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 話を、スキージャンプ競技に戻します。

 スキージャンプ競技は、前稿のゴルフ競技やラグビーその他の競技に比べて、全く正反対の方向に向かっているように思います。

 私が、「ウインド・ファクター」という制度が、スキージャンプ競技の発展を妨げ、ひょっとすると衰退の要因になるのではないかと危惧する理由は、以下の通りです。

① 「ウインド・ファクター」という制度自体の精度の問題
 加除する数値を、風の強さ・方向とヒルサイズにより算定していますが、この手法は客観的で公平なものなのでしょうか。あまりに簡単すぎるし、観測時点も公平なものなのか、疑問です。
 では、この精度を上げて行けばよいのかというと、そうでもありません。例えば、風の強さ・方向の観測地点を、サッツ地点、ランディングバーンの10か所で調べてみても、観測時点を、アプローチ開始から着地までの間で10回測ってみたところで、さらに精度を上げるべきだという考え方が出てきてしまうでしょうから、真に公平であると、大半のプレーヤー・チームが納得するものには、ならないと思うからです。
 そもそも、こうした制度を導入したことが、競技を一層迷路に入れてしまったように感じます。

② 選手の技量向上の努力が不要になること
 「ウインド・ファクター」という制度の導入により、選手は「風に対する対応の努力」をしなくて良いことになります。向かい風の時、追い風の時、その角度、飛行中の風の変化等々に対応するために、選手はトレーニングを積み重ねるのでしょうが、ウインド・ファクター制度が定着し、その精度が向上するほど、「選手は、ひとつの飛び方のみを極めれば良い」ことになります。ひとつの形で、遠くに飛べるようになれば、風の状態が悪く、距離が出なかった場合には、ウインド・ファクター制度により救済されることになるのですから。
 様々な状況への対応力も、スポーツプレーヤーの能力の大切な要素ですが、この点が不要になってしまいます。

 結果として、同じ選手ばかりが勝つようなスポーツになってしまうかもしれません。そうなると、観客が観ていても、面白くない競技になりますから、競技は衰退・消滅していくでしょう。
 「いや、そうはならない。ウインド・ファクター制度が入っても、他の要素があるから。ジャンプは、そんな単純な競技ではない」という人が居るとしたら、申し上げたい。「でしたら、ウインド・ファクター制度も不要でしょう」と。論旨が矛盾しています。

③ プレー・プレーヤーの多様性が損なわれる怖れがあること
 当然ながら、スキージャンパーには様々なタイプが存在します。高い飛行線を描くジャンパーや低い飛行線が得意なジャンパー。サッツのパワーで、一気に飛んでいくジャンパーと飛行中のキメ細かな対応により飛距離を伸ばしていくジャンパーなどなど、こうしたジャンパーの特性の違いにより、異なるシャンツェ、異なる自然環境の下で、得意・不得意という違いが生まれて来るのでしょう。
 しかし、ウインド・ファクター制度の導入により「理想的な環境で飛距離を伸ばす」ジャンパーばかりになってしまうのではないでしょうか。追い風や難しい環境下でも、相応の飛距離を出せるジャンパーが、居なくなってしまうのではないでしょうか。

 ゴルファーには、全米オープンや全英オープンで好成績、つまり極めて難しいセッティングのコースにおいて、パーを拾っていくのが上手い選手が居ます。アイルランドのパドレイグ・ハミルトン選手などは典型でしょう。こうした選手は、バーディーの取り合い、アンダーパーを大きくしていかなければならないトーナメントでは、好成績を残すことができません。

 ウインド・ファクターを導入し続けようとするスキージャンプ競技は、スキージャンプ競技におけるパドレイグ・ハミルトンのような選手を排除・消滅させるつもりなのでしょうか。

 ちなみにハミルトン選手は、2007年・2008年に全英オープン2回・全米オープン1回のメジャートーナメント計3回の優勝を誇る、超一流プロゴルファーです。
 そして、当該の2007年・2008年の2年間、ハリントン選手は、他の一般なセッティングのPGAツアーやヨーロピアン・ツアーのトーナメントでは、1勝も挙げていません。極めて難しいセッティングのトーナメントにおいて、実力を発揮する選手であることが明らかです。

 ゴルフトーナメントで、例えば残り170ヤードの第二打、ショットの際に横風が吹き、グリーン上のピンから10m離れたところにボールが飛び・止まったとします。「今のショットのウインド・ファクターは8m」だったので、グリーン上でボールを動かし、ピンから2mの所に持っていく、こんなことは考えられないことです。それは、ゴルフでは無いでしょう。

 例えば、ラグビー競技のキックがゴールの右2mに外れたとします。今のキックのウインド・ファクターは3mだったので、ゴールが決まったと認定するなどということは、有り得ません。これも、ラグビーでは無いでしょう。

 現在スキージャンプ競技が実施し指向しているルールは、こうしたことなのではないでしょうか。

 そもそも、ピンから10mも離れたところにゴルフボールが止まった理由やラグビーのキックが外れた理由が、風のせいなのか、打ち損ね・蹴り損ねなのかは、判らないのです。加えて、風が吹いている、吹くことを想定してショット・キックするのが、上手なプレーヤーということになります。
 
 「風も考慮してプレーする」のは、スポーツとして当然のことなのです。

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 オーストリア・シュラートミングのアルペン世界選手権が幕を閉じたと思ったら、今度はイタリア・バルディフィエメでノルディックスキーの世界選手権が始まりました。ウィンタースポーツが花盛りです。

 ノルディックスキーの世界大会ですから、ジャンプ競技も実施されます。このジャンプ競技には「ウインド・ファクター」という制度が導入されています。私の記憶では、2010年~2011年シーズンから試験的に導入されたように思います。そして、現在では多くの大会で観られます。
 ある選手が試技する際に、追い風なら不利なので加点し、向かい風なら有利なので減点するという制度ですが、いかがなものでしょうか。

 本ブログでは、以前からジャンプ競技の結果に風は関係ないと書いてきています。一方で、大会では風の影響を考慮していこうとする試みが続いているのです。どのような経緯で「ウインド・ファクター」という制度が導入されたのかは分かりませんが、ジャンプ競技の面白さを半減させる、結果としてジャンプ競技の存続にも影響を与える、間違った制度の導入だと危惧しています。

 ゴルフ競技に全英オープンという大会があります。マスターズ、全米オープン、全米プロと共に、世界4大メジャー大会のひとつであり、世界で最も歴史のある、ゴルフのナショナルオープン大会です。
 スコットランドからイングランドにかけての、選定されている幾つかの海沿いのコース(リンクスコース)で開催されています。「なるべく自然のままで」というゴルフ競技の基本理念を体現している大会ですから、伸び放題のラフや深いバンカーが特徴ですし、海から或いは海への強い風も有名です。

 この全英オープンでは、競技者の1打1打によって、運不運が相当に発生します。

 例えば、ティーショットでフェアウェイFWの真ん中に打ったとします。これは、通常ならグッド・ショットです。ところが、ボールのところに行ってみると、FWの芝が剥げている、あるいは生えていない、ということがあります。ボールの下に芝が生えているかいないかは、次のショットの難易度に大きな影響を与えます。
 FWというのは文字通り、ラフに比べて次のショットが打ちやすい場所である筈で、アメリカのコースでは綺麗に整備されているのです。しかし、イギリスのリンクスコースでは「なるべく自然のままで」ということですから、こうした運不運が発生するのです。

 また、前述のように、リンクスコースは風が強いのです。ショットした瞬間に突風が吹くこともあります。そうすると打球は大きく曲がります。風が吹かなければ、打球は曲がりません。風の有無・強弱によって、ショットの成功・不成功が大きな影響を受けるのです。

 上記の様に、全英オープン大会では、1打毎に運不運があるわけですが、こうした状況を改めてほしいという意見は出てきません。また、全英オープン大会の価値や格式に、いささかの揺るぎもありません。
 何故でしょうか。
① 1打1打には運不運があるが、その運不運は、全てのプレーヤーに起こるもので、自分だけに発生するものではない、という考え方
② こうした様々な難しい要因を、乗り越える、あるいは軽減させるように、技術を磨き、腕を上げることで、克服したい

 といったことが、プレーヤーの気持ちにあるのだと思います。そして何よりも「これがゴルフなのだ」という考え方が、根底にあるのだと思います。

 1打1打の不運を嘆く=失敗を自然環境のせいにする=失敗の原因を他所にもとめる、といった「弱い心持」ではなく、どんな状況にも対応していこう、自分を鍛えて行こう、そして、もし肝心なところで不運に見舞われ、良い成績が残せなかったとしても、次の試合で、より良い成績を得るための糧にして行こう、という考え方が在るのだと思います。
 そして、この考え方こそが、ゴルフという競技のレベルを高めて行く要因なのだろうと思います。素晴らしいことです。

 もちろんゴルファーも人間ですから、自分のショットの時に吹いた強風を恨む気持ちがあるでしょう。FWのディボットにボールが入ってしまったことを、残念がる気持ちがあるでしょう。しかし、試合後に「あの風のせいで負けた」などという言葉を聞くことは、ありません。そんなことを理由にしたら、極めて情けないプレーヤーだと思われてしまうからなのかもしれません。

 ゴルファーのショットにも色々なタイプがあります。ピンや、あるいはボールの落とし場所を、寸分違わず狙っていく選手と、大体あの辺という感じで、直径5m位の円に打っていくタイプ、高いボールと低いボールなどです。全英オープンのようなゲームでは、後者の方が向いているのでしょう。そして、両方のプレーができる選手の方が、様々な外的要因への対応力が強い選手ということになります。

 そうなると、どちらのショットも打てる選手の方が強い選手ということになります。そして、多くの選手は、練習の積み重ね、経験の積み上げによって、より多くのバリエーションのショットが打てるようになりたいと考えるのでしょう。こうして、運不運に強いプレーヤーが生まれて来るのです。

 当然のことながら、ゴルファーにも様々なタイプが存在します。バーディー・イーグルをガンガン取りに行くタイプ、オールドマン・パーとの戦いを重視?し、キッチリとパーセーブを重ねて行くことが得意なタイプ。荒れたコースに強いタイプ、良く整備されたコースに強いタイプ。距離の長いコースに強いタイプ、距離は短いがテクニックを要するコースに強いタイプ。寒さに強いタイプ、暑さに強いタイプ。等々、選手は皆、様々な環境に対応するべくトレーニングを重ねるのですが、やはり得意・不得意が生じて来るのです。
 ましてや。世界トップレベルのゲームともなれば、全てのコース・状況で世界一という選手は存在しません。そして、より多様な環境に対応する力がある選手がトッププレーヤーということになるのでしょう。

 結果として、4大メジャートーナメントでも、得意・不得意が出てきます。とても難しい設定のために、なかなかバーディーが取れず、パーとするのさえ難しい全米オープンのようなトーナメントと、相応にバーディー・イーグルを獲得し、大きなアンダーパーを実現していかないと勝負にならないマスターズでは、活躍する選手が異なるのです。そして、タイガー・ウッズのようなトッププレーヤーは、どちらのトーナメントでも活躍できるのです。

 そのタイガー・ウッズでも、毎回好成績を残すことはできません。色々な選手が、一世一代のプレーをしたり、その大会の環境にベストフィットした選手が現れたりして、大会を変化に満ちたものとします。
 観客も、トーナメント毎に展開される、多様なプレーの展開に一喜一憂し、存分に楽しめるのです。いつも、同じ選手が勝つのでは詰まらない、しかし、核になる選手は居た方が良いと、ファンの望みは我儘?ですが、この我儘に対応できるシステムを持っているスポーツが、繁栄しつづけるスポーツなのでしょう。ゴルフ競技は、このシステムを保持し、一層充実させているスポーツだと思います。

 球聖と呼ばれ、現在のマスターズ・トーナメントの創設者でもあるアメリカのボビー・ジョーンズ選手は、生涯アマチュアでしたが、全英オープンにも1回だけ出場し、優勝しています。そして、コメントを残しました。「ここでのプレーは、私の人生でも、最も楽しいものだった。風というハザードに対応するために、1打1打工夫してプレーすることができたから」と。
 ラフ、バンカー、池といった、目に見えるハザード(障害物)に、全英オープンでは、風という見えないハザードが加わります。それに対応していくことが、とても楽しかったということでしょう。もちろん、ボビー・ジョーンズをもってしても、大会中全てのショットが上手くいったとは思えませんが、可能な限り対応し、概ね上手くやれたことへの満足感が大きかったということでしょう。
 これが、レベルの高いプレーヤーなのです。そして、ボビー・ジョーンズは全英オープンで体得したノウハウや風景を、マスターズ・トーナメントに反映させたのだと思います。ゴルフ競技全体のレベルアップと、見ていてより面白い競技への発展にも、寄与したのだと思います。

 続いてはラグビー競技です。ラグビーでも、風の方向が大きな影響を与えます。キックやパスが、風の影響を受けるからです。そこで、ラグビーでは前半と後半とで、サイドを交代するのです。最初右側だった自陣が、後半は逆サイドが自陣になります。結果として、前半向かい風だったものが、後半は追い風になる形を取って、出来るだけ公平な状況を作り出そうとしているのです。

 しかし、風は継続して同じ方向・強さで吹き続けるわけではありません。前半強かった風が、後半弱くなることは、当然ながら良くあることです。日差しに至っては、試合開始時には高かったものが、後半には低くなるのです。球が観易い・観難いということが起こります。

 こうした状況下でプレーするわけですが、負けた時に「後半になったら風が弱くなったから、負けた」などというチームやプレーヤーは存在しません。そんな考え方のプレーヤーでは、良いプレーはできないでしょう。プレーの成否の責任は、自らにあることを認識するのは、スポーツをする者の最低限の矜持でしょう。

 こうした、風の影響は、当然ながらサッカーにも、アメリカンフットボールにも、マラソンにも、短距離競走にも、跳躍競技にも、ベースボールにも、つまり殆どの屋外競技に存在するのです。

 屋内でも様々な運不運がありますが、屋外で行われるスポーツには、より多くの運不運が存在します。そして、プレーヤーは可能な限り、様々な要因に対応できるようになるために、トレーニングを重ねるのです。
(→『その2』に続きます)
 3歳牡馬のクラシック戦線を語る上で、欠くことができないレースが「弥生賞」です。

 弥生賞の前身は1960年に開始された「東京記念」競走ですが、このレースは、1961年と62年は安田記念の前哨戦と位置づけられ5月に実施されました。そして、1963年には皐月賞の前哨戦となり3月に実施されました。

 1964年・昭和39年、東京オリンピックの年ですが、この年の中央競馬番組変更に伴い、皐月賞の前哨戦としての役割を弥生賞に譲り、東京記念というレースは廃止されました。僅か4回の開催でした。

 こうしたレースの継承は、他のレースでも見られることですが、不思議なのは「東京記念」という名前を冠するレースが、中央競馬から消えてしまったことです。中山記念や京都記念・目黒記念・鳴尾記念・根岸ステークスといった、競馬場の名前を冠したレースが脈々と受け継がれてきている中で、中央競馬の総本山である東京競馬場を記念するレースが、現在に至るまで存在しないのは、不思議なことだと思います。
 1960年から実施されていた東京記念競走が、東京競馬場の名前から名付けられたものかどうかは、ともかくとして、「東京記念」という名前のレースは、何時でも創設することができた、あるいは、できる筈です。機を逸したということでしょうか。

 話を弥生賞に戻します。

 このような経緯を経て1964年に創設された弥生賞は、最初からクラシックレース・皐月賞の前哨戦と位置づけられ、3歳馬限定のレースでした。第一回は、中山競馬場1600mで行われ、その後、施行距離が度々変わりました。 施行競馬場も、中山と東京を行ったり来たりしています。1970年には、報知新聞社から優勝杯が提供され「報知杯弥生賞」となり、現在に至っています。

