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 新型コロナウイルス禍のために、多くのスポーツイベントが延期・中止なっている時期は、撮り貯めた録画を自宅で楽しむのに最適です。
 今回はリーガエスパニョーラ2004~5年シーズン第31節、レアル・マドリード対FCバルセロナ、クラシコの一戦を観ました。

[2005年4月10日・サンティアゴ・ベルナベウ]
レアル・マドリード4-2 FCバルセロナ

[レアル・マドリードの先発メンバー]
1. GKカシージャス選手
2. DFサルガド選手
3. ロベルト・カルロス選手
4. エルゲラ選手
5. パボン選手
6. MFジダン選手
7. グラヴェセン選手
8. ベッカム選手
9. FWラウール選手
10. ロナウド選手
11. オーウェン選手

[FCバルセロナの先発メンバー]
1. GKビクトル・バルデス選手
2. DFベレッチ選手
3. プジョル選手
4. ファン・ブロンクホルスト選手
5. オレゲール選手
6. MFマルケス選手
7. シャビ選手
8. イニエスタ選手
9. ジュリ選手
10. エトー選手
11. ロナウジーニョ選手

 1902年5月13日に第1戦が行われ、既に240戦を越える試合を重ねているエル・クラシコは、スペイン・リーガエスバニョーラを代表するカードであり、常に世界中のサッカーファンから注目を集めるゲームです。

 私の録画ライブラリーの中から2004~05年シーズンの第2戦を観ました。
 久しぶりに観ましたが、記憶通りの「華やかな映像」でした。

 20世紀の半ば以降、レアルはいつも豪華なメンバーを揃えていますが、この頃は特に世界中のスーパープレーヤーで固めていた感が有り、「銀河系軍団」とも称されていました。

 先発メンバーを観ても、FWロナウド選手、MFジネディーヌ・ジダン選手やDFロベルト・カルロス選手、MFデビッド・ベッカム選手、GKイケル・カシージャス選手とスターが並びます。そしてベンチには、ルイス・フィーゴ選手も控えているのです。
 もちろん、他のメンバーも十分に世界的なプレーヤーなのですが・・・。

 対するバルセロナも、FWにサミュエル・エトー選手、ロナウジーニョ選手が並んでいますし、売出し中と言うか若手だったシャビ選手とイニエスタ選手という、この後、バルセロナやスペイン代表チームの中核を占めるプレーヤーも居るのです。
 デコ選手が欠場していたことが惜しまれますが、堂々たる布陣でしょう。

 このシーズンのエル・クラシコ第1戦は、バルサが3-0で完勝していましたから、レアルとしては「負けられない試合」でした。

 ホーム・ベルナベウのファンがまず大歓声を挙げたのは、前半6分でした。
 右サイド・ロナウド選手からのセンタリングを、ジダン選手がヘッドで押し込みました。
 ヘディングのジダン選手が、そのままバルセロナゴールポストに頭から激突したことでも知られているゴールですが、ベッカム選手のクロスの高精度が印象的でした。

 そして前半19分、ロナウド選手がヘディングで叩き込み、レアルは2-0とリードを広げました。
 これは、やはり右サイドからのベッカム選手のフリーキックFKをキッチリと決めたものです。このゲームのバルサは、ゴール前向かって右サイドの守備が、少し弱かったのかもしれません。

 なかなかチャンスを作れなかったバルサですが、前半29分、右サイドでエトー選手が粘り、ペナルティエリア付近に居たシャビ選手に当てて、突進。そのままレアル守備陣を一気に突破してシュート。1点を返しました。
 ロベカル選手もついていけなかった、エトー選手のスピード、素晴らしいスピードが際立ったプレーでした。

 この頃のエトー選手は、もちろんバルセロナの「得点エンジン」でしたが、スピードに乗ってしまえば誰にも止められない感じでしたので、レアルサポーターにとっては「恐怖の存在」だったことでしょう。
 このゲームでも、エトー選手がボールを持ち走り出すと、9万人を超えていたであろう大観衆が「固唾を飲む」のがよく分かる=突然スタジアムが静かになる、程でした。

 ゲームは2-1となって、一段と激しさを増しました。
 前半のインジュリータイムに入り、このまま折り返すかに観えた46分。
 右サイドからロナウド選手がドリブルで持ち込みベッカム選手へ、ベッカム選手から中央のジダン選手にロングパス、ジダン選手がロベルト・カルロス選手の上りを待ってパス、ロベカル選手がドリブルで駆け上がり、ペナルティエリア内に進出してセンタリング、これをラウール選手がゴール前でシュート、GKビクトル・バルデス選手が手に当てるも、シュートの威力が勝り、ボールはゴール左サイドに吸い込まれました。
 ピッチを広く使った、レアルの流れるような得点シーンでした。

 レアルが3-1とリードして前半が終わりました。

 反撃したいバルサが攻勢に出た後半ですが、レアルも一歩も引かず、一進一退の攻防が続きました。世界最高レベル、見応え十分な攻防でした。

 そしてバルサが前掛かりになった後半19分、センターライン付近でボールを奪ったベッカム選手から前方にロングパス。
 このパスが、走り込んでいたオーウェン選手にドンピシャ。
 オーウェン選手がこれをゴール正面から、しっかりと決めました。

 ベッカム選手からオーウェン選手という、「イングランドのホットライン」が見事に機能したプレーでした。

 4-1と大きなリードを奪って、ベルナベウは「歓喜の嵐」となりました。
 レアルサポーターにとっての「極上の時間」が流れます。

 とはいえ、残り時間は25分以上有るのです。
 両チームの力とエル・クラシコの歴史を考え合わせれば、何が起こるか分からないと考えるのが自然でしょう。

 そして後半27分、レアルゴール向かって正面やや右サイドからバルサのFK。
 蹴るのはロナウジーニョ。
 このシュートは、レアルの「壁の割れ目」を突いて、レアルゴール右上に突き刺さりました。あのGKカシージャス選手が一歩も動けない、素晴らしいFK。
 やはり、ゲームはまだまだ分からないのです。

 ところが後半31分、エトー選手が交替しました。筋肉系のトラブルでしょう。
 2点目を挙げて、バルサにとっては「さあ、これから」という瞬間の退場でした。

 エトー選手がピッチを去ったことは、バルセロナにとっては痛かった。
 この頃のバルサの中核プレーヤーは、エトー選手とロナウジーニョ選手であったと思います。
 事実この試合でもゴールを挙げているのは、その両輪なのです。
 その内の1枚を失ったのです。

 ゲームは、これで決まったと感じます。

 「恐怖のエトー」が去り、レアルサポーターは安心してゲームを楽しむことが出来るようになったのです。

 後半37分にはフィーゴ選手がピッチに立ちました。オーウェン選手との交替でした。
 湧き上がる大歓声!
 もはや、ここからはレアルサポーターの「お祭り」でしょう。

 フィーゴ選手とロナウド選手の豪華なボール回し、一挙手一投足に大歓声が上がり続けたのです。

 とはいえ、バルサも全く諦めた様子は無く、シャビ選手やロナウジーニョ選手が攻め続けましたが、これ以上得点は生まれませんでした。

 このエル・クラシコはレアル・マドリードの快勝でした。
 このシーズンのもう一試合、カンプノウでのクラシコはFCバルセロナの快勝でしたから、このシーズンは「互角」のクラシコだったのです。

 このゲームで最も印象的だったのは、「全選手の必死のプレー振り」でした。

 ワールドカップ優勝も経験しているプレーヤー達、世界のスーパースターである選手達も含めて、全てのプレーヤーが「血眼」になってボールを追い続けるのです。
 手抜きプレーなど一切ありません。

 エル・クラシコの舞台において、少しでも「力を出し惜しみ」するようなプレーヤーは、レアル・マドリード、FCバルセロナ、のメンバーになる資格は無い、ということなのでしょう。

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 新型コロナウイルス禍のために、多くのスポーツイベントが延期・中止なっている時期は、撮り貯めた録画を自宅で楽しむのに最適です。
 今回はユーロ(欧州選手権大会)2000の準々決勝を観ました。

[2000年6月25日・フェイエノールトスタディオン(ロッテルダム・オランダ) ]
オランダ6-1ユーゴスラビア

 このゲームは、パトリック・クライファート選手のゲームでした。
 前半24分、38分、後半9分にゴールを挙げて、ハットトリックを達成しています。
 後半6分のユーゴスラビアチームのオウンゴールも、ゴール右サイドに迫ったクライファート選手と競り合った結果のゴールでした。このオウンゴールが生れた瞬間、そしてしばらくの間は、クライファート選手のゴールとされていましたから、交替を告げられベンチに戻る時には「4ゴール」を挙げた選手として、大観衆から大歓声を受けました。
 信じられないような活躍だったのです。

 このゲームのクライファート選手のプレーは、相手ゴール目前でパスを受け、それをキッチリと叩き込むものでした。
 トラップやシュートの技術の高さが存分に披露されました。
 「オランダトリオ」の流れを汲む、身長188cmと大柄なプレーヤーが、ゴール前で極めて繊細で多様なテクニックを披露するのですから、驚かされるばかりです。

 ユーロ2000準々決勝は、クライファート選手の代表キャリアにおいても「ベストゲーム」であったと思います。

[オランダチームの先発メンバー]
1. GKファン・デル・サール選手
2. スタム選手
3. フランク・デ・ブール選手
4. ゼンデン選手
5. コクー選手
6. ダーヴィッツ選手
7. クライファート選手
8. ベルカンプ選手
9. オフェルマルス選手
10. ボスフェルト選手
11. ニューマン選手

[ユーゴスラビアチーム先発メンバー]
1. GKクラリ選手
2. ジュキッチ選手
3. ユーゴヴィッチ選手
4. ミヤトヴィッチ選手
5. ミロシェヴィッチ選手
6. ストイコヴィッチ選手
7. ミハイロヴィッチ選手
8. コムリエノヴィッチ選手
9. サヴェリッチ選手
10. ゴヴェダリツァ選手
11. ドゥルロヴィッチ選手

 このゲームのオランダチームのメンバーは、さすがに強力です。
 フォワードFWの「アイスマン」デニス・ベルカンプ選手は、長くオランダを代表する点取り屋でしたし、112キャップを誇るディフェンダーDFフランク・デ・ブール選手、「ボロ」と呼ばれたミッドフィールダーMFボウデヴァイン・ゼンデン選手、FWマルク・オーフェルマウス選手、何でもできるフィリップ・コクー選手、MFエドガー・ダーヴィッツ選手と並んだ布陣は、強力そのものです。
 さらにベンチには、あのクラレンス・セードルフ選手も居たのです。(セードルフ選手が何故出場しなかったのかは、今でも不思議です。チーム創りにおいて、素晴らしいプレーヤーが「多過ぎた」のかもしれません)

 「オランダトリオ」の時の代表チームを「第2期黄金時代」と呼びましたが、この大会のオランダ代表チームは「第3期黄金時代」と呼んでも良いレベルなのでしょう。

 一方のユーゴスラビア代表チームも、キャプテンのストイコヴィッチ選手を中心として、高い攻撃力を誇るチームでした。
 しかし、このゲームでは、「絶好調のクライファート選手のプレー」の前に、残念ながら沈黙してしまいました。

 ところが、これ程に強かったオランダチームが、続く準決勝で、イタリアチームに惜敗してしまうのですから、さすがに欧州選手権大会なのです。(準決勝:イタリア0-0オランダ PK戦3-1でイタリア勝利)

 そして、そのイタリア代表チームも決勝で、延長の末フランス代表チームに敗れてしまいます。(決勝:フランス2-1イタリア)

 ユーロ2000のベスト4進出チームは、いずれも、どこが優勝してもおかしくない素晴らしいナショナルチームだったのです。

 フランス代表チームに準決勝で敗れたポルトガル代表チーム(やはり延長で、フランス2-1ポルトガル)も、所謂「黄金世代」を核とした、ポルトガルサッカー史上最強チームのひとつでした。
 メンバーを観ると、フィーゴ選手、パウロ・ソウザ選手、ルイ・コスタ選手、フェルナンド・コウト選手、ジョアン・ピント選手(以上、黄金世代)、ヌーノ・ゴメス選手、セルジオ・コンセイソン選手、ルイ・ジョルジ選手と並びます。
 凄いメンバーです。

 では、オランダ代表チームを破ったイタリア代表チームはというと、マルディーニ選手、アルベルティーニ選手、カンナヴァーロ選手、コンテ選手、インザーギ選手、デル・ピエロ選手、トッティ選手、デルヴェッキオ選手と並びます。
 何と華麗で美しいチームでしょうか。

