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 第82回日本ダービーは、一番人気の皐月賞馬ドゥラメンテが快勝しました。

 走破タイム2分23秒2は、ダービーレコードでした。

 道中は中団に付けて、4コーナーから進出、直線残り350m付近で先頭に立ち、そのまま押し切る堂々たるレース振りでした。
 「強い勝ち方」です。

 何より、テレビ放送でパドックが映し出された時の、ドゥラメンテの馬体には驚きました。その躯体のおおらかさと、関節の柔らかさは、この馬独特のものでしょう。
 皐月賞の時には、まだ馬体が出来上がっていない感じが有りましたから、この1か月半の間にドゥラメンテは一層成長したのです。

 「今日はこの馬に勝たれる。」と感じました。

 スタート前もゴール後も、乗り手のミルコ・デムーロ騎手や厩務員を手古摺らせ続けていましたから、とても「やんちゃな男」なのでしょうが、夏をキッチリと乗り切ってもらいたいものだと思います。

 三冠馬となるために。
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 澤選手にとっては6回目のワールドカップ出場となります。

 「6回」というのは、男女を通じて世界最多です。素晴らしい記録です。

 澤選手が出場した、過去5度のW杯を観てみましょう。
・1995年 第2回 スウェーデン大会
・1999年 第3回 アメリカ大会
・2003年 第4回 アメリカ大会
・2007年 第5回 中国大会
・2011年 第6回 ドイツ大会

 つまり、澤選手は1991年の第一回大会(中国)以外の全ての女子ワールドカップ大会に出場しているということになります。
 1995年に16歳でワールドカップ・デビューを果たした澤選手のキャリアは、女子ワールドカップの歴史そのものと言えるのかもしれません。

 2014年のアジアカップ以降、「なでしこジャパン」から澤選手の姿が消えていました。
 澤選手が居ない「なでしこ」も、次々と新戦力が加わり、相当良いサッカーを展開していましたけれども、国際大会ではなかなか成績を残せませんでした。
 
 「攻守を通じてボールが落ち着かない感じ」が、「なでしこ」のプレーに漂っていたと感じます。

 そして、前回2011年大会優勝チームとして臨む、2015年大会の代表発表に際して、満を持して登場してきたのです。

 身長164cmの澤選手は、アメリカやドイツのプレーヤーと比較すれば、決して大柄ではありませんが、ピッチ上ではとても大きく見えます。その「存在感」が澤穂希なのかもしれません。

 6月6日から7月15日にかけてカナダで開催される第7会大会でも、間違いなく、「なでしこジャパン」の攻守の要となるプレーを展開してくれることでしょう。

 一方、36歳となり、体力・持久力の面で全盛時の水準を望むのは「酷」というものでしょうから、佐々木監督を始めとするベンチスタッフの皆さんが、澤選手の出場機会をどのようにマネジメントして行くのかも注目されるところです。
 MLB2015シーズンも、各チームが50試合弱を消化しました。
 シーズンの1/3に近づいているという状況です。

 さて、各プレーヤーの今シーズンの調子も、次第に明らかになりつつあります。
 そうした中で、OPS(=出塁率+長打率)項目で驚異的な数値を叩き出すプレーヤーが出現しました。

 ワシントン・ナショナルズのブライス・ハーパー選手です。

 5月28日時点でOPS1.000を超えているプレーヤーは、以下の通りです。

[アメリカン・リーグAL]
① ネルソン・クルーズ 1.076(.393+.683)
② ミゲル・カブレラ 1.021(.434+.587)
③ ステファン・ボルト 1.015(.412+.603)

[ナショナル・リーグNL]
① ブライス・ハーパー 1.215(.470+.745)
② ポール・ゴールドシュミット 1.051(.440+.611)
③ エイドリアン・ゴンザレス 1.045(.417+.628)
④ アンソニー・リゾ 1.009(.439+.570)

 もともと、OPS1.000超のプレーヤーは、各リーグに数名しか存在しないものなのですが、今シーズンも既にAL3名、NL4名に絞られつつあります。

 ALのカブレラ選手は、言わずと知れた三冠王プレーヤーであり、現MLB最強打者との呼び声も高いプレーヤーです。クルーズ選手も、現時点の今シーズンのホームラン部門トップのプレーヤーであり、長打力には定評があるところ。

 NLもゴールドシュミット選手やゴンザレス選手と言った実力者が並びます。

 こうした中で、1.215という「驚異的な数値」を叩き出しているのが、ブライス・ハーパー選手なのです。

 ハーパー選手は1992年10月生まれの22歳、メジャーデビューは2012年4月という「若手プレーヤー」です。

 デビュー以来の3シーズンも、右投げ左打ちの外野手としてキッチリとした仕事をしてきましたが、これほど高いOPSとは無縁のプレーヤーでした。

・2012年シーズン .817(.340+.477)
・2013年シーズン .854(.368+.468)
・2014年シーズン .768(.344+.423)

 OPSが.768~.854というのは、MLBのレギュラープレーヤーとしては十分な水準だと思いますが、OPS1.000超えには程遠いと言わざるを得ません。

 それが、2015年は1.215という、1.000を遥かに凌ぐ水準を示現しているのです。

 内訳をみると、OBS出塁率の.470も高いのですが、何と言ってもSLG長打率.745が素晴らしい水準です。
 2012~14年に.423~.477であった長打率が、突然?.745に跳ね上がっているのです。
 この時点でのホームランは18本と、部門トップを独走しています。

 「全く違うプレーヤー」と言っても良いほどの変貌だと感じます。

 ハーパー選手が、どのようなトレーニングを経て長打力強化を実現したのか、はとても興味深いところです。
 そしてその打棒が1シーズン通じて展開されるかどうかというのも、重要なポイントです。

 MLBに、アルバート・プホールズ、ミゲル・カブレラに続く、高い打率とホームラン量産を両立させるプレーヤーが生まれるかどうか。今シーズンの注目点が増えました。
 5月31日、東京競馬場芝2400mコースで行われる、第82回東京優駿(日本ダービー)競走G1の注目馬検討です。

 G1皐月賞2015までは「混戦模様の3歳牡馬世代」と見られていましたが、皐月賞の結果を評価すると、「2強」と呼ぶべき状況だと思います。

 皐月賞馬のドゥラメンテは5戦3勝2着2回、皐月賞2着のリアルスティールは4戦2勝2着2回、この両頭の力量・安定感は、現時点では抜けていると観るべきでしょう。

 従って「2強」を脅かす存在の有無がポイントとなります。

 皐月賞出走馬では、着差から観ても苦しいと見られますが、相当調子を落としていた可能性が有るという面からは、皐月賞1番人気のサトノクラウンの巻き返しの可能性が考えられます。

 皐月賞出走馬以外であれば、やはり日本ダービーと全く同じコースで5月2日に行われたG2青葉賞組に注目でしょう。

 青葉賞1着のレーヴミストラル、2着のタンタアレグリアの潜在能力の評価がポイントです。

 さて、注目馬です。

 第一の注目馬は、7枠14番のドゥラメンテ。
 皐月賞のゴール前の脚色は出色でした。2着リアルスティールとの着差1・1/2馬身も小さなものとは思われません。
 現時点では世代最強と観るべきでしょうし、2冠獲得の可能性も十分でしょう。

 第二の注目馬は、7枠13番のリアルスティール。
 ドゥラメンテに交わされたとはいえ、皐月賞のゴール前の脚は、普通?の皐月賞であれば、十分に優勝に値するものでした。
 展開他の変動要因次第でドゥラメンテに先着できる力量を備えていると思います。

 第三の注目馬は、4枠7番のレーヴミストラル。
 2強に対抗するには「最強の上がり馬」しかいないでしょう。青葉賞で優勝し3連勝中という勢いに期待します。

 日本ダービー2015は、以上の3頭に期待します。

 本命サイドになってしまいましたが、「今年の2強は強い」と感じています。
 テニス競技における、クレーコートと芝コートは対照的なサーフェイスであると言われています。

 球足が速く、バウンドしたボールが「滑って行く」とも形容される芝コートと、球足が遅く、大きくバウンドするクレーコートは、試合で勝つために求められる技術も相当異なるものなのでしょう。

