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 オーストリアといえば、言わずと知れたアルペン王国です。特に、滑降やスーパー大回転といった「高速系種目」に対する拘りは、とても強いと思います。

 この強さは、スピードスケートにおけるオランダに近いものだと感じます。

 そのオーストリア・アルペンチームが、前回2010年バンクーバーオリンピックで、相当の不振に陥りました。
 男子はメダル無し、女子で金1、銅2を確保して、計3個でした。

 トリノにおいて、金4、銀5、銅5の計14個のメダルを獲得し、王国の名を欲しい儘にしたオーストリアチームが、4年の後「惨敗」したのです。金1・銅2を獲得した成績を惨敗と言うのは、普通の国・チームでは有り得ないことなのですが、ことオーストリアにとっては、間違いなく惨敗であったと思います。

 バンクーバーから4年。王国の復興はなったのでしょうか。

 ソチでの成績を並べてみます。
① 男子滑降 金
② 男子回転 金、銅
③ 女子スーパー大回転 金、銅
④ 女子大回転 銀
⑤ 女子回転 銀、銅
⑥ 女子複合 銀

 となっていて、全体では、金3、銀4、銅2の計9個のメダルを獲得しました。アルペン競技の国別のメダル獲得数でも、トップに返り咲きました。
 選手別で見ると、女子のアンナ・フェニンガー選手がS大回転で金、大回転で銀を獲得しているのが目立ちます。

 前回3個だったメダルが9個と3倍増となり、前回0個だった男子が金2個を獲得していますから、オーストリアチームとしては、相当に改善した成績といえるのでしょう。

 しかし、内容を観ると「復興途上」という感じが否めません。
 男子は、滑降でマティアス・マイヤー選手が金メダルを捥ぎ取りましたが、オーストリアが最も拘っている「男子・高速系」でのメダルは、これ1つ。もし、マティアス・マイヤー選手が優勝していなければ、何となく気分が盛り上がらない感じだったことでしょう。

 男子回転のマリオ・マット選手・マルセル・ヒルシャー選手の金・銀獲得は、見事でした。もともとは、それほど得意ではなかった「技術系種目」の回転でも、オーストリアのポジションを確保したのは、トリノ大会におけるベンヤミン・ライヒ選手(回転と大回転で金メダル)だったと思いますが、そのライヒ選手の伝統を引き継いだ形です。

 女子はフェニンガー選手を中心として、安定した成績を残しました。2002年のソルトレイクシティ大会までは、男子チームの陰に隠れがちであった女子チームですが、強化策が徐々に実を結び、トリノ以降は男子と互角以上の成績を挙げるようになり、安定感は男子を凌ぎます。
 現在のオーストリア・アルペンチームは「女性上位」と言えるかもしれません。
 
 いずれにしても、王国完全復興のためには、男子の高速系種目における活躍が不可欠ですし、そのことはオーストリアチームの皆さんが最もよく分かっておられると思いますので、再興への取組は高いエネルギーを持って継続されることでしょう。
 「怪物」と呼ばれたヘルマン・マイヤー選手に代表される、豪快かつ繊細なオーストリアスキーの復活が待たれるところです。

 ここからは、ソチ大会のアルペンスキー競技全体を振り返ります。

 男子については、各国・チームの力量が接近していて、「混戦」であったと思います。昨年の世界選手権で三冠を獲得したテッド・リグティ選手(アメリカ)も今大会は大回転の金1つでしたし、同じアメリカのボディ・ミラー選手もS大回転の銅1でした。

 複数のメダルを獲得した選手は、イタリアのクリストフ・インナーホッファー選手(滑降・銀、複合・銅)とノルウェーのチェーティル・ヤンスルード選手(S大回転・金、滑降・銅)の2選手でした。見事な活躍でしたが、大会をコントロールするところまでは、行っていなかったと感じます。
 アルペン男子は世代交代の混戦期なのかもしれません。

 女子については、「3強の激突」が観られました。
 オーストリアのフェニンガー選手(S大回転・金、大回転・銀)、スロベニアのティナ・マゼ選手(滑降・金、大回転・金)、ドイツのマリア・ヘフルリーシュ選手(複合・金、S大回転・銀)の3選手が、アルペン女子の秩序を創っていたと思います。
 この3選手は、いずれも滑降から回転・大回転まで、「高速系」から「技術系」までの5種目に登場し、それぞれの種目で好成績を残しました。
 そのオールラウンダー振りからも、アルペン女子は当面「3強」の時代が続くように感じます。

 それぞれの種目で素晴らしい滑りを魅せてくれた、ソチ大会のアルペン競技でした。次の大会では、日本選手の姿を、第1シード(15名)や「神セブン」の中で観てみたいと思います。
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 2月15日にフロリダ州タンパでキャンプインした、MLBニューヨーク・ヤンキースのマー君こと田中将大投手の順調な調整振りが、連日伝えられています。

 26日もブルペン入りし29球を投げ込んだと報道されました。同僚の黒田投手は36球を投げたそうです。

 聞く方も、だいぶ慣れたこととはいえ、やはりMLBスプリングトレーニングにおける投手の投げ込み数の少ないことには、今でも少し驚きます。

 日本プロ野球NPBであれば「肩を作るという概念」から、キャンプ中は時折1日100球を超える投げ込みが行なわれます。投手によっては、もっと多い球数の投球練習も珍しくありませんが、MLBのベースボールとなると1日30球前後と決まっています。

 調子が出ないからといって、30球を大きく超える投げ込みが行なわれたという話を聞いたことがありませんから、これは徹底しているのでしょう。
 「肩は消耗品」という考え方でしょうが、ゲームのスターター(先発)なら100球前後の球数を投げる必要があるのに、トレーニングが30球で良いのかなと、心配になってしまいます。

 もちろん、MLBのスターターなのですから「完成されたピッチャー」ですから、それで良いということなのでしょう。キャンプイン前に、体は作っておくということです。
 
 1995年にMLBに挑戦した野茂英雄投手の頃は、NPB方式とMLB方式の狭間で、様々な苦労があったことでしょうが、それから多くのNPB出身投手のMLB挑戦が続きましたので、ノウハウも沢山蓄積されているのでしょう。

 田中投手もトレーニング後「いつでも先発できる」とコメントしていました。

 田中投手のプレシーズンゲームの初登板=アメリカでの初先発は3月1日のフィリーズ戦と決まりました。どんなピッチングを見せてくれるのか、とても楽しみです。
 また、くれぐれも注意したいことは、たとえ余り良くない投球内容であったとしても、大騒ぎしないことでしょう。

 調整過程の試行錯誤している段階の成績で一喜一憂し、色々と騒ぎ立てるのは、田中投手にとって迷惑なことでしょう。
 加えて、プレシーズンゲームで、どんなに良い投球を見せても、当然ながら今シーズンの成績には全く関係がありません。

 本番であるレギュラーシーズンの初先発ゲームに向かって、調子を上げていってもらうことが大切です。3月1日は「少し調子が悪い」位の方が、田中投手にとっては良いことなのかもしれないと思います。

 羽生結弦選手は、フィギュアスケート男子シングル・ショートプログラムで101点を超える史上最高点を叩き出した直後のインタビューで「自分が考えている演技からすると、まだまだ」とコメントしました。

 そして、金メダルを獲得したフリー演技の後には「金メダルを取っていながら、こんなことを言うのも何ですが、悔しい」とコメントしました。自らの演技内容に大いに不満であることが、良く分かりました。

 羽生選手は、フリー演技直後にリンク上で「だめだった」と漏らしていたと見ていますが、とにかく、自分のプレーへの要求が高いと感じます。自らが目指す演技には、史上最高得点の演技も、金メダルの演技も、遠く及ばないという感覚なのでしょう。

 この目線の高さが、羽生選手をここまで成長させてきたように思います。羽生選手にとっての最大・最強のライバルは、羽生選手自身ということになります。

 葛西紀明選手は、スキージャンプ・ラージヒルで銀メダルが確定した後のインタビューで「銀メダルは嬉しいが、金メダルを取れなかったので6:4で悔しさが上回る」「これで金メダルという目標が出来た。まだまだやりますよ」とコメントしました。

 7大会連続7回目のオリンピック出場という偉業に加え、個人で銀メダル、団体で銅メダルという素晴らしい成績を残しながら、「まだ、遣り残したことがある」と41歳の「レジェンド」は答えるのです。

 なんという意欲、なんという向上心でしょう。この超前向きな姿勢、より高い目標に対して、怯むどころか目を輝かせて語る姿には、感動を禁じえません。
 この力の源が何なのか、知りたいとも思います。

 羽生選手と葛西選手は、そのキャリアにおいては好対照の位置に居ます。

 19歳の羽生選手は上り坂、自らのプレーヤー人生の最高点に向かって勢い良く昇り続けている段階でしょう。今後、しばらくの間、世界の男子フィギュアスケート・シングルが、羽生選手を中心に動いて行くことは間違いありません。

 一方41歳の葛西選手は、下り坂とは言いませんが、少なくともキャリアの後半というか終盤に居ることは間違いないでしょう。葛西選手の選手キャリアは、「高原」のような形をしているようです。ピークがとても長いのです。そして、高原といっても平坦な地形ではなく上がり下がりが結構有るのです。
 とはいえ、いかに「レジェンド」といっても葛西選手に残されたプレーヤーとしての時間は、次のオリンピックまでの4年間と見るのが、相当でしょう。

 このように、昇り竜とラストの4年?という対照的な2人のトップアスリートの口から出る言葉が、とても良く似ているのは興味深いところです。

 「こうした考え方を身に付けているから、世界のトップで活躍できる」のか、「世界のトップに上り詰めて行く過程で、こうした考え方が身に付いてきた」のか、そこは判りませんが、2人が「満足すること無く、より高い境地」を目指し続けている限り、その挑戦は終わらないのでしょう。
 ヤマブキオーは、1976年・昭和51年の中山記念の勝ち馬です。

 ヤマブキオーは、中距離に強い馬でしたがマイラー(1,600m)ではありませんでした。1,800mのレースにとても強かったのです。

 ヤマブキオーは、「ハイセイコー世代」です。あの稀代の人気馬ハイセイコーと同期・1973年に3歳を迎えた世代でした。
 ヤマブキオーはしかし、クラシックレースには全く縁が無く、ハイセイコーとタケホープが凌ぎを削っていた頃、条件馬として走り続け、本格化の過程にありました。

 明けて1974年・4歳となったヤマブキオーは、1月の特別レース・ガーネットステークス、2月のオープン競走、3月の中京記念と3連勝し、ついに重賞勝ち馬となりました。中京競馬場を舞台にした3連勝でした。

 勢いを駆って、11月の天皇賞(秋)にトライしましたが、当時は3,200mだった天皇賞(秋)ですから、後から思えば距離が長すぎたのでしょう、カミノテシオ、イチフジイサミ、ディクタボーイという同期3頭の優勝争いから少し置かれた13着でした。

 1976年・6歳になって、ヤマブキオーは「中距離で強さを発揮する古馬」として完成されたように観えました。
 特別レースを制して臨んだ中山記念で優勝したのです。

 重賞・中山記念競走は1936年・昭和11年開始、当初は天皇賞と同じ様に「春」と「秋」の年2回実施という、中央競馬でも屈指の歴史と格式を誇るレースです。このレースを制したヤマブキオーは、この年、京王杯スプリングハンデと金鯱賞も制して、重賞3勝の大活躍でした。そして、この3レースは、いずれも1,800m戦でした。

 「千八のヤマブキオー」を象徴するレースがあります。東京競馬場・1974年11月9日のオープン競走です。
 当時は、重賞競走が少なかったこともあり、いわゆる一流馬が大レースに向けて「一叩き」するためのオープン競走が数多く実施されていました。月に1~2回は組まれていたのではないでしょうか。
 このレースも12月の有馬記念のステップレースとして重要な位置付けのレースでしたから、ハイセイコー・タケホープ・ストロングエイト・ディクタボーイ・メジロスイセイといったクラシックホース・重賞勝ち馬が大挙して出走してきました。
 現在で言えばG1レース並みのメンバーによる、平場オープン競走だったのです。注目度が非常に高く、テレビ放送も行なわれました。

 そして、ヤマブキオーはこのレースを制しました。ハイセイコー・タケホープという「同期2枚看板」を従えて優勝したのです。皐月賞(中山競馬場の2,000m)優勝のハイセイコーを2着に押さえ込んだレース振りは、ヤマブキオーの面目躍如たるもので、「やるもんだなぁ」と、テレビの前で呟いたことを憶えています。

