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 マスターズ・トーナメント3日目の朝、タイガーにマスターズ委員会から電話がかかりました。「あまり良い電話ではないだろう」とタイガーは感じたそうです。

 前日2日目の15番ホール・パー5、タイガーの第三打はピンを直撃し、弾かれて池に落ちました。タイガーはボールをドロップし、打ち直し(第5打)て、このホールをボギーに収めました。
 そして、2日目のプレーを終えて、2日間トータル3アンダーとしたのです。

 しかし、マスターズ委員会との協議の結果「2日目15番ホールのドロップの仕方に問題があり、2打罰とする」旨の裁定が行われ、タイガーのスコアは1アンダーに訂正されたのです。

 こうしたペナルティーの取り扱いは、トーナメントにおいて時々起ることなのですが、その処置に「翌日までかかる」というのは、珍しいことだと思います。なにしろ、2日目の当該ホールにもオフィシャルの担当者が居た筈で、この対応を見て問題ありと判断すれば、その場で指摘することができたと思うからです。この居た筈のオフィシャルの責任は、どうなったのでしょう。

 3日目のラウンドを2アンダー、トータル3アンダーで終えたプレー後のインタビューで、この事態が3日目のプレーに影響があったかという問いに答えて「最初の頃は、ありました。短いパッティングを2~3回外してしまいました」と答えていました。

 この2013年4月12日のマスターズ・トーナメント、15番ホールのタイガー・ウッズのプレーは、ややツキが無かった、そしてスコアには大きなマイナスとなりました。

① アプローチショットの第三打は完璧なショットでした。テレビ解説プロの中島常幸の「完璧なショットでした。ボールがピンの1㎝横を通っていれば、ベタピンだったでしょう」というコメントからも解るように、本来ならこのホールはバーディ、4打でホールアウトするはずだったのです。

② ところが、ピンを直撃し弾かれて池に落ちてしまいました。1打罰で5打目を寄せて、何とかボギー、6打でホールアウトしたのです。この事態が、このままで完了したとしても、タイガーは2打を失ったことになります。


③ ところが、ところが、2日目は、この処置で良しとされていたものが、3日目の朝になって、池に落とした後のドロップに問題があるので2打罰が付され、このホールは8打・トリプルボギーとなりました。

④ 以上をまとめると、本来4打・バーディーであったものが、8打・トリプルボギーとなったわけですから、スコアを4打悪化させる影響があったことになります。

 タイガーは3日目を3アンダーで終えたわけですから、この4打を考慮すれば7アンダー、つまり現在トップのブラント・スネデカー、アンヘル・カブレラと同じスコアということになります。

 当たり前のことですが、タイガーが3日目のプレーを1アンダーでは無く、3アンダーでスタートしていた場合に、必ずしも7アンダーで3日目をプレーを完了できたかどうかは分かりません。10アンダーの単独トップだったかもしれませんし、イーブンパーであったかもしれません。

 いずれにしても、2日目のプレーを3アンダーで終えたプレーヤーが、3日目のプレーをイメージしながら、ラウンド後の練習を行い、就寝前には3アンダーであることを前提に、上位の選手をどのように追いかけて行くかをイメージしていた筈です。

 ところが、翌朝「あなたは、1アンダーです。」と言われたのですから、前日の練習・イメージトレーニングは白紙に戻されたわけです。どんなプレーヤーでも多大な影響を受けるであろうと思います。

 私には、タイガーは3日目のプレーの後半には、気持ちを立て直したように観えました。15番ホールを、イーグル逃しのバーディーとし、トータル3安打とした後の、16番、17番、18番の各ホールではピンチがありましたが、良く凌ぎました。特に、18番ホールのパーセーブは、強い精神力が無くでは出来ないことであったと考えます。

 何か「タイガー・ウッズにとって初めての、メジャートーナメント逆転勝ち」の可能性を感じさせるものでした。
 有名なことですが、これまでのタイガーのメジャー14勝は、いずれも最終日単独トップか、トップタイでスタートしたものでした。逆転勝ちは1度も無いのです。

 そして、メジャートーナメントというのは、実は3日目にトップか、トップから2打差以内の上位の選手が優勝する可能性が、極めて高いのです。
 これは当然のことです。何故なら、とても難しいセッティングのコースに対して、世界最高水準の複数のプレーヤーが束になって挑むのですから、ひとりだけとても良いスコアを出して大逆転するなどということが、ちょくちょく起こる筈がないのです。
 前にも書きましたが「メジャートーナメントの大逆転は、『単独で』大きなリードを持って最終日をスタートしたプレーヤーが、自滅しスコアを大きく崩した時」にのみ、起こり得ることなのです。

 今大会も、7アンダー、6アンダー、5アンダーの選手が沢山いますから、3アンダーの選手が逆転することは、不可能に近いことです。優勝は、7~5アンダーの選手の間で争われることでしょう。