 4大大会で言えば、クレーコートは全仏オープン、芝コートは全英オープン(ウィンブルドン)で使用されています。

 現在のテニス界のトップクラスのプレーヤーとして、ラファエル・ナダル選手とロジャー・フェデラー選手を例に取ってみましょう。

 ナダル選手は、全仏の男子シングルスで優勝9回、全英で2回、フェデラー選手は全仏で1回、全英で7回の優勝を果たしています。

 ナダル選手もフェデラー選手も、4大大会の全てを制している「グランドスラマー」ですけれども、その得意とする大会は対照的なのです。
 ナダル選手は全仏→クレーコートに強く、フェデラー選手は全英→芝コートに強いことは明らかでしょう。

 フェデラー選手やナダル選手といった、「基本的な実力が極めて高いプレーヤー」にして初めて、苦手なコートを克服し、グランドスラムを達成することが出来るということなのかもしれません。

 ところが、テニスの歴史においては、「全仏と全英の両方に強いプレーヤー」が存在しました。本稿の主人公であるビョルン・ボルグ選手です。

 1956年にスウェーデンで生まれ、1970年代から80年代初頭にかけて世界のテニス界をリードした選手です。
 ボルグ選手は、全仏で6回、全英で5回の優勝に輝いています。
 1978年・79年・80年シーズンには、同一シーズンで全仏と全英を制しているのです。

 ボルグ選手は、「優勝するためには相当に異なるプレーが必要とされる全仏と全英」で、ほとんど同じレベルの好成績を残したプレーヤーなのです。

 ボルグ選手はテニス競技に「トップスピンのストローク」を齎した、あるいは確立したプレーヤーとも呼ばれています。このトップスピンのグランドストロークが、ボルグ選手の強みでしたが、この技術の高さ・新しさが、全仏と全英のどちらの大会でも優勝できるプレーの骨格であったのかもしれません。

 ボルグ選手の戦績には、もうひとつ特徴というか不思議なポイントがあります。
 全豪と全米で優勝していないことです。

 全豪と全米はオールウェザーコートです。クレーコートと芝コートの中間くらいのボールの速さが出ると言われるコートです。

 従って、トッププレーヤーの中でクレーコートが得意な選手も、芝コートが得意な選手も、ともに全豪・全米では相応の成績を残すもののように感じます。

 頭書に従って、ナダル選手とフェデラー選手を例に取ってみましょう。
 ナダル選手は全豪で1回、全米で2回、フェデラー選手は全豪で4回、全米で5回、優勝しています。そして、二人ともグランドスラマーとなっているのです。

 一方で、ボルグ選手は全豪・全米とも優勝していません。

 全豪オープンに対しては、ボルグ選手は1度しか出場していませんから、「自らのスケジューリングの中で全豪は回避していた」のかもしれません。
 他方、全米オープンはというと「準優勝4回」ですので、これは「勝ちに行って勝てなかった大会」なのでしょう。この4回の大会では、ジミー・コナーズ選手が2回、ジョン・マッケンロー選手が2回、優勝しています。

 「芝コートとクレーコートであれ程圧倒的な強さを魅せた」ボルグ選手が、オールウェザーコートのメジャー大会では勝てなかったというのは、テニス競技の難しさを感じさせる事実なのでしょう。

 そういえば、ボルグ選手と共に男子プロテニスの黄金時代を築いたコナーズ選手のプレー振りは、そのフラットなストロークから「芝コート」で強さを発揮できそうな感じです。
 実際、コナーズ選手は全英に2回優勝していますが、思ったよりは優勝回数が少ない印象です。(同時代にボルグ選手が居たせいも有るのでしょうが)

 一方で、全米では5回の優勝を誇っているのです。
 コナーズ選手が全米で活躍した時期(1974年~83年頃)は、全米オープンのサーフェイスが芝→グレーコート→ハード(オールウェザー)と変化した時期と重なりますから、一概には言えないのかもしれませんが、コナーズ選手がオールウェザーコートを得意としていたプレーヤーであったことは間違い無いことだと思います。

 「コートのサーフェイスとプレーヤーのプレーの質・特徴」との関係は、何時の時代もテニス競技における最大のテーマのひとつなのでしょう。
 サンフランシスコ・ジャイアンツの青木宣親選手が絶好調です。

 5月24日の対コロラド・ロッキーズ戦で3打数2安打、25日の対ミルウォーキー・ブリュワーズ戦で4打数4安打1ホームラン、26日のブリュワーズ戦で5打数3安打と、直近3ゲームで12打数9安打と打ちまくっています。

 本人の「良いスイングが出来ている」とのコメントから、自らも調子の良さを認識しています。

 2014年シーズン、カンザスシティ・ロイヤルズに居た2014年シーズンにも、時折見せた「固め打ち」が、ジャイアンツに来ても出ているというところでしょうか。

 青木選手の調子に合わせるかのように、4月は調子が出なかったジャイアンツも、5月は18勝7敗と大きく勝ち越し、26日時点でナショナルリーグNL西地区で2位に上がって来ました。
 トップのロサンゼルス・ドジャーズに2ゲーム差と迫っています。
 もともとスロースターターと言われるジャイアンツとしては、今シーズンは「調子が上がってくるのが早かった」と言えるのかもしれません。

 好調時の青木選手は、躍動感に溢れています。今がその時です。

 この調子で、チーム共々突っ走っていただきたいと思います。
 今から40年ほど前の話です。

 1976年(昭和51年)1月31日、東京競馬場で新馬戦が行われました。

 普通は2歳時にデビューすることが多いのですが、仕上げに時間がかかったり、故障等の関係で、「明けて3歳」の1月末の新馬戦に登場するサラブレッドもいるのです。

 18頭立てと多頭数になった1400mのレースは、大外8枠18番のトウショウボーイが2着に3馬身差を付けて快勝しました。

 父テスコボーイ、母ソシアルバタフライという良血馬であり、早くからその力量を高く評価されていましたから1番人気に押され、見事に期待に応えたのです。
 のちに「天馬」と呼ばれるトウショウボーイのデビュー戦でした。

 さて、このレースの入着馬を見てみましょう。
・1着 トウショウボーイ
・2着 ローヤルセイカン
      ・
・4着 グリーングラス
・5着 シービークイン
      ・
      ・

 となっています。

 そうです。このトウショウボーイが勝った新馬戦には、あのグリーングラスとあのシービークインも出走していたのです。
 後から見ると「凄い新馬戦」であったということになります。

 グリーングラスは、ご承知の通り、トウショウボーイ、テンポイントと共に1976年世代の3強の一角であり、菊花賞や天皇賞(春)、有馬記念を制した「稀代のステイヤー」でした。後に凌ぎを削り合うライバルと、デビュー戦から一緒だったのです。

 シービークインは、牝馬ながら毎日王冠や京王杯スプリングHなどの重賞を3勝、1976年のオークスでもテイタニアの3着と活躍しました。

 そして、何よりも、父トウショウボーイ・母シービークインの仔ミスターシービーを世に送り出したのです。
 1983年の三冠馬ミスターシービーは、1964年のシンザン以来19年振り・3頭目の三冠馬であり、停滞気味であった日本競馬界に大ニュースを齎しました。

 現役を引退して種牡馬となっていたトウショウボーイが、1979年に久しぶりにシービークインに出会った時、どのような感情を抱いたのでしょうか。馬は賢い動物ですから、「デビュー戦を共に走った彼女」であることを認識していた可能性は十分にあると思います。

 東京競馬場芝1400mコースで行われた1976年1月31日の新馬戦は、トウショウボーイとシービークインにとって運命的な出会いでしたし、日本競馬界にとっても素晴らしいレースだったのです。

 今回は、日本ダービー馬であり三冠馬である、ミスターシービーの出生秘話?でした。

 今年も日本ダービーがやってきます。
 アメリカ時間5月22日に行われた、マイアミ・マーリンズとボルチモア・オリオールズのゲームに先発出場したイチロー選手は、第一打席でレフト前ヒットを放ち、MLB通算2874安打として、「ベースボールの神様」ベーブ・ルースを抜いて、MLB史上単独42位の記録保持者となりました。

 5月18日のゲームで2本のヒットを放ち、ベーブ・ルースの記録に並んでいたイチローでしたが、その後は出番が少なく、久し振りの先発出場で「物にした」記録です。

 2015年シーズンのイチロー選手は、これで30本目のヒットとなりました。

 全盛時には、「月間50本以上のヒット」を何度も魅せたイチロー選手としては、決して多い数とは言えないのでしょうが、今シーズン103打席でヒット30本・打率.291、先発出場と代打出場・出場無しが交錯する使われ方を考慮すれば、相当高いレベルのパフォーマンスだと思います。

 40歳を過ぎたとはいえ、フィジカル面・技術面での衰えを殆ど感じさせないイチロー選手を、どんどん先発で出場させてほしいとも思います。
 イチロー選手は、「期待に十分に応えてくれるプレーヤー」なのですから。