 ヤマブキオー号、父パーソロン、母アサマヒカリ、母の父メイジヒカリ、通算成績47戦20勝、重賞6勝、オープン競走7勝。

 父親のパーソロンは、シンボリ牧場とメジロ牧場という2大牧場がアイルランドから共同輸入し、当時全盛期を迎えていた種牡馬でした。メジロアサマ(天皇賞(秋))、カネヒムロ・タケフブキ・ナスノチグサ・トウコウエルザ(以上オークス)、ナスノカオリ・ダイナソロン(以上桜花賞)、サクラショウリ(日本ダービー)、スイートネイティブ(安田記念)、そして代表産駒はシンボリルドルフ(三冠、有馬記念2回、天皇賞(春)、ジャパンカップ)、といった錚々たる優駿を輩出した、日本競馬を代表する名種牡馬でした。

 一方、母の父メイジヒカリは、日本ダービー馬であり、内国産種牡馬としてクラシックホースや天皇賞馬を輩出するなど、日本競馬を支えてきた名馬でした。

 この血統から、中距離の名馬・ヤマブキオーが生まれたのです。ヤマブキオーは、ゴール前の競り合いに滅法強かったという印象が有りますが、これはメイジヒカリの血ではないかと、私は思っています。

 ヤマブキオーは20勝しました。中央競馬で20勝以上を挙げた最後の競走馬だと言われています。MLBにおける最後の4割打者のようなものでしょうか。大変な実績だと思います。
 そして、オープン競走を7勝もしました。現在のレース体系なら、この内の相当数がG3重賞だったのではないかと思います。そうすると、今なら大変な数の重賞を制した馬ということになるでしょう。

 ハイセイコー・タケホープの1973年世代で異彩を放ったヤマブキオーは8歳まで走りましたから、トウショウボーイ・テンポイント・グリーングラスの1976年3強世代とも有馬記念などのレースで戦っています。

 大レースの多くが2,400m以上であった時代ですが、1,800mではヤマブキオーが主役を演じていたのです。
 ソチ・オリンピックで日本選手団が獲得したメダルは8個。
 冬季オリンピックでの獲得数としては史上2番目の数という見事な成績でした。選手団の皆さんの頑張りに拍手を送ります。
 連日のメダル獲得も有り、日本国民に大きな喜びと勇気を与えていただいたと感じます。

 メダルを獲得した種目の試合経過を観ると、明らかな共通点があります。
 「先手必勝」ということです。

 金メダルの羽生選手は、フィギュアスケート男子個人ショートプログラムSPで101点という世界最高得点をマークしてトップに立ち、フリーではミスも有りましたが、そのまま押し切りました。語り継がれるであろうSPの完璧な演技が、ライバル選手たちに向けての強烈な先制パンチになったと感じます。

 スノーボード男子ハーフパイプの平野選手・平岡選手は、今大会の日本選手団最初の銀メダル・銅メダルを獲得しました。日本選手団全競技・全種目の選手達に、大きな勇気と自信を与えてくれた活躍であったと思います。

 この平野選手・平岡選手も、予選の1回目に92点台という高いレベルの得点を叩き出す演技を魅せました。そして、平野選手はA組のトップ、平岡選手はB組の2位で、早々に決勝進出を決めたのです。
 92点台というのは、決勝でもメダルを争える水準ですので、「少しのミスも許されない」という緊張感を、ライバル選手達に齎したことでしょう。

 ノルディック複合ノーマルヒルの渡部選手は、前半のジャンプで最長不倒距離をマークして、3位と差のある2位に付け、クロスカントリーも堅実かつ冷静に走って銀メダルを獲得しました。
 クロスカントリー強化が実りつつあるとはいえ、まだまだヨーロッパのクロスカントリーが強いプレーヤーに比べれば、逆転で上位を狙うというのは苦しい日本人プレーヤーですので、前半のジャンプの出来が、メダルの成否を決める鍵です。
 この種目における渡部選手のジャンプは、まさに乾坤一擲の素晴らしいものでした。

 葛西選手のスキージャンプ・ラージヒルも、1本目139mの最長不倒距離をマークした大ジャンプがポイントでした。1本目に2位という好位置に付けたことが、2本目の勝負ジャンプを生んだのでしょう。

 スキージャンプ団体も、日の丸飛行隊の一番手・清水選手の1本目・132.5mの大ジャンプが勢いをつけました。団体種目の一番手は「切込隊長」と呼ばれますが、清水選手のジャンプはそれに相応しいもので、「いける!」という雰囲気をチーム全体に醸成したと感じます。

 スノーボード女子パラレル大回転の竹内選手は、予選のタイムトライアルで全体1位でした。オリンピックにおける「予選全体1位」というのは、圧倒的な実績です。この日の竹内選手は「滑れていた」ということになります。金メダルも十分狙える流れであったと思いますが、クンマー選手も予選タイムトライアル2位から決勝に進出してきましたので、五分五分の勝負となったのです。

 フリースタイルスキー女子ハーフパイプの小野塚選手も、予選で83点台という高い得点をマークして4位に付けました。83点台は、メダルを争える水準の得点でしたので、ライバル選手達へのプレッシャーになったことでしょう。
 そして、決勝の1本目に79点をマークし、1本目終了時点で3位につけました。3位で1本目を終えたことには大きな意味があり、2本目の83.20に結びついたものと思います。常に先手先手の戦いだったのです。

 やはり「逆転勝ち」は、なかなか難しいのです。これは、日本チームに限らず、世界中のどの国のチームでも同様でしょう。もちろん、逆転勝ちが皆無ではありませんが、レベルが高いゲームであるほど、先手を取る有利さは大きいようです。

 最初から攻撃的なプレーを展開することが、メダル獲得のポイントなのでしょう。
 2月22日の男子30kmリレーでバイアスロン競技の「キング」ことオーレ・ビョルンダーレン選手(ノルウェー)のソチ・オリンピックが終わりました。
 今大会での引退を表明しているという報道がありましたので、ビョルンダーレン選手の最後のオリンピックであったのかもしれません。
 ここまで6度のオリンピック出場で、金メダル9個、銀・銅も含めると13個のメダルを獲得してきた、バイアスロン史上最高のプレーヤーと言われる「キング」のラストランでした。

 この30kmリレーでノルウェーチームは残念ながら4位に終わり、メダルを獲得できませんでしたが、テレビ画面に映し出されたビョルンダーレン選手のプレーは、素晴らしいものでした。

1. 真紅のライフル

 ビョルンダーレン選手のライフル銃は、真紅でした。ノルウェー国旗の色のライフルだったのです。参加選手の中で、唯一の真紅のライフル。ノルウェーを代表し、バイアスロン界を20年以上に渡って牽引してきたアスリートの気概が、ライフルに込められているようでした。

2. 全弾命中

 このレースにおいて、ビョルンダーレン選手は伏射・立射の各5つの的(マト)・計10の的全てを一回の射撃で打ち抜きました。長い選手キャリアのラストランで全弾命中。さすがとしか言いようがありません。

3. 伏射は右端の的から、立射は左端の的から

 2.5kmを走った後の伏射は、5つの水平に並んでいる的の、右端の的から順に左にひとつずつ打ち抜いていきました。5.0kmを走った後の立射は、左端の的から順に右にひとつずつ打ち抜きました。

 そのテンポの良さ、構えてからトリガーを引くまでのスピードも素晴らしいものでした。「名人の射撃」といったところでしょう。

 バイアスロンの射撃では、「右の的から撃つ選手」「左の的から撃つ選手」「真ん中の的から撃つ選手」と色々なパターンが有ります。今大会にも、「真ん中の的から撃つ選手」が居ました。その選手は、①②③④⑤と並んでいる的を、まず③を撃ち、続いて④、続いて②、続いて⑤、最後に①と撃っていきました。2発目に②を撃つ選手も居るのでしょう。

 そうした中で、「キング」は、伏射は⑤から順に撃ち、立射は①から順に撃ったのです。これが、ビョルンダーレンの撃ち方なのでしょう。

 立射を完了し、残る2.5kmのクロスカントリーに戻った時、私はビョルンダーレンが強烈な走りで、一気に後続のチームを引き離しに掛かるものだと思い込んでいました。「キング」全盛期のイメージが強かったのです。

 しかし、ビョルンダーレンは後続のドイツやロシアチームに、どんどん追い上げられました。アンカーに引き継ぐ時には僅か2秒差でした。

 さすがに、クロスカントリーの走力が落ちたかと思いましたが、ある意味では、これは都合の良い思い込みだったのでしょう。
 よくよく思い出してみれば、全盛期のビョルンダーレン選手は、「射撃は時々外すが、そのペナルティ分を走力でカバーして余りある選手」だったのです。

 このレースのビョルンダーレン選手は「射撃で全弾命中、それも極めてスピーディに」でした。つまり、「キング」は走力の衰えを射撃力の向上でカバーして来たのでしょう。
 そうでなければ、衰えた走力で、今大会10kmスプリントとミックスリレーで2つの金メダルを取れる筈がありません。

 超一流選手は、自らの身体能力の変化・衰えに対して、様々な形で対処しているからこそ、長く世界のトップクラスに君臨できるのです。「キング」の長いキャリアの理由も、見せて頂いたレースでした。

 「真紅のライフル」を背負うビョルンダーレンの姿を、私は忘れないでしょう。
 伝統的に、オリンピック大会の最終日に行なわれる、クロスカントリー・男子50kmは、2月23日に行われ、ロシア選手が1・2・3位を占めて、表彰台を独占しました。

 クロスカントリー・男子50km競走は、1924年第1回冬季オリンピック・シャモニー大会から実施されている種目で、現在のクロスカントリー種目の中で第1回大会から実施されている唯一の種目でもあります。
 素晴らしい伝統を誇る種目であり、その50kmという最長距離の種目でもあるので、「クロスカントリーを志すプレーヤーが最も優勝したい種目」と言われています。

 そのことが、「オリンピック大会最終日に行なわれる種目という栄誉」を、男子アイスホッケー決勝とともに長年維持している理由に他なりません。

 「50kmに勝つこと」は名誉なことなのです。

 さて、ソチの50kmレースが始まりました。

 伝統的に50kmに強い、ノルウェーやスウェーデンの選手達が先頭集団を形作ります。今大会の50kmは「自由形」でしたので、各選手はスケーティング走法で走ります。このところのオリンピックでは、50kmの実施に際して、「クラシカル走法」と「自由形」を交互に採用しています。2010年バンクーバー大会は「クラシカル走法」でした。

 スケーティング走法は、クラシカル走法に比べてスピードが速く、結果として疲労度合いも少ないので、多くの選手が先頭集団を形成する傾向があります。今大会も、そうなりました。

 45kmを過ぎても先頭集団には、ノルウェーのスンビュ選手やノートグ選手(昨年の世界選手権大会チャンピオン)・ギョルダーレン選手、スウェーデンのオルソン選手(バンクーバーの金メダリスト)やセーデルグレン選手・リチャードソン選手、スイスのコログナ選手(今大会の15km・スキーアスロンの金メダリスト)、ベラルーシのドリドヴィッチ選手といった有力選手が居ましたし、ロシアのレグコフ選手・ヴィレグジャニン選手・チェルノウソフ選手の3人も遅れずに付いて行きました。

 そして48km・残り2kmで、ロシアの3選手が前に出ます。勝負に出たのです。
 
 ペースが突然上がり、先頭集団も付いて行こうとする選手の間に混乱・混雑が生じました。そして接触が起こり、コログナ選手の左のスキーが折れました。
 今大会、既に2つの金メダルを獲得し絶好調のコログナ選手でしたが、このアクシデントで圏外(27位)に去りました。

 優勝候補の双璧とされていた、ノルウェーのノートグ選手(18位)とスウェーデンのオルソン選手(9位)も、このペースアップに付いていけませんでした。

 ロシア勢のペースアップに付いていけたのは、ノルウェーのスンビュ選手唯ひとり。
 ロシア3選手とスンビュ選手がトップ集団を形成して、スタジアムに帰ってきました。ロシアの国旗が多数打ち振られ、大歓声が響き渡ります。

 残り200mでスプリント力に勝るレグコフ選手が抜け出し、先頭に立ちます。

 残り100m、2番手はスンビュ選手とヴィレグジャニン選手が競り合っていましたが、少しヴィレグジャニン選手が前に出たところで、スタンド寄りのコースからチェルノウソフ選手が伸びてきて、スンビュ選手を交わし、ヴィレグジャニン選手に10cm程に迫ったところがゴールでした。孤軍奮闘のスンビュ選手は、1m程の差で4位となりました。

