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 3月29日と30日に渡って行われた、広島新庄高校と桐生第一高校の対戦(2回戦)は、素晴らしいものでした。

 29日は延長15回を戦い抜いて1-1の引き分け。そして、30日の再試合は4-0で桐生第一が制して、準々決勝に進出しました。

 再三展開された両チームの好守備と、広島新庄山岡・桐生第一山田両エースの投げ合いは、見応え十分でした。ほぼ互角の戦いであったと思いますが、再試合の7回裏、桐生第一ノーアウト1・2塁から9番高橋選手の送りバントが僅かにイレギュラーした点に見られるように、僅かに球運が桐生第一に味方したというところでしょう。

 見所満載の対戦でしたが、中でも印象的だったのは山田投手の投球術でした。

 140kmを大きく超えるようなスピードボールがあるわけではなく、凄い切れ味の変化球があるわけでもないのですが、相手打者を抑えて行くのです。

 コントロールが良く、コーナーをついて低めにボールを集めるので、ゴロのアウトが多いのですが、それだけでは強力な新庄打線を24イニング・9被安打・1失点に抑えることはできないと思います。

 私が感じた、山田投手の投球術のポイントは

① 重いボール

 最近あまり言われなくなりましたが、山田投手のボールは「重い」のではないでしょうか。回転が少ないのです。
 新庄高校の打球がほとんど外野に飛ばなかった理由は、これ位しか思い当りません。

② 心理戦

 随所に観られましたが、再試合9回表2アウトからの新庄高校4番阪垣選手との対戦が典型でしょう。初球・2球目で2ストライクと追い込み、3球目はワンバウンド、4・5球目で外角に球ひとつ外して、カウントは3-2。さすがに、新庄高校の4番・強打者の阪垣選手は、この段階での球ひとつ外したボールはキッチリと見送ります。
 そしてフルカウントから山田投手が投じた球は「球ひとつ外したボール」でした。さすがの阪垣選手もフルカウントですから、これを振って行って空振り・三振。見送れば四球なのですが、この状況では見送ることは出来ないと踏んでの、ボール球での勝負。

 コーナーギリギリへの球を使っての投球でもなく、ストライクゾーンからボールになる球を使っての投球でもない、ボール球を使っての投球。相手選手の心理も考慮した、相当高度な投球術なのではないでしょうか。

 最初のゲームで15イニング163球、再試合で9イニング112球、2ゲーム計で275球を投じた山田投手は、ゲーム後のインタビューで「あまり疲れていません」と答えていました。
 投球の様子と同じひょうひょうとした対応です。疲れていない筈は無いと思いますが、チームメイトへの影響も考慮したコメントなのでしょう。

 そうした周囲への配慮も含めて、とても素晴らしいアスリートだと思います。
 
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 千葉県内に、欧州の超一流サッカークラブのサッカースクールが次々と開設されているという報道がありました。

 もともと、こうした超一流クラブが不定期に、日本国内でスクールを実施することは、以前から行なわれていたのですが、「常設」のスクールが連続して設けられるというのは、「新しい」という印象です。

 先陣を切ったのはリーガ・エスパニョーラを代表するレアル・マドリード。もともとレアルは、横浜に常設のスクールを持っていましたが、今般2013年10月1日に、千葉県美浜区にスクールを開設しました。
 「小学生」を対象としたスクールで、小学生低学年・中学年・高学年の3種類です。

 レアルは、横浜・千葉の他にも、2013年7月には東名古屋校、2013年4月には沖縄に石垣校を開設しています。
 日本国内に4つのサッカースクールを持っていて、参加資格もスクール毎に微妙に異なります。例えば、横浜校では「U-14(14歳以下)」を対象としていますから、中学生の一部も入ります。

 レアルのスクールHPには、「カンテラ」の入り口といったニュアンスが示されています。スペインのトップクラブの下部組織カンテラといえば、FCバルセロナのメッシ選手が、カンテラ出身であることが有名ですが、レアル・マドリードのカンテラからも、あのスペイン代表ゴールキーパー・カシージャス選手が出ています。

 続いては、イングランド・プレミアリーグを代表するアーセナル。2014年4月に市川市にスクールを開設します。アーセナルと言えば、イングランド一部リーグ屈指の名門チームであり、現在のプレミアリーグでも、リバプール・チェルシー・マンチェスターユナイテッドとともに「4大クラブ」の一角を占めています。
 また、ベンゲル監督は、長くJリーグにも参加していました。この辺りの「土地勘」が日本初のアーセナル・サッカースクール開設の大きな要因かもしれません。

 さらに、イタリア・セリエAを代表するACミラン。6月に佐倉市にスクールを開設します。ACミランといえば、日本で最も人気がある欧州のサッカークラブであり、今年から本田圭祐選手が所属しているクラブでもあります。
 日本初のACミランのスクール開設ですが、本田選手の加入は無関係ではないと思います。

 さて、これら超一流クラブによる日本国・千葉県進出の狙いは何でしょう。

① 本体のPR・ファン育成

 当該クラブの活動が日本で取り上げられる度に、大きな宣伝効果があるでしょう。前述の3つのクラブは、いずれも世界的にも有名なクラブですが、我が国で誰もが知っているという存在とは、なっていません。地道な活動のひとつですが、とても有効な施策だと思います。
 加えて、当該サッカースクールに参加した小学生・中学生と、その親御さんが、当該クラブのファンになる可能性は、かなり高いことでしょう。開校後、年を経るにつれてファンは増加します。グッズの販売を始めとする本体の営業上も、とても効果的な取組となるでしょう。

② 事業自体の採算確保

 前述のサッカースクールの入会金や月謝は、概ね同水準です。例えば、月謝について言えば、週1回・2回・3回により水準が異なり、スクール生の年齢(U-4~U-14位)によっても異なりますが、大体6千円~26千円です。
 この月謝の水準を高いと見るか低いと見るかは意見が分かれるところでしょうが、少なくとも「独立採算」が取れる水準であるように思います。

 目的①があるとはいえ、「赤字垂れ流し」では長続きしないでしょうから、「日本の親御さんが払える水準」で、かつキチンと採算が取れる料金体系としているのです。

 このことは、サッカー関係者の再就職先確保の観点からも、とても重要です。プロプレーヤーを目指したものの、故障などの理由で残念ながら断念した方や、引退後のプロプレーヤー、の働く場を用意することは、プロスポーツにとって大きな課題です。
 
 その意味でも、こうした「採算が取れるスクールの存在」は極めて重要なのです。

③ 優秀な人材の発掘

 まさに「カンテラ」としての狙いです。アジア地区トップクラスのプレーヤーを輩出できるようになった日本で、こうしたスクール事業を展開することで、「世界的なプレーヤー」を発掘しようという目的です。
 もちろん一人前のプレーヤーになったら、本体のチームに所属してもらうのです。前述のメッシ選手はアルゼンチン人プレーヤーですが、FCバルセロナのカンテラで発掘され、鍛えられたのです。今では、押しも押されもせぬ世界トッププレーヤーですし、FCバルセロナの看板プレーヤーでもあります。

 一方で、佐倉市へのACミラン・サッカースクール進出については、現在の佐倉市長が自らACミラン本社に出向いて、誘致活動を行なったと伝えられています。
 そういう意味からは、ビッグクラブ本体の目的ではありませんが、「スクールが存在する地方公共団体(県・市・町など)の知名度アップ」や「当該地公体への訪問者増加」といった狙いがあるようです。
 また、千葉県は既に全国屈指の「サッカーどころ」ですが、これらのスクール開校は、その地位を一層高めるものでしょう。

 さて、レアル・マドリード、アーセナル、ACミランのスクールに入ることが出来る子供たちは、とても幸せだと思います。何より、あのマークがついた用具を身につけることが出来るのですから。

 身に付けているだけで「誇りを感じるマーク」とは、素晴らしいものです。

 もちろん、どのチームも始めから有名チームでは無かった。そのレベルまでチームの格を引き上げるために、弛まぬ努力を積み重ねてきたのです。世界サッカーの歴史に参加し続けてきたのです。

 今後は、駅やデパートといったところで、この3チームのマークを眼にする機会が増えることでしょう。それはそれで、とても楽しみです。


 3月27日、プロテニスツアーから嬉しいニュースが飛び込んできました。

 錦織圭選手が、アメリカ・マイアミで開催されているソニーオープン大会5回戦で、第5シードのロジャー・フェデラー選手に逆転勝ちしたのです。4回戦で第4シードのダビド・フェレール選手を破っていますから、トップ5のプレーヤーを連破したことになります。素晴らしいことです。

 ソニーオープンは、全英・全米・全豪・全仏の世界4大大会に次ぐ格式の大会ですから、世界トップランカーの多くが出場している、いわゆる「フィールドが高い」大会なのです。その大会で、世界のトップランカーを連破したことは、調子さえ良ければ、錦織選手の実力が世界トップクラスであることの証左です。

 ゲームに付いてはダイジェスト版を見ただけですが、正確なショットが目立っていたように思います。「エア・ケイ」も必要以上に高くは飛ばず、コントロール重視のように見えました。
 もともと、空中に飛び上がって、両足が地に付いていない状態で、体の回転だけで打っていくショットは、当然ながらボールを打つ力が半減しますから威力に乏しいと思います。ただし、打点が高くなりますから、角度のあるボールを打てる上に、速めのタイミングで打っていくことから、相手プレーヤーがタイミングを合わせ難いというメリットはあるのでしょう。

 このゲームの「エア・ケイ」は、上というより前方に飛び、前方に移動することの運動エネルギーをボールにぶつけているようでした。結果として、低いが威力のあるボールになっていたように感じました。

 全盛期を過ぎたとはいえ、世界4大大会で17回の優勝を誇り、世界テニス史上最強との呼び声も高いフェデラー選手を、フェデラー選手が得意とするハードコートで破ったことは、錦織選手にとって大きな自信となることでしょうし、日本のテニスファンにとっても、ついに世界最高峰を見据えるプレーヤーが登場したことは、大きな喜びです。

 現在の世界のプロテニス界は、絶対的な強さを誇るプレーヤーが存在しない、群雄割拠の時期です。錦織選手が世界制覇に打って出るには、絶好のチャンスでしょう。期待は、高まるばかりです。
 第71代横綱・鶴竜が3月26日に誕生しました。外国出身の横綱としては、初土俵以来最も遅い昇進です。「コツコツと積み上げてきた」という鶴竜関のコメント通りということでしょう。本当に、おめでとうございます。

 さて、新横綱の誕生ですから、やらなければならないことが沢山あるのですが、北の湖理事長と貴乃花親方が一役買ったと伝えられました。

 北の湖理事長は、横綱土俵入りの化粧まわしを提供したのです。横綱+露払い+太刀持ちの3人の力士が身に付ける三つ揃いの化粧まわしは、1組1千万円以上と言われていますから、費用面の問題もありますが、最高の意匠を凝らしたものですので、作成に要する時間も相当にかかります。
 北の湖理事長は、昨2013年6月の還暦土俵入りで使用した化粧まわしを提供したのです。

 奉納土俵入りや巡業などで、早々に三つ揃いの化粧まわしが必要な鶴竜にとっては、とても助かるということになります。

 大きなお世話ですが、一振り1千万円以上すると言われている「太刀」はどうするのでしょうか。これも費用面はもちろん、作成時間の問題も在りますから、借り受けることになるのでしょうか。

 何か費用の話ばかりで恐縮でが、神事の対象であった力士を彩るアイテムは高価な物ばかりです。ましてや、その力士の頂点に位置する横綱ともなれば、その点でも最高水準となります。江戸時代には大名お抱えであったことも頷けるというもの。
 現代においては、後援会や支援者の皆様も応援のし甲斐があるということかもしれません。
 もちろん、横綱にとって最も重要なアイテムは、一門の力士が打つ「横綱」そのものであることは、言うまでもないことです。

 さて、貴乃花親方の方は「雲竜型土俵入りの指導」を行うと報じられました。「攻めの型」と言われる「不知火型」に対して、「守りの型」と言われる「雲竜型」。横綱・貴乃花の雲竜型土俵入りは、素晴らしいものでした。これが、鶴竜に継承されるというのは、とても良いことでしょうし、とても楽しみでもあります。
 一門ではない貴乃花親方が指導するという一事を見ても、大相撲の世界も変わりつつあると感じます。

 このことについての「大横綱に教えていただけるなんて」というコメントは、いかにも鶴竜関らしいものです。

 新横綱・鶴竜!その姿を早く観てみたいものです。

 毎年ヨーロッパのクラブチームNO.1を決める、UEFAチャンピオンズ・リーグCLのベスト8が出揃い、準々決勝組合せの抽選も行なわれました。今季の組合せは下記の通りです。

① FCバルセロナ(スペイン)対アトレティコ・マドリード(スペイン)
② マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)対バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)
③ レアル・マドリード(スペイン)対ボルシア・ドルトムント(ドイツ)
④ パリ・サンジェルマン(フランス)対チェルシー(イングランド)

 さすがに、いずれ劣らぬ好チームが並んでいます。

 今季のベスト8を見ると、過去3年間のCLベスト4常連チームとして、FCバルセロナ、バイエルン・ミュンヘン、レアル・マドリードの3チームが挙げられます。この3チームは、実力的にも存在感からしても、現世界サッカーのクラブチームをリードする3チームであることが、良く分かります。