 1971年からは、ようやく中山の1800mに落ち着き、先週の稿で書きました「ハイセイコーの弥生賞」は1973年に行われています。レース開設当初から、皐月賞の前哨戦という位置付けは揺らぐことは無かったのですが、正式に皐月賞トライアルレースになったのは1982年で、上位5着までの馬に皐月賞の優先出走権が与えられるようになりました。

 そして、1984年のグレード制導入時にG3に格付けされるとともに、施行距離が2000mになりました。現在の弥生賞のスペックとなったわけです。これは、本番の皐月賞と全く同じスペックですから、これ以上のトライアルレースはありません。

 1987年には、G2に格上げされました。一方で、皐月賞に向けて様々なステップを取る馬が増えてきたためかと思いますが、1991年には優先出走権が付与される頭数が上位5頭から3頭に変更されています。

 弥生賞は、一方で、クラシックレースを目指して東西で別々に開催される2歳・3歳馬の重賞レース体系が一本化される、つまり東西交流の最初のレースということができます。
 競走馬の運搬が現在ほど容易ではなかった時代には、関東の競馬ファンからすれば、関西の噂の強豪馬を初めて見るレースということですし、関西の競馬ファンにすれば、贔屓の馬達を関東に初めて送り出すレースであったのです。

 こうした歴史を持つ弥生賞ですから、その優勝馬達は華やかさに溢れています。このレースを勝って、クラシックレースを制した馬が沢山いて、とても書ききれません。代表的な名馬を挙げれば、1983年のミスターシービー、1984年のシンボリルドルフ、2005年のディープインパクトでしょうか。いずれも三冠馬です。
 二冠馬やG1馬に至っては数知れず、このレースの真の格の高さを、如実に示しています。

 そんな中で、本稿で採り上げる勝ち馬は、1991年・第28回弥生賞の勝ち馬・イブキマイカグラです。

 イブキマイカグラ号、父リアルシャダイ、母ダイナクラシック、母の父ノーザンテースト。生涯成績14戦5勝。
 血統を観ただけで、当時の超良血馬です。母ダイナクラシックの全兄がアンバーシャダイ、全妹がサクラバクシンオーの母であるサクラハゴロモという名牝系。加えて、リアルシャダイの産駒ですからスタミナも十分と考えられますので、生まれた時から、クラシックレース、特に日本ダービーや菊花賞での大活躍が期待されていたことでしょう。

 2歳時(当時の馬齢表示は3歳)に、G1阪神3歳ステークスをレコード勝ち。「関西にイブキマイカグラあり」との評価は、高まる一方でした。

 そして3歳の緒戦が弥生賞でした。G1朝日杯3歳ステークスを制し、前年の最優秀3歳馬に輝いた関東の代表馬リンドシェーバーとの東西王者の激突でしたが、これをクビ差で差し切り優勝。
 栗毛・大流星の良く目立つ馬体が、追い出されると首が低く沈み込むような感じになり、力強く加速します。「好い馬だな」というのが、私の第一印象でした。

 阪神3歳ステークス、弥生賞と連覇すれば、当然その年のクラシック戦線の主役になる筈なのですが、この1991年の3歳馬には、デビューが遅かったトウカイテイオーが居たのです。いまだ、重賞レースには出走さえしておらず、若葉ステークスを勝って4戦4勝でしたが、あの三冠馬シンボリルドルフの初年度産駒ということもあってか、皐月賞の前評判は、トウカイテイオー一色でした。

 イブキマイカグラのキャリアを観ると、同世代やライバルに強豪馬が目立ちます。自身も相当に強いのですが、前後の世代も含めて、周囲には強い馬が揃っていました。生まれた時期が、少し悪かったのかもしれません。

 皐月賞は、直線で前が開かなかった不運もあり、トウカイテイオーの4着に敗れました。しかし、距離が延びるほど良いというマイカグラですから、当然日本ダービーを目指します。当時は、ダービートライアルであったG2NHK杯に出走、圧勝。東京競馬場の直線での切れ味は素晴らしいものでした。
 ところが、このレースで骨折していたのか、日本ダービーは断念することとなりました。

 幸い軽度の骨折でしたから早期に回復し、秋を迎えました。「距離が延びるほど良い」マイカグラは菊花賞を目指します。1番人気で臨んだG2京都新聞杯は、ナイスネイチャの大駆けにあって2着でしたが、調整は順調という感じでした。

 皐月賞・日本ダービーの2冠を制したトウカイテイオーが故障で戦線離脱していましたので、当然の1番人気で菊花賞に臨みました。しかし、道中のスローペースに折り合いを欠いたのが響いたか、いつもの直線の伸び脚が無く、レオダーバンの2着に敗れてしまいます。イブキマイカグラには、時々折り合いを欠くレースがありました。

 明けて4歳春の天皇賞、トウカイテイオー(5着)には先着しましたが、メジロマックイーンの3着と敗れました。今度は、古馬になり本格化した大豪メジロマックイーンが立ちはだかったのです。

 この後5月の安田記念で、ヤマニンゼファーの11着と大敗し、その後屈腱炎を発症したイブキマイカグラは、競走馬を引退しました。何か、次から次に出て来る強敵と戦い続けた競走馬キャリアであったように思います。

 「馬名」は、とても興味深く、奥が深いテーマですが、「イブキマイカグラ」という馬名は、日本風馬名の傑作だと思います。
 「舞い神楽」、本当に綺麗な栗毛で、ターフを舞っていたサラブレッドでした。

 今シーズンのラグビー日本選手権大会決勝は、サントリーと神戸製鋼の両チームの対戦となり、東京国立競技場で2月24日に行われました。

 ゲーム結果は、36対20でサントリーサンゴリアスが神戸製鋼スティーラーズを破り、三連覇を達成しました。得点差以上のサントリーチームの完勝でした。

 特に素晴らしかったのは、サントリーの9番スクラムハーフSHフーリー・デュプレア選手のプレーでした。ラグビー強豪国・南アフリカ代表選手のプレーを存分に発揮したのです。

 前半は、サントリーが風上。

 キックオフからの一連のプレーから、サントリーの左ウイング小野沢選手が突進、大きく前進し、ボールは右サイドへ、スタンドオフSO小野選手からパスを受けた右ウイング村田が前進、個人技で一人をかわしてトライ。ノーホイッスルトライ、前半1分でした。

 神戸製鋼がボールを支配する時間帯が続いた前半17分には、ワンチャンスを活かしたサントリーのウイング小野沢選手が左隅にトライ。この辺りは、サントリーチームのタップパスが有効でした。これで12対0とサントリーがリード。

 この後、両チームとも1本ずつペナルティゴールを決めて、前半はサントリーが15対3とリードして終わりました。前半のボール支配率は、神戸製鋼7割:サントリー3割と、神戸製鋼が圧倒していましたが、スコアは逆。ラグビーが、ボールを支配するスポーツではないことを如実に示していました。

 さて、後半。開始早々から、サントリーの猛攻が始まりました。

 5分には、SO小野選手のパントをセンターの平選手が押さえ込んでトライ。15分にも、混戦から元選手が抜け出してトライ。23分には、NO.8の西川選手が個人技でトライと、一気に36対3として、ゲームを決めました。

 ここで、サントリーはSHデュプレア他の選手を交替。この交替を境にしてゲームは神戸製鋼ペースとなり、27分にフーリー、31分にアンダーソンがトライして追い上げ、最後のプレーでもトライして、36対20と追い上げたところでノーサイドでした。

 サントリーの地力上位が目立つ試合でしたが、気になった点がひとつ。前半終了間際に、サントリーのフルバックFB有賀選手が酷い反則をしてシンビンで10分間の退場となったのですが、後半14分になっても出場できなかったのです。
 ルールで罰則として決められている10分間より約5分間も長い時間に渡って出場できなかったことは、大問題です。このようなことは、同じように時間を決めた退場ルールがある、アイスホッケーでも見たことがありません。罰則時間ルール自体が無意味ということになります。

 ゲームが切れなかったことが理由なら、ゲームが切れなくとも可能な限り10分間丁度に近いタイミングで、退場している選手をフィールドに入れることができるように、早期にルールを改正しなくてはなりません。

 主審が気が付かなかったことが原因であるならば、審判のレベルアップが必須です。公正な試合が行われるようにコントロールすることが責務である審判が、大事なことを忘れて、自らルール違反をしているというのでは話になりません。

 この5分の間に、試合を決定づけるプレーが展開されていたら、どうするつもりだったのでしょう。ラグビーの試合で、主審に全権が付与されているのは、主審が間違った判定をしないからです。肝心なところで、判定ミス・ルール運用ミスを犯すような審判には、全権を与えて良い筈がありません。

 罰則時間の10分間を過ぎてから、相当経った時点で、フィールド中央でスクラムの場面がありました。何回かスクラムが組みなおされたと記憶していますが、この際にサントリーのSHデュプレアが審判に、有賀選手をフィールドに戻すようにアピールしていましたが、審判は応じませんでした。聞こえなかったのか、無視していたのかは分かりませんが。

 もし、この重大なルール違反の原因が審判の不手際であるとしたら、この試合の主審は、このレベルのゲームの笛を吹く能力が無いことになります。審判は、ゲームを構成する重要な要素ですので、ラグビー協会はもっと良い審判を選定していただきたいと思います。

 さて、頭書のように、サントリーのフーリー・デュプレア選手のプレーは、本当に素晴らしいものでした。ボールのハンドリング、パスのタイミング・強さ・速さ・コースとも申し分なく、何か簡単にプレーしているようにさえ観えましたが、デュプレア選手が交替した後、サントリーはパスをカットされたり、ノックオンの反則を犯したりして、神戸製鋼のトライに結び付くプレーを連続して提供していましたから、デュプレア選手のプレーのレベルの高さが、改めて認識されました。

 今季サントリーチームの得意プレーである「シェイプ」も、デュプレア選手の瞬時の判断力と正確なプレーがあってこそのプレーであると感じました。
 「シェイプ」はその概念が、アメリカンフットボールNFLで今季ブレイクした「リードオプション」に似たプレーです。どちらも、司令塔であるスクラムハーフやクオーターバックの一瞬の判断と正確・迅速なプレーが必須です。デュプレア選手の強くて速くて正確なパスが「シェイプ」の根幹でしょう。

 このゲームには、デュプレア選手以外にも、神戸製鋼の13番センターのジャック・フーリー選手(南アフリカ代表)やサントリーの6番フランカーのジョージ・スミス選手(オーストラリア代表)といった、世界トップクラスのプレーヤーが出場していました。そして、ハイレベルなプレーを随所に展開していました。

 神戸製鋼が実力上位のサントリーを苦しめるためには、フーリー選手の活躍が不可欠でした。逆に言えば、サントリーとしてはフーリー選手の動きを封じれば、ゲームを一層優位に進めることができることになります。このゲームで、その役割を担ったのがジョージ・スミス選手でした。

 前半、ゲームの流れを決める大切な時間帯、スミス選手は何度もフーリー選手が加速する前に一発でタックルを決めていました。目立たないプレーかもしれませんが、本当に素晴らしいプレーだと思いました。
 試合終了近くになって、ゲームの流れが神戸製鋼に傾いていた時間帯にも、スミス選手は変幻自在の動きを魅せ、何度も神戸製鋼の前進を阻みました。チームが劣勢な時に力を発揮する選手こそが、一流選手というものでしょう。さすがに、オーストラリア代表キャップ100以上のプレーヤーであると、改めて感じ入りました。

 素晴らしいゲームを魅せていただき、両チームにはお礼申し上げます。ありがとうございました。

 それにしても、国立競技場のスタンドがガラガラだったのは、大変残念でした。昔の日本選手権試合といえば、大入り満員、少なくとも8分の入りでした。これほどハイレベルなゲームの観客数が、おそらく1万5千人程度というのは、いかにも寂しいことです。
 
 2009年の日本ワールドカップ開催に向けて、ラグビー人気回復策の展開が急がれます。
 オーストリアのシュラートミングで開催されていたFISアルペンスキー世界選手権は、テレビ放送されていましたので、とても楽しませていただきました。

 私は雪国の、それも我が国有数の豪雪地帯に育ちましたから、もの心がついた時にはスキーを履いていました。

 少し大きくなると、ちゃんとしたスキー板を使うようになります。1980年代までのアルペンスキー板は、自分の身長より相当長いものを使いました。具体的には、腕を上げて、手首を曲げ、その掌に当たるくらいの長さが良いとされていましたので、高校生になった頃には、少し背が高い私のスキー板は205㎝か210㎝でした。

 当時の滑降競技に使われたスキー板は、もっと長く、230~240㎝であったと記憶しています。スキー板は、長いほど速く滑ることができるとされていましたので、自らが操作できる限界の長さのスキー板を使用していたのでしょう。

 1990年代に入って、いわゆるカービングスキーが開発されてから、アルペンスキーのスキー板は一変しました。とても短いスキー板を使用するようになったのです。

 スキー板のエッジの部分ですが、1980年代までのものは、スキー板を真上から見て、ほとんど真っ直ぐに見えました。正確には、スキー板の先の方と後ろの方が、少し膨らんでいたのですが、一見したところでは、ほぼ真っ直ぐに見えたのです。

 一方、1990年代以降のカービングスキーは、スキー板の先の方と後ろの方が大きく膨らんでして、エッジのラインは弧を描いています。

 この弧の在り様を、単位で呼ぶと80年台以前のものは「R40」以上、90年代以降のものは「R20」以下、つまり、カービングスキーというのはR20以下の、エッジ部分が大きく曲がっているスキー板ということになります。

 エッジの部分が大きく曲がっていると、ターンし易いのです。滑っていて、回り易いということです。R40以上の、エッジ部分がほぼ真っ直ぐのスキー板は、真っ直ぐ滑るのには向いていますが、ターンするのが難しいということになります。

 本ブログの過去の稿で、スキーは雪面とスキー板の間に、薄い水の膜が出来て、滑ることができると述べました。雪面をスキー板で押すことで、水の膜が出来るのです。主な推進力は、地球の重力です。
 そうすると、より速く滑るためには、なるべく大きな面積でスキー板を雪面に付け、なるべく強い力で押しつけることが、有効ということになります。

 そうなると、回転や大回転といった技術系の種目はともかくとして、滑降やスーパー大回転といったスピード系の種目は、引き続き、長めのスキー板が使われるかと思いましたが、これらスピード系の種目も、短いカービングスキーが主流となりました。
 カービングスキーは、昔のスキー板より幅が広いので、雪面との接地面積は「幅」で確保し、スキー板の操作し易さが優先されたのかな、と考えていました。

 1990年代以降は、選手は自分の身長より短い、それも相当短いスキー板を履いて、競技に臨んできました。昔の、自分の身長より相当長いスキー板を履いている選手の記憶も薄れてきていたのです。

 そして、今2013年の世界選手権を迎えました。今回もカービングスキーばかりの大会になると思いました。
ところが、競技を観ていると、相応に長いスキー板を履いている選手が居るのです。おゃっと思いました。

 女子のスーパー複合競技、優勝したドイツのヘフル・リーシュ選手は、女性としては大柄な180㎝を超える選手ですが、スーパー複合後半の回転競技において、自らの身長より長いスキー板を履いていました。少なくとも185㎝以上のスキー板でした。
 一方、この種目で2位となったスロバキアのマゼ選手は、リーシュ選手より身長が低く、おそらく170㎝以下と観ましたが、その身長より相当短いスキー板を履いていました。155㎝以下のスキー板ではないかと思います。