 そしてフランス代表チームは、ワールドカップ1998を制覇した栄光のチームを主体としているのです。
 メンバーを観ると、ジダン選手、アンリ選手、トレゼゲ選手、ヴィルトール選手、ジョルカエフ選手、デュガリー選手、デシャン選手、ヴィエラ選手、デサイー選手、ブラン選手といった面々が顔を揃えます。
 常にフランスチームの特徴のひとつである「堅守」、1998年ワールドカップ制覇の礎となった「堅守」を支えるDF・MFのスーパープレーヤーがずらりと並び、そこに攻撃の中心であるジダン選手や、若くて売出し中であったアンリ選手が加わっているという、バランスの良いチームです。

 こうした好チームが揃っていたのですから、ユーロ2000が世界中のサッカーファンに、多数の素晴らしいゲームを提供してくれたのは、当然のことです。

 サッカーと言うのは不思議なスポーツで、「同時期にとても強いチームが複数登場する」ものなのですが、ユーロ2000においても、その超常現象が現れたということなのでしょう。

 新型コロナウイルス禍のために、多くのスポーツイベントが延期・中止なっている時期は、撮り貯めた録画を自宅で楽しむのに最適です。
 今回はユーロ(欧州選手権大会)1992の決勝を観ました。

[1992年6月26日・ウッレヴィスタディオン(スウェーデン)]
デンマーク2-0ドイツ

 1990年のワールドカップを制覇した西ドイツチームのメンバーを主体とした、東西ドイツ統合後初の「ドイツチーム」が本命と言われたユーロですが、デンマークチームが「よもや?」の強さを魅せて快勝したゲームです。
 初優勝でした。

 国連からの指摘によって大会直前(開幕2週間前)にユーゴスラビアチームが出場できなくなり、代わりに出場したのがデンマークチームでした。
 ほぼ準備期間無しでの出場でしたから、当然ながら活躍は期待されなかったのですが、あれよあれよという間に決勝トーナメントに進出し、準決勝でオランダ、決勝でドイツを倒して優勝したのですから、間違いなく、とても強いチームだったのです。

[ドイツチームの先発メンバー]
1. GKイルグナー選手
2. ロイター選手
3. ブレーメ選手
4. コーラー選手
5. ブッフバルト選手
6. ヘスラー選手
7. リードレ選手
8. ヘルマー選手
9. ザマー選手
10. エッフェンベルク選手
11. クリンスマン選手

[デンマークチームの先発メンバー]
1. GKシュマイケル選手
2. シヴェルク選手
3. ケント・ニールセン選手
4. オルセン選手
5. クリストフテ選手
6. イェンセン選手
7. ポウルセン選手
8. ブライアン・ラウドルップ選手
9. ピーフニク選手
10. ラーセン選手
11. ヴィルフォート選手

 ドイツチームは頭書の通り、1990年ワールドカップ優勝メンバーが主体でした。フェラー選手とリトバルスキー選手が抜けている位でしょうか。当然ながら完成度の高いチームですし、大会前には、ドイツサッカーの「皇帝」フランツ・ベッケンバウアー氏から「東西ドイツが統一されひとつのチームが出来たのだから、そのチームは『無敵』の筈」とのコメントも有りましたので、ドイツチームには優勝に向けてのプレッシャーもあったかもしれません。
 クリンスマン選手が居て、ザマー選手が居て、ヘルマー選手が居て、日本でもプレーしたブッフバルト選手も居るという、豪華なメンバーです。

 一方のデンマークチームでは、やはりゴールキーパーGKのシュマイケル選手が有名でしょう。1990年代には世界NO.1GKと称されました。この大会、そしてこの試合でも、素晴らしいプレーを披露しています。

 さて、久し振りに録画を観戦した感想です。

① 運動量が多い。
 1970年代、80年代の大試合と比べて、両チームともにプレーヤーの動きが速く、展開も極めてスピーディです。中盤ではドリブルによる持ち上がりが多く、ゴール前では素早いパスからチャンスメイクしています。
  記憶していた印象より、はるかにスピーディなゲームでした。

② GKのレベルが高い。
 デンマークのシュマイケル選手は勿論として、ドイツのイルグナー選手も素晴らしいプレーを魅せています。
 「強いチームには良いGKが居る」ことを、改めて感じました。

③ デンマークチームの素早い攻撃
 戦前の予想通り、ゲームはドイツチームが優勢に進めましたけれども、時折見せるデンマークチームの攻撃は秀逸でした。

 前半18分のイェンセン選手の先制シュート・ゴールは、低く出たボールがホップするように上昇軌道を走り、ドイツゴールに突き刺さりました。凄い威力です。
 そして、同点に向けて前掛かりになったドイツチームに対して、後半33分カウンター攻撃から決めた、ヴィルフォルト選手のゴールも、コース威力とも十分なものでした。
 2点とも、さすがのGKイルグナー選手を持ってしても、どうすることも出来ないハイレベルなシュートだったのです。

 観客席では、「神様」ペレ氏と「皇帝」ベッケンバウアー氏が会話をしている姿が映し出されました。
 お二人とも「とてつもないオーラ」を具備していますから、「絵になるシーン」であることは、言うまでも有りません。

 地元スウェーデンのサッカーファンの多くは、やはり馴染み深い隣国・デンマークチームを応援していました。
 デンマークがリードし、試合時間が残り少なくなるとスタジアムの歓声は一層大きくなり、試合終了のホイッスルが鳴り響くと、お祭りの様な騒ぎとなりました。
 ドイツにとっては、完全なアウェイゲームだったのです。(常に世界のサッカーをリードしているドイツチームは、どの大会でもアウェイになることが多いのです。「強いが故の現象」なのでしょう)

 社会民主主義と呼ばれた政体を取っていて、所謂本物のプロスポーツプレーヤーが居なかったデンマークが、全ての競技を通じて、初めて「世界に力を示した」、ユーロ1992制覇だったのかもしれません。

 新型コロナウイルス禍のために、多くのスポーツイベントが延期・中止なっている時期は、撮り貯めた録画を自宅で楽しむのに最適です。
 今回はユーロ(欧州選手権大会)1988の準決勝を観ました。

[1988年6月21日・フォルクスバルクスタディオン(ハンブルグ・ドイツ)]
オランダ2-1西ドイツ

 この時期のオランダチームは、所謂「オランダトリオ」のチームでした。
 ルート・フリット選手、マルコ・ファン・バステン選手、フランク・ライカールト選手のトリオは、オランダ代表チームやセリエA・ACミランに数々の栄光を齎しました。
 
 オランダ代表チームといえば、1974年ワールドカップ決勝に進出し、「トータルフットボール」と称された新しいサッカーを創造したことで知られていますが、その頃の、ヨハン・クライフ選手とその仲間たちの時代を「第1期黄金時代」と呼ぶとすれば、この「オランダトリオ」の時代が「第2期黄金時代」であろうと思います。

 「オランダトリオ」を中心としたオランダチームは、素晴らしいパフォーマンスを魅せてくれたのです。(本ブログ2013年12月18日付記事「[欧州サッカー] ACミランの黄金期を支えた「オランダトリオ」」をご参照ください)

[西ドイツチームの先発メンバー]
1. GKインメル選手
2. ブレーメ選手
3. コーラー選手
4. ヘルゲット選手
5. ボロウカ選手
6. マテウス選手
7. フェラー選手
8. トーン選手
9. ミル選手
10. クリンスマン選手
11. ロルフ選手

[オランダチームの先発メンバー]
1. GKファン・ブルーケレン選手
2. ファン・ティヘレン選手
3. ロナルド・クーマン選手
4. ファン・アールレ選手
5. ファネンブルク選手
6. ミューレン選手
7. フリット選手
8. ファン・バステン選手
9. エルヴィン・クーマン選手
10. ライカールト選手
11. ヴァウテルス選手

 もちろん、この時代の西ドイツ代表も良いチームでした。
 「ミスタードイツ」と呼びたいローター・マテウス選手を中心に、ルディ・フェラー選手やユルゲン・クリンスマン選手を擁した攻撃陣は、長くドイツチームを支えました。(この後、ドイツ代表チームは完成度を増して、1990年のワールドカップで優勝しています)

 好チームの激突となったこのゲームは、この大会の実質的な決勝、とも呼ばれました。
 そして、その期待にたがわぬ、とてもハイレベルなゲームであったと感じます。

 オランダチームは、フリット選手とファン・バステン選手の攻撃が見事でした。
 長く世界サッカー界を牽引した「トリオ」ですが、フリット選手とファン・バステン選手のコンビとしての力であれば、この大会がベストであったと思います。

 マテウス選手のペナルティーキックPKによって先制を許したオランダチームは、後半に入りディフェンダーDFのロナルド・クーマン選手が同点ゴールを挙げ、ゲーム終了間際にファン・バステン選手が逆転ゴールを奪って、西ドイツチームを振り切りました。
 両チームの攻防は手に汗握るものでしたが、やはり、ペナルティーエリア周辺での、フリット選手とファン・バステン選手の「存在感」は大きく、さすがのフェラー選手とクリンスマン選手をも上回っていました。

 決勝でも、ソビエト連邦チームを2-0で破りましたが、この2点はフリット選手とファン・バステン選手の得点だったのです。
 ファン・バステン選手は、この大会で5ゴールを挙げて、得点王にも輝いています。

 さらに言えば、オランダ代表チームはユーロ初優勝でした。
 既に、世界のサッカー強豪国の仲間入りを果たしていたオランダですが、大きな国際大会タイトルを初めて獲得したのです。
 実際には、オランダ代表はこの後ユーロを制覇していませんから、この大会の栄光は、オランダサッカー界の「金字塔」ということになります。

 「オランダトリオ」は、サッカーの在り様も変えました。
 フリット選手が身長191cm、ファン・バステン選手が身長188cm、ライカールト選手が身長190cmと、身長190cm前後の長身トリオだったのです。
 これ程大きなプレーヤーが、特に「攻撃陣」を構成する在り様は、それまでの世界トップクラスのチームでは観られない光景であったと思います。
 そして、この大きなプレーヤーに合った攻撃手法・プレーを展開していたことは、言うまでも有りません。

 このチームの活躍の後、世界のサッカーチームの「大型化」が一気に進んだという見方も、あるのでしょう。

 第2期黄金時代のオランダ代表チームは、再び「世界のサッカーを変えた」のかもしれません。

 新型コロナウイルス禍のために、多くのスポーツイベントが延期・中止なっている時期は、撮り貯めた録画を自宅で楽しむのに最適です。
 今回はコパ・アメリカ(南米選手権)2011の準々決勝を観ました。

[2011年7月11日・エスタディオロペス(サンタフェ・アルゼンチン)]
ウルグアイ1-1アルゼンチン(PK戦5-4でウルグアイ勝ち上がり)

 南米大陸のナショナルチームNO.1を決める舞台で、若きスアレス選手、メッシ選手らが、素晴らしいプレーを披露したゲームでした。
 2010年代の両ナショナルチームが、概ね満足できるメンバーで戦ったという意味で、とても貴重な録画であろうと思います。

[ウルグアイチームの先発メンバー]
1. GKムスレラ選手
2. DFルガーノ選手
3. ビクトリーノ選手
4. アルバロ・ペレイラ選手
5. マキシミリアーノ・ペレイラ選手
6. カセレス選手
7. MFペレス選手
8. アレバロ選手
9. ゴンザレス選手
10. FWスアレス選手
11. フォルラン選手

[アルゼンチンチームの先発メンバー]
1. GKロメロ選手
2. DFサバレタ選手
3. ブルディッソ選手
4. ガブリエル・ミリート選手
5. サネッティ選手
6. MFディマリア選手
7. マスケラーノ選手
8. ガゴ選手
9. FWイグアイン選手
10. メッシ選手
11. アグエロ選手

 大会前には、14回の最多優勝回数で並んでいたアルゼンチンとウルグアイの両チームが、15回目の「単独」最多優勝記録を目指した大会でもありました。
 特にアルゼンチンチームにとっては「地元開催」でしたから、ファンというか国民の期待もとても大きかったのです。

 そもそも、コパ・アメリカの主役である両チームが、決勝トーナメント初戦=準々決勝で対戦すること自体が「異例」です。
 特に開催国アルゼンチンとしては、ブラジルやウルグアイといった、南米を代表するチームとの早期の対戦は、なるべく避けようと考えていたことでしょう。
 ところが、準々決勝での顔合わせとなってしまったのは、GLの成績が影響したのです。

 地元アルゼンチンチームは、グループAでよもやの2位通過となってしまいました。
 大会初戦でボリビアチームと引分けたことが大きく、コロンビアチームの首位通過を許しました。

 一方のウルグアイチームも、グループCを2位で通過してしまったのです。
 やはり緒戦でペルーと引分け、チリチームが1位通過となりました。

 もちろん、南米各国のナショナルチームの力量の高さを示していることも間違いありません。

 両チームが共にGLを2位で通過してしまったために、このような「決勝でも何の不思議もない優勝候補同士のカード」が準々決勝で現出してしまいました。

 さて、ノックアウトステージですから、絶対に負けられないゲームに対して、アルゼンチン代表チームがフルメンバーを並べたのは、当然のことでしょう。
 フォワードFWに、メッシ選手、イグアイン選手、アグエロ選手を揃えました。
 リオネル・メッシ選手がセンターFWに座るのは当然として、ゴンサロ・イグアイン選手とセルヒオ・アグエロ選手という、この時代のアルゼンチンを代表するFWを揃えて来たのです。
 そして、ミッドフィールダーMFにもアンヘル・ディマリア選手やハビエル・マスケラーノ選手を置いています。
 「得点力抜群」の布陣と言って良いでしょう。