 ロシアチームの3選手が1~3位を独占したのです。今大会のクロスカントリー・ロシアチーム最初の金メダルが、表彰台独占だったのです。

 ゴール後、疲労困憊で雪面に倒れていたレグコフ選手が、ようやく立ち上がり「雄叫び」を上げました。ロシアチームの3選手は、何度も何度も観客席の声援に応え、3人で多くのマスコミの写真撮影に応じていました。

 大会前から、テロの噂が絶えず、暖かい日が続いて山岳エリアでも雪が少なく、警備強化と大会運営に注力し続けてきたロシアの大会関係者にとって、最後に大きなご褒美がもたらされたような気がしました。

 ソチ・オリンピックの成功を象徴する、大会最終日の表彰台独占だったのでしょう。

 2月22日、バイアスロン競技のトリを飾る、男子30kmリレーが行なわれました。最新のバイアスロン競技の要素がぎっしりと詰まった好ゲームでした。

 7.5km×4選手=30kmのリレーです。各選手の試技内容は、

① クロスカントリー2.5km
② 射撃(伏射) 的は5つ
③ クロスカントリー2.5km
④ 射撃(立射) 的は5つ
⑤ クロスカントリー2.5km

 となっています。1人の選手が1周2.5kmのコースを3周し、1周毎にメインスタンド前に帰ってきて、伏射・立射の射撃を行い、最後に次のスキーヤーにタッチして引き継ぐという形式。
 観客は、全ての選手の射撃を見ること(当たり外れが観客からよく判るようになっています)が出来ますから、面白い訳です。

 射撃の基本的なルールは、以下の通り。

⑥ 5つの的(マト)に対して、使える弾は8発。最初に5発のカートリッジをライフルにセットし、5発で5的に当てられれば(1発も外さなければ)、選手は直ぐにクロスカントリーに戻ることが出来ます。

⑦ もし、1~3発外してしまった場合には、残った3の銃弾を1発ずつ、ライフルに篭めます。この装着作業に1発・約10秒を要することから、この10秒がペナルティとなります。2発外せば20秒、3発外せば30秒の時間を要しますから、その分タイムが遅くなる訳です。

⑧ それでも、8発で5つの的を打ち抜ければ、ペナルティは最大30秒程度で済むのですが、8発で5つの的を打ち抜けなかった場合、つまり4発以上外してしまった場合には、討ち抜かれていない的が残ります。
 例えば、4発外した場合には、的がひとつ残ります。この場合には、残った的の数だけ、1周150m程のペナルティコースを回らなければなりません。男子選手ですと平坦な150mコースを走破するのに20秒強を要します。この場合のペナルティタイムの合計は、6~8発の弾込めに10秒×3発=30秒、ペナルティコース1周で20秒の計50秒となります。とても大きなペナルティとなります。

⑨ 射撃で命中率が下がると、前述のようなペナルティが課されますが、だからといって「慎重にゆっくりと撃っている暇」はありません。オリンピックのようなハイレベルのゲームでは全弾命中が珍しくないので、各選手は「スピーディに撃たなくてはならない」のです。「素早く正確に撃ち抜くこと」が求められます。

⑩ 伏射と立射では、2.5kmしか走っていない上に、腹這いになる伏射の方が、命中率が高い(5kmを走り疲労が溜まった上に、不安定な立ち姿勢で撃っていく立射よりも)とされていますが、この点は的の大きさで調整されています。50m離れた的の直径が、伏射は4.5cm、立射が11.5cmとなっているのです。立射の方が、2倍以上大きな的です。
 50m先の4.5cmの的を狙う伏射も、相当難しいと思います。

 さて、この種目の基本的ルールを見てみました。実際のレースに戻りましょう。

1. 19カ国も出場していたこと。

 こうした国対抗のリレー競技として、我が国ではメジャーなスポーツではないバイアスロンに、何カ国位が出てくるのだろうと思っていましたが、何と19カ国!ヨーロッパ17カ国+アメリカとカナダですが、ヨーロッパにおけるこの競技の人気の高さを、再び認識させられました。
 ドイツ・フランス・ロシアといった大国から、スロベニア・ベラルーシ・エストニア・カザフスタンまで、代表チームを編成し出場させてくる競技なのです。

 加えて、出場している選手は概ね10歳を過ぎた頃からバイアスロンを始めているそうです。我が国で言えば小学校の高学年から、ライフルを背負って林間をクロスカントリーしているということになります。その文化の深さを感じさせます。

2. 第1走者のレース内容

 各国チーム第1走者の競り合いも、見応え十分でした。
 カナダチームが先行し、頭書の④立射までトップで来ました。しかし、ここで何と4発外してしまいました。頭書の⑧の例そのもののペナルティ50秒が課されてしまいました。カナダは大きく後退。この後、良く追い上げて7位入賞を遂げましたので、この4発外しが悔やまれるところです。

 射撃場に入ってくる各選手は、射撃場の100m位手前から、ゆっくりと滑ります。各選手がスピードを落としますから、そこでスピードを落とさずに走れば、たくさんのチームを抜けると思うのですが、各選手は決してそんなことはしません。射撃に向けて「呼吸を整えなければならない」からです。
 選手によっては「深呼吸をしたり」「下を向いて繰り返し呼吸をしたり」「静かにストックを置いたり」、自分の体を落ち着かせ、脈拍数を下げ、なるべく平静な状態で射撃の姿勢を取ることが出来るように、練習してきたルーティーンを実行します。
 「動」と「静」のバランスが大切なバイアスロンならではの光景が展開されるのです。
 
 結局、第1走者はノルウェーがトップで、第二走者に引き継ぎました。ノルウェーの第1走者ベイ選手(兄)は、1発も外しませんでした。というか、第1走者の頭書②の伏射では、19チームの内12チームが全弾的中ですから、外すことは大きな負担となるのです。

3. 第2走者のレース内容

 第1走者から第2走者に引き継がれ、ノルウェー・ドイツ・ロシア・オーストリアといった欧州各国に交じって、アメリカチームが上位に付けます。ノルウェーが少しリードして、アメリカ・ドイツが2位を競り合う形。
 バイアスロンについては後進国?のアメリカですが、近年強化が進み、強豪国の仲間入りをしていることが良く分かるレース展開でした。

 ところが、④の立射で大きなミスを犯してしまいます。何と5発外してしまったのです。ペナルティは、弾込め10秒×3発=30秒とペナルティコース2周で20秒×2周=40秒の計70秒。アメリカチームは大きく順位を落とし、結局16位に終わりました。
 トップ争いをしているチームでも、1つの射撃試技で致命的なペナルティを受けるのです。
 
4. 第3走者のレース内容

 ノルウェーチームは第2走者ベイ選手(弟)も首位を守り、10秒強の差で第3走者に繋ぎました。第3走者は、あの「キング」ビョルンダーレン選手です。40歳のビョルンダーレン選手は、今大会も10kmとミックスリレーで金メダルを獲得し、ここまでの6度のオリンピック出場で9個の金メダルを獲得していますから、この30kmリレーで優勝すれば、何と、自己が持つ冬のオリンピックで史上最多金メダル獲得記録の更新・10個目の金メダルが掛かるレースでした。

 ビョルンダーレン選手は、伏射・立射で1発のミスも無く全弾命中と見事な射撃を見せましたが、クロスカントリーで2位のパイファー選手(ドイツ)、3位のマリシュコ選手(ロシア)の追い上げを受け、ドイツチームに2秒差まで追い上げられました。

 全盛期には、クロスカントリーの走力で他を圧倒していたビョルンダーレン選手でしたが、40歳を迎えて、さすがに走力に衰えが見られたのか、あるいは今大会個人20km・個人10km・ミックスリレーに続く4種目目という疲労が残っていたのか、少し意外な展開でした。

5. アンカーのレース内容

 ビョルンダーレン選手が2秒差まで追い上げられたとはいえ、アンカーに今大会個人20km種目の金メダリスト・スベンソン選手を据えるノルウェーチームの優位は動かないものと思われました。

 早々に、ドイツ・ロシアの2チームのアンカーはスベンソン選手に追い付き、3チームが僅差で競り合う形となりましたが、スベンソン選手としては、立射が終わった後の2.5kmのクロスカントリーで、ドイツ・ロシアを引き離す作戦だったのでしょう。個人20kmのレースで、全弾命中・金メダルを獲得していたスベンソン選手としては、当然の作戦でもありました。

 そしてトータル27.5km地点の立射を迎えました。

 ノルウェー・ドイツ・ロシアの3チームが同時に射撃に入りました。ここで、意外なことが起こったのです。
 ノルウェーチームのスベンソン選手が、次々に外します。それを尻目に、ロシア・ドイツの両チームは早々に命中させてクロスカントリーに戻って行きました。

 結局、スベンソン選手は4発外して、150mのペナルティ走まで行なわなければなりませんでした。2.5kmのクロスカントリーしか残っていない27.5km地点での約50秒のペナルティは致命的であり、ノルウェーの優勝は無くなりました。

 個人種目の金メダリストであるスベンソン選手ほどの名手が、この肝心なところで4発も外すというのは考えにくいことですが、やはり「優勝へのプレッシャー」が大きかったのでしょうか。

 さて、ノルウェーチームの脱落を踏まえて、ドイツとロシア=シェンプ選手とシプリン選手の優勝争いとなりましたが、走力に勝るシプリン選手が残り1kmからシェンプ選手を引き離し始めて、3.5秒差を付けたところがゴールでした。
 開催国ロシアチームの見事な金メダルでした。

 ノルウェーチームは、最後の射撃でのミスが祟り、オーストリアチームにも抜かれて4位でのゴール。本命と目されていたノルウェーにとって、惜しまれる射撃失敗でした。

 第1走者でカナダが、第2走者でアメリカが、第4走者でノルウェーが、射撃ミスによるペナルティでメダル争いから後退したことを鑑みると、バイアスロン競技における射撃の重要性がよく分かります。

 一方で、優勝したロシアは4選手で計8発(弾込めペナルティのみ)外していますが、銀メダルのドイツは4選手で1発しか外していなかったことを見ると、射撃のペナルティ(この場合なら80-10=約70秒)をカバーするクロスカントリーの走力も、とても重要であることが分かるのです。

 大激戦であった、ソチ大会バイアスロンの男子30kmリレー。バイアスロンの魅力がたっぷり詰まったレースでしたし、バイアスロンの難しさを痛感させるレースでもありました。
 2月20日に行われた、カーリング女子の決勝、スウェーデンとカナダの対戦は見所満載の素晴らしい試合でした。
 カナダチームが6-3で勝ち、スウェーデンチームのオリンピック3連覇を阻止するとともに、1998年長野大会以来のオリンピックチャンピオンに輝きました。

 試合全体を通して、カナダが攻めてスウェーデンが守るという形でした。この大会、この「攻めのカーリング」で予選を9戦全勝として決勝トーナメントに進出してきたカナダチームですから、そのやり方を継続したのでしょう。

 特に、第6・第7エンドの攻防は見応え十分でした。

 第5エンド終了(前半終了)時点で3-3の同点。コーチとの相談を含めたハーフタイムから後半に入りました。有利な後攻はカナダ。

 ここで、カナダチームは「わざと点を取らない=無得失点のエンドを作る」作戦に出ました。第8エンドと第10エンドという「キーになるエンドの後攻を取るため」です。
 先攻のスウェーデンが投じたハウスの中のストーンをハウス外に出し(テイクアウト)続けます。1つのストーンを1つのストーンで出し、ハウス内にはストーンが溜まらないので「きれいなゲーム」などと呼ばれますが、実行し続けるのは大変難しいことです。

 相手のストーンにぶつけて、それをハウス外に出すのは、それほど難しいことではないのでしょうが、そこで自らのストーンがハウス内に残ってしまったり、ガードとして残ってしまうと、相手チームに付け入る隙を与えることになります。対戦相手は、トリノ・バンクーバーを連覇中の最強スウェーデンチームなのです。

 カナダチームは1投1投とても丁寧なプレーを続けました。スウェーデンチームも、隙あらばという準備万全という感じ。
 最終ストーンとなるカナダのスキップ・ジョーンズ選手のスローは見事なものでした。厚く当てすぎて、自らのストーンがハウス内に残り「1点を挙げてしまうことを絶対に避けるため」「このエンドを絶対に勝たない、そして絶対に相手ストーンを残さないで引き分けるため」に絶妙のスローでした。やや薄く当て、スウェーデンストーンを外に出すと共に、自らのストーンも大きく外に出たのです。

