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 2014年の書き収めは、このテーマにしました。

 スクラメイジ(つかみ合い、乱闘、混沌といった意味。スクリメイジと表記されることもあります)とは、ごく初期のフットボールにおいて「ボール近辺で発生する大混雑・大混乱」のことです。

 日本各地のお祭りでも、裸の男達が雲霞の如く集まり「ひとつの木の球」を取り合うといった趣向のものが存在しますが、ごく初期のフットボールもこうした祭りと同様に、例えば、「収穫が終わった後の村同士の対抗戦」といった形で行われて来たことでしょう。

 この頃はチーム毎の人数がルール化されていた訳では無いでしょうから、ひとつのボールに何十人もの人が殺到して取り合うシーンが数多く発生したと思われます。このボールの取り合いの状態がスクラメイジです。

 スクラメイジは怪我が発生しやすい「とても危険な状態」ですし、そもそも見ている人達からは「何をやっているか分かり難い・見え難い」ものですから、初期フットボールが近代スポーツに進化して行く過程で、「スクラメイジの取り扱い」が課題のひとつになったと考えられます。

 19世紀の後半にイギリスで始まったラグビー競技においては、両チームがボールに殺到するスクラメイジ状態を「スクラムという形」に置き換えたのだろうと思います。怪我をする危険を軽減させるとともに、観客から分かりやすく観やすいという利点があります。

 一方で、「スクラメイジの精神」=「両チームのメンバーが必死にひとつのボールを争奪する」という面はしっかり継承されていて、スクラム状態が継続されている時には、スクラムからフランカーなどのプレーヤーが離れてしまうと反則となるのです。「ちゃんとボールの取り合いに参加しなさい」ということでしょう。

 ラグビー競技(15人制)においては、スクラメイジをスクラムプレーによって代替したと書きましたが、別の形でスクラメイジが残っているとも思います。最もスクラメイジに近いプレーはモールプレーでしょうし、時にはラックプレーにもそうした面があると感じます。
 「立ってプレーしながらボールを取り合う」モールは、かつてのスクラメイジの雰囲気を漂わせているプレーだと思うのです。

 さて、イギリスで始まったラグビーが19世紀後半にアメリカに渡り、1880年過ぎに誕生したスポーツがアメリカンフットボールであると言われています(本ブログの2012年9月9日の記事「アメリカンフットボールの始まり」ご参照)が、アメリカンフットボールにおいても独特の「スクラメイジの取り扱い」が行われています。

 アメフトにおいては、ラグビーにおけるスクラムという手法は取らず、「スクリメイジラインという概念」を創設したのです。
 攻撃側のセンターCプレーヤーがボールをフィールドに置き、クオーターバックにスナップすることでゲームが始まるのがアメフトですが、このセンターが置いたボールの位置からフィールドの両サイドに引いた線(もちろん実際には見えません)がスクリメイジラインです。
 両チームのラインメンと呼ばれるプレーヤーは、スクリメイジラインを挟んで睨みあい、Cプレーヤーのスナップの瞬間を待つのです。

 ラインメンがプレー開始前にこのスクリメイジラインを超えてしまうと、オフサイドやニュートラルゾーン・インフラクション、エンクローチメントといった反則に繋がってしまいます。
 そして、Cプレーヤーがスナップした瞬間、攻撃側と守備側のラインメンがぶつかり合います。このぶつかり合った瞬間は「初期フットボールのスクリメイジ」に近い状態なのですが、アメフトではラインメンの手の使用に制限を加えるなどして、「怪我・故障に繋がるリスク」を軽減しています。

 スクラメイジ(つかみ合い、乱闘、混沌)は、ラグビーやアメリカンフットボールといった「格闘系球技」にとっては見所・醍醐味のひとつであることは間違いありませんが、近代スポーツとしては相応に管理されている必要がありますので、それぞれの競技によって様々な工夫が施されているということになるのでしょう。

 また、アメリカンフットボールは、ラグビーをベースとして生まれたと伝えられていますが、現在では全く異なる競技になっていると考えます。
 この違いは「外見の違い」に留まらず、「本質的な違い」にまで拡大しているように観えます。「対極にあるスポーツ」とさえ感じます。

 大変興味深いテーマです。2015年には「ラグビー(15人制)とアメリカンフットボールの違い」について採り上げてみたいとも考えています。


 2014年も「KaZブログ」をご愛読いただき、ありがとうございました。

 皆様の応援のおかげで、1年間書き続けることが出来ました。

 2015年も、よろしくお願いいたします。

 それでは皆様、良いお年をお迎えください。
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 元MLBニューヨーク・ヤンキースの投手で、FAとなっていて去就が注目されていた黒田博樹投手が日本プロ野球NPBの広島カープと契約したことが、12月27日広島カープから発表されました。
 1年契約、年俸は4億円+出来高と伝えられています。

 黒田投手は2007年以来8年振りのNPB広島カープ復帰となります。NPBに所属していたプロ選手が、MLBと契約しプレーした後、再びNPBの「同じ球団」に復帰するというのは、大変珍しいことです。おそらく、MLBで相応の活躍を魅せたプレーヤーとしては初めてのことでしょう。

 MLBでロサンゼルス・ドジャーズとニューヨーク・ヤンキースという、東西の人気チーム・「横綱級のチーム」に計7シーズン所属して、先発投手に期待される「シーズン30度以上の登板」を6シーズンで達成し、1シーズン平均188イニング強、2009年を除く6シーズンでは平均200イニング以上を投げています。これは「MLBの先発投手に求められる役割期待を完全にクリア」しているのです。

 そのため、2015年2月には40歳になるベテラン投手にもかかわらず、ヤンキースは残留を強く希望し、サンディエゴ・パドレスやロサンゼルス・ドジャーズが年俸20億円前後の高給を用意して、獲得を目指したのも当然のことでしょう。「黒田投手のMLBにおけるマーケットバリューは極めて高い」のです。

 ところが、黒田投手は「広島復帰」を決めたのです。

 「MLBのどのチームを選んでも年俸20億円は約束されているのに、何故4億円の広島を選んだのか」については、いろいろな理由があるのでしょう。

 プロスポーツプレーヤーが自分の仕事場を選ぶ際には、もちろん「年俸の多寡」も選択基準の重要な要素でしょう。
 しかし、黒田投手の立場になったつもりで(勝手に)考えてみると、今回はこの点はあまり大きな要素では無かったように感じます。

① MLBの先発投手として「仕事をやり切った」気持ちが強かったのではないか。

 これは、逆の面から観れば、責任感の強い黒田投手として「2015年シーズンで、MLBのスターターとしての投球をやり切る自信が無かった」ということになるのかもしれません。

  MLBで7シーズンに渡ってスターターを務めた黒田投手は、MLBのスターターを1シーズン続けることの難しさ・負担の大きさを、他のどのNPB出身先発投手より熟知している筈です。
  さすがに、「そろそろしんどい」と感じた可能性はあります。

  それでも、年俸20億円で契約してしまえば、2015年の成績がどのような内容であっても、余程のことが無い限り20億円を手にすることが出来るのですが、そこは「黒田投手の美学」が許さなかったのでしょう。
  この美学は「日本人の特質」にも通じるものが有ります。「何でもいいから、貰えるものは貰っておこう」という考え方は、多くの日本人は選択しないのです。
  さすがに「サムライ」と呼ばれる黒田投手ならではの選択だと感じます。

② 「自分へのご褒美」と考えたのではないか。

 さて、「MLBに別れを告げてNPBに復帰しよう」と考えた時に、黒田投手は迷わずに古巣・広島を選択したように観えます。

 もちろん、数年前から広島カープ側から黒田投手にアプローチし続けていたと伝えられていますから、広島からの「熱心な誘い」も大きな要因とはなったのでしょう。

 しかし、黒田投手が広島を選んだのは、「残り少ないプロ野球選手としての時間を自分の為に使いたい。少しはプロ野球選手としての時間を楽しみたい。」という気持ちがあったのではないかと感じます。

 1997年~2007年の広島時代は、エースとしての働きに大きな期待がかかり、2008年~2014年のMLB時代の特に後半は「1年毎・1試合毎が勝負。ダメならいつでも引退する」という決意のもとで、自らをギリギリのところまで追い込んだ日々を過ごしてきたのでしょう。加えて、MLB時代は「単身赴任」だったのではないでしょぅか。

 そうした「極めて高いプレッシャー」のもとで、これまで18年間のプロ生活を送ってきた黒田投手が、「自分へのご褒美」として、古巣での生活を選択したのではないかと思うのです。
 知人もファンも多く、慣れ親しんだ球団で、家族と共にプロ野球生活を送るという「贅沢?」を選択したのではないでしょうか。

 当然ながら、「自分へのご褒美」といっても、黒田投手が「気を抜いた投球」を見せることなど考えられません。心持ちが少し違うというだけで、高いプロ意識を保持する黒田投手は、復帰した広島カープでも全身全霊の投球を展開してくれることでしょう。

 さて、黒田投手のNPB復帰は、私達ファンにとっても朗報です。

 あの重厚なピッチングをNPBのゲームで観ることが出来るのです。黒田投手には「プレッシャーから解放された投球」を存分に展開していただきたいと思います。
 12月30日と31日に、日本国内でプロボクシングの世界タイトルマッチが8試合も行われます。

[30日・東京体育館]
・WBOスーパーフライ級タイトルマッチ
・WBCライトフライ級王座決定戦
・WBCライト級王座決定戦

[31日・大阪・ボディメーカーコロシアム]
・WBA・WBOスーパーバンタム級タイトルマッチ
・IBF・WBOミニマム級王座決定戦

[31日・東京・大田区総合体育館]
・WBAスーパーフェザー級タイトルマッチ
・WBAスーパーフライ級タイトルマッチ
・WBAライトフライ級タイトルマッチ

 の8試合です。
 百花繚乱という感じのラインナップです。年末のボクシングから眼が離せないといったところでしょうか。

 これだけの試合が日本で行われ、アルゼンチン、メキシコ、ベネズエラ、キューバ、ドミニカ、ペルーといった中南米を主体とした強豪選手が日本のリングに上がることは、日本プロボクシングの隆盛を感じさせる光景ではあります。

 一方で、1会場で複数の世界戦をメイクしないと、観客動員やテレビ視聴率といった面で力不足という側面も見逃せません。
 20世紀の後半には「1つの世界タイトルマッチ」で十分に観客を動員し、高い視聴率を叩き出すことが出来ていたプロボクシングが、残念ながらその力・魅力を減じつつあることも事実なのでしょう。
 この視点で見ると、年末の8つの世界タイトルマッチは、そうした状況下でも「日本で開催することが興行的にベター」であることを示しているということになります。

 「プロボクシングの人気低迷」の原因については、いくつかの点が挙げられるのでしょうけれども、本稿では「プロボクシング・ヘビー級とNFL(ナショナルフットボールリーグ)の関係」を観て行きたいと思います。

 ボクシングに限らず多くのプロスポーツが、アメリカ合衆国を中心に動いています。アメリカには、ゲームや大会を開催し多くの観客を動員し、高いテレビ視聴率を稼ぎだすための「資金とノウハウ」があるのです。
 
 「スポーツを極上のエンターティンメントとしてファン・観客に提供する」という点では、多くのスポーツ競技において、アメリカがずば抜けた力を持っていることは間違いないと思います。

 従って、「プロボクシング界全体の人気が低迷」しているとすれば、それは「アメリカのプロボクシングが低迷」していることに他なりません。

 その理由を考えてみると、アメリカンフットボールのNFLの存在が浮かび上がって来ます。

 もともと、アメリカが世界最高のプロボクシングの聖地であった大きな理由として、最重量クラス・ヘビー級のチャンピオンの多くがアメリカ人プレーヤーであったことが挙げられると思います。
 つまり「世界チャンピオンの中の世界チャンピオン」「世界最強のボクサー」=世界ヘビー級チャンピオンはアメリカに居る、ということがアメリカプロボクシング界の求心力の源だったのでしょう。
 「世界一の存在」というのは、何時の時代でも圧倒的な存在感と人気が有るのです。

 例えば、最も歴史が長い世界タイトル認定協会WBAのヘビー級チャンピオンを観てみましょう。
 1882年のジョン・サリバン(アメリカ)に始まって2005年のジョン・ルイスまでの間に、56人の世界ヘビー級チャンピオンが誕生(カムバックは重複カウント)していますが、その内アメリカ人ボクサーが49人、他の国出身ボクサーが7人となっていて、87.5%がアメリカ人ボクサーで占められています。
 世界ヘビー級チャンプの10人に9人がアメリカ人ボクサーだったのです。

 また、世界ヘビー級チャンプの中でも「歴史に名を刻んだ偉大なチャンピオン」という意味からは、
・ジャック・デンプシー(1919年~1926年)
・ジョー・ルイス(1937年~1949年)
・ロッキー・マルシアノ(1952年~1956年)
・ソニー・リストン(1962年~1964年)
・カシアス・クレイ(モハメッド・アリ)(1964年~1979年・4度)
・ジョー・フレージャー(1970年~1973年)
・ジョージ・フォアマン(1973年~1995年・2度)
・マイク・タイソン(1987年~1990年)
・イベンダー・ホリフィールド(1990年~2001年・4度)
 
 といったボクサー達が挙げられると思いますが、いずれもアメリカ人なのです。
 「世界ヘビー級タイトルの歴史はアメリカ人ボクサーの歴史」であったことが、よく分かる事実です。

 ところが、2005年にジョン・ルイス(アメリカ)が王座から陥落し、ニコライ・ワルーエフ(ロシア)がチャンプに収まって以降、現在に到るまでアメリカ人の世界ヘビー級チャンピオンは誕生していないのです。

 2005年12月17日、ニコライ・ワルーエフがジョン・ルイスを破った日が「世界のプロボクシングの低迷が始まった日」ではなかったかと、考えています。
 「世界ヘビー級タイトルマッチ」という大看板が消えてしまったアメリカボクシング界は、低迷期に入ったのでしょう。

 カシアス・クレイ(モハメッド・アリ)、ジョー・フレージャー、ジョージ・フォアマンといった「偉大なヘビー級チャンプの宝庫」であったアメリカ合衆国から、ヘビー級のプロボクサーが消えてしまったのは何故でしょう。

 それは「ヘビー級のプロボクサーとなる人材がNFLに流れている」からだと指摘されています。その通りでしょう。

① 身長180cm以上・体重100kg以上
② 腕力・スピード・持久力・運動神経を具備していること
③ 動体視力に優れていること

 といった「世界ヘビー級チャンビオン」に求められる資質は、そのままNFLのトッププレーヤーに求められる資質なのです。特にディフェンスのラインメンやラインバッカーLBにはピッタリの条件と言えます。
 そして、現在のNFLには身長190cm以上・体重100kg以上のプレーヤーが沢山居ます。身長200cm前後・体重140kg以上というプレーヤーも珍しくは無いのです。

 こうしたプレーヤーの一部が、20世紀の後半の様にプロボクシング界にトライしていれば、「ヘビー級におけるアメリカの優位は不動」のものであったことでしょう。

 この現象は、高校生、大学生といった年齢の頃に、「自分の運動能力で人生を切り開いて行こう」と考えている学生達の眼から見て、「NFLの方がプロボクシングより魅力的」であることに他なりません。

① 殴り殴られるよりは、激突の方が良いという見方

 ボクシングが知的なスポーツであることは間違いないのですが、結果として「殴り合い」であることも事実です。
 もちろんアメリカンフットボールも、そのハードヒットを前提として、危険なスポーツであることは事実ですから、「危険度」の比較を行えばどちらが安全かについては一概には言えないところでしょう。
 しかし、「見た目の違い」は有るのです。

 ハングリーな少年・青年にとっては、その境遇から這い上がる方法として、ボクシングとアメリカンフットボールを比較し、アメリカンフットボールを選択するのも理解できなくはありません。

② 奨学金制度などの充実度の違い

 貧しい家庭で育った少年にとって、大学入学という夢は「自らの能力に頼る」ものなのでしょう。これは何もスポーツに限ったことでは無く、数学・物理学・化学・IT技術等々の分野でも同様だと思います。

 おそらく、NFLは有望な中学校・高校・大学のアスリートに積極的に奨学金制度を用意し、数多くのプレーヤーに適用していると思われます。
 高校時代からNFLの奨学金を貰い、大学を卒業したアスリートが、NFLを目指すのは自然な流れでしょう。
 こうした、制度上の差異は、大きな影響力を持つと考えられます。

③ 取り巻きの人達の有様

 かつて、モハメッド・アリの晩年の頃、「アリは1試合で100億円のファイトマネーを稼ぎ出すが、アリの手許に残るのはその内の4億円で、残りの96億円は取り巻きの連中が取る」という報道がありました。

 この報道の真偽はともかくとして、「さもありなん」という感じはします。
 マイク・タイソンの時にも、こうした話が有りました。

 もちろんNFLの方でも、本ブログの2013年5月9日の記事「元NFLプレーヤーの8割が自己破産」に示しましたように、引退後のNFLプレーヤーに群がる取り巻きの人達の所業が存在しますが、少なくとも現役時代には、ボクシングほどの毟り取りは無いのではないでしょうか。

 「自分の稼ぎを、一度は自分が手にできる」という点で、NFLの方がプロボクシングに勝っているのでしょう。

 以上のような理由から、アメリカ合衆国では2005年末以降、「世界ヘビー級チャンピオン」が誕生しておらず、結果としてアメリカにおいてビッグマッチが組成されなくなり、世界一強力と言われる「アメリカのプロモーター達」の影響力が下落して、プロボクシング界全般の試合自体がメジャーな存在からマイナーな存在に移行し続け、観客動員力・視聴率を稼ぐ力の両方が下がってしまっている、という現状なのではないかと思います。

 一方でアメリカンフットボールの最高峰たるNFLの人気は、いまだに全米スポーツNO.1であることも周知の事実なのです。

 NFLに流れ込む「素晴らしい人材」の一部でも良いので、プロボクシング界に引っ張ってくるための、ボクシング界を挙げた試みが待たれています。
 前述の①②③に関する改革もとても大切なことだと思いますが、最も大事なことは「ボクシングというスポーツに夢を感じてもらう」ための施策の展開でしょう。

