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 今から58年前、1955年8月の全米オープンテニス・男子ダブルスで、日本の加茂公成(かも こうせい)・宮城淳(みやぎ あつし)ペアが優勝しました。

 現在に至るまで、全豪・全仏・全英・全米の4大テニス大会で、日本人同士のペアがダブルスで優勝した唯一の記録です。天候不順により、日程がデビスカップの試合と重なり、アメリカとオーストラリアの有力選手が出場していなかったという事情があるにしても、素晴らしい記録であり、日本テニスの輝かしい歴史の一ページだと思います。

 加茂公成選手は、東京・目黒区の出身。有名なテニス一家に生まれ育ちました。早稲田大学時代に、本ブログにも登場した福田雅之助氏の指導を受け、1953年の全日本テニス選手権・男子シングルス決勝を兄の加茂礼仁(かも れいにん)選手と争い、弟の公成選手が優勝しました。
 公成はフランスの有名テニスプレーヤーのアンリ・コシェから、名付けられたと伝えられています。とても、洒落た名付け親が居たということでしょう。

 宮城淳選手は、東京・大田区の出身。こちらも有名なテニス一家に生まれ育ちました。生まれ年は宮城選手が1931年、加茂選手が1932年です。
やはり、太平洋戦争間もない時期にテニスの試合で世界中を飛び回るというのは、相応の家庭環境が整っていたということでしょう。
 加茂選手と同様に、早稲田大学時代に福田雅之助氏に師事し、1954年の全日本テニス選手権・男子シングルスを制して、加茂選手とのペアで男子ダブルスにも優勝しました。

 こうして、我が国屈指のテニス一家に生まれ育った2人の同世代プレーヤーが、ペアを組むこととなったのも、日本テニス界にとっては幸運なことだったのだろうと思います。

 宮城淳選手の後年のプレーを何回か眼にしたことがあります。今から25年位前、三井グループ各社が参加するオール三井大会が、東京・浜田山の三井不動産グランド(現在はありません)で毎年行われていて、そのテニス競技に宮城選手が出場していたのです。
 既に50歳代半ばであったと思います。相手は、関東インカレ上位入賞者といった大学卒業間もないバリバリの現役プレーヤー(ちょうど宮城選手が全米オープンで優勝した年頃)でしたが、宮城選手は互角以上のプレーを展開していました。

 プレースメントが正確で、相手がプレーし難いところに次々とショットが運ばれます。美しいショットの連続だと思いました。

 強者としての日本テニスの歴史を継続したいものです。錦織圭選手を始めとする日本人プレーヤーの奮起・活躍に期待しています。
 前回は4×100mリレーについて書きましたが、今回は4×400mリレーです。合計距離が1600mになりますから、マイルリレーとも呼ばれます。

 4×400mリレーは、メンバー全員が400mずつ走りますが、この4人の役割が相当に異なります。この違いが、4×400mリレーの特徴でしょう。

 第一走者は、セパレートコースを走ります。個人400m走と同じですが、違うのはスタート位置における各々のランナーの差です。
 個人400m走は、400m・トラック一周を走る場合の、インコースとアウトコースの長さの違いが、各々のコースのスタート位置の差となっています。
 一方、マイルリレーは、第二走者の2コーナーまで、つまり500mを走る場合のインコースとアウトコースの長さの違いをスタート位置で調整しますから、個人400mより差が大きくなります。

 そして、最内の第一コースと、最外の第八コースのスタート位置の差は、とても大きなものに見えます。
 従って、第一走者は、前のコースのランナーとの差を、あまり気にしないで走る必要があります。スタート直後、あまりに大差なので、追い上げようと前半から飛ばすと、ラスト50mでバテてしまいます。

 特に、外側の7コース、8コースは、バトンゾーンがゴール地点の相当先にありますから、終盤の失速の影響が強く出やすいと思います。

 バトンパスに付いては、400mを走り切って来たランナーはスピードが落ちている上に、バテていますから、4×100mリレーで重要であった「加速して受け取る」のではなく、「確実にバトンを受け取る」ことに注力します。
 しかしながら、いくら加速しなくとも良いとはいっても、第二走者の最初の100mの重要性を勘案すると、第一走者が完全に失速した状態で第二走者にバトンを渡すのは、回避すべきでしょう。

