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 アジア大会10日目、女子レスリング55kg級で吉田沙保里選手が優勝、アジア大会4連覇を達成しました。

 吉田沙保里選手といえば、世界選手権・オリンピック通算で世界大会15連覇中であり、いつも圧倒的に強い感じで、「優勝」と聞いても「当然」という雰囲気ですが、9月28日に行われた今大会の緒戦は、大変厳しい試合でした。

 吉田選手の持ち味は「類を見ないスピードと予測能力」だと思いますが、この大会の緒戦の試合が始まってしばらくしても、いつもの「他の選手とは一段違う動き」が観られません。その内に相手の中国選手に脚を取られて背中から倒されフォール寸前。

 この大ピンチは驚くべきブリッジで凌ぎましたが、相当長い時間フォール寸前の状態に追い込まれました。
 第一ピリオド3分間を終わって、ポイント0-5と不利な状況。

 第二ピリオドが始まっても、いつものような動きは戻りませんでしたが、タックルを警戒する相手選手に「一本背負い」の大技をかけて一挙に4ポイントを奪取、4-5の1点差としました。
 その後は、攻防が続きましたが結局12-9で勝ち切りました。

 2回戦以降は、フォール勝ち、テクニカルフォール勝ち、テクニカルフォール勝ちと続けて優勝しましたので、結果を文字で見ると1回戦だけ苦戦したように見えますが、実際には準々決勝以降も、吉田選手本来の動きは観られませんでした。
相当コンディションが悪かったのであろうと思います。

 2週間前の世界選手権53kg級で「失ポイント0」という驚異的な試合内容で優勝して以降、体調を崩し、アジア大会の55kg級に向けて体重を増やさなければならないところ、51kg位まで体重が減ってしまい、試合当日も54kg位までしか体重を戻せなかったと伝えられています。

 緒戦の何かピリッとしない腰高の戦い振りは、こうした悪いコンディションが現出したものだったのです。

 それでも試合に出場し、なんとかかんとか優勝してしまう姿を見ると、改めて「吉田沙保里の凄さ」を認識させられます。
もの凄いというか、空前絶後のプレーヤーなのです。

 どのスポーツでも、連勝できるプレーヤー・チームというのは、好調時に抜群に強いことは勿論として、不調時でも負けないプレーが展開できることが条件なのでしょう。
 例えば吉田選手でみれば、絶好調時を100として50位の体調でも勝利を収めることが出来るのではないでしょか。

 この大会緒戦の「一本背負い」などは、苦しい時の必殺技のひとつなのでしょう。
 普段は「タックルの吉田」で知られているプレーヤーですし、タックルの方が攻め損ねた時に反撃を食らうリスクが一本背負いよりは低いと考えられます。一本背負いは、一か八かのプレーのひとつでしょう。一方で、一本背負いが決まれば多くの場合4ポイントを稼ぐことが出来ますし、相手プレーヤーを背中からマットに叩き付けるのですから、フォールに持っていける可能性も高いことでしょう。
 タックルから背後に回れば2ポイントですから、「破壊力」という点からは一本背負いの方が上なのです。ハイリスク・ハイリターンということでしょうか。

 普段は見せない大技ですが、いざという時の為にトレーニングは怠らなかったことが、良く分かりました。
 様々な状況を想定してのリスク対策が、吉田選手のプレーには内包されているのです。

 日本中のファンの「優勝して当然」という我儘な?期待を背負って、吉田選手は戦いを続けています。
 これで、国際大会における個人戦188連勝との情報もあります。いったい、どれくらい負けていないのかよく分からない程のプレーヤーなのです。

 私達は、「世界レスリングの至宝・吉田沙保里選手」に常に大きな拍手を送り続けなければならないと感じます。
 そして、私としては「好調時の吉田選手の試合」を今後も観て行きたいと思います。「好調時の吉田選手の動き」と同レベルに動けるプレーヤーが、吉田選手引退後に世界中のどこかから現れる可能性は、そう高くないと考えているのです。
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 素晴らしい15日間の活躍でした。

 2013年7月場所で右膝の靱帯断裂という大怪我を負い、治療のため3場所連続で休場して、今年の3月場所に幕下55枚目で復帰。この場所全勝優勝、続く5月場所でも幕下全勝優勝、7月場所は14勝1敗で十両優勝、そして今場所は15戦全勝で十両優勝したのです。

 復帰以降の4場所の取組内容は見事なものです。

① 4場所で1敗しかしていないこと。44戦43勝1敗です。
② 7月場所では、上り龍の逸ノ城を本割・優勝決定戦と連破しています。
③ 十両の全勝は、幕の内最高優勝の全勝*より遥かに例が少なく、15日制になって以降、栃ノ心が僅かに5人目(5回目)であること。(*白鵬10回、大鵬8回、千代の富士7回、北の湖7回、朝青龍5回、貴乃花4回の合計だけでも41回になります)

 特に③の過去の4力士(栃光、豊山(初代)、北の富士、把瑠都)は、いずれも大関以上に出世していますから、まだ26歳と若い栃ノ心への期待は増すばかりです。

 栃ノ心は今場所の優勝力士へのインタビューで、「故障前より下半身が使えるようになった。」と応えていました。つまり、この大きな故障を糧にして、より強い相撲が取れるようになったということです。
 これは、本当に素晴らしいことだと思います。相撲に限らず、全てのスポーツ選手にとって大きな教訓となったのではないでしょうか。

 千秋楽の相撲を白星で終えて、花道を戻って来る栃ノ心を付き人が待っていたのでしょうか。
 厳しかった表情がようやく和らぎ、にっこりと笑いました。本当に良い笑顔でした。
 例年通り10月の第一日曜日、今年は10月5日に開催される凱旋門賞ですが、今年は有力馬のローテーション・ステップレースの様相が例年とは異なり、レース結果も予想外のものが多いので、人気も含めて大混戦の様相を呈しています。
 日本馬も、ジャスタウェイ、ハープスター、ゴールドシップの3頭が出走を予定しています。相当期待できる状況となっているとも言えます。

 本番を控えた、有力各馬の状況です。(人気は9月21日時点)

① タグルーダ(英3歳牝馬)

 英1000ギニー、英オークスを連覇し、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスを3歳牝馬として無敗のまま制した時には、「今年の凱旋門賞はこの馬で決まり」かと言われました。

 キングジョージ6世Sは欧州競馬の上半期NO.1を決める厳しいレースですから、その疲労回復を考慮すれば、凱旋門賞に向けてステップレースを使うのか、直接行くのか注目されましたが、あまりステップレースとして使われることが無い、8月22日のヨークシャー・オークスG1に出走してきました。

 これまでの実績からして圧勝すると見られていましたが、同じ3歳牝馬のタペストリーに敗れての2着。デビュー以来の連勝もストップしてしまいました。

 凱旋門賞のステップレースと言えば、キングジョージ6世Sからなら直接という形も多く、他にはヴェルメイユ賞G1(3歳以上牝馬2400m)、ニエル賞G2(3歳牡馬牝馬2400m)、フォア賞G2(4歳以上牡馬牝馬)が一般的です。

 タグルーダ陣営としては、9月中旬に開催されるヴェルメイユ賞やニエル賞を使うと、中2週で本番を迎えることとなり、疲労が抜けきらないと考えての8月下旬のステップレース挑戦だったのかもしれませんが、却って汚点を残す結果となってしまいました。

 「3歳牝馬で1000ギニー・オークスを勝って無敗の凱旋門賞馬」という大勲章が消えてしまったレースでした。

 そして、人気も下がりましたが、まだ7倍・1番人気馬の1頭の位置は維持しています。

② タペストリー(愛3歳牝馬)

 そのタグルーダを破ったアイルランドのタペストリーですが、どうやら凱旋門賞は回避するようです。

③ エクトー(仏3歳牡馬)

 フランスのこの世代の2歳最強馬のエクトーが、故障明けで久しぶりに登場、ニエル賞を快勝し、一気に凱旋門賞の1番人気馬の一頭に躍り出ました。

④ アヴニールセルタン(仏3歳牝馬)

 フランスの1000ギニー・オークスに相当するレースに勝ち、8月19日のノネット賞G2(ドービル競馬場2000m)にも快勝して6戦6勝。陣営が凱旋門賞挑戦を表明して、一気に1番人気馬の一頭に躍り出ました。

⑤ トレヴ(仏4歳牝馬)

 凱旋門賞2013の優勝馬。オルフェーヴルを大きく引き離しての圧勝でした。今年も本命視されていましたが、今年は3回走って2・3・4着と勝てず、順位も下げ続けています。
 直近は、9月14日のヴェルメイユ賞という凱旋門賞と同じコース・同じ距離で、牝馬のみで争われるG1レース、凱旋門賞を目指す牝馬にとっての最も重要かつ適切なステップレースでしたが、これを4着と完敗してしまいました。

 デビュー以来5連勝で凱旋門賞を制した2013年とは相当に様相が異なりますので、人気も5番人気に下がりました。

⑥ アイヴァンホー(独4歳牡馬)

 今春はトレヴと並んで本命視されていたシーザムーンは、ドイツのステップレースであるバーデン大賞G1(9月7日、バーデンバーデン競馬場2400m)に出走してきましたが、このレースでシーザムーンを破ったのがアイヴァンホーでした。
 敗れたシーザムーンは、凱旋門賞回避を発表し、数日後に引退を表明しました。

 凱旋門賞2014のドイツ代表馬は、アイヴァンホーになったのです。13倍の7番人気とされています。

⑦ キングストンヒル(英3歳牡馬)

 ダービー2014の2着馬(勝ったのはオーストラリア)が、三冠最後のレース・9月13日のセントレジャーに勝って、凱旋門賞挑戦を決めました。今年のイギリス4歳馬は、オーストラリアばかりが目立ちましたが、どっこい俺も居ると言わんばかりの参戦です。
 こちらも、アイヴァンホーに並ぶ7番人気です。

⑧ ルーラーオブザワールド(英4歳牡馬)

 ダービー2013の優勝馬。9月14日のフォア賞に勝って、1年以上ぶりの勝利を挙げました。上り調子であることは、間違いありません。
 こちらも7番人気です。


 以上が、日本馬以外の有力馬の動向です。

 そして、日本馬はというと、ジャスタウェイが8倍の4番人気、ハープスターが9倍の5番人気タイ、ゴールドシップが7番人気となっています。海外有力馬達と全く互角の位置を占めています。
 7倍の一番人気馬が、タグルーダ、エクトー、アヴニールセルタンと3頭も居る上に、日本馬3頭を始めとする有力馬が差の無い形で続くという、近年稀に見る混戦となっているのです。

 さて、思い出してみましょう。凱旋門賞勝ち馬の条件です。

① 欧州馬が強いこと。

 何度も書いてきたことで恐縮ですが、1920年開始以来90回以上の歴史を刻んできた凱旋門賞で欧州馬以外の馬が優勝したことは1度もありません。これは現時点で100%の条件なのです。
 従って、もし凱旋門賞2014で日本馬が優勝するとすれば、歴史的快挙、それも欧州以外の馬が初めて勝つという「空前の快挙」となります。

② フランス調教馬が強いこと。

 全レースを見ても約半分はフランス調教馬が優勝していますし、直近の10年を見ても6頭がフランス馬です。
 ロンシャン競馬場への経験値の高さも含めて、さすがに地元馬は強いということです。
 
③ 3歳馬、特に近年は3歳牝馬が強いこと。

 これも何度も書いて恐縮ですが、凱旋門賞の負担重量は3歳が56kg、4歳以上が59.5kgと3.5kgの差が有り、牝馬は△1.5kgですから、3歳牝馬は54.5kg、4歳以上牡馬は59.5kgと5.0kgの差があるのです。これは大差です。
 また、最近指摘されていることですが、5kgの斤量差も大きいが、59.5kgという負担自体が重い、例えば52.0kgと57.0kgの5kg差とは訳が違うとも言われています。確かに、60kg近い斤量はゴール前の脚色に大きな影響を与えるでしょう。

 この別定斤量の影響でしょうか、直近の10年でも3歳馬が8勝していますし、その8勝の内3勝が牝馬です。
 2011~2013年の直近の3年でいえば、牝馬が3連勝中であり、内2頭が3歳牝馬なのです。近時は、牝馬の強さが目立つのです。

 以上の情報を踏まえて、現時点での「凱旋門賞2014の注目馬」を挙げます。

 第一の注目馬は、タグルーダ。
 ヨークシャー・オークスでタペストリーに接戦の末敗れたとはいえ、3着馬とは6~7馬身の差が付いていましたから、タグルーダも力を発揮しており、このレースはタペストリーが良く走ったと見るべきでしょう。
 3歳牝馬で、キングジョージ6世Sという極めて強いフィールドを制しています。加えて、ヨークシャー・オークスから1ヶ月半の休養期間を設けたことも好材料でしょう。やはり、第一の注目馬とします。

 第二の注目馬は、ハープスター。
 日本馬の悲願を果たしてくれるとすれば「3歳牝馬」のこの馬の可能性が高いと思います。疑似の直線でじっくりと控えて、ロンシャン競馬場の600mの直線勝負に全てを掛けていただきたいと思います。

 第三の注目馬は、アヴニールセルタン。
 フランスの3歳牝馬2冠の無敗馬。前走ノネット賞が、凱旋門賞との関連性が薄いことは気掛かりですが、注目したい一頭です。

 以上が、凱旋門賞2014の注目馬でした。

 ジャスタウェイが前団に付けて4角で先頭に競り掛け、疑似の直線でゴールドシップが後方から進出、直線でハープスターが外から一気の追い込みを図るというレースが観られることでしょう。
 様々な馬場状態に対しても、日本勢はバリエーション豊かなメンバーが揃いました。

10月5日のロンシャン競馬場。本当に楽しみです。
 主要な欧州各国のサッカーリーグ戦2014年~2015年シーズンは、8月に開幕して、序盤戦の戦いが展開されています。
 日本人プレーヤーの活躍が次々と報じられていて一喜一憂の日々ですが、イタリア・セリエAの本田圭佑選手とドイツ・ブンデスリーガの岡崎慎司選手が得点を量産しているのは、素晴らしいことだと思います。

 まずは、ACミランの本田選手。

 8月31日の今季初戦・ラツィオとのゲームの前半7分、今季のチーム初得点を挙げました。左サイドを駆け上がったエル・シャーラウィ選手からのパスを、ゴール右サイドで受けてシュート。キーパーの股間を抜く見事なシュートでした。