 20世紀における、「褐色の爆撃機」ジョー・ルイスや「ブロックトンの高性能爆弾」ロッキー・マルシアノ、そして「蝶のように舞い、蜂のように差す」カシアス・クレイ、「象をも倒す」ジョージ・フォアマンといったボクサー達のファイトには、人類の歴史と共に存在したであろう格闘技術のひとつであるボクシングに備わっている、観る者をワクワクさせる比類無きインパクトがありました。

 「自分もあんなボクシングをしてみたい」と大きな体の少年達に深く感じさせる「ヘビー級ボクシングの魅力」こそ、ボクシング界再興のために絶対に必要な要素なのではないかと考えます。
 2015年1月2日・3日に開催される、箱根駅伝2015のレース検討です。

 今シーズンの大学駅伝は、三大駅伝の緒戦・出雲がよもやの中止ということで、相対的な地力を測るレースが11月2日の全日本のみという状況です。

 そして、その全日本大学駅伝は駒澤大学チームが2位の明治に3分近くの差を付けて圧勝しました。今シーズンの箱根駅伝は「駒澤大学チームを中心」に検討して行くこととなります。
 一方で、21世紀に入ってから全日本では10度の優勝という圧倒的な強さを誇る駒澤が、箱根では5度しか優勝しておらず、特に2009年以降の6レースにおいて1度も優勝していないという「箱根駅伝における駒澤大学チームの意外な勝負弱さ」という側面も存在しています。

 もし、2015年のレースにおいても、駒澤大学に何らかのトラブルが発生するようであれば、大混戦になるのは必定です。

 こうした要素を考慮しつつ、箱根駅伝2014、全日本大学駅伝2014、箱根駅伝予選会2014の成績等を勘案して、箱根駅伝2015の順位予想(1位~10位)を行ってみようと思います。

第一位 駒澤大学
第二位 青山学院大学
第三位 明治大学
第四位 東洋大学
第五位 早稲田大学
第六位 山梨学院大学
第七位 東海大学
第八位 中央学院大学
第九位 大東文化大学
第十位 日本大学

 優勝候補は、やはり駒澤大学チームとしました。村山謙太選手、中村匠吾選手、黒川翔矢選手、中谷圭佑選手をはじめとしてスピードランナーが揃っていますし、選手層の厚さも一頭抜けていると思います。
 強力なライバルチームが不在の今大会では、3区あたりで抜け出して悠々とレースを進める可能性が高いと思います。

 駒澤以外の各チームの地力の差は小さく、2位以下は大混戦が予想されますが、近時の勢いを重視しました。

 青山学院大学チームと明治大学チームは2010年以降着実に力を付けて、順位を上げて来ました。そのチーム造りに「一体感」が感じられるのです。2015年大会は、この両チームにとっての「ひとつの仕上げの大会」であろうと思います。
 万一、駒澤に何らかのトラブルが発生するようなことが有れば、優勝のチャンスも生まれると思います。

 東洋大学チームには、設楽兄弟他の有力ランナーをを擁した昨年までのチームほどの地力は無いと思いますが、過去5年で3度優勝しているという「箱根駅伝における勝負強さ」と、毎年引き継がれる「箱根向きの走り」が有りますので、今年も3位前後を確保するのではないでしょうか。

 今大会の早稲田大学は、地力の単純比較であればシード権争い水準のチームだと思いますが、今回を最後に勇退すると伝えられている渡辺監督のラストレースとして、チームが一丸となって走ることで力以上の順位を獲得するのではないでしょうか。

 予選会からは、山梨学院・東海・中央学院の3チームを選出しました。この3大学のチームには「箱根駅伝のノウハウが蓄積されている」と感じるからです。
 特に、中央学院大学チームは、箱根に出てくれば相応の走りを見せるチームです。2008年大会の3位に迫る成績も有り得ると感じます。

 シード校の大東文化大学と日本大学については、平均した地力を有するランナーが揃っています。加えて日本大学チームにはキトニー選手という大砲も居ます。久々の上位入賞の可能性も十分でしょう。

 以上、箱根駅伝2015の順位予想でした。

 「大砲が少ない大会」とも言われますが、前述のランナーに加えて、青山学院の川崎友輝選手、明治の横手健選手・大六野秀畝選手、東洋の服部弾馬・勇馬の兄弟選手、早稲田の山本修平選手・井戸浩貴選手、大東文化の市田孝・宏の兄弟選手等々、好ランナーが目白押しです。

 素晴らしいレースを魅せていただけることでしょう。
 12月28日、中山競馬場芝2500mコースで開催される、第59回有馬記念競走G1の注目馬検討です。

 2014年の競馬を締めくくる大レース、オールスター戦です。
 数えきれないほどのドラマを魅せてくれてきたレースですが、今年も16頭の優駿が出走してきました。メンバーも豪華です。

 先日のジャパンカップ2014も、現在の日本競馬の有力馬が一堂に会したレースと言われましたが、そのメンバー+ゴールドシップという完璧?なラインナップとなったのが、有馬記念2014でしょう。

 何より、我が国の競馬を代表する優駿たちが故障も無く中山競馬場に集まってくれることが、素晴らしいことです。各馬の関係者の皆さんの不断の努力を感ずると共に、「競走馬の体調管理ノウハウの向上」をも感じさせる事実と言い切るのは、書き過ぎでしょうか。

 商売・興行として観れば、有馬記念競走の売上高は1996年のサクラローレルが優勝したレースをピーク(1レースで875億円!)として減少傾向にあります。(本ブログの2012年12月19日の記事「競馬コラム29:875億円の第41回有馬記念とサクラローレル」をご参照ください)
 もちろん、競馬も利益獲得を目指す営業活動なのですから、ピーク時の半分以下の売り上げになってしまっている現状は、その意味からは残念なことなのでしょう。

 しかし、「日本競馬の発展を支えること」「平和な時代の象徴としてのオールスターによるレース」という面からは、有馬記念の役割は立派に継承されていると思いますし、今年のメンバーを観れば「大成功」とも感じられます。
 このレース(中山グランプリ競走)の創設者にして、日本中央競馬会第2代理事長であった有馬頼寧(ありま よりやす)氏も天空の彼方から喝采を送っているのではないでしょうか。

 さて、注目馬の検討です。

 本当に豪華絢爛なメンバーです。
 
 桜花賞・オークス・秋華賞の牝馬3冠レースに優勝し、ジャパンカップ2連覇、ドバイシーマクラシックをも制している「歴史的名牝」、ジェンティルドンナのラストランとなりました。

 天皇賞(秋)、安田記念に優勝するとともに、ドバイデューティフリーを圧勝して、ハンディキャップにおいて「世界一」となったジャスタウェイもラストランです。

 この2頭の名馬のラストランというだけでも、有馬記念2014の価値は極めて重いのですが、このダブル・ラストランをお祝い?するかのように、強豪馬が目白押しです。

 天皇賞(春)を連覇しているフェノーメノ。天皇賞の連覇というのは、素晴らしい記録です。

 菊花賞とジャパンカップに優勝し、皐月賞と日本ダービーで2着というエピファネイアには「抜群の距離対応能力」を感じます。

 皐月賞・菊花賞の二冠馬にして、宝塚記念を連覇するとともに、2012年の有馬記念馬でもあるゴールドシップは、その実績から見て「ファン投票1位」も当然のことでしょう。

 これらの馬以外にも、オークス・秋華賞・エリザベス女王杯のG1レース3勝を誇るメイショウマンボや、ヴィクトリアマイル連覇・G1レース2勝のヴィルシーナ、日本ダービー・菊花賞・有馬記念・天皇賞(春)で「全て2着」というシルバコレクター・ウィンバリアシオン、マイルチャンピオンシップの覇者トーセンラーといった「普通の重賞であれば間違いなく主役を張る」強豪馬達が並ぶのですが、前述の馬達の前では、やや影が薄いと感じてしまいます。それ程のメンバーなのです。

 さて、注目馬です。さすがに、これだけのメンバーが揃うと「上がり馬」が入り込む余地は極めて小さいと思います。

 第一の注目馬は、7枠13番のエピファネイア。

 前走ジャパンカップは圧勝でした。あれだけのメンバー相手に千切ったのですから、好調というか本格化していると見ます。

 有馬記念の1・2着の史上最大着差は、2014年のオルフェーヴルと2003年のシンボリクリスエスが魅せた9馬身差です。エピファネイアは、そのシンボリクリスエス産駒なのです。
 シンボリクリスエスは持込馬であり、有馬記念を連覇したのですが、その「安定した競走成績」が特筆に値します。通算15戦8勝・2着2回・3着3回、最も下位の着順が宝塚記念の5着でした。日本ダービー2着以降、G1レースに挑み続けた馬としては驚異的な安定感と言えるでしょう。

 そして、その産駒エピファネイアもとても安定した競走成績を残しているのです。ここまで12戦6勝・2着2回・3着1回、最も下位の着順が天皇杯(秋)の6着です。親子ともども日本ダービー2着という成績も含めて、エピファネイアはシンボリクリスエスの代表産駒と言えるでしょう。

 そうであれば、本格化したエピファネイアが有馬記念2014を制する可能性は、相当高いと言わざるを得ません。脚質・距離適性がぴったりの筈なのです。
 父と同様にここを圧勝して「2015年の日本競馬を代表するサラブレッド」に名乗りを上げてくれるのではないでしょうか。

 第二の注目馬は、8枠15番のジャスタウェイ。

 前走ジャパンカップは、エピファネイアの2着でしたが、1800~2000mが適正距離と見られていたことを勘案すれば、「緩みの無い2400mの競走」を走り切ったのは見事でした。

 「世界一」の称号にかけても、エピファネイアに一矢報いたいところでしょう。4角でエピファネイアの3馬身以上前に位置することが出来れば、互角の勝負になると思います。

 第三の注目馬は、7枠14番のゴールドシップ。

 凱旋門賞2014からのぶっつけである点が心配ですが、出てくる以上は仕上がっていると見ます。
 「中山コースでの強さ」がゴールドシップの売りでしょう。皐月賞・有馬記念を快勝しています。加えて、宝塚記念連覇を観ても「右利き」の可能性も高いと思います。

 速い脚が無いので展開に注文は付きますが、3着以内に入ってくる可能性は高く、展開次第ではエピファネイアやジャスタウェイとの叩き合いになることも、十分有り得ます。

 ラストランとなるジェンティルドンナについては、ジャパンカップ連覇・オークス快勝・ドバイシーマクラシック圧勝といった走りっぷりから観て「やや左利き」なのではないかと感じますし、前走ジャパンカップは力負けでした。残念ながら、ピークを過ぎているのではないでしょうか。

 有馬記念2014は、以上の3頭に注目したいと思います。

 どのような結果になろうとも「後世に語り継がれるレース」となることは、間違いないでしょう。
 FIFA(国際サッカー連盟)クラブワールドカップ2014の決勝戦が12月20日にモロッコのマラケシュで行われ、レアル・マドリード(欧州代表)がサンロレンソ(南米代表)を2-0で破り、初の王者に輝きました。
 UEFA(欧州サッカー連盟)チャンピオンズリーグで10度の最多優勝を誇るレアルが、この大会初優勝というのは相当に意外でしたが、実質的には2005年開始の大会ですから、こういうことも起こるのでしょう。

 2005年から2014年までの10回の大会を観てみましょう。

 欧州代表が7度優勝し、南米代表が3度優勝しています。
 決勝戦に、欧州代表・南米代表以外のチームが進出したのは、2010年のマゼンベ(アフリカ代表)と2013年のラジャ・カサブランカ(開催国モロッコ枠)の2チームです。

 こうしてみると、世界中に30万以上在ると言われる「サッカー競技のクラブチーム」世界一決定戦と銘打たれてスタートした大会ではありますが、その狙いが必ずしも実を結んでいない感じです。

 同趣旨ではないものの、FIFAクラブワールドカップの前身の大会として位置付けられそうなのが、1960年~2004年まで開催された「インターコンチネンタルカップ(トヨタカップ)」でしょう。

 インターコンチネンタルカップは、UEFAチャンピオンズリーグの優勝クラブと、南米NO.1を決めるコパ・リベルタドーレスの優勝クラブが、クラブチーム世界一を決めるために戦ったカップ戦でした。

 インターコンチネンタルカップの過去の様相を見てみましょう。

・1995年~2004年の10大会
 欧州代表チームが8度、南米代表チームが2度優勝。

・1985年~1994年の10大会
 欧州代表が5度、南米代表が5度優勝。

・1975年~1984年の10大会
 欧州代表が3度、南米代表が7度優勝

 こうして30回のインターコンチネンタルカップの勝敗を観ると、直ぐに気が付くのは、「1984年以前は南米優位」であり、「1995年以降は欧州優位」であったことです。1985年~1994年の10年間は両地区は拮抗していたのです。

 そして、1995年以降の欧州優位は現在にまで続いているという形でしょう。

 最近のFIFAクラブワールドカップを観るにつけ感じることを挙げてみます。

① 欧州クラブが圧倒的に強いこと。

 2014年大会を観てもレアル・マドリードの強さは抜けていました。決勝のサンロレンソ戦でも、言葉は悪いのですが「やりたい放題」という感じで、よく2-0のスコアで収まったというところでしょう。
 正直に言って「メンバー個々の地力の差が大き過ぎる」のです。イレブンの名前を観ただけで、レアルに分が有るのは明らかでした。

 直近の南米代表チームの優勝は2012年大会(日本開催)のコリンチャンスが1-0でチェルシーを破った大会ですが、まずは名前負けしない名門コリンチャンス(ブラジル)が先制することでチェルシー(イングランド)の焦りを誘い勝利したゲームでした。今後もしばらくの間は、南米代表が優勝するには、こうした形を取るしかないと思います。

② 欧州・南米以外の地域のチームの勝利の意味

 欧州・南米以外の地域代表チームにとっては、この大会で1勝を挙げることが大目標という感じがします。

 そして、三位決定戦で勝ったチームが「世界三位のクラブチーム」と呼ばれても、あまりピンと来ません。世界中のサッカーファンの大半が、「そのようには考えていない」からでしょう。

 こうした現状を鑑みれば、「世界一のクラブチーム決める大会」は、UEFAチャンピオンズリーグCLであろう、ということになります。
 そして世界第二位は、UEFA-CLの決勝戦で敗退したチームであり、世界第三位はUEFA-CLの準決勝で敗退したチームということになってしまいます。

 例えば、UEFA-CL2013~2014の該当チームを観てみましょう。
 優勝はレアル・マドリード、準優勝はアトレティコ・マドリード、準決勝敗退チームはバイエルン・ミュンヘンとチェルシーとなっています。

 続いて、UEFA-CL2012~2013を観てみましょう。
 優勝はバイエルン・ミュンヘン、準優勝はボルシア・ドルトムント、準決勝敗退チームはFCバルセロナとレアル・マドリードです。

 さらに、UEFA-CL2011~2012を観てみましょう。
 優勝はチェルシー、準優勝は決勝戦でPK戦負けのバイエルン・ミュンヘン、準決勝敗退チームはレアル・マドリードとFCバルセロナです。

 過去3度のUEFA-CLのベスト4進出チームのクオリティの高さは、誰もが納得するところでしょう。

 以上を踏まえれば、FIFAクラブワールドカップが「クラブ世界一を決める大会」を標榜するのであれば、開催内容を再検討する必要があるのでしょう。

 例えば欧州4チーム、南米2チーム、他の地域1チームの「出場枠」にするといった見直しです。
 しかし、これ以上出場クラブ数を増やしてしまうと、大会試合数・期間が多く・長くなり過ぎて、各国のリーグ戦や他の大会に影響が出てしまう(現在でもギリギリのスケジュールです)怖れがありますので、難しい選択となりそうです。

 そうであれば、かつてのインターコンチネンタルカップのように「欧州VS南米」の1ゲームマッチに戻すことも選択肢のひとつなのでしょう。「クラブ世界一を決める」という狙いの大半が実現できるのですから。

 一方で、FIFAクラブワールドカップ開催のもう一つの狙いであろう「世界中のクラブチームに、世界的な強豪チームと戦うチャンスを与える」という側面は、FIFAの「サッカー競技の世界中への普及」という大目標のためには必要なものなのかもしれません。
 
 FIFAクラブワールドカップの見直しには、多くの壁が立ちはだかっているようです。
 今回のテーマは、「ゴルフ競技におけるショットの打ち方」です。

 「打ち方」と言っても、「こういうフォームが良い」といった話ではありません。

 ピンまで100ヤードの距離からのショットを例に取ります。話を単純にするために、トッププロのプレーとします。この時、

① 10回打って10回、ピンから半径3m以内にグリーンオンする打ち方
② 上手く打てればピンから50cm以内に寄ることもあるが、10回に1~2回はピンから大きく外れてしまう打ち方

 のどちらが、望ましい打ち方なのだろうという考察?です。

 ①は所謂「ベタピン」には縁が無いが、確実にグリーンヒットする打ち方です。一方②はバーディを狙っていく時などには有効なものでしょう。一般的には、パッティングは距離が短いほど、1パットで入る確率が高くなるものでしょうから。

 もちろん、プレーヤーによって①②の打ち方は異なるのでしょう。

 そもそも、身長・体重・筋力・体全体や手首の柔軟性・上半身と下半身のバランス、といった諸点は、プレーヤー毎に異なるのですから、上級レベルのプレーヤーにとって「全てのプレーヤーに普遍的に良い打ち方」は存在しないのではないでしょうか。

 プレーヤーAにとっては、手首をより使うと②の打ち方となり、プレーヤーBにとっては下半身をより使うと②の打ち方になる、といった差異は有るものでしょうから、各プレーヤーは自分にとっての①と②については、聞かれれば或いは試行錯誤して観れば分かるもののように思います。

 さて、当初の例を続けると、トッププロの世界で優勝回数を積み重ねて行きたいプレーヤーであれば、大会の時の打ち方として①を選んでいるように思います。
 3~4ホールに1度ベタピンショットもあるが、大きくグリーンを外してしまうショットも生まれてしまう②よりは、いつも3m位のファーストパットを残すもののキチンとグリーンヒットする打ち方の方が、スコアが纏まりやすいと思われるからです。

 そして、その3mのパッティングが1打でカップインすればバーディも取れるのです。

 PGAツアーのトーナメントを観ていると、「大歓声に包まれるスーパーショット」を時折放つものの、出入りが激しく中々スコアを伸ばせないプレーヤーを度々眼にします。
 一方で、100~150ヤード位のアプローチショットが、いつもピンから3~7m位の所にパーオンして、観客の静かな拍手を受けるプレーを継続しながら、時折長めのバーディパットを決めて、着々とスコアを伸ばすプレーヤーも居ます。

