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HOME   »  2019年06月06日
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 残り400mからの、ロジャーバローズとダノンキングリーの競り合いは、迫力満点でした。

 ダノンキングリーが懸命に追いかけるのですけれども、ロジャーバローズは一歩も引かず、残り100mからは少し引き離したようにさえ観えました。

 令和最初の日本ダービーは、リオンリオンの強烈な逃げで幕を開けました。
 「伝説のカブラヤオーの逃げ」を髣髴とさせる一気の逃げ、素晴らしいスピードでした。

 スタート後200~400mの1ハロンが10秒7・・・。逃げを狙っていたであろうロジャーバローズが2番手に控えざるを得ないスピードでした。
 前半1,000mを57秒8でクリアして魅せたのです。
 馬場の様相こそ全く違いますが、1975年のカブラヤオーと殆ど同じタイムでした。

 リオンリオンは、その後もスピードを緩めることなく4角まで走り切りました。
 ゴールでも15着に粘りました。
 「無謀な逃げ」の結末が大差の最下位というのは時々眼にしますから、リオンリオンの逃走は「無謀」なものでは無かったということでしょう。凄い逃げ馬なのです。

 さて、2番手の位置でリオンリオンの逃げを観ながら、自身も「離れた2番手」として、逃げているのと同じような気分で走れたであろうロジャーバローズは、4角を回ってリオンリオンを捉え先頭に立ちました。
 当然ながら、後続の馬達も一気に迫ってきます。

 前半のペースがとても速かっただけに、こちらの「一気」は、後続の馬達の脚・リソースを相当に消費したものと思われます。
 
 残り150mで3番手まで上げてきたサートゥルナーリアが一杯になりました。
 そしてヴェロックスに追い抜かれたのです。

 「3強」の一角・ダノンキングリーは、とても長くて良い脚を使いました。
 直線入り口からゴールまで「追い詰」でした。

 しかし、ダノンキングリーと同じくらい長くて良い脚を使ったのがロジャーバローズだったのです。
 この脚は、一世一代のものに観えました。
 その脚が、日本ダービーの大舞台で使えたことが、何よりも素晴らしいことなのでしょう。

 二桁人気の馬が勝ったのは、1966年のテイトオー以来53年振りとのこと。
 テイトオーも12番人気だったそうですが、あのころは確か「フルゲートが32頭」の時代ですから、テイトオーは出走馬中、真ん中より上位の人気だったと思います。
 ロジャーバローズは「フルゲートが18頭」の時代ですから、考え方によっては、テイトオーより穴要素が強かった勝利とも言えそうです。

 「平成時代には現出しなかった二桁人気馬の日本ダービー制覇」を、令和の競馬はいきなり魅せてくれました。
 
 予想にも情報が溢れている21世紀なのですが・・・。

 おそるべし、「令和の日本ダービー」。
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