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HOME   »  2013年02月06日
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 オールドファンにとっては「東京4歳ステークス トキノミノル記念」といった方が、分かりやすいレースです。
 1967年・昭和42年に、関東地区の3歳限定レースとして創設されました。当初は、東京競馬場の芝1400mのレースでしたが、1971年に現行の1800mになりました。現在でも、伝説の無敗のダービー馬「トキノミノル」の名を冠したレースですが、あまり呼ばれなくなっているのは残念なことです。

 1983年に、共同通信社から優勝杯を受け、レース名が「共同通信杯4歳ステークス」となりました。翌1984年には、グレード制導入に伴ってG3に指定され、2001年に馬齢表示の変更に伴って、レース名が「共同通信杯」に変更され、現在に至っています。

 クラシック路線の一角を占める重要なレースとしての位置付けは、時代を経ても不変でした。このレースの勝ち馬から、多くのクラシックレースやG1レースの勝ち馬が出ています。

 東西交流が少なかった時代には、関東のクラシック候補馬のためのレースとして、競走馬輸送手段の発達に伴って、東西交流が進んでからは、全国の3歳有力馬のためのステップレースとして、数々の強豪馬が優勝馬として名を連ねています。
 1968年のタケシバオー、1975年カブラヤオー、1976年テンポイント、1978年サクラショウリ、1983年ミスターシービー、1986年ダイナガリバー、1994年ナリタブライアン、1998年エルコンドルパサー、2001年ジャングルポケット、2012年ゴールドシップと見て来ると、クラシックレース・G1レースに、極めて関連が強いレースであることが、一目瞭然です。レース開催時期が、3歳馬のステップレースとして、とてもマッチしているのでしょう。

 こうした豪華な歴代優勝馬の中から、本稿で採り上げるのは、1990年の勝ち馬アイネスフウジンです。
 アイネスフウジン号、父シーホーク、母テスコパール、母の父テスコボーイ。生涯成績8戦4勝2着3回、1990年の日本ダービーをレコード勝ちしています。

 2歳時、朝日杯3歳ステークスを、あのマルゼンスキーのレコードタイムとタイ記録の1分34秒4で逃げ切ったアイネスフウジンは、一躍クラシック候補に名乗りを上げました。そして、この共同通信杯を快勝して、弥生賞に駒を進めましたが不良馬場のためか生涯唯一の3着以下(4着)と敗れました。
 続く、皐月賞は不利もあり、上手く逃げることが出来ずクビ差2着に惜敗。ハイセイコーの仔ハクタイセイに、ゴール寸前に差し切られました。
 
 3番人気で臨んだ日本ダービーは、気持ちよく逃げることができました。私は「すんなり逃げられれば、フウジンの力は抜けている」と考えていましたから、スタート直後の3ハロンで勝負あったと思いました。
 相当のハイペースで逃げるアイネスフウジンを追いかけたハクタイセイは、直線で失速。最後に追い上げてきた一番人気のメジロライアンも1馬身1/4届かず、アイネスフウジンがキッチリと逃げ切りました。2分25秒3のレコードタイム。当時の3歳馬としては、驚異的なレコードでした。
 このレコードは、2004年のキングカメハメハに破られるまで残りました。1990年の3歳世代の力量の高さを示すとともに、アイネスフウジンの強さをも示していると思います。

 しかし、レース中かレース直後に故障していたため、検量室に戻ることもできなかったアイネスフウジンは、治療の甲斐なく、そのまま引退しました。
 1989年の最優秀3歳馬、1990年の最優秀4歳馬と2年連続でJRA賞を受賞した名馬でした。

 お父さんのシーホークは、フランスで7戦3勝、サンクルー大賞を勝ち、生まれ故郷のアイルランドで種牡馬となりました。そして1974年に日本に来ました。アイルランド時代の産駒からは、2900mのセントレジャーの勝ち馬ブルニや4000mのアスコットゴールドカップ勝ち馬エリモホークが居ます。短距離や中距離というよりは、スタミナが必要なレースで好成績を残しているわけで、日本における産駒にもその傾向が明確に出ています。

 日本における産駒の代表馬は、モンテプリンス(天皇賞(春)、NHK杯、宝塚記念他)、モンテファスト(天皇賞(春)、目黒記念)、ウィナーズサークル(日本ダービー)、そしてアイネスフウジンです。
 いずれも、良い脚を長く使える素晴らしい馬達です。残念なのは、このシーホークやアイネスフウジンらの血統が、現在では殆ど見られなくなっていることです。スタミナ十分な血統である上に、朝日杯3歳ステークスやNHK杯、宝塚記念といったマイルや中距離でも力を発揮できる「万能型」の血統を、活かす道はないものかと考えます。

 アイネスフウジンが勝利した日本ダービーは、東京競馬場の入場者数が19万6千人を超え、現在でも世界レコードです。(翌年からは、入場券の発売枚数制限が始まりました)そして、鞍上の中野栄治騎手には、大観衆から「ナカノ、ナカノ」のコールが、自然発生的に起こりました。これが、現在の「大レース勝ち馬へのコール」の始まりです。
 中野騎手とともに、アイネスフウジンも大歓声で迎えられました。脚が痛かったでしょうに、黒鹿毛の美しい馬体が、とても誇らしげでした。
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