 後者のプレーヤーは「パーセーブをベースに時折バーディを交えるプレー」で、こうしたプレーの方がトッププロの大会で安定して好成績を残すという目的には、合致しているように感じます。
 プロは稼いでナンボでしょうし、栄誉であるメジャートーナメント出場も「賞金ランキング」がポイントとなることは間違いないのですから。

 ところで、私のようなアベレージゴルフファーは②の打ち方を選択するのでしょう。 
 そもそも①が出来ないという情けない理由もあるのですが、月に1~2度しかプレーしないゴルファーには、ラウンド通算のスコアも大切ですが、それ以上に「眼が覚めるようなショット」「ベタピンショット」の爽快感・満足感を求める傾向があると思うからです。

 私達のラウンドでは、同伴プレーヤーから「今日のラウンドは今のショット1発で満足」といった発言さえ聞かれることがあります。
 私も3つのパーセーブよりは1つのバーディ奪取の方が嬉しいタイプなのです。

 前稿、前々稿の「10大ニュース」を一覧にすると、以下の通りになります。

第1位 錦織圭選手 全米オープン決勝のコートに立つ
第2位 ワールドカップ・ブラジル大会でドイツチームが優勝
第3位 ソチオリンピックで金メダル 羽生結弦選手
第4位 葛西紀明選手の「レジェンド」は続く
第5位 混迷する日本男子バスケットボール界
第6位 日本バドミントンチームの躍進
第7位 横綱・白鵬の32回目の優勝と怪物・逸ノ城の登場
第8位 日本競泳陣の大活躍
第9位 日本女子レスリングチームの無類の強さ
第10位 大谷翔平選手の「10・10」

 いずれ劣らぬ大ニュースでした。順不同と言っても良いのかもしれません。

 もちろん、他にも候補はありました。

 例えば、「日本女子卓球チームの14歳コンビの大活躍」や「MLBサンフランシスコ・ジャイアンツの5シーズンで3度目のワールドシリーズ制覇」、「松山英樹選手のメモリアルトーナメント優勝」、「ジャスタウェイ号の世界ランク1位獲得・維持」は、十分にベスト10に入る価値のあるものだと思いますが、何しろ2014年はオリンピックとワールドカップの年だったのです。どうしても、ソチ五輪とWCブラジル大会の話題は外せませんでした。

 1位から10位や候補となった項目を眺めてみて感じるのは、

① 日本人プレーヤーの「大きなゲームでの勝負強さ」の向上
② テニス、バドミントン、卓球といった球技における日本人プレーヤーの世界進出
③ スポーツにおける「プレーヤーの年齢幅の広がり」

 の3つでしょうか。

 まず①ですが、かつては「本番に弱い」と言われていた日本人プレーヤーの強さが際立ちました。ソチ五輪の羽生選手や葛西選手はもちろんとして、スノーボード男子ハーフパイプの平野選手・平岡選手の銀・銅メダル獲得やスノーボード女子パラレル大回転の竹内選手の銀メダル獲得などは、それまでの世界大会での実績そのままにオリンピックでも実力を発揮したものです。
 日本人プレーヤーは、相当「本番に強くなってきている」のではないでしょうか。

 続いて②です。
 テニス、バドミントン、卓球と来れば、その「道具」における日本メーカーのシェアは、とても高いスポーツなのですが、21世紀に入ってからの競技成績は中々上がりませんでした。

 しかし、2014年に一斉に花開いた感があります。もちろん2013年に萌芽がみられたのは当然なのですが、具体的な成績に結び付いたのは2014年シーズンでしょう。

 最後に③です。
 「レジェンド」葛西選手が42歳を過ぎても世界の第一戦で活躍していることは既に書きましたが、日本プロ野球界でも山本昌弘投手が今季49歳での勝ち星を上げました。大相撲でも旭天鵬が40歳を過ぎて幕の内で勝ち越したのです。どれも、素晴らしい活躍でしょう。

 若手プレーヤーの活躍は、卓球の平野美宇選手・伊藤美誠選手の14歳コンビによるワールドツアー・グランドファイナルにおけるダブルス優勝に代表されますが、もともと14歳前後の日本人若手プレーヤーによる世界大会・日本一を決める大会等での活躍は従来から観られたものです。

 やはり2014年で特筆すべきは「超ベテランの活躍」なのでしょう。そして、葛西・山本昌・旭天鵬の3人のアスリートは、2015年の活躍も十二分に期待できるのです。
 山本昌投手の50歳での先発勝利や旭天鵬の勝ち越し・三賞受賞・ひょっとして2度目の優勝は、とても楽しみです。葛西選手は、次のオリンピックまで現役を続けられるのでしょうか。何か、出来そうな感じがするのが凄いところです。

 2014年も印象的なスポーツシーンを沢山魅せていただきました。

 ご活躍いただいた全てのプレーヤーの皆さんに、心からお礼申し上げます。

 前項では第10位から第6位を記載しました。続けます。

[第5位] 混迷する日本男子バスケットボール界

 「10大ニュース」には、なるべく明るいニュースを選択したいとは思うのですが、この件は外すことは出来ません。

 何しろ、我が国における体制の問題から、我が国の男子代表チームのみならず女子代表チームまで、オリンピック予選に出場できないかもしれないという大問題なのです。

 FIBA(国際バスケットボール連盟)からの要請に対して、JBA(日本バスケットボール協会)が応えることが出来なかったことに対する「制裁」が行われるかもしれないという話です。

 その要請とは「国内のトップリーグはひとつでなければならない」というもので、現在NBLとbjリーグの2つのトップリーグが存在する、日本男子バスケットボール界は、その要請に応えていないことになります。

 これは「日本男子バスケの問題」なのですが、FIBAは「日本バスケの問題」として把握して、女子も含めた「代表チームの国際試合出場停止」の措置が取られる可能性があります。

 日本国内でバスケットボールをやっている選手が、オリンピックをはじめとする国際試合に出場しなくてもいい、という気持ちであればまだしも、そんな気持ちである筈がないのですから、急いで対応しなくてはならないのは、当然です。

 先日、JBAの役員が全員辞任する旨が発表されましたが、そのタイミングは「今後の道筋を付けてから」ということでした。「責任を果たしてから」という発言もあったと報じられました。

 こうした有り様は、他の競技でも見られましたが、「問題に対応する能力=マネジメント能力が無い人達」が今後の道筋を付けるというのは、相当に難しいことだと思います。「今後の道筋を付ける能力が無いことが既往事実として証明されている」のですから、そうした人達が辞めて交替した瞬間から、対応や改革が始まることは明らかです。

 また、2014年10月末の対応期限に際して、結果として何も出来なかった人達に「責任能力が無いこと」も明白です。責任能力が無い人達が「責任を果たす」と発言するのも、不思議なことだと感じます。

 まさか、地位や名声にしがみついていたい人達では無いのでしょうから、この問題の解決を早めるために、1日も早い全役員辞任実現が求められているのではないでしょうか。

[第4位] 葛西紀明選手の「レジェンド」は続く

 今年、ソチオリンピックのラージヒル種目で銀メダルを獲得したことだけでも、40歳を大きく超えたアスリートとして空前の偉業ですが、2014~2015年シーズンを迎えて、11月29日のワールドカップ個人戦(フィンランド・ルカ大会)で優勝(42歳5か月と自身の最年長優勝記録を再度更新)するに至っては、驚異的であり言葉が見つかりません。

 レジェンドは続いているのです。

 前述のルカ大会で葛西選手と同点で優勝を分け合ったシモン・アマン選手(スイス)が2人で受けたインタビューで葛西選手の方を見ながら「レジェンド、レジェンド」と連呼していたシーンが印象的でした。

 絶対筋力の大きさと陸上競技100m競走のスタートの瞬間に匹敵すると言われるスピードに加えて、体の柔軟性が必要な競技において、42歳を過ぎても世界のトップクラスで戦い続けている葛西紀明選手に、大きな拍手を送らせていただきます。

[第3位] ソチオリンピックで金メダル 羽生結弦選手

 ソチオリンピックで日本選手団唯一の金メダルをもたらしてくれた羽生選手。
 本当に見事な演技でした。

 オリンピック史上初というか、世界一を争う大会でのショートプログラムSPにおいて初めて100点を超える得点を叩き出した時のインタビューで「まだまだ全然自分が考えている演技には程遠いのですけれども・・・」とコメントしていたことが思い出されます。

 求めるものが、格段に高いのです。

 そして2014~2015年シーズンのグランプリシリーズで大怪我を負い、日本人選手の中で最も下位の順位でファイナルに進み、そこで今季世界最高得点を叩き出しました。

 あの細い体の、どこに類を見ないような「強靭な精神」が宿っているのだろうかと考えてしまいます。
 驚くべきフィジカルとメンタルの強さが、羽生選手の強さの源泉であることは間違いないでしょう。

[第2位] ワールドカップ・ブラジル大会でドイツチームが優勝

 「南米で開催されるワールドカップは南米のチームが優勝する」というのは、サッカーワールドカップにおける「公理」でした。絶対に破られることの無い原則だったのです。

 その「公理」をドイツチームが破りました。まさに偉業です。

 この大会のドイツチームは、準決勝のブラジル戦7-1の勝利に代表される「圧倒的な攻撃力」と、大会全7ゲームで僅か4失点という「強固な守り」の両方を具備した、素晴らしいチームでした。

 特にその攻撃における、相手ゴール前での変幻自在なボール回しは、新しいサッカーを感じさせるものであり、チームメンバー全員が得点者になり得る戦術が展開されたのです。この大会におけるドイツチームの得点者は、ミュラー・フメルス・ゲッツェ・クローゼ・シュールレ・エジル・クロース・ケディラの8名に及びます。そして、そのポジションはフォワード・ミッドフィールダー・ディフェンスに及んでいます。

 つまり、特定の天才的なゴールゲッターに頼ることなくワールドカップを制したのです。「トータルフットボール2014」と称して良いサッカーが展開されたと考えます。

 世界サッカー史上に燦然と輝く、偉大なチームでした。

[第1位] 錦織圭選手 全米オープン決勝のコートに立つ

 我が国のテニス界のみならず、スポーツ界全体にとって大きな意味を持つ快挙であったと思います。

 日本テニス界が世界4大大会に挑戦を始めてから約100年の歳月をかけて、ついに4大大会のシングルス決勝のコートに日本人プレーヤーが立ったのです。
 
 「競技テニスは日本人には向いていない」「日本人プレーヤーが4大大会のシングルスで決勝に進出することはあり得ない」と言われてきました。こうしたコメントが出てくるのも無理も無いことだったのです。
 日本はテニスを始めたばかりの国では無く、もう100年間も修練を積んできた国なのです。そして、テニス人口は他のスポーツに比べても決して引けを取らないものですし、メジャースポーツとして、多くの人人々に愛好されてきていたのです。

 長い間メジャーなスポーツとして日本国内で行われて来て、様々な形の選手強化も続けられて来ていながら、100年経っても成し遂げることが出来なかったのですから、「競技テニスは日本人には向いていない」と言われても、何の不思議も無かったのです。

 その、あまり良いとは言えない伝統・厚い壁を、錦織選手が破ってくれました。

 2014年、オリンピックやワールドカップが開催された2014年のスポーツシーンの中でも、この錦織選手の快挙を第1位とします。

 本稿は「2014年スポーツ界10大ニュース」の第5位から第1位までを採り上げました。

 次の稿で「まとめ」てみたいと思います。
 ソチ冬季オリンピックとサッカーワールドカップ・ブラジル大会の2大イベントが開催された2014年は、スポーツ界にとって大躍進の年でもありました。

 その2014年を締めくくるに当たり、「10大ニュース」を選んでみたいと思います。

[第10位] 大谷翔平選手の「10・10」

 日本プロ野球NPB・北海道日本ハムファイターズの大谷翔平選手は二刀流を継続し、投手として11勝4敗、野手として10本塁打、の「10・10」を達成しました。
 
 もちろん、NPB史上初の快挙ですが、あれだけプレーヤー個人の意向を尊重し、MLBとNFLを掛け持ちするプレーヤーが登場したりするアメリカスポーツ界においても、少なくとも21世紀に入ってからは観たことが無いレベルの活躍でしょう。

 そのプレー内容も見事なものです。

 投手として24試合に先発し、155と1/3イニングを投げています。シーズンを通して、先発投手としての役割を果たしたと言えます。
 野手として86試合に出場し、打率.274、OPS.842という、チームの主軸打者にしか成し遂げられない数字を残しています。

 そして、プレーオフのクライマックスシリーズCSでも、エース格の活躍を魅せました。

 僅か2年目にして、大谷翔平選手は本物になったのです。

[第9位] 日本女子レスリングチームの無類の強さ

 今年も、吉田沙保里選手と伊調馨選手を中心とする、日本女子レスリングチームの大活躍が続きました。

 これはもう、空前絶後というか筆舌に尽くし難いというか、どのように賛美しても足りないことでしょう。

 吉田沙保里選手は、今年のタシケントで開催された世界選手権53kg級で優勝し、「オリンピック+世界選手権」の連続優勝記録を15に伸ばしました。
 2002年から2014年の間「世界一を決める大会」で優勝し続けているのです。

 しかも2014年は、2013年までの間無敵であった55kg級から初めて53kg級での出場でしたが、何もなかったかのように優勝しました。
 加えて、この間の4度のアジア大会でも優勝しています。

 途方もないプレーヤーと言えるでしょう。

 一方の伊調馨選手もタシケントの世界選手権58kg級で優勝し、「オリンピック+世界選手権」での優勝回数を12に伸ばしました。
 伊調選手も「世界一を決める大会」に出場すれば、必ず優勝するという記録を継続しているのです。「連勝・不敗記録」ということであれば、吉田選手を凌いでいます。

 この連勝のスタートは、吉田選手と同じ2002年のテヘラン世界選手権大会でした。
 また、伊調選手も2014年のタシケント大会では、それまで無敵であった63kg級から58kg級に変わっての優勝でした。競技に対する理想体重における5kgの減量というのは、アスリートにとって極めて困難なことだと思いますが、何もなかったかのように、危なげ無く金メダルを獲得しました。

 こちらも、途方もないプレーヤーなのです。

 そして、今年のタシケント世界選手権大会では、48kg級の登坂絵莉選手、55kg級の浜田千穂選手も優勝し、日本女子チームは4階級で金メダルを獲得しました。そして、69kg級では土性沙羅選手が銀メダルを獲得しました。日本チームの弱点であると言われる重量級でも、新しい力が台頭しているのです。素晴らしいことです。

 レスリング日本女子チームの活躍は、ベスト10からは外せません。

[第8位] 日本競泳陣の大活躍

 今年8月のパンパシフィック水泳大会(於、シドニー)や9月のアジア大会(同、仁川)における、萩野公介選手や入江陵介選手を中心とした日本競泳チームの活躍は、目を見張るものがありました。

 パンパシ水泳2014の活躍については、本ブログの9月1日付「チャレンジャーからライバルへ」をご覧いただくとして、アジア大会でも凄まじい活躍を魅せました。

 萩野選手は7種目に出場して、金4、銀1、銅2と全ての種目でメダルを獲得し、入江選手も4種目に出場して金2、銀2の活躍、特に100・200mの背泳ぎは2大会連続の二冠でした。
 他の選手も大活躍。瀬戸大也選手が200mバタフライ、古賀淳也選手が50m平泳ぎ、渡部香生子選手が200m平泳ぎ、鈴木聡美選手が50m平泳ぎ、でそれぞれ金メダルを獲得したのです。

 この日本代表競泳チームの素晴らしいところは、その実力・タイムが「世界トップクラス」であることでしょう。
 「水泳日本」は、着実に復活しつつあるのです。2015年の一層の活躍が楽しみです。

[第7位] 横綱・白鵬32回目の優勝と怪物・逸ノ城の登場

 大相撲も見所一杯の年でした。

 まずは、11月場所における白鵬の32回目の優勝達成。
 昭和の大横綱・大鵬の記録に並びました。犯さざるべき「不滅の記録」と呼ばれた「32回優勝」に辿り着くことは、ほんの10年前までは想像もつかなかったことでしょう。

 そういう意味では、「大鵬の優勝32回」は、日本プロ野球における「王選手のシーズン55本塁打」や「MLBにおけるベーブルース選手の通算714本塁打」に匹敵する記録であったのだと感じます。

 その高みに、白鵬は登ったのです。

 そういえば、55本も714本も追い抜かれました。「記録は破られる為にある」と言われますが、「空前の記録」もやはり時代の流れには敵わないということでしょうか。

 2015年の土俵で、白鵬が33回目の優勝を飾る可能性はとても高いと思います。

 一方で、大相撲には新しい力も台頭しました。
 2014年1月場所でデビュー(入幕では無く)した力士が、その年の11月場所で関脇の地位に居る、というのは信じられないスピード出世です。そして、その関脇で勝ち越しました。決して「家賃は高過ぎなかった」のです。

 大相撲にデビューして僅か5場所で三役、それも関脇に座り、そして勝ち越した逸ノ城は、間違いなく「逸材」です。

 2015年の大相撲は、白鵬と逸ノ城を中心として動いて行くのでしょう。

[第6位] 日本バドミントンチームの躍進

 5月にインド・ニューデリーで行われた、世界一を決める大会で、日本チームは男女共に見事な活躍を魅せました。

 まずは男子チームの「第28回トマス杯」。
 日本男子チームは、1949年に開始されたこの大会で、28回目にして初優勝を遂げました。これは、とても素晴らしいことです。
 
 男子の国別対抗世界選手権大会とされるトマス杯は、当初はマレーシアやインドネシアチームが圧倒的に強く、21世紀に入ってからは中国チームの覇権が続いていました。
 そうした中で、着実に実力を積み上げてきた日本チームは、2010年・2012年の大会で3位を続け、ついに頂点に立ちました。

 2014年のスポーツシーンで忘れてはならない快挙だと思います。

 一方、同じ5月・ニューデリーで開催された、女子の国別対抗世界選手権大会である「ユーバー杯」でも、日本チームは準優勝という結果を残しました。

 1957年開始のユーバー杯の方は、日本女子チームは1966年の第4回大会から1981年の第9回大会までの6つの大会で5度の優勝という輝かしい過去の記録を保持していました。
 ところが、1984年の第10回大会からは、主に中国チームと韓国チームの台頭により、決勝進出も出来なくなっていました。