 続いて特徴的なのは、昨季進出チームが0であったイングランド・プレミアリーグから2チームが進出してきたことでしょう。リーガエスパニョーラ(スペイン)やブンデスリーガ(ドイツ)に比べて、やや地盤沈下が指摘されているプレミアリーグの意地を見せたと言うところです。

 ヨーロッパ4大リーグのひとつ、イタリア・セリエAからは、1チームも進出できませんでした。ベスト16にはACミランが進出しましたが、アトレティコ・マドリードに2試合合計1-5で完敗。全体として、ややくじ運に恵まれなかったとはいえ、経済危機が叫ばれ、観客数の減少が著しく、有力選手の国外流出が相次いでいるセリエAの現状が表れた形でしょう。

 リーガエスパにョーラからは、前述の2チームに加えてアトレティコ・マドリードが進出してきました。この3チームは、リーガエスパにョーラの3強と呼ばれ、常にリーグを牽引してきたチームです。リーガエスパにョーラの充実振りがよく分かる事実です。

 ブンデスリーガからは、バイエルンに加えてドルトムントも進出してきました。ドルトムントも、最近はCLベスト4の常連になりつつあります。

 さて、準々決勝の展望です。

 まず、バルセロナ対アトレティコM。
 リーガエスパニョーラで、いつも激戦を展開している両チームですが、近年の対戦成績はバルセロナがやや上回っています。順当に行けば、FCバルセロナが勝ち上がるでしょう。

 続いて、マンチェスターU対バイエルンM。
 ギリシャのオリンピアコスを辛くも下して(2試合計3-2)、ベスト8進出を果たしたマンUですが、バイエルン相手では、荷が重い感じです。CL2013の優勝チームでもあるバイエルン・ミュンヘンは、過去2年間に渡って、他のリーグ戦やカップ戦を含めても、殆ど負けていません。バイエルン・ミュンヘンが、相当有利でしょう。

 次ぎは、レアルMとドルトムント。
 昨季までなら「互角の勝負」(CL2013では、準決勝でドルトムントがレアルを破り決勝進出)というところですが、今季は主力選手のマリオ・ゲッツェがバイエルンに移籍してしまいましたから、ややレアル・マドリードが有利でしょう。現在CL2014得点王を独走しているクリスティアーノ・ロナウドの活躍も楽しみです。
 それにしても、バイエルン・ミュンヘンはどれだけ選手を集めるつもりなのでしょうか。

 最後は、パリ・サンジェルマン対チェルシー。
 4つのカードの中で、最も激戦が予想されます。ヨーロッパ・サッカークラブチームの、新興勢力を代表するサンジェルマンは、現在得点ランキング2位のズルタン・イブラヒモビッチを中心とした攻撃力が持ち味です。一方のチェルシーは、常にプレミアリーグを代表するチームであり、現時点ではリバプールと並んでリーグトップの戦力を保持しています。ほぼ互角と見ますが、強いて選ぶとすれば、僅かにパリ・サンジェルマンが有利でしょうか。
 サンジェルマンがホームの初戦(4月2日)で、チェルシーがどのような戦い振りを見せるかがポイントとなるでしょう。ここで引き分けるようなら、チェルシーにチャンスが来ます。

 この4つのカードは、最初の2カードが4月1日・9日、最後の2カードが4月2日・8日の、ホーム・アンド・アゥエイ方式で行なわれます。
 どのチームにも、綺羅星の如く有名プレーヤーが集まっていますので、絢爛豪華なゲームが続くことでしょう。とても楽しみです。
 1954年・昭和29年、3歳馬限定重賞として創設されたのが毎日杯です。昭和20年代に開始されたレースですから、長い歴史と伝統を誇っています。
 その後、距離や斤量・コースが見直され、2000mの時期が長かったのですが、2007年の阪神競馬場改修に伴って外回り1800mコースに落ち着きました。

 この時期の3歳馬限定G3ですから、当然ながらクラシック競走を睨んだレースとなります。現在のように多様なレース構成が確立されていなかった時期には、皐月賞に向けての「最期の東上切符」と呼ばれていました。1999年、2勝馬で重賞勝ちも無かったテイエムオペラオーが、このレースを勝ち、そのまま皐月賞も優勝したのが典型的なケースでしょう。

 21世紀に入ってからも、クラシックレースを目指す関西馬にとって重要なレースであることは変わりませんが、「毎日杯→皐月賞」という関連性は薄くなっています。皐月賞とのレース間隔が短いこと、というか、中2週で重賞レースを使うというローテーションが、近時は敬遠されていることが、大きな要因なのでしょう。

 「毎日杯→皐月賞」ルートを取る馬が減っていくのに対して、「毎日杯G3→NHKマイルカップG1→日本ダービーG1」というルートが注目されるようになったと感じます。

 まず、2001年にクロフネがこのルートで世代の主役に躍り出ました。クロフネは毎日杯を5馬身差で圧勝し、NHKマイルカップに挑戦・快勝しました。続く日本ダービーは、ジャングルポケットの5着と破れましたが、アグネスタキオン、ジャングルポケットといったこの世代の主役の1頭となったことは、間違いありません。

 2004年にキングカメハメハが続きます。4戦3勝なるも重賞勝ちが無かったキングカメハメハは、毎日杯で2着シェルゲームに2・1/2馬身差をつけて快勝し、その勢いでNHKマイルCを5馬身差で圧勝、日本ダービーも2着のハーツクライに1・1/2差のレコード勝ち。一気に世代最強馬となりました。

 続いて2008年はディープスカイ。アグネスタキオンの仔ディープスカイは、7戦目の3歳未勝利レースでようやく初勝利を挙げましたが、その後2戦を勝ち切れず、9戦1勝で臨んだのが毎日杯でした。6番人気のこのレースで、スカイは1番人気アドマイアコマンドに2・1/2馬身差をつけて快勝。ようやく、世代の主役の仲間入りを果たしました。
 今思えば、この頃のディープスカイの成長振りは著しかったのでしょう。続くNHKマイルCを快勝し、返す刀で日本ダービーも勝ち切りました。いずれのG1レースも、後方からの見事な追い込みでした。

 そして2010年はダノンシャンティ。フジキセキの仔ダノンシャンティは、新馬戦1勝の後重賞レースで勝ち切れず、毎日杯に挑みました。このレースを2着ミッキードリームに1・1/4差で快勝すると、続くNHKマイルCも2着ダイワバーバリアンに1・1/2差で快勝したのです。このNHKマイルCの直線は歴史に残る豪脚でした。
 返す刀の日本ダービーはしかし、直前に故障が見つかり回避したのが惜しまれます。

 こうして見ると、毎日杯から皐月賞というルートは細くなったとはいえ、やはり毎日杯が「遅れてきた馬」にとって重要なレースであることには変わりがありません。
 2006年のアドマイヤメインは、毎日杯優勝→青葉賞優勝→日本ダービー2着でしたし、昨2013年のキズナも、毎日杯→京都新聞杯→日本ダービーと3連勝しました。

 過去10年で、毎日杯を勝って日本ダービーを制した馬が3頭も居ることを考え合わせれば、毎日杯とNHKマイルCはもちろんとして、毎日杯と日本ダービーの関係にも注目する必要があるのかもしれません。
 大会4日目第3試合・智弁和歌山高校と明徳義塾高校の対戦は、期待に違わぬ大接戦となり、延長15回の末3-2で明徳義塾がサヨナラ勝ちしました。

 1回戦屈指の好カード、両チームとも甲子園大会の常連・強豪校であり、今年のチームも共に優勝を狙える実力を有していましたから、いわば横綱同士の対決といった面持でしたが、その予想をも超えるゲームでした。

 智弁和歌山が2回に先制し、5回に明徳義塾が追い付いて1-1となってからは、両チームの先発投手がキッチリとした投球を見せ、守備も極めて安定していましたから、高いレベルの締まった試合となったのです。
 智弁・高嶋、明徳・馬淵の両監督も、その持ち味を十分に発揮しました。両監督がテレビ画面に登場する度に、このゲームが強豪校同士の対戦であることを印象付けました。この2人の監督は、既に「甲子園大会の風景」でした。

 引き分け・延長再試合となる延長15回の裏に決着したゲームですから、両チームの全選手・ベンチスタッフが死力を尽くした戦いでしたので、全員がヒーローですが、敢えて明徳義塾の勝因を検討してみたいと思います。

① 先発・岸投手の好投

 名にし負う強打の智弁和歌山打線を2点に抑え切った岸投手の好投が第一の勝因でしょう。15イニング・188球を投げ切りました。
 智弁打線は12安打を浴びせましたが、岸投手は決定打を許しませんでした。特に、ゲームの前半は智弁和歌山が5.5対4.5で押し気味でしたので、再三ピンチが訪れましたが、極めて冷静な投球が続きました。
 その球威・コントロールの良さはもちろんとして、何よりその「安定した心持」が見事であったと感じます。

② 12回裏の森選手のヒット

 前述の通り、延長11回までは智弁和歌山が押し気味にゲームを進めていました。12回の表、3番の山本選手のホームランが飛び出し、2-1とリードしたのです。これで智弁和歌山が相当有利になったと感じました。智弁の先発斎藤投手の投球が冴えわたっていたからです。

 そして12回の裏を迎えます。ここで先頭の森選手が痛烈なヒットを放ちました。初球か2球目だったと思います。
 この「思い切り」が素晴らしいと思います。やや押され気味の状況下、じっくりとボールを待つというプレーになりがちですが、森選手は好球必打を実践したのです。

 私は、森選手のこの一打が、明徳義塾勝利の最大の要因であったと考えます。
 ゲームの流れを引き戻した、驚くべき一打でした。

 一方智弁和歌山としては、2-1で押し切りたかったところでしょう。

③ 12回裏のスクイズ

 前述の森選手のヒットを足掛かりとして、1死1・3塁とチャンスを広げた明徳義塾は、1番・尾崎選手がスクイズを決めて2-2の同点としました。

 このスクイズはさすがでした。
 ボールが転がったのを確認してから走るセイフティ・スクイズでは無く、文字通りのスクイズ。3塁ランナーの森選手も好スタートを切りました。

 このプレーは、ベンチとしてもとても勇気ある作戦だったと思います。好守の智弁和歌山を相手に出したサインなのです。もし小フライでも上がればダブルプレーとなりゲームセットになるプレー。
 実際、バントは斎藤投手のほぼ正面に比較的強い打球で転がりましたから、セイフティ・スクイズでは本塁憤死の可能性が高かったと思いますが、森選手は猛然と本塁に突進していましたから、斎藤投手もキャッチャーへのトスを諦めたのです。
 馬淵監督会心のプレーでしたし、明徳義塾に球運が微笑んだというところでしょうか。

 このプレーを境として、今度は5.5対4.5で明徳義塾が押し気味のゲームとなりました。後攻めの利が活きてきたのです。

 このスクイズプレーが決まった後、智弁和歌山・高嶋監督が大写しになりました。少し微笑んでいたようにも観えました。「やりおるわい」と呟いているようでした。

 センバツの歴史に残る好ゲームは、両チームの全選手・ベンチスタッフの努力の結晶でした。心から拍手を送ります。
 大相撲3月場所は、3月23日に千秋楽を迎え、大関・鶴竜が14勝1敗の成績で優勝して幕を閉じました。(以下、敬称略)

1. 注目力士の成績

 本ブログでは、今場所も10人の力士に注目しました。その成績を見てみます。
① 白鵬 12勝3敗
② 鶴竜 14勝1敗 優勝
③ 栃煌山 9勝6敗
④ 遠藤 6勝9敗
⑤ 碧山 9勝6敗
⑥ 安美錦 8勝7敗
⑦ 妙義龍 8勝7敗
⑧ 貴ノ岩 10勝5敗
⑨ 豪栄道 12勝3敗 殊勲賞
⑩ 旭天鵬 9勝6敗

 10力士の内9人が勝ち越したことなど、まずまずの成績でした。唯一負け越した遠藤は残念でしたが、序盤4連敗からの4連勝など見所もあり、勝ち越す可能性は十分に有ったと感じます。

2. 優勝争い

 白鵬・日馬富士の両横綱と大関・鶴竜の3力士が、終盤まで激しい優勝争いを演じました。両横綱が全勝で先行し、鶴竜が1敗で追う形でしたが、12日目以降大関・琴奨菊と関脇・豪栄道がポイントとなりました。
 
 琴奨菊は両横綱を連覇しました。胸の故障もあって不満足な場所であった大関ですが、ここは意地を見せました。この2番は見事でした。豪栄道も12日目に日馬富士に完勝しました。この豪栄道が日馬富士を破った一番を目の前で見た白鵬が、続く琴奨菊戦を前に少し動揺したような気がしますから、大きな一番でした。

 鶴竜は、初日・2日目と受け身の相撲で「固くなっていて、危ない相撲が続いている」と感じましたが、3日目に隠岐の海に完敗しました。この早い段階での1敗は、結果としては良かったことになります。本人も優勝力士インタビューで「あの負けで、肩の力が抜けた」とコメントしていました。4日目からの鶴竜は、持ち味の上手さに前に出る力が加わり、危なげない取り口を展開しました。

