年も自然に一番人気となりましたが、ここでは日本馬が意地を魅せました。
 直前の秋華賞を勝っていたアヴェンチュラが食い下がり、クビ差の2着、3着には1馬身差でアパパネが入りました。
 日本牝馬の力を示した形ですが、スノーフェアリーは「優勝は譲らなかった」のです。

 スノーフェアリー号、父インティカブ、母クラフティ・イグザンプル、母の父クラフティ・プロスペクター、アイルランド馬。通算成績21戦8勝。主な勝ち鞍、英オークス、愛オークス、愛チャンピオンステークス、香港カップ、エリザベス女王杯(2勝)。
 G1を6勝していますが、何より凄いと感じるのは、生涯21戦の8戦目以降の14走が全てG1レースであったことです。「14戦連続のG1出走、内6勝」というのは、牝馬の競走成績として、おそらく世界屈指のものでしょう。

 日本馬がどんどん海外の大レースに挑戦する時代となりましたが、裏を返せば、海外強豪馬が日本のレースにどんどん挑戦してくる時代でもあるのです。

 スノーフェアリーは、その事実を明示してくれた「妖精」でした。

 今年のJBCデイは11月4日です。

 今年の開催地は京都競馬場です。

 今年もJBCクラシック、JBCスプリント、JBCレディスクラシックの3つのJpn1レースが行われます。

 1984年から始まり、21世紀になってからは「世界最大の競馬の祭典」のひとつに数えられるようになった、アメリカ合衆国のブリーダーズカップを範にして、2001年に開始されたのが「JBC競走」(ジャパン・ブリーディングファームズ・カップ競走)です。

 本家のブリーダーズカップは、毎年11月月初の金曜日・土曜日に実施されることが多いと思いますが、日本のJBC競走も同じ時期、2018年なら11月の第1日曜日に開催しているのです。

 「ブリーダーズ」あるいは「ブリーディングファームズ」と呼ぶのですから、これらのレースが「生産者」主体の開催であることは間違いありません。
 JBC競走も、我が国の競走馬の生産者が企画・運営するダート競馬の祭典として立ち上げられたものです。

 本家ブリーダーズカップは、1980年代のアメリカ競馬の入場者数減少といった「競馬が大衆から支持されなくなった状況」に危機感を抱いた、米国の生産者が立ち上げたものでしたが、日本のJBCの方は、特に地方競馬の衰退、地方競馬場の閉鎖が続いた状況に対して、生産者が立ちあがったものです。
 問題の本質は少し異なるのでしょうが、「競馬の未来」を憂いた生産者による対抗策立案・実行という面では、同質の取組と言えそうです。

 「地方競馬の復権」を目指すJBC競走は、従って「ダートの3レース」となります。
 地方競馬場の大半がダートコースだからです。
 2018年の3レースは、JBCクラシックが1900m、JBCスプリントが1200m、JBCレディスクラシックが1800mの距離で、京都競馬場ダートコースを使用して行われます。

 本家のブリーダーズカップ2018はチャーチルダウンズ競馬場を舞台にして、1日目の11月2日に5レース(内4レースがG1)、2日目の11月3日に9レース(全てG1)が行われます。
 G1が13レースと言う、豪華絢爛な開催内容となっていて、それぞれのレースの賞金額も世界最高水準ですから、さすがに「世界屈指の競馬の祭典」なのです。
 ちなみに、ブリーダーズカップの開催地も毎年持ち回りで変わります。
 この点も、JBC競走が手本としたところなのでしょう。
 「競馬の普及」を目的とするのであれば、アメリカ合衆国の各地、日本国の各地、を転戦する方が、より効果的との考え方だと思います。

 本家の「13G1レース」には及びませんが、JBC競走も「3Jpn1レース」が連続して行われます。
 こうした形、つまり「G1級のレースを一日に3レース連続して行う」のは、我が国のメジャーな競馬においては、これだけではないかと思います。
 そういう意味では、JBC競走は「設立の理念」を良く守り、継続していると言って良いのでしょう。

 1984年にスタートしたブリーダーズカップは、当初7レースであったと伝えられています。そして2018年には14レースと、レース数が倍になっています。リースのバリエーションがどんどん広がっているのです。
 素晴らしいことだと感じます。
 
 JBC競走も、当初はクラシックとスプリントの2レースであったものが、2011年からレディスクラシックが加わり3レースとなりました。
 
 もちろん、容易なことでは無いと思いますが、今後もレース数が増えて行き、「JBC競走デイ」が益々充実して行って欲しいものです。

 10月28日、東京競馬場芝2000mコースで開催される、第158回天皇賞(秋)競走G1の注目馬検討です。

 天皇賞(秋)が3200mから2000mに短縮されたのは1984年ですから、30年以上の月日が流れました。
 1938年から1983年までの46年に及ぶ3200mレースの歴史にはまだ及びませんけれども、相当の歴史を積み上げて、「古馬中距離の王者」を決めるレースとして定着してきていると感じます。

 2018年も良いメンバーが揃いました。
 まさに、現在の中央競馬を代表する中距離馬が顔を揃えたのです。

 従って、このレースは紛れの少ない「力勝負」になるでしょう。
 「力量とコンディション」によって、結果が出てくると考えます。

 さて、注目馬です。

 第一の注目馬は、4枠4番のレイデオロ。
 言わずと知れた2017年の日本ダービー馬。2017年のジャパンカップ2着以降勝ち切れないレースが続いていましたが、前走・オールカマーG2でアルアインとの叩き合いを制して優勝しました。競り合いにも動じなかったという精神面の強さを高く評価したいと思います。

 第二の注目馬は、4枠5番のスワーヴリチャード。
 前述のレイデオロの日本ダービーの2着馬にして、4歳となって本格化した印象です。前走・安田記念G1の3着は距離が少し足りなかったという感じですので、2000mはピッタリでしょう。

 第三の注目馬は、5枠7番のアルアイン。
 2017年の皐月賞馬ですから、2000mへの適性は十分。前走はレイデオロと互角の勝負を演じました。このところなかなか勝てていませんが、G1の上位常連の強さは本物でしょう。勝ち負けのレースを魅せてくれると思います。

 今回は、以上の3頭に注目します。

 強豪古馬による「骨太のレース」が期待されます。
 モーリスは2016年の天皇賞(秋)を制覇しました。
 2着のリアルスティールに1・1/2馬身差を付けての圧勝でした。

 このレースに限らず、古馬になってから=2015年と16年のモーリスは、まさに「驚異的な」強さを示したのです。
 この2年間は、11戦9勝・2着2回という全連対でしたし、G1レースを6勝しています。