 9月14日の第二戦・パルマとのゲームでも前半37分にチーム2点目となるゴール。
 そして、9月24日の第四戦・エンポリとのゲームでも後半13分にチーム2点目となるゴールを挙げました。

 これで、リーグ戦4ゲームで3得点というハイペースの得点実績です。
 ボールを保持している味方プレーヤーの上がりを見ながら、全速力で敵ゴール前に走り込み、パスを受けてこれを決めるというパターンが素晴らしい。運動量・スピード・シュート力共に、自身の実力を十分に発揮していて、前期とは見違えるばかりの動きの良さ。
 ACミランに不可欠なプレーヤーになりつつあるのは、嬉しい限りです。

 一方、マインツ05の岡崎選手。

 8月24日の今季初戦・SCバーダーボルン戦の前半33分、今季のチーム初得点となる先制ゴールを挙げました。
 9月13日の第三戦・ヘルタBSCとのゲームでは、前半36分と後半46分に2得点、9月20日の第四戦・ボルシア・ドルトムントとのゲームでも後半21分に先制点をゲット、第五戦・アイントラハト・フランクフルトとのゲームでも後半44分に同点弾となるゴールを挙げて、これでリーグ戦5ゲームで5得点、しかも3ゲーム連続ゴール中です。
 マインツ05も、5戦して2勝3引分で勝ち点9。バイエルン・ミュンヘンに次いでリーグ2位を走っています。

 これまでも、チームの得点エンジンとしての活躍を見せてきた岡崎選手ですが、今季は一段と得点力を増している感じです。特に、ゴール前のポジショニングと動きのスピードは、とても高いレベルにあると感じます。

 いつも書くことで恐縮ですが、本田選手と岡崎選手は現日本代表チームにおけるエースストライカーの2人です。
 ワールドカップのような大試合では、この2人の得点力が日本チームを支えてきました。その2人が、以前にも増して好調というのは頼もしい限りですし、嬉しいことです。

 そして、本田選手と岡崎選手の活躍は、イタリア・セリエAとドイツ・ブンデスリーガという、欧州サッカー4大リーグにおける日本人プレーヤーの地位向上に大きく資するものだとも思います。

 エンポリ戦でのACミランの2得点は、スペイン代表チームのフォワードであるフェルナンド・トーレス選手と本田選手のものです。世界最高峰のリーグで戦っていると実感できます。

 ボルシア・ドルトムント戦におけるマインツ05の2得点は、岡崎選手のシュートとオウンゴールです。ブンデスリーガ今季の優勝候補の一角ドルトムントを相手にしてのゲームで、岡崎選手は貴重な得点を挙げ、チームの勝利に大貢献したのです。

 共に見事な活躍!

 4ゲームで3得点の本田選手と5ゲームで5得点の岡崎選手は、世界最高峰のリーグ戦を戦う日本人プレーヤーの誇りと言ってよいでしょう。
 ポストシーズン進出を目指して、同地区内ではデトロイト・タイガースと、ワイルド・カード争いでは、オークランド・アスレティックスやシアトル・マリナーズと、熾烈な争いを続けているカンザスシティ・ロイヤルズの青木宣親選手が、9月に入って絶好調というか、驚異的な活躍を魅せています。

・9月15日のシカゴ・ホワイトソックス戦で4打数4安打
・9月16日のホワイトソックス戦で5打数4安打
・9月17日のホワイトソックス戦で4打数3安打
・9月18日のデトロイト・タイガース戦で3打数2安打

 この4ゲームで16打数13安打(打率.812)という驚異的な安打積み上げを見せました。
 
 15日から17日の13打数11安打はチーム新記録であり、15日と16日の2ゲーム連続4安打は、日本人MLBプレーヤーの新記録です。

 そして、20日はノーヒットでしたが、21日のデトロイト戦では決勝の2点タイムリー3塁打を放ち、対デトロイト3連敗を免れる最大の貢献者となりました。

 もともと、日本プロ野球NPB史上において、イチロー選手に続く「シーズン200安打」を記録(2005年202安打)してメジャーリーグに挑戦した青木選手でしたが、最初の所属チームミルウォーキー・ブリュワーズでの成績は、悪くないとはいえ満足の行くものではありませんでした。
 2012年の打率は.288、2013年は.286と悪くは無い数字なのですが、NPB8年間の通算打率.329という青木選手にとっては、不完全燃焼のシーズンが続いたことでしょう。「MLBにおける青木宣親のプレー」が見い出せていない様子でした。

 そして、カンザスシティに移籍した今シーズンも.280前後の打率が続いてきました。MLBの1・2番打者としては合格の数字なのでしょうが、青木選手としては「なんだかなあ」という感じだったのではないでしょうか。

 ところが、シーズンも押し迫った9月中旬に集中打を魅せたのです。

 この13本のヒットは、クリーンな当たりばかりではありませんでしたが、飛んだコースも良く、結果として「つるべ打ち」となりました。
 青木選手は、何かを掴んだ、あるいは思い出したのではないでしょうか。

 今シーズンの残りゲームでの活躍は勿論として、ついに「MLBにおけるプレーの仕方」を見出した青木宣親選手の、来シーズンの活躍も大いに期待できると感じます。

 開催中のアジア大会2014で、日本チームの活躍が伝えられました。9月21日に行われた体操男子団体総合種目で日本チームが優勝したのです。
 意外なことでしたが、アジア大会における日本男子体操チームのこの種目での初の金メダルでした。

 来月開催される体操の世界選手権に向けて、日本をはじめとする有力チームは、この大会には主力選手を出場させませんでした。アジア大会10連覇中であった中国チームも同様です。

 そうした「真の代表一歩手前」の選手達の戦いにおいて、日本チームが優勝それも5点差近い大差を付けて圧勝したことに、大きな意義があると思います。「体操ニッポン」の選手層が、世界的に見てもとても厚くなってきているということです。

 23日の個人総合の予選も兼ねていた本種目でしたが、予選をトップで通過した神本雄也選手や2位となった山本雅賢選手にとっては、今後の日本代表チーム入りへの猛アピールとなったことでしょう。

 種目別も含めて、男子日本体操界のレベルアップは着実に進んでいます。協会を始めとする関係者の皆様の地道で的確なご努力が実を結んでいることは間違いありません。
素晴らしいことです。

 2016年のリオデジャネイロ・オリンピックや、2020年の東京オリンピックに向けて、「体操ニッポン」の活躍が期待されます。
 去る7月8日のインディアンズ戦で負け投手となり、故障者リストDL入りしていたヤンキースの田中将大投手が、2か月半ぶりに9月21日のブルージェイズ戦に先発登板し、5と1/3イニング70球を投げて、被安打5、奪三振4、死球1、失点1の好投を見せました。ヤンキースが5-2でゲームに勝利しましたので、田中投手が勝ち投手となり今季13勝目(4敗)となりました。

 肘の靱帯損傷という重傷でしたし、今季のヤンキースにはポストシーズン進出の可能性か殆ど無くなっていましたから、今シーズンのカムバックは無いかと思っていましたが、回復度合いが良好だったのでしょうか、敢然と先発登板してきました。

 故障前の投球に比べて奪三振数が少なかったことを除けば、ほとんど以前と同レベルの投球を展開していたように見えましたし、何より田中投手の笑顔が印象的でした。ポーカーフェイスは得意ではないタイプですので、肘の調子や投球フォームなど、自身にとってもまずまずのカムバック投球だったのでしょう。

 ニューヨーク・ヤンキースが、故障再発のリスクを見据えて、このタイミングで田中投手の先発登板に踏み切った理由は分かりませんが、当初から全体としてファンを失望させ続けたシーズンにおいて、数少ない希望の星であった田中投手をシーズン終盤に登場させることで、来季への流れを創ったということでしょうか。

 今登板後の肘の具合が良ければ、今期中にもう一度先発すると報じられています。

 このゲームの降板時、球場のファンは総立ちのスタンディングオベーションでした。翌日のニューヨークのマスコミは、このカムバックに対して絶賛の論調であったと伝えられています。
 田中投手はヤンキースにとって欠くべからざるプレーヤーなのです。細心の注意を持って次の登板に臨んでいただきたいと思います。
 新入幕・東前頭10枚目の逸ノ城が好調です。9日目を終えて8勝1敗で早くも勝ち越しという見事な成績。

 取組の内容が、また素晴らしい。
 今場所対戦した三役経験者の栃煌山、松鳳山、隠岐の海を一蹴しました。「強い」取り口でした。

 相撲協会のホームページにおける体格は、身長192cm・体重199kgと大柄ですが、スバ抜けて大きいという訳では無く、例えば中日8日目の対戦相手・隠岐の海は身長189cmですから、ほぼ同じ大きさに見えました。
 つまり、「体格・体力で圧倒する相撲ではない」ということでしょう。

① 相撲が上手いこと

 初土俵が2014年1月場所ですから、まだ大相撲で相撲を取り始めて9ヶ月目ということになります。

 こうした初土俵から間もない力士が活躍を見せる時には、多くの相撲関係者から「まだ相撲を知らない」というコメントが示されるものです。逸ノ城についても、そうした指摘が皆無ではありませんが、同じように駆け足で番付を上げた他の力士に比べれば、こうした指摘は極めて少ないと感じますし、指摘の内容が異なります。

 従来のコメントのニュアンスは「これから上位力士に当たれば、相撲を知らないことが露呈し、一度は大きく負け越して番付を下げるであろう」という感じでしたが、逸ノ城に対するコメントのニュアンスは「まだ、どんな相撲を取ろうとしているのか分からない」というものです。
 つまり、現在でも相当強いが、相撲を憶えてきたらどこまで強くなるのかわからないということですから、「底知れない強さ」ということになります。

 逸ノ城は、日本の高校そして社会人での相撲経験が有りますから、相撲の基本をよく知っているのです。従って、バタバタした感じの取り口では無く、もう何年も大相撲界に居るような落ち着きが感じられるのでしょう。

 そして、不利な体勢になっても徐々に自分の体勢に持ち込んだり、がっぷり四つになっても慌てることなく相手力士が疲れるのを待ち、ここぞという時には一気に出るといった、上手さが目立つ相撲を展開できるのです。
 「相撲脳のレベルの高さ」、ここが最も凄いところでしょう。

② 「同じ技を繰り返す」取り口

 中日8日目のNHKラジオ放送の解説者・中村親方(元関脇・琴錦)が、隠岐の海戦で頭を抑え込んでの上手投げを続けた取り口について「この力士(逸ノ城)は同じ技を連続するんです。普通は、ある技が決まらなければ、次は別の技を繰り出すのでしょうが、逸ノ城はその技を続けます。初日からそういう取り口の力士だと感じていました」とコメントしていました。

 さすがにスピードと技の切れ味で相撲界を席巻し、2度の平幕優勝を誇る琴錦・中村親方です。見事なコメントだと感じました。

 この取組後の逸ノ城のコメントも紹介されていました。「上手投げを打ち始めた以上、途中では止められない」とのコメントでした。こうしたクセ?のある力士なのでしょうし、必ず決めることが出来ると考えて繰り出した技を、継続する力があるということかもしれません。

 私には、この隠岐の海戦の上手投げ連発について、もうひとつ感じるものがありました。前日7日目の勢戦で逸ノ城は今場所初黒星を喫したのですが、この取組の敗因は「頭を抑え込んでの上手投げに拘り過ぎて体勢を崩したこと」でした。

 逸ノ城は「2日間同じ上手投げを続けた」のです。中村親方が言うように「ひとつの取組の中で同じ技を連続する」ばかりか、「2番連続で同じ技を続けた」ように見えます。
 ひょっとすると、前日決められなかった技を翌日も繰り出して「決めて見せた」のかもしれません。もしそうであれば、怖ろしい強さということになります。

③ 喋ると可愛いこと。

 初日のテレビ放送の新入幕力士紹介の中で、逸ノ城が登場しました。舌足らずで、おどおどした様子のコメントでした。先場所・前々場所の十両における相撲振り、まさに「怪物」という印象とは正反対の雰囲気でした。

 そして、初日の白星で「新入幕初白星力士」として再びインタビュールームに現れましたが、やはり怪物とは程遠い様子で、アナウンサーから「200kgに近い大きな体ですね」とマイクを向けられると、「本当は180kgから85kgくらいが良いと言われているんですが、無駄に大きくなっちゃって。すいません」と(何故か?)謝る姿には、今年1月初土俵、21歳の若手力士の初々しさが溢れていました。

 取組に臨み、怖い表情で土俵上で仁王立ち、相手力士をブン投げている逸ノ城と、喋ったときの逸ノ城のギャップは、とても大きなものです。そして、とても好ましいものでしょう。
 初の幕ノ内の土俵で、一番取るたびにファンが増えていると伝えられていますが、その通りだと感じます。

 さて、何しろ初土俵から9ヶ月という超スピード出世で、幕の内に上がって来た力士ですから、髪の毛の伸びが追い付かず、「大銀杏」はおろか「ちょんまげ」も当分無理でしょう。
 しかし、もし今場所10勝を大きく超える大勝ちを魅せれば、来場所の三役昇進は夢ではありません。

 「ザンバラ髪の三役力士」が誕生する可能性は十分あると思います。それどころか、来場所三役から2015年1月場所で優勝でもすれば、「ザンバラ髪の大関」が誕生する可能性すら感じさせます。
 
 「抜群のフィジカルと相撲の上手さ」を具備する逸ノ城関は、底知れない力を秘めた力士なのです。
 MLBレギュラーシーズンも大詰めを迎え、アメリカンリーグALの東地区はボルチモア・オリオールズが、西地区はロサンゼルス・エンゼルスが、それぞれ地区優勝を決めました。
 ALの地区優勝争いで残るは中地区のみ。デトロイト・タイガースがカンザスシティ・ロイヤルズに0.5ゲーム差の僅差でリードしての直接対決3連戦が、9月19日からロイヤルズのホーム・コーフマンスタジアムで始まりました。

 この大事な、特にロイヤルズにとってはとても大切な初戦は、タイガースが10-1で圧勝しました。第2・3戦を残すとはいえ、ロイヤルズにとっては痛恨の大敗でしょう。
 このゲームで感じたことを書きます。

① 迫力十分のタイガース打線

 一番イアン・キンズラー、二番トリイ・ハンター、三番ミゲル・カブレラ、四番ヴィクター・マルティネスと続くタイガース打線は、本当に迫力十分。勝負強く脚も速いキンズラー選手、300本以上のホームラン記録を誇る強打のセンターフィールダー・ハンター選手、言わずと知れた2012年シーズンの三冠王にしてMLB最高の打者とも呼ばれるカブレラ選手、MLB通算11年で3割を超える打率を残すヒットメーカー・Vマルティネス選手と並ぶ打線は、他のチームの脅威であり、メジャーリーグ最高の上位打線であろうと思います。