 いずれにしても、両横綱との直接対決に連勝した鶴竜の、見事な初優勝でした。

3. その他の力士の活躍

 豪栄道の12勝3敗は素晴らしい内容でした。立合いのキレ・タイミングが良く、前に前に圧力をかけて行く取り口は、豪栄道の最も良いところが出ました。大関とりに向けて来場所が大切ですが、今場所の取り口を継続できれば、道が開けると思います。

 嘉風は気迫とスピードという本来の動きが戻り、10勝5敗で敢闘賞を受賞しました。前頭4枚目は少し家賃が高いかなと見ていましたが、予想を超える活躍でした。来場所は初の三役・小結に上がるでしょうから、一層の活躍に期待します。速い動きが持ち味ですが、速い動きの中で、相手の動き・体勢を冷静に観ながらの相撲が嘉風相撲の神髄です。丁寧な相撲を継続して欲しいものです。

 千代鳳の活躍には目を見張りました。幕内に昇進して間もない今場所、前頭5枚目という上位番付で、安美錦、豊ノ島、高安といった三役経験のある力士を破り、堂々の9勝6敗。来場所は小結に上がる可能性もあります。今後の活躍が楽しみです。

 遠藤は、横綱・大関戦を終えて6勝6敗としたところまでは、現時点の実力を発揮したと思います。残念だったのは13日目から「守りに入って、慎重な相撲」となってしまったこと。前頭筆頭の番付で受け身では、まだ勝てません。「前に出る力」を強化して、来場所以降の巻き返しに期待します。三役の力は十分に在ります。

 隠岐の海は3日目に鶴竜を破りながら、4勝11敗という不本意な場所となってしまいました。どこか故障しているのかもしれませんが、人気力士には負け方もあります。来場所以降は、隠岐の海としての力を出し切った相撲を見せてほしいものです。

4. まとめ

 優勝した鶴竜は、横綱昇進が確実と見られています。横綱になっても、受け身になることなく「前に出ること」を実践していただければ、一時代を築くことが出来るでしょう。
 ひとつお願いがあります。土俵入りは「雲竜型」にして欲しいのです。一門の伝統から「不知火型」ではないかと言われていますが、3人の横綱が皆「不知火型」というのも、変化に乏しい感じがします。大鵬や千代の富士が魅せた「雲竜型」を、是非取り入れてもらいたいのです。

 3月場所は中身の濃い取組が多かったように感じました。特に終盤戦が、とても面白い場所でした。力士の皆さんの健闘に大きな拍手を送ります。5月場所にも大いに期待が持てます。
 このところいつも書くことで恐縮ですが、5月場所こそは「久々の日本出身力士の優勝」を観てみたいと思います。
 MLB2013で大車輪の活躍を魅せ、ボストン・レッドソックスのワールドシリーズ制覇に大貢献した上原・田澤両投手のスプリングキャンプの様子が報じられています。

 2人とも順調な調整振りです。

 ワールドチャンピオンであるレッドソックスにとって、上原・田澤の日本人投手陣はブルペンの中核であり、2014年シーズンも欠くことが出来ない存在です。
 一方、上原・田澤両投手にとっても2014年は勝負の年だと思います。

 すっかりレギュラーに定着した両投手にとって何が勝負なのか、レギュラー定着に邁進した昨年よりは安心してシーズンを戦って行けるのではないか、とのご意見もあろうかと思いますが、そうでしょうか。

 まず、上原投手にとっては、「2013年の大活躍を2015年の年棒に反映させていく」ための勝負の年となります。
 テキサス・レンジャーズからボストン・レッドソックスに移籍する際の契約は、1年契約・年棒425万ドル+出来高というものでしたが、球団オプションとして「2年目も425万ドルで契約できる」という付帯条項がついていたのです。

 ご承知のように、昨年の上原投手の活躍は、レギュラーシーズン、地区シリーズ、リーグチャンピオンシップ、ワールドシリーズと継続したものであり、特にリーグチャンピオンシップではMVPを獲得しました。
 しかし、これだけの実績を上げながら、2014年の上原投手の年棒は上がらないのです。

 レッドソックスは、2014年も425万ドル(1ドル=100円とすれば4億2500万円)で上原投手に活躍してもらえるのですから、口の悪い米国メディアは「タダ同然で使える」と書きました。
 確かに、レンジャーズのダルビッシュ有・6年6000万ドル(1年1000万ドル=同10億円)、ヤンキースの田中将大・7年15500万ドル(1年2580万ドル=同25億8千万円)に比べれば、上原投手の年棒は低いという印象です。もちろん、先発とブルペンの違いはありますけれども、2013年シーズンの活躍を考慮すれば、本来はより高い年棒であるべきものが、契約のために「低く据え置かれている」感じなのです。

 上原投手にとっては、2013年の素晴らしい実績をキチンと2015年の年棒に反映させるためにも、2014年は2013年と同じくらいの活躍を目指していくのでしょうし、38歳の上原投手が常々コメントしている「40歳を過ぎてもメジャーで投げ続けたい」という夢の実現のためにも、失敗が許されないシーズンなのです。

 田澤投手の方は、2008年に「日本プロ野球NPBを経ずにMLBへの挑戦すること」を表明し、日本プロ野球界の大問題にまで発展してしまい、いわゆる「田澤ルール」が創られるに到った経緯、そして2009年以降故障をも乗り越えて着実に実力を蓄え、ついに2013年にブレイクした状況、そして、1年127万ドル(同1億2700万円)という契約の2015年における飛躍的レベルアップを目指すために、2014年は勝負の年なのです。

 日本人として、NPB経験無しで直接メジャー契約を締結した始めてのプレーヤーとして、様々な障害にぶつかってきた田澤投手が、3年という月日を費やして、2013年ついにメジャーに定着したのです。田澤投手の夢が叶ったシーズンだったのでしょう。
 
 とはいえ、現在27歳の田澤投手ですから、今後10年以上に渡ってMLBで投げ続けたいという目標を持っていると思いますし、2015年以降は「複数年契約」を勝ち取りたいとも考えていると思います。
2014年シーズンは、絶対に失敗できないシーズンなのです。

 3月17日現在、プレシーズンゲームで、上原投手は4試合に登板し無失点、ランナーも四球で出した1人だけという、相変わらずの「3分クッキング」投球を披露していますし、田澤投手も150kmを優に超えるストレートで押し捲る投球を展開しています。
 共に、仕上がりは順調なようです。

 セットアッパーとクローザーの2人の投手は、2014年も登板の機会が多く、私達日本のファンが眼にすることも多いことでしょう。
 上原浩治投手と田澤純一投手の大活躍を心から期待しています。

 3月21日に開幕したセンバツ甲子園大会は2日間・6試合を終えました。

 この6試合を観て、「打者の大振りが目立つ」と感じます。コンパクトなスイングが出来ないチームが多いのです。
 結果として、「ホームランが少ない」ことに繋がっています。

 「強く振る」ことばかりを意識していると大振りになります。練習の時は気持ち良く飛ばすことが出来るのでしょうが、甲子園大会に出場してくるチームのエース級投手を相手にすると、球種が豊富で、キレとコントロールが良いので、中々タイミングが合わないのです。

 当たり損ねでも、しっかり振り切れば、内野の頭を越えてヒットになるケースはありますが、確率は低いことでしょう。

 やはり、「ボールに対して最短距離でバットが出る」ことが、良いバッティングなのでしょう。コンパクトなスイングでも、タイミングを合わせることが出来れば、打球は遠くに飛んで行きます。
また、最短距離で振ることでタイミングが合わせ易くなると思いますし、方向を狙って打つことも出来るようになります。

 ここまでの6試合では、各打者が狙っている方向が感じられないチームが多かったと思います。誰も彼も振り回して長打を狙うのではなく、体格・状況に応じて、センター方向に打っていくとか、逆方向に狙うとか、ゴロを打っていくとか、「意図・戦術を感じる打撃」も必要だと思います。

 3日目以降は、コンパクトなスイングから鋭い打球が飛んで行くシーンを、沢山観たいものです。
 大関が横綱に勝った一番を番狂わせというのは失礼なことなのでしょうが、この一番は番狂わせ、それも大番狂わせという印象です。

 初日から安定した相撲内容で12連勝としてきた白鵬関が、胸の筋肉の故障もあって苦しい場所の琴奨菊関に敗れるとは、到底予想できませんでした。

 大相撲の醍醐味でしょう。

 あの双葉山関が70連勝を前に敗れた時、「双葉、いまだ木鶏たりえず」(双葉山も、まだ、何にも動じない木製の鳥になってはいなかった)と評されたと伝えられていますが、大相撲史上屈指の大横綱である白鵬にも「魔が差した」のかもしれません。

 「琴奨菊ちゃん、本気出したのね」と妻が言いました。
 北海道日本ハムファイターズの斉藤佑樹投手が、3月18日イースタンリーグの西武戦に先発、6回92球を投げ4被安打1失点の好投を見せたと報じられました。18のアウトの内13が内野ゴロという打たせて取るピッチングであり、ストレートは最速143kmでした。

 斎藤佑樹といえば、2006年夏の甲子園大会、早稲田実業高校のエースとして決勝戦では、駒大苫小牧高校のエース・田中将大との引分け再試合という激闘が想い出されます。
 斎藤投手は、田中投手に投げ勝ち優勝を果たすとともに、田中投手の夏連覇の夢をも破ったのです。

 その後の2人は、別々の道を歩みました。
 斎藤投手は、早稲田大学に進学し、東京六大学リーグの優勝はもちろんとして、全日本大学野球選手権の優勝も果たし、卒業後、日本ハム球団に入団したのです。

 田中のマー君は、高校卒業と同時に東北楽天球団に入団し、早々にプロの投手としてデビュー、日本ハムのダルビッシュ有投手との投げ合いを始めとする数々の名場面を演出、2013年シーズンには東北楽天を初優勝に導くと共に、シーズン24勝0敗1セーブという空前の大記録を打ち立て、2014年にはMLBニューヨーク・ヤンキースと超大型契約を結び、メジャーデビューに向け準備中です。

 ここまでの「プロの投手としてのキャリア」を見れば、田中投手が圧倒しています。甲子園大会決勝戦で日本中を沸かせたライバルに、大きな差が付いているのです。

 今年4年目のシーズンを迎える斎藤投手。2013年は肩痛に悩まされましたが、完治した様子。今シーズンは、「プロ野球投手・斉藤佑樹」の勝負のシーズンとなります。

 高校~大学の時期には、間違いなく大スターであったプレーヤーが、このまま球界を去っていくのは大きな損失(スターを育てるのは容易なことではありません)ですし、本当に残念ですので、斎藤選手にお願いしたいことを述べます。

 「ストレートのスピードを上げるか、キレを良くしていただきたい」ということです。

 2006年夏の甲子園大会の時、斎藤投手のストレートには、キレがありました。

 決勝再試合、早実4-3のリードで迎えた9回、駒大苫小牧の最後のバッターは田中将大選手でした。外角高めのストレートを空振りして三振・ゲームセット。この外角高めのストレートは、素晴らしいボールでした。

① 初速とベース上のスピードに大きな差が無く
② ボールはお辞儀をすることなく、どちらかと言えば少しホップ気味にキャッチャーのミットに納まりました。
③ 球速は145km位だったと思います。

 この3つのポイントが、大学野球やプロ野球に入ってからの、斎藤投手には観られないと思います。
大学時代、日本ハム入団後も、テレビ画面で観る斎藤投手のストレートは、ベース上でお辞儀をしています。高校時代のキレというか、球筋はどこに行ってしまったのでしょう。

 球速は、できることなら150kmを超えて欲しいのですが、現在の体力・筋力からは難しく、短期間で絶対筋力を向上させるのは不可能ということであれば、球のキレを復活させて欲しいのです。

 良いストレートが無くては、変化球も活きてこないのは、球界の通説です。実際に、過去3年間の日本プロ野球における斎藤投手の投球は、この通説通りの結果となっています。
 球速140kmは、プロで通用するための水準をクリアしていますから、あとはキレ。「プロの打者の予測を超える球筋を生むキレ」こそ、斎藤投手に求められるものなのでしょう。

 数年前のTBSサンデーモーニングという番組で、ゲストの金田正一氏が、斎藤佑樹投手の可能性について=プロ野球で通用するかどうかについて質問され、「高校でも大学でも日本一を成し遂げた。同期生で最も素晴らしい投手ということ。通用しなくてどうする。」とコメントしていました。

 日本プロ野球史上最高の投手である金田正一氏のコメントですから、間違いないでしょう。あとは、斎藤投手が「最も良い自分」を取り戻すだけなのだと思います。

 田中将大投手がMLBに挑戦した2014年が、斎藤佑樹投手の復活の年にもなって欲しいものです。

(「競馬コラム」は100号となりました。皆様のご支援のお蔭です。引き続き、よろしくお願いいたします)

 では、本稿に戻ります。

 この表題を見ただけで、多くの競馬ファンから「ああ、あのレース」と声が上がることでしょう。1996年第44回阪神大賞典競走は、それ程に印象的な、記憶に残るレースでした。