 G1・6勝は以下の通り。

① 2015年6月7日 安田記念 1600m
② 2015年11月22日 マイルチャンピオンシップ 1600m
③ 2015年12月13日 香港マイル 1600m
④ 2016年5月1日 チャンピオンズマイル 1600m
⑤ 2016年10月30日 天皇賞(秋) 2000m
⑥ 2016年12月11日 香港カップ 2000m

 このG1・6勝の内、海外(香港)のG1が3勝含まれています。

 2015・16年のモーリスは、日本国内はもちろんとして、香港でも無敵の強さを魅せたのです。

 2歳から3歳にかけては「準オープン」クラスのレースに出走していたモーリスが、4歳の1月に若潮賞(1600m)、スピカステークス(1800m)の特別レースを連勝して、ミラクルな2年間をスタートしました。
 以降は、1600~2000mで無類の強さを示す「中距離の鬼」に変貌したのです。

 父のスクリーンヒーローも晩成型でしたが、モーリスもまさに大器晩成を受け継いだのでしょう。

 モーリス号、父スクリーンヒーロー、母メジロフランシス、母の父カーネギー。通算18戦11勝(国内15戦8勝、海外3戦3勝)。主な勝ち鞍は、前述のG1・6勝。母の父カーネギーは1994年の凱旋門賞馬です。モーリスは、カーネギーのブルードメアサイアーとしての代表馬ということになります。

 モーリスは、2017年から北海道安平町の社台スタリオンステーションで種牡馬としての活動に入りました。オーストラリアとのシャトル種牡馬ともなっていると報じられています。
 その産駒のデビューが、とても楽しみです。

 それにしても、4歳以降2年間のモーリスの強さは、日本競馬史上屈指のレベルでしょう。
 「信じられない程に強かった」と感じます。
 10月22日、京都競馬場芝3000mコースで行われる、第79回菊花賞競走G1の注目馬検討です。

 「菊」は難しいレースです。
 多くの馬が未経験の長距離3000mですから、「適性」がレースに行っていきなり出て来ることも多いのです。

 春のクラシックロードの主役達と秋の上り馬の対決という構図は、今年も同じですが、今年は各馬の力量が接近している、つまり軸になる馬を探すのに苦労する年になっています。
 それだけに面白いレースとも言えます。

 さて、注目馬です。

 第一の注目馬は、5枠9番のエタリオウ。
 前走G2神戸新聞杯は、日本ダービー馬ワグネリアンの2着。ワグネリアンが出走しないとなれば、この馬が実力最上位と観ることもできます。4頭出てくるステイゴールド産駒の代表としての活躍が期待されます。

 第二の注目馬は、2枠4番のジェネラーレウーノ。
 前走G2セントライト記念を快勝しました。スクリーンヒーロー×ロックオブジブラルタルの力強い血統に期待します。

 第三の注目馬は、2枠3番のブラストワンピース。
 前走G3新潟記念で古馬を相手に快勝しました。重賞2勝、5戦4勝という安定感もポイントでしょう。ハービンジャーの代表産駒を目指してほしいものです。

 今回は、以上の3頭に注目します。

 菊花賞2018は、日本ダービー馬は出て来ませんが、メンバーが揃ったという印象です。

 「大混戦」のレース展開が予想されますが、最後の100mで抜け出してくるのは、どの馬でしょうか。
 とても暑かった2018年の夏がようやく終り、秋競馬が本格化しています。

 G1レースが目白押しの秋競馬ですが、3歳のレースとなればやはり「菊」でしょう。
 クラシックレースの中で「一番強い馬が勝つ」と言われるレースです。

 「菊花賞」の過去10年の勝ち馬を改めて観てみました。

 少し驚かされました。

 勝ち馬が「ふたつのタイプ」に明確に分類されるように観えるのです。

① タイプ1→「菊花賞を勝つために生まれてきたサラブレッド」型

・2008年オウケンブルースリ→3歳の4月デビューで重賞初挑戦が菊花賞。それを勝利しました。その後、重賞をひとつ勝っていますが、その1勝のみ。通算27戦5勝。

・2009年スリーロールス→重賞初挑戦が菊花賞。これを勝利しましたが、その後は0勝。通算12戦4勝。

・2010年ビッグウィーク→重賞2戦目が菊花賞。これを勝利し重賞初制覇。その後、中京の障害未勝利を勝っていますが、平場では0勝。通算26戦5勝。

 2008年~2010年は、皐月賞や日本ダービーとは無縁で、菊花賞に勝つために走っていたように観えるサラブレッドの優勝が続きました。
 菊花賞勝利後は、オウケンブルースリが重賞をひとつ勝っていますが、オウケンブルースリにしてもその1勝のみでした。

・2014年トーホウジャッカル→3歳の5月デビューで重賞2戦目の菊花賞に勝利(重賞初勝利)。その後は0勝。通算13戦3勝。

・2017年キセキ→重賞3戦目の菊花賞を勝ち、重賞初勝利を挙げました。現役ですので、こちらのタイプと決めてしまうのは少し早いのかもしれませんが、春のクラシックレースに縁が無かったというところは共通しています。
 現時点で、菊花賞後は0勝、通算11戦4勝。

 上記の5頭は、春のクラシック路線には間に合わず(あるいは本格化前)、秋の上り馬として菊花賞に臨み、見事に優勝しました。
 そして、「菊」で燃え尽きてしまったかのように、その後は「菊花賞馬に相応しい」好成績を挙げることが出来ませんでした。(キセキはこれから好成績を挙げるかもしれません。凱旋門賞2018への登録も報じられました)

② タイプ2→「日本競馬を代表する強豪馬」型

 春のクラシックでも活躍し、同期で「一番強い馬が勝つ」と言われる菊花賞を勝ち、我が国の競馬を代表する強豪馬として活躍したサラブレッド達です。

・2011年オルフェーヴル→言わずと知れた三冠馬。有馬記念2勝、宝塚記念優勝など、素晴らしい成績を残しました。
・2012年コールドシップ→皐月賞と菊花賞の二冠馬。有馬記念、宝塚記念、天皇賞(春)にも勝利しています。
・2013年エピファネイア→皐月賞と日本ダービーが2着。菊花賞勝利後、ジャパンカップにも優勝しています。

 2011年~13年は「強い菊花賞馬」が続きました。

・2015年キタサンブラック→皐月賞3着、日本ダービー14着でしたが、秋に本格化して「菊」を勝ち、その後は、天皇賞(春)(秋)、ジャパンカップ、有馬記念とG1制覇を続けました。
・2016年サトノダイヤモンド→皐月賞3着、日本ダービー2着ときて菊花賞優勝。その勢いで3歳にして有馬記念も制しました。

