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 東京マラソン2020男子は、エチオピアのビルハヌ・レゲセ選手の優勝、大迫傑選手の日本最高記録更新で幕を閉じましたが、一方で、多数の日本選手の高記録樹立が目立ちました。

 2時間6分台が2人、2時間7分台が7人という「記録ラッシュ」に沸いたのです。

[東京マラソン2020男子における2時間6分台・7分台の日本選手]
8位 高久龍選手 2時間6分45秒
9位 上門大祐選手 2時間6分54秒

10位 定方俊樹選手 2時間7分05秒
11位 木村慎選手 2時間7分20秒
12位 小椋裕介選手 2時間7分23秒
13位 下田裕太選手 2時間7分27秒
14位 菊池賢人選手 2時間7分31秒
15位 一色恭志選手 2時間7分39秒
16位 設楽悠太選手 2時間7分45秒

 この他にも、2時間8分台のランナーが5名です。
 
 「2時間9分を切った日本選手が15名居たレース」というのは、私の記憶にはありません。

 これほどまでに「好記録が続出」した理由は、何なのでしょうか?

 もちろん、日本陸上競技連盟を始めとする日本の陸上界による「強化」の取組が成果を挙げていることは間違いないのでしょうが、それにしても、あまりにも急激な記録向上でしょう。

① 厚底シューズの効果

 正月の箱根駅伝や都道府県対抗駅伝における好記録の連発を観ても、この影響は無視できないでしょう。
 当初は、一握りのトップ選手のみが使用していた厚底シューズが普及し、多くの選手に行き渡るとともに、「厚底シューズの機能を有効に活用できる走法」も普及し、多くのランナーが身に付けつつある可能性が有ります。

② 好コンディション

 2020年3月1日午前中の東京地区のコンディションがとても良かったという見方です。
 確かに、気温はやや高めでしたし、日差しも有りましたが、風が弱かったと思います。湿度についての情報は持ち合わせていませんけれども、この「気温と湿度の関係」が、マラソン競技に適合した可能性があります。

③ ペースメーカーによる驚異的なハイペース

 今回のレースが、東京オリンピック2020の代表選考に大きな影響を与えるとの観点から、「狙いが2時間5分49秒に絞られた」ため、この記録をクリアするためのペースが、ペースメーカーによって作られたことが、全体の記録向上に結び付いた可能性です。

 特に、前半15kmまでのペースはとてもハイレベルなものでしたが、多くの日本選手がこれに付いていって、結果的に複数のランナーが「(驚異的な)自己ベスト」を叩き出すこととなったのかもしれません。

 もちろん、「好記録続出の要因」はひとつではなく、いくつかの要素が組み合わさって、日本男子マラソン史上において、観たことが無い「高速レース」になったのでしょう。

 東京オリンピック2020男子の代表は、今回の日本最高記録更新により、大迫傑選手の可能性がとても高くなったと感じますが、前述の①~③の要因が一層大きく作用することが有れば、3月8日のびわ湖毎日マラソンにおいて、「2時間5分29秒を切る記録が飛び出す可能性も無くは無い」という感じがします。

 何しろ、2時間6分台を2人のランナーが叩き出しているのですから。
 ノルウェーのハーマルを舞台に、2月28日~29日に行われた、スピードスケート世界選手権大会のスプリント部門は、29日に2日目を終えて、男子の新浜立也選手と女子の高木美帆選手が初優勝を飾りました。

 500mと1,000mを2本ずつ滑って競うスプリント部門ですが、昨季まではスプリント世界選手権として独立して行われていた大会です。今季からオールラウンド大会と統合された形です。
 「スプリント」「オールラウンド」ともに、文字通りの世界一を決める、とても格の高い大会でしたが、その優勝難易度の高さは2020年も全く変わっていません。
 その大会で、男女ともに日本選手が総合優勝したのですから、これはもう「大活躍」と呼ばなければなりません。