 一方のウルグアイ代表チームも、持ち味を十分に発揮できるチームになっています。

 ウルグアイと言えば「堅守」です。
 ブラジルチームやアルゼンチンチームという、何時の時代も世界最高レベルの攻撃力を備えているチームと戦い続けなければならないという、南米サッカーにおける長い歴史から生まれた「持ち味」なのでしょう。

 このゲームでも「5バック」を敷きました。3バックからの5バック的な試合運びというのは良く見かける守備的な布陣ですが、最初から5バックというのは、いかにもウルグアイチームでしょう。
 その5バックが、ルガーノ選手(キャプテン)、ビクトリーノ選手、アルバロ・ペレイラ選手、マキシミリアーノ・ペレイラ選手、カセレス選手という強力メンバーです。タバレス監督が自信を持って送り出したメンバーでしょう。
 このDFラインは、本当に精力的に働きます。この頃が全盛期ですから、運動量も十分。
 当時の世界最強の守備陣のひとつでしょう。

 この「堅守」からボールを供給される攻撃陣は、ディエゴ・フォルラン選手とルイス・スアレス選手の2トップ。
 この頃のウルグアイのFWといえばもう一枚、エディソン・カバーニ選手が居るのですが、このゲームは故障で欠場しています。その一枚分は、フルメンバーのウルグアイチームにとって欠けている部分なのでしょうが、フォルランとスアレスの2トップでも十分に戦えると観るのが妥当でしょう。
 この2人のFWプレーヤーは、「2人だけで点を取る能力」ならば、世界屈指というか、この頃の世界一のコンビだったのではないかと思います。

 さて、ゲームは早々に動きました。
 前半6分に、ウルグアイMFディエゴ・ペレス選手が先制点を挙げたのです。
 ゴール前での粘り強い波状攻撃が実った形です。
 相手チームの攻撃の芽を摘む守備プレーを持ち味とするペレス選手なのですが、この時はギリギリまでボールを追いかけ、押し込みました。「骨身を惜しまぬ」というウルグアイチームの伝統が現れたゴールでもあったと感じます。

 先制を許したアルゼンチンチームは、攻めに攻めます。
 そして前半17分、センターライン付近から右サイドをドリブルで攻め上がったメッシ選手から、ゴール前に絶妙のクロスが上り、これをイグアイン選手がヘッドで押し込みました。
 ファインゴール!
 エスタディオロペスのアルゼンチンサポーターから大歓声が上がったことは、言うまでも有りません。

 両チームの持ち味が存分に発揮される展開が続いた前半39分、ウルグアイMFペレス選手が、このゲーム2枚目のイエローカードを受け、退場しました。
 11名対10名のゲームとなったのです。
 これでゲームは、アルゼンチン有利になったはずなのですが、相手がウルグアイとなると話は簡単ではありません。
 人数が一人減った後も、ウルグアイ守備陣の仕事は不変ですし、その守備陣からボールが供給されれば、2トップはいつものように仕事が出来るのですから。

 実際のところ、ウルグアイチームの5バックは、この後、ゲームが終了するまで、「堅守」を継続したのです。
 その運動量には、改めて驚かされます。

 この後両チームが1回ずつ、「ゴールに観えたプレーがオフサイドで無効」になりました。
 11対10のゲームとは思えない、「互角」の戦いが続いたのです。

 90分戦っても1-1の同点のままでした。

 そして延長を戦っても、1-1のままでした。

 このゲームは、「ウルグアイ代表チームの堅守」が際立つ展開、つまりウルグアイペースで終始したのです。
 アルゼンチンチームは、持ち前の攻撃力を、最後まで十分には発揮できませんでした。

 ゲームはPK戦に入りました。

 ウルグアイチームは、フォルラン選手→スアレス選手→スコッティ選手→ガルガノ選手→カセレス選手と5人全員が成功しました。
 一方のアルゼンチンチームは、メッシ選手からスタートし2人目のブルディッソ選手は決めましたが、3人目のテベス選手は決めることが出来ず、4に人目のパストーレ選手、5人目のイグアイン選手が決めましたけれども、5-4でウルグアイチームが勝利することとなりました。

 大きな大会のPK戦となると、チームを代表するようなプレーヤーが「蹴ることを嫌がる」ケースも観られるのですが、このゲームでは、ウルグアイのフォルラン・スアレスの両FW、アルゼンチンのメッシ選手という、チームの攻撃を牽引するプレーヤーが、真っ先に蹴っています。
 3選手の責任感の高さも感じますし、このゲームの「格の高さ」を感じると言ったら、少し大袈裟でしょうか。

 地元アルゼンチンサポーターの悲嘆は、本当に大きなものでしたし、メッシ選手にとっても、「アルゼンチン代表チームを率いて世界最高レベルの大会を制する」絶好の機会を失いました。
 本当に惜しまれる敗戦であったと思います。

 一方、この激闘を制したウルグアイ代表チームは、チリ代表との準決勝を2-0で勝ち抜きました。スアレス選手の2ゴールでした。
 そして、パラグアイ代表との決勝は3-0で完勝して、大会最多15回目の優勝を飾りました。
 決勝は、フォルラン選手の2ゴールとスアレス選手のゴールによる3得点でした。

 この勝ち上がりの内容を観ると、ウルグアイチーム優勝への最大の壁が、この準々決勝アルゼンチン戦であったことは、明白でしょう。
 やはり、この大会のアルゼンチンチームは、とても強いチームだったのです。

 ウルグアイの優勝は、まさに「堅守+スアレス・フォルラン」という、ウルグアイの戦い方で勝ち取った、堂々たるものでした。

 名将オスカル・タバレス監督が率いたウルグアイ代表チームの中で、コパ・アメリカ2011優勝チームが最強であったと考えています。

 新型コロナウイルス禍のために、多くのスポーツイベントが延期・中止なっている時期は、撮り貯めた録画を自宅で楽しむのに最適です。
 今回はユーロ(欧州選手権大会)1972の決勝を観ました。

[1972年6月18日・スタッドデュエゼル(ベルギー・ブリュッセル)]
西ドイツ3-0ソビエト

[西ドイツチームの先発メンバー]
1. GKマイヤー選手
2. ディーター・ヘッティゲス選手
3. ブライトナー選手
4. シュヴァルツェンベック選手
5. ベッケンバウアー選手
6. ヴィンマー選手
7. ウリ・ヘーネス選手
8. ハインケス選手
9. ギュンター・ネッツァー選手
10. エルヴィン・クレーマス選手
11. ゲルト・ミュラー選手


[ソビエトチームの先発メンバー]
1. GKルダコフ選手
2. ジョジュアシュヴィリ選手
3. クルトシラヴァ選手
4. コロトフ選手
5. トロシュキン選手
6. バイダフニー選手
7. バニシェフスキー選手
8. カプリフニー選手
9. ユーリ・イストミン選手
10. アナトリ・コンコフ選手
11. オニシチェンコ選手

 私はこのゲームの録画をよく観ます。
 1年に一度は観ているでしょう。
 最も良く観る「サッカーの録画」のひとつなのです。

 その理由は、この大会の西ドイツチームが「サッカー史上世界最強のナショナルチームのひとつ」であると考えているからです。

 本ブログでは、2015年3月12日付の記事「世界サッカー史上最強『1970年W杯ブラジル代表』チーム」において、ペレ選手やトスタン選手、リベリーノ選手やジャイルジーニョ選手を擁したブラジルチームを史上最強のナショナルチームとしています。
 その考えは現在でも不変ですが、そのブラジルチームに最も迫っているチームが、1972年ユーロの西ドイツチームであるとも考えています。

 この時の西ドイツチームは、本当に素晴らしい。
 
 1974年ワールドカップで優勝した西ドイツチームも素晴らしいチームですが、私は1972年ユーロのこのチームの方がより強いと観ています。
 その理由のひとつは、1972年にはネッツァー選手が居ますが、1974年にはネッツァー選手が居ないことです。(正確には、1974年の西ドイツチームのメンバーには入っていたのですが、ほとんど出場できなかったのです)

 「ギュンター・ネッツァー」は、稀代のサッカープレーヤーでした。
 類を観ないパフォーマンスを具備していたのです。
 特に30m前後の長いパスの精度とタッチは、これは世界サッカー史上ベストのものでしょう。

 現在では、ネッツァー選手のプレー映像を観る機会は本当に少なくなりましたし、残念ながら、私のライブラリーにもほとんどありません。
 そうした状況下、このユーロ1972決勝の録画は、とても大切なコンテンツであり、どうしても時々は観てしまうものなのです。
 「ネッツァーの雄姿」を観ることが出来る貴重な録画なのです。

 そして、何度観たか分からない筈なのに、都度新しい発見が有ることにも驚かされます。

 このゲームの西ドイツチームを見てください。
 もの凄いメンバーです。

 まず、ネッツァー選手とベッケンバウアー選手の両選手が共に出ています。
 共に「チームの絶対的中心選手」と成り得る2名のプレーヤーが、両立しているのです。
 「両雄並び立つ」こと自体が、滅多に無いことだと感じます。
 ネッツァー選手はミッドフィールダーMFとして、ベッケンバウアー選手はリベロとして、共に「あるべきポジション」でプレーしています。
 そして、ネッツァー選手からベッケンバウアー選手へのパスも何回か観られます。これは、ベッケンバウアー選手がピッチを縦横無尽に動き、自由なポジショニングを取るので、本来バックス主体のプレーヤーでありながら、MFや時にはフォワードFWの位置にも上がって来ることから、MFのネッツァー選手からのパスを受ける形が示現するのです。

 一方で不思議なことに、ベッケンバウアー選手からネッツァー選手へのパスはあまり観られません。

 ベッケンバウアー選手がフレキシブルなプレーによってチームをコントロールするのに比べて、ネッツァー選手は常にMFです。正確無比なパスを味方選手に供給し続けることで、チームをコントロールするのです。
 このゲームでも、「爆撃機」と称された、ドイツサッカー史上最強のストライカー、ゲルト・ミュラー選手らに高品質なパスを供給し続けました。

 そしてミュラー選手は、このゲームでも2得点を挙げています。
 いずれも、ミュラー選手らしい「ゴールまで5m以内」からのシュートでした。
 私は、ミュラー選手のロングシュート、ミドルシュートを観た記憶がありません。
 ゴールから離れた所から「打たない」のか「打てない」のか。
 ゲルト・ミュラー選手は、常にゴールのとても近くから、正確なシュートを決めるのです。いつもゴールエリア内からシュートしているように感じさせるプレーは、ある意味ではとても特異でしょう。
 ゴール目前からシュートしているのですから、その精度が高いのは自然なことなのでしょうが、一方で多くの場合、相手ディフェンダーとの競り合い、それもとても厳しいチェックを受けながらのシュートとなることも、当然のことです。ミュラー選手は、そうした競り合いの状況下、当たり前のようにシュートを放ち得点を奪い続けました。

 「相手ゴール前でボールが行くところに必ずミュラーが居る」ということ自体が、本当に素晴らしいもので、「ゲルト・ミュラーのポジショニング」というか「嗅覚」が天才のものであり、生まれながらのゴールゲッターであることを、如実に示しているのでしょう。

 別の視点でも観てみましょう。
 ゴール前で味方からのパスを「ワンタッチ」で叩き込むことを得意とするスーパーストライカーが、サッカー史上に複数存在します。このゴールゲットのやり方も、ワールドカップやユーロといった世界トップクラスのゲームにおいてはとても難易度が高いものです。
 しかし、ミュラー選手はいつも「ゴール前でシュートを放って」いるのです。脚を振り抜いています。これだけゴール近くで働きながら、面を創ってワンタッチで入れるプレーが殆ど無い、というのも「ゲルト・ミュラーのやり方」なのでしょう。

 世界サッカー史上においては、数多くのスーパーストライカーが存在しますが、こうした形のFWはゲルト・ミュラー選手だけかもしれません。

 そしてゲルト・ミュラー選手の代表チームにおける得点力は、驚異的です。62試合の出場で68得点、1試合1点以上という「有り得ない」ような実績を残しているのです。この得点率は、世界サッカー史上屈指のもので、クリスティアーノ・ロナウド選手もメッシ選手も遠く及びません。(本ブログ2015年4月21日付記事「[世界のサッカー] 代表プレーヤーの得点力について」をご参照ください)