 これらのサラブレッドには「国際舞台での活躍」も観られます。日本を代表する競走馬として、毎年のように国際重賞レースに挑戦してきたのです。(ゴールドシップやキタサンブラックは海外で走ってはいませんが、海外の大レース挑戦の計画が有ったものの、コンディション等の関係で遠征しなかった形です)
 オルフェーヴルの2012年・13年のG2フォア賞2勝からの凱旋門賞2着2回は、まさに日本馬海外挑戦のエポックでしょう。

 さて、過去10年間の菊花賞馬をざっと見てきました。
 やはり、「ふたつのタイプ」に分けられると感じます。

 その中間タイプは存在しないように観えるのです。
 加えて「5頭ずつ」の同数で分けられるのですから、ある意味では不思議なことでしょう。

 2018年は、どちらのタイプが勝つのでしょうか。
 前回、イナボレス号のコラムを書いた時、久し振りに「花の47年組」という言葉を思い出しました。
 この「47年」は「昭和47年」(1972年)にクラシックレースを走ったことから付けられた名称と書きましたが、昭和が平成となり、来年には次の元号になるのですから、前の元号と呼べる内に、この素晴らしい世代を「おさらい」しておこうと思います。

① ヒデハヤテ号(通算9戦6勝、父タマナー、母ワカシラオキ)

 最強世代の名を欲しいままにした「47年組」の先陣を切ったのは、ヒデハヤテでした。1971年の阪神3歳ステークスを圧勝し、最優秀3歳牡馬(現在なら2歳)を受賞しています。無事に走り続けていれば「三冠馬」になったのではないかと言われます。(この世代には、このフレーズが何度も登場します)
 残念ながら、3歳春のスプリングステークスで故障し、クラシックの舞台を踏むことはありませんでした。

② ランドプリンス号(21戦6勝、父テスコボーイ、母ニューパワー)

 ヒデハヤテが姿を消した後、1972年クラシックレースの主役に躍り出た「関西3強」の一角。
 皐月賞を制しました。

③ ロングエース号(10戦6勝、父ハードリドン、母ウインジェスト)

 「関西3強」の一角。日本ダービーを制しました。ロングエース、ランドプリンス、タイテエムの3強によるゴール前の叩き合いは、「ザ・3強のダービー」と呼ばれる名レースでした。(本ブログ・2013年5月25日の競馬コラム59「第39回日本ダービー「ザ・3強」のレース」をご参照ください)

④ イシノヒカル号(15戦7勝、父マロット、母キヨツバメ)

 関西3強に対抗する東の一番手と称され、皐月賞はランドプリンスの2着、菊花賞とこの年の有馬記念を勝ちました。
  「花の47年組」で唯一の年度代表馬に輝いていますから、多士彩々のこの世代の代表馬ということになれば、イシノヒカルなのでしょう。

⑤ タイテエム号(16戦8勝、父セントクレスピン、母テーシルダ)

 「関西3強」の一角。1973年の天皇賞(春)を制しました。
 父セントクレスピンが1959年の凱旋門賞馬であり(持込馬。当時、凱旋門賞馬の仔は日本競馬では少なかったのです)、鹿毛・四白流星の華やかな馬体もあって「貴公子」と称されました。

 「関西3強」+イシノヒカルの4頭は、いずれも「生まれる年が違っていれば三冠馬になれた」と言われました。この世代には、ヒデハヤテを加えて「5頭の幻の三冠馬」が居たことになります。

 以上の5頭が「クラシック戦線」という視点で観た時の「花の47年組」の中核馬ということになりますが、この世代の奥行きはとても深いのです。
 続いては、「有馬記念」という視点です。

⑥ ストロングエイト号(37戦9勝、父アイアンリージ、母ストロングウインド)

 1973年の有馬記念を制しました。ハイセイコーやタニノチカラを相手にしての「あっと驚く勝利」でしたが、1974年にも大活躍をしましたので、実力十分なサラブレッドだったのです。

⑦ タニノチカラ号(24戦13勝、父ブランブルー、母タニノチェリ)

 1973年の天皇賞(秋)と1974年の有馬記念に勝ちました。そして、73年・74年と2年連続で最優秀5歳以上牡馬(現在なら4歳以上)の表彰を受けています。
 これで、「花の47年組」は、1972年~74年の3年連続で有馬記念を制したことになります。最強世代の面目躍如です。

 G1というか、当時の事ですから「八大競走」に優勝した馬達は、②から⑦の6頭です。
 「花の47年組」の凄いところは、八大競走以外の重賞でも大活躍した馬達が、ズラリと控えていて、それらの馬達は「とても個性的」で人気が高かったことでしょう。
 そのラインナップは、他世代を圧していると感じます。

 まずは、牡馬の個性派達から、観て行きましょう。

⑧ ハクホオショウ号(23戦8勝、父ヒンドスタン、母ステラパーダリス)

 日本競馬史に燦然と輝く大種牡馬ヒンドスタンの「最後の傑作」と称されました。
 安田記念を始めとする重賞4勝です。

⑨ スガノホマレ号(45戦8勝、父シンザン、母モトコ)

 重賞4勝馬ですが、何より「快足」で鳴らしました。芝の1100m、1200m、1400m、1600m、1800mでレコード勝ちしています。特に1800m、京王杯オータムハンデで叩き出した1分46秒5は「異次元のタイム」と呼ばれました。
 5つの距離でのレコード樹立は、タケシバオーと並ぶJRA最多記録です。(本ブログ・2012年9月4日競馬コラム2「京成杯AHとスガノホマレ」をご参照ください)

⑩ トーヨーアサヒ号(38戦8勝、父セダン、母カネカエデ)

 「花の47年組」で逃げ馬と言えばトーヨーアサヒでしょう。重賞5勝馬。
 キッチリとしたラップを刻み、そのまま押し切るというレース振りから、「走る精密機械」と呼ばれました。

⑪ ナオキ号(30戦13勝、父サウンドトラック、母エイトクラウン)

 重賞5勝馬です。宝塚記念や鳴尾記念を制しました。

⑫ イナボレス号(76戦8勝、父ヘリオス、母ボーレスクイン)

 「花の47年組」で最も多くのレースに出走しました。重賞4勝馬です。
 中央競馬最多重賞出走記録は金字塔です。(本ブログ・2018年9月20日の競馬コラム212をご参照ください)

⑬ ノボルトウコウ号(68戦13勝、父パーソロン、母サンビユロー)

 イナボレスの76戦が圧倒的だろうと思うと、「花の47年組」はレベルが高く油断禁物、ノボルトウコウは68戦を走っているのです。 イナボレスの独走は許さないと言ったところでしょうか。重賞5勝馬です。

⑭ ハマノパレード号(20戦8勝、父チューダーペリオット、母オイカゼ)

