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HOME   »  2020年02月13日
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 2月11日、野村克也氏の逝去が報じられました。84歳でした。

 野村氏といえば、プロ野球選手(打者、捕手)として、複数球団の監督として、野球解説者として、タレントとして、その生涯にとても多くの実績を残された、「偉大な」人物でした。

 近時ならば、監督としての功績が採り上げられることが多いのでしょうけれども、ここでは「打者・野村克也選手」について書いていこうと思います。

① 657本塁打、2,901安打

 日本プロ野球における最多本塁打記録は、王貞治選手の868本であり、最多安打記録は、張本勲選手の3,085本ですが、野村選手の本塁打記録と安打記録は、いずれも「2位」となっています。
 凄いことです。

 打球を遠くへ飛ばすというスキルと、沢山の安打を放つというスキルの、両方をとても高いレベルで具備していました。
 戦後初の三冠王(1965年)にも輝く、オールマイティなプレーヤーだったのです。

 また、王選手、張本選手は共に左打者です。
 従って、野村克也選手は「日本プロ野球史上最強の右打者」であったと評価するのが、妥当でしょう。

 NPBにおいて「右の大砲」といえば、田淵幸一選手を思い浮かべますが、この田淵選手にしても474本塁打ですし、二度の三冠王を誇る落合博光選手でも、510本塁打・2,371安打です。(いずれも、素晴らしい記録です)

② 3,017試合出場、11,970打席、10,472打数

 1954年に南海ホークスでデビューし、1980年に西武ライオンズで引退(45歳)するまで、野村選手は「26年間のキャリア」を重ねました。

 そして、11,970打席と10,472打数という、日本プロ野球最高記録を残したのです。
 「空前・絶後」の記録でしょう。

 とても丈夫な体を持って生まれてきたことはもちろんとして、野球選手となってからの「的確にして十分なトレーニング」を加えて、これだけ長い現役生活を全うしたのです。
 
 野村克也選手の記録を挙げて行くとキリがありませんが、この打席・打数記録が、最も素晴らしいと感じます。

 練習を積めば必ず上手くなる、強くなるなどということが有り得ないこと、プロ野球がそんなに簡単なものではないことは、皆さんご周知のことですから、野村選手のトレーニング、時代と年齢に合わせた、極めて合理的・的確・適切なトレーニングが、そこに存在したことは間違いないのでしょう。
 「よく考えて」練習し、試合に臨んだことも、間違いないと思います。

 丈夫な体、抜群の運動神経、といった天性のタレントに、的確なトレーニングが加わって、プロ野球史上に燦然と輝く「最強の右打者」が生まれたのです。

 この「よく考える」ことの反復から生まれた、大量の最高レベルのノウハウが、監督時代になって、大いに役に立ち、多くのプレーヤーの肥やしになり、多くのプレーヤーを支えて行ったことは、歴史が証明しています。

 2019年7月、ヤクルト・スワローズのイベントに登場した野村克也氏が、ヤクルトのユニフォーム姿でインタビューに臨みました。
 「これだけ多くのファンが観に来てくれているのだから、選手は頑張らなくてはならない。最下位なんて、けしからん。」とコメントして、にやりと笑いました。

 1960年代・70年代のパシフィック・リーグの球場は、ビッグゲームでもない限り、とても空いていました。
 外野席などは、ほとんど観客が居ない状態でした。(私も、何回か球場に行きましたが、それは本当にガラガラでした)

 そうした、お客様が少ない球場で、野村克也選手はホームランを打ち、ヒットを放ち、抜群のリードをして、盗塁も刺していたのです。
 NPB史(あるいは世界のベースボールの歴史)に刻まれる素晴らしいプレー・記録は、沢山のファンにライブで観てもらうことが出来ませんでした。
 そのことを思う時、2019年7月の神宮球場の大入り満員の大観衆を観た野村氏から、自然に発せられたコメントなのでしょう。
 現役のプレーヤーやスタッフに対して、「お前たちは恵まれているんだから、恥ずかしいプレーはできない」と言っていたのでしょう。「ボヤキ」ではない、心からの叫びであったと感じます。

 私は、会社の講演会に、野村克也氏に来ていただいたことが有ります。
 ヤクルトの監督時代、1990年代の前半でした。

 会場に到着した野村監督は、素早く歩きながら、こちらに来られました。
 オーラ十分の登場。

 講演会前の別室での顔合わせ・打合せの際に、野村監督はとても丁寧で謙虚な発言をされ、とても恐縮したことをよく憶えています。

 また、その時の体躯、もの凄く大きいというわけではないが、必要な筋骨以外は付いていないというか、「かっちりとした体躯」がとても印象的でした。

 講演が始まると、これが本当に面白い。
 南海ホークスにおけるプレイング・マネージャー時代の「死んだふり」をしたシーズンの秘話などは、秀逸でした。
 300名ほどの聴衆は、聞き入り、笑い、野村監督のトークを存分に楽しみました。
 「お客様を喜ばせる」「お客様に満足していただく」ことについて、天才的な方だったと思います。

 1時間30分の講演でしたが、あっという間でした。

 講演後、野村克也監督は丁寧に挨拶をされて、会場を後にされました。

 私達は、いつまでもお見送りしていました。
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