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 リオデジャネイロ・オリンピックの陸上競技、男子100m競走と200m競走はウサイン・ボルト選手の「3大会連続両種目金メダル」という結果となりました。

 オリンピックの歴史に輝く、素晴らしい成績です。

 一方で、ボルト選手の最大のライバルとなる筈のアメリカチームの元気の無さが感じられました。

 100mはジャスティン・ガトリン選手が2位に食い込みましたが、200mはラショーン・メリット選手の6着が最高成績でした。
 常に世界の男子スプリントを牽引し続けているアメリカとしては、不振といってよいでしょう。

 そもそも、ガトリン選手は2004年アテネ大会の100m金メダリストですから、もう13年間にわたってアメリカスプリント界のトップクラスを維持してきているランナーです。また、メリット選手は2008年北京大会の400m金メダリストであり、400mのスペシャリストといってよい存在です。

 そうすると、アメリカチームには長い間100mと200mの「新星」が育っていないということになりそうです。

 とても意外な感じがします。

 もう少し視野を広げると、「世界の男子100m・200m」に「新星」が育っていないとも言えるのかもしれません。

 もちろん、今大会の100m銅メダリストは21歳・カナダのアンドレ・デグラッセ選手ですし、5位は22歳・南アフリカのアカニ・シンビネ選手ですから、若手が育っていないとは言い切れないことも事実なのでしょうが、2008年の北京大会を9秒69、2012年のロンドン大会を9秒63で勝ったボルト選手が、9秒81と記録を落とした大会で、その足元を脅かす若手が居なかったことは、意外な感じもするのです。(一概に記録の比較は出来ないことも事実でしょうが)

 200mも同じで、2位にデグラッセ選手が入り、4位に22歳・イギリスのアダム・ジェミリ選手が入ったとはいえ、雨の中の難しいコンディションであったことを考慮しても、タイムは20秒を切れませんでした。やはり、若いスプリンターがボルト選手の足元にも及ばなかったという状況は、変わりません。

 少なくとも、2008年北京大会以降、世界の男子スプリント界には「新星」と呼べるようなトップクラスのランナーが登場していない、特にアメリカからは表れていないということになるのかもしれません。

 かつて、オリンピックで勝つよりアメリカの代表選考会で勝つ方が難しいとさえ言われた、「世界の男子スプリンター供給の地」であった筈のアメリカが、その力を失いつつある原因は何なのでしょうか。
 そして、アメリカの「供給力」は復活するのでしょうか。

 「ボルト後」の男子100m・200mを考えると、とても気になるところです。
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 いつもの大会と同様に、今大会も柔道競技とレスリング競技の表彰式における「銀メダリスト」が印象的でした。

 金メダリストは、決勝での勝利から間もないので「満面の笑み」を湛えて表彰台に上ります。
 銅メダリストは、3位決定戦で勝利した喜びを表現する選手が多いと思います。(金メダルを狙っていて、少し不満な様子の選手も居ますが)

 しかし、銀メダリストは直前の決勝戦で敗れ、失意に沈んだ状態で表彰式を迎える場合が多いと感じます。

 柔道で特に印象に残ったのは、男子90kg級の決勝でベイカー茉秋選手に敗れたジョージアのリバルテリアニ選手です。
 敗れた直後から下を向いたまま、表彰台でも下を向き続けました。笑顔どころか、無表情の状態が続いたのです。余程悔しかったのでしょう。

 「必ず金メダルを取る」と強い決意で大会に臨んだと伝えられていますが、リバルテリアニ選手に付いては、そのご家族も下のフロアに降りることを拒否したと報じられました。
 他のメダリストのご家族は喜びを爆発させているので、係員が熱心に説得し、ご家族もようやくリバルテリアニ選手のもとに向かったそうです。

 レスリングでは、女子48㎏級で登坂絵莉選手に決勝で敗れた、スタドニク選手(アゼルバイジャン)でしょうか。
 敗戦が決まった瞬間、両手で顔を覆い、失意の表情を見せました。
 その後も目線は下を見たまま、表彰台でも無表情を貫きました。
 やはり、敗戦を消化できないままだったのでしょう。

 女子53kg級の吉田沙保里選手も、敗戦直後から涙を見せていましたが、吉田選手の場合は「不敗の王者の敗戦」であり、前2人の選手とは、少し事情が違うのかもしれません。

 いずれにしても、柔道競技やレスリング競技では、世界2位の銀メダリストという「大変な名誉」を獲得しながら、「失意の底に沈んだ様子」でメダルセレモニーに臨むプレーヤーが多いのです。

 何とかならないものか、とも思います。

 メダリストの中で「直前に負けている」のは銀メダリストだけなのですから。

 メダルセレモニーを翌日にして、「事態を消化する時間を銀メダリストに与えるという方法」もありそうですが、どの程度の効果が有るのかは未知数です。逆に悔しさが募り、セレモニーを欠席するプレーヤーが出てこないとも限りません。

 結局現状の様に、競技を行った日に表彰式を行うのが良さそうですが、それにしても「本当に残念な様子」の選手を観るのは、忍びない感じがするのです。
 ヨーロッパで最も人気が高い種目と言われる男子1500m競走ですが、今大会の決勝レースは極端なスローペースとなってしまいました。

 スタート直後に「誰が行くのか」が注目されていましたが、「誰も行きません」でした。

 400mを66秒という、10000m競走より遅いペースとなってしまいましたから、「ラスト1周のヨーイドン」となりますので、「誰にでも勝つチャンス」のあるレースとなってしまったのです。

 そして、アメリカのマシュー・セントロウィッツ選手が優勝しました。
 タイムは3分50秒00でした。

 今年の全国高校総体(インターハイ)の優勝タイムは3分47秒75でしたから、それよりも遅いタイムというのは・・・。

 「勝負に徹したレース」であったとも言えるのでしょうが、世界一のパフォーマンスを標榜しているオリンピック大会としては、残念なレースであったと感じます。
 個人的には「あってはならないレース」だと感じます。

 そもそも「高速で長い距離を押す能力」が見所の中距離種目において、極端な「ヨーイドン」レースは回避したいものです。

 現在、国際陸上競技連盟(IAAF)の会長を務める、かつての中距離の名ランナー、セバスチャン・コー氏(イギリス。モスクワ・オリンピック及びロサンゼルス・オリンピックの1500m金メダリスト)は、このレースを観て、どう思ったのでしょうか。
 8月24日のシンシナティ・レッズとテキサス・レンジャーズのゲームに先発登板したダルビッシュ有投手は、5回にホームランを放ちました。

 レッズ先発のエイドルマン投手が、カウント1-2から投じた4球目・91マイルのストレートを強振、打球はセンターバックスクリーン右側に飛び込みました。推定飛距離410フィート・125mという大ホームランでした。

 このホームランにレンジャーズベンチはお祭り騒ぎ、多くのプレーヤーがベンチを飛び出し跳ね回っていました。

 日本プロ野球NPBではDH制のパシフィックリーグで戦っていましたから、ダルビッシュ投手が打席に入る機会は極めて少なく、全38打席しか無く、ホームランは有りませんでした。