 このゲームでは、タイガース打線が最初から爆発し5回までに10得点を挙げて、勝負を決めました。

② ジャスティン・バーランダー投手は好投しましたが・・・。

 このゲームのタイガースの先発は、ジャスティン・バーランダー投手でした。バーランダー投手は7と1/3イニング103球を投げて、被安打7、奪三振4、失点1と好投、勝利投手となりました。

 バーランダー投手といえば、2011年の「サイ・ヤング賞」受賞投手であり、2013年までに137勝、2014年シーズンもこのゲームの勝利を加えて14勝と、ALひいてはMLBを代表する投手です。従って、こうした大一番で好投を魅せるのは不思議でも何でも無いことなのですが、投球内容は、従来のバーランダー投手とは大きく異なるものでした。

 ストレートのスピードが150kmに届かないのです。かつては、常時150㎞台後半、時には160kmを超える球速でした。メジャーリーグでは珍しく、高めのストレートで勝負するタイプだったのです。それがこの日は140㎞台半ばのストレートと各種の変化球を織り交ぜて、打たせて取るピッチングを展開しました。
 それでも、7イニング強を1失点で抑えるのですから、さすがなのですが、「剛腕・バーランダー」のイメージとは程遠いものでした。

 ローテーション通りに先発登板を続けているのですから故障ではないと思うのですが、何かあったのではないかと考えてしまいます。
 MLBの宝と言える投手ですから、何か不安があるのであれば、キッチリと対応していただきたいと思います。

③ タイガースの素晴らしい先発投手陣

 天王山3連戦のタイガースの先発は、初戦をバーランダー投手が担当し、第二戦はマックス・シャーザー投手、第三戦はリック・ポーセロ投手が予定されています。

 この3本柱は、素晴らしいラインナップです。バーランダー投手は前述の通りMLBを代表するプレーヤーです。
シャーザー投手はというと、2013年の「サイ・ヤング賞」受賞投手であり、2011年15勝、2012年16勝、2013年21勝と、近時はALのシーズン最多賞を常に争う存在なのです。今シーズンもここまで16勝と、ハーラーダービーの2位に付けています。やはりALを代表する投手なのです。
 そしてポーセロ投手。2009年のデビュー以来2013年までの5年間で61勝、今シーズンもここまで15勝を上げて最多勝争いを演じています。

 2人のサイ・ヤング賞投手を含む3本柱を擁する先発投手陣は、MLBでも屈指でしょう。タイガースは、投打共にMLB屈指のレベルを誇る強豪チームなのです。

④ そのタイガースと0.5ゲーム差の首位争いを演じるロイヤルズ

 前述の通り、デトロイト・タイガースは、打線・投手陣共にMLB最高クラスのプレーヤーが所属するチームですから、今シーズン前の予想でも「ぶっちぎりで地区優勝」すると見られていました。
 ところが、レギュラーシーズン152試合を終えて残り10試合という段階で、カンザスシティ・ロイヤルズと0.5ゲーム差という大接戦を演じています。正直に言って、とても意外であり、ロイヤルズ大健闘の印象です。

 現在のロイヤルズにはグッドプレーヤーは多く居ますが、所謂「ビッグネーム」は居ないといって良いと思います。
 ヨースト監督は「スモールベースボール」を掲げてチームの立て直しに成功しました。

 ロイヤルズは、1985年以来ポストシーズン・プレーオフに進出していません。これは、MLBで最も長くポストシーズンに進出していないチームであると共に、NFL(アメリカンフットボール)、NBA(バスケットボール)、NHL(アイスホッケー)を含めた、アメリカ4大プロスポーツにおいて、最も長くポストシーズンに進出していないチームなのです。

 カンザスシティのベースボールファンは、30年近くに渡って悔しい思いを続けてきたのです。そして2014年シーズン、久し振りのチャンスが訪れています。
 このゲームにも球場のキャパシティを超える37千人以上のファンがコーフマンスタジアムに詰めかけ、大入り満員でした。ファンの期待の大きさが分かります。

 ところがゲームは、5回までに10点差が付きましたので、ファンも次々とボールパークを後にしていました。

 超強豪チーム・タイガースを相手とした、今シーズンのロイヤルズとヨースト監督の戦いぶりは、ある意味ではマジックに近いものです。
 天王山3連戦の初戦を落としたことはいかにも痛いのですが、ここからが本当のマジックの見せ所かもしれません。

 カンザスシティ・ロイヤルズの最後の反撃はあるのでしょうか。
 6日目を観戦した妻からの報告。

 「稀勢の里・遠藤の取組の時の歓声が凄いのよ。呼び出しが終わった後、湧き上がるように歓声が上がって、国技館から溢れんばかり。そのボリュームが全く下がらないの。おそらく、いまの大相撲で最も大きな歓声だと思うわ。」

 現在の角界一の人気者・遠藤と、最近調子を落としているとはいえ日本人力士の中で最も優勝に近いと期待される実力者・稀勢の里の一番に対する、満員の大観衆の期待が籠められた歓声なのでしょう。
 本場所15日間の内10日間の前売りチケットが完売しているという大相撲人気の中で、日本出身力士に対する期待には大きなものがあることを示す事象でもあると思いますが、一方で新しいファンも増えてもいるようです。

 「金曜日なのに満員御礼よ。なんだか急に人気が盛り上がっちゃって、昔から行っている私達にとっては、観に行くのが大変。力士の国技館の出入口周辺もお客様が鈴なり。幕の内力士ばかりじゃなくて幕下の力士にも、ファンが応援したり、ファンレターを渡したり、プレゼントしたりしているの。『取組を録画しました。参考にしてください』なんて声をかけて、力士にスマホ画面を見せていたりして。結構若い女性ファンが多いのよ。ただ観に行くというよりは、心から大相撲を楽しんでいる感じね。」

 昨年あたりから、日本プロ野球NPBで女性ファンが増えていると言われています。「新しい女性ファン」は、従来のNPBファンとは異なる楽しみ方をしているとも言われます。ゲームやチームのお気に入りの選手を肴に女子会を開催しているとの報道もありました。
 近時急速に盛り上がっている大相撲人気と、共通しているところがあるのかもしれません。

 ファンの高齢化が叫ばれて久しい大相撲でしたが、ついにというか、ようやくというか、若年層のファンを掴み始めているようです。
 この「新しい女性ファン」が母親になった時、お子さんを連れて大相撲に足を運ぶのでしょう。

 打って行く施策は色々とありそうです。相撲界としては、この流れを大切にしなくてはなりません。
 2014年5月8日の稿に書きましたように、近代競馬の発祥国イギリスでは、1800年代前半に「5つのクラシックレース」の概念は固まっていましたが、「三冠」という概念は無く、その概念は1930年代以降アメリカ競馬から導入されました。

 1000ギニー(牝馬限定)、2000ギニー、オークス(牝馬限定)、ダービー、セントレジャーという5クラシックレースが、1814年の最も後発!のクラシックレース・1000ギニー競走の誕生と共に成立し、以降200年の間3歳競馬の主軸として存在してきました。

 結果として、3歳牡馬にとっては出走出来るレースが2000ギニー・ダービー・セントレジャーに限られますから、後に付けられた概念として「牡馬三冠レース」ということになります。

 一方3歳牝馬は、5つのレース全てに出走することが出来ますが、時代により異なるとはいえ、1000ギニーと2000ギニー、オークスとダービーは、レース間隔が短いので、全てのレースに出走するというのは、容易なことではありません。(全レースに出走した牝馬が存在するところは、さすがです)
 こうした点から、1000ギニー・オークス・セントレジャーが「牝馬三冠レース」に位置付けられるようになったのでしょう。

 牡馬三冠は、日本の皐月賞・日本ダービー・菊花賞と同じ(イギリス・クラシックレース体系を範として創立されたレースが)形ですが、牝馬三冠は、かつては桜花賞・オークス・エリザベス女王杯であり、現在では桜花賞・オークス・秋華賞となっていますから、イギリスとは異なる体系ということになります。

 やはり、イギリスでは「5つのクラシックレース」に重きを置く体系ですので、クラシックレースではない「エリザベス女王杯」や「秋華賞」を三冠レースに加えるという概念が存在しないのでしょう。
 3歳競馬のクラシックレース体系構築に際して、イギリスに範を取った日本が、「牝馬三冠」だけはイギリスと異なる形をとっている(どちらかというとフランスに近い)のは、少し不思議なことです。

 さて、イギリスの牡馬三冠馬はこれまで計15頭です。

 最初の牡馬三冠馬となったのは、1853年のウエストオーストラリアン号。前述の通り、この頃イギリスには三冠馬という概念がありませんでしたから、1930年以降になって、遡って「初代三冠馬」の称号が与えられたことになります。

 2頭目は1865年のグラディアトゥール号、3頭目は1866年のロードリヨン号と続きます。そして、戦時の三冠馬と呼ばれる1915年から1918年の間の3頭を加えた13頭が、いわゆる「三冠概念が登場する以前の三冠馬」(変な言い方ですが)となります。

 そして、三冠概念が登場して以降の三冠馬、つまり3レース最後のセントレジャー競走を優勝した瞬間に「三冠馬」と呼ばれたのは、1935年のバーラム号と1970年のニジンスキー号の2頭です。たった2頭しか居ないのです。

 イギリスの牡馬三冠馬は、1936年以降2014年までの78年間で、ニジンスキー1頭しか存在しないのです。そして、ニジンスキー以降44年間登場していません。
超難関であることがよく分かります。

 現代競馬において、イギリス・クラシックレース牡馬三冠達成が難しい理由は

① 競走馬全体のレベルが上がり、突出した実力を持つ馬が現れにくくなったこと。
 1936年以降激減したことを見れば、最大の要因であることは明らかです。

② 距離1600mの2000ギニーと同2400mのダービーと同2940mのセントレジャーを全て勝つことは、血統面から難しいこと。
 これは、本質的には①と同じ理由となります。マイルから3000mまでの3レースを勝つことはとても難しいことですが、「だから三冠」であるとも言えます。

③ 近時は「中距離に特化した血統」が重宝されること。
 この点は、大きな影響が在ると思います。開催されるレースが多く重賞競走も多い1600mから2000mのレースで最も力を発揮する血統が重要視されるようになったため、2400mのダービーより長い距離のレースに「極端に不向きな馬」が増えたのです。
 これは、イギリスのみならず世界的な傾向でしょう。

 一昨年2012年、ニジンスキー以来の三冠に挑戦したサラブレッドが登場しました。キャメロット号です。キャメロットは2000ギニー・ダービーを制して、敢然とセントレジャーに挑戦してきました。

 「敢然と」と申し上げたのは、ニジンスキー以降のイギリス牡馬二冠馬(2000ギニー・ダービーの勝ち馬)は、セントレジャーに挑戦しない例が続いたからです。
 1989年のナシュワン号はセントレジャーを回避し、フランスの凱旋門賞を目指しましたが途中で引退、2009年のシーザスターズ号も凱旋門賞を目指し、こちらは見事に優勝して、3歳時に2000ギニー・ダービー・凱旋門賞の制覇を成し遂げました。

 このように、牡馬二冠を制した馬が「長すぎる」セントレジャーを回避し続ける中、キャメロットは「敢然と」挑戦してきたのです。私は、喝采を送ったものです。
 しかし、惜しくも2着。ニジンスキー以来の三冠馬誕生は、またもお預けとなってしまいました。

 ダービーを5馬身差で圧勝し、5戦全勝・圧倒的な一番人気での挑戦でしたが、ゴール前先行するエンケ号との1~2馬身差をなかなか詰められないキャメロットの走りを観たとき、「確かに血統は存在する」と感じました。

 近年、2000ギニー・ダービーの二冠馬自体が減少傾向にあり、たとえ当該二冠を制したとしてもセントレジャーを回避するケースが多くなっていますから、イギリス牡馬三冠馬が生まれる可能性は、相当低いと言わざるを得ません。

 一方、イギリスの牝馬クラシック三冠は、牡馬とは少し様相が違います。

 前述のように、牝馬三冠は1000ギニー・オークス・セントレジャーの3レースですが、三冠馬は9頭います。
 第一印象として、「多い」と感じます。日本競馬に置きかえれば、桜花賞・オークス・菊花賞の三冠馬が9頭も存在することになります。ちなみに、我が国には1頭も居ません。

 最初の三冠牝馬は、1868年のフォルモサ号です。我が国の明治元年に当たる年です。第二次世界大戦後(1945年以降)にも、1955年のメルド号、1985年のオーソーシャープ号の2頭が達成しています。

 つまり、イギリスでは牝馬がセントレジャー(2940m)に挑戦することが珍しくないということになります。
 それどころか、1977年のダンファームライン号や1983年のサンプリンセス号は、オークスとセントレジャーの二冠馬となっているのです。

 加えて、3歳牝馬のみが5つのクラシックレース全てに出走できるという特権?を活かして、牡馬並みの活躍や、牡馬では決して出来ない活躍を魅せる「女傑」も登場します。

 1882年、牝馬ダッチオーバー号は2000ギニーとダービーを制してセントレジャーに挑戦しました。牡馬三冠を目指したのです。皮肉なことに、セントレジャーでは牝馬に敗れ、三冠はなりませんでした。この年の、イギリス3歳牡馬は、牝馬パワーの前に形無しといったところです。

 また、1868年の初代牝馬クラシック三冠馬フォルモサと1902年の牝馬三冠セプター号は、共に2000ギニーにも優勝していますから「四冠牝馬」ということになります。
 セプターは、ダービーにも挑戦しましたが惜しくも4着に敗れ、クラシックレース五冠・全制覇はなりませんでした。とはいえ、セプターは「全クラシック5レースに出走した唯一のサラブレッド」という、今後到底破られそうも無い栄誉を保持しています。

 最近の凱旋門賞などで見られる牝馬の健闘を考え合わせると、2400m以上の長距離に対する適正は、牝馬の方が高いのかもしれません。

 いずれにしても、牝馬によるセントレジャー挑戦は続いていますから、イギリス牝馬クラシック三冠馬は、今後も登場してくる可能性があります。

 イギリスの牡馬・牝馬両方のクラシック三冠を見てきましたが、牡馬が1970年、牝馬が1985年以降、三冠馬は現れていませんから、現代において「三冠馬」となることは、大変な難関ということになります。