 1973年の宝塚記念に勝ち、勢いに乗って臨んだ高松宮杯で故障を発症、予後不良と判断され、翌日に「屠殺」されたことが物議を呼びました。(可哀そうなことをしました)予後不良後の「安楽死」というシステムを作るきっかけとなったとも言われます。
 重賞3勝馬です。

⑮ タケクマヒカル号(22戦9勝、父チューダーペリオット、母ソロナカホー)

 チューダーペリオット産駒がもう一頭。4歳になって本格化したタケクマヒカルは重賞を3つ勝ちました。

⑯ ツキサムホマレ号(52戦13勝、父チャイナロック、母ハロースカイ)

 イナボレスの76走、ノボルトウコウの68走に続くのが、ツキサムホマレの52走です。
 札幌記念と函館記念で重賞3勝。北海道で強い馬ということですが、1974年にはワシントンDCインターナショナル競走に招待され、海外遠征しました。「花の47年組」唯一の海外遠征馬なのです。

⑰ クリイワイ号(18戦6勝、父オンリーフォアライフ、母クリヒデ)

 東京・中山以外では走ったことが無い馬でしたが、18戦して掲示板を外した=6着以下、は1度だけという安定感を誇りました。重賞2勝馬です。

 ここまで書いてくると、「花の47年組」の層の厚さに驚かされますが、ようやく牝馬の登場です。
 
⑱ トクザクラ号(17戦7勝、父パーソロン、母トクノコギク)

 1971年の朝日杯3歳ステークスに勝ちました。メンバー唯一の牝馬が「東日本NO.1」の座に就いたのです。
 桜花賞は4着に敗れましたが、重賞4勝と気を吐きました。
 1971年の最優秀3歳牝馬賞(現在なら2歳)、72年の最優秀4歳牝馬(同3歳)の表彰を受けました。世代を代表する牝馬だったのです。

⑲ キョウエイグリーン号(35戦11勝、父マタドア、母リユウカオル)

 スプリンターズステークス(1973年)と安田記念(1974年)という、後にG1となる2レースを制しました。

 さすがの「花の47年組」も、そろそろ終わりだろうと思う方も多いとは思いますが、平場のみならず障害にも勇者が居るのです。

⑳ グランドマーチス号(63戦23勝(障害レース39戦19勝)、父ネヴァービート、母ミスギンオー)

 平場では思うような成績を残せなかったグランドマーチスは、古馬になってから障害競走に転向しました。体が大きくなり本格化したことも有るのでしょうが、祖母に1956年秋の中山大障害に優勝したハクレイが居たことも要因のひとつなのでしょう。

 この障害競走への挑戦が、グランドマーチスの運命を大きく変えたのです。
 1974年の春秋、75年の春秋の中山大障害を4連覇。加えて74年秋と75年春秋の京都大障害にも3連覇しています。
 障害の大レースにおいて「無敵の強さ」を示したのです。

 1974年と75年の2年連続で最優秀障害馬賞を受賞しています。
 そして、1985年にJRA顕彰馬に選出されています。
 この「顕彰馬」選出は、障害馬において唯一であり、優駿が居並ぶ「花の47年組」においても唯一です。

 「花の47年組」の20頭の馬達を挙げてきました。
 八大競走優勝馬や、重賞を2勝以上制した馬達を挙げてみましたが、多士彩々の世代ですので掲出漏れが有るかもしれません。その際はご容赦ください。

 イシノヒカル、ヒデハヤテ、関西3強(ランドプリンス、ロングエース、タイテエム)の5頭が、いずれも「幻の三冠馬」ではないかと言われていますし、3年連続の有馬記念制覇は世代の強さを明確に示していますが、何と言っても、この世代のバリエーションの広さが、凄いところでしょう。

 障害競走の顕彰馬、5つの距離でのレコードホルダー、中央競馬最多重賞出走記録保持馬、2年連続の最優秀5歳以上牡馬賞受賞馬、ワシントンDCインターナショナル競走出走馬、50戦以上走り重賞を複数制した4頭、等々、牡馬・牝馬、平場・障害、4歳(現在の3歳)・古馬、国内・海外、とあらゆるシーンで、長い間、多くの馬達が活躍したのです。

 「花の47年組」は、これからも長く語り継がれて行く存在なのではないでしょうか。
 10月7日、フランス・ロンシャン競馬場2400m芝コースで開催される、第97回凱旋門賞競走の展望です。

 今回日本からは、クリンチャーが挑戦します。

 さて、これまでにも何度も書きましたが、凱旋門賞には大きな特徴があります。

① 欧州馬が強い

 過去96回のレースで「欧州馬以外が優勝したこと」は一度もありません。

 つまり、日本馬が一度も勝ったことが無いというのは、欧州以外の地域の競走馬の中で、日本馬が弱いということではないのです。

 凱旋門賞では、フランス馬、アイルランド馬、英国馬が強いのです。

② 3歳馬が強い

 過去10年間で、3歳馬が7勝しています。

 斤量の差が、こうした傾向を生んでいるとも言われます。古馬牡馬59.5kg、古馬牝馬58.0kgに対して、3歳牡馬56.5kg、3歳牝馬55.0㎏と「3㎏の差」があるのです。
 世界トップクラスのサラブレッドが競う時、「3㎏の差」はとても大きいのです。

 3歳馬にとって、4・5・6歳馬より明確に有利なことが分かっているのですが、主催者側は決して斤量を見直そうとはしません。
 結果として、「3歳馬の優位」が続いています。

③ 3歳牝馬が強い、あるいは、牝馬が強い

 前述の3歳優勝馬7頭の内4頭が牝馬です。3歳馬の中でも牝馬が強いのです。
 斤量差の1.5㎏が効いているのかもしれません。

 また、4歳以上の優勝馬(全て4歳馬)3頭は全て牝馬なのです。
 つまり、過去10年の優勝馬の中で「7頭が牝馬」ということになります。

 これは「1.5kg差」の影響というより、「凱旋門賞には牝馬の方が向いている」と見た方が良いと考えます。
 ロンシャン競馬場の特性や2400mという、現代競馬では長距離に属するレースに対する適応力が、強い牝馬の方がある、ということかもしれません。

④ まとめ

 以上から、過去10年の結果を観る限り、凱旋門賞の優勝馬には、以下のような傾向が有ります。
・3歳馬が強い
・牝馬が強い
・5歳以上の馬は勝てない
・59.5㎏を背負っては勝てない

⑤ 2018年のレース展望

 実績から観れば10番のエネイブル(4歳牝)でしょう。9戦8勝、2017年の優勝馬です。3歳では無いのですが、2013年・14年を連覇したトレブと同様に、「3歳時強い勝ち方をした4歳牝馬は十分に勝てる」と観るのが自然でしょう。ちなみに2017年のレースでは、エネイブルは2馬身半差を付けて圧勝しています。

