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 ペイトン・マニング選手は、現在のナショナル・フットボール・リーグNFLを代表するクオーターバックQBのひとりです。

 既に、NFLの最優秀選手MVPを2003年・2004年・2008年・2009年の4度受賞します。4度のMVPは、NFL史上最多です。2007年の第41回スーパーボールでも優勝しました。ペイトン・マニングの記録を上げて行くとキリがありません。

 しかし、そのペイトン・マニングも2011年に首の手術を受けました。首の手術は1回では終わらず、その後も何度か繰り返されました。さすがのペイトンも、そろそろ引退かと言われましたが、デビュー以来所属していたインディアナポリス・コルツを出て、デンバー・ブロンコスに移籍し、再起を期しました。

 デンバーの1年目2012年シーズン、いきなり地区優勝しカムバック賞を受賞しました。首の故障から復帰のシーズンでしたが、QBレート105.8をマークするなど、素晴らしいプレーを魅せてくれたのです。本当に驚きました。

 そして、デンバーでの2年目2013年シーズンが開幕しました。
開幕前からペイトンは「チーム状態は相当良くなっている」というコメントを出していました。誰あろうペイトン・マニングのコメントですから、今季のデンバー・ブロンコスのゲーム振りに注目が集まっていたのです。

 開幕戦は、昨季のスーパーボール覇者ボルチモア・レイブンズとのゲームでしたが、ペイトンはいきなり、7タッチダウンTDパスを決めました。インターセプト無しの1試合7TDパスは、NFL新記録でした。

 第2戦は、弟イーライ・マニング率いるニューヨーク・ジャイアンツとのゲーム、マスコミでは「マニングボウル」と呼ばれました。このゲームでも、ペイトンは2TDパスを決めて快勝しました。

 第3戦は、NFL第3週のマンデーナイトフットボール、対オークランド・レイダーズとのゲームでした。マンデーナイトフットボールは、その週の一番の注目ゲームで、全米向けのテレビ放送が行われる、注目の一戦です。
 実は、このブロンコス対レイダーズのマンデーナイトは、これが17戦目となり、マンデーナイトフットボールとして史上最多になったのです。ブロンコスもレイダーズも名門チームであり、ともに沢山のファンが居るチームですから、常に黄金カードであるということが分かります。

 さて、このゲームでもペイトンは好調、3TDパスを投げ、デンバーの37-21の勝利に貢献しました。これでブロンコスは開幕3連勝となりました。

 さらに、この日の3TDパスで、開幕3ゲームのTDパスが12本となり、NFL新記録を達成しました。これまでの記録は、ニューイングランド・ペイトリオッツのQBトム・ブレイディの11TDパスでした。

 37歳になったペイトン・マニング選手ですが、今季のプレー振りは、コルツ時代の全盛期を髣髴とさせる、いや全盛期を超えているようにも観える素晴らしいものです。

① パスのコントロールが極めて良く、パスを自在に投げ分けています。
② 相手チームの守備体型を観て、予定していたプレーを変更する「オーディブル」が見事に決まっています。
③ 特定のレシーバーへのパスを多用するのではなく、複数のレシーバーにバランスよく投げ分けています。

 ペイトンはレイダーズ戦の前にインタビューを受け、「プレー前には、もっと妙案がないか常に考える」とコメントしています。その判断が素晴らしいのです。もともとオーディブルを多用するQBでしたが、今季は一段と磨きがかかった感じです。

 頭書の様に、既にコルツ時代に4度のMVPに輝き、現代最高のQBとの評価をほしいままにしていたペイトン・マニングですが、今季緒戦の7TDパスや、開幕3試合で12TDパスというNFL新記録は、コルツ時代のペイトン自身を超える記録なのです。
 最高のQBが進化を続けているという点が、最も素晴らしいことなのでしょう。

 レイダーズ戦では、デメアリアス・トーマス、ウェス・ウェルカー、エリク・デッカー、ジュリアス・トーマスの4人のワイドレシーバーWRに、変幻自在のパスを投げ分けました。レシーバーのすぐ隣に、レイダーズのコーナーバックCBやラインバッカーLBといった守備プレーヤーが居ても、味方のWRはキャッチできるが、相手プレーヤーは触ることが出来ない位置に、パスを通します。10ヤード20ヤード先のターゲットに向かって、10㎝ひょっとすると1㎝単位で投げ分けることが出来るのではないかと思わせる高精度でした。パスの軌道・スピードも、もちろん完璧でした。

 ゲームの後半には、パス攻撃に対するレイダーズ守備陣の反則が目立ちました。守備プレーヤーは、少しでも相手のレシーバーをフリーにすると「ペイトンのパスが必ず決まってしまう」という恐怖から、反則を犯してしまうと解説されていました。世界最高レベルのNFL守備プレーヤーをそうした心境に追い込む、怖ろしいQBです。

 WRのウェス・ウェルカーは、NFL屈指のWRですが、今季ペイトリオッツからブロンコスに移籍して来ました。つまり、長い間トム・ブレイディのパスを受けていたプレーヤーが、今季からペイトン・マニングのパスを受けることになったのです。

 トム・ブレイディとペイトン・マニングは、現在のNFLを代表するQBの双璧です。ウェス・ウェルカー選手に、「ペイトンとブレイディのどちらのパスの方が上か」聴いてみたいものです。NFLそしてアメリカのプロスポーツのことですから、そのヒヤリングは、遠くない将来に実現するとは思いますが。

 進化を続け、記録ずくめのキャリアを展開するペイトン・マニングですが、スーパーボール制覇だけは、まだ1度だけです。歴代最多4度のシーズンMVPを獲得しながら、スーパーボール制覇が1度というのもバランスが悪い?ので、今シーズンのデンバー・ブロンコスには是非スーパーボールを制覇してもらいたいものです。
 シーズン開幕早々にも拘わらず、現在のデンバーのプレー振りには、その勢いを感じます。
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 少量ですが欧米の競馬情報が、定期的かつ比較的リアルタイムに入ってくるようになった1970年・昭和45年頃、最初にヨーロッパ最強馬と報じられたのがミルリーフであったと記憶しています。
 モノクローム写真でしたが、がっしりとした馬体が印象的でした。

 ミルリーフ号、父ネヴァーベンド、母ミランミル、1968年アメリカ・バージニア州生まれ、イギリスにて調教されました。競走成績14戦12勝・2着2回。

 14戦12勝・2着2回という競走成績は、それ自体が大変高いレベルのものですが、その内容が極めて素晴らしいものです。
 特に3歳時・1971年シーズンは、イギリスダービー、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス、凱旋門賞のいわゆる「欧州3冠レース」(いずれも2400m)に優勝しています。
 ダービーが2馬身差の勝利、「キングジョージ」は6馬身差の圧勝、凱旋門賞は3馬身差かつレースレコード勝ち、でした。この年の欧州最優秀馬にも選出されましたから、我が国に欧州最強馬と報じられたのも当然のことでした。

 生涯2度の2着が、また凄い?ものです。

 ひとつ目は2歳時フランスに渡って出走したロベールパパン賞1100m。これはマイスワロー号に頭差の2着。このマイスワローは初のフランス2歳4冠馬でした。少し詳しい方でしたら思い当たると思いますが、マイスワローは1978年に種牡馬として日本に輸出され、ワカテンザンやキョウエイレアの父となっています。

 ふたつ目は3歳時の2000ギニー・1600m。言わずと知れた牡馬クラシックレース第一弾です。この年の2000ギニーは、一番人気がミルリーフ、二番人気がマイスワロー、三番人気がブリガティアジエラードという、超豪華絢爛なメンバーでしたから、出走馬はわずか6頭。
 1着がブリガディアジェラード、3馬身差で2着がミルリーフ、3着がマイスワローでした。

 競馬史においては、時々名馬が同じ時期に集中して登場するのですが、1970年頃もまさにそうした時期でした。

 ブリガディアジェラード号は、18戦17勝・2着1回の競走成績を誇る中距離の名馬で、史上最強中距離馬との評も多く、現在もイギリスで最も人気のある馬とも言われています。
 ミルリーフとの対戦は、この2000ギニー1度だけで、その後はマイル戦を中心に重賞制覇を重ね、4歳時にはイギリス年度代表馬に選出されました。最近で言えば、フランケル号のタイプです。

 ミルリーフとブリガティアジェラードという、40年を経た現在でも、史上最強馬や史上最強中距離馬の候補となる2頭の馬が同世代であったわけで、もし2000ギニーにブリガディアジェラードが出走していなければ、ミルリーフはイギリス2冠馬になっていた可能性が高いと思いますし、この2頭と同世代でなければ、マイスワロー(競走成績11戦8勝・2着2回・3着1回)も、もう少し現役を続けられたことでしょう。

 いずれにせよ、短距離に絶対の力を持つマイスワローと史上最強中距離馬との呼び声高いブリガディアジェラードに、それぞれ1度ずつ敗れたとはいえ、ミルリーフの名声にはいささかの影響も有りませんでした。

 ミルリーフのレース振りには特徴があります。「もの凄く速い」という感じがしないのです。どのレースも、最後の直線で先頭グループに進出し、ライバルの馬達と並んで走ります。このまま、ずーっと並んで走るのではないかと思うくらい、同じ速度で走ります。そして、ゴール前1ハロンあたりからジリジリと前に出るのです。
 「あの脚が凄かった」という場面が無いレース振りでした。

 かつて、日本ダービー馬のコダマ号とシンザン号を調教した武田文吾調教師が「コダマはカミソリ、シンザンはナタ(鉈)の切れ味」と評しましたが、ミルリーフはナタの切れ味だったと思います。速い馬ではなく強い馬だったのです。

 凱旋門賞をレコード勝ちしたミルリーフ。その馬名は、欧州馬の強さの象徴です。
 ニューヨーク・メッツの松坂大輔投手が、9月25日の対シンシナティ・レッズ戦に先発し、7と2/3イニング・105球を投げて失点0、勝ち投手となりました。これで3連勝です。

 故障者の続出により先発投手陣が崩壊したメッツに、8月22日に移籍しメジャー登録。8月23日のデトロイト・タイガース戦にいきなり先発、続く8月28日のフィラデルフィア・フィリーズ戦、9月2日のアトランタ・ブレーブス戦と3連敗した時には、久々のメジャーのマウンドは厳しいかと思われました。

 しかし、9月8日のクリーブランド・インディアンズ戦で103球・5と2/3イニングを投げて失点1、勝ち負けは付きませんでしたがチームの勝利に貢献しました。

 そして、9月14日のマイアミ・マーリンズ戦では92球・7イニングを投げ1失点で、今季初勝利。9月20日のフィラデルフィア・フィリーズ戦も96球・6イニングで2失点と好投し2勝目、そして頭書のレッズ戦で3連勝としたのです。

 さすがと思わせるのは、8月20日までインディアンズのマイナーで投げ、良い結果を残せていなかったにもかかわらず、8月23日の先発から概ねローテーションを守り、7度の先発登板を実現した点です。その体力とローテーションを守ることに慣れているように見える点は、とても素晴らしいことだと思います。
 どんな好投手でも、「開幕から7ゲームをキッチリ投げる」のは容易なことではないのです。

 3連敗していたころには、投球の際に右腕が下がるサイドスローのようなフォームで、ボールをリリースする瞬間に力むものですから、コントロールがままならない上に、ボールもホームベース上で失速し、よく打たれました。
 3連敗中の失点合計は15。特に9月2日のアトランタ戦は3イニング6失点でノックアウト。ここまでの防御率が10.92でしたから、相当に苦しい立場に追い込まれていたはずです。

 1年間のメジャー登録であったことと、メッツが本当に先発投手に窮していたことも幸いしてか、もう一度投げるチャンスが回ってきたことは幸運でもあったと思いますが、そこで実績を残した点は、松坂投手の非凡なところです。

 レッズ戦のダイジェスト版を観ましたが、相変わらず右腕は下がり気味なのですが、リリース時の力みが無くなり、コントロールが良くなっている印象です。ボールもベース上で良く変化、特に良く落ちている感じでした。

 ボストン・レッドソックス時代の投球に比べると、球威という点では明らかに見劣りしますし、「力で抑え込む」という投球が出来ない点は、ご本人も不満ではあろうと思いますが、ボストン時代も「ストライクからボールになる球で勝負」していたピッチャーですので、そのノウハウが活きています。

 この3連勝により、来季もメッツでプレーできる可能性が残りました。今後のメッツの補強とのバランスによると思いますが、少なくとも先発ローテーションの一角を占める可能性はあります。

 今オフのトレーニングでは「腕を上げるフォーム」に戻していただきたいと思います。もちろん、松坂投手もよく認識されていることとは思いますが、ファンのひとりとしては、以前のフォームでメジャーのマウンドに立つ松坂大輔を観てみたいものですから。
 2013年9月29日中山競馬場芝1200mコースで行われる、第47回スプリンターズステークスG1の注目馬です。

 現在のように短距離路線のレース体系が整備されていなかった時代から、スプリントが強いサラブレッドのために用意されていた重賞競走であるスプリンターズステークス。
 サクラシンゲキ、ダイナアクトレス、ダイイチルビー、サクラバクシンオー、タイキシャトル、トロットスター、テイクオーバーターゲットなどなど、沢山の優勝馬達を思い出します。「電撃の6ハロン」とは、上手く名付けたものです。