 第二走者は、最初の100mがセパレートコース、残りの300mがオープンコースになります。つまり、第二走者の第2コーナーでオープンコースとなるのですが、このオープンコースとなってからの各チームの位置取りが、とても大事です。第2走者が、第3コーナーを何番目の順位で通過するかは、レース展開上極めて重要なのです。

 400m走というのは、どんなに強いランナーが走ってもラスト100mはとても苦しい距離です。従って、第4コーナーを回ってからゴール地点までの100mで前のランナーを追い抜くのは、容易なことではありません。4コーナーで前に居る方が有利なのです。

 ただし、バトンを受け取った直後から、第2コーナー、第3コーナーと追い上げて、第4コーナーで先頭に立っているランナーの場合は違います。この場合には、先頭に立ったランナーは必ずと言って良いほど失速します。400m走というのは、そういう競走なのです。

 従って、第二走者が第2コーナーでオープンコースに入り、第3コーナーまでの約100mの間に、何番目に付けられるかは、とても大切と言うことになります。つまり、第二走者は「どうしても前半から飛ばしていかなければならない」ランナーと言うことになり、加えてラスト100mで、失速を極力抑えて粘れるランナーと言うことになりますから、チームの中で最も強いランナーが配されることが多いと思います。

 さて、第二走者が第4コーナーを回ってきました。続く、第3走者は、この第二走者の回ってきた順にバトンゾーンの内側から並びます。例えば、第4コーナーの通過がAチーム、Dチーム、Gチーム、Fチームの順番であれば、ゴール地点のバトンゾーンでは、内側からA・D・G・Fの順に並ぶのです。ラスト100mの直線走路で、DチームがAチームを追い越したとしても、並び順は変更しません。

 そして、第二走者から第三走者へのバトンパスが行われますが、ここは混乱する可能性のあるバトンパスです。混乱発生の要因は

① 第二走者は、皆とても疲れてゴール地点に来ていること
② ラスト100m・直線走路での順位変更があり得ること

 このため、倒れそうになりながらバトンを渡した直後にトラックに倒れてしまうランナーが発生すると、後順位のチームのバトンパスの邪魔になることがあります。

 また、ラスト100mで競り合って来た複数の第二走者が、第三走者がバトンゾーンで立っている位置と内外逆の位置取りでバトンゾーンに入ってくることがあります。ランナー同士の肩・肘が接触したり、体がぶつかったりするのです。格闘技的な部分です。

 第三走者は、全てオープンコースを走りますから、抜きつ抜かれつの接戦を演じることになりますが、前述の通り、前半飛ばしすぎるとラスト100mで失速することが多いので、注意が必要でしょう。

 第三走者から第四走者(アンカー)への、バトンパスも第二から第三の時と同じリスクがあります。

 アンカーは、勝負を決める走者ですから、先頭でバトンを受けた場合は前半を抑えて走ることが多いと思います。ラスト100mでの大失速を回避するためです。

 一方、後順位でバトンを受けたアンカーは、前のランナーを抜くために、最初から飛ばすことが多く、例えば2位でバトンをもらったアンカーが先頭のランナーを第2コーナーから第3コーナーにかけての直線で追い抜くことは、時々見られますが、オリンピックや世界選手権といった世界トップクラスのレースでは、最後の直線で、再び抜き返すことが多いように思います。このレベルになると、400mの距離があるといっても、追い抜くことは容易ではないのです。

 しかし、中学・高校レベルの試合では、アンカーによる大逆転が時々見られます。これは、アンカー間の「実力差がとても大きいこと」を示しているのですが、観客にとっては、とても面白いレースということになります。

 4×100mリレーとは異なり、マイルリレーはチームメンバーが第1コーナー付近に集結しています。チームメイトが直ぐ近くにいるのです。
 そして、スタートしても、第三走者やアンカーが走るまでには少し時間があります。この間、自分のチームのランナーを応援しながら、他のチームとの順位・差を確認して、自分の400mの走り方を決めなければ、なりません。この1~2分が考えどころなのです。