 1994年の三冠馬にして年度代表馬のナリタブライアンと1995年の菊花賞・有馬記念勝ち馬にして年度代表馬のマヤノトップガンが激突した、歴史に残るレースだったのです。

 最後の直線で2頭が競り合うレース=マッチレースというのは、時々見かけますが、この阪神大賞典こそ「The マッチレース」と呼ぶに相応しい、中央競馬史上最高のマッチレースではなかったかと思います。

 もちろん他にも、「The マッチレース」候補のレースが無いわけではありません。
 例えば、1974年の日本ダービー、コーネルランサーとインターグッドが府中の直線で競り合い、コーネルランサーがハナ差で勝ったレースや、記憶にも新しい2010年のオークス、アパパネとサンテミリオンの競り合い・同着、などはレースの格から見ても、十分に「The」を冠する価値のあるレースでしょう。

 しかし、この2つのレースと比較しても、1996年の阪神大賞典の方が「The マッチレース」に相応しいと考えます。その理由は、

① 3着馬との着差。

 この阪神大賞典では、競り合いを演じた2頭と3着のルイボスゴールドとは9馬身の大きな差が付きました。
 先頭を走るマヤノトップガンを見据えて、ナリタブライアンが動き出したのが2周目の3角。いつもは4角で捲くるブライアンが早目に2番手に上がり、4角にかけて並びかけました。4角から直線入り口で2頭はすでに並走状態にありました。つまり、阪神競馬場直線の最初から最後まで、この2頭だけの競り合いが続いたのです。

 コーネルランサー・インターグッドの日本ダービーは3着キタノカチドキとの差は1馬身、アパパネ・サンテミリオンのオークスは3着アグネスワルツとの差は2馬身でしたから、直線半ばまでは、他の馬も優勝争いに絡んでくるのではないかという感じがしたのです。

 しかし、この阪神大賞典は、直線に入った時点で他の馬にはチャンスが無いというか、「ナリタブライアンとマヤノトップガンしか見えない」レースだったのです。

② 競り合った2頭の競走実績。

 ナリタブライアン・マヤノトップガン共に年度代表馬であり、当該年度以外の年も、あの時代の中央競馬G1レースの中核を成す存在であったことが、このレースの特別な価値を増幅させます。
 これ程の実績馬同士が一歩も引かぬレースを展開した例は、多くは無いでしょう。

 直ぐに思い浮かぶのは、1975年の東京4歳ステークス・カブラヤオーとテスコガビーの競り合いです。カブラヤオーはこの年の皐月賞・日本ダービーの2冠馬、テスコガビーはこの年の桜花賞とオークスの2冠馬でした。後に2冠馬となるサラブレッド同士の叩き合いで、クビ差カブラヤオーが勝ち切ったレースでした。

 このレースは、最強牡馬と最強女傑が3歳の春に刃を交えたという点で、日本競馬においては極めて珍しいものですから、当然中央競馬の歴史に残る大レースでしたが、実は3着のテキサスシチーとハナ差だったのです。つまり、マッチレースではなく3頭の競り合いであったという点で「The マッチレース」の対象とは成り得ないものでした。

③ 力の限りを尽くした競り合いであったこと。

 こうした歴史に残るマッチレースには共通していることかもしれませんが、この阪神大賞典も、両馬そして両鞍上が死力を尽くしたレースでした。
   
 両馬の上がり3ハロンは34.5秒。(ずっと並走でしたから、当然同タイムです)3000mの長距離戦としては、とても速い上がりです。
   
 外から並びかけたナリタブライアンの鞍上は武豊騎手、先行し内で迎え撃ったマヤノトップガンの鞍上は田原成貴騎手、直線で両騎手は懸命に押します。残り100mで、僅かに内のトップガンが前に出ました。アタマ位リードしたのです。しかし、そこからブライアンは一完歩毎にじりじりと追い上げ、逆にアタマ差リードしたところがゴール板でした。

 2頭のフットワークはとても美しいもので、柔らかな筋肉が躍動し合う競り合いには、少しもギスギスした感じがしなかったことを、よく憶えています。2頭とも、自らの走行能力を存分に発揮したレースだったのでしょう。
 「サラブレッドの競り合いの極地」とも言える走りであったと思います。

 1953年・昭和28年開始という歴史と伝統を誇り、その時代その時代の強豪馬・大豪馬が毎年出走してきた阪神大賞典。1986年までは、12月・年末の風物詩であり、有馬記念との関係が深いレースでしたが、1987年からは春3月の開催となり、今度は天皇賞(春)の前哨戦の色合いが濃くなりました。

 一番人気馬がこれだけ強いG2レースは他に無いと思いますし、「牡馬しか勝ったことが無い」というのも、類を見ない特徴でしょう。「とても強い古馬・牡馬」が出走してくるレースなのです。

 今年も春の阪神大賞典がやってきました。完成されたサラブレッドによる、高品質なレースが展開されることでしょう。


 いまや、角界一の人気者であり、今後の活躍に期待が高まっている遠藤ですが、どうやら勝負カラーは「ピンク」のようです。

 取組の際の「仕切り」で時間一杯になると、十両以上の力士=関取は、塩を取りに行く傍ら、タオルで顔や体を拭きますが、このタオルは自前です。各力士は、思い思いのタオルを用意して、呼び出しさんから受け取り、拭くのです。

 遠藤のタオルはピンク色です。それも、結構しっかりしたピンク、濃いピンク色です。

 また、力士は国技館に入るときに着物を着ていますが、遠藤の着物はやはりピンク色なのです。

 どのような理由により、遠藤がピンク色を身に付けているのかは分かりませんが、遠藤の勝負カラーがピンクであることは、間違いないように観えます。これまで、ピンク色のタオルを使ったり、着物を着ている力士は記憶にありませんから、この点でも遠藤は「新時代」を齎してくれるかもしれません。

 それにしても、「時間一杯の時にタオルを使うこと」や「土俵に塩を撒くこと*」も、関取=十両以上の力士でなければ出来ませんし、「土俵下で座布団を使うこと」は幕内力士にしか許されていないことなどなど、相撲界というのは「番付が絶対」の、本当に厳しい世界だと感じます。

 (* 時折、幕下上位の取組でも塩を撒くことがありますが、これは当日の取組の進行状況を見ての時間調整と言われています。私は、十両=関取間近の力士に仕切りの所作の練習をさせるための意味もあるのではないかと、推定しています。)

 「黄金の馬」と呼ばれたハギノカムイオーの初重賞勝ちレースが、1982年のフジテレビ賞スプリングステークスでした。

 ハギノカムイオーは、1979年の北海道静内町で行われたセリ市で、1億8500万円という、当時の史上最高価格で落札されました。それまでの最高価格が5000万円でしたから、その記録を大幅に更新するものでしたので、マスコミが採り上げることとなり、競馬界のみならず一般の大ニュースとして報じられました。その落札価格の高さから「黄金の馬」と称されたのです。

 ハギノカムイオーが、これ程高額で取引された理由は、いくつか考えられます。

① 良血であったこと。

 父テスコボーイ、母イットー。父のテスコボーイは、当時の最高人気種牡馬でした。毎年のようにリーディングサイアーを獲得していました。母のイットーは、本ブログにも登場していますが、1975年の高松宮記念の勝ち馬であり、1973年の最優秀3歳牝馬(今で言えば2歳牝馬)、1975年の最優秀5歳以上牝馬(同4歳以上)の栄誉に輝く快足馬でした。

 加えて、ハギノカムイオー自身の馬体の良さ、品格も高く評価され、当歳の時から牧場には引き合いが絶えなかったと言います。

② テスコボーイの仔・牡馬はセリ市に出す義務があったこと。

 こちらが実は大きな要因です。テスコボーイは、日本軽種馬農業協同組合が輸入した種牡馬であり、結果として、その実績が高まった後も種付け料が安価でした。その代わり、必ずセリ市に出さなければならない、つまり「牧場での相対取引での売買は不可」というルールがあったのです。
 
 一般の民間牧場が輸入し、その種牡馬が何度もリーディングサイアーを獲得するとなれば、種付け料は高騰するものなのですが、テスコボーイの種付け料は低く据え置かれましたから、中小の牧場にとっては大変助かりましたので「お助けボーイ」と呼ばれました。

 ハギノカムイオーがテスコボーイの産駒でなく、他の有力種牡馬の仔ならば、おそらく、牧場で早々に取引されていたことでしょう。
 牧場での取引額は公開されませんから、当時既に1億8500万円以上の価格で取引されていたサラブレッドが他に居たと思います。
 従って、ハギノカムイオーは、公開されたサラブレッド取引の日本最高金額を大幅に更新したということになるのでしょう。

 競馬界のみならず、一般のニュースとしてもその存在がクローズアップされたハギノカムイオーのデビューは3歳の1月という遅い時期となりました。2歳の7月に軽度の骨折をしてしまったためですが、何より「おかしなデビューは避けなければならない」という、関係者の意識が強かったのでしょう。これで全然走らないのでは、「馬を見る目も含めて、競馬界全体の信用に係わる」ことだからです。

 1982年1月31日、京都競馬場での新馬戦は全国注目の的でした。
 カムイオーはこれを7馬身差で圧勝します。「さすが!」の声が全国で上がり、何と翌日のスポーツ各誌の一面トップとなりました。私も良く憶えていますが、新馬戦を1勝しただけなのに、駅の売店は「ハギノカムイオー」の文字だらけでした。

 そして東上。2戦目の桜草特別(中山競馬場)も3馬身差で快勝して、初重賞挑戦として選んだのがフジテレビ賞スプリングステークスだったのです。
 遅いデビューのカムイオーにとっては、ここで好成績を上げて皐月賞の出走権を確保しなければなりません。
 一方、牡馬クラシックロードの重要重賞レースであるスプリングSには、当然ながら3歳牡馬の強豪が名を連ねます。この年もサルノキング(東京4歳S、弥生賞と重賞連勝中)、アズマハンター、ワカテンザンといった同期強豪馬が出てきました。

 1番人気はサルノキング、2番人気はハギノカムイオーでした。これだけの実績馬を相手にしても2番人気に押されたのですから、カムイオーへの注目の高さが分かります。

 ハギノカムイオーは、2着ワカテンザンに2・1/2馬身差を付けて逃げ切りました。「さすがは黄金の馬」として、その評価は高まるばかり。いわゆる「スターとしての人気」は、この頃がピークだったと思います。

 当然のように一番人気で迎えたクラシック第一弾・皐月賞は、しかし、同型の逃げ馬ゲイルスポートとの競り合いから前半ハイペースとなり第3コーナーで失速、アズマハンターの16着と大敗してしまいました。

 続く、ダービートライアルNHK杯もゲイルスポートに絡まれて12着と大敗し、陣営は日本ダービー挑戦を諦めたのです。
 「短距離馬かもしれない」との見方も出てきましたし、少なくとも、スターに対する一般の興味は一気に薄れました。

 しかし、ハギノカムイオーは短距離馬ではありませんでした、秋になって神戸新聞杯・京都新聞杯の2000m重賞を連勝し、今度こそはと菊花賞に臨みましたが、これも前半のハイペースが祟り15着と大敗しました。
 「少なくとも中距離馬なのだろう」と思いました。

 4歳・古馬となったカムイオーは療養の後5月に始動、スワンステークス、宝塚記念、高松宮杯を3連勝しました。宝塚記念は2着に5馬身差のレコード勝ちでした。この頃が、カムイオーの最盛期であり、中距離で非凡なところを見せました。
デビュー当時の喧騒は全くありませんでしたが、良血であることを証明したのです。

 この後ジャパンカップや有馬記念など3戦しましたが、カムイオーは着外に終わり、競走馬を引退しました。

 ハギノカムイオー号、父テスコボーイ、母イットー、母の父ヴェンチア。通算成績14戦8勝、重賞6勝。

 クラシックレースや天皇賞・有馬記念といった、当時の大レースには縁がありませんでしたが、重賞6勝は立派な成績です。「黄金の馬」などといって、大騒ぎの中でデビューしていなければ、相当に高い評価を得たのではないかと思いますが、注目され過ぎたデビューの為に、不当に低く評価されているような気もします。

 獲得賞金は2億3100万円余りでした。1億8500万円という落札価格に振り回されたハギノカムイオーの意地を感じます。

 3月21日から始まる、第86回選抜高校野球大会の組合せが発表されました。例年、日本列島に春の訪れを告げるビッグイベントです。
 今大会も話題満載ですが、昨秋の地区大会の結果などを踏まえて、大活躍が期待される10の高校を挙げてみたいと思います。

① 履正社(大阪)
激戦地大阪地区で、このところ安定した成績を残しています。走・攻・守のバランスがとても良いチームだと思います。そろそろ甲子園の歴史に残る活躍をしてくれることでしょう。

② 沖縄尚学(沖縄)
昨年秋の明治神宮大会覇者。昨年秋の段階では、全国で一番強いチームだったということです。沖縄のチームは、春の甲子園でも好成績を挙げてきていますので、十分に期待できます。

③ 明徳義塾(高知)
エース岸は甲子園出場3回目と、経験十分。また、昨秋以降のチーム勝率は9割を超えています。勝負強いチームなのでしょう。初戦の智弁和歌山戦を切り抜ければ、一気に走る可能性が在ります。

