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 JRAホームページの「日本馬海外遠征の記録」に関連する記事です。

 日本の競走馬による海外重賞挑戦の歴史において、1998年が特別な意味を持つことは、これまでも何度か書いてきました。

 それは、「1998年に日本馬が初めて海外『G1レース』に優勝」したことです。

 前年1997年のホクトベガの悲劇を乗り越えて、日本馬が大輪の花を咲かせてくれたのが、1998年だったのです。

 この年、海外遠征したのは、キョウトシチー、シーキングザパール、タイキシャトル、ロイヤルスズカ、ミッドナイトベットの5頭でした。
 2010年代以降と比べれば、とても少ないのですけれども、その戦いの内容はとても濃かったのです。

 まずシーキングザパールが8月9日、フランスのモーリスドゲスト賞(ドーヴィル競馬場)を勝ちました。鞍上は、武豊騎手でした。
 これが、日本馬による史上初の海外G1制覇でした。
 シーキングザパールの「初の日本馬海外G1制覇」という栄光は未来永劫変わらないのです。(本ブログ2014年11月11日付記事「[競馬コラム127] 日本馬初の欧州G1優勝 シーキングザパール号」、および、2019年4月30日付記事「KaZブログが選ぶ 平成のスポーツ10大ニュース」、をご参照ください)

 続いて翌週の8月16日、タイキシャトルがジャック・ル・マロワ賞G1(ドーヴィル競馬場)を制覇しました。鞍上は、岡部幸雄騎手でした。
 2週連続の、日本馬によるフランスG1制覇でした。(本ブログ2015年11月18日付記事「[競馬コラム156] マイルの鬼 タイキシャトル号」をご参照ください)

 そして12月13日、ミッドナイトベットが香港国際カップG2に優勝しています。
 鞍上は、河内洋騎手でした。
 同レースにおける、1995年のフジヤマケンザン以来2頭目の日本馬の優勝でした。

 1998年に海外遠征を行った5頭の日本馬の内3頭が重賞勝ちを収めたのです。
 内2頭は、日本競馬史にその名を刻むG1勝ちでした。

 残りの2頭はと言えば、キョウトシチーはドバイワールドカップG1で6着、ロイヤルスズカは香港国際ボウルG2で4着と、こちらも健闘しています。

 1998年は、日本馬の海外レース挑戦における「栄光の年」であったと感じます。

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