 加えて、ヨーロッパの他の国ではセントレジャー競走に相当するレースが変質していますから、「三冠」概念自体が危機に瀕しています。
 例えば、アイルランド・セントレジャーは4歳以上の古馬に開放されてしまいましたし、ドイツ・セントレジャーはG3に降格の上で古馬に開放されてしまいました。こうした国では、三冠馬を目指すこと自体の価値が低くなっています。

 しかし、さすがにイギリスでは、5つのクラシックレースのひとつとしてのセントレジャーの格式はいまだに保たれています。

 英国クラシックレース体系が守られていく限り、新しい三冠馬誕生の可能性は残されているのです。
 ニューヨーク・ヤンキースの黒田博樹投手は、9月14日のボルチモア・オリオールズ戦に先発登板、7イニング94球を投げて、被安打6、奪三振5、失点1の好投を見せました。黒田投手は1-1同点の状態で降板したために勝敗には関係が無く、残念ながらチームは2-3でボルチモアに競り負けました。

 このゲームで7イニングを投げ切ったことで、黒田投手は日米通算3000イニング登板を達成しました。
 素晴らしい記録です。

 先発投手の勲章として「1シーズン200イニング登板」があります。1シーズンで200イニングを投げることは、ローテーション先発投手がシーズンを通して安定した投球を魅せた証左であり、容易には達成できない記録でもあります。これはMLB・NPB(日本プロ野球)に共通した記録です。

 事実、MLBの2013年シーズンで、200イニング以上の登板を記録した投手は、アメリカンリーグAL19人、ナショナルリーグNL16人の計35人しか居ません。MLBのチーム数が30であることを考え合わせれば、1チーム1人平均なのです。つまり、200イニング以上を投げる先発投手=チームのエースということです。

 そして、当たり前のことですが1シーズン200イニングを15シーズン達成しないと3000イニングにはならないのです。3000イニング登板が、いかに凄い記録かが良く分かります。

 またまた当たり前のことで恐縮ですが、3000イニング登板=9000アウト奪取ということです。ただ投げていても登板イニングは増えない、アウトを取ってイニングを進める、終わられることが必要です。
 ゴロアウト、フライアウト、奪三振等々で9000回のアウトを取るというのは、想像すると気が遠くなるようなことでしょう。

 その3000イニング登板を、黒田博樹投手が達成したのです。
 黒田投手の3000イニング越えの内訳(2014年9月14日時点)を見ると
・NPB11年間で1700と1/3イニング
・MLB7年目で1304と1/3イニング 
の計18年目で3004と2/3イニングです。
 黒田投手は、NPBでとてもキリの良い?イニング登板、ほとんど1700イニング登板を果たしていますから、MLBの登板イニングとの合計イニングが求めやすい?形となっています。

 さて、日米通算3000イニング登板を記録している投手がもう一人居ます。野茂英雄投手です。

 野茂投手の3000イニング越え登板の内訳をみると
・NPB5年間で1051と1/3イニング
・MLB12年間で1976と1/3イニング
の計17年間で3027と2/3イニングとなっています。
 これも凄い記録です。

 野茂投手の方がMLB在籍年数が多く、黒田投手の方がNPB在籍年数が多いという形ですが、記録の価値には差が無いと思います。中4~5日で投げるMLBの方が先発回数は多いのでしょうが、100球ルールが有りますから1度の先発で投げるイニングは時には5~6イニングのこともあるでしょう。
 一方NPBでは、中6~7日の先発登板ですから、先発回数はMLBより少なくなりますが、球数制限が緩いので1度の登板で完投する=9イニングを投げ切るケースは多いことでしょう。
 結果として、MLBでもNPBでも「1シーズン200イニング登板が同等の価値を持つ」ことになると考えます。

 黒田投手は野茂投手の記録に23イニング差に迫っています。もちろん、日米のプレー年数が異なりますから単純比較には意味が無いとのご意見もあるのでしょうが、とはいえ比較は存在するでしょう。
 黒田投手が今季中に野茂投手の記録に到達するかどうかは微妙なところです。注目したいと思います。

 ところで、登板イニング数のMLB最高記録はというと、これがもの凄い。

 サイ・ヤング投手の7356イニングなのです。3000イニングの2倍を遥かに超える桁違いの記録です。
 サイ・ヤング投手は、1890年~1911年の22年間でこの記録を樹立しています。単純計算では、1年=1シーズンあたり334イニング強の登板回数になります。現代なら200イニングでもとても難しいという状況下、300イニングを遥かに超えるのですから驚異的です。
 
 そして、サイ・ヤング投手は511勝316敗の記録を残していて、これも勝ち数・負け数ともにMLB最多記録なのです。「負け数も最多」というのが興味深いところです。監督やファンに支持されて登板回数を増やすことが出来ない限り、負け数を増やす?ことが出来ないのは自明の理でしょう。負け数MLB最多というのは、最高の勲章のひとつなのです。

サイ・ヤング投手の記録を挙げて行くと本当にキリがありませんから以上にしますが、サイ・ヤング投手がMLB史上というかベースボールの歴史上、最高のピッチャーであることは、異論の余地が無さそうです。

 MLBでは毎シーズン、ALとNLそれぞれにおけるその年の最高のピッチャーに最優秀賞が与えられます。最優秀賞の名称は「サイ・ヤング賞」です。
 オールド競馬ファンにとっては「セントライト記念は菊花賞の前哨戦」でした。

 皐月賞や日本ダービーといったクラシック路線を歩んできた3歳馬が夏を無事に過ごして成長した姿を見せる、あるいは日本ダービー以降に急速に力を付けた上がり馬が登場する、クラシック最後の一冠・菊花賞を目指す3歳馬にとっての秋競馬の緒戦だったのです。クラシック路線というのは、常に競馬の本流ですから、その重要な一戦としてセントライト記念の声を聴くと、秋競馬の本格化を感じたものです。

 1968年・昭和43年のアサカオーや翌1969年のアカネテンリュウ、1977年のプレストウコウ、1984年のシンボリルドルフなどは、セントライト記念を勝って菊花賞も制しています。
 加えて、セントライト記念に出走し優勝は出来なかったものの、本番の菊花賞で優勝した馬も多数居ました。1975年のコクサイプリンス(セントライト記念3着)、1981年のミナガワマンナ(同10着)、1985年のミホシンザン(同5着)、1991年のレオダーバン(同3着)等々、セントライト記念をステップレースとして菊花賞に挑み、制したサラブレッドは多いのです。

 そのセントライト記念が正式に菊花賞のトライアルレースとなり、上位入着馬に菊花賞の優先出走権が与えられたのは、1995年・第49回競走からです。
 そして、正式なトライアルレースとなってからセントライト記念の勝ち馬・出走馬から、菊花賞馬がなかなか出てこなくなってしまいました。皮肉なことです。

 1947年・昭和22年の第1回から、1994年の第48回までの48年間を見ると、セントライト記念に出走し菊花賞馬となったサラブレッドは18頭居ます。勝率は37%を超えるのです。
 一方で、1995年から2013年までの19年間では1頭しか菊花賞優勝馬が居ません。2001年のマンハッタンカフェで、セントライト記念は4着でした。

 中山競馬場芝2200mコースは、菊花賞3000mへの適性を見るには短過ぎるという見方があろうとは思いますが、それは1994年以前も同じです。そもそもレース経験が浅い3歳馬にとって、2200mの距離は決して短いものでは無く、菊花賞に向けてのステップレースとしては適度な距離とも言えると思います。

 確かに、世界的な中距離血統重視の流れの中で、2200mのレースには「中距離のスペシャリスト」が多数出走することとなり、ステイヤー血統や万能型の馬達にとっては次第に勝ち難いレースになってきたという点はあるのでしょう。
 しかし、ステップレースとして、有力馬が秋の初戦を戦うには絶好のG2レースであることには変わりがないのですから、このセントライト記念と菊花賞の疎遠化は、やはり不思議な感じがします。

 今年のセントライト記念は、中山競馬場改修工事の関係から新潟競馬場芝2200mコースで開催されます。関東馬だけではなく関西馬も出走し易い立地かもしれませんから、リフレッシュには良い機会だと感じます。
 「菊花賞の前哨戦としてのセントライト記念」復活を告げるレースとなってもらいたいものです。

 世界最高レベルの大会が2週続く中で、1.5m以内のパッティングを98回トライして98回決めたというのが、ビリー・ホーシェル選手(24歳・アメリカ)でした。

 前週とこの週の8ラウンドのプレーの中で、当然ながらガラスの様に速く、上りもあれば下りもありフックラインもスライスラインもある極めて難しいコースセッティング下、トーナメント優勝とフェデックスカップ年間王者を争う極度の緊張の中で、100回近いショートパットを100%の確率で決めたプレーは、考えられないというか、驚異的というか、神憑りとしか言いようがないものでした。

 9月11日~14日にかけてアメリカ・ジョージア州アトランタ近郊のイーストレイク・ゴルフクラブで開催された、PGAツアー2013~2014の最終戦「ツアーチャンピオンシップ大会」は、ビリー・ホーシェル選手が269打・11アンダーパーの成績で優勝し、前週の「BMWチャンピオンシップ大会」に続いて2週連続優勝を飾ると共に、フェデックスカップ・ポイント争いでもトップに立ち、年間王者に輝きました。

 プレーオフシリーズの初戦「ザ・バークレイズ大会」で予選落ちして、第二戦「ドイツバンク大会」に82位で進んだ時に、ホーシェル選手が年間王者に輝くと考えた人は、ほとんど居なかったのではないでしょうか。

 ツアーチャンピオンシップ優勝後のインタビューでは、ホーシェル選手本人も「(この段階で)シーズンは終わったので、これからゆっくりできる」とご家族に話していたそうです。それが、コーチのもとでパッティングを「パターを少し長く持つ感じ」に修正して臨んだ第二戦ドイツバンク大会で2位に入って、第三戦に駒を進めたのです。それも、優勝を狙えた惜しい2位でした。

 そして、パッティングの調子が戻ったホーシェル選手は、続く第三戦・最終戦を連勝して年間王者に就いたのです。

 ホーシェル選手の今シーズンの優勝はこの2勝だけですから、年間王者に就くことが出来たのは、フェデックスカップ・プレーオフ制度の「極端にテイルヘビーなポイント配分」のお蔭なのですが、ホーシェル選手にその制度設計の特質を最大限利用できる地力が有ったということになります。
 また、フェデックスカップを可能な限り劇的なものにしたいと考えている関係者の皆さんの狙い通りの展開になったとも言えます。

 ツアーチャンピオンシップ大会最終日の展開について観れば、最終組で一緒にプレーした世界ランク1位のロリー・マキロイ選手(北アイルランド)が前半でスコアを崩し、一時はホーシェル選手から5打差まで後退したところで、ホーシェル選手が優位に立ちました。

 普通はこれで勝負がつきそうなものですが、これでは終わらないのが世界最高のゴルフツアーであるPGAツアーです。44歳の大ベテランにして、2010年のフェデックスカップ年間王者でもあるジム・フューリック選手(アメリカ)が追い上げ、一時は11アンダーパーで並びました。
 PGAツアーの選手層の厚さを改めて感じさせる展開でした。

 そしてホーシェル選手に最大のピンチが訪れました。16番ホールで7~8mのパーセービングパットを残してしまったのです。これを外してボギーとしてしまうと、再びフューリック選手と並んでしまいます。
 こうした、世界最高レベルのトーナメントでは、同じスコアなら先にホールアウトした方が断然有利です。何しろ、バーディを取るのは極めて難しいが、ボギーを打つのは簡単な?ホールばかりが続いているのですから。

 しかし、ホーシェル選手はこのパッティングを決めました。上りのパットをとても強く打ちましたから、入らなければ相当オーバーし、返しのボギーパットも容易なものでは無かったと思いますが、「入れに行った」のです。極めて前向きな、気迫溢れるプレーでした。こうした局面でこういうプレーが出来るプレーヤーでなければ、PGAツアー最終戦を勝ち切ることなど到底出来ないとも言えるでしょう。

 タイガー・ウッズ選手もフィル・ミケルソン選手も居ないツアーチャンピオンシップ大会で、ビリー・ホーシェル選手は「アメリカプロゴルフの威信」を守りました。

 アイアンショットの抜群の切れ味とクロスハンド・グリップの正確無比なパッティングを擁して、ビリー・ホーシェル選手はアメリカを代表するプレーヤーに躍り出ました。

 PGAツアーに、またスターが誕生したのです。
 1964年10月10日の東京オリンピック開会式で、聖火リレーの最終ランナーを務め、聖火台に点火した坂井義則氏が亡くなられたと、9月10日に報じられました。享年69歳。
 あのオリンピックから50年の月日が経っていることを、改めて感じさせる知らせでした。

 あの開会式のメインイベントであった聖火台点火でしたが、坂井選手がホームストレッチを走って行く姿は、これ以上無い快晴のもとでテレビ画面に美しく映えました。
 聖火トーチから流れる白い煙が、30m位でしょうか、レンガ色のトラックを背景として、長く尾を引きました。この煙がとても美しいと感じました。

 1964年東京オリンピックの聖火トーチは「銀色の丸棒に柄(つか)が付いた形」でした。その後のオリンピックの、様々な意匠に溢れたトーチとは異なり、とてもシンプルなものでしたが、それがいかにも日本的だと思います。
 伊勢神宮や桂離宮などの建物に観られる「直線の美」が、トーチにも感じられたのです。
 日本文化の象徴とも言える形状でしょう。

 そして、あの煙が印象的です。煙の量が多いのです。

 あの大会の聖火リレーは日本中を回りました。私が住んでいた街にも来てくれましたので、皆で沿道に出かけました。今か今かと待っていると、聖火ランナーはあっという間に通り過ぎました(当時の聖火ランナー達はゆっくり走るようなことはせず、相当のスピードで走っていたと思います)が、その煙が余韻でした。

 今考えれば、大会関係者は「聖火トーチの煙の色や量」まで計算に入れていたのかもしれません。
 2014年9月13日に満40歳の誕生日を迎えた旭天鵬が、9月場所初日の取組で隠岐の海を破り、白星スタートを切りました。立合いから素早く左上手を取り、そのまま押し込んで、最後は土俵に投げ付けるという、元気一杯の取り口でした。

 既に880勝以上の勝ち星を重ね、幕の内最高優勝も経験している大力士に、またひとつ「40歳以上の幕の内力士」という勲章が加わりました。

 取組後、NHKテレビでは異例(新入幕でもない平幕力士の1勝目に対して)のインタビューが行われ、「褒められると伸びるタイプなんで・・・」と笑顔一杯の表情で応えていました。明るい力士なのです。

