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 フィギュアスケート・グランプリGPシリーズの最終戦(第6戦)であり、我が国最大の大会のひとつでもある「NHK杯国際フィギュアスケート」の男子シングル・フリー演技が11月29日に行われ、村上大介選手(23歳)が見事な逆転優勝を魅せました。

 村上選手は、グランプリシリーズ初の表彰台を優勝で飾るという快挙でした。

 ショートプログラム3位でフリーに臨んだ村上選手でしたが、4回転ジャンプを2度成功させるなどジャンプが好調、スピード十分な動きで4分間を滑り切りました。

 ひとつの演技の中で2度の4回転ジャンプを決めるというのは、男子種目においても相当に難度が高いことだと思います。オリンピックや世界選手権などの大会でも、滅多に観られない高度な演技であることは間違いありません。このジャンプにおける強さは、現在の「加点式採点法」の下では強力な武器となります。
 現時点で世界一の選手層を誇る日本男子フィギュア陣に、また新たなビッグスケーターが登場したということでしょう。

 この大会を終えて、日本からは町田樹、無良嵩人、羽生結弦の3選手がGPファイナル進出を決めました。出場6選手の内3人を日本選手が占めるというのも凄いことですが、この3人に村上大介選手は入っていないのです。ある意味では、驚くべきことでしょう。

 ソチ・オリンピックを契機に、世界のフィギュアスケート・シングル種目の勢力図は一気に大きく変わりました。
 男子は日本、女子はロシアが圧倒的な選手層を誇る時代に突入したのです。

 1年前の今頃は、男子は世界選手権3連覇中のパトリック・チャン選手(カナダ)が絶対王者に君臨していましたし、女子はキム・ヨナ選手(韓国)と浅田真央選手が覇権を争っていたのです。
  
 スポーツに限ったことではないのでしょうが、時代は常に動いている、それも相当速く動いていることを、改めて認識させられる「大変動」です。
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 日本高校野球連盟は11月27日に、来年の春季地区大会で全国一律に「タイブレイク制」を導入することを決めたと発表しました。

 ご承知のように、春季地区大会は甲子園大会に繋がる大会ではありませんけれども、我が国の高校野球において全国規模で開催される大会(全国を9地区に分けて各々の地区で優勝を争う大会)において、タイブレイク制が一律に(これまでは、関東大会と北信越大会の2大会で実施済み)導入されることとなったのは、大きな変化でしょう。

 もちろん、こうした改革には現場の反対も強く、甲子園大会に直結する地方大会における導入には、まだまだ厚い壁があるのでしょうが、中には「不慣れ故の反対」「知らないが故の反対」も存在するでしょうから、こうした形で現場の監督・コーチ・選手がタイブレイク制に触れる機会を創り出していくことで、より一層の普及や我が国の野球文化によりマッチした制度の構築にも繋がることだと思います。

 今回の検討においても
① 投手の投球回数や球数制限
② タイブレイク制
 の2タイプの改革案が提示され、②がようやく一部に取り入れられた形です。我が国では①のやり方は支持されなかったことになります。

 高校野球の「短期間大会における選手の健康管理」を目的とした改革は、ようやく緒に付きました。今後、どのようにノウハウが蓄積され、どのような形に落ち着いて行くのかは分かりませんが、とにもかくにも全国で実施されるのです。

 大きな一歩でしょう。
 11月30日、東京競馬場芝2400mコースで行われるJ1ジャパンカップ競走の注目馬検討です。

 ジャパンカップを形容する言葉は「豪華絢爛」でしょうか。日本馬は、牡馬・牝馬の区別なく各世代の強豪馬が挑戦する上に、海外の強豪馬も登場しますから、レースの景色自体が普段のG1とは異なります。

 加えて、レース自体も「緩みの無いペース」になることが多く、最後の直線に来るまでに相当のエネルギーを消費していますから、本当に地力の有る馬しか前に出ることが出来ないのです。そして、ゴール前はどの馬も一杯一杯です。厳しいレースなのです。

 一方で、ジャパンカップの栄誉は極めて大きなものです。国際G1レースですから大勲章ですし、種牡馬としての価値にも大きな影響を与えます。

 「日本競馬の真の国際化」を目的として1981年に創設され、今回で第34回を迎えるレースですが、近時は日本馬が8連勝中です。欧州馬にとっては、極めて固い馬場がネックとなっているのでしょう。日本馬が強くなったこともあり、「容易なことでは勝てない」との認識が海外陣営の間で一般化してしまい、凱旋門賞などの大レースで好走した馬の挑戦がめっきり減ったことも、日本馬連勝に弾みを付けています。

 さて、そうした中で今年も18頭のフルゲートとなりました。日本馬のメンバーも文字通り「豪華絢爛」なものです。
 現在の日本競馬の最強メンバーといっても良いラインアップは、観ているだけで楽しくなってしまいます。今回も、日本馬優位は動かないでしょう。

 大半が実績馬というレースですので、いきなり注目馬を挙げることにします。

 第一の注目馬は、2枠3番のジェンティルドンナ。前走のG1天皇賞(秋)は、ゴール前よもやのスピルバーグの急襲に遭って2着でしたが、3歳の強豪イスラボニータを競り落とした強さは、「敗れてなお強し」を印象付けました。

 このレースを2連覇してきていることを観ても、東京コースへの適性は折り紙つきですし、3歳時の頃のような切れ味が影を潜めた分、ゴール前の粘り強さが備わった感じですので、このメンバーでも「軸馬」として、十分に期待できます。

 第二の注目馬は、8枠16番のフェノーメノ。G1天皇賞(春)を連覇していることからスタミナ勝負はもってこい。前走の大敗は久々が響いたことと、この馬には2000mは短かったと見ます。
 
 第三の注目馬は、3枠6番のハープスター。前走G1凱旋門賞は、日本馬の中では最も良く伸びましたが、力負けの6着でした。とはいえ、ロンシャン競馬場の直線で一度は見せ場を作ったことは、日本から遠征した3歳牝馬として上々であったと思います。

 最後方直線一気のレース内容からして意外なことに、これまで凱旋門賞以外の7戦は5勝2着2回と連を外していない安定感も魅力。世界最上級の舞台でもまれ、3歳秋の本格化の時期を迎えたという形ですから、ジェンティルドンナとの一騎打ちも期待できるのではないでしょうか。

 ジャスタウェイには少し距離が長く、イスラボニータにはレース内容が厳しすぎるでしょう。スピルバーグは、前走・天皇賞(秋)の勝ち方が鮮やか過ぎて、展開がドンピシャであった印象です。スクリーンヒーローのような鋸の押し切りのような力強さから生まれる、展開に左右されない走りは難しいのではないでしょうか。
 他の出走馬の中では、「エピファネイアの一発」が少し気にはなります。

 ジャパンカップ2014では、上記の3頭に注目したいと思います。
 素晴らしいメンバーによる、「豪華絢爛」なレースが展開されることでしょう。

 Jリーグが来季から導入する新しい仕組みについては前稿で書きましたが、もうひとつ、Jリーグに是非導入いただきたい仕組みがあります。

 それは「反則自動判定」システムです。

 サッカーの試合においては、時折「極めて悪質な反則」が行われます。それは反則を受けたプレーヤーの選手生命にかかわるものであったりします。

 こうした反則に対しては、過去から一貫して防止策やペナルティの強化が進められてきたのですが、いまだに無くなっていないのが現状です。

 記憶に新しい、ワールドカップ2014ブラジル大会における、ブラジル代表プレーヤー・ネイマール選手に対して行われた「背中への飛び膝蹴り」や、ロンドン・オリンピック2012における日本代表プレーヤー・永井謙佑選手に対して行われた「後ろからの太腿に対するキック」などは、ネイマール選手の背骨骨折、永井選手の太腿大怪我という結果に結び付き、両選手とも、その試合で即座にでピッチを後にするとともに、回復に長期間を要しました。

 「意図的で相手プレーヤーに大きなダメージを与える反則」は、絶対に根絶しなくてはなりません。これは、もはやスポーツではありません。

 現状、試合における反則は審判団が判定しています。主審と副審がチームとなって、反則を見逃さないようにしているのですが、こうした悪質な反則は「審判の眼の届かないところ」で行われることも多いのです。

 加えて、「その行為が、意図的なものか、プレーの流れの中にあるものか」の判定は、極めて難しいという側面もあります。
 もちろん「プレーの流れの中」で行われていようと、反則は反則なのですが、それが意図的であったかどうかによってペナルティの程度が違うのですから、見極めが必要になるのです。

 私は、悪質な反則によって幾多の素晴らしいプレーヤーがピッチを後にしてきたことを考慮する時、こうした反則は絶対に根絶して欲しいと思います。

 そこで、新システムの導入を検討いただきたいのです。

 現状の「ゴール判定」システムや来季から導入される「トラキャプ」システムの有り様を観ると、「ひとつのプレーに対して複数の映像が得られる」ように観えます。
 こうした技術を応用して、「プレー中の個々のプレーヤーを、常時3方向・4方向から映像で補足し続ける仕組み」を構築し、反則かどうかの判定に利用するということです。

 「蹴り」「肘打ち」「足踏み」「体当たり」「頭突き」「引き倒し」「押し倒し」等々、大きな怪我を誘発しかねない様々な反則について、多方向からの映像により判定を下すのです。見えない角度からの映像情報を利用して審判団が判定するという仕組みは、例えばNFLやMLBでは既に導入されていて、判定の厳密性向上に効果を挙げています。

 こうした仕組みが、まだサッカー競技に導入されているという話を聞かない理由も、いくつか挙げられそうです。

① サッカー競技は「試合の流れ・連続性」を大切にするスポーツであること

 例えば、ワールドカップ2010南アフリカ大会のイングランド対ドイツのゲームで、イングランドのランパード選手が放ったシュートは、大きくゴールインしていました。ボールがゴールラインの少し内側に入ったというのではなく、1m近く入っていましたが、そのボールがゴール内で跳ねて、その1バウンド目でゴール外に大きく飛び出してしまい、審判団の判定は「ノーゴール」となりました。
 ランパード選手は頭を抱えていましたが、ゲームが続行されていますので、抗議することも出来ません。

 サッカー競技というのは、ボールがラインを割るなどして、審判の笛が吹かれない限り「インプレー」なのです。従って、抗議や協議のタイミングがありません。
 打者が1人ずつバッターボックスに入り、3アウトで好守が交替するベースボールとは、全く異なる構造のスポーツなのです。

 こうしたサッカー競技の特質と、前述の「反則自動判定」システムは、なかなか馴染まないでしょう。
 インプレーであれば、選手も審判も当該システムの画面を観る暇がありません。

 もちろん、審判団が反則を見つけ、その反則を詳細に点検するということに対しては、このシステムが有効ですが、最も発見したいと考えている「審判が見つけられなかった反則」「審判に隠れて行った意図的な反則」の、当該システムによる発見・指摘を行うタイミングが難しいのです。

 例えば、当該システムの画面を見続ける「第五の審判」を導入したとして、第五の審判が反則を発見したとしても、そのことを伝え、試合を止めるタイミングが難しい。

 インプレーのサッカーの試合が、突然外部からの指示・警報により中断されるというのは、なかなか想像しにくいシーンであり、サッカー競技には馴染まない感じがします。

② 反則を受けた側の演技もサッカー競技の一部となっていること

 「重度の反則を受けたようには見えないのに、長々とピッチに横になる」とか「大袈裟に痛がる」といったシーンは、サッカーの試合でよく見られます。
 
 こうした「演技」というか、「ペナルティ誘発行為」「遅延行為」に対しても、これまで一貫して対応策が検討され、実施されて来ました。例えば、倒れている選手に対しては「直ぐに担架を用意して、当該プレーヤーをピッチの外に運び出す」といった方策です。

 しかし、いまだにこうした演技を根絶することが出来ないばかりか、ロスタイムに入った時などには、勝っているチームにとっては「有効な戦術」と言わんばかりの遅延行為としての演技や、得点を挙げるためのペナルティーキック獲得に向けた演技などが、時折見られます。

 加えて、例えば「倒れ方が上手いプレーヤー」も存在するのですから、これも技術の内いう見方もあるのでしょう。

 「反則自動判定」システムの導入に対しては、以上のような大きな障害が存在しています。「ぶつぶつと切れるゲームは観たくない。サッカーでは無い。」という見解が、その最たるものでしょう。
 しかし、「悪質な反則からプレーヤーを守る」という大目標は、何としても達成しなければなりません。サッカー競技の将来の為にも、悪質な反則は絶対に根絶しなければならないでしょう。

 「ゴール判定」システムが導入され始めた以上、「反則自動判定」システムが導入される可能性はあるのです。 
 そして、Jリーグには世界に先駆けての導入を期待したいと思います。

 日本代表チームの実力に対しては、世界中から様々な意見が出されることでしょうが、日本代表チームがフェアプレー精神溢れるチームであることは、世界の統一的な見方であろうと思います。
 その日本代表チームの礎となっているJリーグは、世界初の「反則自動判定」システム導入リーグとなるのに相応しいと思うのです。
 Jリーグが来季から、最新の映像技術を応用した、選手とボールの動きを補足してリアルタイムにデータ化するシステムを導入すると発表したと、11月20日の日本経済新聞・朝刊スポーツ面で報じられました。
 このシステムは、スウェーデン・カイロンへゴ社の「トラキャプ」というシステムとのこと。欧州の主要リーグやチャンピオンズリーグで導入済みの仕組みです。

 適用される試合は、J1の全306試合とナビスコカップや天皇杯といったカップ戦が予定されています。

 より客観的で精緻なデータをリアルタイムに入手できることは、サッカーを行う立場、そして、観て楽しむ立場の両方に大きな影響を与えそうです。おそらく、導入前の現時点で推測するより、遥かに大きな影響を与えるだろうと感じますし、J1リーグの監督・コーチにとっては、「いかに早く当該データをチーム強化に活かして行けるか」の手腕が問われることとなるでしょう。

 こうしたデータをゲーム造りに活かすというのは、予想より相当に難しい事の様に思います。
 各プレーヤーの走った距離や速さが分かったところで、「どれだけ効果的に動いているか」「戦略的な働きが出来ているか」といった観点からのデータは、簡単には取れないであろうと考えられるからです。
 こうした観点無しに、例えば単純な例として、「運動量のデータのみを盲信し、長く走って運動量が多い選手の方が良く働いている」などという評価を行うようであれば、全く的外れでしょうし、有害でさえあるでしょう。

 プレーヤー個々の特性・強みやポジションの違い、戦法の違い等を加味した上で、新しく得られるデータを活用するというノウハウの確立には、相応の時間が必要なのではないでしょうか。

 こういう時こそ、すでに導入済みの欧州に行って、可能な限りそのノウハウの習得に努めるのは有効な施策であると考えます。おそらく、調査・研究というのは、そういうことを指すのです。
 新データを活用できるまでの所要時間を、例えば、1年間から半年間・3か月間に短縮することは、来季の監督・コーチの重要な責務であり、チームの成績に直結する仕事とも言えそうです。

 最新技術を活用して、どんなに詳細なデータがリアルタイムに入手できるようになったとしても、そのデータを活かすも殺すも、データの使い手の能力次第という状況は、昔も今も全く変わらないことなのでしょう。
 以前から話題になっていたことですが、11月8日の「NEVERまとめ」のページに、3人の卒業文集が「まとめて」載っていました。とても興味深いものでした。

 一部を転記させていただきます。各々の卒業文集の頭書部分です。

[本田圭佑選手]

 ぼくは大人になったら、世界一のサッカー選手になりたいと言うよりなる。
 世界一になるには、世界一練習しないとダメだ。
 だから、今、ぼくはガンバッている。
 今はヘタだけれどガンバッて必ず世界一になる。
 そして、世界一になったら、大金持ちになって親孝行する。
 Wカップで有名になって、ぼくは外国から呼ばれてヨーロッパのセリエAに入団します。そしてレギュラーになって10番で活躍します。
(以下、省略)

[イチロー選手]

