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HOME   »  2020年06月04日
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 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、新しいスポーツイベントの開催数が激減している時期には、「古きを訪ねて新しきを知る」温故知新が大切なのかもしれません。
 私も、様々なスポーツで「復習」してみようと思います。

 今回は、男子テニスその4です。

 4大大会シングルスにおいて、男子黒人プレーヤーとして史上初めて優勝したのが、アメリカのアーサー・アッシュ選手です。

 アッシュ選手は、1968年の全米、1970年の全豪、1975年の全英の3回、4大大会のシングルスを制しました。

 1968年の所謂「オープン化」、テニス界史上最大の地殻変動と呼ばれる転換期、4大大会にプロ選手も出場できるようになったその年の全米オープンにおいて、当時陸軍中尉として兵役についていた「アマチュア」のアッシュ選手が、プロ選手を倒して優勝したのです。
 大変革期の歴史的な快挙でした。

 そして、アーサー・アッシュ選手について、私が最も良く憶えているのは、1975年の全英・ウィンブルドン制覇でしょう。
 登り竜のように男子テニス界を席巻しつつあった若きジミー・コナーズ選手とベテランの域に達していた32歳のアーサー・アッシュ選手が、決勝でまみえました。
 
 この試合は、日本でもテレビ放送されました。(この頃から、4大大会特にウィンブルドン大会の本格的なテレビ放送中継が始まったのではないかと思います)
 試合前の予想では、「当たるところ敵なし」のコナーズ選手が圧倒的に有利、であったと記憶していますが、試合が始まると、コナーズ選手の強打をアッシュ選手がひらりひらりと交わすイメージのプレーが展開され、セットカウント3-1(6-1、6-1、5-7、6-4)でアッシュ選手が快勝しました。
 最初の2セットがゲームカウント6-1であることからも分かるように、この試合では、さしものコナーズ選手も全く力を発揮できなかった印象です。
 
 「テニスはショットの威力だけで勝敗が決まるものでは無い」という、至極当たり前のことを認識させてくれた、アッシュ選手の変幻自在のプレーでした。

 身長188cmと、当時のテニスプレーヤーとしては長身のアッシュ選手でしたが、その柔らかく巧みなプレー、ラケット面の多彩な動きは、まさに独特のものだと思います。

 1997年、全米オープン大会の会場、ニューヨーク・フラッシングメドウのナショナル・テニス・センター内に、世界最大のコートが新設されました。
 収容人員25,000人を誇る新コートは、アーサー・アッシュ・スタジアムと命名されました。
 アメリカテニス界における、アーサー・アッシュ選手の高い位置付けが、如実に示されているのです。

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