 世界のトップを争う二人のスキーヤーのスキー板の長さに、これだけ大きな違いがあるのは意外でした。おそらく「R○○」の数値が違うのです。よりターンし易く、操作が容易な「数値の低いカービングスキー」を使う選手が大半だった時代から、よりスピードを出しやすく、真っ直ぐ滑りやすい「数値の高いスキー板」を使用する選手も出て来る時代になったのかもしれません。興味深いところです。

 報道されているところでは、今大会の有力選手の中に「R35」のスキー板を履いている選手が居たそうです。1980年代のR40のスキー板程ではないにしても、エッジの曲りが非常に小さいスキー板ということになります。
 今後の世界選手権やオリンピックのアルペンスキー競技では、使用する道具の違いが注目点となるのかもしれません。ターンし易さとスピードのバランスを、各選手が自分の筋力や柔軟性といった特徴を最大限に発揮するために、練習と検討を続ける時代が来たのでしょう。

 今シュラートミングの世界選手権最終種目・男子回転は、地元オーストリアのヒルシェー選手が気迫十分の滑りを魅せ、見事に優勝を飾りました。今大会、地元オーストリアに初めての個人種目の金メダルを齎したのです。自他ともに認めるアルペン王国オーストリアの面目が保たれたレースでした。
 2位にはドイツのノイロイター選手、3位にはオーストリアのマット選手が入りました。

 3人のスキーヤーは、表彰台で大歓声に応えました。ヒルシェーのスキー板は、ほぼ自分の身長と同じ長さでした。ノイロイターのは身長より短いスキー板でした。そして、マットのは身長より長いスキー板でした。

 三者三様。これからのアルペンスキー競技を象徴しているようなレースでした。

 2013年2月24日、阪神競馬場芝1400mコースで行われる、第57回阪急杯G3の予想です。

 例年、スプリンターとマイラーが激突するレースですが、今年も実績馬・新鋭馬の16頭が出走する、華やかなレースになりました。

 軸馬は、2枠3番のロードカナロワにします。前走G1香港スプリントを快勝。国際レースで強いところを魅せました。2か月半の休養を経て出走してきた形ですが、12戦7勝・2着4回と実力は抜けていると思います。58㎏のトップハンデですが、枠には恵まれました。直線一気に押し切ってくれると思います。

 対抗馬一番手は、2枠4番のクィーンズバーン。前走G3京都牝馬ステークスは、ハナズゴールの大駆けにあい4着と敗れましたが、2着馬とは僅差でした。昨年4月のG2阪神牝馬ステークスの勝ち馬であり、阪神コースは得意です。斤量も54㎏と恵まれました。

 対抗馬二番手は、1枠1番のサンカルロ。前走G2阪神カップを快勝。もともと冬に強いタイプです。7歳馬ですが、前走から2か月の休養期間を設けるなど、陣営の丁寧な対応にも好感がもてます。2着は十分にあると思います。

 対抗馬三番手は、3枠5番のブライトライン。ようやく本格化してきたのでしょうか、中3週で使ってきました。上がり3ハロンのタイムが優秀です。父フジキセキを髣髴とさせるようなレースが観てみたいものです。

 今回は、以上の4頭に期待します。現役最強のスプリンター・ロードカナロワの2013年始動の走りが楽しみです。
 2013年2月24日に、中山競馬場芝1800mコースで行われる、第87回中山記念G2競走の予想です。

 1600mに強い馬と2000mが得意な馬の両方が挑戦してくる、中央競馬屈指の伝統を誇るレースですが、今年も実力馬・上り馬の15頭が出走して来ました。

 軸馬は、7枠12番のダノンバラードにします。前走AJC杯G2を快勝しました。もともと大崩れしない馬ですが、屋根にペリー騎手を迎えて、勝ち味が早くなったと思います。好調を維持していると観ます。

 対抗馬一番手は、8枠14番のタッチミーノット。去年9月の新潟記念G3から3戦して、2着・3着・1着。前走の中山金杯G3のゴール前の脚は見事でした。中山コースに強いのは証明済み。7歳馬ですが、まだ22戦と馬体は若いと思います。勝ち負けの勝負を期待します。

 対抗馬二番手は、5枠8番のアンコイルド。重賞初挑戦ですので、格下感は否めませんが、前走白富士ステークスの、ゴール前の粘り脚は素晴らしいものでした。鉄の馬ジャイアンツコーズウェイの血統が花開いてきているように思います。本格化の過程で、重賞初勝利と行きたいものです。

 対抗馬三番手は、2.枠2番のリアルインパクト。言わずと知れた2011年のG1安田記念の勝ち馬。格なら一番です。昨年のこのレース3着以降、いまひとつのレースが続いていますが、展開が嵌れば実力は上位。先週のトーセンラーに続いて、G1馬の復活が観られるかもしれません。

 今回は、この4頭に期待します。4コーナーは大接戦でしょう。
 3月2日から、第3回ワールドベースボール・クラシックWBC大会の第一ラウンドが始まります。第一回、第二回を連覇した日本代表チーム「サムライジャパン」の準備も進んでいるようです。

 WBCのゲームの特徴は「圧倒的な投手優位」です。日本チームに限らず、アメリカもキューバも、WBCのゲームでは中々大量得点を奪うことができません。
 確かに、日本プロ野球でも、シーズンの序盤には投手が優位で、得点が少ない試合が多いのです。
① 投手の方が、仕上がりが早いこと。
② 初めて対戦する投手に対して、打者が慣れていないこと
 が主な理由かと思いますが、一方で、昔メジャーリーグのチームが来日した際に、いきなりホームランを量産し、大量点を奪ったことを憶えています。この違いは、どこから生まれているのでしょうか。

 やはり、投球術の進歩が最大の要因のように思います。打者の手許で微妙に変化する球種が増え、多くの投手がそれを身に付けたのでしょう。しかも、分かっていても打てない変化球も増えています。

 今回の大会も、投手優位は続くように思います。

 我らがサムライジャパンの投手陣も、第一回・第二回に劣らない素晴らしいメンバーが揃っていますし、例年より早く体作りを行っている投手も多いようですから、この大会でも十分に期待できると思います。
 田中将大、沢村拓一、前田健太、能見篤史といった本格派、杉内俊哉、大隣憲司、摂津正といった球のキレで勝負するタイプなど、多士済々です。
 これまでの国際ゲームで圧倒的な実績を残している投手に野茂秀雄と上原浩二がいます。上原投手などは、国際ゲームで無敗なのです。やはり、縦の変化球と速球の組み合わせが、アメリカやキューバには有効なのでしょう。

 オールスターの日本チーム投手陣の中で、今大会の注目選手として、今村猛投手と山口鉄也投手を挙げておきたいと思います。素晴らしい投球を期待しています。

 一方、WBCのゲームにおいては、他国代表チームと同様に、貧打に悩む日本チームの打撃陣ですが、今大会は期待します。
 日本プロ野球に飛ばないボールが導入された効果が期待できるからです。飛ぶボールに馴染んでいた日本チームの打者は、第一回・第二回の大会で、ほとんどホームランを放つことができませんでした。また、MLBに挑戦した日本人プレーヤーも、長打数を大きく減らしていました。

 こうした現象を踏まえて、日本プロ野球に飛ばないボールが導入されたのです。そして、予想通り?に日本プロ野球の長打数も激減し、得点も大幅に減りました。しかし、当然ながら飛ばないボールにも、日本の打者は対応してきたのです。

 私は基本的には、パワーの問題ではなく、「打ち方の問題」だと考えています。つまり「飛ぶボールには飛ぶボール向きの打ち方」があり、「飛ばないボールには飛ばないボール向きの打ち方」があるということです。次第に、飛ばないボールの打ち方を身に付けてきている日本の打者が、今大会でどのような打棒を魅せてくれるのかが、とても楽しみです。

 糸井嘉男、阿部慎之助、中田翔、内川聖一といった選手たちは、キッチリと結果を残してくれるような気がします。

 オールスターの日本チーム野手陣の中で、今大会の注目選手として、坂本勇人選手と長野久義選手を挙げておきたいと思います。ビッグゲームに強い選手として、大活躍を期待しています。

 MLBプレーヤーが一人も参加していない、今大会の日本チームですが、戦力面では心配ないと思います。アメリカやキューバといった優勝候補のチームと、互角に戦えるでしょう。

 このチームに不安があるとすれば、山本浩二監督でしょうか。「みんなでアメリカに行こう」というコメントを聞くと、指揮官の覚悟の弱さ・志の低さを感じてしまいます。優勝を目指してやるからこそ、たとえ優勝できなかったとしても、準優勝やベスト4進出の結果もあるのだと考えます。決勝ラウンド進出を目標にするようでは、太平洋を渡ることも覚束ないでしょう。
 まさかとは思いますが、日本はもう2回も優勝しているから、今回も優勝するようでは、世界のベースボールにとって良くないこと、などと考え、MLB選手の不在を言い訳にしようなどと思っている、のではないと思いますが。

 弱気な監督を、コーチ陣・選手が引っ張っていく形では、チーム力を100%引き出すのは難しいと思います。ミスター赤ヘルと呼ばれ、強気が身上の山本監督には「勝つ野球に徹する気迫」を前面に押し出して、チームを牽引していただきたいものです。

 「投球」「打撃」「走塁」の全ての面でキレの良い日本野球が、ボールパークの中で華やかに軽やかに展開されることを、心から期待しています。

 オーストリアのシュラートミングで開催された、2013年FISアルペン世界選手権大会の男子では、アメリカのテッド・リグティ選手の活躍が目立ちました。

 最初の種目スーパー大回転で優勝しました。優勝候補のノルウェー、アクセルルント・スビンダル選手を抑えたのですが、スーパー大回転としては、旗門の設置が大回転に近いものでしたので、スピード系に強い選手より、技術系の選手に有利であったといわれましたから、リグティ選手の勝利は、何かフロックの様に扱われました。

 続くスーパー複合では、リグティ選手はトップシードにも入っていませんでしたが、最初の種目の滑降で6位に食い込み、続く回転では圧倒的な力の差を示して、快勝しました。

 そして三種目目の大回転を迎えました。1本目で大差のトップに立つと、2本目の後半は慎重に滑って完勝。三つ目のタイトルを獲得したのです。特に、1本目の前半の滑りは素晴らしいもので、ターンの速さと滑らかさ、次の旗門に向かう準備の早さが群を抜いていました。何か、ターンの度に加速していたようにも観えました。
 さらに時々、次の旗門への準備が早過ぎるように観えることさえありました。何故あの難しいセッティングの中で、リグティ選手だけがあれ程上手く滑ることができたのか、少し不思議です。
 2年に一度のアルペン世界選手権大会で、これほど大差の競技を久しぶりに観ました。

 アルペンスキーの世界大会は、昔に比べて種目が増えていますので三冠といっても意味合いが異なりますが、取り敢えずアルペンスキー世界大会の三冠というのは、あの1968年グルノーブルオリンピックのジャン・クロード・キリー選手以来の快挙ということになります。
 
 情報の共有化が進み、各国競技者のレベルが接近してきている現代においての三冠達成は、お見事の一言です。リグティ選手、おめでとうございました。

 2013年2月7日~11日、アメリカ・カリフォルニア州のペブルビーチ・ゴルフリンクスを中心に開催された、AT&Tペブルビーチナショナルプロアマ大会は、アメリカのブラント・スネデカーが267打・19アンダーで優勝しました。

 前々週のファーマーズ・インシュアランスオープン大会のタイガー・ウッズの稿、前週のウェイスト・マネジメント・フェニックスオープン大会のフィル・ミケルソンの稿でも書きましたが、スネデカーは、この二つの大会でいずれも2位となっていました。そして、今大会で優勝したのです。

 タイガー・ウッズやフィル・ミケルソンという大スター選手が好調な時には、2位を確保し、タイガーが出場せず、ミケルソンの調子がいまひとつ(この大会は、1アンダーの60位タイでした)であれば、キチンと優勝してくるとなると、スネデカーの実力も本物ということになります。

 ブラント・スネデカーは、1980年生まれですから、当年とって32歳。2004年にプロに転向したものの、しばらくはネイションワイドツアーを戦い2006年にPGAツアーに参戦。早々にPGAツアーで1勝したものの、その後は時々活躍する、地味な選手という印象でした。

 そのスネデカーが本格化したのは、昨2012年シーズン。1勝を挙げ、他にも上位入賞を重ねて、フェデックス・ポイント上位で、フェデックス・カップ最終戦のザ・ツアー選手権大会に進出、この大会を見事に制して、逆転で2012年のフェデックス・カップ・チャンピオンに輝いたことは、本ブログでも紹介しました。

 とはいえ、フェデックス・カップを制したといっても、2012年の年間勝利は2勝であり、PGAツアー通算勝利数も4勝でしたので、中堅プロという印象は拭えませんでした。

 そして、2013年シーズンを迎え、前述のような大活躍です。ついに本格化したというところでしょうか。この大会までの賞金ランキングは、2位のミケルソンの116万ドルの倍以上、285万ドルを稼いで、圧倒的なトップを走っています。

 1990年代の半ばまでは、一般的にはプロゴルファーの最盛期は30歳代であると言われていました。最近では、道具の進歩も手伝ってか、20歳代、40歳代でも活躍する選手が増加して来ましてので「プロゴルファー30歳代最強説」は、少し影が薄くなっていたように思います。
 
 しかし、このスネデカーの本格化を観ると、やはり30歳を過ぎると、経験量と肉体面のバランスが良くなり、ゴルファーはピークを迎えるという感じがします。

 スネデカーの身長は185㎝ですから、タイガー・ウッズと殆ど同じです。一方で、ドライバーの平均飛距離は278ヤード前後で、PGAツアー選手中120位台ですので、飛ばない選手といえます。
 そのスネデカーが、フェデックス・カップを制し、続く2013年シーズンでも好調を維持しているのですから、ティーショットのフェアウェーヒット率が高く、アプローチショットが安定していて、パッティングが上手いことは、容易に予想できます。

 大昔のジーン・リトラーや昔のトム・カイト、最近ならジム・フューリックといった選手達にタイプが似ているのかもしれません。
 そうなると、プラント・スネデカーは「名脇役」ということになります。

 これから、勝ち捲るかもしれないプレーヤーを、いきなり「脇役」と呼ぶのは失礼なことかと思いますが、例えばトム・カイトが、ジャック・ニクラス、トム・ワトソンといった「主役」プレーヤーとともに、PGAツアーを彩る存在として、欠かすことができない存在であったことと同じ意味で、申し上げているのです。

 この大会を終えて、今季PGAツアーは6戦連続でアメリカ人プレーヤーの勝利となりました。3月に入ると、4月11日から始まるマスターズ・トーナメントに向けて、欧州勢がPGAツアーに本格参戦して来ます。
 タイガー・ウッズ、フィル・ミケルソン、そしてブラント・スネデカーがアメリカ勢の中心プレーヤーということになるのでしょう。
 中山競馬場の名前を冠する中山記念競走は、超名門レースです。このレース程の歴史と伝統を誇る重賞レースは、数える程しかありません。

 始まりが1936年・昭和11年です。我が国のクラシックレース体系が整ったのが1939年、後の皐月賞に相当する横浜農林省賞典4歳呼馬が始まった年ですから、中山記念はそれより古いレースということになります。

 当初は、距離3200mのハンデ戦、そして春と秋・年2回開催のレースでした。戦後の天皇賞のような構成ですので、レースを創設した関係者の強い意気込みが感じられます。
 1938年から、太平洋戦争で中断される1943年春までの間は3400mで行われています。現在ならば長距離レースということになりますが、当時の競馬では典型的な重賞レースだったのでしょう。

