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HOME   »  2017年10月03日
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 1930年代前半、欧州最強のナショナルチームと呼ばれたのがオーストリア代表でした。
 「ヴンダーチーム」(ドイツ語で「奇跡のチーム」という意味)という異名でも呼ばれるほどのチームでした。

 そのヴンダーチームの中心選手が、マティアス・シンデラー選手でした。
 シンデラー選手は、身長179cm・体重63㎏というスリムな体型を活かして、相手ディフェンダーの間を「すり抜けて」ゴールを決めるというプレースタイルから、「紙の男」と呼ばれました。

 「紙の男」という言葉からは、あまり尊敬の念は感じられませんが、驚きの念は強く感じます。当時の関係者の皆さんが、マティアス・シンデラー選手のプレーに対して「信じられない」という印象を強く抱かれたのでしょう。

 1903年生まれのシンデラー選手は、1926年に代表チーム入りして、1931年から34年までの最強のオーストリアチーム=ヴンダーチームのエースとして活躍しました。
 1934年のFIFAワールドカップ・イタリア大会でも優勝候補として準決勝に進出し、地元イタリアとのゲームに臨みました。地元絶対有利の時代でしたから、オーストリアチームは0-1で敗れました。シンデラー選手も危険なタックルに遇って怪我をしたのです。

 シンデラー選手らが出場できなかった3位決定戦でドイツに2-3で敗れてしまいましたが、おそらくはこのチームが、オーストリアサッカー史上最強であったのでしょう。

 オーストリア代表チームは、1938年のワールドカップ・フランス大会も予選を突破し本戦出場を決めていましたが、世界情勢が風雲を告げる中で、オーストリア国自体がナチスドイツに併合されてしまい、国家として消滅してしまいましたから、代表チームも出場できませんでした。(というか、チームも消滅してしまったというのが正しいのかもしれません)

 1939年1月、マティアス・シンデラー選手は自室で死亡しているところを発見されました。
 自殺説、謀略説などが言われてきましたが、いまだに真相は不明です。

 第二次世界大戦直前のヨーロッパにおける最高のサッカープレーヤー・「紙の男」は、35歳で他界したのです。
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