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HOME   »  2013年08月27日
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 東京・千駄ヶ谷の国立競技場(国立霞ヶ丘競技場)の第4コーナートラック内に、旗を掲揚するための白いポールが立っています。そのポールの高さは15m21cmです。

 なぜこんなに中途半端な高さなのかと疑問を持たれますが、陸上競技に造詣のある方には有名な話なのです。

 1928年8月2日、アムステルダム・オリンピック三段跳(さんだんとび)種目で、日本の織田幹雄選手が15m21の記録で優勝しました。全ての競技・種目を通じて日本選手団オリンピック史上初の金メダルを獲得したのです。
 1912年のストックホルム・オリンピックに初参加した日本は、16年をかけて金メダルにたどり着いたのです。まさに、日本国を挙げての快挙でした。
 尚、このアムステルダム・オリンピックでは、もうひとつ競泳・男子200m平泳ぎで鶴田義行選手が金メダルを獲得しています。競技日程の関係もあって、こちらは日本競泳界オリンピック史上初の金メダルということになります。余談ですが、男子200m平泳ぎは日本の得意種目なのです。

 さて、織田選手の偉業を記念して、国立競技場に15m21cmの高さのポールが設置されました。もちろん名前は「織田ポール」と言います。

 織田幹雄選手は、1905年広島県安芸郡海田町に生まれました。17歳で三段跳びの日本新記録を樹立、1924年にパリ・オリンピックに出場、1925年に早稲田大学入学し競走部に入部。1928年のアムステルダム・オリンピックで快挙を達成したのです。
 そして、1931年には15m58cmの三段跳び世界新記録を樹立しました。1932年のロサンゼルス・オリンピックでは南部忠平選手が三段跳で金メダルを獲得しています。日本選手の2大会連続優勝ですから、「三段跳は日本の得意種目」だったのです。

 尚、当時英語で「ホップ・ステップ・アンド・ジャンプ」と呼ばれていたこの競技の名前を「三段跳」と翻訳したのも、1925年早稲田大学在学中の織田幹雄選手と伝えられています。
 その後、英語の種目名は「トリプル・ジャンプ」に変更されていますから、織田選手の翻訳の方が先行していた感じです。

 先日の世界陸上2013の三段跳では、フランスのテディ・タムゴ選手が18m04の好記録で優勝しました。18mジャンパーは、世界の陸上競技三段跳史上、わずかに3人しかいません。

 織田選手の15m21とタムゴ選手の18m04、その差は2m83。大きく伸びたと見るか、進歩が小さいと見るか。85年の月日をかけて、人類が伸ばしてきた記録です。
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