 それにしても、トロント・ブルージェイズの川崎宗則選手が2015年シーズンで初めてメジャーのゲームに先発出場した5月22日に、イチロー選手が記念すべきヒットを放つのですから、この二人には不思議な因縁を感じます。
 西前頭16枚目の阿夢露(あむーる)が、9勝6敗という見事な成績で勝ち越しました。
 幕内3場所目で初めての勝ち越しでした。

 18歳の時にロシアから来日して相撲界に入り、2002年5月場所に初土俵を踏んだ阿夢露ですが、その力士キャリアにおいて「2度の大怪我」を経験しています。

① 2010年7月場所の左膝故障

 当時の自己最高位であった、東幕下8枚目で迎えた場所の4日目に、左膝の十字靭帯に重傷を負ってしまいました。この場所の残りと続く2場所の休場となりました。三段目の下位まで番付を落としたのです。

 復帰した2011年5月場所から好成績を続け、2012年1月場所にはついに十両に昇進しました。初土俵から10年以上をかけて、ついに「関取」となったのです。

② 2012年1月場所の右膝故障

 その、初の十両での場所で阿夢露は大活躍を魅せました。11日目を終えて10勝1敗と、優勝争いを展開したのです。

 ところが12日目に右膝に重傷を負ってしまいます。十字靭帯断裂でした。
 前述の左膝故障の際には、手術をせずに治療した阿夢露でしたが、右膝の怪我は一層重傷でしたから、手術に踏み切りました。

 この場所で10勝3敗2休の好成績を残し、続く3月場所の番付を東十両3枚目まで上げたのですが、ここから5場所連続休場という「長いトンネル」に入ってしまったのです。

 2度目の膝の故障から復帰した2013年1月場所、阿夢露の番付は序二段まで下がっていました。
 阿夢露はしかし、ここから再び上を目指して頑張りました。好成績を続けて、2014年3月場所で十両に復帰、続く5月場所以降も連続して勝ち越し、2014年11月場所ついに入幕を果たしました。

 18歳の時にロシアから来日した少年も31歳になっていました。

 新入幕の場所は負け越しましたが、2015年1月場所で勝ち越して1場所で幕内に復帰し、今5月場所の「幕内初勝ち越し」を実現したのです。

 この阿夢露関の「粘り強さ」には、頭が下がります。
 
 一度関取になった力士が序二段まで下がったにもかかわらず、そして1年間近い治療の後のことですから、フィジカル面でも相当の衰えが有ったことも間違いないと思いますが、体力の回復を図りつつ好成績を続けて行くという、なかなか出来ないことを実行しています。
 
 千秋楽のNHKテレビ放送解説者であった北の富士勝昭氏が「敢闘賞をあげても良いのでは・・・」とコメントしていました。賞云々についてはともかくとして、阿夢露の「敢闘精神」は高く評価されるべきものでしょう。

 「男は黙って・・・」という言葉が有りますが、阿夢露はこれを地で行っていると感じます。
 また、取組後の丁寧な礼を始めとして、土俵態度は全力士の模範となるレベルです。

 阿夢露関は、まさに「大相撲の力士」なのです。
 素晴らしい千秋楽でした。

 3敗・4敗力士が8人も名を連ねた、大相撲史上でも稀な千秋楽であったと思います。

 嘉風、魁星、勢、高安と4敗力士が次々と星を落として行きましたから、やはり3敗の白鵬と照ノ富士の争いという空気が漂いました。

 「三役揃い踏み」を経て、照ノ富士が碧山を寄り切りで破った時、もう一番(優勝決定戦)が行われる雰囲気は、あまり感じられませんでした。
 優勝決定戦の内容について、想像がつかなかったと言うべきかもしれません。

 同じ東方の稀勢の里が琴奨菊を破ったことにより、「勝ち残り」が照ノ富士から稀勢の里に交替となって、照ノ富士は控室に戻りました。

 照ノ富士と並んで座っていた横綱・白鵬には、とても孤独な時間が訪れたのです。

 照ノ富士と同部屋の横綱・日馬富士には、一層気合が入ったように観えました。

 そして、白鵬に押し込まれた時に、「サブマリンジャンプ」を繰り出したのです。低く潜航し、土俵上30cmでも動くことが出来る、日馬富士の真骨頂でした。

 日馬富士が白鵬を破り、優勝が決まった瞬間、照ノ富士は付き人と抱き合いました。顔を埋めて抱き合いました。

 「優勝力士インタビュー」の晴れやかな笑顔が印象的でした。

 大相撲は、新しい時代を迎えたのでしょう。
 アメリカ時間の5月21日、トロント・ブルージェイズの川崎宗則選手がメジャーに昇格すると報じられました。

 チームの正二塁手であったデボン・トラビス選手が、故障者リストに入ったための昇格です。

 同僚の故障に伴うものとはいえ、これで川崎選手は「4年連続のマイナーからのメジャー昇格」です。
 素晴らしい実績だと感じます。

 守備においても打撃においても、常に自分自身の準備を怠ることなく、マイナーのゲームで全力投球を継続し、持ち前の明るさを保ち続けてきたからこその「昇格」であることは明らかです。
 なかなか出来ることではないと思います。

 調子が出ていないブルージェイズに「元気と気合」を齎してくれることは間違いないでしょう。

 頑張れ!ムネリン!
 大相撲5月場所は、14日目を終えて、横綱・白鵬と関脇・照ノ富士が11勝3敗で並ぶという、「思いもよらぬ」展開となりました。

 初日に逸ノ城に不覚を喫した白鵬が、その後もやや不安定な取り口を続けていましたが、大関・豪栄道の首投げに屈し、14日目に大関・稀勢の里に敗れるという、この数年の中では、最も調子が出ない場所になっていることが、この混戦の理由でしょう。

 朝青龍・白鵬の時代を迎える前は、12勝3敗での優勝は珍しいものではありませんでしたし、11勝4敗の優勝は多くはなかったものの時折は見られたものです。
 朝青龍と白鵬という二人の横綱は、大抵の場所で14勝以上の白星を上げて優勝し、時々13勝2敗で優勝するという、大相撲の歴史上でも「最も負けない横綱」であったと思います。

 その白鵬が千秋楽を前にして3敗しているというのは、何時以来のことなのか、思い出せません。

 いずれにしても、これで4敗力士→横綱・日馬富士、大関・稀勢の里、勢、魁星、高安、嘉風といった力士達にも「優勝のチャンス」が生まれたことになります。

 千秋楽に、これだけ多くの力士に優勝の可能性が残る場所というのも、何時以来のことになるのか、記憶にないところです。

 2015年5月場所の千秋楽は、歴史に残るものとなるでしょう。

 明日の国技館のチケットを持っている人は幸せです。
 5月24日、東京競馬場芝2400mコースで行われる、第76回オークス競走G1の注目馬検討です。

 4月12日に行われた桜花賞G1を逃げ切ったレッツゴードンキと、桜花賞前に有力視されていた馬達の力量比較がポイントとなります。

 桜花賞のレッツゴードンキは、岩田康成騎手の「絶妙の逃げ」が見事に決まりました。圧勝でした。
 もちろん、デビュー以来6戦して3着を外したことが無いという、レッツゴードンキ自身の地力の高さも、この勝利の大きな要素でしょうが、それにしても「4馬身」という大きな差を持って優勝したレース振りには、岩田騎手の手綱捌きが物を言ったことは間違いありません。

 他馬のマークが一段と厳しくなることから、レッツゴードンキがオークスにおいても桜花賞同様の絶妙の逃げを展開するのは容易なことではないでしょうから、接戦となるのは必定です。

 さて、注目馬です。良馬場を前提とします。

 第一の注目馬は、7枠14番のルージュバック。
 3連勝で迎えた前走・桜花賞は9着に敗れました。展開面が主要因なのでしょうが、パドックで少し細く観えましたから、体調面も万全では無かったのでしょう。陣営も再起をかけて臨んでくるでしょうから、一線級の牡馬を一蹴した強さが発揮されるのではないでしょうか。

 第二の注目馬は、4枠7番のキャットコイン。
 やはり3連勝で迎えた前走・桜花賞は7着でした。3着以下が大混戦だったレースで、この馬の持ち味=競り合いでの強さ、は見えていたと感じます。ゴール前の叩き合いが予想されるオークスでは、その持ち味を存分に発揮して欲しいものです。