 MLBでも同様でしたから、このホームランはダルビッシュ有投手にとって「日米通じてプロ入り初アーチ」となったのです。

 MLBで、日本人メジャーリーガーとして初めてホームランを放ったのが、野茂英雄投手であることは有名な話ですが、投手でもホームランを打って良いのです。(当たり前の話ですが)

 もともと甲子園大会では、東北高校の選手として、打力も発揮していたダルビッシュ投手ですから、これからは各シーズンに1~2本で良いので、豪快なホームランも魅せていただきたいものです。
 好投手の揃った「夏の甲子園2016」でしたが、過密な日程の中で、様々な要素もからみ、エースを先発させず、残念ながら「5失点」してしまったゲームが3つありました。

① 8月14日第四試合
 履正社5-1横浜

 組合せ抽選の結果、東西の横綱格チーム同士の対戦となったゲームです。
 横浜高校は、履正社の左バッター主体の打線に対して、先発に左腕・石川投手を立てました。

 石川投手は1回裏の履正社の攻撃を三者三振に打ち取り、上々の立ち上がりを見せました。
 ところが2回裏、死球から始まった横浜の守備は、雷雨による試合中断もあり、長く苦しいものとなってしまいました。

 結局この回、横浜はエース・藤平投手をも投入することとなりましたけれども、この回5失点、試合は5-1で履正社がリードすることとなったのです。

 履正社の好投手・エースの寺島投手を相手にしての4点差はいかにも重く、試合はこのまま履正社が勝ちました。

 横浜高校にとっては「雷雨中断」が残念な試合であったともいえるのでしょう。

② 8月16日第四試合
 常総学院7-4履正社

 履正社高校は、横浜高校との激戦から中一日で迎えたこのゲームで、山口投手を先発に立てました。寺島投手の疲労蓄積を考慮してのことだと思います。

 山口投手は1回表に2失点、2回もランナーを許してしまいましたので、ここで寺島投手にスイッチしました。しかし、寺島投手も常総学院の勢いを止めることができず、この回3失点。履正社は1・2回で5失点と、苦しい立ち上がりとなったのです。

 この後、履正社打線は反撃を見せ、計13安打を放ちましたが、常総学院の鈴木昭投手の丁寧な投球の前に、逆転はできませんでした。

③ 8月17日第二試合
 作新学院6-2花咲徳栄

 この試合、花咲徳栄高校はエースの高橋昂投手を温存し、綱脇投手が先発しました。埼玉大会でも威力を発揮した投手陣の力を見せる試合となったのです。

 綱脇投手は1回の表は2安打を許しながらも、何とか0点に抑えましたが、2回裏作新打線に掴まりました。
 花咲徳栄はリリーフに清水投手を立てて防戦に努めましたが、作新打線を抑えきることは出来ずに5失点。試合は作新学院高校が先行したのです。

 3回から登板した高橋昂投手はその後の攻撃を3安打1失点に抑えましたけれども、打線は作新学院のエース・今井投手に2点に抑え込まれてしまったのです。
 やはり、序盤の5失点は痛かったのです。

 いずれも大会屈指の好投手を擁した、横浜、履正社、花咲徳栄の3チームが、いずれもエース以外の投手を先発させ、いずれも試合の2回までに「5失点」したという3つのゲームでした。
 もちろん、いずれも同じ「5失点」であったというのは偶然なのでしょうけれども、この3試合において失点数が揃ったというのは、不思議な感じがします。

 日程が過密な甲子園大会であり、エースの負担を少しでも少なくするために、複数の投手によるやりくりがとても大切なことなのですけれども、そのことがこれほどはっきりとゲーム展開に影響を及ぼしたケースが3試合見られたというのも、珍しいことなのかもしれません。

 甲子園大会を勝ち抜いて行くのは、本当に難事なのです。
 リオデジャネイロ・オリンピックの陸上競技において、2人のランナーが世界の陸上競技の歴史に深く名を刻みました。

 男子100m・200m・400mリレーの3種目で、北京・ロンドン・リオデジャネイロと3大会連続金メダルを獲得した、ジャマイカのウサイン・ボルト選手と、男子5000m・10000mの2種目でロンドン・リオの2大会連続で金メダルを獲得した、イギリスのモハメド・ファラー選手です。

 短距離と長距離という分野の違いはありますけれども、2人のスーパーランナーの記録・記憶は、長く残ることでしょう。

 歴史に名を刻むと言えば、過去のスーパーアスリートとの比較も興味深いところです。

 ファラー選手であれば、比較する相手はラッセ・ビレン選手でしょう。
 フィンランドのビレン選手は、1972年ミュンヘン大会、1976年モントリオール大会の2大会連続で、5000m・10000mの2冠に輝いた名ランナーでした。モントリオール大会ではマラソンにも出場し、「長距離三冠」を目指しましたが、これは惜しくも5位となりました。

 ピッチ走法の代表格と言えるビレン選手と、ストライド走法のファラー選手はタイプも異なりますが、2人のランナーは、長距離種目を代表するアスリートとして、オリンピック大会の歴史に輝き続けることでしょう。

 ボルト選手の相手となれば、カール・ルイス選手でしょう。
 アメリカのカール・ルイス選手は、1984年のロサンゼルス大会、1988年のソウル大会、1992年のバルセロナ大会、1996年のアトランタ大会の4つのオリンピックに参加し、100m・200m・走り幅跳び・400mリレーの4種目で計9個の金メダルを獲得しています。

 金メダルの数では、2人は9個で並んでいるのです。

 ルイス選手は、ソウル大会の200mで銀メダルを獲得していますから、オリンピックのメダル数では10個となります。

 ルイス選手には「走り幅跳び」という種目があるというか、走り幅跳びを最も得意としていました。ルイス選手の最後の五輪となったアトランタ大会では、走り幅跳びの金メダルが唯一のメダルでした。

 この走り幅跳びという種目の有無が、ボルト選手とルイス選手の違いなのでしょう。200mからそのキャリアをスタートしたボルト選手と、走り幅跳びから種目を拡大して行ったルイス選手が、100m競走で共に世界新記録を樹立しているというところが、素晴らしいところだと感じます。

 この2人も、短距離種目を代表するアスリートとして、オリンピックの歴史に燦然と輝き続けるのです。

 ボルト選手とファラー選手の、リオ五輪における人気は凄まじいものでした。

 2人の名前がコールされると、スタジアムには大歓声が轟いたのです。
 そして2人は、その期待に、見事に応えてくれました。
 まさにスーパースターだったのです。
 シンクロナイズドスイミング競技は、予想通りデュエットもチームもロシアチームが圧勝しました。
 
 8人でプレーするチームのフリールーティンも圧巻でした。

 何より、その演技中の「移動」が素晴らしい。

 難しい演技をしながら、チーム全体が高速で移動するのです。
 他の選手との距離も不変。様々なフォーメーションが、何もなかったかのように展開されていきます。
 30mのプールの端から端まで、完璧なシンクロ演技を魅せつつ動くロシアチームのパフォーマンスには圧倒されました。