 しかし、今回のタイガー・ウッズの3日目上がり3ホールのプレーからは「奇跡の空気」を感じるのです。
 タイガー・ウッズの新しい伝説の創造に、期待しています。
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 2013年の第77回マスターズ・トーナメントも美しい舞台で激戦が展開されています。今年は、ラフがやや長いセッティングになっています。こうしたセッティングの年は、グリーン周りの斜面の芝が刈り込まれていませんから、通常なら池に転がり落ちてしまうようなミスショットでも、ラフに救われる場合が出てきます。
 
 マスターズ・トーナメントでは、ラフが長い年の方がスコアが伸びることがあります。通常のトーナメントとは反対の傾向です。最終日の勝負どころで、12番のパー3の池や13番パー5のクリークなどで、いつもなら落ちてしまうボールがギリギリ止まるといったシーンが見られそうな気がします。

 マスターズでは、これまでも様々な素晴らしいゲームが繰り広げられてきました。挙げて行くとキリが無い程ですが、本稿では1987年の大会を見てみたいと思います。

 この年は、全体にスコアが伸びず、72ホールをプレーし終わって、セベ・バレステロス、グレグ・ノーマン、ラリー・マイズの3選手が3アンダーで並び、プレーオフに突入しました。プレーオフは10番ホールからのサドンデスプレーです。

 セべ・バレステロス、グレグ・ノーマン、ラリー・マイズの3選手を比較すれば、この当時であれば、実績ではセベが優勢。この年までに、既にメジャートーナメントに4勝(マスターズ2勝、全英オープン2勝)していましたから、この頃の世界最強プレーヤーであったと思います。思い切りの良いショットが特徴で、トラブルからのリカバリーなどは、信じられないようなテクニックを度々魅せていました。
 スペイン生まれの陽気なプレーヤーで、ショット前後の仕草にも躍動感が溢れていましたし、親日家で日本オープンでも2勝していますから、日本のファンにも馴染の深いプレーヤーでした。
 残念ながら腰を痛めたために、本来ならば全盛時を迎える30代半ば位から、急速にトーナメントに勝てなくなってしまいました。

 19歳で欧州賞金王となり、22歳で全英オープンに優勝、そして当時の最年少記録であった23歳でマスターズ・トーナメントを制したときには、「天才」の名を欲しいままにしたプレーヤーでした。
 故障なかりせば、史上最強プレーヤーの一角を占める実績を残せたものと考えています。

 また、オーストラリアのグレグ・ノーマンは、前年1986年の全英オープンでメジャー初優勝を飾り、全盛時を迎えていました。こちらは豪快なスイングとアグレッシブなプレーが特徴でした。
 4大メジャートーナメントには不思議と縁が薄く(2位が8回もあります)、全英オープンに2度優勝しているだけですが、PGAツアー18勝、欧州ツアー20勝を始めとして、世界中のトーナメントで活躍、世界ランク1位を331週間に渡って維持(タイガー・ウッズに次いで史上2位の記録)するなど、「ホワイト・シャーク」の愛称で、トッププレーヤーとして長く君臨しました。
 日本ツアーでも、中日クラウンズと三井住友VISA太平洋マスターズの二つのビッグトーナメントで優勝しています。

 前述の2人に比べると、3人目のプレーオフ進出者、アメリカのラリー・マイズは、実績・人気共に見劣りする点は、止むを得ないところでした。プレー振りも、前述の2人に比べれば冷静・沈着、別の言い方をすれば「地味」なプレーヤーでした。
 マイズに有利な点があるとすれば、出身がアメリカ・ジョージア州オーガスタという、地元中の地元「ザ・ホームの大会」ということぐらいでした。

 従って、プレーオフに入った時には、多くのパトロンやテレビを見ていた(私の様な)世界中の視聴者は、セベとノーマンの争いだろうと観ていたと思います。

 しかし、最初の10番ホールでセベ・バレステロスはボギーを叩き、あっさりと脱落しました。

 続く、11番ホールは有名な「アーメン・コーナー」の最初のホールです。ティーインググランド方向から見て、グリーンに被さるように左側に大きな池があり、グリーンが池に向かって相当な角度で傾斜しています。従って、プレーヤー達は第二打をグリーンの右端に向かって打っていきます。池には絶対に入らないようにするのです。当時は、グリーンの右側に少し外すショットでも、十分に許容範囲内というホールでした。

 さて、ノーマンとマイズによるプレーオフが続きます。

 マイズのセカンドショットは、グリーンの右奥に大きく外れました。距離が合わなかったというか、やや大きめに打っていくことで、絶対に池に入れまいというショットだったかと思いますが、それにしても大きすぎた感じで、ピンまでは40ヤード前後はあったと思います。

 ノーマンのセカンドショットは、当時のプレーとしては最高のショットに近いもので、グリーン右サイドをヒット、ピン真横15ヤード位のグッドショットでした。ノーマンが圧倒的に有利な状況です。

 マイズのアプローチショットは、とても難しいショットになりました。何しろ、ピンに向かって打っていくということ=池に向かって打っていくことなのです。加えて、グリーンは池に向かって、相当な角度で傾斜しています。アナウンサーと解説者は「絶対に寄らないショット」「少しでも強ければ池まで行ってしまうショット」と再三コメント。絶望的と言わんばかりです。
 
