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HOME   »  2019年10月09日
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 国鉄スワローズと読売ジャイアンツで活躍した投手、金田正一氏が逝去したと、10月6日報じられました。86歳でした。

 「巨星墜つ」という感じがします。

 金田正一投手は、日本プロ野球史を代表する投手のひとりであり、史上最高の投手のひとりでした。
 通算400勝など、その大記録の数々は枚挙に暇が有りません。

① シーズン最多勝3度、最多敗3度

 1950年から1969年まで、国鉄で15シーズン、巨人で5シーズンの計20シーズンを戦った金田投手ですが、その間、最多勝タイトルは1957年の28勝、1958年の31勝、1963年の30勝の3度あります。
 さすがに400勝投手なのですが、そのタイトル回数としては、やや少ないというイメージです。

 一方で、最多敗は1951年の21敗、1954年の23敗、1960年の22敗の3度あります。

 国鉄スワローズの大エースとして、登板回数が多く、決して強力とは言えなかったスワローズ打線の援護も小さかったであろう状況下、「負け数も多かった」のが、こうした記録に結びついているのでしょう。

 これが「400勝298敗」、概ね「4勝3敗」という通算記録に結びついているのです。

 もちろん、大エースの証です。

② 最多奪三振タイトル10度、通算4,490奪三振

 金田投手の偉大さを語る時、決して忘れてはならないのは、「奪三振数」です。
 本当にキレの良いストレートとカーブの威力は、NPB史上屈指のものです。

 とても自然な力みの無いフォーム(NPB史上最も美しい左投手投球フォームではないかと感じています)から、もの凄いスピードの速球が投じられると思えば、ほぼ同じ球道から鋭いカーブが投じられるのですから、打者にとって、特に一流打者にとっては、とても打ち難い投手でした。

 通算4,490奪三振は、現在でもNPB最高記録ですし、当時はMLBとNPBを通じても最多記録(=世界最高記録)でした。
 MLBでは、その後、ノーラン・ライアン投手、ランディー・ジョンソン投手、ロジャー・クレメンス投手が、この記録を抜いています。
 「それぐらい高度な記録」なのです。

 1955年(昭和30年)の日米野球で、来日したニューヨーク・ヤンキースの主砲ミッキー・マントル選手を3打席3三振に切って取ったことは、有名な話です。
 打撃の神様・川上哲治選手とは、234打席で被本塁打0、奪三振41という記録が残っています。
 「一流打者が打てない投手」の面目躍如でしょう。

 NPB最高の「ドクターK」であることは、言うまでもありません。

③ 通算38本塁打

 金田投手は、「打撃の良さ」でも知られています。
 元祖「二刀流」と呼んでも良いレベルでしょう。

 投手として登板した試合での本塁打は36本(NPB史上1位)、代打として2本塁打を加えて、通算38本塁打なのです。
 通算8度敬遠されていて、1962年シーズンには4度も敬遠されています。
 打者としても、相手チームに恐れられる存在だったのです。

 現役を引退後、金田投手はロッテオリオンズの監督に就任し、8シーズン監督を務め、1974年にはリーグ優勝、日本シリーズ優勝も達成しています。
 こちらの活躍も素晴らしいものなのですが、やはり「プレーヤーとしての記録・存在感が大きすぎる」ために、やはり「金田と言えば大投手」なのだと思います。

 1960年(昭和35年)前後、その頃普及し始めたテレビジョンの画面を、日本プロ野球が最も飾った時代、プロ野球放送がテレビ番組の主役であった時代、プロ野球が「お茶の間の王様」であった時代に、そのプロ野球界を代表するプレーヤーであったのは、長嶋茂雄選手、王貞治選手、金田正一投手であったと、私は思います。
 この3選手の美しくも素晴らしく力強いプレーから、私達はどれほどの喜び・希望・勇気をいただいたことでしょう。

 その3巨星のひとつが堕ちたのです。

 ご冥福をお祈り申し上げます。

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 JRA唯一人の女性ジョッキー・藤田菜七子騎手が、10月2日、大井競馬場で行われた第53回東京盃(JPNⅡ、ダート1,200m)においてコパノキッキングに騎乗し、見事な勝利を飾りました。

 2016年にデビューし、今年で4年目・22歳になる藤田騎手にとって初めての重賞制覇であり、同時にJRA女性騎手による初めての重賞制覇という偉業でもありました。

 レースはコパノキッキングの逃げ切り勝ちでしたが、スタートからグイグイ行ったのではなく、スタート直後は外枠の馬が前に居たものを、少しずつ差を詰めて自然な形で先頭に立ち、一気に差を広げるのではなく、「だましだまし」という感じで4角を回って、直線では差を広げる一方というレース内容でした。
 「秀逸な騎乗」と言って良いと思います。
 藤田騎手の騎乗技術は、騎乗を重ねる度に向上しているのでしょう。

 通算勝利数77(2019年9月29日時点)を始めとして、藤田騎手はJRAにおけるあらゆる女性騎士の記録を塗り替え続けています。
 そして、重賞制覇も成し遂げました。

 11月4日に開催されるJBCスプリント(G1、1,400m)に、コパノキッキングとのコンビで挑戦するという話も出ているとのこと。

 次に目指すは「G1制覇」ということなのでしょう。

 藤田菜七子選手の活躍から眼が離せません。

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我が家の月下美人も16年目。同時に30個の花が咲くこともあります。スポーツも花盛りですね。一緒に楽しみましょう。

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