 さて、スプリンターズステークス2013の検討です。

 注目馬の第一は、5枠10番のロードカナロワ。大本命でしょう。昨年のこのレースを勝って以降の安定感は群を抜いています。G1香港スプリントも圧勝し、重賞5連勝。前走G2セントウルステークスはハクサンムーンの2着に敗れましたが、レース展開の綾という感じもあり、敗れて尚強しというところです。軸馬です。
 ただし、このところのレースは勝ち味の遅さが目立ってきていますので、少しズブくなったかなとも感じます。仕掛けが遅れるようであれば、思わぬ結果も有り得ます。

 注目馬の第二は、1枠1番のグランプリボス。6月のG1安田記念以来の出走です。もともと成績にムラがあるタイプですので、前走の10着は気になりません。休み明けは強いタイプだと思いますので、父親サクラバクシンオー譲りの豪快な脚が観られるかもしれません。

 注目馬の第三は、4枠7番のハクサンムーン。この一年間で唯一ロードカナロワに土を付けた馬です。前走G2セントウルステークスは、先に抜け出してカナロワの追い込みを凌ぎ切りましたので、実力も本物でしょう。今回はマークされますから、前走のようにはいかないと思いますが、カナロワの後短距離界を牽引していく馬の候補として、おかしなレースは見せられません。好勝負が期待できます。

 今回は、以上の3頭に注目します。良馬場での速いレースが楽しみです。
 
 2013年シーズンの東北楽天を象徴するようなゲームでした。

 投の田中将大、打のアンドリュー・ジョーンズ、2013年の東北楽天を支えた2本柱が最後も締めた形です。

 2013年9月26日、ペナントレース優勝までマジック2としていた東北楽天は、西武ドームで埼玉西部ライオンズと対戦、4対3のスコアでこれを下し、マジック対象チームの千葉ロッテマリーンズが北海道日本ハムファイターズに5対6で敗れたため、球団創設以来初めての優勝に輝きました。
 東北楽天ファンの皆様には。待ちに待った優勝でしょう。本当におめでとうございます。

 もちろん、全選手・スタッフの活躍の賜物ですが、やはり田中将大投手とアンドリュー・ジョーンズ選手の存在が大きかったと思います。

 田中投手は、言うまでも無く今季ここまで22勝0敗。日本プロ野球NPB史上に残るというか、投手としてはNPB史上最高のシーズンを形成しています。
 長いペナントレースにおいては、チーム全体の調子が下降し、中々勝てない時期が必ずあるものです。今シーズンの東北楽天にも、何回かピンチがありました。東北楽天を脅かそうとするチームが接近してくると、「負けないマー君」が立ちはだかったのです。

 この優勝決定時点で東北楽天の貯金は26(79勝53敗2引き分け)です。その内の22を田中投手が稼いだことになります。もちろん、そんな単純なことではないのでしょうが、「苦しい時の絶対エース」が、どれほどチームメンバーの心の支えになったことでしょう。
 東北楽天初優勝と田中将大の不敗の連勝記録は、今後語り継がれる伝説となりました。

 さて、打の精神的支柱は何と言ってもアンドリュー・ジョーンズ選手でしょう。
 昨年12月に、東北楽天入団が発表された時、冗談だろうと思いました。MLB屈指の強打者であり、2012年シーズンはニューヨーク・ヤンキースでプレーしていたのです。
 アトランタ・ブレーブスを中心とした17年間のMLBプレーヤー時代に、2,194試合に出場、1,933安打、434本塁打、通算OPS0.823、1998年から2007年まで10年連続ゴールドグラブ賞受賞(外野手)。好守・強打のプレーヤーという、MLBで最も評価が高いタイプの野手だったのです。

 確かに、35歳とピークを過ぎたプレーヤーではありましたが、NPBの優勝経験の無いチームに、MLBを代表するプレーヤーが入団すること自体が、凄いことだと思いました。

 そして、もっと凄かったのが今シーズンの活躍でした。シーズン当初は、言い方は悪いのですが、2012年のヤンキース時代を上回る3億円の年棒を得て、適当にプレーするのではないか、あるいは故障を発症し、あまり試合に出られないのではないか、といった見方も喧伝されました。

 しかし、ジョーンズ選手はキッチリと仕事をしました。
 ここまで休み無く134試合に出場し、打率.243、打点87、本塁打25と、この数字も立派ですが、何よりここぞという時の勝負強さと、.392という高い出塁率が素晴らしいと思います。36歳にして全試合に出場するというのは容易なことではないでしょう。

 加えて、優勝を知らない若手プレーヤーの範となり、精神的な支柱となったことも間違いないと思います。ジョーンズがMLBキャリアをスタートした1990年代から2000年代初めのアトランタ・ブレーブスは「常勝軍団」であり、1995年~2005年まで11年連続の地区優勝、内1995・1996・1999年はリーグ優勝、そして1995年にはワールドシリーズを制していて「ブレーブス王朝」と呼ばれた全盛期でした。
 メジャー昇格後10年間連続で優勝を経験したプレーヤーというのも、中々居ないのではないでしょうか。ジョーンズは、優勝の味を良く知っているプレーヤーであり、「どのようなチームが優勝できるか」を肌感覚で覚えているプレーヤーなのです。

 今シーズンの東北楽天ベンチの中で、ジョーンズ選手の笑顔を良く見かけました。おそらく「優勝するチームのベンチの雰囲気」をジョーンズは創っていたのだと思います。その雰囲気を良く知っている者にしか、できない芸当です。この「アンドリュー・ジョーンズの持つ雰囲気」は、東北楽天初優勝に大きく貢献したものと、私は考えています。

 優勝を決めた試合でも、そのジョーンズ選手が7回表に満塁走者一掃の2ベースヒットを放って逆転し、9回裏は田中投手がキッチリと抑えたのです。投打の支柱が活躍した、素晴らしいゲームでした。

 NFL2013~2014シーズンは第3週に入りました。期待通りの活躍を見せているチームがあれば、チーム全体が上手く機能していないチームもあるという、例年のシーズンと同様の序盤の戦いが続いています。

 そうした中で気になるチームが2つあります。

 アメリカン・フットボール・カンファレンスAFC北地区のピッツバーグ・スティーラーズとナショナル・フットボール・カンファレンスNFC東地区のニューヨーク・ジャイアンツの2チームの調子が上がらないのです。

 スティーラーズとジャイアンツは、共に名門チームです。

 ピッツバーグ・スティーラーズは、スーパーボール制覇6回の最多記録を誇る、NFLきっての名門チームです。
 「鉄の街」ピッツバーグのチームだけあって、「鉄のカーテン」と称される堅いディフェンスDFを看板にしているチームなのですが、全米・世界中にファンも多く、いつも優勝候補に挙がっているイメージがあります。過去5シーズンを見ても、プレーオフ進出3度、2008年にはスーパーボールを制しています。

 そのスティーラーズが、今季はここまで0勝3敗。勝てないことも問題ですが、気になるのはゲーム内容です。
 第一週はテネシー・タイタンズを相手に9-16、第二週はシンシナティ・ベンガルズ相手に10-20、第三週はシカゴ・ベアーズ相手に23-40と敗れています。「得点力不足」が目立ちます。
 もともとランプレーを主体に時間を消費し、堅いDFでロースコアゲームに持ち込み、勝負どころでパスを決めるという試合展開でしたが、今季は
・ランプレーが出ない。
・クオーターバックQBのベン・ロスリスバーガーのパスの精度が低い。
 ので、スティーラーズらしいゲームが全く出来ない状態です。

 看板のDF陣も、この数年はレイブンズや49ersにお株を奪われ、記録的にもNFLの普通のチーム並みになっていますから、オフェンスOF陣の頑張りなくしては、中々勝てないということになります。
 ベン・ロスリスバーガー(31歳)やトロイ・ポラマル(32歳)といった中心プレーヤーが、少し年を取ったかなとも感じます。

 ニューヨーク・ジャイアンツは、スーパーボール制覇4回を誇るNFCの名門チーム。チーム創設が1925年という、NFLの中でも屈指の歴史を持つチームです。
 また、近年は「番狂わせ」を演じることでも知られていて、2007年シーズンは10勝6敗で、かろうじてワイルドカードでプレーオフ出場権を獲得。プレーオフトーナメントでは、次々と成績上位の優勝候補チームを撃破してスーパーボールに進出。さすがにここは、シーズン16戦全勝を果たした、QBトム・ブレイディ率いるニューイングランド・ペイトリオッツ有利かという下馬評をものともせずに、17-14で撃破しました。2011年にもスーパーボールチャンピオンに輝きました。プレーオフになると信じられないようなプレーを連発する、不思議なチームでもあります。

 そのジャイアンツが、今季はここまで0勝3敗。こちらも、その試合内容が良くないのです。第一週はダラス・カウボーイズを相手に31-36、第二週の「マニング・ボウル」ではデンバー・ブロンコス相手に23-41、第三週はカロライナ・パンサーズ相手に0-38、と敗れました。

 気になるのは、スティーラーズと同じ「得点力不足」です。特に、パンサーズ戦は零封されています。ミラクルなプレーを展開するQBイーライ・マニングとレシーバーがしっくりきていない感じですので、再建には時間がかかるかもしれません。
 また、ジャイアンツのDF陣は、ここぞという時の堅い守りが売り物なのですが、3ゲームとも35点以上の失点を喫するなど、こちらも重症です。
 このままでは、熱狂的なニューヨークのファンが黙ってはいないでしょう。ヘッドコーチHCトム・コフリンの腕の見せ所でしょうか。

 一方で、カンザスシティ・チーフスが好調です。49ersを追われた?QBアレックス・スミスを中心にしたOF陣が好調で、ここまで3勝0敗。本当に久しぶりの大ブレイクの予感です。

 このチーフスのアレックス・スミスを始めとして、シーホークスのラッセル・ウィルソン、レッドスキンズのリチャード・グリフィン三世RGⅢ、49ersのコリン・キャパニックといった「走れるQB」が目立つようになってきたNFLですが、「真っ直ぐ下がってのパス」という伝統的なプレーを展開するベン・ロスリスバーガーやイーライ・マニングには、もうひと頑張りを期待しています。

 スーパーボールを2度ずつ制している2人のQBとして、新勢力QBに対する厚い壁になってもらいたいと思うのです。

 2013年のPGAツアー最終戦・ザ・ツアー選手権大会は、9月19日~22日にかけてアメリカ・ジョージア州アトランタのイーストレイク・ゴルフクラブで行われ、スウェーデンのヘンリック・ステンソン選手が4日間通算267ストローク・13アンダーパーの成績で優勝しました。

 この大会は、フェデックスカップ2013のプレーオフシリーズ最終戦でもありました。フェデックスポイント2位の成績で、このトーナメントに臨んだステンソン選手は、この優勝によりフェデックスカップ2013の年間チャンピオンにも輝きました。
 例年のことながら、このトーナメントの優勝賞金と共に、フェデックスカップボーナス1000万ドル(約10億円)をもステンソン選手は手にしたのです。PGAツアーのスケールを感じさせる話です。

 このトーナメントにフェデックスポイント1位で臨んだタイガー・ウッズ選手は、ショット、パットともに精彩を欠き、22位タイでホールアウトしました。このところの体調不良が影響したのでしょうか。
 そのタイガーですが、このトーナメントの初日のラウンドはバーディ無しでした。

 18ホール・バーディ無しのラウンドは、私達には良くある(当たり前)ことです。タイガー・ウッズといえども、時折はあるのではないかと思っていましたが、これが大変珍しいことだとテレビ放送されていました。

 何とタイガー・ウッズ選手は1996年のPGAツアーデビュー以来、ツアーで「1,122ラウンドをプレーし、バーディ無しのラウンドは8ラウンドだけ」なのだそうです。確率にして0.7%。デビュー以来17年ですから、バーディ無しのラウンドは約2年間に1回ということになります。
 あの世界一厳しいPGAツアーのセッティングを考え合わせれば、全く信じられないようなプレー振りです。

 そして、その8回の内3回がイーストレイク・ゴルフクラブでのラウンドとのこと。つまり、イーストレイク・ゴルフクラブは、タイガーにとっては苦手なコースということになります。

 それにしても、こうした記録がテレビ放送の最中に提示されることを見ても「アメリカの人々の記録好き」が分かりますし、よくこんな記録を調べるものだと感心もします。

 2013年のPGAツアーも幕を閉じました。そして、次年度のツアーが10月から始まります。
このブログでも「違和感」を指摘していたツアースケジュールが見直され、昨年までフェデックスカップのプレーオフが終わった後に行われていた「フォールシリーズ」が廃止され、直ぐに次年度のツアー競技がスタートする形になったのです。

 次年度ツアーは「2013~2014年シーズン」と呼ばれるようです。

 松山英樹選手と石川遼選手の活躍が期待されるとともに、ザ・ツアー選手権2位タイの好成績を残した20歳の超大型新人ジョーダン・スピース選手、そしてツアーの主役であるタイガー・ウッズ選手、などなど多士済々のプレーヤー達が繰り広げる来シーズンのPGAツアー・数々のスーパーショットが、今からとても楽しみです。
 
 9月22日に東京体育館で行われた、バドミントンのヨネックス・オープン・ジャパン大会女子シングルスで、山口茜選手が優勝しました。山口選手は、福井県勝山高校1年生の16歳。1982年に開始されたこの大会での日本人プレーヤーの優勝は、男女のシングルス、男女および混合のダブルスの計5種目を通じて、初めてでした。

 16歳の高校一年生が、オリンピック・世界選手権に次ぐ格のスーパーシリーズ大会に優勝したという、素晴らしい快挙ですが、私はこの優勝には「日本バドミントン女子の躍進」という側面が大きいと考えています。