 ぼくの夢は、一流のプロ野球選手になることです。そのためには、中学、高校でも全国大会へ出て、活躍しなくてはなりません。活躍できるようになるには、練習が必要です。その練習にはじしんがあります。ぼくは3才の時から練習を始めています。3才~7才までは、半年位やっていましたが、3年生の時から今までは、365日の中、360日は、はげしい練習をやっています。
 ・・(中略)・・・そんなに練習をやっているんだから、必ずプロ野球の選手になれると思います。
 (以下、省略)

[石川遼選手]

 ・・(今後の目標を挙げて)・・・これを目標にしてがんばります。最後のマスターズ優勝はぼくの夢です。それも二回勝ちたいです。みんな(ライバル)の夢もぼくと同じだと思います。でも、ぼくは二回勝ちたいので、みんなの倍の練習が必要です。
 みんなが一生懸命練習しているのなら、ぼくはその二倍、一生懸命練習しないとだめです。ぼくはプロゴルファーになって全くの無名だったら、「もっとあのときにこうしていれば・・・」とか後悔しないようにゴルフをやっていこうと思います。
 (以下、省略)

 3人のスーパースターの卒業論文は、どれも素晴らしいものです。
 そして、3人とも自らの夢を相当部分実現していることについても、驚かされるばかりです。

 この3つの卒業文集を読んで、共通していると感じることがあります。

 それは「練習の重要性・必要性に対する強い意識」です。

 本田選手もイチロー選手も石川選手も、夢の実現のためには練習が必要だと書き、イチロー選手は「既に猛練習をやっている」と書いています。

 私などは、「こうなりたい」という夢を描くことは出来ても、その為に「練習が、他の人に倍する練習が必要だ」とは、小学校6年生の段階では書けなかったと思います。

 そして、本田選手・イチロー選手・石川選手といった、間違い無く才能豊かな選手、分かりやすく言うと「天才プレーヤー」にして、小6の段階で「練習の必要性・重要性」を驚くほど強く認識していることに、驚かされるのです。

 例えば、「ぼくはサッカー(あるいは野球・ゴルフ)が他の人よりうまいと思う。だから、日本一・世界一を目指してがんばる。」といった文章が書かれていても、何の不思議も無いと思うのですが、3人の文章のどこにも、そうした内容は存在しません。

 本田選手などは「今はヘタだけれど・・・」と書いています。そして「世界一練習しないとダメだ」と記するのです。何だか、とてつもなく凄い小6だと感じます。

 この3人は、本能的に「練習は裏切らない」という概念を身に付けているのか、「練習だけが確かな道標」だと、12歳時点で悟っているかのようです。

 もちろん、この3人のような世界的プレーヤーになるためには、当該競技に関する大きな天賦の才が必要なことは間違いないのでしょうが、この3人の卒業文集と、その後の努力の継続を見るにつけ、様々なスポーツで時折聞かれる「練習できることが才能だ」という言葉を思い出さざるを得ません。

 フィジカルや感性のずば抜けた能力にプラスして、「必要なだけ、いくらでも練習できる精神力・気持ちを保持しているプレーヤーが天才だ」と言い換えても良いのでしょう。
1. 充実した土俵

 見応え十分な取組が多い場所でした。

① 各力士の動きがとても良かったこと
おそらく、体調の良い力士が多かったのだと思います。スピード十分な技の応酬は、大相撲の醍醐味です。レベルの高さを感じました。体調十分な力士が揃うことが、プロスポーツとしての大相撲にとって、とても重要なことなのでしょう。

② 個性豊かな取り口が目立ったこと
各々の力士が「自分がやりたい相撲を展開」していました。結果として、とても面白い取組が展開されたのです。「互いに譲ることが無い自己主張の激突」は観客にとって最高の贈り物です。

2. 横綱・白鵬関の32回目の優勝

 何と言っても最大の話題でした。6日目に高安に負けましたが、場所後半に調子を上げて千秋楽にピークを持ってくるところは、まさに第一人者の面目躍如たるところです。

3. 旭天鵬関が10勝5敗の好成績で敢闘賞受賞

 40歳2か月の勝ち越しも3賞受賞も、史上初めての快挙。土俵に上がるたびに「史上初」の記録が積み上がる感じですが、今場所は9日目まで8勝1敗で優勝争いに加わるなど、元気一杯でした。

 敢闘賞受賞インタビューで「別に40歳とか年齢は気にしていない」と笑顔でコメントしていました。素晴らしい力士です。

4. 栃ノ心関が11勝4敗で敢闘賞受賞

 久し振りに幕の内に帰ってきた栃ノ心が見事な相撲を披露しました。十両以下とは違う、幕の内のスピードや各力士の個性豊かな取り口に、少し戸惑っていたところもありましたが、それでも11勝です。

 立合いを磨き、自分の形の四つ相撲に持っていける取組が増えれば、もっと星が上がることでしょう。

5. 碧山関、魁聖関の健闘

 2人のヨーロッパ出身力士が力を付けました。見事な場所であったと思います。

 碧山は、初の関脇でしたが勝ち越しました。横綱・大関・小結そして充実した幕の内上位陣を相手に勝ち越すことは、容易なことではありません。力が無くては出来ないことです。
 ついに「碧山の相撲」を物にしたように感じます。太い2本の腕でグイグイと押して行く相撲は、これからも上位陣の脅威となるでしょう。横綱が相手でも全く怯む様子が無いところが、最も良いと思います。この相撲を磨いて行けば、大関昇進も夢ではないでしょう。

 魁聖は、惜しくも7勝8敗でしたが、こちらも連日素晴らしい相撲を披露しました。幕の内上位の力が身に付いたのです。まだ三役経験が無いというのは意外な感じですが、近いうちに実現すると思います。

6. 遠藤関が二桁勝利

 場所後半の遠藤の相撲は見事でした。「相手のパワーをまともに受けない相撲」が取れていました。立合いでしっかり当たり、素早く左右に重心を移動させることで、相手力士のパワーを交わすと共に、斜め横から密着して、自分の相撲を展開しました。

 立合いの当たり・前に出る力も、これまでより強くなっていたと思います。また、後半戦では「軽い張り手」を多用していましたが、張り手の威力に期待していたというよりは、自らの相撲のリズムを取っていたように観えました。

 遠藤については、一気に幕の内上位に進出したために、そのパワー差に圧倒されていた場所が続いていましたが、ついにノウハウを得たというところでしょうか。今後が、とても楽しみです。
 
7. 高安関が2横綱を破って殊勲賞

 初日から良い相撲を見せましたので、記事にも書いたように期待していましたが、見事な場所でした。
 特に、前に出る力が強くなったところが素晴らしいと思います。

 旧鳴門部屋のルールに背いて?、他の部屋に出稽古、特に横綱・日馬富士の部屋には泊まり込みで稽古したと伝えられましたが、見事な恩返しでした。
 もともと押し・突きの強さには定評があるところですから、今後も積極的に出稽古に取り組んでいただき、色々なタイプの力士の相撲を感じ取って、対抗策を立案・実行すれば一層良い相撲が取れると思います。

 役力士、幕の内上位の力士は、例えば「重心の動き」ひとつでも、それぞれ独特なものがあります。だから、その位置で相撲を取り続けることが出来るのでしょう。その微妙かつ独特な「重心の動き」は、相撲を取って肌で感じなければ、分からないことなのでしょう。

8. なんとか勝ち越した逸ノ城関

 場所前の帯状疱疹による稽古不足が響いたのでしょうか、初日・2日目の相撲は、酷いものでした。
 特に立合いが高く・弱く、関脇のレベルには程遠い相撲でしたので、これでは大負けするなと感じましたが、場所が進むにつれて少しずつ改善し、何とか勝ち越したのは、逆に地力の高さを示したものと言えるでしょう。

 ご本人も十分に認識しているとのコメントが紹介されていましたので、初場所に向けて大いに稽古していただきたいと思います。

9. 大関・豪栄道関と琴奨菊関の不振

 これはとても心配です。
 両大関とも負け越してしまい、来場所はカド番となります。

 心配なのは星勘定では無く「相撲の内容」でしょう。

 今場所の豪栄道の相撲には「二の矢」がありませんでした。立合いから自分の形を作り攻撃するのですが、その一次攻撃が止められると、ずるずると相手ペースとなり、そのまま負けるという取組が多かったと感じます。一次攻撃後の体勢確保とともに、二次・三次の攻め口も考えておく必要がありそうです。
 加えて、土俵際の詰めの甘さも目立つ場所でした。もともと「勝ったと思うのが早いタイプ」の力士であり、土俵際で脚が伸びてしまうタイプの力士ですが、調子が悪かった今場所では一際目立ったということでしょうか。

 一方で、横綱・白鵬や鶴竜との取組では、両横綱共はたき込みで勝負したように、豪栄道の力をいかに警戒しているかが分かる内容でした。今場所の豪栄道の調子がもう少し良くて、両横綱の動きにあと50cm付いて行ければ、両方とも勝つ可能性が有った取組でした。豪栄道のスピードと前に出る力は、横綱も嫌がるレベルであることは間違いありません。

 一方の琴奨菊は、立合いの当たりと前に出る力が不足していました。特に、当たりの角度が少し上向きであったことと、当たった後に脚が出なかった感じがします。見た目には「立合いの粘り強さが不足」していたということでしょうか。

 もともと「低い押し一本」で大関に上がった力士ですから、立合いを磨き直していただきたいと思います。

 実力十分の両力士ですから、カド番については大丈夫でしょうが、幕の内上位陣の充実振りは半端な物ではありませんから、調子を整えて1月場所に臨む必要があります。

 以上、2014年11月場所の感想でした。勝手なことばかり書いて恐縮です。

 いずれにしても頭書の通り、とても面白い場所を魅せていただきありがとうございました。

 来たる2015年の大相撲は、引き続き優勝を重ねて行こうとする大横綱・白鵬に、他の力士がいかに挑んでいくかという構図になるのでしょう。逸ノ城、照ノ富士、栃ノ心、碧山、遠藤などがチャレンジャー候補でしょうか。そうすると、2015年は「ノ」が付いた力士の活躍が期待される年と言うことになるのかもしれません。

 そして、このところいつも書くことで恐縮ですが、是非日本出身力士の優勝を見てみたいものです
 千秋楽の横綱鶴竜との対戦は、別次元の強さでした。

 圧倒的なスピードと自在な取り口は、相手力士は勿論として、見る者すべてを圧倒したのです。

 自ら相撲界の父と仰ぐ大鵬の記録に並ぶ、32回目の優勝が決まった瞬間でした。

 優勝力士インタビューでは、まずモンゴルのファンというか国民に向けて、モンゴル語で心情を吐露しました。この横綱のインタビューには度々サプライズが有りますが、今回も例外ではありませんでした。

 大横綱・大鵬の記録に並んだことについての気持ちを聞かれ、「言葉になりません」と応え、「この国の魂と相撲の神様が認めてくれたから達成できた」と続け、「明治時代に、大久保利通と明治天皇が(大相撲を)守ってくれた。天皇陛下、ありがとうございました」と締めくくりました。

 最後のコメントは、「天皇賜杯」に対する白鵬の強い思いから発せられたものなのでしょう。あの大相撲が揺れに揺れていた時期の技量審査場所で優勝した時に、「賜杯」授与が無いと聞いたとき、「それだけは何とかならないか」と言ったと伝えられた白鵬の思いです。

 君が代斉唱の最中に涙した様子に、「32回目の優勝」への白鵬の深い思いが溢れていました。ポロポロと涙を流しながら泣くことなど、この大横綱には考えられないことでしょう。

 物理的には、横綱・朝青龍のスピンアウトや一人横綱が長かったこと等々の要因が重なり、早期の32回優勝が可能となったとも言えるのでしょうが、どんな環境であったにせよ、ずば抜けた精神面の強さが無い限り、横綱になって一度の休場も無く、史上最高の成績は残せるものではありません。

 文字通り「心・技・体」を極めた力士である白鵬に、大きな拍手を送ります。
 
 日本プロ野球機構による、2014年シーズンのベストナインが11月20日に発表されました。

[セントラル・リーグ]
・投手 菅野智之(巨人) 初の選出
・捕手 阿部慎之助(巨人) 9回目
・一塁手 ゴメス(阪神) 初
・二塁手 山田哲人(ヤクルト) 初
・三塁手 ルナ(中日) 初
・遊撃手 鳥谷敬(阪神) 5回目
・外野手 マートン(阪神) 4回目、丸佳浩(広島) 初、雄平(ヤクルト) 初

[パシフィック・リーグ]
・投手 金子千尋(オリックス) 初
・捕手 伊藤光(オリックス) 初
・一塁手 メヒア(西武) 初
・二塁手 藤田一也(楽天) 2回目
・三塁手 銀次(楽天) 初
・遊撃手 今宮健太(ソフトバンク) 初
・外野手 糸井嘉男(オリックス) 4回目、柳田悠岐(ソフトバンク) 初、中田翔(日本ハム) 2回目
・DH 中村剛也(西武) 初

 セ・リーグ9名の内6名、パ・リーグ10名の内7名の、計19名の内13名が初選出という結果でした。感想です。

① フレッシュな顔ぶれ

 全19名中13名が初選出なのですから、フレッシュな顔ぶれであることは間違いありません。NPBは「世代交代の時期」を迎えていると言っても良いのでしょう。

② 先発メンバー・打順が流動的になっている。

 いつ頃からか、ひょっとすると2005年の千葉ロッテ・バレンタイン監督の時からか、どのチームも先発メンバーが固定されなくなりました。また、打順や守備位置も流動的になりました。

 相手ピッチャーにより、毎日のように先発メンバーが変わり、ペナントレース全試合、あるいは130試合以上に先発するという選手が減少しているのでしょう。
 こうなると、「うちのチームの外野手はこの3人」といった形が決まらなくなり、結果としてベストナイン選出対象者も、流動的になってくるのでしょう。

 例えば、V9時代の巨人軍であれば、1番柴田、2番土井、3番王、4番長嶋、5番高倉、6番国松、7番黒江、8番森といった具合に、先発メンバーと打順・守備位置が概ね固定されていました。
 1960年代~1970年代には、こうしたチームが多かったと思います。

 その後、外国人選手登録の自由化やトレードの一般化といった要因も手伝って、20世紀終盤から先発メンバーが流動的になり、21世紀には140試合前後のペナントレース中に100通り以上の組合せを展開するというチームまで現れるようになったのです。
 これでは、ベストナインに多くの回数選出される選手が減るのも、無理は無いと感じます。

③ 選手寿命が短くなってきているのか?