 普段であれば、なんでもないスローなのでしょうが、舞台はオリンピック決勝です。易しいようで、とても難しいスローでしょう。
 それまでチーム全体で創り上げてきたゲームを生かすも殺すも、最終試技者=4人目のスキップの1投です。世界最高水準の技術と精神力が必要であることは、言うまでもありません。

 第7エンドでも、カナダチームは「両チームが得点を取らない」ことを目指し、プレーし、実行しました。2つのエンドを連続して0-0のエンドとすることに成功したのです。第5エンドで3-3に追いつかれたときは、試合の流れはスウェーデンチームに在ると思いましたが、第6・第7エンドの作戦成功で、試合の流れもカナダが引き寄せた感じでした。

 カナダチームは、攻勢に出た第8エンドにギリギリのところで1点を取り、4-3とリードして第9エンドを迎えました。久々に後攻のスウェーデンチームとしては2点以上を取り、逆転したいエンドです。丁々発止の投げ合いから、ハウスの中には両チームのストーンがずらりと並びます。
 そして、スウェーデンのプリュッツ選手の最終ストーンが投じられました。ストーンはゆっくりと目標に迫りますが、僅かに手前で止まってしまいました。NO.1ストーンはカナダ。カナダチームは、2点をスチールし、6-3とリードを広げました。
 1投で「天国と地獄」という、カーリングの醍醐味そのもののプレーでした。

 最終の第10エンド、スウェーデンチームは有利な後攻でしたが、3点以上を挙げることは無理と判断し、棄権して、試合が終わりました。スリリングなゲームでしたし、世界最高レベルの女子カーリングを存分に楽しませていただきました。

 カーリング競技で勝つために最も重要なことは「正確にストーンを投げる能力」だと思います。当たり前のことを書いているようで恐縮ですが、ストーンの前をブラシで掃く「スウィービング」も大切なものの、基本的には「スロアーの投げる能力が成否の大半を決める」ということです。
 カナダチームとスウェーデンチームの「投げる能力」の高さと、正確なストーンの動きには感心しました。

 エンド毎や試合全体の作戦・戦略も、もちろん大事ですが、「狙ったとおりに投げられない」のでは、作戦も何もあったものではありません。「狙ったとおりに投げられる確率が高い」チームが、勝利を得ることが多いスポーツなのでしょう。

 従って、カーリングで強くなるためには、ストーンを投げるための十分な筋力を身に付け、微妙な指先の感覚を研ぎ澄まし、緊張した状況でもいつものプレーが出来るように精神力を鍛えて行くことが基本でしょう。

 「カーリングもフィジカルスポーツ」なのです。相当重いストーンを自在に操ることが出来る筋力と体幹の強化が、最重要課題でしょう。作戦や戦略のトレーニングは次の段階、「正確に投げられるようになってから」で十分間に合うと考えます。

 カナダチームのスキップ、ジェニファー・ジョーンズ選手は39歳。スウェーデンチームのこの試合のスキップ、マリーア・プリュッツ選手は37歳。
 女子カーリング選手の技術と経験が最高レベルに達するのは、30歳代の後半ということかもしれません。

 第3ピリオド10分を過ぎて、アメリカが2-0でリードしていましたから、金メダルはアメリカのものだろうと思いました。
 オリンピックのような大舞台では1点が極めて重いアイスホッケーですから、カナダの逆転は難しいように思われたのです。

 16分過ぎに、ブーリン選手の得点で1-2とカナダが追い上げました。アメリカにとっては2-0で勝ち切るべきゲームだとは思いましたが、それでもまだ、アメリカが優位でした。

 残り2分を切って、カナダが6人攻撃。アメリカ陣のブルーラインとサイドフェンスのところにパックが流れます。当然、カナダの選手が待ち受けていましたが、審判も居たので邪魔になりました。その隙にアメリカの選手がパックを叩きました。パックは、無人のカナダゴールに向かって滑ります。

 アメリカにとって、大きな勝機でした。これが決まれば3-1となり、アメリカの勝利は決定的な物となります。「勝負の神様がアメリカに微笑んだ」ようにも見えました。

 カナダゴールの向かって左側のポストに滑って行ったパックは、しかし、左に弾かれました。スローモーションで何度見ても、左右どちらに弾かれても不思議の無いシーンでした。
 「勝負の神様は結論を先延ばしにした」のです。

 カナダチームは6人攻撃で攻めに攻めます。アメリカチームも必死に守ります。女子アイスホッケー世界最高のプレーが続きました。

 残り時間が1分を切った瞬間、カナダのブーリン選手のシュートが決まりました。同点!
「勝負の神様がもう少しゲームを観ていたい気分になった」のでしょうか。

 2-2の同点でゲームは延長戦に入りましたが、試合の流れはカナダに傾いていました。8分過ぎのパワープレーでブーリン選手が再び得点し、カナダが勝ちました。
 「今日はブーリン女史の日にしよう」と勝負の神様が考えたのかもしれません。

 アイスホッケー史上に残るであろう好ゲームでした。
 第3ピリオド15分を過ぎて、永遠のライバル・アメリカチームに0-2とリードを許している状況で、全く諦める気配も無く攻め続けたカナダチームの、心身の強さが際立ったゲームでした。

 オリンピック4連覇。アイスホッケーを国技とする「カナダの底力」を魅せていただきました。
 良い演技の場合には短く感じられ、上手く行っていない時には長く感じられるのが、フィギュアスケートのフリーです。

 浅田真央選手のフリー演技は、本当にあっという間でした。

 厳しくも冷静な表情から演技がスタートしました。

 トリプル・アクセルジャンプが綺麗に決まりました。静かな流れであったと感じました。

 そこから、6種類・8回のトリプルジャンプが続きました。バランスを崩すことさえなく、笑顔と真剣な表情が交互に現れる演技でした。

 極めて精緻で丁寧なストレートラインステップから、スパイラルに繋がり、天井を仰いだところで浅田選手の動きが止まりました。万雷の拍手・歓声。

 何よりも、スピード十分な澱みない流れの中に多様なシークエンスが散りばめられた、見事な演技でした。

 天を仰いだ浅田選手の表情は、歯を食いしばり、涙を堪えているようでした。そして、真央スマイルに変わりました。

 日本はもちろん世界中で、たくさんの人達が涙していたのではないでしょうか。成績や順位を超えていたのです。

 永遠に続くように感じられた演技。もっともっと観ていたいと感じさせる、素晴らしい演技でした。
 「レジェンド」葛西紀明選手は、スキージャンプ・男子ノーマルヒルで僅差の8位、ラージヒルで銀メダル、団体で銅メダルと、見事な成績を残しました。

 41歳・7回目のオリンピック出場を果たし、好成績を収めた葛西選手に対して、様々な賛辞・祝意・コメント等が送られましたし、送られ続けていますが、本稿ではその内の3つを見てみましょう。

1. ロイター通信

 世界的な報道機関ロイターの記事。「日本の至宝」との見出しから、ラージヒルで「怪物的な2度のジャンプを見せ」銀メダルを獲得したと、報じました。
 この「日本の至宝」という見出しが、世界における葛西選手の評価を示しています。そして「惜しくも史上最年長の金メダルはならなかったが、心配はいらない。4年後も出ると言っている」と締めくくりました。

2. キング・カズ

 Jリーグ横浜FCの三浦知良選手のコメントです。「あの年齢で、世界の中心でやっているのは凄い。サッカーで言えばワールドカップのようなもの。尊敬する」と語ったと伝えられました。46歳の現役プレーヤー、キング・カズならではの賛辞でしょう。

3. スロベニアのペテル・プレヴツ選手

 プレヴツ選手は、男子ノーマルヒルで銀メダル・ラージヒルで銅メダルを獲得した、今大会のスキージャンプ競技の主役であった選手です。まだ21歳の若手。今後の世界スキージャンプ界を背負っていく選手のひとりでしょう。
 ラージヒルの2本目で、葛西選手が飛んだ後、自身を写すテレビカメラに、葛西選手を写すように右手で指し示したシーンが印象的でした。

 「彼がワールドカップで飛び始めた頃、自分は生まれてもいなかった。彼に負けると『自分はまだ20年間成長できる』と言い聞かせるんだ」とコメントしています。

 特に、このプレヴツ選手のコメントが、心に響きます。

 葛西紀明選手のプレーはもちろん、存在そのものが多くのスキージャンパーに勇気を与え続けているのです。
 「他の人に勇気を与えることができる存在」とは、何と素晴らしいことでしょう。

 「得点力の強化」と書きましたが、より正確には「得点を取る形の開発・習得」という意味です。

 昨年この時期に行なわれた予選を勝ち抜き、予選を勝ち抜くという形では初めてオリンピック出場を決めた日本女子アイスホッケー代表チーム「スマイルジャパン」のソチ・オリンピックが終わりました。

 残念ながら、5戦全敗でした。

 大会を通じて惜しまれるのは、初戦2月9日のスウェーデンとの試合でしょう。0-1で惜敗しました。
 実力・実績で大幅に上回るスウェーデンチームを相手に、スマイルジャパンは良く守り、時折反撃に出るという試合運びで、接戦を演じました。

 ソチ・オリンピックに出場している他のチームは、当然ながら全てスマイルジャパンより格上のチームばかりです。従って、スマイルとしては、守りを固め、相手の得点を許さず、何とか1点を捥ぎ取って、1-0あるいは2-1あるいは1-1からの延長戦に活路を見出して勝利するという構想で、ゲームに臨んでいたと思います。

 今大会もベスト4まで進出した女子アイスホッケーの強豪スウェーデンチームに対して、スマイルジャパンは、その作戦通りの試合を展開したのですが、1点が取れませんでした。集中力十分で、体を張ったスマイルジャパンの懸命の守備が印象的な好ゲームでした。
 
 続くロシア戦も同様の戦いを演じましたが、1-2で敗れました。

 これで、決勝トーナメント進出の望みを断たれてしまいましたから、第3戦のドイツ戦では集中力が切れてしまったのか0-4で完敗しました。
 予選リーグの3チームで最も実力が接近していると言われたドイツに、最も圧倒されて負けるのですから、やはり精神面は大きな影響があるのです。

 そして5~8位の順位決定戦の初戦でロシアに3-6、7~8位順位決定戦でドイツに2-3で敗れて、スマイルジャパンの8位が決まりました。8チーム出場しての8位は、残念なことでしょうが、8チームしか出場できない大会で5戦を戦ったという意義は、とても大きなものだったことでしょう。

 返す返すも、気力・体力十分であったスウェーデン戦で「勝ち点が取れなかったこと」が悔やまれますが、やはり「得点しなければ勝てない・勝ち点は取れない」ということでしょう。

 今大会の女子アイスホッケーでは、
① ロングシュートをゴール前に居る選手がコースを変える形
② シュートの跳ね返りを叩く形

 での得点が多かったと思います。この形は、通常でも得点を上げ易い形です。

 一方、前述①②の形は、十分な体格があり、守備側の選手に当たられてもバランスを崩さないフィットネスを保持している場合には可能ですが、スマイルジャパンのように相手チームの方が常にひとまわり・ふたまわり大きいという場合には、必ずしも有効な攻撃とはいえません。
 ゴール前に位置取る選手の動きが封じられてしまうからです。

 「得点しなければ勝てない」上に「通常の形では得点を上げることが難しい」ということになれば、「独自の得点奪取方法を創造する」しかありません。
 なでしこジャパンがパスサッカーで活路を見出したように、スマイルジャパンにも「ザ・スマイル」と呼ばれるプレーが必要なのでしょう。

 もちろん「新戦法・戦術の創造」は、容易なことではないのでしょうが、現状のままでは、オリンピックでの勝利は覚束ないでしょう。

 スウェーデン戦、ロシア戦は、7~8割のボール支配を許し、画面には日本ゴール周辺の絵ばかりが流れ、小柄なスマイル戦士たちが懸命にゴールを守るシーンの連続でした。たまにパックを奪っても、直ぐにターンオーバーされ、自陣ブルーラインを越えるのも容易ではない有様。とても胸が痛くなりました。
 「押し込まれ、守っているばかりでは勝てない」と痛感しましたし、何より、このアイスホッケーでは選手が参ってしまいます。精神的に持たないでしょう。アイスホッケー選手にとって一番面白い「攻撃」が殆ど出来ないのですから。

 例えば、ゴール前を相当のスピードで横切りながら滑る選手が、外からのロングシュートのコースを変えるプレーや、ゴールの左右のスミを角度のないところから狙って行くプレー、といった日本チームならではのプレーが欲しいところです。