① この大会の女子シングルス決勝が、山口茜選手と打田しづか選手の日本人同士の対戦であったこと
② 2012年フランス・オープン大会の三谷美菜津選手に続く、スーパーシリーズ大会での優勝であったこと
③ 2012年ロンドンオリンピックの女子ダブルスで藤井瑞希選手・垣岩令佳選手ペアが銀メダルを獲得したこと

 これらの事例は、明らかにバドミントン競技の女子種目においては、世界トップのレベルに日本選手が近づいていることを示しています。
 ロンドンオリンピックの銀メダル獲得の際には、中国と韓国のペアによる手抜き試合事件により、強豪ペアが失格となったという要因がありましたが、考えてみれば強豪ペアが居なくなっただけで、銀メダルが転がり込む訳も無く、日本ペアの実力が高かったからこそ、残ったペアの中で第2位になれたのです。

 そして、ロンドン後、日本女子選手達は、その実力を次第に世界レベルの大会で発揮してきていて、その象徴として16歳の山口選手が優勝したと観るのが妥当でしょう。複数のプレーヤーが、世界レベルの大会で上位に来ている点が、素晴らしいことだと思います。

 バドミントン競技は英国発祥ですから、歴史的には欧州諸国が強く、20世紀の半ば以降はインドネシア、マレーシアといった東南アジアの国々が世界のトップを占めました。そして20世紀終盤には中国・韓国・香港の力量が上がり、現在では中国勢を中心に、欧州・アメリカ・アジアの国々が入り乱れているという状況です。
 我が国も、常に世界の上位には位置していたのですが、なかなか「世界一」には届きませんでした。

 しかし、バドミントン競技の用具となれば、これは大半が日本のヨネックス社製品であり、公式戦のシャトルコックはほとんどが同社製品でしょう。精度の高さが要求されるバドミントン用具は、日本企業の正確でキメ細かな対応なくしては製造できないのです。
 
 そして、道具の大半が日本企業製であるバドミントン競技において、ようやく日本人プレーヤーが世界一を目指せるレベルに上がってきたということです。
 女子種目における伸長を参考として、男子種目でも日本人プレーヤーの活躍が期待されます。2020年の東京オリンピックに向けて、のんびりしている時間はありません。
 1969年・昭和45年のスプリンターズステークス1200mと天皇賞(春)3200mとの両方に優勝したのが、タケシバオーです。スプリンターズSはレコード勝ちでした。

 1969年の東京新聞杯「ダート」2100mをレコード(6馬身差)で制し、オープン競走「芝」1600mをやはりレコード勝ち(9馬身差)したのもタケシバオーです。

 1969年のジュライステークス芝1800m・不良馬場を65kgの負担重量で勝ったのもタケシバオーです。

 上記の3項目のレースの間、タケシバオーは8連勝、内4勝がレコード勝ち、内6戦が60kg以上の負担重量でした。
 距離・芝とダート・良馬場と不良馬場、負担重量といった、様々な条件に対して全て対応し好成績を残した「究極のオールラウンダー」がタケシバオーであったと思います。

 タケシバオー号、父チャイナロック、母タカツナミ、生涯成績29戦16勝2着10回(海外レース・ワシントンDCインターナショナルの2戦0勝を含む)。

 1967年2歳時には、朝日杯3歳ステークスを7馬身差で圧勝し、1968年の3歳クラシック路線の主役に躍り出ました。
 1968年は、タケシバオー、アサカオー、マーチスが3強と呼ばれた年でした。タケシバオーは、皐月賞でマーチスの2着、日本ダービーでタニノハローモアにまんまと逃げ切られて2着、アサカオーが勝った菊花賞には出走しませんでした。(ワシントンDCインターナショナル競走に出走したため)

 こうして、3歳時には主役になりきれなかったタケシバオーでしたが、1969年4歳となり本格化、頭書の素晴らしい成績を挙げたのです。
 この4歳時の強さは圧巻でした。「怪物」と呼ばれ、「負担重量100kgでも勝てる」といった無責任?な話も報じられました。確かに、500kg前後の雄大な馬体から繰り出されるフットワークの力強さは、群を抜いていたと思います。

 ちなみに、タケシバオーの後「怪物」と呼ばれたのはハイセイコー号でした。1973年のクラシック戦線で活躍したハイセイコーも520kg前後の馬体重で、雄大なフットワークを魅せました。ハイセイコー出現後は、タケシバオーは「元祖怪物」と呼ばれました。この2頭のサラブレッドは、とても人気がありました。誰が見ても分かる大きな馬体で、その強さ・話題性も十分でした。
 1968年~1973年・昭和43年~昭和48年という「日本の高度成長期=我が国がとても元気だった時代」に登場した2頭のスターホース、タケシバオーとハイセイコーの中央競馬発展に対する貢献度合いは、絶大であったと思います。

 このタケシバオーとハイセイコーは、ともに父がチャイナロックです。ハイペリオン系のチャイナロックは当時から良血とは言われませんでしたが、丈夫で良く走る産駒を数多く出しました。特に、ダート馬場に強い馬が多かったので、地方競馬ではチャイナロック産駒が大活躍しました。
 タケシバオーとハイセイコーという、戦後中央競馬史上屈指の人気馬を輩出したという点で、チャイナロックは偉大な種牡馬でしょう。

 それにしても、ダートで抜群に強いタケシバオーの海外挑戦レースが2戦とも、アメリカでは珍しい芝のG1レースであるワシントンDCインターナショナル競走であったのは、今でも不思議な感じがします。
アメリカのダートG1レースに挑戦する選択は無かったものかと思います。

 さて、以前のブログにも書きましたが、今から30年ほど前、中央競馬を彩り競走馬を引退したサラブレッドを訪問する旅に出ました。8月の夏休みに友人と北海道に出かけたのです。
 当時18歳位であったタケシバオーにも会いに行きました。種牡馬になって後も、ハツシバオー、ドウカンヤシマ、ドウカンタケシバ等の活躍馬を出し、内国産種牡馬のエースと言われていましたし、バリバリの現役種牡馬かと思い訪問したのですが、正直に言って大切にされているようには見えませんでした。

 放牧場から少し離れたところにある、サラブレッド1頭がやっと入れる位の古ぼけた小さな木屋に、タケシバオーは居ました。「ファンの人が尋ねてきたのは久しぶり」と牧場の方は言っていました。
 話し掛けながら、お土産?の屑人参を掌に乗せて上げると、美味しそうに食べてくれます。その内に涙を流し始めました。涙を流しながら、屑人参を食べ続けました。
 普通、種牡馬になれば体が大きくなるのですが、タケシバオーはひとまわり小さくなったように見えたものです。

 タケシバオーは、悲しかったのか、嬉しかったのか、と後で友人と語り合いました。久しぶりの来訪者で、喜んでいたのだろうという結論になりました。
 9月21日のMLB、トロント・ブルージェイズとボストン・レッドソックスのゲームは、マーク・バーリーとクレイ・バックホルツの両投手が先発しました。

 前日20日に、ボストンはアメリカンリーグAL東地区の優勝を決めていました。このゲームはいわゆる消化試合なのですが、その先発投手がこの2人だったのです。

 マーク・バーリー、1979年3月生まれの34歳、身長188㎝体重104㎏の左腕。2000年にシカゴ・ホワイトソックスでデビューし、2001年から2012年まで12年間連続で200イニング以上投球、二桁勝利を達成し、2007年4月にはテキサス・レンジャーズを相手にノーヒットノーランを達成、2009年7月にはタンパベイ・レイズを相手に完全試合を達成しました。この時、ホワイトソックスファンとして知られているオバマ大統領からバーリー投手にお祝いの電話があったことが、話題となりました。

 一方のクレイ・バックホルツ、1984年8月生まれの29歳、身長191㎝体重86㎏の右腕。メジャーデビューの2007年8月にはボルチモア・オリオールズ相手にノーヒッターを達成し、今シーズンは4月に月間5連勝を達成するなど、ここまで11勝0敗と無敗のシーズンを送っていました。

 「消化試合」、ボストンにとっては優勝を決めた翌日のゲームですし、トロントはワイルドカード進出の望みも絶たれた状態ですから、あまり期待していなかったゲームなのですが、この豪華な先発投手のおかげで、とても締まったゲームとなりました。

 両投手とも安定した立ち上りを見せました。特に3回までは、バックホルツ投手が素晴らしい投球。150㎞を超えるツーシームに、カットボール、スライダー、チェンジアップを交えて、トロント打線を完全に封じました。コントロールも良く、ノーヒッターや完全試合もあるのではと思わせました。この投球内容は、冷静に見て日本人先発トリオより上でした。さすがに、ここまで11連勝の投手だと思わせるものでした。

 一方のバーリー投手も初回に1ヒットを許しましたが、危なげない投球でした。大半が外角への配給なのですが、キチンと低めにコントロールされているうえに、ツーシームやスライダーのコントロールが素晴らしく、特に外角低めに落とし込む球は容易には打てないという感じでした。

 4回表トロントの攻撃も2死ランナー無。ところが、ここで3塁手の緩慢なプレーから内野安打を許すと、トロントが畳み掛け4連打で3得点を挙げました。特に、4番アダム・リンド選手の当たりは、センター前のヒットかと思ったものが、センターオーバーの2塁打となりました。もの凄いライナーでした。

 バックホルツは、夏に首を痛めての故障明け3試合目の登板でした。ボストンとしては、プレーオフ先発陣の一角として考えている投手ですから、マウンド・球数に慣れさせるためもあって続投。バックホルツも4回以外はしっかりと抑え106球・6イニングを投げ切りました。3失点ですから立派なクオリティスタート。先発投手の責任は果たしたことになります。
 この4回は、少しコントロールが乱れましたが、何よりも3回までの素晴らしい投球を観ると、調子が戻ればボストンのエースになり得ると予感させました。

 バーリーの方は、相変わらず正確なコントロールを武器にボストン打線を抑え込みます。なにしろ、今シーズンMLB・AL屈指の強力打線を誇るボストンですから、3点くらいのビハインドはワンチャンスでひっくり返す力があります。
 さすがに、東地区を制し勢いに乗るボストン打線は、5回からバーリーを捉え始めましたが、バーリーは6回を98球1失点で凌ぎ切りました。

 ゲームは4-2でトロントの勝利となりました。

 この勝利で、バーリー投手は今シーズン200イニング投球を達成し12勝目。13シーズン連続の200イニング以上投球と二桁勝利を達成したことになります。MLBにおいて、13シーズンもの間大きな故障も無く、その体調・体力・投球技術を維持してきたことは、本当に偉大なことだと思います。MLB通算勝利数は、これで186勝となり200勝が見えてきました。

 2人の先発投手の持ち味を活かした投げ合いは、見応え十分でした。こうした「消化試合」であっても、これだけのクオリティのゲームを魅せることがMLBなのだと、改めて感じました。
 そして、ペドロ・マルチネスやランディ・ジョンソン、ジャスティン・バーランダーといった超有名投手以外にも、この試合のマーク・バーリーやクレイ・バックホルツのような素晴らしい投手が犇めき合っているところが、世界最高のベースボールリーグと呼ばれる所以なのでしょう。
 どれほど強いのか、よく分からないくらい強い2人です。

 ハンガリーの首都ブダペストで行われているレスリング世界選手権大会2013で、吉田沙保里選手と伊調馨選手が優勝しました。
 これで世界選手権では、吉田選手が11連覇、伊調選手が8度目の優勝です。2人とも、オリンピックを3連覇していますから、この10年間女子55kg級は吉田選手の、女子63kg級は伊調選手の時代が続いていることになります。

 長い歴史を誇るレスリングという競技で、東欧やロシア、アメリカ等々の国々に強豪が犇き、吉田選手や伊調選手は各国トッププレーヤーの目標にされ研究し尽くされているにもかかわらず、「いつものように勝つ」というのは、尋常なことではありません。
 他の競技を含めても、これほどに強いプレーヤーが、同時期に2人、同じ国に登場したというのは例を見ないことでしょう。
 どのように驚いても、驚き過ぎることは無い事実だと思います。

 「攻めの吉田」「守りの伊調」という感じがします。

 吉田選手は、2002年前後の世界デビューの頃から、そのタックルで有名でした。タックルのスピードが抜群なのです。
 相手選手は吉田選手のタックルが来ることは分かっていますから、十分に準備しているのですが、それでも食らってしまう。とにかく、肌感覚としての予想を遥かに超えるスピードのタックルなのだろうと思いました。
 スピードにおいて絶対に引けを取らないと自負している世界中のトッププレーヤーの肌感覚を、遥かに超えるスピードというのですから、神の領域に近いものなのでしょう。

 2002年から2007年位までは、吉田選手は相手の体制や隙を見つけてタックルするというよりは、自らのタイミングでタックルを仕掛け、それで勝てていたように思います。
 そのような、ある意味では「自分勝手なレスリング」で6年間も世界で勝ち続けたこと自体、もの凄いことだと思いますが、2008年1月にアメリカのバンデュセン選手に破れ、公式戦の連勝が119で止まった頃から、相手のプレーを良く観るようになりました。

 そして、2012年5月にロシアのジョボロワ選手に敗れたことで、「新しい吉田沙保里の型」を完成させたように思います。
 この2つの敗戦は、自らのタックルを利用されての敗戦でした。誰にも防ぐことが出来ないはずのタックルの動きを利用されたのです。吉田選手は、よく考えて対策を立案・実行しました。昨年のロンドンオリンピックのジョボロワ選手との試合は、その対応策が完璧に実行された、素晴らしい試合であったと思います。タックルを仕掛け、ジョボロワ選手が返し技を掛けようとしたときに、円を描くように両爪先で左右に動く様は、芸術的でさえありました。