 第三の注目馬は、1枠1番のレッツゴードンキ。
 何と言っても安定感が光ります。キングカメハメハ産駒ですから2400mも対応できそうです。そうなれば桜花賞馬、現時点の3歳牝馬で最も格上ですから、外すわけには行きません。徹底的にマークされる中で、岩田騎手がどのような「マジック」を魅せてくれるかにも、注目したいと思います。

 オークスは、以上の3頭に注目します。

 5枠9番のコンテッサトゥーレの一発が、少し気になります。

 若き乙女たちによる「一生一度の大舞台」。今年は、どんな舞が見られるのでしょうか。
 2015年のウェルズファーゴ選手権大会は、5月14日から17日にかけて開催されましたが、ロリー・マキロイ選手(北アイルランド)が4日間通算267打・21アンダーパーのスコアで、2位に7打差を付けて圧勝しました。

 特に、3日目のプレーが際立ちました。

① 61打・11アンダー

 2日目を終わって7アンダーだったマキロイ選手は、3日目に11アンダーという素晴らしいラウンドを展開し、通算18アンダーとして、2位に4打差をつけて一気に首位に立ちました。

 世界最高レベルのPGAツアーにおける「61打のラウンド」は、世界ランキング1位の面目躍如であったと感じます。

② 11バーディ・ノーボギーのラウンド

 スコアを大きく伸ばした3日目のラウンドでしたが、奇跡的なショットの連発によってイーグルを量産した訳では無く、「11個のバーディ」を積み上げてのラウンドであったところに、「マキロイ選手の強さ」が表れていると思います。

 4ホール連続バーディと5ホール連続バーディを含む11個のバーディ奪取というのは、滅多に観られるものでは無いでしょう。

③ 素晴らしいリカバリーショット

 11個のバーディを積み上げたラウンドと言っても、ティーショットが毎ホール、フェアウェイをヒットしていた訳ではありません。結構曲げていたのです。

 しかし、ティーショットが不安定な状況下、第二打以降のショットが見事でした。そして、グリーン周りのアプローチショットでも冴えを見せました。

 こうしたプレーの結果として、「2位以下のプレーヤーに大差を付けるラウンド」というのは、タイガー・ウッズ選手の全盛時のプレーに良く似ています。

 そして1度リードしてトップに立ち、「4日目・最終日に手堅いプレーで悠々と逃げ切る」というトーナメントの組立も、タイガー・ウッズ選手そっくりでした。

 このことは、ロリー・マキロイ選手が、「全盛時のタイガー・ウッズ選手に匹敵するプレーヤーに成長しつつある」ことを示しているのかもしれません。
 テニスの4大トーナメントのひとつ、全仏オープン大会がフランス人選手だけでは無く、国外の選手の参加をも認めるようになったのは、1925年の大会からです。
 別の言い方をすれば、全仏オープン・テニスは1925年から「4大大会」にデビューしたということになります。

 この国際化された全仏オープンの男子シングルスにおいて、最初の6年間「フランス人の優勝を確保」したのが、ルネ・ラコステ選手とアンリ・コシュ選手でした。当時のフランスを代表する二人のプレーヤーは、国際化された自国最高の大会のタイトルを守り続けたのです。

 1925年から1930年までの全仏オープン男子シングルスの優勝者を列挙します。

① 1925年 ルネ・ラコステ
② 1926年 アンリ・コシュ
③ 1927年 ルネ・ラコステ
④ 1928年 アンリ・コシュ
⑤ 1929年 ルネ・ラコステ
⑥ 1931年 アンリ・コシュ

 二人のスーパースターは、見事に「1年交替」で優勝を重ねています。不思議なほどに規則的です。

 では、この間の各大会の決勝戦は、いつもこの二人の対戦だったのかというと、そうではなくて、1926年と1928年はコシュ選手がラコステ選手を破って優勝していますが、残りの4度の大会は、決勝戦の相手が異なるのです。例えば1927年と1930年は、アメリカのエース、あのビル・チルデン選手が決勝に進出しているのですが、ラコステ選手とコシュ選手はこれを退けています。

 必ずしも、いつも同じカードの決勝戦では無かったにもかかわらず、綺麗に「1年交替」の優勝を積み重ねているのですから、ますます不思議な感じがします。

 ちなみに、1931年には同じフランスのジャン・ボロトラ選手が初優勝を飾り、1932年にはコシュ選手が4度目の優勝に輝いて、1933年の大会でオーストラリアのジャック・クロフォード選手がコシュ選手を決勝で破り、「全仏オープンのタイトルはフランス人だけのもの」という伝統がついに破られました。

 そして、1933年~39年の間、フランス人プレーヤーは全仏オープンで優勝することは出来ませんでした。1940年~45年の間は、第二次世界大戦の影響で全仏オープンは開催されませんでしたから、次にフランス人プレーヤーがこのタイトルを取るのは、戦後1946年のマルセル・ベルナール選手を待たなくてはなりません。

 さらに、1946年のベルナール選手の優勝以降、フランス人プレーヤーが全仏オープンに優勝したのは、37年後の1983年ヤニック・ノア選手まで下らなければなりませんし、ノア選手以降「全仏オープンで優勝したフランス人プレーヤーは出現していない」のです。

 「スポーツの国際化・メジャー化というのはこういうこと」だということを示す例にも感じられる事実です。
 少し話は違いますが、「大相撲で日本出身力士がなかなか優勝できなくなったこと」は、「大相撲の国際化」を示している現象なのかもしれません。

 何しろ、全仏オープン・テニスでは、「1946年以降2014年まで69回の大会でフランス人プレーヤーが優勝したのは2回だけ」ですし、「フランス人プレーヤーが最後に優勝した1983年から31年間、フランス人の優勝者は出ていない」のですから。

 話が逸れてしまいました。ラコステ選手とコシュ選手に話を戻します。

 4大大会で唯一のクレーコートの大会である全仏オープンにおいて、ラコステ選手は3回、コシュ選手は4回の優勝を誇っていますから、この二人は「クレーコートのスペシャリスト」かと思いがちですが、そんなことは全くありませんでした。

 ルネ・ラコステ選手は、全英オープン(ウィンブルドン)の男子シングルスで2回優勝(1925年・28年)、全米オープンでも2回優勝(1926年・27年)していますから、4大大会シングルスで優勝7回を誇るスーパースターでした。

 一方のアンリ・コシュ選手も、ウィンブルドンで2回優勝(1927年・29年)、全米オープンでも1回(1928年)に優勝していますから、4大大会シングルスで優勝7回を誇るスーパースターだったのです。(コシュ選手の1922年の全仏優勝は国際化以前の記録ですので、ここでは含めません)

 ラコステ選手もコシュ選手も、クレーコートの全仏のみならず、芝のウィンブルドンでも優勝を重ねていますから、サーフェイスには拘らないオールラウンドなプレーヤーであったことは間違いありませんし、何より1925年~29年の5度のウィンブルドン大会において、二人で4度優勝に輝いているのですから、1925年~30年頃の世界テニス界は、ラコステ選手とコシュ選手を中心に回っていたということなのでしょう。

 この頃の全仏オープン大会は、日本人プレーヤーとの関係も深いものでした。

 1931年大会では、佐藤次郎選手が初めて準決勝に進出していますし、1933年にも佐藤次郎選手は準々決勝であのフレッド・ペリー選手(イングランド、2年後の1935年にテニス史上初めてグランドスラム=4大大会全て優勝、を達成した伝説的名選手)を破って、再びベスト4に進出しているのです。

 この「日本人選手による4大大会男子シングルス・ベスト4進出」という記録が塗り替えられるのは、2014年の錦織圭選手による全米オープン決勝進出まで待たなければなりませんでした。
 「戦前の日本テニスの世界トップクラスの強さ」を示す事実でしょう。

 また、日本人プレーヤーとして唯一の4大大会男子ダブルス優勝(全米オープン)に輝く加茂公成(かも こうせい)選手の名前「公成」が、「コシュ」選手の名前から取られたことも広く知られています。

 さて、「ラコステ」と聞いてポロシャツを思い出す方も多いことでしょう。

 ルネ・ラコステ選手は、25歳の時に全仏オープン3回目の優勝を達成した後、結核の為突然現役を引退してしまったのですが、その4年後に「ポロシャツのデザイン」を始めました。
 機能性をも重視した「ラコステのポロシャツ」は見事にヒットし、テニスのみならずゴルフやセーリングのウェアとしても、世界的なブランドとなっています。

