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HOME   »  2020年07月03日
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 温故知新2020女子テニス編その6です。

 ユーゴスラビア出身のモニカ・セレシュ選手は、1989年にデビューし2008年に引退しています。

 1988年に年間グランドスラムという「偉業」を達成したシュテフィ・グラフ選手の「一強」時代が続くかに思われた女子テニス界でしたが、セレシュ選手が彗星のように現れ、次第にグラフ選手の牙城を脅かすようになりました。
 グラフ選手が「強烈なストローク」をもって、女子シングルスにおけるマルチナ・ナブラチロバ選手とクリス・エバート選手の時代に終止符を打ったように観えましたが、セレシュ選手は、グラフ選手の強打をも凌ぐ「豪打」を持って、グラフ選手に対抗したのです。

 セレシュ選手の主な成績は、以下の通りです。

① 4大大会シングルス優勝9回(全豪4、全仏3、全米2)
② WTAツアー53勝(歴代10位)
③ WTAランキング1位178週(歴代6位)

 モニカ・セレシュ選手はシングルスに強かったプレーヤーです。
 4大大会のダブルスでの優勝歴はありません。

 とはいえ、全盛時(~1992年)のシングルスの強さは格別でした。
 特に、デビュー翌年1990年全仏オープン決勝でグラフ選手をストレートで下し、全仏および4大大会の初優勝を決めた時は、まだ16歳3ヵ月*でした。
 何しろ、全仏に絶対の強さを魅せていたグラフ選手を、16歳の少女が倒したのですから、衝撃的でした。(*現在でも、全仏女子シングルスの最年少優勝記録です)

 こうして女子シングルスにおいて、世界一の座に上り詰めて行くセレシュ選手を悲劇が襲いました。女子テニス界というか、スポーツ界全体にとっても「空前」の悲劇でした。

 1993年4月、ドイツ・ハンブルグにおける「シチズン・カップ」の準々決勝で、マグダネラ・マレーバ選手と戦っていたセレシュ選手が、コートの中・ゲームとゲームの間にベンチに座って休んでいる・考えている時に、背後から背中を刺されたのです。
 ドイツ人青年の犯行であったと記憶していますが、高品位な「映像」が世界を駆け巡りました。
 「とんでもないこと」が起こってしまったのです。
 この青年は「熱狂的なシュテフィ・グラフ選手のファン」であり、「セレシュ選手が居なくなれば、グラフ選手が再び世界一に返り咲くことが出来るから、犯行に及んだ」とコメントした、とも伝えられました。
 公衆の面前における犯行は、極めてショッキングなものでしたし、この後、トーナメントにおける警護・セキュリティ体制が格段に強化されたことは、言うまでもありません。

 この事件の後、セレシュ選手は後遺症(現在ならPTSDと診断されるものかもしれません)に悩まさされ、2年以上も試合から遠ざかりました。
 そして、1995年8月にWTAツアーに復帰しましたけれども、かつての輝きを取り戻すことは出来ませんでした。

 観客席からコートに入り、刃物で背後から切りつける、あるいは、刃物を背中に刺す、という蛮行は、しかし、観客席と選手の距離を短くしようとすればするほどに、容易な犯行となってしまいます。
 この事件の時も、犯人は別に大きな動きを見せた訳では無く、立ちあがって、前に出て、刺した、という感じでした。

 この事件が無かったならば、モニカ・セレシュ選手の優勝回数は、どこまで伸びて行ったことでしょうか。
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