 全盛期の「ゲルト・ミュラー」がFWにどんと座っているのが、このチームなのです。

 さらに左サイドバックにはバウル・ブライトナー選手が居ます。
 1974年ワールドカップ優勝チームの主要なメンバーであり、1980年代に入ってからは西ドイツチームのキャプテンを務めました。
 また、「異なる2つのワールドカップ決勝でゴールを決める」という、珍しいというか至難の記録をも保持しています。
 そもそも、2つの異なるワールドカップの決勝に出場すること自体が、間違いなく奇跡的なことですし、その滅多に無い両ゲームにおいてゴールを挙げるというのは、スキルの高さは勿論として、「持っている」ことの証左でしょう。
 ブライトナー選手は、1974年と1982年のワールドカップ決勝に出場し、両試合でゴールを挙げました。
 ちなみに、この至難の記録を保持している他のプレーヤーは、ブラジルチームのババ選手とペレ選手、そしてフランスチームのジダン選手です。わずか4名しか達成していない大記録。
 ブライトナー選手は、バックスポジションから一気に前線までドリブルで進出するプレーが印象的ですが、このゲームではこのオーバーラップは、あまり観られません。
 チームの他のメンバーが「凄過ぎる」からかもしれません。

 さらに、ハンス・ゲオルグ・シュヴァルツェンベック選手も居ます。
 バイエルン・ミュンヘンにおいても、ベッケンバウアー選手と共にディフェンスDFとしてプレーしていたのですが、代表チームにおいても同じ役割を果たしています。常に「ベッケンバウアーと共にあった」プレーヤーと言って良いのでしょう。
 結果として、そのキャリアは栄光に包まれています。数え切れない程の優勝を経験していますが、ひとつを挙げれば「1974年・75年・76年のUEFAチャンピオンズカップ(現、チャンピオンズリーグ)3連覇」でしょうか。

 また、FWにはユップ・ハインケス選手が居ます。
 ネッツァー選手と共に、ボルシア・メンヘングラートバッハのエースストライカーとして大活躍したプレーヤーです。
 記録を挙げて行くとやはりキリがありませんが、UEFA3大カップ(UEFAチャンピオンズカップ、UEFAカップ、UEFAカップウイナーズカップ)の全てにおいて得点王に輝いているのは秀逸でしょう。もちろん、1974年のワールドカップにも出場、優勝しています。

 そして、このチームのゴールキーパーGKは、ゼップ・マイヤー選手です。
 何時の時代も優秀なGKを輩出するドイツチームですが、キラ星の如く存在する「ドイツナショナルチームのGK」の中でも、屈指の存在でしょう。
 代表として95試合に出場していますが、20世紀のドイツ代表チームのGKといえば、まず挙げられるのが「ゼップ・マイヤー」であろうと思います。(21世紀ならば、マヌエル・ノイアー選手でしょうか)
 バイエルン・ミュンヘンのGKとしても活躍し、やはり「ベッケンバウアーのチームの守護神」として知られました。
 このゲームでもスーパーセーブを魅せています。
 1979年に交通事故で引退したことが惜しまれますが、そのプレーは永遠にファンの心に刻まれていることでしょう。

 西ドイツ代表チーム(ドイツ代表チームも)は、常にバイエルン・ミュンヘンというクラブチームを主体として構成されてきていますが、このチームは「バイエルン・ミュンヘン+ボルシア・メンへングラートバッハ」でした。
 ネッツァー選手のボルシアとベッケンバウアー選手のバイエルンによって組み立てられていたのです。
 この頃のブンデスリーガが、バイエルンとメンヘングラートバッハの2強時代であったことは、言うまでも有りません。

 ユーロ1972決勝を語る時、どうしても西ドイツ代表チーム、私が「史上世界第2位のナショナルチーム」と考えているチームの話が多くなってしまいますが、このゲームに関する話題は、もちろんそれだけではありません。

 この大会は「西ドイツのユーロ初優勝」の大会なのです。
 1945年、第二次世界大戦の敗戦国となった西ドイツは着々と復興を進め、ワールドカップにおいては1954年スイス大会で初優勝を飾りました。それは、驚異的に早い優勝でしたが、ユーロ(欧州選手権)では、この1972年ベルギー大会が初優勝だったのです。
 常にヨーロッパの、そして世界のサッカー界を牽引する存在であるドイツ代表チームが、その力をユーロにおいて示した大会だったのです。

 また、このゲームで優勝を争ったのはソビエト連邦チームでした。
 ご承知のように、この頃のソビエト代表チームはとても強かった。共産圏のチームでしたが、西側のプロ選手主体のチームを相手にしても、圧倒的な強さを魅せていて、1960年に開始された欧州選手権において、1972年は第4回大会となるのですが、第1回のフランス大会での優勝を始めとして、第4回までの4度の大会で3度決勝に駒を進めています。
 驚くべき強さでしょう。
 「安定感」という面ならば、イタリアや西ドイツ、スペイン、フランスといった他のナショナルチームを圧倒する存在だったのです。
 但し、1972年大会決勝は、「相手が悪かった」のでしょう。

 ユーロ1972の西ドイツチームは、本当に素晴らしいチームでした。
 個性溢れるプレーヤーが、キラ星の如く並ぶ、「惚れ惚れさせられる」チームでしょう。

 そして決勝は、私にとっては「ギュンター・ネッツァー選手の雄姿」を堪能できるゲームなのです。

 この後、西ドイツ代表チームにおいては、「ベッケンバウアー選手とネッツァー選手の確執」が生じたとも言われます。私の記憶では、表立った確執は無かったように感じますが、この後の代表チームのゲームにおいて、ネッツァー選手の姿を観ることがとても減りましたので、チーム創りにおいて、ベッケンバウアー選手のやり方・考え方が優先され、ネッツァー選手の居場所が無くなって行ったことは間違いないのでしょう。

 ネッツァー選手のパス、大きく曲がってピンポイントに落下するパスは、彼の「大きな足」から生まれました。
 友人のS君とよく冗談で「40cmはあった」と話します。
 その大きな足と柔軟な足首から放たれる「異次元のパス」は、ギュンター・ネッツァー選手だけにしか出来ない、唯一無二のプレーなのです。

 新型コロナウイルス禍のために、多くのスポーツイベントが延期・中止なっている時期は、撮り貯めた録画を自宅で楽しむのに最適です。
 今回はユーロ(欧州選手権大会)1984の決勝を観ました。

[1984年6月27日・パルクデフランス]
フランス2-0スペイン

 「将軍」ミッシェル・プラティニ選手を擁したフランスチームが、スペインチームを破って、ユーロ初優勝を決めたゲームです。
 地元開催の大会でしたし、かつてない程にチーム力が上がっていたフランスですから、初優勝を狙っての大会となり、その狙い通りに優勝を勝ち取ったのですから、「会心」の大会・ゲームであったことでしょう。

[フランスチームの先発メンバー]
1. GKバツ選手
2. ドメルグ選手
3. ボシス選手
4. バティストン選手
5. フェルナンデス選手
6. プラティニ選手
7. ベローヌ選手
8. ジレス選手
9. ティガナ選手
10. ルルー選手
11. ラコンブ選手

[スペインチームの先発メンバー]
1. GKアルコナーダ選手
2. ウルキアガ選手
3. カマーチョ選手
4. セニョール選手
5. ムニョス選手
6. サンティジャーナ選手
7. ガジェゴ選手
8. カラスコ選手
9. サルバ選手
10. フリオ・アルベルト選手
11. フランシスコ・ロペス選手

 フランスチームは、プラティニ選手、ジレス選手、ティガナ選手の所謂「三銃士」を中心とした華麗な攻撃に特徴がありました。
 素早いパスワークから、ペナルティエリア近辺で必ずと言って良い程に「プラティニ選手にボールを集め」チャンスを創造していました。
 この決勝でも同様の試合運びで、スペインゴールに迫りましたが、そこは「堅守」のスペインチームが良く守りました。

 スペインチームは、伝統の「堅守」からゲームを創っていました。
 21世紀のスペインチームと言えば、直ぐに「パスサッカー」が浮かびますが、もともとは「堅守・速攻」のチームでした。
 その「堅守」も、イタリアチームのカテナチオとは異なり、個々のプレーヤーのテクニックで相手プレーヤー・チームに「自由にプレーさせない」形の守備であったと思います。組織的と言うよりは「個別撃破」でしょうか。
 このゲームでも、その威力は十分に発揮されていたと感じます。

 スペインサッカーに「パス」という概念が持ち込まれたのは、あのヨハン・クライフ選手がFCバルセロナに入りプレーして、後に監督となってバルセロナの全盛期を創出してからであろうと観ています。
 クライフ選手は、新しいスペインサッカーを創り出したのです。

 さて、ゲームはフランスが攻めスペインが守るという展開でしたが、記憶より、スペインチームの攻撃の機会が多く、その攻撃も鋭いものでした。
 攻撃の回数はフランスの方が多いのですが、決定的なチャンスならばスペインの方が多いように観えました。

 「三銃士」のひとりティガナ選手がドリブルでボールを運びます。これはフランスチームのいつもの攻撃ですが、センターライン付近でスペインチームはこれを止め、時にはボールを奪って、フランスゴール前に攻め込みます。
 見応え十分な展開が続きました。

 地元チームの大応援にも拘わらず、ゲームは0-0のまま後半に入りました。
 さすがのフランスチームも中々得点できませんでしたし、スペインチームにとっては目論見通りの0-0が続いたのです。
 従って、決勝はスペインペースで進んだのです。

 そして後半12分、フランスは相手ゴール前でフリーキックFKを得ました。
 スペインゴールに向かって左側からのFK、ペナルティエリアの直ぐ外の位置、蹴るのは勿論プラティニ選手です。
 プラティニ選手は、スペインゴール右隅に打ちました。
 そしてこれを、スペインGKアルコナーダ選手が両手でがっちりと掴んだように観えました。
 ところが、ボールは手からこぼれ落ち、アルコナーダ選手の左脇の下を抜けて、ゴールに転がり、そのままゴールインしたのです。

 しっかりと掴んだはずのボールが何故こぼれてしまったのかは分かりませんが、プラティニ選手のシュートの威力と観るのが良さそうです。
 もちろん、アルコナーダ選手(スペインチームのキャプテン)はとても良いGKとして知られていましたから、世界最高峰の戦い、「打ちも打ったり取るも取ったり」だったのです。

 この先制点で、パルクドフランスには大歓声が響き渡りました。

 フランスチームは「行け行け」となり、反撃に出て前掛かりとなったスペインチームを相手に、後半45分、ベロン選手が2点目を叩き込みました。

 プラティニ選手は、このゲームでもゴールを挙げ、大会全試合で得点し、計9ゴールで得点王に輝きました。2位が3得点でしたから、圧倒的な得点王です。
 ユーロ1984は「ミッシェル・プラティニの大会」だったのです。

 ワールドカップ2018を制したフランスチームは、現在の世界チャンピオンです。
 21世紀のフランスは、間違いなく、世界屈指のサッカー大国なのです。

 しかし、20世紀の後半までは、ドイツやイタリア、イングランドなどの強豪国と比較すれば、やはり新興チームと観られていたと思います。
 そのフランスチームが、「将軍」を擁して初めてヨーロッパを制したのが、ユーロ1984だったのでしょう。

 UEFAチャンピオンズリーグの2019~20年シーズンは決勝トーナメント1回戦を迎えました。

 イングランド・プレミアリーグのリバプールとスペイン・リーガエスパニョーラのアトレティコ・マドリードの対戦という、1回戦屈指の好カードは、アトレティコが2戦計4-3として勝ち抜けを決めました。
 UEFA-CL2018~19の覇者であり、優勝候補筆頭と目されたリバプールは、精彩を欠き、早々の敗退となったのです。

[2月18日・エスタディオワンダメトロポリターノ]
アトレティコ・マドリード1-0リバプール

[3月11日・アンフィールド]
アトレティコ・マドリード3-2リバプール

(2戦計4-3でアトレティコが勝ち抜け)

 第1戦、ホームゲームで前半4分にサウール・ニゲス選手が得点を挙げたアトレティコでしたが、以降両チームに得点は生まれず、そのままアトレティコが押し切りました。
 アトレティコのDF陣、レナン・ロディ選手(ブラジル)、ステファン・サビッチ選手(モンテネグロ)、シメ・ヴルサリコ選手(クロアチア)の活躍が目立ったゲームでした。

 第2戦での勝利→勝ち抜けを狙うリバプール(ホーム・アンフィールドのサポーターも逆転勝ちを信じて疑わなかったことでしょう)は、前半43分、MFのジョルジニオ・ワイナルドゥム選手(オランダ)が先制点を挙げましたが、残念ながら、90分以内に2点目を奪うことが出来ませんでした。