 歓声の中で、応援しながら考える。4×400mリレーは、ランナーにとってもとても面白い種目だと思います。
 世界陸上モスクワ2013を観ていて、リレー競技の面白さを改めて感じました。

 リレー競技は、陸上競技においては珍しい団体戦形式の種目です。とはいえ、サッカーやラグビー、バスケットボールなどの球技の団体戦とは異なり、個人戦の積み上げという意味では、水泳のリレー競技や柔道、剣道の団体戦と同じ形式かと思います。

 このリレー競技は、プレーヤーにとっても観客にとっても面白いものだと思いますが、私は、特にプレーヤーにとって面白さがより大きいものだと感じます。何とも言えない雰囲気があるのです。

 さて、4×100mリレーは、当たり前のことですが1人のランナーが100mずつ走ります。短縮して「4継(ヨンケイ)」と呼んだりします。

① コーナーを走るのが得意なランナーが、第一走者と第三走者、直線を走るのが得意な走者が第二走者と第四走者(アンカー)という配置になります。
② バトンパスが重要です。特に、第二走者と第三走者は「バトンを受けて、バトンを渡す」という2つのバトンパスを行わなければなりません。

 やはり400mリレーの最大の見所は、この②バトンパスでしょう。
 第二走者、第三走者、アンカーは、自分が走り始める位置から何m手前に前走者が走ってきたらスタートするか、事前の練習や試合での経験により決めてあります。そして、レーンのその位置に印を付けておきます。そして、走り始めて加速したところでバトンを受けるのです。

 バトンを渡す形は主に2種類。オーバーハンドパスとアンダーハンドパスです。オーバーハンドパスは、受け手ランナーが手を伸ばす形です。走る速度を上げるために重要な「腕振り」が一時ストップする点が短所ですが、渡し手ランナーと受け手ランナーとのバトンパスのタイミングが取りやすく、少し失敗してもバトンを渡すことが出来る点が長所でしょう。
 一方のアンダーハンドパスは、渡し手も受け手も腕を曲げ・振ったままでパスできますから、走る速度の減速は最小限に抑えることが出来る点が長所です。しかし、パスのタイミングが一瞬しかないため、難しいやり方とされています。
 日本チームは伝統的にアンダーハンドです。対してアメリカチームはオーバーハンドです。

 100m競走の記録に対する最大のマイナス要因はスタートです。スタートは、どんなに速いランナーでも一歩目が50cm程度しかありませんし、止まっているところからの動き出しですから、スピードもありません。
 400mリレーは、バトンパスによって、この「停止から加速」の動きを、「加速から加速」に変えることが出来るのです。従って、ランナー1人当たりの走破タイムは、個人競技の100m競走より速くなります。

 現在の世界記録は、2012年にジャマイカチームが出した36秒84ですから、これを4人で割ると1人当たり9秒21となります。ウサイン・ボルト選手の9秒58の100m世界記録より、遥かに速いものです。100m競走を9秒58で走れるのは世界中でボルト選手だけですし、ダントツの記録ですから、いかに強いジャマイカチームにしても、4人のメンバーの個人100m競走の平均タイムは9秒80前後でしょう。そうすると、リレーでは1人当たり0.6秒も速くなることになります。
 このため、個々人の総力比較で劣るチームでも、リレーとなれば勝負になります。バトンパスの巧拙が勝敗に大きな影響を与えるのです。

 従って、400mリレーのバトンパスにおいて、最も大事なことは、バトンを貰うまでに「どれだけ加速できているか」ということなになります。ゆっくり(八分位のスピードで)走りながら、スムーズにバトンを受けても、良いバトンパスとは言えません。

 例えば、第一走者から第二走者へのバトンパスであれば、バトンを受ける第二走者が出来るだけトップスピードに近くなるまで加速した段階でバトンが渡ることがベストなのです。
 第一走者は、100m近くを走ってきていますから、どんどん減速しているところ。一方の第二走者は走り始めたところですから、加速中。この2人のギリギリの接点でバトンが受け渡しされるのが、良いバトンパスです。