 99点越えという、ほぼ満点の演技でした。
 「こんなことが出来るのか」というレベルであったと感じます。
 
 この「高速移動の中での完璧なシンクロ」が有る限り、ロシアチームの王座は盤石でしょう。
 MLB2016も後半戦を迎え、日本人先発投手の活躍が続いています。

 8月23日には、ロサンゼルス・ドジャーズの前田健太投手が13勝目(7敗)を挙げました。それも、同地区の「永遠のライバル」サンフランシスコ・ジャイアンツのエース・バムガーナー投手との投げ合いを制した勝利でしたから、その価値はとても大きいと思います。
 
 このゲームで、前田投手は被安打6・失点3と決して好調という投球ではありませんでしたが、粘り強い投球でジャイアンツにリードを許しませんでした。メジャーのプレーに徐々に慣れてきた、前田投手のパフォーマンスの高さを示していると感じます。

 前田投手はメジャーデビューシーズンの勝ち星を13勝に伸ばしました。これはドジャーズの大先輩でもある野茂秀雄投手のデビューシーズンの勝ち星に並んだことを意味していますので、見事な成績といってよいのでしょう。
 まだまだ勝ち星を伸ばしていってくれそうな前田投手の挑戦に、期待したいと思います。

 8月24日には、今シーズン2度目の日本人先発投手対決、シアトル・マリナーズの岩隈久志投手とニューヨーク・ヤンキースの田中将大投手が登板するゲームが行われ、ヤンキースが5-0で勝って、田中投手が11勝目(4敗)を挙げました。
 自己最多タイの15勝目を狙った岩隈投手は残念ながら敗戦投手となりましたが、それでも14勝9敗と、日本人先発投手の「勝ち頭」です。

 7イニングを投げて無失点の田中投手は、今季の特徴である「打たせて取る投球」に磨きがかかり、極めて冷静な試合運びを魅せてくれましたし、一方で150kmを超えるストレートも投じていましたので、相当コンディションが上がっている印象でした。

 中軸選手をどんどん放出しているヤンキースですが、逆にチーム成績が良くなっています。ベースボールというスポーツの不思議なところを感じます。

 戻ってきたダルビッシュ有投手も含めて、MLB2016における日本人先発投手陣の今後の活躍が、大いに期待されます。
 リオデジャネイロ・オリンピックが終了しました。

 我らが日本競泳チームも萩野選手、金籐選手の金メダル獲得など、素晴らしい活躍を魅せてくれましたが、今大会、圧倒的な強さを示したのがアメリカチームでした。

 男子のマイケル・フェルプス選手(金メダル4つ)や女子のケイティ・レデツキー選手(金メダル3つ)を始めとして、見事な活躍が続きました。

 「アメリカ合衆国がオリンピックの水泳で強いのは当たり前」といったご意見も有ろうかとは思いますが、今大会の強さは、「強いアメリカ」の中でも別格でした。

 競泳全32種目の内、16種目で金メダルを獲得したのです。

 詳しくは調べていませんが、全種目の半分の種目で金メダルというのは、いかに「オリンピック競泳で強いアメリカ」といっても、凄まじい記録です。

 ちなみに、銀メダル・銅メダルを含めた数では、33個と断然のトップ、2位のオーストラリアが10個、3位の日本の7個を大きく上回っています。(競泳のメダル数で日本が3位というのも素晴らしいことですが)

 常に、他の国々の標的となり、「打倒アメリカ」を目標に世界中のチーム、スイマーが日々切磋琢磨している中で、「その差をどんどん拡大している」というのは、競泳アメリカチームの実力の高さを如実に示しています。

 アメリカチームは、大会最終日の恒例種目となっている男女の400mメドレーリレーのメンバー選出を、当該オリンピックの個人種目成績で行うと伝えられています。
 成績下位のスイマーが予選を泳ぎ、成績上位のスイマーが決勝を泳ぐのです。

 アメリカチームの、世界一の「選手層の厚さ」を示す事実なのでしょう。
 リオデジャネイロ・オリンピックにおける、日本の男子ラグビーチームと女子バスケットボールチームは、本当に見事な試合を展開しました。

 フィジカル面で劣る日本チームの国際舞台での戦い方を世界に示したのです。

 まずは男子ラグビーチーム。

 クーループリーグ(プールC)の緒戦でニュージーランドチームを14-12で破り、第2戦のイギリスチームには19-21で惜敗、第3戦のケニアチームには31-7で快勝して、決勝トーナメントに駒を進めました。

 プールCの中核チームであり、世界の15人制ラグビーを牽引し続けるニュージーランド・オールブラックスを破ったことは、「男子セブンズ」の試合の進め方の「正しさ」を示したものでした。
 それが、イギリス戦の大健闘にも結び付いたのです。

 「まずは堅守」、試合終盤まで1トライ・1ゴール差で付いて行き、最後3分間の運動量で逆転を狙う戦術は、見事に花開いたのです。

 とはいえ、手の内を知られてしまった以上、決勝トーナメントの戦いは厳しいものが予想されました。
 作戦認知の上での、フランス戦は相当分が悪いと見られていたのです。

 ところが、これを12-7で勝ち切りました。日本チームの最高のゲームであり、我が国の7人制ラグビー史に輝く勝利となったのです。

 準決勝では、優勝したフィジーに5-20で完敗し、3位決定戦でも南アフリカチームに14-54と大敗してしまいましたが、これは「体力・持久力の限界」というところでしょう。
 さすがに大会5試合目ともなると、本来の運動量とコンタクトプレーのパワーが維持できなかったのです。

 とはいえ、「男子セブンズ」の戦い方は、今後の日本代表チームの戦い方の「基本」を示してくれたものとして、高く高く評価されるべきであろうと考えます。

 そして、女子バスケットボールチームです。
 こちらは「ハヤブサ・ジャパン」という愛称もあります。

 予選ラウンドの緒戦でベラルーシを77-73で破り、勢いに乗りました。この勝利は大きかったと感じます。

 続くブラジル戦も82-66で快勝。

 しかし、第3戦でトルコに62-76で敗れました。結果的にはこの敗戦が痛かったのですが、この時は、続く強敵との戦いに前向きでした。

 予選ラウンドの第4戦は、世界ランキング2位のオーストラリアが相手。このゲームのハヤブサ・ジャパンは見事なプレーを披露しました。終始ゲームをリードしたのです。
 ゲーム途中では大差も付け、大金星かと思われましたが、次第にオーストラリアチームがポストプレーで追い上げて、終了3分前についに逆転を許しました。
 86-92での敗戦となりましたけれども、日本チームの健闘は強豪を相当ヒヤリとさせたのです。

 予選ラウンドの最終第5戦では、世界ランキング4位のフランスを79-71で破りました。ハヤブサ・ジャパンの実力と勢いを示した、見事な勝利でした。

 この結果、日本チームは決勝トーナメント出場を果たしましたけれども、得失点差の関係で準々決勝の相手は、「最強」のアメリカチームとなってしまったのです。

 このアメリカ戦でも、日本チームは持ち味を存分に発揮して、前半は互角の戦いを魅せました。後半力尽きて、64-110の大差の敗戦となりましたが、試合後のアメリカチームのプレーヤーのコメントは、ハヤブサ・ジャパンを賞賛するものばかりでした。

