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 9回表2死ランナー2塁。沖縄尚学が8対7で1点リード。打席には、福知山成美・仲村渠(なかんだかれ)選手。投げるは沖縄尚学・山城投手。

 攻撃・守備「全く互角」だと感じました。

 山城投手渾身のストレートが外角いっぱいに決まり三振。ゲームセット。

 9回表2死ランナー無からの3連打で2点を挙げ、追い上げる福知山成美、守る沖縄尚学。こうした状況で「全く互角」と感じさせる、滅多に観られない、素晴らしい試合でした。

① 実力十分なチーム同士の対戦
② 両チームの各選手が持てる力を存分に発揮
③ 残念なエラーや四死球、凡ミスが最小限
④ 精神面も互角

 という諸条件を全て満たす試合は、ひとつの甲子園大会で1試合あるかないか。夏の甲子園2013・4日目の福知山成美高校(京都)と沖縄尚学高校(沖縄)のゲームは、そうしたゲームでした。

 まず何よりも、両チームの各選手の動きの良さが際立っていました。コンディション作りに成功していたのでしょう。
 5人の投手が登場しましたが、各々の投手が持ち味を十分に発揮しました。
 各打者のスイングの鋭さ・速さも見事でした。
 各選手の走塁も積極的で、次の塁を狙う気迫に溢れていました。

 沖縄尚学の宇良・比嘉の両投手はとても良い投球をしていました。低めに球を集め、球威も十分。しかし、福知山成美の打者の振りのシャープで力強いこと。鋭い打球が、外野手の頭を次々に超えて行きます。
 5回を終えて、5対2と福知山成美がリード。

 福知山成美のエース・仲村渠投手も見事な投球を展開していましたが、ここまで2失点。

 相手がこの両チームの打線でなかったなら、両チームの投手共に5回まで零封していたであろうという投球内容でした。

 6回裏から沖縄尚学の打線が爆発しました。僅かに疲れが見えるものの、相変わらず力投を続ける仲村渠投手にヒットを浴びせます。そして走り捲ります。「体が動いて仕様がない」といった風情。凄いパフォーマンスでした。
 6・7・8回と連続得点で逆転し、8対5とリードを広げます。7回から3人目の投手として登板した山城投手も、福知山成美の強力打線を抑え込みます。

 沖縄尚学が3点リードで9回表を迎え、既に2死。しかし、福知山成美は全く諦める様子も無く、3連打で2点を返して、ランナー2塁のチャンス。頭書の状況になったのです。

 全選手がヒーローであった試合ですが、もしMVPを選ぶとすれば、福知山成美の遊撃手・平本選手でしょうか。ランナーを得点圏においてのピンチの状況で、三遊間の打球を良く捕っての1塁への遠投、前進守備での強い打球をしっかり捕球し本塁への正確な送球と、素晴らしいプレーを展開しました。ハイパフォーマンスなゲームの中でも、ひときわ目立つ活躍でした。

 良い試合でした。両チームの選手・監督・関係者の皆さん、ありがとうございました。
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 モスクワ世界選手権陸上・女子マラソン、福士加代子選手銅メダル、おめでとうございます。

 30㎞手前で、先頭集団から遅れ始めた時には、「またか」という感じでしたが、このレースではこの後の走りが良かったと思います。スピードを上げる体力は残っていませんでしたが、極端なスピードダウンは回避できました。
 4番手の位置で、速くはないが滑らかな走りを継続しました。後は他の選手との関係になります。先頭集団に居たエチオピアの選手が大失速し、これを交わして3位でゴールしたのです。立派な銅メダルでした。

 優勝したケニアのキプラガト選手のタイムが2時間25分44秒でしたから、相当厳しい環境下でのレースでした。スタート時の気温も30度以上あったようです。
一方、福士選手のタイムは2時間27分45秒でしたから、トップと2分差です。福士選手にとって、世界のトップと2分差で走り切れたことは大きな意味があります。