 このベストタイミングを目指して、バトンパスの練習が積み重ねられるのですが、本番ともなると中々上手くいきません。
 第一走者が追い付き過ぎて、第二走者を抜いてしまいそうになれば、これは第二走者の加速不足。一方、第二走者が速く加速しすぎて、第一走者が追い付けない場合もあります。一般的にバトンパスのミスと言えば、この後者が上げられます。何しろ、バトンが渡りませんから、チームが失格となりますので。しかし、前者のミスもダメージは大きく、相当タイムをロスします。

 以前は、第一走者と第三走者が右手にバトンを持ちながら走り、第二走者と第四走者は左手にバトンを持ちながら走ることで、第一走者と第三走者がコーナーの内側=距離が短いコース、を走ることが出来るようなバトンパスを行うチームが多かったのですが、近時は、あまりその点には拘らず、バトンを持つ手はチーム毎に異なっているように観えます。

 要は「可能な限り加速してバトンを受け取ること」が大事なことで、その為に最も良いリズム、そしてその為に最も確率が高いやり方を各チーム・各ランナーが実施しているようです。
 
 世界陸上モスクワ2013の男子400mリレー決勝では、アメリカチームの第三走者からアンカーへのバトンパスで、大きなロスがありました。アンカーのガトリン選手は、中々渡されないバトンを引っ手繰るように?奪い取って走り始めましたが、加速が足りませんでしたので2~3m位は損をしたでしょう。
 優勝したジャマイカチーム・アンカーのボルト選手と2着アメリカチーム・ガトリン選手とのゴールでの差は3m弱でしたから、このバトンパスが上手く行っていれば、アメリカチームが勝っていた可能性が十分有ったと思います。
 
 さて、4×100mリレーは出場意思の最終確認場所(コール)に、同じチームの4人が集まった後、各自のスタート場所(バトンパスの位置)に散っていきます。

 そして、号砲一発!レースが始まります。第一走者は遮二無二、第二コーナーに向かって突進します。一方、第三走者や第四走者には、少し時間があるのです。歓声響く、この時間帯が、何とも言えないものです。レース全体、自チームの走りを少し見ながら、バトンパスの体制を作ります。

 一方、第一走者は走りきって後、続くランナーの走りを見ることができます。歓声が一層大きくなります。アンカーの背中を見ながら、「行け、行け!」と応援し、ゴールの瞬間を目の当たりにします。ランナーでありながら、自分が走り終わって、自チームのゴールシーンを見ることができるのです。当たり前のこととは言え、少し不思議な感じがするのです。

 マティリアル号、1984年4月生、父パーソロン、母スイートアース、母の父スピードシンボリ、生涯成績19戦4勝。

 重賞2勝とはいえ19戦4勝の競走馬としては、マティリアルは競馬ファンに、とても知られた馬です。

 その理由は、ひとえに1987年春のフジテレビ賞スプリングステークスの走りにあります。このレースには、前年の朝日杯3歳ステークスの勝ち馬メリーナイスと阪神3歳ステークスの勝ち馬ゴールドシチーという、2歳の東西横綱が顔を揃えました。まさに、この年のクラシック戦線を占うレースとなったのです。

 このレースで、マティリアルは強烈な末脚を魅せて、ゴール寸前、バナレットを交わして優勝しました。アタマ差でした。
 馬場の中ほどを通ってのゴール前100mからの追い込みは迫力満点。黒い馬体が躍動しました。中央競馬史上の「強烈な追い込みのレース」を上げる時、必ず入ってくるレースでしょう。
 「ワープしたような」追い込みでしたから、そのインパクトは凄まじく、マティリアルは超人気馬となりましたし、現在でも時々話題となる「記憶に残るサラブレッド」となったのです。

 父パーソロンと母の父スピードシンボリという、皇帝シンボリルドルフと同じ配合という良血もあって、マティリアルは一躍クラシック候補になりましたが、皐月賞こそ3着と健闘するものの、日本ダービー18着、菊花賞13着と大敗。クラシックレースどころか、勝ち鞍を上げることもままならない日々が続きました。

 4歳時1988年は、天皇賞(秋)、有馬記念のG1レースを始めとして7つの重賞にチャレンジしましたが、勝つことはできませんでした。

 1989年5歳の夏、マティリアルは7月七夕賞→8月関屋記念→9月京王杯オータムハンデキャップAH(現在の京成杯AH)と1ヶ月に1度走りました。現在のサマーシリーズのようなローテーションです。あのスプリングステークスから、1度も勝っていないにもかかわらず、いつも人気は高く、関屋記念と京王杯AHは1番人気でした。