 戦後は、施行距離の短縮が続きました。春のレース、秋のレース共に、2600m、2500mでの施行が始まりました。また1951年の秋の第25回のレースを最後に、年一回開催に変更されました。旧中山記念と呼ぶべきレースは、ここで終わったのでしょう。
 そして、1952年・昭和27年からは、距離が2400mになったのです。

 さらに、1957年・昭和32年からは1800mで行われるようになり、1958年からは出走条件も4歳以上に固定されました。現在、私達が見ている中山記念競走のスペックとなったのです。1984年のグレード制導入に伴いG2に格付けされました。

 こうしたレースですから、勝ち馬にも名馬がキラ星の如く並びます。
 1976年のヤマブキオー、1977年アイフル、1994年サクラチトセオー、1996年サクラローレル、1998年サイレンススズカ、1999年キングヘイロー、2001年アメリカンボス、2005年2006年のバランスオブゲームの連覇、2008年2009年のカンパニーの連覇、そして2011年ヴィクトワールピサ。

 思い出深い馬達ばかりですが、私は中山記念というと、まずハイセイコーという名前が浮かびます。ハイセイコーは、ある意味では、日本競馬史上最も有名な馬ですから、本ブログで採り上げるとすれば、何編かに分ける必要がありますので、今回は中山記念との関係を中心に、限定的に採り上げることとします。

 ハイセイコー号、父チャイナロック、母ハイユウ、母の父カリム。生涯成績22戦13勝。

 1972年7月に、大井競馬場でハイセイコーはデビュー。そして、11月の重賞青雲賞を勝つまでの6連勝の着差が、8馬身・大差・7馬身・大差・7馬身・7馬身でしたから、「大井に怪物あり」と、その名は中央にも鳴り響きます。
 マスコミも大きく採り上げるようになり、ハイセイコーが中央競馬にデビューするのは当然こと、と認識されるようになりました。
 1973年3月、クラシック路線の重要レースである中山競馬場の弥生賞で中央デビュー。このレースも1と3/4差で快勝。続くクラシックレース第一弾の皐月賞も、2と1/2差で制して8連勝。当時は、日本ダービーのトライアルレースであったNHK杯も、苦戦したもののアタマ差で勝ち切って9連勝した時には、異様な程の人気がハイセイコーを包み込みました。

 この頃のハイセイコーの人気は、間違いなく日本競馬史上最高のものでした。空前絶後というのはこのことで、これに匹敵するようなブームは、現在までのところ日本競馬には存在していません。オグリキャップやディープインパクトにもブームがあったと言われますが、ハイセイコーの人気とは比較すべくもありません。

 この1973年の日本ダービーで、ハイセイコーは3着に敗れました。13万大観衆の、どよめきと悲鳴の中の敗戦でした。この後、この日本ダービーを制したタケホープとの間で、好勝負が展開されていくことになります。
 秋の菊花賞はタケホープにハナ差敗れて2着。3000mの菊花賞で、稀代のステイヤーといわれるタケホープと僅差の勝負を展開していますので、私は、ハイセイコーは中距離馬ではなく、オールラウンダーであったと考えています。

 翌1974年の緒戦アメリカジョッキークラブ・カップも、タケホープが快勝し、ハイセイコーは9着に敗れました。初めての4着以下、大敗でした。

 こうして「怪物から普通の強豪馬になった」ハイセイコーでしたが、その人気は全く衰えませんでした。そして陣営が次のレースに選択したのが、第48回中山記念競走だったのです。1800mのレースでしたが、タケホープも出走して来ました。

 逃げるトーヨーアサヒにピタリと付けたハイセイコーは、終始1.馬身差の2番手でレースを展開し、4角手前で早くも並びかけました。この日の馬場は、確か「やや重」だったと思いますが、4角を回ったハイセイコーは、馬場の真ん中を進みました。直線に向いて早くも先頭、そして、中山競馬場の短い300mの直線だけで、2着のトーヨーアサヒに大差を付けて優勝しました。坂があることなど全く感じさせない、もの凄い加速。タケホープは3着。
 他の馬が止まって見えるという喩がありますが、このレースの直線は、本当にそんな感じでした。

 このレースを観たとき、私は「ハイセイコーは怪物だったんだ」と呟きました。大井の怪物として中央競馬にデビューしたハイセイコーでしたが、「怪物」に相応しいレースは、それまで見せていなかったことに、改めて気が付いたのです。

 ハイセイコーが、怪物であることを示したレースが中山記念でした。そしてファンが、心から溜飲を下げたレースであったと思います。ハイセイコーのレースキャリアに欠くことができないレース、それが第48回中山記念なのです。

 2013年のフィギュアスケート四大陸選手権大会・女子は、日本の大阪市中央体育館を会場に、2月9日にショートプログラム、翌10日にフリースケーティングが行われました。

 結果は、浅田真央選手が205.45点で優勝、鈴木明子選手が190.08点で2位、村上佳菜子選手が181.03点で3位となり、日本の3選手が表彰台を独占しました。

 正直に言えば、四大陸選手権大会は、世界選手権に出られない選手が出場する場合が多く、例年あまり注目されないのです。実際に今大会も、他国は、世界選手権代表ではない選手が多かったように思いますが、我らが日本代表選手は、3月に迫ったソチの世界選手権に向けて、最強の布陣で臨みました。従って、今大会に付いては、成績よりも各選手のプレーの内容に注目することとなりました。

 村上佳菜子選手は、18歳になった現在「大人のスケーター」への変身中です。その過程としては、良い演技でした。ダブルアクセルの失敗など、小さなミスはありましたが、良く纏めたと思います。この調子で、演技全体のスピードを上げて行けば、総合であと10点のプラスは期待できるでしょう。

 鈴木明子選手についてはビックリしました。先日の日本選手権大会から調子が下降線をたどっていて、国体の演技などは、とても世界選手権代表とは思えない程、酷いものでしたから、復調は難しいであろうと思っていたのです。スケートが出来る状態まで復調してきているかどうかを注目していたのです。成績は二の次でした。

 ところが、ショートプログラムで見事な演技、そしてフリーでも、良い演技を見せてくれました。特に、そのスピードは素晴らしいもので、演目と演目を繋ぐスケーティングの速さは、出場選手中NO.1でした。
 改めて、このレベルの選手のコンディショニングは凄いものだと思いました。どん底の状態から、ここまで上げて来るのですから。190点越えは自己新記録でしたが、ジャンプのミスもありましたから、世界選手権に向けてピークに持っていければ、もっと良い演技が出来ると思います。
 鈴木選手の27歳になっての成長振りには、絶賛の大拍手を送りたいと思います。

 浅田真央選手については、200点越えという成績も素晴らしいものでしたが、何と言っても演技全体に漂う雰囲気が何ともいえず良いものでした。沢山の技を連続して演じて行くにもかかわらず、全体として悠然とした力強ささえ感じさせる演技でした。
 その動きには、何か凄味のようなものも感じましたし、22歳になり本当に良いスケーターに成長したと感じました。もともと雰囲気のある選手で、それが圧倒的な人気の源であると思いますが、この大会の浅田真央は、ついに貫録まで身に付けましたように思います。真のトッププレーヤーになったのでしょう。

 3月13日から始まるソチの世界選手権では、キムヨナ選手との再戦になります。キムヨナ選手の強みは、3回転+3回転の際のジャンプ後のスケートの伸びです。相当に飛距離が出る連続ジャンプですから、加点が大きい完成度が高い演技なのです。あのスケーティングのスピードの高さと、伸びの良いジャンプはキムヨナ独特のものですし、現在の女子選手の中では世界最高の連続ジャンプですから、ここで得点を稼ぐことになります。

 一方の浅田選手は、今回3回転+3回転を成功させました。久しぶりの成功でした。スケートの伸びは、キムヨナ選手には及びませんが、3回転+3回転の基礎点は確保できます。これに、トリプルアクセルの得点を加えて対抗していくことになります。

 トリプルアクセルについては、ショートプログラムの時には完璧、フリーではややバランスを崩しましたが、回転不足ではなかったと観ましたので、基礎点は十分に得られたと思います。つまり、完成度が相当に上がってきている感じなのです。

 最近のキムヨナ選手の演技は観ていませんが、十分に勝負になると思います。あのスピード十分のキムヨナ選手の演技と、全体のバランスの良さを誇る浅田真央選手の対決は、とても楽しみです。

 四大陸選手権大会・フィギュアスケート女子の表彰式、会場に3つの日の丸が掲げられました。そして、日本3選手の笑顔が画面に映し出されました。3人がそれぞれの段に並んでの写真撮影が済んだところで、左側2位の鈴木選手と、右側3位の村上選手が、同時に真ん中の浅田選手の方を向いて「上がっても良いか」と確認したように観えました。浅田選手は笑顔で了解し、3選手が一番高い段に揃いました。

 真ん中の浅田真央選手には、エースとしての堂々たる、そして明るく優しいオーラが一杯でした。

 第2ピリオド残り10秒、日本チームのフォワードFW久保選手のシュートが決まりました。相手ゴールに向かって右サイドから、相手ゴールキーパーGKの左肩上を抜いた、上手なシュートでした。
 これで試合は4対0となり、日本チームのリードが4点となりましたので、この試合の勝利、そして来年のソチ・オリンピック出場が決まったと思いました。

 来2014年、ロシアのソチで開催される冬季オリンピックのアイスホッケー競技への参加チームを決める最終予選大会、その最終戦、日本代表対デンマーク代表の試合は、日本時間の2月10日、スロバキアはポプラドのポプラドアリーナで行われました。

 試合結果は5対0で日本が勝ち、オリンピック出場を決めました。

 第1ピリオド残り11分、日本チームにとってこの試合最初のパワープレーも、残り10秒というところで、FW平野選手からのパスが相手ゴール前に飛び、ポストプレーで待っていたFW獅子内選手が合わせてゴール。
 さすがに緊張からか、やや動きが固かった日本チームにとっては、貴重な先制点でした。

 そして第1ピリオド残り1分、シュートクリアのパックをFW久保選手が、相手ゴール左サイドから押し込み2点目。日本チームに勇気を与える2点目でした。アイスホッケーの試合においては、とても重い2点目です。

 第2ピリオド残り13分、FW平野選手の股抜きゴールが決まって3点目。ベテランのテクニックが光るゴールでした。

 そして第2ピリオド残り10秒、頭書のゴールが決まりました。既に相当優位に立っていた日本チームの、オリンピック出場を決定づけるFW久保選手のこの試合2得点目となるゴールでした。
 デンマークチームは、疲れもあってかフォーメーションが小さくなり、ゴールから3m以内に全選手が入ってしまうような状態になっていました。この形では、失点は時間の問題でした。

 第3ピリオド残り9分、ディフェンスDF小池選手のダメ押しとなる5点目のゴールが決まりました。相手ゴール右サイドからのシュートでした。

 日本チームにとっては、見事なゲームでした。連日のゲームにもかかわらず動きの良さも目立ちました。コンディショニングが良かったのでしょう。
 日本チームの特徴でもある「スピードとテクニック」は、デンマークチームを圧倒していました。特に、第2ピリオドの中盤からは、デンマークチームは全く日本チームの動きに付いて行けない状態でした。

 得点の時間帯にも特徴がありました。各ピリオドの中盤・残り10分近辺に得点しています。そして、第1・第2ピリオドの終了間際に得点しています。これで計5得点。
 試合終了後のインタビューで、飯塚ヘッドコーチが「良い時間帯に得点できた。ゲームプラン通りだった」とコメントしていましたが、こうした時間帯に得点するゲームプランの内容について、より深く聴いてみたいものです。自チームのセット、相手チームのセット、相手チームの疲労度合、自チームのフォーメーション・得点を取る体制などの関係なのでしょうか。
 私にとっては、この日本チームの得点時間帯の符合は、この試合最大の謎でした。偶然ということは有り得ないのです。また、偶然でしか得点できないチームは、オリンピックには出場できないでしょう。

 試合終了後の各選手へのインタビューで「この試合は通過点。オリンピックでもっと良い試合をしたい」と口をそろえてコメントしていました。1998年の長野オリンピック以来2度目の出場とはいえ、予選を勝ち抜いての出場は初めてですから、実質的には初出場です。
 しかし、この試合のプレー振りを観ると、相当良い試合ができるのではないかと感じさせます。もちろん世界のトップチームの当たりの強さ、スピードは、予選のレベルを遥かに超えるものでしょうから、この試合のような動きを日本チームが見せられるかどうかは、判らないところですけれども。

 8チームで戦うソチ・オリンピックの舞台で、日本女子アイスホッケーの力を存分に魅せていただきたいものです。旋風を起こしていただきたいものです。その力は、十分に備わっていると思います。

 試合前日本選手たちは、笑顔を見せながら静かにロッカールームに向かいました。緊張感の中に漂う優しさ。この雰囲気が今回のアイスホッケー女子日本代表チームなのでしょう。相当強いチームです。
2013年2月17日、東京競馬場ダート1600mコースで行われる、第30回フェブラリーステークスG1競走の予想です。

 ジャパンカップダートと並ぶ、中央競馬におけるダートG1競走の栄冠を目指して、今年も16頭の精鋭が挑みます。
 古豪、新鋭、初のダートコースへの挑戦馬等々、多士済々。華やかなレースが期待されます。

 軸馬は、6枠11番のカレンブラックヒル。5連勝で臨んだ前走G1天皇賞(秋)は5着に敗れましたが、G1NHKマイルを快勝するなど、格は抜群。初のダートコースが気にならないと言えば嘘になりますが、出て来る以上は負けられないところです。

 対抗馬一番手は、1枠2番のグレープブランデー。前々走G1ジャパンカップダートで5着と健闘、前走G2東海ステークスは3馬身差の圧勝劇。5歳にして本格化したダート巧者と言えます。530㎏を超える雄大な馬体から繰り出される豪快なフットワークは、東京コースにピッタリでしょう。

 対抗馬二番手は、5枠10番のワンダーアキユート。このところ重賞4戦して、いずれも3着以内。G1JCBクラシックも制しています。7歳馬ですが、まだまだ元気一杯。ダート21戦9勝の安定感は抜群です。

 対抗馬三番手は、8枠16番のシルクフォーチュン。昨年のこのレースの2着馬。前走カペラステークスG3の差し脚は見事でした。復調気配です。

 今回は、以上4頭に期待します。何と言っても、芝のマイル路線から切り替えてきたカレンブラックヒルの走りに注目です。
 2月16日、東京競馬場芝3400mコースで行われる、第63回ダイヤモンドステークスG3競走の予想です。

 今年も、G1馬を始めとして、4歳から9歳までの16頭が参戦して来ました。重賞レース初挑戦の馬も多い上に、ハンデ戦と、いつものように予想の難しいレースとなっています。

 軸馬は、ハーツクライ産駒の2頭で迷いましたが、1枠2番のサクセスパシュートとします。前走迎春ステークスの粘り強い脚を評価します。斤量54㎏も良いと思います。

 対抗馬の一番手は、同じハーツクライ産駒の8枠15番のアドマイヤラクティ。AJC杯、金鯱賞とG2レースを連戦、3着2回と健闘しています。ここに入れば、勝ち負けのレースを見せてくれると思います。

 対抗馬の二番手は、8枠16番のメイショウカドマツ。このところの安定した成績を買います。4歳の軽ハンデ馬でもあります。上がりの競馬になれば、チャンスが広がります。

 対抗馬の三番手は、3枠6番のジャガーメイル。2010年春の天皇賞G1馬も9歳になりました。斤量58.5㎏ですが、G1レースの常連馬が格の違いを見せてくれるかもしれません。