 こうした状況下で、女子チームの強化も着実に進み、トマス杯同様に2010年・2012年大会で3位を続けた後、第25回となる今ニューデリー大会で、久しぶりに決勝戦に進出、決勝では中国チームに敗れましたが、日本チームの復活を印象付ける戦い振りでした。

 21世紀に入ってから、日本バドミントン界は代表チームの強化に努め、選手層を厚くすることも含めて、総合的な強化策を展開してきましたが、その努力がついに花開いた感じがします。

 このご努力に敬意を表すると共に、日本バドミントンチームの2015年以降の益々の活躍が、とても楽しみです。

 さて、本稿は「2014年スポーツ界10大ニュース」の第10位から第6位までを記載しました。
 次稿では第5位から第1位までを記載したいと思います。
 IOC(国際オリンピック委員会)は、12月8日に臨時総会を開催し、いくつかの点でオリンピック開催方法を見直す方向を示しました。昨2013年9月に就任したバッハ会長肝入りの改革推進と伝えられています。

 IOCが改革を急ぐ理由は複数あるのでしょうが、最大の理由は「開催都市立候補の辞退が相次いでいること」でしょう。

 今2014年に開催されたソチ・冬季オリンピックは総事業費6兆円という、空前の費用が掛かりました。巨大化が進むオリンピックも、とうとうここまで来たかという感じです。

 この費用額を耳にして、今後予定されている2022年や2024年といった大会への立候補を検討していた都市の辞退が続いているという次第なのです。

 「オリンピックの絶対的な人気に胡坐をかいていた?」IOCが急に焦り始めたように見える、と報道されています。
 「次のオリンピックをどこの都市で開催しようかな・・・」と権力をチラつかせ、IOC委員が立候補都市からの賄賂を強要していた、といった報道も後を絶ちませんでした。こうした報道が事実かどうかはともかくとして、「立候補都市がゼロ」になってしまえば、権力行使も何もあったものではありませんし、そもそも「オリンピックが存続できるか」という根本的な問題に繋がってしまいます。

 改革を断行することでオリンピックを魅力あるものにして、立候補都市が殺到するような状況を創り出したいというのが、IOCの狙いなのでしょう。

 2020年の東京大会についてみれば、「競技数・種目数の弾力化を進める」という方向感が示されました。大きな負担と手間をかける開催都市、開催国に、それらが望む競技・種目を咥えることを許容することで、開催都市・開催国にとって魅力有る大会にしてあげるということでしょう。野球やソフトボールが該当競技と目されています。

 2020年大会は「開催に向けての費用負担面での問題が小さい東京・日本」ですから、こうした条件緩和がメリットとなるのでしょうが、東京大会以降の大会を開催しようとする都市にとっては、費用負担の問題は全く改善されていません。

 オリンピックの開催を、ひとつの都市中心では無く、複数の都市あるいは国で行うことを可能とするといった改革案も出されているようですが、これはいただけない。

 サッカー競技のワールドカップが「国・地域」単位で開催されるのに対して、オリンピックは「都市」単位で開催されて来たものです。
 沢山の競技の世界中のアスリートがひとつの都市に集まり、全力を尽くして世界最高のプレーを展開することで、お互いを理解し交流を進める、「平和の祭典」がオリンピックでしょう。ひとつの都市に集まることに大きな意義があるのです。

 これが、複数の都市・国で開催されることも可とすると、個別競技・種目の世界大会に近いものとなってしまいます。オリンピックである必要が無いのです。
 まして、その目的が開催費用負担の分散化であったり、「開催地は自分の都市だが、お金だけ援助してくれ」などという話が横行するようになることは、回避しなくてはなりません。当然ながら、適正な費用を負担できない都市に開催資格が無いのは、あらゆるイベントに共通のことで、オリンピックに限った話ではありません。

 こうした問題への対応策として「開催都市の持ち回り・輪番制の導入」があると思います。

① 安定した財務基盤・社会体制を保持している都市・国家であること
② 世界規模のスポーツ大会を開催した実績と開催する設備・ノウハウを保持していること
③ スポーツを愛する国民性であること

 といった諸点をクリアする都市を世界中からいくつか選び出し、輪番でオリンピックを開催して行くやり方です。

 このやり方なら、競技施設については「オリンピックのための施設が常設されていますから、修理・メンテナンス費用という必要最小限の費用負担で済みます」し、開催ノウハウについても蓄積が進みますので、係員等を集める等の手間も大幅にカットできるでしょう。

 もちろん、時折は「輪番制の都市群に新しい都市を加える」あるいは「都市の入れ替えを行うこと」も可能としておくことも出来そうです。

 1984年の冬季オリンピック大会の開催都市であったサラエボの悲劇が思い出されます。あの美しい都市が、東側諸国の崩壊やその後の新国家設立の過程で戦火に塗れ、破壊されたのです。「平和の祭典」たるオリンピックの開催都市が、戦争の舞台となることを可能な限り回避するためにも、「輪番制」は有効な施策だと思います。

 例えば、試しに夏季大会の候補都市を挙げてみましょう。

 夏季オリンピックを開催したことがある都市の中から、前述の①②③をクリアするであろう都市を選んでみます。(順不同)

① アテネ
② ロンドン
③ パリ
④ ミュンヘン(あるいはベルリン)
⑤ ローマ
⑥ ロサンゼルス
⑦ アトランタ
⑧ 東京
⑨ メルボルン(あるいはシドニー)
⑩ ヘルシンキ(あるいはストックホルム)

 この10都市の持ち回りでオリンピックを開催して行くのです。
 こうした方法を取ることで「開催費用は極小化」出来ると思いますし、大会毎の大会運営レベルもオリンピックに相応しい高い水準に保つことができるでしょう。

 ただし、この方法ですと「IOCの権力」は小さくなってしまうかもしれませんから、IOC関係者には受け入れられないものなのかもしれません。

 「世界最高のスポーツ大会」は世界中のファンの人々が開催を待ち望んでいるものであり、世界中のプレーヤーも目標とするものですから、継続開催されなければなりません。
 費用が巨額過ぎて、開催地に名乗りを上げる都市が激減しているという現状に対しては、「継続開催すること」を最優先として、解決策を構築する必要があると思います。
 12月21日、阪神競馬場芝外回り1600mコースで行われる、第66回朝日杯フューチュリティステークスG1の注目馬検討です。

 牡馬・牝馬の区別無く、最強の2歳馬を決める大レースです。今年も18頭のフルゲートとなりました。

 今年から開催競馬場が中山から阪神に変更となりました。その意味では「第1回」と言っても良く、長い直線を前提としたレースの展開・ペース・傾向や枠順の影響度合いなどは、これから10回ほどのレースの中で確立されていくことでしょう。

 2歳冬時点のレースであり、若駒にとっては初めての大レースですので、予想は何時でも難しいのですが、今年は一層混戦模様と言えるでしょう。先週の阪神ジュベナイルフィリーズと同様に、圧倒的な力量を感じさせる馬が不在だからです。

 現段階での実績上位馬(重賞勝ち馬)を挙げると、京王杯2歳ステークスを制したセカンドテーブル、いちょうステークスの勝ち馬クラリティスカイ、デイリー杯2歳ステークスの覇者タガノエスプレッソ、札幌2歳ステークス優勝のブライトエンブレムとなります。また、アッシュゴールドはデイリー杯2歳Sでタガノエスプレッソと互角の叩き合いを見せました。
 これらの馬は、地力が確認されているという点で評価できます。

 また、前走・前々走と連勝して勢いに乗っているのは、ダノンプラチナ、コスモナインボール、ペプチドウォヘッドで、底を見せていないところが魅力でしょう。

 さすがに1戦1勝馬は出走していませんから、こうした馬達の争いとなるのではないでしょうか。

 さて、注目馬です。

 第一の注目馬は、8枠16番のブライトエンブレム。ネオユニヴァース産駒にして、2008年のG1秋華賞の勝ち馬ブラックエンブレムを母に持ち、2戦目の札幌2歳ステークス(1800m)を快勝しました。直線が長い阪神競馬場の1600mレースは、相応の距離適性が期待されますが、その点も大丈夫でしょう。外枠に回ったことが気がかりですが、「その為の阪神へのコース変更」なのでしょう。

 第二の注目馬は、1枠2番のダノンプラチナ。前走・東京の1600m・ベゴニア賞は圧勝でした。長い直線で良い脚を長く使える良さが、阪神でも観られるかもしれません。近時、G1レースへの出走馬が減少気味のディープインパクト産駒ですが、出てくればまだまだ強いところを見せます。ゴールドシップの後を継ぐ、葦毛の強豪馬への第一歩となるでしょうか。

 第三の注目馬は、7枠13番のペプチドウォヘッド。前走・京都のダート1800m・もちの木賞の直線の脚色は、ダート競馬とは思えないレベルでした。疾走フォームも含めて、十分に芝のレースに対応できるばかりか、世代トップクラスの潜在能力を示してくれたと感じます。キングカメハメハ×バブルガムフェローと、一発大駆けが期待できる血統です。
 
 今年の朝日杯FSは粒揃いの印象。クラリティスカイの粘り強さも気にはなりますが、以上3頭に注目したいと思います。

 新しいコースでの新しい「朝日杯」。良いレースを期待しています。
 石川遼選手が、主戦場をアメリカPGAツアーに移したのは2011年からだと思います。

 PGAツアーへの挑戦は、石川選手のかねてからの夢であり、その夢の到着地はマスターズ・トーナメント優勝(それも2回優勝)であることは、ゴルフファンの間では広く知られています。
 日本プロゴルフツアーでの好成績を引っ提げて、石川選手は勇躍PGAツアーに挑んだのです。

 しかし、思ったような成績は上がりませんでした。

 自身が16歳3か月であった2008年1月に、石川選手はプロになる宣言をしました。この頃の石川選手の得意クラブはドライバー(1番ウッド)でした。
 身長175cm・体重72kgという、決して大柄では無い体躯を一杯に使っての300ヤードドライブは、石川遼のゴルフの象徴だったのです。

 ところがPGAツアーでは、このドライバーショットのミスが確実にボギーやダブルボギーに結び付いてしまうため、スコアを伸ばすことが出来なくなってしまったのです。
 2012年の石川選手は「バーディを取るのが難しい設定のコースが多い中で、ボギーを打ってしまうとスコアの回復が困難になる」とコメントしていました。

 そして、石川選手が対抗策として持ち出してきたのがドライビング・アイアンでした。
 280ヤード前後の飛距離を得ることが出来る上に、正確性が格段にアップするクラブです。2012~2013年シーズンは、これで戦うという方針を立てました。簡単に言えば「守りに入った」のです。

 2012~2013年シーズンの石川選手は、シーズン当初から上位に食い込み、早々と翌シーズンのシード権を確保しました。前のシーズンに比べれば、明らかに安定感が増しましたので、狙いは一応当たった形でした。
 しかし、優勝には程遠い大会が続いたことも事実でした。

 そうした状況下、同じ日本人プレーヤーであり、石川選手より遅れてPGAツアーに挑戦してきた松山英樹選手が、2014年にザ・メモリアル・トーナメントでツアー初優勝を飾ったのです。

 この優勝が、石川選手にどのような影響を与えたのかは分かりませんが、自身のブログには「同じ日本人選手としては嬉しいが、一方でとても悔しい。」といった趣旨のコメントを掲出しました。
 やはり、先にアメリカに来た以上、先に優勝したかったのでしょう。

 そして、2013~2014年シーズンの終盤になって、石川選手は再びドライバーを多用するようになったのです。

 私は、「石川選手のドライバー多用」には大賛成です。その理由は

① 好きなクラブであること
 「好きこそものの上手なれ」という諺がありますが、好きな道具は最も良く練習しますし、最も良い結果をもたらしてくれるものでしょう。

② 「ミラクル」が石川遼の持ち味であること

 石川選手は15歳と245日での世界主要ツアー大会優勝という、ギネス記録保持者です。日本プロゴルフツアーの大会・マンシングウェアオープンで高校生として優勝したのです。
 その優勝も、最終ホールでのバンカーからのチップインという、ミラクルな内容でした。

 2009年には、プレジデンツカップ(アメリカ対アメリカ・欧州以外の国のプレーヤーによる対抗戦)のメンバーに、史上最年少で選ばれプレーしました。

 2010年5月の中日クラウンズ・最終ラウンドでは1ラウンド58打・12アンダーパーの日本プロゴルフツアー新記録・世界新記録を樹立しています。

 どれもこれも「ミラクル」な記録ですし、何よりプレー内容が最もミラクルなものです。
 「チップインバーディ」は、石川選手の得意技(そんなことはあり得ない筈なのですが)の様に思われますし、ラフや難しいポジションからのスーパーショットも持ち味でしょう。

 ゴルフは「ポイントを狙って打っていく競技」です。

 例えばトッププロなら、100ヤードのショットであれば、10発打って10発が狙った地点から1ヤード以内にヒットできるように練習して行くものなのでしょう。そして、その精度を上げて行く中で、時折「ベタピン」ショットが生まれると考えるのが普通です。

 ツアーの大会に臨んでは、「大会毎に上位の成績を継続」し、その中から「優勝争いのラウンドが生まれてくる」と考えるのが普通でしょう。
 普通のPGAツアーのトップクラスの選手(妙な言い回しになってしまい恐縮ですが)は、例えば「トップ10入り10度で1度の優勝争い」といった感じで、ツアーを捉えているのではないでしょうか。
 いわゆる「ゴルフは確率のスポーツ」という考え方です。

 しかし、我らが石川遼は、そういうプレーヤーではないのです。
 前週予選落ちでも今週は優勝、大ピンチからのチップインバーディといったミラクルを起こせるプレーヤーなのであろうと思います。
 それが、持ち味であり「持って生まれた星」なのでしょう。

 アプローチショットや長いパットが、オーケーの距離に寄って行くのは技術でしょうが、入ってしまう、それも1ラウンドで何回も入ってしまうとなると、尋常ではありません。
 その「尋常ならざるプレー」こそが、石川遼のゴルフなのです。

 そして、その「尋常ならざるプレー」のティーショットで使用するクラブは、ドライビング・アイアンでは無く、ドライバーであるべきでしょう。ドライバーでなければ、奇跡は起こり難いでしょう。
 
 例えば調子が良い日には、全米オープンのような極めて狭い設定のフェアウェイをドライバーで攻めて、どんどんフェアウェイヒットを続けるというのが、石川遼選手のゴルフであろうと思うのです。

 何より、好きなクラブを振り続けて行く=気持ちよくプレーして行く中で、ラウンドを組み立てて行くタイプなのではないかと思います。

 石川遼選手には、アメリカPGAツアーでも思い切りプレーしていただきたいと思います。そして、「えっ?嘘!」というショットを魅せていただき、優勝を捥ぎ取ってもらいたいと思うのです。
 勝手なことを言って恐縮ですが、必ず出来ると感じます。

 3歳馬(現在の2歳馬)の関東地区チャンピオンを決めるレースとして、「朝日盃3歳ステークス」が創設されたのは1949年(昭和24年)のことでした。昭和20年の太平洋戦争終結から僅か4年後のことです。
 占領下・戦後復興の真っ只中での若駒の大レース創設には、当時のホースマンの並々ならぬ意気込みを感じます。

 爾来、「朝日杯3歳ステークス(2001年から朝日杯フューチュリティーステークスFSに改名)」は、第1回から2013年の第65回まで一貫して中山競馬場で開催されてきました。
 50年以上の歴史を誇るG1級のレースで、一度も開催コースが変更されていないレースというのは、極めて珍しいと思います。多くのレースで、各競馬場の大規模改修に伴って「1回限定」で別の競馬場を使うことは時折見られることなのですけれども、このレースに限っては65年間に渡り例外無く中山競馬場で開催されてきたのです。

 「朝日杯3歳ステークス」が、中山競馬場にとっていかに重いものであったかを示す事実でしょう。
 
 その朝日杯3歳ステークスが、2014年開催から阪神競馬場に施行競馬場を移すことになりました。
 1991年に、関西地区の朝日杯3歳ステークスに相当した「阪神3歳ステークス」が牝馬限定レースとなり、朝日杯3歳ステークスが「関東NO.1決めるレース」から「全国NO.1を決めるレース」に変わったことや、中山競馬場1600mコースの形状が内枠有利であり、公平なレース施行を期する為に阪神に移した、などいくつかの理由が報じられています。

 いくつかの理由の下で、朝日杯FSは阪神競馬場へと移ることとなったのです。そのこと自体は、日本中央競馬の歴史の流れのひとつであろうと感じますが、ここでひとつ「中山競馬場の朝日杯3歳ステークス」をテーマにしてみようと思った次第です。

① 優駿が並ぶ優勝馬

 1949年から1990年までは「関東地区の2歳馬NO.1」を決めるレースであり、1991年以降は「全国の2歳馬NO.1」を決めるレースでしたから、歴代優勝馬は豪華絢爛です。いちいち採り上げていては、いくら書いても終わらないラインナップですので、主だった優駿のみを思い出してみます。

・1962年グレートヨルカ 菊花賞優勝。
・1967年タケシバオー 翌1968年の3強(マーチス、アサカオー)の一角。天皇賞(春)他のレースに優勝し、日本競馬史上初の獲得賞金1億円馬となりました。
・1976年マルゼンスキー 大差勝ちしたこのレースのレコードタイム1分34秒4は1990年リンドシェバーに破られるまで続きました。通算8戦8勝の無敗馬。
・1978年ビンゴガルー 皐月賞優勝。
・1980年テンモン 1965年のメジロボサツ以来の牝馬優勝馬。オークス優勝。
・1986年メリーナイス 日本ダービー優勝。
・1987年サクラチヨノオー 日本ダービー優勝。
・1989年アイネスフウジン 日本ダービー優勝。
・1991年ミホノブルボン 皐月賞・日本ダービー優勝、菊花賞2着。
・1993年ナリタブライアン 三冠馬、有馬記念優勝。
・1995年バブルガムフェロー 天皇賞(秋)優勝。
・1997年グラスワンダー 有馬記念2勝、宝塚記念優勝。
・1998年アドマイヤコジーン 安田記念優勝。
・1999年エイシンプレストン クイーンエリザベス2世カップ(香港のG1)優勝。
・2001年アドマイアドン 無類のダート巧者、地方・中央でG1を7勝。
・2006年ドリームジャーニー 有馬記念・宝塚記念優勝。
・2009年ローズキングダム ジャパンカップ優勝。
・2010年グランプリボス NHKマイルカップ優勝。
・2012年ロゴタイプ 皐月賞優勝。