 そして、夏3戦目の京王杯AHを見事に制したのです。追い込みではなく、4角2番手の好位置からゴール前の叩き合い、グイッと抜け出したところがゴール。クビ差でした。

 思えば、あのスプリングステークスも上がり3ハロンは36秒0でしたから、それ程速い脚を使ったわけではなかったのです。展開と他馬との関係で「史上稀に見る末脚」が演出された形でした。
 おそらく、マティリアルは「一生懸命に走るジリ脚タイプの競走馬」だったのでしょう。その真面目な走りが、京王杯AHでも功を奏したのだと思います。
 こんなことを書くと、マティリアルファンの方からお叱りを受けそうですが。

 しかし、好事魔多し。レース後骨折が見つかり、良血馬を種牡馬として生かしたいという関係者の懸命の努力も空しく、安楽死処分となりました。
 京王杯AHの久しぶりの勝利が、ラストランになってしまったのです。

 マティリアル号は伝説になりました。
 先日の夏の甲子園大会2013でも、それまで好投を続けていた投手が、反対側から見ればそれまで手も足も出なかった打線が、あるイニングに突然崩れ、攻撃が繋がり、大量失点・得点に結びつくケースが、数多くありました。

 こうした現象は、なぜ起こるのでしょう。

 また、最近良く聞く言葉に「守備から攻撃へ」があります。このイニングをキチンと守り、次のイニングの攻撃に結びつけるという趣旨でしょう。
 解説者からも「この回は三人で切って取りたいですね。流れを呼び込むために」とか「点は入らなくとも、ヒットを1本打っておくことで、流れを渡さずに済みます」といったコメントが良く聞かれます。
 そして、実際にピンチを凌ぎきった次のイニングでチャンスを迎え、得点を上げることも度々眼にしますし、三者凡退の次のイニングにチャンスが生まれることも多いように感じます。

 何か、試合を支配しているかのような「流れ」とは、いったい何なのでしょうか。

 まず思いつくのは、気持ちの問題です。相手の攻撃を三人で終わらせることができたのですから、気持ち良く攻撃に移ることができます。
 大ピンチを凌いだのですから、ホッとする一方で「よし、やってやるぞ」と気持ちが高ぶることは考えられます。

 また、体力面もあるのでしょう。相手の攻撃時間が長い=守備の時間が長いと多くのプレーヤーは疲れます。野球というのは、投手と捕手・1塁手以外の野手は、実は守備機会が1試合に1回も無いとか、1~2回しか無いということが、よくある競技ですので、守備プレーで疲れるのでは無く、同じ姿勢で長い時間打球を待ち続けることが、心身の疲れを生むのでしょう。
 三者凡退なら、疲れは最小ということになります。

 この点は逆もあるのかもしれません。相手チームの投手にとっては、自軍の攻撃が三者凡退で短時間に終了してしまうと、体力を回復する時間が少ないことになります。加えて、援護点を取ってくれる気配が無いことにより、精神的にもプレッシャーを感じながら、マウンドに登るのかもしれません。

 少し話が逸れますが、ダルビッシュ投手が好調な投球を続け、三振の山を築いているゲームで、テキサスレンジャーズのショートストップ・アンドルス選手が「ダルビッシュの試合はつまらない。打球が飛んでこないから」と、冗談で言ったと伝えられていますが、これは半分本音なのかもしれないと思います。

 三振は、多くの場合3球では取れませんから、4球5球6球と球数が多くなります。これが、ダルビッシュがMLB2年目の8月が終わろうという時期になっても、いまだにMLBで完投したことが無いことの理由のひとつでしょう。
 投球スタイルの問題ですから、良し悪しということではありませんが、野手、特に守備機会が多い遊撃手のアンドルス選手にとっては、守備の構えをし、気持ちを集中させるという行為を何度も何度も繰り返し、結局1つの打球も飛んでこないのですから「つまらない」ということになるのでしょう。