 前述のV9戦士の多くは、長い選手キャリアを誇りました。数年で消えて行くという選手は少なかったのです。
 その時代は、他のチームでも「長く○○のポジションを張る選手」が数多くいたのです。チームの名物選手と呼ばれることも珍しくありませんでしたし、テレビ放送には対戦相手のチームであっても見慣れた選手が常に映し出されていました。

 現在はというと、「チームの骨格を成す2~3名」こそ不変ですが、それ以外の選手は、時期により、試合により、あるいは試合中でも、どんどん変わります。そして、気が付くと、出場しなくなっていたりします。
 さすがに、贔屓のチームのメンバーはフォローできるのですが、対戦相手のチームや交流戦でリーグが違うチームのメンバーに接すると、「数人しか認識できない」という事態に陥ったりします。

 「野球のやり方が変わった」という面はあるのでしょうし、人工芝グラウンドの増加に伴い怪我が多くなったのかもしれませんが、平均した選手寿命が短くなっているように感じます。

 以前なら、「ベストナイン初受賞」ともなれば、「次代の日本プロ野球を支える人材が出てきた」とされたところですが、現在では「この選手は、来年もベストナインに選ばれるのだろうか」という感想になってしまいがちです。
 各ポジションで「日本プロ野球を代表する選手」を挙げて行くことが、難しくなっているのかもしれません。

 時代が変わったと言われればそれまでですが、少々寂しい感じもします。

 11月23日、京都競馬場芝外回り1600mコースで行われる、G1マイルチャンピオンシップ競走の注目馬検討です。

 近時のマイル戦の予想は、一段と難しくなりました。
① レースの数が多い中距離レース向け血統の競走馬の層が厚くなり、重賞を何連勝もするような「圧倒的な実力馬」が少なくなってしまったこと。
② 調教技術の向上も手伝ってか、「鉄砲駆け(久々でも力を発揮すること)」する馬が増えていること。
などが、その理由かと思います。

 今回のレースにも、2歳時に阪神JFや朝日杯FSといったG1レースで好成績を残し、3歳・4歳時にG1を始めとする重賞レースで優勝している一方で、直近の1年間ほどは勝ち星に恵まれていないタイプの馬が複数居ます。
 強いことは間違いないが、「このレースで走るかどうか」の見極めが難しいのです。

 前走で好走した馬から観て行きましょう。

 まずはミッキーアイル、3歳牡馬。前走G2スワンステークスの勝ち馬です。2013年~2014年にかけての5連勝・重賞3連勝で、「次代の中距離のエース」と目されながら、6月のG1安田記念で惨敗を喫しました。
 そして、G2スワンSで復活した形です。ここまで8戦6勝と安定感抜群ですが、とにもかくにも安田記念の大敗が気になります。

 続いてはクラレント、5歳牡馬。前走G3京王杯AHの勝ち馬です。ここまで、G2・G3の重賞を6勝と、堂々たる実績馬ですが、G1レースでは3歳時のNHKマイル3着が目立つ位で、少し力が足りない感じです。

 続いてはサンレイレーザー、5歳牡馬。前走G2毎日王冠2着。重賞未勝利馬ですが、G2競走で2度目の2着でした。

 格で観てみましょう。

 まずはサダムパテック、6歳牡馬。2012年の本レースの優勝馬にして重賞5勝、皐月賞2着、菊花賞5着とG1レースでも健闘しています。2014年は6回走って、G3中京記念の1勝以外は着外です。

 続いてはロゴタイプ、4歳牡馬。2012年の朝日杯FSと2013年の皐月賞のG1レース2勝馬という圧倒的な実績を誇ります。世代最強を争った馬でしょう。しかし、日本ダービー5着以降は、走りに気迫が感じられず、2着にも来ていません。不思議なほどの不振です。

 続いてはトーセンラー、6歳牡馬。2013年の本レース勝ち馬にして、重賞3勝。天皇賞(春)2着と距離の自在性も感じさせる戦績です。2014年は、6月のG1安田記念で大敗しましたが、前走のG2京都大賞典で3着と、復調気配です。

 続いてはグランプリボス、6歳牡馬。2010年の朝日杯FSと2011年のNHKマイルのG1レース2勝、重賞5勝。マイル戦での実績は抜群です。一方で、2013年6月以降は6戦して勝ち星無しです。

 本当に難しいレースですが、注目馬を挙げます。

 第一の注目馬は、8枠15番のミッキーアイル。安田記念の大敗は不可解ですが、安定感抜群ですから、軸馬でしょう。器用な脚を使いますので、勝負にはなると思います。但し、いつも末が甘いので、2着になる可能性も十分あります。

 第二の注目馬は、5枠10番のロゴタイプ。クラシックホースがこのまま消えて行くとは思えませんので、ここはルメール騎手の好騎乗による復活に期待します。

 第三の注目馬は、7枠13番のトーセンラー。来れば来るし、来なければ全く来ないという感じの馬です。来た時の末脚の力強さは、これは別格です。その走りを観てみたいと思います。

 今回は、以上の3頭に期待します。

 頭書の様に、マイル重賞は予想が本当に難しい時代になりました。残り50mで、アッと驚く馬が飛んでくる可能性も十分にあります。
 最近、アメリカのNFL関連記事に「モバイル・クオーターバックQBがターニングポイントを迎えているのでは?」という論調のコメントが目立ちます。

 モバイルQBとは、一言でいえば「走るQB」のことで、自身のランプレーがチームのオフェンスプレーに組み込まれているタイプのQBということになります。

 当然ながら、世界最高のアメリカンフットボール・リーグであるNFLにおいては、代わりが居ない存在としてのエースQBを故障・怪我から守るという観点から、QBが走って相手ディフェンダーなどの強烈なタックルを浴びることは極力避けるという観点から、QBがボールを持って走ること自体が少なく、プレーが上手く行かなかったために止むを得ず走る場合も、「スクランブル」といった表現で、あくまで緊急の対応としてきました。

 1970年代のNFLのQBは、スクランブルであっても走ることは滅多に無かったと記憶していますが、1980年代から90年代になると、例えばデンバー・ブロンコスのQBジョン・エルウェイ選手のように、自ら走ることでタッチダウンに結び付けるプレーを時折見せるQBが表れました。
 しかし、これとてデザインされたプレーというよりは、1番目2番目に用意されたプレーが上手く行きそうもない時に、3番目の選択肢として実行されていたように思いますから、全くのスクランブルでは無いにしても、できることならやりたくないプレーであったのでしょう。

 一方で、この頃のカレッジフットボール(全米大学フットボール)では、特に西海岸のチームを中心に、ウエストコースト・オフェンスと呼ばれる戦術が存在し、「トリプルオプション」に代表される、QBの機動力を活かしたプレーが行われていたのですが、これがNFLのプレーに波及することは殆ど無かったと思います。

 ところが、2001年にアトランタ・ファルコンズにドラフト全体1位という極めて高い評価を得て入団したQBマイケル・ビック選手の登場が、NFLに衝撃を与えました。

 ビック選手とファルコンズは、ビック選手のずば抜けた運動能力を背景に、QBランをメインとしてデザインされたオフェンスプレーを展開しました。NFLの普通のランニング・バックRB以上のスピードとステップで走るQBビック選手のプレーを、大柄な守備選手が止めることは至難の業でしたから、デビューしたての頃は面白いように前進できたのです。

 2002年のミネソタ・バイキングス戦でのトータル173ヤードのランは、NFLのQBが1ゲームで走った最長記録となりました。1ゲーム173ヤードランというのは、QBとしては驚異的なものであり、走りの専門家であるRBでも滅多に記録できない数値です。

 当時人気が低迷していたファルコンズは、ビック選手の登場と共に一気に人気を回復し、ビック選手が出場するゲームは全てチケットが完売するという状態になりました。ファンもビック選手のプレーを熱烈に支持したのです。お客様を呼べるプレーであった訳ですから、プロスポーツとしても成功であったことは間違いありません。

 そして2013~2014年シーズンに入り、モバイルQBは全盛期を迎えました。

 スーパーボール2014を制したシアトル・シーホークスのラッセル・ウィルソン選手やNFCチャンピオンシップ2014でそのシーホークスに惜しくも敗れたサンフランシスコ・49ersのコリン・キャパニック選手、NFC南地区優勝のカロライナ・パンサーズのキャム・ニュートン選手、2012年のNFC東地区優勝のワシントン・レッドスキンズのロバート・グリフィン3世=RGⅢ選手などが、その代表格でした。

 彼らは、自身のランを武器として、あるいはこれを囮として、自在な攻撃を展開し、モバイルQB時代の到来を華やかに演出したのです。
 観ていてとても楽しく、変化に満ちたプレーの連続ですから、ファンもモバイルQBを大いに支持したのです。

 ところが、2014~2015年シーズンに入って様相が変わって来ました。

 第11節を終了した段階で、シーホークスは6勝4敗でNFC西地区3位、49ersも6勝4敗で同西地区2位、パンサーズは3勝7敗でNFC南地区3位、レッドスキンズは3勝7敗でNFC東地区4位(最下位)と苦戦、あるいは不振に喘いでいるのです。

 これらのチームの不振の原因としては
① ライバルチームがモバイルQBによるプレーの研究を深めて、対策を講じていること
② モバイルQBを擁するチームとしても、あまりモバイルQBを多用するプレーを行わなくなったこと

 が挙げられています。
 二番目の理由は、前述のRGⅢ選手が2013年シーズンの途中で大怪我を負い、シーズンの半分以上を棒に振ったという事実を踏まえて、やはり「どんなに運動神経に優れたQBでも怪我と無縁ではいられない」ことを認識したうえで、各チームのヘッドコーチHCやオフェンス・コーディネーターの戦術見直しがあったものと思われます。

 モバイルQBの効果的な前進力を、他チームに勝るプレーの源泉としていたチームは、その力をあまり使わなくなると同時に、成績が悪くなってしまったのです。

 そして、こうした現象を踏まえて、やはり「NFLのQBはポケットの中で良いパスを投げること」が仕事のひとつであるという、伝統的な意見が勢力を盛り返しました。

 デンバー・ブロンコスのペイトン・マニング選手やニューオーリンズ・セインツのドリュー・ブリーズ選手といった現在のNFLを代表するQBは、ほとんど自ら走ること無く、チームに多くの得点と勝利をもたらしているではないか、という意見であり、長い歴史を誇るアメリカンフットボールというスポーツの豊富な経験に裏打ちされた見解でもあります。

 加えて、「モバイルQBは黒人プレーヤーばかり」ではないか、という指摘もなされるようになりました。
 確かに、マイケル・ビック以下、前述の5人のモバイルQBは全て黒人プレーヤーです。これは、黒人アスリートの独特の運動能力の高さがモバイルQBには欠かせないものであることを示すと同時に、「怪我のリスクが高いプレーを黒人プレーヤーにやらせている」のではないか、との見方にも結び付いてしまうのです。

 モバイルQBとモバイルQBを中心としたオフェンスプレーが、今後どのような展開を見せるのかは、予想が難しいところでしょうが、一方でQBの伝統的なプレー+ここぞという局面での自らのラン、というプレーは、既にNFLに根付いているように観えます。

 3度のスーパーボール制覇を誇るニューイングランド・ペイトリオッツのQBトム・ブレイディ選手や、グリーンベイ・パッカーズのアーロン・ロジャース選手、カンザスシティ・チーフスのアレックス・スミス選手は、前述のペイトン・マニング選手やドリュー・ブリーズ選手と共に、現在のNFLを代表する素晴らしいQBですが、この3選手は必要な時には自ら走ります。
 ブレイディ選手などは、タッチダウンまで残り数インチの状況で、自らダイブを試みたりもします。相当に危険なプレーに挑戦するのです。

 ペイトン・マニング選手やドリュー・ブリーズ選手のような「伝統的スタイルのQB」とモバイルQBとの間に、こうした「ここぞという時に走るQB」カテゴリーが存在するのです。
 「ここぞという時に走るQB」は、頭書のジョン・エルウェイ選手をも彷彿とさせる存在です。
 ひょっとすると、モバイルQBのプレーヤー達も、このカテゴリーに着地するのかもしれません。

 それにしても、21世紀初頭にマイケル・ビック選手を初めて見た時の衝撃は、今でも忘れることが出来ません。その、あまりに高い運動能力も含めて、NFL新時代の到来を十分に予感させるものでした。
 しかし本当に残念ながら、相手守備陣の追求からは易々と逃れるビック選手を持ってしても、怪我から逃れることは出来ませんでした。

 ビック選手には常に怪我が付き纏い、シーズン16ゲームにフル対応することはなかなか出来なかったのです。
 これは、NFLのエースQBの有り様ではありませんでした。

 2006年以来8年振りの日米野球が行われました。

 「本戦」の5試合は11月18日に終了して、日本チームが3勝2敗と勝ち越しました。日本チームが勝ち越したのは24年振りとのことです。

 アメリカMLBの選抜チームと、日本NPBの選抜チーム(今回からは「サムライジャパン」)が対戦する、いわゆる「日米野球」には独特の雰囲気・味があります。毎回とても楽しめるのですが、今回も味わい深いシリーズでした。

 日米野球2014に対する雑感を書いてみたいと思います。

① シーズンオフの試合であること

 当たり前のことで恐縮ですが、MLBならレギュラーシーズン・ポストシーズン、そして仕上げのワールドシリーズを終えてからのゲームとなります。NPBならペナントレース・プレーオフ、そして日本シリーズを終えての試合なのです。

 従って、出場する選手はピークの状態ではありません、というか、特に「心の火」を落としていますから、ピークからは程遠い状態で試合に臨むことになります。止むを得ないことです。

 怪我をするかもしれないギリギリのプレーを、選手がシーズンオフのゲームで行う筈がないのですから、観る方も「別種の試合・ゲーム」として楽しむ必要があります。

 「家族同伴のMLBチームは物見遊山・観光気分だ。真剣勝負になっていない。」といった指摘が、今回も出されていますが、いかがなものでしょうか。問題視しても意味が無いと思います。
 これまでの日米野球と同じなのです。

 時には「物見遊山のMLBチームに勝ち越したからといって大したことでは無い。」といった意見も見られますが、1908年の第一回以来100年以上に渡って行われてきた日米野球において、MLBチームはいつもこうした状態で戦ってきたのであり、そうしたチームに中々勝ち越せなかった日本チームが、今回は勝ち越したのですから、素直にその勝利を評価すべきでしょう。

② 第1~3戦は日本が3連勝、第4・5戦はMLBが連勝

 11月12日の第1戦は2-0、14日の第2戦は8-4、15日の第3戦は4-0でサムライジャパンが3連勝して、早々に勝ち越しを決めました。続く16日の第4戦は6-1、18日の第5戦は3-1でMLBが連勝したのです。

 早々に勝ち越しを決めたサムライジャパンが第4戦に臨むに当たり、いくら小久保監督が選手の尻を叩いても、やはり少し気合が入らなくなるのは当然でしょうし、MLBチームも全敗という訳には行きませんから、一層気合いを乗せて戦うでしょうから、第4・5戦の連勝も納得です。

 こうした試合経過も、いかにもシーズンオフのゲームという感じで、とても面白いと思います。

③ 第3戦の日本チームによるノーヒットノーラン達成

 則本→西→牧田→西野と4人の投手を繋いだサムライジャパンが、ノーヒットノーランを成し遂げました。素晴らしいことです。

 1908年の日米野球開始直後から、「メジャーリーグが日本チームを圧倒するという絵」が長く続いたのですが、ようやく日本選手のプレーが注目されるようになったのが、1934年(昭和9年)の沢村栄治投手の好投でした。
 ベーブルース選手やルー・ゲームリック選手、ジミー・フォックス選手といったホームランバッターが並ぶMLB打線を手玉に取った投球は、メジャーリーガ達から驚嘆の眼で評価されたと伝えられています。

 この1934年の日米野球も、結果を観れば16試合でアメリカチームが16勝という、圧倒的な力の差が見られたシリーズだったのですが、そういった圧倒的劣勢の下で沢村投手の好投が光ったということになります。
 つまり、日本プロ野球黎明期(1934年のこの日米野球開催を契機として、同年日本初のプロチーム・大日本東京野球倶楽部→読売ジャイアンツの前身が設立されたのです)においても、投手のレベルは相当に高かったことが判ります。

 現在でも、NPB出身プレーヤーのMLBにおける活躍は、野手においてより投手において目立っている訳で、4投手によるノーヒッターリレーもNPBの特質をよく表しているものだと感じます。第一戦の前田投手、第五戦の大谷投手の好投も見事なものでした。

④ ホームランも飛び出したサムライジャパン

 日米野球というと、アメリカチームからホームランがポンポン飛び出し、日本チームは単打と走塁で得点するというイメージです。過去には、日本チームに1本のホームランも無く終わったシリーズも、有ったのではないでしょうか。

 この傾向は、基本的には今シリーズでも同様でしたが、今シリーズにおいてはサムライジャパンからもホームランが、それも「試合を決めるホームラン」が飛び出しました。今後の日本代表チームの戦いを考える時、とても頼もしいと感じます。

 特に、前述の第3戦、投手陣がノーヒッターを達成したゲームは、2回に坂本選手の2ランで先制し、3回に中田選手の2ランが飛び出しての4得点でした。試合の流れを決定付ける大事な局面での2本の2ランホームラン。これまでの日本チームには、なかなか見られなかった試合内容だと思います。
 
 以上、日米野球2014についての雑感でした。

 繰り返しになりますが、とても面白いシリーズであったと思います。「日本の野球」と「アメリカのベースボール」が、シーズンオフという状況でぶつかるという日米野球には、その時代時代に沿った大きな意味・意義があると思います。これは、想像を遥かに超えるバリューでしょう。