 素早いボール回しとカットインプレーに、外からのスリーポイントシュートを交えた、ハヤブサ・ジャパンのプレーは、そのスリーポイントシュートの精度の高さも相俟って、世界の強豪チームに衝撃を与えたと感じます。

 女子バスケットボール競技の国際大会が定着した1970年代、日本チームは世界の強豪のひとつでした。
 オリンピックに初めて登場した1976年のモントリオール・オリンピックにも、日本チームは出場し、5位という好成績を残しています。日本の女子バスケットボールには「強者としての歴史と伝統」が存在しているのです。

 その後、各国チームが「高い身長」を利したプレーを展開するようになり、日本チームはなかなか勝てなくなりました。アジアの中でも苦しい戦いを強いられるようになり、オリンピック出場さえ難しい時代が続いたのです。

 しかし、4度目の出場となったリオで、ハヤブサ・ジャパンは「これからの日本チームの戦い方」を世界に示したのでしょう。小さなプレーヤーから放たれるスリーポイントシュートが次々と決まる様は、まさに衝撃でした。

 男子ラグビーチームと女子バスケットボールチームは、惜しくもメダルの獲得はなりませんでしたけれども、「世界を驚かせるプレー」を魅せてくれました。

 2020年の東京大会が、とても楽しみです。
 昨2015年の世界選手権で、200m・400m・800m・1500mの「自由形四冠」を成し遂げた、アメリカのスーパーガール、ケイティ・レデツキー選手が、リオデジャネイロ・オリンピックでも200m・400m・800mでの金メダルという「自由形三冠」を達成しました。

 400mと800mでは「世界新記録」をも叩き出していますから、「底知れぬ強さ」ともいえるのでしょう。

 水泳王国というかスポーツ大国アメリカからは、いつの時代もスーパースターが連続して登場するのですが、おそらく今大会が最後のオリンピックとなるであろう、「水泳の王様」マイケル・フェルプス選手の後を継ぐ、スーパースイマーだと思います。

 15歳(アメリカ競泳チーム史上最年少)で出場したロンドン・オリンピックの800m自由形で金メダルを獲得した時にも、とても驚かされましたが、その後の4年間での成長も見事なものでした。(身長も5cm伸びて183cmになりました)

 それにしても、400m決勝レースでは2位のジャズ・カーリン選手(イギリス)に「5秒近い」差を付け、800mの決勝レースでも2位のカーリン選手に「11秒以上」の差を付けて、共に世界新記録の「独泳」でした。

 レデツキー選手の頭抜けた強さを観ると共に、これまで泳ぎ尽くされてきた筈の「水泳競技・自由形」の奥深い可能性をも感じさせてくれるレースでもありました。
 今大会、卓球女子団体で日本チームは銅メダルを獲得しました。

 ロンドン大会に続く、2大会連続の3位という、見事な戦いを魅せたのです。

 日本チームのキャプテンは福原愛選手でした。

 この福原選手が、3位決定戦に勝ち、銅メダルを獲得した後、自身のブログやインタビューにおいて述べたのが「4年間より苦しい2週間でした」というコメントでした。
 ロンドン・オリンピック後の4年間のトレーニングより、リオデジャネイロでの2週間の方が「苦しかった」というのです。

 リオデジャネイロに入ってからの福原選手は、「キャプテンとしての重圧」から、食事の味が分からなくなり、食べても食べても満腹感が得られないといった症状が現れたのだそうです。

 いかにも責任感が強い「愛ちゃん」らしいところですが、その重圧は想像を遥かに超えるものだったのでしょう。

 この大会の福原選手はよく泣きました。
 個人戦のベスト4で敗れたときも、団体戦のベスト4で敗れたときも、団体戦の3位決定戦で勝ったときも、泣いていたと思います。

 それも「この重圧」が大きな理由であったのかと思うと、納得というところです。

 そのプレー内容も、そのキャプテンとしてのマネジメントも、リオデジャネイロ・オリンピックの福原愛選手の大活躍は「最高」でした。
 南北海道代表と栃木代表の対戦となった、第98回全国高等学校野球選手権大会は、作新学院高校が北海高校を7-1で下し、54年振りの優勝に輝きました。

 今井投手(作新学院)と大西投手(北海)という両エースを軸とした「堅い守り」と集中打で勝ち抜いてきた両校でしたから、決勝戦も接戦が予想されました。

 1・2回は、北海高校のペースでした。
 連投の疲れからか、体の動きが悪い今井投手を攻めて、2回裏に先取点を挙げました。
 今井投手の速球に振り遅れまいと、バントの構えからのヒッティングが有効であったと感じます。

 北海高校が1-0とリードしての3回裏、ようやく体が動き始めた今井投手が「152km」の速球で三振を取り、チェンジとしました。

 この「152kmの速球」が、作新学院に「喝」を入れたような気がします。

 この回の守りで、左打者の鈴木選手を起用した小針監督の采配も、極めて有効でした。
 「3回裏の守り」が試合の流れを変えたのです。

 4回表の作新学院の攻撃。
 4番の入江選手が粘って四球を選びました。集中打の始まりでした。
 センターフェンス直撃の2塁打などで無死満塁と攻め立てます。

 ここでボテボテの1塁ゴロ。複雑な回転が掛かっていたのでしょう、難しい打球となって「好守」の北海内野陣にもほころびが観られ1-1の同点。無死満塁が続きます。

 続いてセンター前ヒット、2-1と作新学院が逆転。無死満塁が続きます。

 続いてライト前ヒット、3-1。ここで北海は大西投手から多間投手にリレー。無死満塁が続きます。

 続いてライト・ライン際へのヒットで5-1と突き放しました。

 見事な集中打でした。

 北海の大エース・大西投手としては、さすがに力みが出て、本来の「巧みな投球」が出来ませんでした。ナチュラルにベース上で沈み込むストレートとスライダーを織り交ぜた投球が持ち味でしたが、この場面では力が入って、ストレートが沈みませんでした。沈まないとなれば、130km台後半のストレートでは「強打の作新打戦」を抑えるのは難しかったのでしょう。
 このタイプの投手は、ピンチの時ほど力を入れずに投げることが重要だと、改めて思いました。

 作新学院はこの後、3回裏途中出場の「快足」鈴木選手の活躍で得点を重ね、調子が戻った今井投手が、強打の北海打線を抑えました。

 両チームの堅い守りが印象的でしたが、特に遊撃手の上手さは特筆すべきでしょう。
 両選手とも、高校野球に求められる「最高レベル」のショートストップだと思います。

 今井投手は、好投手が多かった今大会の中でも1・2を争う投球を魅せてくれました。
 150kmを優に超えるストレートと、鋭い曲りのスライダーは、見事でした。
 この試合でも、132球を投げて、被安打7、奪三振9、与四球3、失点1で完投しました。前半は球数が多く心配されましたが、後半にはチェンジアップも交えて、球数の増加を抑えました。
 花咲徳栄高校、木更津総合高校と、好投手を擁する優勝候補校を連破した力は、素晴らしいものでした。