 ルネ・ラコステとアンリ・コシュ、フランステニス界の全盛期を支え、世界のテニス界をリードした素晴らしいスーパースターであり、最強のライバル同士です。
 5月8日のコラム「サッカー人として」から、もうひとつ。

 カズ選手は「リベリーノの足技、木村和司さんのドリブルをこの目で目撃したときの衝撃はどんな指導より雄弁だった。」と書き、続けて印象的な言葉を述べています。

 「サッカーでは細かい部分も大事だが、単純なものは好かれ、分かりやすいものは身につき、マネしたくなるものは広まる。」と。

 その通りだと感じます。

 コラムの終盤に「メッシの超絶テクニックも目にできる今、30代の選手がこう言う。『でも、子どものときに見たカズさんのゴールやダンスの方が印象は強くて。』・・・」と書かれています。

 スポーツを超えて、人間社会の真理を語っているようです。

 他の人の心に、何十年にも渡って刻まれるプレーとは、何と素晴らしいものなのでしょうか。
 毎回楽しみにしているコラムですが、5月8日の日本経済新聞スポーツ欄「サッカー人として 三浦知良」も、とても興味深いものでした。

 巻頭で「『ドリブルで全員抜いて、シュートしろ』。小学生のころそう教わった。失敗をとがめられもしなかった。『取られるまでドリブルしてていいぞ』と。パスに逃げたときだけ怒られた。・・・」と、キング・カズは書き出します。

 「あるべきサッカーの姿」であろうと感じます。
 他の団体スポーツと同様に、基本は「1対1の戦い」であるサッカーにおいては、ドリブルは極めて重要なプレー・スペックだと思うのです。

 一方でカズ選手は、「・・・欧州では子どものころから戦術眼を植え付けられることで、その通りに動けるようになるとも聞く。どちらがいいのかは分からない。・・・」とも続けています。比較の対象をも認識しているのです。
 
 当然ながら、私は「どちらもあり」だと考えますが、後者の重要性と前者の必要性は、全く矛盾しないとも思います。
 「高度な戦術的プレーにおいても、ドリブルの上手さは必要なもの」でしょう。

 再び他の団体スポーツと同様に、サッカーは「パスのスポーツ」です。パスによって、相手プレーヤーを交わしていくことが絶対に必要なスポーツなのです。華麗なパスプレーは、サッカー競技最高の見所のひとつでしょう。

 そして、「最も短くて最も効果的なパス」としてドリブルプレーがあるのでしょう。
 ドリブルは「自分へのショートパスの連続」であり、相手プレーヤーを交わしていく連続パスは、攻撃のチャンスを大いに広げるものだと思います。

 1986年のワールドカップ・メキシコ大会における、アルゼンチンのディエゴ・マラドーナ選手の「5人抜き・60mのドリブル」はあまりにも有名ですが、あのようなプレーが「サッカー競技における最も高度なプレー」のひとつであることは、間違いないでしょう。
 ペレ選手、クライフ選手、オフェラート選手、ジョージ・ベスト選手、ロマーリオ選手、ロベルト・バッジオ選手、釜本選手、カズ選手、メッシ選手、クリスティアーノ・ロナウド選手、ネイマール選手等々、眼に焼き付いているドリブルは他にも多々有ります。

 サッカー競技における戦力向上のためには、「様々なパスプレー」を創り上げ、磨き上げる必要があります。
 「自分へのショートパスの連続であるドリブルプレー」についても、高い技術と大いなる工夫が必要であることは、言うまでもないことなのでしょう。
 テニスの4大大会・グランドスラムは、全豪オープン・全仏オープン・全英オープン・全米オープンのことです。

 そして、ローランギャロスは全仏オープンの、ウィンブルドンは全英オープンの、会場名です。

 19世紀後半から順次開始された4大大会の中で、長い間「開催会場が変わっていない」のは全仏と全英なのです。全豪と全米は、第二次世界大戦後会場が移転されました。そしてサーフェイスも変わりました。

 私が4大大会を認識し始めた頃は、全豪・全仏・全英・全豪の各大会はその開催地名から、クーヨン・ローランギャロス・ウィンブルドン・フォレストヒルズとも呼ばれていました。

 そして、全豪は1988年にクーヨンからメルボルンパークへ、全米は1978年にフォレストヒルズからフラッシングメドウに移ったのです。
 サーフェイスも、全豪は芝からハードコートに、全米はフォレストヒルズ時代に芝からクレー(緑土・アメリカンクレー)に、移転に伴ってハードコートに変わりました。

 全仏と全英は、4大大会の中でも「長い間同じ会場・同じサーフェイスで開催されている大会」なのです。
 もちろん、ローランギャロスもウィンブルドンも、観客席や屋根設備など様々な改造が行われてきてはいますが、歴史に残る試合・プレーは概ね同じコートで繰り広げられてきたことになります。

 先日クレーコートで行われたバルセロナオープンに優勝した錦織圭選手に、5月24日から始まる全仏オープンでの大活躍・優勝が期待されています。

 あのビョルン・ボルグ選手(優勝6回)、イワン・レンドル選手(優勝3回)、グスタボ・クエルテン選手(優勝3回)が活躍し、ラファエル・ナダル選手(優勝9回)が記録を伸ばし続けている大会で、そしてコーチのマイケル・チャン選手も1989年に優勝している「ローランギャロス大会」で、錦織圭選手の素晴らしいプレーが観られることでしょう。
 投手・大谷翔平の見事な投球が続いています。

 5月14日の西武戦でも、8・1/3イニング、113球を投げて、被安打5、奪三振11、与四球1、失点1の素晴らしい投球を魅せて、チームの連敗ストッパーとしての役割期待に応えました。

 今シーズンの大谷投手は、「超豪速球」でバッタバッタと打者をなで切りにするというよりは、150km代後半の速球(これでも相当速いのですが、彼にとっては「半速球」というか、「軽く放っている」ように観えます)と、140km前後の落ちる球を併用して、中々バットの芯に当てさせない投球を展開しているように感じます。

 この投法は、「計算された投法」ですから、登板毎に大きく調子が上下することが無いところが、凄いところでしょう。

 過去5年間の日本プロ野球NPBを顧みて、こうした「計算ずくの投球」が出来ていたのは、ダルビッシュ有投手と田中将大投手であったと思います。

 もちろん、他にも多くの一流投手がNPBには居ますが、やはり登板毎の調子の波が大きい、調子が良い日は素晴らしいが、調子が悪い日には「かなりの失点」を喫するケースが多いと感じます。
 ダルビッシュ投手と田中投手は、常に一定のレンジに収まるピッチングを展開していました。結果、防御率も2点を切るような成績を残せたのでしょう。

 そういう意味から、大谷翔平投手は既に、ダルビッシュ有や田中将大に匹敵するレベルのピッチャーに成長してきていると思います。20歳にしてこの成長は、脅威という他は無く、ひょっとすると大谷投手は、日本プロ野球が生んだ最高のピッチャーへの道を歩んでいるのかもしれません。

 ことここに到っても、日本ハム球団は「二刀流」を止める気配もありません。ご本人も「二刀流を続けたい」という意向であるとも伝えられています。
 今年のオールスター戦でも、「初戦で先発」「第二戦は打者」で出場するといった計画も有るそうです。

 確かに、「打者・大谷翔平」の成長にも著しいものが有り、その左中間への打球に見られる「長打力」は、松井秀喜選手に匹敵する感じさえします。
 
 投打共に「著しい成長を遂げている」ことも、大谷翔平選手の一本化に向けての障害となっていることも事実なのでしょうけれども、やはり「身長193cm」という天賦の才を以下のことを考えれば、そろそろ投手業に専念する時期が来ているのではないでしょうか。
 5日目を迎えた、大相撲5月場所ですが、旭天鵬関が幕内通算出場回数を1445回として、並んでいた元大関・魁皇を抜いて単独の1位となりました。

 この日の対戦相手は阿夢露でしたが、左はずからの一気の寄りで勝負を決めました。立ち合いから2.8秒という「電車道」の白星でした。
 記念の取組を素晴らしい内容で飾る辺りは、「千両役者」といったところでしょうか。

 1974年9月生まれの40歳、1992年3月場所でデビューし、1998年1月場所で新入幕を果たして以来17年間をかけての大記録です。

 現在の大相撲は、3人の横綱を始めとして、若手のホープである照ノ富士や逸ノ城も含めて、まさに「モンゴル出身力士の全盛期」ですが、旭天鵬が「モンゴル出身力士の草分け的存在」であり、その力士がいまだに現役の幕内力士であることには、驚きを禁じ得ません。