 続いては、19番のシーオブクラス。
 適性十分な「3歳牝馬」であり、5戦4勝で、このところ4連勝中です。G1ヨークシャーオークスを制してのローテーションも、昨年のエネイブルと同じです。勝たれたとしても、何の不思議もないでしょう。

 続いては、13番のキューガーデンズ。
 3歳牡馬です。このところ好調なレースを魅せているアイルランド馬ですが、エネイブル、シーオブクラスの2頭の英国馬に対して、意地を魅せて欲しいものです。

 凱旋門賞2018では、以上の3頭に注目したいと思います。

 日本馬で唯一挑戦するクリンチャーは、地力の差が少しあるかなと感じています。

 「エネイブルの連覇」をどの馬が阻止するのかが、見所でしょう。
 1986年の3歳世代牝馬といえば、「牝馬三冠」メジロラモーヌがまず思い出されますが、同期にダイナアクトレスという女傑が居たことを忘れることが出来ません。
 同世代に、とても強いサラブレッドが複数登場するというのは、我が国の競馬のみならず世界中で眼にする「不思議な現象」ですが、ここにも起こっていたのです。

 父がノーザンテースト、母がモデルスポート(1978年の最優秀3歳牝馬賞受賞)という良血のダイナアクトレスは、2歳時からその競走馬としての高い能力が注目されていました。
 2歳時に函館3歳ステークスG3を圧勝した時には、陣営は皐月賞・日本ダービーへの出走も検討したと伝えられました。

 3歳時はしかし、メジロラモーヌには勝つことが出来ず、迎えた4歳・1987年になって本格化したのです。
 毎日王冠G2と京王杯オータムハンデG3に快勝し、ジャパンカップではルグロリューの3着と健闘しました。日本馬最先着でした。

 そして、この年の最優秀5歳以上牝馬(現在なら4歳以上)を受賞しました。

 1988年になっても、強豪牡馬を相手にしてのダイナアクトレスの活躍が続き、スプリンターズステークス(当時はG2)、京王杯スプリングカップG2に優勝し、安田記念G1で2着、天皇賞(秋)4着と気を吐いたのです。

 そして、この年も最優秀5歳以上牝馬を受賞しました。
 1987年・88年と、2年連続の最優秀5歳以上牝馬賞でした。

 そのダイナアクトレスの代表的なレースが、1987年の毎日王冠であったと思います。

 1987年10月11日に行われたレースです。
 ダイナアクトレスは、4歳牡馬ウインドストースとの叩き合いを制して、アタマ差で優勝しましたが、この時のメンバーが凄いのです。
 3着が「中距離の鬼」ニッポーテイオー(マイルチャンピオンシップ、安田記念の優勝馬)、さらに1985年の日本ダービー馬シリウスシンボリ、1986年の日本ダービー馬ダイナガリバーをも引き連れての優勝でした。

 特にニッポーテイオーとは「勝ったり負けたり」を繰り広げました。
 時代最強の中距離馬を相手に、中距離のレースで先着したダイナアクトレスは、まさに「女傑」であったと思います。

 ダイナアクトレス号、父ノーザンテースト、母モデルスポート、母の父モデルフール。通算成績19戦7勝。主な勝ち鞍、毎日王冠、スプリンターズS、京王杯スプリングカップ、京王杯オータムハンデ、函館3歳ステークス。

 繁殖に入ってからも、ダイナアクトレスは活躍を続け、初仔のステージジャンプと第2仔のプライムステージが共に重賞2勝、第3仔のランニングヒロインはスクリーンヒーロー(ジャパンカップ2008優勝馬)の母です。

12頭の仔を成したダイナアクトレスは、繁殖場としても「名牝」でした。

 2012年、ダイナアクトレスは29歳で息を引き取りました。長寿を全うしたのです。

 まさに「無事これ名馬」でしょう。

 スプリンターズステークスは「接戦」の多いレースです。

 中央競馬を代表するスペシャリストが集まり、直線の短い中山の馬場ですから、接戦になるのも無理は無いと感じます。

 過去5年間のレースを観ても、2017年と2016年連覇のレッドファルクスがクビ差とアタマ差、2015年のストレイトガールが3/4馬身差、2014年のスノードラゴンが1/2馬身差、2013年のロードカナロアが3/4馬身差となっています。
 2013年のロードカナロアのレースなどは「圧勝」というイメージでしたが、着差は1馬身以内だったのです。

 そのレースで「4馬身差」を付けて勝ったのが、ダイイチルビーでした。

 私の記憶では、スプリンターズステークスを4馬身差で勝ったのは、あの「短距離の鬼」サクラバクシンオーの1994年のレースしか思い当りません。
 G1レースとなった後のこのレースにおいて、ダイイチルビーは最も強い勝ち方をしたサラブレッドの1頭でしょう。

 1987年、トウショウボーイとハギノトップレディの仔として生まれたダイイチルビーは、当然ながら「良血馬」として注目される存在でした。「華麗なる一族」の牝馬ともなれば、「走って当然」と見られても居たのです。
 しかし3歳時は、オークス5着を始めとして、なかなか勝てませんでした。

 そのダイイチルビーが本格化したのは4歳・古馬となった1991年でした。

 4歳時、ダイイチルビーは安田記念とスプリンターズステークスの2つのG1レースに勝っています。2レースとも圧勝でした。圧倒的なスピードで優勝したのです。
 1600mの安田記念で、2着のダイタクヘリオス、3着のバンブーメモリーといった牡馬一線級を相手に、並ぶまもなく抜き去り、1・1/4差を付けたレース振りにも驚かされました。

 この年、G1を2勝以上したのは、牡馬のトウカイテイオー(皐月賞、日本ダービー)とダイイチルビーだけでしたから、ダイイチルビーはこの年の最優秀古牝馬と最優秀短距離馬を受賞しています。
 後で知ったことですが、グレード制導入後、古馬の混合G1を2勝した初めての牝馬だったそうです。

 ダイイチルビーの強さは「歴史を超えていた」のです。

 ダイイチルビー号、父トウショウボーイ、母ハギノトップレディ、母の父サンシー。通算成績18戦6勝。主な勝ち鞍、安田記念、スプリンターズステークス、サンスポ4歳牝馬特別G2、京王杯スプリングカップG2。

 1991年にG1を2勝して気を吐いたダイイチルビーですが、惜しいレースが2つありました。マイルチャンピオンシップG1(ダイタクヘリオスの2着)と高松宮杯G2(ダイタクヘリオスの2着)です。

