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HOME   »  2015年06月15日
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 中日ドラゴンズの和田一浩選手が、6月11日に行われた千葉ロッテ戦の2回表、レフト戦にヒットを放ち、キャリア通算2000本安打を達成しました。

 42歳11か月での2000本安打は、日本プロ野球NPB史上最年長記録です。

 県立岐阜商から東北福祉大学、神戸製鋼所での社会人野球を経て1996年のドラフト会議で西武ライオンズから4位指名を受けてプロ入りしました。
 
 アマチュア時代はキャッチャーでしたが、入団した西武ライオンズには、伊東勤選手と中嶋聡選手という二人の名捕手が居ましたから、出場機会には恵まれませんでした。
 1997年は主に代打出場、1999年後半には左翼手としての出場でした。

 素晴らしい捕手、NPB史上に残るような名捕手が居るチームに、キャッチャーとして入団したのは不運な感じがしますが、一方でこうした状況にもかかわらず入団直後から出場機会を得たというのは、「和田選手の打撃力が高く評価されていた」証左なのでしょう。

 2000年シーズン以降は、捕手・一塁手・外野手と様々なポジションで出場を続けました。間違いなく「ユーティリティ・プレーヤー」だったのです。

 そして2002年シーズンに入ってから「左翼手」に定着し、初めて規定打数に達しています。既に30歳になっていたこの年の成績は、打率.319、本塁打33、打点81と素晴らしいもので、ベストナインにも選出されています。
 NPBを代表する長距離ヒッターとしての和田一浩選手が誕生したのです。

 2007年のシーズン終了後、和田選手はFA権を行使して中日ドラゴンズに移籍しました。地元の岐阜に近く、「憧れの球団」であったドラゴンズへの入団でした。

 35歳になってからの中日ドラゴンズにおける活躍は周知のとおりですが、私が凄いと感じるのは、2009年・2010年・2012年シーズンにおける「全144試合出場」です。
 30歳代後半に入ってからの全試合出場というのは、素晴らしい実績でしょう。

 そして、キャリア通算での記録で印象的なのは、OPS1.000を超えるシーズンが3度あることです。
 西武時代の2003年が1.060(出塁率.428、長打率.632)、2004年が1.032(同.425、同.607)、中日時代の2010年が1.061(同.437、同.624)です。

 MLB関連の記事でも度々登場するOPS(出塁率+長打率)ですが、シーズンを通して1.000を超える選手はリーグに数人しか居ない、「超一流選手の証」です。その記録を、和田選手は3度クリアしていますし、特に2010年シーズンは、OPS・出塁率・長打率の3項目が全てリーグトップでした。「リーグNO.1」の打者であったと言えるでしょう。

 和田選手の打撃フォームは独特です。

 グラウンドと水平に、バットを大きく振ります。ダウンスイングでも、アッパースイングでもなく、水平に大きくバットを振りながら、高い打率と長打率を実現するというのは「極めて難しい」と思います。

 フィジカルの強さと腕力、そして高い動体視力が無くては、到底できないプレーでしょう。NPBとMLBを見渡しても、こうしたスイングで長い間先発プレーヤーとして活躍を続ける選手は滅多に居ないと思います。

 私は、和田一浩選手は「日本のゲーリー・シェフィールド選手」だと感じています。このスイングで打ち捲るプレーヤーは、和田一浩とゲーリー・シェフィールドしか居ないでしょう。

 MLBのシェフィールド選手に付いて少し書きます。
 1988年から2009年まで22年間MLBでプレーし、通算2689安打、509本塁打、1676打点という名プレーヤーです。我が国では、2004年~2006年のニューヨーク・ヤンキース時代の活躍がよくテレビ放送されていました。

 「和製ゲーリー・シェフィールド」たる和田一浩選手の今後の活躍もとても楽しみです。
 何しろ、和田選手の打撃は和田選手にしか出来ないものなのです。
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