 ジョボロワ選手の吉田選手対策は、1度の試合でしか通用しなかったのです。この研究心とトレーニングの積み重ねがある限り、吉田選手の王座は揺るぎないものだと感じます。

 一方の伊調選手ですが、負けないという意味では吉田選手以上です。試合をやって負けた伊調選手を思い出すことができません。故障による棄権での不戦敗があるために、連勝記録としては吉田選手の方が注目されるのですが、「試合で負けていない」という点では、伊調選手の方が長いと思います。
 おそらく2003年5月のマカン選手(アメリカ)に負けて以来、リング上では負けていないので「10年間以上不敗」という記録を継続しているのでしょう。あらゆる格闘技を通じても、空前絶後の記録だと思います。

 「守りの伊調」ですから、相手のプレーに対しての対応力が素晴らしい。組み合ってから、相手に力を出させないという点で、天才的なバランス感覚と、上半身の柔軟性を持っているように思います。

 また、守りが強いと言うと、攻撃が弱いような印象を与えますが、これが大間違いで、試合序盤で相手の動きを掴んでからは、無駄の無い強烈な攻めを見せます。大技も、良く決めます。
 今回の世界選手権でも、4試合全てテクニカルフォール勝ちでした。無類の強さを誇る守りから、圧倒的な攻めに転ずるという、勝ち所を知っているプレーヤーなのでしょう。

 伊調選手も、研究と鍛錬を怠りません。今回の優勝後のインタビューで「準決勝で3点取られたのが一番の収穫。(相手選手の体は)感じたことの無いバネだった。対戦したことの無い選手だとテンションが上がる。練習することが増えた」とコメントしています。

 テクニカルフォール勝ちした相手選手に「3点取られたことが一番の収穫」という感覚は、凄い。伊調選手にとっては、世界選手権もトレーニングのひとつということになります。そして「練習することが増えた」というのですから、まだまだ強くなるということです。
 過去10年間、リング上で不敗の選手が、研究と練習を重ね続けているということが、最も素晴らしいことなのでしょう。

 吉田選手は三重県津市の出身ですが、吉田選手にレスリングを教えた吉田選手のお父さん・吉田栄勝氏(元レスリング全日本選手権者)は、青森県八戸の出身です。
 そして、伊調選手は青森県八戸の出身です。2人のスーパープレーヤーのルーツは同じなのです。

 そういえば、ロンドンオリンピック女子レスリング48kg級の金メダリスト・小原日登美選手も八戸の出身です。
 当該スポーツが盛んな地域であれば、オリンピックチャンピオンが複数生まれるということではないでしょう。そんな単純・簡単なことではない筈です。

 青森県八戸には、女子レスリングの神様が居るのかもしれません。
 9月22日阪神競馬場芝2400mコースで行われる、第61回神戸新聞杯競走G2の注目馬です。
 
 菊花賞のトライアルレースとして、歴史と伝統を誇るレースです。例年、春シーズン・クラシック路線の活躍馬と夏競馬からの上り馬が激突するレースですが、今年も多士済々の18頭が登場、フルゲートとなりました。

 第一の注目馬は、5枠10番のエピファネイア。皐月賞、日本ダービーともに2着と惜しいレースを続けました。シンボリクリスエスの代表産駒に成れる馬だと思います。格から見れば負けられません。軸馬です。

 第二の注目馬は、7枠13番のタマモベストプレイ。皐月賞、日本ダービーでは今一つ伸びきれませんでしたが、調子が落ちていたと観ます。じっくりと立て直しての秋緒戦。きさらぎ賞、スプリングステークス、1・2着は、好素質を示すものでしょう。勝ち負けの勝負を期待します。

 第三の注目馬は、1枠2番のラストインパクト。きまぐれなレース振りが気に入っています。青鹿毛の馬体も気に入っています。大駆けが期待されます。

 今週は、以上3頭に期待します。神戸新聞杯になると、秋競馬の本格化を感じます。
 シアトル・マリナーズの岩隈久志投手が、9月18日の対デトロイト・タイガース戦に先発、8イニング105球を投げて4被安打・6奪三振で完封、今シーズン13勝目を挙げました。

 MLBアメリカンリーグALというか、MLB全体でも最強との呼び声高いデトロイト打線を8回完封したのですから、素晴らしいとしか言いようの無い投球でした。
 また、相手投手はサイ・ヤング賞投手にして、現役最高のピッチャーとも言われるジャスティン・バーランダー投手でした。バーランダー投手を相手に、全く怯むことも無く、最高の投球を展開したのです。

 岩隈投手の今シーズン32度目の先発登板数はAL先発投手の中でトップタイ、通算211と2/3イニング投球数はAL2位、防御率2.79はAL3位と、MLBの先発投手として、ここまでローテーションを完全に守ってきたことが良く分かる数字を残しています。

 そして何よりも、ここまで67勝85敗・借金18でAL東地区4位に低迷するシアトルにあって、13勝6敗と7つの貯金をしているのは、本当に素晴らしいと思います。7イニングを完封しても中々勝ちが付かないチームにあって、くさることなく淡々と仕事を続けた岩隈投手。お見事です。

 シアトルは、「王様」と呼ばれるフェリックス・ヘルナンデス投手と岩隈久志投手の2枚看板のチームですが、ここまでヘルナンデス投手が29試合に先発し、194イニング余りを投げ、防御率3.01で12勝9敗、いずれの項目も岩隈投手が勝っています。いまや、押しも押されぬエースという形です。
 
 また、ダルビッシュ有、黒田博樹、岩隈久志のAL日本人先発トリオの中でも、いずれの項目においても岩隈投手がトップです。チーム力がやや劣るといわれるシアトルでの記録という意味でも、高く評価できるのではないでしょうか。

 昨シーズンの投球内容を観て、私は今シーズン始め「シーズンを投げ切る体力面に不安」があると考えていましたが、全くの杞憂でした。シアトルの残り試合数は10ですから、岩隈投手はあと1~2試合の先発が見込まれます。もし、2試合に先発し、14イニングを投げるとすれば、先発34試合・225イニング投球を示現することになります。
 これは、2012年の黒田博樹投手の先発33試合・219と2/3イニング投球の記録を超えて、日本人MLB投手の新記録となります。

 MLB先発投手最大の評価項目である「登板回数」における記録更新に向けて、あとひと踏ん張りというところですので、頑張っていただきたいと思います。

 2013年シーズンの開幕を控えて、岩隈投手は良く考え、ハードなトレーニングを積んだのでしょう。そして、シーズン中のコンディション維持・向上にも細心の注意を払ってきたのだと思います。

 そうした高品質の努力が、きちんと実を結んでいます。
 今週は神戸新聞杯です。神戸新聞杯といえば、菊花賞トライアルであり、現在のように、短距離路線、中距離路線、牝馬の路線等々が確立されていなかった時代には、神戸新聞杯→京都新聞杯→菊花賞というローテーションが、3歳牡馬のみならず秋競馬全体の柱であったように思います。

 2000年に京都新聞杯が春施行になってからは、神戸新聞杯が唯一の菊花賞前哨戦となりました。近年は、オルフェーヴル、ゴールドシップと「神戸」を勝った馬が菊花賞を勝っていますので、その位置付けは一段と高いものになっていると思います。

 さて、本稿で採り上げるのは、1954年・昭和29年の第2回神戸盃(神戸新聞杯の前身レース)に勝ったダイナナホウシユウです。
 さすがにこの時期のサラブレッドについては、リアルタイムには知らないのですが、戦後の中央競馬復興期を支えた名馬として採り上げたいと思います。

 ダイナナホウシユウ号、父シーマー、母白玲、通算成績29戦23勝。皐月賞・菊花賞を制した2冠馬にして、11連勝という中央競馬の連勝記録も保持しています。3200mだった天皇賞(秋)にも勝っています。
 同じ父を持つタカオー号と共に、当時の中央競馬重賞レースの骨格を成す名馬でした。

 馬主の上田清次郎氏は、期待が大きい馬に「ホウシユウ(ホウシュウ)」の名を付けました。1949年の日本ダービー3着馬ホウシユウや、生涯44勝のJRA記録を持つダイニホウシユウ(アラブ)、日経新春杯などを制したダイサンホウシユウ、ハイセイコーと同世代で3歳春時点の関西馬のエース・ホウシュウエイトなどなど。
 ナンバー馬名は、エイトで終わったように思いますが、ナンバー馬名以外にも1958年の桜花賞馬ホウシユウクイン、ホウシュウリッチやホウシュウミサイルなどの重賞勝ち馬達がいますから、「ホウシュウ」馬は一時代を築いたといえます。
 その「ホウシュウ」馬の代表格が、ダイナナホウシユウなのです。

 神戸新聞杯が別定重量戦になったのは1957年ですから、1954年はハンデ戦でした。デビューから11連勝で皐月賞を制していたダイナナは64kgを背負うこととなりましたが、これを勝ち切り、菊花賞でも6馬身差で圧勝したのです。

 ちなみに、斤量64kgは酷量ですが、当時はハンデ戦が多く、優勝回数が多い馬に60kg以上を背負わせることは珍しいことではありませんでした。ダイナナも生涯29戦のうち10戦で60kg以上を負担し、8勝2着1回3着1回という見事な成績を残しています。

 このダイナナホウシユウとライバルだったタカオーは、父シーマーが同じのみならず、生まれた牧場も同じ北海道の飯原牧場でした。
 飯原牧場は、スパルタ教育で有名な牧場でしたから、小さい頃から鍛えに鍛えられましたので、ダイナナもタカオーも大きく成長することができなかったのか、390kg前後の馬体重の小さな馬でした。この400kgに満たない小さな馬が、60kg以上を背負ってレースで勝ち続けるというのですから、脅威という他はありません。

 ダイナナホウシユウの成績を見ると、当然に中央競馬会の顕彰馬となってしかるべきかと思いますが、これがなっていません。顕彰馬の検討会議で「馬体が小さすぎてサラブレッドとして相応しくない」と頑強に反対した委員が居たと伝えられています。

 よく分からない理由ですので、もう一度検討すべきではないかと思います。

 復興期の中央競馬の重賞レースに秩序を構築し、1956年の第1回中山グランプリ競走(有馬記念の前身レース)で2番人気になりながら、レース中に故障を発症して11着に敗れ引退するまで、小さな体にムチ打って走り続けてくれた「優駿ダイナナホウシユウ」。
 サラブレッドの功績は、体の大きさで判断されるべきものではないと考えます。
 本ブログでは従来から、打者の貢献度を測る指標としてOPS(on-base plus slugging)に注目してきました。アメリカで開発された指標で、特にチームの得点力に対する貢献度合いを良く示している指標と言われています。

 OPS=出塁率+長打率です。

 このOPSは、0.7が標準的なMLBプレーヤーとされていて、0.9以上が「素晴らしいプレーヤー」とされます。そして、1.0を越えるとリーグを代表するプレーヤーと位置づけられます。

 過去の日本プロ野球NPBにおける通算記録では、歴代1位が王貞治選手の1.080、2位が松井秀喜選手の0.995です。
 MLBにおいては、歴代1位がベーブ・ルース選手の1.164、2位がテッド・ウィリアムズ選手の1.116です。

 さて、先般NPBのシーズン本塁打数新記録を達成した、東京ヤクルトスワローズ・バレンティン選手の今シーズンのOPSが凄いことになっています。9月17日時点で1.268(出塁率0.460+長打率0.808)です。
 この数値は、NPBではもちろんトップですが、同時点のMLBトップのミゲル・カブレラ選手(デトロイト・タイガース。昨シーズンの三冠王にして、今シーズンも打率・打点でトップを走っています)の1.103をも大幅に上回っています。

 まさに驚異的な数値ですが、特に凄いのが長打率0.808です。長打率=塁打÷打数ですが、NPB2位と思われるDeNAブランコ選手の0.618を大幅に上回ると共に、MLBトップのミゲル・カブレラ選手の0.658をも完全に凌駕しています。
 バレンティン選手は、ヒットを打てば大半が長打という、凄い野球を展開しているのでしょう。

 このバレンティン選手にとってのライバルは、NPBのシーズン記録である1974年の王貞治選手の記録、シーズンOPS1.293です。現時点のバレンティン選手を0.025上回っています。

 こうして見ると、王選手の偉大さが改めて良く分かりますが、その王選手のシーズン本塁打数記録55本を破ったバレンティン選手には、王選手のシーズンOPS記録にも挑戦してもらいたいと思います。

 ちなみに、MLBのシーズンOPS記録は2004年のバリー・ボンズ選手の1.422、2位が1920年のベーブ・ルース選手の1.382となっています。これはまた、凄まじく高い数値です。メジャーリーグ超一流打者の長打力とMLBの長い歴史を改めて感じます。
 2013年10月6日に開催される凱旋門賞2013の前哨戦である、ニエル賞とフォワ賞(共にG2)が9月15日フランス・ロンシャン競馬場で行われ、日本期待のキズナ号とオルフェーヴル号がそれぞれ1着となりました。

 この2つのレースは、共に本番の凱旋門賞と同じコース・同じ距離(2400m)の重賞レースですから、凱旋門賞を目指す世界中のサラブレッド達にとっては、絶好の試走の場です。

 まずは3歳馬限定のニエル賞に、キズナが登場しました。10頭立てのレースでしたが、キズナはスタート直後から後方2~3番手に待機し、最後の直線を迎えました。残り400mからスパートして、残り200mでは完全に先頭に立ちましたが、内側からルーラーオブザワールド号が差し返し、2頭が並んだところがゴールでした。
 結果は「短頭」差でキズナの勝利。初コースのレースで、見事に「キズナのレース」である、後方待機・直線追い込みを決めたのは素晴らしいと思いますし、長距離遠征にもかかわらず、仕上がり状態は絶好といえそうです。
 キズナのレースに徹した、武豊騎手の騎乗ぶりにも拍手を送ります。