 高木美帆選手は、2018年のオールラウンド大会に優勝しています。
 欧州勢(特に、オランダ勢)が圧倒的に強い大会ですが、日本選手として初めての優勝を飾った時には、「スピードスケートの歴史を変えた快挙」と言われました。
 1,000m、1,500mという中距離種目に強い高木選手ですから、スプリントでもオールラウンドでも戦えるわけですが、今大会はスプリントに挑んだ形です。

 高木選手にとってスプリント部門における最大のライバルは、ご存じの小平奈緒選手です。小平選手は、2017年・19年の旧スプリント世界選手権大会を制している、現在の短距離種目世界第一人者ですから、今大会でも優勝候補の一番手でした。

 高木選手は、28日・1日目の500m・1,000mの両種目で1位となり、29日・2日目は500mで2位、1,000mで1位と、対象の4レースで3勝、2位が1回と圧倒的な成績で優勝したのです。
 2日目に500mで高木選手を2位に抑え込んだのは、やはり小平奈緒選手でした。

 しかし、それも0.06秒差という僅差でした。
 この大会の高木選手は、持ち前の「高速下での持久力」を如何なく発揮しました。
 どのレースでも、ラスト100mのスピードが秀逸。特にラストの70mから40mまでの30mのスピードには、調子の良さが良く現れていたと感じます。

 「オールラウンド」と「スプリント」の両部門の王者となった高木美帆選手。
 世界一の女子スピードスケートプレーヤーに、また一歩近づいたと思います。

 男子の新浜立也選手も素晴らしいパフォーマンスを示しました。
 これは男女共通ですが、スプリント部門では500mと1,000mの2種目の内、日本選手には1,000mが難しいのです。
 「太腿がパンパンになってからの持久力」は、欧州選手が強いところですが、高木美帆選手はこの1,000mを得意としていますし、新浜選手も日本のスプリンターとしてはとても粘り強いレースを披露出来るスケーターなのです。

 新浜選手は1日目にトップに立ち、2日目の500mで優勝、1,000mで3位として、総合優勝を飾りました。
 身長183cmと、スプリンターとしては大柄な新浜選手が、「高速下での持久力」をも身に付けてきているというのは、世界大会における安定感という面で、とても頼もしいところです。

 昨季に世界の舞台に登場した新浜選手の、今後の活躍が本当に楽しみです。

 日本チームの強さは、本物でしょう。
 3月8日~22日にかけて、エディオンアリーナ大阪を舞台に開催される、大相撲2020年3月場所は、長い歴史上初めての「無観客開催」となりました。
 
 観客が居ない中での土俵がどのような雰囲気になるのか想像も出来ませんが、新型コロナウイルス肺炎感染拡大の中で、開催に踏み切った大相撲界を応援して行きたいと思います。

 「歓声が無い土俵」に強い力士が居るのかどうかも全く分りませんけれども、恒例によって、活躍が期待される10名の力士を挙げて行きます。

1. 横綱陣

 残念ながら近時は、白鵬、鶴竜の両横綱は「15日間を取り切る」ことがなかなか出来なくなっています。ベテランとなり、体のあちこちに故障が有る上に、取組によって故障を発症することも多くなっているのでしょう。