 強いチームばかりなので難しいことはもちろんとして、初戦で大番狂わせを演じることが出来れば、メダルも有り得ると予想・期待していたソチ・オリンピックでしたが、今回は相手チームの方が上でした。

 しかし、あのスウェーデンチームをオリンピックの舞台で1点に押さえ込むことには成功したのです。これは大きな成果でしょう。
 あとは、高い確率で1試合に1点が取れるプレー、スマイルジャパン独自のプレーさえ創造できれば、もっと良い戦いが展開できます。パワープレーや通常の攻撃プレーに、「スマイルスペシャル」を加えるのです。

 体格・体力・持ち味が、欧米各国とは異なるスマイルジャパンだからこそ、その可能性が十分に有ると思います。

 いつも書くことで恐縮ですが、スキー・スノーボード・スケートといった競技では、「滑走能力」が最も大切です。

 スキーを、スケートを、スノーボードを「速く、正確に滑らせる能力」が最も重要であり、ジャンプ他の技も、速く・正確な滑走の上に成り立ちます。速く正確な滑走から「大きな運動エネルギー」と「安定した体全体のバランス」が得られますから、ジャンプ演技における長い滞空時間を確保でき、キチンとした踏切がやり易くなるわけです。
 ですから、スキー・スケート・スノーボードのトレーニングにおいては、滑走能力の向上に最も時間を費やすべきなのでしょう。

 さて、2月22日に行われた、今大会からの新種目フリースタイルスキー・女子ハーフパイプで、日本の小野塚彩那選手(25歳)が銅メダルに輝きました。

 小野塚選手は、2011年シーズンの途中までアルペンスキー(大回転種目)の選手でした。そして2011年にフリースタイルスキーに転向し、ハーフパイプ種目に専念、2012~2013年シーズンのワールドカップで早くも大活躍、2013年の世界選手権大会(オスロ)で3位・銅メダルを獲得しています。

 昨年の世界選手権で銅メダルを獲得しているのですから、ソチ・オリンピックの銅メダル獲得は「実力どおりの結果」ですし、ご本人としては順位を上げたかったことでしょうが、「オリンピックで実力どおりの成績を挙げる」という、極めて困難な課題を克服したのですから、見事なプレーであったと思います。

 小野塚選手は、フリースタイルスキーに転向して1年余りで世界のトップクラスに入り、2年で世界選手権3位となり、3年でオリンピックメダリストとなったわけで、これはとても速いと言えますし、一方こうした歴史が浅いスポーツでは時折見かけることとも言えますが、いずれにしても「アルペンスキーで培った滑走能力」がフリースタイルスキー・ハーフパイプ種目での成功の基礎となったことは間違いないでしょう。
 小野塚選手のスタイルである「ジャンプの高さ」は、速くて正確な滑走技術から生まれているのです。

 オリンピック新種目である、こうした若い競技が普及するに際しては、パイオニア的なプレーヤーが必ず存在します。この種目においては小野塚選手が相当するわけですが、日本をリードするプレーヤーが、当該種目のオリンピック初メダリスト3人に入っているということは、本当に素晴らしいことです。

 優勝したマディーボーマン選手は世界一のスポーツ大国アメリカ、2位のマリー・マルティノ選手はフリースタイル種目を始めとする新競技・種目に強いフランス、のプレーヤーです。アメリカ・フランスという「新しい競技に強い国」に交じって、日本人選手が3番目に入ったということは、このフリースタイルスキー・女子ハーフパイプ種目を牽引し世界に普及させていく国となったということでしょう。素晴らしいことであり、責任の重さも感じます。
 
 何はともあれ、小野塚選手おめでとうございました。

 日本女子個人フィギュアスケート代表3選手のソチのメダルへの挑戦は、ショートプログラムSPで終了してしまいました。首位グループの3選手が74点台を記録し、鈴木選手と15点差、浅田選手・村上選手とは19点差、と大差が付いたのです。

 現状の採点基準では、「高難度の技を演じた数で、加算式の採点」が行なわれますので、上位の選手が1度や2度転倒したところで、それ以外の演目を相応に実施できれば得点が大きく下がることはありませんから、10点以上の差を逆転することは到底不可能です。
 全体の構成から見ても、SP上位3名=キム・ヨナ選手、アデリナ・ソトニコワ選手、カロリナ・コストナー選手と、4位以下には5点以上の差が付きましたので、フリーではこの3名によるメダルの色を決める争いとなったのです。

 全30人が出場したSPでは、まず17番目のキム・ヨナ選手(韓国)が今季世界最高点となる74.92をマークして首位に立ちました。極めて高い得点でしたので、後続の選手達に向けての強力な先制攻撃となりました。

 このプレッシャーに押されて、20番目に登場した日本勢の1番手・村上佳菜子選手は、ジャンプに思わぬミスが出て55.60点という低い得点に止まりました。

 続いて、日本勢の2番手鈴木明子選手が24番目に登場。今シーズン見たことも無いミスが出て、60.97点に終わります。

 25番目には、優勝候補の一角と呼び声高いユリア・リプニツカヤ選手(ロシア)が登場しましたが、こちらもジャンプにミスが出て65.23点に止まりました。但し、リプニツカヤ選手は、当該ジャンプ以外の演目は相応に演じましたので、65点を確保できました。

 ヨナ選手の独走かと見えたSPでしたが、さすがにオリンピック。26番目のコストナー選手(イタリア)が、世界チャンピオンを忘れるなといわんばかりの完璧な演技を見せて、74.12という高得点で僅差の2位に付けます。
 大舞台でのコストナー選手の強さが発揮された、見事な演技でした。

 ロシア勢のトリを飾ったのが29番目滑走のアデリナ・ソトニコワ選手でした。大会直近になって、ロシア勢の1番手をリプニツカヤ選手に奪われていた形ですが、本来はロシア勢のお姉さん格。ここでは、ほぼ完璧な演技を見せて74.68の高得点。キス・アンド・クライでの嬉しそうな様子が、印象的でした。

 4年前は珍しい演目であった、女子の「3回転+3回転」は、この大会では多くの選手が挑み成功させています。コストナー選手やソトニコワ選手が、ヨナ選手と互角の得点を叩き出すことが出来たのは、現在の「加算式採点方法」の下では、どの選手でもキチンと演技すれば、キチンと点が出ることの証左に他なりません。
 日本チームでも、鈴木選手と村上選手は、日本選手権大会他の大会で3+3を完璧に演じていましたから、十分に戦えるハズだったのです。

 そして、全体最後の30番滑走、日本勢のトリを飾る浅田真央選手の登場でしたが、これはもう、今季浅田選手が出したことが無い74点台3人の圧力に完全に押されていたのでしょう。
 今季一度も綺麗に成功していないトリプルアクセルの転倒は止むを得ないこととしても、その後の演技も精彩を欠き、コンビネーションジャンプも出来ないとあっては、得点が出る要素は無く、55.51点。全体16位でした。

 3つしかないジャンプシークエンスの内2つで失敗、トリプルアクセルの方は、トリプルアクセルを演じた上での転倒ですから、トリプルアクセルの基礎点はありますが、コンビネーションジャンプは「試技無し」という形ですから、加算の仕様がありません。

 おそらく、鈴木・浅田・村上の3選手は、高得点連発の状況を受けて「ミスはできない」と感じ、守りに入って、小さな演技になってしまったのでしょう。
 「攻めの姿勢が不足していた」のです。

 オリンピックという大舞台では、有力選手の大半が失敗することなど期待できず、誰かが必ず良い演技をするのですから、自らも「ミスを覚悟しての一か八か」といった心持で、攻撃的・積極的なプレーを展開しなければ、勝機は見えてきません。
 その意味では、高得点連発の波に完全に飲み込まれてしまった形でしょう。

 滑走順番が大きく影響したとも言えますが、どんな事態が発生しても、自らの滑りを演じ切る「強い精神力」が欠けていたということかもしれません。

 浅田真央選手の素晴らしいフリー演技を観るにつけても、「攻めるしかない競技」の前半戦で、日本代表3選手が守りに入ってしまったのは、とても残念なことでした。
 デジャブー現象。スノーボード・パラレル大回転種目・決勝の2本目を観たとき、「何回か観たことがある映像」だと感じました。

 今季のワールドカップ決勝で、同じ2人が滑り、同じ様な結果になっているレースが何回かあったと思います。テレビのダイジェスト版に登場していました。
 今季のパラレル大回転は、スイスのパトリツィア・クンマー選手と竹内智香選手が決勝に残ることが多く、そして決勝ではクンマー選手が勝つことが多かったのでしょう。

 つまり、世界の1・2番はこの2選手が占めていて、この2選手の決勝レースではクンマー選手が勝っていたということになります。

 そして、現在の力関係通りに竹内選手は銀メダルを獲得したということです。1本目で0.3秒リードしていたこともあり、金メダルを取れるチャンスは有ったと思いますが、クンマー選手が追い込みをかけた2本目の終盤で、竹内選手は惜しくも転倒してしまったのです。

 「実力どおり・ランキング通り」に銀メダルを獲得するというのは、なかなか出来ることではありません。オリンピックの重圧を跳ね返したのですから。
 今大会、ランキング通りに順位が決まっている競技・種目の方が、遥かに少ないことを鑑みれば、クンマー・竹内両選手の「本番での強さ」が際立ちます。

 竹内選手は、予選タイムトライアルから好調でした。1分46秒33でトップ通過。2位で通過したのがクンマー選手でした。
 スノーボードクロスでも同様ですが、基本的には「タイムトライアルで速い選手が強い」のです。当たり前のことを書いて恐縮ですが、銅メダルのアリョーナ・ザワルジナ選手(ロシア)もタイムトライアルでは6位と上位通過していました。タイムトライアルでギリギリに通過した選手がメダルを取るというのは、なかなか難しいことなのでしょう。

 この種目の世界トップ2=クンマー選手・竹内選手の滑りには、少しというか、おそらく大きな違いが有ります。ボードからの雪煙の上がる量が相当異なるのです。竹内選手のボードからは、大きな雪煙が上がり、クンマー選手からは低く少ない雪煙しか上がっていませんでした。雪面とボードの接地の様子が異なるのでしょう。ボードの構造にも違いがあるのかもしれません。

 どちらの滑り方が良いのかは、今後の研究課題です。なにしろ、タイムトライアルは竹内選手の方が速く、レースではクンマー選手が勝ったのですから、現状では甲乙付け難いことになります。

 さて、竹内選手は銀メダル確定後のインタビューで「これから、この種目に入ってくる人は、私の様に回り道をしなくても済むと思う」とコメントしました。我が国における、この種目のパイオニアとして、様々な大会で孤軍奮闘し、23歳から28歳までの5年間はスイスナショナルチームと行動を共にするなど、自身の競技技術の向上に一身を捧げてきた竹内選手ならではのコメントであったと思います。

 スノーボード競技の中でも、ハーフパイプ種目には日本人選手も早くから取り組み、ワールドカップでは早くから好成績を残してきました。
 一方で、競走系の競技であるクロスやパラレルへの進出は遅れていたように思います。スキーアルペン競技でもそうですが、純粋にスピードを争う種目は、日本人プレーヤーは苦手なのかもしれません。

 そうした中で、オリンピック銀メダリストとなったのです。偉大な記録です。

 アルペンスキー・スノーボード競技の全ての競走系種目を通じて、日本人女子として初めてのオリンピックにおけるメダルなのではないでしょうか。
 また、男子を含めても、1931年コルチナダンペッツオ大会アルペン男子回転・猪谷千春選手の銀メダル以来、83年振り2人目のメダリストということになるのでしょう。

 竹内智香選手の快挙に、喝采を送ります。
 ニューヨーク・ヤンキースに入団した田中将大投手が、2月15日にフロリダ州タンパでキャンプインしたと報じられました。
 キャンプ初日にブルペン入りした田中投手は32球を投げ、まずまずの感触であったようです。

 何もかも初めてのことですから、田中投手には慌てることなく調整を進めていただきたいと思います。

 さて、MLBのルーキーとして、様々なことを学んでいかなければならない田中投手ですが、特にマスコミ対策というか、ファン対策として、「笑顔」が重要だと思います。
 幸いにして「天性の憎めない笑顔」を保持しているマー君ですから、その魅力?を存分に発揮してくれればと思うのです。