 例えば、前述1934年の日米野球、球聖ベーブルースを始めとするオールスターメンバーが来日した日米野球の賑わい・観客動員力を観て、当時全盛であった東京六大学を中心とする学生野球だけでは無く、「職業野球」でも事業として成功すると考えた人達が現れ、大日本東京野球倶楽部が設立された可能性があります。少し大袈裟に言えば「日米野球が日本プロ野球の生みの親」ということになるのかもしれません。

 現在でも、NPBの選手達はメジャーリーグの空気を肌で感じるのでしょうし、MLBのプレーヤーは日本という国で独自の進化を続けるベースボールの良さを見出すのです。
 
 次回の日米野球も楽しみです。
 11月場所も10日目を終えました。横綱鶴竜が勝ちっぱなしで先頭を走り、久しぶりに前半で1敗した横綱白鵬が続き、大関稀勢の里らが2敗で追っている形ですが、この2敗勢の中に旭天鵬が入っているのは、素晴らしいことだと感じます。

 40歳と2ヶ月になった旭天鵬ですが、今場所は初日から好調な相撲を展開していましたので、期待できるかなと思っていましたが、期待以上の大活躍!優勝争いに顔を出しているのです。

 先の9月場所初日を白星で飾った時、満40歳を過ぎた幕の内力士の60年振りの勝ち星として話題となりました。
 40歳を過ぎての勝ち星は「1勝でも記録となる」のです。

 それが、40歳と2ヶ月になって、勝ち星を積み上げ続けているのですから、驚くというより頭が下がる感じでしょうか。

 肌艶が良く、体も良く動いています。全盛時に近い相撲内容と言って良いでしょう。

 昨今は日々、旭天鵬の取組を楽しみに待っています。そして白星を挙げる都度、大きな拍手を送っています。

 10日目を終えて、通算903勝・大相撲の歴史上5位の記録です。

 何より、大きな故障も無くここまで取って来たことが素晴らしいことでしょう。毎日の稽古も極めて充実していると伝えられています。

 大力士・旭天鵬関!これからも、元気いっぱいの相撲をお願いします。
 11月14日のキリンカップは、久しぶりに「痛快なゲーム」でした。
 
 サッカー男子日本代表チームが、ワールドカップ出場レベルのチームを相手に6点を奪って勝利したというのは何時以来であったか、思い出せませんが、ゲーム全体を通じてとても楽しく観させていただきました。

 前半9分の吉田選手の先取点が大きかったと思います。遠藤選手のコーナーキックをファーサイドに居た吉田選手が頭で押し込んだ見事なゴールでした。ワールドカップ2014ブラジル大会の、ブラジルのチアゴ・シウバ選手のゴールを彷彿とさせるもので、アギーレジャパンのセットプレーのひとつなのでしょう。
 この先制点で、チーム全体の動きがとても良くなりました。

 2点目の本田選手のゴールは、「ACミランの10番のゴール」そのものでした。高いレベルのゴールキーパーと1対1になって、これをキッチリ決めるというのは、易しいことではありません。キーパーの右下を狙って、正確なコントロールで、とても小さい振り幅から強いシュートを放つという、高クオリティなシュートでした。

 3点目の遠藤選手のシュートも、その質の高さに感動しました。本田選手の素晴らしいパスでしたが、シュートが決まらなければ、せっかくのパスも台無しなのです。遠藤選手は、これ以上無いシュートで、このパスに応えました。「ワールドカップでゴールを挙げているプレーヤーは違う」と感じさせるシュートでした。

 4点目も本田選手からの見事なラストパスからでしたが、これをダイレクトで叩き、相手ゴール右隅に打ち込んだ乾選手のシュート力も、ブンデスリーガで習得したものの大きさを十分に感じさせるものでした。
 ペナルティエリア内に複数の選手が入っていたことも含めて、日本チームの狙いが機能したゴールでしょう。

 そして、5点目の豊田選手、6点目の乾選手の2点目も、相手ゴールに向かう強い意志が感じられるものでした。

 このゲームの、アギーレジャパンの良かったところを観て行きましょう。

① スピードで勝っていたこと

 個々のプレーヤーのコンディションが良く、気迫で上回っていたことから、プレースピードで優位に立てました。イーブンボールへの働きかけの速さも含めて、近時の国際試合ではなかなか見られなかったレベルの動きの良さであったと思います

② 守備が機能していたこと

 最も良かったのは、この点でしょう。個々のプレーヤーの意識が高く、チームとしても「目指すべき守備の形」が出来ていました。明らかに新しい日本代表チームが出来上がりつつあるのです。
 「世界的な守備のスペシャリスト」としてのアギーレ監督の本領が発揮されつつあります。6点取ったことも大きいが、ワールドカップ出場メンバー7人を擁するチームを無得点に抑え込んだことが、一層素晴らしいことだと感じます。
 今のホンジュラスレベルのチームは、チーム全体の調子が悪くても、なにがしかの形で得点する力と形を保持しています。保持しているから、ワールドカップに出場できるのです。

③ 若手とベテランのバランスが良かったこと

 当然のことながら、若手だから良い、ベテランだから良い、などというこことはチーム造りの上では有り得ません。「良いチームだから良い」のです。個々のメンバーの実力を合計した数値以上の力を発揮できるチームが、良いチームということになります。

 遠藤選手が復帰したゲームにおいて、武藤選手や柴崎選手、乾選手や豊田選手が活躍するというのは、チームとして素晴らしいことでしょう。

 6-0で大勝したから楽しかったという側面は確かに有りますが、何より個々のプレーヤーがピッチ上で存分に実力を発揮してくれたことが、ファンにとってとても嬉しいゲームであったと思います。

 アギーレジャパンは、良いチームになりつつあります。来年初のアジアカップが楽しみです。

 フィラデルフィア・イーグルスのランニングバックRB、ダレン・スプロールズ選手の活躍が続いています。

 2005年にデビューし、既にNFLキャリア10年目のベテラン選手ですが、今シーズンの活躍は一味違う感じがします。

 公称では身長168cm・体重86kgと表記されています。しかしこれは公称で、実際の身長は165cmも無いのではないかと思います。NFLでは小さい、とても小柄なプレーヤーです。

 今シーズン第10節(11月11日)までの8試合の成績は、ラン36回で236ヤードのゲイン・4タッチダウンTD、パスレシーブ21回で257ヤードと、リーグトップを争うような数字では無いのですが、ここぞという時のプレーは極めて印象的なものです。まさに「記録より記憶に残るプレーヤー」なのです。

① ポジショニングと走るコース

 「視野が広い」ということでしょうか、パスレシーブの際の位置取りの上手さは抜群ですし、ランプレーの時のコース取りも独特というか、まさにプロフェッショナルという感じです。

② 柔らかく無駄の無い動き

 動きがとても柔らかい感じがします。かといってクニャクニャしているのではなく、自然な動きなのです。
 相手守備陣が数人で待っている場合でも、「するり」という感じで抜けて行きます。どうやって抜けたのだろうかとリプレーを観ると、成る程と唸らされるのです。

③ ここぞという時のプレーヤー

 頭書の今季成績を見ても、ラン1回当たりのゲインは6.6ヤード、パス1回当たりは12.2ヤードと、これはとても良い数字です。
 スプロールズ選手を使う時、イーグルスは大きなゲインをイメージしたプレーを企図しているのでしょう。そして、スプロールズ選手も役割期待に応えているのです。

 今季のイーグルスは、第10節を終えて7勝2敗、NFC東地区の首位を快走しています。

 チップ・ケリーヘッドコーチHCの標榜する「アップテンポな攻撃」が効果を挙げているのです。昔ならノーハドル・オフェンスと呼ばれたのでしょうが、ひとつの攻撃から次の攻撃に移る間の時間が極めて短く、直ぐに次の攻撃プレーがスタートしますから、相手チームの守備陣は準備が間に合いません。
 驚くべきは、審判団の準備が間に合わず、プレーが取り消しになることさえあることです。

 クオーターバックQBのマーク・サンチェス選手やRBのルショーン・マッコイ選手、ワイドレシーバーWRのジェレミー・マクリン選手・ジョーダン・マシューズ選手、そしてスプロールズ選手等を中心とした攻撃陣が、見事に機能しているのです。

 今季のイーグルスは好成績が期待できると思います。

 ここぞという場面でのスプロールズ選手のミラクルプレーが、イーグルスを2004年以来のスーパーボール出場に導く可能性は十分です。
 日本プロ野球の2014年ドラフト会議が10月23日に行われました。

 最近のドラフト会議とその後の交渉権獲得球団決定において感じることは、意中の球団であったのか無かったのかはともかくとして、記者会見で「選ばれた球団を嫌がる」「困惑している」様子の選手が、めっきり少なくなったことでしょう。

 ほんの10年ほど前までは、ドラフト会議で自身の交渉権を得た球団が、意中の希望する球団では無かった時に、「全く笑顔が無く」「呆然とした様子で」「泣き出す選手も居る」ことが多かったと思います。
 また、意中の球団に入るために浪人したり、「空白の1日」を始めとする様々な手法を用いたりする事例も、数多くありました。

 ところが最近の数年は、指名を受けた選手は一様に笑顔で喜びを表します。特に、1位指名の選手は、とても嬉しそうです。
 指名を受けた選手全員が、意中の球団であったとは思えないのですが、こうした変化はどこから来ているのでしょうか。

① 球団では無く「日本プロ野球NPBに就職する」という意識が高まっているのではないか。

 セ・リーグ、パ・リーグのどちらのリーグでも良いし、どの球団でも良い、とにかく「日本プロ野球」で働く機会を得たいと考える選手が増えているのかもしれません。
 まずは、プロ野球に挑戦する権利を確保し、プロ野球で活躍してFA権を取得するなどして、他の球団に移籍するといった「野球人生」を歩むことを考えているのでしょうか。

 自らの成績、スキル向上度合いによっては、アメリカ・メジャーリーグMLBへの道も開けるのです。

 実は、MLBにおいては「株式会社MLBへの就職」という形容が、時々見られます。MLBプレーヤーの水準を超えた能力を備えたプレーヤーは、次から次に球団を移りながら、メジャーリーガーとして働き続けます。
 特定の1つの球団でメジャーリーガーとしてのキャリアを終えるプレーヤーは、ごく少数なのです。

 例えば、松井秀喜選手はニューヨーク・ヤンキース→ロサンゼルス・エンゼルス→オークランド・アスレチックス→タンパベイ・レイズと移りました。
 アレックス・ロドリゲス選手はシアトル・マリナーズ→テキサス・レンジャーズ→ニューヨーク・ヤンキースと渡り歩いています。

 野茂英雄投手はロサンゼルス・ドジャーズ→ニューヨーク・メッツ→ミルウォーキー・ブルワーズ→デトロイト・タイガース→ボストン・レッドソックス→以降3チームと、計8チームで活躍しました。
 「ビッグ・ユニット」ランディ・ジョンソン投手はモントリオール・エクスポス→シアトル・マリナーズ→ヒューストン・アストロズ→アリゾナ・ダイヤモンドバックス→ニューヨーク・ヤンキース→ダイヤモンドバックス→サンフランシスコ・ジャイアンツと、延べ7チームで投げています。

 特定の1つのチームで選手キャリアを完結したプレーヤーとして直ぐに思いつくのはニューヨーク・ヤンキース一筋20年のデレク・ジータ選手位のもので、あのバリー・ボンズ選手でさえピッバーグ・パイレーツ→サンフランシスコ・ジャイアンツの2チームでプレーしているのです。

 MLBにおいては、自分のスキルを頼りに球団を渡り歩く「ジャーニーマン」が普通のことで、逆の言い方をすれば、色々な球団から声がかかるプレーヤー=メジャーリーグレベルのプレーヤーであることの証明とも言えます。

 一方、日本プロ野球NPBでは、従来「球団に就職するという意識」が高かったと思います。球団への忠誠心の高さが重要視され、「○○一筋」という形でファンも「生え抜きの選手」を良しとしてきたのではないでしょうか。
 こうした意識が球界全体に存在していたために、ドラフトで意中の球団以外から指名を受けると、泣きながら嫌がる選手が出てくるといった現象も見られたのでしょう。

 しかし、どうやら時代は変わったのです。どこの球団でも良い、自分の活躍する場を確保することが第一、特に1位指名なら注目度も高いので、活躍の可能性がより広がる、といった考え方が一般的になりつつあるように見えます。
 こうした考え方のベースには、NPB→MLBというルートの一般化も大きく作用していることでしょう。多くの選手にとっての憧れ・世界最高のベースボールリーグへの道も続いているのです。NPBの球団名に拘っている場合では無いという考え方の選手も増えたのでしょう。

 こうした変化の良し悪しは、一概には言えないと思いますが、NPBもMLB並みになってきたということは言えそうです。

② NPBにおける各球団に対する様々な取扱いの差が小さくなったこと

 以前は「球界の盟主」などという言葉が、頻繁に使われました。もちろん、「巨人軍が球界の盟主である」という形で使われることが最も多かったのです。
 その後、西武が優勝回数を伸ばし「球界の盟主の座を巨人から奪った」などとも言われました。
 しかし、現在では「球界の盟主」という言葉は、あまり使われなくなりました。当該球団の内紛・トラブルの発生時などに、化石のように登場するだけです。

 そして相当以前には、テレビ放送が巨人軍を中心に組まれていた時代がありました。それも相当長い間、そうした状況が続きました。例外的に関西地域においては阪神タイガース中心のテレビ放送が存在しました。
 この時代、パ・リーグの試合のテレビ放送は極端に少なかったのです。

 この時代のオールスターゲームにおいては、パ・リーグの選手の活躍が目立ちました。普段テレビに映ることが少ないパの選手が、オールスター戦でハッスル(古い言葉で恐縮です)し、大活躍を見せるのです。結果として、試合結果もパ・リーグの方が強かったのです。「実力のパ、人気のセ」という言葉も存在しました。
 パ・リーグを代表する鈴木啓示投手や福本豊選手から「パ・リーグはテレビ放送が少ない」といった趣旨のコメントが再三発せられていました。

 こうした現象の要因の大半が「巨人軍への人気集中」にあったことは、間違いないことでしょう。昭和40年~48年の「栄光の9連覇・V9」によって巨人軍の人気は不動のものとなり、テレビ放送でも別格の高い視聴率を稼ぐことが出来ましたから、特に全国ネットの放送では、巨人対○○というカードばかりが流されるようになっていたのも、無理も無いところです。

 ところが20世紀の終盤から、この傾向が弱くなり、21世紀に入ってからは、NPB各球団に対するテレビや新聞を始めとするマスコミの取り扱いの格差が、小さくなりました。

 この変化には「日本プロ野球全体の人気低下」が大きく影響していますし、各球団の地域特化、北海道日本ハムとか横浜ベイスターズとか東北楽天とかいった形の、地域密着型のチーム造り・施策展開の結果とも言えるのでしょう。

 「巨人軍に所属していなくても多くのファンに観てもらえる」「ジャイアンツでなくてもテレビ放送してもらえる」という事実、加えて「カープ女子」に代表されるような各球団に個別に存在する熱狂的なファンの存在が、ドラフトにかかる一流プレーヤーの球団選びに大きな影響を与えたことは間違いないでしょう。

③ 自分のやり方で思う存分トライしたいというプレーヤーの増加

 現在MLBで活躍している、ヤンキースの田中投手、レンジャーズのダルビッシュ投手、マリナーズの岩隈投手の3人は、いずれもNPBパ・リーグの出身です。

 これは偶然なのでしょうか。私は、やはり理由があると思います。

 この3人はいずれも、高校卒業と同時にNPBの東北楽天、北海道日本ハム、大阪近鉄に入団し、自らの投球を磨いて、各々の所属チームのエースとなってからMLBに挑戦しました。
 各々の所属球団での活躍を観ると圧倒的な内容で、その時代の「NPB最高の投手」と呼ばれるまでになり、堂々とMLBに挑戦したのです。

