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HOME   »  2013年04月10日
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 1着馬と2着馬に、大きな差が付きにくいことが、皐月賞の特徴だと思います。

 1939年に、我が国のクラシックレースとして最後に創立されたのが「皐月賞」であることは、以前の稿にも書きました。
 範としたのは、サラブレッドの故郷イギリスの2000ギニー競走です。当初は、横浜農林省賞典4歳呼馬(よこはまのうりんしょうしょうてんよんさいよびうま)という名称でした。このレースが創設されたことで、東京優駿(日本ダービー)、阪神優駿牝馬(オークス)、京都農林省賞典4歳呼馬(菊花賞)、中山4歳牝馬特別(桜花賞)とともに、5大クラシックレース体系が完成したのです。

 第一回は、横浜の根岸競馬場芝1850mコースで行われました。5大クラシックレースの内、オークス、桜花賞とこの皐月賞は、開催競馬場が移り変わっています。
 1943年には、根岸競馬場の閉鎖に伴い東京競馬場の芝1800mコースで実施されるようになりました。
戦後1949年・昭和24年から中山競馬場の芝1950mで行われるようになり、名称も「皐月賞」に変更されました。そして、1950年・昭和25年に施行距離が2000mとなりました。現在の皐月賞のスペックになったのです。

 桜花賞の稿にも書きましたが、皐月賞・日本ダービー・菊花賞は、牡馬・牝馬の両方が出走可能です。そして、日本ダービーではクリフジやウオッカといった牝馬が優勝していますし、菊花賞でもクリフジが優勝しています。しかし、この皐月賞だけは、牝馬が出走可能であるにもかかわらず、牝馬の優勝馬が出ていません。牝馬の出走自体も、1991年の第51回のダンスダンスダンス号(5着)以来ありません。皐月賞は、クラシックレースの中で最も「男の世界」ということになります。

 今年で73回目を迎える、歴史と伝統と格式を誇る皐月賞競走において、私が不思議に思っていることがあります。

① 施行距離
 皐月賞は2000mコースで行われます。範としたイギリスの2000ギニー競走は1マイル(約1600m)です。5大クラシック競走の中で、皐月賞だけが本家イギリスのレースと明らかに異なる距離で行われているのです。何故なのでしょうか。
 これは、第一回の根岸競馬場でのレースから1850mでしたから、最初からマイル戦ではなかったということになります。何が何でもイギリスのクラシックレースに準拠する必要はないと思いますが、イギリスの2000ギニー約1600m、ダービー約2400m、セントレジャー約2920mという体系は、マイラー、オールラウンダー、ステイヤーそれぞれの活躍の場を提供しているという点で、バランスが取れていると思います。
 また、その全てに優勝するという意味から、三冠馬の偉大さを示す原因ともなると思います。

 翻って、我が国の体系は、皐月賞2000m、日本ダービー2400m、菊花賞3000mですから、スプリンターやマイラーが活躍する場が無いことになります。
 特に、現在の様に1400mから1800mを主戦場とするマイラー全盛の時代には、最初からマイル路線を歩もうとする強豪馬が、クラシックレースには出走しない可能性があるのです。

 「皐月賞は2000m」ということで、ずっとやってきたのだから、過去との比較の面からも今更変更できない、という意見もあると思いますが、天皇賞(秋)を3200mから2000mに変更した例もあります。
 より多様なサラブレッドが挑戦できるレースを目指すという点や、皐月賞自体のレベルを上げて行く=クラシックレースの権威を維持・向上させるという点から、今からでも1600mに変更する手はあると思います。もちろん、競馬場の形状や設定されたコースによる制約があると思いますので、容易なことでないことは認識しているつもりです。

② 1着馬と2着馬に、大きな差が付きにくいレースであること。
 頭書した通りです。皐月賞は、不思議と1・2着馬の差が小さい、つまり圧勝しにくいレースなのです。歴史を紐解けば、1954年・昭和29年の第14回レースで、ダイナナホウシュウ号が8馬身差で勝ったのが、最大着差ですし、この8馬身は大きな差だと思います。しかし、過去50年間で観れば、5馬身以上の差が付いたレースはありません。

 直線が300m強しかない中山競馬場だから、差が付きにくいという見方もあるのでしょうが、朝日杯3歳ステークスのマルゼンスキー号による大差勝ちに見られるように、コースのせいばかりでは無いことになります。

 「圧勝」という印象が残っている皐月賞を観ても、例えばディープインパクト優勝の時が2と1/2差、ナリタブライアンが3と1/2差です。ナリタブライアンのレースなどは、強烈な捲りからどれほど千切ったのかと思っていましたが、3と1/2馬身差です。そして、これが過去半世紀の最大着差なのです。(トウショウボーイは5馬身差で勝っていますが、この年はストライキの影響で東京競馬場開催でしたので、ここでは比較に加えていません)
 シンボリルドルフも1と1/4差、ミスターシービーも3/4差と、後に三冠馬になるような名馬達でも、中々圧勝できないレースです。

 「皐月賞の不思議」のラストは、4月に開催されるのに何故「皐月」なのか、という点です。太陰暦と太陽暦の関係に詳しくはありませんが、皐月=5月でしょう。確かに、皐月賞と名付けられた頃には、5月に開催されていたのですが、過去50年間で観ると5月にレースが行われたのは5回しかありません。とはいえ、これを不思議というのは、無理無理という感じで恐縮です。

 多様な日本の四季を表現するものとして「皐月賞」は素晴らしいネーミングだと思います。
 若葉・緑が芽吹く季節の、若駒同士の僅差の激しいレース、それが皐月賞なのです。

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