 翻ってみれば、PGAツアーに挑戦し、日本人として初めてツアー2勝を挙げた丸山茂樹選手は、その笑顔から「スマイリー・マルヤマ」として親しまれました。生き馬の目を抜くような厳しいゲーム・ツアーの中にあって、手応えの有るショットを放った時や、ファンの声援に応える時に、丸山選手の笑顔が見られ、これがアメリカのファン、ひいてはマスコミに好印象を与えたのです。

 MLBの松井秀喜選手も、各ゲームの最初の打席で、必ずキャッチャーとプレートアンパイアに笑顔で話しかけていました。松井選手の誠実な人柄が伝わるシーンでした。松井選手は、日本のファンはもちろんとして、アメリカのファン・特にアメリカの子供達から絶大な支持を得ていたと言われますが、この「ゴジラの笑顔」が大きな効果を持っていたように思います。

 ファンが心情的に支持している選手のことは、マスコミとしても叩き難いのです。今後のMLBキャリアの中で、いかに田中将大とはいっても苦しい時期があることでしょうが、そんな時に支えとなるのはファンの支持でしょう。

 もともと怖い顔であれば、「笑顔」といっても難しいかもしれませんが、田中投手には素晴らしい笑顔が備わっています。

 2月11日の入団会見で、田中投手はたどたどしい英語で挨拶し、立ったままニッコリと笑顔を向けました。この笑顔こそが、田中将大最強の「名刺」でした。

 バイアスロン競技は、クロスカントリーと射撃を組み合わせたもので、動と静のカップリングのバランスが良く、とても面白い競技です。ヨーロッパでは、大変人気が有る競技で、オリンピックでも1960年スコーバレー大会から行なわれていますから、歴史と伝統を誇る競技でもあります。

 このバイアスロン競技に、「キング」と呼ばれる史上最高の選手が存在します。ノルウェーのオーレ・アイナル・ビョルンダーレン選手(40歳)です。「ヨーロッパに彼を知らない人は居ない」と言われるほどの名選手です。
 ソチ大会では、「レジェンド」葛西紀明選手に「世界中の注目」が集まっていますが、この葛西選手と互角以上に注目されているのがビョルンダーレン選手なのです。

 ビョルンダーレン選手のオリンピックや世界選手権といった世界最高の国際大会での成績は、他を圧しています。というか、他の競技における超一流選手と比較しても、彼を凌ぐ実績を持つ選手はなかなか見つからないでしょう。

 オリンピックについて見てみましょう。
・ 1994年リレハンメル大会に20歳で初出場
・ 1998年長野大会で金メダル1個、銀メダル1個獲得
・ 2002年ソルトレイクシティ大会で金メダル4個獲得(バイアスロン競技全4種目制覇)
・ 2006年トリノ大会で銀メダル2個、銅メダル1個獲得
・ 2010年バンクーバー大会で金メダル1個、銀メダル1個獲得
・ 2014年ソチ大会で金メダル1個獲得(大会開催中)

 ソチ大会は開催中で、まだリレー種目が残っていますが、現時点まででも、通算「金」7個、「銀」4個、「銅」1個、計メダル12個という、素晴らしいというか驚異的な成績です。そもそも、6大会連続6回目のオリンピック出場というだけでも凄いことなのですが。
 「金」7個というのは、同じノルウェーのクロスカントリー選手ビョルン・ダーリ選手の8個に次ぐ、冬季オリンピック史上2番目となっています。

 世界選手権も見てみましょう。
 金メダル16個、銀メダル11個、銅メダル9個と、途方も無いメダル獲得状態です。

 ワールドカップなど他の大会の成績を見ていくと際限がありませんので記載しませんが、間違いなく史上最高のバイアスロン選手なのです。

 圧倒的なクロスカントリー走力を持って、少しくらい射撃で外しても、走りでカバーしてしまうのがビョルンダーレン選手のスタイルです。
 国際大会で、射撃全弾命中の選手を何発かミスしたビョルンダーレンが、走力で抑え切って勝利してしまう姿を、何度目にしたことでしょう。

 ソルトレイクシティ・オリンピックの20km種目の前、ドイツのコーチが「優勝するのは全弾命中の選手か、ビョルンダーレン」と予想し、全弾命中のフランク・ルック選手(ドイツ)を抑えて、20発中2発外したビョルンダーレン選手が優勝したのは、有名な話です。2発外し=2分のペナルティー加算など、全盛期のビョルンダーレンにとっては何でも無いことだったのでしょう。

 40歳になったビョルンダーレン選手は、ソチ・オリンピックを持って引退すると表明しています。さすがに全盛期ほどの活躍は見られないとはいえ、今大会でも10km種目で金メダルを獲得しました。そして、2月22日のリレー種目に臨みます。
 これが「キング」のラストランです。結果も興味深いのですが、何より、史上最高のバイアスロンプレーヤーの姿を、眼に焼き付けたいと思います。
 2007年のダイヤモンドステークスG3の勝ち馬トウカイトリックが、本年1月6日の万葉ステークスでの4着をラストランとして現役を引退しました。
 2004年の8月の2歳新馬戦・小倉でデビューしてから、足掛け11年の競走馬キャリアでした。「無事これ名馬」という言葉を地で行ったサラブレッドでした。

 トウカイトリック号、父エルコンドルパサー、母ズーナクア、母の父シルバーホーク、生涯成績63戦9勝、重賞3勝(2007年ダイヤモンドステークスG3、2010年阪神大賞典G2、2012年ステイヤーズステークスG3)

 トウカイトリックのキャリアには、いくつかの特徴があります。

1.重賞勝ちは、全て3000m以上のレースであること。
 ダイヤモンドステークス3400m、阪神大賞典3000m、ステイヤーズステークス3600mとなっています。
 レース振りや走りっぷりを見ると、いわゆる「ステイヤー」 (一定のスピードで長い距離を走破できる能力を持ったタイプ) という感じではないのですが、結果としては長距離戦に強い馬でした。絶対スピードは今ひとつなのですが、常に真面目に一生懸命走り、長距離重賞レースでは展開次第で優勝することがあったというサラブレッドなのだろうと思います。

2.同じレースに何度も出走していること。
 この点が、トウカイトリックの最大の特徴でしょう。長距離戦で好成績を残せる→長距離戦でしか好成績を残せない、ので、出走しようとするレースが限定されるのです。
 そのことに、11年に及ぶ長いキャリアが重なって、「毎年このレースでトウカイトリックを見る感じがする」ことになったのです。検証してみましょう。

① 万葉S(オープン競走)3000m 7回出走 2008年と2010年に優勝
 (出走年)2007年、2008年、2010年、2011年~2014年

② G3ダイヤモンドS 3400m 4回出走 2007年優勝
 2006年、2007年、2010年、2012年

③ G2阪神大賞典 3000m 8回出走 2010年優勝
 2006年~2013年の8年連続

④ G1天皇賞(春) 3200m 8回出走
 2006年~2013年の8年連続

⑤ G2目黒記念 2500m 4回出走
 2006年、2007年、2009年、2011年

⑥ G2アルゼンチン共和国杯 2500m 7回出走
 2006年~2009年、2011年~2013年

⑦ G3ステイヤーズS 3600m 7回出走
 2006年~2009年、2011年~2013年

  となっています。

 実は、4歳以上の馬が出走できる平場3000m以上のレースは中央競馬全体でも、上記の①、②、③、④、⑦の5レースしかないのです。
 トウカイトリックは、この5レース全てに出走しているのみならず、全て4回以上走っています。天皇賞(春)と阪神大賞典に到っては8年連続で出走しています。「いつもこのレースでトウカイトリックを見る」という感想も当然のことですし、上記①~⑦のレースで45戦を戦っていますが、4歳以降の51戦(国内49戦)のうちの45戦ですので、「トウカイトリックは毎年同じレースに出走していた」と言っても、過言ではありません。

 こうした競走馬は、他に思い当たりません。本当にユニークな存在だと思います。

 トウカイトリックは、天皇賞(春)に8回挑戦しています。古馬で長距離が得意な馬にとって、天皇賞(春)に優勝することは最高の栄誉です。トリックも取りたかったことでしょう。そのトリックが、天皇盾に最も近付いたのが、2007年のレースでした。このレースで、トウカイトリックは3着と健闘しましたが、勝ったメイショウサムスンからハナ・クビの差の3着。トリックが上がり34.4秒の脚を使ったレースでした。あと一歩、本当に惜しい、大魚を逸したレースであったと思います。

 また、トウカイトリックはその長いキャリアの中で、ディープインパクトとオルフェーヴルの2頭の3冠馬と戦っています。この2頭の両方と戦った馬は、他には思い当たりません。

 ディープインパクトと一緒のレースは、3歳時の神戸新聞杯と4歳時の天皇賞(春)でした。共にディープが1着で、トリックは7着と9着でした。
 オルフェーヴルと一緒のレースは、10歳時の阪神大賞典、あのオルフェが逸走しそうになったレースです。勝ったのはギュスターヴクライ、トリックは6着でした。

 もちろん、12歳まで走ったからというだけでディープ・オルフェと走れたわけではありません。12歳まで一貫してG1クラスのレースに出走できる成績と体調を維持し続けたから、可能だったのです。本当に素晴らしいことだと感じます。
 
 さて、トウカイトリックの引退には、もうひとつのエポックが存在します。

 それは、「エルコンドルパサー最後の産駒が引退する」という点です。凱旋門賞ゴール前のモンジューとの激烈なデッドヒートが忘れられない名馬であるエルコンドルですが、種牡馬になって3年目・7歳の時に腸ねん転を発症して亡くなりました。短い種牡馬キャリアだったわけですが、その最後の現役産駒がトウカイトリックだったのです。
 エルコンドルも故障しない馬でした。トリックの頑健な体は父親譲りのものなのでしょう。

 トウカイトリックは、引退後京都競馬場の乗馬になると伝えられています。そうすると、エルコンドルパサーの血脈が途切れてしまうのではないかと心配です。

 エルコンドルパサーの父はキングマンボ、母の父シルバーホークはグラスワンダーの父でもあります。良血だと思いますし、非サンデーサイレンス系として貴重な血統でしょう。
確かに12歳まで走りましたから、種牡馬としてのプライムタイムが短いとは思いますが、何とかトウカイトリックの産駒を見ることは出来ないものでしょうか。
 2月17日に行われた、スキージャンプ団体種目で、日本チーム・日の丸飛行隊は3位となり、ドイツ、オーストリアに次いで銅メダルを獲得しました。
 近年、そして今季これまでの成績を鑑みれば、予想を超えた好成績と言えるでしょう。見事な活躍です。

 個人ラージヒル種目の成績から、金メダルを望む声も多く、私の友人も「金が取れなかったかなー」と連絡してきましたが、大会序盤なかなかメダルが取れなかった頃は「銅でも銀でも何でもいいから、メダルを取って欲しい」と言っていた彼が、羽生選手の活躍などを見るにつけ、「金」を望むようになるのです。ファンというか世界中どこでもスポーツ応援者の欲望?には際限が無いものだと感じますけれども、この銅メダルは大変価値が有るものだと思います。

 ドイツ・オーストリアは、世界を代表するスキージャンプ大国です。

 1994年リレハンメル・オリンピック以降のスキージャンプ団体種目の成績を見てみましょう。

① リレハンメル1994 優勝ドイツ・2位日本・3位オーストリア
② 長野1998 優勝日本・2位ドイツ・3位オーストリア
③ ソルトレイクシティ2002 優勝ドイツ・4位オーストリア・5位日本
④ トリノ2006 優勝オーストリア・4位ドイツ・6位日本
⑤ バンクーバー2010 優勝オーストリア・2位ドイツ・5位日本
⑥ ソチ2014 優勝ドイツ・2位オーストリア・3位日本

 となっています。

 オーストリアとドイツは常にオリンピック団体種目の優勝を争う2国であることが明らかです。
 また、日本チームがソルトレイクシティ大会以降の5位→6位→5位という低迷期から、ソチで復活したというのも分かります。

 加えて言えば、リレハンメル大会以降の6つのオリンピックで優勝しているチームは、ドイツ3回、オーストリア2回、日本1回ということですから、ソチ大会は、近年の世界スキージャンプ種目の傾向が、そのまま現れた大会とも言えるでしょう。

 いずれにしても、12年を越える低迷期を脱し、久しぶりにメダルを獲得した日本スキージャンプチームに、大きな拍手を送ります。清水礼留飛選手、竹内拓選手、伊藤大貴選手、葛西紀明選手、そしてスタッフ・関係者の皆さん、おめでとうございました。