 これで、幕の内在位通算記録も96場所に伸ばしました。史上第三位、上に居るのは魁皇と高見山だけです。
 大関だった魁皇はもちろんとして、共に優勝経験が一度ずつある高見山と旭天鵬が2位・3位というのは、いかにもという感じがします。「長くやっていれば良いことがある」という意味では無くて、「健康で丈夫な心身を持ち、稽古を怠らない力士だからこそ、優勝を掴み、長く現役を続けることが出来る」ということなのでしょう。

 相撲人気が盛り上がっています。毎場所国技館に足を運ぶ愚妻が、「チケットが取れなくて困るわ」とぼやいています。
 31度目の優勝を目指す横綱白鵬や新大関豪栄道、遠藤を始めとする若手力士の活躍が人気の源泉なのでしょうが、旭天鵬の名人芸も一因であろうと思います。
 9月11日、ドイツ・ブンデスリーガの公式ホームページに「歴代日本人選手トップ10」が掲出されました。

 そもそも、歴代日本人プレーヤーのトップ10を選出出来る程に、ブンデスリーガでプレーする日本人選手が増えたことに感慨を禁じ得ません。凄いことです。

 さて、そのトップ10は以下の通り。
1位 奥寺 康彦
2位 香川 真司
3位 岡崎 慎司
4位 長谷部 誠
5位 内田 篤人
6位 宇佐美 貴史
7位 高原 直泰
8位 細貝 萌
9位 乾 貴士
10位 清武 弘嗣

 奥寺選手や高原選手といった、過去にプレーした選手もキッチリと押さえ、リーグ戦やカップ戦での実績も踏まえた、順当な選出だと思います。さすがはドイツというお国柄でしょうか。

 歴代1位の栄誉は、奥寺康彦選手の頭上に輝きました。極めて順当でしょう。

 今から37年前の1977年(昭和52年)、当時の日本リーグ1部古河電工に所属していた奥寺選手(25歳)は、ブンデスリーガ1部の1FCケルンとプロ契約を結び、以降1986年までの9年間に渡り同リーグでプレーしました。あの時代に世界トップクラスのリーグで活躍した日本人選手が居たということだけを取っても驚異的なことだと思います。
 この時代に、世界のトップリーグのクラブと契約している日本人選手は他に皆無でしたから、奥寺選手はまさに「世界トップリーグで戦う日本人プロサッカープレーヤーの草分け的存在」であり、長期間にわたって「唯一無二の存在」でした。
キング・カズこと三浦知良選手がブラジルのサントスFCとプロ契約を結んだのが1986年ですから、奥寺選手がドイツを去った年ということになります。

 そして、奥寺選手は「長期間にわたってブンデスリーガの有力チームでレギュラー」だったのです。
 現在では、世界トップリーグのクラブと契約する日本人プレーヤーはそう珍しくありませんが、レギュラー・先発としてその地歩を固めているプレーヤーは、残念ながら多くはありません。

 奥寺選手が左ウイングとして、日本人初の世界トップリーグのプレーヤーとなったばかりかレギュラーとして活躍し続けたことは、高く評価されるべきことでしょう。「海外トップリーグにおけるレギュラー度合」という物差し?があるとすれば、現在でも歴代日本人プレーヤーNO.1は奥寺選手でしょう。
 まだ、誰も奥寺選手を超えていないのです。

[奥寺選手のブンデスリーガにおける出場試合数(西暦表示はシーズン)]
・1977~78年 1FCケルン 20試合
・1978~79年 1FCケルン 24試合
・1979~80年 1FCケルン 30試合
・1980~81年 1FCケルン 1試合
・1980~81年 ヘルタ・ベルリン(2部) 25試合
・1981~82年 ベルダー・ブレーメン 30試合
・1982~83年 ベルダー・ブレーメン 34試合
・1983~84年 ベルダー・ブレーメン 29試合
・1984~85年 ベルダー・ブレーメン 33試合
・1985~86年 ベルダー・ブレーメン 33試合

1981年シーズンの途中で移籍したヘルタベルリンこそ2部リーグのチームでしたが、1FCケルンとベルダー・ブレーメンは、1部リーグのそれもトップクラスのチームでした。
 奥寺選手は1FCケルン時代の1977~78年シーズンでブンデスリーガ・リーグ優勝、ベルダー・ブレーメン時代の1982~83年・84~85年・85~86年にリーグ準優勝、1977~78年シーズンにDFBボカール(ドイツカップ=我が国の天皇杯に相当)優勝、1979~80年シーズン準優勝を経験しています。

 リーグ63試合連続出場記録を持ち、1シーズンのリーグ戦34試合の多くというか大半に出場していたのですから、レギュラーであったことは明らかです。
 「世界トップクラスのリーグのトップクラスのチームのレギュラーポジションで8シーズンに渡って活躍した日本人選手」は、これまで奥寺選手以外には存在しません。比類なき実績です。

 加えて
① UEFA(欧州サッカー連盟)主催の国際大会出場6度は、日本のみならずアジアで最多。
② 1978~79年のUEFAチャンピオンズカップ(現チャンピオンズリーグ)で、日本人そしてアジア人として初ゴールを記録。
 等々、奥寺選手の記録を挙げて行くとキリがありません。

 左ウイングあるいは左ウイングバックとして、守備を担当しながら攻撃となれば一気にオーバーラップして相手ゴールを脅かすという奥寺選手のプレースタイルは、ドイツのサッカーファンに大いに支持されました。
 1FCケルン時代のへネス・バイスバイラー監督やベルダー・ブレーメン時代のオットー・レーハーゲル監督といった名将が、奥寺選手の運動量豊富で献身的なプレー振りを高く評価しています。

 そして「ブンデスリーガ1部で234試合に出場し26得点」という記録を残したのです。私は何より「234試合出場」が素晴らしいと感じます。

 現在でこそ「チーム毎のサラリー上限制度(チームの財政健全性維持の為の制度)」が厳然として存在するブンデスリーガは、欧州4大リーグ(スペイン、イギリス、ドイツ、イタリア)の中で、スペイン・リーガエスパニョーラやイギリス・プレミアリーグに比べて、プレーヤーの質で少し見劣りする(バイエルン・ミュンヘンを見ると全然そんな感じはありませんが)と言われますが、奥寺選手が活躍していた時代のブンデスリーガ1部は、欧州一でした。(1976~84年のUEFAリーグランキング1位)
何しろ、ピークは過ぎたとはいえ、フランツ・ベッケンバウアー選手やゲルト・ミュラー選手もプレーしていた時代なのです。

 そうしたブンデスリーガ全盛時に9年間もプレーし、レギュラーとしてリーグ優勝1回・準優勝3回、ドイツカップ優勝1回・準優勝1回という輝かしい実績を残したのです。

 奥寺選手は、東北・秋田県の出身ということもあってか、派手な言動・パフォーマンスとは無縁です。

 欧州サッカー4大リーグにおける、日本人プレーヤーとして並ぶもの無き実績を持ちながら、正直に言って日本国内での評価はそれほど高くないと感じます。これには、種々の要因・事情があるものと思いますが、奥寺氏自身の謙虚な性格も一因なのでしょうか。

 奥寺康彦選手は、出身国の日本においてより、サッカー先進国ドイツにおいて燦然と輝く星なのです。
 MLB(メジャーリーグ・ベースボール)の地区優勝争いが激しさを増す9月に入ると、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)が開幕します。例年のことです。

 今シーズンのNFL開幕戦は9月5日(金)、昨シーズンのスーパーボールチャンピオンのシアトル・シーホークスがグリーンベイ・パッカーズをホームに迎えて行われました。

 モバイル・クオーターバックQBの代表格であるシアトルのラッセル・ウィルソン選手と、当代屈指のパッサー、グリーンベイのQBアーロン・ロジャースが激突する開幕戦となり、好ゲームが期待されましたが、結果は36-16でシーホークスが圧勝しました。

 試合開始直後は、Aロジャースが中々パスプレーを選択せず、Rウィルソンも自分で走ることをしないという展開でしたが、徐々に持ち味が発揮されました。

 特に、ランニングバックRBマショーン・リンチ選手を中心とするシアトルのランプレーが効果的で、ここぞというプレーで確実にゲインしたために、ゲームを優位に進めることが出来たという感じです。リンチ選手は、一度止められてから3~4ヤード前に進むという、「らしいプレー」が随所に観られました。今シーズンも、この独特のプレーでシアトルの中心プレーヤーの一人となることでしょう。

 ゲーム中、NHK-BS放送の解説者河口正文氏から興味深いコメントが有りました。
 「リンチはプレシーズン中、あまり練習をしているのを見ません。ショルダーもほとんど付けませんし。ミネソタのエイドリアン・ピーターソンなんかも、ほとんど練習をしません。」と。

 河口氏は、何故こうした一流RBが練習しないのかについては解説しませんでしたが、さもありなんという感じがしました。

① 高い質のフィジカル・トレーニングは行っているであろうこと。

 スーパーボール王者のシアトルのエースRBであるリンチ選手や、現在のNFL最高のRBのひとりであり、7シーズンで10,000ヤード以上を走り、NFL史上でも屈指のRBと呼ばれるエイドリアン・ピーターソン選手のことですから、「動ける体にするためのトレーニング」は十分に行っている筈です。プレーできる肉体造りに抜かりは無いでしょう。

② チーム練習で手の内は明かさない、ということではないか。

 日本人として歴代最もNFLプレーヤーに近づいた選手とも言われる河口正文氏が言っているのは、「チームプレーとしてのフォーメーション練習等」には、リンチ選手もピーターソン選手も、ほとんど参加していなかったということではないでしょうか。

 NFLの一流RBには各々独特の走り方があるのでしょう。そして、その走りの秘訣は門外不出のもの、というか、相手チームにはなるべく知られないようにしているのではないでしょうか。

 フランコ・ハリス、アール・キャンベル、トニー・ドーセット、OJシンプソン、エリック・ディッカーソン、ウォルター・ペイトン、マーカス・アレン、エミット・スミス、マーシャル・フォーク、ラダニアン・トムリンソン、バリー・サンダース、等々、NFLの歴史を飾ってきた名ランニングバックの走りには、それぞれ特徴がありました。
 素晴らしいスピードでディフェンスDFラインを抜けて行くタイプ、するりするりと交わしていくタイプ、カットバックのスピード・角度が際立っているタイプ、パワーで突き破っていくタイプ・・・。

 そして、これらのプレーヤーのテクニックは研究されているようで、研究し尽くされてはいないのではないかと考えます。

 例えば、頭書したマショーン・リンチ選手の「一度DFラインに止められたように観えながら、そこから3~4ヤード前に出る走り」は、リンチ選手独特のものです。
 リンチ選手は、身長180cm体重98kgとNFLのプレーヤーの中では決して大きな方ではありません。その体躯のリンチ選手が、大きなDFプレーヤーを引き摺りながら前進するのです。体格やパワーだけに頼ったプレーではないと思います。何らかのテクニック、独自の技術があるのです。

 それも、相手の多様なフォーメーションや様々なDFプレーヤーのタイプ、種々の角度のタックルを受けても、多くの場合リンチ選手は前に進みますから、リンチ選手側にも「多様なテクニック・対応策」が構築されていて、これを実行していることは明らかでしょう。
 そして、このプレーの秘密は、なるべく教えたくないというか、把握されたくないと考えていることと思います。

 既に、NFLの一流RBとしての地歩を固めているプレーヤーですから、プレシーズンで全体練習にほとんど参加せず、プレシーズンマッチにも必要最小限しか出場しなくとも、本番・レギュラーシーズンのゲームで力を発揮すればよいのです。

 逆に言えば、リンチ選手やピーターソン選手は「本番で力を発揮するために練習をしない」ということになるのかもしれません。

 さて、NFL2014~2015シーズンが開幕しました。

 季節が秋から冬に向かい、北アメリカ大陸の寒さが本格化するにつれて、NFLのゲーム内容も盛り上がります。

 今年は、どんなスーパープレーを魅せてくれるのでしょうか。
 私は、新生日本代表チームが発足したばかりの段階で、親善試合にたとえ連敗したとしても何の問題も無く、試合内容のみがポイントだと考えていますが、9月9日に行われたベネズエラ代表とのゲーム・発足後第2戦では、新しく招集されたメンバーが素晴らしい動きを魅せて、2-2の引き分けゲームに貢献しました。

 まずは武藤選手。先日のウルグアイ戦でも良い動きを見せていましたが、このゲームでも後半6分、ボールを保持して駆け上がり、ゴール右隅に見事なシュートを叩き込みました。無駄な動きが少なく、ピッチ中央を縦に突破して行くプレーは迫力十分。初代表というのに全く臆するところが無いプレー振りは、代表向きの選手との印象です。

 廻りの選手からの良いパスを待つのではなく、「自身で局面を打開しようとする積極的な姿勢」は、例えればワールドカップ2014のハメス・ロドリゲス選手のようなプレーに観えました。

 続いて柴崎選手。後半20分を過ぎて1-1の同点。左サイドで岡崎選手がボールを保持して前進、ペナルティエリア内には本田選手らが待ち構えていましたが、その後方から全力疾走で走り上がってきた柴崎選手に、岡崎選手からパスが出て、これを綺麗にゴール左サイドネットに突き刺しました。
 長く日本代表チームの中盤を支えてきた遠藤選手の後継者候補と言われていましたが、まさにその役割期待に応えたプレーでした。

 この、チーム2点目のゴールの最大の功労者は、左サイドを一気に駆け上がった岡崎選手だと思いますが、それも「ゴールが決まっているからこそのアシスト」ということになります。岡崎選手の素晴らしいプレーに光を当てたのは、柴崎選手の見事なシュートでした。シュート時の足の面の造り方も正確で、その点も遠藤選手を彷彿とさせました。

 武藤・柴崎両選手の代表初ゴールが生まれたことは、アギーレジャパンにとって大きな収穫でしょう。
 世界ランク6位のウルグアイから29位のベネズエラへと、相手チームの力量が少し下がったことを割り引いても、この2人の活躍は秀逸でした。

 一方、守備陣はウルグアイ戦に続いて単純なミスを連発しました。これは残念なことですが、まだ新チームは動き始めたばかりであり、アギーレ監督が守備のスペシャリストであることを考え合わせれば、急速に整備されていくことが期待されます。