 また、差し返して僅差2着のルーラーオブザワールド(アイルランド馬)も力を見せました。さすがに、今年の英国ダービー馬です。本番でも強力なライバルとなることでしょう。

 プリエンプト号が大逃げを打ったこともあり、タイムは2分37秒64とフォア賞より4秒近く速かったのも、キズナにとっては良かったと思います。遠くフランスの地で、初のロンシャン競馬場2400mという厳しい環境下、さらに速いペースでのレース展開と、勝つのは中々難しい条件でしたが、これを見事に勝ち切ったことは、本番に向けてのローテーションとしても良いと思いますし、秋緒戦のトレーニングとしても価値のあるものだったと思います。レース以上に実になるトレーニングは存在しませんから。

 続いて、4歳以上の古馬で争われたフォア賞に登場したオルフェーヴルは完勝でした。
 9頭立てのレースでしたが、スタート直後から2~3番手につけ、最後の直線残り200mまではその位置で我慢してからスパート。一気に4~5馬身の差を付けて、ゴール前50mは追うのを止め手綱を絞りました。3馬身差のゴールでした。

 キズナと違って、オルフェーヴルはロンシャン・2400mは経験済みですから、本当に本番に向けての練習のようなレースでした。凱旋門賞2012ではゴール前100mで一杯になり、よれて内ラチにぶつかるレースをしてしまい、惜しくも2着に敗れていますから、ゴール前の走り方の練習をしたのでしょう。スミヨン騎手の指示通りに落ち着いて走っていたと観えました。
 それで3馬身差の完勝ですから見事なものです。ゴール前のオルフェーヴルの走りには、欧米の強豪馬のような雰囲気が漂っていました。日本の三冠馬オルフェーヴルは当然強い馬ですが、そのキャリアの中でも最強のレースだったのではないでしょうか。

 凱旋門賞2012に挑む日本馬2頭は、素晴らしい仕上がりを魅せました。

 本番レースでは、斤量が軽い3歳馬のキズナの方が期待できると考えていましたが、フォア賞の落ち着きはらったレース振りを観ると、オルフェーヴルにも十分にチャンスがありそうです。
 そして、この前哨戦の結果を踏まえて日本馬2頭の人気は高くなることでしょう。上位人気で出走し堂々と凱旋門賞を制するという、「日本競馬の夢」を是非実現して欲しいものです。
 国際野球連盟IBAFが主催する、16歳から18歳までのプレーヤーによって争われる「U-18野球ワールドカップ」の2013年大会の決勝戦が、9月8日、アメリカ代表と日本代表の間で行われ、アメリカが3-2で日本に競り勝ち、優勝しました。

 1981年から始まったこの大会ですが、開催時期が夏の甲子園大会と重なるため、実質的な日本代表チームが参加したのは2004年が初めてであり、本2013年大会が3度目の出場であると思います。
 過去2度は、2004年が準優勝、2012年が6位でしたから、2013年大会は優勝が期待されました。

 2013年日本代表チームは、夏の甲子園2013で活躍した選手を中心に、地方大会で敗れたチームからも選手を選出し、真の日本代表チームになっていたと思います。

 日本は1次予選、2次予選と快進撃を続けました。2次予選では優勝候補のキューバを相手に10-0のコールド勝ちを見せるなど、特に打線の好調が目立ちました。

 決勝戦は、日米両先発投手(日本は神奈川・桐光学園の松井投手)の好投で投手戦となり、前半は日本がやや押し気味に進めましたが、アメリカに先制を許し、その後の競り合いをアメリカチームが制した形でした。どちらが勝ってもおかしくないゲームであったと思います。

 日本代表チームは、今回も優勝できませんでしたが、日本の16~18歳のプレーヤーによるベースボールが、十二分に世界に通じることを示したと思います。

 この大会は、2015年からは「U-18ワールド・ベースボールクラシック大会」に引き継がれることになっています。日本代表チームの今後の活躍が、とても楽しみです。

 さて、この大会は木製バットを使用する大会です。8月の中旬まで、甲子園大会で金属バットを使っていたプレーヤーが、2週間ほどの期間で木製バットに慣れるという、大変難しいことを期待される大会です。

 日本代表チームの打者は、この難しい課題に良く対応しました。韓国戦、キューバ戦の10得点・コールド勝ちは、普段金属バットで練習・試合し、少し前まで甲子園で金属バットを使って厳しい戦いを演じていた選手達とは思えない、素晴らしい活躍でした。さすがに我が国を代表する高校球児達です。その運動能力の高さを誇りに思います。

 とはいえ、野球・ベースボールというスポーツとして考えれば、やはり普段から「世界標準」のプレーをさせてあげたいとも思います。

 日本の高校野球に金属バットが導入されたころを思い起こしてみると、バット購入費用の問題が一番大きかったと思います。
 硬式野球というのは、お金がかかるスポーツなのです。特に、ボールと木製バットの費用が大きい。ボールは、使っていくうちに紐が解けたり汚れたりします。練習後、ボールを綺麗にメンテナンスするのは、下級生の大切な仕事です。日本プロ野球で、ファウルのボールを観客に進呈するようになったのは、それ程昔のことではありません。プロ野球においてさえ、ボール費用は無視できないものなのです。
 木製バットは、打ち方が悪ければ直ぐ折れます。当時1本3000円位だったと思いますが、技術が低いプレーヤーほど次々に折れますから、その費用は大きなものになります。

 スポーツに力を入れている私立高校ならまだしも、公立高校では木製バット費用を負担するのが大変であること、新しく硬式野球部を創設しようとした場合にはこの費用負担が大きな壁になる、ということで、金属バットが導入されました。
 折れにくい(壊れにくい)金属バットは、野球部の財政面を劇的に改善しました。この施策には、相応の効果があったと思います。

 しかし野球は本来、木のバットでプレーするものです。大学野球、社会人野球、プロ野球、いずれも木製バットです。
 加えて、野球の国際大会が増えてきていて、U-18ワールド・ベースボールクラシック大会も始まります。日本の高校野球も、木製バットに戻せないものかと思います。

 そこで提案ですが、「木製バットを高校野球連盟が支給する」形はどうでしょうか。甲子園大会や地方大会、そのほかの主催大会の入場料を少し上げるなどして資金を造り、長さ・重さなど数種類のバットを用意して、各高校からの注文を待つ形です。もちろん、不要に過大な注文はチェックします。

 当たり損ねでも、振り切っていれば内野の頭を超えるというのでは、正しいプレーは期待できません。野球そのもののクオリティの維持のためにも、プレーヤーの成長にとって大切な高校時代のプレーに、木製バットを復活させたいものです。
 先日、後楽園ホールにボクシング観戦に行ってきました。タイトル戦ではない試合が行われる日でした。
 久しぶりでしたが、後楽園ホールの面持ちは昔と全く変わらないものでした。

 4回戦、6回戦、8回戦の計6試合が行われました。
 場内は、4回戦の頃は2分位の入り、メインイベントの8回戦が近くなると7分位の入りで、この日の席設置数から見て700人前後の観客であったと思います。

 とても面白い試合が続きました。

 17歳の若手も居れば、30歳を大きく越えるベテランも居ます。30歳を大きく越えて4回戦・6回戦を戦うのですから、「世界を目指して」いるのではなく、ボクシングに賭けている、自らのボクシングを極めようとしている、何より「ボクシングが大好き」なのでしょう。
 そういうボクサーのファイトには、何とも言えない味があります。クリンチの仕方、コーナーへの戻り方、各ラウンド終了時の相手選手への挨拶、等々。ボクシングキャリアやボクシングを愛していることが、とてもよく分かるのです。

 この日、改めて強く感じたことが2つありました。

 ひとつ目は、「1ラウンドの3分間は長い」ということです。

 テレビで世界タイトルマッチを観ていると、3分は直ぐに過ぎてしまう感じがしますが、目の当たりにすると「長く感じる」のです。この長い3分間の間、打ち合いを続けること自体が容易なことではありません。
 この日登場したボクサーの多くは、デビューしてからの年数と試合数が同数に近い、つまり1年に1試合の方でした。当然、他の仕事に就きながら1年に1度の試合に向けて、トレーニングを続けるのです。そして、この長い3分間の打ち合いができるコンディションを造り上げるのです。素晴らしいなと思います。

 ふたつ目は、ヨネクラジム米倉健司会長の笑顔です。

 この日は、名門ヨネクラジム主催の試合が行われていましたので、セコンドに米倉会長が付いています。もう80歳に近いのではないかと思いますが、とても元気な様子でした。

 そして、4回戦、6回戦と自らのジムの選手が勝利を挙げると、リングサイドで本当に嬉しそうに笑顔を魅せます。この笑顔が素晴らしいのです。
 試合中には、リング下から前かがみの姿勢で、ジムの選手のファイト振りを真剣に観続けます。真剣そのもの。そして、勝てば満面の笑顔になるのです。

 米倉会長は、本当にボクシングが好きで、本当にボクサーを育て上げることが好きで、その情熱はいささかも衰えていないことに、深く感じ入りました。
 こういう御人柄だからこそ、選手もついていく、そして厳しい試合を戦い続けていけるのであろうと思います。

 技術論、指導法・・・もちろん大切でしょう。しかし、どんなに高度な技術論や指導法を知っていたとしても、この人柄というか人格が無くては、良い選手は育たないのでしょう。これからも、お元気でご活躍いただきたいと思います。

 後楽園ホールを後にして、JR水道橋駅へと歩きます。プロ野球の試合が無かったこともあって、歩道はとても空いています。東京ドームシティは、昔の後楽園に比べればとても綺麗になりました。
 しかし、時折聞こえる「打ち下ろすような右ストレート、凄かったなぁ」といった会話は、何も変わっていないのです。
 東北楽天ゴールデンイーグルスの田中将大投手が、9月13日のオリックス・ブルーウェイブ戦で完投勝利を収め、今シーズン開幕からの連勝を21に伸ばしました。昨シーズンからの連勝記録も25としたのです。

 今シーズンの田中投手は、ありとあらゆる投手の連勝記録を更新したことになります。開幕からの日本プロ野球NPB記録16連勝を抜き、1912年に作られたMLB記録の開幕19連勝を抜き、そして昨日NPBのシーズン連勝記録20を抜き、MLBのシーズンを跨いだ24連勝も同時に更新しました。形容の仕様が無い記録を樹立したのです。

 確かに、今シーズンの田中将大投手のピッチングは素晴らしいものです。24試合に先発登板し、最大自責点が3点です。防御率も1点台前半をキープしています。これだけの投球を続けていれば、少なくとも17勝4敗や18勝3敗の成績を残していても何の不思議もありませんが、これが21連勝となると神かがりでしょう。

 例えば、田中投手が3失点(今シーズン2度あります)した試合で、味方が2点以下の得点であれば負け投手になります。ダルビッシュ投手が、自分がNPBに残っていれば、こんな連勝はさせない、とコメントしているのはそういう意味で、田中とダルビッシュの投げ合いとなれば、楽天打線も簡単には得点できないでしょう。ダルビッシュは続けます。「オレが居ないのだから、これぐらいの成績を残してもらわないと困る」と。

 それも一理はありますが、それにしても無敗の21連勝は凄い。やはり神の領域の記録でしょう。今後2度と観ることは出来ないと思います。

 田中投手が投げる時は打線も援護しようとするから、という話も聞かれますが、それはどの投手の時でも当たり前のことで、打者が援護しようと意識すると勝てるのであれば、どの投手も勝てることになります。そういったレベルの話ではないのです。

 田中投手がデビューした頃、3試合連続でノックアウトされたのですが、その後打線が頑張って、3試合連続で負け投手にはならなかった時、当時の野村克也監督が「マー君、神の子、不思議な子」とコメントしたのは有名な話ですが、この21連勝も、まさにこのコメント通りだと感じます。野村監督は、デビューしたての田中投手に何かを感じていたのかもしれません。

 「田中将大の神シーズン」をリアルタイムに体験できたことは、NPBファンとして本当にありがたいことです。
 想像を絶することですが、ひょっとしたら「20勝以上を挙げる無敗のシーズン」を観ることが出来るかもしれません。
 大相撲9月場所は、9月15日から東京・両国の国技館で開催されます。

 7月場所は、横綱白鵬が26回目の優勝を果たし、横綱取りが注目された大関稀勢の里は千秋楽の琴奨菊戦の完敗が響いて、綱取りは白紙に戻ったといわれています。こうした状況下、9月場所の注目力士を観て行きましょう。

1. 横綱・大関

 横綱では、やはり白鵬が注目されます。その安定感はもとより、先場所の相撲内容を観ると、再び他の力士との力量差を広げた感があります。この場所も、優勝候補の筆頭でしょう。
 日馬富士は、いつものことながらコンディション次第です。足首がパンとしてきて、場所前の稽古が十分に積めていれば、白鵬と互角以上の戦いができることは、過去の実績が示しています。

 大関陣では、綱取りが白紙に戻ったとはいえ、稀勢の里が一番手でしょう。他の部屋への出稽古が定着してきていますから、取り口に安定感が増しています。この2場所、千秋楽に不覚を取っている琴奨菊への対策立案・実行が重要です。もともと、琴奨菊を苦手としていましたが、1年程前に対策が完了したように見えました。ところが、直近の2場所は、まともに押し込まれて、簡単に土俵を割っています。この一番に賭ける琴奨菊の気迫も見事ですが、重心の低い琴奨菊の押しをまともに受けて、ジリジリと後退するだけという取り口には、左右からの強烈なおっつけを繰り出すなどの工夫が必要でしょう。