 結果を見ると、金メダルのドイツチームが1,041.1点、銀メダルのオーストリアチームが1,038.4点と、日本チームの1,024.9点とは、それぞれ16.2点・13.5点の差が有ります。飛距離にして(1m→1.8点)、9m・7.5mの差です。選手1人当たり2.25m・1.875mの差→1回のジャンプ当たり1.125m・0.9375mに相当しますから、これは大きな差と言えるでしょう。現時点の力の差ということではないでしょうか。

 ソチでは、現在のチーム力の全てを発揮して、素晴らしい結果を残してくれた日の丸飛行隊!
 まだまだ現役を続けると宣言している「レジェンド」葛西選手を始めとする日本スキージャンプ陣の皆さんには、今後の国際大会でのジャンプアップを期待したいと思いますし、再びオリンピックで頂点に立つ可能性は十分にあると感じます。
 2月16日に行われたスピードスケート女子1500mで、オランダチームが1~4位を占めました。
 オランダ・スケート陣の強さは、本ブログでも指摘してきましたが、表彰台独占を超えて、4位までを占めるとなると尋常ではありません。

 今大会のスピードスケート競技において、オランダチームは表彰台独占を既に3種目で達成しています。ドイツやアメリカといった強豪国を圧倒していますから、「凄い!」を通り越して「恐ろしい?」という感じさえする強さです。

① 2月8日男子5000m 1位~3位
② 2月10日男子500m 1位~3位
③ 2月16日女子1500m 1位~4位

 オランダにとっては「金・銀・銅メダルの独占は珍しいことではない?」ので、今度は4位も取ってみたという感じでしょうか。本当に強く、素晴らしいチームだと思います。

 この種目で優勝したコリエン・テルモルス選手は、前日にはショートトラック1500mに出場し4位に入賞しています。スピードスケートの1500m種目というのは最もキツイ種目のひとつと言われますが、前日に1500m種目にトライし、2日目には1分53秒51のオリンピック新記録で金メダルというのですから、驚異的です。疲労残りとか体調管理という面から、2日連続の出場の方が良かったということなのでしょうか。

 身長181cmのスラリとした肉体がしなやかに躍動する滑りでした。特に、スタートから飛ばしているように見えて、実は抑えた冷静な滑りで、最後の1周400m、中でもラスト100mのスピードは他の選手を圧倒していました。どんな選手でもフラフラになるといわれる1100m→1500mの区間を、これほど速く滑る選手をはじめて見たように思います。

 銀メダルのイレーン・ビュスト選手は、前回バンクーバー大会のこの種目の金メダリストで、今大会でも既に3000mで金メダル、1000mで銀メダルを獲得している「勝負強さ」に定評が有る選手です。この種目でも大本命でしたが、相当前の組で滑ったテルモルス選手のタイムがとても速かったこともあって、いつもよりは序盤から飛ばしでいました。

 1100mの途中経過では、テルモルス選手と互角であり、「さすがにビュストは、テルモルスのオリンピック新記録をさらに塗り替えるのか」と思わせましたが、最後の100mのスピードで僅かに届きませんでした。それでも、1分54秒09で走破し、テルモルス選手に0.58秒差まで追い込んだのです。
 戦前の優勝予想タイムは、1分54秒台半ばでしたから、それよりは速く、通常なら十分に金メダルが取れる滑りだったのです。

 銅メダルのロッテ・ファンビーク選手は出場したオランダ4選手の最年少22歳。スタートから飛ばして粘り切ったレースでした。ファンビーク選手も1分54秒54という、優勝に匹敵する記録でした。

 そして4位は、マリット・レーンストラ選手でした。レーンストラ選手は1分56秒40という、通常なら銅メダルに相当するタイムで走破しましたが、「同僚が強過ぎた」のです。レーンストラ選手にとっては、オランダの国内大会を戦っているような気分であったかもしれません。

 出場した全4選手が1位~4位を独占するというのは、オリンピックの長い歴史上でも大変珍しいことだと思います。そして、オランダ・スピードスケート界の「選手層の厚さ」それも「驚嘆すべき厚さ」を感じさせるものです。

 スケート王国オランダの強さには敬服するばかりですが、その強さの秘密については、十分に研究し、活かしていく必要があると思います。
 他の欧米各国チームをも圧倒する強さなのですから、「体格が大きいから強い」などということはありません。ということは、日本チームにも参考になる点が多々有るのではないでしょうか。

 常に世界のクロスカントリー競技をリードする存在である、ノルウェーチームの不振が目立ちます。

 昨2013年、イタリア・バルデフィエメで開催された、ノルディックスキー世界選手権大会のクロスカントリー競技でも、男女共にノルウェーチームが他を圧していました。
 そのノルウェーチームが、1年後のソチ・オリンピックで、不振に陥っているようです。とても、不思議なことです。

 2月15日に行われた女子20kmリレーと16日に行われた男子40kmリレーでは、「ノルウェーチームの不振」が端的に現れました。

 女子20kmリレー、男子40kmリレーともに、ノルウェーは優勝候補の筆頭でした。個人種目より、その国・チームの総合力が問われる種目です。4人の選手を揃えなければならないという点から、ノルウェーチームは他を圧していたからです。

 ところがレースでは、第1走者が先頭集団に付いていけず、第2~3走者も第1走者の遅れをカバーするどころが、ずるずると後退し、アンカー・第4走者も追い上げこそ見せるものの、本来の走りとは程遠い出来でした。
 結果は、女子が5位、男子が4位と、優勝確実と観られていたチームとしては、メダルにさえ届かない不本意なものでした。

 クロスカントリー・ノルウェーチームに何が起きているのでしょうか。

 考えられることとしては、

① ワックスが合っていないこと。

 これは、2~3種目を終えた段階で言われていたことです。「ノルウェーのスキーが滑っていない」ように見えることからの指摘ですが、誰もが認める世界最強チームのワックスマン他のスタッフ陣が、いつまでもソチの雪質を掴むことが出来ないというのも、なかなか理解し難いことです。
 ノルウェーチームの不振は、大会が進むにつれて増幅されている印象ですから、これが原因とは到底思えません。

② 暑い気候のため、選手が力を発揮できないこと。

 最高気温14℃と、この時期としてはとても高い気温が続き、北欧ノルウェーの選手達にとっては酷暑とも言える状態なので、実力を発揮できないとする見方です。
 しかし、同じ北欧のスウェーデンチームが好調で、前述の男女のリレーもともに優勝していることを考え合わせると、これが原因とも思えません。
 
③ 何らかの理由で、選手の体調管理に失敗したこと。

 私は、これが原因であろうと思っています。
 男女のリレーのアンカーであった、女子のビヨルゲン選手と男子のノートグ選手は、ともに現在の世界クロスカントリー界を代表する選手です。この2人は、当該リレー競技においてもチームのアンカーを任せられ、差をつけられてしまったチームの追い上げを託されました。

 ともに、リレーされた直後の差を勘案すると「銅メダルには届く」のではないかと観ていましたが、スピードが上がらず、ビヨルゲン選手は4位にあがった後、抜き返されて、5位でゴールしました。ノートグ選手は4位に上がるのが精いっぱいでした。
 このビヨルゲン選手とノートグ選手の走っている様子が、「とても苦しそうだった」のです。昨年の世界選手権で大車輪の活躍を魅せた2人、あの時の苦しそうな様子とは明らかに違う、体が動かないという感じの苦しそうな様子。2人のトップアスリートでさえ、この有様ですから、ノルウェーチームは全体として体調不良なのではないでしょうか。

 体調不良の原因は分かりません。体調をピークに持ってくるのに失敗したのか、大会開始直前から大会中の食事に問題があったのか、あるいはチーム内に何らかの不協和音が響いていて、競技に集中できないのか、様々な原因が考えられますが、真相は闇の中です。

 今大会ここまで、男女のスプリント種目と女子スキーアスロン種目で3つの金メダルを獲得し、他にも銀メダル1、銅メダル2を獲得しているノルウェー・クロスカントリーチームを、不振と言うのは当たっていないのかもしれませんが、女子10km・男子15km・男女リレーといった伝統的な種目における精彩の無さは、やはり気掛かりなところですし、何より「最強のノルウェーに、他の国々が挑む」という構図は、現在のクロスカントリー競技そのものだと思います。そのノルウェーが弱いのでは・・・。

 今後の男女団体スプリント、そして女子30km・男子50kmの「ザ・クロスカントリー」とも言える種目における、ノルウェーチームの復活に期待しています。
 デンバー・ブロンコスのクオーターバックQBペイトン・マニング選手は、NFL2013のレギュラーシーズンのMVPを獲得しました。これで5回目のMVP受賞となり、自身が持つ歴代最高受賞回数記録を更新しました。

 スーパーボールでは、シアトル・シーホークスに完敗しましたが、2013年シーズンがペイトン・マニングにとって素晴らしいシーズンであったことは、間違いないでしょう。

 そのペイトン・マニングとデンバー・ブロンコスの2013年シーズンを象徴するドライブは、プレーオフの初戦・対サンディエゴ・チャージャーズ戦で見られました。それも、当該ゲームの最初の攻撃でした。

 ワイルドカードを勝ち上がったチャージャーズを迎え撃つ形となったディビジョナル・プレーオフのゲーム。
 そのゲームのブロンコスの最初の攻撃を順に観てみましょう。

① ランニングバックRBノーション・モレノのラン
② ワイドレシーバーWRウェス・ウェルカ―へのパス
③ タイトエンドTEジュリアス・トーマスへのパス
④ WRエリック・デッカーへのパス
⑤ WRデメアリアス・トーマスへのパス

 となっています。

 QBペイトン・マニングは、最初の5プレーで、5人の異なるプレーヤーにボールを委ねています。このことだけでも、そのバリエーションの豊富さに感心するのですが、その5人のプレーヤーが、2013年シーズンにおけるブロンコスの攻撃の中心プレーヤー達であったというのが、またまた凄いところです。

 この5人の2013年シーズンの成績を列挙します。

・RBモレノ 1,038ヤードを走り10タッチダウンTD
・WRウェルカー 778ヤードのパスレシーブで10TD
・TEトーマス 788ヤードのパスレシーブで12TD
・WRデッカー 1,288ヤードのパスレシーブで11TD
・WRトーマス 1,430ヤードのパスレシーブで14TD

 5人のプレーヤーが、いずれもシーズン10TD以上を記録しています。見事なものです。特に、4人のパスレシーバーが10TD以上というのは、NFL史上初の記録です。

 プレーオフ初戦の最初の攻撃で、そのシーズンに活躍したプレーヤーを順番に使っていくというペイトン・マニングのプレーコール。まるで、歌舞伎の顔見世のようだと思いました。

 これは、意図的なものなのか、偶然なのか。私は、丁度その中間なのではないかと感じます。

 2013年シーズンのブロンコスオフェンス陣の特徴は、パスターゲットの多様性でしたから、自然にプレーしても、4人のパスターゲットに球は分散されるのでしょう。一方で、ペイトンとしては、「我らがチームのレシーバー陣を見てくれ。NFL・NO.1だぞ」という気持ちも有ったのではないでしょうか。

 なんとも豪華絢爛なオフェンスが展開されたものです。まさに、ペイトン・マニングとデンバー・ブロンコスの2013年シーズンを象徴するドライブでした。

 この大会では、日本男子ジャンプ陣が元気です。

 「日の丸飛行隊」という愛称?も復活した感じです。

 ラージヒル種目でも、葛西紀明選手が銀メダル、伊東大貴選手が9位、清水礼留飛選手が10位、竹内択選手が13位と、いずれも好成績でした。頼もしい限りです。

 何より、4人のジャンパーが個性的なことが、「日の丸飛行隊」という呼び名に相応しいのです。個々のプレーヤーの輪郭がしっかりしているのは、強いチームの必要条件です。

 葛西選手は、7大会連続オリンピック出場という世界記録を保持していながら、全く偉ぶるところが無く、物静かな雰囲気の中で自身の競技能力向上に全力を傾け続けるという、理想的なアスリートと言っても良い存在でしょう。コメントや表情・様子がそのまま絵になりますから、まさにスーパースターです。「レジェンド」と呼ばれ、世界中のジャンパーから尊敬を集め続けているのも、当然だと思います。

 伊東選手も、インタビューの都度何かぶっきらぼうとさえ感じられる空気を醸し出します。故障が完治していないのでしょうが、決して愚痴は言いません。その心身には、葛西選手と共に低迷期の日本ジャンプを支えてきたという、自負と誇りが秘められています。今回の試合後のインタビューでも「いろいろあります」とだけコメントしていました。強い意志を持ったアスリートだと感じます。