 この頃のTBS東京放送のマスターズ・トーナメント中継のゲスト解説プロは、陳清波(ちん せいは)プロでした。1931年生まれの台湾出身のプレーヤーで、1959年の日本オープンチャンピオン、日本ツアー通算13勝の名選手です。そして、世界への挑戦という意味ではアジア人プロゴルファーの草分け的な存在でもあり、マスターズ・トーナメントに6回も出場しているのです。
 当時のアメリカゴルフ界から見れば、アジア人としては最高のゴルファーという位置付けであったと思います。その頃の台湾のプロゴルフは、日本は勿論として、アジアのゴルフ界をリードする存在だったのです。

 本稿のマスターズ大会が開催された1987年頃は、尾崎・青木・中島といった我が国を代表するプレーヤー達は現役バリバリの頃でしたから、「マスターズ・トーナメントの出場経験が豊富で、解説を行える立場にある日本人プロ」は存在しなかったのでしょう。毎年、陳プロが解説を行っていました。また、「花ある、木ある」といった軽妙な語り口も、味わい深いものでした。
 
 その陳清波プロは「こういう時は、思い切って行くと良い結果が得られます」とコメントしました。グリーンの角度や速さばかりを考えていた時に「思い切って行くと良い」とは、禅問答みたいな話だと感じたことを憶えています。

 プレーオフも2ホール目でしたから、だいぶ暗くなっていた記憶しています。

 ラリー・マイズが、アプローチショットを打ちました。グリーン手前で2バウンドして、グリーンに乗り、ボールは転がります。ピンに向かって真っすぐに転がって行きます。グリーンが池に向かって傾斜していますから、ボールは中々スピードダウンしません。どちらかというと加速しているような感じです。「大きい」と思いましたし「相当ピンをオーバーする、ひょっとすると池まで届いてしまうかもしれない」とも思いました。

 ボールは、そのまま、相当のスピードで、ピンに向かって真っすぐに転がり、ピンを直撃、カップインしました。チップインバーディ!
あれ程のスピードでもピンに弾かれなかったのですから「ピンの芯を食った」のでしょう。まさにミラクルショットでした。

 その瞬間、オーガスタの森には大歓声が響き渡り、ラリー・マイズは両手を握りしめて、何度もジャンプし、喜びを全身で表現しました。普段、物静かなプレー、冷静・沈着をモットーとするマイズとしては、珍しいパフォーマンスでした。生涯唯一のパフォーマンスだったのかもしれません。

 陳プロは「ね、思い切って行くと良いことがあるでしょう」とコメントしています。
 ところが、アナウンサーと解説者は、陳プロの言葉に反応しようともせず、「今のショットは強すぎましたよね」「入らなければ、池まで行っていたでしょう」などと、まるでミスショットであったようなコメントです。

 見事なチップインバーディを目の当たりにしながら「強すぎた」などと、言い訳がましい説明を必死に繰り返している様子は、言葉は悪いのですが、見苦しい限りで、所詮は素人のアナウンサー・解説者であることを、まざまざと見せつけました。みっともないから喋るのをやめてもらいたいと感じたものです。

 おそらく、マスターズ大会史上屈指のスーパーショットであり、「まさにそのショットで優勝が決まった」という意味では、史上最高にスリリングなショットであったわけですから、まずはラリー・マイズのプレーを大絶賛し、陳プロのコメントに敬意を表し、そのコメントを深堀りして行けば、ゴルフの神髄に迫る素晴らしい放送になったと思います。
 テレビ放送史上に残る名放送を展開するチャンスであったにもかかわらず、その機を逃してしまったのです。それどころか、残念な放送として、多くの視聴者の記憶に残ってしまっている可能性があります。

 一方、陳清波プロは、さすがでした。世界の第一線で戦ってきたトッププロの本物のコメントを聞かせていただいたと思いました。「こういう時は、思い切って行くと良い」という心持こそ、最高技術を身に付けたプレーヤーならではの「踏ん切り」なのでしょう。本当の意味は、その高みに立ったことがある人にしか解らない、単純な、しかし味わい深いコメントでした。

 スーパーショットを見せつけられてしまったグレグ・ノーマンは、難しい15ヤード位の大きなフックラインのパッティングに挑みましたが、残念ながら入りませんでした。カップ横を通り過ぎたあと3~4.m池に向かって転がっていました。グリーンが、池に向かって相当に傾斜していることを示していました。

 これで、ラリー・マイズの優勝が決まったのです。

 マスターズ・トーナメントでは、沢山のスーパーショットが生まれてきました。どれもこれも信じられないようなショットばかりですし、本当に素晴らしいショットばかりです。
 しかし、その中でも最も信じられないようなショットが、このラリー・マイズの11番ホール・40ヤードのアプローチであったと思います。

 オーガスタ生まれのプレーヤーに、オーガスタの神がほほ笑んだ「奇跡のショット」でした。
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