 2戦計1-1となって、ゲームは「延長」に入ったのです。

 延長前半4分、リバプールのロベルト・フィルミーノ選手(ブラジル)にゴールを許し、リードを許したアトレティコですが、素早い反撃を魅せました。
 マルコス・ジョレンテ選手(スペイン)が延長前半7分と16分に2ゴールを挙げ、同点としました。絶体絶命の状況に追い込まれたアトレティコの、ジョレンテ選手の素晴らしい活躍でした。
 そして延長後半16分、アルバロ・モラタ選手が決勝ゴールを魅せてくれました。
 さすがは、レアル・マドリード、ユベントス、チェルシーそしてアトレティコと、ビッグクラブのキャリアを重ねる、スペイン屈指のFWなのです。

 アトレティコ・マドリードのCLにおける強さは十分に分かっていたつもりでも、この段階でのリバプールの敗退は、やはり意外でした。
 モハメド・サラー選手やサディオ・マネ選手を擁し、現在世界最高のプレーを披露するチームのひとつと目されているリバプールが「得点を挙げるのに苦労した対戦」でした。

 延長後半には、我らが南野拓実選手もピッチに立ちましたが、チームを苦境から救い出すことはできませんでした。

 試合終了のホイッスルが鳴り響くと、アンフィールドにはファンの「悲鳴」が溢れました。

 UEFAチャンピオンズリーグの2019~20年シーズンは決勝トーナメント1回戦を迎えました。
 
 イングランド・プレミアリーグのトッテナム・ホットスパーとドイツ・ブンデスリーガのRBライプツィヒの戦いは、ライプツィヒがスパーズに対して2戦2勝と圧倒しました。

[2月19日・トッテナムホットスパースタジアム]
RBライプツィヒ1-0トッテナム・ホットスパー

[3月10日・レッドブルアリーナ]
RBライプツィヒ3-0トッテナム・ホットスパー

 この対戦は第1戦が鍵でした。
 0-0で迎えた後半13分、ライプツィヒのFWティモ・ヴェルナー選手が先制点を挙げ、これを守り切ったのです。
 アウェイでの勝利により、ライプツィヒは完全にこの対戦の流れを掴んだのでしょう。

 第2戦は、前半10分と前半21分に、FWマルセル・サビッツアー選手(オーストリア)がゴールを挙げて試合を支配し、そのまま押し切った形です。

 RBライプツィヒの強さが目立った対戦でしたが、それにしてもスパーズの元気の無さは意外でした。
 ホームでの零敗。熱狂的なファンはとてもがっかりしたことでしょう。

 UEFAチャンピオンズリーグの2019~20年シーズンは決勝トーナメント1回戦を迎えました。

 イタリア・セリエAのアタランタとスペイン・リーガエスパニョーラのバレンシアCFの対戦は、アタランタが第1戦、第2戦共に4得点という、凄まじい得点力で圧勝しました。
 特に、ヨシップ・イリチッチ選手(スロベニア)は、第1戦1ゴール、第2戦4ゴールの計5ゴールという、素晴らしい活躍を魅せたのです。

[2月19日・ゲヴィッススタジアム]
アタランタ4-1バレンシアCF

[3月10日・エスタディオデメスタージャ]
アタランタ4-3バレンシアCF

 第1戦、ホームのアタランタは前半2点、後半2点を奪って4-0とリードし、バレンシアの反撃を1点に抑えて快勝しました。
 DFのハンス・ハテボール選手の2ゴールが目立つゲームでした。

 さて、バレンシアCFのホームゲームでは、頭書のように「ヨシップ・イリチッチ」ショーが繰り広げられました。前半3分、前半43分、後半26分、後半37分とゴールを重ねたのです。手が付けられない程の活躍でしょう。
 ハットトリック+1というか、イタリア風に言えば「ポーカー」ということになりますが、こうした大きな舞台では滅多に観られない記録です。

 新型コロナウイルス禍の中で、アタランタはギリギリのタイミングでゲームを行い、そして勝ち抜きました。

 3月17日、18日に予定されている、CL決勝トーナメント1回戦・第2戦の残りの4ゲームは、残念ながら延期されるかもしれません。
 
 新型コロナウイルス禍は、サッカー界にも重大な影響を与えているのです。
 UEFAチャンピオンズリーグの2019~20年シーズンは決勝トーナメント1回戦を迎えました。

 フランス・リーグアンのパリ・サンジェルマンとドイツ・ブンデスリーガのボルシア・ドルトムントの対戦は、互いにホームでのゲームを勝って得失点差の勝負となり、サンジェルマンが勝ち抜きました。

[2月18日・シグナルイドゥナパーク]
ボルシア・ドルトムント2-1バリ・サンジェルマン

[3月11日・パルクデフランス]
パリ・サンジェルマン2-0ボルシア・ドルトムント

(2戦計3-2でサンジェルマンが勝ち抜け)

 前半を0-0で折り返した第1戦は、後半24分、ドルトムントのブラウト・ハーランド選手(ノルウェー)が先制ゴールを挙げ、30分にサンジェルマンのネイマール選手が同点ゴールを挙げるという接戦となりましたが、直後の32分にハーランド選手がこの試合2点目を挙げてリードを奪いました。
 そして、そのままドルトムントが押し切ったのです。

 ホームに帰ったサンジェルマンは、前半28分にネイマール選手が先制点を挙げ、優位にゲームを進めて、前半のインジュリータイムにDFのファン・ベルナト選手が追加点を挙げました。
 後半は、攻守ともに激しいゲームとなって、イエローカードがサンジェルマンに5枚、ドルトムントに2枚出され、後半44分にはドルトムントのMFエムレ・ジャン選手がレッドカード退場となってしまいました。
 ベスト8を目指す両チームの激突は、凄まじいものだったのです。

 それにしても、復帰後のネイマール選手の好調さが際立つ結果となりました。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、Jリーグの各試合は延期となっていますから、Jリーグに関するニュースは、ゲーム以外の物が多くなっています。

 そうした中で3月5日、FOOTBALL ZONE webから配信された「『日本人は素晴らしい』 神戸イニエスタ ゛異国ライフ゛を絶賛 『相撲は未体験だが・・・』」を興味深く拝見しました。

 イギリスのサッカー専門誌「フォーフォートゥー」ハンガリー語版の読者質問に答えたものだそうです。
 「もっと高い身長を期待していましたか?」という質問に対して、「低いことは決して不利だと思わなかったし・・・」と答え、「自分の創意工夫次第だと感じていた。・・・低いことが有益な場合もある。メッシは大きいですか?サッカーは地面で足を使って行われるもので、低ければ地面により近いと言えます」と続けています。

 イニエスタ選手は身長170cmですが、サッカーの著名選手には身長170cm前後のプレーヤーが多いのです。(本ブログの2018年7月21日付の記事「[ワールドカップ2018-63] 身長170cm前後」をご参照ください)
 ペレ選手やマラドーナ選手、ボビー・チャールトン選手、トスタン選手、エウゼビオ選手プスカシュ選手、メッシ選手らと同じように、イニエスタ選手も170cmという「小柄な」体格に、何の問題も無く、むしろ前向きに捉えていることを、コメントしています。

 続いて、「最終的に日本を選んだ理由について」問われ、「日本人は素晴らしい。私の家族もここで楽しい時間を過ごしている。・・・スタジアムとファンも魅力的。・・・」と答えています。

 我々日本のサッカーファンにとっては、とても嬉しいコメントです。

 もともとの日本人・日本社会の性格もあるのでしょうが、「プロサッカーが日本社会に定着したこと」を如実に示すコメントなのかもしれません。

 Jリーグは2月25日、YBCルヴァンカップの2月26日に実施される予定であった、グループリーグ第2節の7試合を延期すると報じました。

 そして、同じ25日夕刻、Jリーグは3月15日までの全ての公式戦94試合を延期する、と発表したのです。

 日本政府からの、新型コロナウイルス肺炎の感染拡大防止策の一環としての対応でした。

 2月21日からのJ1、J2の第1節のゲームを全て予定通りに開催したJリーグとしては、苦渋の選択であったと思われますが、新型肺炎の感染拡大が続く現況下では、止むを得ない決断とも言えそうです。

 延期となる試合は、以下の計94試合です。
① J1の第2節から第4節の27試合
② J2の第2節から第4節の33試合
③ J3の第1節と第2節の18試合
④ YBCルヴァンカップのグループリーグ第2節と第3節の16試合
 延期した試合を何時行うかについては、未定のようです。
 新型肺炎の状況が不確実な中にあっては、止むを得ないことでしょう。

 この「94試合の延期」は、Jリーグ史上初の大規模なものです。
 Jリーグが続く限り、この特殊な対応は語り継がれていくものでしょう。
 
 この発表の中で、村井チェアマンは「余裕を観て3週間の期間を取った。来月(3月)18日からの再開を目指す」と語りました。

 再開の時を、楽しみに待ちたいと思います。

[2月21日・第1節・BMWスタジアム]
浦和レッズ3-2湘南ベルマーレ

[2月23日・第1節・日産スタジアム]
ガンバ大阪2-1横浜Fマリノス

 2月21日(金)、2020年のJ1が開幕しました。
 開幕戦は、追いつ追われつの展開から、後半40分関根選手が決勝点を挙げたレッズが勝ちました。
 今シーズンのレッズの活躍が期待されます。

 新型コロナウイルスの感染拡大防止が叫ばれ、様々な分野のイベントが開催中止や縮小、開催形式の変更(無観客等)が続いていますが、Jリーグは敢然と通常開催に踏み切りました。
 もちろん、種々の防止策を実施することを前提として、我が国を代表するプロスポーツとして、「日本を元気に」して行っていただきたいものです。

 23日のゲームでは、「Jリーグ通算出場試合数」のタイ記録が生まれました。
 ガンバの遠藤選手が通算631死脚出場とし、名古屋グランパスエイトのゴールキーパーGK楢崎正剛選手の記録に並んだのです。
 素晴らしいことです。

 ちなみに、通算出場記録の上位プレーヤーは以下の通りです。(2020年シーズン第1節終了時点)

1位 楢崎正剛選手 631試合
1位 遠藤保仁選手
3位 中澤佑二選手(横浜Fマリノス) 593試合
4位 阿部勇樹選手(浦和レッズ) 574試合
5位 曽ヶ端準選手(鹿島アントラーズ) 532試合

 いずれも、Jリーグそして日本サッカーの歴史に名を刻む名プレーヤーが並んでいます。

 遠藤選手について観れば、
① 先発出場が多いこと(開幕先発21年連続のJリーグ記録保持)
② 一発退場0
が特徴でしょうか。

 遠藤選手と言えば、「正確なパス、シュート」が印象的です。
 そのキックの精度は、歴代の日本人プレーヤーの中でも屈指、私はNO.1と評価しています。
 ワールドカップでのフリーキックによるゴールは、いつまでも語りつがれるものでしょう。

 まだ?40歳の遠藤保仁選手には、これからもどんどん記録を伸ばして行ったいただきたいものです。

 UEFA(欧州サッカー連盟)チャンピオンズリーグCLの2019~20年シーズンについては、これまでグループリーグのトピックスを書いてきましたが、今回は2月18日に始まる決勝トーナメントT・1回戦の好カードを観て行きたいと思います。

 まずは、レアル・マドリードVSマンチェスター・シティ。
 グループAを2位で通過したレアルとグループCをトップ通過したシティが、1回戦で激突します。
 CL最多13度の優勝を誇るレアルとイングランド・プレミアリーグ2連覇中のシティですし、現代サッカーの最高峰の試合内容が期待されます。
 このところの勢いならシティに分がありそうですが、「CLの神様に愛されている」レアルの、この舞台での勝負強さも侮れません。

 続いては、リバプールVSアトレティコ・マドリード。
 昨季CL覇者であるリバプールと、リーガ・エスパニョーラ3強の一角・アトレティコの激突です。リバプールはグループEトップで、アトレティコはグループD2位で、決勝Tに進出してきました。
 次第に調子を上げている感のあるリバプールがやや有利かと思いますが、CLにおけるリーガ・エスパニョーラ勢の強さを考え合わせると、予断を許しません。

 続いては、バイエルン・ミュンヘンVSチェルシー。
 21世紀のクラブ3強の一角・バイエルンとプレミアリーグ屈指のビッグクラブ・チェルシーの激突です。
 バイエルンは、グループBで6戦6勝のトップ通過でした。今季CLでの好調さが際立っています。チェルシーは、グループHの大接戦を2位で勝ち抜いています。勢いならバイエルンだと思いますが、チェルシーには「プレミアの意地」を魅せていただきたいものです。

 以上の3つが、UEFA-CL2019~20の決勝T1回戦の好カードでしょう。
 いずれも決勝カードと言っても良い対戦です。

 もちろん、他にも見逃せないカードが目白押しです。
 FCバルセロナVSナポリ、パリ・サンジェルマンVSボルシア・ドルトムント等々、CLはいつも「華やかな戦い」が繰り広げられるのです。