 54年前、1962年・昭和37年に、甲子園大会史上初めての「春夏連覇」を達成した作新学院高校と、全国最多37回目の出場を誇る北海高校という、「伝統校」同士の対戦は、作新学院高校が勝ちました。

 試合後に北海の大西投手がベンチで「やり切ったぞー」と叫んだと伝えられました。

 さわやかな試合でした。
 ネイマール選手のペナルティーキックPKがゴール右上に突き刺さった瞬間、マラカナンスタジアムは歓喜の渦に包まれました。

 「王国」ブラジルにとって、初のオリンピック金メダルでした。

 前半27分、ネイマール選手のフリーキックFKがドイツゴールを割り、ゲームが動き始めました。
 全体としては6:4でブラジルチームが押していましたが、ドイツチームも「堅守」で応酬し、一進一退の攻防が続いていました。ネイマール選手の「極めて正確なキック」が均衡を破ったのです。

 このまま「今大会無失点」のブラジルが押し切るかに見えた後半14分、ドイツチームのボール回しが冴え、最後はマイヤー選手がシュートを突き刺しました。
 マルキーニョス選手やゼッカ選手の堅い守りで「無失点」を続けてきたブラジルが、ついに失点したのです。

 1-1の同点。
 試合は振り出しに戻りました。

 90分を戦い終えても1-1。

 延長に入ってからは、大観衆の声援を受けてブラジルチームの攻勢が続きましたが、なかなかシュートには至りませんでした。ラストプレーにおける、ドイツディフェンダーの集中力が際立ちました。

 試合はPK戦へと縺れ込みました。

 ドイツが先攻のPK戦でしたが、両チームとも決め続け、4-4の同点から、ドイツチームの5人目のキックをブラジルのゴールキーパーGKが止めました。
 
 そして、ブラジルの5人目はネイマール選手でした。
 これまで、ワールドカップのPK戦でも「チームのエース」が外して敗れるというシーンが数多く観られていましたので、ネイマール選手には凄まじいプレッシャーがかかったと思われますが、ネイマール選手はこれを冷静に決めました。
 素晴らしいパフォーマンスでした。

 ブラジルチームは13度目の出場で、ついにオリンピックチャンピオンとなりました。

 ワールドカップ制覇最多5度を誇る「王国」が、金メダルを取ったことが無かったのは、サッカー界の不思議でもありましたが、このジンクスがついに破られたのです。(20世紀においては、ブラジルはあまりオリンピックに重きを置いていなかったことも事実でしょうが、21世紀に入ってからは本気で勝ちに行っていました)

 加えて、「地元開催に弱い」というジンクスをも破ったのです。
 サッカーは地元が強いと言われるスポーツですが、ブラジルチームは、2度のワールドカップ開催でも優勝出来ていませんでした。
 今大会の戦前の予想でも、「ブラジルは地元では勝てない」との評も有ったのです。

 しかしセレソンは、そのジンクスをも突破して魅せました。

 表彰式で、セレソンの多くは金メダルにキスをしていました。本当に嬉しそうでした。

 この優勝は、リオデジャネイロ・オリンピック成功の象徴に観えました。
 「こんなことが起こるのか」 

 レースを見た直後の感想でした。

 ケンブリッジ飛鳥選手が、アメリカチームのアンカーと競り合いながら2番でゴールインしたときには、テレビの前で立ち上り拍手を続けていました。
 日本チームの最高の走りでした。

 1走の山縣亮太選手は素晴らしいスタートから加速しました。前のコースの中国チームとの差をぐんぐん詰め、後ろのコースのジャマイカのアサファ・パウエル選手(元100m世界記録保持者)の追い上げを許しませんでした。

 1走から2走へのバトンパスは「抜群」でした。100点満点であったと思います。
 山縣選手から飯塚翔太選手へのバトンは、「一度空振り」して2度目に渡りましたが、その「空振りの間が効果的」で、飯塚選手がトップスピードに乗ったところでのバトンパスとなりました。

 飯塚選手は、ジャマイカやアメリカといった有力チームのランナーと互角の走りを魅せました。

 飯塚選手から桐生祥秀選手へのバトンパスは、とても上手く行きました。90点でしょう。
 タイミング・形が完璧でした。
 桐生選手も、ほぼトップスピードでバトンを受けて素晴らしい加速を魅せ、後半もスピードを維持できました。
 ジャマイカチームに1m余りの差を付けて、アンカーへのバトンパスを迎えたのです。

 桐生選手から飛鳥選手へのバトンパスは、少し詰まってしまいました。60点でしょう。
 この日本チームのバトンパスの小さな失敗により、直線に出た時には、ケンブリッジ飛鳥選手と、ジャマイカのアンカー・ウサイン・ボルト選手は並んでいました。ここは、ジャマイカチームのバトンパスが勝ったのです。

 さすがにボルト選手と並んで走り出したのでは、ジャマイカチームに勝つのは極めて難しいこととなりましたから、後方から追い上げを図るアメリカチーム、カナダチームとの競り合いとなりました。

 100m競走のタイムで比較すれば、飛鳥選手より相当上のランナー2人との競り合いでしたが、残り30mまでの飛鳥選手のスピードは素晴らしいもので、ゴール前で走りが固くなってしまった飛鳥選手でしたが、アメリカ・カナダのアンカーの走りも固くなっていましたので、2着を堅持することが出来ました。3番手チームとは100分の2秒差でした。

 37秒60、極めて高いレベルの日本新記録でした。
 もともと日本が保持していたアジア記録も塗り替えました。
 
 「全てが上手く行くレース」というのは、ほとんどありえないことですので、このレースの日本チームはレース全体として見れば「100点」であったと言えるのでしょう。

 「オリンピック個人種目のファイナリスト0名」「9秒台ランナー0名」で、「9秒台ランナー4名を揃えたチーム」に完勝するという「離れ業」を、日本チームは成し遂げました。

 「こんなことが起こる」のです。

 大会前、「日本陸上史上最強の400mリレーメンバー」と称されていたのは「事実」でした。

 そして、緊張感極限のオリンピック決勝レースで、持てる力を存分に発揮しての「88年振り(1928年アムステルダム・オリンピック女子800m競走の人見絹江選手=全ての競技・種目における日本女性オリンピック・メダリスト第1号)の、陸上競技トラック種目における銀メダル」を実現して見せました。

 日本の若きスプリンター達の力は、間違いなく世界に通用するレベルにまで上がったのです。
 8月18日に行われた決勝で、高橋礼華・松友美佐紀ペアは、デンマークのリターユヒル・ペデルセンのペアをセットカウント2-1で破り、優勝しました。
 日本バドミントン史上、男女を通じて、初のオリンピック金メダルでした。

 高橋・松友ペアの「冷静な試合運び」が印象的な大会となりました。
 すいすいと、という言葉がありますが、どの試合でも2人に「焦り」の時間帯は感じられず、常に冷静・沈着なプレーを展開していたように観えました。