 特に、高松宮杯は母ハギノトップレディ、祖母イットーに続く「3代制覇」が期待され、大本命(単勝1.4倍)で臨んだレースでした。
 しかし、残念ながらハナ差及ばずの2着だったのです。

 ダイイチルビーにとって、最も悔やまれるレースであったことでしょう。
 イナボレス、本当に懐かしい名前です。

 オールカマーが、まだ東京・府中の2000mで実施されていた頃、3歳だったイナボレスが優勝したのです。

 イナボレスは、母方の祖先にアングロアラブの馬(馬名「高砂」)が居るために、サラブレッドでは無く「サラブレッド系種」でした。
 現在では、眼にすることが少なくなりましたが、当時は「サラ系」の馬が数多く走っていました。

 ちなみに「高砂」は、フランス皇帝ナポレオン3世が、時の江戸幕府第13代将軍徳川家茂に贈呈したとされています。
 現在のNHK大河ドラマ「西郷どん」にも、徳川幕府とフランスの強い関係が描かれていますが、ナポレオン3世からのプレゼントが競走馬であったというのも、欧州文化を示しているようで、興味深いことです。

 さて、イナボレスは所謂「花の47年組」(昭和47年にクラシックレースの歳=3歳を迎えた世代が、前後の他世代を圧して強かったため、このように呼ばれました)の一員ですけれども、ランドプリンス、ロングエース、タイテエムの関西3強や、菊花賞と有馬記念を制したイシノヒカルといった、クラシック戦線の主役たちとは異なり、裏街道というか、地味なキャリアを積み上げました。
 そして7歳まで、大きな故障も無く走りました。

 その結果、偉大な記録を残したのです。
 それは「中央競馬最多重賞出走数」という記録です。イナボレスは、そのキャリアにおいて、中央競馬で「52度の重賞レース」に出走したのです。
 素晴らしいというか、信じられないような記録でしょう。

 そもそも「52走」する競走馬が滅多に居ない中で、イナボレスは重賞だけで52度走っているのです。
 そして、重賞を4勝しています。

 3歳時のオールカマー、5歳時の金杯(東)、目黒記念(秋)、6歳時の愛知杯、の4鞍です。

 6歳時の宝塚記念(4着)と天皇賞(秋)(12着)、7歳時の天皇賞(春)(7着)と安田記念(8着)と高松宮杯(13着)と天皇賞(秋)(12着)といった、現在のG1クラスのレースにも登場しました。
 重賞3勝馬、4勝馬ともなれば、当然のことでしょう。

 「ほとんど毎月の様に重賞で走っていた」という記憶が有りますが、7歳時などは19走していますので「2ヵ月に3走」といったハイペースで、走り続けていたことになります。
 それでいて故障が無かったのですから「無事これ名馬」の代表格でしょう。

 加えて、馬主・稲富氏の名前から「イナ」を貰ったのでしょうが、後半の「ボレス」(母の馬名から取ったものと思います)とのバランスが絶妙です。「イナボレス」という、一度聞いたら忘れられないユニークな馬名も相まって、一部に熱狂的なファンが居ました。
 「愛される競走馬」だったのでしょう。

 イナボレス号、父ヘリオス、母ボーレスクイン、母の父カバーラップⅡ世。通算成績76戦8勝、主な勝ち鞍、オールカマー、金杯(東)、目黒記念(秋)、愛知杯。

 イナボレスは「走る労働者」とも呼ばれました。
 コツコツと、ひたすら走り続ける様子に対して付けられた別称なのでしょうが、現在なら使用できそうもない呼称だとも思います。

 一方で、栗毛・470kg前後の、とても綺麗な馬体が印象的でした。
 その馬体が見込まれたのでしょう、1980年代まで「東京競馬場の誘導馬」を務めています。

 イナボレスは、「花の47年組」NO.1の美丈夫だったのです。
 北海道は、我が国最大のサラブレッドの産地です。

 そして、暑い夏を乗り切るために、現役のサラブレッド達の多くも、夏の北海道で静養・調教を行います。

 その夏季の北海道・札幌競馬場におけるビッグイベントが札幌記念競走G2なのです。

 1965年・昭和40年に第1回レースが行われました。砂馬場2000mコースでした。
 1969年からはダート2000mコースでの開催となりました。
 長い間ダートコースでのレースが続き、1990年から、現在と同じ芝2000mでのレースとなったのです。

 ダートコースの頃も、クラシック競走で活躍していたサラブレッドが出走していましたが、やはり「芝」馬場になってからは、夏を北海道で過ごしている重賞常連のサラブレッド達にとって格好のレースとなりましたから、強豪馬が一層多く出走するようになりました。

 そうした中で、「芝」の札幌記念を連覇している唯一の馬がエアグルーブなのです。
 「女傑」エアグルーブは、1997年と98年のレースを連覇しました。

 1996年のオークス馬エアグルーブは、4歳になって6月阪神のマーメイドステークスG3に勝つと、8月の札幌記念G2を制して、10月の天皇賞(秋)G1で、1番人気だったバブルガムフェローを始めとする強豪牡馬陣を一蹴して、重賞3連勝を飾りました。
 勢いを駆って、11月のジャパンカップG1でも世界の強豪と互角の競り合いを魅せて、勝ったピルサドスキーにクビ差の2着、12月の有馬記念G1ではシルクジャスティス、マーベラスサンデーに次いでの3着と大健闘を続けました。
 そして、1997年の年度代表馬に輝いたのです。1971年のトウメイ以来、史上2頭目の牝馬の年度代表馬でした。

 エアグルーブは5歳となった1998年も走り続け、4月の産経大阪杯G2(現在の大阪杯G1)を勝った後、7月の宝塚記念G1はサイレンススズカの3着、続いて8月の札幌記念を勝利したのです。58㎏を背負いながらも3馬身差の圧勝でした。

 この後の、11月のジャパンカップが圧巻でした。エルコンドルパサーには敗れたものの、日本ダービー馬スペシャルウィークを抑えての2年連続の2着。「女傑」の力を如何無く発揮したのです。
 私は、スペシャルウィークやチーフベアハート、シルクジャスティス、ステイゴールドらに先着した、この1998年のジャパンカップが、エアグルーブのベストレースではないかと感じています。

 この年の有馬記念を最後に、エアグルーブは現役を引退しました。

 エアグルーブ号、父トニービン、母ダイナカール、母の父ノーザンテースト。おそらくこの頃の我が国最高の血統であろうと思います。通算成績19戦9勝、主な勝ち鞍、オークス、天皇賞(秋)。
 470㎏を超える堂々たる体躯で、強豪牡馬達と互角以上の戦いを繰り広げました。

