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 2011年のヴィクトワールピサによるドバイワールドカップ制覇の興奮も冷めやらぬ2012年、日本馬は香港のG1レースを2勝とフランスのG2レース勝利と、重賞3勝を成し遂げました。まさに「大成果」でしょう。

 香港競馬においてはまず、ルーラーシップ(牡5歳)がクイーンエリザベス2世カップを制しました。鞍上はU.リスポリ騎手でした。
 JRAにおいてアメリカジョッキークラブカップG2を始めとして、G2・G3を4賞していたルーラーシップにとって、初のG1勝利でした。

 続いては、ロードカナロア(牡4歳)の香港スプリント優勝でした。
 9月のスプリンターズS・G1を勝ってJRAの短距離王に輝いた勢いそのままに、12月の香港スプリントを制したのです。
 この後、2013年のロードカナロアの活躍は皆さんご承知の通りです。
 6戦5勝・2着1回、G1を4勝、スプリンターズSと香港スプリントを連破、という、「当たるところ敵なし」のキャリアを示現しました。JRAを代表するスプリンターとなったのです。

 そして、2012年最大のエポックは、オルフェーヴル(牡4歳)の凱旋門賞挑戦でしょう。
 2011年に「三冠馬」となったオルフェーヴルが勇躍凱旋門賞に挑んだのです。
 
 欧州馬以外は一度も勝利したことが無いという歴史を持つ凱旋門賞ですから、それを勝利するということは、大袈裟に言えば「世界競馬の歴史を塗り替える」ということです。
 日本馬は、その偉業に向かって果敢に挑戦し、エルコンドルパサーやナカヤマフェスタは「あと一歩」まで迫りました。

 我らが三冠馬に、その期待が寄せられたことは自然なことでしょう。

 フランスに遠征したオルフェーヴルは、緒戦のフォワ賞G2を快勝しました。
 日本の競馬関係者、ファンの期待が一層高まったのも自然なことなのです。
 本番の凱旋門賞でも、オルフェーヴルは横綱相撲を魅せました。
 直線で先頭に立ちゴールに向かいます。
 しかし、そこで脚が止まり、内ラチに接触しながら失速、ソレミヤの逆転を許しました。クビ差の接戦でした。
 オルフェーヴルが先頭に立った瞬間、「勝った」と思いました。本当に残念なレースであったと今でも思います。

 オルフェーヴルは2013年にも凱旋門賞に挑戦し、再び2着でした。
 やはり「凱旋門賞の壁」は極めて厚いのですけれども、大舞台で日本馬の力量を示してくれたオルフェーヴルの功績は、とても大きなものでしょう。

 2012年は、世界の競馬における日本馬の「輪郭」がとても太い年であったと感じます。
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