④ 龍谷大平安(京都)
38回目の出場を誇る伝統校。昨秋の近畿地区覇者でもあります。名門復活の気配。このところ、負けるときは存外あっさりしていますので、粘り強さが出て来れば上位を狙えます。

⑤ 横浜(神奈川)
今年は打線のチーム。渡辺監督が率いる、常に優勝候補と目される名門です。スケールの大きな試合が出来れば、上位を狙えるでしょう。

⑥ 智弁和歌山(和歌山)
いつも驚異的な運動能力を保持するプレーヤーが登場してくるチームです。伝統の強打と高嶋監督の采配が融合すれば、久しぶりの優勝も。初戦の明徳義塾戦がポイント。

⑦ 駒大苫小牧(北海道)
「甲子園に出て来れば強いチーム」が久しぶりに登場してきました。昨秋の成績以上の力を、大舞台で発揮してくるような気がします。

⑧ 関東一(東京)
春の甲子園で強い東京代表ですが、今大会は関東一校1チームの出場となりました。関東一は、この数年安定した戦い振りで甲子園出場機会が増えています。堅い守備から、少ない得点での競り合いに持ち込めれば、持ち味が発揮できると思います。

⑨ 桐生第一(群馬)
先発に1年生がズラリと並ぶチーム。日一日と成長を続けていることでしょう。初戦・第二戦と勢いに乗れば、一気に決勝まで駒を進めるかもしれません。

⑩ 日本文理(新潟)
昨秋の明治神宮大会準優勝チーム。当該大会の決勝戦は6回まで8-0とリードし、初優勝かと期待が高まりましたが、7回8回で沖縄尚学に9点を取られての大逆転負けでした。好守に爆発力があるチームが、この悔しさを春の甲子園にぶつけてくることでしょう。

 以上の10チームに注目したいと思います。

 この他にも、27年振りの出場となる池田高校(徳島)や、初出場なるも昨秋の関東地区大会覇者の白鴎代足利(栃木)、同じく中国地区覇者の岩国(山口)、同じく四国地区覇者の今治西(愛媛)などなど、強豪チームが目白押しです。
 春の甲子園は、投手陣の出来不出来が勝敗に大きな影響を与えます。いずれにしても、1回戦から激戦・接戦が展開されることでしょう。
 現在41歳、1992年のアルベールビルからソチまで7大会連続でオリンピック出場を果たしている葛西紀明選手の、長い選手キャリアを可能にしている原動力は何なのでしょうか。

 もちろん、40歳を過ぎても世界トップクラスのパフォーマンスを見せる肉体面の強さが前提となっているのでしょうが、興味深いのは「精神面の持久力」です。肉体面の強さ維持も、精神面の持久力無しには実現できないことは明らかです。

 アスリートは、その選手キャリアの中で、難度も壁にぶち当たり、「心が折れそうになる」のでしょうが、葛西選手はその都度、その壁を乗り越えてきましたし、現在も4年後のオリンピックを目指して意気軒昂です。

 この「心の若さ・強さ」の源として、私は「長野オリンピックの時の悔しさ」があるのではないかと考えます。

 1994年に鎖骨を骨折し、このシーズンを棒に振った葛西選手は、1996年に競技に復帰し、ワールドカップでも表彰台に上がるなど調子を戻していました。1997年から1998年・長野オリンピックのシーズンも好調なプレーを続けていました。
 しかし、1997年12月に左足首を捻挫したことも影響したのか、長野オリンピックのラージヒルと団体メンバーから外されました。この時、ラージヒルでは船木選手が金メダル、原田選手が銅メダルを獲得、団体は金メダルに輝きました。

 この長野オリンピックで代表から外された悔しさを、葛西選手は時々コメントしています。そして、平静なコメントの裏側に、大きなエネルギーの塊としての「長野の悔しさ」が満ちているように感じるのです。

 この「長野の悔しさ」は半端なものではなく、この悔しさを雪ぐまで、葛西選手は選手生活を続けようとしているのではないでしょうか。
 ソチ・オリンピックで個人ラージヒル銀メダル、団体銅メダルを獲得しても、長野の時自分が味わうことが出来なかった個人ラージヒル「金」、団体「金」には及びませんし、何より、まだ「悔しさ」を忘れることが出来ないのですから、選手生活を継続するしかないのでしょう。

 ところで、葛西選手のスキージャンプ界における評価を考えた時、「長野の悔しさ」はどんな意味を持つのでしょう。

 仮に、葛西選手が長野オリンピックでラージヒルと団体に出場し、ともに金メダルを獲得したとします。続く2002年のソルトレイクシティ大会出場(30歳の時)を最後に引退していたかもしれません。
 それでも、オリンピック3大会連続出場でメダルも複数持っているのですから、名選手と呼ばれるでしょうが、「レジェンド」とは呼ばれなかったでしょう。

 つまり、葛西選手は「長野の悔しさ」を晴らすために、日々精進を重ね、技術面やレギュレーションの変更に対応し、世界選手権やトリノ・バンクーバー・ソチのオリンピックに挑戦し続けました。
 気が付けば、7大会連続の冬季オリンピック出場という世界最高記録を打ち立て、また40歳を過ぎてのワールドカップ優勝やオリンピック銀メダルという偉業を成し遂げ続けています。そして、数年前からは、スキージャンプ競技の本場ヨーロッパにおいて「レジェンド」と呼ばれ、最大級の尊敬を集める存在となったのです。

 こう言っては、ご本人に叱られてしまうかもしれませんが、「長野の悔しさ」があったればこそ、葛西選手は「レジェンド」になれたのではないでしょうか。

 あまり意味の無い比較ですが
・ 長野で金メダル2つ、リレハンメルで銀メダル1つ、30歳で引退したジャンパー
・ 1992年のアルベールビルから2014年のソチまで7連続オリンピック出場、リレハンメルで銀メダル1つ、ソチ で銀と銅メダルを1つずつ獲得し現役を続行しているジャンパー

 どちらが、高く評価されるものなのでしょう。

 現在はどちらとも言えない、というのが本当のところではないでしょうか。

 つまり、現在の葛西選手は、「長野の悔しさ」は残り、金メダルはいまだに獲得していないけれど、長野で代表となり金メダルを獲得していた場合と、互角の評価は得ているのです。
 そして、世界的な知名度でいえば、後者の方が遥かに高いものでしょう。「長野の悔しさ」は、葛西選手が「レジェンド」となる原動力となり、世界で最も有名なスキージャンパーのひとりにしたのです。

 「長野の悔しさ」が有った方が良かったのか、無かった方が良かったのかは、いまだに結論が出ていないことでしょう。結論が出ないことなのかもしれません。いや、比較すること自体に意味がないことなのかもしれません。

 いずれにしても、葛西選手が現役を引退(まだまだ先のことですが)し、葛西選手自身がこのことを冷静に受け止め、自身で消化し切ったときに、ひとつの結論、葛西選手自身にとっての結論が出るような気がします。

 その結論を聞いてみたいものです。

 4月29日に開催される柔道の全日本選手権大会に、香川大吾選手と田中源大選手の2人の高校2年生が出場することになりました。
 ともに、3月9日の中国地区選手権で好成績を残して、出場権を獲得したのです。見事です。

 2人とも、従来の全日本選手権出場最年少記録を更新しましたが、2人の比較では、松井選手の方が香川選手より誕生日が1日!早いため、今後の最年少記録は香川選手が保持することとなります。それにしても、同じ中国地区大会で競い合い、誕生日が「1日違い」というのも、不思議なものです。

 柔道の全日本選手権大会は、柔道の創設者・嘉納治五郎の精神に最も近い大会のように思います。体重別ではないのです。体重が軽く体格が小さい選手も、長身で細身の選手も、体重が重く大柄な選手も、「天皇杯」を目指して同じ畳の上で戦うということです。
 まさに「柔よく剛を制す」の言葉通りの戦いが展開されるわけです。

 日本古来の格闘技・武術には、「体重別の概念」がありません。
 例えば、相撲競技などは体重200㎏を超えるプレーヤーから、100㎏未満のプレーヤーまで、同じ土俵で戦います。基本的に多くの武術は、武士が戦(いくさ)で使う技術として発達してきたものでしょうから、体重別概念が入り込む余地が無かったのでしょう。

 とはいえ、古来の武術の流れを汲む柔道も、国際的なスポーツとなり、世界中の人達がプレーし、多くの観客を集める時代になると、どうしても「公平・フェア」という観点から「体重別の概念」が導入されることになるのでしょう。止むを得ないところです。

 こうした状況の中で、全日本柔道選手権は、我が国を代表する全ての柔道選手がひとつのタイトルを目指して競うという大会の形を維持してきているのです。最も柔道らしい大会と言えるのかもしれません。

 そして、優勝者に与えられる栄誉は比類無いものです。日本の柔道選手の憧れの的であることは間違いありませんし、ひょっとすると「オリンピック金メダルより、全日本のタイトル」が欲しいと考えている選手も少なくないのかもしれません。

 そうした大会に、高校生選手が2人も出場するというのは、本当に素晴らしいことだと思います。

 全日本選手権では、1977年から1985年までの山下泰裕選手の9連覇、1989年から1995年の8年間における小川直也選手の7度の優勝など、「圧倒的な実力を持った選手の時代」が続きましたが、20世紀末からの篠原信一選手と井上康生選手の3連覇を経て、直近の3年間は毎年優勝者が変わる「混戦期」に入っています。

 長く低迷が続いていた日本柔道も、昨年大きな改革を実現しました。暗雲がようやく晴れたと言って良いでしょう。
 こうした状況下、若手プレーヤーの中から「日本柔道の救世主」が現れるのか、2人の高校生選手の活躍と共に、2014年大会に注目したいと思います。
 3月10日、阪神と巨人のオープン戦が、三重県伊勢市で行なわれました。65年振りの伊勢市での巨人・阪神戦とのことですが、この試合では巨人の選手全員が背番号14、阪神の選手全員が背番号19でプレーしたのです。

 同市出身の日本プロ野球NPB選手であり、日本プロ野球黎明期に活躍した、阪神の西村幸生投手と巨人の沢村栄治投手を偲んでの試合だったのです。

 NPBにも、こういう試合が登場してきたことは、今後のNPBのセールスプロモーションの面から画期的なことだと感じます。

 アメリカメジャーリーグMLBでは、毎年4月15日に有名な「ジャッキー・ロビンソン・ディ」という催し物があります。黒人初のメジャーリーガーであるジャッキー・ロビンソンを称えて、そのデビュー日である4月15日(1947年、ブルックリン・ドジャーズ)に、全てのMLBプレーヤー・監督・コーチ・審判が背番号42を背負ってプレーするのです。
 MLB30球団の全てのプレーヤー他が、全員42番を背負ってプレーするのですから、壮観というか、別格の永久欠番という感じです。
 この催し物というか、エンターティンメントは素晴らしいと感じていました。

 そして、ついにNPBでもこうした品質の「プレーヤーメモリアル・イベント」が開催されるようになったのです。

 ちなみに、沢村栄治投手は、シーズン最優秀投手に送られる「沢村賞」にも見られるように、大変有名な投手ですから、色々と報道されていますので、ここでは西村幸生投手について少し見ておきたいと思います。

 西村幸生投手は、1910年に三重県宇治山田市(現、伊勢市)に生まれ、宇治山田中学で野球を始めて直ぐにエースとなりました。甲子園大会(全国中等学校優勝野球大会)には、惜しくも縁がありませんでしたが、卒業し実業団を経て関西大学に進学、関西大学の関西六大学リーグ8連覇(1932年~)に貢献しました。
 1937年に関西大学を卒業すると、同じ宇治山田市出身の沢村栄治投手との対戦を望んで、大阪タイガースに入団したのです。

 1937年と1938年の春・秋シーズン(2シーズン制)および1939年の計5シーズンを投げ、通算55勝21敗。1939年に球威が落ちて11勝9敗と不本意な成績であったことを考え合わせると、当初2年間は極めて高い勝率を誇ったことが分かります。

 1945年4月3日に、太平洋戦争・ルソン島の戦いで戦死しました。ちなみに、ライバルの沢村栄治投手も1944年12月2日に戦死しています。戦争とは、悲惨なものだと感じます。

 さて、こうしたメモリアルゲームを開催する条件が、NPBにも整ってきたことは、素晴らしいことだと思います。

① 準備が出来る体制が整っていること。

 出場予定選手全員のユニフォームが、少なくとも必要です。選手の体の大きさ・体型に合わせて作ってある普段のユニフォームの背番号を、巨人は14番、阪神は19番に統一しなくてはならないのです。
 想像するより大変なことでしょう。

 MLBでは、ジャッキー・ロビンソン・ディ」だけではなく、乳癌撲滅キャンペーンゲームや、昔のユニフォームを着る日等々、様々なイベントが開催されます。乳癌撲滅キャンペーンゲームなどは、ピンク色のバットやベース(一部がピンク)なども登場します。当然ながら、バットはプレーヤー毎に専用のものを使いますから、事前に各打者からバットを預かり、ピンク色に塗ることになります。