 といったところでしょうか。

② 多彩な優勝馬

 外国産馬がクラシックレースに出走できるようになる2001年までは、外国産強豪馬が出走できる数少ないG1レースのひとつでしたので、マルゼンスキーやグラスワンダーに代表される外国産馬の優勝が目立ちます。

 結果として「クラシックレースとの関連が薄い」などと指摘されることもありますが、「本当に強い馬」が勝って来たレースとも言えるのでしょう。

 また21世紀に入ってからは、日本競馬のレベルアップに伴い「1600mのスペシャリスト」が活躍するレースともなりました。
 1980年代から90年代前半までは、このレースを勝って日本ダービーに勝つ馬が多かったのに対して、近時は皐月賞やNHKマイルCに勝つ馬が出ているところに現れていると思います。

 レースの性格は時代と共に変遷してきましたが、現在は「2歳最強マイラー」を決めるレースと言えるのかもしれません。

 有馬記念を頂点とする「12月の中山開催」から朝日杯FSが無くなることには、時代の流れを感ぜざるを得ませんが、阪神競馬場の朝日杯FSが新しい時代を創って行ってくれることでしょう。

 中山競馬場で行われた65回のレースで、真っ先に思い出すのは、やはり1976年のマルゼンスキーです。ニジンスキー産駒にして、母シルはあのバックパサーの仔という、当時の超良血馬が我が国に持ち込まれたのです。
 そして内国産のトップクラスと刃を交えての「大差勝ち」は強烈でした。310mしかない中山の直線で、どうして2着馬が見え難いほどの差が付くのだろうかと感じました。

 さて、そろそろ中央競馬12月の名物であった「中山競馬場の朝日杯3歳ステークス」にお別れをしたいと思います。
 2014年のパンパシフィック水泳大会やアジア大会等における、日本競泳チームの大活躍を観るにつけ、戦後の日本水泳を世界にデビューさせた2人の偉大なスイマー・偉大なライバルを忘れてはならないでしょう。

 古橋広之進選手といえば、多くの人がご存知の「フジヤマのトビウオ」です。戦後間もない日本にあって、1949年6月の全米選手権で大活躍、日本の戦後復興を精神面から支えた存在として有名です。

 一方、橋爪四郎選手は、古橋選手のライバルとして、常に凌ぎを削る間柄であり世界新記録を何度も樹立しているのですが、いつも古橋選手に次いで2位であったためか、あまり知られていません。不思議なことだと思います。

 古橋広之進(静岡県出身)と橋爪四郎(和歌山県出身)は、ともに1928年生まれの同期生です。誕生日は、古橋が9月16日、橋爪が9月20日と、これも近いのですが、古橋の方が4日早い。この4日だけ年上ということが、2人の関係を決めたのでしょうか。

 終戦直後の1946年橋爪は古橋に誘われて日本大学に進学しました。
 古橋と橋爪は、1947年から競技会において好記録を連発します。1948年のロンドンオリンピックには、独立国ではなかった日本は出場できませんでしたが、日本水泳連盟は日本水泳選手権をロンドンオリンピック競泳競技と同じ日程で開催し、記録を比較するという施策を取りました。
 戦後間もない時期ですが、当時の日本水泳連盟ひいては日本人の気概溢れる施策であったと感じます。

 この国体で、古橋は400m自由形、1500m自由形の2種目でロンドンオリンピック優勝記録および世界記録を上回る記録を叩き出しました。橋爪も1500m自由形でロンドンオリンピック優勝記録と世界記録を上回りましたが、古橋に僅かに及ばす2位でした。(古橋の記録18分37秒0、橋爪18分37秒8)
 当時の日本は、国際水泳連盟に所属していませんでしたから、これらの記録は世界新記録としては公認されませんでしたが、「日本競泳陣強し」の情報は、世界を駆け巡りました。

 そして翌1949年、日本が国際水泳連盟に復帰した年の8月、古橋と橋爪はロサンゼルスで開催された水泳の全米選手権大会に参加しました。ついに、日本競泳陣の力を示す時が来たのです。

 この全米選手権大会の400m自由形、800m自由形、1500m自由形の3種目は、いずれも1着古橋選手、2着橋爪選手でした。そして、古橋の記録は全て世界新記録でした。この時、古橋選手は「フジヤマのトビウオ」と称されたのです。

 橋爪選手も、古橋と差の無い2着を連発し、世界新記録も連発したのですが、常に古橋の2着でした。
 橋爪四郎は世界記録を11回更新していますが、その全てが古橋広之進の2着だったという、これも滅多に見られない記録でしょう。私はこの2人以外に、こうした関係を知りません。

 古橋は、同じ日本大学に在って、橋爪に負けまいと練習を重ねていたでしょうし、橋爪もまた同じであったと思います。日頃から常に競い合っていたという点でも、真のライバルといえると思いますし、「フジヤマのトビウオ」は古橋・橋爪の切磋琢磨から生まれたものだと思います。

 1952年のヘルシンキオリンピックでは、橋爪選手が1500m自由形で銀メダルを獲得しました。古橋選手は、1951年の南米遠征の時にアメーバ赤痢に罹病した影響もあって、既にピーク時の力は発揮できず、メダルは取れませんでした。

 戦後日本復興の心の拠り所であった古橋広之進と橋爪四郎。日本を支える素晴らしいライバル関係でした。
 色々な記録を観る限り、2人の地力はほぼ互角であったと推測されますが、「古橋選手に気を使い、ヘルシンキオリンピックで獲得した銀メダルを他人に見せなかった橋爪選手のやさしさ」が、古橋1着、橋爪2着の要因のひとつではなかったかと考えています。
 フィギュアスケートのグランプリシリーズ・ファイナル・男子シングルーフリー演技は、12月13日スペイン・バルセロナで行われ、日本の羽生結弦選手が見事な演技を魅せて優勝しました。

 ご承知のように、羽生選手は11月上旬に行われた第3戦中国大会のフリー演技の6分間練習で他選手と激突し、体中に怪我を負いました。しかし、フリー演技を最後までやり切りました。
 11月末の日本大会(NHK杯)にも出場しました。どちらの大会も、無理を押しての(というか常識外れの)出場であったことは明らかで、満足なジャンプを跳ぶことが出来ず、演技内容は普段の羽生選手のものとは程遠いものでした。

 その日本大会から僅か2週間後。

 今グランプリファイナル大会に臨んで、脚の筋肉他へのダメージが完治している筈も無く、精神的なショックも尾を引いていることは明らかな状況下、キャリア最高得点のフリー演技を魅せたというのは驚くべきことでしょう。

 改めて、羽生結弦というアスリートの凄さを知らされた感じがします。

 何より、演技冒頭の2度の4回移転ジャンプが見事でした。

 まずは4回転サルコウ。
 正直に言って、私は羽生選手のフリー演技で4回転サルコウ・ジャンプをキッチリと成功させたのは、初めて見ました。
 金メダルを獲得したソチオリンピックのフリー演技でも転倒していました。「羽生選手の冒頭の4回転サルコウは失敗しても良いもの。この転倒で落ち着き、その後のプログラムをしっかり滑ることが出来るから。」などと、勝手に思い込んでいたものです。

 もともと、羽生選手は「サルコウ・ジャンプが苦手」というイメージでしたから、この成功というか「完璧なジャンプ」には、テレビの前で思わず拍手を送りました。

 その拍手も鳴り止まぬ中で2度目の4回転ジャンプ「トウループ」にトライして、こちらも完璧に決めました。
 4回転トウループは、羽生選手が得意とするジャンプですが、とはいえ1つの演技中で2度の4回転ジャンプを「完璧に決める」というのは、滅多に観られるものではありません。

 良い演技を魅せていただいた、ということでしょう。

 フリー演技の得点は194.08という、パーソナルベストにして今季世界最高点(同年のオリンピック金メダリストのパーソナルベストなのですから、世界最高得点というのは当然のことなのかもしれませんが)。ショートプログラムSPの94.08点と合わせて288.16点という、極めて高い得点でした。
 2位の選手が253.90点でしたから、34点以上の大差を付けての優勝、2連覇でした。

 加えて、今大会のSPでもフリーでも「羽生選手は転倒している」のです。
 転倒なかりせばというよりも、羽生選手が満足できる演技が完遂できれば、得点はまだまだ伸びるのでしょう。

 気の早い話で恐縮ですが、羽生結弦選手の次の目標は「合計得点300点越え」ということになるのかもしれません。
 2014年のスポーツシーンで、日本人プレーヤーの活躍が続いています。素晴らしいことです。

 そんな中でも、際立った活躍を見せているのは、競泳の萩野公介選手とテニスの錦織圭選手でしょう。萩野選手はパンパシフィック大会での活躍に続いて、アジア大会2014では7種目に出場して7つのメダルを獲得、内4つは金メダルという、従来の日本人スイマーの枠を超えた大活躍を魅せました。錦織選手が全米オープン2014男子シングルスで日本テニス史上初の決勝進出を果たしたことは、記憶に新しいところでしょう。

 萩野選手の身長は177cm、錦織選手の身長は178cmと報じられています。
 平均的な日本人男性よりは大きいのですが、当該種目の国内外のアスリートと比較すれば決して大きい方では無く、むしろ小柄なプレーヤーと言えるかもしれません。

 20世紀末から21世紀の初めにかけて、スポーツ界では「サイズ」の問題が取り沙汰されました。「大きい方が有利」という視点です。実際に、色々なスポーツにおいて大きなプレーヤーが活躍を見せたのです。
 ところが、「日本史上初・空前の活躍を見せる萩野選手と錦織選手」は、決して大きなプレーヤーではありません。
 「サイズ」の問題は、転換点を迎えているのかもしれません。

① 競泳

 競泳種目は身長が高い方が有利であると言われます。かつて選手であった方に話を伺っても、身長が高い方が有利であると明言されます。

 同じスタート台の上から飛び込めば、ジャンプ力が同程度であれば、飛び込んだ瞬間に長身のスイマーの方が前に出ます。
 加えて、長身のスイマーは腕も長いので、水をかく腕の弧も大きいので、より大きな推進力を得ることが出来ます。
そして、ゴールのタッチにおいては手が長い方が絶対的に有利なのです。

 つまり、競泳競技において長身のスイマーが有利であることは間違いない事のようです。

 実際、21世紀に入ってオリンピック・世界選手権でメダルを量産したイアン・ソープ選手(オーストラリア)は身長195cm、マイケル・フェルプス選手(アメリカ)は193cm、ライアン・ロクテ選手(アメリカ)は188cmです。

 そして、アジア大会2014においても、表彰式の際に萩野選手の横に立つ中国選手は、いずれも萩野選手より遥かに長身でした。多くの選手が190cm以上だったのではないでしょうか。

 しかし、表彰台の真ん中に立つのは小柄な萩野選手でした。記念写真を撮るべく、表彰台の真ん中の段に両サイドの選手も登ると、萩野選手より顔半分・顔一つ背が高い選手達であることが、よく判りました。

 長身の選手が絶対に有利と言われる競泳種目で、萩野選手は全くその不利を感じさせることなく競技に臨み、優勝するのです。凄いというか不思議でさえあります。

 世界トップクラスに躍り出ている日本水泳チーム「トビウオ・ジャパン」には、萩野選手以外にも、背泳ぎの入江陵介選手(身長178cm)、瀬戸大也選手(同174cm)といった、身長170cm台でありながら、世界トップクラスの実力を持つスイマーが居ます。
 もはや競泳種目においては、「体が大きい方が強い」という概念は存在しないのかもしれません。

② テニス

 近代テニス競技も、長身のプレーヤーが有利であると言われてきました。

 近代テニスにおいては「サービスゲームのキープ」がとても重要です。相手のサービスゲームをブレイクすることは容易なことではありませんから、少なくとも自分のサービスゲームを落とさないことが、勝利への絶対条件となります。
 そのサービスにおいて、長身の場合には腕も長いことが多いので腕の振りが大きくなり、サービスのスピードを速くすることが出来る上に、打点を高くすることで角度を付けることも出来るのです。

 実際、ウィンブルドン大会でシングルス優勝7回を誇るピート・サンプラス選手(アメリカ)の身長は185cm、4大大会シングルス優勝17回の史上最多記録のロジャー・フェデラー選手(スイス)も185cm、現在世界ランク1位を常に争っているノバク・ジョコビッチ選手が188cm、全米オープン2014決勝で錦織を破ったマリン・チリッチ選手(クロアチア)は198cm、ジャパンオープン2014の決勝で錦織と覇を競ったミロシュ・ラオニッチ選手(カナダ)は196cmといった具合です。

 こうした長身選手を相手に、錦織選手は2014年に入って互角のゲームを展開しています。時速220km・230kmというサービスを見事にリターンして、ゲームを造っているのです。

 20世紀においては「長身の外人選手・ビッグサーバー相手には、日本人選手はどうやっても勝てない」などと言われたものであり、私達もそのように思い込んでいたのです。

 これが間違った思い込みであったことは、錦織選手の活躍が示しています。

③ ゴルフ

 ゴルフ競技も長身の方が有利だと言われてきました。
 長身の方がスイングアークが大きいので、より飛距離を伸ばすことが出来る、そしてより飛ぶことは次のショットにおいて絶対的なアドバンテージだと言われてきたのです。

 1980年代から90年代にかけてマスターズトーナメント3勝・全英オープン3勝と活躍したニック・ファルド選手(イングランド)は身長191cmでしたし、20世紀末から21世紀初頭にゴルフ界を席巻したタイガー・ウッズ選手(アメリカ)は186cm、全米・全英各2勝のビッグイーズィことアーニー・エルス選手(南アフリカ)は187cm、現代最高の飛ばし屋と言われマスターズ2勝のババ・ワトソン選手(アメリカ)は191cmです。

 こうした長身ゴルファーは、ドライバーはもちろんとしてスプーンでも軽々と300ヤード以上のショットを飛ばし、アイアンクラブでも250ヤードを優に超えるショットを見せるのです。「同じ300ヤードショットでも、タイガーは8分の力で打っている。日本選手が必死に振り回しているのに比べて、安定感が全く違う」などと言われたものです。

 しかし、現在世界ランキング1位に君臨し、2014年のメジャートーナメント4戦で2勝しているのは、北アイルランドのロリー・マキロイ選手であり、その身長は178cmなのです。日本の松山英樹選手が180cmですから、マキロイ選手より少し大きいのです。

 「小柄?な」マキロイ選手は、ドライバー他のショットの飛距離において長身選手に全く引けを取りません。そして、世界ランクトップに居るのですからプレーの安定性で勝っていることは明白です。

 そして、世界ランク3位のセルヒオ・ガルシア選手(スペイン)が178cm、同10位のリッキー・ファウラー選手(アメリカ)が175cmですから、世界のベスト10に3名の身長170cm台のプレーヤーが居ることになります。
 ゴルフ競技においても、長身の優位性は小さくなってきているのかもしれません。

 今回はスポーツ選手の「身長」に注目してみました。

 そして、20世紀終盤から21世紀初めにかけて、多くのスポーツにおいて絶対とも言われて来た「長身プレーヤーの優位」が崩れつつあるのかもしれないと感じます。

 もちろん2014年時点でも、バスケットボールのプレーヤーやアメリカンフットボールのクオーターバックQB、ベースボールのピッチャーなど、長身の方が有利であるスポーツは多々存在しています。

 但し、例えばNFLのQBについて観れば、ペイトン・マニング選手(ブロンコス)の身長は196cm、トム・ブレイディ選手(ペイトリオッツ)は193cmと長身ですが、ドリュー・ブリーズ選手(セインツ)は183cm、ラッセル・ウィルソン選手(シーホークス)は180cmと、必ずしも、NFLにおいて望ましいとされる「6の6(6フィート・6インチ=約198cm)」のQBばかりではないのです。
 身長180cmを少し超える位の身長でも、NFLトップクラスのQBとして活躍できることは間違いありません。

 色々と見てきましたが、結局、スポーツの能力は身長により決まるものでは無く、「パワーと敏捷性のバランスの良さ」が大切であろうという、当たり前の結論になってしまいそうです。
 トレーニング方法の進歩や道具の進化等々、要因は各々の競技によって様々でしょうが、身長の水準と競技能力の関連性は薄くなっているように感じます。
 第34回全日本実業団女子駅伝は、12月14日宮城県を舞台に開催されました。

 全体としてレースの高速化が進み、実業団女子長距離競走界のレベルアップが感じられるレースでした。

 レースは、前半3区・高島由香選手の力走でトップに立ったデンソーチームが、後半も安定したレース展開を見せて押し切りました。デンソーは2013年に続いての連覇を達成しました。

 2位にダイハツチーム、3位にはヤマダ電機チームが入りました。2位以下のチームは順位の入れ替わりが目まぐるしいレースでもありました。

 色々な意味で楽しいレースでしたし、素晴らしい走りを見せてくれたランナーも数多かったのですが、特筆すべきは筒井咲帆選手でしょう。
 ヤマダ電機のアンカーとして、第6区6.7kmを走った筒井選手のランニングは見事なものでした。

 7位で襷を受けて3位まで順位を引き上げたことも大活躍なのですが、何よりそのランニングフォームが素晴らしい。
 膝が地面と水平まで上がり、大きなストライドながら滑らかに前進する姿は、これまでの日本人女子ランナーにはなかなか見られなかったものです。

 京都乙訓高校出身の18歳、身長154cm・体重38㎏と、決して大柄ではないのですが、その「大きな走り」には大きな将来性が感じられました。

 エチオピアの「皇帝」ハイレ・ゲブレセラシェ選手に似ているランニングフォームだと思います。ゲブレセラシェ選手も身長165cmと決して大きなランナーではありませんでしたが、オリンピックの10000mでアトランタ・シドニーと2大会連続の金メダル、マラソンでも2008年に史上初めて2時間4分の壁を破りました。

 競走は「ストライド×ピッチ」で争われる競技です。一般的には、長身のランナーはストライド(歩幅)の大きさで勝負し、小柄なランナーはピッチ(脚を交互に動かすスピード)で勝負するものですから、「小柄でありながら大きなストライドを保持するランナー」には、大きな可能性が秘められています。
 そして、この走りは誰にでも出来るというものでは無く、天賦の才なのでしょう。

