HOME   »  2017年04月12日
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 4月10日、浅田真央選手の引退が報じられました。

 この記事において、競技名を記する必要が無いという点で観ても、「浅田真央」選手は、我が国における全てのスポーツ競技・種目を通じても、とても「メジャーな存在」であったことが分かります。

 女子フィギュアスケートの枠を遥かに超える存在なのです。

 14歳のころでしょうか、フィギュアスケート界に彗星のように現れ、10年を優に超える期間にわたって、「日本のフィギュアスケートの顔」でした。
 その点だけを取っても、その「偉大さ」が分かります。

 その「演技の華やかさ」は比類なきものであり、浅田選手がリンクに立つと、周囲の空気が変わりました。
 何とも言えない「柔らかさ」を内包した、スケールの大きな滑りは、「浅田ワールド」そのものだったのです。

 バンクーバー・オリンピックの女子シングル、キム・ヨナ選手との熾烈な金メダル争い、たまたま家電量販店の近くを通りかかった時、多くの人々がテレビの前に群がっていました。
 声ひとつ無い様子で画面に見入っています。

 昭和20年代、30年代初頭の「テレビがまだ珍しかった時代」の様な光景が、そこにはありました。

 そして、浅田選手がジャンプでミスをした瞬間、「あーっ」と残念そうな声が上がりました。大きな声ではなく、絞り出すような声であり、群がっていた人々全員が小さく叫んだのです。
 私も唸りました。

 みんな、大好きな「真央ちゃんの笑顔」、金メダルをかけた真央ちゃんの笑顔が見たかったのでしょう。

 これほど、多くの日本人に応援されたフィギュアスケーターは、居なかったかもしれません。フィギュアスケートのファンはもちろんとして、普段はフィギュアスケートを見ない人達の多くが注目したのでしょう。日本中の人達が、その演技の成功を心から祈っていたと言っても良いのかもしれません。

 「国民的プレーヤー」であった浅田真央選手も、2005年のグランプリファイナル優勝に始まった、世界一を競う舞台での戦いも13年に渡り、26歳となった2017年、とうとう現役を引退することとなったのです。

 オリンピックの金メダルこそ取れませんでしたけれども、世界選手権優勝3回を始めとして、我が国を代表するフィギュアスケーターとしての活躍は、枚挙にいとまがありません。

 何より「ひとつの時代を創ったスケーター」でした。
 
 同じ時代を生きた私達の「時間」大袈裟に言えば「人生」に、大きな潤いと喜びを与えていただいた浅田真央選手に、心からお礼を申し上げます。
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