 ジャッキー・ロビンソン・ディのゲームも、乳癌撲滅キャンペーンのゲームも「公式戦・レギュラーシーズンゲーム」ですから、プレーヤー達は皆必死・全力でプレーします。その成績次第では、直ぐにマイナーリーグに落とされてしまいますから。
 つまり、ユニフォームの背番号が42番になろうと、バットやグローブがピンク色になろうと、「いつも使っている本物を加工する」以外に方法は無いのです。そこが、難しいところでしょう。
 全てのロースターに登録されているプレーヤー分のユニフォームを準備することも含めて、相当のノウハウが必要だと思います。

② 費用面の手当てが出来るということ。

 この試合で使用したユニフォームは、おそらく他の試合では使えないでしょう。費用も結構かかると思います。
 MLBの上記のようなイベントの費用も、相当大きなものでしょう。

 NPBでも近時は、昔のユニフォームで戦う試合が増えてきました。球場に足を運んでくれるファン、テレビ観戦するファンに、少しでも喜んでいただくという考え方、エンターティンメントの基本的な考え方が定着してきているように感じます。

 この三重県伊勢市のオープン戦は、巨人の2013年ドラフト1位・小林誠司捕手(日本生命から入団、24歳)の逆転満塁ホームランが8回に飛び出し、7-6で巨人が勝ちました。
 こうしたメモリアルゲームのオープン戦で、滅多に見られない一撃が飛び出したのです。それも場外ホームランでした。

 沢村栄治・西村幸生両投手を始めとする沢山のOBの活躍があったればこそ、現在のNPBの繁栄があるのでしょう。
 こうしたメモリアルゲームを、もっと開催して欲しいと思います。
 オリンピック・ワールドカップに次ぐ、女子サッカー世界三大大会のひとつ、アルガルベカップの2014年大会決勝戦は、3月12日ポルトガルのアルガルベ・スタジアムで行われ、ドイツ代表チームが3-0で日本代表チームを下し、3回目の優勝を飾りました。なでしこジャパン悲願の初優勝は、残念ながら今回もお預けになりました。

 決勝戦前半は拮抗した内容となりました。なでしこジャパンとしては前半28分に好機を迎えましたが、惜しくも得点できなかったことが最後まで響いた形です。
 後半開始早々の36秒にケスラー選手に先取点を奪われ、その後も5分、16分と立て続けに失点してしまいました。
 結果的には、前半のチャンスを得点に結びつけて1-0で勝ち切る形が、なでしこにとっての勝機だったと思います。

 残念ながら優勝こそなりませんでしたが、今大会のなでしこジャパンの戦い振りは見事でした。

① 予選リーグでアメリカと引き分けたこと

 よく知られていることですが、日本チームが最も苦手としているのがアメリカチームです。この大会までの対戦成績は、1勝22敗6引分け。数々の世界大会で、日本チームの前にアメリカチームの厚い壁が立ちはだかっています。
 長く世界ランク1位に君臨するアメリカは、常に強敵なのです。

 現状の彼我の戦力を比較すれば、「アメリカとは引分けで十分」という結論が明らかです。そして、この大会の予選リーグで、なでしこは引分けに行って、引き分けたのです。リーグ戦で、勝ち点を計算しながら、狙い通りの結果を残すのですから、素晴らしいことです。「強くなった」という印象を強くしました。

② デンマークとスウェーデンに勝利

 予選リーグの残りの2チームには、キッチリと勝利しました。宮間選手を中心としたセットプレーでの得点がポイントとなりましたが、「堅守からのカウンター」を主体として、相手の反則を誘い、得点に結びつけるという「なでしこのゲームプラン」を実行できているところに、強さを感じます。

③ 決勝戦も紙一重の勝負

 勝負事に「もし」は無いのですが、「仮に」前半28分のチャンスになでしこが得点していたとすれば、なでしこが1-0で勝ち切っていた可能性があったと思います。なでしこのゲームプランは、もう少しで実現するところだったのです。
 「球運」次第で優勝も狙えるチームというのは、強いチームだと思います。なでしこジャパンは、アメリカやドイツといった、女子サッカーの世界トップランクのチームと、互角に戦えるまでに成長したのです。

 ドイツチームも、アメリカと並んで「日本の天敵」です。この大会を終えての対戦成績は1勝11敗1引分け。アメリカ同様に、なでしこはまだ1回しかドイツに勝ったことがありません。
 加えて、ドイツ相手には「引分けも難しい」ところが、アメリカチームとは少し異なるところかもしれません。

 なでしこは、大柄な体格を前面に押し出してプレーしてくるチームには、オフェンス・ディフェンス両面で対応策を創り上げました。以前はなかなか勝てなかったスウェーデン(アルガルベカップ優勝3回)やノルウェー(同4回)との対戦成績を、それぞれ6勝4敗3引分け・4勝3敗と、互角にして来ているのを観ても明らかです。

 一方で、アメリカとドイツは、「大柄な体格+スピード十分のパスプレー」というサッカーを展開しますので、いまだに厚い壁なのです。

 この決勝戦後、宮間選手は反省点として「得点力の強化」を挙げました。
 確かに、この大会でも日本チームは「流れの中からの得点」がとても少なかったのです。得点力を強化できれば、なでしこはもう一段上のレベルに行けるのでしょう。

 とはいえ、現在のなでしこジャパンは前述の「なでしこのゲームプラン」を完成させつつあると感じますし、そのゲームプランは体格面で劣るチームが戦っていく戦法・戦術としては、完成度が高いものだとも思います。

 なでしこジャパンは、女子サッカーの世界最高レベルに追いつきました。
 一方で、「なでしこの歴史」をつくっていく道程は、まだ始まったばかりなのでしょう。
 狩野亮選手が好調です。

 滑降座位種目に続いてスーパー大回転座位種目でも、金メダルを獲得しました。しかも、2秒近いタイム差をつける圧倒的な勝利でした。
 テレビ画面で見る限り、その滑走スピードは抜群です。狩野選手のずば抜けたスピードは、どこから生まれているのでしょう。

① 後傾姿勢

 狩野選手のターンを観ると、スキーの先が上がっています。「後傾姿勢」で滑り、ターンしているのです。ですから、どんどん加速されるわけです。
 後傾姿勢は、アルペンスキーにおいては良くないこととされていて、バランスを崩し、スピードが落ちると言われますが、実際の世界トップクラスの滑りでは、ターン毎にスピードを落とさずに、逆に加速していくために、必要な技術であることは、オリンピックのアルペン競技を見ても明らかです。

 後傾姿勢のまま、腰が落ち、転倒してしまっては何にもなりませんが、ターンの際に「転倒しない、ギリギリまで後傾する」ことは、スピードを競う競技においては有効な滑りということになります。

 本ブログのソチ・オリンピックの稿でも「綺麗なバランスの良い滑りではタイムが出ない」ことを書きましたが、当然ながらパラリンピックでも同様です。世界一・金メダルを狙うアスリートは、ギリギリの滑りにトライする必要があるのです。ゆっくりと綺麗なフォームで他のスキーヤーより速く滑れれば良いのですが、世界トップクラスのアスリートが集まる大会においては、「自分だけが綺麗に速く滑る」などということは、到底出来ないのです。

 転倒のリスクは高くなるが、そのリスクを犯さない限り、勝利の女神は微笑まないということでしょう。

② プレジャンプを飛ぶことにしたこと

 滑降やスーパー大回転といった「高速系種目」のコースには、雪面にギャップが用意されていて、プレジャンプをすることが要求されています。

 そして、このプレジャンプは「なるべく短い飛距離で抑え、スキー板と雪面が離れる時間を短縮すること」で、タイムロスを抑えるのが、原則です。

 しかし、今回のスーパー大回転では、狩野選手も銀メダルの森井大輝選手も、プレジャンプを飛んでいました。他国の選手は飛ばないようにして滑っていましたから、「飛ぶこと」は日本チームの作戦だったのでしょう。

 「飛ばない方が速い」とされている種目で、飛ぶことにしたのは、「スピードが出ている状態では、飛ばざるを得ない」からでしょう。

 「飛ばない方が速い」という原則は、「同じスピードで滑ってきたら、プレジャンプは飛ばない方が速い」ということです。

 このレースでは、より遅いスピードで滑ってきた他国の選手は飛ばなかった、より速いスピードで滑ってきた狩野・森井両選手は飛んだ、ということになります。飛んだほうが速い、というか、速いので飛ばざるを得ない滑りだったのでしょう。
 とにかく、速く滑ることが肝要な種目での、正しい選択であったと思います。

③ ブルーラインの外を滑り降りていたこと

 これも、オリンピックの稿で書きましたが、2本のブルーラインで示されているコースの中をずっと滑っているようでは、スピードが出ていないのです。狩野・森井の両選手は、時々ブルーラインの外側に運ばれながら滑り切りました。
 ブルーラインの外側に出されてしまうほどのスピードが出ていた証左です。「ブルーラインの外側を滑らなければならないほどのスピードを出さなければメダルには届かない」ことが、このレースでも良く分かりました。
 「キチンとしたラインをゆっくり・慎重に滑っている」ようでは、勝利は覚束ないのです。

 世界最高レベルの大会で、アルペンスキー「高速系種目」おいて好成績を挙げるための原則をしっかりと実行した狩野選手と森井選手。「攻撃的な気持ち」を前提としたその滑りは、見事でした。

 もちろん、他の選手に勝るスピードを出しながらも、転倒しないでゴールするためには、強靭な上半身と体幹の強さが必要なことは、言うまでもありません。弛まぬトレーニングが生きたのです。
 特に、狩野選手については「滑走中の上半身のブレが少なかった」と感じます。いつも「上半身が真っ直ぐに近い形」で滑っていました。抜群の筋力とバランス感覚が無くては、とても出来ないことでしょう。

 「高速系種目」を制するための秘訣は、オリンピックでもパラリンピックでも共通なのだと思います。
 1991年の桜花賞トライアル・4歳牝馬特別(現在のフィリーズレビュー)を圧勝したのが、イソノルーブル号です。

 イソノルーブルは、4歳牝特を勝って新馬戦以来5戦5勝・重賞2勝という好成績を引っさげて桜花賞G1に臨みました。当然1番人気でしたが、この年の3歳牝馬は好メンバーが揃い、2番人気のノーザンドライバー、3番人気のスカーレットブーケ、4番人気のシスタートウショウ、5番人気のミルフォードスルーまでの5頭が10倍以下の人気という、思わぬ混戦となりました。

 本来ならば、5戦全勝で、2つの重賞、ラジオ短波賞3歳牝馬ステークスG3でスカーレットブーケに3・1/2馬身差の圧勝、4歳牝馬特別G2で2着に3・1/2馬身差と完勝している馬が居れば一本被り人気になってよいのですが、これだけ人気が割れたのは、イソノルーブルが「抽せん馬」であったことも影響を与えていたのかもしれません。

 「抽せん馬」とは、1歳時点で市場において買い手が付かなかったサラブレッドを、中央競馬会が買い取り、2歳までトレーニングをして「走れるようになった」段階で、希望者に抽選で売却する制度です。「抽せん馬」は必ず中央競馬で走ることが出来るという権利を持っています。

 馬主にとっては、1歳馬の段階で高いお金を出してサラブレッドを購入しても、その後のトレーニング・調教で物にならない或いは故障するといったリスクを回避することが出来ますし、生産牧場、特に中小の牧場にとっては、種付け料や育成にかかった費用をカバーできる、つまり「競走馬生産リスク」を軽減できる制度として、中央競馬において継続して実施されてきました。
 抽せん馬には、馬名の前に○に抽の印が表記されましたし、抽せん馬だけのレースが組まれるなど、中央競馬会による保護施策が打たれてきたのです。

 「抽せん馬」制度は現在でも「JRA育成馬」制度として存続していますが、確か10年位前に○抽の表記は無くなり、一般の市場取引馬と同様の扱いを受けていると思います。

 本稿の主人公イソノルーブルの時代には、まだ○抽の表示がありました。抽せん馬は、どうしても「売れ残った馬」という印象を与えますし、酷い時には「クジ馬」などと呼ばれたりしていましたから、残念ながら少し下に見られる傾向があったのです。

 さて、1番人気でクラシックレース本番を迎えたイソノルーブルは、発走直前に「落鉄」してしまいました。関係者は、10分以上に渡って蹄鉄を打ち直そうとしましたが、出走直前で興奮していたイソノルーブルは、これを受け付けませんでした。
 サラブレッド、ましてや超一流のサラブレッドは、その激しい競走意欲・気性を持って競馬に臨むのですから、レース直前の蹄鉄打ち直しができないのは、無理も無いところです。

 そして、イソノルーブルは蹄鉄が無い状態で桜花賞を走り、5着に敗れました。勝ったのはシスタートウショウでした。

 1番人気の馬が蹄鉄無しで走って5着に敗れ、さらに蹄鉄を付けずに走ることが事前にファンに知らされていなかったために、レース後中央競馬会には抗議が殺到しました。「イソノルーブル落鉄事件」と呼ばれています。

 そして、この時にマスコミで付けられた呼称が「裸足のシンデレラ」だったのです。

 貧しい生まれのシンデレラと王子様の物語、そしてかぼちゃの馬車に向かう途中でガラスの靴を落としていったというストーリーに、見事に絡めた呼称でした。「シンデレラ」という名前自体に「裸足」概念が含まれているので、「裸足のシンデレラ」には重複感がありますが、リズムの良さを勘案して「裸足の」を付けたのでしょうか。