 さて、話を戻します。

 「守備から攻撃へ」という考え方やチームの作り方には、一定の根拠が有るように思われます。もちろん、明快な理由は全く分かりませんが。

 次に、ひとつのイニングで「流れが相手に傾くと、中々抑えることができない」というのは、なぜなのでしょう。解説者も「すっかり流れが相手に行ってしまいましたから、ここを抑えるのは難しい」とコメントすることが、よくあります。

 これは本当に不思議なもので、前のイニングまで完全に押さえ込まれていた打者が、「流れが来ている」イニングでヒットを打つというのは、よく眼にすることです。

 これも、まずは気持ちの問題でしょうか。打者は「打ってやる」という強い意識を持って打席に入り、投手は「討たれてはいけない」という守りの意識が強くなって、具体的な肉体の動きとしては、打者はボールを一層よく見るようになり、スイングも少し早くなる、一方の投手はストライクを取りに行って、腕がやや縮み、ボールを置きに行くので、腕の振りも少し弱くなる、といったことなのでしょうか。

 当然ながら、気持ちの問題だけで良い結果が得られるなどということは有り得ない訳で、その気持ちが肉体的な動きに反映されることが絶対に必要です。

 また、ピンチが続くと、そのイニングの投手の投球数が増えることは、大きな影響があると考えます。多くのプロの投手が「投球数が増えると、握力が無くなってくる」とコメントしています。

 これまで野球を観てきた感じからすると、1イニングで20球以上になると、球威・コントロールとも落ちてくるようです。イニングを跨げば、イニング間に疲労が回復するので、握力は戻るのでしょうが、同一イニングで30球40球と球数が増えれば増えるほど、投手の握力が落ち、投球ボールの威力も落ちるのでしょう。
 打者の方は、次から次へとフレッシュな選手が登場するわけですから、どうしても打たれることが多くなります。
 これは「流れを止められない」理由のひとつではあろうと思います。

 また、ここでリリーフ投手を送り込んでも「流れを止められない」という試合も、よく眼にします。
 前述の理由付けでは、このことは説明できません。やはり「流れ」というのは、中々難しく微妙で不思議なものなのでしょう。

 ただし、こうした「流れ」を多くの場合に遮断するリリーフ投手は存在します。MLBで言えばマリアノ・リベラ投手ですし、NPBで言えば全盛期の佐々木主浩投手でしょう。この2人は、どんなピンチ=流れが相手チームに完全に行っているとき、でもキッチリと抑えたことが多かったと思います。圧倒的な投球技術を保持しているからこそ、押さえ込めるのだと思います。
 神様とか大魔神と呼ばれる所以でもあります。

 そうなると、「流れ」というのは、精神と肉体の変化から生まれるものであり、心身ともに高いレベルの技術を保持していれば、克服可能ということになります。

 なんとなく、安直な結論になってしまいました。真相に近づけたとは、とても思えない感じです。

 とはいえ、「流れ」というものを深く考え、十分に研究し、正体を掴み、色々なケースでの対応策を立案・実行することは、試合で勝つため、そしてその競技を発展させる為に必要なことだと思います。
 トウカイテイオーが、8月30日に急性心不全で亡くなったと報道されました。

 何歳だったのかなと思いました。25歳と聞いて納得しました。もう少し長生きしてほしかったけれども、天寿を全うしたと感じました。

 無敗の日本ダービー馬であり、史上最高メンバーとも言われた1992年のジャパンカップに快勝し、有馬記念で復活するなど、素晴らしい競走成績を残してくれましたが、私には姿の美しさが、強く印象に残っています。

 明るい鹿毛の三白・大流星、その大流星の形も美しく、完成されたサラブレッドというイメージ。まさに「貴公子」そのものでした。

 ランニングフォームは、前駆が強い感じで、跳ね上げるように前駆を前に投げ出し、後躯がそれを支えるというフォーム。結果として飛びが大きい走りでした。ポーンポーンと一歩ずつ前進する様はこの馬独特のもので、圧倒的なバネの強さ・柔軟性が見た目にも良く分かりました。天賦の才の大きさなら、父のシンボリルドルフ以上だったのではないでしょうか。