 今季決勝T1回戦のファーストレグは2020年2月18日~26日、セカンドレグは3月10日~18日に行われます。

 2020年J1リーグの開幕が2月21日に迫り、各チームの練習が一層熱を帯びてきました。

 今季J1に復帰した横浜FCの三浦知良選手が、2月4日、J2栃木SCとの練習試合に登場したと報じられたのです。
 
 現在52歳、2月26日には53歳となる「キング・カズ」は、35分×4回という変則練習試合の4回目に出場したそうです。
 ゴールこそありませんでしたが、軽快な動きであったとも報じられています。

 毎年この時期、Jリーグの開幕時期になると、キング・カズ=Jリーグ最年長プレーヤー、の年齢の話になります。
 変な言い方ですが、「恒例」と言っても良いのでしょう。

 そして毎年のように「元気」なのですから、驚かされるのです。

 当然ながら、運動量や俊敏性に年齢相応の衰えがみられるとしても、「チームを牽引する力」という点では、我が国NO.1のプレーヤーであることは間違いないでしょう。

 これからコンディションを上げて行っていただき、とても難しいことだとは思いますが、2月23日の横浜FCの開幕戦、アウェイでのヴィッセル神戸とのゲームでのベンチ入り、あるいは先発出場を目指して行って欲しいものです。(後日、太腿の故障が報じられたことは、残念至極ですが・・・)

 さて、キング・カズは2020年2月においては「53歳」です。

 私達は、あと何回、このニュースに接することが出来るのでしょうか。

 キング・カズのこととなると「いつまでも」と感じるのは、私の勝手な思い込みなのでしょうけれども・・・。

[1月9日・グループB・第1戦]
サウジアラビア2-1日本

[1月12日・グループB・第2戦]
シリア2-1日本

[1月15日・グループB・第3戦]
カタール1-1日本

[グループB最終成績]
1位 サウジアラビア 2勝1引分 勝点7
2位 シリア 1勝1敗1引分 勝点4
3位 カタール 3引分 勝点3
4位 日本 2敗1引分 勝点1

 東京オリンピック2020の代表チームが出場した大会でしたが、結果は惨憺たるものでした。この大会で日本チームがグループリーグで敗退するのは史上初めてと報じられています。
 日本代表チームは「開催国枠」で、オリンピック出場が決まっているとはいえ、「オリンピックでのメダル獲得」という目標とはかけ離れた結果、そしてプレー振りでしょう。

① 同組の各チームの実力が高いこと

 日本チームが入ったグループBは、サッカーが盛んな国として「いつも強い」サウジアラビアとシリアの代表チームが入り、近時強化が進んでいるカタールのチームが加わりましたから、1チームも実力下位のチームがありませんでした。

 もちろん日本チームも年々力を付けていますから、それが問題ということは無いのですが、「強いチームが多い」ことを十分に認識したうえで戦いに臨む必要があったことは、反省すべき点でしょう。
 ゲーム前の準備も含めて、少し準備不足が有ったのではないかと感じます。
 「自分達は強い」という勘違いが有ったとまでは思いませんけれども・・・。

 他のグループに入っているチームも、グループBと同様に強豪が多いことは、言うまでもありません。アジアのサッカーも年々レベルアップしているのです。(当たり前のことを書き、恐縮です)

② 足許にボールを欲しがる「癖」が復活

 かつて日本チームが国際的になかなか勝てなかった時代には、「足許にボールを欲しがる」プレーが指摘されていました。

 これに対して「動きながらボールを受け取る」プレーが定着してきて、日本チームの国際大会での成績が向上してきたと認識しています。
 最近でも、1年ほど前までは、ペナルティエリア周辺や相手ゴール前で、素早く動きながらパスを受け、結果を残して来たのです。

 ところが半年ほど前から、「足許にボールを欲しがる癖」が再び頭を擡げてきました。
 そして、A代表も含めて、国際試合で「強い相手」に大敗するケースが急増しているのです。

 ワールドカップを含めて、国際大会での得点力が増してきたことで「自信」を持ってしまったのかもしれませんが、少なくとも、ボール操作や相手プレーヤーを抜くテクニック・俊敏性という要素で、日本チームが強い相手より上ということは決して無く、良くて互角であろうと思います。

 そうした状況下で「足許にボールを欲しがっていれば」、ボールを受けた瞬間から、相手プレーヤーとイーブンの勝負を仕掛けられてしまいますので、例えば、南米の強豪チームと戦えば完敗するでしょうし、アジアの強豪国とやっても、苦戦は免れないでしょう。

 日本サッカーが世界と戦っていくには、「速く走りながらパスを受ける」プレーを連続しなければならないのです。
 そのことは、イビチャ・オシム監督時代から、再三言われてきたことです。

 もう一度、相手を上回る運動量と、ランニングスピードで戦っていくサッカーに戻っていただきたいものです。

③ 精神的支柱となるプレーヤーの不在

 どんな大会・試合でも、苦しいシーンは必ず存在します。
 そうした際に、チームメンバーを鼓舞し、チームに勢いをもたらし、ゲームの流れを取り戻すことができるプレーヤーが、必要です。

 この大会でも日本チームは、初戦のサウジアラビア戦を落とすと、シリア戦での反発力は無く、カタール戦でも全く覇気のないプレーに終始しました。
 グループ内の順位通りのプレーだったのです。

 もちろん、ペナルティーキックPK判定や、レッドカードの判定など、日本チームに不利な微妙な判定がいくつかあったことは、不運という感じがしますが、そうしたことは国際大会では時折起こることでしょうから、3戦0勝の理由にはなりません。
 昔から「中東の笛」等々、国際大会の判定の難しさは言われ続けているのですから。

 いずれにしても、「先制点を挙げれば、勢いに乗って何点でも取る」が、「先制されると気勢を削がれ元気が無くなりおどおどとプレーする」というのでは、とても国際大会で好成績を残すことは出来ません。
 東京オリンピック2020が心配というか、東京オリンピック代表を決めるアジア地区の大会のグループリーグで0勝の最下位ならば、出場を辞退するべきとの意見が出てきても不思議ではありません。

 少し厳しいことを書いてしまいましたが、これはU-23日本チームのポテンシャルを信じているからに他なりません。
 この程度、あるいは、これを遥かに上回る「危機感」は、代表チームの関係者なら、どなたでも十二分にお持ちでしょう。
 そして、急速・有効な対策も講じられることと思います。
 戦術を変え、メンバーを入れ替えて、V字回復を目指す必要があるのでしょう。

 今回の日本代表チームは、テクニックや運動量でも物足りないチームでしたが、何より精神的にとても弱いチームと感じました。

 「立て直し」が待たれます。
[1月13日・埼玉スタジアム2002]
静岡学園3-2青森山田

 2019年12月30日に開幕した第98回全国高校サッカー選手権大会は、1月13日に決勝を迎えました。
 好天の下、埼玉スタジアムは5万人以上の大観衆に埋まりました。

 ゲームは、青森山田高校チームのペースで始まりました。
 高い位置からのプレスで相手ボールを奪い、早い縦パスを主体に静岡学園ゴールに迫ります。
 前半11分にディフェンスDF藤原選手が先制ゴール、前半33分には武田選手がペナルティーキックPKを決めて、2-0とリードしました。
 「選手権の決勝における2-0のリード」というのは、勝利にとても近付いたことは間違いありませんが、ここからチームがとても守備的になったことが、青森山田にとっては惜しまれるところでしょう。

 プレー内容について観れば、コンタクトシーンでの「踏み込みが浅く」なりました。
 それまでは、高い確率で奪ってきた相手ボールを獲得する頻度が激減したのです。
 相手ボールを奪えなくなりましたから、結果として、前線へのボールの供給数が減り、自陣でのプレーが多くなってしまいました。

 時間が進むにつれて、「押し込まれるシーン」が増えましたから、時に相手ボールを奪っても、前方に走る選手が少なく、攻撃の厚みも無くなりました。

 一方の静岡学園チームは、試合開始当初は青森山田チームの速い仕掛けに、なかなか、得意のドリブルを披露することが出来ませんでしたが、相手チームの動き方に慣れてきたことと、青森山田が2点を奪ってから守備的になったことも相俟って、前半の終盤からは、ゲームを支配したのです。

 そして前半のインジュリータイムに、DF中谷選手がゴールを挙げ、1-2の1点差として、ハーフタイムを迎えました。

 もともと「個々のプレーヤーのテクニックに勝る」静岡学園チームがペースを握ってしまい、青森山田チームの「思い切ったプレー」が影を潜めてしまうと、ゲームの流れは静岡学園チームに傾いてしまいます。
 後半になっても、この流れは不変でした。

 後半16分には、フォワードFW加納選手がゴールして2-2の同点、同40分には、中谷選手がこの試合2点目を挙げて、ついに逆転しました。
 静岡学園高校チームは残り時間も冷静なプレーを続けて、このまま勝ち切ったのです。

 青森山田高校チームにとっては、2-0とリードした後、持ち味のスピード溢れるランニングプレーを披露できなかったことが、とても残念でした。

 静岡学園チームは、1995年大会決勝での優勝(鹿児島実業チームと2-2の引分・両校優勝)依頼2度目の優勝です。
 「悲願の単独優勝」と言っても良く、全国高校ラグビー大会優勝の桐蔭学園チームと共に、2020年のお正月は「単独」優勝が続く形となったのです。

 温暖な気候に恵まれて所謂「サッカーどころ」と呼ばれる静岡。
藤枝東、清水東、清水市商業、と名門チームが並ぶ静岡県の高校サッカーですが、「選手権」の優勝チームとなると、前回の1995年の静岡学園以来、21世紀に入って初めてというのですから、これはとても意外でした。

 静岡学園チームの優勝は、「静岡県高校サッカー反撃の狼煙」なのかもしれません。

[12月18日・第10節延期分・カンプノウ]
FCバルセロナ0-0レアル・マドリード

 リーガ・エスパニョーラの今季の「エル・クラシコ」、バルセロナVSレアル・マドリードが12月18日に行われ、0-0、スコアレスドローに終わりました。

 前半バルセロナに3枚のイエローカードが出され(レアルは0枚)、後半レアルに5枚のイエローカードが出される(バルサは0枚)という経過から観て、前半はレアルが攻勢、後半はバルサが攻勢というゲームでしょう。

 もとより、フォワードFWのリオネル・メッシ選手やルイス・スアレス選手、アントワーヌ・グリーズマン選手(以上、バルセロナ)、カリム・ベンゼマ選手、ガレス・ベイル選手(以上、レアル)を始めとして、ミッドフィールダーMFやディフェンダーDFにも世界的なプレーヤーを揃える両チームですので、「いつでも、どこからでも」得点できる体制は整っているのですが、このゲームは、激しい応酬の末、0-0のドローに終わったのです。

 エル・クラシコのスコアレスドローは2002年以来17年振りとのこと。
 滅多に無いことなのです。

 2002年の0-0の前のスコアレスドローは1988年ですから、ここも14年振り、1988年の前の0-0は1986年と、ここは2年振り、1986年の前の0-0は1974年ですから、ここは12年振りと、やはり、スコアレスドローが少ない印象があります。

 世界屈指のレベルを誇るサッカーリーグ、リーガ・エスパニョーラを代表する両チームですから、「得点を取るための体制・戦術の構築」と「得点力十分な複数のプレーヤー獲得」に怠りが有る筈も無いので、スコアレスドローが少ないことも、頷けます。

 1902年、コパ・デル・レイ(スペイン国王杯)の準決勝での対戦(FCバルセロナ3-1マドリードFC)が、両チームの初の対戦でした。
 リーガ・エスパニョーラでは、1929年の第2節で初対戦(レアル・マドリード2-1FCバルセロナ)しています。
 UEFAチャンピオンズリーグにおいては、1960年4月1日に準決勝で初対戦(レアル・マドリード3-1FCバルセロナ)しています。

 爾来、1世紀を越える歴史と伝統を誇る「エル・クラシコ」は、スペインサッカーの象徴的な存在であるとともに、世界サッカー界においても燦然と輝く大イベントなのでしょう。

 2020年元日に決勝戦が行われる、天皇杯・第99回全日本サッカー選手権大会の準決勝が実施され、決勝進出チームが決まりました。

[2019年12月21日・準決勝第1試合・ノエビアスタジアム神戸]
ヴィッセル神戸3-1清水エスパルス

[2019年12月21日・準決勝第2試合・カシマサッカースタジアム]
鹿島アントラーズ3-2V・ファーレン長崎(J2)

 新・国立競技場のスポーツイベントとしての「こけら落とし」ゲームに出場する2チームが決まりました。
 2020年以降の「日本サッカーの聖地」になることが確実なスタジアムでの、記念すべき最初のゲームです。

 準決勝・第1試合は、ヴィッセル神戸の快勝でした。
 イニエスタ選手、ポドルスキー選手、ビジャ選手と、ワールドカップを沸かせた名プレーヤーを攻撃陣に揃えたヴィッセルですが、その「威力」をリーグ戦ではなかなか活かすことができませんでしたが、我が国最大のカップ戦で、ついに成果が生まれた感が有ります。