 他の大関では、鶴竜の相撲がだいぶ戻ってきていると思います。

2. 関脇以下の力士

 関脇から前頭上位にかけては実力者がずらりと顔を揃えています。どの力士も調子が良ければ大暴れできる地力を要していますから、予想が難しくなっています。

① 遠藤
 まずは、新入幕の遠藤が楽しみです。独特の柔らかさと前に出る強さを併せ持った期待の力士です。上位が潰し合いをしている間に10番以上勝つ可能性は、十分です。

② 栃煌山
 直近3場所の相撲振りは、一段と地力をつけたことを示しています。大関陣と互角の戦いを展開できますから、勢いに乗れば優勝争いもあります。

③ 常幸龍
 どうやら、直近の2場所は下半身に故障があったようです。ようやく直ってきました。コンディションが良ければ、幕の内上位で取る力は十分だと思います。

④ 妙義龍
 コンディションの向上に伴い、先場所はようやく本来の相撲が観られるようになりました。そうなると技の切れ味と前に出る力の強さが生きてきます。

⑤ 魁聖
 こちらも腰の状態次第の面がありますが、直近2場所は相当良くなっていると感じます。腰が良いときの魁聖の押しは、上位力士にとっても脅威でしょう。

⑥ 豪風
 幕の内上位の力を持ちながら、今場所は東前頭11枚目で取ります。全盛時のスピードにかげりが見られるとはいえ、この位置なら大勝が期待できます。

⑦ 高安
 平成生まれ初の三役力士です。とはいえ、もう23歳。北の湖は21歳で横綱を張っていました。三役と平幕を往復している暇は無いという意味で、勢いに乗って一気に関脇→大関と行きたいものです。簡単に押される相撲が減ってきましたので、期待できます。

⑧ 阿覧
 幕の内筆頭あたりで取っていたのが、今場所は7枚目まで下がりました。横綱・大関との対戦数が減りますので、勝ち星を積み上げるチャンスの場所でしょう。捉えどころの無い不思議な相撲ですが、勝機を掴む機敏さも持ち合わせています。

 9月場所は、以上の10力士に注目したいと思います。固定された感のある上位陣を、遠藤がどのように掻き回してくれるかが、楽しみです。
 1983年にエリザベス女王杯のトライアルレースとして創設されたG2ローズステークス競走は、1996年G1秋華賞の創設に伴って、秋華賞トライアルへと位置付けが変わりました。
 コースも、1995年までは京都競馬場芝2000m、1996年からは阪神競馬場芝2000mへと変更になり、2007年からは阪神競馬場の芝1800m外回りコースへと再度変更されてきたのです。
 これらの変更に伴い、ローズステークスの性格も変化してきました。現在では、秋華賞トライアルとはいえ、芝内回り2000mコースで行われる秋華賞とは異なるレース=最後の直線の長さが120m近く異なる(内回り356m、外回り473m)、となりましたので、必ずしもローズステークスの結果が秋華賞には結びつかないことも多く、難しいレースとなっています。

 その優勝馬を見ると、とてもバラエティに富んでいます。1986年メジロラモーヌ、1994年ヒシアマゾン、1998年ファレノプシス、2007年ダイワスカーレット、2012年ジェンティルドンナといった強豪牝馬も居れば、このレースが唯一の重賞勝ちという馬も居ます。

 本稿で採り上げるのは、1993年の勝ち馬スターバレリーナです。

 スターバレリーナ号、父リズンスター、父の父セクレタリアト、母ベリアーニ、母の父ヌレイエフ、通算成績17戦4勝、重賞勝ちはローズステークスだけです。
 競走成績だけを見ると、いまひとつの感じですが、私には素晴らしい血統の馬に見えます。当時、彼女が走るレースはいつも注目し、良血開花の時をワクワクしながら待っていたものです。

 何しろ、父はあのアメリカ競馬史上最強の呼声高いセクレタリアトの晩年の傑作リズンスター、1988年のプリークネスステークスとベルモントステークスを制した米2冠馬です。セクレタリアトの父は、世界競馬史上屈指の種牡馬ボールドルーラー。

 母の父ヌレイエフは、自身の競走成績は3戦2勝(1敗は英国クラシック2000ギニー競走の1着入線後の失格)ですが、種牡馬としての成績は素晴らしく、欧州で凱旋門賞馬を始めとする多数のG1優勝馬を輩出、我が国でもハートレイク、ブラックホークの2頭の安田記念馬を送り出しています。1987年と1997年のフランス・リーディングサイアーでした。

 加えて、母の母方3代前の父がボールドルーラーですので、スターバレリーナはボールドルーラーの3×4なのです。
 私には、1990年当時望み得る最高の血統に見えたものです。

 スターバレリーナのローズステークスは3馬身差の圧勝でした。4歳時にも高松宮杯でウイニングチケットやマーベラスクラウンを抑えてナイスネイチャの2着と大健闘しました。好調時の直線の走りは迫力十分。「真っ直ぐ走れば強い」ボールドルーラー系産駒の特徴がよく出ていたと思います。

 5歳まで走って繁殖入り。ここからが、良血牝馬の力の見せ所です。G1優勝馬こそ出ませんでしたが、堅実な成績を残す産駒が続いたと記憶しています。
 そして、孫世代になってロゴタイプが生まれたのです。2012年のG1朝日杯フューティリティーステークスを制し、今年のG1皐月賞を快勝しました。

 現在までのところ、スターバレリーナの子孫は中距離に強い印象ですが、何しろセクレタリアトとヌレイエフ、そしてボールドルーラーの3×4ですから、これからどんなスターホースが出てくるか、とても楽しみです。
 スターバレリーナ一族の真の繁栄は、これからなのかもしれません。
 把瑠都関が大関に昇進した時に公表された体格は、身長197cm・体重172kgであったと記憶しています。(現在は、体重が180kgを越えています)

 この体格が、江戸時代の伝説的大関「雷電為右エ門(らいでん ためえもん)」と全く同じだと報じられました。
 雷電関は、1767年長野県東御市の出身、最高位が大関、現役生活21年間で僅かに10敗したのみ、幕内成績は254勝10敗(勝率96.2%)、優勝28回、1場所で2敗したことは一度も無く、同じ力士に2敗したのも一例だけ、という、驚異的な強さを見せた力士です。
 この頃は、年1~2場所の開催でしたし、1場所の取組数も現在の15番より少ない10番前後でしたから、もし年6場所・15番であれば、どれほどの勝ち星・優勝回数を記録していたか、想像もつきません。
 また、197cm・172kgというのは、現代でも大型力士ですが、おそらく力士全体の体格が現代より小さかったであろう江戸時代においては、他を圧する大型力士だったのでしょう。

 一方、把瑠都関も、2004年の初土俵から光速の出世を見せ、2006年3月場所には十両で全勝優勝、新入幕の2006年5月場所には11勝4敗の好成績を挙げて敢闘賞を受賞しました。前相撲から13場所目の三賞受賞は史上最速タイの記録です。
 この後左膝の怪我に苦しみ、大関昇進は2010年5月場所、初優勝は2012年の1月場所と梃子摺りましたが、初優勝時点で横綱白鵬が「大関の中で横綱に一番近い」とコメントするなど、その力量は高く評価されていました。

 この雷電関と把瑠都関には「横綱になれなかった」という共通点があります。

 雷電が横綱になれなかった理由は諸説ありますが、お抱え藩であった松江藩(雲州・松平家)の財政が厳しく、横綱免許が購入できなかったという説が有力です。当時は、力士は大名のお抱えでしたから、所属?している藩・大名の力に左右されたのでしょうか。
 成績優秀者が横綱になるのであれば、雷電関は早々に横綱に就位していたと思います。その時代に横綱になった他の力士と比較しても、雷電の成績はスバ抜けていましたから。

 東京都江東区の富岡八幡宮には「横綱力士碑」があります。これは、縦3m50cm、厚さ1m、重さ20トンの白御影石の大きな碑です。この石碑には、初代から始まって歴代の横綱名が記されていますが、その中に「無類力士」として大関・雷電為右エ門の名前も記されているのです。横綱意外では唯一の記載です。雷電関の強さを示す事例だと思います。

 一方、把瑠都関が横綱になれなかった理由は、怪我に尽きます。
 前述の、2006年5月場所で新入幕での敢闘賞受賞を果たし、登り龍の勢いであった時期、同年9月場所10日目の雅山関との取組で左膝を痛めて、翌日から休場。以降は、右足親指の骨折などの怪我が続き、結局は左膝の怪我が完治せず、引退に追い込まれたのでしょう。

 相手力士を根こそぎ運ぶような豪快な取り口は、把瑠都独特のものであり、その明るい性格とも相俟って人気力士でした。その地力は誰もが認めるところでしたから、左膝の怪我が本当に惜しまれます。大型力士にとっての膝の怪我は、中々完治しないものなのでしょう。
 また、怪我は稽古不足に繋がります。最近の把瑠都の相撲が軽いと感じさせたのも、稽古不足のせいだと思います。

 私は、日馬富士関が横綱に昇進するまでは、次の横綱は把瑠都であろうと思っていましたし、平成の双葉山関を標榜するモンゴル出身の白鵬と、平成の雷電関・エストニア出身の把瑠都が横綱を張るのは、バランスとしても絵としても悪くないと、勝手に考えていました。本当に残念な引退です。

 長野県東御市の南斜面の山麓、燦燦と日の光が降り注ぐ日本一の巨峰(ぶどう)の産地に雷電為右エ門の生家と伝えられる建物が残っています。私も一度訪れました。
 日本有数の少雨地域ですから、その日も好天に恵まれ、明るく静かなたたずまい。教養人としても知られた雷電の書物「諸国相撲控帳(雷電日記)」が展示されていました。

 江戸後期に、大相撲史上最強の力士と謳われながら、ついに横綱にはなれなかった雷電。平成の時代に、エストニアの地から日本に舞い降り、無類の力を魅せた把瑠都。同じ体格を持つ2人の大型力士です。

 もっともっと活躍して欲しかった把瑠都関の怪我による引退は、返す返すも残念ですが、大相撲の長い歴史が、また一歩進んだということでしょうか。

 東京ヤクルトスワローズのウラジミール・ラモン・バレンティン選手が、9月11日の対広島東洋カープ戦で、今シーズン55本目のホームランを放ちました。これで、日本プロ野球NPB記録に並びました。

 この広島戦での54号、55号の2試合連続ホームランですが、54本目は広島のエースというか、NPBを代表する右腕・前田健太投手が投ずる超高めのストレートを高々とレフトスタンドに運んだホームランでした。お見事の一言です。自らの顔の高さに投じられた威力あるストレートを遠くに飛ばすのは、とても難しいことです。時々「敬遠のボールをヒットする」のを眼にすることはありますが、「敬遠のボールをホームランにする」というのは、滅多に観られません。
 力強いスイングをするための「打撃フォーム」が作れないからです。顔の高さのボールを打つトレーニングは、普段行わないでしょう。それでもスタンドまで飛ばしてしまうのですから、現在のバレンティン選手の充実振りが分かります。

 NPBの1シーズン本塁打記録55本を保持していたのは、王貞治選手、タフィ・ローズ選手、アレックス・カブレラ選手の3人。いずれも、時代を代表するホームランバッターでした。この記録にバレンティン選手も加わった形です。

 最初にこの記録を樹立したのは、もちろん王選手でした。1964年・昭和39年、第1回東京オリンピックの年ですから、今から49年前のことです。王選手は、この後もホームランを打ち続け、NPBのホームラン記録を次々と塗り替えました。そして、通算868本塁打という、前人未到、不滅の記録を残したのです。
 引退後も、NPBひいては日本野球に対して、素晴らしい貢献を続けています。

 この王貞治氏の「あまりにも偉大な足跡」ゆえに、「シーズン55本は越えてはならない記録」になってしまったようです。
 その後、何人かのバッターが「55本」に挑みました。そして、ローズとカブレラの2選手が55本に到達しましたが、追い抜くことはできませんでした。

 忘れもしない1985年。この年三冠王を獲得した阪神タイガースのランディ・バース選手が、55本を目前に対読売ジャイアンツ戦に臨みました。
 「四球の連発」、バース選手は勝負してもらえなかったのです。

 巨人軍サイドが「偉大な王選手の記録」を守ろうとしたのでしょう。こうした行為は、毎年の首位打者争いなどにも時々見られますから、珍しいことではありません。
 しかし、残念なことではあります。

 身内の記録を大切にするのは当然だろう、という声が聞こえてきそうですが、私は全然当然ではないと思います。
 プロスポーツは、観客にプロのプレーを披露する義務があります。このプレーによりお客様を惹きつけ、ファンになっていただき、入場料やテレビ放映権料、関連グッズ販売といった様々な形で収益を上げ=お金をいただき、運営されていくものです。
 その大切なプレーを披露しないという選択肢は、有り得ないことなのです。

 もちろん、洋の東西を問わず、競技・種目の別を問わず、こうした行為が行われてきたことは十分に認識していますが、あるべきプロスポーツの姿ではないと考えます。

 MLBのスーパースター、ベーブ・ルース選手は、1927年にシーズン60本塁打の記録を樹立しました。通算714本塁打の最多記録も樹立しました。
 そして、1961年にロジャー・マリス選手がシーズン61本塁打を記録し、ルースの記録を破りました。続いて、1974年にハンク・アーロン選手が715本目の本塁打を放ちました。2つの偉大な「越えてはならない記録」が破られてしまったのです。