 一方で、人気球団である巨人や阪神から、「NPBを代表する投手」がなかなか出現せず、結果としてMLBに挑戦し成功する投手が出て来ないという事実があります。

 特にダルビッシュ投手と田中投手について見れば、高校進学さえも各々の出身地である大阪や神戸に拘ることなく、東北・北海道の高校を選んでいるのです。
 甲子園大会に出易いと考えた部分もあるのでしょうが、何より「自分が思う存分野球をやることが出来る環境」を確保したのではないでしょうか。

 そして、取り巻きやファンの中にうるさ型が多い?と見られる巨人や阪神といった人気球団を避けていたかのようにさえ感じられます。
 自らの才能に自信を持っているプレーヤーは、「球界の盟主」とか「関西のNO.1人気球団」とかいったレッテルを全く気にする事無く、自らの野球を極めて行った、極めて行くには北海道日本ハムや東北楽天の方が都合が良かったのかもしれないのです。

 こうした先達の活躍を見るにつけ、最近のドラフト候補生達も球団には拘りを持たない、もっと言えば、セ・リーグよりパ・リーグの方が自分磨きには向いているとさえ考えているかもしれません。

 また、これは不思議なことですが、この10年間ほどは、ドラフト全体1位候補=NPBであれば複数の球団が指名する選手は、ほとんどの場合パ・リーグ球団がくじ引きに勝ち、交渉権を獲得してきているように見えます。

 今2014年の注目選手であった早稲田大学の有原投手は、阪神・広島・DeNAと争った日本ハムがくじを引き当てましたし、もうひとりの目玉・済美高校の安楽投手はヤクルトと争った楽天が交渉権をゲットしました。
 有原投手に到っては、セ3チーム、パ1チームという劣勢?の下でパ・リーグ球団が引き当てたのです。くじ運のこととはいえ、どうもこのところセ・リーグ球団は分が悪いようです。

 20年以上前、テレビ放送が少ないと言って嘆いていたパシフィック・リーグは、今では「日本球界を代表するプレーヤーの宝庫」となって、多くのファンが球場に詰めかけ、テレビ放送もふんだんに行われるようになりました。

 プロの世界で野球・ベースボールを志す選手にとっては、ドラフト会議でどの球団が交渉権を獲得しようが、あまり関係が無い時代がやってきているように見えます。
 一方で、そうした選手に対して「自分磨きに適した環境を提供できる球団」から、世界に通用する超一流プレーヤーが育っているようにも感じるのです。
 テニス発祥国イギリスのロンドンで行われているATPツアーファイナル2014は、1次リーグの終盤に差し掛かりました。
 日本の錦織選手はB組の2位となり、1位のフェデラー選手と共に決勝トーナメント・準決勝への進出を決めました。日本人プレーヤーとして、史上初めて出場した大会で1次リーグを勝ち抜いたというのは、まさに快挙です。

 錦織選手のここまでの戦い振りを観ると「大会での組み立ての上手さ」が感じられます。
 つまり、初戦・第二戦のマリー戦・フェデラー戦のどちらかで1勝し、最終・第三戦のラオニッチ戦に準決勝進出を掛けるという戦略です。

 世界のトップランカー8名しか出場できない大会なので、どの選手も強いのは当たり前ですから、選手としては「自分のリソースの使い方」がポイントとなります。
 体力・技術・スピードといった要素で構成される自らのリソース=戦闘力と呼んでも良さそうです、は当然ながら有限です。厳しいスケジュールの下では、全ての試合に全力投球というのは極めて難しいことでしょう。

 錦織選手は初戦のマリー戦に注力し、これまで勝ったことが無かった相手をストレートで下しました。大会前の戦略の一部を達成しましたから、フェデラー戦ではリソースを使わなかったのではないかと考えます。
 フェデラー選手が快勝したこの試合後のインタビューで、フェデラー選手は「今日の錦織は調子が悪かったのでは」とコメントしています。

 私は、錦織選手は調子が悪かったのではなく、戦闘力を使わなかった・温存したのであろうと考えています。ラオニッチ戦に向けての対応です。

 こうした戦略の立案・実行は、世界最高レベルの大会に臨むプレーヤーとして当然のことでしょう。もちろん、当該の戦略が上手く行かないこともあるでしょうが、戦略無しで臨むよりは遥かに先に進める可能性が高いと思います。
 言うまでも無い事でしょうが、この大会に出場してくる選手は皆、こうした戦略を立案・実行できる選手ばかりでしょう。そうでなければ、世界のトップ8になど入れる筈がありません。

 ところで、錦織選手の第三戦の相手は、試合開始1時間30分前に変更になりました。ラオニッチ選手が太腿の怪我の為に棄権し、代わりにフェレール選手が登場したのです。

 「代わりに」といっても、準備万端の状態でなければいきなり出場してくることなど出来ないのが道理で、世界ランク10位のフェレール選手は、今大会の補欠選手として準備していたのです。
 そして、主催者側は「フェレール選手が試合に出場するしないにかかわらず、約1000万円の『待機料』を用意」していたそうです。
 こうした棄権という突発事象が無ければ、フェレール選手が登場することも無かったわけですが、コートに登場しなくとも1000万円が用意されているというのは、当然のこととは言え、主催者側の手厚い対応です。

 この日会場に詰めかけたファンは「錦織VSラオニッチ」という、世界最高水準の試合を観に来ていたのです。高額なチケットを購入して、「世界最高レベルのエンターティンメント」を、とても楽しみにしていたことでしょう。

 ラオニッチ選手の棄権により、試合が無くなってしまうことは、こうしたファンの期待を大きく裏切ることになりますから、絶対に回避しなくてはなりませんので、「補欠選手」が必要となります。

 その補欠選手と錦織選手の試合が、世界最高水準では無く、気持ちも入っていない試合であったなら、試合が無くなるよりは良いものの、やはりファンの期待に相当に応えた対応とは言えないでしょう。

 従って、「準備万端の世界トップランカーの補欠選手」が必要となるのです。そのための1000万円ですから、決して高くは無いと感じます。

 今大会の主催者は、プロスポーツのあるべき姿を良く把握し、十分なる準備をしてきたと思います。
 極上のエンターティンメントの
第一の主役は、観客
第二の主役は、選手
 であるという、当然のことながらも、忘れられてしまいがちな大原則を遵守したのです。

 観客には、万一に備えて出場するかしないかわからない選手を高額な報酬で待機させ、出場選手には、大会に関する衣食住・移動手段の全てを高いレベルで用意しました。
 ファンの方々の出費・支持によって成り立っているというプロスポーツの大原則、そのプロスポーツの中でも世界最高レベルの大会に求められるクオリティ、といった要素を十二分に理解した上で運営している、今大会の主催者のレベルの高さをも、感じさせる大会です。
 第39回エリザベス女王杯G1は、2014年11月16日京都競馬場芝外回り2200mコースで行われます。

 3歳と古馬の牝馬が激突する秋のビッグレースです。歴史と伝統を踏まえても、秋の「牝馬日本一決定戦」と呼んで良いこのレースは、今年も18頭フルゲートとなりました。

 まずは「格」から観てみましょう。

 最も格が高いのはメイショウマンボ。オークス・秋華賞・エリザベス女王杯2013とG1レース3勝という圧倒的な成績を誇ります。2013年秋の強さであれば、今年も勝ち負けのレースとなるのでしょうが、2014年の6月から極端な不振に陥っています。前走・前々走ともに10着以下という、考えられないような凡走が続いているのです。原因が解明され、対応策が実行されていれば、最有力の1頭であることは間違いないのですが。

 続いてはヴィルシーナ。2年連続のヴィクトリアマイル優勝でG1レース2勝馬です。前走のG1宝塚記念も3着と健闘しています。4ヶ月半振りと間が空いた点についての評価が必要ですが、大事に使われているとも言えますので、有力馬の1頭でしょう。

 続いてはホエールキャプチャ。2012年のヴィクトリアマイル優勝馬にして、その他に重賞4勝の実績馬です。前走・前々走もG2レースで3着・3着と健闘していますが、6歳になって、全盛時より少し力が落ちてきた感じは否めません。

 続いてはヌーヴォレコルト。桜花賞3着、オークス優勝、秋華賞2着と今年の3歳牝馬の中心に居る馬であることは間違いありません。加えて、8戦4勝2着2回と、安定感も抜群です。

 続いてはショウナンパンドラ。前述のヌーヴォレコルトを秋華賞で破りました。こちらも9戦4勝2着4回という安定感が魅力です。

 一方の上がり馬では、5月のヴィクトリアマイル5着にして、8月のG2クイーンカップを制したキャトルフィーユ、前走・G2府中牝馬Sを勝ったディアデラマドレ、同じ府中牝馬Sの2着馬スマートレイアー、が目に付きます。

 そして、その他では、桜花賞2着のレッドリヴェール、オークス5着・秋華賞4着のブランネージュ、を忘れてはいけないでしょう。

 さて、注目馬です。

 第一の注目馬は、3枠5番のヌーヴォレコルト。3歳の最高実績馬にして、抜群の安定感、加えて自在な脚質は、軸馬にピッタリです。京都外回りの長い直線で、オークスで魅せた粘り強い脚を発揮してくれることでしょう。

 第二の注目馬は、6枠12番のショウナンパンドラ。ヌーヴォレコルトを破っているという実績と、順調さがポイントでしょう。現時点では、3歳の2頭の力・安定感が勝っているように思います。

 第三の注目馬は、8枠17番のブランネージュ。そろそろ本格化してくれるのではないでしょうか。3歳秋のシンボリクリスエス産駒に期待します。

 以上の3頭に注目したいと思います。

 3歳馬ばかりになってしまい、メイショウマンボ・ホエールキャプチャ・ヴィルシーナといったお姉さん達に、怒られそうですね。

 これは競技スポーツの話です。それも、相当高いレベルの「勝負に拘る競技」についての話です。

 日本一や世界一を目指す競技においては、プレーヤーには「精神的な強さ」が求められることは、言うまでもありません。「絶対に負けないという気迫・自信」や「最高潮に体を動かしていくための心持ち」が不可欠でしょう。

 こうした気迫・自信・心持ちを保持した上で、あるいは、こうした不可欠な精神状態の下で、相手プレーヤーに勝る体力・筋力・技術を発揮することなくしては、勝利は到底覚束ないと思います。

 従って、コーチや監督に求められる資質は、

① 高いレベルのゲームにおいて「絶対に負けないという気迫・自信」を持ち得るプレーヤーの中から、体力・技術等に優れたプレーヤーを選抜すること
② ゲームに臨んで、プレーヤーやチームを気迫・自信溢れる状態=戦える状態に引き上げること。特に、互角あるいは相手の方が強いゲームにおいて、こうした状態を醸成する必要があります。日本一・世界一を目指す時には、そうしたゲームが多いからです。
③ そうしたゲーム、プレーヤーやチームが気迫溢れる状態にある中で、その実力を最大限に引き出すための準備、ゲーム前のプレーヤーの体調管理・調整、戦術・戦法の構築・実施、ゲーム中のチーム運営等々を、行うこと

 ということになると考えます。

 そして、気迫十分で戦いに臨むプレーヤーと同レベル、あるいはそれ以上の気迫を持ちながら、極めて冷静な判断力でプレーヤーを指導して行かなければならないのです。
 これは、「気迫」と「冷静さ」のバランスという問題ではありません。「気迫」は必須のものですから、気迫十分な状態で、どれくらい冷静でいられるかという問題です。

 つまり、「絶対に負けないという気迫・自信」の具備無く、「弱気・怯み」の中で、どれ程「冷静」であっても、無意味というか有害であろうと考えます。

 コーチや監督がゲームに臨んで怯んでいれば、プレーヤーにはその気持ちが伝わってしまいます。弱気で怯えている監督など、当然ながら居ない方が良いのです。
 ゲームに深く咬み込むこと無く、評論家の様に分析を述べる監督やコーチは、プレーヤーに相手にされないでしょう。そんな人の話を聞くことは時間の無駄ですし、その話を聞いたが為にプレーヤーの心持ちが悪い方に向いてしまうリスクもあります。実は、とても大きなリスクなのです。

 さて、監督・コーチが「絶対に負けないという気迫・自信」を自身が持ち、プレーヤーにも保持させる=「戦うプレーヤー・戦うチーム」状態を実現する方法は、各々の指導者の性格やキャリアにより、様々でしょう。

 普段から、とても怖い印象を与えながら、ゲームに臨む気迫を醸成する指導者も居るでしょう。例えば、前東北楽天ゴールデンイーグルス監督・星野仙一氏はそうしたタイプのひとりかもしれません。
 中日ドラゴンズにおける現役選手時代から、気迫十分のプレーで知られた星野氏ですが、監督になってもゲーム中の迫力満点の采配振りは、常に名物でした。
 一方で、その選手交代やサインは極めて冷静・沈着なものであったと感じます。そうでなければ、日本プロ野球で任された全てのチームにおいて優勝など出来る筈がありません。星野仙一氏は、選手を気迫に満ちた状態に押し上げた上で、「冷静な」判断・指揮ができる指導者であったと感じます。

 一方で、サッカーのイビチャ・オシム監督の様に、普段から冷静な様子でありながら、ゲームに臨んでは、チームを気迫十分な状態に引き上げた上で、プレーヤーの良い点を引き出す能力に長けている指導者も居ます。
 オシム氏は、いつも「弱いと言われているチーム」を引き受け、必ず強くする監督でした。相当高度な指導力・スキル・ノウハウを保持していたと感じます。

 頭書の「日本一・世界一を目指すプレーヤーやチーム」において、絶対に回避しなければならない指導者は、理論・理屈は披露するが、ゲームに臨んで怯む人物です。
 多くの場合、そうした人物の「解ったような理論・理屈」は間違っていたり、ピントが外れています。何故なら、高いレベルの競技スポーツにおいて、勝敗を分ける最重要要素である「気迫・自信」の有無・大小と、そこから生ずるプレーの違いという視点が欠落しているからです。必然的に、役に立たない理論・理屈になってしまうのです。

 その人物が競技スポーツの指導者に向いているかどうかは、1度ゲームを指揮させてみれば直ぐに分かります。プレーヤーやチームが生き生きと動いているかどうかを観るのです。

 また、こうした「精神力・心持ち」をハンドリングするスキルは、残念ながら30歳を過ぎてから改善・錬成・習得することは相当難しいと感じますから、1度指揮させてみて不都合であった30歳以上の指導者は、日本一・世界一を目指すプレーヤー・チーム・競技には不適格でしょう。2度と使うべきではありません。次回は改善する、良化するという可能性は極めて低い上に、回を重ねるとプレーヤーやチームに悪影響を与える懸念があるからです。

 世界には、多くの競技に数多の素晴らしい指導者が存在します。様々なゲームにおいて、自らの性格やキャリアを踏まえて、プレーヤーやチームの力を最大限に引出し、勝利をもたらす「名将」と呼ばれる指導者です。

 我が国も、多くの競技に多くの有能な指導者を輩出する国になりたいものです。それが、多くのスポーツ競技の国際大会における日本人・日本チームの好成績に直結することは、言うまでもありません。

 11月11日のフジテレビの番組・小倉智昭の「とくダネ!」の中で、ATPツアーファイナル2014に進出した8選手への「特別な待遇」が紹介されていました。

 広いホテルと専用の車による移動、ハイクラスな席での飛行機によるロンドン到着等々、通常のツアー大会なら自らの費用負担で転戦するところですし、宿泊・会場入りも当然ながら自分で準備しなければなりません。ファイナル進出者は特別なのです。

 「この雰囲気に呑まれないように頑張る」といった趣旨の、錦織選手のコメントも紹介されていました。

 ATPツアーファイナルが特別な大会であることを示すための、主催者側の演出であることは間違いありません。

 11日時点で、錦織選手の1次グループでの成績は、マリー選手に勝ち、フェデラー選手には敗れて1勝1敗と「想定の範囲内」でしょう。残されたラオニッチ戦に勝利して2勝1敗とすれば、決勝トーナメント進出の可能性は十分です。