 もちろん、長い距離に渡って小柄なランナーが大きなストライドを維持するには、強靭な持久力が必要であることは言うまでもありませんが、その持久力さえ積み上げられれば、相当に優位に立てるのです。

 18歳の筒井咲帆選手には、大きな可能性を感じます。

 全日本実業団女子駅伝2014は、日本陸上女子長距離界に素晴らしい新星が現れた大会であったのかもしれません。
 今回は、アメリカンフットボール競技におけるボールキャリア(ボールを持っているプレーヤー)に求められるスキルについての検討です。

 アメリカンフットボールにおいては、主に攻撃側のプレーヤーがボールを保持します。
 スクリメイジライン上のボールをセンターCプレーヤーが後ろに居るクオーターバックQBに渡し、QBがランニングバックRBやワイドレシーバーWR、タイトエンドTEのプレーヤーにボールを渡したり、投げたりして、攻撃が進むのです。

 例えば、「ランプレー」なら、多くの場合QBがRBにボールを渡し(ハンドオフし)、RBはボールを持って前方に走りますし、「パスプレー」なら、QBがWRやTE、時にはRBにパスを投げ、受け手のプレーヤーがこれをキャッチして、さらに前方に走ろうとしたりします。
 アメリカンフットボールの基本的な攻撃は、「ランプレー」と「パスプレー」ということになります。

 「ボールキャリア」というのは、これらのプレーにおいて、QBからボールを受け取ったプレーヤーということになります。
 このボールキャリアに求められるスキルとしては、大きく前進することが挙げられそうですが、最も大事なことは「ファンブルしないこと」でしょう。当たり前のことを書いて恐縮ですが、ゲームを勝利するために最も大事なことのひとつであると思います。

 ファンブルとは、インプレー中にボールキャリアがボールを落とすことです。この落としたボールを相手チームのプレーヤーが確保すれば、攻撃権が相手チームに移ってしまいます。「ターンオーバー」です。

 攻撃権を持っているチームが、4度以内の回数のプレーで10ヤード以上前進出来れば、次の攻撃をすることが出来る、そしてその攻撃の連続の中で、相手エンドゾーンにボールを保持した攻撃側プレーヤーが入り、保持しているボールの一部でもエンドゾーンに入れば、タッチダウンTDとなる、というスポーツですから、攻撃の継続が大切なことは言うまでも無く、逆に言えば「攻撃権を相手に渡すこと」は可能な限り回避しなくてはならないスポーツなのです。

 しかし、実際のゲームでは「3度目のプレーで10ヤード前進」出来ないことも多く、この場合には、4度目の攻撃でパントを蹴って、地域を挽回するのが一般的なプレーです。
 相手陣深くからの相手の攻撃を封じることで、再び攻撃権を奪回することを狙うのです。

 ところが、パントのような意図的な形ではなく、全く予定外の形で相手チームに攻撃権を渡してしまうことがあります。これが「ターンオーバー」です。

 ターンオーバーが発生する原因はいくつかありますが、その中でも「ファンブル」と「パスインターセプト」の2つが最も多いものです。

 「ファンブル」は、ボールキャリアであるRBやWRが、相手ディフェンダーDFのタックルなどを受けて、ボールを落としてしまうプレーであり、RBが前進している時や、WRがパスをキャッチした後に相手DFのタックルを受けたりしてボールを落とすものですから、前進中に「相手に攻撃権を渡しかねないプレー」であり、極めて影響の大きなプレーなのです。

 従って、QBからハンドオフでボールを受けたRBや、パスをキャッチしたWRに求められる最大の仕事は「ファンブルをしないこと」なのです。
ファンブルをしないことを大前提として、RBやWRは前に走る努力を行わなければなりません。

 ファンブルしないためには、「ボールをしっかり保持すること」が必要なのは言うまでもありません。しかしこの「ボールをしっかり保持すること」は、容易なことではないのです。
 素晴らしい突破力を保持するRBでありながら、時々ファンブルしてしまうプレーヤーが居ます。ボールをしっかり保持することが出来ないのです。甘いボール保持が「クセになっている」プレーヤーも居ます。

 こうなると1ゲームで100ヤード以上のゲインをするRBであっても、ヘッドコーチHCは、ゲームで使うことを躊躇するでしょう。

 1つのターンオーバーがゲームを台無しにしてしまうことは、よく観られることです。感覚的には、1つのファンブルは1ゲーム・100ヤードのランより重いものだと思います。

 従って、例えばRBが5ヤード前進し、前方に2~3人の相手チームのラインバッカーLBが待ち構えているところに、無暗に突っ込むプレーは、HCやチームにとっては、ハラハラするプレーでしょう。

 WRが10ヤードのパスをキャッチし、さらに相手チームのコーナーバックCBやセイフティSプレーヤーが待ち受けているところに、無暗に突っ込むプレーも同様です。

 もし、ファンブルしてしまえば「5ヤードのラン」「10ヤードのパスキャッチ」が水泡に帰するばかりか、懸命に続けてきたその時の攻撃・ドライブがご破算になるとともに、多くの場合「相手チームにとって有利なフィールドポジション」から、相手チームの攻撃が始まってしまい、相手チームの得点・味方の失点に繋がる可能性が高いのです。

 つまり、本来TDからの7点獲得を狙って進めていた攻撃が、相手チームの7得点・自軍の7失点に化けてしまう訳ですから、1つのファンブル=差引14点の差、に結び付くリスクがあるのです。絶対に避けなければならないプレーです。

 さらに、NFLという世界最高レベルのリーグともなると、単に「ボールをしっかり保持していること」だけでは、不十分とも言えます。
 DFプレーヤー達は「攻撃側OFのプレーヤーが保持するボールを弾き出すプレー・掻き出すプレー」を頻繁に行うからです。

 攻撃側プレーヤーの体にタックルするのではなく、ボールにタックルすることも、よく観られるプレーです。また、胸にしっかりと抱いているボールに手を突っ込み、ボールを掻き出しにかかるプレーも、度々行われます。

 こうした「ファンブルを誘発するプレー」が出来ることが、NFLにおけるDFプレーヤーの必須条件とも言えるのでしょう。
「強く当たってファンブルを誘う」「弱く当たりながら掻き出す」といったプレーを、プレー毎に使い分けることが出来るDFこそ、良いDFプレーなのです。

 こうした、NFLでは当たり前のDFプレーに対して、OFプレーヤーも対応しています。一流のWRともなると、パスキャッチの直後に、両手を伸ばしボールを自分の体から離す動きを見せたりします。DFプレーヤーの「掻き出すプレー」への対応なのです。

 0.1秒も無い時間の中で、DFプレーヤーはボールを掻き出そうと手を伸ばし、OFプレーヤーは掻き出そうとする手・腕を避ける位置にボールを動かすという、「まさにNFLレベル」のプレーが展開されるのです。
 スローモーションVTRを観ながら、本当に高度なプレーだと、いつも感心させられます。

 また、これもよく観られるプレーですが、QBがパスターゲットとなっているプレーヤーの周りに、相手DFプレーヤーが沢山居る場合に、わざとパスを失敗するのです。
 この状況でパスを受け取った味方プレーヤーは、前進出来ないどころか、多くの相手プレーヤーのタックルを受けて、ファンブルするリスクも高いとの判断です。

 「意図的なパス失敗」は、NFLにおいてはよく観られるプレーなのです。フィールドにボールを叩き付けるプレーや場外にパスを投げだすプレーの中に、見事な判断が潜んでいるプレーも含まれているのです。これもNFLレベルと言えるでしょう。

 キックオフのボールをキャッチしリターンを行うプレーヤー=キックオフリタナーや、相手チームのパントをキャッチして前進しようとするプレーヤー=パントリタナーも含めて、やはり、NFLというかアメリカンフットボールというスポーツ競技のボールキャリアに求められる、最も大事なスキルが「ファンブルをしないこと」であることは、間違いないことだと思うのです。
 12月10日に行われたUEFAチャンピオンズリーグF組の首位争い、FCバルセロナ対パリ・サンジェルマンのゲームは、バルセロナが3-1で快勝して、同組のトップに立ちました。

 ホームのカンプノウで快勝したバルセロナの3得点は、得点順にリオネル・メッシ(前半19分)、ネイマール(前半42分)、ルイス・スアレス(後半32分)によるものでした。
 現在の世界サッカーを代表するフォワードの3プレーヤーが、順に得点した形です。
 
 そして、一度はリードしたパリ・サンジェルマンの得点はズラタン・イブラヒモビッチ(前半15分)だったのです。

 この構成を見るだけで、このゲームの素晴らしさが感じられます。

 レアル・マドリードやバイエルン・ミュンヘンとともに、21世紀の欧州サッカーのトップに君臨するFCバルセロナに、新興勢力の代表として挑んだパリ・サンジェルマンのゲームは、華やかなことこの上ないゲームですし、得点者が前述の4プレーヤーとなれば、観客は大満足であったことでしょう。

 特筆すべきは、スアレス選手が機能し始めていることでしょう。ワールドカップにおける「噛み付き疑惑」から、やや元気が無いと見られていた同選手ですが、このゲームはワントップ気味の位置に居て、メッシやネイマールにラストパスを供給するとともに、自身も得点しました。

 「ひとりいれば十分」の感があるレベルのゴールゲッター3人による良好なコンビネーション構築は大変難しいことだろうと思われますが、このゲームはひとつの方向感を示したものかもしれません。

 それにしても、何時も書いて恐縮ですが、こうしたゲームを目の当たりにできる欧州のサッカーファンは、とても幸せ者です。
 12月14日、阪神競馬場芝外回り1600mコースで行われる、第66回阪神ジュベナイルフィリーズJF競走G1の注目馬検討です。

 例年、翌年のクラシックレースを占う大一番ですが、今年も18頭のフルゲートとなりました。

 競走経験が少ない、この時期の2歳牝馬のレースですが、例年なら、2006年のウオッカ、2008年のブエナビスタ、2009年のアパパネ、2010年のレーブディソール、2011年のジョワドヴィーヴルといった大本命馬が既に登場していることが多いのですけれども、今年はいまだ他を圧する印象の馬が現れていませんので、混戦ということになるのでしょう。

 少ないレース経験の中で実績を有する馬から観てみましょう。

 前走G3アルテミスSに優勝したココロノアイは、ここまで3戦2勝2着一回。ステイゴールドとディンヒルという良血馬でもあります。

 前走G3ファンタジーSを制したクールホタルビは、5戦2勝2着1回、前々走のG3小倉2歳Sは13着と大敗しましたが、まだ心身が安定していないこの時期の若駒というところでしょうか。マツリダゴッホ産駒というのはユニークです。

 その小倉2歳Sを制したのがオーミアリス。ここまで2戦2勝、ホワイトマズル産駒です。デビュー戦の新馬レースが同着、2戦目の小倉2歳Sが鼻差勝ちと、この時期の2歳牝馬にしては、「とても競り合いに強い」印象です。

 新馬・特別を連勝しているのがコートシャルマン。こちらも、クビ差・頭差で勝っています。ハーツクライ産駒として、今後の成長も楽しみです。

 未勝利・特別を連勝中なのはショウナンアデラ。3戦2勝2着1回。ディープインパクトの牝馬産駒は、定評のあるところでしょう。

 こうした馬達が、実績馬として挙げられると思いますが、頭書の通り「他を圧する」という印象はありません。

 そこで、今年の阪神JFは「1勝馬に注目」したいと思います。

 第一の注目馬は、6枠12番のカボスチャン。
 前走、東京1800mの新馬戦で、2・3着に牡馬を従えて勝ちました。上がりの競馬となったこのレースで勝負強さを見せた感じです。タニノギムレット×サンデーサイレンスという血統にも期待します。

 第二の注目馬は、1枠1番のロカ。
 前走、京都1800mの新馬戦で2着に3馬身差を付けて快勝しました。出走メンバー中で「大物感」は一番かもしれません。上がり33.2秒の脚も魅力的。ハービンジャー産駒というのも注目したいところです。

 第三の注目馬は、2枠3番のアルマオンディーナ。
 前走、京都1400mの新馬戦・稍重馬場における、ゴール前の粘り強い脚色が印象的でした。キンシャサノキセキ×ノーザンテーストというのは、私の好きな配合です。

 今年の阪神JFは、この3頭の1勝馬に注目です。

 超大物の出現に期待します。

 「Jリーグ・アウォーズ2014」が12月9日横浜アリーナで開催され、Jリーグ2014年シーズンのMVPプレーヤーに、ガンバ大阪の遠藤保仁選手が選出されました。

 プロ17年目・34歳の遠藤選手は、意外にも初のMVP受賞でした。
 今回でベストイレブンに選出されること11回目(史上最多)の遠藤選手が、まだMVPを受賞していなかったのは、とても意外でしたが、順当なというか当然の受賞という印象です。

 遠藤保仁は、日本サッカー界が世界に誇るプレーヤーです。

① ワールドカップで得点を挙げていること

 現在、現役というか各国のトップリーグで活躍している日本人プレーヤーの中で、ワールドカップで得点を挙げているのは、本田圭佑選手、岡崎慎司選手、そして遠藤保仁選手の3人しか居ません。

 ワールドカップにおける得点というのは、とても重いものです。例えば「各国のリーグ戦における100得点に相当する」といった物差しとは別次元の価値があります。

 今年のブラジル大会におけるイングランド代表ウェイン・ルーニー選手が、ワールドカップ初得点を挙げた時の嬉しそうな様子、本当にはしゃいでいた様子が、何よりもその価値の大きさを示しています。

 遠藤選手の2010年の南アフリカ大会グループリーグ・デンマーク戦でのフリーキックFKによる得点は、見事なものでした。この大会の使用球は飛び過ぎる傾向がありコントロールが難しかったので、FKによる得点は激減しましたが、遠藤選手は見事に決めました。世界屈指のフリーキッカーであることを明示したのです。

 当然ながら、遠藤選手のキャリアにおける最高の得点のひとつでしょう。

② 比類無きキックの正確さ

 遠藤選手のプレーの最大の特徴は「ボールコントロールの良さ」でしょう。パスにしても、FKにしても、その精度は驚異的なものです。

 若い頃から定評がありましたが、年齢を重ねるにつれて、精度が落ちるどころか上がっている印象であり、局面局面での対応力を勘案すれば、明らかに上手になっていると思います。
 日本人選手の中で最高のテクニックを具備しているプレーヤーとして、引き続き日本サッカーを牽引して行っていただきたいと思います。

③ 衰えぬ闘争心と冷静さ

 私が遠藤保仁というプレーヤーを見る時、最も高く評価しているのは「闘争心と冷静さの具備」です。

 どんなゲームに臨んでも、遠藤選手は全く怯むことなくプレーを展開します。「いつも同じ」なのです。
 これは本当に素晴らしいこととで、遠藤選手が若い頃から、ひょっとすると、物心がついて自宅の庭でボールを蹴り始めた頃から、具備している特性なのかもしれません。

 様々なテクニックとは異なり、この特性は容易なことでは身に付けることが出来ないものなのですが、遠藤選手はどんなゲームでも「同じ顔をしていて同じ様に動く」ことが出来るのです。

 この比類なき闘争心と冷静さが在る限り、遠藤保仁選手は、日本の世界のトッププレーヤーとしてゲームに出場できると思います。

 MVP受賞のインタビューで、遠藤選手は「もう1ヶ月くらいしたら35歳になるけど、サッカーは年齢じゃないことをこれからも証明し続けたいと思う」とコメントしました。

 サッカー競技に限らず、多くのスポーツにおける「プレーヤーの能力」は、基本的には年齢とは関係無いのでしょう。
 どんなに若くとも、どんなに年を取っていても、関係が無いのでしょう。

 ちなみに、遠藤選手の表情と動き・雰囲気は、MVP受賞が発表された瞬間も「いつもと同じ」でした。
 関東大学ラグビー・対抗戦グループ伝統の一戦、早稲田大学vs明治大学の試合は、12月7日秩父宮ラグビー場に21,602人の観客を集めて行われ、終始押し気味に試合を進めた早稲田が37-24で明治を破り、対抗戦グループ2位を決めました。

 両校の対戦は90回目という節目の試合を終えて、通算成績は早稲田52勝・明治36勝・2引分となりました。

 12月の第一日曜日に行われる早明戦と言えば、説明するまでも無くラグビーの一戦です。我が国のラグビーの試合の中で、最も多くの観客を動員できるカードです。従来は、試合前・試合後のマスコミの報道も過熱気味であり、両チームのキャプテンの動向・心情などが事細かに採り上げられてきました。

 ところが、今年の早明戦について観れば、その報道の少なかったことといったら、ほんの10年前とは雲泥の差と言えるでしょう。

 例えば、12月8日・日本経済新聞朝刊スポーツ欄の紙面には「関東大学対抗戦 早大-明大」と前後半の得点が、新聞における本文の文字=最も小さな文字、で表記されているのみで見出しは皆無でしたし、会場や入場人員の表示もありませんでした。

 今年の日経新聞の取り扱いが小さかっただけに過ぎないとか、編集長の趣味だろう、といったご意見もあるのでしょうが、テレビ番組他の扱い量・内容を冷静に見て「ラグビー早明戦の訴求力が落ちていること」は、間違い無い事の様に感じられます。

 マイナーなスポーツとメジャーなスポーツの差を「熱狂的なファンでは無い人が興味を持つかどうか」という点に求めるとすれば、早明戦は日本のラグビー競技の中で、これまで最もメジャーな試合でした。
 まさに「初冬・12月上旬の日本の風物詩」であったと思います。

 そのバリューが下がって来ているのです。

 12月9日にはテレビ放送視聴率が公表されました。(ビデオリサーチ調べ、関東地区)
 同じ7日の日曜日の午後に放送された福岡国際マラソン7.6%、ゴルフ日本シリーズ7.4%、全日本相撲選手権3.6%に対して、ラグビー早明戦の前半2.0%・後半2.7%。とても風物詩とは呼べない数字でしょう。熱心なラグビーファン以外には、試合の存在さえ知らなかったかのようです。