 確かに、MLBでもロジャー・マリス選手がルースの記録を破ろうとした時、様々な妨害があったと伝えられています。
 しかし、記録を破られたからといって、「ベーブ・ルースの価値・評価にいささかの影響も無かった」ことは、間違いないことでしょう。ベーブ・ルースは、現在でもMLB史上最大の巨人なのです。

 55本の記録を持つ王貞治氏が、55本の記録は絶対に抜いて欲しくないと考えているとはとても思えません。
 また、NPBにおける王貞治氏の足跡は、MLBにおけるベーブ・ルース氏の足跡に、勝るとも劣らないものだと思います。
 MLBにおいても、ロジャー・マリスが60本の壁を破ってから、次々と記録が更新されました。次なる進歩に繋がったのだと考えます。

 今シーズン、東京ヤクルトスワローズは、まだ20試合以上を残しています。バレンティン選手が55本の壁を破るのは、時間の問題でしょう。
 望みたいのは、セントラルリーグの各チームが、バレンティン選手との対戦を必要以上に回避することなく、堂々と勝負していただきたいということです。もちろん勝負事ですから、場合によっては敬遠が必要なこともあるでしょうが、全打席敬遠などというのは、NPBを支えているファンに対して大変失礼なことです。

 さらに「密かに飛ぶボールに変更されたシーズンに新記録が生まれること」についてですが、こうしたことが話題になってしまうこと自体が、この愚行の悪影響のひとつなのです。
 とはいえ、現在本塁打部門2位のブランコ選手の37本を圧倒的に引き離しての55本ですから、今シーズンのバレンティン選手の働きは「飛ぶボール」を考慮しても、他の選手比ずば抜けているということですので、率直に評価して良いと考えます。

 バレンティン選手の大きなスイングは、とても魅力的です。「お金を払っても見る価値があるプレー」だと思います。つまり、プロスポーツプレーヤーのあるべき姿を示現しているのです。
 バレンティン選手には、55本の壁を破ることはもちろんとして、60本、65本と記録を伸ばしていただきたいと思います。そして本塁打に関して、NPBは新たな時代を迎えるのでしょう。
 テキサス・レンジャーズのダルビッシュ有投手が、9月9日対ピッツバーグ・パイレーツ戦に先発登板し、7回81球を投げて1失点と好投しましたが、味方テキサス打線が沈黙。試合は0-1で敗れて、今シーズン8敗目を喫しました。
 7回1失点というのは、立派なクオリティスタートで、MLBの先発投手としては十分合格点なのですが、勝ち星が付かないどころか負け投手になるのですから、ベースボールとは難しいものです。

 ダルビッシュ投手、ヤンキースの黒田博樹投手、シアトルの岩隈久志投手のMLBアメリカンリーグAL日本人先発トリオは、このところ勝ち星から見放されています。
 MLBの先発投手は、登板回数・投球イニング数が大切で、試合の勝ち負けは打線の責任である、ことは理解していても、やはり勝利数を積み上げたいのは人情です。

 ダルビッシュ投手は、9月9日時点で12勝8敗です。8月12日以来勝ち星が付いていませんから、もう1ヵ月以上になります。この間5ゲームに先発し3敗と負け星ばかりが増えている状況ですが、この5ゲームの自責点は3・2・3・5・1と4勝1敗でも何の不思議も無い投球内容です。少し打線との噛み合わせが良ければ5連勝でもおかしくない成績なのですが、0勝3敗というのですから、上手くいかないものです。

 黒田投手は同11勝10敗です。やはり8月12日以来勝ち星に恵まれません。ダルビッシュ投手と全く同じ期間、勝ち星が無いというのも不思議なことです。この間、やはり5ゲームに先発しています。黒田投手について言えば8月の下旬は調子を落とし、7失点のゲームなどがありましたが、9月に入って復調気配。直近の2ゲームは、4失点、2失点と勝ち星がついても何の不思議も無い投球内容ですが、打線との噛み合わせが悪いのです。黒田投手も、この5ゲームで3敗と負け数だけが増えています。

 岩隈投手は同12勝6敗です。3人の中では、最も近い8月21日に勝ち投手となっていますが、それでも3週間近く勝ち星に恵まれていないことになります。この間3ゲームに先発登板し、失点は3・0・3とこちらも立派なクオリティスタートを継続していますから、3戦全勝でも何の不思議も無いのですが、いずれも勝ち負け関係なしの結果です。
 ダルビッシュ投手や黒田投手のように負け数が増えていってはいないものの、9月1日のヒューストン戦のように7イニングを完封しても勝ち投手になれないというのは、とても残念なことです。

 なかなか勝ち投手になれない日々が続く3投手ですが、その投球内容は安定感十分です。9月9日時点の防御率を見ると、ダルビッシュが2.84でAL2位、岩隈が2.97で同5位、黒田が2.99で同6位と、堂々たる成績を残しています。3人とも、防御率3.00を切っているのです。

 ALの価値頭は、開幕から13連勝を魅せたデトロイトのマックス・シャーザー投手で、19勝3敗です。これはAL2位のクリス・ティルマン投手(ボルチモア)の16勝5敗を大きく離してダントツです。
 
 このシャーザー投手と、日本の3投手を比較して見ましょう。
・ シャーザー投手 29先発登板・194と1/3イニング投球・防御率3.01
・ ダルビッシュ投手 28・186と2/3イニング・2.84
・ 黒田投手 29・183と2/3イニング・2.99
・ 岩隈投手 30・196と2/3イニング・2.97

 この比較を見ても明らかなように、日本3投手はシャーザー投手に全く引けを取らない投球を続けています。にもかかわらず、勝ち星は7つ以上少ないのです。

 確かに、シャーザー投手のデトロイト・タイガースはMLB屈指の強力打線を誇るチームです。昨シーズンの三冠王ミゲル・カブレラ選手は、今シーズンも好調で連続三冠王の可能性も十分です。
 このデトロイト打線と比較すれば、テキサス、ヤンキース、シアトルの打線が見劣りすることは明らかですが、それにしても3人の登板の際に打線が打てないことも事実です。

 こうなると、巡り合わせではなく「3投手の投球リズムが悪いので、打線が湿ってしまう」のではないかと、疑ってしまうほどです。

 そんなことは無いと思います。そうすると、ひたすら我慢して、打線の爆発というか「普通の打撃と得点」の試合を待つことしかないのでしょうか。

 3投手のレギュラーシーズンの残り登板は4試合位と見られますので、例えばダルビッシュ投手についていえば、昨シーズンの16勝を越える勝ち星を挙げることは不可能に近いことですし、並ぶことも相当難しいでしょう。昨シーズンより防御率が1点前後改善しているのに勝ち星が少ないというのですから、ベースボールは難しいものです。

 加えて、圧倒的な奪三振数と防御率の良さから、1ヶ月ほど前にはサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)の有力候補といわれていましたが、さすがに15勝以下では難しいと思います。シャーザー投手が20勝以上挙げる可能性は高いと思いますので。この1ヵ月間の停滞が、本当に惜しまれます。

 こうして見ると、松坂大輔投手のボストンでの2年目、2008年の18勝3敗というのは、素晴らしい成績であったことが分かります。「持っている」という感じでしょうか。
 その松坂投手が8日のクリーブランド戦で5と2/3イニングを投げて被安打3、1失点と好投しました。勝ち負けは付きませんでしたが、ようやくメジャーのマウンドを思い出してきたということでしょうか。

 日本人4投手が、勝ち星に恵まれますように。
 2013年9月5日、アメリカンフットボールの最高峰、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の2013~2014年シーズンが開幕しました。

 開幕戦は、昨シーズンのスーパーボールを制したボルチモア・レイブンズ(AFC北地区)と昨シーズンのAFC西地区を制したデンバー・プロンコスのカードとなりました。

 レイブンズは、強力ディフェンスDF陣のまとめ役レイ・ルイスが昨シーズン限りで引退しました。新生レイブンズのコンディションを見るには、絶好の相手です。
 プロンコスは、昨年コルツから移籍したクオーターバックQBのペイトン・マニングが、移籍一年目にして13勝3敗の好成績で地区制覇するなど、いきなり好成績を残しました。「マニングのブロンコス」の完成度合いを見るには、やはり格好の相手でした。
 ブロンコスのオフェンスOFとレイブンズのDFの対決という図式です。

 ゲームは、レイブンズのペースで始まりました。第1クオーターQ、QBのジョー・フラッコからランニングバックRBのボンテ・リーチへのパスが成功し、タッチダウンTD。
 第2Qにペイトン・マニングからタイトエンドTEのジュリアス・トーマスへのパスが決まり、ブロンコスが同点に追い付きますが、試合の流れはレイブンズに有って、第2Qを終えて、レイブンズが17-14とリードしました。

 ブロンコスのOFは、マニングが2TDパスを決めているとはいえ、上手くいっているとは言えず、レイブンズのDFが勝っているという印象でした。

 第3Qに入り、試合の様相は一変します。ペイトン・マニングのパスが面白いように決まり始め、このQだけで3TDパス成功。第4Qでも、マニングは2TDパスを決めて、結局1試合7TDパスのNFLタイ記録を樹立し、49点を挙げて圧勝しました。

 ブロンコスの以下2点は見事でした。

① 第3Qからのペイトン・マニングのパス。そのコントロール・精度には驚くばかりで、レシーバーの右肩・左肩、上下を自在に投げ分けるとともに、パスのスピード・コース・強さも完璧でした。センチメートル単位で投げるとは、こういうプレーだと感じさせました。ペイトリオッツから新加入の名手ウェス・ウェルカーとの間合い・タイミングも、2つのクオーターで掴んだようです。
   シーズン初戦から、エンジン全開というところでしょう。

② DF陣が素晴らしい活躍を見せました。フラッコを再三サックし、インターセプト、パントブロックと力強く自在の働き。今季の活躍が期待されます。

 プレシーズンの段階で「チーム状態は、昨シーズンより相当良くなっている」との、ペイトン・マニングのコメントが伝えられていましたが、そのコメントを証明するようなゲーム内容でした。

 一方のレイブンズは、いかにマニングのハイパーオフェンスが相手とはいえ、49失点は取られ過ぎ。DF陣の建て直しが必要でしょう。

 ボルチモア・レイブンズのホームスタジアム使用スケジュールの関係で、珍しく前年のスーパーボール・チャンピオンがアウェイで緒戦を戦った2013~2014年シーズンの開幕戦でしたが、デンバー・プロンコスのホームスタジアム、スポーツ・オーソリティ・フィールド・アト・マイルハイはオレンジ色に染まりました。雷雨のため開始が遅れたのですが、大入り満員の観衆は何事も無かったように待ち、ゲームを存分に楽しんでいました。

 NFLは今季も大盛況です。
 モンタサンは、今から46年前1967年のセントライト記念をレコード勝ちした競走馬です。

 モンタサン号、父モンタヴァル、母リュウリキ、母の父ヒカルメイジ、競走成績27戦12勝。2歳時に、朝日杯3歳ステークスを制して最優秀2歳牡馬に選出されています。
 最優秀2歳牡馬でしたが、クラシックレースには縁が薄く、皐月賞8着、日本ダービー10着の後馬体の立直しを図り、セントライト記念を制して勇躍菊花賞を目指しましたが、飼い葉に付いていた農薬のために激しい下痢と発熱を起こして出走を断念しています。

 現在の競馬では、飼い葉や飼料に農薬が付いているなどということは考えにくいことですし、当時でも、その農薬の影響によりクラシックレースに出走できなくなる程の影響を受けるというのは、珍しいことだったと思います。
 
 さて、フランスから輸入された種牡馬モンタヴァルの産駒は、気性が極めて荒く、やや狂気に近い様子を示すことが時々ある一方で、気持ち良く走ると素晴らしい成績を残すことで、知られていました。
 サラブレッドの歴史は、人の手により恣意的に競走に強い馬を作り出していった歴史ですから、いわゆる「闘争本能も強いほうが良い」ということから、気性に付いても、大人しいよりは激しい方が選択されていくことになります。例えば、サンデーサイレンス号も気性の激しさ・荒さでは有名な馬でした。

 こうした取組の当然の結果として激しい気性の馬が多くなるわけですが、これが時々限界を超えることがあり、極めて御しにくい血統が生まれることがあります。モンタヴァルの血統はその典型でしょう。
 
 モンタヴァル自身は、フランス馬で1956年・3歳時の英国ダービーで2着と健闘し、4歳時にはキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスに優勝するなどの活躍を見せ、1961年に日本に輸入されました。それから、亡くなる1964年までの僅か4年間の種牡馬キャリアでしたが、ナスノコトブキ(菊花賞、NHK杯優勝)、ニホンピロエース(皐月賞、阪神3歳ステークス)、メジロボサツ(朝日杯3歳ステークス)、モンタサンといった強豪馬を輩出しました。

 朝日杯3歳ステークスや阪神3歳ステークスといった、現在の2歳馬の大レースでの実績が目立ちますから、比較的早熟な血統と思われますし、身噛み(自分の体を噛んで傷つけること)で有名だったナスノコトブキを見ても、極めて神経質な気性が目立つ血統とも言えると思います。そして、モンタサンの「農薬事件」など、色々な不運に見舞われる一族とも言われました。
 こうした際立った特徴を持つモンタヴァル一族には、熱狂的なファンが数多くいました。詩人で競馬評論家の寺山修司氏や司会者の大橋巨泉氏などが有名です。その点からは、1960年代の中央競馬界に一時代を築いた一族と言えるでしょう。

 モンタサンに話を戻します。
 生涯12勝の内5勝がレコード勝ちというのを見ても、モンタサンが非凡な競走能力を保持していたことは明らかですが、一方で競走中に突然走る気を無くしてしまうことも度々で、騎手泣かせ、予想家泣かせの馬でもありました。