 さて、このレース直前の落鉄が、レース結果にどのような影響を与えたのかは、何とも言えないところですが、
・ 蹄鉄を付けずに走ることが競走能力に大きな影響を与えるものではないとしても、
・ 一方で、蹄鉄を打ち直そうと、出走直前の3歳牝馬を10分間以上にわたって追い回し、複数の人が押さえ込もうとしたこと、は大きな影響を与えたであろうと思います。

 いずれにしても、「落鉄」はイソノルーブルにとって不運なことであったのは、間違いないでしょう。

 騒動の中で桜花賞を走り終えたルーブルは、3歳牝馬最高の栄誉・オークスG1に出走することとなりました。

 桜花賞の結果と、逃げ馬のルーブルが20頭立ての20番大外枠に入ってしまったこともあってか4番人気と人気を下げました。1番人気は、桜花賞馬シスタートウショウでした。

 桜花賞の反省を踏まえて、陣営はレース前にイソノルーブルを興奮させないために、二重のメンコで音を遮断し、ブリンカーを付けるなど、発走直前の手当てを施しました。
 レースでは、気持ちよく走ったルーブルが、シスタートウショウの追い込みをハナ差凌ぎ、オークス馬となりました。一杯一杯ながら見事に粘りきった、素晴らしいカムバックでした。

 秋のエリザベス女王杯では、体調不良から16着と大敗し、故障も見つかってイソノルーブルは競走馬を引退したのです。

 イソノルーブル号、父ラシアンルーブル、母キティテスコ、母の父テスコボーイ、通算成績8戦6勝、重賞3勝。
 8戦6勝・オークス優勝は、なかなか居ない立派な成績です。その安定感も、賞賛に値します。

 父親のラシアンルーブルは、その父がニジンスキー、母の父がバックパサー、母の母の父プリンスキロまで共通という、マルゼンスキーに極めて近い配合でした。この頃、種付料が高かったマルゼンスキーの代用種牡馬として期待された馬でした。その代表産駒がイソノルーブルです。

 430㎏前後の小柄な鹿毛の馬体でしたが、抽せん馬のエースであり、「裸足のシンデレラ」と呼ばれたイソノルーブル。
 フィリーズレビューの季節になると、いつも想い出されるサラブレッドです。
 第104回のバドミントン全英オープン選手権大会・男子ダブルスで、日本の早川賢一・遠藤大由ペアが、3月9日の決勝戦に臨み、インドネシアペアにセットカウント0-2で破れ、初優勝はなりませんでした。

 早川・遠藤ペアは第2シードで大会を迎え、決勝で第1シードのアーサン・セティアンペアに敗れましたが、第2シードでキッチリと決勝戦に勝ち上がるというのは見事なもので、この種目の世界NO.2であることを証明しました。

 バドミントン競技における全英オープン大会は、1899年開始という、バドミントン競技としては圧倒的な歴史と伝統を誇る大会です。1977年に世界選手権が創設されるまでは、実質的な世界選手権大会でもありました。現在でも、世界屈指の格式を備えています。

 この大会で、日本男子チームは、これまで優勝したことがありません。女子チームは、1978年に徳田敦子・高田幹子ペアが優勝しています。

 早川・遠藤ペアは、2013年大会に続いて、2大会連続の準優勝です。悲願の優勝は来年に取っておいたと観たいところです。

 それにしても、バドミントンは21世紀に入ってから、中国チームが圧倒的に強く、男子女子という性別や、シングルス・ダブルスといった種目の別、全英オープン・世界選手権・トマス杯・ユーバー杯といった大会の別を問わず、殆どの大会で優勝を独占してきました。もはや、「バドミントンと言えば中国チーム」の時代なのです。

 そうした状況下で、今大会の男子ダブルスの決勝は、インドネシアと日本の対戦となりました。このことだけでも珍しいというか、画期的なことでしょう。
 インドネシアは、もともとバドミントンが強い国です。歴代世界最高のプレーヤーと言われるルディー・ハルトノ選手や、国民的ヒーローであるリム・スイキン選手もインドネシアのプレーヤーです。
 21世紀に入り、少し影が薄かったバドミントン・インドネシアチームに復活の兆しが見えているのかもしれません。

 我らが日本チームについていえば、シャトルコック製造で有名なヨネックス社が、1984年から全英オープン大会の特別協賛会社であり、正式な大会名もYonex All England Open Badminton Championships というのですから、関係が深い大会・競技といえます。
 バドミントンは日本製品で行なわれている競技なのです。

 そうであれば、色々な大会で是非とも世界のトップを争っていただきたいと思います。また、相当に日本のバドミントンのレベルが上がってきているように感じます。

 一方で、バドミントン競技における各種の世界大会をサポートして来ているのは日本企業なのですが、実は世界選手権大会はまだ日本で開催されたことがありません。
 
 既に22回を数えている世界選手権大会。2年に一度のこの大会を、まずは日本で開催していただき、沢山の日本の観衆に世界最高水準のプレーを魅せていただきたいと思います。

 スマッシュ時のシャトルのスピードはゆうに時速300kmを超え、人間が自力でラケット他の道具から繰り出すスピードとしては、全ての競技の中でも最速と言われますし、プレー中の時間当たり消費エネルギーも全ての競技の中で最大と言われるバドミントン競技。
 「優雅な外見に似合わぬ極めて激しいスポーツ」です。世界最高レベルの迫力とパワーを目の当たりにすることは、日本バドミントン界の競技力強化にも大きな効果が在るのではないでしょうか。
 ソチ・オリンピックのスノーボード・男子ハーフパイプで銀メダルを獲得した平野歩夢選手のインタビューが、色々なところで放映されていましたが、とても印象的なコメントがあります。

 「日本のハーフパイプで初めてのメダルで嬉しい」「冬のオリンピック日本人最年少のメダルで嬉しい」というもの。
 ゲーム終了直後のインタビューでは、「日本人として初めてなのが嬉しい」旨を連発していました。本心からのコメントでしょう。

 最近、同じようなコメントを耳にしたなと思い出してみました。MLBボストン・レッドソックスの上原浩治投手でした。
 作2013年のアメリカンリーグの優勝決定戦でMVPを受賞した際、「日本人選手として、リーグチャンピオンシップのMVPは初めてなので、凄く嬉しい」とコメントしていましたし、ワールドシリーズのボストン優勝のマウンドに立っていたことに付いて、インタビュアーから「日本人投手として初めてです」と呼びかけられて、「凄く嬉しい」と応えていました。

 平野選手も上原投手も、それぞれのスポーツにおいて世界最高水準の技術を擁し、実績を挙げてきたプレーヤーです。上原投手は、日本プロ野球NPBでチームの優勝はもちろんとして、沢村賞も受賞していて、様々な栄光に包まれています。
 現在中学生の平野選手も、9歳!からプロ契約を結び、世界中の大会を転戦し、現在では1年の内8ヶ月を海外で過ごし、あらゆる大会で好成績を挙げ続けています。

 この2人は「表彰されることに慣れている」筈です。そういうトップアスリートが最も嬉しいと感じるのが「日本人初という基準」であることが、とても興味深いところです。

 何年も、十数年も、競技に明け暮れているアスリートにとって、モチベーションを維持することは、とても難しいことなのでしょう。そして「優勝」「日本一」「世界一」を目指すというのも、大きなモチベーションにはなるのでしょうが、平野選手と上原投手にとっては、「日本人初」というのが、何よりの推進力・自らを鼓舞する力であったということになります。
 ソチ・パラリンピックは3月8日から競技が始まりました。そして、いきなり嬉しいニュースが飛び込んできました。

 まず、バイアスロン男子7.5km座位種目。久保恒造選手が銅メダルを獲得し、今大会日本選手団最初のメダルとなりました。特に、射撃の成績が素晴らしく、1発も外しませんでした。見事です。

 世界トップクラスで、普段は射撃を得意とする選手でも、本番で何発も外すということがある競技です。レース後のインタビューで「(競技)直前までコーチとふざけあい、自分の雰囲気を作ることが出来た」とコメントしていましたが、その気持ちの安定感を本番で生み出すことも、日常のトレーニングの賜物ということでしょう。

 続いては滑降男子座位種目。狩野亮選手が金メダル、鈴木猛選手が銅メダルという好成績。

 テレビ放送での絵を見ても、オリンピックに引き続いて難しい雪面状態でした。コースは、硬い雪面と柔らかい雪面が混在し、特に柔らかいところは、スキーを取られやすいように見えましたが、狩野選手の滑りは極めて安定していました。
 1本のスキーでありながら、あれだけのスピード・安定感で滑って行く選手達のプレーには、いつもながら驚きを禁じ得ませんが、ソチの難しいコースをキッチリと滑り降りた狩野・鈴木両選手に大きな拍手を送ります。

 それにしても、「滑降」の金メダルは格別です。日本選手にとって、オリンピック・パラリンピックを通じて初の金メダルでした。高速系種目、中でも滑降・ダウンヒルは、アルペンの華であり、日本人スキーヤーが苦手としている種目です。その種目での金メダルは、まさに快挙です。

 バイアスロンや滑降という、私の大好きな種目でのメダル獲得。ソチ・パラリンピックの日本選手団は素晴らしいスタートを切りました。
 ソチ・オリンピックでは、日本代表女子チームの活躍もあってカーリングのテレビ放送が多かったと思います。
 1投で、ゲームの流れが一変するスリルは、カーリング競技の面白さを満喫させてくれました。

 カーリングのルールに付いても、テレビ解説者の説明により、相当詳しくなった視聴者が多いと思いますが、ルール以上に「カーリング競技における常識・原則」には、味わい深いものが多く存在しました。

 本稿の表題となっている「よく回転しているストーンは真っ直ぐ進む」もそのひとつです。その反対として「回転が少ないストーンは曲がる」という原則も有ります。

 そもそもカーリングのリンクは、平らに見えますが、リンク毎にクセが在り、無回転のストーンを投げると、左右どちらかに曲がり易いのでしょう。プレーヤーは、練習時間中に、当該リンクのクセを読み取り、どれくらいの回転を左右どちらの方向に加えれば「ストーンが真っ直ぐ進むのか」を把握するのです。
 把握した後で、回転の付け方とストーンのスピードの関係から、「ストーンをどのように投げれば、どのように曲がっていくのか」を把握し、狙い通りに曲げていく(カールさせていく)投法を身に付けていくことになるのだと思います。

 おそらく「狙った強さ・スピードで、ストーンを真っ直ぐ進ませるのは、とても難しいこと」なのでしょう。

 さて、私のような素人が直感的に感じることと反対のことが多い競技は、奥行きが深く、プレーヤーも観客も、とても楽しめるものなのですが、カーリングもそうした競技でした。

 「ゲームの序盤でハウスの真ん中にストーンを集めるのは不得策」とか「ハウスにストーンを置くならティーラインの手前側」とか「複数のストーンを置くのであれば、なるべく離し、平行に置いたほうが良い」とか、素人考えの正反対の「常識・原則」が沢山登場しました。

 「勝利するために、素人考えの正反対を選択することが必要な競技」というのが、そのスポーツが繁栄していく条件のひとつなのでしょう。素人や初級者が、直ぐに分かってしまうような浅薄な競技・種目では、本当のファンや、人生を賭して打ち込むプレーヤーは出て来ないのでしょうから、流行りも早いが廃れも早いということになります。

 観客として見る側も、競技毎の「常識・原則」を身に付けて行くことによって、より理解して観ていくことが出来るようになりますし、より理解して観ていくことで、より楽しめるようになるのだと思います。
 
 逆に言えば「間違った知識・思い込みを持ったまま観戦すれば、何年・何十年そのスポーツを見ていても、観客として上達しない」ことになります。
 「この競技を何十年も見ているのでよく分かる」と言いながら、その競技を全く理解していない人に出会うことが珍しくないのも、そういう理由からでしょう。
 せっかく、大切な時間を使って観戦するのですから、より楽しく見ることが出来、観客として上達していける方が、良いと思います。

 例えば、滑降やスーパー大回転において、コースの途中に存在する「プレジャンプ」は、なるべく飛距離を抑えた方が速い(長く空中を飛ばない方が速い)とか、野球においてヘッドスライディングしないで走り抜けた方が速い、とかいった事は、既に多くの観客が知るところとなっています。

 他にも、こうした「当該競技の常識・素人の非常識」という項目が、本当に数多く存在するのです。こうした「項目」を発見していくことも、スポーツを楽しむ方法のひとつだと思います。
 ソチ・オリンピックは、雪が少ない大会でした。山岳エリアのクロスカントリー会場などは、日に日に雪が解け、コース外のここかしこで地肌が顔を出していました。

 開会式の頃から、雪景色が少ないオリンピックだと感じてはいました。

 スケートなどの氷上競技の会場が集中する平地のエリアには、開会式の頃から雪は全く見られませんでした。もともと、積雪など殆ど無い地域なのでしょう。
 そして、標高1500m前後の高地に存在する山岳エリアも、大会開始後あまり雪が降らず、とても暖かい日が続いていましたので、雪は減るばかりでした。人工降雪機で作り上げたコースが、最後まで持ってくれて良かったと思います。