 前半13分、エスパルスゴール前に攻め込んだヴィッセルがパスを回し、右サイドに居たアンドレス・イニエスタ選手が左脚を一閃、シュートはエスパルスゴール右隅に突き刺さりました。
 素晴らしいゴールでした。

 前半33分には田中順也選手が2点目のゴールを挙げて2-0。

 前半38分に、清水のジュニオール・ドゥトラ選手のゴールで2-1と追い上げられましたが、後半24分に古橋亨梧選手が3点目を挙げて、勝負を決めたのです。
 イニエスタ選手を中心にした「丁寧な攻め」が功を奏したゲームでしょう。

 ヴィッセル神戸は初の決勝進出です。
 元日のイニエスタ選手やポドルスキー選手の活躍が、とても楽しみです。

 準決勝・第2試合は、息詰る接戦となりました。
 ホームのアントラーズが、前半4分、23分と得点し2-0とリードした時には、鹿島の一方的なゲームになるかに観えましたが、ここからV・ファーレンが猛反撃に出ました。

 前半37分に米田隼也選手のゴールで1点を返すと、後半28分アントラーズの伊藤翔選手のゴールで1-3とリードを広げられても全く怯むところが無く、同31分には澤田崇選手のゴールで1点差とし、その後も攻め続けました。

 Jリーグにおける最多タイトル保持チームであり、天皇杯にも「慣れて」いる筈の鹿島アントラーズにとっても、ギリギリのゲームになったのです。
 とはいえ、そこは「常勝軍団」。キッチリと逃げ切ったところは、さすがです。

 J2長崎のチャレンジは、残念ながら準決勝で潰えたのです。

 さて、新・国立の「こけら落とし」という記念すべきゲームは、ヴィッセル神戸VS鹿島アントラーズとなりました。

 「元日・国立競技場」という、サッカー天皇杯決勝の歴史、連綿と積み上げられ、これからも営々と続いていくであろう歴史の、新たな1ページが、本当に楽しみです。

[12月10日・グループG最終節・エスタディオダルス]
ベンフィカ3-0ゼニト・サンクトペテルブルク

[12月10日・グループG最終節・グルパマスタジアム]
オリンピック・リヨン2-2RBライプツィヒ

 最終第6戦の結果次第で、全てのチームに勝ち抜けの可能性があったグループGでしたが、第5戦を終えてトップに居たRBライプツィヒがアウェイでオリンピック・リヨンと引分け、最下位に居たベンフィカがホームで快勝して、結局、RBライプツィヒが勝点11、リヨンが勝点8、ベンフィカとゼニトが勝点7で3位と4位という、とても競った最終結果となりました。

 リヨンとゼニトが勝利していれば、ライプツィヒを合わせた3チームが勝点10で並び、得失点差も拮抗という、文字通りの「大混戦」となっていたところです。

 さて、「大混戦を制した」RBライプツィヒとオリンピック・リヨンの決勝トーナメント1回戦は、ライプツィヒが2020年2月19日にトッテナム・ホットスパーと、リヨンが2月26日にユベントスとの対戦となりました。

 大混戦を勝ち抜いた力を魅せていただきたいものです。

[12月10日・グループH最終節・スタンフォードブリッジ]
チェルシー2-1リールOSC

[12月10日・グループH最終節・ヨハンクライフアレーナ]
バレンシアCF 1-0アヤックス

 11月27日の各チームにとっての5試合目を終えて、アヤックスが勝点10でトップ、チェルシーとバレンシアが勝点8で続くという「三つ巴」の混戦となったグループHは、最終第6試合でチェルシーとバレンシアが勝ち、勝ち抜けを決めました。
 第6戦は、この3チームにとって、とても重いゲームとなったのです。

 チェルシーは前半19分、フォワードFWのタミー・アブラハム選手(イングランド)のゴールで先制し、同35分には、ディフェンダーDFのセサル・アスピリクエタ選手(スペイン)が追加点を挙げ、2-0とリードしました。
 そして後半のリールの攻撃を、FWロイク・レミー選手の1点に抑えて、逃げ切った形です。

 ヨハンクライフアレーナで行われた、アヤックスVSバレンシアは、「勝った方が勝ち抜け」という厳しいゲームでした。
 
 両チーム合わせて、イエローカード8枚(アヤックス5枚、バレンシア3枚)、レッドカード1枚(バレンシア)が飛び出す「荒れた」ゲームとなってしまいましたが、前半24分、FWロドリゴ選手が挙げた1点を守り切ったバレンシアが勝ちました。

 アヤックスとしてはホームでの敗戦でしたから、本当に残念な結果でしょう。
 「引分でも勝ち抜け」という状況でしたから、選手達には「僅かに守備的な意識」があったのかもしれないと思います。

 大接戦となったグループHからは、バレンシアが首位で、チェルシーが2位で、決勝トーナメント進出を決めました。

 そして、12月16日の抽選で、バレンシアはアタランタと2020年2月19日、チェルシーはバイエルン・ミュンヘンと2月25日に対戦することとなりました。
 リーガ・エスパニョーラとプレミアリーグの威信をかけた戦いです。

[第34節(最終戦)・12月7日・横浜国際総合競技場]
横浜F・マリノス3-0FC東京

 2019年のJ1を締めくくる大一番は、横浜国際総合競技場にJリーグ新記録となる64,000人近い大観衆を集めて行われ、終始ゲームを支配したマリノスが快勝しました。

 「4点以上の差をつけて」勝利することが優勝の条件であったFC東京ですが、前半26分、マリノスのティラートン選手が先制し、同44分にエリキ選手が追加点を挙げて、ゲームの勝敗はもちろんとして、リーグの優勝も、大きくマリノスに傾きました。

 マリノスは、中盤を支配して、FC東京のペナルティーエリアの少し外側にプレーヤーが並び、パスを繋ぎながら「得点の形を創る」プレーを継続しました。

 一方のFC東京は、前線の永井謙佑選手などに「縦一本」のパスを出し、カウンター攻撃で対抗する形でしたが、その攻撃の線はとても細く、なかなかチャンスを創ることができませんでした。

 結果として、横浜F・マリノスが着々と得点し、FC東京が沈黙するという、リーグ戦終盤の両チームの試合ぶりを象徴するようなゲームとなったのです。

 FC東京としては、シーズン序盤の圧倒的な強さ、開幕から12試合負けなしで首位を走った勢いからは、想像もできない終盤の失速でした。
 シーズン途中の久保建英選手のスペインへの移籍も、大きなマイナス要因となったように観えます。
 永井選手とディエゴ・オリベイラ選手の2トップへのボールの供給による得点力で、前半をリードしたFC東京でしたが、その攻撃にバリエーションと厚みを持たせていたのが、久保選手の存在・プレーであったのでしょう。

 マリノスは「囲んで圧迫する」という、ある意味では「20世紀的なプレー」で戦ったのですけれども、それが実は20世紀のプレーとは根本的に異なっていたことは、1試合当たりの走行距離とスプリント回数がリーグトップであったことに示されています。
 豊富な運動量・ハードワークを背景にしての「囲み・圧迫」プレーだったのです。
 その点からは、Jリーグにおいてはとても新しい戦術を実践した、と言えるのかもしれません。

 横浜F・マリノスは、創設当初から現在に至るまで、常にJリーグをリードする存在です。
 いわゆる「オリジナル10」のクラブであり、2部降格を経験していない2チーム(鹿島アントラーズと共に)のひとつでもあります。

 J1の2019年シーズンは、見事な「名門復活」のシーズンでした。

[12月11日・グループA最終節・パルクデフランス]
パリ・サンジェルマン5-0ガラタサライ

 左太腿故障と出場停止で出遅れていたネイマール選手が復帰したサンジェルマンが、ホームで大勝しました。
 やはり、スター選手がメンバーに加わると、チームに活気が出るのでしょう。

 前半32分、フォワードFWのマウロ・イカルディ選手(アルゼンチン)が先制ゴール、同35分にはミッドフィールダーMFのパブロ・サラビア選手(スペイン)が追加点、そして後半2分、ネイマール選手に久しぶりのゴールが生まれて3-0とリードしたサンジェルマンが、ゲームを支配しつづけました。

 後半18分には、キリアン・エムバペ選手が4点目、後半39分にはエディソン・カバーニ選手と、世界サッカー界をリードするFWプレーヤーが立て続けにゴールを挙げるという、「豪華絢爛」な展開となったのです。

 こうなってしまうと、長友佑都選手がフル出場したガラタサライとしても手の打ちようが無かったのでしょう。

 ネイマール選手は、先制点と2点目のアシストもしっかりと決めての大活躍でした。
 特に2点目・サラビア選手のゴールにおいては、40mはあろうかというドリブルを披露しました。「らしい」プレーですから、完全復帰と観て良いのでしょう。

 これで5勝1引分のパリ・サンジェルマンは、グループAの首位で決勝トーナメント進出を決めました。

 今季チャンピオンズリーグCLのノックアウトステージのサンジェルマンの対戦相手は、抽選の結果ボルシア・ドルトムントとなりました。
 2020年2月18日の試合(サンジェルマンのアウェイ)が、とても楽しみです。

 12月12日、オーストリア・ブンデスリーガのRBザルツブルグに所属している南野拓実選手のイングランド・プレミアリーグのリバプールへの移籍が、イギリスの複数のメディアにより報じられました。

 最近、「噂話」?として囁かれていた移籍ですが、BBC放送・電子版などで報じられるとなれば、これは確度の高い話なのでしょう。

 リバプールFCは、言わずと知れたイングランド1部リーグの名門です。
 昨季のUEFAチャンピオンズリーグCLの優勝チームでもあります。
 そのリバプールが、南野選手を欲しがっているというのですから、日本のサッカーファンにとっても朗報であることは、間違いないでしょう。

 南野拓実選手は、1995年1月、大阪泉佐野市生まれの24歳。
 セレッソ大阪ユースで活躍し、17歳の時にJ1デビュー。その後、2015年にオーストリアのザルツブルグに移籍し、ブンデスリーガでの活躍が度々報じられてきました。
 現在は、日本代表チームのメンバーとしても活躍しています。

 そのザルツブルグとリバプールが、今季UEFA-CLグループリーグE組に入り、ホーム&アウェイの2ゲームを戦った際の、南野選手のプレー振りがリバプールの選手・関係者の眼に止まり、今回の移籍話に繋がったとも報じられています。

 もちろん、プレミア屈指のビッグクラブであるリバプールですから、メンバーに事欠く筈も無く、例えばフォワードFWならモハメド・サラー選手(エジプト)やサディオ・マネ選手(セネガル)、シェルダン・シャキリ選手(スイス)、ディポッグ・オリギ選手(ベルギー)といった世界的プレーヤーが居ますので、南野選手が移籍後FWとして出場することは、容易なことではないでしょう。

 再び、もちろん、日本代表チームではFWとして活躍することが多い南野選手ですけれども、本来はミッドフィールダーMFとしても活躍できますから、リバプールでは「様々なポジション」でプレーして行くことになるのでしょう。

 いずれにしても、世界屈指のビッグクラブでの南野拓実選手の活躍から、眼が離せません。

 2019年3月21日に開始された、EURO2020(第16回UEFA欧州選手権大会)の予選グループリーグGLは、2019年11月19日までに全てのゲームを終了して、各組の1位、2位が確定し、本戦に出場する20チームが決まりました。

 今回も熾烈な、本当に熾烈な出場権争いが演じられました。

 各組の1・2位は、以下の通り。(A~E組は全5チーム、F~J組は全6チーム)

[A組]
1位 イングランド 勝点21 7勝1敗
2位 チェコ 勝点15 5勝3敗

[B組]
1位 ウクライナ 勝点20 6勝2引分
2位 ポルトガル 勝点17 5勝1敗2引分

[C組]
1位 ドイツ 勝点21 7勝1敗
2位 オランダ 勝点19 6勝1敗1引分

[D組]
1位 スイス 勝点17 5勝1敗2引分
2位 デンマーク 勝点16 4勝4引分

[E組]
1位 クロアチア 勝点17 5勝1敗2引分
2位 ウェールズ 勝点14 4勝2敗2引分

[F組]
1位 スペイン 勝点26 8勝2引分
2位 スウェーデン 勝点21 6勝1敗3引分

[G組]
1位 ポーランド 勝点25 8勝1敗1引分
2位 オーストリア 勝点19 6勝3敗1引分

[H組]
1位 フランス 勝点25 8勝1敗1引分
2位 トルコ 勝点23 7勝1敗2引分

[I組]
1位 ベルギー 勝点30 10勝
2位 ロシア 勝点24 8勝2敗

[J組]
1位 イタリア 勝点30 10勝
2位 フィンランド 勝点18 6勝4敗

 以上が、本戦に進んだ20チームです。

 A組は、イングランドが強さを魅せて首位通過。全8ゲームで得点37というのですから、1ゲーム平均4.6点という、圧倒的な得点力でした。
 2位はチェコとコソボの争いでしたが、11月14日の直接対決でチェコが2-1でコソボを破り、勝ち抜けを決めました。