 清水選手は、飛行隊の最年少(20歳)ジャンパーですが、天性のバランス感覚を有していると言われ、サッツ前後の上手さが際立っています。確かに「飛び出した直後の腰の動き」は、独特ですし芸術的な感じさえします。
 日本スキー発祥の地・新潟県高田の近隣に生を受け、両親がスキー選手に育ってほしいとの願いを込めて、日本陸軍・高田連隊にスキーを伝えたオーストリア陸軍のレルヒ少佐から「礼留飛」と名付けたという、生まれながらのスキー選手・ジャンパーです。
 名付けられたからといって、トップアスリートに育ったというのは凄いことですが、清水選手の良いところは、その明るさの様に思います。今後の日本ジャンプ界を牽引していく存在だと思いますし、「日の丸飛行隊2014」のムードメーカーでしょう。

 竹内選手は、「職人」という雰囲気が漂います。強いチームには、こういう存在が必ず居ます。インタビューのコメントにも、求道者テイストが溢れています。味わい深いアスリート?というところでしょうか。
 ラージヒルでは、ご自分のイメージには遠く及ばないジャンプであったようです。寝ている時もジャンプのことを考えているタイプの選手でしょうから、団体戦での活躍がとても楽しみです。

 葛西選手は、その金色・ゴールデンイーグルデザインのヘルメットに日の丸を貼って飛びました。その貼られた日の丸には、皺が目立ちました。きっと自分で貼ったのでしょう。世界の「レジェンド」が、試合前にヘルメットにシールを貼っている姿を想像すると、楽しくなってしまいますが、まさしく「日の丸飛行隊の代表者」でした。

 そして、その葛西選手がラージヒル種目の2本目・大ジャンプを終えて降りてきたときに、3人のチームメイトが駆け寄り祝福しました。喜びが爆発したのです。素晴らしい光景でした。

 個性豊かな4人の戦士が揃いました。

 日の丸飛行隊2014の団体戦における大活躍に期待しましょう。
 美しいジャンプでした。低く飛び出し、開いたスキー板の間に頭が沈み込むように入り込み、着地しそうになりながら、なかなか落ちて来ない、「葛西紀明の飛び」が存分に発揮されました。

 2月15日に実施された、スキージャンプ・ラージヒル種目で、日本の葛西紀明選手が銀メダルを獲得しました。素晴らしい試技でした。

 優勝したカミル・ストッフ選手(ポーランド)との得点差は、わずかに1.3点。2回の合計飛距離では葛西選手が1m勝っていましたから、金メダルでも何の不思議もないゲームでした。
 しいて言えば、1本目の2人の飛距離は139.0mで並びましたが、ストッフ選手がきれいなテレマークを入れたのに対して、葛西選手は上手く入れることが出来なかった点が違いであったかもしれません。

 金メダルのストッフ選手、銅メダルのぺテル・プレヴツ選手(スロベニア)は、ノーマルヒル種目でも「金」と「銀」でしたから、この大会は絶好調であり、ソチのジャンプはこの2人の大会だったのでしょう。その2人の間に、41歳の「レジェンド」が割って入ったのです。本当に見事な活躍でした。

 2回目のラスト3プレーヤー。まずプレヴツ選手が飛び、トップに立ちます。トップの選手のウェイティングサークルで、プレヴツ選手が待ち受けます。

 続いて葛西選手が133.5mの大ジャンプを魅せて、降りてきます。テレビカメラに映されていたプレヴツ選手が右腕で葛西選手を差し、カメラに葛西選手を映すように促しました。当然ながら、得点発表など待たずとも、葛西選手がトップに立ったことが分かったのです。「今、映されるべきは、葛西だ」と示したのでしょう。

 最後に飛んだストッフ選手の得点を待つ間も、テレビ画面には、左に葛西選手、右にストッフ選手の2人が映し出され続けました。

 結果が発表され順位が確定した後、7位に終ったオーストリアの名ジャンパー・シュリーレンツァウラー選手が帽子を取って、まず葛西選手に挨拶、続いてストッフ選手に挨拶をしました。

 表彰台に向かう「レジェンド」は満面の笑顔でした。こんなに嬉しそうな葛西選手は、初めて見ました。
 
 メダルを取ると公言してメダルを取ったのです。肉体的には下降の一途をたどる筈の41歳で。改めて「葛西紀明の凄さ」を感じます。

 「レジェンド」に、また新たな1ページが加わりました。
 イングランド・プレミアリーグ2013~2014も折り返し点を過ぎ、各チームは25~26試合を消化しています。

 「驚異的な得点力を魅せるフォワードFW」として本ブログで注目している、リバプールのルイス・スアレス選手(ウルグアイ代表)ですが、2月13日のゲーム終了時点でも、21試合に出場して23得点と、出場試合数を超える得点ペースを継続中です。凄いことだと思います。

 さすがに、あまりの破壊力を見かねて、相手チームがスアレス選手のマークを大変厳しくしたので、最近は得点率が下がっていますが、スアレス選手に相手守備陣が集中する合間をぬって、同僚のダニエル・スタリッジ選手(イングランド代表)の得点が増えてきました。
 現在、プレミアリーグの得点トップは勿論スアレス選手ですが、2位はスタリッジ選手となっています。こちらも、18試合で16得点と高い得点率を残しています。

 ちなみに、3位はマンチェスター・シティのセルヒオ・アグエロ選手(アルゼンチン代表)の17試合で15得点、4位はチェルシーのエデン・アザール選手(ベルギー代表・ベルギーの至宝と呼ばれています)の26試合で12得点、4位タイにはマンチェスター・シティのヤヤ・トゥーレ選手(コートジボワール代表)が居て、24試合で12得点と続いています。

 さすがにプレミアリーグだけあって、世界中のスーパープレーヤーがキラ星の如く集まっていますが、その中にあってもスアレス選手の得点力は群を抜いています。出場試合数以上の得点を、シーズン終了まで続けてもらいたいものです。

 それにしても、ワールドカップ・ブラジル大会でザッジャバンが予選リーグ初戦で戦う相手がコートジボワール、予選リーグを勝ち抜いて決勝トーナメント初戦で当たる可能性が高いのがウルグアイです。
 どちらの国も、代表チームの中心選手が絶好調です。
 羽生結弦選手のフリー演技の後半に、イナバウアーが入っていました。

 イナバウアーといえば、トリノ・オリンピックの荒川静香選手の演目にも入っていました。

 「つま先を180度開いて、真横に滑る」のがイナバウアーですが、開発されたのは1950年代といいますから、もう半世紀以上も前のことです。当時の西ドイツの女子スケーター、イナ・バウアー選手が発明者です。

 現在では、高難度では無いので、演目に加えたからといって高得点を狙えるものではないのですが、荒川選手・羽生選手はメインの演目と演目の繋ぎとしてでしょうか、実施しました。そして、金メダルを獲得したのです。

 羽生選手がイナバウアーを演じ始めた時、大きな拍手と歓声が会場内から湧き上がりました。「拍手をする間が取れる演目」なのだと、気が付きました。観衆からの大きな拍手は、採点する人達にも悪印象は与えないでしょう。

 そして何よりも、我らが日本チームにとっては、金メダルを呼び込む演目なのです。

 「縁起物」として、今後も「勝負プログラム」には不可欠なものかもしれません。
 開会式に先立って2月6日に行なわれた、フィギュアスケート団体種目の男子ショートプログラムSP、日本の羽生結弦選手の演技を、じっと見つめる選手が居ました。エフゲニー・プルシェンコ選手でした。

 このSPで、羽生選手は98点近い得点を叩き出しトップ、2位が91点台のプルシェンコ選手でした。

 羽生選手の演技を見つめるプルシェンコ選手の姿は、テレビ画面にしっかりと映し出されていましたが、その観察の集中力には尋常ならざるものがありました。世界一のフィギュアスケーターがしっかりと見ていたのです。

 世界で最もフィギュアスケートを理解しているプレーヤーは、羽生選手の演技を見て、何を感じたのでしょう。伺ってみたいところです。

 そして、2月13日、個人種目SPの公式練習を終えたところで、プルシェンコ選手は腰を始めとする体の各所の故障・痛みから、棄権を表明しました。そしてその後、現役を引退することが発表されたのです。

 プルシェンコ選手の体が、長い競技生活の結果、ボロボロであることは以前から伝えられていましたし、団体種目のSPとフリーでの大車輪の活躍が、その肉体に更なる負担を課したことも間違いの無いところです。
 プルシェンコ選手としては、個人種目で演技を行なえる状態ではなかったのでしょう。ロシアのみならず世界中のプルシェンコファンにとって、とても残念なことでした。

 この引退表明と、「羽生選手をじっと見つめる姿」には関係があったのではないでしょうか。

 肉体面の限界と共に、「時代の変化と新しいスケーターの登場」を見て取ったプルシェンコ選手が、引き際を悟ったようにも感じるのです。

 「緊張しました。オリンピックって凄いなと思いました」と。競技が終了し、金メダルが確定した後のインタビューで、真っ先に羽生選手が発したコメントです。

 「金メダルが決まった時も、自分の中では嬉しいという気持ちはありませんでした」と続きます。

 フリーの最初の試技・4回転サルコウで転倒し、3回転でもバランスを崩し、その他にも小さなミスが目立った演技について、反省しきりの様子。

 フリー演技終了時、右手を氷に付け、左手を上に掲げ、顔を伏せた姿勢のまま、しばらくは顔を上げませんでした。疲れも有ったのでしょうが、悔しさが全身に溢れていました。顔を上げ立ち上った瞬間、言葉を発しました。「ダメだった」と言ったように、私には見えました。

 101点を超える史上最高得点を挙げたショートプログラム終了後のインタビューでも、自分としては満足していないと言っていました。羽生選手が目指すレベルは、もっともっと高いものなのでしょう。
 凄い選手です。まだ19歳、しばらくは羽生選手の時代が続くことでしょう。

 それにしても金メダルなのです。もの凄いことです。テレビの前で、スタンディングオベーションをしてしまいました。日本中の人達が待ちに待った瞬間だったでしょう。

 日本チームにとって、冬のオリンピックでは、本当に久しぶりの金メダルです。あのトリノ・オリンピックの荒川静香選手・女子フィギュアスケート以来の金メダル。もちろん、銀メダルも銅メダルも素晴らしいものですが、「金」は格別でしょう。「オリンピックチャンピオン」というコールの心地良いこと。何にも代えがたいという気がします。

 羽生選手、本当におめでとうございます。そして、本当にありがとうございました。
 ソチのリュージュ競技は4種目が行なわれ、2月13日に終了しました。

 そして、4種目全て、ドイツが優勝しました。今大会からの新種目・団体(というかリレーというか)も含めて、ドイツチームが圧倒的な力を示したのです。

 男子1人乗りは、フェリックス・ロッホ選手が金メダル。バンクーバー大会に続いて連覇でした。
 女子1人乗りは、ナタリー・ガイゼルベルガー選手が金メダル、クチアナ・ヒュフナー選手が銀メダル。
 2人乗り(男女どちらでも出場できる種目ですが、大抵は男子が出場します)は、トレビス・ウェンドル選手とトレビス・アルト選手のペアが金メダルを獲得しました。3連覇を狙った、オーストリアのリンガー兄弟ペアが銀メダルでした。
 そして、新種目の団体(女子1人乗り→男子1人乗り→2人乗りを連続して行いタイムを競うもの)も、ドイツチームが2位のロシアチームに1秒以上の差を付け、圧勝しました。

 もともと、ドイツはリュージュ競技に強い国でしたが、今大会ではその強さが際立ちました。
 この4種目で、「金」4、「銀」1、計5つのメダルを獲得したのです。

 2月13日現在のメダル獲得数争いで、ドイツは金メダル7つと、2位のカナダの4つを押さえて独走状態なのですが、その7つの内4つがリュージュ競技での金メダルなのです。リュージュ・ドイツチーム恐るべしというところでしょう。

 リュージュ競技に付いての研究の深さ、指導力、選手層の厚さ、バックアップ体制のいずれをとっても、一頭抜けているのがドイツ国、ドイツチームなのでしょう。
 そして、リュージュ競技にとって重要な要素である「大きな体・筋力と十分な体重」も、ドイツ人プレーヤーには備わっています。いや、どちらかといえば「ドイツ人向きのスポーツを強化し続けている」といっても良いのかもしれません。

 ここにも、国毎のスポーツ強化のヒントがあります。

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我が家の月下美人も16年目。同時に30個の花が咲くこともあります。スポーツも花盛りですね。一緒に楽しみましょう。

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