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 FIFAワールドカップ優勝4回を誇るサッカー大国ドイツですが、初優勝は1954年のスイス大会でした。
 この頃のドイツは第二次世界大戦敗戦の痛手も大きいうえに、サッカー新興国とも呼ばれていたと伝えられています。ヨーロッパサッカーといえばイタリアと、ワールドカップには出場していないもののサッカー発祥国としてのイングランドが中心の時代だったのです。

 まだまだワールドカップを制するのは難しいと言われていたドイツに、「優勝」を呼び込んだプレーヤーが、マックス・モーロック選手でした。

 1925年5月にニュルンベルクに生を受けたモーロック選手は、1940年に1FCニュルンベルクに入団しプロプレーヤーとしてのキャリアをスタートしました。(弱冠15歳)

 ブンデスリーガ(1963年開始)発足以前のドイツサッカー界において、モーロック選手は約900試合に出場し、約700点を挙げたと伝えられています。ドイツサッカーが地域リーグの集合体であった頃のことですから、正確な記録が無いのでしょうが、それにしても「生涯700ゴール」というのは凄い数字です。

 1FCニュルンベルクは、1948年と1961年にドイツ選手権(各地域リーグの優勝チームによるトーナメント戦。ドイツNO.1チームを決める大会)に優勝していますが、マックス・モーロック選手はこの優勝に大きく貢献したのです。

 そして何より、ドイツ代表チームにおける活躍は特筆に値します。

 1950年に代表デビューを果たし、1954年のワールドカップ・スイス大会にも代表メンバーとして出場しました。

 この大会は、第二次世界大戦で敗戦国となったドイツが、戦後初めて西ドイツとして復帰した大会でもありました。(日本もこの大会からワールドカップに復帰し、予選を戦っています。西ドイツチームは見事に予選を勝ち抜いて本戦に駒を進めたのです)

 グループリーグGLの2組でドイツチームはハンガリーチームに次いで2位となって、決勝トーナメント(8チームによる)進出しました。
 決勝トーナメントの緒戦でユーゴスラビアチームを2-0で破ったドイツチームは、ベスト4・準決勝に進出、オーストリアチームを6-1で撃破して決勝に進出、決勝はハンガリーチームとの対戦となりました。

 この頃のハンガリーチームはハンガリー史上最強の、そして当時世界最強と呼ばれ、「マジックマジャール」と称されたチームでした。(GL2組でハンガリーが1位、ドイツが2位でも何の不思議もないというか、当然だと見られていました)

 ハンガリーチームは、この大会でも優勝候補の筆頭でしたし、「ワールドカップ無敗」を誇っていたウルグアイチーム(第1回大会と第4回大会の優勝チームであり、第2回と第3回は本戦に出場していなかった)との準決勝は事実上の決勝ともいわれました。

 両強豪チームによる準決勝は、延長の末4-2でハンガリーが勝ちました。プスカシュ選手やコチシュ選手を擁するハンガリーチームは、優勝候補として決勝に進出してきたのです。

 このハンガリーチームを、ドイツチームは3-2で下しました。
 前半、ハンガリーに2-0とリードを許した直後の10分、モーロック選手がゴールを挙げて1点差とした西ドイツは、その後ラーン選手の2得点で逆転したのです。

 マックス・モーロック選手はGLや準決勝でも得点しています。
 エースとしての存在感を示したのです。

 マックス・モーロック選手は、戦後のドイツサッカー復活の象徴的存在なのです。
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 開催国イギリスチームの健闘が目立った大会でした。

 特にリレー種目では、素晴らしい強さを示しました。

・男子4×100mリレー 1位 37秒47
・女子4×100mリレー 2位 42秒12
・男子4×400mリレー 3位 2分59秒00
・女子4×400mリレー 2位 3分25秒00

 リレー4種目で、金1・銀2・銅1の計4個のメダル獲得というのですから、見事な戦い振りです。

① レースを走り切る力

 リレーは4人で走り、バトンパスがあり、マイルリレーならランナー同士の接触もありますから、無事にゴールインすることも、それほど容易なことではありません。

 今大会でも、ジャマイカチームはランナーの故障発症によりゴールインできないレースが、複数ありましたし、バトンを落としてしまうチームも複数出ました。

 イギリスチームは、4種目すべてにおいて「無事にゴールイン」したのです。
 「安定感十分」なレースマネジメントでした。種々のリスクを勘案すれば、相当ハイレベルな運営でしょう。

② バトンパスの巧みさ

 これはもう、間違いなく今大会NO.1です。

 男女の4×100mリレー決勝のバトンパスは、「芸術的」ですらありました。

 走ってきたランナーのスピードを落とすことなく、これから走るランナーがトップスピードになったところでバトンを受け渡すのが理想的なバトンパスですが、イギリスチームはこれに加えて、「各ランナーの走りのバランスを崩さない」パスが出来ていました。

 ひとりひとりのランナーのランニングフォームや、体格差、加速の形等々の要素を考慮した上で、それぞれのゾーンにおけるバトンパスが研究され、実行に移されていたのではないでしょうか。
 もちろん、各ランナーの走りやすいコース取りと、チームとして最短距離、最短の400mを走り切るための位置取りも、考慮され実行されていたのでしょう。

 そうでなければ、男女を通じて、個人種目の100m競走の決勝に残ったのは、ブリスコット選手唯ひとり(男子100m決勝で7位)というイギリスチームが、金メダルと銀メダルを獲得することは出来ないと思います。

 当然ながら、4×400mリレーにおけるバトンパスも秀逸でした。
 疲労困憊の状態でバトンゾーンに入ってくるランナーから、なるべく早く、なるべく自身は加速して、バトンを受け取るのが、マイルリレーのバトンパスですが、イギリスチームのバトンパスは、「優しく正確に」が堅持されていました。
 加えて、他チームとの接触に対しても、十分に配慮されていたと感じます。

 4Kと同様にイチロクにおいても、バトンパス時のランニングバランスが綺麗に維持されていました。
 イチロクのバトンパスにおいても、細部に渡って高いノウハウが構築され、実行されていたのではないでしょうか。

③ 走力の向上

 前述のように「世界一のバトンパス」を具備していたとしても、相応の走力無しには、全種目でのメダル獲得はおぼつきません。

 各ランナーの走力強化も、着実に実行されていたのです。

 例えば、男子短距離陣について見れば、100m競走の準決勝に3名のランナーが進出しています。(決勝に進出したのは、前述のように1名です)
 200mの準決勝にも3名のランナーが進出しました。(決勝にはミッチェルブレイク選手1名が進出しています)
 4×100mリレーメンバーの検討には、十分なランナーが揃っていたのです。

 同様に、女子短距離陣も、100mの準決勝に3名が進出し、200m準決勝に2名が進出しています。
 こちらもリレーを組むのに、十分な陣容です。

 男子400mの準決勝に2名が進出し、同400mハードルの準決勝にも1名が進出しています。
 女子400mの準決勝にも1名が、同400mハードルの準決勝にも2名が進出していたのです。
 4×400mリレーのメンバーを構成することも、十分にできる陣容です。

 今大会のリレー種目におけるイギリスチームの強さの源は、「短距離種目における走力の底上げ」であったことは、間違いありません。

 今大会は、「個人短距離種目の準決勝に進出できる走力を保持するランナーを4名揃え」、「バトンパス技術を磨けば」、世界選手権大会のリレー種目の優勝が狙えることを、イギリスチームが証明して魅せた大会だったのです。
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