 ウルグアイ戦に続いてベネズエラ戦も、新生日本代表チームは将来性十分なゲームを展開してくれたと感じます。
 全米オープンテニス大会・男子シングルス決勝は9月8日に行われ、マリン・チリッチ選手(クロアチア)が錦織圭選手を、セットカウント3-0で下して初優勝しました。
 日本の錦織選手にとっては、とても残念な結果となってしまいました。

 試合前、センターコートに両選手が入場するシーンで、チリッチ選手が早々に姿を見せたのとは対照的に、錦織選手は中々登場しませんでした。係員に促されて、ようやく現れたのです。
 そして、その表情は緊張感溢れる固いものでした。一方のチリッチ選手は、とてもリラックスしているように見えました。

 試合後のインタビューで、錦織選手は「前日中々寝付けなかったり、準決勝までとは違う緊張感があった。」とコメントしていましたから、全体として錦織選手は、相当気負った状況で試合に臨んだことになります。

 大試合を前にしての緊張は止むを得ないことだとは思いますが、この過度の緊張の一因として、「錦織選手の調子がピークアウトしていたこと」が挙げられると思います。準決勝のジョコビッチ戦が調子のピークだったのではないでしょうか。
 残念なことに、準決勝戦以降調子は下降し始め、ベスト16・準々決勝の4時間を超えるハードな試合の疲労影響も一気に出た形で決勝戦を迎えたのではないかと考えます。

 そうでなければ、いかにチリッチ選手のビッグサーブとはいえ、錦織選手がほとんどリターンできないなどという試合内容になる筈がないからです。何しろ、この試合までの対戦成績は錦織選手の5勝2敗だったのですから。

 一方のチリッチ選手は、決勝戦が調子のピークだったのでしょう。準決勝でロジャー・フェデラー選手を、決勝で錦織選手を、共に3-0のストレートで破ったプレーは見事なものでした。

 おそらくピークアウトしていた錦織選手にとって惜しまれるのは、第一セット・第一ゲーム、チリッチ選手がサーブ権を持っていたゲームですが、30-40とブレイクポイントを迎えたのです。
 試合の最初のゲームでのブレイクは、試合全体に大きな影響を与えたことでしょう。調子が下降気味の錦織選手と、絶好調のチリッチ選手との差を埋めてくれる可能性があったゲームだと思います。

 しかし、チリッチ選手は次のポイントを取り40-40としてから、冷静にこのゲームを取りました。
 後から思えば、このゲームが錦織選手にとって千載一遇のチャンスだったのでしょう。

 錦織圭選手は決勝で敗れ準優勝でしたけれども、「全米オープン・男子シングルス決勝進出」という偉業はいささかも色褪せるものではありません。まさに日本テニスの歴史を変えた快挙なのです。世界トップクラスの選手達を相手に、素晴らしいプレーを展開していただきました。

 錦織選手、本当にお疲れ様でした。そして、本当にありがとうございました。
 PGAツアー2013~2014シーズンのプレーオフ第三戦「BMW選手権大会」は、アメリカのビリー・ホーシェル選手が優勝しました。

 ホーシェル選手は1986年12月生まれの27歳。2009年にプロデビューし、2013年4月のチューリッヒ・クラシックでPGAツアー初優勝を遂げましたが、その後はあまり良い成績を残せませんでした。

 2014年もトップ10入りが2回、予選落ち5回という不本意な成績でプレーオフに突入。しかし、8月のプレーオフ第一戦ザ・バークレイズ大会も予選落ちしてしまいましたから、プレーオフを勝ち抜いていくのは相当難しいのではないかと見られていました。

 実は、ホーシェル選手は、リッキー・ファウラー選手と同世代で、大学時代はファウラーとホーシェルの2人が、アメリカ学生ゴルフ界を席巻していたのです。
 ファウラー選手の方は、2014年のメジャートーナメント4戦すべてにおいてトップ10入りを果たすなど、アメリカを代表するプレーヤーのひとりに成りつつありますが、一方のホーシェル選手はその実力を発揮できない日々が続いていました。

 ところが、プレーオフシリーズの第二戦「ドイツバンク選手権大会」で、突然の様に覚醒したのです。最終日まで優勝を争い、惜しくも2位となりましたが、フェデックスカップ・ポイントランキングを一気に上げて、第三戦に進出しました。
 そして、第三戦に優勝したのです。

 ビリー・ホーシェル選手に何が起こったのでしょうか。「パッティングが大幅に改善した」と伝えられています。
 8月24日まで行われたザ・バークレイズ大会まで上手く行かなかったパッティングが、8月29日からのドイツバンク選手権大会から上手く行くようになり、9月4日から始まったBMW選手権大会では優勝を遂げる、というのですから、あまりの急激な変化に驚かされるばかりです。

 もともと、全米学生界のトッププレーヤーであった選手が「何か一つを掴む」と、これ程に覚醒するのですから、地力十分なアスリートというのは凄いものです。

 BMW選手権大会のプレー振りを観ると、ドライバーショットも300ヤードを遥かに超え、十分な飛距離ですが、何より「アイアンショットの切れ味」が抜群でした。
 低い姿勢から、ピンポイントに打っていけるプレー振り・スイングは、かつてのベルンハルト・ランガー選手を彷彿とさせるものです。

 タイガー・ウッズ選手のカムバックが遅れ、フィル・ミケルソン選手の調子が上がらず、ババ・ワトソン選手やダスティン・ジョンソン選手にはムラがあるといった状況下、このところロリー・マキロイ選手(北アイルランド)、マーティン・カイマー選手(ドイツ)、アダム・スコット選手(オーストラリア)といったプレーヤーの攻勢の前に、相当押されてきたアメリカ・プロゴルフ界ですが、ついにというか、ようやくというか、若手プレーヤーが揃ってきました。

 ジョーダン・スピース選手やクリス・カーク選手、リッキー・ファウラー選手に加えて、ビリー・ホーシェル選手が登場したのです。ホーシェル選手は、そのプレー振り・切れ味から観て、「強い時にはとことん強いプレーヤー」に観えます。時々、大仕事をやってのけるのではないでしょうか。

 ツアー最終戦・ツアー選手権大会を前にしてのポイントランキング上位選手は、
・1位 クリス・カーク
・2位 ビリー・ホーシェル
・3位 ババ・ワトソン
・4位 ロリー・マキロイ
・5位 ハンター・メイハン
・6位 ジミー・ウォーカー
・7位 ジム・フューリック
・8位 マット・クーチャー
・9位 リッキー・ファウラー
・10位 ジェイソン・デイ
・11位 ジョーダン・スピース
・12位 アダム・スコット
 となっています。

 ゴルフ王国・アメリカの威信を賭けた「ツアー選手権大会」が、9月11日から始まります。
 日本ハム・ファイターズの大谷翔平選手が、9月7日のオリックス・バッファローズ戦で本塁打を放ち、今シーズンの本塁打数を10本の大台に乗せました。

 投手と野手の「二刀流」を2013年から続けている大谷選手ですが、2014年に入ると、投手としても野手としても一流のプレーヤーに成長しました。

 投手としての10勝は、今季パシフィックリーグの4位に相当します。(9月7日現在、以下同じ)トップの金子千尋(オリックス)、西勇輝(オリックス)の2投手の12勝に2勝差ですし、日本ハムでは勝ち頭ですから、堂々たる成績です。また、勝率は0714(10勝4敗)で岸孝之投手(西武)と並んでリーグのトップタイです。リーグを代表する投手に成長してきたということでしょう。

 球速160kmを連発する投球は、投手として日本プロ野球史上屈指の才能の持ち主であることを、明確に示しています。

 一方、打者としての10本塁打はリーグの15位タイです。トップのメヒア選手(30本)の1/3ですが、規定打数に達していないことを勘案すれば、これも見事な成績と言えるでしょう。
 この日のホームランも、やや差し込まれたかなというタイミングで捕えた打球が、センターに一直線に飛びスタンドインするという、凄まじいものでした。ボールに逆回転を加えて飛ばすという打撃では無く、ゴツンと芯を叩いてスタンドにライナーで運ぶという、MLBのバリー・ボンズ選手や松井秀喜選手を彷彿とさせる打撃でした。

 こうしたホームランは、限られたプレーヤーにしか打てないものでしょう。打者としての極めて高い才能を感じさせます。

 これまで日本プロ野球でも、複数のプレーヤーが「二刀流」に挑みましたが、10勝10本塁打を、同一シーズンで達成したのは、大谷選手が初めてと伝えられていますから、これは快挙です。
 96年前のMLBにおける、ベーブルース選手の13勝11ホームラン以来の記録とも報じられています。この比較の可否はともかくとして、「大谷選手のプレーヤーとしての才能の大きさ」に疑問を挟む余地は無いと思います。

 ベーブルース選手は、後に打者専業となり、アメリカメジャーリーグ史上最高のホームランバッターと称されるまでになりました。現在でも、アメリカのベースボールファンに最も愛されたプレーヤーの称号は、ベーブルースのものでしょう。

 身長193cmの大谷翔平選手は、野手としては現在のメジャーリーグ最高の打者、ミゲル・カブレラ選手と同じ身長です。
大柄な野手が少ない日本プロ野球では、貴重な超大型スラッガーとなる可能性があります。

 一方で、投手としても20歳という若さで、時速160kmを優に超えるストレートを投げます。メジャーリーグでいえば100マイルピッチャーです。そして、相応のコントロールも有していますから、おそらく同世代では世界屈指のピッチャーのひとりでしょう。ひょっとすると、20歳としては「世界NO.1のピッチャー」かもしれません。

 打者としても投手としても、素晴らしい活躍を見せ始めた2年目の大谷翔平選手ですが、そろそろどちらかに絞り込むことにより集中したトレーニングを行い、世界最高のプレーヤーを目指す道を選択する時期かもしれません。

 私は、やはり長身と長い腕を利しての投手の方が、より大きな可能性を秘めているように思います。

 アメリカPGAツアー2013~2014シーズンのプレーオフ第3戦「BMW選手権大会」は、9月7日コロラド州・チェリーヒルズカントリークラブで最終日のプレーを行い、アメリカのビリー・ホーシェル選手が4日間通算266打・14アンダーパーの成績で優勝しました。

 そして、このプレーオフ第3戦までのフェデックスカップ・ポイント上位30選手が、9月11日から14日に行われる、最終戦「ツアー選手権大会(ジョージア州・イーストレイク・ゴルフクラブ)」の出場権を獲得しました。

 ご存知の方には繰り返しになりますが、PGAツアー2013~2014は2013年10月のフライズドットコム大会に始まり、2014年8月中旬のウィンダム選手権大会までのレギュラーツアー42大会を戦い、その上位125名がプレーオフ第一戦のザ・バークレイズ大会に進出、続いて上位100名が第二戦のドイツバンク選手権大会に進んで、続いて上位70名がBMW選手権大会を戦い、上位30位以内に残った選手が最終戦のツアー選手権大会に出場する形になっています。

 世界最高レベルのゴルフツアーですから、ツアー選手権大会に出場する30名が、今シーズンの「世界トップ30」と呼んで良い形式となっています。この最終戦に残ることは、プロゴルファーにとって大きな栄誉であることは、間違いありません。

 その「世界トップ30」に、松山英樹選手はこの大会で20位タイの成績を残し、通算28位となって、最終戦への進出を決めました。PGAツアー本格参戦初年に、このような実績を残したことは、素晴らしいとしか言い様が有りません。

 このBMW選手権大会を終えて上位30位に入れなかったプレーヤーの中には、31位のスチュワート・アップルビー選手、41位のアーニー・エルス選手、43位のカール・シュワルツェル選手、50位のアンヘル・カブレラ選手、52位のヘンリック・ステンソン選手、といったメジャーチャンピオンを含む実績十分なプレーヤーが目白押しです。
 「世界トップ30」の重みを感じさせます。

 そして、この30名には、どのプレーヤーにも「フェデックスカップ年間王者」の可能性があるポイント体系となっています。
 年間王者には大きな名誉と共に、1000万ドル(約10億5千万円)のボーナスが用意されています。松山選手の順位(28位)ですと、まず自身が最終戦のツアー選手権大会に優勝し、第3戦までの上位のプレーヤーの順位次第という形になりますが、最終戦の比重がとても高いので、優勝さえすれば年間王者の可能性は十分に有ります。

 PGAツアー本格参戦初年に、ザ・メモリアル大会でツアー初優勝を遂げるとともに、ツアー最終戦にも勝ち残るという快挙を演じた松山英樹選手。
 日本プロゴルフ界を代表するプレーヤーとして、名コース・イーストレイク・ゴルフクラブにおける大活躍を期待しています。
 大相撲9月場所は14日から始まります。

 横綱白鵬の31回目の優勝への挑戦、新大関豪栄道の活躍等々、見所満載の場所になりそうです。

 番付を見て感じるのは、
・関脇から幕の内上位にかけての力士の充実振り
・世代交代
 の2点でしょうか。

 小結には、東に常幸龍、西に千代大龍の「二人の龍」が並びました。同期デビューであり、共に学生相撲時代に大変な実績を積んできた二人です。

 常幸龍は、2008年の全国学生相撲選手権大会の優勝を始めとして「大学個人タイトル5冠」という輝かしい実績を引っ提げて、2011年5月場所に「佐久間山」の四股名で角界デビュー。序の口・三段目・幕下・十両でそれぞれ優勝して2012年11月場所に新入幕を果たすという、凄いスピード出世でした。
 特にデビュー以来の27連勝は、大相撲記録となっています。

 幕の内に入ってからは、やや乱暴な取り口が災いしたのか、平幕を上下する時期が続きましたが、先場所・2014年7月場所で10勝5敗の好成績を上げて、初の三役入りを実現したのです。
 押し相撲ではないが四つ相撲でも無く、「型の無い相撲」とも呼ばれる取り口です。土俵を動き回りながら、自分に有利な体制を作り上げて行くという独特の相撲は、身長187cm体重161kgという体躯を活かした相撲を展開できる時には、無類の強さを見せます。9月場所での大活躍が期待されます。

 一方の千代大龍は、2010年国体成年個人の部優勝を始めとして、やはり「アマチュア5冠」のタイトルを引っ提げて、常幸龍と同じく2011年5月場所に角界デビュー。2012年1月場所に十両優勝、2012年5月場所に新入幕を果たしました。
 
 常幸龍より入幕が早かったのは、千代大龍は幕下付出しでのデビューであり、常幸龍は序の口からのデビュー(日本大学卒業を優先したため幕下付出しの資格を失ったもの)為もあるでしょう。