 さて一方で、今から20年ほど前に、出張で新大阪駅の新幹線ホームを歩いていると、長身で極めてスリムな女性が、大股で私の前を歩いて行きます。大きな荷物を抱えていながら、とても力強く速い歩行なのです。
 シュティフィ・グラフ選手でした。

 当時、全盛期を迎えていた「世界最強の女子テニスプレーヤー」として、日本の大会に出場するか、したか、であったのでしょう。

 グラフ選手の後ろから、小柄で小太りの女性が懸命に歩いて追いかけます。グラフ選手の母親だと思いました。この頃、グラフ選手は母親とともに転戦していたのです。

 グラフ選手のキリリとした表情、背筋を真っ直ぐに伸ばし、大股でタンタンという感じで歩く姿、鍛え上げられたとても細いシルエット、にオーラが、とても強いオーラが漂っていました。

 それにしても、20年ほど前にはシュティフィ・グラフ程のプレーヤーでも、自分で大きな荷物を持ち、新幹線で移動していたのです。
 当たり前のことと言われるかもしれませんが、仕事としてのツアープレーヤーの大変さが感じられました。

 現在の錦織選手には「チーム錦織」が付いていることは、広く知られています。もちろん、錦織選手が自分のお金で組成しているチームなのですが、世界中どこに行くときも、トレーナー他の3~4人が同行しています。体調管理やスケジューリング等々に活躍しているのでしょう。

 ひとりで転戦しているように見えたグラフ選手と、チームで行動する錦織選手、どちらがどうと言うことではなく、「20年の間にプロテニス界も変わった」という風に考えたいと思います。グラフ選手の時代と、錦織選手の時代とが違うのでしょう。

 この変化が進歩なのかどうかも分かりませんが、「多くの人の生活を支える事業」としてのプロテニスツアーは、関係者による日々の努力無しには何十年もの間存続するのは、容易なことではないのでしょう。
 
 ツアーファイナル進出8プレーヤーへの特別待遇も、チーム錦織の存在も、まさに2014年の世界トップクラスのプロテニス界に観られる事象なのです。
 大相撲の2014年11月場所も4日目を終えて、各力士のコンディションが明らかになりつつあります。

 そうした中、稀勢の里関が4戦全勝、高安関が3勝1敗と白星を積み重ね、相撲内容にも素晴らしいものがあります。

 日本出身力士最強と呼ばれて久しい稀勢の里と、平成生まれ初の三役力士・高安は、このところ本来の相撲を見せることが出来ず、やや停滞している感じでした。その2力士が、突然?の様に「絶好調の相撲」を展開しているのです。
 9月場所から11月場所までの、わずか2ヶ月の間に、いったい何があったのでしょうか。

 また、稀勢の里と高安は、旧鳴門部屋出身(現在は田子ノ浦部屋)の力士です。
 鳴門部屋で、元横綱・隆の里(2011年11月逝去)の厳しい指導を受けてきた力士なのです。

 隆の里・鳴門親方の指導は独特のものであったと伝えられています。筋力、特に上半身の筋力の強化により横綱を張った怪力・隆の里関らしい指導方法であったようです。

 まず、上半身の筋力強化の為に筋トレを徹底して行うこと、そして、他の部屋での稽古を行わないことの2点が独特です。
 四股やぶつかり稽古などの伝統的トレーニング方法により鍛え上げ、他部屋への積極的な出稽古の実施により、様々な体格の力士、様々な型の相撲に接することで強くなる、という方法とは、対極にあるやり方なのです。
 特に、「他部屋への出稽古は厳禁」であった点が、とても特徴があると感じます。まだ力が付いていない段階で、強い力士と稽古して苦手意識を持つことを避けるための施策、と聞いたことがあります。

 従って、稀勢の里や高安は、出稽古を全くする事無く成長してきました。(最近は出稽古も少しずつ行うようになっているようです)

 結果として、稀勢の里と高安の相撲には共通点があります。調子が悪い時には立ち合いが高く、相手の当たりを受け止めてから、上半身の動きで料理するという形です。この相撲内容ですと、相手力士の当たりを受け止める力が不足していると、押し込まれることが多くなり、なかなか思ったような相撲が取れないということになるのです。

 不調の時には相当格下の相手でも、一・二歩は後退してしまう稀勢の里の相撲は、こうした環境から生まれているのでしょう。

 一方で、稀勢の里が白鵬に勝つ時などは、一歩も下がらず攻撃を続けることが出来ます。つまり、本来の鳴門部屋の相撲は、高目の立ち合いで上半身が起きているにもかかわらず、相手力士の押しを受け止めて攻撃を出していく相撲なのでしょう。おそらく、とても難しい相撲なのではないかと思います。

 そして、今2014年11月場所の稀勢の里と高安は、この理想とする「鳴門部屋の相撲」を展開できているように感じます。素晴らしいことです。

 場所前、稀勢の里には「体調の良さ」が伝えられていました。それが「一歩も引かない取り口」と白星に、結び付いていることを考え合わせると、このところの不調は「体調不良が原因」であったのかもしれません。
そうなると、今場所は大いに期待できることになります。横綱に最も近い力士と言われてきた稀勢の里関が、本領を発揮する時が来たのです。

 高安関は「大関になりたいという強い気持ちをベースに猛稽古を積んできた」と伝えられました。その気迫と体調の良さが相俟っての相撲内容なのでしょう。3日目の日馬富士戦などは、互角以上の相撲内容でした。

 今場所は、旧鳴門部屋の相撲から眼が離せません。

 2014年の日本プロ野球NPBとメジャーリーグベースボールMLBのポストシーズンは、福岡ソフトバンク・ホークスとサンフランシスコ・ジャイアンツの優勝で幕を閉じました。

 太平洋を挟んだ、世界のベースボールと野球をリードする2つのリーグのチャンピオン決定に向けて、2014年は2人の左腕が重要な役割を果たしました。大活躍したのです。

1. NPB 大隣憲司投手

 ソフトバンク・ホークスの左腕・大隣投手は、2014年夏に故障から復帰、ペナントレースの後半に、ようやく力を発揮したのですが、ポストシーズンの活躍は見事でした。

・10月15日 クライマックス・シリーズCSファイナルステージ初戦に登板して、122球・7と2/3イニングを投げて、被安打5、失点2。降板時にはチームはリードを許していましたが、9回裏に一気に3点を挙げて逆転、3-2でホークスが日本ハム・ファイターズを下しました。大隣投手の粘り強い投球が、逆転に結び付いた形です。

・10月20日のCS(結果としての最終戦)に登板し、99球・7イニングを投げて、被安打6、失点0の好投。チームは4-1でファイターズを下して、日本シリーズへ進出を決めました。

・10月28日の日本シリーズ第3戦、阪神タイガースと1勝1敗を受けての第3戦に登板し、101球・7イニングを投げて、被安打3、失点0の好投。ホークスの5-1の勝利に貢献しました。
 2勝1敗とリードしたホークスは、この後連勝して4勝1敗で日本シリーズを制しました。

 以上の様に、大隣投手はポストシーズンのキーとなるゲームに登板し、ベンチの期待に違わぬ好投を展開したのです。

2. MLB バムガーナー投手

 サンフランシスコ・ジャイアンツSFの左腕・バムガーナー投手は、2014年のレギュラーシーズンでも33ゲームに先発し、217と1/3イニングを投げて、18勝10敗という見事な成績を収めましたが、ポストシーズンでの活躍はそれ以上でした。

・10月1日 ワイルドカードのワンゲームプレーオフで、ピッツバーグ・パイレーツPITを相手に109球・9イニングを投げて、被安打4、失点0の完投シャットアウト。チームの8-0の勝利に大貢献しました。

・10月6日 地区シリーズの第3戦、ワシントン・ナショナルズWASを相手に92球・7イニングを投げて、被安打6、失点3で負け投手になりました。MLBポストシーズン2014でバムガーナー投手が喫した唯一の敗戦ゲームですが、このゲームでもキッチリとクオリティスタートを実現しているところに注目します。

・10月11日 ナショナルリーグ・チャンピオンシップシリーズNLCSの初戦に先発登板して、セントルイス・カージナルスSTLを相手に112球7と2/3イニングを投げて、被安打4、失点0。SFの3-0の勝利に貢献しました。

・10月16日 NLCS第5戦(結果として最終戦)に登板して、98球・8イニングを投げて、被安打5、失点3と好投。8回を投げ切った時には3-3の同点でしたが、9回にSFが3点を勝ち越し勝利。4勝1敗でNLCSを制して、ワールドシリーズに進出しました。

 NLCS2014で2勝を挙げたバムガーナー投手は、シリーズMVPを獲得しました。

・10月21日 ワールドシリーズWS2014の初戦に先発登板して、カンザスシティ・ロイヤルズKC相手に106球・7イニングを投げて、被安打3、失点1の好投。チームの7-1の勝利に貢献しました。

・10月26日のWS第5戦、2勝2敗のタイで迎えた第5戦で先発、117球・9イニングを投げて、被安打4、失点0の完投シャットアウト。チームの5-0の勝利に大貢献しました。

・10月29日のWS第7戦、3勝3敗のタイで迎えたゲームで5回(3-2でリードした局面)からリリーフ登板。68球・5イニングを投げて、被安打2、失点0の好投・セーブポイントを挙げました。チームの3-2の勝利、ワールドシリーズ制覇に大貢献したのです。

 WS2014で2勝1セーブを挙げたバムガーナー投手は、シリーズMVPを獲得しました。

 NPBとMLB、舞台こそ異なりますが、大隣投手とバムガーナー投手は、ポストシーズンのポイントとなるゲームに先発し、役割期待に見事に応える好投を魅せました。

 2014年のワールドシリーズと日本シリーズは、この2人の左腕が勝利をもたらしたと感じます。

 この2人の左腕に共通しているのは、

① 真ん中付近にボールが来ないこと

 当たり前と言われそうで恐縮ですが、大隣投手とバムガーナー投手は「低目と高目の両方を駆使」した点が共通しています。

 「低目に投げることがピッチングのポイント」とは、よく言われることなのですが、この2人の左腕は、高目にも多くの球数を投じていました。低目ばかりでは、ボール球は振ってもらえませんが、低目と高目を織り交ぜることで、打者の打ち気に応えました。
 そして、後から見てみると「ほとんど真ん中付近には投げていない投球」が実現しているのです。

 左右のコントロールよりも、上下のコントロールを活かした投球術が印象的でした。

② 年俸が高くないこと

 29歳の大隣投手は、年俸6千万円と報じられています。NPBのエース級投手の年俸としては高くはありません。

 25歳のバムガーナー投手の年俸は395万ドル(1ドル114円として4億5千万円強)と報じられています。MLBのエース級先発投手としては高くはありません。
 同じ、SFのマット・ケイン投手の20百万ドル(同22億8千万円)、ティム・リンスカム投手の17百万ドル(19億3千万円強)と比較しても、相当低いと言わざるを得ません。

 つまり、この2人の左腕は2014年の活躍により2015年の年報大幅アップを目指している、売出し中の投手ということになります。

 大隣憲司投手とマディソン・バムガーナー投手、2人の左腕の献身的かつ見事な登板は、福岡ソフトバンク・ホークスとサンフランシスコ・ジャイアンツに、日本一・世界一の称号をもたらしました。
 同じ2014年に、太平洋を挟んだ2つのリーグで、2人の左腕が大活躍したことは、素晴らしいことであり、不思議なことでもあると感じます。
 1996年のデイリー杯2歳ステークスにおいて、2着に5馬身差を付けレコードタイムで圧勝したのがシーキングザパール号です。名前からもお分かりのように牝馬です。

 そして、日本馬として史上初めてヨーロッパ(フランス)のG1モーリス・ド・ゲスト賞で優勝しました。この時もレコードタイムでした。シーキングザパールの後、日本馬によるヨーロッパG1レースを始めとする国際G1競走優勝が続いていますが、レコード勝ちというのは滅多に観られません。

 シーキングザパール号、父シーキングザゴールド、母ページプルーフ、母の父シアトルスルー。通算競走成績21戦8勝、主な勝ち鞍、G1モーリス・ド・ゲスト賞、NHKマイルカップ、G2 ニュージーランドトロフィー、G3 デイリー杯2才S、シンザン記念、フラワーカップ。
 父シーキングザゴールドは、大種牡馬ミスタープロスペクター産駒、母の父がシアトルスルーですから、力強さこの上無い良血でしょう。
 アメリカ・バージニア州で生まれた彼女は、日本人馬主に18万5千ドル(現在の為替相場で約21百万円)で購入されて、日本に渡り調教されました。

 小倉のデビュー戦を7馬身差で圧勝しましたが、第二戦中山の新潟3歳ステークスはスタート直後の逸走のため3着に敗れ、迎えた3走目がデイリー杯2才S(当時は3歳呼称)でした。そして、頭書の様に圧勝したのです。このレースの2着は、後に天皇賞(春)などを制するメジロブライトでした。

 鞍上が武豊騎手であったことを見ても、シーキングザパールに対する陣営の期待の高さが伺われますが、その天才・武豊騎手をもってしても、時折見せる彼女の気性の難しさは御しがたいものだったようです。

 このころ外国産馬にはクラシックレースへの出走権利がありませんでしたから、シーキングザパールは外国産3歳牝馬が出走可能なG1レース・NHKマイルカップを目指しました。
 そして、3歳の4月までに7戦して5勝という堂々たる成績を引っ提げて、5月のNHKマイルCに挑み、見事に優勝しました。

 陣営はこの後、秋のG1秋華賞を目指しました。桜花賞馬キョウエイマーチ、オークス馬メジロドーベルと、「最強3歳牝馬」を決めるレースに挑戦することにしたのです。
 秋緒戦はローズステークスを選びましたが、キョウエイマーチの3着に敗れました。元気の無い走りだと感じましたが、気管の入り口がふさがれてしまう病気に罹っていることが判明し、治療に専念することとなりました。ローズSの時にも、呼吸困難な状態でのレースであったようです。

 手術を行い、7か月の休養の後4歳になった彼女は、緒戦のG3シルクロードSこそ勝ちましたが、続くG1高松宮杯・安田記念に連敗しました。さすがに病気・休養が堪えているかと思いましたが、後から思えば「重い馬場」が苦手であったようです。この年の高松宮杯はやや重、安田記念は不良馬場でした。

 シルクロードSに勝った時点でヨーロッパ遠征を決めていた陣営は、敢然と欧州遠征を実行しました。前述の安田記念に圧勝したタイキシャトルも欧州に渡りましたので、この1998年の夏には、2頭の強豪日本馬が欧州競馬に挑んだのです。

 シーキングザパール陣営は当初G1ジャック・ル・マロワ賞(1600m)に挑戦する予定でしたが、タイキシャトルが同レースに出走するとの情報を得てこれを回避(1600mならタイキシャトルの方が強いとの判断)、G1モーリス・ド・ゲスト賞(1300m)を選んだのです。

 結果として、この判断が「日本馬初の欧州G1制覇」の栄誉をシーキングザパールにもたらしました。
 この年のモーリス・ド・ゲスト賞は8月9日に行われ、ジャック・ル・マロワ賞は翌週8月16日に行われたのです。

 加えて、会場のフランス・ドービル競馬場は当時全く雨が降らず、例年にない「硬い馬場」であったそうです。これも彼女に大いに味方したのでしょう。直線コース1300mのレースで、彼女はスタート直後から先頭に立って逃げ、そのまま2着馬に1馬身強の差を付けてレコードで快勝しました。ゴールまで全く緩みの無いギャロップが印象的でした。彼女のレコードタイムは、この後15年間破られませんでした。

 また、翌週のジャック・ル・マロワ賞におけるタイキシャトルの優勝により、日本馬の2週連続G1レース制覇が実現しました。
 それまで、1度も欧州のG1レースで勝ったことが無かった日本馬の突然?の大活躍に対して、フランスでは驚きと共に、ノルマンディー地方に存するドービル競馬場に掛けて「日本馬による歴史的なノルマンディー上陸」と大きく報じられたそうです。