 今場所は、白鵬の頑張りに期待します。

 2011年5月場所=技能審査場所での優勝にも伺えるように、「大相撲の一大事の場所」では、角界の第一人者が役割を果たすことになると考えるからです。

2. 大関陣

 「陣」ではなく「ひとり大関」となった貴景勝の踏ん張りに期待します。

3. 関脇以下の力士

③ 関脇・朝乃山
 大相撲の次代を支える存在として、その活躍は多くの大相撲ファンが望んでいることでしょう。

④ 小結・北勝富士
 相撲に安定感が感じられるようになって来ました。着々と力を付けて行くタイプでしょう。大爆発の場所になるかもしれません。

⑤ 霧馬山
 次代を担うモンゴル勢の筆頭でしょう。朝青龍を継ぐ存在として、期待しています。

⑥ 関脇・正代
 1月場所の準優勝はフロックではないと思います。地力の上に、新しい取口を身に着けた力士の活躍に期待します。

⑦ 徳勝龍
 1月場所の「14勝」1敗の優勝は地力の証明でしょう。一気に三役に駆け上がってください。

⑧ 琴奨菊
 前頭13枚目となれば、この力士の地力はまだまだ上位でしょう。場所の終盤に、三役力士との対戦が組まれる様な活躍を期待します。

⑨ 阿武咲
 ようやく故障が癒えて来たという感じがします。台風の目になって欲しいものです。

⑩ 琴ノ若
 この名前を幕ノ内で聞くのも久しぶりです。既に体重173㎏と立派な体です。思う存分取っていただきたいと思います。

 3月場所は、以上の10力士に注目します。

 もちろん、高安、御嶽海、阿炎の反攻もとても楽しみです。

 感染リスク回避の観点から、エディオンアリーナ大阪周辺での入り待ち・出待ち・滞留行為も禁止された3月場所ですが、私達はテレビの前で手に汗を拭って応援しています。

 頑張れ、大相撲!!
 ドイツ・ベルリンで2月26日に開幕した、トラック種目の自転車世界選手権大会から、うれしいニュースが飛び込んできました。

 まずは大会2日目・27日の男子ケイリン。
 脇本雄太選手が2位に食い込んだのです。ラスト1周、向う正面で上位に進出した脇本選手は、最後の直線でもスピードを落すことなく、優勝したラブルイセン選手(オランダ)選手を追い続けました。ゴール直前では差を詰めていたように観えました。見事なスピードだったのです。

 レース後、脇本選手は「金メダルも狙える」とコメントしました。
 確かに、素晴らしい「持久力」を示しましたから、ご本人としても手応えが有ったのでしょう。

 ケイリン種目は、ご存じのように、日本の競輪がもとになっていますが、これが世界の舞台に登場するや、競輪とは全く異なる「力勝負」の種目となって、日本選手がなかなか好成績を残すことが出来ない種目となりました。
 特に欧州選手、絶対スピードが高いプレーヤーが強い種目となったのです。

 とはいえ「本家」としては、何時までも決勝レースに出ることも出来ないという状況を改善する必要がありましたので、着々と強化を進めてきました。
 そして、2018年世界選手権大会では河端朋之選手が、2019年には新田祐大選手が、2020年には脇本選手が、「3大会連続の銀メダル」という好成績を継続できるようになりました。
 東京オリンピック2020での活躍が大いに期待できます。

 続いて大会3日目・28日には、女子オムニアム種目で、梶原悠未選手が優勝しました。
 世界選手権大会で日本女子選手が優勝するのは、全ての種目を通じて「史上初」という快挙でした。

 他の種目では、なかなか好成績を残すことが難しい女子自転車トラックですから、日本チームとしても比較的新しい種目である「オムニアム」の強化に努めてきたわけですが、それが確実に実っているのです。

 元競泳選手の梶本選手としては、真の意味で「自転車競技に慣れてきた」という面もあるのかもしれません。

 自転車競技には、東京オリンピック2020の出場選手について「開催国枠」がありません。
 開催国・日本にとって、とても厳しいレギュレーションですが、そうした中で選手の皆さんは、まずは「日本選手の出場枠を確保」し、自らの出場権獲得に向けて、実績を積み上げているのです。

 今大会の好成績により、東京オリンピック2020の代表入りに大きく前進した、梶原選手と脇本選手の今後の活躍が本当に楽しみです。
 新型コロナウイルス肺炎感染拡大の影響で、エリートランナーのみのレースとなった、東京マラソン2020は、東京オリンピック2020のマラソン代表争いの場ともなって、激しい展開となりました。

[東京マラソン2020男子の結果]
1位 ビルハヌ・レゲセ選手(エチオピア) 2時間4分15秒
2位 バシル・アブディ選手(ベルギー) 2時間4分49秒
3位 シサイ・レマ選手(エチオピア) 2時間4分51秒
4位 大迫傑選手 2時間5分29秒(日本新記録)
5位 ビダン・カロキ選手(ケニア) 2時間6分15秒
6位 エルハサン・エルアバシ選手(バーレーン) 2時間6分22秒