 このプレーこそが、お二人のキャリアで積み上げてきた「結晶」なのでしょう。

 決勝の最終盤、デンマークペアに16-19とリードを許しました。
 「あと2失点」で敗戦という追い込まれた状況に見え、相当のピンチというところでしたが、高橋・松友ペアは「いつもと変わらぬ」表情で、いつもと変わらぬプレーを魅せました。

 向かって右隅に2度シャトルを落として得点を重ねました。
 追い込まれてからの絶妙のドロップショットと軽打というのは、とても高い技術の裏打ちが必要なことは言うまでもないことなのでしょうが、何よりそのショットを選択する「勇気」が素晴らしいと思います。

 追い込まれたら「強く打っていく」気持ちになりそうなものですが、デンマークペアの位置を把握したうえでの、冷静かつ最も効果的な「攻め」だったのでしょう。

 とても冷静に見えた高橋・松友ペアも、勝負が決した瞬間、喜びを爆発させました。
 16-19からの「5連続得点」は、この大会・この種目・この試合のハイライトでした。

 日本バドミントン史を塗り替えた、お二人の活躍に、大きな拍手を送らせていただきます。
 川井選手が、その「強さ」を世界に示した大会となりました。

 もともと攻めの強さには定評がある選手ですが、オリンピックの大舞台では「守りの強さ」も際立ちました。

 決勝のマリア・ママシュク選手(ベラルーシ)との試合も6-0で完勝しましたが、その試合内容が凄い。ママシュク選手にほとんど「攻撃の糸口」さえ与えませんでした。

 前捌きの上手さと「前に出るパワー」は、川井選手の強さの根源なのでしょう。

 伊調馨選手とのバッティングを避けて63㎏級にクラスを上げたと伝えられていますが、この強さなら「川井選手の時代」を構築する可能性十分です。

 日本女子レスリングは、吉田沙保里、伊調馨という2人の大エースが頑張っている間に、素晴らしい若手が育ってきていたのです。

 「4年後も必ず勝ちます」と試合後のインタビューで語る川井梨紗子選手の頼もしいことと言ったら・・・。
 決勝に進出してきた、アメリカのヘレン・マルーリス選手は、とても強かったと思います。

 準決勝で、世界ランキング2位で吉田選手のライバルと目されたソフィア・マットソン選手(スウェーデン)にフォール勝ちして決勝に進出し、決勝では「絶対王者」吉田選手に4-1で「完勝」したのですから、文句のつけようがない金メダルでしょう。
 その「休むことのない攻撃型レスリング」を考え合わせても、今後この階級で日本チームの強敵となり続けることは、間違いありません。

 準決勝までは順調に勝ち上がった吉田選手でしたが、やはり全盛期の動きに比べればスピードが不足している印象でしたから、こうした強敵を相手にしては、やや苦しかったということになります。

 第2ピリオド開始後30秒の「せめぎあい」でバック・2ポイントを取られたことが響きました。
 共に「攻撃型」の両選手にとって、ポイントを取りにいった一連の動きの中で、相手に得点を許したことのショックはとても大きなものだったことでしょう。

 オリンピック4大会で、金メダル3・銀メダル1という成績は、素晴らしいの一語です。吉田沙保里選手の成績・記録は、女子レスリング史上のみならず、女子アスリートの歴史においても燦然と輝いています。

 とはいえ、この敗戦は吉田選手にとっては衝撃的なものだったことでしょう。

 試合後のインタビューで「最後は自分が勝つものだと思っていた」とコメントしたことに、その思いの強さが表れています。

 それにしても、優勝したマルーリス選手の試合後の「サオリと試合することを長年夢見てきた。彼女と戦う準備をずっと続けてきた。彼女は私のヒーロー。彼女は最も讃えられているレスラーで、彼女と試合をすることができたのは本当に名誉なことだった」とのコメントや、イギリスBBC放送で「女子レスリングで最大の番狂わせのひとつ」と報じられているのを見ても、「負けたこと」が世界を駆け巡る大ニュースとなるという「事実」に、吉田選手の偉大さが改めて感じられます。
 決勝の大舞台で、土性選手はとても落ち着いて観えました。

 対戦相手のナタリア・ポロベア選手(ロシア)が、様々な手段を用いて攻めてきました。
 1ポイントずつ積み上げてポロベア選手が2-0とリードして、試合時間は5分を過ぎました。

 しかし、土性選手には動揺は感じられませんでした。
 そして、おっとり刀?で土性選手が攻めに出たのです。

 攻め続けて、相当疲れが溜まっていたポロベア選手は、対応が遅れ気味。
 土性選手の上から覆いかぶさった時、土性選手が一本背負い気味に素早く腕を動かしました。

 この動きでポロベア選手がバランスを崩し、土性選手が正面から倒して、ポロベア選手が尻もちをついて、上半身が90度以上背中側に傾きました。
 土性選手が2ポイントを獲得し、2-2の同点ですが、ビッグポイントの関係で土性選手がリード。

 本当に疲れ切ったポロベア選手に、残り20秒で土性選手からポイントを奪う力は残っていませんでした。

 試合時間残り5秒の時点で、栄コーチが上に上がってきて、万歳の姿勢になり、土性選手の金メダルが決まったのです。

 「大地に根を張った様なプレー」振りが、とても印象的でした。
 試合時間は5分を過ぎていました。
 コブロワゾロボワ選手(ロシア)が2-1とリード。

 無敵の「絶対王者」伊調馨選手に大ピンチが訪れていました。

 5分20秒、伊調選手がタックル、その伊調選手の脚が目の前に出てきましたので、コブロワゾロボワ選手がその脚を取りに行きました。なかなか取れない伊調選手の脚が、向うから近づいてきたのですから、オリンピックの決勝を戦う程のレスラーであれば、当然に、本能的に取りに行ったのでしょう。

 伊調選手の脚にコブロワゾロボワ選手の手がかかりました。
 それはすなわち、コブロワゾロボワ選手の体が伊調選手に近づいたことを示していたのです。
 伊調選手がコルボワゾロボワ選手の体を捕まえました。カウンターへのカウンターでした。

 そして、時間をかけながら、右脚をコブロワゾロボワ選手の腕から抜いて、コブロワゾロボワ選手をコントロール下に置いたのです。これで2ポイントを奪い、逆転しました。残り試合時間は3秒でした。

 夏季オリンピックの全ての女子個人競技・種目において、史上初めて「四連覇」が成った瞬間でもありました。
 驚くべき瞬間だったのです。

 ディフェンスからの攻撃、最強のカウンターを持ち味とする伊調馨選手の面目躍如たる試合でした。

 2004年アテネオリンピックから13年間、世界に君臨し続ける「絶対王者」伊調馨選手も32歳となりました。

 さすがに全盛期よりは動きは衰えているのでしょうが、その神業「カウンター」は、まだまだ健在だと感じさせる、見事な試合であったと感じます。
 登坂選手が逆転に向けての技を繰り出したのは、試合時間残り13秒、逆転の2ポイントが登坂選手に入ったのは、試合時間残り1秒でした。