 千代大龍は押し相撲です。立ち合いからの強烈な押しで相手の体勢を崩し、そのまま押し出し・寄り切りや、はたき込み・肩すかしなども繰り出します。立ち合いの当たりが決まった時の千代大龍の相撲はスピード十分ですから、上位力士の脅威ともなっています。
 このところ、すっかり幕の内上位に定着した感が有りましたが、7月場所で10勝5敗の好成績を上げて三役入りを果たしました。

 常幸龍と千代大龍の「二人の龍」の活躍は、9月場所最大の見所のひとつでしょう。

 さて、「注目の10力士」の検討に入ります。

1. 横綱

 横綱3場所目を迎える鶴竜の活躍に期待がかかりますが、やはり安定感を買って、注目力士には白鵬を挙げたいと思います。

 9月場所で31回目の優勝を目指す白鵬は、既に大相撲史上に残る大横綱ですが、最も素晴らしいと感じることは「横綱昇進以降、一度も休場していないこと」です。
2007年7月場所に横綱に昇進して以降、7年間に渡り休場が無いのです。これは驚異的というか、不滅の記録でしょう。

 大鵬や千代の富士といった大横綱も、度々休場しています。横綱という地位の重さを鑑みれば、時々休場するのも止むを得ないことだと思います。しかし、白鵬はここまで一度も休場していないのです。空前絶後のことでしょう。

2. 大関

 先場所大活躍の琴奨菊、そして新大関豪栄道。一方で、ふがいない相撲を見せた稀勢の里でした。
 
 新大関に期待したい気持ちもあるのですが、故障からの回復度合いが分かりません。動きの速さで勝負する豪栄道にとっては、膝の故障の影響は極めて大きいことでしょう。

 琴奨菊の先場所の活躍が、故障からの回復途上であったことを考えれば、今場所こそ優勝、という期待がかかりますが、押し相撲の性格上2場所連続で好成績というのは、なかなか難しいことだろうと思います。

 そこで、9月場所注目の大関には、もう一度稀勢の里を挙げたいと思います。
 先場所は「前に出る力が不足」していました。それも、相当に不足していました。どこか故障しているのかもしれないと感じる程でした。
 その稀勢の里の9月場所での再生に期待します。もし、ここでも7月場所前半のような相撲しか取れないようであれば、「稀勢の里時代の終焉」と言われかねません。勝負の場所でしょう。

3. 関脇から平幕にかけて

 頭書の通り、関脇から幕内上位の力士の充実振りは素晴らしいものです。
 こうした状況は2~3年前から続いているのですが、直近の半年で一層凄いレベルとなりました。

 7月場所でも「注目の10力士」を挙げましたが、休場力士が出るなど、いまひとつの結果となりました。本当に高いレベルかつ僅差で多くの力士が犇めいていますので、活躍力士を予想するのがとても難しくなっています。それだけ、内容の濃い取組が増えているとも言えるでしょう。

 また、栃煌山や豊真将のように7月場所途中で故障のため休場した力士は、その回復度合いがポイントとなります。回復していれば、番付に比べて力量が遥かに勝りますので、活躍する可能性が極めて高いのですけれども。

① 妙義龍

 豪栄道が大関に昇進し、栃煌山のけがの回復度合いが不透明となれば、関脇以下で最も力量が高いのは妙義龍ということになります。もともと関脇に何場所も在籍した実績もありますから、この番付でも9勝はすると思います。

② 逸ノ城

 前頭上位の層が極めて厚いので、星の潰し合いが想定されますから、東10枚目の逸ノ城をこの順番で挙げることにしました。身長191cm体重186kgの恵まれた体躯に加えて、相当のアマチュア相撲経験が有り、加えて先場所は栃ノ心との十両優勝争いで、幕の内力士の力を実感していますから、新入幕といっても相当に戦えると思います。

③ 安美錦

 三役常連力士が6枚目まで下がりましたので、十分に活躍が期待されます。先場所は負け越しましたが、相撲内容は良かったと感じています。
 若い力士に相撲の神髄を見せていただければと思います。

④ 遠藤

 既に幕の内上位の力が付いている遠藤ですが、前頭筆頭となって横綱・大関・三役の大半と当たるとなると、どこまでやれるのかに興味が集中します。
 相当に力を付けていると感じますので、少なくとも勝ち越しは可能だと思います。

⑤ 千代鳳

 先場所は上位の壁に跳ね返されましたが、相撲内容には観るべきところが多かったと思います。7枚目に下がった今場所は二桁を目指して頑張っていただきたいと思います。

⑥ 隠岐の海

 眠れる獅子が何時目覚めるのか。15枚目まで下がりました。今場所負け越すようなことがあると十両陥落の可能性もあります。大関候補といわれた力士が、この3場所苦戦を続けています。自らの力に自信を持って、思い切り取れれば大勝ちしても全く不思議はありません。眠れる獅子には、そろそろ目覚めてもらいたいものです。

⑦ 照ノ富士

 この力は本物です。負けず嫌いな様子も、勝負師には必要な要素でしょう。身長192cm体重179kgという、幕の内力士でも1・2を争うサイズを活かした大きな相撲が取れれば、前頭筆頭でも家賃は高くないことでしょう。

⑧ 旭天鵬

 今場所初日9月14日に満40歳の誕生日を迎えます。年6場所制という「スケジュールが厳しく、一度故障するとなかなか完治させる時間的な余裕が無い制度」の下で、史上初めての快挙です。40歳まで幕の内で相撲を取り、幕ノ内最高優勝の経験もあるという旭天鵬は、大相撲の宝といって良いでしょう。
 今後、このような力士が出てくるかどうかも分からない程に偉大な力士の15日間に、注目したいと思います。

 今場所は、以上10名の力士に注目します。

 この他にも関脇豪風・3枚目嘉風の「風風コンビ」や、高安、豊ノ島、碧山、宝富士、大砂嵐と、注目したい力士が沢山居ます。どの力士も力を付けました。
横綱白鵬が一歩抜けているとはいえ、賜杯の行方は混沌としていると感じます。大混戦が展開されることでしょう。

 最後に、このところ恒例となりましたが、本当に久方ぶりに日本出身力士の優勝を見てみたいと思います。
 錦織圭選手が、男子シングルス決勝に進出しました。

 日本テニスの歴史上初めてのことです。

 テニスの世界4大トーナメントの一角・全米オープン大会2014の男子シングルス準決勝が9月6日に行われ、錦織圭選手がノバク・ジョコビッチ選手(セルビア)をセットカウント3-1で破りました。

 錦織選手は自身初の4大大会決勝進出。そして、これは日本テニス史上初のことでもあるのです。どんな言葉を使っても形容できないような快挙でしょう。

 これまで、日本人テニスプレーヤーは100年近い時間をかけて、世界の壁に挑んできました。

[日本人プレーヤーの世界4大大会シングルス・ベスト4]
・1918年 熊谷一弥選手 全米
・1920年 清水善造選手 ウインブルドン(全英)
・1931年 佐藤次郎選手 全仏
・1932年 佐藤次郎選手 全豪
      佐藤次郎選手 ウインブルドン
・1933年 佐藤次郎選手 全仏
      佐藤次郎選手 ウインブルドン
・1973年 沢松和子選手 全豪
・1994年 伊達公子選手 全豪
・1995年 伊達公子選手 全仏
・1996年 伊達公子選手 ウインブルドン
・2014年 錦織圭選手 全米

 以上、6名の選手が延12回に渡って準決勝に挑み、錦織圭選手が初めてこの壁を突破したのです。

 5回も挑みながら、ついに決勝に出られなかった戦前の名プレーヤー・佐藤次郎選手の無念を晴らした快挙とも言えるでしょう。

 この勝利の要因を考えてみましょう。

① 好調であること。

 当たり前と言われそうですが、これが最大の要因です。体の動きがとても良いのです。ジョコビッチ戦の第4セットは錦織選手が終始押していました。躍動感溢れるプレー振りです。
 大会前に足指の手術をしたと伝えられ、一時は出場も危ぶまれていたのですが、大会に入ってからは1戦毎に調子を上げてきた印象です。

 準々決勝・準決勝はフルセット、4時間を超える試合でしたし、特に準々決勝は終了時刻が午前2時26分という深夜・早朝でした。体調管理が難しく、疲労残りが心配されましたが、錦織選手の体調は維持どころか改善されてきているように観えます。余程好調なのであろうと感じます。

② サービスリターンが素晴らしいこと。

 世界ランキング・トップ10ともなると、強烈なサービスを武器としているプレーヤーが多いのですが、この大会の錦織選手のリターンは素晴らしい!
 特に、その角度は見事で、ここぞというポイントでのリターンエースが効果的です。「必殺のサービスリターン」が、錦織の代名詞になりそうな勢いです。

③ ショットが深いこと。

 テニスのストロークプレーにおいては、ショットの深さが重要なポイントとなりますが、今大会の錦織選手のパッシングショットの深さは際立っています。①の好調さが表れていることになりますが、ダウンザラインもクロスも深いのですから、相手プレーヤーにとっては脅威でしょう。

 ここまで何度も魅せてくれた「ジャストアウトかなと観えるショットがギリギリに入ってくるシーン」を、決勝戦でも是非展開して欲しいものです。

 試合後のインタビューに応えて「世界ランク1位のジョコビッチ選手に勝てて嬉しい。」と、錦織選手はコメントしていました。決勝に進出したことよりも、まずは目の前の試合に勝ったことが嬉しいという心情は、好調なプレーヤーの共通点ではないでしょうか。

 早朝のNHKテレビに出演した、かつての日本のトッププレーヤー・福井烈氏が「自分が生きている内に見られるとは思わなかった。」とコメントしていました。

 「日本テニス界100年の夢」が実現しました。
 快挙でした。

 クルム伊達公子選手が、全米オープン2014・女子ダブルスでベスト4に進出したのです。

 伊達公子といえば、かつて世界ランキング4位に位置したことが有り、シングルスでは20歳代の全盛期に、
① 1994年全豪オープン・ベスト4
② 1995年全仏オープン・ベスト4
③ 1996年ウィンブルドン(全英)・ベスト4
 と3度、グランドスラム大会のベスト4に進出しています。眩いばかりの実績です。

 そして、43歳となった2014年の全米オープンにおいて、ダブルス種目では初めてベスト4に進出したのです。

 今大会の快挙を契機に、再びクルム伊達公子というプレーヤーの偉大さを再認識すると共に、その選手寿命の長さに大きな拍手を送ります。

 チェコのバルボラ・ストリツォバ選手と組んだペアは、ベスト4・準決勝の試合でも勝機がありました。
 第一セットを5-2とリードしたのです。ここまでの7ゲームでは伊達選手の動き・出来の良さが際立っていました。

 ここで少し、伊達・スコリツォバのペアに「勝てる」という意識が芽生えたのでしょうか。それとも相手のエカテリーナ・マカロワとエレーナ・ベスニナのペアが奮起したのでしょうか。伊達ペアは5ゲームを連取されてセットを落としました。よもやの展開でした。
 百戦錬磨いや千戦練磨?の伊達選手をもってしても、一度傾いた試合の流れを押し戻すことは出来なかったのでしょうか。

 クルム伊達公子選手は、既に「女子テニスの伝説」です。生きる伝説をリアルタイムに観ることが出来る幸せを感ぜざるを得ません。
 長野県佐久市スエトシ牧場に飼育されているサラブレッド・シャルロットが、シンザンの持つ日本国内のサラブレッド最長寿記録35歳3か月11日を、8月26日に更新したと、8月29日に報じられました。

 いくつかの日本最高記録を持つシンザンですが、そのひとつが破られたのです。

 正直に言って、シンザンの記録の中で最後まで破られないのではないかと考えていた最長寿記録更新の報には、少し驚きました。

 現在に比べれば、衛生面、栄養面、医療面、生理学の発達面等々で遥かに劣る1964年・昭和39年の三冠馬であるシンザンは、35歳3か月以上の長寿を全うした訳ですが、その後日本のサラブレッドを取り囲む環境が改善の一途を辿った状況下、毎年7千頭~1万頭のサラブレッドが誕生し続ける中で、21世紀に入って10年以上を過ぎても破られなかった記録ですから、これは不滅であろうと思っていたのです。

 そこに、突然の報。

 シャルロットは北海道新静内町生まれ。「アローハマキヨ」の競走馬名で地方競馬に出走し61戦2勝。1985年に競走馬を引退したのだそうです。
 2003年からスエトシ牧場に来たそうですが、長野県佐久市の標高1000mを越える高原での生活が良かったのでしょうか。

 シャルロットと言えば、女性の帽子に見立てた洋菓子を思い出しますが、本当にほのぼのとさせられる良いニュースでした。

 サッカーの国際親善試合、日本代表VSウルグアイ代表のゲームが9月5日札幌ドームで行われ、ウルグアイ代表チームが2-0で勝ちました。
 新生日本代表チーム・アギーレジャパンとしてはデビュー戦を飾れなかった形ですが、ゲーム内容は悪くなかったと感じました。

① 積極的に競り合う姿勢が観られたこと。

 日本代表の選手達には、終始「ボールに働きかける姿勢」が存在しました。ワールドカップ2014・ブラジル大会代表メンバーを主体とした、世界ランキング6位の強豪ウルグアイチームに対して、アギーレジャパンは全く臆することなく局面局面で競り合いを続けたのです。

 結果としてゲームは、プレーヤー同士の距離が近く、ごちゃごちゃした様相を呈し続けましたが、サッカー本来の在り様を感じさせました。「ボールを奪い合うこと」がサッカー本来の姿なのでしょう。

 相手ボールになると、アギーレジャパンのメンバーは積極的にボールに働きかけましたから、ウルグアイも自由にボールを支配することが出来ず、良い形の攻撃が出来ませんでした。アギーレジャパンの2失点はいずれも、守備陣の単純なミスからのもので、完全に崩されてからのものではありませんでした。

 試合後アギーレ監督は「90分間戦い続けたことが良かった。」とコメントしていましたが、全くその通りでしょう。この姿勢は、過去5~6年間の日本代表チームには見られなかったものだと思います。例えば「相手チームのボールになったら、抜かれることを警戒して競り掛けることは避け、ずるずると後退するサッカー」とは全く違うサッカーが展開されたのです。

② 新しい代表メンバーが活躍したこと。

 フォワードFWの皆川選手や武藤選手、ミッドフィールダーMFの田中選手(初召集では無いものの久しぶり)、ディフェンダーの坂井選手等々、新しく選ばれたメンバーが持ち味を発揮しました。

 確かに、坂井選手のミスからの失点もありましたが、失点の前も後も坂井選手は良く動き、守備陣の要としての役割を演じ続けました。好プレーよりもミスの方が記憶に残ると言われます。坂井選手にとっては、とても貴重な経験となったことでしょう。