 改めて、素晴らしいことだと思います。

 旭天鵬関といえば、その何とも言えない「優しさ」が最大の特徴でしょう。
 いつも笑顔で、決して威張らず、後輩にたいしてもとても優しく接すると報じられています。この力士のインタビューからは、いつも、こうした「高い人間性」が感じられます。

 最高位は関脇、幕内最高優勝1回、通算白星は910勝以上と、現在では「旭天鵬が土俵に上がる度に新記録の話題になる」存在となりました。

 今場所の初日・2日目の相撲を観ると少し心配でしたが、体調が整っていなかったとのこと。3日目からは立て直してきているところがさすがでしょう。

 「大相撲のレジェンド」として、まだまだ土俵に上がり続けていただきたいと思います。
 5月17日、東京競馬場芝1600mコースで行われる、第10回ヴィクトリアマイル競走G1の注目馬検討です。

 古馬牝馬限定のG1競走というのは、20世紀の頃は考えにくいものでした。「良い牝馬はなるべく早く繁殖に上がるべきだ」という概念が強かったのです。

 従って、20世紀の強豪牝馬は、天皇賞や有馬記念といった大レースで、牡馬と正面から戦うしか、G1レースを勝つチャンスは有りませんでした。

 21世紀に入ってから、古馬になった牝馬にもG1レースが用意されることとなり、また一方で、ダイワスカーレットやウオッカ、ブエナビスタやジェンティルドンナといった「強豪牡馬と互角、あるいは互角以上」という名牝が次々と登場するようになり、世界的にも、近時の凱旋門賞における牝馬の活躍等に見られるように、古馬牝馬が「サラブレッドの頂点を争う存在」になりつつある潮流の中で、我が国においても「4歳以上の牝馬のレース」というカテゴリーが、確立されてきたのでしょう。

 2015年のヴィクトリアマイルも、フルゲート18頭が出走してきました。G1ホースも多く、華やかな布陣となっています。

 さて、注目馬です。

 第一の注目馬は、7枠15番のヌーヴォレコルト。
 2014年のオークス馬。桜花賞3着、秋華賞2着と、G1レースの常連馬であり、クラシックホースでもありますから、このレースを勝つための「格」は十分です。
 加えて、オークス以降5戦して3勝2着2回という安定感も見逃せません。軸は、この馬でしょう。
 7枠15番と、少し外枠のところが気にはなりますが、地力で押し切ってくれるでしょう。

 第二の注目馬は、4枠8番のバウンスシャッセ。
 2014年のオークス3着の後、不本意なレースが続いていましたが、前走のG3中山牝馬Sで復活しました。500kgを大きく超える「牝馬離れした馬体」から繰り出される、豪快なフットワークが、コール前の叩き合いで観られそうです。

 第三の注目馬は、1枠2番のカフェブリリアント。
 前走G2サンスポ杯阪神牝馬Sの優勝を含めて3連勝中の上がり馬です。5歳の春、ついに本格化したというところでしょう。
 こちらは、バウンスシャッセよりは100kg位軽い小柄な馬体ですが、切れ味で勝負。ゴール前で、520kg台と420kg台の牝馬の叩き合いが見られるかもしれません。

 今回は、以上の3頭に注目します。

 それから、もうひとつ気になるのはメイショウマンボです。3歳時にオークス、秋華賞、エリザベス女王杯とG1を3連勝して以降、やや精彩を欠いています。直近の5戦全てが10着以下という、信じられないような成績なのです。
 復活に向けてのレースとなるのか、こちらは「別の意味で注目」しています。
 
 今シーズンのUEFAチャンピオンズリーグは、5月12日と13日に準決勝の第二試合が行われました。

・FCバルセロナ2-3バイエルン・ミュンヘン
 2試合通算5-3でバルセロナが勝ち上がり。

・ユヴェントス1-1レアル・マドリード
 2試合通算3-2でユヴェントスが勝ち上がり。

 共にホームグラウンドで逆転を期したバイエルンとレアルは力及ばず、準決勝敗退が決まりました。

 FCバルセロナは「黄金の3トップ」がその威力を存分に発揮しました。
 バルセロナに先制を許したものの、メッシ選手を起点にしての攻撃で、スアレス選手→ネイマール選手と繋いで「バイエルンの堅守を突破」、敵地で2得点を挙げての圧倒的な勝ち上がりでした。

 特に印象的だったのは「スアレス選手からのラストパス」でしょう。「当代随一の点取り屋」であるスアレス選手が、バイエルンゴール前でシュートを打つのではなく、パスを出していたのです。
 もちろん、スアレス選手がシュートしても良いシーンでしたが、「より得点確率が高い、ネイマール選手へのパス」を選択していました。

 「必ず打って来る」と予想して、スアレス選手に対するディフェンスを固めていたバイエルン守備陣にとっては、どうしようもない攻撃だったのではないでしょうか。

 ユヴェントスは、敵地アリアンツ・アリーナで、良く守りました。
 前半23分、クリスティアーノ・ロナウド選手にペナルティーキックを決められてからは、「防戦一方」のゲームでしたが、ゴールキーパーGKのブフォン選手を中心に良く対応し、また、レアルの決定機でのミス連発にも助けられて、後半12分のモラタ選手の同点ゴールを生み出しました。

 そして、後半34分にはピルロ選手を下げてバルザーリ選手を投入し、システムを4-4-2から3-5-2に変更して守りを固めて凌ぎ切りました。
 「堅守・イタリアサッカー」の伝統を感じさせる試合運びでした。

 レアル・マドリードとしては拙攻が仇となった形ですが、クリスティアーノ・ロナウド選手がもっとシュートを打っても良かったのではないかと感じます。GKブブォン選手の「無言の圧力」が大きかったのでしょうか。

 さてベルリンでの6月6日の決勝戦・ワンマッチのカードが決まりました。

 2010年以降の傾向として、レアル・マドリード、FCバルセロナ、バイエルン・ミュンヘンの「3強」は、準決勝までは進出するが、決勝における3強同士の激突は無い、という「不思議な現象」が今シーズンも継承された形です。

 「黄金の3トップ」を擁するバルセロナが順当に勝利を収めるのか、イタリアサッカーの旗手ユヴェントスが「ここ一番の強さ」を発揮するのか、興味は尽きません。
 5月6日に行われた、WBAスーパーフェザー級タイトルマッチで、チャンピオンの内山高志選手が挑戦者のジョムトーン・チューワッタナ選手(タイ)を2ラウンド・1分15秒TKOで下し、タイトル防衛に成功しました。
 内山選手は、これで10連続10度目のタイトル防衛となりました。

 2010年1月、前チャンピオンのカルロス・サルガド選手(メキシコ)を12ラウンドTKO勝ちで破り世界タイトルを獲得して以降、10度の防衛戦で8度のKO勝ちという、素晴らしい戦績を残す内山選手ですが、ファイトの内容・質がどんどん向上しているように観えます。

 1979年生まれの内山選手は現在35歳(今回の防衛成功は日本人世界チャンピオンの最年長防衛記録でした)ですから、そろそろピークを過ぎて来る頃であろうとも思うのですが、内山選手は「まだまだ強くなっている」ように感じられるのです。凄いことです。

 この試合でも、得意の右が炸裂しましたが、この右ストレートは「コークスクリュー」のように観えました。チューワッタナ選手の顎付近にヒットした後、内側に捻り込まれている軌道でした。
 高いパンチ力に絶妙の技術が相俟って、相手選手への強烈なダメージに結び付いているのでしょう。まさに「プロフェッショナルのプレー」だと感じます。

 24戦23勝1引分、23勝の内19がノックアウトKO勝ち、19KO勝ちの内13がテクニカル・ノックアウトTKO勝ち、世界タイトル戦11戦内8戦がTKO勝ちというのは、「ハードパンチャーの証明」でしょう。
 内山高志選手のパンチがヒットした時には「レフェリーはカウントする前に試合を止める」ことが多いのですから。
 
 今年2月に、チャンピオンの中のチャンピオンとして「スーパー王座」に認定された内山高志選手のボクサーキャリアは、これからも着々と積み上がって行くことでしょう。

 本当に強いボクサーです。
 5月6日に行われた、FC東京とベガルタ仙台のゲームで、FC東京の武藤嘉紀選手が2得点を挙げて、チームの3-2の勝利に貢献しました。

 このゲームの後半3分に、「プロになって初めて」というペナルティーキックを決めて1点目、その僅か4分後に、左からのセンタリングを受けて中央から叩き込んで2点目という内容でした。