 見事な逆転劇でした。

 マリア・スタドニク選手(アゼルバイジャン)との決勝は、「達人同士の睨み合い」という雰囲気でした。2015年の世界選手権決勝と同じカードとなったのです。
 
 第1ピリオド、登坂選手は押し出されて0-1。
 第2ピリオド、積極性不足から0-2、と2点のリードを許しましたが、残り2分からじりじりと攻勢に出ました。

 スタドニク選手が積極性不足から1-2と1点差となって残り1分。
 登坂選手が攻め、スタドニク選手が凌ぎ続けた1分間でした。

 そして残り13秒、登坂選手はついにスタドニク選手の脚を取ったのです。

 この、練りに練り、狙い澄ました作戦を、しかし、じっと待って実行するのは、とても難しいことでしょう。

 「自分を信じた」登坂絵莉選手の、素晴らしい金メダルでした。
 8月7日のコロラド・ロッキーズ戦で、MLB通算3000本安打を達成した、マイアミ・マーリンズのイチロー選手ですが、シアトル・マリナーズ時代からの熱心なファンである、エイミー・フランツさんがスタンドで掲げていたお手製のヒット数カウント用ボード「イチ・メーター」がニュースになっていました。

 この試合にもシアトルから応援に来ていたフランツさんは「イチ・メーター」の数字を3000に変えて、「とても興奮している。これで私の旅も終わり」と感無量の様子で語ったとのこと。

 2004年に最初のイチ・メーターが作られたと報じられていますが、この年「シーズン262安打」のMLB新記録が樹立されましたので、当該イチ・メーターはベースボール殿堂に寄贈されたそうです。何だか凄い話です。

 イチロー選手がシアトルを去り、フランツさんがイチロー選手のゲームを観る為に全米を駆け巡らなければならなくなった時に、「旅行費用の寄付」を募ったところ、あっという間に十分な金額が集まったとも伝えられました。
 これも凄い話です。

 この長年の熱心な応援に対して、イチロー選手から「バットやスパイク」がフランツさんに送られたそうです。

 今年45歳になったエイミー・フランツさんですから、イチ・メーターを作り始めた時には32~33歳くらいだったことになります。

 エイミー・フランツさんの13年に及ぶ長い旅が、ついに幕を閉じたのです。
 8月14日に行われた、陸上競技男子400m競走で、南アフリカのウェイド・バンニーキルク選手(24歳)が、43秒03の世界新記録を樹立し、金メダルに輝きました。

 準決勝のタイムが良くなかったので、真ん中のコースでは無く8コースを走ることとなったバンニーキルク選手でしたが、スタートから素晴らしいスピードで押し、内側の選手に追い上げられる筈の第3コーナーから第4コーナーの間でも、後続ランナーとの差は中々詰まりませんでした。
 優勝候補であった、キラニ・ジェームズ選手(グレナダ)、ラショーン・メリット選手(アメリカ)という、2人の元オリンピックチャンピオンが必死に追い上げても、差を詰めることが出来なかったのです。

 バンニーキルク選手は、「万能型」スプリンターです。
・100m 9秒98
・200m 19秒94
・400m 43秒03(世界記録)

 100mで10秒を切り、200mで20秒を切り、400mで44秒を切るという、3つの種目で国際大会の公認記録を保持する「世界で唯一」のランナーなのです。

 凄いことです。

 どの種目でもオリンピックファイナリストを狙える能力を具備しているのですが、最も金メダルに近い400mにエントリーしてきた形。

 不滅と言われた43秒13の前世界記録を持っていた、MJことマイケル・ジョンソン氏(アメリカ)は、テレビの解説者として「8コースを走れたことが良かったのでしょう。他の選手と競り合うことなく、タイムトライアルの様なレースを実現しました」とコメントしています。

 世界記録を樹立するという極めて高い境地に達したアスリートならではのコメントだと感じます。
 8月14日に行われた、レスリンググレコローマンスタイル59㎏級で、太田忍選手が決勝に進出、キューバのイスマイルめボレロモリナ選手との戦いでは残念ながらテクニカルフォールで敗れましたが、今大会、レスリング日本チーム初のメダル・銀メダルを獲得しました。

 オリンピック初出場の大田選手でしたが、「忍者レスラー」とも称される変幻自在なレスリングを存分に発揮して勝ち進みました。
 準決勝でもポイント0-2の劣勢から、逆転のフォール勝ちを魅せてくれたのです。

 決勝でも第一ピリオドで0-6と大量リードを許しましたが、逆転に向けて自信が有ったのでしょうか、負けが決まった時には、とても悔しそうな様子を示しました。

 試合後のインタビューでも終始「金メダルが欲しかった」というコメントを続けましたし、メダルセレモニーの後においても、やはり「金メダルが良かった」と話しました。

 相当残念だったのでしょう。

 この「執念」こそが、銀メダルの原動力だったのかもしれません。
 大会も半ばを過ぎ、陸上競技も始まりました。

 8月13日に行われた、女子100m決勝レースでは、ジャマイカのエレン・トンプソン選手が10秒71の好タイムで優勝しました。
 2位のトリ・ボウイ選手に0.12秒差を付ける圧倒的な勝利でした。

 メンバーが揃ったレースでした。
 オリンピック2大会連続金メダルのフレーザー・プライス選手(ジャマイカ)、世界選手権2015で強さを示したダフネ・シパーズ選手(オランダ)、アメリカのトリ・ボウイ選手ら、優勝候補が顔を揃えましたが、勝ったのはジャマイカの新星トンプソン選手でした。

 準決勝まで好調な走りを続けて居たトンプソン選手は、決勝でも、スタートから前半の加速が良く、中間失踪も滑らか、ゴール前もスピードが落ちないという、「完璧な100m」を魅せてくれました。
 前半の走りに定評があるフレーザー・プライス選手に、前半を終えたところでピタリと付いて行ったところで、金メダルが見えたと言ったところでしょうか。

 ジャマイカ短距離陣の強さを、まざまざと見せつけられたレースでした。
 毎年7月31日・「トレード期限日」(ウェーバー方式を使わないでトレードできる期限日)には、驚かされることが多いのですが、今年も例外ではありませんでした。

 ニューヨーク・ヤンキースが7月31日を含む最後の1週間で「主力4選手」を放出したのです。

 まず「ザ・100マイル」アロルディス・チャップマン投手をシカゴ・カブスに出しました。
 続いて、アンドリュー・ミラー投手をクリーブランド・インディアンズに放出。
 そしてトレード期限寸前の時刻に、カルロス・ベルトラン選手をテキサス・レンジャーズへ、イバン・ノバ選手をピッツバーグ・パイレーツへ出したのです。

 最強のブルペンと言われたメンバーの中から、セットアッパーのミラー投手とクローザーのチャップマン投手、主力打者のベルトラン選手、そして先発投手陣の中核ノバ選手、というのですから、2016年ンシーズンの後半をどのように戦うのかと疑問を持ってしまうようなディールでした。

 もちろん、4プレーヤーの代わりに、例えばチャップマン投手なら「カブスのマイナーの3選手」といった形で若手選手を数多く獲得しているのですが、直ぐに戦力になりそうなプレーヤーは少ないのです。