 快晴の中でスタートしたレースは、黄色のユニフォームに身を包んだペースメーカーによってハイペースで進みました。

 2時間3分位を目途にした第1グループのペースメーカーと、2時間5分位を目途にした第2グループのペースメーカーは、共に良く走りました。従って、レースは、日本国内ではあまり眼にすることが無いようなペースだったのです。

 レース前に、このレースの日本人ランナーの3強と目されていた、井上大仁選手と大迫傑選手は第1グループGで、設楽悠太選手は第2Gでレースを進めました。

 第1Gの中で、井上選手はエチオピアのトリオと共にGの先頭に位置してレースをリードしました。一方の大迫選手はGの後方に位置しました。設楽選手は第2Gの先頭に位置していました。

 井上選手と大迫選手はしばらくこのままで走るであろうと思いましたし、設楽選手は第2Gの先頭以外の位置に下がるようなら、今回は調子が悪いと観るべきだと思いました。

 ペースメーカー各ランナーは本当に良く役割を果たしていました。
 ラップタイムなら、途中までは世界最高記録水準だったのです。第2Gも日本最高記録を大きく上回っていました。
 凄いレースになったと感じましたが、一方で、これだけのハイペースに、多数の日本選手が付いて行っていることは、少し不思議な感じがしました。

 そのペースメーカーの頑張りがレース展開にも影響を与えました。
 23km付近で向かい風を受けてピッチが落ちたことを、24kmから「取り返し」にかかったのです。
 24kmからの3km間の1kmごとのラップは、2分52秒→2分51秒→2分51秒という超ハイペースとなったのです。
 井上選手はこのペースにしばらくの間ついて行きましたが、大迫選手は遅れたのです。
 結果として、井上選手と大迫選手の差が開きました。

 日本記録を大幅に上回るペース下のことでしたから、東京オリンピック2020の代表争いという点では、井上選手が有利になったように観えました。
 井上選手は、その後も安定した走りを魅せましたから、2時間4分台のタイムが期待されたのです。
 一方の大迫選手は、じりじりと後退していました。
 設楽選手も第2Gの後方に下がりました。これは「変調」であろうと思いました。

 先頭Gはエチオピアトリオ、レマ選手、レゲセ選手、メングストゥ選手が引っ張りました。
 第1Gが2つに割れて、エチオピアトリオが先頭に立ち、井上選手を含めたGが4位Gとなりました。大迫選手は、その4位Gからも相当後ろを走ることとなったのです。エチオピアチームの強さが際立ちました。

 その4位Gのペースが次第に落ち始めたのは30km手前からでした。
 単独走であった大迫選手が、じりじりと追い上げます。
 第3Gとなった、設楽選手が入るGも追い上げました。

 30km地点でペースメーカーがその役割を終了しました。
 どのマラソンレースにおいても、勝負はここからです。

 一時は、日本人ランナーによるレース争いの主導権を握ったかに観えた井上選手を、大迫選手が捕まえたのは32km付近でした。
 そして、僅かな並走の後、32.7km付近で大迫選手が出ました。
 外国人ランナーを含む4位Gから、一気に抜け出したのです。

 この大迫選手の加速は迫力満点でした。
 このレースにおける「日本ランナートップ」を決める加速であったと思います。

 35km付近では、さすがのエチオピアトリオのペースも「ガクッと」落ちました。1km・3分11秒となったのです。
 井上選手のラップも眼に観えて落ちました。
 やはり、前半20kmまでの超ハイペースが堪えたのでしょう。

 このレースは、この後、記録がどんどん落ちると感じました。
 日本人ランナーによる日本記録の更新も、エチオピアトリオによる大会記録の更新も、難しくなったと思いました。