 こうした凋落の原因を考えると、対抗戦グループにおける帝京大チームの連覇が続いていることが、まず挙げられるのでしょう。2011年からの連続優勝が4に伸びました。早大も明大も全く歯が立たないのです。
 加えて、全国大学選手権大会も、帝京大が2009年以来5連覇中です。対抗戦グループでは敗れても、大学選手権で雪辱するという過去に観られた図式が、全く機能していない、つまり帝京大チームが圧倒的に強いのです。

 今シーズンも、帝京大と早大・明大との力の差は明らかですから、これから行われる大学選手権で、早大・明大が盛り返す、一矢を報いる可能性は極めて低いと考えざるを得ません。

 だからといって、「帝京大チームに弱くなっていただき、混戦に持ち込みたい」というのは、筋違いも甚だしい考え方でしょう。
 当然ながら、早大チーム・明大チームに強くなっていただき、たとえ劣勢にあるとしても帝京大チームと3度試合をしたら1度は勝てる位の実力を身に付けなければなりません。そうでなければ、番狂わせも起きようがありません。

 諸点を考え合わせると、「早明戦の凋落」は「早明戦が従来に比べて面白くなくなったこと」に主な原因があるということになるのでしょう。

 「縦の明治、横の早稲田」「明治の重戦車フォワード対早稲田の快速バックス」といった対比は、20世紀の終盤に消え去りました。
 こうした「物理的・戦術的な特徴・違い」は、全国の高校ラグビーの発展の過程で早晩消え去ることが予想されていました。高校ラグビーには、体格だけを観れば全日本クラスのプレーヤーがどんどん登場していましたので、大学名門チームのプレーヤーの体格が均一化してくるのは自然な流れだったのです。

 戦術面から観ても、フォワード9割あるいはバックス9割といった戦略・戦術では、トライが取り難くなり、フォワード・バックス一体となった攻撃・守備が求められるようになりましたので、各大学名門ラグビーチームの戦術も大差ないものとなって行き、結果として個々のプレーヤーのフィジカルの差が、そのまま試合の帰趨を決する時代が到来したのです。

 これは何も我が国の大学ラグビーに限ったことでは無く、15人制ラグビー界の世界的傾向です。結果として「番狂わせが極めて少ない」スポーツになってしまい、概ね「強いところが試合に勝つ」競技となってしまいましたから、観ている方の興味が次第に薄れて行ったのも、止むを得ない事なのかもしれません。

 加えて、「考えに考え抜いた戦術を展開したから劣勢でも勝てた」とか「亡き父の思いを胸に頑張ったから力上位のチーム相手に好ゲームが出来た」といった切り口で観ることが出来る試合が皆無となると、マスコミの採り上げも減少し、人気低下に拍車がかかるものなのかもしれません。

 とはいえ、「早明戦がメジャーな試合からマイナーな試合に変化して行く」怖れがある状況を、指を咥えて傍観しているわけには行かないでしょう。

 早明戦の人気回復は、2019年のラグビーワールドカップ日本大会を控えた、我が国ラグビー界にとっても、とても大事な課題だと感じます。

 もちろん、早稲田・明治の両チーム関係者が主体となって「チーム力向上」を図るのが第一の対応策なのでしょうが、協会関係者もあらゆる手を打っていく必要があると思います。

 来年の早明戦は、少なくとも秩父宮ラグビー場より大きなスタジアムを用意し、4万人以上の観客を集めて行うことを目標としてはいかがでしょうか。
 ラグビー場としての秩父宮は、そのグラウンドの形状・コンディション等が国内最高レベルであることは間違いありませんが、常に旧国立競技場を満員にしてきた感のある早明戦の観客数が21,602人というのでは、あまりに寂しいと思うのです。
 NBA2014~2015シーズンも熱戦が続いています。
 アリーナは観客で溢れ、スーパープレーの連続に大歓声が沸き上がります。

 イースタン・カンファレンスでは、トロント・ラプターズやワシントン・ウィザーズが好調なシーズンを展開し、ウェスタン・カンファレンスではゴールデンステイト・ウォリアーズが走り、ヒューストン・ロケッツやポートランド・トレイルブレイザーズが追う展開となっています。

 こうしたNBAの隆盛を観るにつけ、あるチームを思い出します。それは「ザ・ドリームチーム」です。

 世界バスケットボール史上に、そしてスポーツ史上に燦然と輝くのが、「ザ・ドリームチーム」なのです。

 これ程のチームが組成され、実在し、ゲームも行い、オリンピック金メダルを獲得したこと自体が、現在では夢の様に感じられます。

 1992年バルセロナ・オリンピックにおけるこのチームの成功後、何度かドリームチームと銘打たれたチームが、オリンピックのバスケットボール競技やアイスホッケー競技に登場しました。それらも、とても良いチームでしたけれども、この「ザ・ドリームチーム」とは少し次元が違うと感じます。

 「ザ・ドリームチーム」は、ゲームの勝ち負けの上に存在するチームで、「このチームなら勝てる」といった視点で観る対象でもなく、存在そのものが夢のようなチームでした。大袈裟に言えば「形而上学的な存在」だったのでしょう。
 このチームを観ることが出来たことは、多くのスポーツファンにとって素晴らしい経験であったと思います。

 こうしたオールスターチームの発想は、1988年のソウル五輪で、アメリカ代表バスケットボールチームが銅メダルに終わったことが要因となって検討されたものです。
 従って、チーム組成の目的は「オリンピック金メダル獲得」だったのです。

 ところが、というか、一方というか、1990年前後のこの時期に、NBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエイション)には、綺羅星の如くスタープレーヤーが存在したのです。
 この「時期の偶然」が、目的を大きく超える「ザ・ドリームチーム」を生んだ最大の要因でしょう。

 空前絶後のメンバーでした。(数字の後ろはNBAのチーム名)
① ブルズ マイケル・ジョーダン、スコッティ・ピッペン
② ニックス パトリック・ユーイング
③ スパーズ デビッド・ロビンソン
④ セルティックス ラリー・バード
⑤ ジャズ カール・マローン、ジョン・ストックトン
⑥ トレイルブレイザーズ クライド・ドレクスラー
⑦ ウォリアーズ クリス・マリン
⑧ サンズ チャールズ・バークレー
⑨ レイカーズ マジック・ジョンソン

 この11名のプレーヤーが揃ったこと自体が、奇跡なのでしょう。

 ラリー・バードとマジック・ジョンソンという、NBAを支えてきたスーパースターと、その時点のNBAを代表する選手である「神様」マイケル・ジョーダンが同じチームに居るというのは、驚くべきことですし、パトリック・ユーイングとカール・マローン、チャールズ・バークレーのようなチームの中心選手ばかりがひとつのチームに居ることも、何だかお腹一杯という感じです。
 やはり、言葉で表現することが難しいチームなのです。

 バルセロナ・オリンピックで、「ザ・ドリームチーム」と対戦したのは、アンゴラ・クロアチア・ドイツ・スペイン・ブラジルといった国々の代表チームでしたが、あまりゲームにはなりませんでした。
 勝負にならないとか、得点差が大きいといった意味もありますが、戦う以前に他チームのプレーヤーが憧れの眼で見てしまいますし、一緒に写真を撮ることに熱心になったことでしょう。当然のことです。

 そういう「特別な存在」だったのです。

 そして、ベースボールに例えれば、MLB屈指の強打者ばかりが集まったチームでしたが、そのプレー振りは見事の一語で、大砲ばかりのチームの弊害など微塵も感じさせませんでした。
 世界最高レベルのフィジカルとテクニック、そしてメンタルを具備した、本当の本物のプレーヤーが集まると、こういうチームになるものなのだと感じ入りました。仲違いなどするレベルでは無いのです。

 このチームについての感想を求められたマイケル・ジョーダンは、「練習が凄い。世界一の練習だ。」とコメントしていました。このメンバーによるチーム練習は、想像を絶するものです。おそらく、世界バスケットボール史上でこのチームにしか出来ない練習が行われたのでしょう。
 あのジョーダンが「凄い」と言った練習の映像は、残っているのでしょうか。
 今回は、スポーツの個人競技における「経験」の意味を考えてみたいと思います。

 ここで言う「経験」とは、ある競技をどれくらいの期間やっているかとか、世界一・日本一を決めるレベルのゲームに何回出場しているか、といったことですので、「経験値」と呼んだ方が良いかもしれません。

 「初出場」という言葉は、様々なスポーツ競技において「特別な意味合い」で使われることが多いですし、「ベテランの味」といった形で「経験値の大きさ」が取り上げられることも多いと思います。
 「経験値」は、競技能力を構成する重要な要素であると、一般的には捕えられているということでしょう。しかし、

1. 個人競技における勝敗と「経験値」は基本的には無関係

 1992年バルセロナ・オリンピックの女子200m平泳ぎにおいて岩崎恭子選手が14歳で金メダルを獲得したことや、石川遼選手が15歳で日本プロゴルフツアーの大会で優勝したことといった例を挙げるまでも無く、「経験値が低いプレーヤー」が、オリンピックや世界選手権といった世界的な大会や日本一を決めるゲームで大活躍している例は、枚挙に暇がありません。
 最近でも、柔道グランドスラム大会男子の阿部一二三選手や全日本総合バドミントン選手権大会女子の山口茜選手、共に17歳のプレーヤーの優勝など、様々な競技で観られる事象でしょう。

 つまり、世界一・日本一を決めるような大会で勝利を収めるレベルの「競技能力」と「経験値の大きさ」は、基本的には無関係であることは明らかです。

 個人競技の能力の高低を決めるのは
① パワー・スピード・テクニック・持久力・瞬発力といった「肉体的能力の高さ・大きさ」がベースであり、その肉体的能力をゲームにおいて存分に引き出すための
② 「精神力の強さ・安定性」が副次的要素となるのでしょう。

 ここに「経験値の大きさ」は、直接的には無関係なのです。

 どんなに長く当該競技を続けているプレーヤーであっても、経験値は低くいながらも前述①と②を十分に具備しているプレーヤーには、歯が立たないことになります。何となく残念な感じもありますが、事実はそういうことでしょう。

2. 「肉体的能力」と「精神的な強さ」を向上させるための経験値の積み上げ

 では、「経験値を積み上げること」が無意味かというと、そうではないのでしょう。「肉体的能力」や「精神的な強さ」を向上させるという面からは、経験値の積み上げは有効だと考えられます。

 例えば、世界トップクラスのプレーヤーの競技能力を10という数値で表すとして、競技能力9のプレーヤーがレベル10に引き上げて行くために、経験値を積み上げることがあることは、予想できます。

 精神面が弱く、本来の肉体的能力を十分に発揮できないために、競技能力9に留まっているプレーヤーが、経験値を積み上げながら「精神面の強化・安定」を図り、レベル10に上がっていくという例も沢山あるように思います。

 もちろん、レベル5のプレーヤーが6や7に上がって行く例も多いことでしょう。

 また、様々な理由でレベル10から9とか8に下がってしまったプレーヤーが、そのレベルを10に戻していくためにも有効なのかもしれません。

 つまり、「肉体的能力」や「精神的な強さ」といった「競技能力を構成する要素」の強化に取り組む過程で「経験値が積み上げられていくこと」は、ありそうです。もちろん、この取組においては、「経験値を積み上げること」自体が目標ではありません。「肉体的能力」と「精神力の強化」のためには、相応の時間が必要だという意味になります。
 
 一方でこのことは、「経験の長さとは直接的な関係は無い」ということを示しているとも言えそうです。つまり「当該競技を長くやっているということ」自体は、やはり競技能力とは無関係なのです。

3. 「肉体的能力」と「精神的な強さ」を向上させるための弛まぬ努力の必要性

 前項までの考察から、ただ長く当該競技を続けているだけでは、競技能力の向上には結びつかないことが解ります。

 競技能力を高めたいと考えているプレーヤーは、その為に何をしたら良いかを日々考え、練習や試合のプランを立案し実行して行かなければならないということになります。そして、自らの「肉体的能力」と「精神的な強さ」を磨いて行かなければならないのです。
 それ以外には、競技能力を高める方法が無いように観えます。

4. 「有効な経験値の大きさ」=「当該競技をしている期間」×「密度」

 経験を、有効な経験値に昇華させて行くために大切なことは、「密度」という概念になるのではないでしょうか。自らの「肉体的能力」や「精神的な強さ」においての「弱点」「短所」を改善し、「強み」「長所」を伸ばしていくために、日々の練習やゲームに臨まなければなりません。
 
 その為のプランの内容は、当然にプレーヤー毎に異なるのでしょうが、共通していることは「練習やゲームでの取り組みは高い密度の下で行われなければならない」ということでしょう。
 単純な例を挙げれば、期間2年で密度5の経験値を積み上げるのと、期間1年で密度10の経験値を積み上げるのは、同じ効果を齎すということになります。

 もっと強くなりたいと考えているプレーヤーにとっては時間がいくらあっても足りないのでしょうし、一方でピークに達したプレーヤーの肉体的な能力が、加齢と共に下がって行くことは自明の理ですから、「有効な経験値」を速く積み上げて行かなければ、間に合いません。
 競技能力を上げたいと考えているプレーヤーには、ぼんやりと当該スポーツに取組んでいる暇は無いのでしょう。

 さて、ここまで書いて来ましたが、スポーツの個人競技と「経験」の関係というのは、とても難しく奥行きが深いテーマなのでしょう。書いていて、他の要素がいくつも頭に浮かびました。
 ゲームを構成していく力と経験値の関係とか、慣れることと強くなることとの関係、気象条件や自身の調子の良し悪しに対してどのように対応して行くかのノウハウ蓄積と経験値の関係、といった諸点です。今回はこうした諸点について関連付けて行くことが出来ませんでした。

 従って、今後も同じテーマを何度も採り上げて行くような気がします。また、次回採り上げることが出来る時が来ることが、とても楽しみでもあります。
 今回は、「2014年12月時点の考察」ということにさせていただきたいと思います。
 NFLのテレビ放送を観ていると、フィールド・サイドライン横のプレーヤーが控えているエリアで、大声が響き渡ります。

 ベンチ椅子が並んでいて、ゲータレードを飲む装置とか、寒いゲームであれば温風機などが配置されている場所に、プレーヤーは据わりながら休息を取り、次の出番を待っているのですが、そこに大きな声が響くのです。

 「俺達は絶対に負けない。」「次の攻撃で逆転するぞ。」「必ず止めてやる。」といった言葉が聞こえるのですが、多くのプレーヤーがベンチに座っている中で、一部のプレーヤーが席を立ち、座っているプレーヤーに呼びかけている形が多いと思います。

1. 味方プレーヤーを鼓舞するため

 こうした大声の目的の第一は、味方プレーヤーを鼓舞することでしょう。

 ゲーム開始前は、「絶対に勝つ」という雰囲気を醸成するためや、もともと防具こそ付けてはいますが、非常に危険なスポーツ=怪我をしたり再起不能になる可能性があるスポーツ、としてのアメリカンフットボールのゲームに臨むに際しては、どうしても恐怖から怯みがちになるプレーヤーが居るのでしょうが、こうしたプレーヤーに勇気を奮い立たせて、チーム全体の気迫・戦う気持ちを高めるために、オフェンスOF陣・ディフェンスDF陣のリーダー的な存在のプレーヤーが大声を上げるのです。

 少し話は逸れますが、大相撲の高見盛関の取組前のパフォーマンスはとても人気がありましたが、何故、腕を下に向けて何度も振り下ろしたり、胸板をこぶしで何度も叩いたりといったパフォーマンスを行うのかという質問に対して「怖さを払拭するため。土俵に立ち、大きな対戦相手力士を観ると、壊されてしまうのではないかと怖くて仕方が無くなる。時間になって取り組みが迫った時、自分自身を奮い立たせるため」と答えていました。
 本音であろうと感じます。前述のNFLゲーム前の大声に通じるものがあります。

 さて、ゲームが進むと、今度はゲーム経過に合わせた大声が多くなります。
 相手チームの攻撃に押され気味の時には「今度は絶対に抑えてやる。」とか「今度は俺達がタッチダウンを取る番だ。」といった感じで、特に劣勢の時に大きな声が聞こえます。

 やはり、チームを鼓舞するためのものです。聞いているだけで「にやり」とさせられるウィットに富んだ呼びかけも多いと感じます。

2. 味方プレーヤーへの感謝・リスペクトを示すもの

 「お前のランのおかげで(前進出来た結果)タッチダウンが取れた。」といった声も聞こえます。良いプレーに対する称賛と感謝です。
 
 「ここぞという時には、お前を頼りにしているぞ。」といった声もあります。味方プレーヤーに、いかに期待しているかを伝えるとともに、当該プレーヤーのやる気を引き出す声掛けでしょう。

 チームスポーツにおいて大切な「コミュニケーション強化」のために、NFLのプレーヤー達は、常に声掛けを続けているのです。
 そもそも、全米一の人気スポーツであるアメリカンフットボールの最高峰がNFLなのですから、NFLのゲームに出場すること自体が「大変な名誉」であることは間違いが無く、ましてそのゲームで、タッチダウン・ランやレシーブ、クオーターバックQBサックやパス・インターセプトといった「ビッグプレー」を魅せたプレーヤーは、当然ながら称賛の対象であり、リスペクトされてしかるべき存在なのです。

 これをキチンと声に出して伝えることで、当該プレーヤーは一層頑張るでしょうし、チーム力の維持・改善に資することは明白です。

 逆に言えば、こうした大声が上がらないチームというのは、おそらく弱いチームなのであろうと思います。

3. 相手チームに対するリスペクトをも示すもの

 今季の第12週、ニューイングランド・ペイトリオッツ対デトロイト・ライオンズのゲーム前、ライオンズのDFチームが輪を作って肩を組み大声を上げました。「相手のQBはNFL史上最高のQBのひとりだけれども、俺達は絶対に倒す。好きなようにはさせない。」といった趣旨の声掛けでした。

 相手チームのQBはトム・ブレイディ選手。スーパーボールを3度制覇している、現役最高のQBのひとりであり、NFL史上屈指のQBです。
 
 このブレイディ選手を相手にして、ライオンズのDFチームは、無暗矢鱈に「ぶっ潰してやる。」といった大声を発するのではなく、「史上最高のQBのひとり」と表現していました。相手プレーヤーへのリスペクトを忘れることなく、しかも「冷静なプレー」で対抗するという雰囲気が漂っていました。