 いくら「2016年シーズンを諦めた」とはいっても、これだけ露骨な「ファイアーセール」は珍しいでしょう。

 ヤンキースファンは、まだ半分近く残っている2016年シーズンをどのように楽しむのか、よくよく考えなければならない状況となりました。

 もちろんこの動きは、田中将大投手にとっても他人事では無く、「期限」は過ぎたと言っても、ウェーバー方式を使えばまだまだトレードは可能な訳ですから、「ファイアーセール」の対象外と一概には言えないのかもしれません。

 それにしても、今シーズン終了後、FAとなるマイク・トラウト選手(ロサンゼルス・エンジェルス)といった大物を獲得し、超大型補強を実施するための「資金作り」なのかもしれませんが、常に勝利を期待されるヤンキース球団としては、随分思い切った動きに出たものだと感じます。

 メジャーリーグにおいても「最もメジャーなチーム」ニューヨーク・ヤンキースは、いったい何処に行くのでしょうか。
 原沢選手が攻め続け、テディ・リネール選手が逃げ続けた決勝戦でした。

 「組み合い・攻め合う」試合を指向している筈の世界のJUDOの最も重いクラス、「ザ・キング」を決める試合が、こうした内容になったのは、とても残念でした。
 つまらない試合であったことは、間違いないところでしょう。

 「負けたくない」思いの強いリネール選手が、原沢選手の強さを十分に認識したうえで、「指導の数で上回る」戦術を選択したのでしょうが、2対1という指導の数の差は、「越えられない差」というよりは、「ごく僅かな差」でしょう。
 判定次第では、逆の結果が出ても不思議では無かったと感じます。

 こうした「逃げまくるJUDO」は見苦しいという意見も多いと思います。
 柔道界の若手プレーヤーやこれから柔道を始めようとする、世界中の子供達に対しても良くない影響を与えてしまうでしょうから、こうした戦法で勝利を得るのは、この試合を最後にして欲しいものです。

 世界一を決める試合には、「技の掛け合い」こそ相応しいからです。

 負けたとはいえ、原沢久喜選手の強さが十分に感じられた試合でした。
 女子78kg超級の決勝戦は、フランスのエミリ・アンデオル選手が攻めて、キューバのイダリス・オルティーズ選手が凌ぐ展開となりました。

 ロンドン大会のチャンピオンであり、国際大会の実績十分なオルティーズ選手に対して、若手のアンデオル選手は果敢に攻め続けました。

 オルティーズ選手は、アンデオル選手の「疲れ」を待って、決め技を繰り出す作戦だったのでしょうが、アンデオル選手は疲れを見せませんでした。

 両者ポイント無く、試合は延長に入りました。
 そして、その延長も2分を過ぎて、さすがのアンデオル選手の表情にも疲労が見えてきましたが、それでも攻め続けます。
 オルティーズ選手には「予想外」のアンデオル選手のスタミナであったことでしょう。

 延長2分台も後半に入ったところで、オルティーズ選手が倒れ、アンデオル選手が寝技に入りました。横四方固め。
 既に6分以上を戦ってきたオルティーズ選手には、これを返す力は残っていませんでした。

 延長に入ってからの「必死の表情」が印象的だったアンデオル選手。

 その攻め続ける柔道が、金メダルに輝きました。
 8月12日に行われた、テニス男子シングルス準々決勝で、錦織圭選手はガエル・モンフィス選手(フランス)を7-6、4-6、7-6のセットカウント2-1で破り、ベスト4に進出しました。

 この試合2度目のタイブレークとなった第3セット、タイブレークはモンフィス選手が先攻しました。ミニブレイクを重ねて6-3とマッチポイント、それもトリプルマッチポイントを握ったのです。

 この試合のモンフィス選手は好調でした。持ち味の「変幻自在」のプレーが冴え、サービスエースも決まって、錦織選手を追い込んだのです。

 この状況での「トリプルマッチポイント」ですから、錦織選手は絶体絶命でした。
 モンフィス選手の表情には「余裕」さえ感じられたのです。

 しかし、ここからが「錦織圭の真骨頂」でした。

 2ポイントを連取して5-6と追い上げ、モンフィス選手のサービスです。
 この段階では、モンフィス選手の表情からは余裕が消えていました。

 ファーストサービスはフォルト、セカンドサービス。
 錦織選手は前に出ました。
 これを見たモンフィス選手は「勝負を賭け」ました。ファーストサービスを打ってきたのです。
 モンフィス選手としては、この日の好調なサービスに賭けたのでしょう。
 しかし再びフォルト、ダブルフォルトとなって、6-6の同点となりました。

 続くポイントで、錦織選手はストレートにパッシングショットを放ち7-6とリード。
 最後は、モンフィス選手のショットがアウトとなりました。

 追い込まれた局面から「5連続ポイント」。
 錦織圭選手の素晴らしい粘り腰でした。

 勝利が決まった瞬間、錦織選手はまだ試合が続いているかのような表情でしたが、その後喜びの表情に変わりました。泣いていたのではないでしょうか。
 3度目のオリンピックで、ついに「ベスト8の壁」を突破したのです。

 ベスト4の相手は、イギリスのアンディ・マレー選手です。
 相手に不足は有りません。もちろん強豪ですが、勝機も十分に有ると思います。

 頑張れ、錦織圭選手!
 8月11日に行われた、卓球男子シングルスの3位決定戦で、水谷隼選手がウラジミール・サムソノフ選手(ベラルーシ)を4-1で破り、銅メダルに輝きました。

 シングルス種目では、男女を通じて日本卓球史上初のメダルでした。

 この大会好調なプレーを続けていた水谷選手にとって、「ついに辿り着いた」結果であろうと思います。

 卓球競技がオリンピックに登場したのは、1988年のソウル大会からで、比較的新しいことですから、所謂「卓球日本」と呼ばれ、日本卓球が世界を席巻していた時代には、卓球競技とオリンピックは無縁のものだったのです。

 そうした中で、21世紀に入り、「卓球日本」の復活に向けて努力を続けてきた日本チームの実力伸長の「象徴」となる銅メダルなのでしょう。

 福原愛選手の女子シングルス・ベスト4進出と共に、「卓球日本」は新時代に入ったのであろうと感じます。

 それにしても、金メダルを獲得した馬龍選手(中国)と水谷選手の準決勝の試合は、凄まじいものでした。
 両選手とも、強烈なショットを繰り出し、卓球台から相当離れた所から、凄いスピンをかけて返し、世界最高水準のラリーを繰り広げました。超人的なプレーの連続!
 「これで決まったろう」と観えるショットが次々と返球されるのです。
 素人の私などの眼には「どうして、あんな素晴らしいプレーが出来るのだろう」と、感心また感心でした。

 「卓球競技の魅力」を、世界中に示してくれた、見事な試合でした。
 世界中の子供たちに強烈なインパクトを与えたことは間違いなく、この試合だけで、卓球人口が数十万・数百万人増えたのではないかとさえ思います。

 その試合の一翼を担ってくれた水谷隼選手は、「日本の誇り」でしょう。
プロフィール

カエサルjr

Author:カエサルjr
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我が家の月下美人も16年目。同時に30個の花が咲くこともあります。スポーツも花盛りですね。一緒に楽しみましょう。

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