 しかし、ここからがこのレースにおける大迫選手の真骨頂でした。
 38km付近からは、右の胸あるいは脇腹を再三揉む様子がテレビ画面に映し出されるようになりました。
 大迫選手にとっては、とても苦しい「残り4km」となったのです。

 その大迫選手が40kmを過ぎてから、1km・3分02秒にベースアップをした時には、本当に驚かされました。
 眦を決したような表情にも、「疲労を超えた何か」が感じられました。
 この「40kmからゴールまでの2.195km」に、ケニア合宿の成果が現れていたのでしょう。

 東京駅正面のゴールに向かって石畳の走路を左に曲がる時、大迫選手は「拍手」をしました。
 「自らのパフォーマンス」に対する拍手だったのではないかと思います。
 そして、左に曲がり切ったところで「右手」を大きく挙げました。
 観衆の歓声に応えて魅せたのです。
 そこから、満足感に溢れた表情で何度もガッツポーズをしながらゴールに飛び込みました。
 「会心のレース」が、そこには有りました。

 2時間5分29秒。
 自身の日本最高記録を更新する、見事な新記録でした。
 日本男子マラソンの第1人者が、その力を示したレースでもありました。

 いつもクールな大迫選手が、喜びを爆発させたシーンが印象的な、東京マラソン2020男子であったのでしょう。
 JRAのホームページに「日本馬海外遠征の記録」というデータがあります。

 1958年から最近まで、60年間余の、日本馬による海外競馬への挑戦の記録が記載されているものですが、私の様な一般的競馬ファンにとっては、適度の情報量となっていて、とても楽しめますし、参考になる資料です。

 ただ眺めているだけでも、「あの時の・・・」と思い出し、感じ入ることが多い資料ですが、今回はカジノドライヴのアメリカ競馬挑戦を観て行こうと思います。

 2008年、3歳の2月に新馬戦で勝利したカジノドライヴは、半兄ジャッジ、半姉ラグズトゥリッチズに続くベルモントステークス優勝に向けて、動くこととなったのです。
 母ベターザンオナーの仔は「ベルモントステークスにとても強い」ことが明らかでしたので、自然な流れだったのでしょう。(山本オーナー、藤沢調教師の決断も見事でした)

 3歳の4月、日本競馬で「1戦1勝馬」のカジノドライヴはアメリカ遠征に出ました。

 アメリカでの緒戦は5月10日のピーターパンステークス(ベルモントパーク競馬場)でしたが、ベルモントステークスへのステップレースとなるこのG2重賞レースで、カジノドライヴは何と1番人気になっています。
 アメリカの競馬ファンには馴染の薄い日本馬であるにもかかわらず、1番人気に押されたのは「血統」所以でしょう。
 そして、カジノドライヴはこのレースを、2着に5と3/4馬身差を付けて圧勝しました。
 三冠レースを始め、アメリカ合衆国の数多くの大レースが行われる「ダートコース」における快勝だったのです。

 兄姉が勝っている、アメリカ三冠レース最後の一冠・ベルモントステークスに向けて、カジノドライヴの人気は高まるばかりでしたが、好事魔多し。
 本番前日の6月6日、左後脚に挫石を発症して、残念ながら出走を回避することとなったのです。

 その後、カジノドライヴは、ブリーダーズカップクラシック、ジャパンカップダート、フェブラリーステークス、ドバイワールドカップと内外のG1レースに挑みましたが、優勝することはできませんでした。

 やはり、カジノドライヴの脚質は「ベルモントパーク競馬場のダートにとてもマッチしていた」のであろうと思います。

 2008年のピーターパンステークスG2の優勝は、「日本馬によるアメリカ競馬ダート重賞・初優勝」であり、現在に至るまで唯一無二の優勝なのです。

 その偉業は、長く語り継がれるものでしょうし、今後の、日本馬によるアメリカダート重賞への挑戦が待たれるところでもあるのでしょう。

プロフィール

カエサルjr

Author:カエサルjr
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我が家の月下美人も16年目。同時に30個の花が咲くこともあります。スポーツも花盛りですね。一緒に楽しみましょう。

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