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HOME   »  2018年10月03日
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 1986年の3歳世代牝馬といえば、「牝馬三冠」メジロラモーヌがまず思い出されますが、同期にダイナアクトレスという女傑が居たことを忘れることが出来ません。
 同世代に、とても強いサラブレッドが複数登場するというのは、我が国の競馬のみならず世界中で眼にする「不思議な現象」ですが、ここにも起こっていたのです。

 父がノーザンテースト、母がモデルスポート(1978年の最優秀3歳牝馬賞受賞)という良血のダイナアクトレスは、2歳時からその競走馬としての高い能力が注目されていました。
 2歳時に函館3歳ステークスG3を圧勝した時には、陣営は皐月賞・日本ダービーへの出走も検討したと伝えられました。

 3歳時はしかし、メジロラモーヌには勝つことが出来ず、迎えた4歳・1987年になって本格化したのです。
 毎日王冠G2と京王杯オータムハンデG3に快勝し、ジャパンカップではルグロリューの3着と健闘しました。日本馬最先着でした。

 そして、この年の最優秀5歳以上牝馬(現在なら4歳以上)を受賞しました。

 1988年になっても、強豪牡馬を相手にしてのダイナアクトレスの活躍が続き、スプリンターズステークス(当時はG2)、京王杯スプリングカップG2に優勝し、安田記念G1で2着、天皇賞(秋)4着と気を吐いたのです。

 そして、この年も最優秀5歳以上牝馬を受賞しました。
 1987年・88年と、2年連続の最優秀5歳以上牝馬賞でした。

 そのダイナアクトレスの代表的なレースが、1987年の毎日王冠であったと思います。

 1987年10月11日に行われたレースです。
 ダイナアクトレスは、4歳牡馬ウインドストースとの叩き合いを制して、アタマ差で優勝しましたが、この時のメンバーが凄いのです。
 3着が「中距離の鬼」ニッポーテイオー(マイルチャンピオンシップ、安田記念の優勝馬)、さらに1985年の日本ダービー馬シリウスシンボリ、1986年の日本ダービー馬ダイナガリバーをも引き連れての優勝でした。

 特にニッポーテイオーとは「勝ったり負けたり」を繰り広げました。
 時代最強の中距離馬を相手に、中距離のレースで先着したダイナアクトレスは、まさに「女傑」であったと思います。

 ダイナアクトレス号、父ノーザンテースト、母モデルスポート、母の父モデルフール。通算成績19戦7勝。主な勝ち鞍、毎日王冠、スプリンターズS、京王杯スプリングカップ、京王杯オータムハンデ、函館3歳ステークス。

 繁殖に入ってからも、ダイナアクトレスは活躍を続け、初仔のステージジャンプと第2仔のプライムステージが共に重賞2勝、第3仔のランニングヒロインはスクリーンヒーロー(ジャパンカップ2008優勝馬)の母です。

12頭の仔を成したダイナアクトレスは、繁殖場としても「名牝」でした。

 2012年、ダイナアクトレスは29歳で息を引き取りました。長寿を全うしたのです。

 まさに「無事これ名馬」でしょう。

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