 シーキングザパールとタイキシャトルの快挙は、日本競馬のレベルの高さを欧州そして世界に示すと共に、国際G1レースに挑戦する後続の日本馬・関係者に対して大いなる勇気を与えたと思います。
 また、単純な言い回しをすれば「どれくらいの強さの馬ならば、国際G1レースで勝負になるか」という、最初の物差し・基準になったのではないでしょうか。

 競走馬を引退したシーキングザパールはアメリカ屈指の大牧場であるクレイボーン牧場で繁殖に入りました。そしてストームキャットとの初仔がシーキングザダイヤと命名されて日本で走り、中央・地方、芝・ダートで活躍、重賞5勝の好成績を挙げました。

 シーキングザパールは460kg~470kg位のそれほど大きな馬ではなかったものの、均整がとれた鹿毛の馬体でした。加えて、細面の美人タイプであったと記憶しています。表情には、意志の強さが感じられました。

 シーキングザパール=「真珠探し」とは何とも綺麗な馬名です。
 馬主さんがアメリカで探し当てたサラブレッドは、日本競馬界の「新しい扉」を開いたスーパーガールだったのです。
 10月13日のNFL第6週、サンフランシスコ49ers対ロサンゼルス・ラムズのゲームが、「700回目のマンデイナイト・フットボール」となりました。このゲームは31対17で49ersが快勝しました。

 マンデイナイト・フットボールというのは、その週の中で唯一月曜日(マンデイナイト)に開催されるゲームで、全米放送されることから注目度が高くなっています。その他のゲームの多くは、前日の日曜日に行われています。
 私が1970年代にNFLを見始めた頃から存在する、NFLの演出です。

 マンデイナイトゲームが開始された理由は極めて重要なものでした。

 NFL(ナショナルフットボール・リーグ)は1922年に創設されたのですが、アメリカにおけるアメリカンフットボール人気の高まりに伴い、別のリーグを創ろうとする動きが生まれ(お金儲けには多くの人と思惑が重なるものです)、1960年にAFL(アメリカンフットボール・リーグ)が創設されました。

 そして、旧NFLとAFLは観客動員他で凌ぎを削ったのですけれども、次第に両リーグともに観客動員が伸びなくなりましたので、両リーグ統合への機運が高まりました。

 1970年、旧NFLとAFLが統合されて新生NFLが誕生したのです。当時のNFLコミッショナーは、この統合を契機にNFLの人気を高める施策を打ち出すこととし、全米テレビ放送を企画、これにアメリカ3大ネットワークのひとつABCが乗って開始されたのが、マンデイナイト・フットボールなのです。

 現在でも地元密着型のスポーツが多いアメリカですが、何しろ「合衆国」ですから、当時は今以上に地元意識が強かったのでしょう。人気のあるアメリカンフットボールのゲームも、当該地域でのみテレビ放送されていたのです。

 こうした状況下、この「ひとつのゲームを全米放送するという企画」は、NFLにとって乾坤一擲の施策であったと思います。

 1970年9月12日、第一回マンデイナイト・フットボールMNFはクリーブランド・ブラウンズ対ニューヨーク・ジェッツの対戦で行われ、視聴率33%を獲得して大成功。以降、今日に至る長寿番組・長寿企画となりました。

 「NFLの全米への浸透」という、現在では思いもよらない目的を持って開始されたMNFは、1970年~2005年シーズンまでの26年間の長きに渡りABCで放送されました。そして、2006年からはスポーツ専門チャンネルESPNで放送されています。
我が国でも、ABCで放送していた時代に、その録画であったと思いますがNHKテレビ放送で観ることが出来ました。現在でもESPNの放送を日本のテレビで観ることが出来ます。

 地上波の全国ネットABCからスポーツ専用チャンネルのESPNに移ったということは、1970年の新生NFL誕生時の目的が概ね達成されたことを示している事象に見えます。

 MNFには、開始当時の目的を実現するために、「注目度が高く、技術レベルが高いカード」が組まれて来たことは言うまでもありません。全米中に「面白くなくて下手くそなフットボール」を放送するのでは、無意味・有害だからです。
 従って、前シーズンの成績上位チーム同士のカードが多く組まれ、放送されてきましたし、現在でも同様のマッチングが行われています。

 先日10月13日のNHK-BS1放送の中で、マンデイナイト・フットボールMNFに最も多く出場したプレーヤーとして「ジョー・モンタナ選手」が紹介されていました。

 ジョー・モンタナ選手は、49ersのクオーターバックQBとして、1980年代に4度スーパーボールに出場して4度優勝した、伝説的なQBです。モンタナを擁して全盛期を迎えていた49ersは、当時当然ながら毎年のようにプレーオフに進出し、スーパーボール争いの先頭に立っていましたから、マンデイナイト・フットボールへの出場回数が多くなったのは自然なことでしょう。

 そういう意味では、モンタナ選手は「NFLの人気を盛り上げて不動のものにした立役者のひとり」であることは、間違いないと思います。我が国でも、モンタナ・マジック(モンタナ選手の驚異的なプレー)を見てNFLファンなった方が、とても多いと感じます。

 そして、2014年10月13日・700回目のマンデイナイト・フットボールの対戦チームに、49ersが選ばれているのは、決して偶然ではないでしょう。

 ESPN放送となったからと言って、MNFの人気は一向に衰えていないように観えます。MNFゲームに選ばれたチームのファンは、いつものゲームに増して大きな声援を送っているように見えますし、プレーヤーもいつも以上に張り切ったプレーを展開している感じがします。

 現在全米4大プロスポーツリーグ、NFL・MLB・NBA・NHLの中でも、最も人気があると言われるNFLですが、その人気は決して「アメリカンフットボールはアメリカでは人気スポーツだから」とか「長くやっているから」といった理由のみで構築されたものではないのです。時代時代の関係者の懸命の努力、様々な企画の展開によって、営々と積み上げられてきたものであることは間違いありません。

 そして、たゆまぬ努力は現在も続けられているのです。
 毎年11月3日に開催される全日本剣道選手権大会は、いつも私に大きな感動をもたらしてくれますが、剣道という競技には、他の競技とは明らかに異なる特徴があると思います。
 全日本選手権大会のルールに則って、見て行きましょう。

1. 試合時間10分、延長戦は無制限

 試合時間は10分間・2本先取です。どちらかの選手が1本取っている状態で10分が終了すれば、当該の1本を取っている選手の勝ちとなります。

 1本対1本、あるいは0本対0本の状態で10分が過ぎれば、延長戦に突入します。この延長戦は「時間無制限・1本勝負」です。

 このルールの明快さが素晴らしいと思うのです。

① 10分間通しは相当長いこと

 他の格闘技に比べて、本戦の10分間通しという試合時間は長いと思います。例えば、ボクシングやレスリングなら3分間の繰り返し、柔道なら5分間が一般的です。
 剣道が、ボクシング・レスリング・柔道などと比べて、「時間当たりの消費エネルギー量が少ない=疲れない」競技だとは考えられませんので、10分間通しのプレーというのは相当負担が重いと見られるでしょう。

 従って、試合時間が5分を過ぎた頃から、さすがの剣士達にも疲れが見え始めます。この辺りから、試合は次のステージに入るのです。
 疲れる前に勝負をつけようとか、疲れが見えてから勝負に入ろうとか、その併用とか、様々な作戦が存在します。

② 時間無制限の延長戦

 本戦の10分間で勝負が決しない時には、「どちらかが1本を取るまで、休むことなく、時間無制限」で試合が行われます。本戦の10分間でも、相当に疲労していますから、延長戦は双方疲れ切った状態での試合が続きます。
 激闘と呼ぶに相応しい戦いとなりますし、スピード・技術・体力に優れた最高のアスリートである剣士同士の戦いですが、そう長い時間がかかることなく勝敗が決するのです。

 「10分間+時間無制限」という、単純明快さは他の競技にはなかなか見られないルールでしょう。

2. 会場に時計=試合時間の経過を示すツール、がないこと

 前項の通り、本戦の試合時間は10分間ですが、その試合時間を示す時計が試合場に無いのです。

 つまり、選手は10分間を「体内時計」で把握しなくてはならないということです。試合における体力の配分や、例えば前半3分間で勝負、ラスト3分間で勝負といった作戦も、自らの時間感覚で対応していかなくてはならないということになります。

 これも素晴らしいことだと思います。

 現在の他の格闘技の多くは、試合場に秒単位で表示される時計が有り、選手はそれを観ながら、残り時間等を把握して戦います。コーチやセコンドが残り時間を大声で知らせることも珍しくありません。しかし、剣道にはそれが一切ありません。試合時間経過を知らせる場内放送・鐘やブザー音も、もちろん無いのです。当然ながら、観客も自らの方法で時間経過を把握しなくてはなりません。

21世紀のスポーツとして、凄いことだと感じます。
 
3. 試合中のコーチ他の指導・情報提供が無いこと

 前項・前々項とも関連しますが、剣道会場においては試合場の横からコーチの大きな声が聞こえることはありませんし、本戦から延長戦に入る時にコーチと相談することも出来ません。

 「戦いは己ひとり」で行うことが、徹底されているのです。武道としての剣道、命のやり取りを行う状況・環境を維持しているのではないかとも思います。
 練習・修練の段階では、先生やコーチの指導も大変大きな意味を持つのでしょうが、試合はひとりで、徹底してひとりで行うものであるという、剣道競技の精神は、とても日本的なものだと感じます。

 観客席からの大声の声援もとても少なく、もちろん、鳴り物による応援などは考えられません。
試合中に良いプレーや惜しい技があると、場内には静かに拍手が沸き起こります。同僚選手も、拍手をしています。「グッドプレーには拍手という競技」なのです。

4. 反則の取り扱い

 例えば、試合中に「竹刀を落す」という反則を犯すと、2回で相手選手に1本が与えられます。とても明快なルールです。

 おそらく、剣道の本質からすると「竹刀を落した時点で1本」としたいところなのではないかと思います。真剣による立合いなら、剣を落とした時点で相手に切られる可能性は相当高いからです。大袈裟に言えば「剣は剣士の命」でしょうから、それを手から離してしまうというのは、あってはならないことなのでしょう。
 ちなみに、剣を落とした時に「走って逃げるという概念」は、日本武道には存在しません。卑怯な行動は、日本文化において最も忌み嫌われることだからです。

 「場外反則」も同様です。真剣による立合いなら、川っ淵に追い込まれたり、壁に押しつけられたりしたら、相当不利な状況になることでしょう。勝敗に大きな影響を与える事象には、大きな制裁が課されるのです。
 従って、剣道の試合で場外際に押し込まれた際、剣士は決して下がりません。メンやコテなどで1本を取られること以上に、「場外」を避けようとしているかのように見えます。

 「反則2回で1本」というルールは、剣道が近代スポーツとなって行く過程で、真剣勝負とスポーツの折衷案として導入されたのではないでしょうか。

 以上の様に、1970年から世界選手権大会が実施され、参加国数も40か国以上になり、相当にメジャーなスポーツに発展した現在でも、剣道競技には武道としての精神が随所に生きていると感じます。

 この日本武道の伝統に裏打ちされた「独特のルール」「競技の在り様」が、スポーツとしての剣道の世界普及の最大の要因となっているというところが、最も素晴らしいことなのでしょう。

 中国・上海の余山ゴルフクラブを会場として行われている、2014年の世界ゴルフ選手権HSBCチャンピオンズ大会で、日本の岩田寛選手が3日目を終えて単独2位と好位置に付けています。

 初日73打・1オーバーパーでスタートした岩田選手は、2日目に65打・7アンダーと好スコアを叩き出して一気に上位に進出、3日目に68打・4アンダーと畳み掛けてトータル10アンダーとしました。
 3日目を終えての首位は11アンダーのマクダウェル選手、9アンダーの3位タイにはマーティン・カイマー選手とババ・ワトソン選手と、全てメジャーチャンピオンが並びました。

 岩田選手は、1981年生まれの33歳、宮城県仙台市の出身です。アマチュア時代の戦績が素晴らしいものでしたので、2004年にプロ入りした後、初勝利は時間の問題とも見られていました。しかし、日本ツアーでの何度かの優勝チャンスを逃して、今年のフジサンケイクラシック大会でようやく初優勝を果たしました。

 その初優勝の勢いを、初出場となる世界ゴルフ選手権にぶつけているような活躍だと感じます。

 2日目、3日目のプレー内容を観ると、
① 距離が出ること
 同組のプレーヤーとのドライバー飛距離は、互角以上です。300ヤードを優に超えるショットを放ちます。実は飛ばし屋だと思います。

② ショートアイアンが正確
 余山G.C.はグリーンの形状に特徴が有り、アンジュレーションがきついため、ショットの落としどころひとつで、結果が大きく異なります。こうしたセッティングの下で、岩田選手のショートアイアンは、ピンから3~5mの範囲に確実にヒットしているのです。

③ パッティングが好調
 そして何より素晴らしいのがパッティングでしょう。前述のようにグリーンヒットした3~5mのバーディパットが、本当に良く入ります。
 距離感もころがりも良いので、このコースのグリーンにパッティングのタッチが合っているのでしょう。

 さて11月9日の最終日、岩田選手は最終組でラウンドします。メジャーチャンピオンを相手にしての活躍が、とても楽しみです。

 岩田選手は、とてもシャイです。
 3日目を終えた後のインタビューでも「(18番のグリーン外からのバーディについて聞かれ)運が良かったです。」と応え、「(明日に向けてはと聞かれ)今は何も考えていない。」とコメントしました。
 この物静かなサムライは、しかし、激しい闘志を秘めているように見えます。

 サプライズを、大きなサプライズを待っています。
 第一回東京オリンピックの前年・1963年(昭和38年)に創設されたアルゼンチン共和国杯(当初はアルゼンチン・ジョッキークラブ杯→ARJC杯)は、1984年の中央競馬重賞レース体系見直しまでの間、春に開催されていて、古馬限定レースでしたから、天皇賞(春)を目指す関東の有力古馬のステップレースでした。(1984年に目黒記念(秋)の後継レースとして秋に行われるようになり、同時に3歳馬も出走できるようになりました)

 従って、菊花賞や天皇賞といった長距離レースでの実績十分の馬達が多数出走してきたのです。

 思い出深いレースも多いのですが、今回は1983年つまり春に行われた最後のアルゼンチン共和国杯を採り上げます。

[1983年4月3日のアルゼンチン共和国杯の結果]
1着 ミナガワマンナ
2着 アンバーシャダイ ハナ差
3着 ホリスキー ハナ差
4着 メジロティターン 2・1/2馬身差

 錚々たる長距離馬・ステイヤーが名を連ねました。

 まずは優勝したミナガワマンナ号。
 父シンザン、母ロングマンナ、母の父ヴィミー。通算成績25戦7勝、主な勝ち鞍1981年菊花賞、1982年・1983年アルゼンチン共和国杯(連覇)。
 あの三冠馬シンザン産駒初のクラシックホースです。シンザン産駒には快速馬・短距離馬が多かったのですが、異彩を放つ存在でした。皐月賞12着、日本ダービー8着と来て菊花賞優勝(2着に4馬身差)なのですから、距離が延びるほど良いという感じです。内国産種牡馬として、輸入種牡馬相手に正面から戦ったシンザンの代表産駒の一頭でしょう。シンザンには及ばないものの、29歳の長寿を全うしました。

 1983年のアルゼンチン共和国杯は、最後の直線でアンバーシャダイ、ホリスキーとの猛烈な叩き合いを演じて、見事に勝ち切りました。

 続いて2着のアンバーシャダイ号。
 父ノーザンテースト、母クリアアンバー。通算成績34戦11勝、主な勝ち鞍1981年有馬記念、1983年天皇賞(春)、1981年目黒記念(秋)、1982年・1983年AJC杯(連覇)。
 通算10度のリーディングサイアーに輝いたノーザンテーストの初年度産駒です。この時代の長距離レースの横綱的存在でした。一生懸命に走る馬で、「大敗しなかった」印象です。