 今回は、以上の4頭に期待します。道中のペースが気になります。
 スキージャンプ・ワールドカップ(W杯)女子・蔵王大会の第11戦と12戦は、2月10日日本の山形県蔵王にて行われました。
 この2つの試合で、日本の高梨沙羅選手が連勝し、今季W杯で12戦して6勝という、素晴らしい成績を残しています。

 スキーのW杯は、いくつかの競技で行われていますが、1つのシーズンで6勝というのは、ジャンプ男子の葛西紀明選手とノルディック複合の荻原健司選手に並ぶ、日本人選手歴代最高成績です。ジャンプ女子のW杯は、まだ続きますから、日本人選手新記録の7勝目やW杯での個人総合優勝に向けて、一層の活躍が期待されます。

 今シーズン、ジャンプ女子のW杯ゲームが日本に来たのは、2月3日の札幌大会からでした。ここまで既に4勝を挙げていた高梨選手には、大きな期待がかかりましたが、2戦して12位と5位と振るいませんでした。本人の弁によれば、アプローチ(助走路)での姿勢が不十分であったと、報道されていました。

 ジャンプ競技のアプローチ(助走路、ジャンプ台の走路)では、なるべくスピードを上げることが肝心であることは、言うまでもないことです。前進する速度が速いほど、前方への運動エネルギーが大きくなるわけです。後は、上方への踏切の強さ・角度で、飛距離が決まってくるのです。

 ジャンプ競技において、選手の努力により得られるエネルギーは、この二つしかありません。アプローチの滑りによる前方へのベクトルと、踏切による上方へのベクトルにより、飛び出す角度(ベクトルの方向)とスピード・エネルギーの大きさ(ベクトルの長さ)が決まってくるわけですから、アプローチでの滑りは、ジャンプ競技にとって極めて大切ということになります。

 そのアプローチでの滑りを、より速くするためには、スキー板と雪面をしっかりと密着させ、出来るだけ強い力で雪面を押し続ける必要があります。過去の本ブログで書いた通りです。
 そのための、アプローチでのフォーム=クラウチングスタイルは、とても微妙な調整が必要ということになるのでしょう。膝の角度、腰の位置、足のどの位置(爪先なのか踵なのか、中間なのか、など)に力を入れるか等々。アプローチの角度は、スタート地点から踏切地点に進むに従い、緩やかになって行きますし、緩やかになる「なり方」も、最初は少なく、踏切位置に迫るほど急激に、緩やかになって行くわけです。

 選手は当然、急斜面の時と、緩斜面の時では、フォームを変えて行くわけですから、数秒間のアプローチ(助走路)の滑りの過程で、雪面の角度の変化に連動させて、なめらかに正確にフォームを変化させていくという、とても難しい対応を迫られるわけです。

 こうした難しい対応をしている間に、あっという間に「サッツ=踏み切り」がやってきます。これも、タイミングを合わせ、可能な限り力強く・速く、正しい角度で行わなければなりません。

 空中に飛び出したら、可及的早期に空中姿勢を固める=スキー板を自らの体に引き付け、バランスの良い形を構築する、ことになります。そして、風の様子を感じながら、必要であればフォームを矯正しながら、ランディングバーン(着地する斜面)と平行に飛び続けます。

 数秒で「着地」を迎えます。雪面が、急速に迫っていく中で、少しでも飛距離を伸ばし、正確なテレマーク姿勢を取るための着地の準備をするわけです。そして、着地。飛距離はもちろん、飛形・着地形の完成度・美しさも競うのです。

 これが、スキージャンプ競技の選手から観た概要ですが、とても短い時間の間に、大きなパワーと数多くの技術を必要とする競技であることが、分かります。

 これだけ複雑で繊維な競技ですから、札幌で調子を落としていた高梨選手が、わずか1週間で復調するのは、難しいことだと考えていました。しかし、高梨選手はやり遂げたのです。見事という他はありません。

 札幌で12位、5位だった選手が、蔵王では2戦連勝、それも同日に連勝している事実を観ても「ジャンプ競技の成績に風の良し悪しが無関係であることは明らか」です。札幌での4回のジャンプで、全て風に恵まれず、蔵王での4回のジャンプでは、全て良い風が吹いた、それも高梨選手の時だけ、などということは、有り得ないからです。

 ジャンプ競技は、選手の力量により勝敗が決まる競技です。そして、今季12戦して6勝している高梨沙羅選手は、現時点では世界最高の技量を持った女性ジャンパーです。
 この世界一の実力を一層向上させて、来年のソチ・オリンピックでの大活躍を期待しています。

 「礼に始まり、礼に終わる」とは、日本古来の武道に共通した理念だと思います。試合における勝敗にのみ拘るのではなく、自らを高めるための修練の場としての武道の精神がそこにあります。
 稽古・トレーニングや試合の場において、礼をして試合場や練習場に入り、相手のプレーヤーを尊重して練習をし、戦い、勝ち負けはともかくとして、試合や練習が終わった後も、この機会を与えていただいたことに感謝し、礼によってその感謝を表す、といった一連の流れは、日本武道の基本と言えます。

 その視点からすると、最近の日本柔道におけるコーチによる暴力問題などは、問題外の低次元な事象と言わざるを得ません。

 取り上げられているのは、日本女子ナショナルチームの園田監督が、ナショナルチームのメンバーの稽古の場において、殴る蹴るの暴力を振るったとか、「死ね」といった暴言を浴びせたということなのですが、頭書の精神とは全く相容れないことで、呆れてものが言えないという感じです。

 そもそも暴力は良くない、などという感情的な考え方ではなく、柔道というスポーツの本質・ルールから、あまりに離れてしまっている事象であることが、残念でならないのです。暴力の有無や、どのような状況下で行われたかについては、私は知る由もありませんが、その事象と柔道の精神が両立するとはとても思えない点が、恥ずかしい限りなのです。

 柔道は、日本古来のいくつかの柔術をミックスし、加納治五郎が創設したことは、本ブログでも採り上げました。そして、警察官の必修科目となり、学校教育の場に取り上げられたことで、一般に普及していったことも述べました。
 さらに、その精神性も相まって、世界に普及しJUDOとなったのです。

 そのJUDO発祥の国である日本の柔道は、世界中のJUDOの範となるべき存在であり、JUDOの歩みに常に光を当て、必要があれば警鐘を鳴らしていく存在でなくてはなりません。現在見られる、前述のような事象は、日本柔道がそうした存在ではなく、極めて低レベルで、柔道のなんたるかを語る資格もない国に成り下がっていることを示しています。

 何故、日本柔道は、柔道本来のあり方から、これほど離れてしまったのでしょうか。国際化してJUDOとなったからだ、などという意見があるとしたら、ピンボケも甚だしいものです。何しろ、この暴力事件は、日本のナショナルチームで発生していることなのですから。

 一方で、剣道という武道があります。剣道も柔道と同じく、警察官の必修科目となり、学校教育の場に取り上げられて、国内で普及しました。そして、いまや世界の剣道となりつつあります。

 この剣道においては、高い精神性が、現在でも維持されているように観えます。剣道最高の大会である日本選手権大会は、毎年素晴らしい試合を私達に提供してくれます。あのスピードと技術は、全てのスポーツの中でも指折りの、高度なものです。

 そして最も素晴らしいことは、全ての剣道プレーヤー最高の目標たる「日本選手権優勝」というタイトルを手にした選手の優勝後の様子を観ると、一切表情も変えず、インタビューにも淡々と答え、自らのプレーで不足している部分について反省していることです。
 試合に勝って、喜びを爆発させてはいけないなどと言っているのではありません。スポーツによっては、そうした行動も何の問題もないと思います。

 それぞれのスポーツが、それぞれのルールを守ることの重要性を述べているのです。剣道というスポーツは、試合での勝ち負けよりも、自らの修練が第一であると標榜しているのであれば、日本最高、世界最高の大会の場において、その剣道のルールが最も明確に示されるべきであり、実際に示されている、という意味です。本当に、素晴らしいことです。

 そして、逆に言えば、その根本ルールをしっかりと継承していることが、日本剣道の強さの源であるとも思います。

 ある高校生の剣道の試合において、一本を取った時に、右手を握りしめ、小さくガッツポーズをとった選手が居ました。その瞬間、審判団の旗は、体の前で交差して振られました。一本が取り消しになったのです。

 私は、これを観たときに「これが剣道なのだ」と思いました。その選手は、トレーニングを重ね、体力と技術を身に付け、試合で一本を取るまでになったのですが、最も根本的な剣道のルールを身に付けてはいなかったということです。そして、そのことを全ての審判が認識していて、全国レベルではない大会でも、きちんと判定されていることは、当たり前のことと言えば当たり前の事なのですが、実行していくのはとても大変なことだと思います。剣道を剣道足らしめるための活動が、日々継続されているということですし、この日々の継続こそが、剣道を変質させないための大切な行動なのだと考えます。

 日本柔道は、何時この努力を放棄したのでしょう。小学校・中学校の段階から、剣道に観られるような地道な活動が続けられていれば、頭書のような見苦しい、「柔道の根本ルールを忘れた」かのような事象は、発生するはずがありません。相手に勝つことを第一に考える、金メダル至上主義などというルール違反が、日本柔道全体に蔓延っていることは、残念至極です。

 この現象を修正していくのは、容易なことではないと思います。日本柔道全体がルール違反を続けている、緩んだ状態になってしまっているのですから、根本的な治療を、長い時間をかけて施していく必要があるのでしょう。

 まずは、本来、柔道の基本ルールを徹底・維持していく総本山であるべき全日本柔道連盟の改革が、最優先事項でしょう。会長以下の現在の首脳陣の総入れ替えは、当然のことです。

 そもそも、今回の園田監督の事件が表面化してからの、全柔連の一連の対応は、最低レベルでした。最初に訴えた、一人の女子選手に対して、園田監督に謝らせて、その場を取り繕ろうとし、園田監督を留任させようと目論み、訴えが15人の選手に広がると、今度は園田監督を辞めさせることにし、話がJOCや国際柔道連盟に広がり、日本中のマスコミが指摘するに至って、強化担当理事や強化担当コーチを更迭するなどという、見苦しい対応を重ねて、会長他の「偉い?人達」に火の粉が及ばないように、少しずつトカゲの尻尾切りを繰り返すという、権力亡者振り。悲しいほど下品です。
 保身しか考えないような人物に、世界に最も普及した日本発のスポーツである、大切な柔道を任せるなど、考えられません。開祖加納治五郎が掲げた柔道の精神・基本ルールである「精力善用」「自他共栄」は、どこに行ってしまったのでしょう。こういう厚顔無恥な人物には「柔道を教える必要がある」と思います。

 日本柔道界全体が、柔道の基本ルールを取り戻すために、地道な活動を開始する時が来ました。10年、20年と長い時間が必要だとは思いますが、今始めなくては「日本柔道は、柔道から離れて行くばかり」だと考えます。

 ダイヤモンドステークスSが創設されたのは1951年・昭和26年です。本ブログで何度も書いていますが、昭和20年代に創設された重賞競走は、中央競馬会の肝煎りのレースです。昨年までに62回の歴史と伝統を誇るレースなのです。

 第1回から第33回・1983年のレースまでは、その名の通り、ダイヤモンドが誕生石である4月に開催されることが多かったレースですが、1984年のグレード制導入、レーススケジュールの見直しの際に、G3に格付けされるとともに1月開催となり、1997年からは2月開催になりました。

 ダイヤモンドSというと、私などは3200mという印象が強いのですが、2004年という、つい最近?から3400mで実施されています。東京競馬場で行われるレースとしては最も長い距離ですし、中央競馬全体を見ても平場のレースとしては、中山競馬場で開催されるステイヤーズステークス3600mに次ぐ、2番目の長さの競走です。
 中距離レース全盛の現代にあっては、大切な長距離重賞競走のひとつということになります。

 また、このレースはハンディキャップ競走です。斤量別定のレースが増えた中で、いまだにハンデ戦を続けていますから、古き良き時代?の競馬の雰囲気を、現代でも感じることができる貴重なレースとも言えると思います。

 重賞レースが少なかった昭和20年代に創設された長距離レースですから、その勝ち馬には、当時の大レース(現在のG1レース)の勝ち馬が名を連ねています。
 1956年のオートキツ(日本ダービー優勝)や1961年のホマレボシ(有馬記念)、1967年コレヒデ(天皇賞(秋)、有馬記念)、1969年スピードシンボリ(有馬記念2連覇)などの大豪馬達です。

 1984年のG3格付け以降は、重賞レースの増加もあって、いわゆる一流ステイヤーの活躍の場となりました。

 本稿で採り上げるのは、1993年の優勝馬マチカネタンホイザです。

 マチカネタンホイザ号、父ノーザンテースト、母クリプシー、母の父アローエクスプレス。生涯成績32戦8勝。

 1991年、2歳の9月に新馬戦でデビューし6馬身差の圧勝。続いて府中3歳ステークス(オープン競走)に勝って、当時の2歳競馬の最高峰・朝日杯3歳ステークスG1に臨みましたが、ミホノブルボンの4着。
 3歳となり、共同通信杯4着、皐月賞7着、日本ダービー4着と、いわゆる3歳クラシックレースの常連馬として活躍するものの、なかなか重賞勝ちには縁がありませんでした。3歳時から、同世代のトップクラスに居ながら、それが為に重賞勝ちに縁がない馬というのは、時々目にしますが、マチカネタンホイザもその一頭だったのです。

 3歳の秋、当然に菊花賞に挑戦します。このレースは、三冠馬を目指すミホノブルボンをライスシャワーが破ったレースとして記憶に残るものですが、2頭の一騎打ちに見えたこのレースの3着に入選したのが、マチカネタンホイザだったのです。あの京都の直線で、ライスシャワーとの追い比べで力尽きたミホノブルボンを、もう少しで抜きそうなところまで追いつめた(アタマ差)馬が居たことを記憶している方も多いと思いますが、あの馬がマチカネタンホイザです。
 三冠レースで最先着したレースが、3000mの菊花賞であったことを見ても、タンホイザが長距離に強い馬であることが判ります。

 明けて1993年、4歳になったタンホイザは、中山金杯で1番人気の8着と敗れました。やはり2000mでは短かったのでしょうか。そして陣営が、次のレースに選んだのがダイヤモンドSでした。
 一番人気(この馬は不思議?と人気があり、1番人気が多かったと思います)で臨んだこのレースで、直線楽に抜け出し2着のアスカクラウンに3と1/2差を付けて圧勝、重賞初制覇とともに、3200mのJRAレコード3分16秒8を樹立しました。
 続く、古馬の伝統レースG2目黒記念2500mでも1番人気に支持され、あのライスシャワーに影さえ踏ませず(2と1/2差)快勝。強い時は、とことん強い馬だと感じたものです。おそらく、この頃がマチカネタンホイザの全盛期であったと思います。

 マチカネタンホイザは、重賞2勝馬という実績を引っ提げて、天皇賞(春)に挑戦しました。天皇賞(春)の連覇を狙うメジロマックイーン(1番人気)と当代随一のステイヤー・ライスシャワー(2番人気)の対決となった有名なレースですが、このレースの3番人気はマチカネタンホイザでした。
 レースは、京都の直線でライスシャワーがマックイーンを退け快勝、3着がメジロパーマー、大豪馬が並ぶ上位入着馬の中で、タンホイザも4着と健闘しています。この頃の中央競馬の歴史に残る大レースを彩った馬であったことは、間違いないと思います。