 B組は、ウクライナ、ポルトガル、セルビアの争いとなり、10月14日のゲームで、ポルトガルがウクライナに1-2で敗れ、セルビアがリトアニアに2-1で勝利した時には、勝ち抜けるチームは混沌としましたが、最終の2ゲームをポルトガルが制して、何とか勝ち抜けを決めました。
 前大会王者であり、第1回UEFAネーションズリーグの優勝チームとしての面目を保ったというところでしょう。

 C組は、ドイツとオランダが終始安定した戦いを魅せて本戦出場を決めました。
 このところ国際大会では、やや不本意な戦いを続けていた両チームですから、本戦での大暴れが期待されます。

 D組は、大混戦でした。
 そして、最後の3ゲームでスイスとデンマークが勝ち抜けた形。3位のアイルランドにとっては、10月15日のスイス戦0-2の敗戦が響きました。

 E組も、大混戦でした。
 勝点13で3位のスロバキアは、クロアチアに喫した2敗が最後まで響きました。どちらかのゲームを引き分けに持ち込んでいれば・・・。惜しまれるところでしょう。

 F組のスペインは、余裕綽々の戦いに観えました。
 2位は、スウェーデンとノルウェーの争いとなりましたが、スウェーデンが10月以降の各ゲームを手堅くまとめて、振り切った形です。

 G組のポーランドも、終始安定した戦いを披露しました。
 2位のオーストリアも、手堅いドライブを続けたと感じます。

 H組は、フランスがキッチリと勝ち抜け、トルコも安定した戦いを続けました。
 勝点19で3位のアイスランドにとっては、9月10日のアルバニアとのゲームを2-4で落としたことが痛かったのでしょう。
 
 I組とJ組のベルギーとイタリアは、10戦全勝の勝ち上がりでした。
 圧倒的な強さを魅せてくれたのです。
 ベルギーは全40得点という攻撃力、イタリアは全4失点という守備力という、両チームともに「持ち味」を存分に発揮した印象です。(ベルギーの全3失点というのも凄いものです。今GLのベルギーチームは、素晴らしい出来だったのです)
 I組のロシアも良い成績だったのですが、ベルギーが良過ぎた感じです。
 J組のフィンランドは、3位ギリシャとの争いを良く制しました。前半戦の貯金で、追い縋るギリシャを振り切りました。

 悲喜こもごものGLが終了しました。
 ドイツチーム、イタリアチーム、オランダチームにとっては、「威信」をかけた本戦となるのでしょう。

 今回勝ち抜いた20チームに、これから行われるプレーオフ(第1回UEFAネーションズリーグの結果を踏まえて実施されます)からの4チームを加えた24チームで、EURO2020の本戦が行われます。

 UEFA EURO2020は、2020年6月12日~7月12日の開催です。

 そして、EURO2020が閉幕すると、東京オリンピック2020の開幕目前となるのです。

 8月9日に開幕した、2019~20年シーズンのポルトガル・プリメイラリーガは、11月10日に第11節を終えました。
 各チームが11ゲームを消化したのです。
 全34節の内の11節ですので、約1/3を経過したことになります。

[第11節を終えてのプリメイラリーガの順位]
1位 ベンフィカ 勝点30 10勝1敗
2位 FCポルト 勝点28 9勝1敗1引分
3位 FCファマリカン 勝点24 7勝1敗3引分
4位 スポルディングCP 勝点20 6勝3敗2引分
5位 ヴィクトリア・ギマランエス 勝点16 4勝3敗4引分

 プリメイラリーガといえば「伝統の3強」、ベンフィカ、FCポルト、スポルディングCPが「支配してきた」リーグですが、21世紀に入ってからはスポルディングにやや勢いが無く、現在ではベンフィカとFCポルトの「2強」という様相を呈しています。(スポルディングCPも2位までは来るのですが、優勝が遠いのです)

 中でも、2010年代の後半はベンフィカが優位に立っているように観えます。

 そうした情勢下、今季もベンフィカが首位を走り、FCポルトが追いかける展開なのです。
 3番手のFCファマリカンとは勝点差もありますので、今季もベンフィカとポルトの競り合いとなるのでしょう。

 ベンフィカはベテランミッドフィールダーMFルイス・フェルナンデス選手が得点ランキングのトップを走り、ブラジルのフォワードFWカルロス・ヴィニシウス選手が加わっての得点力で、リーグをリードしています。

 ベンフィカとしては、国内リーグは好調ですので、やや苦戦しているUEFAチャンピオンズリーグの方の梃入れが必要というところでしょうか。

 FCポルトも、相変わらずの強さを魅せています。
 ベンフィカの1敗は、第3節の直接対決でポルトが2-0で勝利したものです。

 FCポルトには、日本の中島翔哉選手が居ますが、なかなか先発では出場できていないのが、残念なところです。実績を積み上げて行くしかないのでしょう。

 ポルトガル・プリメイラリーガは、今季もベンフィカとFCポルトの競り合いが、最後まで続きそうです。

 8月2日に開幕した、2019~20年シーズンのオランダ・エールディヴィジは、11月10日に第13節を終えました。
 各チームが13ゲームを消化したのです。
 全34節の内の13節ですから、約1/3を終えたことになります。

[第13節を終えてのエールディヴィジの順位]
1位 アヤックス 勝点35 11勝0敗2引分
2位 AZ 勝点29 9勝2敗2引分
3位 PSV 勝点24 7勝3敗3引分
4位 FCユトレヒト 勝点23 7勝4敗2引分 得失点差10
5位 フィテッセ 勝点23 7勝4敗2引分 得失点差5

 2010年代に入り、エールディヴィジの「3強」と呼ばれる、アヤックス、PSVアイントホーフェン、フェイエノールトの中で、アヤックスの優位が叫ばれています。少し抜け出した感が有るのでしょう。
 もちろん「3強」といっても、時代時代によって強いチームがあり、例えば1985年から1989年と2004年から2008年までの2回、PSVが4連覇を達成したりしています。
 2010年代には、2010年から2014年までの4連覇を始めとして、アヤックスが5度の優勝に輝いているということです。

 そのアヤックスがリードしている、現在のエールディヴィジの傾向通りに、今季もアヤックスが首位を走っています。ここまで「無敗のドライブ」です。
 これをAZアルクマールが追いかけている形。

 3番手のPSVとの間には勝ち点差が付いていますので、当面はアヤックスが走りAZが追い縋る展開となるのでしょう。

 アヤックスは、第2節でエメンに5-0、第3節でVVVフェンロに4-1と大勝して勢いに乗りました。
 クインシー・プロメス選手やデュサン・タディッチ選手(セルビア)、ダビド・ネレス選手(ブラジル)、クラース・ヤン・フンテラール選手、ドニー・ファン・デ・ベーク選手が5得点以上を上げていますから、「どこからでも点が取れる」プレーを展開している感が有ります。多彩な攻撃はもともとの持ち味ですが、それが上手く機能しているのでしょう。

 AZは、ディフェンダーに日本の菅原由勢選手が頑張っています。
 基本的には、オランダの若手選手を中心としたチームだと思いますが、このところ力を付けてきていて、今季はUEFAヨーロッパリーグでも良い戦いを披露しているのです。
 「3強」に割って入る存在としての活躍が、楽しみです。

 このままアヤックスが走り切ってしまうのか、AZやPSVの追い上げがあるのか、注目されるところですが、やはり「永年のライバル」としてのPSVアイントホーフェンの踏ん張りに期待したいところでしょう。

 PSVのミッドフィールダー、日本の堂安律選手の活躍からも眼が離せません。

 8月9日に開幕した、2019~20年のフランス・リーグアンは、11月10日に第13節のゲームを終えました。
 各チームが13試合を消化したのです。
 全38ゲームの内13試合を終えましたから、約1/3を経過したことになります。

[第13節を終えてのリーグアンの順位]
1位 パリ・サンジェルマン 勝点30 10勝3敗
2位 オリンピック・マルセイユ 勝点22 6勝3敗4引分
3位 アンジェSCO 勝点21 6勝4敗3引分 得失点差1
4位 サンテティエンヌ 勝点21 6勝4敗3引分 得失点差-2
5位 リールOSC 勝点19 5勝4敗4引分 得失点差5
6位 モンペリエHSC 勝点19 5勝4敗4引分 得失点差4
7位 ボルドー 勝点19 5勝4敗4引分 得失点差3
8位 スタッドランス 勝点19 5勝4敗4引分 得失点差3
9位 FCナント 勝点19 6勝6敗1引分 得失点差-1

 トップは、2012~13年シーズンから「リーグアンを支配している」パリ・サンジェルマンが、悠々と走っている印象です。3敗はしているのですけれども、2番手チームとの勝点さが大きいのです。

 一方で、2番手以下は「大接戦」となっています。

 リーグアンは、3位までがUEFAチャンピオンズリーグの出場権を獲得し、4位がUEFAヨーロッパリーグに出場できるのですが、その3位・4位争いが熾烈を極めているのです。
 上記の順位表は9位までを示しましたが、10位以下のチームも勝点18、17、16で6チームが続いていますから、3位・4位争いは全く予断を許さない形でしょう。
 逆に言えば、2位以下のチームが「星のつぶし合い」を行っているために、サンジェルマンが余裕を持って戦えていることになります。

 パリ・サンジェルマンは、8月・第2節でレンヌに1-2でいきなり敗れ、第7節ではスタッドランスに0-2で完敗し、第12節でもディジョンFCOに1-2で苦杯を嘗めました。
 キリアン・エムバペ選手やエディソン・カバーニ選手、アンヘル・ディマリア選手、ユリアン・ドレクスラー選手といった、錚々たるメンバーを揃え、勝つ時には圧倒的な強さを魅せるのですが、時々「あっさり」と負けてしまいます。
 これが、パリ・サンジェルマンの特徴と言えば特徴なのですが、こうした負け癖がUEFAチャンピオンズリーグなどの大試合での弱さに結びついているようにも感じます。

 やはり、スペイン・リーガエスパニョーラやイングランド・プレミアリーグの様に、リーグ戦で熾烈な戦いに明け暮れているチームとは、やや違うのでしょう。
 
 そういう意味では、「リーグアンのレベルアップ」が必要なのかもしれません。

 リーグ最多10度の優勝を誇るサンテティエンヌや、9度の優勝を誇るオリンピック・マルセイユ、8度優勝のFCナントやASモナコが、リーグアンにおいてパリ・サンジェルマンの牙城に迫る戦いを繰り広げて行く必要があるのでしょう。

 8月24日に開幕した、イタリア・セリエAの2019~20年シーズンですが、11月10日までに第12節を終了しました。
 各チームが12試合を消化したのです。
 全38ゲームの内の12ゲームですから、約1/3を経過したことになります。

[第12節を終えたセリエAの順位]
1位 ユベントス 勝点32 10勝0敗2引分
2位 インテル 勝点31 10勝1敗1引分
3位 ラツィオ 勝点24 7勝2敗3引分 得失点差15
4位 カリアリ 勝点24 7勝2敗3引分 得失点差11
5位 アタランタ 勝点22 6勝2敗4引分 得失点差12
6位 ASローマ 勝点22 6勝2敗4引分 得失点差6
7位 ナポリ 勝点19 5勝3敗4引分

 首位には「いつものように」ユーベが立っています。
 昨季まで8連覇中のユベントスが首位に居るのは、セリエAの「いつもの風景」なのです。

 ところが今季は、勝点差1でインテルが喰い付いています。
 ここが2019~20年シーズンの特徴なのです。

 3番手のラツィオとの勝点差が大きいので、「2強の争い」と呼ぶべき状況でしょう。

 ユベントスは、これも「いつものリーグ戦前半のように」無敗のドライブを魅せていますが、インテルも僅か1敗で追いかけているのですから、今季は最後まで分からない展開になるのかもしれません。

 インテルの1敗は、第7節・10月6日のユベントスとの対戦でした。
 前半4分にユベントスのパウロ・ディバラ選手が先制点をゲットし、前半18分にインテルのラウタロ・マルティネス選手が同点弾を決めて1-1の展開が続きましたが、後半35分にゴンサロ・イグアイン選手が決勝点を挙げて、ユベントスが勝ちました。
 大接戦だったのです。

 インテルとしては、ホーム・スタディオジュゼッペメアッツァで痛い星を落としましたが、「互角」に戦えるという手応えを掴んだゲームでもあったことでしょう。

 ユベントスとしても、ベルギー代表のロメロ・ルカク選手らが加わり戦力アップしたインテルの底力を感じるゲームであったと思います。

 セリエAにおける、ミラノの名門2チームの内、まずインテルが蘇りました。
 
 やはりセリエAは、ミラノのチームが強くないと面白くないのです。

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