 また、気紛れ・綺麗な栗毛・気分が良ければレコード勝ち、というのですから、モンタサン自身も大変な人気馬でした。

 当時文化放送のアナウンサーだった、みのもんた氏の芸名はモンタサンに由来します。みのもんた氏もモンタサンの大ファンだったのです。
 サッカーの国際親善試合、日本代表対グアテマラ代表のゲームが、9月7日大阪長居競技場で行われ、日本が3対0で勝ちました。

 このゲームに臨んで、ザックジャパンは少なくとも2つのテーマを持っていたと思います。
① 新しい日本代表プレーヤーの選出
② 守備陣の再構築

 この内、②についてはゲームを無失点で終えたのですから、一応は成功したと思います。FIFAランキングが100位に近いグアテマラチームとはいえ、中米のサッカーどころのチームですから、その攻撃力は侮れないものでした。
 中盤からの長めのパスから、フォワードの個人技を活かそうとする攻撃を、ザックジャパンの前線・中盤・守備陣が一体となったディフェンスが良く機能して、防ぎ切りました。

 今後は、より攻撃力が上のチームに対して応用していくことになります。

 さて、①のテーマですが、これは課題を残しました。

 前半は、ワントップに大迫選手、トップ下に香川選手、両サイドに清武選手と岡崎選手を配し、中盤は遠藤選手と長谷部選手、4バックはセンターに吉田選手と森重選手、サイドバックに長友選手と酒井高徳選手、の布陣でした。
 新戦力候補としては、大迫、森重の2プレーヤーであり、本田選手抜きという意味では前線のフォーメーションも試行だったのでしょう。

 この前半、日本代表チームの攻撃には得点の匂いがしませんでした。開始して10分で、このチームでは点が取れないと思いました。チャンスは数多くあったように見えましたが、決定的には感じられませんでしたし、何よりシュートが決まる雰囲気が皆無でした。
 前半37分には「このままではこのゲームは負ける」と感じました。

 大迫選手を始めとする日本のシューターは、シュートを打つ瞬間にとても緊張していて、シュートが芯に当たらず威力が無い上に、コースも不正確。加えてグアテマラのプレーヤーは日本選手が打とうとする瞬間に「体」を当ててきていました。
 少し体を当てられただけで、日本選手のシュートは決まらないのです。フリーでシュートすることや、下半身へのボディチェックの中でシュートすることに慣れてしまっている日本プレーヤーは、上半身への軽いがしっかりとしたボディコンタクトには、とても弱かった。当然ですが、強烈な上半身へのボディコンタクトは反則になりますから、グアテマラのプレーヤーはギリギリのプレーを展開しました。世界のゲームでは普通のことです。
 後から思い出すと、森重選手のヘディングシュートも含めて、前半で2~3点は取れるチャンスがあったと思いますが、観ていた時には全く入る感じはありませんでした。

 数多く見られたパスも線が細く、ボールをキープしているのではなく、キープさせられている状態で、リスクを取った大胆なパスもありませんから、日本チームの攻撃は見え見えのものばかり。グアテマラチーム想定内の攻撃が多かったように思います。

 後半は、柿谷選手と本田選手を投入し、大迫選手と清武選手を下げました。

 いつものことですが、本田選手が入ると相手チームの想定を超えた攻撃が展開されます。加えて、パスの線も太くなります。これは不思議なことですが、事実ですから理由があるのでしょう。

 後半5分、左サイドから長友選手が上がり、ゴール反対サイドの本田選手にラストパス、これを本田選手が簡単に決めて、1-0と日本チームがリードしました。この時も、グアテマラの選手は本田選手に体を当ててきましたが、本田選手は何事も無かったようにシュートしました。フィジカルが強いと言われる所以です。かっこ良いシュートではなく真下に打ちつけるような「下手糞に見えるシュート」でしたが、こうやって得点するのだと言っているようでした。

 長友選手のセンタリングも見事なものでした。やはり、ゴール前を横切るパスは守るのが難しいということを再認識させてくれました。そして、細かなパスを繋ぐのではなく、大胆に一本のパスで反対サイドに送り込む大胆さが良かったのでしょう。
 南アフリカワールドカップ・カメルーン戦の松井選手→本田選手のパスからのゴールを思い出しました。

 柿谷選手は、周りに相手チームのプレーヤーが居たために力を発揮できませんでした。抜け出すスピードが非凡で、フリーになった時に力を発揮するタイプのプレーヤーなのでしょう。このタイプのプレーヤーは、現在のザックジャパンのサッカーでは力を発揮する機会に恵まれません。
 現在のザックジャパンは、長谷部選手や遠藤選手から本田選手・香川選手を通じてボールが供給されるか、長友選手・内田選手からセンタリングでボール供給される攻撃が多く、東アジア大会のチームの様に中盤の底から前方に大きく長い縦パスが出ることが想定しにくいチームだからです。

 後半24分、香川選手の見事なプレーから2点目が生まれました。工藤選手のゴールとされましたが、オウンゴールにも観えました。工藤選手は、後半42分完全フリーの状態でのヘディングシュートを決めることが出来ませんでした。

 結果として、このゲームでは新しい日本代表チームのメンバーは発掘できませんでした。ザッケローニ監督の試合後のコメントにもあったとおり「決定力不足は解消できなかった」のです。

 本田選手の試合後のコメント「僕らは格下だから」というのが、現状の日本代表チームの世界における立ち位置だと思います。
 このゲームの前半のチームでは、ブラジルワールドカップで1勝も出来ないでしょう。後半のチームでも、1勝できるかどうかというレベルだと思います。コンフェデレーションカップ3戦完敗を観ても明らかです。

 本田選手が言い続けているように「個の力を上げなければ勝負にならない」のです。新代表候補のプレーヤーの皆さんも「体をぶつけられても正確なプレーが出来る」強さを身に付けなければならないと思います。
 ワールドカップまであと9か月しかありません。実績を残して代表入りするには3~4か月でフィジカルを強化する必要がありますが、これは至難の技でしょう。

 ザックジャパンは、世界と戦い慣れた現メンバーで本大会に臨む可能性が高そうです。ワールドカップ出場権を勝ち取ったメンバーで本大会に臨むのは、ある意味では当然のことです。現メンバーの皆さんの個の力の向上に、大いに期待します。
 東京オリンピック2020が決まりました。

 IOCのロゲ会長が、開催地が書かれたボードを反しながら「TOKYO」と発言した時には、やったーーと叫びました。

 東京60票、イスタンブール36票、棄権1の最終投票結果でした。

 ブエノスアイレスの東京招致団や駒沢公園のパブリックビューイングの万歳の映像が流れる中、「東京」発表から1分位しか経っていない状況下、NHKテレビ番組のゲスト、水泳の萩原智子氏の「選ばれたことは嬉しい。今は、しっかりと開催しなければならないと思う」という発言が生まれる心持が、東京が選ばれた最大の理由なのでしょう。

 まだ、1分も喜びに浸っていないのに、もう「ちゃんとやらなくてはならない」と考える。それが、日本人なのです。もう少し、何も考えず、喜んでいてもよいのに。

 祝!2020年東京オリンピック!
 2020年夏のオリンピック開催地を決めるIOC総会が、明日早朝に迫りました。

 候補地は、日本の東京、スペインのマドリード、トルコのイスタンブールの3都市です。現時点の様々な情報を総合すると、本命がマドリード、対抗が東京という感じです。

 この3都市の争いは、当初はイスタンブールがリードしていたように思います。開催の意義というか、理屈付けが明確であったからです。
・イスラム圏初のオリンピック開催
・東洋(オリエント)と西洋(オチデント)をつなぐ都市イスタンブール

 といった意義付けです。この明快・明確な理屈は、現在でも健在です。東京やマドリードには、こうした意義は見出せません。東京は二度目の開催になりますし、スペインはバルセロナで開催実績があります。

 しかし、2013年に入ってからイスタンブールで開催しようという機運は急速に萎みました。現時点では、イスタンブールは東京・マドリードに大きく水をあけられているようです。
 イスタンブールを中心に発生した大規模・長期間のデモが影響したという見方もありますが、「IOC(国際オリンピック委員会)はヨーロッパ」であることが根本的な理由のように思います。

 スポーツに政治は入り込まないほうが良いというのは理想ですが、現実には常に深く関係してきました。
 キリスト教世界とイスラム教世界は、なかなか相容れないものなのかもしれません。我々には、肌感覚としては分からないことですが。

 こうして、東京とマドリードの競い合いになった訳ですが、この争いにも政治が大きな影を落としているようです。

 マドリードには欧州経済危機問題があります。これは資金面の問題ですから、相当に重大な懸念ポイントなのですが、マドリード開催に向けての意欲は、現時点ではこの問題点をカバーして余りあるもののようです。
 サッカーにおけるレアル・マドリードとFCバルセロナの対決に代表される、首都マドリードとカタルーニャ地方の州都バルセロナの対立があるのでしょう。これは長い歴史を踏まえた問題ですから、容易には解消されません。
 マドリードの人達にしてみれば、バルセロナで開催されたのだから、マドリードでも開催されるのは当然ということでしょう。
 また、サマランチ元IOC会長の出身地であるバルセロナで、スペイン国最初のオリンピックが開かれたことは、スペインの中心であることを自認するマドリードの人達のプライドを、強く刺激したものと思います。

 一方の東京には、財政面・運営面等々、開催に向けて大きな問題は存在しなかったのですが、日本で2回目の夏のオリンピックが開催されることが羨ましくて仕方がない国々が、福島第一原発汚染水のことを無理やり問題にしていると報じられています。おそらく、欧米のマスコミなどにロビー活動などで必死に「告げ口」をしているのでしょう。
 福島原発の汚染水の放射線が、東京の線量を上げるものではないことは明らかなのですが、とにかく日本で開催させたくないという国々が邪魔をしている形です。

 とはいえ、オリンピックの開催地はIOCを中心に決まりますから、最大ポイントは「マドリードで開催するか否か」でしょう。東京開催は結果論ということになると思います。

 これは、①欧州とアメリカの戦いであるとともに、②欧州域内の争いでもあると言われています。

 現時点でマドリード優位と言われる最大の理由は、「2024年夏のオリンピックをアメリカで」という意向が、強く働いているためであると報じられています。スポーツ大国アメリカですが、1996年のアトランタ以来オリンピックが開催されていないからです。

 一方で、2024年は1924年のパリ・オリンピックが開催されてから100年目に当たるので、フランス・パリが開催を強く希望しているのです。

 アメリカの作戦としては、2020年をマドリードにすれば、2024年のパリの可能性が低くなる=欧州で2度連続は無い、ということです。このアメリカの意向が、現時点では強く影響しているのでしょう。
 直近のオリンピック関係者へのアンケートでは、マドリードが相当に東京をリードしているようです。

 では、東京2020の可能性が低いのかというと、私はそうは考えません。どちらかというと、東京2020の可能性は高いと考えています。
 
 その理由は、前述の②です。IOCは、スイスに存在し、その委員も大半が欧州および欧州の息がかかった国々(アフリカ諸国)などで構成されています。加えて、近代オリンピックの創設者クーベルタン男爵がフランス人であることを観ても、近代オリンピックは、ヨーロッパのものであり、その中でもフランスの影響力は相当に大きいと思います。

 つまりIOCの中では「2024年パリ・オリンピック」は必ず実現したいという意向が強く働いていると思うのです。結果として、マドリード2020は無くなりますから、開催地は東京に落ち着きます。

 2012年ロンドン・オリンピックの開催地決定IOC総会では、事前予想は圧倒的にパリが優勢でした。しかし、決選投票結果はロンドンとなりました。

 マスコミ他が騒ぎ立てる事前予想とは異なる結果を示すことで、IOC総会の権威を高めるとともに、最後まで分からないという形を創り続けることで、オリンピックの価値の維持・発展を図るということでしょうか。

 東京2020の実現は、パリ2024の実現とセットということなのでしょう。

 いずれにしても、2020年東京オリンピック開催を心から願っています。世界トップクラスのアスリート達のプレーを目の当たりにできることは、常に素晴らしいことなのですから。
 2013年9月8日中山競馬場1600m芝コースで行われる、第58回京成杯オータムハンデキャップAH競走の注目馬です。

 近時は、夏競馬からの挑戦組と秋緒戦組の対決という構図になっているレースですが、今年は秋緒戦組の方が優位にあるように観えます。とはいえハンデ戦。思わぬ馬が突っ込んでくる可能性も十分です。

 第一の注目馬は、5枠8番のダノンシャーク。6月のG1安田記念3着以来、久しぶりの出走ですが、G1の常連馬として出て来る以上は勝ちたいところです。中山初参戦という点が気にはなりますが、軸はこの馬しかいないでしょう。

 第二の注目馬は、1枠1番のインパルスヒーロー。この馬も5月のG1NHKマイル2着以来の出走です。ここまで5戦3勝、2着2回と安定した成績を誇ります。NHKマイルの時計も優秀でした。ハンデにも恵まれた感じです。このレースをキッチリ勝つようなら、今後のマイル戦線の中軸馬となりそうです。左利きでないと良いのですが。

 第三の注目馬は、4枠6番のレオアクティブ。前走G3関谷記念は伸びきれず3着でしたが、順調に使われている強みがあります。昨年のこのレースの勝ち馬でもあり、中山での実績は十分。連覇もあります。

 このレースは以上の3頭に期待します。
 関東に秋競馬の到来を告げるレースです。例年のように大混戦のレースとなるでしょう。
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Author:カエサルjr
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