 この後マチカネタンホイザ号は、AJC杯と高松宮杯という二つのG2レースを勝って、1995年に引退しました。

 結局G1レースには勝てませんでしたが、重賞を4勝し、故障も少なく2歳から6歳までの5年間を走り切ったのは、素晴らしいことです。また、気性の激しさでも有名で、490㎏を超える堂々たる栗毛の馬体とともに、この馬の人気の源泉であったと思います。

 この気性の激しさは、母の母の父モンタヴァルの血であろうと、私は考えています。有名なモンタヴァル一族の悲劇に付いては長くなりますので、またの機会に譲ります。

 一方、母の母の母は、あのスターロッチです。下総御料牧場の名種牡馬・月友(つきとも)の血を引くスターロッチは、戦後の名牝系の祖です。名牝系と気性の激しさで有名なモンタヴァルの血を引くマチカネタンホイザは、戦後日本競馬の良血馬と言えると、私は思います。

 加えて、我が国を代表するノーザンダンサー系種牡馬であるノーザンテーストの産駒で、最も賞金を稼いだ馬は、マチカネタンホイザでした。(5億1千万円余り)その点からは、ノーザンテーストの代表産駒とも言えるのです。

 現役を引退したマチカネタンホイザは種牡馬となりましたが、肌馬にも恵まれず、産駒は走りませんでした。中距離全盛の時代が到来したとはいえ、こうした我が国の競馬史を彩ってきた血統が、全く受け継がれていないのは、とても残念なことだと思います。

 山梨県清里の牧場で、マチカネタンホイザは、弟分のマチカネフクキタルとともに、功労馬として元気に過ごしているそうです。このことは、なによりです。

 キリンチャレンジカップ2013、日本代表対ラトビア代表の国際親善試合は、2月6日ホームズスタジアム神戸で行われ、日本代表ザックジャパンが3対0で勝ちました。

 ザックジャパンにとっては2013年の緒戦であり、現在進行中のワールドカップ予選への調整の意味からも、大切な試合でした。

 11人の先発メンバーの内、ディフェンスの今野を除く10人が海外組という編成でした。世界ランク104位の格下ラトビア相手に3-0、特に前半は1-0と接戦を演じたことから、凡戦といった指摘もあるようですが、私は良い試合内容だったと思います。

 第一に、海外組の大半は、前日あるいは前々日に来日していたという状況、つまりコンディションが万全とは言い難い中で、相応の動きを見せたことです。確かに、前半の前半は、各選手の動きは鈍く、コンビネーションも良くありませんでした。本田選手がボールを何回もキープ出来なかったり、ラストパスが全く通らなかったりして、ボールを支配しているもののシュートまで持っていけない時間帯が、長く続きました。
 しかし、徐々に各選手の体も動き始め、相手のペナルティエリア内に複数の日本選手が入り込むようになって、岡崎の先取点が生まれました。
 
 海外組を主体にチームを構成していく中では、いつもコンディションが良いというわけには行きませんので、試合中にリズムを良くしていくという習慣を身に付けて行くことも重要です。

 第二に、海外組の選手のスキルが着実に上がってきていることです。本田や香川、長友といった選手達は、既に身に付けている高いスキルを維持していました。一方、乾や清武、細貝、酒井高徳といったメンバーは、明らかにスキルアップしていました。球際に強くなり、容易にボールを失わなくなっています。やはり、欧州でプレーするというのは、確実な実力アップをもたらすものだと感じました。

 第三に、得点力がアップしていることです。ワントップの岡崎の動きは素晴らしいと思いました。もともと、得点感覚に優れた選手でしたが、磨きがかかった感じです。本田の2点目、再び岡崎の3点目と、何か簡単に加点しているような雰囲気でした。

 いかに親善試合とはいっても、ほんの数年前の日本代表が、欧州の代表チームを相手に、これほど簡単な様子で3点を奪うことができたでしょうか。冷静・客観的に観れば、明らかに日本代表チームの得点力は向上しています。

 試合後のラトビアチームのスタルコフス監督の談話が、報じられています。
「今の日本なら、ワールドカップ予選の欧州ゾーンでも出場権が取れるのではないか」
「ラトビアも、今の日本のような状況に、早くなりたい」
「我々にとって貴重な経験だった。こういう強さを持ったチームと、この数年試合をやっていなかったから」

 歯の浮くような社交辞令だとは思いません。現在の日本代表は、そういうチームに成ってきているのだと思います。もちろん、ブラジルやスペイン、ドイツといった国々の代表チームには、まだまだ通用しないのでしょうが、世界の20位以内の実力は身に付けてきていると考えます。妙な謙遜は、逆に自らの実力を下げてしまうこととでしょう。

 そして、おそらく日本代表チームの選手達は、こうした賛辞の内容も十分に理解した上で、自分たちの現在のレベルもしっかりと把握し、この試合における反省点を各自持ち帰って、次のゲームへの準備に活かしていくのでしょう。
 この点が、最も素晴らしいことであり、今の日本代表チームの強さの源であると考えます。

 アルペンスキーの各種目では、ルールに則って旗門を通過していくことが必要です。その際に、最短距離を滑ることが、最も速く滑れる気がしますが、必ずしもそうではありません。

 例えばA旗門からB旗門に進む際に、最短距離が20mで、秒速10mで滑れば、2秒で到達できることになります。一方、少し膨らんで24mを滑ることになったとして、秒速13mで滑れば、2秒未満のタイムで到達できます。当たり前のことを書き、恐縮です。

 大切なことは、最短距離を滑ることではなく、より速く滑ることなのです。例えば、最短距離のコース上にコブが沢山あり、回り道のコースは平らだったとしたら、回り道の方が高速で滑ることができるでしょう。スキー板が雪面を捉え続けることができますから。

 「あーっと、膨らみました。タイムをロスしました」といったアナウンスが、テレビ放送では良く聞かれますが、間違った放送をしているケースが多いのです。その後「意外に、タイムが縮まっています」などという放送が続きます。
 選手は、コースが良く分かっていますし、前に滑った同僚からの情報も、刻一刻と入ってきますから、膨らんだ方が速いことをよく知っているのです。最短距離を滑ることが、必ずしもタイムの短縮にはつながらないことは、十分に認識しておく必要があります。

 次に「フォーム」ですが、スピードが出ている時ほど、綺麗なフォームを作ることは難しくなります。従って「フォームが乱れている時の方がタイムが速い」ことは、良くあることなのです。他の選手が出来ていないところで、クラウチングスタイルで滑っている選手は、大抵の場合遅い選手、スピードが出ていない選手です。第2シード組の選手によく観られます。
クラウチングスタイルが取れない程の速さで滑ることが、良い記録を出す条件なのです。

 「しっかりとしたクラウチングスタイルで滑っています。好タイムが出るでしょう。・・(しばらくして)・・意外にタイムが伸びません」といったアナウンスも、良く耳にします。もう少し、アルペンスキーを理解して、放送してもらいたいものです。

 特に急斜面では、スピードが上がるにつれて、選手はどうしても後ろに体を持って行かれますから、後傾姿勢になりやすいのです。もちろん、バランスを大きく崩しての後傾姿勢ではタイムは伸びませんが、急斜面なら「後傾になるほどの高速」ということもあるのです。そのまま滑り切れれば、好記録が期待できます。

 2013アルペン世界選手権の男子スーパー大回転でも、優勝した選手の滑りを「あーっと後傾姿勢になりました。全体に、体のバランスが良くありません。タイムをロスしています。・・・・・・・ゴール、トップに立ちました」と。こんな放送をして、よくも恥ずかしくないものです。観ている方は、興醒めの連続です。

 ちなみに、アルペン競技では、コース上のいくつかの箇所に「途中計時」ポイントがあります。そこの通過タイムで、選手ごとのタイムの比較をするのですが、これはあくまで目安です。大事なことは、その選手が、そのポイントを通過するときの速度なのです。
 例えば、ある選手が、あるポイントを好タイムで通過したとしても、通過時点で速度が落ちていれば、次のポイントでは大きく遅れることになります。

 各選手は、コース攻略についてそれぞれの戦略を立てて臨みます。コーチともよく相談し、自らの強み(ターンが上手いのか、スピードに強いのか、等々)を良く加味し、コースの形状、雪面の状態等々を考慮して、戦略を立てるのです。
 結果として、ある選手は10番旗門から20番旗門で勝負をかける、別の選手は25番旗門から35番旗門で勝負をかける、といった違いが出てきます。従って、スピードのピークを、どのあたりに持っていくかは、選手の作戦により異なるのです。

 途中計時は、目安にはなりますが、途中計時ばかりを気にしていては、せっかくの「素晴らしい滑り」を見落とすことになりかねません。常に「スピードが出ているか。スピードを出すために、この選手はどのような努力をしているか」に注目する方が、よりアルペンスキーを楽しむことができると思うのです。

 アルペンスキーを観るポイントは、フォームやコース取りでは無く、スキーが滑っているかどうか、スピードが出ているかどうか、という一点なのです。
 当たり前の題名で、恐縮です。

 2013年のアルペンスキーの世界選手権が、オーストリアのシュラートミングで開催されています。このFISの世界選手権やワールドカップが我が国でテレビ放送されるようになったのは、今から40年位前、1970年頃からだと思いますが、あの頃から現在に至るまで、ルールや競技内容の追加・変更はあったものの、その素晴らしいスキーイングは不変です。いつの時代も、圧倒的なスピードとテクニックは、私達を楽しませてくれています。

 さて、その「スキー」ですが、スキーは何故、雪の上を滑るのでしょうか?改めて考えてみると、不思議なことです。

 スキー板の雪と接する面を、雪面に押し付けると、その圧力により雪が解け、雪面とスキー板の間に「薄い水の層」ができるので、スキー板は滑ると言われています。スキー板が前に進む度に、薄い水の膜が出来続けて行くことになります。水の層の面積が大きいほど、スキー板は速く滑ることになります。何しろ、水の膜ですから。

 余談ですが、スケートも同じで、スケート靴のブレードと氷の間に薄い水の層が出来て、スケートを滑らせるのだそうです。

 このことを良く考えると「スキー板を速く滑らせる=スキーヤーが速く滑る」方法が解ります。つまり、出来るだけスキー板の下面を大きな面積で雪面に、より強い力で押し続けることが、速くスキーを滑らせる条件ということになります。

 つまり、スキーを出来るだけ雪面から離さないことが重要です。出来ることなら、全く雪面からスキーを離すことなく滑ることが出来れば、とても速く滑れることになるのですが、実際には、スキー競技のコースは凸凹してますし、斜面の角度も刻一刻と変わりますから、スキー版が斜面に弾かれたり、あるいはジャンプせざるを得ない状況になったりします。

 当然のことですが、スキーが出来るだけバタバタせず、ジャンプも出来るだけ短い方が、速いのです。

 これは、陸上競技の競走でも同様ですが、空を飛んでいる時間を出来るだけ短くすることが、速く走る秘訣です。アルペンスキーも同様で、滑降競技などで20m位のジャンプは珍しいことではありませんが、飛ばないで済むのなら一番良いし、飛ばなければならない場合でも、20mよりは10m、10mよりは5mと、飛距離が短いほど速く滑ることができるのです。飛んでいる間は「何の推進力も働きません」から、スピードは落ちる一方なのです。

 30~40年前に、アルペンスキー界を席巻した名選手、インゲマル・ステンマルクのスキーイングは、明らかに他の選手とは異なりました。ターンの動きが小さく、雪面から雪が飛ぶ量が、とても少ないのです。ステンマルクが圧倒的な成績を収めたことは、言うまでもありません。現在でも、伝説的なスキーヤーとして、史上でも世界最高のスキーヤーとして評価されています。

 ですから、私達がスキーアルペン競技を観る際には、スキーがバタバタしていないことや、あまりエッジを立てて滑っていないこと(エッジを立てる程、雪面とスキー板の接する面積が小さくなりますので)などに注目する必要があります。斜面にコブがある時には、そのコブにピタリとスキー板が接したまま滑ることが出来れば、最も速く滑れるのです。
 
 最も大切なのは、この点です。フォームやコース取りは、次の段階の技術といえます。スピードが出ていない状態なら、どんな選手もバランス良く、キレイに滑ることができますが、タイムを争う競技ではあまり意味のないことなのです。

 今季PGAツアー第5戦、ウェイストマネジメント・フェニックスオープンは、1月31日から2月3日の間、アメリカ・アリゾナ州のTPCスコッツデールを会場に行われ、アメリカのフィル・ミケルソンが、4日間通算256打28アンダーの大会最少スコアタイの記録で快勝しました。

 これで、ミケルソンはPGAツアー41勝目。先週のタイガー・ウッズの優勝に続いて、アメリカ人プレーヤーを代表する二人が、連続優勝を遂げたことになります。

 ミケルソンは42歳になりましたが、そのアグレッシブなプレー振りは、いささかも衰えを見せていません。このゲームも、攻めに攻めたミケルソンの独壇場でした。初日、いきなり60打というハイスコア、もう少しで50台のプレーが見られるところでした。そして、3日目までで24アンダーと独走。最終日は少し伸び悩みましたが、2位のBスネデカーに4打差を付けて、悠々と逃げ切りました。

 ミケルソンのプレーは、常にピンをデッドに狙っていく感じで、観ていてとても面白いのですが、この大会も同様でした。特にパッティングの調子は凄まじく、5m~15m位のパットが、不思議なほどに決まりました。こういう時のミケルソンは手が付けられません。何しろ、ミケルソンが苦手?にしている1~2mのパットが無いのですから。

 このところロリー・マキロイを始めとする海外勢に、やや押され気味のアメリカ人プレーヤーですが、タイガー・ウッズとフィル・ミケルソンという両輪が好調な今シーズンは、昨シーズンにも増して、激しく楽しい試合が展開されそうです。この二人のベテランが頑張っている内に、ニック・ワトニーやババ・ワトソンといった、米国若手勢が力を付けてきてほしいものです。

 それにしても、この大会も2位だったブラント・スネデカーは、本当に力を付けてきました。
 昨年のフェデックスカップを制した時には、やや家賃が高い感じがしましたが、前週タイガー・ウッズの2位、この週はミケルソンの2位、ともに4打差というのは、力が無くでは出来ない芸当です。なにしろ、タイガーもミケルソンも、相当に好調だったのですから。相当好調な、世界を代表する二人のプレーヤーを、最終日には追い上げて、キチンと2位を確保しているのですから、この二人が少し調子が悪ければ、勝つのはスネデカーということになるのかもしれません。

 迫力やオーラという点では、まだまだタイガーやミケルソンには及ばないものの、去年と今年のプレーを見れば、ブラント・スネデカーがアメリカを代表するプロゴルファーの一人になったことは、まぎれもない事実です。

 アメリカ人プレーヤーが元気なPGAツアーというのが、やはり本来の姿だろうと思います。
 2013年2月4日、アメリカ・ニューオーリンズのメルセデスベンツ・スーパードームで行われた、第47回スーパーボールは、ボルチモア・レイブンズがサンフランシスコ・49ersを34対31のスコアで下し、2001年以来2度目のスーパーボール・チャンピオンに輝きました。
 ゲームは、レイブンズが先行し、49ersが追い上げるという展開、キッチリと守り切ったレイブンズに栄光が訪れました。
 「28対21で49resが勝つ」という、私の勝敗予想は外れました。レイブンズのパフォーマンスは、私の予想を超えていました。レイブンズの勝因について、考えてみましょう。

1. 周到な準備と大胆な実行

 第2クォーターQで見せた、フィールドゴールFG体形からのトリックプレーや、クオーターバックQBジョー・フラッコからの様々なパスなど、レイブンズは、このゲーム用に様々なプレーを準備していました。