 生まれ故郷・北海道(社台ファーム早来=現在のノーザンファーム)の夏、札幌記念競走でエアグルーブは、とても気持ち良く走ったのでしょう。
 5月5日から6月9日にかけて行われた、2018年のアメリカ競馬三冠レースにおいて、ジャスティファイ(Justify)が全てを制して、2015年のアメリカンファラオ以来の三冠馬となりました。

 6戦6勝、つまり無敗の三冠馬となると、1977年のシアトルスルー以来41年振り、史上2頭目の快挙です。

 一冠目、5月5日のケンタッキーダービーを快勝した時、初めてジャスティファイの強さを確認したというのが、私の本音です。
 何しろデビューが2018年2月18日と「とても遅かった」ので、2歳レースの実績が無かったのです。
 調べてみると、「3歳デビュー馬」のケンタッキーダービー制覇は、1882年のアポロ以来、実に136年振りとのことですから、このことだけでも歴史的な勝利でした。

 そのジャスティファイが、5月19日のプリークネスステークスを制し、6月9日のベルモントステークスにも快勝し三冠馬となったのですから、「驚異的な快挙」ということになります。

 基本的には「逃げ馬」ですが、ケンタッキーダービーでも2番手から抜け出したように、器用な脚も使います。展開に左右されにくい自力勝負ができるところが、ジャスティファイ最大の強みということになります。
 また、全6走の内3走が不良馬場、残る3走が日本で言えば良馬場ですから、馬場状態への適応力も極めて高いのです。プリークネスステークス2018などは「どろどろの馬場」でしたが、見事に勝ち切りました。

 父スキャットダディは、産駒が初年度(2011年)から良く走りましたのでリーディングフレッシュマンサイアーに輝くなど、今後の活躍が期待されていましたが、2015年12月に急死してしまいました。
 ジャスティファイは、スキャットダディの代表産駒となりましたから、この血統を後世に伝えて行く役目を負ったことになります。

 スキャットダディの父はヨハネスブルグです。
 どこかで聞いたことが・・・と思われた方も居ると思いますが、現在日本で供用されています。
 2009年10月に軽種牡馬協会が購入を発表し、2010年から我が国で種牡馬生活を送っているのです。

 スキャットダディの父系は「ストームキャット系」です。
 ストームキャット系は、ノーザンダンサー系のひとつですが、ストームキャットはあのジャイアンツコーズウェイの父であり、1999年と2000年にアメリカリーディングサイアーに輝くなど、超一流と言って良い成績を残しました。
 
 ストームキャット系は「アメリカのダート馬場」に適応した脚質の馬が多いので、ややもすると「一本調子のパワー型」が多く、高速でペース変化が大きい日本競馬には向かないのでは、との見方もありますが、他の血統との配合によって「バラエティに富んだ強いサラブレッド」を輩出することが実証されています。

 ストームキャットを祖父あるいは母の父として持つ、いわゆる「孫世代」には、ロードカナロア、ファレノプシス、メイショウボーラー、エイシンアポロン、キズナ、アユサンといった馬達が並びますから、日本競馬への適応力も十分ということになるでしょう。

 ジャスティファイの大活躍によって、種牡馬ヨハネスブルグへの需要が高まるかもしれません。

 一方、ジャスティファイの母はステージマジック。その父はゴーストザッパーです。ゴーストザッパーは2004年のブリーダーズカップ・クラシックをレコード勝ち、同年の年度代表馬に輝く優駿でした。通算11戦9勝・G1レース4勝と勝率の高いサラブレッドだったのです。

 そのゴーストザッパーの父はオーサムアゲイン。カナダで生まれアメリカで走り、1998年のブリーダーズカップ・クラシックを制しています、ゴーストザッパーとの親子制覇でした。こちらも通算12戦9勝と高い勝率を誇りました。2001年にカナダ競馬殿堂入りを果たしていますから、生誕地カナダでとても高い評価を受けていることが分かります。

 そのオーサムアゲインの父はデュプティミニスター。カナダで生まれ、カナダとアメリカで走りました。そしてアメリカで種牡馬となったのです。この馬も通算22戦12勝と、良く勝っています。
 そして、デュプティミニスターの祖父がノーザンダンサーなのです。

 こうして観ると、ジャスティファイの母系は「カナダの血」が色濃く出ています。
 ジャスティファイは、北アメリカ競馬が生んだ傑作とも言えるのでしょう。

 1943年にサイテーションが「1940年代の4頭目の三冠馬」となって以来、アメリカではなかなか三冠馬が出なかったのですが、1973年にセクレタリアト(1973年)が久々の三冠馬となってから、シアトルスルー(1977年)、アファームド(1978年)と立て続けに3頭、「アメリカ三冠馬」が登場しました。 
 ところがその後は、21世紀に入り、2010年を過ぎても三冠馬は出ませんでした。特に、三冠目のレース、2400mのベルモントステークスが大きな壁になっていたのです。

 そして2015年、アメリカンファラオが久しぶりに三冠を達成したと思ったら、3年後にジャスティファイが続きました。

 20世紀から21世紀にかけて、アメリカ競馬に「三冠馬が複数登場する時期」が40年ごとに訪れているように観えるのは、とても不思議なことです。

 この「三冠馬が出なかった約40年間の競馬」と「三冠馬が複数登場する時期の競馬」に、どのような違いが有るのか、あるいは「単なる偶然」なのか、謎解きにトライしたいものです。
 6月3日、東京競馬場芝1600mコースで行われる、第68回安田記念競走G1の注目馬検討です。

 「春のマイル王」を目指す16頭の出馬表を観ると、近時の日本競馬のマイル路線の充実ぶりを感じます。
 このレースには出てきていない馬達も含めて、日本競馬の中距離馬の層は、とても厚くなりました。

 「日本競馬の父」「日本ダービーの生みの親」と称される、初代・日本中央競馬界理事長・安田伊左衛門(1872年~1958年)氏の功績を記念して創設された安田記念(当初は安田賞)競走ですが、安田氏が目指した、日本競馬の国際化は、21世紀になって急速に実現しつつあるように見えます。

 ちなみに中央競馬における「1600mの重賞レース」は、安田記念が最初でした。
 当時、最も先進的なホースマンであった安田氏を記念するレースとして、それまで無かったマイル重賞を創設したというのは、その後の中距離重賞の増加を考え合わせると、意義深いものであったとも感じます。

 さて、注目馬です。

 第一の注目馬は、1枠1番のスワーヴリチャード。
 2017年の日本ダービー2着以降の重賞4走で、3勝・4着1回(有馬記念)と安定した成績を残しています。ここを勝つようなら、しばらくの間「中距離レースの中核馬」としての地位を確立できるでしょう。
 加えて、このところのG1レースでは1枠の馬が苦戦を続けました。そろそろ1枠の馬が来るころでしょう。