 気迫に満ちた状態で一定の冷静さを保持することは、高いレベルのゲームに勝利するための必須条件でしょう。
 この時のライオンズのDFチームの声掛けからは、世界最高のアメリカンフットボールリーグの先発プレーヤー・DFチームの能力の高さと誇りが感じられました。「さすがだ」と思いました。
 このレベルで戦うアスリートに、絶対に必要な行動なのでしょう。

 NFL2014~2015はレギュラーシーズン真っ只中です。
毎週楽しくゲームを観させていただいていますが、この「荒くれ者達?の大声」も見所のひとつであることは、間違いありません。
 ラグビーの南半球における最高峰リーグである「スーパーラグビー」に、2016年シーズンから日本チームが参加することが、12月3日に報じられました。

 この報道の大見出しを見て、まず思ったことは、「この場合の日本チームとは?」ということ。スーパーラグビーは、クラブチーム同士のリーグですから、日本から参加するのは日本の「トップリーグ」のチーム、例えばパナソニックやサントリーが参加するのかと思いましたが、「準日本代表チーム」として参加する形とのこと。これは、日本経済新聞スポーツ欄に記載されている通り「サッカーのUEFAチャンピオンズリーグに日本代表チームが参加する」のに似ています。

 他のチームは、ニュージーランドやオーストラリアや南アフリカのクラブチームで、日本のみが代表チームというのは、ややバランスを欠くような感じがしますが、彼我の力の差はそれ程に大きいということでしょう。

 オールブラックス(ニュージーランド代表)、ワラビーズ(オーストラリア代表)、スプリングボックス(南アフリカ代表)の対抗戦に、チェリーブロッサムズ(日本代表)が加わるのでは、現時点では勝負になりにくいと思われますから、こうした形を標榜したのでしょう。

 とはいえ、2016年3~8月(日本とは季節が逆)をシーズンとするスーパーラグビーに、日本代表チーム(準日本代表チームとも表記されています)が参加する意義は、とても大きなものだと思います。

1. チーム強化

 ご承知のように、ニュージーランド・オーストラリア・南アフリカの3か国は、ヨーロッパのイングランド、スコットランド、ウェールズ、フランスなどの国々と共に、常に世界のラグビー界をリードする存在ですから、その各国の国内トップクラブチームが参加しているスーパーラグビーに参加することは、日本代表チームのプレーヤーやチームそのものの強化に資することは間違いないでしょう。

 特に、戦術面とゲーム中の細かいテクニックについては、ゲームを行っていく中で肌で感じて習得して行けるものだと思いますし、体格面で劣る中での効果的な動きに付いても繰り返して行うことが出来る試行錯誤の元で構築して行ける可能性があります。

 もちろん、この参加により世界ランキングに示されるような日本代表チームの相対的な力が直ぐに上がって行くとは思えません(そんなに簡単な筈がありません)が、見える部分見えない部分を含めて、想像以上の効果が期待できると思います。

2. 常時、代表チームを編成して行くことのメリット

 参加するチームは、日本国内の40名前後の選手で構成されるそうです。そして、この40人は入れ替えも可能というか、どんどん入れ替えて行くことになるのでしょう。
 こうした頻繁な選手の入れ替えを前提として、「準」日本代表チームと呼ばれるのだと思います。

 このような代表チームの有り様は、野球の「サムライ・ジャパン」チームに似ています。野球においても、常時日本代表チームを編成している形となっています。代表に選出されている個々のプレーヤーの意識は、いやが上にも高くなるでしょうし、代表「候補」選手にとっては「スーパーラグビー」に出場し、活躍することで、自らの実力をアピールし、代表入りを目指すことが出来るようになります。

 加えて、日本国内のゲームで力を発揮する選手と強力な海外チームとのゲームで力を発揮する選手の、タイプ別の把握もより容易かつ正確に出来るようになることでしょう。こうしたノウハウの蓄積は、日本ラグビー界にとって画期的なものとなりそうです。

3. 日本のラグビーファンへの素晴らしいコンテンツの提供

 スーパーラグビーに日本チームが参加する以上は、テレビ他のメディアによる放送が急増することが予想されます。

 これは、我が国のラグビーファンにとって画期的なことです。

 元三洋電機(現パナソニック)の田中史朗選手が2012年に、スーパーラグビーのハイランダーズに参加することになった時には、本ブログでも「田中史朗選手は野茂英雄選手になれるか」といった旨の記事を載せて注目しましたが、スーパーラグビーのゲームのテレビ放送はあまり増えませんでした。その点は、とても残念に思いました。

 今度は違うでしょう。
 サッカーにおけるUEFA-CLのゲームが数多く我が国のテレビでも放送されるようになり、日本のサッカーファンは「世界最高レベルのクラブチームの戦い」を、常時目の当たりにできるようになりました。ファンにとっては「この上ないエンターティンメント」となったのです。

 今度は、ラグビーファンの番です。
 新たなラグビーファンの創出に繋がることも、間違いないことでしょう。言い古された言葉ですが「百聞は一見にしかず」なのです。

4. 世界のラグビー界の人気復活の一助となるか。

 現在、世界のラグビー界は残念ながら人気低迷に泣いています。フィジカル・戦術共に極められてしまったため、なかなかトライが取れなくなってしまい、ロースコアゲームが増えてしまったために、ラグビー初心者にとっては「面白くないゲーム」ばかりとなってしまったのです。

 連続するルール変更は、人気低迷対策として行われているのですが、少しでもトライが取り易くなるようにとのルール変更も、直ぐに守備側の戦術が生み出され整備されてしまうため、決定的な対策にはなっていません。

 日本チームがスーパーラグビーに参加すること自体は、世界のラグビー界にとって根本的な人気回復策にはならないのでしょうが、しかし「新しい風」には成り得るでしょうし、またして行かなければならないでしょう。

5. 日本代表プレーヤーの発掘

 2016年3月からの参加であるため、2019年のワールドカップ日本大会には間に合いそうもないのですが、スーパーラグビーに日本チームが参加することで、他のチームのプレーヤーの中から「日本でプレーしてみたい」「日本代表入りを目指したい」というプレーヤーが出現する可能性があります。

 代表チームのメンバーに「国籍主義」を取るサッカー競技とは異なり、ラグビー競技は「協会主義」を取っています。つまり、自分がラグビーを行っている地域の協会の代表選手となれるというルールです。

 日本協会の規定では「3年以上日本に居住」していれば、代表入りの資格があることとなっていますから、例えば2016年9月から日本に居住を始めれば、2019年9月には日本代表としてプレーすることが出来るのです。
 これは、ラグビーワールドカップ2019日本大会の開催日程である2019年9月6日~10月20日に、ギリギリのタイミングということになります。

 スーパーラグビーの2016年シーズンは3月~8月ですので、自国のクラブチームに参加しているプレーヤーがシーズン終了後直ちに、日本のトップリーグのチームに参加し日本に移住したとしても、タイミング的には相当厳しいものとなります。
 従って、この項の最初に「2019年には間に合いそうもない」と書きました。

 とはいえ、日本のラグビーは2019年以降も営々と続いて行くものですから、ニュージーランド・オーストラリア・南アフリカという「ラグビー先進国」のプレーヤーが、日本のラグビーに挑戦したり、日本代表入りを目指したりするチャンスは間違いなく増加しますし、ひいては日本代表チームの強化に繋がることとなるでしょう。

 私個人としては、まずは「項目3」がとても楽しみです。

 ラグビーのワールドカップや5か国対抗・3か国対抗といったゲームで、世界トップクラスのラグビーの素晴らしさを見せて来ていただきましたが、いずれも「国・地域の威信を賭けた戦い」ですので、守備的な重いゲームが多くなるのは止むを得ないことでした。

 一方、スーパーラグビーはクラブチーム同士のゲームですから、前述のナショナルチーム同士のゲームと比較すれば、より攻撃的で華やかなゲームが期待できると思います。観たことも無いような「派手な」プレーも展開されるのではないでしょうか。

 世界トップクラスのアスリート達によって展開されるラグビーを観ることが、本当に楽しみです。

 12月4日の朝、ミホシンザンの死亡が確認されたと報じられました。功労馬として繋養されていたのは、北海道日高町・谷川牧場でした。

 1985年の皐月賞・菊花賞の二冠馬にして、1987年の天皇賞(春)の優勝を最後に引退した名馬でしたが、「三」の数字と関係が深い生涯でした。

 まずは「三冠」。
ミホシンザンの全16戦に騎乗した名騎手・柴田正人の言を借りれば、「三冠馬になる力は十分」にあったとのことですが、皐月賞後に左前脚の骨折が判明し日本ダービーには出走できませんでした。秋になって復活し、セントライト記念→京都新聞杯→菊花賞と走って、菊を制したのは流石というところでしょう。

 続いては「三年連続の三冠馬誕生」。
 1983年はミスターシービーが、1984年はシンボリルドルフが三冠馬となっていましたので、ミホシンザンが三冠を制することとなれば三年連続だったのです。
 惜しくも成りませんでしたが、この頃は「三冠を制することが可能な優駿」が連続して生まれていたことになります。その理由は不明ですが、不思議なことだと思います。

 続いては「あと三年生きればシンザンの寿命に到達」。
 日本のサラブレッド史上第2位(少し前までは第1位)のシンザンの長寿記録は35歳ですが、ミホシンザンもサラブレッドとしては大変長寿で、32歳の生涯を全うしました。
 競走成績および種牡馬としての成績から観て、「シンザンの最高傑作」であろうミホシンザンは、父親の寿命まであと三年と迫ったのです。

 最後に「G1レース三勝」。
 これは見事な成績です。現在よりG1レースが少なかった時代に、皐月賞・菊花賞・天皇賞(春)を制したのです。3歳の暮れに挑戦した有馬記念は惜しくも2着でした。このレースに勝ったのは、あのシンボリルドルフです。中央競馬史上最強の一頭に数えられるシンボリルドルフ相手に、若駒ミホシンザンは戦いを挑んで敗れた形ですが、もしルドルフが出ていなかったら・・・と思ってしまいます。

 シンザンと母の父ムーティエの交配という、とても力強く勝負強い血統のミホシンザンは、関係者やファンの期待に応えて、とても良く走ったのです。

 さて、ミホシンザン逝くの報に接して、もう一頭のサラブレッドを思い出しました。

 私としては大変ショックな出来事で、なかなか書く気にもなれなかったのですけれど、ようやく書くことが出来ます。

 アドマイヤラクティ号の死です。

 ご承知の通り、今年の11月4日、オーストラリア競馬のG1レース・メルボルンカップに出走し、22頭中の1番人気に支持されながら、レースの4コーナーから様子がおかしくなりズルズルと後退して最下位でゴールイン。
 レース後、馬房に戻ってから倒れて、息を引き取ったのです。心臓麻痺と伝えられました。

 レース中に発症していたのは明らかです。
 とても苦しい状態で、フレミントン競馬場の3200mを走り切り、必死の思いで馬房まで帰って倒れたのでしょう。

 痛ましい、本当に痛ましい急死でした。

 心臓疾患が生じても、どんなに苦しくてもレースを止めないという「闘争心の強さ」は、まさにサラブレッドそのものです。そういう気性の馬を、人間は意図的に残して、交配を続けてきたのです。
 極端に言えば、アドマイヤラクティは「サラブレッドの血に殺された」のかもしれません。

 骨折から立ち直り、菊花賞と天皇賞(春)を制したミホシンザンと、心臓が十分には動かなくなり、大差の最下位になっても走り続けたアドマイヤラクティ。
 ともに、一流のサラフレッドに求められる「気持ちの強さ」を具備していました。

 サラブレッドの歴史の一部となった2頭の冥福をお祈り申し上げます。

 アメリカ大リーグMLBのニューヨーク・メッツをフリーエージェントFAとなっていた松坂大輔投手(34歳)が、福岡ソフトバンクホークスと契約を結び、来シーズンから日本プロ野球NPBでプレーすることになったと、12月4日に発表されました。

 2014年シーズンは、9度の登板で3勝3敗1セーブポイントと不本意な成績で終わっていましたから、来季の去就が注目されていた松坂投手が、久しぶりにNPBに帰って来るのです。

 1998年のドラフト1位指名で西武ライオンズに入団した松坂投手は、1999年から大活躍。24試合に先発して180イニングを投げて16勝5敗という、素晴らしいというか、高卒新人投手としては驚異的な活躍を魅せました。
 あらゆる賞を独占したシーズンであったと思います。

 NPBにおける松坂投手の活躍は2006年までの8年間に及び、沢村賞1回、最多勝3回等々の実績を残して、MLBへの挑戦を決めたのです。

 後に「元祖1億ドル選手」と呼ばれることとなった松坂選手のMLB挑戦は、こちらも1年目から全開。
 MLBのデビューシーズンである2007年に、32度の先発登板、204イニング強を投げて15勝12敗という、「鮮烈なメジャーデビュー」を飾りました。そして、2年目の2008年シーズンには「18勝3敗」という、歴代日本人投手のMLBにおける最多勝を示現しました。

 野茂英雄投手でも成し遂げることが出来なかった「1シーズン18勝」は、ダルビッシュ有投手や田中将大投手、岩隈久志投手といった、後に続く日本人プレーヤーの大きな目標となっていることでしょう。

 そして、ボストン・レッドソックスとニューヨーク・メッツでの8年間のメジャー生活を終えたのです。
 34歳を迎えた松坂大輔投手のプロプレーヤーとしてのキャリアは、NPB・MLB共に8年ずつというもの。どちらのリーグにおいても、強烈な印象を残してきたのです。

 さて、松坂投手がソフトバンク球団を選んだ理由は「先発登板への拘り」であると報じられています。
 MLBにおいて、来季以降「中継ぎ」で使われることへの抵抗があったのでしょう。大切なこだわりの様に感じます。

 MLBの2009年シーズンに右肩の疲労から故障者リストDL入りしてからというもの、松坂投手には体の各所の故障が付き纏いました。2011年には右肘のトミージョン手術も受けました。

 MLB時代の後半、松坂投手を苦しめた「故障との戦い」の過程で、松坂投手の速球・ストレートボールの威力が落ちてしまったことは、間違いないことでしょう。
 2008年は150kmを大きく超える(155kmも珍しくなかった)ストレートで、メジャーの打者と対していたのですが、2011年になると150kmを超えるストレートは滅多に見られなくなってしまいました。
 私達日本のファンが憶えている「西武の松坂」の投球とは、相当違う投球を最近の3年間は続けていたのです。

 2015年からNPBのマウンドに立つこととなった松坂投手には、「復活」を期待したいと思います。ホームである日本で、十分な休養を取り、十二分な練習を積んでいただき、本来の松坂投手の「変幻自在な投球」を取り戻していただきたいのです。

 もともと「華の有る投手」であり、オーラが漂うタイプのプレーヤーです。
 福岡ドームのマウンドで、あのフォームを披露してくれる日を心待ちにしています。
 12月7日、中京競馬場ダート1800mコースで行われる第15回(第1回?)チャンピオンズカップ競走G1の注目馬検討です。

 20世紀最後の年・2000年に東京競馬場2100mコースで始まった「ジャパンカップダート」競走が、2008年からは阪神競馬場1800mコースで行われるようになり、今2014年からは中京競馬場1800mコースに開催場所を移すと共に、名称も「チャンピオンズカップ」に変更されました。

 ジャパンカップダートから通算すれば15回目ということですが、ジャパンカップの中のレースでは無く、独立したダートG1ということになりますので、気分一新という感じで「第1回」としても良いと思います。記念すべきレースと言えるでしょう。

 我が国のダート競馬においては、「強い馬が長く覇権を継続する」傾向があり、過去10年の勢力図を振り返っても、カネヒキリ、ヴァーミリアン、トランセンドといった強豪馬がG1レースの主役を張り続けて来ました。大袈裟に言えば、馬齢に係らず強い馬は強いという感じであったと思います。

 ところが、ことジャパンカップダートについて観れば、4歳馬・5歳馬が強かったのです。前述の強豪馬3頭の中でも6歳を迎えて勝ったのはカネヒキリだけでした。予想する時の大事な視点だと感じます。

 さて、今年のレースにも16頭が出走してきました。

 格から観ると、ホッコータルマエとコパノリッキーが他を圧しています。
 ホッコータルマエはG1レース5勝・重賞9勝、コパノリッキーはG1を3勝・重賞4勝なのです。続くのは、ローマンレジェンドやワンダーアキュートということになりますが、両頭ともにG1は1勝です。

 上がり馬では、クリソライト、サンビスタ、インカンテーションの3頭が目立ちます。
 クリソライトは、もともと大井のG1を勝っていますが、このところ不本意なレースが続いていたところ、3戦前から覚醒した感があり、重賞を2着・1着・2着、特に前走の盛岡G1・JBCクラシックはコパノリッキーに少し離されたとはいえ2着に食い込みました。

 サンビスタは、前走G1・JBCレディスに優勝して初のG1優勝を果たしました。過去に重賞を4回走って、1着2回、2着1回、3着1回という安定感も魅力でしょう。

 インカンテーションは、近時の3戦3勝、前走のG3みやこステークスも快勝して、勢いがあります。G1レース経験が無い点が気になりますが、左回りコースに強い点も前向きな材料でしょう。

 では、注目馬です。

 第一の注目馬は、7枠14番のコパノリッキー(牡4歳)。
 今年2月からG1を4戦して3勝・2着1回と、圧倒的な安定感を誇ります。1600mと2000mのG1レースでの戦績ですから、1800mの中京コースでも十分に戦える筈。ここも勝って、「コパノリッキー時代到来」をPRしたいところでしょう。

 第二の注目馬は、4枠8番のホッコータルマエ(牡5歳)。
 前々走のドバイワールドカップで16着と大敗を喫しましたが、前走のJBCクラシックは4着と復調気配です。何と言っても実績馬ですから、海外遠征の疲れが抜けたであろう本レースでは、実力を発揮してくれることでしょう。

 第三の注目馬は、8枠15番のインカンテーション(牡4歳)。
 上がり馬から選ぶなら、この馬でしょう。3連勝中の勢いと、左回り得意の特性で、大豪馬2頭にどこまで食い下がれるかに注目です。

 チャンピオンズカップは、以上の3頭に注目したいと思います。

 中京競馬場でのこのレースの歴史は今年から積み上げられていくのですが、第一回を観ることが出来るのは格別なことだと感じます。
プロフィール

カエサルjr

Author:カエサルjr
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我が家の月下美人も16年目。同時に30個の花が咲くこともあります。スポーツも花盛りですね。一緒に楽しみましょう。

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