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HOME   »  2020年02月04日
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 1月24日、サクラローレルの死亡が報じられました。

 死因は「老衰」、29歳でした。

 何と堂々たる死であろうと感じました。

 1994年1月、3歳(新馬齢表記とします)で遅いデビューを果たしたサクラローレルは、3戦目で未勝利を勝ち、6戦目で500万下を勝ちましたが、同期の中で目立つ存在では無く、秋のセントライト記念こそ8着に入りましたが、3歳クラシックレースとは無縁でした。

 1995年1月、中山金杯G3で重賞初制覇を遂げましたが、春の天皇賞を目指しての調教中に「両前脚深管骨折」という大怪我をしてしまい、長期の休養に入ったのです。

 そして1996年、5歳となったサクラローレルは復帰し、ついに「本格化」したのです。
 3月の中山記念G2で皐月賞馬ジェニュインを破って優勝し、4月の天皇賞(春)では三冠馬ナリタブライアンを破って1着、10月の天皇賞(秋)ではバブルガムフェロー、マヤノトップガンに先着を許し3着でしたが、続く12月の有馬記念はマーベラスサンデー以下を退け優勝したのです。
 1996年の年度代表馬ともなりました。

 この1996年有馬記念レースの馬券売上金額875億円が、競馬における1レースの売上額世界最高記録であることは、本ブログ2012年12月19日付の記事「[競馬コラム29] 875億円の第41回有馬記念とサクラローレル」をご覧ください。
 
 日本競馬の全盛期を象徴するレース「有馬記念1996」を制したのがサクラローレルであったことは、もちろん偶然なのでしょうが、堂々たる馬体と堂々たるレース内容を誇るサクラローレルこそが「このレースの優勝馬に相応しい」とも感じます。

 栃栗毛・500kgの雄大で明るい馬体、本当に力強く悠然とした最後の直線の走り、は比類なきものでしょう。
 敗れた天皇賞(秋)でも、バブルガムフェローとマヤノトップガンに1/2馬身ほど届きませんでしたけれども、慌てる様子など微塵も無く、「ドドド」と追い込んできたレース振りは、このレースの主役が誰であるのかを、明示していたように感じられました。

 太平洋戦争後の日本競馬の「ひとつのピーク」を体現したサクラローレル号。

 ゆっくりとお休みください。
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 1月場所では、照ノ富士が十両優勝(13勝2敗)、宇良が序二段優勝(7勝0敗)を果たしました。

 共に幕ノ内の土俵を沸かせた人気力士ですが、共に膝他の故障により、番付を大きく下げていました。
 そして、共に「怪我・故障が次第に良くなり」本来の力を発揮し始めたのです。

 もともと地力が有ることは、誰もが認めるところですから、患部が直ってくれば、現在の番付ならば白星を重ねることに不思議はありません。

 照ノ富士が13連勝した時には、「全勝」も有り得ると言われましたし、その圧倒的な強さは全勝優勝を予感させるに十分でした。
 しかし14日目、錦木との相撲は長い相撲となり、最後は敗れてしまいました。
 久しぶりに15日間取って、少し「疲れが出た」と考えたいと思います。
 故障個所を再び痛めたものでないことを祈るばかりです。

 宇良は、優勝決定戦に登場しました。
 そして見事に勝利しました。
 膝の、特に右膝の大きなサポーターは、痛々しい様子でしたが、相撲内容は元気一杯でした。
 これからも、十分に注意して、持ち味の相撲を魅せていただきたいものです。

 照ノ富士は29歳、宇良は27歳。
 月日ばかりは着実に過ぎて行きます。
 
 急ぎたいが無理は出来ない、歯がゆい思いがあるとは思いますが、おふたりにはお二人にしか取れない相撲が有り、その相撲は「大相撲にとっての財産」なのでしょう。

 幕ノ内での、照ノ富士、宇良の相撲が本当に楽しみです。

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