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HOME   »  2016年08月01日
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 2016年のサッカー欧州選手権大会(ユーロ)はポルトガルの初優勝で幕を閉じました。

 ウェールズやアイスランドといった初出場チームの健闘、ハンガリーやポーランドといった古豪チームの復活、そして地元フランスチームの決勝進出と、見所の多かった大会でしたが、終わってみるとやや物足りない感じが漂います。

 面白くなかったとまでは言いませんが、「目の覚めるようなシーン」に乏しい大会であったと思います。
 欧州各国のナショナルチームの世代交代時期と重なったのでしょうか、「過渡期の大会」という印象です。

① 1980年大会に類似?

 過去のユーロにおいて「退屈な大会」と呼ばれているのが1980年大会(第6回大会)です。
 各チームが必死のプレーを展開している中で、「退屈」というのも酷い言い方ですが、イタリアを舞台にした1980年大会は、テレビの視聴率も低く、何より観客動員数も少なかったと言われていますから、本当に「退屈な大会」だったのかもしれません。

 やはり、1980年大会も「過渡期の大会」であったのでしょう。

 1970年代に、欧州サッカーはひとつの「黄金時代」を迎えました。

 本ブログでも度々登場する、1972年ユーロを制した西ドイツチームは「世界サッカー史上最強チーム」とも呼ばれていますが、ネッツァー選手やベッケンバウアー選手、ゲルト・ミュラー選手、ブライトナー選手、ヘーネス選手、ビマー選手らを擁した、本当に素晴らしいチームでした。
 
 そして、その西ドイツチームと1974年のワールドカップ決勝で戦ったオランダチームには、「空飛ぶオランダ人」と呼ばれたクライフ選手が居て、いわゆる「トータルフットボール」と呼ばれた現代サッカーの礎となる戦術を生み出し、展開してくれたのです。

 一方、ユーロ1984はプラティニ選手率いるフランスチームが優勝しました。1大会で9得点という、ユーロ最多得点記録をひとつの大会で樹立したプラティニ選手の活躍は、既に「伝説」となっていますし、アラン・ジレス選手やジャン・ティガナ選手を交えた華麗な攻撃陣は、サッカー史を飾るものでした。

 そしてユーロ1988は、あの「オランダトリオ」が活躍しました。フリット選手・ファンバステン選手・ライクハールト選手を擁したオランダはこの大会で優勝したのです。このチームのプレーの柔軟性と華麗さは、世界サッカー史上に輝く存在でしょう。

 1980年大会は、こうした素晴らしいチームが活躍した時期の「狭間の大会」であったのです。

 ユーロ2016は、テレビ視聴率や観客動員数では決してこれまでの大会に劣るものではありませんでした(各種メディアの充実という要因はあると思います)が、下記のような理由から「過渡期の大会」であったと感じます。

 加えて、1980年大会が「4チームから8チームへ」、2016年大会が「16チームから24チームへ」、参加チーム数の増加を行った大会であったことも共通しています。
 チーム数の増加により全体のレベルが下がったという意見も有るのです。

② スーパープレー、「伝説となる」プレーの不足

 「目の覚めるようなプレー」がとても少なかった。

 例えばユーロ2012で観れば、あのノイアー選手(ドイツのゴールキーパーGK、世界最高のGKの名を欲しい儘にしています)が一歩も動けなかった、イタリアのバロテッリ選手のシュートや、イブラヒモビッチ選手(スウェーデン)のシュートなど、これまで観たことも無いようなプレー、世界最高レベルと呼ぶにふさわしいプレーが随所に観られました。

 一方で2016年大会では、シュート・ゴールシーンにおいてさえ、「目の覚めるような」ものは殆どなかったように感じます。
 
 また、前述のユーロ1988におけるファンバステン選手(オランダ)のゴール向かって右サイド・角度の無いところからのゴールやフリット選手のリベロの位置から相手ゴール前まで進出するプレー、ユーロ1972におけるネッツァー選手の華麗で正確なパスプレーなど、「伝説」となっているプレーが多数存在していますが、ユーロ2016大会では皆無でしょう。
 物足りないと感じる要因のひとつだと思います。

