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HOME   »  2014年11月08日
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 中国・上海の余山ゴルフクラブを会場として行われている、2014年の世界ゴルフ選手権HSBCチャンピオンズ大会で、日本の岩田寛選手が3日目を終えて単独2位と好位置に付けています。

 初日73打・1オーバーパーでスタートした岩田選手は、2日目に65打・7アンダーと好スコアを叩き出して一気に上位に進出、3日目に68打・4アンダーと畳み掛けてトータル10アンダーとしました。
 3日目を終えての首位は11アンダーのマクダウェル選手、9アンダーの3位タイにはマーティン・カイマー選手とババ・ワトソン選手と、全てメジャーチャンピオンが並びました。

 岩田選手は、1981年生まれの33歳、宮城県仙台市の出身です。アマチュア時代の戦績が素晴らしいものでしたので、2004年にプロ入りした後、初勝利は時間の問題とも見られていました。しかし、日本ツアーでの何度かの優勝チャンスを逃して、今年のフジサンケイクラシック大会でようやく初優勝を果たしました。

 その初優勝の勢いを、初出場となる世界ゴルフ選手権にぶつけているような活躍だと感じます。

 2日目、3日目のプレー内容を観ると、
① 距離が出ること
 同組のプレーヤーとのドライバー飛距離は、互角以上です。300ヤードを優に超えるショットを放ちます。実は飛ばし屋だと思います。

② ショートアイアンが正確
 余山G.C.はグリーンの形状に特徴が有り、アンジュレーションがきついため、ショットの落としどころひとつで、結果が大きく異なります。こうしたセッティングの下で、岩田選手のショートアイアンは、ピンから3~5mの範囲に確実にヒットしているのです。

③ パッティングが好調
 そして何より素晴らしいのがパッティングでしょう。前述のようにグリーンヒットした3~5mのバーディパットが、本当に良く入ります。
 距離感もころがりも良いので、このコースのグリーンにパッティングのタッチが合っているのでしょう。

 さて11月9日の最終日、岩田選手は最終組でラウンドします。メジャーチャンピオンを相手にしての活躍が、とても楽しみです。

 岩田選手は、とてもシャイです。
 3日目を終えた後のインタビューでも「(18番のグリーン外からのバーディについて聞かれ)運が良かったです。」と応え、「(明日に向けてはと聞かれ)今は何も考えていない。」とコメントしました。
 この物静かなサムライは、しかし、激しい闘志を秘めているように見えます。

 サプライズを、大きなサプライズを待っています。
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 第一回東京オリンピックの前年・1963年(昭和38年)に創設されたアルゼンチン共和国杯(当初はアルゼンチン・ジョッキークラブ杯→ARJC杯)は、1984年の中央競馬重賞レース体系見直しまでの間、春に開催されていて、古馬限定レースでしたから、天皇賞(春)を目指す関東の有力古馬のステップレースでした。(1984年に目黒記念(秋)の後継レースとして秋に行われるようになり、同時に3歳馬も出走できるようになりました)

 従って、菊花賞や天皇賞といった長距離レースでの実績十分の馬達が多数出走してきたのです。

 思い出深いレースも多いのですが、今回は1983年つまり春に行われた最後のアルゼンチン共和国杯を採り上げます。

[1983年4月3日のアルゼンチン共和国杯の結果]
1着 ミナガワマンナ
2着 アンバーシャダイ ハナ差
3着 ホリスキー ハナ差
4着 メジロティターン 2・1/2馬身差

 錚々たる長距離馬・ステイヤーが名を連ねました。

 まずは優勝したミナガワマンナ号。
 父シンザン、母ロングマンナ、母の父ヴィミー。通算成績25戦7勝、主な勝ち鞍1981年菊花賞、1982年・1983年アルゼンチン共和国杯(連覇)。
 あの三冠馬シンザン産駒初のクラシックホースです。シンザン産駒には快速馬・短距離馬が多かったのですが、異彩を放つ存在でした。皐月賞12着、日本ダービー8着と来て菊花賞優勝(2着に4馬身差)なのですから、距離が延びるほど良いという感じです。内国産種牡馬として、輸入種牡馬相手に正面から戦ったシンザンの代表産駒の一頭でしょう。シンザンには及ばないものの、29歳の長寿を全うしました。

 1983年のアルゼンチン共和国杯は、最後の直線でアンバーシャダイ、ホリスキーとの猛烈な叩き合いを演じて、見事に勝ち切りました。

 続いて2着のアンバーシャダイ号。
 父ノーザンテースト、母クリアアンバー。通算成績34戦11勝、主な勝ち鞍1981年有馬記念、1983年天皇賞(春)、1981年目黒記念(秋)、1982年・1983年AJC杯(連覇)。
 通算10度のリーディングサイアーに輝いたノーザンテーストの初年度産駒です。この時代の長距離レースの横綱的存在でした。一生懸命に走る馬で、「大敗しなかった」印象です。

 続いて3着のホリスキー号。
 父マルゼンスキー、母オキノパンダ。通算成績19戦5勝、主な勝ち鞍1982年菊花賞。
 ニジンスキーの仔マルゼンスキーの代表産駒として、長距離線で力を発揮しました。天皇賞ではアンバーシャダイ他の前に惜しくも2着・3着でしたが、まさにステイヤーでした。
 ステイヤーとしては珍しく、ユキノサンライズ、ロンシャンボーイ、シンホリスキー、ルイボスゴールドなど、産駒に多くの重賞ウイナーを輩出したことでも知られています。

 最後は4着のメジロティターン号。
 父メジロアサマ、母シェリル(フランスの名牝系)。通算成績27戦7勝、主な勝ち鞍1982年天皇賞(秋)(当時は3200m)、1981年セントライト記念、1982年日経賞。
 父メジロアサマ→メジロティターン→産駒メジロマックイーンと日本競馬界唯一の「父子3代天皇賞制覇」を達成している、名ステイヤーです。

 こうした優駿が集った1983年のアルゼンチン共和国杯は、同競走史上に残る好レースであったと感じます。本当に懐かしいレースです。

 何時の時代にも、「時代の強豪が集結してしまうレース」というものが存在するのです。現在でいうところのG1ホースが数多く出走してきた、1970年代から1980年代前半までのアルゼンチン共和国杯も、そうしたレースのひとつでした。

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Author:カエサルjr
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