 一方で、その大きな飛びのせいか、1991年の日本ダービー制覇以降小さな骨折が続き、キャリアに影を投げかけたのは残念なことでした。

 種牡馬としても、マイルチャンピオンシップを勝ったトウカイポイントなどの活躍馬を輩出しましたが、期待が大きな勝っただけに、物足りない感じを与えました。後継種牡馬も出ていませんから、トウカイテイオーの血統は次第に細って行くのかもしれません。

 そして、パーソロン→シンボリルドルフ→トウカイテイオーの血統が衰えるということは、バイアリーターク系の血統が、一層衰えることに繋がる点が心配です。
 ご承知の通り、サラブレッドの三大始祖はダーレーアラビアン、ゴドルフィンアラビアン、バイアリータークですが、現在の世界の競馬ではダーレーアラビアン系が圧倒的な勢力を誇っていて、特にバイアリーターフ系はパーソロンから始まる日本での系譜以外には、ほとんど見られないのです。

 トウカイテイオーが、バイアリーターク系の最後の名馬とならないことを祈りたいと思います。

 戦後復興に頑張り続けた日本人への一種のご褒美とも言われたバブル経済最終期を、疾風の如く駆け抜けた「貴公子トウカイテイオー」。
 明るい競馬を魅せていただき、本当にありがとうございました。
 8月22日~25日にかけて行われた、フェデックスカップ2013のプレーオフ第一戦ザ・バークレイズ大会は、アダム・スコット選手(オーストラリア)が4ラウンド通算273打・11アンダーパーのスコアで優勝しました。スコット選手は、PGAツアー今季2勝目、春のマスターズトーナメントとプレーオフのザ・バークレイズと、大試合2つを制したことになります。
 この大会は最終日の追い上げによる逆転優勝でしたが、メジャートーナメントを制して一皮剥けた感じがします。

 さて、今季のザ・バークレイズは、リバティ・ナショナル・ゴルフクラブで開催されました。リバティ・ナショナルG.C.は、アメリカ・ニューヨーク近郊というか、マンハッタンから自由の女神像を挟んで反対側に位置しています。
 そして、ニューヨーク他から出されたゴミを埋め立てて作られた人工島に作られたコースと伝えられていますから、東京でいえば「若洲ゴルフリンクス」に相当するゴルフ場ということになります。
 テレビ画面で見る限り、とても良いゴルフ場という風情です。特に、イギリスのリンクスコースを思わせるフェスキューのラフや、大きな植物を密生させたゾーンの存在など、荒々しさを随所に配している点が、難しいコースという印象を与えます。

 このリバティ・ナショナルG.C.を始めとして、ニューヨーク近郊には、アメリカを代表する名コースが点在しています。
 ビッグアップルとも呼ばれ、世界の経済・文化の中心地である大都市ニューヨークの郊外に、素晴らしいゴルフ場がいくつも存在するというのは、とても興味深いところです。少し、観ていきましょう。

 私は、アメリカやニューヨークのゴルフ場事情に詳しくはありませんので、ここでは主に「ビッグトーナメントに使用されるコース」を挙げます。他にも「このコースを忘れるな」というご意見が沢山あろうかと思いますが、その点はご容赦ください。

① シネコック・ヒルズG.C.
② メリオンG.C.
③ ウィングド・フットG.C.
④ バルタスロールG.C.
⑤ べスページ・ステート・パークG.C.
⑥ オークヒルC.C.
⑦ リバティ・ナショナルG.C.
⑧ パイン・バレーG.C.

 まず、①のシネコック・ヒルズ・ゴルフクラブは、全米オープンの開催コースとして有名です。これまで4回の全米オープンが開催されている難コースですが、2004年大会の最終日の平均スコアが79打に近かったということで「難しすぎる」との批判が、プレーヤーから上がったほどです。
 見た目からして難しいという印象を与えるコースです。権威があるとされていて2年に一度発表されるアメリカ・ゴルフマガジン誌の2011年世界のゴルフ場100選では、6位にランクインしています。

 次に②のメリオン・ゴルフクラブ(イーストコース)は、今年の全米オープン開催コース(5回目)でした。①のシネコック・ヒルズと同様に、全体で7,000ヤードを切る「現在ではとても短いコース」ながら、全米オープンの難しさを実現できるという点で、とても良く出来たコースなのでしょう。
同ランキングで10位でした。