 もともと福士加代子というランナーは、各種目のスタートからゴールまでをレース前にキチンとイメージし、レース中は余裕を持って走るタイプだと思います。5000mも10000mも、そのように走ってきました。福士選手は、自身の競走能力を十分に把握した上で、「経験を積みながらレースを創り上げていくタイプ」のランナーなのでしょう。

 その福士選手がマラソンを始めたわけですが、私は、福士選手が10000m競走の様にマラソンレースを組み上げることが出来るのは、何時なのだろうかと考えていました。

 そしてこの8月10日のレースを迎え、好成績を挙げました。貧血状態が続き、レース前のコンディションはとても良いとはいえず、「福士加代子のマラソンの走り方が未完成」という段階で、世界3位になれたのです。

 「余力を残して40㎞を迎える」という、イメージ通りのレースが出来るようになった時、福士選手はさらに上位を狙えるかもしれません。

 木崎良子選手も4位と、実力を発揮しました。チーム随一の安定感を如何なく発揮してくれたのです。妙な仮定で恐縮ですが、もし福士選手が失速していたとしても、日本代表チームは銅メダルを獲得できたことになります。
 33㎞で棄権した野口みずき選手は残念でしたが、このレースの環境はベテラン選手には、少し厳しかったのでしょう。涼しいレースであれば、野口選手のスピードが生かせたかもしれません。

 日本代表3選手の大健闘でした。個性豊かなランナーを揃えた、良いチームだったと思います。
 中村順司監督率いるPL学園が、甲子園大会史上最強のチームのひとつであったことは間違いありませんし、中村監督自身も我が国の高校野球史上最高の監督のひとりだと思います。

 中村監督がPL学園チームとともに成し遂げた数々の記録は、素晴らしいの一言で、まさに枚挙に暇がありません。1980年秋から1998年春までの監督在任期間の記録の中から、ほんの一部を紹介します。

・春の甲子園 出場10回 優勝3回 準優勝1回 通算31勝7敗
・夏の甲子園 出場6回 優勝3回 準優勝1回 通算27勝3敗

 これだけを見ても、いかに凄い監督であったか一目瞭然です。夏の甲子園大会に6度出場して、僅かに3敗しかしていないというのは、考えられないレベルの戦い振り。勝率90%ですから、夏の甲子園では10試合やって1敗しかしないということになります。(当たり 前のことですが、驚きの余り確認してしまいました)
 この勝率の高さが、中村・PL野球でしょう。他に類を見ない水準の記録です。

 1998年春のセンバツ大会後、中村監督は引退しました。そして、その年の夏の甲子園大会からNHKテレビ放送の解説者として登場しました。 

 この解説がまた素晴らしいものでした。

 アナウンサーが守備に選手を送り出す時には、と聞きます。すると中村氏は「自分の守備位置の周りのデコボコ、荒れている所を均す(ならす)ように言いました。なるべく、イレギュラーバウンドしないように」
 「相手の攻撃の時に、強いゴロを打たれると、思わず眼を瞑ってしまいます。イレギュラーバウンドしないように、祈る感じです」

 中村監督は、通常のゴロなら、相当強い当たりでも十分に捕球・送球できるように、選手を鍛えていたのでしょう。ですから怖いのはイレギュラーバウンドなのです。選手には、早めにポジションに付いて、守備位置の周りを平らに均すように指示し、それでも試合中には、イレギュラーしないようにと祈るという、「球運」にも働きかけるような話です。

 この話を聴いた時に、「イレギュラーバウンドは必ずしも不運ではない」と思いました。「あのイレギュラーバウンドのせいで負けた」と考えている選手・チームは、守備位置に付いてから、あるいはプレーの合間に、自らの周囲を均していたのだろうか、とも考えました。人事を尽くして天命を待っていたのだろうかと。