③ 新しい戦術も観られず。

 ユーロ2008・2012を連覇したスペインチームは、「ポゼッションサッカー」と呼ばれる戦術を展開しました。従来のパスサッカーとは異なる、一次元上のプレーを魅せてくれたのです。

 このスペインチームのサッカーは、クラブチームであるFCバルセロナのサッカーと共に、世界のサッカーに大きな影響を与え、一時期は「このサッカーこそ最先端」との評価を得て、世界中のチームが取り入れようとしたのです。

 もちろん、このスペインチームのサッカーは、シャビ選手やイニエスタ選手、セスク選手、ブスケツ選手、ビリャ選手、フェルナンド・トーレス選手、ダビト・シルバ選手らの素晴らしいプレーヤー達によって創り出されていたものであり、真似をするのはとても難しい戦術・プレーでした。

 この時代、スペインやFCバルセロナのサッカーに似たプレーをするチームは沢山生まれましたが、そのレベルに達したチームは、当然ながらひとつも有りませんでした。
 余談になりますが、プレーヤーのレベルに合わせたチーム創り、戦術の選択がやはり大事なことなのでしょう。

 さて、ユーロ2016においては、世界のサッカーに大きな影響を与えるような新しい戦術は見られませんでした。プレーや作戦の「細部」には存在したのかもしれませんが、潮流を変えるようなものでなかったことは明らかでしょう。

 例えば、ユーロ2016のスペインチームも良いプレーを展開していましたが、2008年や2012年のチームとは「似て非なるもの」でした。
 パスを受けた選手が、次にパスを出すところを探しているのですから、全く違うプレーといっても良いかもしれません。
 シャビ選手の居たチームにおいては、10m内外のダイレクトパスが次々と繋がり、走り込むプレーヤーの前方へのパスも多用されていました。2016年のチームは「足許へのパスばかり」でしたから、相手チームには十分に対応する時間の余裕が生まれ、結果として「守備力の飛躍的向上に結び付くポゼッションサッカー」は展開できませんでした。

 やはり、シャビ選手が居たスペインチームのサッカーは、シャビ選手の代表引退と共に消滅したのでしょう。

④ ゲームメーカーの不在

 これまでのユーロには、世界サッカー史を彩るゲームメーカーが次々と登場しました。

 1972年大会のネッツァー選手・ベッケンバウアー選手、1984年大会のプラティニ選手、1988年大会のフリット選手、1992年大会のライクハールト選手、1996年大会のマティアス・ザマー選手、2000年大会のジダン選手、2008年大会のシャビ選手、2012年大会のシャビ選手・ピルロ選手、思い付いたプレーヤーを並べましたが、よく調べれば他にも多くの素晴らしいゲームメーカーが存在したことでしょう。

 ネッツァー選手やフリット選手、ジダン選手のプレーなどは、今思い出しても「まさにファンタスティック」なプレーの連続でした。

 ユーロ2016には、こうしたゲームメーカーに匹敵するプレーヤーは居なかったと思います。
 結果として、プレー全体が「やや単調」になり、印象に残るプレーが減ったのでしょう。

 以上、ユーロ2016に「物足りなさ」を感じた要因を考えてみました。

 もちろん、「物足りなかった」からといって、ユーロ2016が詰まらないものであったとは思いません。
 何時の時代にも「過渡期」というのは存在するのでしょうし、2020年以降の大会には、また目を見張るような戦術が披露され、素晴らしいゲームメーカーが出現し、驚異的なシュートが生れ、「伝説となるシーン」が続出することでしょう。

 2016年大会は、その発射台となった大会なのであろうと感じます。
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