 続いて、③のウィングド・フット・ゴルフクラブも、全米オープン開催コース(5回開催)として有名です。テレビを通じて、たくさんの全米オープンゴルフ大会を観てきましたが、私には、このウィングド・フットG.C.とピッツバーグ郊外にあるオークモント・カントリークラブが全米オープンに最も相応しいコースに思えます。
 一見、あまり難しいと感じさせない佇まいと、極めて濃いラフが印象的なコースです。加えて、コース名である「羽の生えた靴」のマークも、良い味を出していると思います。

 ④のバルタスロール・ゴルフクラブ(ローワーコース)は、1980年の全米オープン最終日、ジャック・ニクラス選手と青木功選手の激闘で日本のゴルフファンに知られるコースです。1993年までに全米オープンが7回開催されていますが、何故か最近は使われていません。
 ウィングド・フットやオークモントに比べると開放的な印象のコースだと思います。

 1980年大会の最終日にコースで観戦していた知人によると「箱庭のような、とても綺麗なコース」だそうです。そして「あの日は、コースに向かう途中の道から、コース内の色々なところに『ジャック・イズ・バック』(ジャック・ニクラス復活)という横断幕や表記が目に付きました」とのことでした。青木選手は、大変なアウェイゲームを戦ったのです。

 続いて、⑤のべスページ・ステート・パーク・ゴルフコースは、そのブラックコースが2002年に初めて全米オープンに使用され、2009年にも会場となりました。全米オープンコースとしては新参者?のコースですが、全部で90ホール(5つの18ホールコース)もあるゴルフ場であり、パブリックコースでもあります。
 会員で無い人でもプレーできるのですが、全米オープン開催コースとなってからは、中々予約が取れないと、ニューヨーク在住の友人が嘆いていました。

 ニューヨーク州立公園の中に、90ホールもあるゴルフ場が設けられていることだけでも驚きですが、そのコースの特徴が300ヤード近いパー3ホールに代表される「長い距離」というのですから、またまた驚いてしまいます。
 世界有数の大都市ニューヨークに、これほど大きなゴルフ場があるというのは、色々な点で凄いことでしょう。

 ⑥オークヒル・カントリークラブ(イーストコース)は、今年2013年の全米プロゴルフ選手権大会の開催コースです。全米オープンも、過去3度開催されています。

 ⑦のリバティ・ナショナル・ゴルフクラブは前述の通りですが、何しろ埋立地に造成され、2006年にオープンしたことから、世界で一番造成に費用がかかったコースとも言われています。

 最後に、⑧パイン・バレー・ゴルフクラブです。このコースは、これまでの7つのコースとは異なり、トーナメントの会場にはなっていません。それどころか、その様子を知ることも中々出来ないコースなのですが、「常に世界NO.1コース」にランキングされているコースなのです。
 インターネットのお陰で、近時はコースの様子も紹介されていますが、バンカーがとても多いというか、ティーインググランドからグリーンまで、全てバンカーといったホールもあります。全体としてラフは「あるがまま」という感じの荒々しさに満ちたコースに見えます。一方で、よく整備された雄大なフェアウェイも存していますから、そのバランスが「永年の世界一評価」の源泉なのでしょうか。

 さて、ニューヨーク郊外にある世界屈指のゴルフコースに付いて書いてきました。いずれも、一度はプレーしてみたい素晴らしいコースばかりです。
 しかし、これらのコースに共通しているのは、プレーすること自体が非常に困難なコースばかりだということでしょう。在ニューヨークの友人によると、これらのコースの大半が会員制クラブですが、この会員制の運用がとても厳密なのだそうです。

 そして、パブリックコースでも、人気が高く中々予約が取れないのです。

 さすがは、世界の経済・文化の中心地ニューヨーク。近郊のハイレベルなゴルフ場の数も世界最高でしょう。

 当面の間は、テレビ放送でトーナメントを観ながら、楽しませていただくことにします。そういえば、2018年の全米オープンがシネコック・ヒルズG.C.、2020年がウィングド・フットG.C.で開催されると報じられていました。

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我が家の月下美人も16年目。同時に30個の花が咲くこともあります。スポーツも花盛りですね。一緒に楽しみましょう。

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