 そして凄いのは、「そこまでやってもイレギュラーバウンドすることがある」ことを十分に認識して、天に祈るところです。決して奢ることなく、勝負の神様の気まぐれ?も思考の内に入れているところが深いと思いました。

 解説は続きます。

 あるチームのエースピッチャーが、グローブの皮の紐を長く(20cm位)伸ばしたままにしてプレーしているのを見て「どうして切らないんでしょうか。プレー中に、あの紐が眼に入ったらどうするのでしょう」と指摘します。グローブの親指側の皮の紐をブラブラさせながらのプレーを、とても心配していたのです。
 選手の想像を超えた動きが、プレー中に起こることは十分に考えられることです。中村監督は、とても細かいことを大切にし、「リスクを最小にする」指導・采配を行ってきたのだと思いました。

 まだまだ、解説は続きます。

 外野手のファインプレーを見て「守備位置が大切です。二塁手が一球毎にキャッチャーのサインを確認し、外野手他に球種を伝えます。(体の後ろで、手のサイン)外野手は、その球種と相手バッターのプレーの特徴を加味して、守備位置を変えるのです」

 ファインプレーも、相当の確率で偶然ではないことになります。そもそも、ファインプレーに見えないプレーが一番良いのでしょう。

 そして、二塁手の役割がとても大きいことがわかります。ピッチャーと同じレベルで、キャッチャーのサインを投球1球毎に認識し、それをサインで3人の外野手や他の内野手に伝達するのです。「守備の要は、真ん中のライン=キャッチャー、二塁手、センターフィールダー」という意味が、少し分かったような気がしました。

 加えて、内外野の野手は、二塁手のサインと試合前のミーティングを踏まえて、臨機応変に守備位置を変えていかなければなりません。記憶力ももちろんですが、相当に頭を使わなければならない競技なのです。当然のこととは言え、そのバリエーションの豊富さを考えると容易なことではないと思いました。

 さらに、解説は続きます。

 チャンスで打席に選手を送り出す時は、とアナウンサーが聞きます。すると「色々と指示をすることもありますが、最後は選手に任せます。思い切りやって来いという感じです」

 凄いことを言うものだと思いました。様々な事象に対して細心の注意を払い、「リスクの極小化」に努めながら、最後は「選手に任せる」というのですから。ここが、中村野球の真髄だと感じます。

 中村監督の時代のPL学園からは、清原和博、桑田真澄をはじめとして、立浪和義、福留孝介、吉村禎章といった多数のプロ野球選手が生まれていますが、高校野球のみならずプロ野球やMLBにも通用するプレーヤーを輩出している要因のひとつが、この精神面の指導・育成であろうと考えます。
 「最後は選手に任せる」という、ある意味では選手にとって最も厳しい采配が、多くの「考えるプレーヤー」「本番に強いプレーヤー」を育て上げたのだろうと考えるのです。

 NHKテレビ放送の中村元監督の解説は、本当に素晴らしいものでした。私のような野球素人に、野球指導・采配の「入り口の入り口」を、ほんの少し聞かせていただいたと思っています。
 いつまでも、この素晴らしい解説が聞けると思っていましたが、2001年にPL学園で発生した暴行事件を契機に、解説からも身を引かれました。とてもとても残念なことでした。

 考えてみれば、中村監督時代のPL学園にはこうした暴行事件も起きていなかったのです。あれだけのスター選手を長きに渡って指導しながら、選手個々の日常生活にいたるまで「リスク極小化」の努力を継続していたことを想像させました。

 中村氏が、2000年前後のテレビ解説の中でコメントしていたことは、現在の高校野球では常識なのでしょう。しかし、1980年代、PL学園全盛時代に常識であったかどうかは、分かりません。
 そして、現在では常識であるといっても、それらを実行できるかどうかは別の問題です。

 本稿に示したような対応策の何百倍・何千倍の監督としてのノウハウを見出し、指導し、実行した、中村順司監督。名監督です。
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Author:カエサルjr
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