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 2013年1月27日幕を閉じた大相撲1月場所の千秋楽、全ての取組が終わった午後5時30分頃、高見盛関の現役引退が報じられました。

 この場所を、十両12枚目で迎えた高見盛は、5勝10敗の成績に終わり、来場所の幕下陥落が確実視されていました。さすがに幕下では取らないのではないか、と言われていましたが、今般の引退表明となったのです。

 高見盛精彦(たかみさかり せいけん)、1976年5月生まれの36歳、青森県北津軽郡板柳町出身、東関部屋所属)、187㎝・144㎏の長身力士でした。

 アマチュア相撲時代の実績は十分で、中学生横綱、国体少年の部優勝、そして全日本選手権優勝(アマチュア横綱)の実績を引っ提げて、日本大学卒業後幕下付出で1999年3月初土俵を踏みました。高見盛はエリート力士だったのです。
 そして、僅か1年4か月後の2000年の7月には入幕を果たしていますから、出世も大変速かったことになります。ただし、その直後膝の故障で一気に番付を下げ、一時は幕下まで下がりましたが、2002年1月場所で十両優勝し、3月場所には再入幕、2011年の7月場所まで9年間以上に渡って、幕内力士を続けました。

 最高位は、東の小結(2002年の9月場所と2003年の11月場所の2回)です。三賞は、殊勲賞1回、敢闘賞2回、技能賞2回の計5回でした。金星は2個、横綱武蔵丸からひとつ、横綱朝青龍からひとつでした。

 高見盛の前述のような成績は、大相撲に挑戦した数多くの力士の中では、とても優秀なもので、時代を彩った関取として大いに賞賛されるべき水準ですが、高見盛関に付いて言えば、この実績を遥かにしのぐ人気の高さが、特筆されることでしょう。

 その人気の源に付いて、考えてみましょう。

 人気の源の第一は、あのパフォーマンスでしょう。これは、皆さんも同意されることでしょう。
 高見盛のパフォーマンスは、二つの要素から出来上がっています。

 一つ目のパフォーマンスは、取組が時間一杯になった時に、土俵で塩を取りに行った際の「気合注入の動き」です。
 両手を握り締め、下にブンブン振ったり、拳で胸をバンバン叩いたり、拳を握りしめたまま目を瞑って顔を動かしたりして、気合を入れていく一連の動きです。
 この動きは、観客からはとても分かりやすく、面白いものです。高見盛が動くたびに、観客から掛け声がかかります。場内一体となった、とても大きな掛け声です。私も国技館で、何度一緒に掛け声をかけたことでしょう。掛け声をかけている観客は、一様にとても楽しそうです。

 この動きは、高見盛自身の言によれば「土俵に上がり、対戦相手との相撲を考えると、とても怖いし、怪我をするのではないか、死んでしまうのではないか、と心配になる。この心配を振り解き、勇気を出して取組に向かうために行っている」のだそうです。確かに、その通りなのでしょう。
 この気合注入のパフォーマンスが、観客から見るととても面白く、魅力的なものだったのです。ロボ・コップとも評されたその動きは、お世辞にもカッコよいものとは観えませんでしたが、老若男女を問わず人気がありました。

 二つ目のパフォーマンスは、取組終了後の花道での様子です。勝った時には、胸を張りというか、そっくり返る程に上を向いて、堂々と花道をさがります。肘も曲げて、のっしのっしと歩く姿は、正にロボ・コップでした。
 一方、負けたときには、下を向いて、しょんぼりと帰っていきます。失意に沈んでいることが、一目でわかりました。

 高見盛関のパフォーマンスは、この二つのセットです。10年以上に渡って、ファンを楽しませてくれたことに、心からお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。

 続いて、高見盛の人気の源となった第二の要因は「技巧派力士であり、その能力がとても高かった」ことです。
 立ち合いから、素早く下手を取り、右のカイナを反して寄って行く「高見盛の型」は、威力抜群でした。相手力士に力を出させないという点から、極めて合理的な取り口でもありました。素晴らしい技巧派力士であったと思います。

 技巧派力士として有名だった、現在大相撲の解説者である舞の海秀平氏が、高見盛の取り口に付いて「大変な技巧派で、この取り口ひとつで高見盛は幕内を張っています」と、何度もコメントしています。ロボ・コップという綽名ですから、不器用な力士と思われがちですが、実は「大変な相撲巧者で、相撲が上手な力士」であったことは、間違いありません。型を持った力士が少なくなったと言われますが、高見盛関は「キッチリとした型を持った力士」であったと思います。
 2度の技能賞受賞が、それを証明しています。

 高見盛の人気の源となった第三の要因は、7勝7敗で千秋楽を迎えることが、とても多かったこと、だと思います。
 幕内での成績も、8勝7敗、7勝8敗がとても多かったのです。大勝はなかなかできない力士で、幕内では10勝5敗が最高でした。一方で、怪我をした時以外には大負けも少なく、観客はいつも、勝ち越しするのかしないのかハラハラしながら、高見盛の取組を見ていたのです。15日間を通して、観客に心配させ続ける?力士でしたから、一層注目も集まったのでしょう。
 高見盛関の生涯成績「563勝564敗46休」が、そのことを端的に示しています。83場所も大相撲を取って、ほぼ5割の勝率というのは、ある意味では見事であり、高見盛という力士を、良く表している数字だと思います。

 高見盛が幕内に定着した2002年の3月場所から、十両に陥落する直前の2011年7月場所の9年間強の間、大相撲の人気の一翼を、高見盛関が支えたことは間違いありません。
 私は、この9年間、日本人力士が好きな大相撲ファンの期待・人気を支えたのは、魁皇関と高見盛関の二人だと考えています。この間、何度も国技館に足を運びましたが、この二人への歓声の大きさは、常にトップクラスでした。最大の歓声であったと言っても、過言ではありません。魁皇は大関として、高見盛は平幕として、土俵を盛り上げた「看板力士」でした。観客席にいれば、良く判ることです。

 この二人の人気力士、プロフェッショナル・プレーヤーが、共に土俵を去りました。
 八百長事件や朝青龍問題など、大相撲にとっての苦難の時代、その屋台骨を支えてくれた一方の大黒柱「ロボ・コップ 高見盛」関に対して、最大限の賛辞を送りたいと思います。凄い力士でした。

 そして、魁皇と高見盛が居ない、大相撲の新時代が到来したのです。相撲協会の正念場です。幸いに、良い若手力士が育ってきました。お客様に喜んでいただける相撲・力士が、どんどん出て来ることを、期待しています。

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