 FG体形からのトリックプレーは、NFLでは時々見られるプレーであるとはいえ、このスーパーボールという大試合で実行するのは、なかなか度胸が居ることでしょう。ヘッドコーチHCジョン・ハーボウの思い切ったコールも、試合の随所で観られました。それにしても、この大胆なトリックプレーに対して、虚を突かれたように見えた49ersディフェンスDF陣が、ファーストダウンまで1ヤードの地点で、フィールド外に押し出すというのも素晴らしいプレーで、この両チームのレベルの高さと、この試合に賭ける気合の高さを感じさせました。

2. ジャコビー・ジョーンズ

 このゲームのキープレーの多くは、ジャコビー・ジョーンズの走りから生み出されました。まず第1Q、レイブンズの最初のリターン。見事な走りで、一気にフィールド中央まで返しました。このシリーズで、レイブンズはキッチリとタッチダウンを取り、完全にモメンタムはレイブンズのものになりました。ゲーム前半は、完全にレイブンズのゲームとなりましたが、この勢いを生んだのは、Jジョーンズの、このリターンであったと思います。DFに自信を持っていた49ersに、相当のショックを与えたことでしょう。

 こうして前半は21対6でレイブンズがリードして終わりましたが、ゲームに止めを刺したのもJジョーンズのプレーだったと思います。第3Q始めのキックオフリターン・プレー。自陣内からリターンしたジョーンズは、一気に守備ラインを突破して、悠々と相手ゴールに走り込みました。実質100ヤードを遥かに超えるキックオフリターン・タッチダウンTD。これで28対6と、レイブンズ22点のリードになりましたから、さすがに勝負あったと思いました。

 実際には、この後ゲームは縺れるのですが、結局はこの22点差がものを言ったわけですから、このJジョーンズのTDは、やはり勝負を決めたプレーだったと考えます。このゲームのMVPは、QBのジョー・フラッコでしたが、私は、2TDを挙げたワイド・レシーバー、ジャコビー・ジョーンズの方が相応しかったように思います。

3. 勝負強いディフェンス

 レイブンズは、ディフェンスDFを売り物にしているチームですから、DFが強いのは当たり前と言えば当たり前です。しかし、レギュラーシーズンの成績を見れば、DFは49ersの方が上でしたし、レイブンズDF陣の高齢化も懸念されていました。

 ゲームが始まってからも、49ersの攻撃がレイブンズのラインバッカーLBレイ・ルイスを目標に展開されていた節もありました。レイ・ルイスの動きは、全盛時に比べて鈍く、特に左右の動きが悪かったので、レイ・ルイスの周辺へのショートパスが、49ersのQBキャパニックから、次々と投じられました。
 特に、第3Qの停電後の49ersの連続TDの頃には、レイブンズDFにも、ついに疲れが見えたかとも思われました。

 しかし、勝負どころのレイブンズDFは、やはり凄まじい力を発揮したのです。特に、残り2分からの自陣ゴール前での守備は、見事なものでした。キャパニックのパスを止めきった集中力と気迫からは、レイブンズDF陣のプライドが溢れていました。49ersオフェンス陣の動き期より、レイブンズDF陣の動きの方が、明らかに速かった。最後の力を振り絞ったということでしょうが、凄まじい迫力でした。

 続く一連のプレーも記憶に残るものでした。意図的なセイフティで2点を献上しながらも、残り時間を減らしていくという、冷静・大胆な攻撃。ジョン・ハーボウのコールも見事でしたが、ミスなくセイフティを実行し、捕まらないためのギリギリの速度で、フィールド外に走り出るプレーなど、当たり前のプレーという人がいるかもしれませんが、あの状況下での実行は、とても難しいものだと思います。自陣ゴール前でのターンオーバーは、致命的なのですから。

 以上の3つのポイントが、レイブンズ勝利の要因であったと考えます。

 一方の49ersは、その力を十分には発揮できませんでした。僅かですが、個々のプレーヤーの動きが、レイブンズ比劣っていたと思います。NFLのビッグゲームでは、サッカーの試合で時々指摘されるような「コンディションの良し悪し」が問題になることはあまりないのですが、このゲームの49ersはコンディションが良くなかったように思います。作戦・戦術以前の問題が観られるのは、ある意味では珍しいことなのかもしれません。

 QBキャパニックは、自らのランも見せましたし、精いっぱいのプレーを展開したと思いますが、少し足りませんでした。パスのオーバースローも、いつになく目立ちました。
 今季のNFLを観ると、相当に良いプレーを展開しているチームでも、QBとチームの関係が、僅かに完成度というか成熟度というか定着度というか、が不足しているチームは、厳しい競り合いのゲームで、今一つ力を発揮できない、勝ち切れない感じがしました。

 例えば、コルツとアンドリュー・ラック、レッドスキンズとロバート・グリフィン・三世、ブロンコスとペイトン・マニング、そして49resとコリン・キャパニックです。いずれもQBがチームを任されてから1年以内でした。やはり、チームが真の意味で一体になるためには、一定の時間が必要なのかもしれません。

 49ersは6度目のスーパーボール進出で、初めて敗れました。キャパニックにとっても、ジム・ハーボウHCにとっても、とても良い経験になったことでしょう。アレックス・スミスとコリン・キャパニックという二人の優秀なQBを擁する49ersの来シーズンが、とても楽しみです。

 恒例のハーフタイムショー。世界有数のエンターティナーが、全力を挙げて取り組むショーです。当然、選ばれたエンターティナーにとっても、大変な名誉ですし、とんでもない視聴率の中、世界中の10億人以上の観衆が見つめる中でのプレーですから、変なことはできません。
 今年の、ビヨンセのショータイムも素晴らしいものでした。あのスピード感と迫力、ビヨンセの歌も素晴らしいものでしたが、最新技術を駆使した周辺画像・光の動きもファンタスティックでした。このビヨンセのショーで使われた各種の技術が、今後、世界中のエンターティメントでも展開されることでしょう。世界最高のゲームとも呼ばれるスーパーボールの、もうひとつの大切な役割でもあります。

 スーパーボールが行われる週は、スーパーボール・ウィークと呼ばれ、全米がスーパーボール一色になります。チケットを入手するのは極めて困難ですし、1枚10000ドル以上の費用も掛かりますから、多くのアメリカ人は、日曜日の夜、自宅のリビングルームで、食事をしたり、お酒を飲んだりしながら楽しみます。

 私も、1991年のニューヨーク・ジャイアンツとバッファロー・ビルズのゲームを、ニューヨーク郊外の友人の家で、カウチ・ポテトで楽しみました。インターセプトで飛び上がり、タッチダウンに拍手を送る、至福の4時間でした。


 2月10日、京都競馬場芝外回り2200mコースで行われる、第106回京都記念G2競走の予想です。

 歴史と伝統を誇る古馬の名門レースですから、今年も明日のG1馬を目指すメンバーが揃いました。

 軸馬は、7枠9番のカポーティスターにします。前走G2日経新春杯は、ゴール前残り200mから力強く抜け出して快勝。本格化を感じさせるのに十分な内容でした。中3週のローテーションは気になりますが、本格化したハーツクライ産駒となれば、安定したレースを見せてくれると思います。

 対抗馬一番手は、1枠1番のベールドインパクト。G1常連馬とはいえ、ややジリ脚の気があり、中々勝ち切れないところが心配ですが、このメンバーなら勝ち負けのレースをしてくれるでしょう。

 対抗馬二番手は、4枠4番のジャスタウェイ。前走のG3中山金杯は、すっきり勝って欲しかったところですが、タッチミーノットの大駆けにあって3着。そろそろ、勝ちたいところです。

 対抗馬三番手は、8枠10番のショウナンマイティ。昨年6月のG1宝塚記念3着以来、久々のレースという点は気になりますが、安定感が売りの馬。出て来る以上は、上位入着を期待します。

 このレースは、以上の4頭に期待します。

 ジョワドヴィーヴルという、一世を風靡した女傑が、昨年4月以来の登場です。ジェンティルドンナが登場するまでは、この馬で牝馬三冠も仕方がないと言われた程の馬です。勝たれてしまったら「やっぱり強かった」となるのでしょうが、さすがに予想では見送りとします。

 2月10日、東京競馬場芝1800mコースで行われる、第47回共同通信杯G3競走の予想です。

 現3歳世代の、ここまでのクラシック路線レースを観ると、多士済々でレベルが高い感じがします。共同通信杯は、大レースと関連が強いレースですので、今後大化けする馬を見つける楽しみがあります。

 軸馬は、7枠7番のゴットフリートにします。G1朝日杯FSは、ロゴタイプ、コディーノに完敗の3着でしたが、終いの脚はしっかりしていましたので、力負けではないと思います。現時点での、この世代の上位の力を、見せてくれるでしょう。

 対抗馬一番手は、8枠9番のクロスボウ。前走の京成杯G3は4着に敗れましたが、いかにも経験不足という感じ。キッチリと走り切っていましたので、今度は勝ち負けの勝負をしてくれるでしょう。

 対抗馬二番手は、7枠8番のメイケイぺガスター。前走の若駒Sのゴール前の走りは、大きな可能性を感じさせました。このところ復活の気配がするフジキセキ産駒。本格化の過程と観ます。

 対抗馬三番手は、2枠2番のマンボネフェー。前走の寒竹賞の勝ち時計は、この時期の3歳馬としては、とても優秀でした。早めに抜け出して、粘りきった内容も良いと思います。パゴの代表産駒となる可能性を秘めている馬だと思います。

 今回は、以上の4頭に期待します。朝日杯FS組や京成杯組に劣らない、クラシック候補馬の誕生が楽しみです。
 近時のマラソンは、概ね5㎞毎に「給水地点」が設置されています。そして、各ランナーは、自らの特製ドリンクを給水地点に置いておき、それを摂取するのです。

 大会には、沢山のランナーが参加しますので、給水地点ではランナーが交錯しますから、自らのドリンクのボトルを取ることは、簡単なことではありません。実際、多くのランナーが自らのボトルを取ることに失敗しています。

 しかし、この給水地点で自らのボトルを取り損ねることは、レースにそれほど大きな影響を与えるものではありません。
 プライベートボトル設置場所の先には、ジェネラルテーブルと呼ばれる、一般の水やスポーツドリンクが大量に置いてあるテーブルが設置されていますから、ここで取ればよいのです。給水という意味からは、何の問題もないと思います。

 また、5㎞毎に必ず給水しなくてはならないというものでも、ありません。今から20~30年前のマラソンで、瀬古俊彦選手や宗茂選手、中山竹通選手は、一度の給水も無く、あるいは最小限の給水により、2時間8分台で走り切っていました。昔のやり方が良かった、などという話をしているのではありません。

 給水はレースを走るために行うことで、給水することが目的でないことは、自明の理です。給水に拘るあまり、無理なコース変更や加速を行い、ペースを乱したり、他の選手と交錯してバランスを崩し、脚を痛めたり、転倒して怪我をすることの方が、余程リスクが高いと思います。

 自分が用意したドリンクが取れなければ、一般のドリンクを取れば良い、走っていて不要ならば、ドリンクを取らなくとも良い、と考えて、レースに臨むべきだと考えます。レースの成功にとって重要なポイントが、他に沢山あるのです。

 また、専用ドリンクが取れなかったことで、精神的なショックを受けるようなことでは、本末転倒ということになります。自ら準備したボトルが取れるか取れないかということは、レースの成績とは無関係であることを十分に理解すべきですし、一流ランナーの皆さんは、良く分かっておられると思います。

 マラソン競走のテレビ放送で、アナウンサーが「取れませんでした」「給水に失敗しました」「取れなかったのと取らなかったのは大きな違いがあります」などと絶叫します。すると、解説者が「一般のものを飲めば、何の問題もありません」と説明します。
 先の別府大分毎日マラソンでも、このやり取りが何度もありました。いかにマラソン素人のアナウンサーといっても、間違った情報を何度もコメントするのは、物覚えが悪すぎるというものです。

 テレビ放送ですから、「視聴率を稼ぎたい→劇的な放送をしたい」ということで「給水」に、妙に注目させようとするのかもしれませんが、マラソンや駅伝には、もっと重要で興味深いテーマ・ポイントが、いくつもありますので、そちらを採り上げる方が良いと思います。

 そのテーマ・ポイントについては、本ブログで、今後書いて行きたいと思います。
 オールドファンにとっては「東京4歳ステークス トキノミノル記念」といった方が、分かりやすいレースです。
 1967年・昭和42年に、関東地区の3歳限定レースとして創設されました。当初は、東京競馬場の芝1400mのレースでしたが、1971年に現行の1800mになりました。現在でも、伝説の無敗のダービー馬「トキノミノル」の名を冠したレースですが、あまり呼ばれなくなっているのは残念なことです。

 1983年に、共同通信社から優勝杯を受け、レース名が「共同通信杯4歳ステークス」となりました。翌1984年には、グレード制導入に伴ってG3に指定され、2001年に馬齢表示の変更に伴って、レース名が「共同通信杯」に変更され、現在に至っています。

 クラシック路線の一角を占める重要なレースとしての位置付けは、時代を経ても不変でした。このレースの勝ち馬から、多くのクラシックレースやG1レースの勝ち馬が出ています。

 東西交流が少なかった時代には、関東のクラシック候補馬のためのレースとして、競走馬輸送手段の発達に伴って、東西交流が進んでからは、全国の3歳有力馬のためのステップレースとして、数々の強豪馬が優勝馬として名を連ねています。
 1968年のタケシバオー、1975年カブラヤオー、1976年テンポイント、1978年サクラショウリ、1983年ミスターシービー、1986年ダイナガリバー、1994年ナリタブライアン、1998年エルコンドルパサー、2001年ジャングルポケット、2012年ゴールドシップと見て来ると、クラシックレース・G1レースに、極めて関連が強いレースであることが、一目瞭然です。レース開催時期が、3歳馬のステップレースとして、とてもマッチしているのでしょう。

 こうした豪華な歴代優勝馬の中から、本稿で採り上げるのは、1990年の勝ち馬アイネスフウジンです。
 アイネスフウジン号、父シーホーク、母テスコパール、母の父テスコボーイ。生涯成績8戦4勝2着3回、1990年の日本ダービーをレコード勝ちしています。

 2歳時、朝日杯3歳ステークスを、あのマルゼンスキーのレコードタイムとタイ記録の1分34秒4で逃げ切ったアイネスフウジンは、一躍クラシック候補に名乗りを上げました。そして、この共同通信杯を快勝して、弥生賞に駒を進めましたが不良馬場のためか生涯唯一の3着以下(4着)と敗れました。
 続く、皐月賞は不利もあり、上手く逃げることが出来ずクビ差2着に惜敗。ハイセイコーの仔ハクタイセイに、ゴール寸前に差し切られました。
 
 3番人気で臨んだ日本ダービーは、気持ちよく逃げることができました。私は「すんなり逃げられれば、フウジンの力は抜けている」と考えていましたから、スタート直後の3ハロンで勝負あったと思いました。
 相当のハイペースで逃げるアイネスフウジンを追いかけたハクタイセイは、直線で失速。最後に追い上げてきた一番人気のメジロライアンも1馬身1/4届かず、アイネスフウジンがキッチリと逃げ切りました。2分25秒3のレコードタイム。当時の3歳馬としては、驚異的なレコードでした。
 このレコードは、2004年のキングカメハメハに破られるまで残りました。1990年の3歳世代の力量の高さを示すとともに、アイネスフウジンの強さをも示していると思います。

 しかし、レース中かレース直後に故障していたため、検量室に戻ることもできなかったアイネスフウジンは、治療の甲斐なく、そのまま引退しました。
 1989年の最優秀3歳馬、1990年の最優秀4歳馬と2年連続でJRA賞を受賞した名馬でした。