 加えて、ソチの山岳エリアは最高気温が14℃となる日が続いていたようです。クロスカントリーの選手の中には、ノースリーブで脛出しの選手が多数見られました。標高1500mで冬14℃というのも、何やら気温が高すぎる感じですが、この時期の東京では日中の最高気温が3℃~10℃でしたから、気温面で東京の方が遥かに寒かったのです。

 ソチの大会を批判するつもりは毛頭ありませんし、雪が少ないことや気温が高いことは例年とは異なる事象なのでしょう。また、こうした環境下で大会を運営していくことに付いての関係者の皆さんの取り組みも、大変なご苦労の連続だったのであろうと思います。

 とはいえ、事実として、人口降雪機でコースを造り上げ、最高気温14℃でも、冬のオリンピックの屋外競技を運営できることが証明?されましたとも言えます。

 そうすると、例えば東京都心での冬季オリンピック開催も可能ということになります。

 丸の内から大手町のエリアに1周2.5km・3.3km・5.0kmのクロスカントリーコースを設置するのは、それほど難しいことでは無いでしょう。ビジネス街のビル群の間の道路に人口降雪機でコースを造るのです。ビルの合間を縫って、世界のトップアスリートが走っていく姿には、一見の価値がありそうです。アップダウンも十分に造れそうです。

 ジャンプ台は、特設のものを東京駅前・丸の内側の道路上に、ラージヒル・ノーマルヒルの2本を設置します。

 スケート関連競技会場は、現在の代々木他の施設を利用することとし、リュージュやボブスレーのコースは、代々木公園か神宮外苑に造るのです。氷を造り維持するのは、雪よりも技術的には容易なことでしょう。
 これはこれで、見応えの有るオリンピックになるかもしれません。

 荒唐無稽なことを書いてしまい恐縮ですが、ソチ大会は「雪が少ない地域でもスキー競技を実施できる」可能性を図らずも示したのです。

 MLB2014最大の注目点のひとつに、「チャレンジ制度」の導入があります。

 以前からMLB機構にて検討されてきた制度であり、昨年秋のオーナー会議で承認されていましたが、2014年1月16日に正式に導入が発表されました。

 「チャレンジ制度」とは、ビデオ判定の適用範囲を大幅に拡大するものです。2013年シーズンまで、MLBにおいてビデオ判定は「ホームランの打球判定」についてだけ使用されていましたが、2014年からは「ストライクやボール判定以外の殆どのプレー」に適用されることになりました。

 これはMLBにとって「革命的な変化」でしょう。揉めることが多い「1塁ベース上のセーフ・アウトの判定」や「本塁ベース上のプレー」などに、プレー終了後のビデオ判定が行なわれるのですから。
 「1度下された判定は、覆ることは無い」ことを前提として行なわれてきたベースボールが、そうではなくなるのです。凄いことだと感じます。

 ビデオ判定作業は、チームの監督からの審議要求(チャレンジ)により行なわれます。両チームの監督には、それぞれ1試合に1回のチャレンジ権が与えられています。そして、チャレンジが成功(判定が覆る)すると、もう1回のチャレンジ権が与えられる形。しかし、3回目のチャレンジ権は付与されませんので、1試合でのチャレンジは、1チームに付いて最高2回までということになります。

 この新制度は、現在行なわれているプレシーズンゲームの一部のゲームで試行されていますが、その「チャレンジ第一号」がムネリンこと川崎宗則選手のプレーから生まれたのです。

 トロント・ブルージェイズの川崎選手が3月3日のミネソタ・ツインズとのプレシーズンゲームに5回から途中出場し、ショートストップのポジションに就きました。そして6回の守備で、1塁に高い送球を行なってしまい、1塁手の足がベースから離れたとしてセーフの判定が下された時、トロントの監督が「チャレンジ」したのです。

 ビデオ判定の結果、判定は覆らず、ムネリンにはエラーが付きました。

 2012年に、イチロー選手を追ってシアトル・シーホークスに移籍し、メジャーで61試合に出場、2013年にはトロントに移り96試合に出場するなど、MLBで活躍を続けている川崎選手ですが、いつも3Aとメジャーを行き来している感じがあります。

 今シーズンも、まだメジャーのロースター(一軍)が確保されているわけではないのですが、元気一杯のプレーが目立ちます。
 昨シーズンも、サヨナラヒットを打った後のインタビューで「アイム ジャパニーズ」と絶叫?するなど、チームのムードメイカーとして「不思議な魅力」を秘めたプレーヤーですが、今季もプレシーズンゲームから「初のチャレンジ対象プレーを見せる」とは存在感十分。さすがというところでしょうか。
 今季のムネリンも、メジャーでのハッスルプレーが期待できそうです。

 アメリカンフットボールのNFLでは、すっかり定着した感のある「チャレンジ制度」ですが、MLBの様々なプレーにどんな影響を与えるのか、とても興味深いところですし、長い歴史を誇るベースボールというスポーツですから、「思いもよらぬ影響」が生ずるような気もします。

 2014年3月9日から23日にかけて開催される、大相撲3月場所注目の10力士です。

 再三申し上げていますが、関脇から幕の内上位にかけて、実力十分の力士が揃うようになってから2年以上が過ぎました。冷静に観て、幕の内上位と大関までの力士の力の差は本当に小さくなっているので、その場所の調子次第で、どの力士にも10勝以上の星を残す可能性がありますし、逆にどの力士にも負け越す可能性があるように思います。

 それだけ熱戦が期待されるということですから、注目力士の選定も難しいということになります。

1. 横綱

 横綱については、3月場所も白鵬関を挙げます。日馬富士関の怪我の回復度合いが、私達には分からないことと、大相撲史上でも屈指の「安定感」が理由です。
 もちろん、日馬富士が全快していれば、優勝争いに絡む力は十分にあります。

2. 大関

 今場所は、鶴竜関の「綱取り」の場所です。一方で、稀勢の里関が「カド番」となっています。この2年間は稀勢の里中心の大関陣でしたが、今場所は相当様相が異なるというところです。
 地力で言えば稀勢の里が一枚上だと思いますが、ポイントは怪我からの回復度合いです。「怪我をしたことが無かったアスリートが怪我をすると回復に時間が掛かる」とも言われます。
 もし、順調に回復しているようであれば、重圧から開放された場所ですので、大勝・優勝争いの可能性もあると思います。

 一方、「綱取り」場所の鶴竜も、序盤で取りこぼすようなことがあると、星を大きく崩す可能性があります。先場所の稀勢の里が典型でしょう。
 琴奨菊関は、先場所執念の勝ち越しで大関の地位を守りましたが、本来の調子が戻っているようには見えませんでした。

 さて、鶴竜か稀勢の里か難しいところですが、やはり稀勢の里の回復度合いが不透明であることを勘案して、鶴竜を挙げることとします。「綱取り」のためには、優勝が条件となるでしょう。前裁きで交わすような相撲に頼ることなく、「前に出る圧力」が確保できれば、先場所本割で横綱白鵬を破った実力を発揮できると思います。

3. 関脇以下の力士

① 栃煌山関
 このところ3番手に上げることが多い栃煌山ですが、地力が付いてきたことが取り口に表れています。先場所も3連敗から11勝1敗という内容でした。関脇・小結では、安定している上に連勝=大勝も期待できる力士です。今場所の成績次第では、来場所が「大関取り」になりますし、今場所優勝するようなら、即大関昇進も有り得ると思います。

② 遠藤関
 先場所の好成績で、前頭筆頭に上がりました。少し家賃が高いという見方もあるでしょうが、相撲の性格から見て「上位に行くほど力を発揮できるタイプ」だと考えます。加えて、足首の故障も一層回復していることでしょう。
 自分の型を持っている上位力士に対して、遠藤の密着・柔軟相撲がどこまで通用するのかとても楽しみです。

③ 碧山関
 このところ上位での場所が続いています。ようやく大相撲に慣れてきて、地力が付いた証左でしょう。前頭5枚目という微妙な番付ですから、前半が鍵となりますが、8日目までに勝ち星を大きく積み上げるようなら、二桁勝ち星も有り得ると見ます。

④ 安美錦関
 先場所は、前半に連敗しましたが、後半持ち直しました。前半は、膝の調子が良くなかったのであろうと見ています。後半の相撲を見ると、持ち味が十分に発揮できていました。もともと相撲の上手さと強さでは定評がある安美錦です。前頭6枚目まで下がったことを勘案して、大活躍を期待します。

⑤ 妙義龍関
 故障からの回復度合いがポイントですが、8割方回復しているようなら、前頭10枚目では力が違います。暖かくなってきましたし、地元の場所でもあります。久しぶりに、前に出ながら技を展開する、妙義龍の相撲を見てみたいものです。

⑥ 貴ノ岩関
 先場所千秋楽の遠藤を破った一番は見事でした。思い切った大きな相撲を取れば、力を発揮できることが分かったのではないでしょうか。「一皮剥けた」貴ノ岩の相撲が、とても楽しみです。

⑦ 豪栄道関
 最近の2場所は、「らしくない」相撲が続きました。立会いの威力が不足していたのです。押し込まれますから、どうしても首投げ等の一か八かの相撲になっていました。それでも勝ち越しを続けるあたりは、地力の高さを感じさせます。
 さて、地元大阪場所です。立会いが戻っていれば、二桁勝利はおろか、優勝も狙えるでしょう。

⑧ 旭天鵬関
 前頭8枚目というのは、絶好の番付でしょう。下半身に少し衰えが見えるとの指摘もありますが、まだまだ元気です。1番取り、1勝する度に大相撲の記録を塗り替えていく、「相撲界のレジェンド」です。ソチ・オリンピックにおける葛西紀明選手の活躍に刺激を受けているのではないでしょうか。

 2014年3月場所は、以上の10力士に注目したいと思います。

 頭書のように、上位の力が接近しています。「荒れる春場所」でもありますから、大きな波乱が生ずる可能性があります。
 そして、このところ毎場所書いていますが、本当に久しぶりの日本出身力士の優勝を観たいものだと思います。
 1995年の弥生賞の勝ち馬が、フジキセキです。
 2001年の弥生賞の勝ち馬が、アグネスタキオンです。

 この2頭は、ともにサンデーサイレンスを父に持ち、ともに4戦4勝という無敗の成績ながら、故障のためにターフを去りました。

 20世紀末から21世紀初頭の日本競馬を席巻した大種牡馬サンデーサイレンスの産駒には、三冠馬ディープインパクト号を始めとして、クラシックホース・天皇賞馬・グランプリ馬・ジャパンカップ馬等々の優駿が綺羅星の如く存在します。

 こうした状況下で「サンデーサイレンス最強の産駒は?」という問いには、あまり意味が無いのかもしれませんが、この問いに対するひとつの答えが、フジキセキとアグネスタキオンなのではないかと考えます。

 前述のように、この2頭は4戦4勝で、3歳の春に競走馬を引退しました。本当に残念な引退でしたが、この4戦4勝の内容が素晴らしいのです。

[フジキセキの4勝]
① 新馬 2着シェルクイーンに8馬身差
② もみじS 2着タヤスツヨシ(日本ダービー馬)に1・1/4馬身差
③ G1朝日杯3歳S 2着スキーキャプテンにクビ差
④ G2弥生賞 2着ホッカイルソーに2・1/2馬身差

[アグネスタキオンの4勝]
① 新馬 2着リブロードキャストに3・1/2馬身差
② G3ラジオたんぱ杯 2着ジャングルポケット(日本ダービー馬)に2・1/2馬身差
③ G2弥生賞 2着ボーンキングに5馬身差
④ G1皐月賞 2着ダンツフレーム(宝塚記念馬)に1・1/2馬身差

 となっています。

 いずれも圧勝です。フジキセキの朝日杯はクビ差と差が小さいのですが、これも余力十分の圧勝であったことは、角田騎手のコメントや当時の報道で明らかです。

 偶然ですが、フジキセキもアグネスタキオンも2戦目で同期の日本ダービー馬に完勝しています。多くの競馬関係者が「世代最強」とコメントするのも頷けます。

 脚部不安を発症し、その後のレースを走っていないのですから、単純な比較は出来ないのでしょうが、少なくとも4戦4勝・G1レース1勝であった段階なら、両馬ともディープインパクトに勝るとも劣らない競走内容であったと言えるでしょう。

 そして、この両馬は内国産種牡馬としてもとても優秀な成績を残してきました。どちらに対しても、サンデーサイレンスの最高傑作ではないかという言葉が聞かれるのも、無理も無いことだと思います。

 ともに500㎏前後の雄大な馬体を誇ることも含めて、共通点が多いフジキセキとアグネスタキオンですが、全く異なるのは毛色です。フジキセキは青鹿毛、アグネスタキオンは栗毛なのです。
 フジキセキからは「野武士」のような空気が漂い、アグネスタキオンには「貴公子」のような雰囲気がありました。

 「報知杯弥生賞」、中央競馬に春の到来を告げるとともに、クラシックレースとの関連がこれほど高く深いレースは他に無いでしょう。
 今年は、どんなレースを魅せてくれるのでしょうか。

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