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HOME   »  2020年03月01日
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 JRAのホームページに「日本馬海外遠征の記録」というデータがあります。

 1958年から最近まで、60年間余の、日本馬による海外競馬への挑戦の記録が記載されているものですが、私の様な一般的競馬ファンにとっては、適度の情報量となっていて、とても楽しめますし、参考になる資料です。

 ただ眺めているだけでも、「あの時の・・・」と思い出し、感じ入ることが多い資料ですが、今回はカジノドライヴのアメリカ競馬挑戦を観て行こうと思います。

 2008年、3歳の2月に新馬戦で勝利したカジノドライヴは、半兄ジャッジ、半姉ラグズトゥリッチズに続くベルモントステークス優勝に向けて、動くこととなったのです。
 母ベターザンオナーの仔は「ベルモントステークスにとても強い」ことが明らかでしたので、自然な流れだったのでしょう。(山本オーナー、藤沢調教師の決断も見事でした)

 3歳の4月、日本競馬で「1戦1勝馬」のカジノドライヴはアメリカ遠征に出ました。

 アメリカでの緒戦は5月10日のピーターパンステークス(ベルモントパーク競馬場)でしたが、ベルモントステークスへのステップレースとなるこのG2重賞レースで、カジノドライヴは何と1番人気になっています。
 アメリカの競馬ファンには馴染の薄い日本馬であるにもかかわらず、1番人気に押されたのは「血統」所以でしょう。
 そして、カジノドライヴはこのレースを、2着に5と3/4馬身差を付けて圧勝しました。
 三冠レースを始め、アメリカ合衆国の数多くの大レースが行われる「ダートコース」における快勝だったのです。

 兄姉が勝っている、アメリカ三冠レース最後の一冠・ベルモントステークスに向けて、カジノドライヴの人気は高まるばかりでしたが、好事魔多し。
 本番前日の6月6日、左後脚に挫石を発症して、残念ながら出走を回避することとなったのです。

 その後、カジノドライヴは、ブリーダーズカップクラシック、ジャパンカップダート、フェブラリーステークス、ドバイワールドカップと内外のG1レースに挑みましたが、優勝することはできませんでした。

 やはり、カジノドライヴの脚質は「ベルモントパーク競馬場のダートにとてもマッチしていた」のであろうと思います。

 2008年のピーターパンステークスG2の優勝は、「日本馬によるアメリカ競馬ダート重賞・初優勝」であり、現在に至るまで唯一無二の優勝なのです。

 その偉業は、長く語り継がれるものでしょうし、今後の、日本馬によるアメリカダート重賞への挑戦が待たれるところでもあるのでしょう。

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