FC2ブログ
HOME   »  2015年04月12日
RSSフィード iGoogleに追加 MyYahooに追加
 4月10日マスターズ2015の2日目、1984年と1995年のマスターズ・トーナメントに優勝しているベン・クレンショー選手が、プレーヤーとして出場する最後のラウンドを終えました。63歳、44回目のマスターズでした。

 予選通過を目指して厳しいプレーが続く2日目でしたが、クレンショー選手ひとりだけは「別の世界でプレー」していたように観えました。

 テレビカメラも、スコアを大きく崩しているクレンショー選手のプレーを追いかけます。最終18番ホールでは、パトロンが万雷の拍手・スタンディングオベーションでクレンショー選手を迎えました。
 ホールアウト後は、奥様と3人の娘さんがグリーン横でクレンショー選手を待ち受け、涙の抱擁が続きました。

 全てのスポーツ競技を通じても、世界一を争う大会でこうした光景が繰り広げられるのは珍しいことでしょう。

 他の選手がプレーヤーとしての人生を賭けて戦っている真剣勝負の場にはそぐわない、という意見もあることでしょう。
 しかし、心温まるシーンでした。

 飛ばし屋でもないクレンショー選手が、マスターズ・トーナメントで2度も優勝できた原動力は、ご存じのように「パッティングの上手さ」です。

 そして、そのパターは、少年の頃「父親から贈呈されたパター」であると伝えられています。1973年デビューのクレンショー選手は、50年以上に渡るプロゴルファーとしてのキャリアを、この1本のパターで戦ってきたのです。
 凄いというか、素晴らしい話だと思います。

 ベン・クレンショー選手が、これだけファンに愛されている理由は、成績だけではありません。「人柄の良さ」は広く知られているところです。

 この日のTBSの放送の解説者であった中島常幸氏が、自身も一緒にプレーしたことがあるという話の後に、「日本人プレーヤーに対してもとても優しく接してくれた。」とコメントしていました。
 中島選手がアメリカツアーに挑戦していた頃は、日本人プレーヤーがアメリカに本格的に挑戦し始めた時期ですから、色々と大変なことが多かったでしょうが、クレンショー選手はそうした日本人プレーヤーに対しても、しっかりと対応してくれたということになります。

 指導者という意味を超えるレベルの存在として、「後継者を育てることが出来るプレーヤー」なのではないでしょうか。当該スポーツ界にとって、とても大切な存在なのです。

 2日目のラウンドを終えたタイガー・ウッズ選手のインタビューの中で、「ジョーダン・スピース選手が好調だが・・・。」という問い掛けに対して「水曜日にベン・クレンショーとラウンドしたのが大きかったのではないか。」とコメントしていました。

 2日目を終えて14アンダーというスピース選手の快進撃の要因として、大会前の練習でベン・クレンショー選手とラウンドしたことを挙げたのです。同じテキサス出身の若手プレーヤーに、クレンショー選手は何を授けたのでしょうか。

 アーノルド・パーマー選手、ジャック・ニクラウス選手に続いてベン・クレンショー選手もマスターズ・トーナメントを去りました。
 アメリカの伝説的プレーヤーが次々と大会を去って行く印象ですが、一方でジョーダン・スピース選手のような「アメリカゴルフの将来を支えるプレーヤー」が育っていることも事実なのです。
スポンサーサイト



 まさに伝統の一戦でした。

 4月5日に開幕した2015年のメジャー・リーグ・ベースボールMLBのレギュラーシーズンですが、いきなり記録的なゲームが展開されました。

 4月10日の午後7時8分に開始された、ニューヨーク・ヤンキースとボストン・レッドソックスの今季緒戦が終了したのは、翌4月11日の午前2時13分でした。
 7時間5分のゲームとなったのです。

 レッドソックスが3-2とリードして、ヤンキースの9回裏の攻撃も2アウトとなった時には、このまま押し切るものと思われました。

 ところが、ヤンキースの6番ヘドリー選手がライトスタンドに起死回生の同点ホームランを放ち、延長戦に突入しました。

 延長16回の表、レッドソックスの主砲・3番のオルティーズ選手がライトスタンドに、今シーズン第1号のホームランを放ち、ボストンが4-3と再びリードしますが、その裏ヤンキースの4番タシャエラ選手がレフトスタンドに同点ホームランを打ち込み4-4の同点、ゲームが続きます。

 延長18回の表、レッドソックスの5番サンドバル選手がタイムリーヒットを放ち、3塁からペドロイア選手を迎え入れた時には、さすがにこれでゲームは決まったと思いました。
 ところがその裏、ヤンキースのベルトラン選手がレフトにヒット(2ベース)を打ってマーフィー選手を迎え入れ5-5の同点となりました。ヤンキースは3度に渡り追い付いたのです。しかし、どうしてもリードすることは出来ません。

 延長18回の段階で、ヤンキースは登録されている全ての野手と全てのブルペン投手を使い切っていました。

 そのヤンキースのマウンドを守っていたのはロジャース投手でした。ロジャース投手は15回から登板していましたので、球数も多くなりました。何しろロジャース投手が降板すれば、次のゲームに予定されている先発投手に投げてもらうか、野手を投手に登用するとしても、投手にどこかを守ってもらうしか、方法が残されていないのです。結局ロジャース投手は、リリーフ投手にもかかわらず81球を投じました。連投でもあり、大変な負担であったと感じます。

 延長19回の表、ボストンはベッツ選手がセンターに犠牲フライを放ち6-5と再びリードしました。その裏、ヤンキースもエルズベリー選手がヒットで出塁しますが後続無く、ついに6-5でレッドソックスの勝利となりました。

 東海岸のライバルとして有名なヤンキースとレッドソックスのゲームは、常に「伝統の一戦」と呼ばれますが、その名に相応しい素晴らしいゲームでした。
 また、停電による中断が有ったとはいえ、7時間5分という試合時間はヤンキース史上最長のゲームとなりました。1913年に設立された球団史上最長の、100年以上の歴史において最長のゲームが2015年4月に行われたのです。

 そして、時計が午前2時を回っても、相当数の観客がスタンドに残っていたという事実に、「メジャー・リーグ・ベースボールの伝統」が表れていました。

 スタンドで最後まで観戦していたファンに聞いたら、「ベースボールとはこういうものさ」という答えが返ってくるのかもしれません。
 プレーヤーの凄さと共にファンの凄さも感じます。
プロフィール

カエサルjr

Author:カエサルjr
「スポーツを考える-KaZ」ブログへ
ようこそ!
我が家の月下美人も16年目。同時に30個の花が咲くこともあります。スポーツも花盛りですね。一緒に楽しみましょう。

最新記事
最新コメント
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

Page Top
CALENDaR 123456789101112131415161718192021222324252627282930