 続いて3着のホリスキー号。
 父マルゼンスキー、母オキノパンダ。通算成績19戦5勝、主な勝ち鞍1982年菊花賞。
 ニジンスキーの仔マルゼンスキーの代表産駒として、長距離線で力を発揮しました。天皇賞ではアンバーシャダイ他の前に惜しくも2着・3着でしたが、まさにステイヤーでした。
 ステイヤーとしては珍しく、ユキノサンライズ、ロンシャンボーイ、シンホリスキー、ルイボスゴールドなど、産駒に多くの重賞ウイナーを輩出したことでも知られています。

 最後は4着のメジロティターン号。
 父メジロアサマ、母シェリル(フランスの名牝系)。通算成績27戦7勝、主な勝ち鞍1982年天皇賞(秋)(当時は3200m)、1981年セントライト記念、1982年日経賞。
 父メジロアサマ→メジロティターン→産駒メジロマックイーンと日本競馬界唯一の「父子3代天皇賞制覇」を達成している、名ステイヤーです。

 こうした優駿が集った1983年のアルゼンチン共和国杯は、同競走史上に残る好レースであったと感じます。本当に懐かしいレースです。

 何時の時代にも、「時代の強豪が集結してしまうレース」というものが存在するのです。現在でいうところのG1ホースが数多く出走してきた、1970年代から1980年代前半までのアルゼンチン共和国杯も、そうしたレースのひとつでした。

 日本の錦織圭選手が、ATP(男子プロテニス協会)が主催する、今シーズンのツアー最終戦・ツアー・ファイナル(11月9日~16日、atロンドン)に進出しました。自己最高位の世界ランキング5位を引っ提げての、堂々たる出場です。

 直前のツアーランキング上位8名しか参加できないツアー・ファイナル出場は、錦織選手の今シーズンの目標のひとつでした。そして、それを達成しました。もちろん、日本人男子プレーヤーとして初の快挙です。

 そして、ツアー・ファイナル2014の1次リーグ組分けも発表されました。

[A組]
・ジョコビッチ(セルビア)
・ワウリンカ(スイス)
・ベンディハ(チェコ)
・チリッチ(クロアチア)

[B組]
・フェデラー(スイス)
・錦織
・アンディ・マリー(イギリス)
・ラオニッチ(カナダ)

 当然ながら、いずれ劣らぬ強豪選手ばかりの8名です。強いて言えば、「クレーコートの鬼」ラファエル・ナダル選手の名前が無い事が少し意外ですが、今季は調子が良くなかったのでしょうか。

 さて、ジョコビッチ選手とフェデラー選手は、言うまでも無く最近の10年間、世界の男子テニス界を席巻してきた2人です。4大大会の優勝数でも傑出しています。各組の1位候補でしょう。

 ワウリンカ選手やラオニッチ選手、そしてチリッチ選手は、4大大会やツアーの各大会で、錦織選手が何度も戦っている相手です。全米オープン2014決勝で、チリッチ選手に敗れた試合は、鮮明に記憶に残っています。

 そして、アンディ・マリー選手は、2012年の全米・2013年の全英に優勝しています。特に2013年の全英(ウィンブルドン)シングルス優勝は、1936年のフレッド・ペリー選手以来77年振り!の地元イギリス人プレーヤーの優勝でした。
 ジョコビッチ・フェデラー・ナダルとともに4強と呼ばれることもあるプレーヤーです。

 また、トマーシュ・ベンディハ選手は2010年の全英準優勝や全豪・全仏・全英のベスト4進出経験が有り、ツアーシングルス9勝の実力者です。29歳のベテランですが、まだまだ健在であることを示したファイナル進出でした。

 錦織選手としても、総当たりとなる1次リーグB組の2位以内を確保して、準決勝進出を果たす可能性もあれば、3戦全敗の可能性もある、とても高いフィールドということになります。

 ポイントはマリー選手との対戦でしょうか。この8プレーヤーの中で、錦織選手が唯一一度も勝ったことが無いプレーヤー(過去0勝3敗)なのです。
 フェデラー選手と互角(2勝2敗)、ラオニッチ選手には優位(4勝1敗)ですので、一層マリー選手との対戦の勝敗が大きく影響するでしょう。
 とはいえ、近時の錦織選手の対応力の高さを観るにつけ、勝機は十分に有ると思います。

 プロテニスプレーヤー・錦織圭の2014年は、進歩と発展の年でした。
 その年の仕上げのトーナメントです。大活躍を祈ります。

 大相撲の11月場所は、例年通り福岡国際センターを会場として11月9日から始まります。

 先場所旋風を巻き起こし、新入幕にして13勝2敗の好成績を挙げた逸ノ城が関脇に昇進して迎える場所です。小さいながら「ちょんまげ」も結えたようです。どんな相撲を魅せてくれるのか、とても楽しみです。

 また、横綱白鵬の32回目の優勝への挑戦も見物でしょう。大相撲最多記録・大鵬の32回に並ぶことが出来るかどうか。今場所最大の注目点です。

 さらに、横綱4場所目の鶴竜は、横綱としての初優勝を実現しようとするでしょうし、大関3場所目の豪栄道も存在感を示したいところです。

 加えて、2場所連続十両優勝の栃の心が前頭8枚目という高い番付で再入幕してきました。かつて三役を張っていた頃より強いのではないかとも言われています。勝ち星を積み上げるようなら、一気に横綱・大関との対戦も観られることでしょう。

1. 横綱

 横綱では、やはり白鵬関に注目です。圧倒的な安定感と、近時は型に嵌らない自在な取り口が際立っています。
 横綱に昇進した2007年7月場所から7年以上に渡って休場(全休)していないという、それこそ空前絶後の記録を継続しています。大相撲の看板力士・第一人者として、まさに「大横綱」の名に相応しい力士です。

2. 大関

 大関では、もう一度、稀勢の里関に注目したいと思います。常に横綱候補と呼ばれ続け、日本出身力士最強の名を欲しい儘にしてきた稀勢の里ですが、先場所の逸ノ城戦などを見ると、少し衰えを感じます。
 28歳と老け込むには早いのですが、前に出る力の減少や横の動きに付いていけない点など、やや取り口に粘り強さが欠けてきています。
 とはいえ、このまま幕ノ内最高優勝も無くキャリアを終えてしまうとも思えませんので、反攻に期待したいのです。いつも書くことで恐縮ですが、「立ち合いを低く」していただき、「右のかいなに自信を持って」「前に出る」相撲に徹してもらいたいと思います。

3. 関脇以下の8力士

③ 逸ノ城関

 9月場所の活躍は見事の一語。新入幕にして大関・横綱4連戦が組まれて3勝1敗と勝ち越しました。相当以前の様に、平幕下位と大関・横綱の取組が組まれることが無いルール下でしたら、十分に優勝できる内容でした。一気に関脇というのも、当然の昇進でしょう。

 11月場所は、相手力士からも研究され、先場所の様には行かないとは思いますが、勢いで取る相撲では無く、慎重な取り口と上手さ十分の相撲ですから、相応の成績は残せるものと期待します。10番以上は勝てるのではないでしょうか。

 9月場所千秋楽の安美錦との一番が圧巻でした。前に出る力が強く、技も多彩な安美錦は、「相手の力を利用する相撲(格闘技の基本ですが)」にかけては現在の角界一でしょう。その安美関に押されてから引かれながら、全く動ずることなく付いて行って押し出した相撲は、9月場所の逸ノ城の15番の中で最高の内容であったと感じます。

④ 栃の心関

 9月場所の十両全勝優勝は見事でした。「全ての取組が危なげ無い内容」であったことが、素晴らしいと思います。
 過去十両全勝優勝をした力士は全て大関以上に昇進しています。これは確率100%なのです。

 膝を痛めたことで、膝に負担がかからない相撲を身に付けたことと、休場している間に「左の腕」の治療も出来て、自慢の腕力を使えるようになったことが、快進撃の要因だと考えます。

 もともと三役力士の力を備えていた栃の心が、一層強くなったのですから、8枚目という番付であれば、大活躍してくれることでしょう。

⑤ 妙義龍関

 9月場所は全休と残念でした。
 故障から回復していることを前提として、11月場所では大注目です。もともと関脇として勝ち越し・10番以上の白星挙げる強さを具備しているのですから、11枚目となれば大暴れが見られることでしょう。

⑥ 大砂嵐関

 相撲を憶えていない段階で、幕内上位力士と互角の相撲を取ってきたのは驚異的なことです。
 そろそろ相撲の基本を身に付けてきたことでしょう。本当の力を発揮する場所が来たのではないでしょうか。

⑦ 栃煌山関

 豪栄道が大関に昇進した今、実力では互角以上と見られていた栃煌山の心境は複雑でしょう。攻めている時の強さは天下一品の力士です。怪我の回復が順調なら、前頭筆頭の番付でも意地の相撲が展開されることでしょう。

⑧ 遠藤関

 このところ負けが混んでいる遠藤ですが、あの密着相撲は本物だと見ます。魁皇・高見盛後の大相撲の人気を一身に支えてきた感がありましたが、ようやく逸ノ城他の人気力士が育ってきました。少し、肩の荷が下りたのではないでしょうか。
 自分の相撲を取っていける場所だと思います。スピードを回復させることがポイントでしょう。

⑨ 千代大龍関

 当たりと押しの破壊力なら、幕内屈指でしょう。この番付・9枚目なら地力が活きると思います。学生相撲出身力士として、遠藤や常幸龍に負けてはいられません。

⑩ 千代丸関

 幕尻まで下がりました。外連味の無い相撲で、千代鳳とともに土俵を湧かせてきた千代丸ですから、ここでもう一度浮上するのではないでしょうか。おかしなことをしないという相撲内容が活きてくると見ます。

 2014年11月場所は、以上の10力士に注目したいと思います。

 もちろん他にも、宝富士・照ノ富士の「富士コンビ」や豪風・嘉風の「風風コンビ」、安美錦や旭天鵬など注目したい力士は数多いのですが、10名となると・・・。

 長く続いた「白鵬の時代」が、ターニングポイントに差しかかっているのかもしれません。全ての力士が力を出し切れる場所になっていただきたいと思いますし、出来ることなら本当に久しぶりの、日本出身力士の優勝を観てみたいと思います。
 第62回全日本剣道選手権大会は、例年通り11月3日に日本武道館で開催されました。

 「剣士・日本一」を決める大会であり、剣道を志す者にとっての最高峰の大会ですから、毎年素晴らしいプレーの連続が観られますが、今年も例外ではありませんでした。

 今大会の第一印象は「フレッシュな組合せが多かった」ということでしょう。

 ベスト4に進出した剣士の内3名が初進出でしたし、決勝の2名は何と初出場でした。前年優勝者・内村良一選手を始めとして過去10年間の大会を彩ってきた強豪選手が悉く姿を消したという、ある意味では「珍しい」大会であったとも感じます。

 決勝は、筑波大学3年生・21歳の竹ノ内佑也選手と24歳の國友錬太朗選手の対戦となりました。
 共に、20歳台前半の剣士にして四段、全日本初出場、加えて福岡代表でした。

 話は少し逸れますが、剣道というのは九州地域で盛んな武道・スポーツなのでしょうか。今大会の決勝進出者2名を始め、前述の内村選手など、熊本・大分・福岡等に強豪が目白押しの感じがします。

 また、四段同士の決勝戦というのもなかなか見られないものでしょう。この年齢では四段が最高位なのかもしれませんが、五段、錬士六段・錬士七段の決勝戦を見慣れた者にとっては、とても新鮮でした。

 さて、話を戻します。

 竹ノ内選手と國友選手は、共に堂々たる戦績で1回戦から勝ち上がってきたのですが、その試合内容には違いがありました。
 
 竹ノ内選手は、準決勝までの5試合の内3試合が2本を取っての勝ち、一方の國友選手は5試合とも1本勝ちで内4試合が延長戦勝ちでした。
 竹ノ内選手は、試合が始まった直後から自分の形で攻めて、1本を取りに行く剣道を展開し、國友選手はじっくりと構えて、相手剣士の疲労を待ち、試合後半や延長に入ってから、1本を奪って勝ってきたのです。

 従って、決勝戦は「早めに勝負が付けば竹ノ内、長引けば國友ペース」であろうと観ていました。

 試合が始まりました。

 準決勝までは、試合の前半にはじっくりと構えていた國友選手が、開始直後から攻めます。これは意外な展開でしたが、同じ福岡大会からの出場者同士ですから、手の内は良く知っているということでしょう。
 竹ノ内選手も試合開始直後の國友選手の攻めを良く凌ぎました。

 そして、試合時間が6分を過ぎ、竹ノ内選手がコテに行くと見せてのメンを繰り出して、まず1本を先取。6分半過ぎの、國友選手も前に出ようとした瞬間を突いた「綺麗な1本」でした。このレベルになると、カウンターが有効なのでしょう。

 そして、それから30秒も経たないかのタイミングで、再び竹ノ内選手のメンが決まりました。1本を取り返しに行った國友選手の隙を突いたメンでした。おそらく7分くらいの時間帯であったことでしょう。

 これで竹ノ内選手が2本となり、勝利。剣士日本一の栄誉に輝きました。

 21歳5か月での史上最年少優勝、学生の優勝は1971年以来43年振り、四段の優勝は1976年以来38年振り、福岡勢の優勝も1978年以来36年振りという、記録ずくめの優勝でした。

 いつの全日本選手権大会でも「剣道競技」の崇高さ・技術の高さに感動仕切りなのですが、今大会は1つ気になることがありました。
 準々決勝の高橋秀人選手と西村英久選手の試合の審判員です。

 試合時間7分経過辺りでしたか、高橋選手が竹刀を落しました。この試合2度目の竹刀落下でしたので、反則2回となって西村選手に1本が与えられます。ここまではルール通りなのですが、主審が「勝負あり」と叫んだのです。
 当然間違いで、直ぐに訂正されましたが、3分の試合時間を残して「勝負あり」というのは、お粗末なコールでした。

 勝負はこの後、高橋選手が1本を取り返して同点となり、最後は西村選手が1本を取って勝負を決めたのですが、この最後の1本の時、主審は副審二人と違う色の旗を挙げていました。そして、気が付いて旗を変更したのです。3人の審判員の旗の色が異なることは珍しいことでは無く、相打ちにおける一瞬の攻防では「見る角度によって判定が異なるのは有り得ること」でしょう。だから3人で判定しているのです。

 ところが本件は、他の2人の判定を見て、主審が判定を覆しました。おそらく「間違えていた」のでしょう。こうなると話は別で、剣道の達人であり、私達には見えない超高速プレーを見極める眼を持つ筈の全日本大会のベスト8の審判員としては、「珍しい行動」でしょう。
 先の「勝負あり」の間違ったコールから、少し浮足立っていたのかもしれませんが、「何物にも動じない強い精神力の育成」を目的のひとつとする剣道競技の最高峰の大会を裁く審判員としては、残念なことと言えそうです。

 もちろん、審判員も人間ですから間違いはあるものなのですが、こと剣道という競技の全日本選手権ともなると、「間違いは許されない」と感じてしまうことが、不思議なことなのかもしれません。

 さて、「世代交代の色」を感じさせた全国剣道選手権大会2014でしたが、2015年の世界選手権に向けての代表選手選定が難しくなった感じです。
 代表は10名ですが、国際大会の経験が豊富なベテラン勢と、今大会一気に上位に進出した若手の中から、どのような割合で選抜して行くのか、そしてその10名の中から本大会でどの剣士を起用して行くのか、協会や監督には頭の痛いところでしょうが、「贅沢な悩み」とも言えそうです。選ぶ人が居ないよりは、遥かに素晴らしい状態なのですから。

 妻とNHKテレビ放送を観ながら、正確に覚えてはいないが「少なくとも20年以上に渡って11月3日に全日本剣道の放送を観ている」ことを確認し合いました。
 文化の日には外出していないことの証明でもあります。

 何だかそれも少し寂しいので、来年は旅行にでも行こうか、という話になりました。もちろん録画予約はするのですが。
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我が家の月下美人も16年目。同時に30個の花が咲くこともあります。スポーツも花盛りですね。一緒に楽しみましょう。

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