 特に2点目には、「何とも言えない間」が感じられるゴールであったと思います。
 これで武藤選手は、今期通算8得点目となり、得点王争いの2位に躍り出ています。

 アギーレジャパン時代に日本代表メンバーに選出され、ハリルジャパンでもメンバー入りしている武藤選手ですが、そのプレー振りは試合毎に輝きを増しているように観えます。武藤選手の輪郭が太くなってきているのです。

 「超一流選手はピッチのどこに居ても直ぐに分かる」のです。
 釜本選手や三浦カズ選手は、どんなゲームにおいても「その存在」が直ぐに分かりました。オーラとも少し異なる、文字通りの「存在感の大きさ」であろうと思います。

 武藤選手には、この存在感が身に付いて来ているように感じられます。

 イングランド・プレミアリーグのチェルシー(今期の優勝チーム)やドイツ・ブンデスリーガのマインツなどから、獲得のオファーが来ていると報じられている武藤選手のプレーがJリーグで観られるのは、今期限りかもしれません。
 しっかりと瞼に刻んでおきましょう。

 チェルシーなら「世界最高レベルのビッグクラブでの活躍」、マインツなら「ブンデスリーガ1部チームのレギュラープレーヤーとしての活躍」が期待される武藤選手。いずれにしても、今後のフィールドは欧州、「世界最高のクラブチームが集まる欧州」なのです。

 頑張れ、武藤嘉紀選手!
 アメリカ・フロリダ州のTPCソーグラスコースを会場に開催されていた、2015年のザ・プレーヤーズ・チャンピオンシップ大会は、アメリカのリッキー・ファウラー選手が残り4ホールからのチャージでトップタイに立ち、3人によるプレーオフを制して、この大会初優勝を遂げました。

 ファウラー選手はPGAツアー2勝目を、ツアー最高賞金大会で達成したのです。

 最終日の14番ホールを終わって、ファウラー選手は通算7アンダーパーでした。この頃のトップはセルヒオ・ガルシア選手(スペイン)の11アンダーでした。難しい17番・パー3、18番・パー4を残しての4打差は「絶望的」と思われました。
 難しいホールを残している時には、上に居る方が有利なのは道理です。

 ここから、ファウラー選手の猛チャージが始まったのです。
 15番ホールでバーディを奪うと、16番・パー5では第二打をピン横1mにヒットさせてイーグル。17番・アイランドグリーンのパー3も右隅のピンに果敢なるショットを放ちバーディ、18番の左側全てが池のパー4も綺麗にパーオンさせてのバーディと、「上がり4ホールで5アンダー」という驚異的なプレーでした。

 そして、12アンダーでホールアウトした時には単独トップに立っていましたから、「この勢い」からして、ファウラー選手の優勝が決まったかのような雰囲気でした。

 ところが、そこは「世界最高レベルのPGAツアー」の最高賞金トーナメントです。そう簡単?には、問屋が卸しませんでした。

 一度スコアを崩したセルヒオ・ガルシア選手と、同じアメリカのケビン・キスナー選手が12アンダーまでスコアを伸ばし、3プレーヤーによるプレーオフに突入したのです。ひとりのみならず二人までも並んでくるというところに、「PGAツアーの選手層の厚さ」を感ぜざるを得ません。

 プレーオフはまず「16・17・18番の3ホールのストロークプレー」で競われて、ガルシア選手が脱落。
 続いて、ファウラー選手とキスナー選手による、「17・18番を使ってのサドンデス」に入り、名物ホール17番のバーディで、ファウラー選手が勝ちました。

 緊張する場面では、トッププロでも池に打つ、それも「何度も池に打つ」光景をこれまで幾度となく観てきた難ホールである、17番・パー3で、今週のファウラー選手は、本戦の4ラウンドで3度のバーディ、プレーオフに入って2度のバーディと、「6度挑んで5度バーディ」という相性の良さでした。

 心理状態に加えて、風の強さ・向き等の環境の変化を考慮すれば、「グリーンの周りが全て池」といった風情の17番ホールで、6分の5というバーディ奪取率は、驚異という他は有りません。「半端なく正確なショットを打てるプレーヤー」であることを証明しました。

 身長175cmと、アメリカのゴルフプレーヤーとしては決して大きな方ではないものの、その「超アグレッシブ」なプレー振りと「派手なファッション」で人気が高いファウラー選手は、一方で最も「過大評価されているプレーヤー」とも言われ続けて来ました。

 確かに、これだけ人気が有りながら、これまでPGAツアーでは2012年のウェルズファーゴ選手権大会の1勝のみでしたから、こうした評も止むを得ない感じだったのです。

 しかし、ザ・プレーヤーズ選手権という、第5のメジャー、ツアー最高賞金額大会(優勝者に180万ドル・約2億1千6百万円)、そして4大大会並みの「強いフィールド」、近時なかなかアメリカ人プレーヤーが勝てなかった大会、で優勝した以上、これからはアメリカを意表するプレーヤーのひとりとして、注目されていくことでしょう。まだ26歳の若手です。今後の活躍がとても楽しみです。

 そして、この大会では石川遼選手の健闘も目立ちました。この大会初出場にも拘らず、3日目4日目に60台をマークしての通算8アンダー・8位タイという見事な活躍。
 3日目に一時は「トップタイ」に立つなど、「石川遼ここにあり」というプレーであったと思いますし、「爆発力」という石川選手の強みはまだまだ衰えていないことを示しました。

 結果として、石川選手にとって大きかったのは、この「強いフィールドの大会」におけるトップ10入りで、来シーズンのシード入りに大きく前進したことでしょう。「実利も極めて大きな活躍」だったのです。

 松山英樹選手も、2日目で調子を落としたものの、3日目に立ち直りの兆しを見せ、最終日は69打のラウンドを魅せて通算6アンダー・17位タイという好成績でした。こちらも1日目をトップタイでラウンドしていますから、今大会の日本人プレーヤー二人は、「共に一度は首位に立った」ということになります。
 素晴らしい活躍と言って良いでしょう。

 アメリカの若手、リッキー・ファウラー選手が本格化したプレーを展開し、石川遼選手が復活のプレーを魅せ、松山英樹選手が安定した強さを魅せた、2015年のザ・プレーヤーズ選手権でした。

 好天に恵まれた、印象的な4日間であったと思います。
 5月6日に、FCバルセロナのホーム・カンプノウで行われた、UEFAチャンピオンズリーグ2014~15シーズンの準決勝第一戦は、ホームのバルセロナが3-0で完勝しました。

 このところ、UEFA-CLの準決勝で苦杯を舐め続けてきたバルセロナにとっては、「3得点を挙げた上での完封勝ち」という、これ以上は無いともいえる内容の勝利でした。
 一方のバイエルン・ミュンヘンにとっては、敵地とはいえ0-1位での敗戦を覚悟していたでしょうが、0-3は得失点差が大き過ぎる形で、苦境に追い込まれたと言って良いでしょう。

 後半30分過ぎまで0-0の展開でしたから、まさしく「バイエルンペース」のゲームでした。スアレス選手との1対1を、ゴールキーパーGKノイアー選手が止めるなど、バイエルンの狙い通りのロースコアゲームが続いていたのです。
 ゲーム残り時間15分となっては、第二戦がホームのバイエルンとしては0-0あるいは0-1でのゲーム終了を企図していたことでしょう。

 ところが、ここから「バルセロナの黄金の3トップ」が輝いたのです。

 後半32分、メッシ選手がバイエルンゴール右隅にシュートを叩き込んで先制し、同35分には再びメッシ選手がゴール向かって右側から持ち込みループシュート。これが綺麗に決まって2-0とリードを広げます。

 大きかったのは3点目。後半アディショナルタイム、得点を取るため前掛かりとなったバイエルンの裏に出たネイマール選手がキッチリと決めました。

 UEFA-CLのホーム・アンド・アウェイの戦いでは、2-0と3-0の差は極めて大きいものです。
 第二戦を前に、FCバルセロナは圧倒的優位に立ちました。

 準々決勝でも、FCポルトを相手に第一戦で1-3と敗れながら、ホームの第二戦で6-1と大勝して、準決勝に駒を進めたバイエルン・ミュンヘンですから、今回も5月12日、ホーム・アリアンツアレーナで、大勝し逆転勝利を狙っていくのでしょうが、相手がバルセロナとなると、5得点以上というのは容易なことではありません。