 第二の注目馬は、3枠5番のペルシアンナイト。
 マイルCS2017の覇者ですから、現在のマイル王と言って良いでしょう。前走大阪杯G1(2000m)もスワーヴリチャードと差の無い2着ですから、マイルとなれば互角の勝負が出来ると思います。

 第三の注目馬は、8枠15番のサングレーザー。
 前走・マイラーズカップG2はレコード勝ちの快勝でした。外枠はマイナス材料ですが、鞍上はダービージョッキー・福永祐一ですから、上手くカバーしてくれそうです。

 今回は以上の3頭に期待します。

 6週連続G1のファイナルを飾る好レースとなることでしょう。
 日本ダービー2018当日の午前中に「いよいよ日本ダービー! 東京競馬場は開門前に9829人が行列 前年より約1500人増」という記事が、スポーツ報知から配信されました。

 「開聞前には、徹夜組4550人(前年比11.2%増)を含む9829人が列を作り、昨年より約1500人も多かった(同17%増)。昨年より5分早い午前7時20分に開門した」とのこと。

 徹夜で並んだファンを始めとする1万人近い人達は、開門と共に何処に走ったのでしょうか。
 ゴール前の観客席に陣取ったのか、指定席に入ったのか、自分にとっての「いつもの場所」をセッティングしたのか、それは分かりませんけれども、「競馬の祭典」日本ダービーの人気の高さを示す事象であろうと思います。

 1973年5月6日、伝説的な「ハイセイコーのNHK杯」の日、東京競馬場には16万9174人*のファンが詰めかけ、立錐の余地も無く「とても危険な状態」、いつどこで将棋倒し等の事故が発生しても不思議ではない状態になってしまったことに懲りた?中央競馬会は、その後の大レースで入場券発行枚数を制限しました。(*現在に至るまで、中央競馬というか、世界の主要な競馬場・レースを含めても、史上最多の入場者数です)

 従って、現在の中央競馬においては「概ね12万人」が最多の入場者数になっています。

 そして、2018年5月27日の東京競馬場には「約12万人」が詰めかけたのです。

 「平成」時代最後の日本ダービーは、ゴール前の稀に見る競り合いから抜け出した、ワグネリアン号が優勝しました。

 好天に恵まれた好レース、多くのファンに見守られたワグネリアンの好走でした。
 5月27日、東京競馬場芝2400mコースで開催される、第85回東京優駿競走(日本ダービー)G1の注目馬検討です。

 競馬のお祭り、一年で最も華やかなレースがやってきます。

 白地に黒のゼッケンを観る度にウキウキしてしまうのは、私だけではないでしょう。

 日本ダービーは何時の時代も「3歳世代NO.1」を決めるレースなのです。

 クラシック1冠目の皐月賞2018は、複雑な展開のレースとなりました。
 目まぐるしい順位の上げ下げの中で、エボカドーロに栄冠が輝きました。
 ある意味では「クセのあるレース」でしたので、その結果は慎重に扱う必要がありそうです。

 さて、注目馬です。

 第一の注目馬は、4枠8番のブラストワンピース。
 3戦3勝の無敗馬です。前走毎日杯G3は完勝でした。ハービンジャーの代表産駒への道を歩んでいただきたいと思います。

 第二の注目馬は、7枠15番のステルヴィオ。
 勢いのあるロードカナロア産駒。前走皐月賞では展開に恵まれませんでしたが、広々とした府中で、存分の働きを観たいものです。

 第三の注目馬は、1枠1番のダノンプレミアム。
 言わずと知れた「2歳王者」です。弥生賞G2も勝って、久し振りの三冠馬誕生か、と思いましたが、まさかのトラブルで皐月賞を回避しました。
 地力NO.1は間違いないと思いますので、巻き返しに期待します。

 今回は以上の3頭に注目します。

 ゴーフォザサミットとジェネラーレウーノは、少し気になりますけれども。

 馬場は良さそうです。
 良いレースに成りますように・・・。
 「競馬の祭典」、日本ダービーが迫りました。

 競馬に係わる全ての人にとって、一年で最も「ワクワクする日」であろうと思います。
 
 1981年の優勝馬はカツトップエース号、1997年の優勝馬はサニーブライアン号なのですが、この2頭のダービー馬の競走馬キャリアは、不思議なほどに似ています。

① 共に逃げ馬

 「逃げ馬」の中にも、比較的自在な脚質を持ち、他に強力な逃げ馬が居る時には過度な競り合いを避けて、2番手・3番手でレースを行う馬も居ますが、この2頭は「生粋の逃げ馬」といって良いでしょう。展開の関係で2番手に位置することが有っても、常に先頭で走ろうとするのです。

② 皐月賞・日本ダービーの2冠馬

 共にこの年のクラシック2冠馬となり、「最優秀4歳牡馬」のタイトルを獲得しています。
 余談ですが、皐月賞の2着馬との着差は、共に「クビ差」でした。

 皐月賞優勝が「展開に恵まれてのフロック」ではなかったか、という見方をされて、日本ダービーではカツトップエースがサンエイソロンの3番人気、サニーブライアンがメジロブライトの6番人気と、皐月賞馬としては人気が低かったところも共通でした。
 2頭とも、日本ダービーを勝って初めて「その実力が認められた」感があるのです。

③ 共に、日本ダービーがラストラン

 そして2頭とも、日本ダービー後レースに出走することはありませんでした。故障を発症したためです。

④ 11戦4勝と10戦4勝

 通算成績もとても良く似ています。

 共に新馬戦を勝ち、特別レースで1勝して、後は皐月賞と日本ダービーを勝利しての、計4勝。
 総レース数の違いは、カツトップエースが皐月賞と日本ダービーの間に、当時はダービートライアルであったNHK杯に出走したことによる1レース分ではないでしょうか。

 2頭の日本ダービー馬・カツトップエースとサニーブライアンは、16年の歳月を経て、酷似した競走馬キャリアを送りました。
 これ程に似ているキャリアを持つダービー馬というのは、珍しいというか、奇跡的なことであろうとも感じます。

 カツトップエース号、父イエローゴッド、母アコニット。通算成績11戦4勝。主な勝ち鞍、日本ダービー、皐月賞。

 サニーブライアン号、父ブライアンズタイム、母サニースイフト。通算成績10戦4勝。主な勝ち鞍、日本ダービー、皐月賞。

 両馬は既に他界していますが、天上での「2冠馬の会」(そういう会が在るのかどうか知りませんけれども)における、両馬の会話を聴いてみたいものです。
プロフィール

カエサルjr

Author:カエサルjr
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ようこそ!
我が家の月下美人も16年目。同時に30個の花が咲くこともあります。スポーツも花盛りですね。一緒に楽しみましょう。

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