 お父さんのシーホークは、フランスで7戦3勝、サンクルー大賞を勝ち、生まれ故郷のアイルランドで種牡馬となりました。そして1974年に日本に来ました。アイルランド時代の産駒からは、2900mのセントレジャーの勝ち馬ブルニや4000mのアスコットゴールドカップ勝ち馬エリモホークが居ます。短距離や中距離というよりは、スタミナが必要なレースで好成績を残しているわけで、日本における産駒にもその傾向が明確に出ています。

 日本における産駒の代表馬は、モンテプリンス(天皇賞(春)、NHK杯、宝塚記念他)、モンテファスト(天皇賞(春)、目黒記念)、ウィナーズサークル(日本ダービー)、そしてアイネスフウジンです。
 いずれも、良い脚を長く使える素晴らしい馬達です。残念なのは、このシーホークやアイネスフウジンらの血統が、現在では殆ど見られなくなっていることです。スタミナ十分な血統である上に、朝日杯3歳ステークスやNHK杯、宝塚記念といったマイルや中距離でも力を発揮できる「万能型」の血統を、活かす道はないものかと考えます。

 アイネスフウジンが勝利した日本ダービーは、東京競馬場の入場者数が19万6千人を超え、現在でも世界レコードです。(翌年からは、入場券の発売枚数制限が始まりました)そして、鞍上の中野栄治騎手には、大観衆から「ナカノ、ナカノ」のコールが、自然発生的に起こりました。これが、現在の「大レース勝ち馬へのコール」の始まりです。
 中野騎手とともに、アイネスフウジンも大歓声で迎えられました。脚が痛かったでしょうに、黒鹿毛の美しい馬体が、とても誇らしげでした。
 2013年1月27日幕を閉じた大相撲1月場所の千秋楽、全ての取組が終わった午後5時30分頃、高見盛関の現役引退が報じられました。

 この場所を、十両12枚目で迎えた高見盛は、5勝10敗の成績に終わり、来場所の幕下陥落が確実視されていました。さすがに幕下では取らないのではないか、と言われていましたが、今般の引退表明となったのです。

 高見盛精彦(たかみさかり せいけん)、1976年5月生まれの36歳、青森県北津軽郡板柳町出身、東関部屋所属)、187㎝・144㎏の長身力士でした。

 アマチュア相撲時代の実績は十分で、中学生横綱、国体少年の部優勝、そして全日本選手権優勝(アマチュア横綱)の実績を引っ提げて、日本大学卒業後幕下付出で1999年3月初土俵を踏みました。高見盛はエリート力士だったのです。
 そして、僅か1年4か月後の2000年の7月には入幕を果たしていますから、出世も大変速かったことになります。ただし、その直後膝の故障で一気に番付を下げ、一時は幕下まで下がりましたが、2002年1月場所で十両優勝し、3月場所には再入幕、2011年の7月場所まで9年間以上に渡って、幕内力士を続けました。

 最高位は、東の小結(2002年の9月場所と2003年の11月場所の2回)です。三賞は、殊勲賞1回、敢闘賞2回、技能賞2回の計5回でした。金星は2個、横綱武蔵丸からひとつ、横綱朝青龍からひとつでした。

 高見盛の前述のような成績は、大相撲に挑戦した数多くの力士の中では、とても優秀なもので、時代を彩った関取として大いに賞賛されるべき水準ですが、高見盛関に付いて言えば、この実績を遥かにしのぐ人気の高さが、特筆されることでしょう。

 その人気の源に付いて、考えてみましょう。

 人気の源の第一は、あのパフォーマンスでしょう。これは、皆さんも同意されることでしょう。
 高見盛のパフォーマンスは、二つの要素から出来上がっています。

 一つ目のパフォーマンスは、取組が時間一杯になった時に、土俵で塩を取りに行った際の「気合注入の動き」です。
 両手を握り締め、下にブンブン振ったり、拳で胸をバンバン叩いたり、拳を握りしめたまま目を瞑って顔を動かしたりして、気合を入れていく一連の動きです。
 この動きは、観客からはとても分かりやすく、面白いものです。高見盛が動くたびに、観客から掛け声がかかります。場内一体となった、とても大きな掛け声です。私も国技館で、何度一緒に掛け声をかけたことでしょう。掛け声をかけている観客は、一様にとても楽しそうです。

 この動きは、高見盛自身の言によれば「土俵に上がり、対戦相手との相撲を考えると、とても怖いし、怪我をするのではないか、死んでしまうのではないか、と心配になる。この心配を振り解き、勇気を出して取組に向かうために行っている」のだそうです。確かに、その通りなのでしょう。
 この気合注入のパフォーマンスが、観客から見るととても面白く、魅力的なものだったのです。ロボ・コップとも評されたその動きは、お世辞にもカッコよいものとは観えませんでしたが、老若男女を問わず人気がありました。

 二つ目のパフォーマンスは、取組終了後の花道での様子です。勝った時には、胸を張りというか、そっくり返る程に上を向いて、堂々と花道をさがります。肘も曲げて、のっしのっしと歩く姿は、正にロボ・コップでした。
 一方、負けたときには、下を向いて、しょんぼりと帰っていきます。失意に沈んでいることが、一目でわかりました。

 高見盛関のパフォーマンスは、この二つのセットです。10年以上に渡って、ファンを楽しませてくれたことに、心からお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。

 続いて、高見盛の人気の源となった第二の要因は「技巧派力士であり、その能力がとても高かった」ことです。
 立ち合いから、素早く下手を取り、右のカイナを反して寄って行く「高見盛の型」は、威力抜群でした。相手力士に力を出させないという点から、極めて合理的な取り口でもありました。素晴らしい技巧派力士であったと思います。

 技巧派力士として有名だった、現在大相撲の解説者である舞の海秀平氏が、高見盛の取り口に付いて「大変な技巧派で、この取り口ひとつで高見盛は幕内を張っています」と、何度もコメントしています。ロボ・コップという綽名ですから、不器用な力士と思われがちですが、実は「大変な相撲巧者で、相撲が上手な力士」であったことは、間違いありません。型を持った力士が少なくなったと言われますが、高見盛関は「キッチリとした型を持った力士」であったと思います。
 2度の技能賞受賞が、それを証明しています。

 高見盛の人気の源となった第三の要因は、7勝7敗で千秋楽を迎えることが、とても多かったこと、だと思います。
 幕内での成績も、8勝7敗、7勝8敗がとても多かったのです。大勝はなかなかできない力士で、幕内では10勝5敗が最高でした。一方で、怪我をした時以外には大負けも少なく、観客はいつも、勝ち越しするのかしないのかハラハラしながら、高見盛の取組を見ていたのです。15日間を通して、観客に心配させ続ける?力士でしたから、一層注目も集まったのでしょう。
 高見盛関の生涯成績「563勝564敗46休」が、そのことを端的に示しています。83場所も大相撲を取って、ほぼ5割の勝率というのは、ある意味では見事であり、高見盛という力士を、良く表している数字だと思います。

 高見盛が幕内に定着した2002年の3月場所から、十両に陥落する直前の2011年7月場所の9年間強の間、大相撲の人気の一翼を、高見盛関が支えたことは間違いありません。
 私は、この9年間、日本人力士が好きな大相撲ファンの期待・人気を支えたのは、魁皇関と高見盛関の二人だと考えています。この間、何度も国技館に足を運びましたが、この二人への歓声の大きさは、常にトップクラスでした。最大の歓声であったと言っても、過言ではありません。魁皇は大関として、高見盛は平幕として、土俵を盛り上げた「看板力士」でした。観客席にいれば、良く判ることです。

 この二人の人気力士、プロフェッショナル・プレーヤーが、共に土俵を去りました。
 八百長事件や朝青龍問題など、大相撲にとっての苦難の時代、その屋台骨を支えてくれた一方の大黒柱「ロボ・コップ 高見盛」関に対して、最大限の賛辞を送りたいと思います。凄い力士でした。

 そして、魁皇と高見盛が居ない、大相撲の新時代が到来したのです。相撲協会の正念場です。幸いに、良い若手力士が育ってきました。お客様に喜んでいただける相撲・力士が、どんどん出て来ることを、期待しています。

 歴史と伝統を誇る別府大分毎日マラソンが、今年は2月3日に行われました。

 レースは、28㎞過ぎから埼玉県庁所属の川内優輝選手と安川電機所属の中本健太郎選手の一騎打ちとなり、40㎞過ぎの給水地点から川内選手がスパート、中本選手を振り切り、最後は100mの差を付け、優勝しました。走破タイムの2時間8分15秒は、このレースの新記録。見応えのあるレースでした。

 こうした国内指折りの国際大会で、日本人選手同士の優勝争い自体も、いつの大会以来か記憶にないくらい久しぶりの事でしたし、14㎞に渡って一騎打ちのレース展開に至っては、何十年振りのことかと思ってしまいます。世界と比較した時のタイムの遅さは、残念ですが、とにもかくにも「日本人ランナーが優勝争いをした」ことだけでも、とても価値あるレースであったと思います。

 中本選手は、一騎打ちになってから再三の仕掛けを行う川内選手を見て、いずれバテるであろうと考えていたのでしょう。中本選手が、そのように考えるのも無理はない程に、川内選手の仕掛けは頻繁でした。
 33㎞~38㎞の間だけでも、目立ったものだけでも5回は仕掛けました。その都度、中本選手は、余裕を持って対応したと思います。

 そして、39㎞を過ぎて、さすがに中本選手にも疲れが見えたときに、川内選手の最後の仕掛けが実行されました。この仕掛けにも、中本選手は十分に付いて行けると思ってたのでしょうが、この40㎞を過ぎての川内選手のスパートは、それまでのものとは異なるロングスパートでしたし、相当のスピードアップでしたから、少し脚に来ていた中本選手は、全く付いて行けませんでした。川内選手のロングスパートは、中本選手の予想を遥かに超える高いレベルの仕掛けだったということになります。

 このロングスパートは、なんとゴールまで続きました。ゴール手前、最後の100mが最も速かったと思います。ラスト1.5㎞で100m前後の差を付けたのですから、二人のランナーのスピード差は、相当に大きなものだったことになります。

 昨年夏のロンドンオリンピックのマラソンで、日本人最高の6位入賞を果たした中本選手は、十分に調整し、満を持して、このレースに臨みました。
 一方の川内選手は、このレース前1か月間で、マラソン1回、駅伝2回を走っています。通常のランナーなら、レースは本番ですが、川内選手にとってはレースは練習といわんばかりのスケジューリングです。
 私も、こういう調整方法には疑問を持っていました。こうした方法では、安定した成績は残せても、優勝は難しい、と考えていたのです。

 しかし、川内選手の走力は私の見方をも、遥かに超えていました。特に、最後2㎞の走りは素晴らしいスピードと力強さで、この点については十分に世界と戦えるレベルであったと感じました。

 現在、世界で戦うためには、自己最高タイムが2時間5分台か、6分台の前半でなければ厳しいと考えています。
 そして、今回の川内選手と中本選手の一騎打ちを見ても、世界レベルには遠く及ばないとも思います。しかし、川内選手のラスト2㎞の走りは世界レベルでした。川内選手は、沢山のレースを短期間の内に経験しながら、着実に地力を付けてきているようです。

 レース前日の夕食、川内優輝選手はカレーライスを2杯食べたそうです。もう少し食べたかったと話していたと報道されていました。レース前日に刺激物を大量に摂取するという調整法は、従来の日本長距離界ではタブーとさえされているものです。
 1か月にマラソン2レース・駅伝2レートの計4レースを走り切るという「レースを日常としている」調整方法、そして「食事も日常通りという逞しさ」が、川内選手が世界で戦えるかもしれないと感じさせる理由でしょう。
世界選手権のレースが、楽しみになりました。
 アメリカ、ナショナル・フットボール・リーグNFLの今シーズンのチャンピオンを決める、第47回スーパーボールは、2013年2月4日ニューオーリンズのメルセデス・ベンツ・スーパードームを会場として行われます。
 対戦するのは、アメリカン・フットボール・カンファレンスAFC代表ボルチモア・レイブンズとナショナル・フットボール・カンファレンスNFC代表サンフランシスコ・フォーティナイナーズ49ersです。両チームのスーパーボールでの対戦は初めて、レイブンズが勝てば2001年以来2回目の、49ersが勝てば1995年以来6回目の制覇となります。

 レイブンズはAFCの第四シードから勝ち上がりましたし、49ersも第二シードからの勝ち上がりでしたから、両チームともプレーオフに入って調子を上げてきたチームということになります。

 このゲームのポイントは「レイブンズの攻撃対49ersの守備」であると考えます。

 レイブンズは、伝統的に守備のチームです。そのレイブンズが今回スーパーボールに駒を進めるに至った最大の要因は、クオーターバックQBジョー・フラッコを中心としたオフェンス陣OFの頑張りにあると思います。
 レギュラーシーズン中は、NFLのQBとしては標準的な成績だったのですが、プレーオフに入ってからは、QBレート114.7という驚異的な数値を叩き出しました。

 その活躍の中心となったプレーは、トレイ・スミスとアンクワン・ボールディングの二人のワイド・レシーバーWRへのロングパスです。プレーオフに入ってからの、QBフラッコのパスの成功率は必ずしも高くはないのですが、ここぞという時のロングパスが決まってきました。プレーオフ3ゲームで、8タッチダウンTD、インターセプトは無しという、素晴らしいものでした。

 この大化け?したレイブンズの攻撃を、49ersの守備陣が止められるかがポイントのゲームになると考えています。
 本ブログでも書きましたが、49ersは攻守のバランスが取れた好チームです。特に、守備面の今シーズンの成績は、1ゲーム平均失点が2位、平均喪失ヤードが3位、平均ラン喪失ヤードが4位、平均パス喪失ヤードが4位と、いずれの項目もNFL全チームの中で上位にあり、守備のバランスという面でも、NFL屈指というか、NO.1のチームです。(これらの成績は、レイブンズを遥かに上回っています)

 レイブンズの守備陣がラインバッカーLBを主体とした第二列の運動量と判断で止めて行くのに対して、49ersの守備陣はラインの強さをベースに、チーム全体のフォーメーションで守っていく形です。

 前述のように、QBジョー・フラッコのロングパスを、49resのパトリック・ウィルス、ナバーロ・ボウマン、アルドン・スミスらの超強力LBを中心とした守備陣がどのように止めて行くかが注目点です。
 プレーオフに入ってから、レイブンズのWR陣は相手DFを振り切りフリーになって、フラッコのロングパスをキャッチしていますから、49ersのコーナーバックCBとセイフティの連携が肝心ということになります。

 その他にも、両チームのヘッドコーチHC、レイブンズのジョン・ハーボウと49ersのジム・ハーボウの兄弟対決も挙げられます。現地2月1日に行われたHCへの最終記者会見が、異例の二人同席のものになり、兄のジョンがスーツ・ネクタイ姿、弟のジムがチノパンにチームシャツ姿と、静かな戦いが既に最高潮に達しています。

 試合結果予想ですが、QBキャパニックを中心にした49ers攻撃陣とレイ・ルイスを中心にしたレイブンズの守備陣は、双方とも力を発揮すると考えますので、49ersの得点4TD28点と観ます。
 一方のQBフラッコのロングパスも決まると思いますが、49ers守備陣の対策が少し上回り、レイブンズはプレーオフのこれまでのゲームように得点を重ねていくことは出来ないように思います。

 「28対21のスコアで49ersの勝ち」と予想します。とても楽しみなゲームです。

プロフィール

カエサルjr

Author:カエサルjr
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ようこそ!
我が家の月下美人も16年目。同時に30個の花が咲くこともあります。スポーツも花盛りですね。一緒に楽しみましょう。

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