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HOME   »  2013年09月06日
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 今から58年前、1955年8月の全米オープンテニス・男子ダブルスで、日本の加茂公成(かも こうせい)・宮城淳(みやぎ あつし)ペアが優勝しました。

 現在に至るまで、全豪・全仏・全英・全米の4大テニス大会で、日本人同士のペアがダブルスで優勝した唯一の記録です。天候不順により、日程がデビスカップの試合と重なり、アメリカとオーストラリアの有力選手が出場していなかったという事情があるにしても、素晴らしい記録であり、日本テニスの輝かしい歴史の一ページだと思います。

 加茂公成選手は、東京・目黒区の出身。有名なテニス一家に生まれ育ちました。早稲田大学時代に、本ブログにも登場した福田雅之助氏の指導を受け、1953年の全日本テニス選手権・男子シングルス決勝を兄の加茂礼仁(かも れいにん)選手と争い、弟の公成選手が優勝しました。
 公成はフランスの有名テニスプレーヤーのアンリ・コシェから、名付けられたと伝えられています。とても、洒落た名付け親が居たということでしょう。

 宮城淳選手は、東京・大田区の出身。こちらも有名なテニス一家に生まれ育ちました。生まれ年は宮城選手が1931年、加茂選手が1932年です。
やはり、太平洋戦争間もない時期にテニスの試合で世界中を飛び回るというのは、相応の家庭環境が整っていたということでしょう。
 加茂選手と同様に、早稲田大学時代に福田雅之助氏に師事し、1954年の全日本テニス選手権・男子シングルスを制して、加茂選手とのペアで男子ダブルスにも優勝しました。

 こうして、我が国屈指のテニス一家に生まれ育った2人の同世代プレーヤーが、ペアを組むこととなったのも、日本テニス界にとっては幸運なことだったのだろうと思います。

 宮城淳選手の後年のプレーを何回か眼にしたことがあります。今から25年位前、三井グループ各社が参加するオール三井大会が、東京・浜田山の三井不動産グランド(現在はありません)で毎年行われていて、そのテニス競技に宮城選手が出場していたのです。
 既に50歳代半ばであったと思います。相手は、関東インカレ上位入賞者といった大学卒業間もないバリバリの現役プレーヤー(ちょうど宮城選手が全米オープンで優勝した年頃)でしたが、宮城選手は互角以上のプレーを展開していました。

 プレースメントが正確で、相手がプレーし難いところに次々とショットが運ばれます。美しいショットの連続だと思いました。

 強者としての日本テニスの歴史を継続したいものです。錦織圭選手を始めとする日本人プレーヤーの奮起・活躍に期待しています。
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