 田中選手もボールを保持し前進するプレー、そして時折シュートを放つなど持ち味が出ていました。もっとシュートを打っても良かったとさえ思います。ウルグアイ相手では、得点のチャンスはなかなか生まれないのですから。

 皆川選手も豊富な運動量が目立ちました。日本代表チームとしては待望の大型FW。ヘディングシュートはもちろんとして、ポストプレーにも持ち味が発揮できそうです。日本代表チームに、新しい攻撃フォーメーションを齎してくれるかもしれません。

 武藤選手のミドルシュートは、このゲームで日本チームが最も得点に近づいた瞬間でした。相手のパスをカットし思い切ったシュートを放ちました。左のゴールバーを直撃した惜しいシュートでしたが、溌剌とした動きは切れていました。

 新メンバーはいずれも、全く腰が引けること無く積極的にプレーしていました。この姿勢がとても良かったと思います。

③ 攻撃の構築はこれから。

 一方で、岡崎選手・本田選手・長友選手といった、これまでの日本代表チームのメンバーを主体とした攻撃陣の動き、攻撃フォーメーションについては、これからというところでしょう。

 特に、岡崎選手にボールがなかなか出ませんでした。ゲーム前半の中盤からは、岡崎選手がボールを欲しがり、ペナルティーエリア外まで出て行ってボールを獲得・保持するシーンが再三見られました。

 「チーム全員で常に相手ボールに働きかける」という点からは、良いプレーなのでしょうが、岡崎選手の持ち味は、ペナルティーエリア内・ゴールエリア内でのプレーで活きるのですから、こうした形では日本チームの得点力は半減してしまいます。

 とはいえ、相手は「堅守速攻」をDNAとするウルグアイです。世界中のどんな代表チームでも、容易に得点できる相手ではありませんから、無理もないところだとも思います。
 本田選手や岡崎選手がボールを持った瞬間に、必ず2人以上のプレーヤーが囲むというプレー振りが徹底されていました。さすがにワールドカップ優勝2回を誇る南米の強豪ウルグアイという感じであり、「良いチームをデビュー戦の相手に選んだ」というところでしょう。

 このゲームについては「攻撃の意図が見えなかった」との指摘が当然に出て来るものとは思いますが、アギーレジャパンはまだ発足して1か月ですから、こうした点はどんどん改善されていくことでしょう。

 新生日本代表チームは良いゲームを魅せてくれたと、私は思います。

 前半、ウルグアイのエースで世界屈指のフィジカル系FW・カバーニ選手が日本ゴールに迫りました。決定的な得点機であり、この形になってしまえばカバーニ選手がゴールを奪うのは確実と見えた瞬間、横から凄いスピードで迫っていた本田選手がカバーニ選手のボールに一瞬早くタッチし、ボールを弾きだしました。

 「全員で攻守に良く走り、常にボールに対して積極的に働きかける」という、アギーレジャパンのサッカーを象徴するシーンでした。

 アギーレジャパンは良いチームに成長して行く予感がします。今後の活躍が、とても楽しみです。
 東京六大学野球の2014年秋季リーグ戦が9月13日に開幕します。
 歴史と伝統を誇るリーグ戦ですが、気になることがひとつ。東大の連敗が続いているのです。

 2014年春のリーグ戦も全敗して、76連敗となりました。1度のリーグ戦で引き分けが無く負け続けるとすると、各校と2試合ずつ5校との対戦がありますから、計10試合・春秋のリーグ戦がありますから年間20試合。76連敗するため?には、3年半以上負け続けなければならないことになります。

 これは、大変残念な状況ということになります。

 例えば、日本プロ野球2013の結果を見てみます。
 セントラルリーグは巨人が優勝、84勝53敗7引分で勝率は0.613。セリーグの最下位はヤクルトで57勝83敗4引分・勝率0.407。
 パシフィックリーグは楽天が82勝59敗で優勝し、勝率は0.582。最下位は日本ハムで64勝78敗・勝率0.451。となっています。

 つまり、2013年シーズンのセントラルリーグで圧倒的に強かった巨人でも、10試合を戦うと6勝4敗ペース、大差の最下位であったヤクルトでも4勝6敗です。
 この例から見れば、0勝76敗というのは異常な?事態と言えます。

 もちろん、プロ野球の各チームと東京六大学リーグの東京大学を同じ土俵で論じることが出来ないのは当然のことですが、とはいえ野球という「プレーに不確実性が相当量存在するスポーツ」は「実力差が大きくとも、10度試合をすれば1度位は勝てる」ものなのでしょう。
 相当の実力差が有っても番狂わせが起こる、それも相応の確率で起こることが、人気スポーツの共通点です。野球が大人気スポーツである理由のひとつなのでしょう。

 実際、これまでの東大野球部の六大学野球における通算勝率は1割を上回っています。10試合すれば1勝以上できる実績を積み重ねてきているのです。

 そうなると、現在の76連敗というのは類希な現象ということが出来ます。

 何故、東大は全く勝てなくなってしまったのかを考えてみましょう。

① 個々のプレーヤーの実力差が大きいこと(ただし、このことは76連敗の根本原因ではありません)

 東大以外の5大学の野球部には、高校時代の甲子園大会出場経験者を始めとする「実力・経験とも十分なプレーヤー」が集まっています。歴史と伝統・格式を誇り、全国の大学野球界で最も有名なリーグ戦なのですから、当然のことでしょう。

 一方、東大にはスポーツ推薦といった制度がありませんから、高校時代に野球に打ち込み、日本トップクラスのスキルを身に付けたプレーヤーが少ないことは止むを得ないと思います。
 もちろん、甲子園大会に出場したプレーヤーが東京大学の入学試験に一概に合格できないとは思われませんが、その人数は限定的なものでしょう。

 個々のプレーヤーの力量に大きな差が有れば、チーム力にも反映されますから、東大野球部はリーグ戦において苦しい戦いが続くことになります。

 とはいえ、過去の戦績、特に1980年代には「赤門旋風」と呼ばれた時期が存在しました。1981年春のシーズンには、早大と慶大から勝ち点を挙げるという活躍を見せるなど、1986年にかけて、東大野球部は勝ち点こそ取れませんが、勝ち星は挙げるというシーズンが、数多く存在したのです。

 東京大学の受験が難しいという事実は、程度の差こそあれ1980年代も現在も大差は無いと思われますので、この「個々のプレーヤーの実力差」は1勝10敗の要因ではあっても、76連敗の根本原因では無いことは、明白でしょう。

② 勝つための工夫が足りないこと

 このことが最大の要因ではないでしょうか。
 厳しい書き方で恐縮ですが、「実力が劣るチームが強いチームに勝つために何をしなければならないか」を考え、対策を立案し、実行する力が、「過去の東大チームと比較して不足」しているのかもしれません。

 東大野球部を語る時「頭が良いことは分かっているのだから、戦法を考え出して実行していきたい、実行することで試合に勝てる」といった論調が時々現れます。こうした見方・考え方自体に問題が有るように思います。

 受験脳と野球脳とは異なる物でしょう。受験に強い頭だからと言って、どのように野球をプレーして行ったら良いかを考えて実行する能力が高いとは限りません。ボールやプレーに対する反応の速さや、3次元で的確に戦況を把握する能力が、野球脳の一部ということになります。 
 当然ながら、甲子園大会出場経験者は極めて高い野球脳を保持していると言って良いでしょう。

 では、どうしたら1勝を挙げることが出来るのでしょう。

[第一段階] 得点すること

 例えば、四球とエラーで無死あるいは一死1・3塁というチャンスが生まれることは、野球の試合において珍しいことではありません。ノーヒットで得点を挙げることも良くあることです。また、当たり損ねのフライが内野手の頭を超えてヒットになることも、たびたび目にします。パスボールや暴投から失点することもあります。

 野球というのは、そういうスポーツなのであり、それが野球の面白さのひとつなのです。どんなに凄い投手でも、思わぬ失点を喫することがあるのです。
 攻撃においては、こうしたチャンスを高い確率で物にしていくこと、そして「先取点を挙げること」「僅少得点差の試合を展開すること」が重要でしょう。

 連続ヒットなど考えず、とにかく得点していくこと、これが第一歩になると思います。野球は優勢勝ちや判定勝ちが無いスポーツです。10安打で0点のこともあれば、ノーヒットで得点することもあるのです。

 そして、0得点では絶対に試合には勝てません。

[第二段階] リードを守るピッチングと守備

 第一段階で先取点や僅少差に追い付く得点を挙げたら、その差を維持するピッチングと守備が大切です。逆転を狙い、力んで振り回してくる相手打者を、打たせて取っていくのです。僅少差の状態で試合終盤まで来れば、思わぬ逆転の可能性が広がるのです。

 投球においては2種類以上の変化球が必要でしょう。そして、2シームのストレートも有効だと思います。
 打ち気に逸る打者を手玉に取るピッチング、1960年代の新治伸治投手(東大野球部初のプロ野球選手)や井手峻投手(同じくプロ野球選手)ほどの投球は出来なくとも、十分に、1つのリーグ戦11試合で1勝できる投手陣の構築は可能でしょう。

[全体として] 相手チームが嫌がるプレーを続けること

 体力・体格・運動能力面で劣後し、野球脳の面でも敵わないかもしれないとなれば、相手チームが嫌がるプレーを続けていくしかありません。格好良いプレーをする余裕など無いのです。
 投手陣が年に一度の好投を展開した試合において、あらゆる戦術を行使して得点を挙げることが出来れば、「相手チームの焦りを誘う」ことに繋がります。相手が焦る状況を創り出していくのです。

 採用していく戦法・プレーについては、100年以上の歴史を有するスポーツなのですから、先達たる「野球の天才」諸兄が、ありとあらゆる戦法・プレーを創造し、実行してきていることが明らかですので、それらの中から自分達の能力・個性に合ったものを選択し、組み合わせて行くのでしょう。
 新しい戦法・プレーを生み出すことにエネルギーを注ぎ込むより、余程効率的で効果的だと思います。

 また、東京六大学野球の歴史を見ると、東大に弱いチームと強いチームがあると思います。
 強いのは明治大学、確か明大は東大に100連勝以上していると思います。個別校同士の対戦では、年間最大4連勝しかできないのですから、100連勝というのは25年の月日を要します。明大は、25年・四半世紀以上東大に負けていないのです。おそらく、明大は東大相手に全く焦らないチームなのでしょう。

 一方、意外に弱いのが早稲田大学です。早大は、前述の1981年春のシーズンに慶大と共に東大に勝ち点を許すと、同年秋のシーズンには単独で再び勝ち点を許しています。2シーズン連続で東大に負け越し、1年間で東大に4敗したのです。
 その後も、東大の連敗記録を止める?ことが多いのが、早大だと感じます。早大は東大相手に焦り易いチームなのかもしれません。

 東京大学野球部は「相手の嫌がるプレーを連発し、最少のヒット数で得点し、相手の焦りを誘って凡打の山を築く」野球で、不名誉な記録に終止符を打たなければなりません。1度のリーグ戦で1勝挙げて行くことは、決して不可能なことではないと思います。

 そして「東大野球の勝ち方」を身に付け、ノウハウとして伝承し向上させて「1勝3敗ペースの野球」を確立できれば、今後10年の間に1981年春のリーグ戦の4位という最高成績を上回る成績を残すことは、夢ではないでしょう。

 日々努力を積み重ねている現東大野球部の皆さんに対して、失礼なことを書いてしまったかもしれませんが、「東大・六大学野球リーグで初の3位」という報道・大見出しを、是非見てみたいと思っているのです。
 ヨーロッパ競馬シーズン上半期のマイル王決定戦であるサセックスステークス2014は、7月31日に例年通りイギリスのグッドウッド競馬場芝1マイル(約1609m)コースで行われ、一番人気だったキングマン号が優勝しました。

 1841年創設という歴史と伝統を誇り、ジャイアンツコーズウェイ(2000年優勝)、ロックオブジブラルタル(同2002年)、フランケル(2011年・2012年連覇)といった錚々たる勝ち馬が並ぶこのレースに、4歳牡馬で昨年のこのレースの優勝馬トロナードと、3歳牡馬最強のマイラーと謳われるキングマンが出走してきましたから、とても敵わぬと見て他の有力馬達は回避、僅か4頭立てとなりました。

 4頭立てとはいえ、当然ながら欧州NO.1マイラーを決めるレースですから、そのレベルは最上級。
 逃げ馬不在のため、最初の1ハロン(約200m)が15秒台という超スローペース、1000mも1分9秒台と日本の安田記念などと比較すると10秒前後遅いペースでレースは進みました。

 これだけ遅いと上がりの競馬になるのは当然ですが、「その上がりが半端では無い」ものでした。
 直線に入り、逃げていたダーウィンをトロナードが捕まえに行きますが、何しろ上がりの競馬。ダーウィンも余力十分ですから、トロナードも中々抜き去ることが出来ずに並走が続きます。

 そこに外からキングマンが襲い掛かり、2頭を並ぶ間も無く交わしてゴール。
 上がり1ハロン(最後の約200m)の走破タイムは、9秒97であったと報じられました。

 「上がり1ハロンが10秒を切る競馬」というのは記憶にありません。そもそも、そんな速いタイムでサラブレッドが走れるのでしょうか。

 キングマンの勝ち時計は1分41秒75でした。例年のサセックスSの勝ちタイム・1分36秒~37秒と比較しても5秒前後遅いタイムでしたから、いかに凄まじい「上がりの競馬」であったかが分かりますが、お陰様?で「見たことも無いような絶対スピード」を魅せていただきました。

 キングマンとトロナードの比較では、絶対スピードにおいてはキングマンが勝ることが分かりました。これでキングマンは7戦6勝(G1・3勝)。現時点の欧州最強マイラーに名乗りを上げたのです。
 この両雄は今後のスケジュールとして、欧州競馬後半戦のマイル王を決めるレース・クイーンエリザベス2世ステークスを選択しているそうですので、再び激突が見られるかもしれません。トロナードとしては、緩みの無いペースのレースを目指すことでしょう。

 それにしても、日本の馬場より芝が深く重いといわれるイギリスのコースでハロン10秒を切るのです。
 サラブレッドの可能性の高さを感じるとともに、欧州競馬の奥深さをも目の当たりさせていただいたサセックスS2014でした。

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カエサルjr

Author:カエサルjr
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我が家の月下美人も16年目。同時に30個の花が咲くこともあります。スポーツも花盛りですね。一緒に楽しみましょう。

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