 とはいえ、「ゲルマン魂」(古い言葉で恐縮ですが)と「精密な高得点力マシーン」が融合したバイエルン・ミュンヘンが、ファンの声援を受けた時の爆発力には凄まじいものがあります。
 FCバルセロナとしても「油断は禁物」であることは間違いありません。
 5月5日にユヴェントスのホーム・ユヴェントススタジアムで行われたUEFAチャンピオンズリーグ準決勝第一戦は、ユーベが2-1でレアル・マドリードを破りました。

 戦前やや劣勢を予想されていたユヴェントスにとっては、大事な勝利であったと思いますし、ゲーム内容もユーベらしいものであったと感じます。

 何より、前半7分、ゲーム開始早々の得点が大きな威力を発揮しました。マルキージオ選手からのパスを受けたテべス選手が反転してシュート、レアルのゴールキーパー・カシージャス選手が弾いたボールをモラタ選手が押し込んだゴールですが、この得点でユーベは終始ゲームの主導権を握りました。

 前半26分にハメス・ロドリゲス選手→クリスティアーノ・ロナウド選手と繋いだレアルが、クリロナ選手のヘディングで同点ゴールを挙げましたが、ゲームの流れは動かなかったと思います。

 前半より、やや高い位置でプレーするようになったテべス選手がミドルシュートやドリブルでレアルゴールに襲い掛かった後半11分、ユーベはペナルティーキックPKを獲得、テべス選手が自ら決めて、再びリードしました。

 後半19分、ユーベはディフェンダーのバルザリ選手を投入して守りを固め、守り切りました。強力な3バックが見事に機能したゲームでした。

 「このゲームは引分で十分」と考えていたであろうレアルですが、1-2で負けてしまいましたから、5月13日のホーム・ベルナベウでのゲームは「得点を取りに行く」ゲームとなりました。
 8万人を優に超えるファンで埋まるベルナベウでのレアル・マドリードの攻撃陣と、ユヴェントスの守備陣の世界最高レベルの応酬は、見応え十分の素晴らしいものとなることでしょう。
 5月1日のニューヨーク・ヤンキースとボストン・レッドソックスのゲームで、ヤンキースのAロッドことアレックス・ロドリゲス選手がホームランを放ち、通算のホームラン数を660本として、大リーグ史上4位タイとなりました。

 1位がバリー・ボンズ選手、2位がハンク・アーロン選手、3位がベーブ・ルース選手、そして4位がウィリー・メイズ選手とアレックス・ロドリゲス選手・・・、アメリカ大リーグを代表するホームランバッターが並びます。
 現役最高の「ホームランアーティスト」としてのAロッドの面目躍如たるものが有ります。

 ところが、このゲームでAロッドが代打で登場すると、レッドソックスのホームグラウンド・フェンウェイパークはブーイングの嵐でした。いつまでも鳴り止まぬブーイングでした。

 薬物疑惑の只中に在るプレーヤーに対するMLBファンの扱いは、とても厳しいものなのです。もちろん、ヤンキースとレッドソックスという「永遠のライバルチーム同士の対戦において敵地」ということも、拍車をかけているのでしょう。

 現役最高のホームランバッターが節目となるホームランを放ったにもかかわらず、この「冷たい仕打ち」。色々な見方が有るのでしょうが、薬物疑惑に対して相応の処置を受け、苦しい時期を乗り越え、今MLBの歴史を塗り替えて行こうとするプレーヤーに対しては、もう少し冷静な対応・賞賛が有っても良いのかもしれません。

 それにしても、凄まじいホームランでした。ライナーでフェンウェイパーク名物のグリーンモンスターを超えて行った打球は、「まだ伸び続けているような軌跡」でした。
 時々、グリーンモンスターを超えての場外ホームランが観られますが、それらの場外弾よりこの打球は、スタンドに突き刺さらなければ遠くに飛んでいたのではないでしょうか。ボールを遠くに飛ばすことにかけての、Aロッドの才能の大きさ、MLB史上屈指の才能、を感じさせる打球でした。

 そして、ホームランを打たれたのは田沢投手でした。
 結局、このホームランが決勝点となったのですから、田沢投手としては残念至極なのでしょうけれども、記念すべきホームランを打たれたということは、その時代のレッドソックスに不可欠の投手であったことの証明でしょう。

 田沢純一投手は、MLBのゲームのビッグシーンの主役のひとりなのです。
 4大大会を除けば、最も強いフィールドを誇る、ザ・プレーヤーズ・チャンピオンシップ大会の2日目が、5月8日に行われました。

 初日を、PGAツアーにおける日本人プレーヤーとして初めて首位でスタートした松山英樹選手でしたが、この日は「我慢のゴルフ」でした。

 最近では珍しくショットが乱れました。

 ティーショットが、前半は左に、後半は右に外れることが多く、第2打をフェアウェイから打つことは稀な状態。トラブルショット、それも相当難度の高いトラブルショットも数多く見られました。

 これではスコアはまとまりません。

 前半9ホールで2ボギーとして38打のラウンド。後半は全てパーの36打。この日は74打・2オーバーパー、2日間通算3アンダーパーとなりました。2日目を終えてトップのケビン・ナ選手とジェリー・ケリー選手が8アンダーですから5打差、27位タイで予選ラウンドを突破しました。

 初日が首位だっただけに、残念な後退ですが、私はこの日の松山選手のプレーに、「松山英樹の強さ」を感じました。

 これだけ悪いラウンドを2ボギーで凌いだのです。凄いことだと感じます。

 どんな超一流プレーヤーでも不調な週・日が存在するのが、ゴルフという競技です。この大会でもジョーダン・スピース選手やフィル・ミケルソン選手、ジェイソン・デイ選手といった「錚々たるメンバー」が予選落ちしています。

 そうした競技において、「好調な時と不調な時の差を可能な限り小さくすること」が肝心なことなのでしょう。
 その意味で、この日の松山選手のプレーは見事なものでした。ダブルボギー以上を打たなかったことも特筆に値します。ここぞという時の3~4mのパッティングを良く決めました。
 「本当の強さを身に付けた」印象のラウンドであったと思います。

 ラウンド後のインタビューで、「ショットのどこが悪かったのか」と質問され、「それが分かっていればラウンド中に修正していた」と応えた松山選手でしたが、表情には暗さや不安は感じられず、闘志が滲んでいました。

 ラウンド後の練習で修正して、決勝ラウンドに臨んでいただけるものと思います。

 素人目に観て、この日のショットでは、アドレスに入った時のワッグルの回数が普段より相当多かったし、ワッグルの動きが普段より目立った(大きかった)感じです。クラブをソールしてから4~5回、大きなワッグルをしていました。

 ショットが不安定なためにワッグルが増えていたのか、鶏と卵の関係の様にどちらが先かは分かりませんが、もともと「スムースなバックスイング」がポイントとなる松山選手のスイングにとっては、良くない影響が有ったように感じます。

 当然「そんなことは百も承知」の松山選手のことでしょうから、キッチリと修正してもらえるものと思います。

 この大会初出場の石川遼選手も4アンダー・13位タイで決勝ラウンドに進みました。「石川遼の奇跡的なプレー」が決勝ラウンドで爆発する可能性も十分です。

 「第5のメジャー大会」プレーヤーズ・チャンピオンシップ2015の決勝ラウンドにおける、日本人プレーヤーの活躍が期待されます。
 プロテニスの世界最高峰のツアー、ATPワールドツアーの一連の大会の中でも格が高い「マスターズ1000」大会のひとつである、ムチュア・マドリードオープンの男子シングルス準決勝で、錦織圭選手がダビド・フェレール選手を2-0のストレートで破り、準決勝に進出しました。

 マドリードオープンは、前々週のバルセロナオープンと同様の「クレーコート」の大会ですが、このフェレール選手との試合で錦織選手は素晴らしいプレーを魅せました。

 何より素晴らしかったのは「試合を通じて錦織選手が楽しそうにプレーしていたこと」でしょう。概ね、思った通りのプレーが出来ていたのだと思います。
 その思った通りのプレーが、「世界ランキング8位」というトッププレーヤーのひとりであるフェレール選手相手に実行できたということが、錦織選手の強さを如実に示していると感じます。

 バルセロナオープン2015の2年連続優勝も含めて、錦織選手は「クレーコートにおける錦織のプレー」を身に付けた印象です。そのプレーが世界トップクラスなのですから、頼もしい限りと言えるでしょう。
 
 さて、準決勝の相手は世界ランク3位のアンディ・マリー選手です。
 強烈なサーブが武器のプレーヤーですが、クレーコートなら互角以上の勝負が展開できることでしょう。

 「錦織圭選手・決勝進出」の報を待っています。
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